血の通った市民のまちづくりと観光
Date:2012-05-17(Thr)

私事で恐縮だが、今日の診察でほぼ明日の退院もが決まりそうだ。ご心配をかけた皆様には本当に申し訳なく、お詫びを申し上げたい。

長かった。本来の退院予定から今日で10日が過ぎている。手術後の傷口は、治ったものの、本来の手術の目的であった新しい鼓膜が、傷口からの炎症が広がり一部で壊死状態になっていた。

これを切除しながら、新しい鼓膜の再生状況を確認する作業がここ数日続いた。再生状況とは、現に鼓膜に薄く赤身をおびてくる状態をいう。一言でいうと血が通い始めた証拠とか。説明を聞いて見て理解できる世界だ。

まだ、完璧ではないが、明後日は次男の結婚式でもあり、退院して結婚式にのぞみたかった、私の希望でもある。医師も投薬と通院で、治療は可能との判断が今日でると思っている。

ところで、昨日も病院の許可を得て長浜、高島、敦賀の三市議会で構成する協議会総会で、長浜市に出かけた。簡単に説明すると長浜、高島の両市はここ数年の合併で敦賀市と県境というより市境で接することとなった。

古来より行政単位の市とは関係なく人、物が活発に往来した地域でもある。北前船など敦賀に上がった荷物が琵琶湖を通じて、京都、大阪に運ばれ、戦国時代は三地域が戦場にもなっている。

現在も国道8号161号線とJR北陸線、湖西線で結ばれ、土日ともなる多くの市民が県境こと山の稜線を超えて、季節を感じている。黒河からマキノへ、刀根から余呉へ。歴史、文化、日常生活まで、行政単位の市境はあるものの、まさに密接な関係にある三市だ。

昨日も総会終了後、三市の観光振興課より観光に関する説明があった。いまやそれぞれが競い合うことも大事だが、滞在時間を増やすためにも連携する広域観光の時代でもある。

何度も訪れた長浜市だが、まちづくりと観光が結びついた町並みは気持ちがいい。黒壁観光、JR直流化、昨年までのNHKの大河ドラマ、今年は長浜・敦賀間130周年と、商魂たくましく、行政よりも町衆こと市民のまちづくりが観光にも生きている。長年、敦賀が学んででき得ていない、まちづくりと観光のお手本がここにある。

そぞろ歩きが楽しい町並みには人が集まってくる。独特の景観や名食、個性的な商店や土産品などは観光地の魅力アップに欠かせない。適度なにぎわいが、また人を呼び込む。そんな街に長浜は数十年かけて街を形成して来た。

三市の観光行政に関する説明後、久しぶりに歩く町並み、老舗和食店も、町家を活かした洋食店も雰囲気、と進化を続けている。一方で、若い世代が好むような店も多くなった。繰り返しにもなるが、まちづくりと観光、市民力ともいうべき血が通っていると感じる。いつまでもお手本がでは、…。
【2012/05/17】 | ページトップ↑
民生委員と地域包括センター
Date:2012-05-16(Wed)

昨日は、敦賀市民生委員児童委員協議会連合会総会に病院の許可を得て、出席した。民生委員児童委員には、地域の福祉を最前線で支えるだけに限らず、その仕事は高齢社会を迎え、さらには家庭で幼児虐待など複雑化する中で、ますます重要度が増している。それだけに民生委員・児童委員の活動には頭が下がる。

このような中で、社会福祉協議会、民生委員の活動といった、従来の地域福祉活動との関係をどうするのか。本当に、難しく困難な時代に入ったとみるべきだろう。

それを意識してか、報道によると、厚生労働省は、災害時に一人暮らし高齢者などの逃げ遅れを防ぐため、市町村は介護サービスを受けているかどうかにかかわらず、高齢者一人一人の避難誘導計画を策定するよう、通知を出した。

これによって末端の市町村は、地域包括支援センターやそのほかの介護事業者などと連携し、策定作業を進めることになる。だが、実情は、介護・高齢者支援の拠点とされ、地域の見守り支援も担ってきたはずの包括センターには、地域内の高齢者の把握が必ずしも十分でないことは明らかだ。

