民主党大躍進の中での3連敗
Date:2009-08-31(Mon)

昨日の第45回衆院選の結果は全国的にも珍しい三選挙区すべて自民党が福井は独占。 小選挙区で惜敗した民主党前職の笹木、糸川、松宮氏は、復活当選、比例代表の単独19位に名簿記載された元職の若泉氏も議席が届いた。解散前の5議席から7議席。それでも民主党は、完敗だった。

最後はなんとかなるとも思ったが、甘かった。まだまだ負け癖がついている。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。民主党大躍進に乗り切れなった。この現象ともいうべき状態が理解できなかった。風をしっかりと受け入れきれなかった。福井県の特異さを感じてしまった。

悔しい結果が出された。選挙事務所に張り付いていただけに悔しい思いが何度もつのる。責任も感じている。中央が民主、地方が自民という不思議な構図。ねじれ現象、まだまだ、この国は、中央集権の中で、政権政党とは逆の福井の地盤沈下、嶺南の地盤沈下が気になる。4年間の政治空間が気にならないとも限らない。まだまだ考えがまとまらないでいる。

エネルギー立県でもあるだけに、もんじゅ、原子力発電所との関係の深さ、敦賀市に限れば、連携大学、中心市街地活性化、敦賀港など中央との関係が深い大きな課題が並ぶ、従来路線では、この地域は成り立たない。それだけに難しい時代だ。

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【2009/08/31】 | ページトップ↑
地道に着実に意見を聞きながらの時代だ・・・。
Date:2009-08-30(Sun)

朝から晩まで選挙事務所にいると頭は選挙一色。福井新聞によると、期日前投票数は6万8012人で、前回2005年衆院選の同時期の1.69倍となった。既に有権者の1割超が投票を済ませたとか。制度が定着、選挙に対する関心の高さを理由荷あげている。私も期日前投票をしたが、複雑な手続きがいらずに利用できる制度がいい。投票するものの気持ち、意見にこたえる重要さがよくわかる。

いつのまにか、プロ野球で巨人にリーグ優勝へのマジックナンバーが点灯した。阪神フャンの私には興味を失っていた。幼少の頃、四国では、テレビ放映が巨人戦のみに反発もしていた。落合、清原、江藤など他球団の主砲を片っ端からかき集め、ずらり4番を並べた。FA制度は巨人のためにあるかのようだった。ところが、年俸とチームの力は比例しなかった。金にものをいわすチームが強いとは限らない。長嶋が去った時以来、優勝もまばら、スター選手の多くは輝きを失った。

巨人には、強いから反発もしたが弱いと反発も興味もなくなった。プロ野球人気も巨人人気とともに、下がったのではないか。

読売巨人軍のかつての印象は薄い。テレビ中継が減り、資金に余裕がなくなったことが理由だろうが、地道に選手を育てることが優勝、ひいてはファンの支持を得る近道だと学び、方針転換ではなかったか。プロ野球は、私たちが小さい頃、草野球、三角ベースと、遊びの象徴だし、巨人、長嶋、王もそのあこがれでもあった。戦後の日本に夢を与えてきたことには間違いないもなく、高度成長の原動力であったような気がする。

長々と書いたが、選挙運動をやっていて感じるのは、金や仕事の関係だけで人は動かない時代だ。プロ野球もファンの声に耳を傾け地道な努力をしなければ、たちまち支持を失う。時代は変わった。選挙運動も変わってきた。

敦賀市の行政も、上位下達、金だけでは、市民の共感は得られない。市民の声を聞きながら、まちづくり、中心市街地活性化を行う時代だ。その声は議員が意識して聞く時代だ。
【2009/08/30】 | ページトップ↑
新型インフルエンザ大流行予告と政権交代
新型インフルエンザの流行のピークが10月、国民の5人にひとりとの報道は刺激的だ。何かしらの不安をあおる報道とも受け止める。オーストラリアでは死者が百人を超え、ブラジルでは五百人を超えた。日本も5人目の死者が出た。

休校や学級・学年閉鎖をした小中高校が、全国で100校を超えた。夏休み明けには集団感染が拡大する恐れがある。休校の最終的な判断は学校長に任される。いつ学級閉鎖や休校に踏み切るのか。難しい決断を迫られることになりそうだが、しっかりと情報収集をしながら判断が必要となる。

話を変えるが、どうしても選挙の話になる。敦賀から東京に出て、4年目の頃だった。「非自民政権」の細川内閣が誕生したのは1993年8月。日本新、新生、さきがけ、社会、公明、民社など「保革大連合」。政権与党の情報量の多さを感じたものだ。やがて自民党は政権を奪還したものの、歴史の歯車はもはや一党支配はかなわず、連立の時代に入ったのだった。あれから16年。今また自民党が野に下るのか否か。

「政権選択」とか「政権交代」の是非という一点に、有権者の関心がいやがうえにも高まっている。今回、当時と大きく異なるのは、なんといっても二大政党制の幕開けとなるのかどうかだ。民主党前代表の小沢一郎氏の悲願でもあった。時代は流れているが、そのバックにはこの人の存在がある。地方は、保守系議員が大半だが、地方と中央のねじれがどうなるのか、これも大きな課題だ。

新型フルエンザの大流行予告と選挙運動の最終日。不思議な取り合わせだ。時代は流れ、何が起こるかわからない。そんな難しい転換の時代でもある。
【2009/08/29】 | ページトップ↑
新型インフルエンザの流行
Date:2009-08-28(Fri)

敦賀市でも敦賀高校をはじめ、いつの間にか広がっていた。新型インフルエンザが本格流行。でも、この時期に「なぜ」との疑問は深まるばかりだ。

普通のインフルエンザは冬に流行するが、新型インフルエンザは先月から急に増え始めた。厚労省によると、今月10日から1週間の患者数は推計で11万人に上る。10代を中心に患者が広がり、国内で死亡するケースも公表された。

4月、5月のあれほどの騒ぎはなんであったのか。マスク姿もいつの間にか消えた。ところが、新型インフルは巷に広がり、不安も広がる。不足するワクチンの輸入、優先接種の動きも注目だ。夏の疲れがたまりがちだ。睡眠不足は体調維持には大敵。暑さで乱れた生活に普段のリズムを取り戻す時期にも差し掛かる。私自身も、選挙で疲れはピークでもある。

2学期が始まった。9月は気比さん祭り。学校での感染拡大の恐れも指摘される中、新型インフルへの備えを徹底させたい。本格流行への備えが市立敦賀病院をはじめ、整えているが、冬の大量流行には大丈夫だろうか。不安は大きくなる。
【2009/08/28】 | ページトップ↑
地域の大学、画期的なことだが・・・・。
Date:2009-08-27(Thr)

もの忘れが気になる年齢なのに、子どものころの記憶だけは鮮明だ。晩夏、ツクツクボウシが鳴き始めると、夏休みの宿題が気になった。長い夏休みも最終盤。今ごろ、宿題の追い込みの真っただ中だろうか。とは言っても2学期制の敦賀市内の小中学校では、ひと足早く授業が始まる。今夏は、新型インフルエンザによる休校の影響で休みを短縮して新学期を早める学校も多いとか。「なぜ、今」と思ってしまう。私自身も、インフルエンザにとって、寝不足、疲れ、もっとも悪いパターンが続いている。勝つ選挙は難しい。

昨日は、議会で連携大学の説明のための全員協議会、昼から駅前周辺整備調査特別委員会、続いて、コミュニティバスの全面改定を説明する総務民生常任委員会と午後4時過ぎまで続いた。

全員協議会では、平成23年中にJR敦賀駅前に完成させるとの方針を明らかにした。設置場所をJR敦賀駅の駅西にはじめて公表したという表現が正しいだろう。敦賀市にとって画期的なことだ。もろ手をあげて賛成もしたが、時代が厳しい。少子化で大学経営がこれほど難しい時代はない。

少子化、理工系離れ、有名大学志向と、原子力の街、敦賀というが、一地方の福井大学には難しい材料がそろい過ぎている。その中での船出は、すべてがバラ色ではない。若狭湾エネルギー研究センターがその例だろう。敦賀市の一等地、税金をかけて誘致とも言える、この作業に議会として、大学関係者の現状分析、将来性を語ってもらうことは大事なことだ。この作業なしで議会として実施計画を通すとしたら、チャック機能がなんであろうと言われても仕方がない。トップダウンで「はいそうですか」という時代ではない。

京都、大阪、名古屋と有名大学と連携しての原子力分野の人材育成や研究は、資源を持たない日本の原子力分野にとっては至上命題でもある。原子力の黎明期から、帝大クラスの原子力学科設置、その後の科名の変更、解体と、時代の変遷を肌で感じきた。

最近では復活の兆しといより、活発になっているの事実だ。当然、国のバックアップなしで福大学に独自での大学経営は難しい。それだけに、どう持続的に大学を運営するか、大学関係者が自ら将来性を語ること、それを議員が直接、聞く作業は大事だ。

話を戻すが、小学生の頃、ためた絵日記、夏休み終盤の憂うつまでも、この時期、よみがえる。夏休みの朝のラジオ体操、いまでも敦賀市内各地で見られる。昨今は少子化のせいか、地域によっては、参加する児童の姿が少ない。

昨日は、角鹿中の統合問題をめぐって反対を北地区が正式に表明した。角鹿中も二百名規模から百名規模の中学校になる。それでも地域にとっては重要な中学校だという地域の判断だ。耐震化に向けて新たな段階を迎える。新学期だ。遊び過ぎて真っ黒に日焼けした子も、塾の講習であまり遊べなかった子も、さまざまな思いを胸に教室へ戻る。

今夏、それぞれが体験したことは年齢を重ねても深く記憶に残る。中学校の存続は地域と密接に関係する。大学の誘致も地域にとって、貴重な財産だ。思惑、駆け引き、トップダウンだけでは大学は地域に定着もしない。
【2009/08/27】 | ページトップ↑
マニフェスト選挙と雇用
疲れもピークに近い。気がつくと秋風が吹いている。今回の選挙は、マニフェスト(政権公約)が決め手だ。キャッチフレーズだけ見れば、「安心な国民生活の構築」、「国民の生活が第一」。当たり前といえば当たり前だ。国民生活あっての国家だ。それだけ基本がくずれてきていることか。

