水素関連産の推進と敦賀市
Date:2018-05-25(Fri)

現在、敦賀市は、水素関連産業の推進計画を策定するため、先日の水素バスの運行を皮切りに、2025年までに市内で水素を使った燃料電池車(FCV)の公用車や路線バス、水素を供給する「水素ステーション」を普及、さらに35年までに水素の貯蔵関連技術を開発する研究機関を設立、50年以降に水素発電所を稼働し、中京・関西圏への送電を目指す――とする方針がある。

敦賀市が進めている背景に政府が、二酸化炭素を排出しない水素を次世代のエネルギー源と位置づけていることにある。

政府は、25年度までに水素ステーションを現状の約90か所から約320か所へ▽20年までにFCVを約1500台から4万台、と拡充する目標を掲げている。

先日、水素産業の国内大手企業の方とお会いしたが、具体的に進んでいる。国策に沿うことで一定の支援を引き出せるとも考えるが、昨年10月に先進地・山口県周南市を視察したが、敦賀で一から始めるには相当な支援と受け入れる企業があって成り立つ。

山口県産の水素は国内で約1割のシェアがあり、水素関連企業が集積する周南市は、県内分の4割を生産している。既に様々な関連事業が展開されているものの、多くは高コストで、国や県の補助事業として成り立っている。

水素に半世紀の実績のあるコンビナート都市、周南市でも、まだこれからであり、敦賀は人口も少なく、水素を生む産業や供給拠点もない。経済効果や雇用を生むには、辛抱強い取り組みが重要となる。

水素産業の企業、地元の受け入れ企業、さらには敦賀市や福井県の連携が必要だ。

ところで、昨日、米トランプ大統領の貿易政策が日本の自動車メーカーの経営に大きな影響を及ぼす可能性が出てきた。安全保障を理由に自動車の関税を25%に引き上げる輸入制限の検討に入るよう、トランプ大統領が政権メンバーに指示した。日本の自動車各社の米国輸出はおおむね年間170万台規模に達し、国内生産の約2割を占める。FCVなど水素利用にはトヨタなどの自動車企業の動向も重要だ。

一方、米国と言えば、トランプ米大統領は未明、ホワイトハウスで記者団に対し、6月12日にシンガポールで開催が予定されていた米朝首脳会談を中止する考えを表明した。。予想されたとはいえ、後退であることは確かだ。


とにもかくにも、空言(そらごと)多き世なり―。鎌倉末期に生きた吉田兼好は徒然草の中で、空言について記している。人は事実である以上に物事を大げさに言う。作り話でも文字にすると定説になる。人間の本性や社会の本質は、数百年前と変わらない
国策であった原子力は遅々として進まない。国策である水素とのつきあい、どう引き出すか、前途多難だが、水面下で動き出している。

スポンサーサイト
【2018/05/25】 | ページトップ↑
議会報告会、数多くの意見を頂いた。市民の感想は?
Date:2018-05-24(Thr)

昨日は議会報告会をプラザ萬象大ホールでの開催。企画運営は広報広聴委員会のメンバー、準備は議員全員と、ようやく定着してきた議会報告会。天候のせいか、気になるのは、市民の参加が少なかった。

まずは議会のしくみ、予算、各常任委員会の説明と続いた。今回の初めてとなったのは、A・B・Cの3グループに分けての意見交換。意見交換というより意見を伺うと言った、市民と議員が、お互いの顔をみながらの場でもあった。。


各グループ、10人程度での意見交換。今回の報告会として、これまでにない試みで数多くの意見を市民から頂いた。それぞれに勉強になる意見だ。

アンケ-トも含め、ご意見はどんなものか、広報広聴委員会を中心にまとめ、各常任委員会で議論して議会活動に市政に活かしていく。

まず、最初のポートは、3月定例会の報告、ひとつのご意見だけだったが3つのグル-プに分かれて、時間を区切っての「市庁舎整備」「新幹線開業を見据えたまちづくり」「教育と文化振興」「市議会、市政へのご意見」の意見交換は、これまでにない、そ率直な数多くのご意見を頂いた。

