観光の口コミ効果と「敦賀が好きになること」・・・。
Date:2008-08-31(Sun)

四国にお遍路さんを、おもてなしする、ということで「お接待」という慣行がある。昔、雨の日も風の日も、修行されるお遍路さんをねぎらうために、食べ物や、少しのお金や、時にはお宿を提供したりしてお遍路さんをもてなす。お遍路さんは、私の子供時分、暗いイメージがあった。道路事情もあり、八十八ヵ所の霊場を結ぶ「遍路道」も荒れていたのを思い出す。最近、観光化と遍路道の整備も進み、この遍路道をひたすらに歩む「歩き遍路」が増えている。

話をフーテンの寅さんに飛ばすが、「お遍路が一列に行く虹の中 風天(ふーてん)」。風天とはフーテンの寅こと渥美清さんの俳号。「風天 渥美清のうた」(大空出版)に取り上げられた句。渥美さんが亡くなる2年前に詠んだもので、辞世の句ではないかという。これは失礼かもしれないが、フーテンの寅さんとお遍路がぴったりと重ね合わせるのにふさわしい句だ。お遍路さんとその庶民性が現代に受けているの典型の句でもある。

遍路の言葉に、「濡れる時は濡れ、捨てる時は捨てれる自分が見つかる」がある。それも団塊の世代を中心に、讃岐路を黙々と行く「歩き遍路」が着実に増え、これを支援するNPO法人まで出現した。まさに、遍路が現代に合い、それを支援する風景が存在する、それに観光が乗った。

先日、福井新聞の記事(8月27日版)の「福井観光戦略 土地柄を生かせ」と題して、観光のプロである演者が語る内容は、『「観(み)せる観光」に向け▽独自性の強調▽高級感の演出▽話題性の創出―などの手法を提示。「満足したお客は最大のセールスマン。口コミが最も宣伝効果がある」と話し、五感に訴えるブランドづくりを促した。

観光客の動向については、名所旧跡を訪ねる「原始型」、山や海などで心身を解放する「近代社会型」、特定の趣味を深めて自己実現を図る「先進型」の3種類に分類。今後は「先進型」が主流になる』と、四国遍路が増えている要因を見事に言い当てている。

四国遍路のあるアンケート調査で、口コミが大きいことを語っていた。それと「お接待」というか、おもてなしの気配りが印象に残り、口コミが増幅させた。

先週の木曜日、男女共同参画センターで開催された講演「これからの敦賀の観光について」。講師は「敦賀を好きになること」が原点で、毎年300人とも言われる敦賀を出る高校生の口コミや、これか敦賀から育っていく小中高生への地元を好きになる教育が大事だと強調していた。まさに口コミの宣伝効果だ。

私も小さい頃は「お遍路さん」をガキ仲間で「辺土」とさげすんだ言い方をした覚えがある。「辺土」とは辺ぴなところにも通じ差別用語的な言葉だ。それが、私自身、今では、考え方も見方も変わっている。遍路道にある郷愁のようなものかもしれないが、好きにも通じるのである。先日の講演でも「敦賀好きですか」との単純な質問に大半の方が手をあげていた。年齢の重なりとも合致するが、現役の高校生には、まだその思いは薄いとか。とにもかくにも、講師の主張する口コミ効果は確かだ。

お遍路さんも、地元はもちろん、四国出身者が口コミと、新聞の連載、案内本など、口コミ的に広がり、マスコミが書きたて、現在、着実に観光と結びつき成果をかげていると過言ではない。

ここまで書きすすめたのも、瀬戸大橋で開通20年間で成功した観光事業で、お遍路さんに関する観光は、口コミからマスコミ、旅行社と、膨れ上がった。通年型観光でもあり、最近は若者にも波及している。行政は、お遍路が増えたことにより、昔の遍路道の整備など周辺整備に後から乗り出したというのが現状だ。

講師は、今回の敦賀の花火大会で、テント事故もあり最前線で大変ご苦労されたひとりだ。講師曰く「観光も大事だが、市民のための花火を考えるべきではないか」「同じような規模で市から予算をかけないで実施している自治体もある」「市役職員や警備を増やして、何もなかったからよかったというものではない」と、観光プロでありながら、市行政に対する注文は的を得ている。

敦賀市の行政に対しても「予算上の計画はあるが、真の年間計画がない」「司令塔がバラバラ」「ボランティアガイドはでき始めたが、これも主体がバラバラ」と実行面での不備を語っていた。

講師は、敦賀育ち、観光のプロでもあり、四国の高松で営業マンや添乗員としても活躍したとか。講師が語るように観光の基本は、「敦賀が好きになること」であり、観光客を増やすには、口コミであり、敦賀を出る小中高生が敦賀を好きになってもらうことなど、まさに「おもてなし」の基本にも通じる。
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【2008/08/31】 | ページトップ↑
介護職場も消費者相談も、人材育成と賃金問題が絡む・・・。
Date:2008-08-30(Sat)

・・・・秋風が吹き、サンマは高いが・・思いつくままに文を書きすすめる。

2学期制で敦賀の小中学生が学校に通い始めた。新物のサンマが出回る季節になった。お盆以来、天気もよくない。今季は、サンマを取り巻く状況は芳しくない。先ごろ全国のサンマ漁船が一斉休漁した。原油価格がようやく落ち着き、下がる動きもある。とはいえ依然高水準が続いており、集魚灯を使う棒受け網漁は特に影響を受けている。敦賀にも出回り始めたスーパーのサンマは、高い。ただ、実情は、サンマの今の時季の漁獲量のためで、原油高は反映されていないことは事実らしい。燃料費の補助を受けたとしても、恐らく焼け石に水程度で、漁師が、意識的に休んで、価格が上昇した方が、労力分だけ儲かるとか。難しい話だ。

わかったようでわからない世情が続く。

・・・・・介護職場の現実・・・・・・・

女房の父親の関係で介護職場の実態を親しくなった青年から聞かされた。この世界、男性も進出し始めた。女性が主に担ってきた介護の世界だけに、大学を卒業した青年には、それなりに悩みは、深い。福祉系の大学を卒業し、介護福祉士、社会福祉士といった免許を取って介護職場に就職した。事務的な仕事の上に、人手不足もあって、夜勤、力仕事と、何とか若さで何でもこなしてきた。

男性だからと嫌がられることもあっても、それは我慢できる。が、介護制度の関係で、賃金が安いうえに上がらない。彼女がいても将来の不安から、結婚も躊躇している。と、現実の矛盾から、職場を去ろうと考えているとか、夜間、切実な告白を聞いたが、どうしようもない現実だ。敦賀でもこの種の例は、現実化している。

地方の現場では、いまだに偏見が作用し専門職として、介護保険制度の欠点というべき、社会的な評価を受けてこなかったともいえる。その一方で、家族としては介護保険制度がなければ、相当な負担がのしかかる。それだけ介護保険制度に助けられているとも言える。何とも複雑な心境だ。

介護職は、データによると、介護保険制度が導入された2000年には約55万人だったのが、06年には170万人と3倍増した。ところが給料が一般の平均の約7割と安いこともあり、離職者は年2割を超え、恒常的な労働力不足になっている。夜勤、重労働をしても月15万円も満たない現実は厳しい。

少子高齢化でどこもそうだが、敦賀でも将来的には、今以上に、この分野で人手不足になるのは確実だ。全国的な改善の動きはあるが鈍い。インドネシアからの受け入れ問題も現実化している。わすか9年目だが、介護保険の料金の問題も含め、大きな問題が内在している。

・・・・政府がいう、消費者庁と強調するが、これも市レベルの取り組みと評価は低いのが現実だが・・・・・・・

もう一つは、消費者行政のかじ取り役を目指す「消費者庁」が来春にも誕生しそうな勢いだ。どうなるか、不信感も強い。何よりも消費者に近い、これも現場である市レベルでの、評価と取組は厳しい。高齢者を狙う悪質商法、多重債務の悩みなど、あとを絶たず、件数が少ないことも理由にあがろうが、今後のことも考えると充実化は現実の問題とも受け止めている。ここ数年、敦賀市もずいぶんと取り組み姿勢も変わってきた。それは評価できる。

ただ、今回提唱されている「消費者庁」が期待通りに機能するのか。解決すべき多くの課題がある。そのひとつが現場力の強化だ。私が思うに、ポイントの第一に消費者が何でも相談でき、誰もがアクセスしやすい相談窓口の全国ネットワーク構築化だ。共通の電話番号を設置し、緊急事案には代表的な窓口が24時間365日対応するという。被害情報を早期につかみ、情報を一元化して迅速な対応につなげることは消費者庁の最大の使命といってもいい。

こうした窓口が全国にあれば、消費者も安心して相談できる。だが、問題はその役割を期待されている自治体の消費生活センターが、厳しい財政状況の中で疲弊しきっていることだ。敦賀市には、「消費者センター」の看板はない。生活安全課の中に市民相談は、県ともタイアップしてあるものの、今後のことを考えると、「消費者センター」という看板を上げざるを得ないが、まだ十分な人材が育成できていないのではないか。

相談と言っても、内容は複雑多岐だ。負担は相談員の肩にかかってくる。消費者からの相談を受け、関係部局や企業と交渉し法律を活用しながら複雑化、巧妙化するトラブルの解決にあたる。経験とそれなりの地位、評価が必要だ。

全国的にも85年の豊田商事事件のころから消費者トラブルの相談が急増したが、全国的のも7万人レベルでは人材が伴わない。相談員の評価も低い。意欲のある相談員は消費生活アドバイザーの資格を取ったり自費で勉強会に出かけたりしたが専門職としての評価は伴わなかった。ただし、現在は、研修にも力を入れているが・・・。

消費者庁の成否の鍵を握るとも思われるは、消費者にもっとも近い相談窓口がこうした現状では、現実は絵に描いたもちに終わりかねない。 真に機能する組織とするには手足である市レベルの現場力の強化が欠かせないことは事実だ。これも人材確保と現実の問題が伴う。

いずれにしても、介護の問題、消費者センターの人材育成は、全国的な課題とはいえ、現実的に考えなければならない問題だ。

・・・男ありて/今日の夕げにひとり/さんまをくらひて/思ひにふける―。だけでは進まない現実だ。
【2008/08/30】 | ページトップ↑
災害時の情報受信と発信の難しさ、教訓とどう向き合うか・・・。
Date:2008-08-29(Fri)

早朝より、各地で豪雨災害が伝えられる。愛知県では避難勧告も出された。

ひとつの教訓。パニックになりながら母親に電話を入れ、最後にこう伝えた。「お母さん、さようなら」・・・・これは、栃木県鹿沼市の16日に発生した自動車水没事故の衝撃的な報道だ。

「車に水が入ってきた。ドアが開かない」。110番した女性は自分の名前を告げて、懸命に窮状を訴えた。だが、現場の情報を伝える前に携帯電話が切れた。栃木県鹿沼市の市道で豪雨のため車が水没し、乗っていた女性が亡くなった。水没すると水圧でドアが開かなくなる。電動の窓も作動しない。恐怖の中で女性は懸命に救助を求めた。本人の110番、母親の119番、さらに目撃者の通報もあった。しかし、警察も消防も動かなかった。どちらも、安全確認済みだった別の事故についての通報と思い込んでいた。地元の下野新聞が一昨日より、この事故を受けて連載を始めた。今日で最終の上中下の三部作。

現場では女性の前に、やはり水没した車から夫婦が自力で脱出していた。近くでも同様の水没情報があり、警察官が出動、車が無人だったことを確認していた。さらに「高架下」「近くにガソリンスタンド」などと通報内容も似通っていた。しかし、である。本人から助けを求める通報を受けて、安易に出動済みと思い込む。地元の下野新聞は、市の危機管理マニュアルに定められた陥没危険個所のバリケード封鎖がなされず、確認も怠ったままだったと伝える。

あり得ないこともこれだけ重なると、「あり得るのだ」との教訓でもある。警察と消防は「想定外の豪雨で現場が混乱した」「電話が鳴りっぱなしで冷静な判断ができなかった」。と反省の弁だが、事故は事故だ。

今回の事故は、地元に防災上さまざまな課題を突きつけたようだ。中でも「情報伝達」と情報をどう受け取り処置するか、発信も大事だが、受信の判断も大事だとの教訓である。

一昨日は金ヶ崎のテント事故から一カ月。福井新聞など各紙地元版は、取り上げたが、まだ事故解析は、警察、保険ともに審査中だ。ただ、当日の危機管理で福井新聞が松原での海水浴場や敦賀国際ゴルフ場での危機管理の緊急措置を報道した。これは教訓によるものだ。今後は、金ヶ崎でのテント事故は、気象庁より速報的に原因が伝えられたが、警察など捜査終了後、時間はかかろうとも事故解明を公表してほしい。それが貴重な教訓となる。

昨日も池田町の豪雨情報をテレビ、ラジオでしきりに報道していたが、大事なことだ。行政機関がつかんだ緊急の防災情報はいち早く関係住民に知らせるべきであること。

災害時に、どう受信し判断するか、情報をどう把握し、どう伝えるか。自らもそうだが、家庭も行政も職場も、警察も消防も、いま一度、それぞれの事故の教訓を総点検し、いつか必ず来る「次の災害」に備えたい。防災無線設置も各地の教訓が、教えることが多い。緊急放送も、携帯、テレビ、ラジオ
FM、屋外と多重性ができる時代だ。各地の教訓を生かすべきだ。原子力発電所のある柏崎市の教訓は大きい。

これは余談だが・・、中越沖地震による柏崎市の観光は大きな打撃を受けた。地震そのものが旅館に与えた被害もあるが、それ以上に原子力発電所の火災報道による風評被害が相当影響したことは確かだ。かつて、敦賀でも、56事故、もんじゅ事故報道に伴う「風評被害」を受けた。観光分野などに対する「風評被害」を防ぐための危機管理も必要だ。

原子力とは違うが、先日の青森・岩手地震の「風評被害」被害対策は見事だった。八戸市は地震発生当日、市の観光情報ホームページ(HP)に「八戸市の観光は大丈夫です!」という宣言文を載せ、八戸三社大祭は予定通り開幕すると告知し、話題を呼んだ。大手ビールメーカーや旅行雑誌のHPも、八戸三社大祭のことを伝えたり、八戸市のHPにリンクを張って、PRに一役買った。

