安全技術も日進月歩・・。
Date:2009-10-31(Sat)

秋の日はつるべ落としの言葉通り、本当に日の暮れるのが早くなった。東京の夕暮れは午後5時前だ。敦賀と30分は日没が違う。昨日は金曜日、新幹線も疲れ切った単身赴任族もビールをすすりながら、北陸の家路へと急ぐ。昨日は久しぶりの東京での会合。東京と敦賀の日没の時間差を感じていた。

「たそがれ」の語源が「誰そ彼」であるように、薄暗く人の顔も見分けにくい。確か35年前も夕暮れ時だった。関門海峡での乗船実習、海流と狭さが今でも記憶している。何があっても対応できるように総員配置といって、乗組員全員が配置につく。それほど危機管理が重要な海峡だ。

日頃、道路を行き交う人々がぶつかりそうになることはあるものだが、通行ルールや相手を目視しつつ「衝突」を避けている。関門海峡は、その狭さゆえに、1日約600隻が行き交い、昨年1年の座礁や衝突が約30件を数えた「海の難所」だ。不思議でならないのは、海峡を大型船の追い越しがまかり通っているのだろうか。小回りが効かない船なら状況変化に対するレーダーなど駆使した迅速な対応は必要になる。大型であればあるほど安全には慎重にあるべきだ。

進化する技術の進歩と、いつの時代も安全は大事だ。限りある石油を湯水のように使い、地球の環境をいたわる感性も欠けていた。12月には気候変動の国際会議、COP15が開かれる。昨日も途上国との交渉が決裂したとか。それゆえでもないが、CO2を出さない原子力発電所は重要になる。

昨日、県庁で、来年3月で運転開始から40年となる敦賀1号機について、平成28年まで運転を継続することに対し技術的に検討する、県の原子力安全専門委員会は、40年を超え運転を続けても技術的に問題はないとする結論を出した。

本来は、国の原子力安全・保安院の判断を、県民の立場に立って、県独自に議論し、コンクリートの強度低下など、長期間、運転を続けることでの影響として懸念される9つの項目について、今後、20年間の運転に耐えられる結論を出した。今後の県知事の敦賀1号の28年度まで運転を続けるという判断は、これを有力な判断材料として、最終判断をする。敦賀市も同様な経緯を経て最終判断をするのではないか。

私も敦賀1号機で育った人間、保守部門で原子炉からタービンと、機械設備のほぼ大半を担当させてもらった。建設当時は、各電力からの優秀な出向者も多く、四苦八苦しながら、工夫を重ねる時間経緯が克明に書かれた文書をみたこともある。敦賀1号で育った技術者が全国で、その後の原子力発電所建設、運転に携わった。まさに原子力発電所の黎明期、国内初の商業炉だった。

安全に関する知見や進歩はめざましい。米国だけの設計思想では、日本では対応できない。耐震設計が最たるものだ。設備も改造、保守を繰り返し、原子炉本体、建物以外のほとんどのものが新品状態となって、今日の安全を確立している。安全は特に保守的にいうが基本だ。敦賀1号にもCO2、雇用、需要など使命はあるといえども、安全第一は基本だ。
スポンサーサイト
【2009/10/31】 | ページトップ↑
地震防災マップの必要性と効果
Date:2009-10-30(Fri)

朝夕の冷え込みが身にしみるようになってから久しいが、新型インフルエンザの流行に歯止めがかからない。注意報も発令された。それにしても、発電所は別にして、マスク姿の人はそう多くない。ひところマスクの品切れが続いたことを思えば、市民が冷静に対応しているのかもしれない。今後の拡大が気になるところだ。危機管理といえば、地震防災マップの作成の遅れが気になっていた。ただ、地震マップは、各市町村では、作って配布するが、正確性と効果が問題視されていた。

福井新聞の記事は、『2008年度までに福井県内全市町で整備する予定だった「地震防災マップ」の作成が進んでいない。地震発生時の揺れやすさなどの想定を地図で示し住宅の耐震改修を促す狙いだが、作成済みは福井市だけで取り組みは大幅に遅れている。地質などの調査の困難さや費用負担などの要因で、二の足を踏む自治体が多いようだ。

(中略)県は06年12月に策定した県建築物耐震改修促進計画で、市町単位で08年度までに揺れやすさマップを作成し、公表するとしていた。

既に作成した福井市は、阪神大震災後の1995~96年度に県が行った震度分布調査のデータを基に、99年度に独自に行った木造家屋の数や倒壊などの被害想定調査を反映させて、揺れやすさマップと位置付けた。同市の地域防災計画に参考資料として掲載し、各公民館などに置いている。

(中略)作成は全国的に遅れている。国土交通省が今年4月現在で調べた結果、1800市区町村のうち59%が未作成だった。一方で、宮城、栃木、滋賀の3県は全市町村で作成を終え、岐阜、愛知両県も90%以上と、地域差が目立つ。

(中略)国の財政支援もあってか、県建築住宅課によると、大野市と美浜、高浜、おおいの3町が本年度内の作成を予定しているという。(後略)』というものだ。
 
敦賀市も洪水ハザードマップは敦賀市内全世帯に配布されている。ところが、 地震マップは洪水や土砂崩れなど災害の種類別に作られているハザードマップの同類で、国土交通省が、住宅の耐震化などを促す目的で作成を指示しているものだが、地震災害の過去の例が少ない敦賀にとっては、市民の関心も少ないのではないか。

私も勉強不足だが、最大規模の地震が起きた際の想定震度を50メートル四方の単位で示す「揺れやすさマップ」と地盤の液状化や火災被害などを予想する2種類がある。福井新聞が述べるように、作成が進まない背景には、財政難があるという。優先順位も低く、「いつ起きるか分からない」地震への備えは二の次になっている格好ではないか。

マップの作成には、想定地震の被害調査も欠かせない。地盤データが少ない場所では、ボーリング調査などが必要になり、コストがかかる。評価を行うための専門家の確保も必要だ。

洪水ハザードマップと地震マップも作って終わりではない。住民がマップを使って身の回りにある危険の度合いを認識し、地域の防災力を高めるのが大きな目的だ。 マップがあれば、各地域で避難所への詳しい経路を訓練で確認するなどより実践的な対応も進むだろう。行政は災害時に住民の命を守るための情報を提供する責務がある。

福井市も過去の教訓で、地震マップはあるものの、国の基準にあっていないという。優先順位として、小中学校の耐震化が22年度に終わるという敦賀市も、その有効性から優先順位は高めるべきとも思う。
【2009/10/30】 | ページトップ↑
JAL,沖縄、医療と今の現状と重なる作品
Date:2009-10-29(Thr)

昨日は、朝は、連合福井の定期大会、昼は自治会館で市町議員研修、夜は友人夫婦と久しぶりの会食と。天気もよく、時間が心地よく流れた。なかでも、由布院玉の湯の社長である、桑野和泉さんの話が興味深かった。昭和20年代、ダム建設の話があった湯布院、現在は、人口12000人、年間380万人の観光客が訪れる保養温泉地。ダム建設の話があった尾瀬と同じように自然を生かし、今日を迎えている。

話を、読書という狭いものにする。「沈まぬ太陽」の映画をみて原作を読み返していると、山崎豊子の描く作品が現在の実情と重なることに気がつく。作品の主人公の恩地は、労組委員長。当時、組合専従ということもあり、モデルになった方とあったせいか、10年ほど前、吸い込まれるように一気に読んだ。日航がみほんの国民航空(NAL)の航空会社の内幕や政官業の癒着が、これでもかとばかりに出てくる。

先日も書いたが、職場の働きやすさは空の安全にも通じる。そんな信念で組合活動をするが、会社は報復人事で中東やアフリカなどの海外勤務を9年間も強いる。帰国後、数百人が犠牲となる墜落事故が発生、恩地は遺族のお世話係に。原作が1985年の日航ジャンボ機墜落事故を背景に描いているだけに迫力がある。

それだけ日航自身もそうだが、マスコミ、労組と批判も多かった作品でもある。その日航が「沈まぬ太陽」封切りのいま、赤字経営で窮地に立つ。タイミングが良すぎるが、大きく考えて、空の安全と経営の安定と相反するが、政官業なれ合いの旧態を、刷新する好機と願う作品でもある。

映画では、国を代表する航空会社の尊称「ナショナル・フラッグ・キャリア」という言葉が何回も出る。その社員が使命も誇りも感じられる。それでも、利権確保や出世レースに駆け回る。それが、安全と結び付くだけに身につまされる。

「運命の人」もいい。沖縄返還の時、日米政府が結んだ密約に絡む外務省機密漏えい事件を題材にした労作。細密な調査をしたことが行間からにじみ出る。全4巻。これも普天間の問題もあるだけに面白い。というよりも沖縄問題もこの延長戦だ。

かつての「白い巨塔」も医療現場の医師の境遇が手に取るように理解できた。現在、医師不足などの問題も、それら背景にした問題もあり、医療、介護など現場の問題は難しい環境がそろう。

JAL,沖縄、医療と今の現状と重なり、それも延長線上にあることも確かだ。山崎さんの作品はそれだけにはまる。冒頭の湯布院の桑野さんの話ではないが、大きな課題は長い時間の中で考えること大事だとも考えている。

【2009/10/29】 | ページトップ↑
暗い中でも勇気という明るさを感じた。
Date:2009-10-28(Wed)

昨日は、薄日の中での土砂降りの雨を経験した。珍しい天気だ。ところで、最近、暗いニュースが多い中で、昨日のNHK福井のニュース、福井県内の景気の現状について「企業の生産活動が回復している」とのアナウンサーの言葉が何か光明のようなものを感じた。

なかでも、「エコポイントやエコカー減税などの経済対策の効果で、新車や薄型テレビの販売が増加し電子部品の生産が回復するなど・・・」と、福井県内でも麻生前首相の景気対策の効果が表れているのも皮肉だ。敦賀のハローワークの有効求人倍率も少しづつだが着実に回復し、9月にはひょっとすると1.0倍を超えるかもしれない。あかるい兆しが見えてきた・・・。

一方、昨日の新聞各紙、鳩山首相の所信表明演説がトップ記事。全文は福井新聞で1ページ全面、1万3千字は長いが、「コンクリートから人へ」「新しい公共」などの言葉を並べ友愛政治を宣言。国連での25%削減とともに、理念ばかりと批判も多いが、歴史的な演説になるかもしれない。ゴーストライターがいるのかどうかはわからないが、最初は理念先行でもいいような気がする。市議会冒頭での市長の提案理由は事務方の腕の見せ所でもある。中でも選挙後の所信表明は、読み返しても感心させられるもことも多い。鳩山演説も一つ転機になるかもしれない。

歴史的な演説で思い出すのはなんといっても、1951年9月8日。サンフランシスコ講和会議での吉田茂首相演説。NHKの白洲次郎の物語で、外務省か、GHQか、事前に用意した演説集を側近の白洲次郎が急きょ毛筆で書き直させ場面は印象的だった。米国のマスコミから「ミスター吉田のトイレットペーパー」と言われ。演説原稿は墨書の巻物はなんと長さ30メートル、直径10センチというからすごい。それを鳩山首相とは違って日本語で堂々と演説をぶった。「われわれは戦争に負けたのであって奴隷になったのではない」の白洲の言葉も有名だ。戦後の一大転機でもあり、ドラマの中から、暗い中でも勇気という明るさを感じた。

ひるがえって、現代の日本はどうか。維新以来の改革を断行すると、鳩山首相の演説も穏やかな口調だが、鼻息が荒いと感じた。昨日の前原大臣と各県知事の対談での大臣発言は小気味よく感じた。次々と既成の見直しを打ち出す閣僚の発言も、惰性に慣れきった国民の視線を少しずつ上向きに変えているように感じるは、わたしだけであろうか。

福井県、嶺南、敦賀市もそうだが、人口減少、事業所減少、従業員数減少、高齢化、財政縮小と、データはどれも暗くなることばかりだが、ものは考えようだ。下り坂でも空を仰げば、白い雲がとうとうと流れている・・・。楽天的に、何か気分を変えたい、そんな心境だ。
【2009/10/28】 | ページトップ↑
コンクリートから人への発想も大事だが・・・・・。
Date;2009-19-27(Tue)