では、安定は何からもたらされるのか。そこを突き詰めれば、雇用問題に行き着く。しっかりとした仕事に就いていれば、豊かではなくとも何とかなっていく。社会の安定や活力の源は、雇用にある。わたしは、常々思っている。

だが、どうだろう。雇用情勢は悪化の一途だ。総務省によると、直近の調査である6月の完全失業率は5.4%で、前月から0.2ポイント上昇した。特に、製造業での雇用削減が悪化に大きく影響している。その分、敦賀は原子力発電所の関係で県下でも何とかしのいでいる。

こうした雇用情勢の悪化は、敦賀でも若年層でより顕著だ。雇用者間の格差の問題もある。33.4%の1699万人に上る。実に3人に1人が、そうした低賃金の人たちで占められている。いくつも統計数字を羅列したが、それだけ今の雇用情勢には解消すべき問題が多いということになろう。全国的に、産業構造の変革とも関係する大きな政治課題となる。党のマニフェストはその点でどうにも物足りない。

衆院選マニフェスト(政権公約)はキャッチフレーズだけ見れば、自民党も民主党も大して変わらない。前者は「安心な国民生活の構築」、後者は「国民の生活が第一」。当たり前といえば当たり前だ。国民生活あっての国家であり、誰でも安定した暮らしを望んでいるのだから。

 では、安定は何からもたらされるのか。そこを突き詰めれば、雇用問題に行き着く。しっかりとした仕事に就いていれば、豊かではなくとも何とかなっていく。社会の安定や活力の源は、雇用にある。

 だが、どうだろう。雇用情勢は悪化の一途だ。総務省によると、直近の調査である6月の完全失業率は5・4%で、前月から0・2ポイント上昇した。特に、製造業での雇用削減が悪化に大きく影響している。

 このほかに、“失業予備軍”の存在がある。企業が生産水準以上に抱える過剰雇用を「企業内失業者」と呼ぶが、その数は今年1~3月期で最大607万人と推計される。景気回復が遅れれば、この予備軍は失業者に組み込まれていく。失業率はやがて過去最悪の5・5%を超え、6%台に乗る可能性も指摘される。

 こうした雇用情勢の悪化は、若年層でより顕著だ。2008年の15~24歳の完全失業率は7・7%で、年齢階層別で最も高い。また、失業率とは逆の見方に就業率があるが、08年の15~24歳は41・5%で、OECD(経済協力開発機構)平均の43・6%を下回る状況だ。

 雇用者間の格差の問題もある。経済財政白書によると、08年1~3月期の雇用者総数は5086万人。このうち、派遣・契約社員やパート、アルバイトといった非正規雇用者数は33・4%の1699万人に上る。実に3人に1人が、そうした低賃金の人たちで占められている。

いくつも統計数字を羅列したも、それだけ今の雇用情勢には解消すべき問題が多いということになる。全国も敦賀も様相は変わらない。

まずは若年層を中心とした失業者の増加を食い止めるべきで、今、最も求められるのは新たな雇用の場の確保、すなわち雇用の創出にほかならない。福祉や環境分野へのてこ入れなど、産業構造の変革とも関係する大きな政治課題となるべきだが、自民、民主両党のマニフェストはその点でどうにも物足りない。

自民党は、今後3年間で40~60兆円の需要を創出し、200万人の雇用を確保すると示す。経済成長で雇用拡大を図る方針だが、言うは易しだ。民主党は雇用対策を最重点政策の一つに掲げる。10年度から4年間で1兆1千億円を投入する方針だが、雇用保険を非正規雇用者にも適用させるなど、セーフティーネット安全網)拡充に重きを置く。環境分野での新産業育成は示すが、雇用創出については語らずじまいだ。この分野は地方も口をあけている時代ではない。自らが産業団地、港振興など、日本が縮小するなかで、難しい時代だ。地方政治も重要な時代だともいえよう。
【2009/08/26】 | ページトップ↑
表と裏
Date:2009-08-25(Tue)

8月も残り6日。選挙一色となった日本列島だが、新型インフルエンザがじわじわと拡大しているのは非常に不気味。学校が始まる月末。対策は万全なのか気になるところだ。沖縄では患者が急増し、救急病院が限界を超えた対応を余儀なくされているという話も聞いた。根本には医者不足の問題があり、これは国が政治が取り組むべき課題だろう。インフルエンザが職員に流行した福井の済生会の医療体制は、県下でも優良とされた病院だ。

この夏、考えさせられたのは、子を持つ女優酒井法子容疑者の覚せい剤事件。毎日のように報道される。社会に与えたショックは大きかった。暮らしの中にそっと入り込んで来る「魔の手」から、いかに家族を守るか、疲れが癒されるから、夫が吸うからいう単純な理由で覚せい剤にのめり込んだ。覚せい剤は、裏の世界があまりにも怖い。

話を変えるが、全国の中でも特異なデータが福井にはある。データこそないが敦賀はその中でもとび抜けているかもしれない。すばらしい誇りうるデータでもある。共働き率でもない。女性の就業率ではない。持ち家率でもない。全国トップは福井の約1.75台。2位富山で1.72台。先に公表された自家用車の1世帯当たりの保有台数である。車をたくさん持つ家が多い。東京からみると、北陸は便利で豊かと考えるだろう。福井人も誇ってもいいデータだ。核家族が進む敦賀は全国でもトップかもしれない。が、逆に、保有台数が上位を保ち続ける地域は、車への依存率が高く、車がないと生活しにくい環境であることの裏返しでもある。豊(ゆたか)に違いないが、何か裏に潜む特徴がある地域でもある。

どんな指標にも表と裏がある。車の保有は、核家族とも密接だ。戦後の豊かさの象徴が車社会の形成だった。確かに米国流の車社会の形成は、生活の豊でもあった。一方で、好材料となる半面、データの中に潜む矛盾をえぐり出す分析が大切になると思っている。全国一律の価値観や順位に惑わされず、誇りと逆に潜む己の弱点に目を向け、考えることも大事ではないか。神経質になるかもしれないが、・・・。
【2009/08/25】 | ページトップ↑
風の選挙は怖い・・・。
Date:2009-08-24(Mon)

今年は、朝夕が涼しくなっている。窓を開けて寝ると寒いほどだ。;昨日は、「処暑」。暑さを止めるではないが、暑さは峠を越えた。

どうしても選挙の話題になる。選挙で怖いのは潮目と風だ。今回の選挙も後世の歴史に残る選挙になりそうな様相だ。国政選挙はムード、風ともいうが、風はわかりやすい。台風のような風かもしれない。世論調査によると、民主党は進出は異常だ。各地の県知事、東京都議選から熱帯、台風から大型台風と。おさまるどころか、拡大し続けている。

選挙をやっていて、風が吹く選挙は過去何度かあった。消費税の「おたかさんブーム」の平成元年の「マドンナ旋風」。土井たか子委員長を中心に参院選でブームを起こし、旧社会党が大躍進した。連合候補も大躍進をした。20年も前だが、敦賀の平和堂前、福井でも街頭演説で、これほど集まったことはなかった。動員をかけなくても人が集まってきた。細川政権誕生も風だった。4年前の郵政選挙も小泉旋風もすごかった。逆風は逆らうことができない。傘も飛び、ずむ濡れになった。

ところが、どれもしっぺ返しが生じている。小泉旋風の自民への逆風も猛烈に吹こうとしている。ところが、どうも福井県は風をまだ感じるほどではない。風が吹いているのか、吹いていないのか、判断が出来ないでいる。

選挙も中盤戦から終盤戦へ。寝不足と疲れで朝がつらくなってきた。冷え込んだ景気、雇用、さらに人口減少、少子高齢化、財政縮小と、どれも難しい時代だ。国のかじを取る政権の責務は重い。難しい時代の変革期だ。選挙も難しい時代だ。
【2009/08/24】 | ページトップ↑
農業政策は・・・・。
Date:2009-08-23(Sun)

選挙戦も中盤。ほぼ各紙の世論調査も出そろった。感じるのはマニフェスト選挙と言われながら、どうもムード選挙だ。特に農業政策はあまり話題にならない。農地の減少は転用、改廃が今も、敦賀でも全国でも続いている。流れに今も歯止めはかかっていない。特に、農地減少や利用率低下の背景として、40年に及ぶ自民党のコメ減反政策が破綻をきたしているのではないか。そんな議論は政権が決まってからしっかりした議論がほしい。それほど危機的なものと思っている。

データによると、2008年度の食料自給率(供給熱量ベース)が前年度より1ポイント上昇し41%となった。今回の上昇には、一部農産物の輸入が減ったことによる好転という数字上のからくりがある。自給率が、なお、先進国で最低水準にあることも変わらない。生産額基準の自給率(65%)は逆に3年連続で悪化している。理屈はわかっても、誰も改革できないでいる。理解に苦しむことが多いのだ。

選挙戦で各党は自給率アップなどいずれも農政重視の公約を掲げているが、互いの政策をけなし合って農家への甘い言葉が目立つ。自給率をめぐっては、これまでコメの消費拡大など向上策に多くのエネルギーとお金、時間が費やされてきた。だが、成果は乏しく、担い手や農地は減り続けるなど国内生産力-自給力は弱体化の一途をたどっているように見える。大きな政策転換が必要に思っている。

自給率下落とコメ政策など過去の農政との関係、課題を丁寧に洗い直すことも必要だ。敦賀市の農業も、高齢化と小規模が多く、国の政策が大事なことはいうまでもない。自給率の指標として供給熱量ベースを最重視。自給率低下の主因として国民のコメ離れや食生活の多様化などを挙げ、これを論拠に向上策を組み立ててきた。それほど、難しい課題だ。これも正直、私には、まだ理解できていない。

【2009/08/23】 | ページトップ↑
何かがほんとに変だ。
Date:2009-08-22(Sat)