さらに岩手県、青森県など、また、八戸市、十和田市、観光事業者らは共同でキャンペーンを展開。8月1日には八戸三社大祭の会場で「青森・岩手の観光は元気です!」の横断幕を掲げ、全国にアピール。「地震に負けず、祭りを盛り上げよう」という市民らの心意気と県内外からの応援が相まって、祭りは例年以上の盛り上がりを見せた。危機をチャンスに塗り替えた例だ。

原子力発電所が、事故やトラブルを起こさないのは当然だが、過去の教訓から「風評被害」とどう向き合うか、柏崎の教訓も大事だが、56事故、もんじゅと過去に教訓がありながら、対応策の議論が今一つ足らない。
【2008/08/29】 | ページトップ↑
町の活気を取り戻すには・・・・・。
Date:2008-08-28(Thr)

夜は虫の声が聞こえ始めた。移りゆく季節を感じるようになった。どこか挽歌的に感じるのは歳のせいか。敦賀の夏もさまざまな表情があった。サマーフェスティバル、とうろう流し、そして、次は気比さん祭りと、祭に込めた中に、事故も絡み、複雑な想いの夏でもあった。昨夜は、本町の店をわずか3500円で5軒の店をはしごする「はしごラリー」を久しぶりに楽しんだ。

地図を確認しながら、30年前の店の数を思い出していた。豪雪の昭和56年冬、数多くのネオンと満杯さに驚きと敦賀のエネルギーを感じた。ラリーとなじみの顔が多い、久しぶりの活気。ある議員の息子さんの元気な司会を見ながら、世代が盛り上げる、敦賀の夏風景の輝きと陰影を感じた。

昼は、公設卸売市場運営協議会。このところの流通形態の変化による利用状況から活性化がひとつの懸案であった。「市場で朝市」との10月26日の企画を了承した。まだ、詳細を詰めることになるが、実験的な試みでもある。公設市場が市民から遠くなるのを、何とか市民に利用してほしい。との苦肉の策である。

話を飛ばすが、国土交通省が昨日、発表した2009年度政府予算の概算要求に北陸新幹線の金沢-敦賀間の新規着工費用は盛り込まれず、不透明な文言にとどまった。事業費の計上見送りの要因は、新規着工費用の財源にめどがまったくたっていないこと。長崎、北海道、北陸新幹線の総事業費は2兆円を超す。国交省の試算では現在使える財源は六分の一にも満たない。政治決着ができないほど財源確保が難しいらしい。

昨年の夏、参議院選挙の安倍首相の言葉はなんであったのだろうか。「概算要求まで」とか、何度も先延ばしての結果である。西川知事の「最後は政治的な判断が必要」とする言葉もなぜか、むなしい。「国、地方を含めての800兆円という借金をさらに上積みすることは、許されない。国民的な立場から常識的な判断」とする民主党、岡田元党首の来福時の言葉が残る。

本町の店数、公設市場、新幹線を同列に扱うことは不謹慎だが、敦賀の「元気さを取り戻すには」、「活気を取り戻すには」、と言ったこれまでの発想が、どうも違うのではないか、何か視点を変える必要があるのではないか、そんなことを感じる昨夜の「はしごラリー」だった。
【2008/08/28】 | ページトップ↑
お隣の滋賀県の人口増加・・・・。
Date:2008-08-27(Wed)

とうろう流し後の雨以降、急に秋風が吹き始めた感覚だ。気温二十数度が多くなった。そろそろ9月議会の準備を始める。議会には、ひとつの流れがある。何が話題の中心なのか、何を焦点に議論するか。大きなことを言ってはいるが、議員26名もいる以上、それぞれが、バラバラにものごとを言っても通じないことが多い。

議論を通じて深めていく、その過程が大事なことは確かだ。6月議会は、きらめき温泉リラ・ポートの指定管理者問題を通じて、財政に関する執行部側の考えの甘さを指摘し、戦後はじめてと言える市長提案を否決した。否決するためではなく、賛成するにも、議会で議論を深めるにはどうするか、その議論過程が重要になることが多い。

9月議会は何なのか、議案も明らかではないので、ここでの言及は避けるが、市内の急速に景気が悪くなっていることは確かだ。土木建築業をはじめ、雇用状況も悪くなっている。話題としては、敦賀港の供用一部開始、もんじゅの2月延期、新幹線問題と駅前周辺開発や駅舎改築、テント事故、リラ・ポート指定管理者条例改正、市民福祉会館有料化など、あげるだけでも課題は多い。

市内はもちろん、周辺環境把握も大事だ。特に、お隣の滋賀県の情報は入りにくい。今日の中日新聞滋賀版を参考にする。例えば滋賀県の総人口の推移、8月1日現在で140万人を超えた。96年に130万人を突破して以来、10万人の増加に11年9カ月かかった。この間、大津、草津両市など県南部の増加が著しい。また、旧長浜市は、増加しているとのこと。一方、湖西、湖北地域の減少が進んだ。福井県、嶺南地域と湖北の状況は、ほぼ共通する。

07年10月現在の統計では、都道府県別の人口増加率は0.52%で、東京、愛知、神奈川に次いで滋賀県は全国4位。0歳から14歳までの年少人口の割合は15.2%で全国2位。15歳から64歳までの生産年齢人口は65.7%で全国6位。その分65歳以上の老年人口は19.2%で、全国平均21.5%を下回っている。お隣の滋賀県の元気さは、その理由も含めて関心を持つ必要がある。

京阪神のベッドタウンとしての要素も強いが、産業振興、琵琶湖を生かした環境政策など、政策面での効果もあると指摘されている。ただ、湖北になると、その勢いは衰える。その延長線が、嶺南とも言えないでもないが、人口減少率、事業所減少率は、データ上は湖北を上回るペースで進んでいる。

観光行政も06年のNHK大河ドラマ「功名が辻」放映に伴う関連イベントで沸いた湖北地域で、昨年は大幅に観光客が減少。代わりに、彦根市の「国宝・彦根城築城四百年祭」の長期イベントで、関連施設の入り込みが大幅に増えた。

「彦にゃん」人気も全国的な話題になっている。彦根城の観光客は88万人と、前年に比べ40万人増え、彦根市の夢京橋キャッスルロードも42万人が詰めかけ、前年比で26万人増えた。それでも、滋賀県で一番多い施設は、長浜市の黒壁ガラス館211万人。敦賀の魚町より多い。敦賀までのJR直流化の影響はほとんどない。青春18キップとも関係するが、敦賀ほどその増減がないとも聞く。

いずれにしても、敦賀市を取り巻く環境は、厳しいことは確かだ。全国、福井県、嶺南地域、滋賀県と視野を広くしておく必要がある。
【2008/08/27】 | ページトップ↑
GDPでもないGNPでもないGNHとは・・・。
Date:2008-08-26(Tue)

昨日は、議会運営委員会を傍聴した。今期の議会改革の具体的な予算、決算の常任員会のアウトラインがほぼ出来上がった。12月条例改正を目指し、細部を詰めていくことになる。課題の多い敦賀市議会は、総務、文教、建設、産経の各4つの常任委員会があり、議会の各常任員会では、専門的に審査を行う反面、一方で、縦割り的な予算審査などが行われ、総合的な審査が難しかった。これを、県議会や福井市議会と同様、総括的に審査しようというもの。議論が煮詰まりをまって、今後とも報告したい。

話は変わるが、夜のNHKニュースの全国版最後の場面で敦賀市西浦小中学校の昨日のいかだレースが、映し出された。生徒、教員の計三チームが、学校前の海岸から水島を目指してタイムを競う。現在、中学生が3年生4人、一、二年生4人の計8人、小学生が15人。 朝から準備で先生も大忙しだ。考えようによっては、のどかな風景だ。授業も複式から複々式授業が行われ、瀬戸内の島の分校を思いださせる風景でもある。

話は飛ぶが、ヒマラヤの麓、中国とインドに挟まれた小国ブータンが注目されている。ブータンでは、国王が発案で、GNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)といった経済の規模や成長を推し量る従来の物差しではなく、国民の幸せを追求する「GNH(国民総幸福)」というユニークな概念を取り入れている。数年前、日本でも紹介され、外務省のHPでも報告されている。2年前、ある英国の研究者がはじき出した計算方法で国民幸福度」順位で、ブータンは8位。アジアの中ではトップ。

ちなみに日本は90位。トップはデンマーク、考えようによっては、順位だけみても納得できる。国王は、従来型の経済発展を目指せば、環境破壊が進み、貧富の差や独自文化の喪失などの弊害を招き、必ずしも国民全体の幸せにつながらないと結論した。ブータンならでは考え、尺度だろう。

「豊かさ」とは、「幸せ」とは、西浦小中学校は、それを問いかける風景でもある。敦賀でも白木、池の河内の分校廃止、愛発中の廃校、葉原小の廃校など、少子化の影響と道路整備により、今後もこの動きは止まらないだろが、地元は、大反対だ。まさに少子化との闘いでもある。

少子高齢化の流れや、戦後求めてきたものなど、いろいろな側面を考えさせられる風景だ。スローライフの考えが見直される半面、西浦小中学校の校舎と道路は、原子力発電所がなかったら存在しなかったものでもある。共生ともいうべき風景だ。子供たちと先生のいかだ競争は、ここでしかできない風景である、この風景はいつまでも大事にしたいものだが…。
【2008/08/26】 | ページトップ↑
拉致事件の真相と実態・・・・。
2008-08-25(Mon)

昨日は、嶺南地区特定失踪者の真相究明を願う会のメンバーとともに、「一日も早く北朝鮮に拉致された日本人を救出する国民大集会in富山」に出席した。中山恭子拉致問題担当相は、拉致被害者の再調査で合意した日朝実務者協議に触れ、「北朝鮮に拉致被害者を帰国させる決断をさせたい。新しい局面となるかどうかの瀬戸際で、これからが真剣勝負」と述べた。中山氏は、再調査が北朝鮮の中枢から権限を与えられたものなのか見極めながら対応するとした。この拉致問題も、ご家族を考えれば、もう時間がないことは確かだ。

この富山県高岡市でも、小浜の地村夫妻(1978年7月7日拉致された)と同年翌月の8月15日、アベック拉致未遂事件が発生している。このときは、民家に逃げ未遂に終わったが、新潟県で同年7月31日、鹿児島県で同年8月12日と連続的にアベック拉致が繰り返された。もし未遂に終わらなければ、その後も続出したかもしれない。

ちなみに、佐渡島の曽我ひとみさんが同年の8月12日に拉致されている。また、横田めぐみさんもその前年77年11月15日に拉致されている。この時期、北朝鮮は組織的に拉致を繰り返している。この時期の日本政府の対応のミスと鈍感さが、次々と拉致事件を発生させたとも言える。

地村夫妻の帰国後の特集記事でl興味深い記事がある。(2002年12月5日の福井新聞より抜粋)
『「一九七四年か、七五年の夏だった。愛知県警からの連絡で、美浜の海岸に招集がかかった。北の工作員がボートで沖へ出ていくのを目の前で見ていた」
 福井県警の元公安警察官、西本(仮名)が重い口を開いた。心に引っ掛かっていたものを吐き出すような口調だった。
 西本ら数人は、波打ち際から数十メートルの砂浜に潜んでいた。沖からゴムボートが寄ってきた。一人の男が乗り込むと、静かに離れていった。
 「脱出するときは決まって朔(さく)(新月)の夜だ。真っ暗よ。あいつら何するか分からんぞ、と先輩に言われ恐ろしかった」。指示は出国確認だけ。手は出さなかった。沖で待機する小型工作船のものらしい「ウオーン」というエンジン音だけが闇に響いた。
 「北朝鮮の工作員は七○年代以前から日本への潜入と脱出を繰り返していた」と西本。公安警察はそれを把握し、彼らがだれと会うのか注視していたという。

 講師は「本庁の先生」と呼ばれていた。県警の施設で年数回開かれた北朝鮮関係の講習会。七九年か八○年には拉致がテーマに加わり、本部と各署の外事担当二十数人が参加した。場所、日時は極秘。四十歳前後の”先生”は警察庁警備局外事課三係から来た。
 西本はこの場で初めて拉致を知った。「福井、富山、新潟、秋田で事案があったと聞いた。鹿児島、宮崎も覚えがある。富山や秋田は失敗例だった。拉致とは呼ばず『工作員に連れて行かれた』という言い方だった」
 警察庁が現在、北朝鮮による拉致と認定している十件十五人のうち、七件十一人は七七年九月からの一年間に集中。富山では未遂事件も起きた。同庁はこれらの事件の遺留品、飛び交った暗号電波、手助けした人物の証言を分析。当時から北朝鮮による犯行との見方をしていた。
 「目的は日本語教育。北の仕業に間違いない」。”先生”の説明に西本は「小浜であれだけ山狩りやって、見つからないのはそういうことか」と納得した。』と、これまで、あきらかにならなかったことが、克明に記載されている。興味深く、このことがあきらかになっていれば、拉致事件の何件かは防止できたのではないか。

戦後政策の一つとしての警察権力の分断が、拉致事件の悲劇を生んだともいえる。それを補完する公安と警視庁の連携もあったはずだが、福井県警には伝わらなったのか、政府の意図的な情報捜査は、いだ不明だが、福井新聞の記事は、確かに公安と警視庁の内密捜査の状況を教えている。

アベック事件が集中した78年の後、政府認定の80年の石岡さん、松木さん、83年の有本さんのヨーロッパでの拉致事件と様相を変えている。

このことだけでも、政府が国民に真剣に78、79年当時、公表していればその後の拉致事件は、いくらかでもなくなったいたかもしれない。北朝鮮の非道は、論外だが、日本政府の対応が、あまりにもお粗末であったと同時に、その後の事件解明においても、現在の状況は、かなり変わったとはいえ、あまりにも不透明のことが多い。

美浜の工作船や工作員の遺体の発見など、理解できるように北朝鮮から潮の流れに乗れば、なんなく到着し、小さな漁船程度は、レーダーなどで、チェックできない環境下にあることは確かだ。今後も、拉致やテロの可能性は捨てきれない。原子力発電所の警察警備など、それほど最近は、敏感に、県警も公安も自衛隊もとらえている。

ただ、拉致の問題は地村夫妻の帰国で、風化が始っているが、まだ分からない特定失踪者やご家族の年齢を考えると、時間が余りにも少ない。それだけ正念場でもある。
【2008/08/25】 | ページトップ↑
自転車道の整備・・・。
Date:2008-08-24(Sun)