25日の日曜日。福井商工会議所2階、マスコミで込み合っていた。政権が変わればこうも違うのかと実感する風景だ。それもそのはず、昨日の日刊県民福井トップ記事、大手各紙の県内版でもトップだ。内容は、民主党県連の地域戦略局と西川知事の意見交換会。知事は2010年度予算の概算要求に盛り込まれなかった北陸新幹線の福井県内延伸を中心に要請し、年内認可に向け連携することで一致。地域戦略局として知事と前原国土交通相との会談実現に協力することも確認。

一方、これまで中央の財務省主計局が独占的に行ってきた予算査定を議員が行うことが、報道で伝えられる。政権交代により公共事業などの予算削減が大きな目標となる中、政治主導による削減が始まった。何が必要で何が不要な事業なのか。議員にはその査定力が強く問われている。これ自体、日本政治の大きな変化だ。

これまで与党の国会議員といえば、地元へどれだけ公共事業を持ってくるかが腕の見せどころだった。ところによっては、議員の名前を取って通称「○○道路」と呼ばれる道路もある。半世紀以上続いた自民党政権は予算で地元へ貢献して選挙で返してもらうというのが一つのパターンだった。福井県のように、土建業の多い地域にとってある一面、道路整備などの公共事業で雇用や地域経済が維持されてきたことも事実だ。例年だと、自民党の議員は予算獲得に向けて奔走している時期でもある。一昨日の商工会議所の知事と民主党の懇談は、福井県の、ある意味では、これまでの延長線上だ。

ところで、昨日の政治上の関心事は、臨時国会の鳩山首相の初の所信表明演説。鳩山政権の取り組みを「無血の平成維新」とし国政の変革に挑戦する決意を強調。自身の政治理念である「友愛」を掲げ、国民の命と生活を守る政治の実現を訴えた。「戦後行政の大掃除」とも言ってのけた。

「コンクリートから人へ」と鳩山新政権が目指す方向がどうやら見えてきた。「生産(業界)から消費(個人)」「外需から内需」「中央から地方」、そして「成長から安定」への転換が主な柱だ。当然、お金の流れが変わってくる。天下りの温床とも言われ続けている旧特殊法人は兵糧攻めに遭う。多少の例外はあるものの、もんじゅの原子力開発研究機構もその延長線上だ。「親方日の丸」を謳歌した土建業業界など過保護からの脱却を迫られる。一方で、家計を直に温める。恩恵や痛みを分かち合う手法として、「友愛」の理念を掲げての大転換でもある。

問題は、その処方箋のタイミングと副作用。財源に見合った優先順位や、地方など処方される側の体力差、格差も大きくなっている。北陸に限ると、富山、石川と福井県の格差、人口減少も格段に福井はすすむ。

かつての政権が処方した「効能」が積み残しになる福井県は、新幹線の是非は別にしても泣き寝入り的な雰囲気が漂う。選挙に負け、冷や飯とは言わないが、これも現実の政治か、足羽川ダム、北陸新幹線、中部縦貫の高速道路など社会資本整備は遅れや休止は、格差という弊害を引きずることにもなる。

いずれにしも、地方も国も自体、人口減少、少子高齢化、財政など体力が落ち始めている。新政権の処方箋が、時代を読んだ査定が良薬になるか。福井県の従来型の陳情型政治、新幹線問題がひとつの試金石だ。予算獲得はないにしても、何らかの道筋がなければ・・・・。まだまだ中央集権の国だけに、福井県の遅れと落ち込み、もっといえば、原子力発電所が最大の産業となっている嶺南地域の落ち込みが気になるところだ。これも従来発想か・・・。




【2009/10/27】 | ページトップ↑
万引きから見える世相と貧窮(ひんきゅう)
Date:2009-10-26(Mon)

昨日は、早朝、沓見、夢街道と自転車を走らせ、途中、「市場で朝市」を訪ねた。8時前から盛況だ。天気がいいと市内各地の朝市の人気は根強い。何よりもいいのは安いことだ。地元の野菜や生鮮品、へしこ、にしんずしと生産者直結の品が多い。生産者と話しながら買うのは楽しい。9時半から青少年市民会議創立30周年記念式典では、非行の原因が「戦後の困窮の時代から変わってきた」との話が籠会長からあり、昼からは福井で民主党の常任幹事会、夕方、武生で3区総支部の幹事会と続いた。新幹線問題も財政、財源がキーポイントだ。

ここで、先日の話を続けるのは恐縮だが「万引き」の件で、福井県警のデータを調べきれなかったが、警視庁によると、08年の東京都内の検挙・補導者数は1万2695人で、99年に比べ2.3倍に増加。65歳以上の高齢者が占める割合も6.0%から22.6%に上昇し、少年の25.8%に迫っている。全国的にも同様の傾向にあり、99年は検挙・補導者9万6256人のうち高齢者は10.5%だったが、08年は10万8307人のうち24.9%が高齢者だった。

その動機が「孤独」が23.9%で最も多く、約半数が「相談できる相手がいない」「生きがいがない」と答えた。万引きをした高齢者が孤独を抱えている実態が浮かび上がる。

一昨日も書いたが、エコバッグに商品を詰め込み、レジをすり抜けようとする。レシートを見せるように求めても「捨てた」と言い張る。エコバッグが普及してから目立つとか。ただ、相談をするように突っ込んで事情を聞くと、「生活費にも困っている」というお年寄りも増えているとか。

お金に困った状態を「貧窮」という。「貧」はお金を示す貝を分けると書く。分ければ少なくなって乏しくなる。「窮」は穴の中で弓を引いている姿を表す。狭くて身動きがとれないから、貧よりもっと苦しい状態とか。万引きの動機がそれだとしたら深刻だ。

私の中には、まだ「一億総中流」と言われた時代が染みついているが、実態はどうもそうではないらしい。バブル以降20年、気が付けば日本はかなり貧しくなっていた。この敦賀でも実情は同じようだ。新聞にも書かれたが、厚労省が先ごろ、2007年の相対的貧困率を15・7%と発表した。所得が一定水準以下の人の割合で「7人に1人以上が貧困」というそうだ。敦賀でも、高齢化と重なって、実態は格差が拡大していることが、スーパーの店員の話からも伝わってくる。

鳩山新政権は、家計を直接支援する「子ども手当」などを来年度予算に盛り込む。生活保護の母子加算復活も決めた。マニフェストの「生活が第一」の格差是正が、真水の「処方せん」だが、私は、国の財政の窮乏ぶりも気になっている。

不況で税収は減り、このままだと新規国債発行が50兆円台になる可能性も。圧縮したいが、しすぎて景気失速も怖い。財源難という「貧窮」の話ではないが、窮屈な穴にはまって身動きが苦しい。弓を引くにも難しい現状だ。

貧窮の話ばかりしても駄目だが、参考になるのは、「天地人」の直江兼続の話。100万石から30万石に減封され米沢に入るが、家臣をリストラせず召し抱えたままで、約3万人が米沢に移した。兼続は他国に頼らず、食糧難や経済危機を乗り越えるため、農地開拓や治水に力を注ぐ。「民こそ財産」が信条だった。兼続の真骨頂は、人生の逆境、人生の下り坂で足跡を残したことだ。

敦賀も高齢化、人口減少と峠を越えている。敦賀のまちづくりも、万引きの世相に見える自治体としての社会保障費増大とどのようにバランスさせるか、窮屈ななかで、じっくりと将来をにらんで弓を引く工夫がほしい。
【2009/10/26】 | ページトップ↑
「沈まぬ太陽」とその真相は・・・・。
Date:2009-10-25(Sun)

週に1回ほど、自転車のトレーニングで2.2キロ、約6度の傾斜の馬背峠までの坂道が調度いい。終わってすぐに帰らずに半島を北上。常宮神社に自転車を進めお参りする。境内に入ると、注意深く見ると、本殿後方の左右に4つの境内社が並び、左に、稲荷神社、蛭子神社。右に、平殿宮、総社宮。国内で一番多い神社は稲荷神社だという。全国にざっと3万社。会社や個人の家の神棚、庭の祠(ほこら)を含めると数え切れない。

調べると、稲荷とはイネの実りのことで、江戸時代中期、権勢をふるった田沼意次の屋敷に稲荷の祠があったことから、田沼の出世にあやかろうと武家や商家で盛んに祭るようになり、庶民にも広まったとか。イネの五穀豊穣はもちろん、商売繁盛、子孫繁栄など、あらゆる神として信仰されていい。

ここまで書きすすめたのも羽田空港近くに「羽田七福いなりめぐり」というのができる。ゴールの穴守稲荷神社は羽田空港の中にある。もちろん安全祈願のいなりだ。所要時間は約2時間。なぜか、ふらりと廻ったことがある。

昨日、西地区の「敬老のつどい」ではじめ夜は映画「沈まぬ太陽」の封切りを観てしめた。この映画も安全問題が一つのテーマだ。モデルの国民航空こと、当然、日本のナショナルフラッグの日本航空。社員で同社の労働組合委員長を務めた主人公、渡辺謙が演じる「恩地元」は実在の日本航空元社員・小倉寛太郎がモデルでもあった。90年代前半か、どこかの講演かなにかで、お会いしている。信念の人だった。JAL労組からも聞いたことがある。

不条理な日本航空の内情を描き、人間の真実を描いた作品。 フラッグ・キャリアの腐敗と、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日航機墜落事故を主題に、人の生命に直結する航空会社の社会倫理を表現したとする作品である。

ただ、事実とはかなり違っている面もあるが、一方に偏った書き方が目立つ点などがあり、労働組合でもマスコミでも論争を巻き起こした。ところで、「親方日の丸」の意味は、辞書で調べると「いくら予算を使っても、政府が払ってくれるからという、金に対する安易な考え方」。それを地で行くようなニッポンの翼である日本航空(JAL)の繰り返しの姿だ。映画の封切りと上映時期が誠にがタイミングといい。国家の後ろ盾があることをいいことに脇の甘い経営を続け、揚げ句の果てバンザイ寸前に追い込まれた。6月期は赤字が990億円にも膨れ上がり、自力ではとても再建できそうにない。

かつてのJALは優良企業として、あこがれの的だった。なぜ経営不振に陥ったのか。米同時多発テロ、金融危機による世界不況。外部環境の激変が引き金になったであろうことは容易に想像がつく。だが、それにもまして問題なのは内向きの企業風土。労組もそうだったが、JALはニッポンの翼だが、国民にとっても、外国に行くにしても同じ日本人というか、安心できる大切な足でもある。

再建のチャンスは恐らく、これが最後だろう。経営悪化の一因となった人事抗争などに血道を上げず一から出直すことが大事だ。利用者として心底そう思う。

なお、「沈まぬ太陽」の連載が「週刊新潮」であった。日本航空は機内での雑誌サービスの際、「週刊新潮」機内搭載を取りやめている。今日の日本航空の体質を先取りした小説でもあり、その後を予告したものとも再評価できるのではないか。労働組合の抗争や現実のJALの遠因でもあり、興味深く、原作を読みなおしている。
【2009/10/25】 | ページトップ↑
認知症患者と高齢者の一人世帯の増加・・。
Date:2009-10-24(Sat)

昨日は、議会の駅周辺整備調査特別委員会で彦根、長浜を訪れた。目的は、駅改築とバリアフリー化と駅周辺開発の状況調査だ。整理して近日、報告したい。彦根、長浜ともに、焼けていないのか、どこか懐かしさを感じる特徴のある地方都市だ。

40年近く前、神戸の甲南と記憶する。リバイバル専門の映画館があった。洋画にはまり何度も観た。洋画が中心だが邦画もあった。日活の「太陽の季節」(石原慎太郎原作)もその一つだった。1950年代の湘南を舞台に新しい世代の奔放な性と青春を描いた作品は、なぜかまぶしかった。

