デフレに円高・・・・。
Date:2009-11-30(Mon)

昨日は、町内の壮年会(あきわ会)の集まりで、若狭町の三方五湖へ。朝から贅沢で申し訳ないような気分だが、カニを食べ酒が入る。この一年、公園清掃、夏祭り用のやぐらの補修と、汗を出しながら取り組んだ仲間だ。帰りはレインボーラインをバスツワー。紅葉も最後だが、越前岬、丹後半島と曇りながら、絶景だ。ただ、民宿のおやじさんに聞く限り、秋の行楽や年末の忘年会の予約も冷え切ったままとか。

巷は、円高とデフレ。消費者は節約志向を強め、価格下落が需要増に結び付く教科書的な定義は、もはや通用しない。冬のボーナス大幅減で名目賃金が落ち込む中、物価下落は悪とか、賃金削減は悪だとか、いった認識があまりにも少ない。当然のように安易に削減に動く。

このご時世だからと、一律、横並びでボーナスや賃金を決めていく。しかたがないことだと諦め気味な風潮が強い。特に自治体は人件費削減が続く。本日から12月議会、市長や議員はそれなりのボーナス削減はいいが、職員にもボーナス、給与削減を要求する議案が提出される。すべて右へならえの風潮は私はいかがなものかと、最近、思っている。

デフレ傾向は1990年代から続く。政府は01年3月にデフレ認定。昨年9月のリーマン・ショック以降、内外需とも急激に冷え込み、デフレ圧力も強く、その上、円高だ。製造業は青色吐息だ。敦賀の製造業は大きな影響を受ける。

所得の目減りに加え、雇用不安も収まる気配がない。将来を支える年金の行方も依然不透明だ。年末を控え、庶民の暮らしに明るさがみえない。敦賀は、原子力発電所に伴うハコモノ建設が多かったせいか、土木建築業はいまだに実数だけで五千名を超える。公共事業の落ち込みで数は減っているが、各市町村に比べ、事業構造の転換が停滞したままだ。時間もかかる。それだけに、敦賀3,4号の本格着工の期待は大きい。

日本が「デフレスパイラル」の悪循環に入ろうとする中で、敦賀市内の消費や賃金水準など、経済循環もデフレスパイラル傾向が強い。省エネ家電の購入を促すエコポイントや環境対応車の優遇税制の延長方針は道理にかなった措置だが、市内の消費はいまひとつのようだ。景気回復こそ最大の雇用対策とあらためて強調したい。

国の事業仕分けで「地方移管」となった下水道整備も景気下支え効果もある。敦賀は山泉など未整備地域も広い。借金も二百億円近い。国の補助金にあまりにも頼ってきただけに、いまさら移譲といわれても、との感覚だ。地方移譲や権限移譲がいまだに見えてこない。計画中止では地元住民も納得できるものではない。国土交通省のまちづくり交付金もそうだ。

敦賀市も駅舎改築、バリアフリー化、連携大学と、大型プロジェクトが並ぶが、国の補助金、交付金に頼ることも多く、市内の消費や景気、雇用を考えながら、国の財政がパンク寸前の状況から縮小傾向はやも得ないが、すべて横並びでは、デフレ傾向は続く。

わが町の雇用、消費、自分たちにもできることはないか、考える時期でもある。今日から12月議会が始まる。一般質問もそんなことを考え、いつもになくまとまらない。今日の市長提案理由を聞きながら考えることにする・・・。
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【2009/11/30】 | ページトップ↑
市民活動、市民相談、事業仕分け、年の瀬と徒然に・・・・・・。
Date:2009-11-29(sun)

市民活動は・・・・気楽に・・・・・

昨日は午前中、男女共同参画センターで開催された「気軽に始めてみさせんか市民活動」と題しての講演会から始めた。敦賀市の登山愛好者でつくる「つるが山楽会」の活動が紹介された。会長の楽しく山を登り、一方で、避難小屋に寝具を届けたり、ネパールまで出かけて行ったボランティア活動を実践する。市民活動の手本のような活動だが、肩に力が入っていない。これこそ長続きする市民活動の秘訣か・・・。

市民相談・・・・社会常識でないようなものが増えている・・・

昼は、ある市民から「ポイ捨てで困っている」と相談を受けた。他人の家にポイとゴミを捨てる。それも一回や二回ではない。3月以降、繰り返されているとか。警察に相談しても誰が捨てるのか特定できないこと、取り締まる法律がどれに該当するのかなど、真剣に取り扱うのが難しいらしい。本人にすれば、たまったものではない。

こういった市民相談が最近、増えてきたのだ。給食費未払いと同様、社会の話題にならなかったことが、恒常的に行われるようになっている。法律や条例で取り締まらなくても、社会規範や個人の常識で防げたものが、日常的行われるようになる。何かおかしくなっている。

夕方、新松島町の和田医院の隣に「よろず相談所」を兼ねて松宮衆議院議員の敦賀事務所を開設した。国会、県会、市会と民主党議員がまがりなりにもそろっている。気軽に声をかけてもらいたい。

事業仕分けが終わって・・・・・・・・・

夜になると、敦賀駅前のイルミネーションが美しく見えてきた。平和堂も早くもクリスマス商戦に様相だ。暮れも押し詰まってきた感がある。年末恒例の「新語・流行語大賞」が近く発表される。今年の本命は「事業仕分け」ではないかと思っている。先週、金曜で終わった。

予算削減や廃止の事業が続出した一つの事業につき1時間で結論を出す手法に「乱暴だ」と批判の声が上がった。一方で、税金の使われ方が公開の場で国民の視線にさらされたのは画期的という評価も多かった廃止など結論の是非は、立場によって異なるのは当然だろう。敦賀市の財政にとっては電源立地交付金の約30億円、もんじゅ再開など研究費用と、関係者として戦々恐々だっただけに、満額とはいかないまでも安堵の電話が流れた。

この仕分け作業で人気の第一は蓮舫参議院議員。小浜市に松宮陣営の応援に訪れたことがある。細い体と細い指、なぜか両手を広げるとしゃべりだすと大きく見えるから不思議だ。これだけのパワーがあるのかと感心をしたものだ。彼女のブログを勝手ながら引用すると「今回の事業仕分けは、税金の使い方を公開の場所で議論をするという初めての作業でした。税金の使い方について、国民の皆様の中からも議論が出てくる、そして、国民世論が喚起され、内閣の予算に反映されることになればと思っています。」と。

スーパーコンピューターへの予算編成に対し「世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのですか」と発言し、ノーベル賞受賞者らの反論が話題を呼んだ。科学技術予算に削減や見直しが相次いだため、団結して異を唱えた。これも世論喚起だ。民主主義の議論としては正常な姿だ。

高速増殖炉もんじゅも議論もあまりにも一辺倒だった。資源確保という重要な視点が評価になかった。これもしっかりと議論する必要がある。一方で、「重複や不正受給が目立ち、使い方に改善の余地はある」という科学者もあらわれた。聖域化されたような専門分野に、一石を投じた意義はあることは確かだ。ただ、研究や資源確保など市場原理や経済効率では語れないものもしっかりと時間をかけての議論が必要にも思う。あまりにも薄っぺらい議論に終わらせてはいけない。