夏休みも終盤の昨日、全国の海や山で水難や登山中の事故が相次ぎ、昨夜集計で9人死亡、1人行方不明とか。敦賀も昨日は朝から強風と雨に始まり、ところが一転、午後には、あれ間も。ただ、風だけは強かった。雨宿りの風はもう冷たい。朝から自転車三昧で過ごした。関峠を越え、美浜から縄間越えで気比の松原へ。連合・敦賀美方地協約百名と合流。地引網、バーベキューで午前中過ごし、昼からは金ヶ崎ミゼウムへ、そして夕方、松原、沓見、関、夢街道と自転車を走らせた。稲穂は頭をたれ、野坂山には筋雲が現れ、すっかり秋の装いだ。

これは気のせいか、マイカー通勤をやめて、自転車を利用する通勤族が増えた気がする。でも道路は走りづらくて、少し怖い。こう思う人も多いだろう。私もそうだが、ガソリン価格の高騰やエコ意識の高まり、健康志向も加わって、自転車で通勤や買い物をする人が増えてきたようにも感じる。

それに伴い、自転車が関係した交通事故も増加するのでないか。車優先の道路整備から、自転車や歩行者が使いやすく安全な道路づくりへと考えるのは、私だけではないはずだ。自転車は車道を走行するのが原則。「自転車通行可」の標識や表示がある歩道は通行可能だが、あくまでこれは例外だ。これを知る市民は意外に少ない。ベロータクシーは歩道は完全にダメ。
 
特に、通学時の市街地の車道、歩道は、自転車量が多く、道幅の狭い場所では、すぐ脇を車が通るため、危険が多い。国道8号線、旧木崎通りが該当するだろう。一方、歩道は歩行者と接触する危険があるうえ、路面も自転車向きとは言い難い。警察庁は幼児二人を自転車の前後に乗せる「三人乗り」を容認した。ただ、道交法は、自転車の走る場所を定めているにもかかわらず、整備は進んでいないのが現実だ。車や歩行者とのすみ分けを明確にする時代だ。

国土交通省は今年一月、自転車が安全に通行できるようにと、全国98カ所をモデル地区に指定した。国土交通省と警察庁が合同で募集する、今後の自転車通行環境整備の規範となるモデル地区に敦賀市が指定された。

福井新聞で図が掲載され、①気比神宮から松綾中へ。②8号線から中央橋を通って敦賀高へ。③駅から三島橋を通って、市役所へ。どれも駅を中心に東西の道だ。公表されたとき、①、②は、通り易いところばかりと市民から批判が出た。ただ、こうした取り組みは緒に就いたばかりであり、道路の総延長に比べれば、「点」のようなものだ。細切れの自転車道では用をなさない。自転車が走りやすい道路を点から線へ、さらに網の目へと広げていくべきだ。ただ、原則は、歩道を削って自転車レーンを整備するのでは本末転倒であり、車と自転車、歩行者が共存できる道路整備だが、現実は道幅が狭く、難しい場所が多い。ただ、時代は、車中心の街づくりからの転換が必要となることは確かだ。

中心市街地では、8号線のように、車線を減らして車の通行を規制し、自転車やバスを優先することなども検討に値しよう。敦賀市も8号線バイパス、27号線もバイパスから本道へと、19工区バイパスが完成すると主要道路の整備は終了する。

駐輪場の整備も必要だ。駅西再開発で、現在の駐輪場は工事対象だ。市役所も狭い。自転車乗りのマナーの悪さもさることながら、駐輪場の整備は、これからの気をつける必要がある。自転車が安全に通れる道路が増えていくことは、歩行者も安心して往来できる街につながる。特に8号線、旧木崎通りの整備は、急務だ。ハード面での整備を急ぐと同時に、私も含めて利用者も正しい乗り方や駐輪マナーを身に付けたい。
【2008/08/24】 | ページトップ↑
30年の月日の短さ・・・・・。計画は30年、50年単位で・・・。
Date:2008-08-23(Sat)

400メートルリレーにも感動だ。それぞれが語る中に歴史がある。五輪とは違うが、二人というより二つのグループの活動が、私の50年を超え、そのなかの人生30年を超える清涼剤である。現在進行形だ。武田鉄也さんとサザンオールスターズである。

武田鉄也さんは、1949年4月11日生まれ。私と二つ違い。福岡県福岡市生まれ 福岡教育大学中退。このたび、教育大学の名誉学士を与えられるとか。ヒット曲「母に捧げるバラード」は、上京する若者の心情を捉えた。商船大学の講堂で演奏をし帰るおり、握手をした。ジーンズ姿で足が短く、髪を肩までのばした鉄也さんは、決して、かっこよくはなかった。77年初の映画出演「幸せの黄色いハンカチ」により日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞、79年TBSテレビ「3年B組金八先生」にも共感した。主題歌「贈る言葉」もいい。このほどNPO法人アジア太平洋こども会議・イン福岡の広報親善大使に就任と、名誉学士など地元に認められた存在だ。30年を超える月日と活躍は、私の仕事人生と重なって清涼剤だ。

もう一つは、サザンオールスターズ。このたびの30周年。30年前、松島の寮で聞いた「いとしのエリー」が懐かしい。これも一世を風靡したグループサンズとは違うかっこいいといいよりも、コミックバンド的な要素も受けて、時流に乗ったと思う。休止宣言をし、最新シングル「I AM YOUR SINGER」で桑田佳祐さんはさらりと別れを告げ、♪夏がまた来るまでは♪互い涙見せずに♪♪♪と再会を約してもいる。サザンが流れる海辺の車で肩を寄せた恋人も、女房とともに、五十を超えたおっさんでもある。

30年の月日には、低成長、バブル、バブル崩壊、回復感のない長期の景気回復と、短いか、長い歳月には、花も嵐もあった。女房ともども、ひとつが「母に捧げるバラード」であり、「いとしのエリー」であり、その時の流行歌と、考えてみれば人生が重なり、思ったより豊かにしてくれたと感じている。

30年とは、ひとつの区切りでもある。会社の盛衰も30年をひと単位としていることもある。国土交通省は、予算要求で、財源のあてもないまま、見切り発車で北陸新幹線の金沢―敦賀をあげるようだが実現するか。30年後の完成とか、巷に流れるが、実現可能か、どうか、疑問だ。

30年は長くもあり短い。少なくとも、30年後だからと。もう来ないからとか、JR敦賀駅舎改築の話が棚上げから実施へとの声が強くなり始めた。その財源は、敦賀市一般会計とこれまでの積立金13億円。約30億円を超えるとも伝えられる。全面的の改築の場合は、JR西日本は持ち出しせずとの話もある。

駅西開発計画は動き出した。ただ、青写真はまだ具現化していない。どれだけかかるか、国からの補助金も具体化はしているが、これからだ。連携大学にしても成功か、失敗は30年の月日が必要だろう。学生数が減る段階で、当初は、基本的な段階が入るのが賢明だ。敦賀短大の状況を考えれば、慎重に慎重の姿勢が大事だ。研究所も若狭湾エネルギー研究センターを考えれば想像がつく。国、県主導の大学、研究所がどういう状況か、見極める必要がある。

駅舎改築で約30億円、駅西開発で100億を超える費用、あれもこれも、敦賀3,4号があるからと、あれもこれもいっきょにできる環境ではない。まして景気動向があやしい。ここは繰り返しにはなるが、現在進行形の駅西開発は、議会は認め、止める段階は過ぎた。計画を石橋をたたいて、慎重に段階的に行うことと同時に、駅舎改築は当面は凍結し、リニューアルにとどめるのが賢明ではないか。あれもこれもという時代は過ぎた。

【2008/08/23】 | ページトップ↑
筋書きのないドラマ(女子ソフト、中池見湿地、北朝鮮拉致)
Date:2008-08-22(Fri)

野球は「筋書きのないドラマ」というが、まさに昨日の北京五輪のソフトボール決勝は感動ものだ。それも5連敗の相手に決勝で勝つなど、正直、予想もしなかった。1964年の東京大会のバレーボール女子、72年のミュンヘン大会のバレーボール男子もそうだったが球技の「筋書きのないドラマ」だ。

これも筋書きのないドラマに匹敵する、敦賀の樫曲の中池見湿地。この湿地もこの20年で、めまぐるしく変わった。工業団地構想、大阪ガスのタンク基地誘致と撤退、寄付、そして保全へ。昨日は、保全・活用などを検討する中池見管理委員会が「中池見・人 自然のふれあいの里」で開かれた。その中で、地元区と管理会社、環境保全団体の3者でNPO「中池見ねっと」を設立し、関係団体が連携して保全に取り組んでいくことが報告された。

いずれは報道されると思ってはいたが、実はこれも画期的なことだ。反対していた団体と地元が、共同で中池見湿地を守って行こうというのだから、考えただけでも大変だ。「中池見ねっと」は、地元の樫曲区と、維持管理を委託されている管理会社「中池見保全」、NPO法人「ウエットランド中池見」の3者で構成。運動の歴史的経緯を見ても、相反する組織が、敦賀の貴重な財産を守っていこうというのだから、たやすいことではない。できるだけ温かく見守ってほしいというのが正直な気持ちだ。

保全という方向性が一致しても、思惑の違う組織が、そう簡単にまとまるわけでもなく、会議や行事を繰り返しながら、育て行こうと5月の設立総会で確認したばかりだ。それぞれの代表者の顔合わせから始まり、昨年夏頃から何度も打ち合わせを繰り返した結果でもある。

5月総会後、すでに、県にNPOの法人認証を申請中で、11月までの法人化を目指している。いずれにしても、保全・活用という方向性は決まっている。それにどう取り組んでいくか、守っていくか、そんなたやすいことではない。いずれも人がかかわり、次世代につなぐことが大事だ。それには関わった当事者がやろうとしているのを、市民や行政は、温かく見守るところから始め、育てていくことが大事だ。敦賀市では同ねっとの指定管理者制度導入も視野に入れているものの、土地の所有者が複雑に絡み、並大抵なことではない。これからもしんどい検討と作業が繰り返される。

委員会終了後の国土交通省の説明も、新聞情報を見る限り、湿地への影響を懸念する意見は、当然だ。現在でも景観や騒音は、湿地のよさを半減させているといってもよい。近畿若狭自動車道の完成に伴う4車線化に伴い、騒音や景観が改善されると思っていた。

ところが、道路改善のみというから、それだけ聞いても問題だ。工事区間は樫曲トンネル北側出口付近の250メートル、泥炭層の上部に施工された道路の沈下が問題となっているというもの。液状のセメントを注入して地盤を強化するエポコラム工法を採用し、穴は計348本もあけるとか、工事汚水も含め、湿地への影響が心配だ。環境省は中池見湿地に理解を示しているが、国土交通省は、道路の地盤沈下改善のみを考えているといってもよく、国の縦割り行政があるだけに、地元の要望は欠かせない。

話は変わるが、北朝鮮の拉致問題で、敦賀で横田めぐみさんのご両親を招いての集会から、もう10年近くなる。その後、地村夫妻の帰国、これも「筋書きのないドラマ」を感じた。「生存」と内密に伝えられたときは、「まさか」の思いだったと記憶がある。

昨日、嶺南地区失踪者の究明を願う会の県の担当課も参加して事務局会議を開いた。今年の10月26日に敦賀のあいあいプラザで、横田めぐみさんのお母さんを招いて集会を開催する。

中国・瀋陽で行われた日朝公式実務者協議は、北朝鮮が拉致被害者に関する再調査に着手し、その結果が10月に出そうだとの時期とも重なる。北朝鮮が「拉致問題は解決済み」との姿勢を転じての結果。地村夫妻の帰国も筋書きないドラマを感じた。過去に何度も裏切られた教訓があるだけに、今回だけは、との思いだ。調査期間を今年秋までと短期に設定し、随時点検、一応は日本側の意向に沿ったものとか。敦賀の山下貢さんのお母さんも80歳を超え、そう時間があるとは思えない。「筋書きのないドラマ」を期待したい。
【2008/08/22】 | ページトップ↑
安全第一に、着実に、「もんじゅ」頑張れ!
Date:2008-08-21(Thr)

昨夜、松原の浜茶屋で過ごした。一昨日の低気圧の影響か、浜茶屋の中まで波が入ってくる。海の荒れは二、三日残ることがある。これが海の怖さだ。それにしても、浜茶屋と波ぎわがあまりにも近くなった。砂浜が少なくなっているのが気になる。トラックによる砂を入れるにも限界がある。

話を変えるが、けがばかりでろくに試合に出られず、チームに迷惑をかけっぱなしのプロ野球選手。そのくせ高給をもらい続けたため酷評された。失礼だが、まだいたのかという声さえ聞こえた。そんなプロ野球・オリックスの清原選手が今期限りの引退を表明した。私の子供のころは長嶋、王、夢を与えてくれた。次の野茂、桑田、清原もプロ野球を楽しくしてくれた世代だ。また寂しくなる。

無残な姿をさらしても、愛してやまない人でもある。高校時代、西武時代の華々しさを知るが故、裏切られたような気がしてファンをやめたはずなのに、憎めないという人もいる。彼にはそんな不思議な魅力があった。

とにかく登場した時はまぶしかった。甲子園の夏の申し子。純情さも心を打った。いかつい顔だが、人目をはばからずよく泣いた。ヘルメットも楽天の野村克也監督が現役時代に使っていた中古品だ。恩義も忘れない。野球少年たちへの支援活動も数知れない。彼のそんな素顔に、多くの人が引き込まれた。

引退表明の日、誕生日、そして、思い出深い夏の甲子園が閉幕と偶然が重なる。時代の申し子かもしれない。清原と重ねるの大変失礼だが、高速増殖炉「もんじゅ」も華々しく登場した。「夢の原子炉」、「次世代のエネルギー」と称され、敦賀市にも雇用や消費、固定資産税でずいぶんと貢献した。

ところが、平成7年のナトリウム漏えい事故で一変した。不祥事にトラブル、まさに傷だらけのプラントだ。マスコミ報道の一番のネタでもある。その「もんじゅ」が、試験の工程が大幅に遅れていることから、運転再開は来年2月に延期と市長に報告した。

今年10月の運転再開をめざし、設備全体の最終試験が行われていた。職員も懸命に頑張った。しかし、ナトリウム漏れを知らせる検出器で、取り付けミスが相次いで見つかったことなどによって、試験全体の工程に大幅な遅れが出ていた。