計画内容は、包括センターや介護事業者が、担当地域を分担。自治体から提供された高齢者の個人情報を基に、1人ずつ担当者を決め、安否確認や避難誘導などをするとなっている。私にすれば、個人情報保護法のからみでほんとにできるのか、また本来の業務おわれる包括センターでできるのだろうかとの思いだ、


超高齢社会むかえる中で、2006年4月の制度改正で各地域に設置されたのが包括センターである。市町村が直営、あるいは委託する形で社会福祉法人などによって運営されている。包括の業務は介護予防のほか、高齢者や家族への総合的な相談支援、高齢者虐待の早期発見などである。

つまり包括センターは、地域における高齢者の把握、見守り支援を大きな役割の一つとしている。だが、現状はどうか。介護予防のための業務などに追われ、地域内の把握が十分でないことは誰の目にみても明らかだ。

特に敦賀市は、人口の割に世帯数が県下随一で、それだけに独居老人も多い。個人情報も必要だが、まずスタッフやこれを支える人材育成など課題が多すぎる。国は、最前線の市町村へ、さらに包括センターへ丸投げで済んでいるようにみえるが実情は私の見る限り、まだ著についたばかりだ。

東日本大震災では介護サービスを受けずに自宅で暮らす高齢者についての安否確認に手間取り、避難誘導が遅れて亡くなったケースが相次いだ。この災害時対応だけみても、難しく困難な時代を迎える。

地域における包括センターの現状を受け止め、実効性ある計画策定へ市町村と包括が十分に連携するには、社会福祉協議会、民生委員の連携は必ず必要であり、民生委員の役割は、水面下でますます重要となる。ほんとに頭が下がる活動だ。
【2012/05/16】 | ページトップ↑
節電の表と裏
Date:2012-05-15(Tue)

昨日は原子力発電の重要な報道が二つ全国に報じられた。それも福井県のおおい町と敦賀市だ。

ひとつは、おおい町議会は全員協議会を開き、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働に同意すると賛成多数で決めたこと。

ふたつは、敦賀発電所の直下を走る断層(破砕帯)が近くの活断層に伴って動く可能性を指摘された問題で、原電は経済産業省原子力安全・保安院の地震・津波に関する意見聴取会で、ボーリングなどで活動性を確認する調査計画を示し、調査終了は11月末の予定。委員は「時間がかかってもやむを得ない。信頼できる調査を行うべき」として計画を了承したこと。

いずれも安全、安心は、原子力発電にとって、最優先課題で、風潮に流されず、一歩一歩、着実に冷静な議論を積み上げて行う重要な作業だ。ただ、保安院の森山対策監の結果も出ていないのに「(運転は)厳しい」との見解はあまりも無責任とも言える。

一方で政府が昨日、まとめた今夏の電力需給見通しでは関西電力管内など全国4地域で計画停電の準備を迫られることとなる。

関西電力の大飯3、4号機の再稼働は議論しているものの、再稼働が実現しようと、電力の供給不安や電気料金上げの可能性が高まるため、対応を迫られる企業や市民生活は、節電の夏を迎える。

私は節電といっても「節電はいい」との意識が強い反面、それによる影響がでてくるとの認識が少ないともがと思っている。私たちの暮らしに電力は欠かせないものになっている。節電によって、資源の節約や環境問題にはいい効果となるが、一方で、我慢をしたり、物の生産を調整したりして電力を使わないようにすれば確実に経済は縮小しているとの認識も大事だ。

そもそも資本主義は商品を作り続けて消費し続ける事が前提。環境に優しい商品の開発に力を入れるべきであって、経済の規模を縮小する事は国民生活を根本から悪化させるものでもある。

火力発電をフル稼働させているので、原子力発電が必要ないような錯覚に陥っているが、現在はエネルギーの大半の9割以上、火力にたよっている危険な状態との意識が少ないとも感じている。身近の北電の敦賀火力はフル稼働だ。石炭の敦賀港での輸入量も増えている。輸送コストも含め相当な燃料費となる。

火力の原料高騰や調達困難の場合のリスクを分散する為に原子力発電があったのが、そのリスクを火力だけに傾けている異常な状態で電力構成が足りている事を認識があまりもにも少ないと思っている。