昨日の雨もきつかった。明日は、「二十四節気」の一つの処暑。調べると処には「とどまる」の意味があり、暑さが収まる時期とされるとか。いつの間にかセミの鳴き声も少なくなった。コオロギも泣き始めた。気がつけば、田んぼも穂をつけているが、どうも実が少ない。

秋の本番も近いのに、何かが変だ。昨日の延長ではないが、農作物の生育は天候次第。ところがだ、天は時として意地悪をする。8月は全国的に日照不足が著しいらしい。ただ、大きな被害に至っていないのは幸いだが、気になるのは23日ごろから約1週間の天候だ。選挙も重ねるが、気温の変化が激しくなっている。

夏休みも終わりに近づいた。確か2学期制で市内の小中学校で、学校がはじまる。選挙カーの運行にも気を遣う。ところが、油断できないのは新型インフルエンザの流行。マスクが欠かせない毎日にならないといいのだが。何かが変だ。

選挙情勢も中盤へ。早くも民主党300議席獲得の新聞が並ぶ。各紙世論調査もまばらだが、勝ち過ぎるのも怖い。処暑の意味の止めるは潮目に通じないか、心配でもある。とにかくこの夏は、何かが変だ。
【2009/08/22】 | ページトップ↑
この夏は変だ・・・。
Date:2009-08-21(Fri)

この夏は変だ。選挙事務所もインフルエンザ対策。もし患者が発見されたら、どうなるのか。集会、街宣と人を集める作業がすべてパーとなる。一方、集団感染したプロ野球日本ハムの選手がマスク姿で球場に入る光景は異様だ。ところで、選挙中、暑いのだが、風がさわやかなだ。それがすくいと思うのだが、気がつけば、朝夕はすっかり秋の気配が漂う。

繰り返すが、今年の夏は何か変だ。九州や中国地方が記録的な豪雨に見舞われ、東北は梅雨明けなし、それにインフルエンザ流行。何かがおかしい。

とにかく驚いたのは、夏だというのにウイルスの動き。新型インフルエンザの感染が深刻になってきた。日本国内の患者がどんどん増え続け、5月頃の騒ぎがおさまり、すっかり忘れていたのが、ここにきて、流行宣言。勢いが増しているという。福井県内、敦賀市、敦賀高校と現実味を帯びてきた。話題にならなくなって、水面下の勢いは凄い。それも、沖縄と神戸、名古屋で、立て続けに死者が出る事態。死亡した3人には共通点がある。糖尿病や腎臓病などの基礎疾患、つまり持病があったことだ。

ちょうど免疫力が低下している時に感染したので、死亡につながったらしい。妊婦も要注意というから、ただ事ではない。私は、なんで今頃と不信感がつのった。本格的な流行を口にした舛添厚労相は、真夏にこれほど感染するとは「予想できなかった」と語った。何と正直な言葉だ。「国民の慢心が感染拡大につながった」という言い方にはいささかムッときたが、いつの間にやら「のど元過ぎれば」になっていたのは確かだ。

水際であれほど騒いで、現実は対応が難しいとマスコミもほとんど一面から記事がなくなった。日本人の世論誘導は、意外にも簡単だ。マスコミの世論動向が選挙でも大事になる。

選挙の集会、敦賀まつり、秋以降の流行。そして冬、どうなるのか、うがいや手洗いに勝る予防策なし。マスクが再び増えるかも。選挙そうだが、もう一度、ふんどしを締め直さないと・・・。
【2009/08/21】 | ページトップ↑
格差が広がる中での子育て支援
Date:2009-08-20(Thr)

今回の総選挙は、これまでとは様相が違う。子育てなどほとんど話題にならなかったのがまさに中心的な存在だ。4年間の変化も大きい。所得格差、教育格差、医療格差と格差の問題の中での子育て支援でもある。

あるデータでも子育て中の親が最も求めているのは医療費や学費などの「経済的支援」で、2位は「託児施設・サービス」の充実。切実な現実が浮かび上がる。

敦賀市の保育園の存在は大きい。経済的にも生活支援でもある。これだけの人口でこれだけ保育園、当然、保育士の数も多い。未曾有の不況でリストラや派遣切りが相次ぎ、貧困層が広がる中、若い親たちの要求は切実になって生きている。ここのところ、景気が持ち直しているとか。この地方で、プラスに転じたといっても、実感できる親がどれだけいるだろうか。生活でその厳しさを感じる方が多くなっている。

繰り返すが、「政権選択」を最大の焦点に「子育て支援」が大きな争点の一つに浮上したのもうなずける。もう手遅れともいう学者もいるが、支援が充実しなければ、少子化も止まらない状態が続いている。少子化は人口減少の最大の要因でもある。限界集落など地方の疲弊にも通じる。各党のマニフェストにも子育て支援が盛りだくさんだが、その後の日本のあり様が想像できない。対処療法的なバラマキ政策とも言われる所以だ。

それに、所得格差は教育格差をも生み出した。全国学力テストで親の年収と学力の相関関係が裏付けられた一方、大学に行きたくても家が貧しく、進学を泣く泣くあきらめる子どもも増えている。

バブル以降の日本、小泉改革以降の日本、どれも転換期になっている。人口減少も大きな変化だ。変化の速度も速すぎる。子育てもそうだが、老老介護の悲劇や自殺も増えた。医師不足や年金問題、農業振興など、課題は山積で、戦後政治のツケがいっぺんに回ってきた格好だ。個々の政策は公約に書かれていても、各報道機関が論説が語るように日本をどんな国にしたいのか、将来像は見えてこないのも事実だ。地方は、国が定まらない限り、翻弄されているのも事実だ。教育方針も地方に選択の余地があっても、文部科学省の方針、ゆとりから学力重視など、ころころと変わる。

政策がぶれも数が多すぎる。本来、与党が野党の批判はほとんどなかったが、自民党は民主党のネガティブキャンペーンが多い、不思議な選挙戦だ。投票日まで11日ある。
【2009/08/20】 | ページトップ↑
有権者の出番のとき
Date:2009-08-19(Wed)

昨日は、総選挙の公示日。暑かった。先月13日の異例の解散予告から、同月21日の解散を経て1カ月余り。かつてない長丁場に、いささか中だるみの感もあった。準備期間が長いが、この前後はいつもどたばただ。いよいよラストの鐘がなった。30日のゴールを目指し、競り合いにムチが入った。出陣式も暑かった。

まさに、選択が焦点となっている夏の陣。思えば小選挙区比例代表並立制度ができて15年になる。政権交代を図るシステムは、ようやく現実味を帯びてきた。私も末端の政治家といえるかは別として、昭和戦後以来の政治が総決算の時を迎えたと大げさに言えるような選挙だ。

経済や福祉から教育、雇用などまで、暮らしのあらゆる場面で変化は激しい。なのに政治は新しい道を開くどころか、周回遅れのさまが続いてきた。自民党政権の疲労は募り、小泉後にはもはや迷走の体だった。レースを続けるのか、仕切り直しか、そこも問われる難しい選挙だ。

大げさにいえば、将来像を明らかにすることも大事だ。身近で言えば、駅周辺整備は重要だが、今回の選挙は、それ以上の大きな意味を持つようにも思う。青臭く言えば、あすへと架橋するのが政治の仕事だ。暮らしの今は難題に囲まれる。不況は底を打ったのか。税金の使い道はこのままでいいのか。働く場は細って「貧困が時代」の言葉になっている。敦賀でも財政、人口など諸事に縮むさまが目立ち、医療危機も騒がれる、さわぐというよりさらされているという表現がいいほど、問題山積だ。それらに具体的な政策を示し、信を問う時でもある。

成長戦略も大事だが、年金、医療、介護の仕組みの再構築も大事だ。安心と責任、変革と再生などなど言葉ばかりが並ぶマニフェスト。それでも掲げる公約の中身をよく吟味して二大政党時代の幕開到来とも言いたい。それほど今回の選挙は地方政治にも影響は大と受け止めている。選挙期間中はまさに、待たされた有権者の出番の時だ。

【2009/08/19】 | ページトップ↑
大事なことを、忘れていないか・・・。
Date:2009-08-18(Tue)

昨日は、わけあってほとんど寝ていない。書き出しも思い出話となる。私の育った昭和の時代がだんだんと遠くなっていく。子どものころ、暮らしのなかに蚊帳があった。どの家も窓を開けたまま部屋に蚊帳をつり、家族が川の字になって寝ていたものだ。父の仕事は蚊帳つり。縁側というのもあった。うちわを片手に将棋もした。

夏の風物詩、いまは夢のようだ。蚊帳、よしず、打ち水、すだれ・・・、自然の理に逆らわない一昔前の暮らしの知恵が、蚊帳の記憶とともに懐かしく思い出される。歳をとったということか。エコ・ブームというが、昭和の時代はエコそのものだったようにも思う。勝手な見方かもしれないが、蚊帳は、窓を開けていても安全でなければ成立した。昔のエコ生活には信頼という土台があった。クールビズも定着したが、それでも窓締め切りのクーラーが前提。本物のエコか疑問にも思う。それほど社会が進歩したということか。

そろそろ本論に移る。昨日は、議会の敦賀駅周辺整備調査特別委員会。JR敦賀駅舎の改築、バリアフリー化と駅西整備が調査事項。なかでも、市はJR西日本がバリアフリー化の一つで建設するホーム間をつなぐ渡線橋の幅を2メートルから6メートルへ広げ、エレベーターに加えてエスカレーターや階段もつける案を示した。やるからには、市民要望の強い、この案も支持したいが設置費用と管理費用が問題だ。

バリアフリー化でJR西日本は、幅2メートルの通路とエレベーターからなる必要最小限の渡線橋しか建設費の負担に応じない方針。管理費用も長浜駅もそうだが、市負担が管理増えている。駅舎改築も金を出さないことが基本方針とはっきりという。