私の所属したCグル-プでは最後に「議員の意見が聞きたかった」「今年は参加者少ない、その原因」と厳しいご意見も頂いた。

私としては例年にない数多くの意見を頂き、良かったと思うが、市民がどう感じたか、アンケートを含め、あらためて報告したい。

【2018/05/24】 | ページトップ↑
敦賀駅西地区整備、市の負担とリスクをおさえての賑わいづくり
Date:2018-05-23(Wed)

昨日は、五月晴れの爽やかな一日、午前中は北陸新幹線の敦賀市内の工事現場の視察。午後は新幹線対策特別委員会、夕方はできたばかりの国民民主党福井県連の打ち合わせ。夜は敦賀港カッターレースの打ち合わせと続いた。

新幹線対策特別委員会では、敦賀駅西地区の整備する官民連携施設と立体駐車場についての方針が、理事者から示された。

現在駅西の大きな空地、ぞくにAゾーンと呼ばれる7600平方メートル。まず、Aゾーンの施設に宿泊と飲食の機能を導入することも事業者に求める条件として挙げ、うち4200平方メートルを民間事業者が借りて施設を建てる。きほんほうしんとして、運営費を除く市の財政負担をゼロにする方針を示された。

当初からの明確ではあったが、今回、その概要が示され、財政が厳しいなかでリスクを最小限にしながら、町の賑わい創出とまちづくりをしようとする試み、敦賀市として挑戦ながら評価し、期待もできる。

具体的にリスク軽減と経営安定を狙い施設の一部を市が間借りして、若者向け学習スペースなどの公共機能を導入する。駐車場は指定管理が決まっており、年3900万円以上の利用料を見込む。

また、施設整備の公募要件で、内装費と賃借料を合わせた市の歳出が、定期借地料と駐車場収入の合計を上回らないように設定すること。

公共スペースの運営費は施設の固定資産税で全額賄う考えだが、税収が不確定で、最大で年2000万円程度の負担が予想されるという。人口減少や原子力関係などリスクもあるだけに、当然、考慮すべきことでもある。

また、公募で施設の所有者になる民間事業者が分譲マンション建設などを計画でき、定住化対策にもなりうる。

約40億円をかけた区画整理事業だけに、繰り返しにもなるが厳しい財政のなかでよくできた計画だと思うが、一方、金ヶ崎周辺整備計画は、内容充実が優先され、維持費や運営費など基本的なものが公表されていない。

北陸新幹線開業にむけた本年度はまさに正念場だ。
 
 


【2018/05/23】 | ページトップ↑
敦賀にとって功績のある歴史上の人々
Date:2018-05-22(Tue)

敦賀にとって大きな功績をあげた出来事、人物が、話題になった。
大谷吉継、松尾芭蕉、杉原畝は欠かせない。いずれも名誉よりも功績をあげた人だ。大谷は、敦賀城の建設と共に、今日の敦賀の町の基本を築き、氾濫の扇状地の治水も行っている。松尾は、「奥の細道」の足跡を残し、杉原はユダヤ人の人道の足跡を残している。

ところで、日本が大転換した明治維新から150年の今年は、本格的な政党内閣が誕生して100年の節目にも当たる。

調べると、1918年に発足した原敬内閣は、陸軍大臣ら3大臣以外は立憲政友会の党員で構成された。爵位を持たず、選挙で選ばれた衆院議員が首相になったのも初めてだった。

明治維新後の政治は、維新を主導した薩摩藩や長州藩出身の元勲らによって行われた。いわゆる藩閥政治だ。大正デモクラシーが生んだ平民宰相・原敬は、3年後の21年に東京駅で凶刃に倒れた。

原敬の名は、その遺書によっても国民の記憶に刻まれることになった。遺書には「墓石には姓名のほかは位階勲等も記すに及ばず」とある。名誉や権威ではない、功績の人だ。

西郷隆盛も名誉や権威ではない、ひたすら明治維新を生きた功績の人だ。

敦賀に関係する偉人、大谷、倍の、千畝、いずれも、結果として晩年は優遇というよりも不幸だったかもしれないが大きな足跡を残してくれている。p

【2018/05/22】 | ページトップ↑
脳梗塞と認知症、そして介護
Date:2018-05-21(Mon)