今、日本は夏にむけて、節電が昨年に続いて始まっている。再稼動、破砕帯問題も、敦賀市の将来ともからみ、ひいては嶺南地域、福井県、さらには、日本の少子高齢化、人口減少、経済の縮小といずれも密接に関係している重要な問題だ。
【2012/05/15】 | ページトップ↑
ネバーギブアップ
Date:2012-05-14(Mon)

昨日から今日にかけて私の身体は大げさだが、再手術の時期を迎えていた。手術同意のため、昨夜遅く女房も福井市内のホテルに入っていた。たかが耳だがされど耳で、再手術となるとさらに二週間の退院延期となる。昨夜の診察で回復の兆しありとして今日の手術予定は、なくなった。ただ、今後の推移によっては再手術もありうるとの見解だ。

手術はそのものは全身麻酔のため痛くもないが、精神的には退院予定も一週間延び、その上の再手術はすこぶる苦痛だった。医師とも相談し一日一万歩など全身の健康管理に尽くしている。

これも大げさだが、「ネバーギブアップ」と、自らに言い聞かせている。今年の年頭に野田佳彦首相が消費税増税への固い決意を示して使った言葉だ。

そもそもはウィンストン・チャーチルが1941年、英国の寄宿学校の卒業生たちに贈った言葉として知られる。「名誉と良識に基づく信念による他は、決して屈服するな。決して、決して、決してあきらめるな」と。

今年4月、トヨタの入社式で豊田章男社長も「ネバーギブアップの精神で前に進んで行こう」とあいさつした。大きくは東日本大震災の日本に通じ、立地地域の再稼動問題、ひいては敦賀市にも関わるものでもあると、私は思っている。

1970年3月14日、敦賀1号機から大阪万博会場に「原子の火」が送られ新時代が開けた。あれから42年。泊3号機が止まり、日本の電力を支えてきた原発が全停止。異常な事態である。

日本の原子力政策の大転換を余儀なくされ、政府は大飯3、4号機の再稼働を訴えるのだが、京都、滋賀県との協議会の設置を提案してみたり、稼動にむけての覚悟がどうも感じられない状況が続いている。それでもある結論を立地地域なりに出そうと懸命に作業を繰り返している。

福島事故発生直後から事業者は緊急対策を実施し、県は安全基準を国に再三要請。一定の対策が示されると、県原子力安全専門委員会などで検証を重ねてきた。地元説明会では経済面と安全面の板挟みで苦悩しながらも率直な意見を述べる住民の姿があった。10キロ圏内にある小浜市でも真剣な議論を行っている。

福島のような事故が起きれば真っ先に深刻な被害に遭うのは発電所に働くものであり、この立地地域の地元、敦賀市でもある。おおい町の町議会が容認の方向性を示し、時岡町長の見解、県の専門委員会も結論を出し、県会も本格協議に入り、県知事も6月にむけて早晩、結論を公表する段階まで熟し始めた。

一方、福井新聞によると、全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)は11日、東京の全国町村会館で定例総会を開いた。再稼働をめぐる政府への不満が相次ぎ、枝野経済産業相、細野原発事故担当相らも出席したが、冒頭のあいさつだけで退席し、各市町村は不満と不信感をあらわにしたと報じた。

報道にある野瀬高浜町長、山口美浜町長は、エネルギー政策について将来的には脱原発を掲げる政府の方針に対し、経済成長や温暖化対策など現実的な対応を冷静に議論するよう求めた。原子力発電と共に安全を第一に考え、身近に感じ40年歩んできた立地自治体のいつわざる心境だ。

確かに福島の事故の大きさはあまりも大きく、原子力政策の大転換でもあり、国民の意識も大きく変わった。当然、立地地域もこの敦賀市も重大な転換点に立っている。

問われているのは、立地自治体がどう自律的に原子力発電と向き合うかだ。将来のあり方、経済や雇用にも大きく影響する。再稼動問題も、高速増殖炉もんじゅの研究存続、敦賀2号機の活断層問題などなど、一つひとつ克服するしかない。まさにネバーギブアップだ。
【2012/05/14】 | ページトップ↑
母子手帳と予防接種
Date:2012-05-13(Sun)