バリアフリー法の国の補助の限界が、10年度末。26日に拠点化計画の市長説明で駅西計画が明らかにされると思われる。駅舎改築や駅西整備は、ある程度の全体像を示しすことが大事だと思っている。駅舎改築、周辺開発で福井駅、小松駅など成功とは思えない現状もある。先日も小松駅を訪れたが、駅周辺の寂れぶりには驚いた。それほど駅周辺開発はきれいになるが、それが逆に、賑わいが遠のくことにもなることもある。

ハコノモ行政ではすまない、人口減少社会での将来を見越した長期計画での駅周辺開発と思っている。それだけに26日の市長の説明会は大事だと思っている。JR敦賀駅は、市民の大事な施設だが、市の所有物ではない。JR西日本のものだ。それを改築する、税金を投入する、まだ腹に落ちていない。大事なことが抜けているような気がしてならない。時代に合わせた現実的な対応が必要に思うが、税金の使い方でほんとにいいのか、もう一度考えたい。JR西日本も地域貢献を大事にしてほしいが、それほど経営が厳しいということか、難しい課題が並ぶ・。
【2009/08/18】 | ページトップ↑
敦賀の夏が終わった感覚だ。
DAte:2009-08-17(Mon)

敦賀の夏が終わったという感覚だ。野球もとうろう流しも花火も・・。昨日は送り盆。全国各地で送り盆行事が繰り広げられた。両親の墓参りで今年は選挙準備も重ねり、金沢へ不義理をしてしまった。
息子も自転車で東海道縦断をやってのけた。途中で財布を落として、警察から電話。「○○警察ですが・・・」と、ひょっとして事故では肝を冷やした。

やはり日本だ。捨てたものではない。ちゃんと届けてくれる。息子の学生最後の夏が終わった。季節は何とも物悲しく移っていく。松原で亡くなった長谷川さんの事故と、今年の夏が去るという感覚が強くなる。敦賀の花火は、とうろうとあいまって、幻想的な世界となる。ところが、その身近さと客が去った松原の海岸線の曲線が寂しさを誘う。

お盆を過ぎて、ようやく晴れ間が続いている。花火で最後の輝きを放った感覚だ。今日から晴れが続くがお盆を過ぎた海には行くなと両親に言われた。それでも夏を惜しむかのように海に出かけた。
海水浴客がめっきり減った海岸がよけいに寂しさを誘う。ただでさえ不景気なのに泣きっ面にハチの心境だろう。商店街、田んぼも長雨の影響を多少とも受けているとも。総決算の数字に渋い顔が浮かぶ。

18日は衆院選公示日。世の中を覆う閉塞感を何とかしてもらいたい。天気だけはどうしようもないが、国民の生活と暮らしを守るのは政治の責任である。これほど貧困と格差が問われる社会もめずらしい。戦後では初の8月総選挙。暑い季節に「政権選択」の熱い選挙戦が繰り広げられるが、有権者は冷静に各政党や候補者を見比べているようだ。国と地方のかたちをどうするのか。そこが最大の争点となる。決着をつける作業でもある。
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ワンフレーズ・ポリティックス
Date:2009-08ー16(Sun)

悲しい訃報に驚いている。敦賀短期大学の職員、長谷川さん。松原海水浴場に近い海岸の沖合約100m付近で、姿が見えなくなり、昨日、午後3時過ぎになって見つかり、死亡が確認されたという。短大の苦しい経営状況の中、細い体を懸命に、身を粉にして働いている姿を思い出す。ご家族をよく知っているだけに心が痛む。水難事故の怖さだ。ご冥福をお祈り申し上げる。

昨日は、同じころ、民主党の岡田幹事長を招いての敦賀駅前の街頭演説に気を使っていた。岡田幹事長の言葉は、終戦記念日だけに当時の首相の戦争責任を語っていた。当時の政府が、国民を戦争に導いた責任は大きい。まさに政治の責任だ。郵政選挙の評価はこれからだが、その延長線上に現在があると言ってもいい。格差もその結果か。選挙は怖い。

「一億総玉砕」とまで当時の指導者は語った。開戦当時は、「王道楽土の建設」「鬼畜米英」「大東亜共栄圏の建設」と、戦後、父や母が口癖のように語っていた。わかりやすいことば。合い言葉は、勇ましい漢語標語だ。小泉元首相の「官から民へ」の合言葉もわかりやすい。意味薄弱な言葉でも圧縮してぽんと投げ出されれば、時代が合えば、分かったような気になる。この怖さだ。

政治家の言葉は「わかりやすさ」とよくいわれる。「ワンフレーズ・ポリティックス」が前回の象徴でもあった。郵政選挙も国民は酔った。そのときの民主党の党首が岡田。あまりにも多いマニフェストで闘ったが、わかりやすい言葉にはかなわなかった。

対極にある「分からない」は、どっちつかず、愚鈍の印象でもある。岡田幹事長はよく愚直と言われる。接してみてよく理解ができたことがあった。昨年の11月、車で同行した折、演説内容とスケジュール変更を告げると「聞いていない」といきなり怒りだした。顛末は避けるが、党三役は遊説で来て、現場の人間を起こることはまずない。それだけ真面目に演説を考えている。演説内容を項目だけだが、時間に合わせて克明にメモっている。その通り、演説する。

先の大戦も、ある意味ではわかりやすい言葉で、国民は騙された。疑問をもって、分かったような顔をして、答えると、どこかでしっぺ返しが来る。ほんとうによくわかるまで、後悔しないため選択、そのための材料提供も大事だ。

火の玉となって戦ったものの結果は負け。戦況はひた隠しにされ、国民が敗戦を知ったのは終戦当日の8月15日。これほど国民を愚弄する話もないが、あれから既に60年余り、「分かりやすさ」がもてはやされているが、その怖さを考えていた。単純に言い募り、これがまた胸にストンと落ちた、この怖さはなんだろうか。政治の責任の重さと合わせて考えている。

終戦記念日と重なるのか、複雑な日だった。
【2009/08/16】 | ページトップ↑
地方の格差
Date:2009-08-15(Sat)

お盆で敦賀市の人口も増えいる。16日の花火がピークになるが、町に活気があるのはいい。敦賀祭りとお盆はどれだけ増えているのか、興味がわく。それでも祭りの後のさみしさも伴うのもここ数十年繰り返してきた。

総選挙で地方主権が言われ、強調されているが、現実は、難しい課題が多すぎる。税金だけの問題ではない。少子高齢化も深刻だ。全国総合開発計画(全総)に代わる国土形成計画が、広域地方計画の策定で完成した。全国8ブロックごとに今後10年間の地域づくりの基本方針を定めるのが広域地方計画だ。これも高度成長下ならまだしも、低成長下では先送りが多くなり、人口減少と合わなくなっている。

ほんどの市民も知らない。全総は1962年以降5次にわたり国主導で国土開発を進めた。公共事業による基盤整備中心の開発は高度経済成長を引っ張った。しかし北海道の苫小牧東部開発の破(は)綻(たん)など、時代の変化のなかで矛盾もまた膨らんだ。行中の事業や今後着手したい計画の根拠を得て満足するだけでは、計画がうたう高い理想を実現するのは難しい。

広域地方計画とともに車の両輪と位置付けられる社会資本の重点整備方針も公表された。ブロック内の各地が、それぞれ自分のこととして全体の課題を考える姿勢を持たなくては、計画は絵に描いたもちになる。国土の均衡ある発展の理念は結果として実らず、逆に東京一極集中、地方の疲弊が進んでしまった。全総は地域の期待を裏切ってきた。

自民党政権の劣化の一つでもある。反省を踏まえた国土形成計画のうち、昨年策定された全国計画は、当然、人口減少を克服する新たな成長戦略の構築が求められると指摘があった。過密過疎を是正し、成長する東アジアとの連携を深めることなどを通じて、各ブロックが自立的に発展する国土を目指すという。

そのための、地方の手による計画策定だった。地方のこれ以上の衰退を止めなければならない。地方自身の力量が問われる。国も地方にボールを投げっぱなしで、地域格差なき発展のビジョンを高く掲げ続けるだけのものだ。全総について勉強すればするほど、難しい。

【2009/08/15】 | ページトップ↑
相談業務の重要性
Date:2009-08-14(Fri)

自治体の消費者行政の一大転換である。世帯が多い敦賀でも重要性が増すだろう。市民の期待も大きいし、市も期待に応えるよう努力している。政府も、選挙もあろうが、9月1日に消費者庁を発足させることを正式に決めとか。 

消費者庁は、市民生活に密接にかかわる約30の法律を所管・共管して、消費者行政をコントロールすることになる。消費者被害が実際に発生した場合は、経済産業省や農林水産省など担当省庁に対応を要請する。対応が不十分だと改善を勧告するとか。

全国各地の被害情報のアンテナとなり、市民生活の安心・安全で大事な仕事だ。都道府県や市町村が運営する消費生活センターだ。消費者庁の発足で相談や苦情は増えると想定され、センターの新設や拡充、相談員のレベルアップなどが大きな課題となりそうだ。敦賀市でも専門職化し増員もしている。しかし、一自治体では複雑なことが多すぎる。

県の県消費生活センターとの連携も大事だ。この分野は、私もまだまだ不勉強だ。全国的に、相談窓口も人員も都市部に厚く地方に薄い傾向にある。地方では人材の確保、待遇改善などの諸課題を克服しないとセンター新設は難しい。敦賀市も同様な環境だ。それでも職員は一生懸命に勉強している。市内の消費者団体も勉強に余念がない。

新聞によると、政府は、市町村レベルで5万人以上の自治体に最低1カ所の消費生活センター設置を目指しているとか、人材確保や養成には時間がかかる。

消費者庁の目的である、多重債務、製品事故や悪質商法などのトラブルは絶えず、消費者からの相談や苦情を受け止められる体制も大事だ。これからも増えるだろう。消費者庁はこれらトラブルに関する情報を一元的に集約。被害の拡大を防ぐために関係省庁、地方自治体に対応を求めていく。縦割り行政の弊害打破につながると期待したい。