朝丘雪路さんああがアルツハイマー型認知症とは知らなかった。私の両親が、この認知症だっただけに家族の介護の大変さがよく理解できる。

アルツハイマー型認知症とは、認知症の一種で、国内の認知症患者の約7割を占めるとされる。症状が進むと家族の顔が分からなくなったり、家に帰る道が分からなくなったりする。脳が収縮して神経細胞が減少していく病気で、進行すれば大脳皮質の機能が大きく失われ、歩くことや座ることも困難になる。さらに、ものを飲み込む機能や呼吸、心拍をつかさどる機能も失われることも。直接の死因が別の疾患でも、それを誘引したのがアルツハイマーの場合、アルツハイマーを死因とすることがある。

私も当初、この病気をよく理解していなかったので母をよくしかった。「母はこんなはずではない」と何度も思ったが、脳は修復は困難で本人はなんともならない。それを私は受け入れることができなかった。それが母をしかり、たたいたこともあった。悪いことをした。
一方、家族も本人も大変というか、失意の底にあって、状況にどう向き合ってきたか。そこに本当のその人らしさが表れるようである。2度の脳梗塞にもステージに立つことをあきらめず、歌い続けた西城秀樹さんの姿に、多くの人が勇気付けられたことだろう。

不自由さの残る会話も、懸命にリハビリに取り組む姿も、ありのままにさらけだfし、闘っていた。63歳、早すぎる死を惜しむ声がやまない。
これに家族のサポートも大変だ。私の父の2度目の脳梗塞は、認知症も重なって母は介護で手を折ったり、力を入れすぎて子宮が飛び出した。大変の一言だった。

私も現実の介護のしんどさを隠すというか、語りたくなかった。高齢化社会になり、敦賀でも日常、どこでもおこっている。これを行政が地域がどうサポートするか、介護保険制度でずいぶんと整ったが、それでも大変だ。




【2018/05/21】 | ページトップ↑
観光客に泊まって泊まってもらう工夫
Date:2018-05-20(Sun)

気比さん祭り、駅も商店街もあふれんばかりの人。すれ違うのもやっとの混雑だったのに、あの人の波は一晩でどこへ消えてしまったのだろう。とうろう流しと大花火も同じだ。

終わると人も車もめっきり少なくなり、街は一気に日常に戻る。毎年大勢の市外、県外客が訪れるが、大半が宿泊することなく流れてしまうためだ。

宿泊を増やし、もっと花火の経済効果を拡大できないか。そんな提案を市民から受けた。本来のとうろう流しと花火の2日に分けて行うというものだ。あまりの混雑でとうろうを流せない市民からの発想でもある。

各地域で新たに「イベント民泊」に取り組がある。国が宿不足への対策として2016年に打ち出した制度だ。

旅館業法上の営業許可がない民家でも、イベントや祭り期間などに限り有料で宿泊者を受け入れることが可能になる。調べると花火にしろ気比さん祭りでもホテル、民宿には客が泊まっている。

敦賀駅前商店街の飲食店で駅前ホテル宿泊の客が多く訪れ、リピーターも増えているとか。また、9月、10月の国体で「敦賀で宿泊できない」との悲鳴を聴かされた。

徳島市では昨年、阿波踊りに合わせてイベント民泊を初めて実施した。期間中は家主が外国人宿泊客に浴衣の着付けを教えたり、市内を案内して歩いたりしてさまざまな交流が生まれたという。若狭町ではツーデーマーチでの民宿はリピーターも含め毎年、町内が潤う。

観光客にとっては旅先での出会いや交流は忘れられない思い出。花火通だったり、盆踊りの踊り手だったり、楽しみ方を教えてくれる人と触れ合う機会になれば、本番のわくわく感はさらに増す。国体はもう遅いが、北陸新幹線開業に合わせてイベントに合わせて宿泊をしてもらう工夫もあっていいのでは。
【2018/05/20】 | ページトップ↑
脳梗塞後のリハビリ
Date:2018-05-19(=Sat)

昨夜は昔の職場の仲間と飲んだ。苦労をした仲間と飲むのはいい。それぞれ人生で一時期、苦労した仲間と昔の話で時を過ごす楽しさはそうはない。

ところで、昨日のスポーツ紙の一面トップは西城秀樹の訃報。私には脳梗塞で頑張る姿は印象的だった。

御三家はもともと尾張、紀州、水戸の3藩を指す言葉だが、ある分野で名の知られた3人を並び称する表現として定着している。三大鳥居の気比神宮など三つは日本では縁起がいい。