政治的環境も、市民感情も、まだ再開には冷たい。国の判断もまだ再開には遠い。県議会、市議会も再開を議論する環境にはなかった。いずれにしても、日本原子力研究開発機構は、工程の大幅な遅れを取り戻すことは難しいと判断し、運転再開の時期を遅らせることを決めた。ここまで来たのだから、焦る必要はない。

持たざる国、原油高騰、資源枯渇と、昨日の日本海のように、その道は険しいが、高速増殖炉「もんじゅ」の必要性は誰もが認める。清原のように引退を考える環境でない。安全第一に着実に再開に向けて頑張ってほしい。
【2008/08/21】 | ページトップ↑
景気悪化をどう考えるか(嶺南という視点と敦賀市)・・・・。
Date:2008-08-20(Wed)

「嶺南」とは何だろうか。「嶺北」との対比でよく使われる。「嶺南」という言葉は、どうも明治以降、広く使われてきた地域名で、国を示す言葉でもない。江戸までは敦賀と美浜を境に越前、若狭だ。最近は、県都のある「嶺北」に対して、どちらかというと人口が少なく、格差という意味合いで、北と南の対立の構図から、「嶺南」という地域名が浮かび上がっているように思われる。

これも私の偏見か。県都が福井市に行き、嶺南の原子力発電所の核燃料税などが、嶺北で使われ、道路舗装など、格差が出始めた、言葉の裏側には、これを打ち破りたいという想いがつのる言葉でもある。そうはいうものの、「嶺南市」構想というのが研究されているが、そんな気配は一向にない。若狭と越前、もっというと小浜市と敦賀市は生活圏も違えば、言葉も多少違う。小浜はやはり京都圏の「おいでやす」「おおきに」の世界だ。嶺北との対比だけで、個性の強い二つの地域の嶺南がまとまるのは容易ではないことは確かだ。

大きく考えるが、内閣府が発表したマイナス成長、政府が事実上認めた景気の後退局面入りなど、経済は急速に悪くなっている。農業、漁業、運輸業など燃料負担の大きい業種の効率化支援や、中小企業に対する金融支援拡大や、非正規雇用、医療対策なども打ち出されたものの、内容を見る限り、即効性が期待できる施策には乏しい印象だ。

自動車などの輸出減少、個人消費が敦賀にも影響している。地方である嶺南一帯は、人口減少、事業所数ともに10年前より緩やかに減り続けている。敦賀市を見ても、もんじゅの再開の遅れ、3・4号建設の延期も含め、景気拡大期でさえ、就職やニートが増え、家計収入の減少など、実質マイナスに悪化。その上での物価は上昇傾向を強め、消費マインドは冷え込んでいる。

財政再建路線を掲げ、90年代以降、公共事業も減少は、嶺南とともに、敦賀市にも大きく建設業に影響している。一時的には敦賀3,4号の本格着工も大きな要素であり、真水的な効果も期待できるが、その後のことを考えれば、過度の期待は禁物だ。

好況期の恩恵が十分に行き渡らないまま現在に至っている地方、嶺南など敦賀市の経済も商業統計、工業統計を見ても伸び悩んでいることは確かだ。厳しい財政状況下で、どうかじ取りをするか。

ここまで書きすすめたが、市民生活を考えると、「嶺南」という地域で考えるとあまりにも暗い状況だ。敦賀市という単独でものごとを考え、当面は合併どころではない。財政も、将来を見通した財政運営を考えるべきだ。

駅舎建設、駅西再開開発と、建設業者は期待をかけるが、それだけでは経済は決してよくならない。石橋をたたいて渡る覚悟がほしい。バリやフリー以外の駅舎建設の棚上げ、駅西も駐車場側ではなく、西部分など具体化できたものからの建設など、短期ではなく、30年、50年といった長期的な視点が大事だ。いずれにしても、医療、介護、保険、子育て、教育など、基本的な歳出が確保できるか、それを第一に考えるべき時期だ。それほど、今回の景気悪化は長引くと私は考えるが・・・。

【2008/08/20】 | ページトップ↑
「マイはし」から「マイバック」・・・・そして・・・。
Date:2008-08-19(Tue)

東京。大阪、名古屋の都会の百貨店で小浜の「塗りばし」が売られている。いまだに続く「ちりとてちん」効果だ。酒屋やそば屋でも、割りばしではなく、塗りばしを出す店が目に付くようになってきた。森林破壊を防ぐため、割りばしの使い捨てをやめようという狙い。議員仲間でも「マイはし」と言って自分用のはしを持って歩く坂井市の議員もいる。敦賀のラーメン店「一力」でさりげなく出すマイ箸がまぶしかった。

割りばしの消費量が増え続けている。その結果、国内での一年間の割りばしの消費量が250億膳に達するという。一人年間約二百膳を使う計算。割りばしの98%が輸入品で、ほとんどが中国産。材料はシラカバだ。

だが、割りばしについては、別な意見もある。割りばし用の木材の消費量はそれほどではなく、森林破壊を引き起こすというのは大げさだと言う。シラカバは伐採しても自然に生え、成長が早く、すぐ回復する。もともと割りばしは日本固有の文化で、丸太から材木を取った後の端材を利用するため、木材の有効活用につながる。

スギなどの人工林は途中で間伐してやらないと、木が太くならない。ところが木が売れないため、間伐ができずに、密植で、荒れ果てている。国産材の割りばしを使った方がよほど環境にいいという主張だ。

マイ箸派がいいのか、間伐利用がいいのか、目くじらを立てる必要もない。環境をいかに大事にするか、運動であることは確かだ。

一方、マイバックもおしゃれなものが都会の百貨店から平和堂敦賀店でも売られるようになった。女性用が大半だが、中には男性用まで、幅広くなっている。

敦賀市のホームページで、「マイバッグ環境大臣賞を募集します!」を紹介している。詳しく『環境省では、容器包装の排出削減を図るため、買い物に行く際の「マイバッグ持参運動」の啓発活動の一環として「あなたに使ってほしいマイバッグ環境大臣賞」と題し、「マイバッグ作品部門」と「マイバッグデザイン画部門」の2部門について募集行っています。』というもの。募集期間は、9月5日(金)まで。

さらに、市のホームページを引用すると『平成19年7月20日に福井県民生活協同組合と敦賀市消費者連絡協議会及び敦賀市の三者により締結した「循環型社会の構築に向けた取組に関する協定」に基づき、福井県民生活協同組合(ハーツつるが)が平成19年10月1日から実施いたしましたレジ袋有料化の取組により、マイバッグの持参率が92.4%(平成20年4月)となりました。』と着実に進んでいる。

これを富山県全域に広げたように、市内全域の広げようとの運動が始まった。これも運動だ。敦賀市の一日一人当たり1100グラムを超える。全国平均を上回り、福井県平均約900グラムをはるかに超える。

原因は、世帯数や事業者数やマナーなどあろうが、一人ひとりの心構えでも変わる。ゴミを減らすことは環境にもいいが、市の財政支出の削減にもつながる。マイバック運動など、とにかくできることから始めよう!
【2008/08/19】 | ページトップ↑
お盆が過ぎて・・・・・。
Date:2008-08-18(Mon)

とうろう流しと花火大会の熱い日とはうって変わって、片付けのと涼しい一日。葬式、クロスバイク、人道の港ミゼウムと、一日が過ぎた。あの賑わいと活気も静まり、お盆も過ぎた。声援にわく北京オリンピックのさなか、猛暑続きの毎日だったが、季節は確実に動いている。金ヶ崎の事故現場には誰が置いたか知らないが、花束がさびしく揺れていた。

クロスバイクで敦賀市周辺、沓見、粟野、刃根、杉箸を回ると稲穂が目立ち始めた。セミの声がだんだんと小さくなる。かつて、セミの声がこの時期なると、「宿題やったか」「宿題すんだか」と聞こえた。今の子どもなら、何と聞くか。

杉箸などの山間部は、ことのほか涼しい。ヒグラシか、独唱のバトンを引き継ぐ。早朝か夕暮れどき、「カナカナカナ…」と涼やかな声を届ける。その声から「かなかな」とも。地方によってはカナカナセミとも、ヒグレオシミとも呼ぶ。

それにしても今年の夏も暑かった。35度を超えた日が何度あっただろうか。四国に居た私でも、そんな記憶はほとんどない。これも地球温暖化か。ここ数年の暑さは、温暖化を実感させる気温が続く。

小さい頃、川の流れの上を淡い黄褐色のアカネトンボが群れ飛んでいた。アキアカネは涼しさとともに、山地から平野部に下がり、赤みを増すという。赤トンボも、シオカラトンボも中池見で見る程度。気のせいか、季節も何かが狂い始めている。

一方で、日本人の昨年の平均寿命は、女性が85・99歳で男性79・19歳。ともに過去最高を記録した。女性は23年連続で世界一、男性は前年の2位から3位に下がったものの、日本は世界に冠たる長寿国だ。敦賀市も100歳を超える方を見かけるようになった

長寿は人々が昔から求めていたことで喜ばしいことだが、それだけで幸福かというと、どうもそうではない。米国でこのほど発表された幸福度調査では、日本は世界で43位だった。

新聞情報によれば、米国の研究組織が約100カ国・地域の35万人を対象に調査した結果、1位はデンマーク、米国16位、英国21位、フランス37位。その中の43位。本当にそうか、疑いたくもあるが、言われてみれば心当たりがないでもない。

いつの間にか日本人の学力も体力も落ちている。、働く人の3人に1人まで拡大した非正規労働と、それに伴う格差社会の進行。働いても生活保護以下の収入しか得られないワーキングプアと呼ばれる人も増えている。

世論調査も老後の不安を抱く人が右肩上がりだ。高齢者が頼りにする年金や医療、介護などの社会保障も、次々と後退しているのが実態だ。これに最近は原油高や物価高が追い打ちをかける。

温暖化も国際政治の無策、生活不安も、つまるところ日本政治の無策からきているのだ、と指摘するのはたやすい。一昨日、かつて敦賀市職員であった、福井県立大学地域研究所助教の井上武史さんから財政の講義を聞いた。「国に頼るのではなく、地方がしっかりする時代」と、財政も、幸福度も他力本願ではどうにもならない時代を感じる・・・。
【2008/08/18】 | ページトップ↑
とうろう流しと花火大会の成功と今後・・・。
Date:2008-08-17(Sun)

心配された天気も、申し合わせたようにもった。とうろう流しと大花火大会、緩やかな南風と曇り空で花火には関係ない。理想的な幻想的な雰囲気だ。とうろうも南風に吹かれ松原をゆっくりと離れ、花火と観衆が見送る。敦賀湾独特のとうろうと花火の美しさはどこにも負けない雰囲気がある。10年に一回程度あるかないかの花火日和だ。終わった後の雨も、憎たらしいがよくぞ待ってくれたと思えば楽しい。なにはともあれ、安全に成功裏に終わったことに、関係者のご苦労には頭が下がる。

昨夜は敦賀市の人口がどのくらいに膨れ上がっただろうか。観光協会の発表によれば、約21万人の観客、それほどはないとしても大成功だ。

赤、青、黄色のとうろうが、ろうそくの火と共に湾内を漂う。南風に乗り、沖合のゆっくりと運ばれる。花火の演出も、日本最大級のうたい文句で一万三千発、約一時間に最後の大輪の二十号玉のど迫力も申し分ない。

サマーフェスティュバルの事故があっただけに、関係者の気の使いようも、これまでにない気配りと打ち合わせの積み重ね、市職員の動員も半端ではなかった。1日としては、7万都市ができる最大の行事だろう。観客も満足そうに帰る雰囲気はいつも以上だ。

市民のとうろうながしと観光客を巻き込んだ花火大会の関係、市税約3千万円との費用対効果など、議論の余地は十分ある。しかし、費用対効果だけではない、市民のとうろう流しにかける思い、故郷意識の高揚や醸成、子供たちへ思い出つくりなど、数知れないドラマを作り、これからも変わらないだろう。

交通渋滞など例年とおりだが、改善も進んで、それなりの整理がついてきた。しかし、昔ながらのゆったりとしたとうろう流しを求める市民の声も多くなった。「誰のためのとうろうながしだろう」、「とうろうを、家族総出で、ゆっくりと見送ることができなくなった」と率直な意見も多くなった。安全対策からも、警察、消防、警備の動員など、現場はかなりしんどい状況だ。限界という方も多い。ある方は「ひとつ間違えば・・・」と漏らす関係者もある。

もうけ、活気などからすると、現状の規模がほぼ妥当だが、市民の声、現場関係者の声を聞く限り、縮小を考えてもいい時期に来ているのではないか。各地の花火大会も安全面、予算面から縮小の動きが多い。

いずれにしても、市民のための、とうろう流しと花火とは、安全上はどうかなど、予算面も含め、拡大路線から現状維持、縮小など議論すべき時期に来ていることは確かだ。
【2008/08/17】 | ページトップ↑
経験則と長期計画・・・・。
Date:2008-08-16(Sat)

今日の天気が心配だ。敦賀のとうろう流しは、なんと言っても南風と天気が、灯籠と花火と敦賀湾を引き立たせる。まずは天気、かつて土砂降りも何度か経験したが、天気で左右されるだけに・・・・。

ところで、電力需要は、盆休み前にピークを迎えることが多いが、盆明けも、工場やオフィスで企業活動が本格再開することで、ピークを迎える。日本の電力需要は、気温にも影響されるが、生活習慣と密接に関係する。ちなみに最も電力需要が少ないのは正月2日朝の電力。

夏の電力需給のピークに設備容量を合わせる。余剰は過剰投資ともなる。これが経営にもつながる。それでも恐れるのは、電力需要ピークと停電は、もっとも注意を払う。終戦後、何度か経験した電力不足と停電が、今に生きている。これも戦後の長い電力の経験則からの経営哲学と実践があるからだ。
今年、最も厳しいのが東京電力、一極集中もさることながら、柏崎刈羽原子力発電所は、東京電力の1割以上を占める。1割を占める新潟県中越沖地震で停止は、需給計画にはあまりにも大きい。

昨年、最大電力6147万キロワットに達した昨年8月22日のピーク時には、企業など大口需要家に電力使用を一時的に抑えてもらう需給調整を17年ぶりに発動する非常事態。とにかく夏のピークに合わせての各電力会社は、10年の長期計画を立てて設備を建設する。その中に、敦賀3,4号も入る。