入院も予定外に長くなると精神的にいらついたり、気分転換を図ろうとするが、これが難しい。これを閉塞感ともいうべきものか。耳以外健康体であり、昨日も外出許可を得て、敦賀市立西小学校の新しくなった校舎の落成式に参加した。大谷吉継の敦賀城跡の上にたつ校舎だけにその設計と中身は興味深かった。このことは近々、ふれたい。今日の話題は、今年度、子供達を育てるのに変わったものと変わるものを取り上げる。

そのふたつは、子供を育てるのに日本にとって最先端を行くものと遅れをとったものである。末端の市町村が絡むものだ。最先端を行くのは日本生まれ、生まれて70年。今も進化を続ける。母子健康手帳がこの春、10年ぶりに改訂された。私も久しいぶりに母子手帳なるものを見たがずいぶんと見やすく改善されていた。

親から子へ引き継がれるものでもある。わが子が生まれ、市役所から手渡された手帳。予防接種など細く記載している。

起源を調べると面白い。「産めよ増やせよ」の国策によって「妊産婦手帳」が配られるようになったのが始まり。ひもじかった戦時中も、手帳のある人には優先して米や砂糖が配給されたという。私の母親も臍の緒と母子手帳は大事に保管してくれた。予防接種などきめ細く書いてある。

日本発祥の母子手帳は今、25以上の国や地域で使われているとか。アニメ以上に知られざる日本の文化ではないか。

 一方、遅れをとったのが、予防接種法に基づくポリオ予防の定期接種が、生ワクチンから不活化ワクチン。この秋から実施。と全面的に切り替わる。厚生労働省が方針を示した。敦賀市議会でも請願の賛否で議論になった項目でもある。

まず、9月からポリオ単独の不活化ワクチンが使われる。11月からはポリオ不活化と3種混合(ジフテリア・百日ぜき・破傷風)を合わせた4種混合も導入される見通し。市町村は、接種開始に向けて着実に体制整備をしなくてはいけない。

生ワクチンには極めてまれにだが、接種によるまひが起きる可能性があり、不安を抱く保護者が少なくなかった。不活化ワクチン導入は、この不安を解消するものだ。 いずれにしても、日本が「ワクチン後進国」という事実だ。

予防接種は、子育て家庭が経済的負担に悩むことなく、安心して、確実に受けられるものでなければならない。これらを保障することが「ワクチン後進国」から脱することであり、ポリオ定期接種においても、そのための体制を整える必要が不可欠だ。

接種体制の整備はもちろんのこと、保護者に対するきめ細かな対応、広報が要る。国も自治体もこれからが大変だが、きっちりとやってほしい。

母子手帳と予防接種、その後のはしか、風疹な病歴は、親から子へ、引き継ぐ何事にも変えがたい財産だ。還暦を迎える私にも当時の母に気づかいがよくわかる。
【2012/05/13】 | ページトップ↑
ツバメが減っていると騒ぎ出す不思議さ…。
Date:2012-05-12(Sat)

ここ福井大学病院の近辺ではツバメをみかけない。一羽もだ。私が敦賀でツバメを見たのは今年4月か、笙ノ川の三島橋の下をくぐり抜けるように、数羽のツバメが舞っていた。子供の頃には南に帰って行くのにツバメが百羽以上、電線に集合しているのを見かけたことがある。この時期、首をかたむけて、よけねばならないほど、ツバメを多く見た。

家の軒下にツバメの巣でも出来たなら、縁起がいいと、大事にヒナの育つのを見守ったものだ。天候が移ろいやすいこの季節は、そろそろ、ひなの鳴き声が響くころだ。

昨日のテレビによると、ツバメはずっと減り続けているそうだ。石川県の調査では成鳥の数が40年前の半分に落ち込んでいる。ある調査によれば、巣の数もエリアで3分一とか。全国規模のきちんとした調査が意外に少ない。

ツバメを見かけなくなったのは、水田の減少などで餌の昆虫が減ったためらしい。巣作りに向く日本家屋の減少もあるとか。ようやく多くの人が「異変」に気付くようになったということか。