事業仕掛けについては大阪をはじめ、一部実施している市町村もある。市会の議会中継も一般化してきた。夕方、「予算決算常任委員会もテレビ放映しては」との意見をいただいた。カメラ設備など予算の制約もあるが、ある意味で公開の場でそれも目に見える形で決めていく過程を明らかにするを求められていることは確かだ。

いずれにしても、職場や家庭でも、惰性で無駄なことを続けていないか。仕分けの年の瀬にするいい機会かもしれない。昨日も寒かった。今日は町内の壮年会の集い。11月も、きょうを含めて残すところ2日。いよいよ本格的な冬が訪れる。

追伸・・・四国の穴吹工務店が会社更生法を申請した。敦賀にも穴吹工務店が建設したマンションがある。友人が役員を務めて、11月になって、解任か辞任かと、うわさを聞いていただけに気になっていた。急成長し2年ほどまえに大京を抜いて全国トップになったばかりだ。リーマンショックと自転車操業が倒産につながった・・・。
【2009/11/29】 | ページトップ↑
電源立地交付金仕分けと新幹線の事実上の「白紙」
Date:2009-11-28(Sat)

昨日は、敦賀市の財政運営で最も注目すべき事業仕分けがあった。河瀬市長も全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)の会長として、先週20日、上京して松下忠洋副経産相と面会し、原子力発電所などが立地する自治体に支払われる電源立地地域対策交付金を継続するよう要請もしていた。

副大臣をはじめ、ネットで立地点から維持を求める声が集中いた。結果、予算額の削減には触れず、自治体の裁量で自由に使えるように見直すことを求めた。かえって、立地自治体にとっては、逆にこれまで主張してきた内容でもある。

経済産業省は、来年度予算の概算要求で1149億円を盛り込んでいる。敦賀市も約30億円にもなるだけに、関係者は安堵した。仕分け作業では、全体として交付金の必要性を認め、予算額の削減に向けた議論はほとんどなく使いみちの問題に議論が集中したとか。敦賀市のこれまでのハコモノ行政的な使い道についての批判もあったが、予算削減や制度自体の変更を求める議論はなかったとも。

繰り返しにもなるが、自治体の借金返済に使えなかった交付金を「自治体の裁量にゆだねるべきだ」との意見が多く、まとめで自治体が自由に使えるように見直すとのコメントがついたほどだ。
水面下では仕分け人へのアプローチも相当なものだったようで、かなりの情報が事前にあったとも聞く。進め方も削減ありきではなく、制度の弱点を指摘したものとなったことは評価したい。

陳情政治がけっしていいものではないが、現場の実態や要望を伝える作業は重要でもある。ただ、これまで、繰り返し繰り返し行われてきた国土交通省への北陸新幹線の金沢―福井と敦賀駅部など未着工区間について2010年度予算の着工費計上を見送る考えを示した。全国的にも北海道、長崎ともに事実上「白紙」に戻ったとか。まだ決まったことではないが、新規を予算計上するほどの財源はほとんどないとも聞いている。

福井市にとっては、新幹線整備を前提としたまちづくりであっただけに、北陸3県で福井だけが取り残された、という感覚は何ともいい難いようだ。お隣の石川県との明暗が、さらに鮮明となったような雰囲気とか。

ただ、敦賀市にとっては、敦賀駅部が予算化されるか、されないかで、関係者は残念がるが、想定内との声もあった。ただ、今後、敦賀駅のバリアフリー化の内容に影響するだけに、新幹線と棚上げした予算で取り組むこととなる。身の丈にあったバリアフリーとは、エレベーターは当然として、エスカレーターをつけるのか、つけないのか、跨線橋(こせんきょう)幅をどうするのかなどに絞られていく。

「コンクリートから人へ」も地方としても方向転換が求められる時代ではないか。今後、敦賀駅舎についても12月議会でその方向性が論議されることになる。
【2009/11/28】 | ページトップ↑
子育て支援策のあの手この手・・・。
Date:2009-11-27(Fri)

一昨日、昨日と茨城県東海村、東京と敦賀から離れている。厚生労働省の外郭団体である人口問題研究所の人口予想によると、敦賀市は30年後には1万人減の5万8千人程度になる。ところが、東海村は30年後も3万6千人と変わらない。理由は、団塊ジュニアの子どもが増えていることだ。子育て支援策も保育所も整い、病児保育も扱っている。

さらに東海村では医療費無料化も義務教育終了まで。また、双子や三つ子などの多生児並びに父子及び母子家庭に「子育てサポーター」を派遣する制度をもっている。片方の子どもが病気で掛かりきりのときなどに、親に代わって一時的に子守りをしてもらえる。事業は村社会福祉協議会の子育て支援団体に委託。3歳児までの家庭が対象で、1世帯につき月4時間(三つ子は月6時間)まで利用できる。子育て手当だけがクローズアップされるが、子育て支援のメニューは豊富だ。効果的な方策を検討すべき時でもある。

話を変えるが、朝晩、肌寒さを感じる日が多くなってきた。東京の街にはコート姿が目立ち、木々の葉も色づきを増す。季節が日増しに進む。黄色に彩られたイチョウの落ち葉。秋から冬、そして年末へ。一気に動き出したようだ。ちょうど10年前の今ごろ。季節の変化とともに年末に向け対応を迫られたことがあった。2000年問題。

コンピューターのプログラムの問題で、年が変わる瞬間に不具合が起こる可能性が指摘された。時間をかけ行政や公共機関などは不測の事態への備えを整えた。その瞬間には列車の運行も止めた。緊迫した時間の記憶がよみがえる。あれから10年。今度は大きな変化の中にいる。政権が代わり、政治の在り方が変わろうとしている。長く続く不況の中で、生活に直結する課題はどう変わるのか。新型インフルエンザへの対応。市民が司法に参加する裁判員制度のスタート。政治課題以外でも、これまでにない経験が始まった。

書店をのぞくと、10年前は昭和30年代を、当時の国内外の音楽とともに懐かしむ雰囲気が漂っていた。今は時代が一気にさかのぼり、明治の初期から30年代に関心が移ったようだ。明治を題材にした多数の本が並んでいる。その中心は、1996年に死去した司馬遼太郎さんの大作「坂の上の雲」と、日露戦争にかかわる刊行物だ。NHKがテレビドラマ化したこの物語の放映が近づいたためだ。司馬遼太郎は私の愛読書のひとつでもある。何度も読み返している。

司馬さんが日清・日露戦争を通して明治を描いた「坂の上の雲」は論じ尽くされた感もある。司馬さんは物語のあとがきで、当時は庶民の暮らしが苦しく国家は極端な官僚主義だったと断りながらも「これほど楽天的な時代はない」と書いてある。