書きながらテレビ報道を観ている。柔道の石井の金。塚田の銀と、柔道の最後に相応しい。まがりなりにも中学、高校と柔道部に籍を置き、個人戦以外は無差別、体が小さい私は、団体戦で、何度か一本負けを経験した。もっと有り体に言えば、自分が弱いので、勝者より敗者に自分を重ねる。スポーツと社会は似ている。勝ち組と負け組とも重なる。それだけに負けにも意義がある。電力会社もかつての停電の経験を生かしての長期計画である。

「負け」は悔しいが、次につながる。次の目標にもなる。「負け」て、気持ちを切り替える、後退することを食い止めるなど、対処方法も体現できる。電力会社における「停電」は、恥ともいうべきものとの意識がある。きめ細かく張り巡らせ、電力需要がはっきりわかる現在は、需要増による停電は「負け」に等しい。その意識か、「停電」の割合いは、先進国の中でも最も少ない。

一方で、平泳ぎで2大会連続2冠の偉業を達成した北島康介選手。テレビを観ると、インターハイのころにはもう、平井伯昌コーチが2004年の五輪を具体的に意識させ、長期展望を彼に示していた。目標は最初から高ければ高いほどよい、と平井コーチは説く。平井コーチの長期計画には「負け」の経験則が生きているとか。

長期的な目標をたてて、北島を育てている。その結果が、見事に花開いた。過去の停電の経験は、電力会社にとっては、勝負事にすると「負け」に相当する。そのために長期計画が出来上がった。北島もそうだが、金メダルも、停電がないのも、経験があっての結果でもある。その意味で「負け」も将来につながる。
【2008/08/16】 | ページトップ↑
阿波踊りの逆ストロー現象はあるものの・・・・。
Date:2008-08-15(Fri)

泥縄式墓参りとも言うべきか、両親に日頃の不義理を詫びる。高松、東京、金沢と動く。ガソリンの高さを気にしながらも時間が大事と高速を駆けるが、何故か渋滞に合わない。情報と予想をネットで調べての移動と言いながら、それでも従来とは交通量が明らかに違う。これも意識し過ぎか。

気になるのは、東名、名神、山陽道の交通量に比べ、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋線が少なさ、近畿若狭自動車道はもっと少ない。北陸自動車道はいつもより多い程度。瀬戸大橋は完成以来20年、何度も通過したが、いつもガラガラだ。値段の高さもあるが、ガソリン価格が影響したのか、今年はさらに少なく感じる。

四国島民の長年の悲願だった本四架橋時代は88年4月に香川と岡山を結ぶ瀬戸大橋の開通で幕を開け20年、遅れること10年、明石海峡大橋も完成。瀬戸大橋は、ヒトとモノの流れの変化を生んだ。最も顕著なのは高速バス路線の増加だ。四国外を結ぶ便の年間利用者は、四国の人口を大きく上回るとも。盆には増便の増便。

陸路輸送の拡大充実で、流通経路も変わった。香川から仕事場も対岸の岡山へ通えるようになった。買い物も岡山は勿論、日帰りで神戸、大阪に向かう。瀬戸大橋や明石海峡大橋、しまなみ海道ともに、いずれも、四国の人々に少なからず効果や恩恵を四国にもたらしていることは確かだ。

ところが、ストロー現象が大きく、商店街のシャッター化と少子高齢化を伴いながらの人口減少に拍車をかけている。期待されたほど企業立地も進んでいない。観光客数も底上げされたとはいえ、三つの橋ともに、常に一過性が強く、リピーターは、極端にいえば、四国遍路のみとの評価だ。それとこの季節の阿波踊りのバスツワーだけというのも、これからが心配とか。四国遍路も阿波踊りも昔からあるもの、これが皮肉にも「逆ストロー現象」となっている。

ただ、交流人口は増えたが、四国側の商業統計や工業統計に数字としての成果が上がっていないのだ。特に、観光産業は、三つの橋の完成前は地元の熱は相当上がり、完成後数年はもったが、ピーク時と比べ半分以下との落ち込みも大きく、鳴り物入りで開設したショッピングセンターはシャッター街となった。水商売とも言える観光産業の戦略のなさや脆弱性が響いている。最近は広域的に観光を考えるようになったものの、県域や市町域で観光協会の閉鎖性も影響しているとも。

以前にも書いたが改めて実感した。JR直流化と瀬戸大橋は、地域性から関係がないように思うが、完成以来、瀬戸大橋を20年近く眺めてきた私には、かなり共通点があるとの認識だ。

人間は、魅力ある地域には集まるという法則を体感したことだ。ヒト・モノ・カネの流れは、求心力の強い地域に集まり、逆効果の怖さだ。ストロー効果の怖さは、人口減少化社会でもっとも注意をしなければならないことだ。

それと観光行政こと、観光産業の水商売ともいえる、脆弱性だ。高松市役所職員の友人は、「行政が行う観光行政の一過性は、あまりにも正直だ。単年度予算主義が影響するのか、長続きがしない、生活がかからない観光行政は人材が育たない」とその教訓を率直に語る。

敦賀市内の観光地を考えると、JR直流化効果の評価はこれからだが、金ヶ崎宮は宮司さんの発想による「花換えまつり」効果は大きいことや、魚町の150万を超える観光客とリピーターは、国道沿いの好立地とはいえ、いまや敦賀の最大の名所となっていることは確かだ。いずれも民間人の商売感覚だ。讃岐うどんも一過性といえ、映画化まで仕立てたのも民間人の仕掛けと熱意だった。

これらを考えても観光行政と観光産業と関係、観光産業の脆弱性など、商業統計などの観光行政での成果がどうか、JR直流化で1割とも2割とも乗車数は増えたが、商店街の収益など、商工会議所を中心にウオッチしているが正確に、検証しておくことは大事だ。

おもてなし、ボランティアガイドと観光客への配慮は何よりだが、市税を使う意味は、地元にいくらお金が落ち、どれだけの効果が得られているのか。大きく言えば、交流人口というが、その中身が問題だ。人口増加やその効果がどれほどなのか。さらに駅前開発で、賑わいというが、その賑わいの効果はどうか、中心市街地活性化策が練られている。これは最後の挑戦ともいうべき大事なものだ。
【2008/08/15】 | ページトップ↑
若狭エネ研とエネルギー拠点化計画・・・。
Date:2008-0814(Thr)

北京オリンピックを観ながら思い出すのは、若狭湾エネルギー研究センター(以後、若狭エネ研)の元理事長の垣花秀武(東京工業大学名誉教授)さん。中国とも縁が深かった。私にとっても大恩人でもある。旧民社党の顧問的な存在で、私の東京時代、エネルギー政策をこと細かく指導していただいた。

病気で倒れて以来、敦賀に顔をみせることはないが、日本ではじめての国際原子力機関(IAEA)の事務局次長であり、日中原子力協定の影の功労者でもある。事務局次長になったものの、政府の原子力政策を痛烈に批判したため、日本の原子力委員会の委員、そして委員長と歩むべき人物でもあったが、その職を逃してしまった、気骨の人でもあった。

注目すべき報告書で、60年代から70年代当時、内閣で秘密裏に進められた「日本の核政策に関する基礎的研究」がある。その研究の第一に名を連ねている。核兵器の作り方から戦略・外交的側面の分析に至るまでの力作。原子力が模索発展段階にあった当時、その後の日本の原子力政策、安全保障政策の根幹となったもの。その当時、政策と技術が理解できる原子力の第一人者であった。

若狭エネ研の98年開所までの数年間、準備事務所がプラザ萬象にあった。このとき、垣花先生から若狭エネ研究にかける想いを何度か聞かせていただいた。若狭エネ研は、経済産業省資源エネルギー庁および文部科学省が所管する財団法人だ。財団は、福井県から施設管理を委託されている。

エネ研の入口こそ子供向けの科学情報コーナーがあるが、中身は濃い。交流棟、研修棟、一般研究棟、放射線研究棟があり、中でも放射線研究棟には多目的シンクロトロン・タンデム加速器やタンデム型加速器が設置されている。 診療所を併設し、陽子線がん治療臨床研究を行っている。 ホール、研修室、会議室等を借りることができ、また、電子顕微鏡等の科学機器を低料金で利用できる。

エネ研の財団は、中期事業計画で、「研究開発」と「産業・技術・研究支援」の2本柱をあげている。「研究開発」においては実用化・応用研究を重視し、事業の選択と集中を図っていくこと、また、「産業・技術・研究支援」においては、福井県が策定したエネルギー研究開発拠点化計画を推進することにより、既存産業の育成と新産業の創出等を促進していくとある。

結論から申し上げると、若狭エネ研究センターの方向性が見えなくなっている。「もんじゅ」の再開など、国の地元貢献の判断材料に挙げているエネルギー研究開発拠点化計画とのリンクがいっこうにみえない。

拠点化計画の組織は若狭エネ研にあるものの、私には、別物としかとれない。私は、ハコモノ行政でいくら施設を造っても時間と金、そして何よりも人材がいなければ、「絵に描いた餅」になってしまうと、主張もしてきた。連携大学、研究所、訓練センターと話は、すばらしいが、人材が集まらない、研究テーマが定まらない施設を造っても、どうにもならないことは確かだ。それも、鳴り物入りで建設し、陽子線がん治療などに成果をあげてきた若狭エネ研をどう考えているのだろうか。

アトムポリス構想の研究施設が、若狭エネ研だ。まずは、若狭エネ研の充実が何よりと思うのだが、どうだろうか。ところが、今日の若狭エネ研は、垣花理事長以来、推進エンジンであるべき理事長は、石井佳治出納長、旭副知事と兼務で就任。私に言わせれば、優れた人材も呼べないことにほかならない。もっというと、人材のいないことを内外にさらけ出したことになる。兼務とは、片手間であり、福井県の姿勢そのものに問題がある。陽子線がん治療を県立病院に設置し、その中核を奪ったことになる。その後の、若狭エネ研をどう評価すればいいのだろう。

理事長が垣花さんから石井出納長に変わるとき、記者会見で「地域密着」型への転換と報道。本当にこれでいいのだろうか。未だに発展途上の研究施設。大きく方向転換してしまった。若狭エネ研は、いまだ、「人、モノ、金」と十分ではなく、道半ばである。地域密着型といって、はたして何があるのだろうか。これからが、地域とも共にする研究機関でもあるはず。県行政の曖昧さが気にかかる。
研究とは腰を入れて、ある意味では今が我慢の時期でもある。設立の初心に帰って、原子力を軸に、福井から国内外に先端的技術や情報を発信する研究機関であるはずだ。

目標は大きく、その活用がこれからというのに、理想とはほど遠く、地域密着なら密着しているか、はなはだ疑問だ。方向転換と重なり、情けない限りでもある。私が見る限り、従来の延長線上で、資金的にも電源三法交付金で支えられ、人材もいるものの、原子力機構、北電、関電、原電が出向で補うなど、自立しているとは言い難い。陽子線治療の最先端技術から地場産業まで、今後、何をテーマにするのか、地元では語れる人は少ない。研究の速度、スピードは、確かに速くなっているが、基礎研究も含め、設立から24年、今ひとつの辛抱がなさ過ぎる。エネルギー拠点化計画の中核であるべき若狭エネ研をどう再構築するのか、福井県の息長い、腰の据わった対応を求めたい。

敦賀市行政も「駅前、駅前」と語るが、研究や人材育成は、ハコモノ行政ではない。研究と人材育成は、「賑わい創出」の目的とは違う。エネルギー拠点化は、確かに人材と研究テーマがそろい、さらに研究資金が集まって、はじめてエネルギー拠点化計画がある。アトムポリス提唱以来30年、これまで取り組んだ若狭エネ研の現状を考えれば、その難しさが理解できるであろう。焦る必要はない、焦ってもできないものも多い、着実に現状を理解しながら進むのが妥当ではないか。
【2008/08/14】 | ページトップ↑
敦賀百年の大計である敦賀駅周辺計画の議論不足・・・・。
Date:2008-08-13(Wed)

福井商は仙台育英、打たれても打たれても返す上での惜敗、夕闇迫る甲子園はいい。柔道の谷本さんの4試合すべて一本勝ち、2連覇もいい。勝っても負けても、それぞれの心に何かが残る。母校が37年前に散った夕闇迫る甲子園の風景、40年前、中学、高校と柔道に汗を流した日と、思いを重ねる。

ところで、滋賀県庁の値札(http://www.pref.shiga.jp/gyokaku/price_tag.html)の試みが面白い。県が行う事業の費用対効果を県民にわかりやすく知らせようと滋賀県が全国の都道府県に先駆けて始めたもの。今年度はその試行段階として107の事業の値札をホームページなどで公開。例えば、積雪が10センチを超えた場合に行う道路の除雪には1キロメートルあたり72万2490円の値段。図書館の貸出サービスでは1冊当たり403円。

びわ湖で繁殖し生態系を乱しているブラックバスやブルーギルなどの外来魚を駆除するための費用は1キロあたり446円。単位ごとの値段が示されているのが特徴で、費用対効果となると疑問だが、わかりやすい。特に一冊当たり貸出サービスが403円は高いか安いか、行政サービスにかかる費用は、意外に高い。

費用対効果では、土木建築費用が高いのが目につく。当然だが、それだけ慎重な対応が必要なのだろう。敦賀市のJR敦賀駅も含め、周辺の再開発計画が進み始めている。▽プラザ萬象から駅までの道路の敷設、そのための用地買収とケーブルなど移転。▽駐車場の新たな設置(現状150台から・・)▽まだ青写真だが、連携大学、研究所、訓練センターなど。▽新幹線問題で棚上げになっている三階建ての駅舎改など、大規模な再開発計画だ。

計画通りに進めば、同駅周辺の街並みは一変し、敦賀市の顔である駅前がイメージや人の動きも大きく変わって、その影響は市全体に及ぶ。敦賀の将来を左右する重大プロジェクトだ。

にもかかわらず、計画の内容は、まだ市民によく知られていない。委員会での議論も活発であるものの、そもそも、計画が市民に十分知らされ、市民の声が反映されているとは言い難く、街づくりに際して検討されるべき重要な論点についても、議論は尽くされていない。肝心要の行政も財政問題との兼ね合い、ビジョンとの関係など、検討はまだ途上と見るべきだろう。