私が観たのは70年代前半だが、映画の南田洋子さんはまびしかった。後に結婚する長門裕之さんと共演でもあった。この映画で一躍スターになったと記憶する。日活は、石原裕次郎らのスターを育て60年代へと躍進して、青春ものに、アクションものにと・・。南田さんも欠かせぬ一人だったと。70年代の日活はロマンポルノに走り、斜陽の映画産業の象徴だった。そのギャップも重なりまぶしかったのかもしれない。

前置きは別として、その後の南田さんのテレビでのお母さん役は、私の母への想いと重ねていたように思う。南田さんの訃報も母を想いと重ねていた。ここ数年、認知症を患っていたことも。記憶を失っていくスターの晩年と、寄り添っての介護と。長門さんの明らかにしながら介護を続けていたことも、報道こそ少ないが、共感をもって見守ってした。女房の介護の境遇とも重ね合わせている。

ところで、昨日の福井新聞の「越山若水」の『「万引」という言葉は「間引き」の発音が変化したもの。(中略)最近は都市部を中心に被害が深刻化。昨年の認知件数は4年ぶりに増加し、全国で14万5千件を超えた。動機として単に商品欲しさやゲーム感覚などの旧来型に加え、新たに高齢者の孤独感や不況による生活苦も増加。エコバッグを悪用した新手も登場しているという・・・』と、高齢者の心境を想うと身につまされる。

というのも、先日、市内でもエコバックのスーパーの普及と相まって、エコバックの悪用と高齢者の犯罪が増えているとか。話を聞いていると、高齢者もある程度、特定できるとか。するかなと後をつけると、悩みながら行動に移すとも。生活苦よりも孤独感か。身につまされる話だ。敦賀市内でも高齢化と一人世帯の高齢者が増えているのだ。

60歳の団塊世代が敦賀の人口の塊で一番多い。今後、20年、30年と塊が高齢化する。高齢者環境は、今後も形を変え、一人世帯の増加、認知庄患者の増加と、現実を踏まえた対応が重要となる。

駅改築に伴うバリアフリー化でエスカレータを設置するか、しないかと、彦根、長浜駅を視察しながら議員間で話し合うが、「コンクリートから人へ」とハコモノも大事だが、現実に対応した高齢者社会をどう行政として構築するか、経験したことの生活環境だけに難しい・・・。
【2009/10/24】 | ページトップ↑
山車会館で「よっしーストラップ」

Date:2009-10-23(Fri)

朝夕が寒く、新型インフルエンザも流行拡大とか。今日23日は、テレビによると「霜降」。露結んで霜となる季節の到来とか。紅葉のシーズンが敦賀にも近づいた。三方山で囲まれた敦賀の山も街路樹も、それぞれに最後の個性を主張し始める。一朝一夕ごとに深まりゆく秋。長い歴史の中で形成されてきた日本人は、「判官びいき」とか、滅びの美学というか、寂しさ、物悲しさに共感する。

昨日は、市内の山車(やま)会館を訪れた。先日、「歴女」と呼ばれる歴史好きの若い女性が増えているとご紹介したが、敦賀の最後の城主は400年前の「大谷吉継」が静かな人気とか。文武両道の名将、正義感が今でも好かれる。関ヶ原の戦いで唯一自刃して果てた武将として知られている。

山車会館では、職員が工夫し、「ヨッシー」こと大谷吉継をイラストに描き「ヨッシーバッジ」、さらに携帯電話の「よっしーストラップ」まで完成させた。白装束のかわいい吉継だ。まだまだメジャーになっていないが、石田三成の「ミッチィーバッチ」と並んでひそかに人気が盛り上がるのを待つ。

義の武将「大谷吉継」は静かに「歴女」にも広がりつつあるとか。ネットで調べて敦賀を訪れ、山車会館を訪れ、「ヨッシー」バッチを購入して帰るとか。私のブログを見て購入して行ったとも。新しい「よっしーストラップ」も吉継人気促進に役立つことを望む・・・。

「歴女」ブームにつられ草食系男子が訪れ、中高年女性に連れられる男性も多い。いずれにせよ、「大谷吉継」の歴史ブームのいつ訪れるか、わからない。わからないと言うよりも広げる努力も必要だ。それだけに大谷吉継の「よっしーストラップ」「ヨッシーバッチ」など小さな観光グッズから、紹介本、案内版など観光環境を整える努力も必要だ。昨日、書いた敦賀城も歴史ロマンだ。

話を歴史に時間に広げると、敦賀の都市形成にも大きな転換点が何度かある。現在の敦賀市の基盤は、大谷吉継の敦賀城建設からとのこと。敦賀短大の外岡教授曰く、氾濫、洪水を繰り返していた笙の川を数本の川として整備。その都市計画が、今日の旧市街地を形成したとも。

また、大谷吉継の居城「敦賀城」が、犬山城の屏風に描かれている。一つひとつの絵図の歴史資料は、文書以上に我々に語りかけてくれる。その歴史の証拠がほしいところだ。今回の敦賀西小の発掘調査に夢をみるが・・・。

【2009/10/23】 | ページトップ↑
ちょっとすれば敦賀城跡が・・・。
Date:2009-10-22(Thr)

朝が寒くなってきた。今朝は気温12度。敦賀西小学校で11月4日から興味ある発掘調査が始まる。雨と雪が気になる季節と期間だ。

戦国時代終わり頃、信長の没後、蜂屋頼隆が五万石の敦賀領主となり、頼隆が、旧笙ノ川河口の左岸に敦賀で初めての平城を築いた。ただ位置は定かではない。頼隆が病没後、秀吉配下の大谷吉継が五万七千石で領主となり、敦賀城を敦賀平野のど真ん中に築いた。三層の天守閣をもつ城で、現在の結城町の真願寺一帯から、南側の敦賀西小学校辺りと三島町1丁目にまたがるものと推定される。

関ヶ原合戦の敗北後、敦賀城は壊された。江戸時代に入り、酒井忠勝が小浜藩主となり、敦賀の支配にあたった。そのため旧敦賀城の中心部に、藩主の宿泊休憩所となるお茶屋(陣屋)、町の支配や警察・裁判を行う奉行所、農村から年貢を取り立てる代官所を設けた。その古い地図がある。現在の西小学校付近だ。

西小学校耐震化工事が伴うので、年度いっぱい、急いで、そのエリアだけを発掘調査する。敦賀城の絵図はあるが、敗者の城だけに文献資料は皆無だ。敦賀城の遺構としては、来迎寺表門に敦賀城中門が移築されていることなど、わずかに確認できるだけだ。発掘調査の場所は、江戸時代の遺跡発掘だが、場所が場所だけに、敦賀城の関係するものが発掘されるかもしれない。400年を超えるロマンだ。

話を広げると、敦賀の金ヶ崎城には南北朝、戦国と歴史の舞台があり、国際的な関係も古くは大陸の渤海、近年のロシア、朝鮮の敦賀港がある。北前船の歴史もある。近年の東亜国際列車の鉄道ロマンもある。

小さな敦賀平野だが、雄大な歴史ロマンを感じさせるエリアでもある。歴史環境は多彩で拠点あるものの、金ヶ崎城も敦賀城も跡地だけで、渤海の松原客館も発見されていない。拠点が点在し目玉がなく、訪れる観光客も物足りなさを感じて帰っているのが現状のようだ。

話を西小学校の発掘に戻すが、発掘はあくまでも耐震工事に伴う校舎建設前の調査にすぎない。ただ、敦賀城の関係する何かが発見されれば、話は別となる。関係者にとっては楽しみな発掘でもあり、校舎建設が絡むだけに難しい判断が必要になるかもしれない。
【2009/10/22】 | ページトップ↑
なぜかはっきりと覚えている40年前、20年前・・・。
Date:2009-10-21(Wed)

私ごとで恐縮だが、なぜか40年前、20年前と昔のこと、はっきりと覚えている時代がある。何も調べることなく、すらすらと書ける。

中学3年の頃(1967年)、深夜放送で聞き何度も聞き、柔道部の送別会で仲間と歌ったのが「帰って来たヨッパライ」。高校1年学園祭で歌った「イムジン河」も衝撃的だった。政治問題で発売中止も「なぜ」と疑問を感じたことも覚えている。学生運動が激化し大学封鎖がピークに達した頃で、四国の田舎の高校でも学園祭で、反戦歌が歌われていた。「フォークル」が登場した60年代後半は確かに激動の時代だった。ベトナム反戦、キング牧師暗殺、東欧での「プラハの春」と政治的な出来事と高校時代を重ねることできる。

20年前は、敦賀から東京へ、電力の組合専従として転勤した年でもある。バブル絶頂期で新宿など飲み屋街はタクシーもなく、朝帰りで女房に怒られたのを覚えている。昭和天皇の崩御、歌手の美空ひばりや漫画家の手塚治が亡くなった年なった節目の年でもある。同じ年に労働組合の中央組織である「連合」が結成から20年前だ。

民主党を支持してきた連合は、政権交代を機に「与党」の立場になった。党内には同じ時期にトヨタ労組の専従となった直嶋経済相がおり、パナソニック労組出身の平野官房長官、東レ労組出身の川端文科相、と有力な組織内議員がそろっている。

連合初代会長の山岸章さんが大会挨拶で「政治の場で組合員の実生活を構成する重要な政策的諸課題について解決を図る」と述べたこともしっかりと覚えている。念願の政権交代にこぎつけたが、働く現場の情勢はかつてなく厳しい。完全失業率は5,5%と高い水準にあり、有効求人倍率は過去最悪だ。給料は伸びず、低所得者層との格差は広がるばかりだ。バブルで克服したはずの「貧困」が社会問題となっている。

連合の組織そのものも、もがき苦しんでいる。結成時の組合員は798万人だったが、いまや675万人に減り、組織率は25.9%から2008年に18.1%にまで落ち込んだ。千人以上の企業の組織率は4割を超えるが、100人以下の中小・零細企業では1.1%にすぎない。

非正規労働者は働く人の3分の1に増え、大半が年収300万円以下だ。フォークルの加藤さんではないが、自殺者も3万人、過労自殺と後を絶たない。そうした問題に十分対応できていない現状を、どう乗り越えるか。連合にとって最大のテーマだ。

政治も経済も一大転換期にある。雇用や社会保障など生活者が直面する難しい問題で共感が得られるメッセージを打ち出し、新しい時代を切り開くときである。

話を40年前に戻すと、高度経済成長の光と影の中で「公害列島」や「交通戦争」という新しい言葉も生まれていた。フォークルは「帰って来た—」で交通戦争を風刺し、「イムジン河」では民族分断を生んだ戦争を率直に憎んだ。曲調は異なるが社会の断面を見事に切り取った。20年前の流行歌は、石川さゆりの「風の盆恋歌」ぐらいで、歌が時代を風刺しなくなっていた。閉塞した今の世情をもう一度歌にしてほしいと思うが、加藤さんにはかなわぬ願いでもある。加藤さんに合掌だ。

つけたしだが、昨日、敦賀気比が高岡商に惜しくも敗れた。それでも甲子園出場は間違えがない。恐縮だが、甲子園の応援で敗れて、仲間と肩を組んで最後に歌ったのも加藤さんの「あの素晴しい愛をもう一度」だった。昔のことをはっきりと加藤さんが思い出させてくれた。そう語れる自分も歳をとったということか。


【2009/10/21】 | ページトップ↑
子ども手当などの生活支援と公共工事削減のバランス
Date:2009-10-20(Tue)

新政権になって何が変わったか。まだ1カ月ほどではあるが、政策がより身近な問題として語られるようになったのではないか。

子ども手当支給や高校の授業料無償化、生活保護の母子加算復活などはより「人」に目を向けた政策と言える。場当たり的ではなく恒久的にできれば政治の大きな決断となる。

ところで、平野官房長官は昨日午後の記者会見で、来年度から実施予定の子ども手当の費用負担に関し「地方自治体の協力をいただく選択肢もなきにしもあらずだ」と述べ、自治体に一定の負担を求めることを検討する考えを示した。これに対し、原口総務相、長妻厚労相と、財源を全額国費とするよう求める意向を表明。民主党の看板政策をめぐり、閣内の意見の食い違いが鮮明になってきた。