今は八方ふさがりに似た状況にあり、政治も経済も出口を探してあえいでいる。政権は交代し、行政刷新会議の事業仕分けは後半に入ったが、青空に浮かぶ白い雲を見詰めて坂を上る気分とは程遠い。本日、電源立地地域交付金の仕分け作業が行われる。まさに関係者は戦々恐々だ。

冒頭の子育て支援ではないが、手を替え品を替え紹介される国家の建設に燃えた人物たちから学ぶことはないか。

電源立地交付金は保育園の保育師の人件費など生活分野にも使われ、さらには原子力発電立地の果実を次の時代へつなぐ手段でもある。最近は「コンクーりとから人へ」とハコモノ行政から変わり始めている。電源立地地域の優位性を次へ転換期でもあるだけに、今日の仕分け作業の議論は大事だ。暗いことがあまりにも多い。青空に浮かぶ白い雲を見詰めて坂を上る、気分も持ちたいが・・・。
【2009/11/27】 | ページトップ↑
敦賀短大と市立看護学校の合併問題
Date:2009-11-26(Wed)

東京にいくとびっくりするほど立派な橋がある。話を聞いて納得だ。「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」と大田南畝が残した狂歌がある。古典落語の「永代橋」もこの惨事が題材だ。江戸時代、最悪の事故としても有名だ。

1807(文化4)年の永代橋の崩落。江戸っ子の血が騒ぐ祭りがあだとなった。橋は江戸随一の大きさだったが、100年以上たつ木橋。祭りで人の重量がかかり、老朽化で1500人以上が犠牲となった。敦賀市は、古い橋の健全性調査が終了しているが、全国には想定以上に老朽化し崩落の危険がある通行止めの橋が121があり、財政問題で十分な調査もできない橋もあるとか。

道路敷設など新規には熱心だが、道路維持などどちらかというと後回しになるのが維持管理。今後は、公共事業自体も生活や安全分野へと軸足を移さないといけない。

昨日の午前中、敦賀短大と市立看護学校の合併についての議会で説明会があった。内容は平成24年に市立看護専門学校を短大の敷地内に移転させることで、運営の効率化をはかるもの。提案書は随所に苦慮のあとが見受けられるが、事実上、看護学校の短大化と敦賀短大との合併問題は24年以降に棚上げとした内容。看護学校の短大化も教授集めなど都会志向などで直ぐには対応できないとか。私は、今年度末の2,3月までに、もう少し展望がみえる方針をしめしてほしいと要望し、市長は了承したと受け止めている。

ここまで追い詰めた最大の要因は、少子化、さらには四大志向、都会志向など課題は山積だ。永代橋ではないが足元がぐらつきている中での検討だ。存続、合併は税金とも絡むが、地域の医療維持、高等教育機関維持など少子高齢化の時代と向き合った足元を固めた議論を願いたい。

もうひとつ、議会の代表者会議で議員年金が議題になった。全国の市議会議員の年金がこのままでは2012年で破たん。原因は市町村合併でよって議員が大幅に減り、掛け金をかける母数が減ってきたから。総務省では、廃止を含めて3案を検討中。先日、ある衆議から「廃止」の方向での意見を求められたが、簡単に「いいですよ」とは答えられなかった。理由は、現在支払われている議員OBを公費負担でまかなうならと条件付き賛成だ。憲法の財産権に抵触するからだ。現在、年金を受けっといる方には生活費でもあり、国との約束事項だからだ。

日本航空の再建問題も企業年金債務が大きく重荷になっている。OB曰く「責任は政府にある。地方路線維持、ジャンボ購入と赤字覚悟でJALに強制的に受け入れさせてきたツケだ。経緯は公表してもいい」として、「JALにすべての責任を押し付けるのはとおかしい」と憲法にある財産権を主張している。

会社が倒産するまで年金を減額できない制度もどうかと考えるが、少子化や労働人口の減少はこうした長期にわたる世代間の互助的役割の年金も次世代に大きな負担になることは確かだ。いずれにしても破綻が予想される議員年金は、「廃止」が妥当だ。その方向で国も動き始めているとも聞いている。

いずれにしても、国の土台、市の税収減少、少子化と大きな土台が崩れ始めているだけに、これとどう向き合うか、永代橋の大事故ではないが、事故防止には十分な点検と手当は必要だ。

鳩山政権の「コンクリートから人へ」と、公共事業自体も生活や安全分野、社会保障費へと、投資先を変えることが重要だ。敦賀短大と看護専門学校の合併問題は、人への投資でもあり人材育成でもある。長期的視野で拙速に「廃校」などすべきではないと考えているが、そのためには仕組みと交渉が必要だ。机上ではすまない汗が必要ではないか。
【2009/11/26】 | ページトップ↑
暗いトンネルでも、明るい出口があるからこそ・・・・。
は昨日が12月議会に向けての議会運営委員会。市の職員のボーナス減額、給与の減額などが提案されている。1000人近い市職員(病院を含む)の給与・ボーナスの減額は、敦賀市全体の経済にも影響する。

先進国の中で最大の借金大国、2番手以降を大きく引き離しにかかっている。政府のデフレ宣言、財政が慢性赤字で四苦八苦して20年は超える。地方財政も同じだ。夕張市のように破産した自治体も出現している。

天地人のNHKドラマではないが、その後の上杉こと米沢藩も苦労した。戦国時代が終わり、全国的にも太平の世になり、多くの武士を抱えた江戸時代の諸藩も藩財政は厳しかった。凶作などが、それに追い打ちをかけた。デフレ、人口減少そうした逆境に立ち向かった地方が、米沢藩の上杉鷹山だ。まずは徹底した倹約で出費を減らす一方、改革派の家臣を重用して産業振興に力を注いだ。その結果、藩財政は飢きんにも耐えられるほど豊かになった。

昨日から事業仕分け作業の第2段が始まった。9大学の学長のアピールは納得できるアピールだ。研究と経済原理はなかなかリンクしない。菅直人経済財政担当相のデフレ宣言、事業仕分けをみる限り、削減や危機感をあおるだけでは解決策は見いだせない。

地方からすると、政府から大局的な経済戦略は見えてこない。繰り返しになるが、新年度予算に大なたがふるわれるなか、どこの自治体も緊縮財政のオンパレードである。敦賀市も市民税など税収の減少するなか、30億を超える貴重な電源立地交付金が減額されると相当に厳しくなる。国の指針も不明瞭で税収も減収の一途では右に倣えしかない。日本中が守りの姿勢に入り込んでいく。敦賀市が国に依存する財政運営だけによけいに厳しい。

先が見通せない社会なればこそ、すべてが縮小方向でも目標がなければ、無駄削減にも限界がある。為政者は目指す方向、夢を示さねばならない。スーパーコンピュター復活は私も願うところだ。資源小国・日本の研究も欠かせない。暗いトンネルでも、明るい出口があるからこそ、皆が恐れることなく入って行けるのだ。

高速増殖炉「もんじゅ」の再開に向けての予算は何とか確保されたが、関連する研究費が凍結では話にならない。駅前建設がうわさされているレーザー研究所は事業対象ではなく、何とか確保されているようだ。レーザーも核融合研究や医療研究にも役立つ重要な研究だ。