先月、兵庫県の「コウノトリの郷」を訪れたが、コウノトリも水田のタニシなどの餌がなくなったのがいなくなった要因とか。ツバメにとって必要な自然を人間がわからないうちに破壊している。

身近な渡り鳥ツバメだけに、その減少を今頃、騒ぐ不思議さ。バブル崩壊後20年以上たち、その頃から税収の減少、少子高齢化、人口減少と、今日の兆候があったとか、今頃、騒いでいる政治の世界と共通する話題かもしれない。ツバメの減少は、失われた20年どころでない不思議さがあるとか。
【2012/05/12】 | ページトップ↑
中池見湿地ラムサール登録の意義と覚悟
Date:2012-05-11(Fri)

連休から個々人にすれば想定外の高速道路のバス事故や自然の脅威が続いた。地上では竜巻が関東地方を襲って大きな被害をもたらし、山上の北アルプスでは登山者の遭難事故が相次いだ。私の場合は、退院予定の7日がとっくに過ぎ、場合によっては、再手術の話も医師から伝えられるようになった。

個々人にすれば、想定内、想定外の事前予想は難しい。北アルプスの白馬岳で死亡した6人は60代から70代の高年グループだったが、登山経験もあり海外の山に登るベテランもいた。いずれもTシャツや雨具だけの軽装で十分な防寒着は持っていなかった、と当初、テレビで報じられたがそうではなかった。

現場に残されていたリュックの中には冬山並のダウンジャケットなど入っていおり、登山計画書も避難場所、避難経路まで書き込んだ相当な経験者と思わせる入念さだったとか。

大変恐縮だが、竜巻やバス事故の中で今回の登山事故は、意外に取り扱いが小さかった。相応の準備と装備がされていたとすれば、何があったのだろうか。中高年の登山事故が増える中で、亡くなわれた方には申し訳ないが、まさしく想定外の出来事だっただろう、遭難原因を解明してほしい。

ところで、 環境省は昨日、国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約の新たな登録候補地として、敦賀市樫曲の中池見湿地など全国の9カ所を指定する方針を決めた。関係者のこれまでの労苦に敬意を表したい。

敦賀市にとって、これほど、劇的に変わったエリアもないのではないか。 1992年、大阪ガスがLNG基地を建設する計画が浮上。市民団体による反対運動、エネルギー事情から2002年に計画中止。05年に市に土地と保全資金4億2千万円が寄付された。建設計画が公表されてからすると、大阪ガスにとっても市民団体にとっても想定外の急展開ではなかったか。

LNG船の10万トン級が入る予定の敦賀港の価値とエネルギー基地としての価値が大きく頓挫することとなった。反面、稀少価値である泥炭湿疹とトンボなどの貴重な動植物の宝庫が守られた。

江戸時代から人が手を入れながら守られ育てられた湿地、今後も人の手を入れながらの保全活動が必要だ。ルーマニアでのラムサール登録はほぼ確実だけに、世界の中池見、日本の中池見となる。そうは言っても保全費用は、国も県も潤沢に出すとは考えにくい。逆にラムサール登録になることは、保全活動を継続する敦賀市、敦賀市民の力量が問われることにもなる。

敦賀市にとって、久々の朗報だが、どう未来に向けて保全活動を継続させるか。他人事ではない。それだけの自然の価値、教育的価値さらには観光資源でもあるからだ。

ラムサール登録までは関係者の労苦の賜物だが、保全活動も含め人材育成、さらには大阪ガスの寄付金が底をつく頃が、本当の正念場となる。これこそ、想定外ではない現実の問題が横たわっている。

【2012/05/11】 | ページトップ↑
この時代だからこそ、プラス思考の敦賀へ
Date:2012-05-10(Thr)

入院生活が長くなると、テレビ、本、マンガと精力的ではないが、いやおうなく見る時間は増える。

テレビでマンガと言えば、「鉄腕アトム」。マッハ5で空を飛び、人間と同等の感情を持つアトムは身長1メートル35センチ、体重30キロながら大型タンカー数隻分の力持ち。体の中には、超小型の原子炉が備わっている。10万馬力のエネルギーを生み出す動力源だ。