夏の衆議選挙期間中、市長からの子ども手当の財源の問い合わせに、マニフェストをもとに「全額国費」と言い切ったことを覚えている。もし、地方の負担となると公約違反とも言えるのではないか。まさに「そんなこと聞いていない」だ。

厚労省は来年度予算の概算要求で全額国費を前提に約2兆3千億円計上している。同時に、現行の児童手当制度(子ども手当創設と同時に廃止)での自治体と企業の負担分を維持して育児支援事業に振り向けたい意向も明らかにしているが、具体的にはこれからだ。それだけ子育ては総合的支援が重要なことはいうまでもない。

ところで、世界的不況による失業者の増大はあらためて貧困の問題を浮き彫りとした。市内で、ももともと行けない子ども、わずかだが大学進学をあきらめざるを得ない子どもたちもいるとも。政策としては時期を得ているが、一方で、l公共工事の削減は、地方の不況と失業者増大につながる。

派遣社員やシングルマザーなど賃金格差が現実の問題となっている。だからといって、派遣社員の労働条件や契約も民主党の方針で急激に変わると、地方は失業者が増えるかもしれない。地方では雇用が派遣社員や臨時雇用で支えられている面もあることは事実だ。

昨日の日刊福井新聞の県内100人アンケートで、子ども手当や高速道路無料化などマニフェストの目玉政策か、新幹線延伸のどちらが必要かを聞くと、マニフェストが71%と大きくリード。生活支援の必要性を訴える声が目立ち、公共工事削減も66%が賛成と。今の生活実態を表している。

県内は土木建築業者に占める割合が多いだけに、急激な公共事業削減は、失業者増大につながることも予想される。私は、子ども手当などの生活支援と公共工事削減は、地方は、急激な変化ではなく、ある程度のバランスが必要だと思っている。

幸い敦賀市は、敦賀3,4号の建設工事が、予定されており、ときたま、昨今の公共工事削減と同じように扱われるが、民間の事業であり、耐震設計の見直し作業が終われば、予定通り開始となる。先日もある会合で建設工事前倒しが要求されるほど、この不況だけに期待感も大きい。

いずれにしても、敦賀市は、駅舎改築、連携大学の公共工事と民間の敦賀3,4号建設工事と、当面の雇用と景気は維持はそれなりに予想できるが、バブル的な要素も強く、市内の土木建築事業者の多さを次の時代への構造転換と雇用、人口維持など施策準備も必要なことは確かだ。次の市の第6次総合計画策定の重要性と財源確保など長期的視野が重要なことは言うまでもない。
【2009/10/20】 | ページトップ↑
「ぼやき」も前向きでありたいが・・・。
Date:2009-10-19(Mon)

昨日もさわやかな秋晴れ。「ぼやき」の連続だった。ぼやきも前向きにありたい。クライマックスで勝利している楽天の野村克也監督の「ぼやき」は前向きだ。なぜぼやくのか。「選手たちを発奮させるため」(『野村再生工場』)だと自著に記している。短い言葉で端的に伝えることで、選手は何が悪かったのか、どこを直すべきなのか考え、反省し、次につなげようとする。それを狙っていると。ぼやきの真意を受け止めた選手たちがまた一つ、大輪の花を咲かせている。ファンのひとりとして「それでもなぜ辞めさせるか」とぼやく。

まずは、昨日、早朝の早さに「ぼやき」ながら行動を始めた。若狭のツーデーマーチ40キロ7時スタートは早い。参加できればと二段目の「ぼやき」。拉致被害者、特定失踪者の救出に向けての署名活動から始めた。一昨日と連続で敦賀市民の顔も見られる。まさに、ツーデーマーチだ。「出ないの」という笑顔がいい。「参加したいな、いいな」と三段目の「ぼやき」。

戻って、第30回敦賀マラソン大会開催式に参加。なぜ、重なるのかと四段目の「ぼやき」。ゴールとスタートの相生商店街、神楽町商店街には、三方とは違い知った顔ばかりだ。かつてハーフに挑戦して足がつり死ぬ思いをしたことも楽しい思い出となってしまった。来年こそ参加をと、一人で五段目の「ぼやき」。

過去最多の3505人が出走。ゲストとして訪れたアテネ五輪金メダリスト野口みずきさん「敦賀は3000メートルで結果を出し自信を得た。マラソン人生の中で思い出の地。皆さんも思い出の残る大会にして」とあいさつ。マラソンは走るたびに思い出が残る。「一緒に走りたかった」と、六段目の「ぼやき」。

発着点を運動公園から市街地と気比の松原などを巡る市民中心の新コースに移して5年目。ほぼ定着した。しんどかった西浦のコースと違ってフラットな市街地コースはいいなと、思い出と重ねた7段目の「ぼやき」。

また、戻って若狭町で、嶺南3名の特定失踪者のビデオ編集を手伝い、ツーデーマーチで署名運動、足が棒になったと8段目の「ぼやき」。

敦賀マラソンとツーデーマーチの違いは明らかに年代層だ。91歳のお年寄りから犬まで歩けるウオーキングと、走ることができる世代が中心となるマラソンとの違いだが、それぞれに持ち味があり、地域なりのよさがでる。ただ、ツーデーマーチの参加者は延べ約5000人。全国24のあるウーキング大会と連携していためか、北海道、沖縄までの出場者がいる。役場職員をはじめ町民は労力は大変だが、民宿の宿泊、うなぎ屋の盛況など飲食店、観光地「(熊川宿」の祭りと重ねる)など金が落とす仕組みが憎たらしい。9段目の「ぼやき」。

深夜が最後のぼやきとなった。越前市議会議員補欠選挙、民主党公認候補が負けた。候補者夫婦の姿が痛々しい。投票率はわずか18%。1万8千票しかない。五千近くで三候補が競り合う。組織票があるのに、武生からの帰り、何度もやるせない溜息とぼやきがでる。これが昨日、最後の10段目の極め付きの「ぼやき」だ。「ぼやきも前向きに考えたいが・・・」と、秋晴れの日が終わった。
【2009/10/19】 | ページトップ↑
拉致も、空港も、港湾も失われた20年・・・。
Date:2009-10-18(Sun)

昨日は秋本番。各地で様々な行事が展開されている。早朝6時から若狭町のツーデーマーチでの拉致被害者の濃い特定失踪者の救出にむけて署名活動、9時には戻って気比の松原を愛する会の清掃、連合地域協議会の行事、老人ホームの渓山荘への訪問活動、そして若狭町へ戻って署名運動と時間が過ぎた。

一人一人が自由を求めつつ、仲間のためにも協力する。人間生活にとって自由と協力(助け合い)は、日本国憲法ばかりか国連憲章などの基本理念になっている。北朝鮮の拉致問題は、けっして許されることのできない人権問題だ。署名活動を続けた何年の歳月が流れたか、小浜の地村夫婦が帰国してからでも7年。この運動にも風化が始まっている。署名の数、マスコミの取り上げ方を見れば明らかだ。ただ、7年前の地村さん帰国前も、横田さんを招いて動員、動員で二百名の集会が精一杯だった。低迷する時期こそ、繰り返すことが大事だと思っている。

本格的にこの運動と政府が動き出したのは、ここ十年だ。地村さんが拉致されて三十年の月日が流れた。二十年間は、定かではないが、政府は見て見ぬふりをしていた。その結果が、今だと、受け止めたい。その後も拉致は何度も実行に移されていたという悲しい現実が続いた。

ところで、前原誠司国土交通相の発言をきっかけに、関西、成田、羽田各空港の地元が騒がしい。古くて新しいハブ空港論議、20年前の平成3年2月、関西空港が開港するまえの平成3年2月、大前研一氏が「関西国際空港の活用法についての提言」を発表している。この提言書ですでにソウル空港の優位性を指摘している。大前氏は韓国の仁川空港の脅威を懸念していたのであり、ハブ空港の意味も正確に把握していた。その懸念が見事というほどに的中している。

20年間をみても、「一県一港主義」で全国に空港が造られ、福井空港誘致運動もそのひとつと理解したい。その結果がどうだろうか、空港は仁川空港には完敗し、関西、成田は仁川、上海、シンガポールと規模も桁が違う規模の違いだ。日本の地方空港は競い合って造り、そのご、赤字が現実の姿だ。

港湾も同様で「一県一港主義」で日本海側だけでも秋田、新潟、伏木富山、金沢、舞鶴と各県一港は上がられる。神戸、横浜は釜山、上海、シンガポールと、規模も桁が違うほど水をかけられている。

この20年間でも、福井県では敦賀港、新福井港と「一県二港主義」で、敦賀港の地位は日本海側第二位というが、実情は全国47位。現実は、地の利と天然の良港に支えられての結果と受け止めたい。それだけ厳しい環境だ。

国土交通省の考えは太平洋側のそれもスーパー港湾に集中化している。地方港湾は地方港湾なりの生き方を迫られている。敦賀港の国際ターミナル完成により、潜在的な能力は向上するものの、このままだと、宝の持ち腐れにもなりかねない状況になっている。

港湾関係者も県の担当者も十分に理解している。それでも20年間、国は同じ政策を続け、福井県の考えも旧態依然の考えのままだ。港湾も空港の議論と同じよう展開になるだろう。拉致問題も失われた20年は大きいが、空港も港湾も同じように失われた20年だ。厳しい現実を踏まえての対応が求められる。
【2009/10/18】 | ページトップ↑
国がヒマワリなら地方は月見草
Date:2009-10-17(Sat)

鳩山政権が誕生して、昨日で1カ月。公共事業の見直しなど大胆な政策転換が相次ぎ、政権交代を強く印象付けている。国民には大筋で評価されている。役所の関係者からすると、合わせて行う事業は、独自か、止めるかということになる。

敦賀市もJR敦賀駅舎改築に伴うバリアフリー化でエスカレターを設置か、どうかが今、最大の課題だ。その土台となる跨線橋(こせんきょう)を新幹線が認可されればあらたな新幹線駅とつなぐという名目で通路幅を広げることができる。当然、財源は国だ。財源がない地方にとってこれほどありがたいことはない。市の担当者には何の連絡もなく吹っ飛んでいく。新幹線の是非は別にしても、まだまだ中央集権の国家だ。

今回の来年度の予算編成に関して、地方へは「まったく事前の説明がない」と。「ぼやき」を言ってもしょせんは地方だ。「子育て応援手当」停止も市の担当者は新聞で知るのみ。厚労省馬渕副大臣からは、厚労省ホームページに市町村殿、支給対象者殿とお詫び文書をだして終わりだ。

ところで、プロ野球セ、パ両リーグの上位3チームで日本シリーズ出場権を争うクライマックスシリーズは昨日、仙台で始まった。パ・リーグの第1ステージで開幕した。球団創設5年目で初めてCSに進み、今季限りで退任する野村克也監督の集大成となる楽天がソフトバンクに11―4で大勝。気持ちがいい。

野村監督なら今回の予算編成をどうぼやくだろうか。プロ野球の楽天を率いる野村克也監督であるパ・リーグで強打者として活躍したが、同世代の大スターだった巨人の長嶋茂雄さんらの陰に隠れて地味な存在だった。そのぼやきも風流だった。「長嶋がヒマワリなら、自分は月明かりに咲く月見草」と。試合に負けても勝っても、ひたすらぼやく。それをマスコミやファンが面白がり、人気が高まった。よく聞いていると、うまく計算された内容だと感心する。

弱者を育て、強者を倒す。古いが坂田三吉の将棋の世界、日本人の好きな浪花節の世界だ。話をJR敦賀駅のバリアフリー化に戻す。①エレベーター4基だけにするか、②上り下りエスカレター8基とエレベータ4基にするか、③改札口から跨線橋まで長い階段には下りエスカレーターと4本の上りの計5本とエレベータ4基にするか。三通りの選択肢がある。

エスカレーターはJR西日本はびた一文出してくれない。敦賀市の持ち出しとなる。長浜駅など近隣の中小駅には下りエスカレーターはない。彦根駅はエレベーターのみだ。②③案のエスカレーター設置は、市税の持ち出し、エスカレータの管理費用は一本、年間300万円だ。