御三家、我々世代では、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。後に登場した郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹は、先代と区別して「新御三家」。活躍したのは歌だけではない。ドラマ「寺内貫太郎一家」や映画「愛と誠」、「ヒデキ、感激!」のカレーCM、アニメ「ちびまる子ちゃん」でも思い出す。

確かペンライトは彼のステージからとか。何事にも挑戦的で、繰り返しになるが脳梗塞後のYMCAはリハビリの成果だ。父が55才で脳梗塞を発症してから手足が動くまでの苦労とも重なる。脳梗塞後のリハビリは本人の努力もさることながら、家族の支えは重要だ。特に早期だと、努力しだいでかなり回復する。

「YOUNG MAN」は、「憂鬱など吹き飛ばして君も元気出せよ」のフレーズは元気をもらう。今日は義母の35日と45日で四国にむかう。

ちなみに、市立敦賀病院には「理学療法」「作業療法」「言語聴覚療法」の3部門があり、リハビリテーション医2名(1名は整形外科部長が兼務)、理学療法士13名、作業療法士5名、言語聴覚士3名が従事している。嶺南では最大規模だ。

骨折や脳梗塞の後に伴って出てくる様々な症状に対して、機能の回復を促すとともに残された機能を生かし、日常生活が自立して行えるように支援する体制は7万人の町では整っている。
【2018/05/19】 | ページトップ↑
拉致問題の風化と最後の機会。
Date:2018-05-18(Fri)

数年前、突然、片方の耳が聞こえなくなった。音の遠近、方向がわからなくなる。歩くのが怖くなる。会話が騒音に埋もれて聞き取れない。かなりのストレスと不安にもかかわらず、他人になかなか理解されない。

「片方は聞こえるんだから」。悪気な6く周囲は思いがちだが、突然となると、歩くのも怖くなる。よく加齢での耳の悩みも高齢人口とともに増えている。こちらも「年だからねぇ」。軽視されやすい点では同じと思う。意外にわからないが交通事故の要因のひとつだ。

私の場合は真珠しゅ中耳炎で鼓膜が溶ける病気で福井大学で鼓膜と振動を伝える小さな骨を手術で変え、聞こえを取り戻した。
NHK連続テレビ小説「半分、青い。」では、おたふく風邪の後遺症を知った人も多いだろう。ヒロイン楡野鈴愛(にれのすずめ)は幼い頃、おたふくかぜが原因で左耳の聴力を失う。

ただ、最近までこうした後遺症は一般にほとんど知られていなかった。

ところで、耳どころか、すべての自由を奪われたらどうなるのか。それが拉致だ。北朝鮮による拉致被害者の小浜市の地村保志さんが、市内の小中学校で講演活動を始めた。
地村さんが学校現場に赴いて被害の実情を子どもたちに伝えると、子供たちはその怖さを知る。
「拉致問題を風化させてはいけない」とする地村さんの強い意向がある。

昨夜、小浜市で「北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会」の総会が、
小浜市の松崎市長、敦賀市の中山副市長など参加して行われた。席上、地村さんから、被害者の帰国から15年が過ぎたことを念頭に「拉致を知らない子どもが増えており、当事者である地村さんから話を聞けば拉致問題を実感として捉えてもらえる」とも述べた。

講演は「北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会」の企画で、小浜市内の小中学校で今後とも行う。

風化もさることながら、ご家族の高齢化、もっというと、被害者の高齢化も深刻だ。今回が最後の機会かもしれない。

続きを読む
【2018/05/18】 | ページトップ↑
北陸新幹線効果と財政と維持管理
Date:2018-05-17(Thr)

昨日から富山県高岡市を訪問している。道の駅「雨晴」、産業観光などを視察した。

ところで、旅に出るとローカル線に乗りたくなる。高岡を走る氷見線の風情は逸品だ。海立山と表される3000メートル級の立山連峰を氷見線の鉄道に乗りながら富山湾をの海越しに望むことができる。