これまでも私の母もお世話になったこともある。「市民のために働いてくれている」と、市民が実感できる組織でもあり、前線部隊でもある。持っている権限をフルに活用・発揮し、市民生活を守る司令塔になることにもなる。税金を払ったありがたみを感じる機関でもある。中央も大事だが、地方の最前線基地、自治体の消費者行政も人の対応でずいぶんと変わる。それだけの転換点でもあり、期待もしたい。





【2009/08/14】 | ページトップ↑
豪雨と地震の怖さ
Date:2009-08-13(Thr)

昨日は暑かった。夜も寝苦しい。あまりにも変化が激しい。数日前までの雨が悲惨な事態をもたらした。台風9号の影響を受けた豪雨で、川が氾濫し、20人をゆうに超える死者・行方不明者が出た。母を失った子ども、まだ見つかっていない子どももいる。実に痛ましい。避難する途中に、濁流にのまれてしまった人も少なくない。ただでさえ泥水があふれかえって景色が一変しているのに、夜間の移動となると一層危ない。避難勧告のタイミングは適切だったのか、検証を待ちたい。それにしても今年の夏はよく雨が降る。

一方、地震は、静岡県の焼津市などで震度6弱。御前崎市の浜岡4、5号機が自動停止。テレビの落下、本棚の崩れなどが原因とされるだけケガが報道された。家具の固定など基本だと知らされた。阪神淡路の大地震で温水槽が、壁をぶち破り、部屋を飛び、再び元に戻る不思議な光景を聞かされたことがある。

もうひとつ、驚いたのが学校で使う防災ずきん。静岡県では必需品なのだという。中綿入りで災害時には頭を守る。普段はいすの背もたれや座布団代わりに。30年前、巨大地震がいつ起きてもおかしくないという「東海地震説」が唱えられたのがきっかけ。防災先進地の並々ならぬ危機意識を行政視察でも何度か訪れた。防災センターの議会への提案にもつながった。

地震と豪雨。なぜ自然災害による大規模な被害が続くのか。指摘されるのは局地的なゲリラ豪雨や海面上昇など自然現象が変わったほか、高齢化の進展に伴う地域防災力の低下など社会の変化である。敦賀は、災害が少ないとよく言われる。ところが、従来の常識は通用しなくなった。今回の豪雨被害にあった高齢者から「考えられない。予想できなかった」などといった声が聞かれるとか。

冒頭の被害者の町の勧告に従って自宅近くの小学校に避難する途中で用水路に流されたとみられる人がいた。夜だったこともあり、激しい雨による視界不良が重なって悲劇につながった。豪雨時の避難の在り方に課題が浮かぶ。二夜の川など平成10年には水が溢れ、コイが道路に泳いでいた。

平成10年9月の今にも溢れんばかりの笙の川を見た私は、いつあっても不思議ではないという感覚になっている。防災対策の検証し、ハザードマップの避難など、問題点を洗い出すことが重要だ。

ところで、故郷の四国の貯水池、早明浦ダムの貯水率が今年は100%。今回の台風は香川にも床下浸水の被害を出した。長かった梅雨は日照不足をもたらし、逆に農家を困らせ始めている。まさに、天気はきまま。地震はいつ来るかわからない。月末には衆院選も控えている。日本の明日は晴れるのだろうか。空模様が気になる日々は続く・・・。
【2009/08/13】 | ページトップ↑
マニフェストは、過去、現在、未来・・・・。
Date:2009-08-12(Wed)

解散から投票日までが40日間は長い。新聞各紙にはマニフェスト比較がならぶ。各報道機関もわかりやすく伝える努力もしている。批評論評もうなずけるものが多い。長丁場のためか、異例の予告期間があり、新聞社の取り組みのじっくりと取り組もうとの姿勢がうかがえる。ところが、私が感じるのは、マニフェストの優劣は意外に話題にならない。勝敗だけに関心があるか、長すぎるともらす人が多い。各陣営もお互いに、前哨戦に中だるみ感がある。盆を前に、陣営も、緊張感の持続が難しい。

話を戻すが、マニフェストの評価がきめ細かく紙面をにぎわしている。もうひとつだけ、欠点を言うなら、前回のマニフェストの評価だ。約束の評価は、実行期間を終えた次回総選挙前に論議する、評価が全くといって現れない。

自民党の前回マニフェストがいっこうに、話題にならない。郵政改革の是非も民主党は批判するが自民党は、語らない。市議会も予算に気を使うが、決算はほとんど軽く見られる。過去は水に流し、将来を語ろうという国民性か。

郵政民営化評価を、民主党は反論材料だが、それでも言葉の批判で終わっている。具体的なには、最近の「麻生太郎首相には日本郵政社長をなぜ辞任させなかったか」などは過去の話か、ほとんど話題にもならない。過去をどう清算し、説明責任を果たすか、日本のマニフェストの成熟度はまだまだ低い。将来を託す判断材料のはずだが、責めるはずの民主党も自らのマニフェストの防衛に汲々としている。

マニフェストもただの公約も、のど元を過ぎる時だけか。全国知事会、民間団体の点数評価も、私は気になったが、巷の話題になっていない。連合の民主70、自民43も現場ではほとんど話題になっていない。

ひとつだけ、総選挙に向けた民主党のマニフェストは農業の「戸別所得補償」を柱に据えたのが特徴だ。自民党はこれに対抗し、生産者の「所得増大」を打ち出した。違いも比較的はっきりしている。しかし、「両党とも目先の集票に重点を置いた印象は否めず、足腰の強い農業への改革の視点は見えてこない」と、ある嶺北の農家の方からの苦言だ。

長年の懸案であるコメの生産調整(減反)は堅持する方向で、石破茂農相が見直す姿勢を見せたが、農林族などが猛反発し消えた経緯があるなど自民党に歩が悪いが、対象とする有権者が少ないのか、ほとんど議論がかみあっていない。

受け売りだが、民主党の戸別所得補償は、農産物の販売価格が生産費を下回った場合、差額を生産者に補てんする。選択制とする減反と連動させる方針。国民には税負担が生じるが、食料価格の低下を期待できる。欧米は価格政策と所得政策との分離は欧米では主流。

課題もある。まず、補償を戸別単位としている点。1戸の農家が生産する農産物は通常1、2品目にとどまらない。戸別でまとめてとなれば、制度設計や補償額の計算はかなり複雑になろう。私もまだ不勉強だが、貿易自由化と農業との兼ね合いを党としてどう考えるのか、まだまだ将来を自民党も民主党も説明し切れていない。

マニフェストは、「過去、現在、未来を語る」と習った。まだ過去の評価が日本では未成熟だ。市長マニフェストは、先の選挙が初めてだった。4年は意外に長い。市長マニフェストはどこに行ったかと思うが、これから2年間、市長マニフェストが語る駅改築、駅周辺開発、中心市街地活性化、短大問題など、大型プロジェクトが敦賀市議会の大きなテーマになる。2年後に評価と説明責任が求められることは確かだが・・・・。
【2009/08/12】 | ページトップ↑
シャブい話
地震の報道で目が覚めた。阪神・淡路大地震の時間も早朝だった。台風も近づいている。豪雨災害に加え、この国は地震の国でもある。敦賀市でも地震があった。震度3だ。

浜岡原子力発電所4,5号機も自動停止。自動停止の発電所の中央制御室は、警報の点滅と音がその緊急度を知らせる。緊張度が急速に高まる瞬間でもある。運転員は訓練で自然と体が動く。

地震の感覚は独特だ。地面が揺らぐ感覚、体に感じた感覚は、体に染みついている。染み込んだ感覚は、特定の意味や感覚を呼び起こす。緊急時放送で、デジタル化でどうするか、敦賀市もようやく目途がついた。ラジオで視覚、聴覚で緊急放送を訴える。

ところで、音も振動も何も感じないのが、問題になっている車がある。低速時にほとんど走行音のしないハイブリッド車である。日本が世界最先端を走る技術の結晶だが、特に音を頼りに街を歩く視覚障害者らが接近に気づかず、危ない思いをすることがあるとか。音を出して車の接近を知らせる装置の検討を始めたとか。環境に優しい車を造れば、安全が問題になる。言葉は適当ではないが、バラにはとげがあるか。よいものにも弱点というか、裏があることを忘れてはいけない。

静かと言えば、静かに広がる裏の世界がある。体の感覚が独特になる覚せい剤。私もファンであっただけにノリピーの逮捕はショックだった。警察庁の統計では、2007年の覚せい剤事犯は約1万7千件、摘発された人は1万2千人を超えるとか。戦後の混乱期には年間、五万人とも。あらゆる流通手段によって主婦や高校生にまでまん延する「第3次乱用期」というワイドショーが伝えていたとも。芸能界での覚せい剤事件がつづく。静かに進行しているとか。夢を与える芸能界だけに、ファンを裏切る。社会的影響も大きい。

専門用語か、俗語か、「シャブ」。注射すると冷たいから寒い、シャブい。私の寒い駄洒落よりも始末に悪い。神戸の三ノ宮で教えられた言葉だ。いろいろな説があるらしい。暴力団の資金源でもある。港町の敦賀でも他人事ではない。覚せい剤取締法が制定から60年近く、不景気が逆にはびこるげいいんかもしれない。根絶にはまだまだ遠い。

使用すると中枢神経系に作用。文字通り覚せい現象を起こし、高揚感を呼ぶという。値段も高い。それだけに暴力団もいまだに資金源となっている。中毒の揚げ句、廃人という奈落の底が待つ。覚せい剤の暗い歴史は、大学時代に学んだ。船乗りと覚せい剤は、独特の環境だけ他人事ではない。それだけに教えられると身につく。

講釈ではないが、話せばいまでもすらすらと出る。先の大戦に始まる。軍部が前線の兵士の精神を高揚させるため「突撃錠」として配布した事実は歴史の暗部だ。真意は確認していないが、特攻隊員に、上官から与え、神経を高ぶらせ、死を恐れさせないとか。戦後、軍が保有していた覚せい剤が大量に闇市に流れた。港町、神戸の裏の世界でもある。港と覚せい剤はつきもの。敦賀でもけっして他人事ではない。