国が出してくれないと「ぼやき」ながらも選択肢を考える。「国がヒマワリなら地方は月見草」と言いたいが、野村監督のしたたさが市もほしいところだ。ハコモノ行政から生活者支援への時代へ、どうバランスするか、そんな時代だ。
【2009/10/17】 | ページトップ↑
コンクリートから人へ
Date:2009-10-16(Fri)

テレビで何度も報道されているが、政府は昨日、2010年度予算編成の概算要求再提出を締め切った。国土交通省が道路の新規着工を原則凍結し、公共事業費を麻生政権下の09年度当初予算に比べて14.2%削減。一般会計総額は09年度の88兆5千億円を超え、過去最大の90兆円台半ばに達する。「コンクリートから人へ」の予算配分の転換を鮮明にしたが、景気の悪化から税収の落ち込みなど財源難は深刻らしい。

ただ、整備新幹線はダムや道路と違いそのまま計上されている。補正予算に盛り込まれていたのは、(1)北海道新幹線の新青森-新函館(開業時期15年度)(2)東北の八戸-新青森(10年12月)(3)北陸の長野-金沢(14年度)(4)九州・鹿児島ルートの博多-新八代(10年度)(5)長崎ルートの武雄温泉-諫早(18年度)-のいずれも建設中の5路線。但し、敦賀が最も注目した北陸新幹線の金沢―福井と敦賀駅部は凍結、最近になって国交省の官僚レベルでは明るい見通しもあったが、どうも大臣査定で飛んだとも。

鳩山政権になって、まだスタートして1カ月だから、評価はこれからだが、大臣、副大臣、政務官と、それぞれの精力的な動きは目を見張る。若いから、なおさら活力もある。福井県の民主党県連も戦略局を設置し、今月末にも衆議と県議で知事と会合を持ち、新幹線、高速道路、足羽川ダムなど県が当面する課題について話し合うとか。

冒頭に戻すが、政権交代後の動きは速い。新規の国道の公共工事はストップ。私も詳細は聞いていないので、どうなるのか不透明だが、相当厳しい。国道8号線の2車線化も当面、難しい状況ではないか。各地で同じような現象が起きているに違いない。地方の土木建築事業者にとって、これまで以上に厳しい環境が予想される。

私が心配するのは、福井県内の国と関係する公共工事だ。4年間は意外に長い。民主党県連は、4名の衆議院議員を誕生させたが、比例復活では糸川衆議の予算委員以外、政府も党役員も重要ポストについていない。それほど党本部の対応は厳しい。小沢流とも言われ、役員もそうだが、福井県が公共工事なので冷飯を食わされてはとの思いがつのる。いずれにしても選挙には勝たなければならないということか・・・。
【2009/10/16】 | ページトップ↑
鉄道ミュージアム構想
Date:2009-10-15(Thr)

昨日は、「鉄道の日」。敦賀港駅の鉄道資料館にはそれなりに、どことなく鉄道ファンが訪れている。先日も長浜と敦賀とセットで訪れた名古屋の鉄道ファンがいた。「長浜とは、実物の機関車など規模が違うのでは」と聞くと、「規模は確かに違うが、敦賀には東亜国際列車、敦賀港など大陸につながった歴史とロマンがあります」ときっぱり。「説明文と写真で十分です」と、かつての「鉄道の街・敦賀」を理解して訪れている。

鉄道ファンの楽しみ方はジャンルが広く、奥も深いとか。中央町に住む鉄道ファンは、「自分はこの分野」と明確にジャンルをあげて趣味を深めている。静かな鉄道ブームが続いているらしい。鉄道関係の書籍出版や情報番組が相次ぎ、鉄道模型の売れ行きも好調とか。女性の鉄道フャンを「鉄子」というが、「テツ」だけにこだわると、列車に乗る「乗りテツ」、鉄道写真を撮る「撮りテツ」、模型が好きな「模型テツ」など。

最近のブームの特徴は、男性中心だった「テツ」の世界に女性が参入してきたことでファンの幅が広がったとか。ネットで調べると、「鉄子」の起源は、「鉄子の旅」と題した漫画のヒットとか。鉄道に興味のなかった旅好きの女性をファンに引き込んだ漫画の力は大きい。子どもの趣味から母親がはまってしまう「ママ鉄」も増えているとも。さらに進んで団塊の世代のリックを背負ったおばさん集団や、しかたく連れてこられるおじさんとの団塊カップルと、資料館を訪れる客層も男性から女性、そして年代層も広範囲だ。

大和田別荘こと人道の港「ムゼウム」、敦賀港、ランプ小屋、赤レンガ倉庫、めがね橋、現敦賀港駅、敦賀港線とひとくくりに、金ヶ崎緑地一帯を「敦賀鉄道ミュージアム」にできないか。そんな構想も面白い。
【2009/10/15】 | ページトップ↑
子育ての金ありき先行の議論が気になるところだ。
Date:2009-10-14(Wed)

昨日も穏やかな秋晴れ。ただ、寒暖の差は大きい。特定失踪者調査会と海上保安庁のメンバーとの打ち合わせ、人道の港「ムゼウム」の打ち合わせの遅れての参加と、夜、市内を駆け巡るように自転車を走らせるとスピードを出すほどに寒い。夜、こんなに風が冷たいのか、肌に感じる季節の速さだ。

ところで、鳩山政権の主要施策である「子ども手当」の来年度創設に向け、政府・与党の財源確保がの作業が続けている。難しいと思うが、12月から予定されている子育て応援手当も執行停止が議論されている。

市の担当者とも話をするが、子育ての金ありきの議論が先行し、実効性がある政策かどうか、気になるところだ。現在の児童手当を含む国や地方の子育て支援策を総点検した上で、家計への直接支援と、保育園整備や医療充実などの間接支援とのバランスを議論するべきではないか。

マニフェストの子ども手当は中学卒業までの子どもに月2万6千円(来年度は半額)を支給する。児童手当と同じ年三回の支払いを見込む。子どもを持つ若い家族から「いつから支給されのですか」と期待も大きい。最大の懸案は財源を誰が、どれだけ負担するかだ。現状、児童手当の費用は国、地方(県・市)、事業主の三者が出し合っている。

子ども手当の創設に伴い、児童手当は廃止が想定されている。地方からすると、国が子ども手当の全額を賄うと、私もそう思ってきたが、まだ、未確定だが、負担の枠組みをどう調整するか一部で議論もあるとか。

鳩山内閣は補正予算の凍結・見直しによって新たな財源を生み出そうとしているが、子育て支援予算の使い勝手を良くする手法も求めたい。敦賀市は、保育園、児童クラブなどの子育て支援、相談は、他市に比べて充実している。ただ、国が使い道を限定している部分もあり、今後は、地方の実情に合った予算の使い方を認めるべきではないか。

敦賀市は「つるが いきいき子ども未来プラン」の行動計画にもとづき、子育て支援の整備を行ってきた。それでも、私が若いお母さんに聞く限り、「経済的な将来の不安」や「子育てと仕事の両立が難しいこと」などの不安を感じ、「緊急時、病気の時などに子どもを預ける場所」、「身近に相談できる場所」、さらには、「中学校までの医療費無料化」など、要望はつきない。子育ての環境レベルを高めることも求め、要望は幅広く、核家族化が進む敦賀市にとって、行政に求めるものは際限がなく、期待も大きいことは確かだ。

敦賀市は、いま、「次世代育成支援対策行動計画策定委員会」で今後の子育てプランを策定しているが、一般会計の1割を占める子育て関係の予算にも限界がある。「中学までの医療費無料化」の要望も地域医療の関係で私は費用対効果に疑問を持っている。就学前までの無料化もその費用対効果の検証も必要ではないか。

いずれにしても、「子ども手当」創設を契機に、国と地方が福祉、医療、教育などの各分野にわたるバランスある効果的な支援策は何か、現場の実情を聞き、練り直すべきではないかとも、思っている。
【2009/10/14】 | ページトップ↑
中心市街地活性化計画は、今後も難しい課題だ。
Date:2009-10-13(Tue)

昨日も、さわやかな秋晴れの日。すっかり秋らしくなってきた。自転車を持って友人と天橋立へ。小浜で電車をおり往復130キロ。疲れた。敦賀からはとても往復できる距離ではない。

3連休の最終日か天橋立は、京都が近いせいか、家族連れが多かった。子どもを連れての家族連れが懐かしくなってきた。よく子どもと休日に出かけると「きょうは何で休み」と聞かれた。私も「体育の日」は10日と思い込んでいる。1964年、東京五輪、開会式があった「10月10日」は記念すべき日。「だから休み」とわかりやすい。12日が体育の日は、しっくりこない。「ハッピーマンデー制度」は、どうも回りくどく、胸にすとんと落ちない。

最近は、「説明責任」という言葉を議会でもよく使う。選挙運動もそうだが、わかりにくい説明では、人はなかなか動いてくれない。「なるほど」と胸にすとんと落ちるようでなければ、人は引きつけられない。物事を進める上で大切なのは、その「なるほど」という「納得」だ。賛否両論あるが、小泉元首相は人を引きつけるのがうまかった。「改革なくして成長なし」「官から民へ」と、単純明快な言葉ほど、説得力が強くなる。

選挙をやっていて、「政権交代」のキャッチフレーズはわかりやすかった。「国民の生活が第一」も当たり前と言えば当たり前だが、わかりやすかった。オバマ米大統領の「核なき世界」、理想でも、ノーベル平和賞の授賞や「被爆地で平和の祭典を」での広島、長崎の両市長の五輪招致も、「納得」だ。

前置きが長くなったが、敦賀市の中心市街地のデータをあげると、この10年間で11%の人口減少。8年間で事業者数、従業員の減少はもっと多く17%減。10年間でロードサイド型商店街(郊外型商店街・・新木崎通りなど)の2割から3割の成長、市街地、駅周辺型商店街は最大で4割を超える減少も商店街商品販売額をみれば歴然だ。データは何よりも説得力がある。

ところが、政治的に衰退が進む中心市街地をどう活性化するか、大きな流れを変えることができるか、国への中心市街地の認定申請が終わり、認定も間違いないと思うが政権交代でどうなるか、見守りたい。

ある市民から「連携大学、駅舎改築、船溜まりと市街地にこんなに金をかけてほんとに活性化するの」との質問があった。活性化計画のメニューをあげて説明しても、説明のしかたが悪いのか、「人口減少が進む中、活性化だけでは、人口も販売額も増えないのではないか。JR直流化後も一時的には人は増えたが、また減っている。販売額も減少の一途だ。もっと納得できる説明をしてほしい」と手厳しい。

ハッピーマンデー制度の休みは3連休だからと国民の「納得」を得られるが、中心市街地活性化計画の説明は難しい。人口減少が進み、少子高齢化が進む現実の中での結果を出すのも難しいが、無秩序に拡大する市街地は、いずれそこも衰退する。ゆえに、政治的に税金をかけて行う中心市街地活性化の必要とも思うが、「なるほど」という納得というか、説得は難しい。中心市街地活性化はそれほど難しい課題だ。
【2009/10/13】 | ページトップ↑
全国的に共通する限界集落の課題・・・。
Date:2009-10-12(Mon)

昨日は、秋晴れの爽やかな日。任期満了に伴う越前市の市長選挙、立候補の届け出がなく、無投票で奈良現市長の2回目の当選が決まった。奈良市長は、民主党県連で、県議時代、何度かご指導をいただいた。奈良さんはまだ47歳、これからが楽しみな政治家だが、民主党からだんだんと離れていくのが気になる。前原国交相とは、松下政経塾の同窓で、前原さんからは、東京でお会いしたとき「奈良氏は元気か」と気使っていた。

昨日は、越前市儀補選と加賀市市議選の応援に出かけた。気持ちよい秋晴れでの出陣式。越前市は菊人形まつりをはじめ、各地で秋祭が行われている。石川の加賀市は市長選と市議選が重なり街が選挙一色。不思議な感覚になる。