土地、土地の自然や人の営みが車窓を流れ、新鮮で楽しい。空っぽの頭でゆったりと過ごす時間は格別である。

一方、、北陸新幹線の長野駅 - 金沢駅間が延伸開業する際、西日本旅客鉄道(JR西日本)から並行在来線として経営分離される富山県および富山市をはじめとする県内全15市町村に加え、富山地方鉄道、北陸電力、北陸銀行、インテックなどの出資によって設立された「あいの風とやま鉄道」は富山県内をつなぐ、まさしく生活路線。里山の原風景、ガッタン、ゴットンの世界。小浜線と同じようなp世界だ。

田畑や家並みを包むように山が迫り、文字通りの里山風景だ。しらさぎが走った3年前と比べ経営環境は厳しいが、このところ観光客が増え、企画やPRに一生懸命だ。

話題を変えるが、ファスナー大手「YKK」と建材大手「YKK AP」を中核とするYKKグループの創業者は富山県の生まれから、黒部市には従来から従業員約6千人の一大生産拠点に加え、さらに2015年4月と16年4月の人事異動で延べ約230人を黒部事業所に配属し、人事部門や経理部門など本社機能の一部を東京から移転した。

その後押しが15年3月の北陸新幹線開業という。
東京から黒部宇奈月温泉駅まで片道約2時間半。東京本社との連携もいまのところスムースとか。
地域振興に観光は欠かせないが最も着実に振興に繋がるのが企業誘致、それも本社移転は税収増にもなり、人口減少の大きな歯止めとなる。

敦賀市は、北陸新幹線開業まで4年、駅周辺整備、金ヶ崎周辺整備、産業団地整備と市役所の各部もこれまで以上に忙しくなる。行政は道路、施設の整備は得意だが、財政面や維持管理が苦手だった。今回の高岡市を訪問、視察で感じたのは北陸新幹線の開業効果は大きいが、一方で財政面の負担が増えるといった構図が開業3年目の姿だ。敦賀市にとってもこの教訓はいかさなければならない。


【2018/05/17】 | ページトップ↑
高岡市に学ぶ北陸新幹線効果
Date:2018-05-16(Wed)

ある勉強会で昨日より富山県高岡市にいる。高岡は、加賀前田家2代当主前田利長公によって慶長14年(1609年)に高岡城が築かれ、町が開かれた。以来、400年にわたり銅器、漆器や菅笠などの「ものづくりの技と心」を脈々と受け継ぎ、時代の流れの中で創意を積み重ねながら、富山県西部の中核都市として発展している。人口は敦賀市のほぼ倍の12万人。北陸新幹線開通は高岡にも観光客の増加など経済効果大きかった。

いま、新幹線の新高岡駅周辺には、真新しいホテルやイオンの大型ショッピングモールなどの民間施設が立ち並ぶ。近くに高岡市が整備した6カ所の駐車場は計約800台の収容スペースがあり、一部は平日も満車になる。

だが市内には並行在来線の1、5キロ離れたところに高岡駅というもう一つの玄関口がある。2015年3月の新幹線開業前後で取り組んだ両駅周辺整備が、市の財政を圧迫する要因になった。敦賀市は新幹線駅と本来の敦賀駅とほぼ同じ位置にあるとはいえ、駅周辺整備による財政面は注意が必要であることには変わりがない。

高岡駅は旧来の商店街や住宅地などが集中する中心部にあるものの、シャッター街など、どこの地方都市にもある姿がみえる。

観光面では国宝瑞龍寺、そして古い町並みや高岡古城公園(国史跡「高岡城跡」)をはじめ歴史的・文化的資産が数多く残され、敦賀より先だって、平成27年4月にはこれらを中心としたストーリー「加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高岡~人、技、心~」が日本遺産の第一弾として認定された。

さらに、平成28年12月には、その代表的文化財である高岡御車山祭がユネスコ無形文化遺産に登録され、これらの価値が世界的なものとして評価された。

北陸新幹線の開通で金沢と共に、観光客も増えたが、金沢市ほどの効果はない。高岡市の関係者は、いまのところ金沢の一人勝ち的な様相だとか。北陸新幹線の効果の大きさもあるが財政面、PRなど敦賀市も学ぶべきことは多い。


【2018/05/16】 | ページトップ↑
| ひとことトップ | 次ページ