敦賀1号機が大阪万博に送電した頃、商船大学の学科を航海学科から原子力動力学科に席を切り替えた。単純に原子力船「むつ」が就航しようとしている時期、幼心の鉄腕アトムと結びつけた単純な想いにほかならない。

今、若い人たちは体内に原子炉を持つロボットに憧れるだろうか。原子力を研究する大学の学科や大学院の専攻への入学者数が減っている。今春、東京大など7大学の合計で、昨年より16%減少したという。理由は福島の事故の影響だろう。ここ数年は地球温暖化対策を背景に、原子力推進の機運が海外で高まり、入学者が増加傾向だったのが事故で一変した。

無限のエネルギーとしてもてはやされた原子力。国の政策が見えづらいだけに、若者は将来の夢を描けない。心優しい科学の子は迷走するしている。

この中で、福井大附属国際原子力工学研究所が敦賀市のJR敦賀駅西側に開所し、新たな一歩を踏み出した。難しい中での船出だ。

福井県のエネルギー研究開発拠点化計画の中核施設の一つとして、重要な役割を担う。原子炉の安全性向上や原子力防災・危機管理など人材の育成に向け、正念場を迎える。

福島の事故の教訓をもとに、過酷事故評価やリスク評価、耐震・耐津波などの研究を推し進める原子力防災・危機管理部門を新たに設置した。

研究所では大学院生ら約20人が学ぶ。所長の竹田敏一先生は大阪大学から来られた高速増殖炉の権威。人望も厚く、早速、中東からも留学性が来敦している。研究所に入るとこれまでの敦賀の空気とは一変する、環境が整っている。来春以降、どう学生を集めるか、まさに真価が問われる。

時代が大きく変化するとはいえ、2年後に敦賀短大から公立看護大学と生まれ変わることとも合わせ、繊維の東洋紡を中心とする産業都市、原子力発電、石炭火力発電のエネルギー都市、そして福井大学と市立看護大学と学園都市と多様な顔を持つようになる。

冒頭にあげたように、ややもするとマイナス思考に陥りやすいが、ダーウィンが言ったように、「進化とは変化である」と、その時代ニーズにあわせながら、プラス思考で敦賀市の行く末を考えたい。

補足にもなるが、昨日の福井県議会、再稼動問題での全員協議会。原子力発電と40年向き合ってきた立地県とも思えない。マイナス思考的な意見が多く、数ヶ月にわたって議論を繰り返しているにも関わらず、入り口論議に終始している。また、昨日も書いたがおおい町長の時岡氏の「40年前にそうとう議論したこと」「来県以降、国の回すんだとの覚悟がかんじられない」など、立地地域のいらだちも私には痛いほどわかる。
【2012/05/10】 | ページトップ↑
今年も大飯が稼動しても、厳しい節電の夏を迎える。
Date:2012-05-09(Wed)

植物の生育にもってこい季節だ。ゴーヤ、アサガオの種まきは、今ごろが最適という。この夏こそ緑のカーテンに挑戦しようとする方も多いとか。

大飯発電所の再稼動に向けておおい町議会、県の専門委員会、県議会と連休明けから動き出した。が、ボールを福井県に投げているせいか、政府の覚悟や決意が感じられなくなった。

一方、民主党の小沢元代表の復権の報道が大きくなり、野田首相の「政治生命を懸けるといった言葉に掛け値はない」と、掛け値なしと言う言葉まで使って、社会保障と税の一体改革関連法案の審議が始まったものの、支持率低下とともに迫力が感じられないのは私だけであろうか。

衆院本会議の質疑で自民党の大島副総裁は民主党の対応によっては与野党協議に応じても良い、との意向も明らかにした。自民党にも駆け引き的な要素もあり言葉に迫力を感じられない。

政策よりも政局が先行し、何も決まらない政治という印象が目立つようになった。

地方政治こと、敦賀市でも国民健康保険財政、介護保険財政など限界に近くなっている。新たに始まった後期高齢者医療制度も皮肉にも定着し、民主党の廃止方針も現実には難しい。

もっと身の回りで感じるのだが、50歳の男性のおおよそ5人に1人、女性の10人に1人が結婚したことのない時代になったという。調査によると「おカネがない」との返答がかなりを占めたという。子育て支援よりも、出生率低下の根本原因はこことも関連する。