【2009/08/11】 | ページトップ↑
公共事業の優先順位
Date:2009-080-10(Mon)

敦賀市内の国道、県道、市道ともに、私がはじめて敦賀にきて30年、ずいぶんと良くなった。西浦の夏の海水浴シーズンは、日曜日夕方、発電所から街まで3時間を要した。発電所が出来るまで、立石、浦底、色などは、もっぱら船が有効な交通手段。それが、道路ができて生活様式が一変した。

話は新潟に飛ぶが、テレビでも報道された、地震災害の新潟県山古志村(当時)に、中山隧道がある。かつて、病院や商店がなく、峠を越えた隣村(現魚沼市)まで山道を歩いていくしかなかった。だが、一帯は日本有数の豪雪地帯。冬場は4メートル近い雪に覆われ、陸の孤島となる。病人やけが人が出たら、決死の覚悟で担いで雪の峠を越えた。

1933(昭和8)年の冬を前に地域住民らが立ち上がった。着工から16年後に開通した。98年に中山トンネルが完成するまでの約50年間、利用された。まさに生活道路、限界集落を防ぐ上でも道路行政は重要な分野だ。子供たちの通学路の安全も大事だ。

財政難の折、行政組織のスリム化や無駄な公共事業の削減は当然だが、行政に「あれもこれも」求める時代でなくなったのは確かだ。住民自らが地域の優先課題を決め、その役目が議会かもしれない。道路も造る時代から保守の時代になったいる。道路行政も車優先から歩行者、自転車、高齢者優先の時代だ。

【2009/08/10】 | ページトップ↑
子育て支援は自治体では限界だ。
Date:2009-08-09(Sun)

まぶしい青空に、カッと太陽が照りつける。せみ時雨が、そこらじゅうに響き渡る。夏ならではの光景だ。総選挙の公示まであと10日。昨日は、選挙事務で1日が終わる。政権がかかった歴史的な戦いといっても、事務は変わらない。マニフェストを見ると、あれをします、これもします。ありがたいことだが、懐を痛めずに済むムシのいい話はないと、みんな思っている。

財源は、いずれ増税ではとも思ってしまう。「ざいざいざい」の大合唱がつい「ぜいぜいぜい」にも聞こえ、ジージー、シャワシャワとけたたましいのはいい。それでもこの活気はいい。

書き出しを探している。やはり、子どもの数が減っていることが気になる。敦賀も峠を超えた。敦賀も出生率は下げ止まっているが、自治体では限界に近い。一般会計の10%が支出されている。少子化対策は本来、国家戦略として取り組むべき施策である。少子化を脱した先進事例も参考に、中長期的な視野に立った総合政策を求めたい。

少子化は社会保障や経済などあらゆる面に影響を与え、国家基盤をも揺るがしかねない。活気もなくなる。 衆院選に向け与野党ともにマニフェストで、子育て支援を目玉政策に掲げている。若い世代の有権者を強く意識したのだろうが、少子化への危機感の表れと受け止めたい。

データを調べると、戦後の第1次ベビーブーム期には270万人に上った。1975年に200万人を割り、昨年は109万人。総人口に占める15歳未満の年少人口は13,5%にまで減り、世界全域の28.3%に比べ異常に低い。敦賀は、全国の人口動態と一致する。高齢者が増えると、当然、社会の活力とも関係する。

少子化に即効薬はない。昨年秋以降の経済危機によって、不安定な非正規雇用が働く人の3人に1人を占め、敦賀市役所の実態もそうだ。意外に年収200万円以下の層も敦賀には多い。これでは結婚も子育ても難しい。
未婚・晩婚も敦賀も増えている。子育て環境は、保育園の多さ、子育て支援センターと敦賀市は手厚い予算がある。

マニフェストを読むと、自民、公明が幼児教育の無償化などを掲げ、民主も中学校卒業までの子ども手当を打ち出す。児童・家族関連の政府支出が国内総生産(GDP)比0.8%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の2%に比べ少ないだけに、厳しい財政状況であっても「未来への投資」を優先することには賛成したい。民主党の月ひとり2万6千円の評判はいい。

ただし経済的支援と併せ、安心して出産できるためには、産科や小児科の確保が欠かせない。敦賀も全国的な傾向を受け、減少傾向に変わりない。もう政治でしか解決が難しい段階を向けている。

データでも出生率が1.6台に低下したフランスは、政治での対策で昨年2.02に回復した。まさに国家戦略だが、手遅れという人もいるが、・・・。
【2009/08/09】 | ページトップ↑
立秋の介護保険
Date:2009-08-08(Sat)

昨日は「立秋」。暦上では秋となり、あたりまえだが、「暑中見舞い」が「残暑見舞い」に代わる。全国的に多雨、日照不足など天候不順が続いた。それでも北陸で4日に梅雨明けしたらしいと発表。これからが、厳しい暑さや寝苦しい夜が続くのか。

ある櫛川の店では鈴虫が鳴き始めた。日照時間も短くなってきた。ヒグラシが鳴き始める。子供の頃の夏休みは長く感じた。月末には、先送りしてきた宿題の山。絵日記やらまとめて書いた。高校3年のころか、始業式後の受験用のテストもその場をしのぐかのように、にわか勉強を暑い校舎で友人と、校庭を見ながら過ごしたのを思い出す。

選挙の夏。思わぬところから「夏休みの宿題」が降ってきた感覚だ。それもよりによって8月末が試験。「政権選択選挙」とマニフェストが選挙事務所にも並ぶ。そもそも公約は「守ってなんぼ」。野党に吹く追い風は、財政再建や社会保障といった宿題を先送りしてきた、政権への不満の裏返しでもある。

再生や再建には何が必要か、再生の道筋をより具体的に語れるのはどこのリーダーか。宿題か、試験か、高校3年生時代を思い出しながら、それが選挙事務所とは・・・。

ところで、前にも書いたが、厚生労働省は、4月に改定されたばかりの要介護認定基準を大幅に変更することを決めた。10月から実施する方針という。見直しの理由は、改定後の基準では介護の必要度がそれまでより軽く認定される傾向があると分かったためとか。

4年前の郵政選挙で小泉首相の「痛みが伴う改革」は、不思議に説得力のある演説だと感じた。政権時代の「骨太の方針2006」に基づく社会保障費の抑制で、現場を大きく変わった。介護現場の労働環境にも問題が噴き出た。医療と介護の関所があるかのように、待遇の差も大きかった。私も両親の介護から女房の両親の介護と、20年間にわたって介護現場を見てきたが、介護保険導入で大きく変わった。制度は完ぺきではないが、現場に数多くの若者が意欲をもって登場した。

ところが、看護師と介護福祉士の格差、社会福祉士、ヘルパーなどの賃金の低さから現場を去る若者を多く見た。また、小泉改革は、医療や介護の現場を疲弊させた。厚労行政に対する国民の不安が高まった。小泉元首相の言う痛みがあまりにも現場に降りてきた。

介護保険制度は2000年の「介護の社会化」。家庭から介護を社会全体で支える必要があると考えは、いまさらながら大事だ。高齢化が進展する中、その役割は重みを増している。今回の介護保険の認定は、プロがみれば、だれも軽く判定が出るもの、まさに痛みが伴う改定だと以前からわかっていた。それもお上のやることと現場は我慢していた。案の定というのだ。

判定結果は、予想通りとも言えた。調査によると、新たな申請者でサービスを受ける必要がない「非該当」(自立)とされた人は4~5月時点で5.0%と、旧基準だった前年同時期より倍増していた。

私も女房の両親で経験したが、要介護認定はサービスを受けるのに欠かせない事前審査だ。それによってどの程度介護が必要かが決まる。俗にいえば、金が決まる。その大切な基準がくるくる変わるようでは、との不信感だ。お上の厚労行政への信用問題でもある。

今回の改定で、具体的に言えば、座った状態をどれくらい保てるかで体の状態をチェックする項目の時間の長さが「1分程度」から「10分程度」の旧基準へ戻した。要介護認定は市町村が主体。現場は度重なる見直しが負担となっている。介護関係者の批判に耳を傾け、もっと慎重に対処すべきだったのではないか。利用者の急増から私もある程度の痛みは必要と思っている。まだまだ増える。

家族は、金が絡むだけに、介護度は高くみてもらいたいのが人情だ。もっというと、要介護度を正しく認定してもらえないのではないか。疑いを抱く利用者や加入者が現場では増えている。介護保険制度の根幹が揺らぐことになる。私は、いざという時の備えにならなければ、「保険」の名に値しない。 痛みと制度の継続性のころあいは、大事な要素だ。この分野はバラ色だけではない。泥臭い現場の実態をみて、戻すのも大事だが、慎重さも大事だ。まだまだ、制度は完ぺきではない。
【2009/08/08】 | ページトップ↑
一人暮らしの寂しさ・・・・。
Date:2009-08-07(Fri)

サントリー レッドは、はじめて酔いつぶれた酒だ。25歳の頃か、発電所の当直が終わり、朝からレッドを一杯・・・。大原麗子の「「すこし愛して、ながーく愛して」のCMの言葉は今でも忘れられない。一抹の寂しさを感じる。我々世代には、憧れのマドンナ的な存在だった。NHK大河ドラマ「春日局」と映画の「網走番外地」と「男はつらいよ」での存在感、ハスキーな声と魅力的な目は、よく覚えている。
大原さんの病気が、急に手や脚に力が入らなくなり、歩行障害などを引き起こす難病ギラン・バレー症候群。亡くなった友人が、この病気だっただけに苦しみが想像でき、それも一人暮らしの闘病生活と聞くと心が痛む。御冥福を祈ります。

もうひとつのニュースで、クリントン元大統領の訪朝。電撃的な救出劇。拘束されていた米女性記者2人を連れて帰った。判決後、2カ月足らずで解放にこぎ着けた対応の早さ。女性救出のために国を挙げて立ち向かう。まさに西部劇の国らしいやり方だ。白髪頭のクリントン氏が格好良かった。