ところで、世界的に最も有名な修飾語。「ドン・キホーテ」とは「騎士気取りの」「空想的な」「非実際的な」という意味も一緒に並んで悲しい修飾語だ。セルバンテスの小説で、騎士道物語にかぶれた主人公ドン・キホーテは、自ら中世の騎士となって世の悪を懲らしめる旅に出る。狂気と夢想の中の彼の騎士道精神は行く先々で現実とぶつかり、失敗をする。しかし、彼の勇気と気高い意志はいささかもくじけることがない、私は風車に立ち向かうドン・キホーテを笑っていられない、ときにはそれが、ドン・キホーテではなくヒーローになるかもしれない。当選を祈りたい。

話を越前市と加賀市に戻すが、人口規模は、敦賀市より少し多い程度の地方都市。中心市街地のシャッター街の問題、限界集落の課題と、共通する課題がある。加賀市の小さな集落を訪れたが、大半が老人ばかり、限界集落以上の環境だ。

先日の台風の際、自らの判断で避難する「自主避難」が気になった。ある共通点がある。10世帯11人とか12人とか。大きな台風が迫り、若い人もいなくて、あらかじめ安全な場所に避難する。過疎と高齢化が極限まできた限界集落だ。

敦賀市でいえば、恐縮だが、池の河内もその代表格だ。中山間の現実そのものである。土地や家に強い愛着を持つお年寄りが進んで避難する。そのこと自体、高齢化が一段と進んでいることをうかがわせる。その先に待つものは。集落を維持してきたお年寄りがこれ以上持ちこたえられず、中山間では避難しようにも避難する人間がいない。そんな時代が来ているようで気になる。小さな敦賀市でも大きな課題だ。
【2009/10/12】 | ページトップ↑
地方分権とまちづくり
Date:2009-10-11(Sun)

朝から越前市議補欠選挙の応援に駆けつけた。4名の立候補があり、民主党公認と言えども厳しい選挙戦だ。市長選は奈良市長しか立候補者がなく、夕方5時には2期目の市長誕生となる可能性が高い。

昼からは敦賀出身の友人が出馬している加賀市議選の応援に駆けつける。平成の合併以来、統一地方選挙を離れる地域が多くなってきた。地方分権とは、街づくりをめぐる知恵比べ見ないなものだと思いだした。その独自性が必要になる。まさに、江戸時代の三百諸侯の時代がこれからの地方分権ともいえる。ある意味では都市間競争にほかならない。

勝ち残るためにはアイデアが必要で、その源はそれぞれの地域が持つ有形無形の財産だ」。四国の松山市で、司馬遼太郎の小説にちなんだ「『坂の上の雲』のまちづくり」を掲げ、実行に移している。道後の温泉と絡めてユニークな発想だ。

小説にまつわる史跡を生かし、街全体をフィールドミュージアムにする構想を具現化している。新設された「坂の上の雲ミュージアム」が、その中心。俳人正岡子規や日露戦争で活躍した秋山好古・真之兄弟ら、近代国家を目指す明治期を駆けた登場人物のゆかりの地を、説明書付きの立札がわかりやすい。温泉と昼間の街歩きはお年寄りの楽しみにもなる。一方で若い歴女の人気も上々とか。

当時の建物が残したり、復元されたり、時間はかかるが面白い。碑だけしかない史跡も少なくない。それでも街を巡る楽しみを感じたのは、物語性を帯びた街づくりのコンセプトが底にあるためだろう。敦賀市も、十分に過去の財産を十分生かしているだろうか。外から訪れた人が街を巡ってみたいと思えるような、コンセプトを発信できているだろうか。

敦賀市立博物館は、もとは大和田銀行。腹いっぱい敦賀市の絵画、民具など財産を保持している。貯蔵だけでもきちんと空調管理の収蔵庫の思いで、9月議会で一般質問した。市長は当然で進めると明言した。民具も整理して、かつての銀行らしさと、銀行らしくない、かつての都ホテルの食堂、公会堂、ビアガーデンの復活も楽しい夢だ。

明治、大正、昭和初期の近代化遺産を戦災で失い、高度成長下、壊してきた歴史は、何とも残念だが、敦賀酒造の再生、市立博物館のリニューアル、相生通りの整備と、街づくりのアイデア次第では観光資源として生かす道もある。将来は、敦賀港駅舎、レンガ倉庫、大和田別荘と、鉄道博物館、敦賀港の人道の港「ミゼウム」を総合的に考えたミュージアム構想もあってもいい。まちづくりは競争とアイデアの時代、それには金がかかる。あせる必要もない、ゆっくろと夢を見ながら語るのも面白い。
どうも焦ることが多いのが、敦賀のまちづくりではないか。
【2009/10/11】 | ページトップ↑
新型インフルエンザの市内の動向とワクチン接種
Date:2009-10-10(Sat)

市内の新型インフルエンザが着実に広がっている。市のホームページより抜粋した、現在の学級閉鎖の状況だ。
 ・中央小学校    学年閉鎖(10/8~10/11)
 ・敦賀南小学校  学級閉鎖1クラス(10/8~10/11)
 ・粟野南小学校  学級閉鎖1クラス(10/8~10/11)
 ・粟野小学校    学級閉鎖1クラス(10/8~10/11)
 ・松陵中学校    学級閉鎖1クラス(10/8~10/11)
 ・敦賀工業高校  学級閉鎖1クラス(10/8~10/11)
 ・咸新小学校    学年閉鎖(10/8~10/11)
 ・中央小学校    学級閉鎖1クラス(10/10~10/13)
 ・敦賀西小学校  学年閉鎖(10/10~10/13)
特に、敦賀南小学校で8日現在、在籍者数430人に対し13名が感染(福井県新型インフルエンザ対策本部発表)となっている。8日公表の県下の学級閉鎖8校のうち、6校が敦賀市内の学校だ。正式には敦賀市、福井県のホームページを参照願いたい。ブログも気を使いながら書いている。

新型インフルエンザのワクチンが出荷され、接種が19日以降ようやく始まる。政府の新型インフル対策本部が接種方針を今月初め正式決定した。医療従事者や妊婦などを最優先する接種順位や、約5千万人分のワクチン輸入などを確定。19日の週から医療従事者を皮切りに優先順位に従い、希望者に接種する。福井県、敦賀市の対応については、まだ公表されていない。

先月公表の厚生労働省の「流行シナリオ」では今月上旬にピークを迎えるとされ、死者も既に20人に達した。最優先の対象者は、当初の厚労省素案になかった小学校低学年などを追加して、2300万人に拡大。小学校高学年などを加えた計5400万人を優先し、順次接種を進める。ワクチンの必要量を確保できない現状を踏まえれば、適正な優先順位と言えよう。一昨日も書いたが、やまびこ園など泊まりを必要とする障害者福祉施設や老人ホームなどの福祉現場は、医療現場と同じように、ぎりぎりの環境だけに、敦賀市でも優先順位をあげて、取り組むべきではないか。
 
11月以降の季節型インフルのワクチン接種のピークとなる年末に、新型の接種も加われば、医療機関は忙しい。これに新型インフルの流行が重なれば、接種より治療優先となる。集団接種など態勢整備がどうなるのか、不明な点も多い。医療現場は優先順位の確認など煩雑な事務手続きを懸念する。現場の実態に合わせた柔軟な対応を求めたい。また、市民にもわかり次第、公表すべきではないか。

私の聞く限り、接種費用は1人2回、計6150円に上り、家計に大きな負担となる。国と地方自治体で分担し、低所得者の接種無料化を図る方針とはいえ、免除対象が異なる恐れもある。できる限り助成対象を広げてもらいたい。ワクチンの十分な効果が見込めるのは接種後約5週間で、大流行に間に合うかどうかも気がかりだ。

いずれにしても、新型インフルは感染力が強く、大流行は覚悟しておくべきだろう。けれど過度に恐れることはない。ワクチン接種対象外でも、発症初期に服用すれば効果が期待できるタミフルなど抗ウイルス薬があり、市内にも十分備蓄もある。身近な友人も子供から感染して、軽症で済んでいる。一人一人が油断せず、うがいや手洗いの徹底で自衛し、冷静な行動を心がけたい。こと命に関わることだけに、正確に誤りがないように書こうとすると手が進まない。気を使いながら書くだけに、この辺でやめる。
【2009/10/10】 | ページトップ↑
民主党の農業政策に不安を感じる
Date:2009-10-09(Fri)

一昨日の私のブログでも書いたが、敦賀の中池見湿地の保全活動をより活発に進めていこうと地元の樫曲区と自然保護団体ウエットランド、維持管理会社の関連3団体で昨年結成したNPO法人「中池見ねっと」がはじめての活動として、中池見を舞台にした写真コンテスト(福井新聞社後援)が、年間を通して展開している。今月15日からは最終の3期(秋)の募集が始まる。大賞は来年2月に決まる。

福井新聞を引用すると「テーマは同湿地の景観やトンボ、鳥など動物の生態、絶滅危惧(きぐ)種をはじめとした植物、気象や自然現象、保全に取り組む人々、イベントの様子」と。・・・どこにでもありそうな風景だが、狭い場所でこれほど素材の多い場所は少ないのではないか。日本の原風景的な場所でもあり、夏のトンボの種類を追いかけても飽きることはない。その環境も人が稲作を行って、長い年月をかけ、守った人間と自然とが共存してきた不思議なエリアだ。

田んぼは、腰までつかる深田。それでも当時としては、生産効率の高い田んぼだったためか、樫曲の小さな地区に寺が3つも点在し、その豊かさが理解できる。

西浦の明神町の敦賀1,2号発電所の現場も昔の写真をみると、見事な千枚田を思わせる風景が広がっていた。西浦地区でも有数の田園地帯で、常宮、縄間からも田植え時期には村人が動員されたとか。立石、浦底、色と寒村のイメージだが、現実は、海山、田畑と自給自足ができ、数十軒でも各地域でひとつの寺を持てる経済力と豊かさがあったとか。

狭い敦賀平野だが、つい最近まで大半が田園地帯だった。狭いだけに商圏も狭く、まさに自給自足的、地産地消で成り立っていた農業だった。自民党政権下、コメの生産調整は農家の生産意欲をそぎ、それでも、敦賀の農業者は国の方針を着実に守ってきた。だが、生産効率は下がる一方だ。消費者のコメ離れから価格も年々下がっている。一方で、世界貿易機関(WTO)などの交渉が迫っている。

こうした現状を踏まえれば、農政改革が喫緊の課題であるのは間違いない。民主党マニフェストの目玉のひとつがコメの戸別所得補償制度だ。農林水産省はその政策を1年前倒しし、2010年度から全面実施する方向で調整に入ったとか。赤松農相は当初、10年度に複数の地域でモデル事業を実施し、翌年度から本格導入する方針を示していた。ここからさらに踏み込んだのは、民主党が来年夏の参院選を前に、農政の方向転換を印象づける狙いがあるとか。私はなぜそんなに急ぐのか、と思っている。

確かに、私が党本部に聞く限り、コメに関しては戸別保障制度に必要なデータは整い、農業者の関心も高いことは確かだ。こうした点が前倒しの判断材料となったようだ。しかし、コメ政策は日本の農政の根幹でもあり、敦賀の樫曲や西浦ではないが、自給自足ならまだしも、競争力のある産業としての農業での自立は難しいのが現実だ。

これまでの自民党の農業政策は、「猫の目農政」とやゆされ、農業の衰退を促進したことも現実だ。それでも、民主党の戸別保障制度を実施するには三千億円の財源と急ぐには課題の克服が必要だ。敦賀のJA関係者に聞いても、収穫を終えた稲作農家はこれから、来年の作付面積をどうするかなどの営農計画を立てることが必要だ。新たな補助の枠組みがきちんと示されないままでは、現場が混乱するのは避けられないとも語る。

敦賀のJA関係者も、来年度に全面実施するのは絶対がつくほど無理だとの声だ。敦賀では高齢化が進み、小規模な農業者が多い中ではなおさらだ。いずれにしても、長期的な視点に基づく、腰の据わったものでなければならない。実施を急ぐより、農業再建の将来図を示すのが先ではないか。