とどのつまり、再稼動、社会保障、出生率低下、景気や雇用などすべて関連するテーマだ。最後は政府、政治の責任と押し付けるが、それも先送り的になりやすい。

福井新聞朝刊で報じられた敦賀の市民福祉会館の存廃問題も、建物の耐震化と老朽化といった課題と高齢者福祉の維持という問題の背景には税収減、さらには、遠くになるかもしれないが敦賀の再稼動問題、敦賀の景気や雇用とも絡んでいる。

外は薫風そよぐ青空、ところがテレビに映るのは、真っ黒な風の渦の竜巻、自然界、社会情勢、政治情勢ともに厳しい…。今年も大飯が稼動しても、厳しい節電の夏を迎える。
【2012/05/09】 | ページトップ↑
喫茶店の今昔
Date:2012-05-08(Tue)

どうも入院が一週間程度長引きそうだ。理由は耳の手術の縫目の一部から水分と多少の膿がでるからだ。当面はこの傷口の様子をみて退院となる。私の不徳の致すところと申し上げるしかない。昨日は外出許可を得て、原電の発電所と敦賀市役所を退院の延期を報告に行った。迷惑をかける事をお詫びしたい。

ところで、昨日は、高速道路から敦賀市内に入ると不思議と気持ちが落ち着く。わずか17日ぶりの敦賀だが、顔見知りが多いせいか、居心地のよさを敦賀の空気で感じた。

居心地のよさ、落ち着く場所と言えば、住みなれた場所もそうだが、私たち世代は喫茶店がそのひとつだ。福井大学病院内に喫茶のドトールコーヒー店がある。入院しているとシャバというか、世の中の接点がどうしても恋しくなる。院内でコンビニ的なショップで本や雑誌を買い、喫茶のコーヒーと本を読んで過ごす、つかの間の憩いとなる。

我々の世代の象徴的なのが、ガロの「学生街の喫茶店」のフォークソングが流行っ頃でもある。私が二十歳の1972年と記憶する。デートにしろ待ち合わせは喫茶店が大半。♪あの頃はお茶を飲み、訳もなく…時は流れた…♬のフレーズがピッタリだ。

ゴールデンウイークが明けると学生寮の近くの居酒屋、パチンコ店、喫茶店にたむろするのが定番の居場所となった。敦賀に来た当初、多くの喫茶店があった。気比神宮近くには懐かしいジャズ喫茶まであった。知り合いもいないので、日曜日となると、よく入りびたることとなった。

調べると、総務省統計局「事業所統計調査報告書」よると、日本で喫茶店は、ピークの1981年を境に減り続けている。データーによると現在、スタバなどの出現で減っている印象は少ないが、ピーク時の半数近くになっている。

ここまで書き進めたのも、友人が先日、出身地の四国の喫茶店を閉じたとの風の便りだ伝わったからだ。四国の高松では、コーヒーも出すが、さぬきうどんも出すと言った、純喫茶とはほど遠い存在だが、それでも経営が難しくなっていた。

敦賀でもなじみの店が少しづつ、閉店していったが、逆に客層もかつての若者から熟年世代と変わり、定年や脱サラで、喫茶店を営む仲間もいる。

歴史を振り返れば、17、18世紀、ロンドンのコーヒーハウスやパリのカフェにはいろんな情報がもたらされ、政治や芸術をめぐり活発なやりとりがあり、日本でも同じような現象となって、それが発端で世論が形成されたとの記録もある。

敦賀ではどちらかと言うと、居酒屋の議論が巷の世論となることもあるが、喫茶店も市民感覚を確認する上で、これほどいい場所はない。昨今で言えば、原子力発電の安全・安心から再稼動問題まで、ただ単なる居場所だが、それとなく市民感覚というか、本音も語ってくれる。駅前の喫茶店となると市外、県外の方とも話ができる。

居酒屋、ショットバー、喫茶店と意外と、不思議な議論空間が形成される。それにはなじみになることから始めることとしている。だだし、院内喫茶は今の境遇からの逃げと憩いの場に過ぎない。
【2012/05/08】 | ページトップ↑
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