7年前の小泉純一郎首相の訪朝を思い出す。拉致被害者5人の帰国を果たし、あの時の小泉さんは格好良かった。だが、その後は尻すぼみ。拉致問題は一向に進展しないままだ。特定失踪者の敦賀の山下貢さんのお母さんも八十の峠は超えている。被害者家族の高齢化が進み、残り時間は少ない。拉致されて30年以上たつ被害者もいる。何が違うのか、国の力か、なめられてるのか、日本の表だけの強硬路線が悪いのか。クリントンの訪朝までの水面下の交渉は、相当な用意と交渉があったとも聞く。

拉致問題は政権選択をキーワードに自民、民主両党がせめぎ合う衆院選のうねりの中で埋没してしまったかのようである。被害者家族にいとり暮らしで待ちわびる方も多い。なぜか、寂しさを感じる

話がまったく変わるが、警視庁の調査で、万引した高齢者の40%は独り暮らしで、53%は「友達がいない」と回答したという。ある敦賀のスーパーの店長に聞くと、万引きが買い物袋持参により増えたが、その傾向が意外にもお年寄り多いというのだ。孤独感からつい商品に手が出てしまったお年寄りを思うと、罪を責める気にはならない。

詳しくことはさけるが、最近、空き家と見間違うほど傷んだ家にお年寄りの姿を見ることがたまにある。子どもや親類がいないのか、遠く離れて帰ってこないのか…などと、いらぬ心配までしてしまう。

病気や収入などの心配ごとも多く、「頼れる人がいない」とも語っていた。民生委員、福祉委員や社協の職員など頼れる人が近くにいればいいが、一人暮らしで相談する相手がいないのが心配でもある。子育てと同じように、今後もこの相談業務と相談しやすい環境の形成が大事だろう。寂しい風景が敦賀にもあり増えることを忘れてはいけない。
【2009/08/07】 | ページトップ↑
困った時には「お互いさま」・・・。(処分場問題)
Date:2009-08-06(Thr)

梅雨明けが発表された。今年はしとしと降るのではなく、強い雨が限られた地域に降ることが多かった。どうも梅雨明けという気分にはなれない。不安定な天候が続きそうだ。夕立は、困った時には「お互いさま」というわけで、子供の頃、何度か傘を貸してくれたり、家で待機もさせてくれたこともあった。雨宿りのための軒先の貸し借りも日常の光景だった。まさに、「お互いさま」だ。

ところで、樫曲の民間廃棄物最終処分場の問題で、敦賀市が、4日、県、市と処分場の抜本対策工事費の負担割合に納得していない搬入団体との三者協議に県も参加するよう要請したが、拒否された問題について、市はテーブルに着き、環境省をオブザーバーに、県に今後も参加を求める。現時点で、妥当な判断であり、福井県の姿勢に疑問を感じることは言うまでもない。

搬入団体の「福井県と敦賀市の負担割合が不透明で一方的だ」と言い分に、私が「一理」あると語ったことに「説明不足だ」と指摘を受けたのでもう少し説明を加えると、「一理」の解釈は、辞書で「一つの道理。一応の理屈」とある。搬入団体の言う「不透明」「一方的」に関して一応の理屈であると述べただけだ。したがって、搬入団体が約14億円を支払うことは、当然とも考える。

廃棄物処理法(廃掃法)が述べる排出者責任からすると、一般廃棄物の費用負担である三十数億円は本来、全額、搬入団体で支払うべきものである。ただ、福井県が、本問題に関する責任で十数億円を支払い、残りの約21億円は敦賀市が肩代わりしているに過ぎない。それでも民法上、敦賀市にあるというだけで三分の一を担い、搬入団体は三分の二の約14億円と支払うことを環境省の指導で決めたものだ。よって、現在、工事費用の搬入団体負担分の約14億円は敦賀市が肩代わりしているに過ぎない。

搬入団体の決め方が「一方的だ、不透明だ」を強調するなら、全額あるいは約21億円を支払ってもらうことになる。付加えるならば、各搬入団体が自らの地域で処理・処分しようとすると2倍から3倍、おそらくそれ以上の費用がかかっていただろう。

これらの経緯からも、福井県の「市と連絡協が話し合うのが筋」とする見解は、あまりにも無責任であり、樫曲の処分場の許可権者であり、県の責任の大きさを考えれば、同じテーブルに着く必然性があり、説明責任を果たすべき義務がある。

いずれにしても、廃掃法上、「排出責任者」は明記されているが、支払義務的なことが書かれていない。話し合いのテーブルで粘り強く行うことが、いまできる最善の策だ(最後は、裁判ということかもしれない)。同じ自治体ならその苦しみは理解できるはず、敦賀市も各搬入団体の財政事情も理解できることから期限などについては言及していない。それだけに話し合いが大事な解決策だということだ。

敦賀市議会は、環境省と福井県に協力・支援要請を意見書で提出している。これを議会は、全会一致で決めている。ある意味では、理事者側の措置を支持し、協力しようというのが現在のポジションだ。また、公明党と市長の働きにより、環境省も大臣自ら、解決に向かって動き出したばかりだ。

市は今後も環境省に相談するなどして、引き続き県に参加を要請する方針は当然でもあり、敦賀市の市民の血税でもある市税回収という観点から、市の「県へ要請は続けるものの、環境省のオブザーバー参加による協議開始も1つの選択肢」とする見解もやも得ないと考え、とにもかくにも前に進めることが大事だ。

工事が進み、汚染水の水質処理や管理が適切に行われる現状から考えると、市税の資金回収は、しんどいが粘り強く訴え、回収することが第一義だ。市の理事者を支持し、議会も一体となって、このことを支持することが大事だ。ごみ問題は、どこの自治体の費用負担がかかるだけに頭が痛い問題だ。「お互い様」という気持で話合いをすることは大事なことだ。

この処分場問題は、敦賀市民に多大なつけと不安を残し、業者の刑事責任はわずかな罰金刑だけで、多くの謎が残ったまま、時効とか、キンキ社の倒産で、現実の資金回収は困不可能に近い。過去に入手した資料によると、キンキ社は1998年11月の決算で売り上げが約40億円と、県内業者ではトップであった。

搬入停止までに巨額の利益を上げたとみられるが、その実態の解明は、今となっては困難だろう。背後に深い闇を抱え込んだ処分場問題は、誰も責任を取らないまま、巨額の公費を飲み込んでいる。敦賀市は、現実的に市税回収が、何よりも大事であり、環境対策工事と汚染水の適切な処理、管理が大事だ。それほどの大きな問題だったという検証は、風化を避ける意味でも何かに残しておきたい。
【2009/08/06】 | ページトップ↑
ごみ問題のその後・・・。
Date:2009-08-05(Wed)

夏、本番。市民温泉リラ・ポートなどの温浴施設は、この季節、一番のかきいれどきを迎えている。敦賀はやはり海水浴をはじめ夏型観光には変わりない。海水浴と銭湯は確かに一体だ。子どものころ、海水浴の興じ、夕方、母親が沸かしてくれた五右衛門風呂にどぶん。なんともいえない幸せな気分だった。

家族で海水浴に出かけると、近くの銭湯へ。のれんの向こうの温かいにおい。足を伸ばせる浴槽は泳げといわんばかり。そこでも泳ぐと、当然、天からとどろくような声で怒られる。大人の事情を垣間見る社交場。銭湯は日常に転がる異世界だった。海水浴と銭湯はワンセット、リラ・ポート、活気がでる所以だ。

ところで、故郷の友人から「瀬戸内海に浮かぶアートの島、香川県直島に誕生した直島銭湯『I湯(アイラブユ)』が面白い」とメールで伝えてきた。難解で敷居が高いと思われがちな現代美術が、銭湯という庶民空間で楽しめる発想。私はまだ見ていないが、アートと銭湯という発想は確かに面白い。直島はかつて、精錬の島、今、お隣のごみの島、豊島のごみの焼却炉として再生。もうひとつは、アートの島として観光客を呼び、さらに銭湯で観光客を増やす戦略とか。芸術と銭湯は面白い。

ごみ処分場で話を変えるが、敦賀の最終処分場において、ごみを持ち込んだ全国の自治体などの協議会と、対策工事の費用負担の話し合いを、早ければ8月中にも行いたいという考えを明らかにした。敦賀市は、工事費用の市の負担分のうち約14億円を、ごみを持ち込んだ自治体や広域行政事務組合など全国60団体に求めている。

このうち12の自治体などで作る協議会は7月30日、負担に応じるとした上で負担割合の見直しに県と敦賀市に話し合いの場を設置するよう求め、敦賀市は応じる姿勢を示した。私は現時点では、この姿勢を評価したい。資金回収は、話し合いでしか解決できないと思っている。

ところが、県は今の段階で応じる考えはないとか、まったく無責任極まりない。本来、支払わなくていい工事費用を敦賀市は、敦賀にあるというだけで負担している。早期解決の手段として受け入れた。他の自治体や組合は、排出者責任を認め、金額は別にして支払おうとしている。

それも「福井県と敦賀市の負担割合が不透明で一方的だ」という主張にも私は一理あると思っている。この政治決着というべき苦肉の策とも言える措置を福井県は説明する責任があると思う。同じテーブルについて、困っている敦賀市を助ける支援する責任があると思う。今後の経過を見守りたい。
【2009/08/05】 | ページトップ↑
民主党のマニフェストに抜けているもの。
Date:2009-08-04(Tue)

昨日は、梅雨が明けそうな天気だった。街路樹や公園では、とっくにセミが鳴いている。旧27号線沿いの東洋紡工場横を歩くと、車の騒音にかき消されそうだが、懸命に昨日、早朝からセミが鳴いていた。子供のころ、セミ取りは楽しみのひとつで、網、とりもちと意外に簡単に取れる。ただ、数多く取っても翌日には大半が死んでいる。後味のわるさを感じた。何度か繰り返したことを覚えている。

セミではないが、選挙準備に忙殺されている。日曜日の瀬戸内寂聴さんの講演もいけなかった。余裕というか、ゆとりがない自分にきがつく。昨日のブログを読んでメールをいただいた。