街づくりに決定的な影響を及ぼす、これほどの大事業を、行政だけで計画立案しようとしても無理がある。せっかくの機会だ。もっと多くの市民、そして専門家の意見を聞きながら、じっくりと計画を練り上げるべきではないか。それが、百年の計の立て方というものであろう。

計画は、駅舎の改築と、駅周辺の区画整理事業を組み合わせて行う。このうち、敦賀駅舎の改築は、新幹線の敦賀乗り入れと深く関係している。計画されている新駅舎は三階建て。予算も当初の20億円から30億円と多額だ。駅舎と駅前スペースも計画では変更される予定だ。

確かに57年もたった駅舎は改築時期だろう。新幹線は30年後だから改築とする意見も、それなりに説得力はあるが、すべて敦賀市民の税金では筋違いだろう。JR西日本は、敦賀市がすべて出資するならとの見方もあろうが、今、それだけの余力が敦賀市にあるとは思えない。当面は、バリヤフリーと便所など一部改修とリニューアルなら何とかといったところではないか。

プラザ萬象から駅西への道路は、駅前を有機的に利用する観点で妥当な道路だ。それでも多額な建設コストがかかる。

連携大学、研究所、訓練センターと駅前にと、市長も意気込むが、まだ具体案が示されていない。そもそも駅前に理工系大学、研究所が似合うか、教室だけならまだしも、実験室など安全面もあり疑問が多い。規模、仕組みもまだ十分な議論は緒についたばかりだ。

本来であれば、事業計画、事業内容が明確になって、実施に移すのが妥当だが、区画整理だけが先行して、ビジョンが後回しだ。この間に民間のホテルや介護施設が先行して事業を開始している。新幹線も来るか来ないか定かではない。多角的な視点から、もっと議論を尽くすべき重要な時期だ。

現行計画のアウトラインは理解できるが、財政問題やまちづくりのイメージやビジョンを走りながら考えるには疑問が残る。確かなことは、敦賀百年の計にもかかわらず、街づくりの理念にかかわる根本的議論が置き去りにされたまま、計画が進みつつあることだ。これでは将来に禍根を残す恐れがある。

焦る必要はない。なにしろ敦賀百年の大計画を行おうとしているだから、あまりにも結果を求める行政に、地についた議論が足らない。市民も置き去りになっている。何よりも心配するのは、財政問題だ。子ども達の将来のために、何を残すのか、建物も大事だが、中身も大事だ。県が行った若狭湾エネルギー研究センターが、現在、どうなのか、そんな議論もないまま、連携大学が進行している。

駅前は、市民のものだ。行政が市民と一緒に知恵を絞りながらつくっていくのが望ましい。もちろん、国の補助金、交付金も大事、だが、現状認識が不足する中で、進行する計画、もちろん保守的になってはならないが、だからといって、慎重さを忘れてはならないだろう。
【2008/08/13】 | ページトップ↑
払えるのに払わない治療費には・・・。
Date:2008-08-12(Tue)

北島の金はすごい。2連覇もすごい。「ママでも銅」の柔道の谷亮子も立派だ。4年間を維持しモチベーションをあげる努力は、相当なものだ。なにしろ汗と涙の結晶である。議員の4年間とも重ねてしまう。

新聞で見たが、住友生命が「あなたが『金メダル』を贈りたい人は誰ですか」と題するアンケートを行った。これが面白いというか悲しいというか、・・。
結果は「親」が42%と最も多く、次いで「配偶者」の19%。「親」は父母どちらかとなると圧倒的に「母親」の78%。父親の影は薄い。また二位の「配偶者」でも違う。

男性は年齢が上がるほど「妻」に思いを寄せるのに対し、女性はその逆の傾向。女性は「夫」に代わって金メダルをあげたい対象に「自分自身」を選ぶ。4000人のアンケートというから日本の本音だろう。寄りかかりたくとも妻はすげない。我が身と重ねてしまう。

今日、取り上げたい話題は、市立敦賀病院や国立金山での治療費未払い問題。市立敦賀病院の経営委員会を傍聴させてもらったが、その未払いの多さに驚いた。電話催促など事務方の努力も相当なもの。それでもいっこうに減らない。中には、市外者で悪質なものも多いとか。全国でも訴訟問題として裁判に出る病院も出ている。

払えるのに払わない、いわゆる「逃げ得」は許されるはずもない。治療費を払っている人たちに不公平感を生じさせるような事態は放置できない。市外の悪質なものもあるとか。全国の自治体病院では、悪質な治療費滞納者に対する法的措置の検討が広がっている。払わない滞納者に対し、書類による申し立てに基づいて裁判所が略式手続きする「支払督促」を実施。少額でも訴訟に踏み切る例もあるとか。

調べると、少額訴訟は60万円以下の金銭トラブルを解決するもの。通常の訴訟に比べて煩雑な手続きを必要とせず、審理は一回で終了し、即日判決が出る。話し合いによる和解もできる。裁判所の許可を受ければ、滞納者の財産を差し押さえる強制執行が可能。提訴後、滞納者の振り込みが増え、少額訴訟に踏み切った効果も出ている。

市営住宅の使用料など裁判例が敦賀市で効果をあげている。上下水道、国民健康保険、市税と市民一人当たりの額は県下でトップクラス。学校給食費も放置できない状況になりつつある。議会でも取り上げることが多くなった。本来、市民を守るべき立場の自治体が市民を提訴するのは、望ましいことではない。

生活保護、事故や退職で、どうしても払えない場合は別として、治療費未払いが病院の経営を圧迫している現状も考え合わせれば、やむを得ない時代ではないか。数千万円に達する、悪質な滞納者が増えれば、病院経営の根幹を揺るがしかねない。市立敦賀病院の経営は、一般会計からの市税の補助で成り立っている。治療費の未払いは、市民みんなで補っていると考えれば、答えは簡単ではなかろうか。病院経営そのものが、が不安定になり、医療サービスの提供にも影響を及ぼし、大半の善良な市民に不利益をもたらす、本末転倒だ。

ただ、治療費未払い増加の背景には、患者負担の引き上げや所得格差の拡大によって、低所得者が治療費を支払えなくない現実も増えつつあるとか。未払い者対策として、生活困窮者などに対する「セーフティーネット」の仕組みづくりを急がなくてはならない。

医療費が賄えないばかりに、病院での治療や手当てを我慢する患者も少なくない。この見極めは難しいが、それでも、電話での催促、提訴、支払催促、支払い命令、差し押さと段階を踏む。それだけに、躊躇も妥当ではない。
【2008/08/12】 | ページトップ↑
短期集中豪雨への備え
Date:2008-08-11(Mon)

「一つの野心を実現したかと思うと、また別のがもっと高いところに輝いているんだもの」。これは「赤毛のアン」の言葉。柔道の「やわらちゃん」といい、「みさとちゃん」もいい。銅メダルも立派。この言葉が似合うのではないか。

古本で、「赤毛のアン」が、わずか100円の本がカバーを変えて七百円を超える値段で売られている。 常に夢と希望を忘れずに人生を前向きに生き抜こうとする作者の姿が小説に投影されているという解説がうれしい。恥ずかしくなるが、おじさんでも意外に面白い。

「子育て環境と・・」と、子育てを終えた議員である私にも役立つことが多い。「女は家にいるもの」という固定観念が強い中で、アンは大学への入学を目指す。やせっぽちで、顔はそばかすだらけ。おまけにニンジンのような赤い髪。空想好きで、おしゃべりな少女が、美しい田園の中で、周囲の愛情に包まれ、のびのびと育ってゆく。ほんとに百年前の小説とはとても思えない。教えられるものも多い。

書き出しが長くなった。先月27日のテント事故といい、どうも想定外が全国で繰り返されている。短時間集中豪雨もそうだ。都市型水害も敦賀に置き換えての備えも必要に思う。

河川行政では一時間100ミリを超える豪雨は極めてまれな異常気象と位置づけられてきたが、笙の川での氾濫の危機にあった平成10年9月は、わずか40ミリ、上流域で一時間100ミリを越えたと想定されるがさだかではない。かつて敦賀の測候所の所長に聞いたが、全国的に相次ぐ同様の豪雨被害を考えれば、いつ、どこで起きてもおかしくない状況との答え。従来の水害対策は通用せず、集中豪雨のたびに行政の側から聞かれる「想定外」という言葉も、もはや言い訳になりにくいことを認識する必要がある。

笙の川の改修には膨大な時間と金がかかる。治水は行政の危機管理が問われ、指揮命令系統を整えておくことが大事である。敦賀でいえば、水系管理や水害発生時の対応で県、市の連携が極めて重要だ。笙の川、木の芽川は県管理。市街地の雨水処理の側溝、雨水幹線は市が担当している。行政の県、市の連携も大事だ。

全国的にも県と市の縦割りによる連携のまずさは被害拡大につながった例がある。笙の川があふれなくても、側溝や雨水幹線があふれた例は多い。これによる床下浸水も多い。笙の川の西側の二夜の川の雨水幹線も容量も増し、改良を加え、最近は水があふれることが少なくなった。このことは評価できようが、限界に近いことも確かだ。笙の川との連携も必要に思う。

 「減災」の視点でいえば、万一、堤防から川水があふれても、浸水被害を拡大させぬよう水を逃がす仕組みが求められるが、不可能に近い。雨水幹線は、逆に独立系として、笙の川に持ち込まない構造としている。

一方、集中豪雨が市街地で発生した場合、行き場を失った雨水を川へ誘導する仕組みが重要となる。このように県が担う河川管理と市の内水対策は一体的なものである。笙の川は、河川距離が短く、洪水調節機能が少ないのは事実だが、東側の雨水幹線も弱い。敦賀のかつての運河や側溝、雨水幹線と、笙の川を一つの水系と考えていい。

二夜の川雨水幹線の完成も近づいている。雨水幹線、遊水池となる水田、笙の川、井ノ口川と一体的にとらえていく必要がある。金はかかるが、総合的な治水システムを県、市、住民も交えて今一度考える機会がほしい。

話は変わるが、日朝交渉で、巷間ささやかれている「何人かのリスト」を北朝鮮側がすでに官邸に提示しているなど、見えないところで何かが動いている。朝からのニュースが、オリンピック以上の大ニュースになるか、そんな期待があるが・・・。


【2008/08/11】 | ページトップ↑
景気後退と財政運営
Date:2008-08-10(Sun)

本の求めるのに、私はよくBOOKOFFか、福井の駅前の古本を訪ねる。木崎の書店スーパーカボスでの古本フェアも、何度か企画してほしい。安さから気軽に買って、まとめ買いして、しばらくしてから読み始める。新刊本とは違う気軽さが好きだ。

どうも市内の景気も悪い。ガソリン価格がいずれ200円を超えることは確かようだ。長期的な上昇傾向など、経済環境の構造的な変化は、どうもこれまでとは違う。選挙がまじかか、一時しのぎの負担軽減や需要追加のようなバラマキ型対策が目立ち始めた。

危惧されるのは、7月中旬の漁業関係者の一斉休漁を受けて政府・与党が決めた原油高対策と似たような措置が、総合経済対策の名の下にずらりと並ぶことである。

燃油高騰で漁業者は苦しんでいるが、市内の漁業も、就業者数が減り、65歳以上の割合は高く、構造的な問題がある。今回の魚市場建設も、産業として若返りや構造改革には役立たない。

国の予算編成作業も始まるが、市の予算も始まる。国も地方も財源は限定的というより、税収減少から、かつてのような大型減税や公共事業といった大盤振る舞いができる財政状況にはない。コストと効果を見極めて財源を有効に生かす知恵と工夫が求められる。

こうした対策と並行して、中長期的な視点に立った構造改革とまではいかなまでも、土木建築に振り向けた景気対策は限界だ。地方も敦賀市もその構造改善が強めねばならない。

今回の景気拡大では輸出関連を中心に大手企業は収益を増大させたものの、地方に回っていない。敦賀市内の企業にもその還元は少なかった。産業団地に進出した企業も、次の投資には後ろ向きとか。敦賀市内の雇用を支えた電力にもその力はない。労働力の非正社員化などで賃金の抑制も進んでいる。

この結果、家計所得などの格差が広がり、景気拡大の恩恵が地方、個人に波及せず、個人消費が停滞したままの「実感なき回復」と言われる状況が続いてきた。

景気が大きな転換点を迎えたというが、そのしわ寄せは必ずまた地方に来る。それも長期的な景気後退とみるべきだ。

雇用形態の見直しや中小企業の底上げ、一段の起業促進など内需強化へ向けた成長戦略の再構築と、政府は語るが、これまで進んだことがない。いつも米国だ、中国だと助けられた。今回の景気後退は、人口減少、原油高、物価高と安心できる材料が少ない。それに市の税収減少は、極めて厳しいと考えてよいのではないか。

学校の耐震化、公民館の立て直し、消防署の耐震化と、偏りをなくし、計画の平準化は大事だ。もう一点は、JR敦賀駅舎、一度計画をたてたから設計図ができたからと、30億円の市税を投入するだけの余力はないはずだ。バリアフリー、便所、一部リニューアルで十分だ。駅西再開発も年度の平準化など、きめ細かい財政運営と出動など、先行きを見通した財源投入を考えるべきだ。敦賀3,4号建設が決まるまでの、それ以後も十分な配慮が必要な時期だ。

中期財政見通し、国の動向、敦賀市の産業構造の緩やかな転換と、市役所は、そろそろその本業に、その財源を集中させることが必要だ。イベントも、観光事業も、縮小も考え、費用対効果で、歳出を考える時期だ。
【2008/08/10】 | ページトップ↑
事故、災害の教訓の大事さ
Date:2008-08-09(Sat)

書く話題が多い日も困る。昨日は、「日本海六県港湾都市議会協議会総会」に参加した議員を「人道の港・ミゼウム」でお迎えした。どうしても7月27日のテント事故から始めることになる。事故と言えば、美浜町の関西電力美浜事故から今日で4年。4年前のけたたましい救急車のサイレンを思い出す。テント事故も4年前の事故も尊い命が失われた。事故の反省と教訓を決して風化させてはならない。いつの時代もそうだが、安全を最優先に実績を積み重ねていくことが何よりも大事だ。

7月に発表した関電の2009年度3月期の業績予想は、原子力のトラブルによる稼働率の低下や燃料価格の高騰の影響などで、過去最大となる550億円の赤字見込みとなった。東京電力、北陸電力も赤字だ。それでも「安全と信頼性」の向上は、何よりも優先させて取り組むべき課題でもある。