昨日、国の原子力安全・保安院の検査や確認内容を、専門家の視点からチェックするため国の原子力安全委員会のメンバーが「もんじゅ」で現地調査を行った。複雑な国の二重チャックだが、もんじゅ再開には重要な調査だ。これからが正念場になる。

敦賀市は40年、原子力と共に歩んできた。雇用をはじめ、医療・介護など生活基盤などインフラ整備にも大きく関連している。敦賀市が国の政策とあまりにも関連しているだけに、今後の敦賀市の有り様をしっかりと考える時期でもある。繰り返しにもなるが、米沢藩の上杉鷹山はリーダーシップを発揮して、倹約で出費を減らす一方、目標を提示して次への投資も忘れなかった。今日は、市立看護学校と敦賀短大との合併にむけての市の取り組み方が提示される。
【2009/11/25】 | ページトップ↑
国家ビジョンは・・今??
Date:2009-11-24(Tue)

昨日は、多田清太郎・前副市長の葬儀。66歳と早すぎる。市政功労者表彰を今月2日に受けたばかりだ。遺影の傍らに賞状が並ぶ。すべてを市政発展に尽くしたともいえる。ご冥福をお祈り申し上げる。

ところで、行政刷新会議の役目。総額95兆円に及ぶ2010年度概算要求を圧縮するための事業仕分け。前半作業で事業廃止、凍結、減額で約5千億円の削減。加えて独立行政法人の基金や特別会計などの剰余金など約9千億円の「埋蔵金」を国に返納させ、財政効果は計1兆3千億円。今日から後半戦。電源立地交付金も対象となる。

市の財政の約30億円だけに戦々恐々だ。とにもかくにも、よく考えると、概算要求が過去最高額となったのは各省庁が政権公約を守ろうとしたためだ。子ども手当、高速道路の一部無料化、ガソリン税の暫定税率廃止など重要政策実施には来年度分だけで7兆円もの予算が必要となる。

もっと突き詰めると、3兆円圧縮できたとしても92兆円。税収が40兆円もないというからこれだけ見ても何かがおかしくなってしまっている。「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズはわかりやすいが、子ども手当は手段であって目標でもない。子どもの数の倍増とでも言えばわかりやすいが、それを口にするのも難しい時代だ。

かつて、60年代の池田隼人首相の「所得倍増計画」は、実質国民所得を13兆円から26兆円いう政策。70年代の田中角栄首相の「日本列島改造論」も学生時代だったが当時、ベストセラーで買って読んだものだ。目標が明確でわかりやすかった。日本列島を高速道路や新幹線で結び、東京一極集中の活力を地方に分散しようというもの。

北海道、長崎、北陸新幹線はまさに列島改造論の最後の大仕事。しかし、時代が変わり、財源がない。その上、東京一極集中の分散の目標はいまだ達成されていない。

敦賀市に置き換えて、中心市街地活性化、駅前周辺開発と、国のまちづくり交付金、戦略交付金をあてにしている。コンクリート的ハコモノ行政主体だが、人の動きを活発にしコンパクトな街を形成し、それが時代に対応した「人」にも通じる政策だ。が、財源だけ考えても不透明な状況だ。

結ぶが、大きく言えば、池田首相、田中首相と根底にある確固とした国家ビジョンがあった。「コンクリートから人へ」と大きな変革だが、その先の国家ビジョンが見えない。少子高齢化・人口減少を防ごうとしても至難の業だ。敦賀市も30年後には1万減少で6万人を切ることが予想されている。原子力発電を通じて安定的な電源と地球環境に貢献という国の方針にそってのまちづくりだけに、国に翻弄されているようで・・・。愚痴ではすまされない。
【2009/11/24】 | ページトップ↑
11月22日「いい夫婦の日」の出来事・・。
昨日は、午前中は、10年目を迎えた原子力防災訓練、昼は悩み事相談、夜は三島二丁目壮年会結成20周年と時間が流れた。

三島の壮年会20周年で夫婦連れが数組あり、微笑ましい。いつの頃か、スーパーでも夫婦らしき買い物客が増えたような気がする。特に中高年、微笑ましいは、老夫婦が寄り添うように買物をしている風景だ。「これは鍋に合わないよ」「これはあなたが好きだから入れますね」と。それも自然な会話で聞こえてきて違和感がない。

寄り添うように、いたわるように品定めする姿が温かい。「人」という文字は「一」と「一」が支え合うようにできている。人生、山あり谷あり。背中合わせになったり、すき間風が吹いたり・・・・。それでも寄り添いあう関係は、他人にはわからない絆があるようで踏み込めもしない。壮年会20周年でも、昨日の11月22日のごろ合わせの「いい夫婦の日」の話題が出ていた。

話題を午前中の福井県原子力防災総合訓練に移す。茨城県のJCO事故以後10回目を迎える訓練。私も毎回、見ており、見学者も少なくなり時間の経過を感じた。

それでも、国や県、地元自治体、警察、自衛隊など約120機関の防災担当者らと住民合わせて約1500人が参加。関西電力美浜3号機で1次冷却水漏れ事故が発生し炉心が損傷、放射性物質が外部に放出したとの想定で、緊急時の通信連絡や住民避難訓練。

敦賀の白木の住民約40人が、海路と空路ヘリコプターでの避難訓練。最初は5名がヘリコプターで会いあいプラザに顔を現した。海路もうねりはあったものの、順調に避難が迅速に行われた。かつて、立石での海路避難時、うねりで中止になったことがある。その後、防波堤の建設など改善も進んでいる。今回の白木での避難訓練は、舞鶴の海上自衛隊との連携なども順調の進む、訓練も成熟期になってきたとも感じた。

めっきり寒くなり、ぬくもりが恋しい季節だ。電気こたつに潜り込んでみる。確かに暖かい。鍋と湯豆腐と日本酒と、よりそうように、ぬくもりを感じながら生活が恋しい季節だ。
【2009/11/23】 | ページトップ↑
デフレ、失業者増、ボーナス削減の年末を迎えて・・・・・・。
Date:2009-11-22(Sun)

「夢あん」から「ガスト」へ。市役所通りのイチョウの黄葉とともに変わった。外食も安いものが受けるのか。値下げがいいが、一昨日のデフレ宣言は失われた10年から20年になり、それ以上の可能性もあるように思えてならない。少子化、高齢化、人口減少と縮小傾向が進む。

バブルの頃の華やかさを、つい懐かしむが、ワインの「ボージョレ・ヌーボー」もペットボトルでスーパー販売され、値段も安い。100万ボルトをのぞいてもパソコンが10万円を切る値段。モノが安いのは、まずは、家計にとっていいとしても、今月30日からの12月議会初日に議員、市長、職員のボーナス減額が審議されるように、市内の企業の大半が減額だ。なかにはボーナスなしもあるとか。財布のひもはますます固くなり、不況がさらにひどくなると思えば、昨日も寒さが身にしみてきた。