【2009/10/09】 | ページトップ↑
「障害者自立支援法」廃止と現場
Date:2009-10-08(Thr)

「非常に強い」という枕詞がつく台風が上陸した。朝から台風ニュース一色だ。ところで、地域の労働団体のひとつで「ゆうあい倶楽部」(前の友愛会)で、毎年、ハーツなどで浄財を集め、品物に変えて送っている。昨日、美浜の社協、敦賀市内の太陽の家、やまびこ園、白梅学園、常盤荘などを訪れた。

市内の福祉の現場を訪れると、いろんな課題がみえてくる。介護保険制度の問題もひとつだが、障害者自立支援法の課題も現場を困らせている。知的障害者を支援するにも課題は多い。鳩山内閣の発足後、障害者自立支援法の廃止を、長妻昭厚生労働相が表明した。支援法は施設やホームヘルパーの介助などを利用する障害者に経済的な負担を課し、「自立を阻害する」と障害者などから強い批判が出ていた。

当事者の信頼を得られない制度は改めるしかない。現場をみる限り、弱者救済という行政本来のあるべき姿からかけ離れた法律であることは確かだ。 2006年に支援法が施行されるまで、福祉サービスの利用者負担は本人の所得に応じて支払う「応能負担」だった。一般的に障害者の所得は低いため、自己負担がないケースが大半だった。

一方、支援法は、障害者が福祉サービスを受ける際に原則として費用の1割の自己負担を求める「応益負担」を導入した。障害が重いほど福祉サービスは必要となり、自己負担もそれだけ増えることになる。 授産施設で働いて得た賃金と施設利用料がほぼ同額になることもあり、働く意欲を減退させると指摘された。市内でも利用をやめたりするケースも出ていた。とりわけ移動や食事、トイレの介助といった日常生活に欠かせない分野のサービスにまで自己負担を求める措置には、大きな疑問があった。

問題は廃止後の新しい制度をどうつくるかだ。マニフェストや新政権の政策合意には、「利用者の応能負担を基本とする総合的な制度」の創設が盛り込まれた。ただ、移行時期や新制度の具体像などは明示していない。 障害者の不安を解消するためにも制度の骨格をできるだけ早く示すことはいうまでもない。もちろん制度設計に当たっては、地域の現場の声を聞くことは大事な要素だ。

現行の支援法は就労支援もうたっているが、実際には十分に機能していない。新制度はこの点でも実効性のあるものにすべきだ。現場のスタッフは、工夫と知恵で、就労支援を行っている。昨日もやまびこ園の作業場を見せてもらったが、障害者の理解度と立場にたって、現場の職員は、工夫を重ねて作業支援を行っていた。その作業依頼も市内の永大産業だ。就労支援は市内の企業、職員の工夫と市民の協力で成り立っている。

敦賀市では、太陽の家をやまびこ園と同じ場所に平成23年に移転する。障害者に働きやすい環境整備と管理の効率化をねらった施策だが、さまざまな工夫を行っている。ただ、支援法の方針でもそのあり方が左右される。障害者が社会の中で生きていく上で、真に助けとなる仕組みを、法律もしかり、現場の工夫も、予算配分もしかり、どう構築するか、廃止だけではすまない、多くの課題がある。

これは余談になるが、現場の心配は、新型インフルエンザだ。やまびこ園では泊りを伴う障害者だけに少ないスタッフで、どう管理・運営するか、大きな課題だ。インフルエンザのワクチンの優先順位は定められているが、福祉スタッフは入ってしない。福祉の現場はどこでもそうだが、ぎりぎりの環境で仕事をしている。
【2009/10/08】 | ページトップ↑
国定公園編入やラムサール条約登録へ動き出した「中池見湿地」
Date:2009-10-07(Wed)

敦賀市内で発生した事件で敦賀市の人を裁く、北陸3県初の裁判員裁判が昨日、福井地裁で開かれた。福井市、県都で開かれると、当たり前といえば当たり前だが、不思議と遠いこととなる。しかし、これも重要な出来事だ。

県都で行われる福井県議会でも、重要なことが決まっている。ひとつが、敦賀港鞠山南地区多目的国際ターミナル管理運営会社への出資として3060万円が決まった。敦賀市議会の決定と合せて、敦賀港にとって重要なひとつの大きな出来事だ。もうひとつは、中池見湿地のラムサール条約湿地登録を目指す敦賀市を支援するため、自然環境調査費に400万円が通った。

これも若狭町の三方五胡に先を越されたがようやく、敦賀市の中池見湿地のラムサール条約登録に向け、さらに、福井県が登録の選定条件となる国定公園編入に必要な自然環境調査に乗り出す。これも画期的なことだ。

福井新聞に大きくのったが、2012年にルーマニアで開かれる第11回同条約締約国会議での登録入りを目指すというもの。大阪ガスの撤退で、敦賀港の今後の運営が大きな課題だった。そして、中池見もタンク基地から自然保全に大きく舵を切った。その大きな転機を福井県と議会が、新たな方向の中で、動き出したともいえる。

中池見湿地は、ご存知ように、数十メートルにも及ぶ泥炭層であり、国内屈指のトンボの生息地である。まずは自然公園法の管轄下にある越前加賀海岸国定公園への編入を目指すこととなる。これまでどちらかと言えば、福井県は冷たかった。糀谷県議の一般質問が契機というか、そのころから、風向きが変わり始めた。

今回の補正予算、約400万円は県予算にしては少ないが、国定公園やラムサール条約登録ともなれば、敦賀市だけの自然ではなく、国の財産でもあり、国際的にも重要な湿地となる。それでもまだまだ課題も多く、ハードルも高いが、市民の関心を盛り上げることが重要だ。県として、来年度からは必要書類を作成し、県の環境審議会などに諮り内容を詰めることとなる。国定公園編入は、2011年冬に開催予定の国の環境審議会での正式決定を目指すことになる。

ところで、冒頭の裁判ではないが、広島地裁が、福山市・鞆(とも)の浦の景観訴訟で、広島知事の埋め立て免許差し止めを命じる判決を下した、背景には地道な運動もさることながら、大きな後押しがあってできたこと。海辺の小さな町を舞台に展開された宮崎駿監督のアニメ映画「崖の上のポニョ」だ。

昨秋、平和堂でも公開された。このアニメの構想を、宮崎監督は瀬戸内海の景勝地、広島県福山市の鞆の浦で練り、港を見下ろす丘の上の民家を2カ月間、借り切って滞在。奈良時代から寄港地として栄えた歴史的な町を、毎日散歩したという。湾が円弧を描く美しい鞆の浦のイラストが「ポニョ」のパンフレットに載っている。

ここまで書きすすめたのも、「円弧を描く美しい・・・」とは、敦賀湾と気比の松原にも通じる風景だ。距離的には、気比の松原が長く、円弧も大きいが、この風景は敦賀市民もどこかで観た風景となることは確かだ。私も一度訪れ、敦賀との類似点を感じていた。広島地裁は「文化的、歴史的景観は守るべき国民の財産」として待ったをかけた画期的な判断というが、背景には、市民の運動や映画の後押しがなかったら、今日はなかったことは確かだろう。

逆に考えれば、もし、鞆の浦が埋め立てられ、橋が架かっていれば、宮崎監督の「ポニョ」も生まれなかっただろう。景観が壊されることへの痛みの感覚が、人にやさしい町や文化をつくっていくことにも通じる。

自然や美しい景観は一度壊されると元には戻らない。国定公園編入やラムサール条約登録へ、自然保全へ実質的に福井県が動き出したことは、大きな転機でもある。書類などの条件整備も大事だが、今後、中池見全体の保全管理の主体になって行っている「NPO中池見ねっと」が中心となる。何よりも大事なのは、敦賀市民の関心と盛り上がりだ。
【2009/10/07】 | ページトップ↑
「子どもたちにつけを残さない」とは、・・・・。
Date:2009-10-06(Tue)

昨日は、昼は、議会で、公会計の研修会。夜は、本町で行われた「はしご酒ラリー」。本町の活気が敦賀の元気とも力説しても難しい時代だ。はしご酒は私たちの若いころの定番。この企画は、毎年の楽しみでもある。それでも最近、加盟店が減っている。昔の話をして恐縮だが、56豪雪の頃、雪おろしの疲れを癒そうと無理して本町で行くと、店の中はいっぱい。カウンターで肩を寄せながら飲み終えると、外は大雪。このギャップに敦賀のパワーを感じた昔が懐かしく思いえるの歳のせいか。

前置きが長くなった。昨日の研修会。サブタイトルが「子どもにツケをまわさない」。講師は公会計研究所 代表・千葉商科大学 大学院教授 吉田 寛さん。

勝手にまとめると、①会計とは単なるお金の使途の報告書ではなく、その人(首長)に任せたことによって、住民にとって良くなったのか、悪くなったのかを測る指標として使うべき。②能力のない者に税を渡してはいけない。それは悪事に使われる。

③自治体は住民から税をとって「ありがとう」と言われるような運営をすることが、本来の姿である。④子どもたちは選挙権を持たない。ゆえに現在の政治に対して必ずしもOKをだしていない。だから、均衡財政を行い、将来にツケをまわしてはならない。

これ以上は専門的な分野に入るので省略するが、わかりやすい講義だった。なかでも、ハコモノ工事は、建設費用を1とすれば約3倍の維持管理費がかかるとも指摘。数字上の根拠を確かめていないので、正確かどうかは別として、建設費と維持管理費の関係は、受け止めておくべき数字だ。

敦賀市の中心市街地活性化、駅周辺開発と数年で建設が進む。建設と維持管理という面で、今一度、「子どもにつけを残さない」とはどういうことか、考えてみたい。

会計の話で、古くなるが、尊敬するのは、戦前の高橋是清・大蔵大臣。大正から昭和にかけて、世界恐慌などで激動する時代に、通算すると七つの内閣で蔵相を務めた。既得権益に対しても命を張っての行動でもあった。在任中、陸軍の参謀本部を廃止する案を発表しようともした。当時の世相で軍事予算を削ろうという試みは無謀の無謀。結果は二・二六事件で暗殺された。飛躍するが「子どもにつけを残さない」とも通じる。

財政運営が、国の将来ともつながった例だが、財政運営こと、会計運営は、市政そのものであるだ。議会の大半の議論が予算に関するもの。財政面からも施設が多い敦賀市だけに「子どもたちにツケを残さない」視点で市政を考え直したい。

ところで、余談だが、蔵相といえば、穏やかな秋の日曜日の中川昭一元財務相の死亡。首相候補にも一時名が挙がった自民党のニューリーダーだった。中川さんは拉致議連会長、役員として拉致問題解決のために真摯に取り組んだ。

家族会の皆さんと国会前で座り込みを行ったとき、多くの国会議員は「がんばって下さい」と他人事のような声のかけ方をしていたのに、中川さんは高齢のご家族に座り込みの前で、同じ目線まで膝をつき「こんなことをさせるようなことになり申し訳ない」と頭をあげて語る姿をみると、どこか違う政治家という印象を持っていた。

重要閣僚を務めた大物とは言え、中川さんは、その後夫人と1万人以上の支持者宅を訪問。選挙では一人一人と握手する「どぶ板」選挙を繰り広げたとか。この話と国会前での姿とがだぶる。重圧に耐え、なおかつそこから逃げていない人というのが印象だった、それだけに、重圧と酒好きとは、人間の弱さか、政治家の弱さが人間的でもあるが、お父さん中川一郎と56歳、57歳はあまりにも運命的だ。ご冥福を祈りたい。
【2009/10/06】 | ページトップ↑
「浪の間や小貝にまじる 萩の塵」・・・敦賀学の提唱
Date:2009-10-05(Mon)

秋晴れの爽やかな日曜日。朝は福井市でお葬式。昼は、西浦の立石まで自転車を走らせ、久しぶりに立石灯台へ。夜は町内の会議と・・。高速道路も休日千円のせいか車が多い。立石には天気がいいのか、釣り客が多く、灯台にはなぜか若いカップルが数組と。立石の堤防の車のナンバーをみると、名古屋、岐阜、神戸、滋賀、遠くは所沢と多彩だ。意外な観光スポットだ。書き出しを探している。