今日は、教訓という点で地震を取り上げたい。昨日早朝、小浜で震度3、敦賀で震度2、それでもズッシ起こされた。幸いそれで終わった。最近では、6月にあった最大震度6強の岩手・宮城内陸地震。13人が亡くなり、まだ行方不明の人もいる。全体の住宅被害は全半壊、一部損壊を合わせて千棟を超えた。

ただ、地震は大きかったものの、被害者には失礼だが、直接的被害は比較的小さかった。それまでのはるか沖地震の教訓が生きているとか。倒れれば怖いタンスは、寝室に置かなかったり金具を付けて固定する。割れた窓ガラスの破片が散乱しても歩けるように、寝る場所のそばにスリッパを置いておく。強い揺れがきても、すぐには動き回らない、などなど。

地震はいつ起こるか分からない。起こるのも防げない。突然の揺れで気が動転してしまい、冷静に行動できるとも限らない。でも、普段から備えていれば被害を大きくせずに済む。そんなメールをいただいた。

昨年七月の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽発電所の変圧器火災の様子が繰り返し伝えられた。だが、柏崎市では今も多くの被災者が仮設住宅で暮らし、傾いたままの家も残る現実は、あまり知られていない。

それに似ているが、防災意識をしっかり持つという地味だが大切な心構えが、被災現場の強烈な印象の陰に隠れてしまって軽視されないよう気をつけたい。

中越沖地震の教訓でもうひとつ忘れてならないのが、地震後、わずか1分で本来のプログラムから被災情報へと切り替えたFMピッカラがある。スタジオの扉が開かなくなるなどのトラブルはあったものの、後日から24時間体制でテレビニュースでは伝えることが困難な「開店店舗の情報」や「物資の支給先」、「炊き出し時刻」と言った末端の情報を伝えた。

中国語、韓国語などで外国人の被災者向けにも放送。パーソナリティーの多くは被災したが、休みなしに交代でスタジオ入りしている。
95年6月に開局したFMピッカラは柏崎市の主要部と刈羽村の一部が放送エリアだ。地震をきっかけに始めた24時間の生放送を続けた。

発生から1分後には音楽番組を中止し、「落ち着いてください」という呼びかけで独自放送を始めた。きめ細かな情報発信はコミュニティーFMだからこそ。地震時には、嶺南ケーブルネットワーク(RCN)と合わせ、貴重な情報源となるだろう。

私も阪神・淡路大震災のボランティア活動の中で、必要なのは情報。特にライフラインの復旧、中でも電気は、精神的な安定を与え、水の確保は冬の寒空でも貴重だった。困ったのはトイレ、女性はおばちゃんでも、かなり気を使っていた。事故と災害の身についた教訓は、いつまでも生きている。何が役立つか、何が教訓か、そんな積み重ねが、災害の少ない敦賀なればこそ、蓄積することが大事ではないか。
【2008/08/09】 | ページトップ↑
県教委の問題とはすまされない・・。
Date:2008-08-08(Fri)

議員と職員、議員と教育委員会との関係を、まことしやかに問われる。「実のところ、どうなんですか」と。誠に心外でもある。大分県の教員採用試験をめぐる汚職事件をきっかけに、採用試験で特定受験者の合否について、事前に県議に個別連絡していたケースが全国で次々と明らかになり、福井県も例外ではなかった。教員の採用と人事権は、県教委の問題とかたずけられない。根が深い。

採用担当者が商品券を受け取った大分県のケースは論外だが、「口利きや金品の授受はない」としているが、公正であるべき採用試験では「李下に冠を正さず」の姿勢が求められるのは、当たり前。事前連絡と口利きがないと言っても市民には通用しない。「それでは、なぜ事前連絡するのですか」と、疑いを招きかねない行為と言われても仕方ない。本当に口利きはなかったのかという不信感は消えない。早く幕引きをしたいという思惑が透けて見えるのは下衆のかんぐりか・・。

本採用を目指して、高い倍率の採用試験突破を目指す若者を敦賀市には多い。敦賀市出身者の先生の比率を高めるようにと、議会でも何度も質問がでる。「調査もどき」でお茶を濁すことは許されない。県教委の見識が問われている。

こうした問題の根底には、教育行政の閉鎖的な体質もありそうだ。教育は地方自治の原点の一つとされながら、文部科学省を頂点に、都道府県、市町村を経て学校現場まで縦系列でつながり、教育課程を含めて縦割り、中央統制が、戦前、戦後と通じてというくらい、聖域的な存在であったことは確かだ。外部の声を聞くものの、先生という独自の世界であったことは確かだ。教育委員会、農業委員会、警察と戦後の改革の中で、県を中心に市町村も、独立扱いした。逆に目は届きにくくなる。けっして市教委が悪いわけではないが、市民の見方が厳しくなっていることは確かだ。

敦賀市も2学期制を独自で引いたものの、文科省のゆとりから脱ゆとり教育とめまぐるしく方針が変わり、現場はいい迷惑だ。一方、私が議員になっての10年間だけを見ても、全国で、児童生徒による殺傷事件、教員の不祥事、同時に学校給食費未払いに象徴される親の問題と、学校も、親も、教員も、生徒も、何かが狂い始めている。敦賀市での通学や遊び場での不審者の話も、忘れたころに発生する。何も敦賀市教育委員会が悪いわけでもない。ただ、より開かれたものと改革精神は必要だろう。

敦賀市でも学校評議員制がほぼ行き渡った。これから地域との関係など魂を入れていくべき時期に来ている。地域の学区制も、不問にせずに、話し合いを進めるべきだろう。中学校問題も耐震問題と絡め、公の中で、難しいが次のステップに入るべきだろう。

生涯教育、社会教育や公民館活動も重要な分野だ。議会でも提案したが、地域との関係を重視した市長部局への移管、総務部所菅への移行など、公民館を地域の拠点とする考えを明確にしてもいい。

学校給食費未払い問題など、身近なものから、しんどいが棚上げではすまない時代。一つひとつ結論を出すべき時期に来ている。厳しいときだからこそ、閉じこもらずに改革をすべき時期に来ているのではないか。



【2008/08/08】 | ページトップ↑
転換点で考えること、雇用問題・・・・。
Date:2008-08-07(Thr)

趣味的な話からはじめて恐縮だが、船の構造を勉強するには、軍艦は、目的性、機能性から最適であり、それぞれにドラマがある。そのなかでも、大和は、象徴的で、映画化、マンガ化でも話題は豊富で、いまだに親しまれているが、船そのもののドラマ性は戦艦「長門」も負けてはいない。連合艦隊司令部の旗艦として、真珠湾奇襲の暗号「ニイタカヤマノボレ」はここから打電。戦後、米国の核実験で、1946年、ビキニ沖で沈没。長門は戦争の始まりを告げ、沈没によって、核時代の到来を告げる象徴でもあった。時代の転換点を告げる戦艦に興味は尽きない。

ところで、新聞報道によると、政府は今日7日に公表する8月の月例経済報告で、景気判断を「弱含み」に下方修正する見通し。02年2月から続く戦後最長の景気拡大は転換点を迎えたと言える。
6月の鉱工業生産指数が大幅に悪化、製造業の中小企業売上高、所定外労働時間指数、有効求人倍率などもどれも悪化。

その上、国民の関心事のひとつ。2007年度の国民年金保険料の納付率が、06年度(66.3%)に比べ2.4ポイント低下し、63.9%に減少。納付率の減少は2年連続。国民年金の納付率は1992年度(85・7%)の後から低落が続き、坂道を転げるがごとくである。理由として、社保庁が年金記録不備問題の対応に追われ、収納対策に人員を割けなかったことなどをあげているが、根本的には、収納業務が、市町村から社会保険庁への移管、景気の悪さ、年金そのものへの不信感など、政治の誤りや制度疲労そのものが、大きく影響している。

敦賀でも、無年金や低年金の高齢者が増えていることは確かだ。国民健康保険、上下水道料金など、納税、納付率の悪さは、県下でもトップクラス。督促や、財産の差し押さえなどの強制徴収に取り組んでいるものの、私に言わせると、根本的には市民のモラルに起因はするが、いまだ成果が見えるはじめた段階での、収納課の廃止など市の取り組みにも問題があることは確かだ。

話を戻すが、景気の悪化は、出生率減少による人口の自然減、転入者減少による社会的減少につながる。引いては、学生などのUターン就職率も、ほとんど期待できない状態が続き、人口減に拍車をかけるのではないかと考えられる。

敦賀市の人口の最も多いには団塊世代。引退を迎え、年金収入となり、それを支える労働力人口は一挙に減少へと拍車をかける。人口維持、税収維持を考えても、人材確保が急務だが、その職場を支えていた電力にも余力がない。それが人口69000人に達しない要因でもある。
福井県の雇用環境は全国トップクラスとよく言われる。失業率の低さ、有効求人倍率の高さ、新規高卒者就職率は全国3、4位。敦賀市は、ここ数年、新規高卒者就職状況はいいものの、優秀な人材が、嶺北、とくに越前市や湖北の工場に流れ、大学卒業生のUターン就職率は、ことのほか悪い。県下で5人に1人しか戻らない。市内でもほぼ同様という。活気とは、活性化とは、いかに若者が働き、戻る環境整備である。

人口維持、税収維持は、原子力政策とも密接に関係するが、それだけに一喜一憂せず、じっくりと将来を展望する施策が肝要でもある。港、産業と、人口維持、人材確保、雇用確保など、景気の転換であればこそ、足腰の強い敦賀市をどう形成するか、交流人口も大事だが、いかに定着するか、転換点の今こそ、場当たりではない、将来像を考えるときでもある。

話は飛ぶが、新幹線問題で、自民党整備新幹線等鉄道調査会長の久間章生元防衛相が、福井市までの遅れるにせよ、早期整備の必要性を認め、敦賀市までは時間がかかる可能性を示唆した、と報じられたが徐々に12月までの根回しが始まっているようでもある。新幹線をどう考えるか、政治的にも敦賀が翻弄され、景気の転換点を迎えた現在、まちづくりの上で、新幹線は棚上げし、雇用施策など将来を見据えた施策を考えるべき時期だ。これも転換点だ。
【2008/08/07】 | ページトップ↑
寅さん映画の魅力
Date:2008-08-06(Wed)

今日は、議員の日常業務を離れたい。気取るわけでもないが、随筆的に書きたい。敦賀の平和堂のアレックスシネマはほんとにありがたい。昔は都会と同時に封切り映画を見ることが難しかった。それが、都会でもなく、地方都市の県庁所在地でもない敦賀で、当たり前のように観ることができる。そんなことを語る私が古いのか。

それでも、お盆が近づくと思い出すのが山田洋次監督の「男はつらいよ」のシリーズだ。盆と正月の定番、季節の風物詩のような映画だった。その中で、第9作目「男はつらいよ・柴又慕情」が製作された1972年、舞台は嶺北、東尋坊、越前松島。国鉄の「DISCOVERJAPAN」のキャンペーン中で、旅行ブームだった。吉永小百合が相手。福井の景色とまだ若い小百合さんがまぶしく似合う作品だ。

約36年前の風景だが、東尋坊や越前松島の風景は昔とそれほど変わっていない。笑いと涙のドラマで多くの人々に支持された「男はつらいよ」シリーズは、私には貴重なビデオ全集だ。すべてダビングして残している。その役目は申し訳ないが、女房にやってもらった。

昭和44年の初公開から27年にわたり48本が公開された寅さん映画の楽しみといえば、単純だが、毎回登場するマドンナと、寅さんが旅をする街の風景がいい。日本の大女優は必ずと言っていいほど出演している。また、大都会や流行のスポットではなく、美しい山や川、海、わたしたちが遠い昔に忘れてしまった懐かしい古い街並み、東尋坊も、越前松島も、田舎の原風景そのもの。

もうひとつが、故郷香川、44作目。平成5年に公開された「寅次郎の縁談」。大学卒業を控えてなかなか就職が決まらずイライラした寅次郎のおいの満男はある日、母親のさくらと大げんかをして家を飛び出し、たまたまやってきた高松行きの夜行列車。そして、舞台は瀬戸内海の香川県の島へと展開する。満男が世話になっている家を訪れた寅さんは、そこで当主の娘、葉子に出会い、一目ぼれ。葉子は、NHKの「篤姫」に登場したイクシマこと松坂慶子の若かりし頃だ。

高松市内やこんぴらさんなど懐かしい風景が満載。穏やかな瀬戸内海と島、もうずいぶんと昔になるが、家族4人でバッタやトンボ取りに興じたことがある。その風景と島の風景が見事に重なるのである。美しい風景を眺めながら寅さんと葉子の思いが深まっていくというシーンは、金刀比羅宮や、栗林公園の吹上亭が見事に、撮影されている。島の細い路地や、さびれた家並みも、私にとっては父母そのもの。かつての女房とのデート現場でもある。

一昨日4日は、「寅さん」こと渥美清さんの命日。今年は十三回忌。シリーズ第一作が公開されて四十年目。全48作のうち第9作の福井と第44作の香川は私の宝物だ。地方の魅力満載。敦賀もフィルムコミッションにチャレンジ中だが、お隣の小浜市も「ちりとてちん」で有名になった。全国各地でもロケ誘致活動が盛んだが、寅さん映画はそのはしり・・・・。ふるさとは遠きにありて想うもの・・・・。 合掌。
【2008/08/06】 | ページトップ↑
戦略には情報、それには調査・分析
Date:2008-08-05(Tue)

麻生幹事長ではないが、私たち世代はどうも漫画が染みついている。「時代」という空気というか、漫画にも、宮崎駿の世界とは違う、その時代、その時代で気分やにおいがあるように思う。NHKテレビだったか、漫画家・赤塚不二夫さんが、かつて、住んでいた東京・豊島区のアパート「トキワ荘」を舞台にした番組があった。売れない漫画家とはこういうものか、とその不規則さと、はちゃめちゃな生活ぶりが描かれていた。それでも、明日を夢見て集まり、議論し、批判し、貧しいが挑戦を忘れない。敗戦の傷跡を残した集団生活だったように記憶する。昭和20年代、30年代はそんな時代だった。