昨日、夕方、多田清太郎・元副市長が逝去されたと、聞かされ、いっそう、さみしさが身にしみた。議会では、眼鏡と耳が印象的で、慎重に言葉を選んで答弁された姿が懐かしく思い出される。がん発症以来、入退院を繰り返され、それでもお見舞いにお伺いすると、笑顔を絶やさず、申しわけなさそうに語る姿は、人柄がにじみ出ていた。ご冥福をお祈りいたします。

話を戻すが、共同配信で「完全失業者数がことし10月まで12カ月連続して前年同月比で増加する見通しとなったことが21日、分かった。総務省によると、数値が確定している9月時点で363万人。製造業の派遣切りが相次いだ昨年暮れよりも90万人以上増加。」とこれも暗いニュースだ。

量販店に聞くと、省エネ家電の購入を促すエコポイントも、一時は落ち込んだが、延長方針で、今のところは順調とか、環境対応車の優遇税制もボーナスを利用しての購入の話もあるとか。特定企業の優遇策と批判されているが、延長していくことに賛成であり、政府の延長方針は道理にかなった措置だ。景気回復こそ最大の雇用対策とあらためて思う。幸い、敦賀は有効求人倍率1.0近く全国でも珍しい地域だ。原子力発電所の存在がなんとか踏ん張っているともいえる。

ただ、ここで相談を受けるのは、税金、社会保険、後期高齢者医療制度や介護と債務など、複合的な悩みで苦しんでいる方が多いことだ。年金のみの高齢者の独り暮らし、病気も持つという方が増えつつある。

先日も「市役所のどの窓口に相談に行けばいいのか」と、お電話に受けたことがある。悩みは三つも四つも重なると難しいらしい。確かに複雑に悩みが絡み、相談相手がいないと不安が増大する。長寿社会で核家族が進む社会とは、頭ではわかっていても、それが現実化していることは確かだ。市役所も消費者相談窓口の個室を設け、専門の相談員3名に増強している。総合窓口も設けているが、相談内容も複雑にからみ、逆に一人暮らしのお年寄りには、周囲が状況の悪化を事前のキャッチして手をさしのべることも重要だろう。難しい時代の到来だ・・・。
【2009/11/22】 | ページトップ↑
事業仕分け作業への心配(愚痴?)
Date:2009-11-21(Sat)

来週には電源立地地域交付金が事業仕分けになる。敦賀市でいえば、交付金約30億円が歳入となる。一般会計が約250億円だから歳入の約1割を超える。重要な財源の一つだ。

約30億円のうち、保育園の保育師、市立敦賀病院の職員、市立看護学校の職員の人件費で約7億円をこれに充当している。まさに、市民生活に密着した財源だ。それも原子力発電に協力する中で、政治的に駆け引きともいえる長年の苦労の結果でもある。

どのように、議論されるかしらないが、それが、敦賀3,4号にもつながっていると理解したい。地球温暖化対策であり、大阪、名古屋の貴重な電源供給でもある。それとは裏返しにように、地域の安定的な雇用につながり、住民が保育や医療などの恩恵を受ける。まさに地域に深く根ざした重要な財源だ。損得勘定だけで、議論しては、日本の脆弱なエネルギー政策にも影響を及ぼすものでもある。

高速炉もんじゅ関連の予算は、運転再開はやも得ないとして、そのままとなったが、研究費は削減。私にすれば本末転倒でもある。もんじゅ再開は運転で得られるデータの解析、研究が目的であって動かすことありきではない。エネルギー資源を持たない日本にとって将来の資源をどう確保しようかという基本論が抜け落ちている。

何かといえば経費削減。無駄はもちろん削らないといけないが、肝心なものも削っている。と駄洒落まででそうな議論が続いているのではないか。今までの政府が、何かといえばばらまいてきただけに、民主党が物に憑かれたようになって取り組んでいる「削減」の方向が理解できるが、地方の民主党議員の意見徴集すらない。せっかくの議論がマイナスのイメージを呼び起こしている。

身近なことでいえば、昨日、議会の敦賀駅周辺整備調査特別委員会で議論された駅舎改築費用、駅舎本体で仮駅舎も入れて約10億円の金額が提示された。昨日、バリアフリー化でエレベーター4基、エスカレター5基で詳細ではないが約26億円を入れても合計約39億円。現在、敦賀市の駅舎に関する基金(貯金)は約13億円は財源としてあるが、すべてはまかなえない。

そのために、市も財源を巡って国の交付金をあてにもしたいが、現時点では、先行き不透明。愚痴が多くなっているが、もんじゅや電源立地交付金だけに限らず、気象庁の地域気象観測システム(アメダス)のうち山岳部の観測点74カ所を今月で廃止する。何年か前の、敦賀の測候所廃止も全国一律的なことと削減された。

観測機器高度化と情報処理の進展などわからないでもないが、防災上、大丈夫なのか。検証が十分か、これも疑問だ。一方、福井地方気象台は先月22日、県内五区域で発令している大雨や洪水などの警報・注意報を来年五月から、市町単位に細分化する、と発表した。局所的なゲリラ豪雨が頻発する中、細分化した情報発信で水害や土砂災害の危険度をより的確に伝えられるようになり、各自治体も適切に避難指示を出せるようになる。ただ、裏腹に、「廃止」や「削減」が幅を利かせるようでは心もとない。人々の生活を守ることが一番だ。

研究、資源確保、防災と、損得勘定ではない分野と地域の貢献など、事業仕分け作業には、公開で納得も多いが、いっぽうで、疑問なことも多い。今日は、心配か、愚痴かで終わる。
【2009/11/21】 | ページトップ↑
介護現場の改善と人材確保
Date:2009-11-20(Fri)

敦賀市の人口ピラミッドで一番多いのは、団塊の世代。5歳刻みでみると55歳から60歳が男女合わせて5千人を超える。この世代が高齢化を促進することは確かだ。高齢化と長寿命化で、介護への理解や認識を深めておくことは極めて大事だ。行政にすれば、施設確保も大事だが、将来の在宅介護の増加も考え合わせた施策も大事だ。世帯数が県下でも多く、一人世帯の独居老人が増えることも考えておく必要もある。

医療と介護も切っても切れない存在だ。市立敦賀病院の存在は市民にとって、その重要性は増す。医師確保はもちろんだが、看護師確保も重要な施策だ。もうひとつは、介護現場の深刻な人材不足にも目を向けておく必要がある。 介護は一朝一夕にはできない。3Kともいわれかねない職場だが、必要不可欠な職場だ。

介護の仕事は他産業に比べ離職率が高い。原因は精神的、肉体的な負担に見合わない賃金の低さだ。敦賀でも若い人の離職率は、都会ほどはないにしてもなり手が少ないとか。家族を養えないとして「寿退職」する男性職員もあるとか。社会協議会の介護ヘルパーの養成もかつてあれだけ盛況だったのにと首をかしげたくなる環境だ。女房の経験を聞いても、基本的にはマンツーマンであり、それなりの専門知識があれば、家族介護でも十分に役立つ。