気になっていたのが、松尾芭蕉の「おくの細道」にゆかりのある全国の自治体などが集う「『奥の細道』敦賀サミット」。一昨日から二日間の開催、なんとか参加したかったが、スケジュールが合わなかった。西浦の色浜の本隆寺でも、サミット開催を記念して「浪の間や小貝にまじる 萩の塵」の句碑がの除幕があったばかりを見るの不思議な感覚だ。

敦賀は、芭蕉が旅の終わり近く、「つえおきの地」として知られている。敦賀も色浜や西福寺、気比神宮や市内の宿などゆかりの地にこと欠かない。しかし、昨日も夕方、博物館とみなとつるが山車館を訪れ聞いたが、JR直流化後、増えた観光客も現在では2,3割減少しているとのこと。それでも訪れる観光客の大半が60歳を超えた年代とか。これからも高齢化で増える年代だ。

ところで、地名に「学」を付けただけで、見方が変わる。「地域学」と呼ばれる研究活動がこの数年、全国でブームとなっている。まだ「敦賀学」というのは耳にするが、まだ十分に立ち上がっていない。土地の歴史や文化、自然の移り変わり、産業や行政の今、人々の気質…。さまざまな切り口で掘り下げて、魅力や可能性を再発見する。そう定義づけることができようか。

地域の活力が湿りがちだからこそ、足元を見つめ直し、誇りを持ちたい。観光などまちおこしにもつなげたい。そんな思いも背景にあろう。有名なところでは「東北学」「尾道学」が本格始動している。「東北学」は山形市と周辺大学の活躍は大きい。10年以上、風土に根ざした研究を重ねて季刊誌も出している。

地域学の担い手として目立つのが大学との関わりだ。少子化で「冬の時代」を迎えただけに、地域密着の活動にも積極的なのだろう。敦賀も敦賀短大の日本史学科があったことで、敦賀の歴史に一部に光が当たっている。大学が自治体などとタイアップするケースは、地域ごとに活発化しつつある。ただそれぞれの動きはまだ小さい。大きな発信力を持つには「連携」がキーワードとなろう。その意味での「芭蕉サミット」は大きな意味をもつ。

さまざまな視点がぶつかり合うことで地域づくりのヒントが生まれるかもしれない。幸い敦賀は古代、中世、江戸、明治と材料に事欠かない。交流の結節点、港町には歴史が多い。芭蕉も奥が深い。当然、何事も一過性の取り組みに終わらせず、息長く続ける気構えも必要だが・・・。
【2009/10/05】 | ページトップ↑
介護現場や障害者の生活の限界だが・・・。
Date:2009-10-04(Sun)

ネットを見ているとあるデータにあたった。正確に今の日本人を表している。文部科学省の統計数理研究所が日本人の意識を探るために5年ごとに実施している「国民性調査」(http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/point.html)で、悲観的な見方をする人が多いことが裏付けられている。

調査のポイントを読むと『過去20年間の日本人の意識で最も顕著な変化は、1993年から1998年の間に起きた「社会に対する悲観的な見方」の急速な浸透であり、それは日本人の「自信喪失」ともいえる現象であった。』とバブル以降の結果だ鮮明だ。

バブル崩壊以後の経済の低迷が続く中で「自信喪失」から抜け出せず、心のよりどころを模索する傾向が強まっている。最近の調査で目立ったのは、社会状況を反映して「いらいら」を募らせる若者が急増したこと。1カ月間に「いらいら」した」人の割合が、20~40代で急増し、20、30代では初めて6割を超えたとのこと。世相を表している。今回の不況がどう影響しているか、これも推測できる。

衆議院議員選挙の結果も、この統計をみるとうなずける。閉塞感か、自信喪失か、イライラか、若者も「変化」を求めたことも世論調査で明らかになっている。

敦賀市内で介護現場で若者は大半が真面目にコツコツと働くが、「将来に希望を見出せない」「給料が安い」との不満を漏らし、介護職場を去った若者もいる。介護保険制度の政治の問題でもある。

参議院選挙から2年。介護職員の給与の見直しが始まったが、見直しはまだ中途半端だ。衆院選から約1カ月。鳩山政権が本格始動し、さまざまな変化が起こっている。障害者自立支援法の廃止、後期高齢者保険制度の廃止など、次々に方向性を打ち出している。市民から「どう変わるのですか」とよく問われるが、概要は言えても具体的にはまだ私も理解できない。

市内の障害者の家族から出る言葉も厳しかった。障害者で平成18年に自立支援法が施行されるまで、作業所などの利用料は、ほぼ無料に近かった。しかし、自立支援法の導入で「利用料」として1割が徴収されるようになった。障害年金や県からの重度心身障害者手当、作業所の工賃など、利用料と食住費などを払えば、残りはほとんどない。家族も大変だ。当然、引き籠りも増える制度だ。

実質、障害者が重度になるほど、会社に勤められず、障害年金や諸手当のみで暮らす障害者と家族にとっては、自立支援法どころか、悪法になったとの声を何度も聞いた。自民党も平成19年4月から2回にわたり、負担の上限を引き下げてきたが、中途半端に終わった。

ただ、民主党の具体案もまだ見ていない。民主党のマニフェストでは、自立支援法を廃止し、一割負担も廃止。新制度にする費用として約400億円程度を見込む。障害者団体と協議し、再来年の通常国会に法案を提出するとか。

また、私がみていても、重要なのは、財源問題だ。経済が不透明な不況の時代、これからが正念場を迎える。少子高齢化社会や障害者に対応できる制度や仕組みがまだまだ。民主党の責任も重いが、財源など地域だけではどうにもならない。敦賀市も財政上、施設等はほかに負けないにしても、国の施策によって、悪法だからと、制度を市で援助することはできない。これも政治の仕事だ。今、しばらく見守っていきたい。
【2009/10/04】 | ページトップ↑
環境重視の時代での敦賀の価値
Date:2009-10-03(Sat)

オリンピック招致の東京が外れた。外れると残念に感じるは私だけであろうか。鳩山首相の演説も環境重視で印象深かった。昨日も、トヨタの豊田社長は「(政府が打ち出した目標に)ブレーキをかけるのではなく、アクセルを踏んでいく」と表明している。分かりやすい表現だ。電気自動車や燃料自動車への転換、その分野への舵取りでもある。

先日の広島地裁の判決もこれまでと違った。入り江が美しい弧を描く瀬戸内海の景勝地、広島県福山市の鞆(とも)の浦の景観を守るべきだとする判決だ。私も訪れたことがあるが瀬戸内らしい穏やかな景勝地だ。灯台の役目を果たした常夜灯、階段状の船着き場など、江戸時代の風情を残す町であり、敦賀で言えば、船溜りの風景と合致する。景観保護のため公共事業に初めて「待った」をかけた画期的な判決であり、時代の変化を感じさせる。

美しい町並みや風景を守ろうとの考え方は定着しつつあるが、昨日の日経新聞社説にもあるように、公共事業や高層建築による景観の侵害をめぐる訴訟では、住民側の敗訴が続いてきただけに、鳩山演説とともに、変化が始まり、一部では定着してきたと見ていい。

敦賀も旧敦賀市役所、大和田別荘と高度成長下に貴重な財産を壊してきた。敦賀では、過去に中池見の自然保全を巡っての対立の構図があったが大阪ガスの撤退で、今日を迎え環境保全に向かって一歩進んで新たな道を歩み始めている。景観保全も相生、蓬莱と今、緒についたばかりだ。住民参加によるまちづくりにまだ十分に慣れていない。若狭町の熊川宿と同じように、疋田、新保、葉原と古い町並みを残しているが、経済活動と結びつかない現状では景観保全は難しい。市税を投入するにも限界がある。

鳩山演説や景観保護を優先して開発を止める判決と、時代変化、転換は着実に進んでいるが、住民の生活の安定と経済効果がなければ、絵に描いた餅になっていまう。もっと言えば、景観だけを重視すれば、ただのさびれた町が残るだけになってしまう。

最後になるが、敦賀の街は、環境面でどれほど貢献しているか、環境や景観を数値化することは難しいが、二酸化炭素削減での原子力発電は大きい。リスクのイメージ先行が街の価値を下げている。しかし、削減25%の切り札は、電気自動車というが、その大元の電力の切り札は原子力発電だ。そんなことをアピールする時代でもある。
【2009/10/03】 | ページトップ↑
季節の移ろい
気比さん祭りも終わり、議会も終わり、10月になってみて、季節のよさと移ろいを感じている。

秋本番である。スポーツや芸術、読書に行楽、さらに実りと食欲。秋に冠する言葉は多い。この時期は、何をしても快適な時期だ。山登りもよし、散歩するのもよし、自転車を走らせるのもよし。
お勧めは、敦賀の山から滋賀県のマキノへ抜ける道だ。紅葉も見事だが、滝や渓流とのコントラストもいい。ただ、欠かせないのが帽子だ。雑木林の中を通ったおり、クリの毬(イガ)の直撃を受ける恐れがある。坊主頭にはなおさらだ。頭が薄くなって感ずるのは頭髪の重要性だ。これも遺伝かとあきらめるが、楽しみでもリスクはつきもの。しっかりと防衛というか、リスク管理も重要だ。

一方で、季節の移ろい、衣替え。厳しい冬を意識し始めるころでもある。夕暮れはまさに「つるべ落とし」的に早い。朝晩もめっきり冷え込んできた。夏の天候不順の影響で、今季は紅葉が早いとか。灯油価格も最近は値動きが安定しているとはいえ、今後の動向が気に掛かる。円高も気になる。敦賀の経済も国や世界と連動している。これにもリスク管理が必要だ。

土木建築業の公共事業の目減りはどこでもそうだが、中小企業が多いだけに相当こたえている。政治の世界で、亀井静香金融相の言動は注目だ。中小企業の債務の返済猶予制度「亀井構想」がどこに行き着くか、定まらない。不透明。とはいっても中小企業対策は喫緊の課題だ。

中小企業の浮沈は地域経済、とりわけ雇用問題、さらには、人口問題にも絡む。全国的に、来春高校卒業予定者の求人は前年のほぼ半分という惨憺たる状況で、逆に、敦賀も若者のフリーターが増加している。福井県から出される商業統計、工業統計をみても、電力関係以外の事業所数の減少、雇用数の減少が目立つ。

逆に原子力発電所による電力依存傾向が強くなっているとの証でもある。電力の街、敦賀という表現はいいのだが、依存傾向が強くなると、雇用面で一定の歯止めになるものの、それだけでは、街の活気や次への発展につなげるのか、との懸念である。

例をあげると、おおい町、高浜町、美浜町は、原子力発電所とともに、雇用も人口も事業所数も伸ばし、依存傾向を強め、雇用維持には相当の歯止めになっている。ただ、最近の事業所数減少、雇用数の減少は、公共工事と密接に関係し、少子高齢化に伴い人口減少も、全国の地方の町とそれほど変わらない減少傾向を強めている。

新潟県柏崎市は、原子力発電所もあれば自動車部品の工場もあるといった典型的な産業の町。ところが、地震と今回の不況で街の経済がどん底状態。地震対策で多少の息つきはあるが、かつての活力と雇用、税収、人口の減少にどう歯止めをかけるかが大きな課題だ。

敦賀市の話を戻すと、今回の中心市街地活性化政策は、そのための歯止め方策でもあるが、一方で土木建築的発想も強く、雇用、人口、活力減少に根本的な対策になるのか、私はまだ答えを見出していない。

今後、始める敦賀3,4号の工事は、あまりにも大きいだけに、街の一時的な活力、バブル的な景気になるが、一方で、落ち込みも大きい。それだけに、目を奪われ、酔ってしまうと、その後の敦賀市をどう活力を取り戻し、どう発展させようかという長期的な視点がなくなるような気がしてならない。リスク管理とは違うが、祭の後にならないよう冷静に客観的に敦賀市をとらえたいが・・・・。
【2009/10/02】 | ページトップ↑
| ひとことトップ | 次ページ