私が男だけのむさくるしい大学の寮の時代は昭和40年代。高度成長から低成長時代への曲がり角、学園紛争が終わり、ノンポリ感が漂う混沌とした時代でもあった。寮生活は4人部屋。女人禁制はなくなり不規則そのもの、それでも、訳のわからない議論をし、酒も仲間とよく飲んだ。どうも「おそ松くん」の延長戦とも思うのである。

昭和37年に連載された週刊少年サンデーの「おそ松くん」は、ヒトあふれはじめた時代の漫画。フランスをひけらかすイヤミ、おでんが大好きなチビ太と六つ子の繰り広げる破天荒なストーリーに、笑い転げた。

イヤミの「シェーッ」のポーズは、私たちの共通語。連日のように大酒を飲み、食道がんの手術を受けても、退院してはまた飲んで「ノーメル(飲める)賞だな」とオヤジギャグを飛ばす。私たちの先生でもあり、教科書だ。「寒い・・・」と言われてもひるまず、また繰り返す。今、思い返せば、この漫画が、今でもしみついている。

またまた書き出しが長くなった。総務省HPに入る。先日、発表した2008年3月末時点の住民基本台帳人口をじっくりと見る。わかっていたとはいえ、東京、名古屋、関西の三大都市圏への集中が加速している。というよりもすさましい。三大都市圏の人口は昨年50.01%となり、初めて全国の人口の半数を上回った。

ことしは50.2%とさらに増加した。伸び率は二年連続増だ。都市圏の中でも伸びが著しいのは東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)である。日本の人口の四分の一以上が一都三県に集まっている。それも異常に増えている。東京都の増加数は、意外にも昭和43年調査開始以来、初めて10万人を超えている。 逆に、福井県、嶺南、敦賀市含め、いずれも地方圏の人口は減り続けている。敦賀の気比さん祭りの年に一度のにぎわいは、東京では毎日、上野、新宿、渋谷と感じることができる。

言うまでもなく、人口集積は地域の活力に直結する。このままでは都市と地方の差は広がるばかりだ。敦賀市の人口動態をじっくりと眺めると、日本の人口動態とほぼ一致する。福井県の中にあって、高速道路、JR、工場、発電所と、それなりに整うのが、地方都市である小浜市と違うところだ。都会でもない、しかし、全国の地方都市とも様相が違う。どうもそれに甘んじているような気がしてならない。
いずれ、急速な高齢化と人口減少が始まろうとしている。

地方が人口を確保するためには、経済の活性化がなによりだ。これまで以上の戦略が必要なことはいうまでもない。戦略には情報が必要だ。商業統計、工業統計は、国との関係でデータを取っているが、市の独自分析は、ほとんどされたことがない。人口との関係、政策実行との関係など、緻密な分析が必要ではないか。

どうも敦賀市は、このことに無頓着すぎた。かつての、明治期の重要港湾指定、昭和初期の東洋紡などの企業誘致、昭和40年代の原子力発電所誘致は、大きく敦賀市を変貌させ、発展させた。これを維持し発展させるには、次の施策をどうするか、「港」と「産業」が、歴史的にも発展のキーでもあり、活力でもある。文章表現は多くあるが、私の不勉強か、それを歴史的に人口増加、個人所得増加と結びつけた、研究論文は、私の知る限りデータで分析されたものはない少ない。

昨年、「企画政策部」と名前を変え、中に「政策推進課」を設置した。その意味合いになる司令塔の役目がほんとに果たせいるのだろうか。総合計画と人口問題は切っても切れない関係だが、これまで、どうも棚上げにした印象を持つ。そのつけが現実になっているようにも感じる。

人材もあろうが、調査・分析に基づいた議論、敦賀市の将来像を描き切る努力が必要にも思う。失礼だが、思い付きでは財政厳しい時代、将来につけを残すことにもなりかねない。「トキワ荘」的な議論や励まし、批評を受け入れ、それに調査・分析を加え、政策を戦略に変える。いくら小さな敦賀市でも、そんな司令塔が必要ではないか。
【2008/08/05】 | ページトップ↑
大学を取り巻く環境の厳しさと「存続」と「設置」
昨日も暑かった。朝より町内のまつりの片づけ。各地では水難事故、エスカレターの事故、坂井市丸岡では、自転車のロードレースで、道路脇の電柱に激突し、全身を強く打って死亡。など、予期せぬ事故が発生している。

昼からは、金ヶ崎緑地イベント会場へ。突風事故から1週間。イベントを主催した実行委員会の関係者が会場の清掃後、突風が起きた同じ時間0時50分、亡くなった人に黙とう。無残なテント骨組みの残骸前に設けられた献花台に参加者とともに、花を供えて手を合わせた。

8月もまた原油高、諸物価値上がり、スーパーも値上がり製品のラッシュ。景気は停滞し、政治も経済も先が読めない。災害が少ないとはいえ、敦賀も、それやこれや多事多難の年の半ばだ。

そんな時だからこそ、祭りともいいたが、サーマーフェティバルの事故を教訓とした安全対策を頭に入れながら、祭は祭で、やるべきもの。折々に心を解き放つ場があって、暮らしの歯車も回っていく。

昼過ぎ、駅前商店街のふれあい市に足をのばした。暑さか昼すぎか、客は0時を過ぎて、減り始めたとか。敦賀短大も学生バンドのストリートライブ、学生を中心に、ふれあい市のたびに頑張っている。支援する事務局も大変だ。それでも元気をいっぱいふりまいている。

ところで、定員割れを抱える大学が増え続けている。日本私立学校振興・共済事業団の調査によると、今春の入学者が定員を下回った私大は前年度を7.4ポイント上回る47.1%(266校)で過去最悪となった。大学経営を取り巻く環境は一段と厳しさを増してきた。1998年度の8%から、この十年間で約6倍にも跳ね上がった。しかも、大都市や規模の大きい私大には学生が集まる一方で、地方や小規模な私大は苦戦を強いられる「二極化」が進んでいる。

定員割れが広がる背景には少子化に伴う18歳人口の減少に加え、規制緩和による参入や学部の多様化で定員が増えていることなどが挙げられる。さらに地方と都市との格差がここでも影響している。このまま継続すると、多くは規模を縮小しないと将来、淘汰されることは確かだ。敦賀も慢性的と言ってはいられない。

激しい大学間競争の中、地方の私大が生き残っていく上で鍵を握るのは大学と地域のきずなの強さだろう。時代の要請に応じた学科の設置や、効率的な運営など大学の自己改革はもちろん、地域に開かれ貢献する大学として信頼を築いていくことと、言葉はたやすいが、簡単なことではない。学生や事務局の汗を無にしてはならない。

地元にも大学への強い思い入れが求められる。地方にある大学は学究の場だけでなく、市長がよく語る、学生たちが集い生活することで生じる経済効果をはじめ地域に活力をもたらす貴重な存在である。苦労して造った敦賀短大が消えることは、ある意味では、敦賀の衰退を意味する。

さらに連携大学は、これまでの敦賀短大と違うと言っても、まちづくりとの連携や就職の受け皿整備など有形無形の支援が欠かせない。誰もイメージ先行で市民に「連携大学」を明確に唱えることができない。

大学「存続」と「設置」という今の時代と言われそうだが、行政である敦賀市が、この時代に挑戦している危機意識がほしい。頭のイメージと現実の厳しさのギャップがあまりにも大きいこと、敦賀短大存続と市立看護学校の短大化と合併もほとんど検討が進んでいない。金がかかることへの危機意識がほしい。

連携大学もイメージ先行で、明確な方針が整っていない。「あわてるな」とも言いたいが、毎年1億5千万円の補助金と駅西には10億、20億と用地買収など開発費用が飛んでいく。税金という意識と、大学を取り巻く周辺環境の厳しさ、どうも敦賀市は無頓着すぎる。議会もしっかりしなければならない。若者元気は敦賀の元気にも通じる。大事な税金の使い方には、時間をかけた検討も必要だが、「時は金なり」、そんな時代ではないか。
【2008/08/04】 | ページトップ↑
祭りの後・・・。
Date:2008-08-03(Sun)

祭りの後は、いつも気だるい。疲れがたまっている。朝寝がありがたい、ところが暑い。それとさびしいニュースがトップニュースだ。

小学校時代の愛読書、「おそ松くん」・・・これを読まないと仲間に入れてもらえない。学校では「しぇー」のラッシュ。漫画家赤塚不二夫さんの亡くなったことから書きだす。、60年代以降「ひみつのアッコちゃん」「おそ松くん」「天才バカボン」は、「明日のジョー」と同時に、わくわくして週刊マンガのマガジン、サンデーを友達とカンパし合って、買っての回し読み。それをすぐに学校で実行。「シェーッ」「これでいいのだ」の流行語を行動と共に、足も手も使ってあらわした。

共通の行動を伴う遊びは、なぜか脳裏に刻み込まれている。先生も授業中に真似て「シェー」を連発。これも印象に残る。

昨日は、中央町まつりに汗を流した。朝8時半、三島の宮司で始まる神事、子供みこしの町内巡行。「ワッショイ、ワッショイ」とこれも動作と声が合う。祝儀をいただく。子供たちの顔触れは変わりが、くそ暑い中に担いだ神輿の重さと、異様な行列は、子供たちの中に強い印象として刻み込まれる。
夜の子供太鼓も、脳裏に刻み込まれる。昼の躍動のほてりに浸る行列の子供、ゆったりと、ときには勢いよく余韻を奏でる子供太鼓。終わって、気比太鼓も勇壮だが、ふと切なさもよぎる後を引く夜気。カラオケも子供世代から、同級の20代、子育て世代夫婦と、小さな町内のまつりも、30年ほどの歴史だが、世代間の重なりが時代を重ねている。昨晩の町内のまつりに、そんな思いを重ねた人もいよう。

祭りにもテントが売店、休息の拠点だ。これまではテントを広げただけ、これに「くい」を事故の教訓を受けて打ち込んだ。

20日のカッターレース、事故こそあったが、サマーフェスティバル、町内のまつり、この後もとうろう流し、気比さんまつりとまだまだ続く。

あたり前だが、祭の力は、祭りを支える人たちが支える。事故の教訓は大事だが、そちこちに見られた心意気や人の輪は、祭りと地域を結ぶ原点だろう。この先も受け継がれていけるものは、教訓といっしょに連れていくことだろう。敦賀大行進曲、すてな、敦賀すきすき、と踊りの和は、祭が人の心を結ぶ原点とも思う。

もう少しで、暦はあす立秋。涼風の気配を期待したいが、この夏はしばらく暑さが続きそうだ。まだまだ、それぞれの祭りも、まだまだ続く・・・。 
【2008/08/03】 | ページトップ↑
署名もむなしく、サンピア入札不成立
Date:2008-08-02(Sat)

昨日午後2時半ごろ、敦賀市総務部総務課のある担当に電話をかける。答えは「入札不成立・・・・・。」と寂しい声が伝わってきた。この3月にも倉敷、佐世保、なにわのサンピアの各施設が閉鎖されている。容赦がない。

年金福祉施設などの整理・合理化の一環として売却される敦賀市の健康福祉センター「ウェルサンピア敦賀」の建物と敷地について昨日、東京で入札が行われた。しかし、応札者が現れず、入札は不成立。最低価格6億8000万円で一般競争入札において参加者がなかった。

水面下の情報では、地元の事業者が入るのではとか、うわさは流れたが、この急速な原油高、景気の悪化、さらに駅前のホテル進出とあまりにも悪い材料が、ここ数カ月続いていた。心配が現実になった。

売却手続きにあたっている「年金・健康保険福祉施設整理機構」に連絡してもネットを見てほしいとか、ほとんど応じてもらえなかった。機構の入札結果一覧をネットで見る。新潟厚生年金会館が昨日落札、その下の欄の敦賀はむなしく横棒が並ぶ。

ウェルサンピア敦賀をめぐっては存続を求める市民の声は、施設利用者でつくる団体などが3万7000人余りの署名を集めて、敦賀市に提出していた。最低売却価格は6億8000万円で、7月18日まで入札を受け付けたが、応札がなかった。このため昨日、東京都内で行われる予定だった一般競争入札は成立しなかった。再入札のスケジュールは決まっていない。再入札に当たって最低売却価格は再度、鑑定評価する、としている。

建設以来、私もよく利用した。温水プールが運動公園にない頃、何度も利用した。敷地約2万1600平方メートル、今も、屋内スケート場や屋外プール、さらに銭湯まで登場。複合宿泊施設で市民の利用客も多い。今日もある労組の大会で挨拶もする。中でもスケート場は日本スケート連盟が北陸で唯一、公式リンク。

売却後も施設機能が継続されるよう、敦賀市は、署名と議会決議を受けて、スケート場継続を条件に落札者への固定資産税の免除、補助金支出などの支援策を検討した。応分の負担も市長は考えていたようで、残念でならない。

再入札して、不成立の場合は、あっさりと冷たく閉鎖。職員の57人も解雇と冷たい。それだけRFOは冷たく、あっさりしている。職員は大半が敦賀市民だ。次の雇用はといってもそう簡単にあるものではない。あまりにも冷たすぎる。

一方、これだけの施設、「敦賀市で何とか持てないか」という声も多いが、私は、行政が簡単に引き受けられるものではないと考えている。きらめき温泉リラ・ポートの約1億円で四苦八苦している現状から、赤字施設をこれ以上、増やすことはできない。この責任は、となるが、それはすべて国の年金運営にある。

福田康夫首相は、昨日、「安心実現内閣」と評した。「国民目線」とか、メールマガジンで「幸せを実感できるように」と、無味乾燥な耳触りのいい言葉が並ぶ。先に社会保障分野の緊急対策「五つの安心プラン」の安心も言葉はいい。昨日の記者会見でも「高齢者が安心して暮らせる社会の構築」「誰でも医療を受けられる社会・・・」など、「安心」とうたうのも国民の間に年金や医療、雇用などで不安が広がっている。「安心して暮らすことができ、幸せを実感できる日本を・・・・」。ついこの間まで、そんな社会だったようにも思うが、随分遠くなった。

財政は大赤字で、国は来年度も社会保障費の伸びを2200億円圧縮するという。どんなやり繰りで手当てするのやら。首相は内閣を改造した。私には、昨日のRFOのサンピア敦賀の入札不成立と、福田内閣改造が重なって見えてならない。国の無責任が地方の黒字の役に立っている厚生年金施設までつぶそうとしている。

【2008/08/02】 | ページトップ↑
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