今後は、人手不足を補うため、労働条件の不安定な非正規職員に頼らざるを得ない。介護現場のさらなる労働条件悪化は免れず、介護職の待遇改善が喫緊の課題であることに異論はないだろう。ことし4月、介護報酬の3%上げを実施。一人あたり月額2万円程度の賃金増を狙った。が、効果は限定的であることは確かだ。増加額を聞いてはいるが、身近なことでもありひかえる。

国が枠を決め、抑制方向に傾きがちな介護保険財政において、報酬引き上げによる賃金増には限界がある。10月からは新たな待遇改善策が始まった。2年半の時限措置で一人平均月1万5千円の引き上げ分を助成する。前政権の補正予算措置だが満額を確保した。助成の継続も明言している。

政府は民主党マニフェストで月4万円増の実現を目指すが、財源の見通しがたたず難航が予想される。ただ、賃金など方向性は増加ということには変わりがない。中長期的な介護人材の育成確保策もちろん必要だ。介護ビジネスは、敦賀の団塊の世代の多さを考慮しても必ず増え、介護現場の改善は社会全体の利益になる。大きなことは言えないが、公費投入による賃金保障も検討し、その際、職員一人一人が確実に受け取れる方法も検討しているとも聞く。

政府は先月23日、新たな雇用創出と人材確保を目指して、働きながら資格が取得できるプログラムの導入を打ち出した。内容は、失業者が施設で働いて給与を得ながら「介護福祉士」「ヘルパー2級」の資格が取得できる。今後、介護の質の改善や人材育成で、養成する機関、受け皿を考えておくことも大事だ。社会福祉協議会の介護ヘルパー養成講座の拡充や敦賀短大での介護福祉士など、長期的な人材育成と確保を看護師と同様、考えることも大事ではないか。
【2009/11/20】 | ページトップ↑
職業の社会化
Date:2009-11-19(Thr)

女房の親類一同、わずか時間だが、葬儀で昔話やらで四国で時間を過ごしている。悲しいが故人が引き合わせてくれた時間でもある。

話題をこの種の話で恐縮だが、感じたままに書く。介護や保育などが社会化されるなか、人の死を扱う仕事も、ここまで進み、ますます一般化していると感じたことだ。映画「おくりびと」も大きな役割を果たしたことは確かだ。恥ずかしながら、「納棺師」という職業は昔からあったものと勘違いし、映画をみて、その職業に感心していた。ところがよく聞くと。四国にも、全国的にもその風習はなかった。

「納棺師」という職業、実はごく最近できた職業であり、それもビジネス化しているのである。一説によると、1954年青函連絡船の洞爺丸沈没事故をきっかけにできたとも。映画の背景となった日本海など、伝統的なものという感覚は映画で植えつけられたともいえる。あまりにも鮮烈すぎた。

主演の本木さんの動きもそうだが、茶道、武道などを連想させるような所作はいかにも日本的な文化の力を感じさせられた。故人を悼む気持ちはあるが、できれば触りたくないというのが一般的な感情だろう。お坊さんと同様、「納棺師」という言葉もいかにも伝統的だ。

ただ、全国的のもセレモニーホールの流れの中で、もう一般的になっているとか。専門職でもあるが、それほどのことでもないとか。映画による影響で、納棺師に対する世間の目、職業観が逆転したことは確かだと。

納棺までの作業に一つの型を持たせ所作を様式化する。それによって格式が生まれ遺族の気持ちが救われる。家族と故人への感謝など人間的な瞬間でもある。

湯灌(ゆかん)(故人をお風呂に入れて差し上げること)などもメニューも多様化しているとか。介護保険導入以後、介護はもう社会化は、相当に進み、保育まで社会化が進みつつある。冷やかなみかたかもしれないが、人の死を扱う仕事も、斎場も含めシステム化が進んでいる。書きながら、これでいいのかと、時間の流れを感じている・・・。
【2009/11/19】 | ページトップ↑
赤字だからと・・・・・。
Date:2009-11-18(Wed)

敦賀港線の存続を口にする方は多いが、誰も本気で取り組む気配がない。私もそうだが、将来に責任の持てないことは事実だろう。モーダルシフト化といっても金がかかる。地球環境問題に貢献するといっても、小浜線のような生活路線ではない。港線そのものは、廃線ではないと言われるが、休止といっても線路は正直だ。赤錆が浮かんで数カ月・・・。

鉄道が背景にある映画、いま、平和堂6階のシネマで上映している松本清張原作の「ゼロの焦点」。必ず観ようと思っている。年の瀬近い北陸が舞台だ。主人公の新妻が、金沢を中心に鉄道に乗って、失跡した夫の謎を追う。舞台は半世紀前の昭和33年ごろ。それもおやじの故郷・金沢と重ねているのかもしれない。小さい頃、法事がなぜか、冬だった。日本海のうねりは瀬戸内海にはない。

清張の鉄道の代表作「点と線」は、最初の登竜門。最後の推理は納得だ。東京駅のホームのすれ違いを見るたびに思い出す。地方鉄道は大半が赤字路線だ。それも夜行列車は数えられるほどになった。上野駅から金沢駅へは確か、今は急行「能登」が残るのみか、「能登」が福井発の頃、雰囲気が好きでよく利用した。「ゼロの焦点」の急行「北陸」や「白山」は、写真で見るのみだ。赤字だからと片付けるにはおしい存在だが、それでも・・・・。

前置きが長くなった。これも前置きだが、13日の事業仕分け作業、読売新聞を読みながら、「高校、大学の経営で赤字と言いますか? この認識自体が官僚的発想だ」と逆襲した方は、宇宙飛行士の毛利衛さんのことだ。日本科学未来館の館長でもある。仕分け人は未来館の赤字を理由に攻め立てた。館長は、開館した年の入館者約40万人が現在は約90万人に増え、「ちゃんと見てください」と、文部科学省側も必死だ。

読売新聞は『文部科学省は、次世代スーパーコンピューター開発費についても、ノーベル賞を受賞した理化学研究所の野依良治理事長の出席を検討した。都合で実現せず、こちらは「限りなく予算計上見送りに近い削減」と判断され、応援団の有無が明暗を分けた』と結んでいる。

毛利館長の未来館はコスト削減を迫られる程度で済んだ。が、科学技術予算には概して厳しい。科学技術予算は目先の損得勘定になじまない。研究自体が無駄と言ってしまえば、「技術立国」という日本の存在はない。もんじゅ予算がそれ自体、無駄とするならば、資源のない国の国力の将来はないに等しい。なんとか、現状維持は、敦賀市民とては安堵したところだ。

仕分け作業でも、短期に成果があがらない事業は冷遇されている。特に文科省は長期的視野に立った事業が多く、予算全体の約7割が仕分け対象とか。その大半が削減だ。国の予算がない中での、研究費削減、その中の高速炉もんじゅの研究費の位置づけは理解はするが、仕分け人の議論を聞く限り、もんじゅ再開への正念場といえる年であることは確かだ。
【2009/11/18】 | ページトップ↑
柵(しがらみ)からの脱却というが・・・。
Date:2009-11-17(Tue)