結論は、日経新聞の一昨日の社説を読めというのだ。日経の社説は、「自民と民主は成長戦略の具体策で競え」と題するもの。冒頭「自民党も民主党も衆院選のマニフェスト(政権公約)では、年金・医療の安心や雇用の安定などを掲げている。その実現には、必要な制度改革に加えて経済成長が欠かせない。増税や失業給付の拡大だけでは、財政再建や国民生活の安定は得られない。各党は衆院選では成長戦略の具体論で競うべきだ。」と述べている。

後半に「民主党の政権公約には、成長戦略の項目すらない。同党は『国民の生活が第一。』というキャッチフレーズを掲げ、子ども手当の創設など子育て支援、高速道路無料化、農家への戸別所得補償など、家計への給付などが見えやすい政策を並べた。だが、政権をとったら、日本経済の成長の道筋を全体としてどう描くのかの問いに十分には答えていない。」と続き、

さらに、「国と地方の借金残高が800兆円を超え、主要国では最悪水準の財政赤字をどう減らしていくかは次期政権にとっても重要課題だ。財政健全化は増税や政府の無駄減らしだけでは達成できない。経済が成長して税収が増えなければ、財政の本格的な改善にはつながらない。財政再建にも成長戦略は欠かせない。

雇用対策も、失業給付など安全網を張るだけでは不十分だ。企業が利益をあげ、新規採用を増やせるような経済成長の環境をどう整えるかという政策が重要になる。

日本経済を中長期の成長軌道に乗せるには、掛け声や一時的な財政支出による下支えだけでは難しい。民間主導の持続成長を進めるには、産業構造の転換を促す農業や医療分野の規制改革、経済活性化に視点を置いた税制改革などの政策を打ち出す必要がある。」と結ぶ。

ところで、景気判断で、多少の灯りが見えてきたかの報道があるが、失業率有効求人倍率は下げ止まったに過ぎない。敦賀市の雇用情勢いいというが、それほど楽観できる状況ではない。景気回復に向かっているという実感は少ないのではないか。

心配の種は数多くある。昔、教えられたのは「景気は消費、物価と失業率を見ろ」と教えられた。デフレへの懸念と雇用動向である。報道もされているが、総務省が発表した6月の全国消費者物価指数は前年同月比で1,7%低下した。前年を下回るのは4カ月連続となり、5月に続いて過去最大の下落率を更新した。ひとつの指標である薄型テレビやパソコン、外国旅行も大幅に下がっている。

もうひとつは、雇用指標の悪化、有効求人倍率ばかりみるが、6月の完全失業率は前月より0,2ポイント悪化し5,4%になった。過去最悪の5.5%を超えるのは時間の問題だという。

県内、市内ともに、従業員を休業させて雇用を維持する「雇用調整助成金」の支給が横ばいとはいえ、薄氷を踏む思いで耐える多数の中小企業を忘れてはなるまい。

冒頭に戻すが、メールで許可を得たので、中身を一部を書くと、「民主党は経済に弱く、不況克服と将来ビジョンが全く見えない。自民党もそう変わりないが、バラマキ政策では不安に感じる」と率直にコメントをいただいた。

総選挙ではマニフェスト合戦になっているが、経済では政治空白の時期でもある。有権者の思いは、介護、年金、医療などの制度上の不安もあるが、明日への生活の糧、経済が不安との声は率直に受け止めたい。

セミを取っても、翌朝にはすべて死んでいる、後味の悪さでは政治は許されない。政権を取っても大事なことが抜け落ちては困る。民主党も肝に銘じるべき課題ではないか。
【2009/08/04】 | ページトップ↑
マニフェスト論争
Date:2009-08-03(Mon)

土日と町内の祭の準備、本番、片づけで終わるのだが、これに選挙の準備が加わると精神的に楽しくない。それに雨や曇りがちの天候が続く。典型的な長梅雨。昨日も片づけのときだけ、雨がやむ。市内各地区も不思議と夏まつりでは、客足も悪くない。

ところが、浜茶屋はさすがに例年の半分以下とか。長雨に青色息吐。6月下旬にいち早く浜茶屋の建設を始めたものの、かきいれどきの昨日もさっぱりとか。気温は例年より2度ほど低く、日照時間は半分以下では、どうしょうもない。

祭の後の反省会(飲み会)では、話題はマニフェスト。「公約」と「マニフェスト(政権公約)」の違いから始まり、さすがに巷でもマニフェスト選挙が定着してきたかと思えるほど話題は豊富だ。ある人曰く「『公約』は守らなくても責任をあまり感じなかった口約束」「マニフェストもそれよりましだが、バラマキ政策」と厳しい評価。

公約は膏薬(こうやく)的要素が強いとも洒落を言われ、マニフェストは「間に合うのか」とも苦しいギャグも飛び出す。公約(膏薬)も選挙が終わればはがれると市民の見方は冷たい。自公政権の評価は46点と厳しい。マニフェストは郵政選挙の03年秋の衆院選に本格導入され、03年の流行語大賞の一つ。

能書きはいいとして、各政党のマニフェストが出そろった。昨日の政治番組も政権選択選挙と名がついている。まさにマニフェスト選挙が定着した感がある。それでも「ばらまきが目立ち、財政の裏付けがない」と批判の声が大きい。

私もマニフェストを勉強してまだ日が浅い。数値、財源、期限がはっきり示されたかどうかがチェックポイント。私の関心の地方分権の項目を読んでも抽象論が多い。自民党が道州制の導入を明記し、言及しなかった民主党との違いを出している。この4年間、平成の大合併が終わっても地方の衰退は止まらず、前回の選挙で約束した分権も遅々として進んでいない。この嶺南地域は人口減少に歯止めが止まらず、その勢いは加速する。なんとか敦賀市は持ちこたえているが、それでも少子高齢化は加速する。

道州制もこの福井県は複雑だ。廃藩置県後の混乱をみれば理解できる。明治時代、石川県と併合したり、滋賀県とも併合したり、県内でも、若狭、越前、明治以後の嶺南と嶺北とまだしっくりこない。敦賀県の時代があった。これが継続していれば、敦賀の人口や位置づけも変わっていたかもしれない。とにもかくにも、直ちに都道府県の合併に進める状況でもない。福井県が翻弄された理由は、譜代だけに限らず、財政基盤の弱さや行政の不公平などさまざまだ。まさに中央集権的に翻弄された。敦賀県の夢も5年程度で終わっている。

私の故郷の四国も四国州というが、四県とも風土、言葉、慣習も違う。それぞれが四面楚歌。明治には併合、離散を繰り返したが、落ち着くところ、四つの国に終わった。

明治の併合の失敗には風土、慣習、人情などの違いがある。福井県ですら、県内の統合もいまだにうまくいっていない。予算配分や人口減少社会を考えても、軽々に北陸州を論ずべきでもないし、近畿州の仲間にも嶺南だけ入れてもらえそうもない。道州制も簡単に論ずべきものでもない。

マニフェストは、政党でもトップダウン的要素が強く、地方の声は聞くことなく作られている。積み上げ方式の英国とも違う。まだこの国は、中央集権国家、それだけ民主党の各論でまだ疑問も多く、細部を理解していない。この1か月、私も勉強し、政権交代を訴えたい。
【2009/08/03】 | ページトップ↑
「災害は忘れた頃にやってくる」と「介護保険は公平・公正が原則」
Date:2009-08-02(Sun)

昨日、居座った梅雨前線に翻弄された。中央町内の夏祭り。朝、子供神輿の町内巡行、途中中止。夕方からの祭りを早めて終了。今日も片づけがどうなるか、大雨の予想もある。

福井豪雨の経験は私にも鮮烈だった。福井の朝倉遺跡には豪雨の跡がないという。まさに400年に一度の大雨だったということになる。自然は人間の予想を超えて猛威を振るう。かつてなかったような激しい集中豪雨が、大きな被害をもたらした。昨年の金ヶ崎のテント事故もそうだ。突風も想定外だった。

このところのトンボメールの気象情報も頻繁だ。気象庁は今月から全国各地の気象レーダーの観測間隔を従来の10分から5分に縮めた。積乱雲の急速な発達をいち早くとらえ、局地的大雨の被害低減につなげるためとか。

内閣府の防災情報サイトに災害経験者の体験談も貴重だ。敦賀は幸いにして、大きな自然災害の少ないところだが、「災害は忘れた頃にやってくるだ。

災害については、また後日、述べたい。今日は、要介護認定の基準についてコメントしたい。新基準をめぐって、「今より要介護度が軽く判定される」という現場の声を聞いての半年もたたずの修正。家族もそうだが、介護現場では不信感が強まっている。

厚生労働省は、介護保険制度でケアの必要度を判断する「要介護認定」の基準を見直すことを決めた。10月1日の申請分から実施する方針だ。

要介護認定は、自治体が派遣した調査員が申請者の心身の状態や生活能力をチェックし、コンピューターで1次判定。さらに、主治医の意見書を合わせ専門家らの認定審査会が最終的に判定する。女房の両親が何度も受けている関係上、この審査過程は納得していた。それも「コンピューターが入るから調査員の意思ははいりません」はという言葉をよく耳にした。

新聞報道では、要介護認定者は2007年度時点で453万人を数える。利用人数と財政負担の増大が目に見えている。7段階に分かれ、要介護度が重くなるほど受けられるサービスも多くなる。このため高齢者を抱える家族は、介護報酬の関係で、重い判定を望むケースが多いのも事実だ。

それにしても、半年足らずの間に基準が2度も変われば、介護現場は混乱を来すのではないか。介護者がいる家族は、現場の調査員にも不信感を持つようになっている。市町村などへの周知徹底も欠かせない。基本は介護の実態を踏まえ、必要な人にはちゃんとサービスが受けられることだろう。公平で客観的な認定が行われなければ、介護保険制度自体、保険財政の増大と個人の費用負担が絡むだけに、またの改革はごめんこうむりたい。

二つの言葉を大事にしたい。「災害は忘れた頃にやってくる」「介護保険は公平・公正が原則」
【2009/08/02】 | ページトップ↑
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