身内に不幸があり、夜、四国の高松に車を走らせている。宇高連絡船で蛍の光の伴奏でテープを握りしめ高松港を18歳の頃を思い出していた。もうそんな光景はない。四国を離れて40年近く、道路整備は進み、瀬戸大橋も3本かかった。はじめは一本のはずだったが、密室で調整がつかず、一本一兆円で合計三兆円の建設が決まった。現在、3本ともすべて赤字経営状態がつづいている。ある調査期間は、四国の交通事情からは3本は多すぎたと、これこそ「後の祭り」だ。

鳩山政権が誕生して昨日で2カ月。国政の変革への取り組みを「無血の平成維新」と位置付け、首相がいうところの「戦後行政の大掃除」が鳴り物入りで進む。さきごろ、自民党の谷垣総裁のコメントに「しがらみを切りたいと思ってもなかなか切れなかった」。このコメントは確かに現実だろう。政権交代がなぜ必要なのかを、非常に分かりやすく表現した言葉だろう。あるコラムにしがらみを漢字で書くと「柵」。水流をせき止めるために、くいを打ち並べて、木や竹をからみつけたものだ。物理的なことだけなればいいが、精神的なしがらみまでまとわりつく。心理面の方がより難題になるかもしれない。

その一つが税金の無駄遣いを洗い出す「事業仕分け」作業。1件約1時間の一本勝負。ネットで仕分けに人の鮮烈な言葉が聞こえる。「廃止」、「見送り」や「削減」が相次ぐ。元ネタは財務省というからまさに劇場型のステージだ。それも体育館。小気味いい仕分け人の言葉が昨日も体育館に響いていた。

一方で、野に下った自民党から「乱暴だ」などと批判が出るだけでなく、民主党の閣僚の間にも不満が広がっているようだ。改革とはそんなものかもしれないが、大事なこともある。

地方も戸惑いが隠せない。今日か、もんじゅの予算も仕分け対象になる。ほぼ大丈夫とは思うが、もし廃止でもなれば、国家的な影響も大きい。敦賀のまちづくりそのものにも影響する。来週には電源地域立地交付金も仕分けの対象となる。立地地域が選択し、その恩恵はハコモノ行政といわれるが、それだけではない。敦賀でいえば、有効求人倍率1.0を超え、安定的な雇用を保っている。

自民党政権に慣れてしまった頭の中を、鳩山政権がどこまで大掃除できるか。国民の側も頭の切り替えが必要だが、地方が選んだ政策をすべて否定し、それも国家にとって大事な資源確保など長年、培ったものを一時間一本勝負で失うようではこれも問題だ。この国は、今、大きな転換期だ。原子力発電立地地域にも、大きな転換期でもあるが、エネルギー確保は、物理的にも心理的にも、柵(しがらみ)の中で、形成され、確保されてきた。それほど難しい課題だけに、現場を忘れるととんでもないことになる。
【2009/11/17】 | ページトップ↑
地方主権というが・・・・。
Date:2009-11-16(Mon)

新政権を担う民主党は、陳情型政治を県連から幹事長室へ一本化を図ること決め、各県連にトップダウンに伝えた。福井県連もこれを受け、県連内部に設置した地域戦略的に一本化してシステム化を、土曜日の常任幹事会で決めた。

これまでも、前政権が進めた事業を矢継ぎ早に見直している。八ツ場ダムの中止方針など、「コンクリートから人へ」といった政策転換の理念は分かるが、地方を納得させる手順や説明が不十分ではないか。政治主導への転換で、各省庁から地方自治体への情報が途絶え、情報不足が不安を増幅している面もある。予算編成過程の事業仕分けもどちらかというと財務省のシナリオに沿って、現場の声が無視されたような仕分け人も見受けられる。

協議の中で、国と地方の新たなルールが出されているが、私にはまだ十分な理解ができていない。
これまでも、09年度補正予算の見直しでは、市町村が支給準備を進めていた子育て応援特別手当なども執行停止となった。各大臣が必要性、緊急性の観点から優先順位を見直した。これは政権交代と理解できるが、自治体は翻弄されている。国土交通省のまちづくり交付金も各自治体で計画が積み上げられている。敦賀市も20年度から25年度まで、ほぼ計画だある。仕分け人の査定では、地方移譲はわからないでもないが、ならば、どう移譲するのか、定かではない。これでは地方は予算の立てようがない。

各自治体には、まったくと言っていいほど、今後の措置など情報は入ってこないのが実情だ。今後、敦賀市の最大の関心事は電源地域立地交だ。約30億円がどうなるのか、一般会計予算の歳入1割以上をしめるだけに気が気ではない。事業仕分けに関しては、民主党本部からも地方への意見徴集などほとんどないとのこと。「まだ予算編成過程だから・・・」と冷たいものだ。

そもそも民主党は「地域主権」を掲げ、地方重視を打ち出していたはずだ。しかし、政治主導のトップダウン方式には、地方から「地域主権に反する」との声も聞こえてくる。「マニフェストに書いてあるから」と地方の意見を封じ込めれば、地方軽視と受け取られるだろう。

地方の声を聴く仕組みづくりは整いつつあるが、民主党はマニフェストで国と地方の協議機関の法制化を打ち出している。設置に向けたスケジュールを早急に示すことが求められる。10年度予算編成もも山場を迎え、今後、同運用するのか、正念場でもある。今週からも地域戦略局は忙しくなるが、まだ始まったばかりで、どうなるのか、まだまだ不透明な組織だ。

地方主権への道筋と陳情型政治への廃止は、同時並行的に、行うべきだが、まずは、陳情型政治を廃止では地方の声は十分は届けられないのではないか。理由は簡単だ。この国は、まだ限りなく中央集権の国だからだ。4年間の仕事を数カ月で行おうとしているようで無理が抜け道となりかねない・・・・。危うさを感じている・・・。
【2009/11/16】 | ページトップ↑
陳情型政治とはおさらば??・・・国際フェリーの夢・・・・。
Date:2009-11-15(Sun)

昨日は朝、民主党の常任幹事会、幹事会、昼、遅れて敦賀港110周年の記念講演、シンポに参加。
それぞれを素材にしながら二つの違ったテーマで書いてみた。


陳情型政治をなくそうとの試み・・・・

昨日、民主党福井県連の常任幹事会と幹事会が開かされた。内容は、従来あった省庁への陳情型政治をなくそうというもの。民主党福井県連で設置した「地域戦略局」で、国会議員や県会議員が同席して要請や陳情を受け付けるというもの。

民主党本部では自治体や業界団体などからの要望や予算についての陳情を党の県連を通じて幹事長室で集約し、政府側に伝えるという方針を打ち出している。これを受けての措置。具体的には、党所属の地方議員が仲介して定められた書式の要請書を受け付けるとともに、県出身の民主党の国会議員、県会議員が同席して要請や陳情を聞くということ。

県連―本部幹事長室というラインのみで、大臣、副大臣、政務官の三役への陳情をなくすというもの。陳情型政治をやめようとする画期的な手法だが、これまで数多くの陳情がなくなるか、私は疑問に思っている。まだこの国は中央集権であり、大半の予算が国会や省庁で決まる現状からは、現場の声を直接、届ける手段が陳情であり、陳情権は国民に認められた権利でもある。地方自治法99条にも意見書が議会から大臣宛てに直接、届けることができる。

中央集権国家だけにこのシステムは重要であり、機能してきた。ところが、これが密室的になり、予算編成過程が不透明で、有力な族議員の生み出す温床でもあった。革命ともいえる今回の方針だが、中央集権であるシステムを地方主権に切り替えることと同時、並行的に行うべきではないかとも考えている。


観光予算4倍増だが・・・・・

陳情型政治の花形はなによりも道路だが、その公共工事抑制が目立つ国土交通省の10年度予算概算要求だが、国交省内に08年度設置された観光庁予算だけは09年度当初比4倍超という突出ぶりだった。訪日外国人旅行客を10年後までに3倍増を達成するための増額要求だ。ところが、08年度に日本を訪れた外国人旅行客は835万人。09年は世界同時不況や新型インフルエンザの影響で700万人を割り込む見通しだ。

増額要求の先頭に立つのは前原国交相で、人口減少時代に入った日本の成長戦略は観光立国だと強調する。考え方として「コンクリートから人へ」の民主党マニフェストそのものだ。ターゲットは経済成長著しい中国である。中国人の富裕層には東京や大阪でのショッピングと北海道観光が特に人気が高いという。北海道の魅力は雪と温泉に代表される。

つい最近まで距離的に近い九州や関西が人気だったが、真っ白な雪の感触がたまらないと北海道が急上昇している。聞くとその一部が東北へ、さらに富山、石川へと流れているとも。ここまで書いたのも空港を持つ県は、その恩恵を直接、受けている。当然、福井県は二の次、三の次となる。

ところが、福井県は空港を持たず、新幹線とも縁が薄いとなれば、外国人観光とは縁が薄い。ならば、敦賀港の鞠山の国際ターミナルが供用開始となると、川崎岸壁がその役目を終え、次の計画として国際フェリーターミナルとも計画されている。

古く、明治32年外国貿易港として指定を受けたものの、指定は受けたものの北陸線の延伸により今まで海上輸送に頼っていたものが、鉄道に移ったために当時の敦賀港での輸送も停滞し、このままでは外国貿易港の指定維持も危ぶまれるほどの状態でした。

そこで、大和田翁は朝鮮牛の輸入や「敦賀外国貿易汽船会社」を設立し、自らが社長となって大豆等の輸入を行うなど、精力的に行動を起こし、明治35年、敦賀-ウラジオ間を結ぶ欧亜定期航路が開設され、一気に敦賀港は欧亜を結ぶ窓口として重要な位置を占めることになった。その動きは大和田さんならでは動きだったとか。コンテナ貨物船は競争状態が激しく、敦賀港の取扱量も毎年、低下している。

復活には中国定期航路は欠かせないが、ないよりも特色をもった航路が必要ではないか。かつて韓国東海市とのフェリーが企画されたが夢と消えた。

空港を持たない福井県は、外国人観光面でも落ち込む。その意味での国際フェリーとも思うのだが、これも夢か・・・。
【2009/11/15】 | ページトップ↑
事業仕分け作業は画期的だが、課題も多いが・・・。
Date:2009-11-14(Sat)

これも政権交代の姿かと思う光景が続いている。行政刷新会議の来年度予算の圧縮を目指した「事業仕分け」をインターネットで聞いた。次から次へと「廃止」「見直し」が決定され、担当者らの顔色を失う場面が続出した。攻める側は強い。官僚の守りは弱い。小気味いいと思う半面、わずかな時間で、スパッと判定する。予算圧縮作業とはこんなものかと疑う。

民主党マニフェストの実行という意味で、進められているが、あやうさも感じる。そして地方が積み上げた施策をわずか数十分でバッサリ切り捨てていく。長年にわたって硬直化した予算配分に、メリハリをつけようとする意図は画期的だ。 農林水産省の農道整備事業は確かに疑問に感じていた。国土交通省のまちづくり交付金、下水道事業は地方移譲が決まった。ただ、どうのように移譲するのか、はたまた棚上げになるのか、不明だ。

敦賀市も国土交通省と何度も打ち合わせて積み上げてきたものもある。電源立地地域交付金は敦賀市では、一般財源の1割超える約三十億円、そのうち約7億円が保育園や病院などの人件費にあてられている。原子力と共存する敦賀市にとってなくてならない財源だ。

さらにまちづくり交付金は中心市街地活性化基本計画と密接に関係する。25年までに50億円を超える予算額にうち、4割程度の交付金が見込まれていた。駅舎改築にもあてる計画もあった。今後、どうなるのか、関係者の不安は大きい。

また、放課後の小学校4年生以降の子どもプランも、各自治体に任せるのはいいが、学校が主体になり先生がその責任と仕事を請け負うことになる、最近の先生の忙しさを考えると、私には無責任な議論展開に疑問がつきまとう。

さらに、大きな課題としては、義務教育費の国庫負担や、地方交付税など、国の在り方にかかわる項目もあり、不思議でならない。むしろ、子ども手当、高速道路の原則無料化、農業の所得保障など、巨額な費用がかかるのに政策効果が不透明な案件こそ、時間をかけて、対象として取りあげるべきとの見解が妥当だ。

公開された事業仕分けは、画期的だが、仕分け人たちが、省庁の官僚を一方的にやりこめるような場面が相次いでいる。聞いていて、耳を疑うような、官僚いじめとさせ思える質問もある。改革とはこういうものか、と理解はできるものもあるは、度を越している場面が多い。

結論もネットに公表され、納得できる項目も多いが、1案件当たりの割り当てもわずか1時間で、結論が決まっていく。それも評価が表面的で深層を理解しての結論とも思えない事項もある。

スタートしたばかりの事業仕分けだが、来週以降、敦賀市にとって、重要な施策、もんじゅの再開など、関連予算もある。連携大学は直接的にはないにしても、原子力開発研究機構の予算は、密接に市政に影響するだけに議論が気になるところだ。最大の関心事は、電源地域交付金だ。25日頃と予定されている。中心市街地の認定以後、要となる敦賀酒造の再生事業にも関係する戦略交付金も議論される。

課題が浮かびあがっている現在、手法と効果を検証しながら、あと6日間の日程を慎重に進める必要がある。
【2009/11/14】 | ページトップ↑
「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズはいいが・・・・。
Date:2009-11-13(Fri)

昨日は、敦賀市との友好都市である岐阜県各務原市(カガミガハラシ)との議会交流。2年に一度、研修、意見交換と親睦を深めている。人道の港・ムゼウムの館長である古江さんの講演から始まった。ポーランド孤児、杉原千畝氏の話と敦賀との結びつきは意外にもご存じなかった議員もいたようだ。ハード面ばかりの敦賀をみてきた議員にとってソフト面の敦賀の取り組みに感動を覚えたようだ。古江さんら関係者が長年かけて資料を集めての成果が、現在のムゼウム存在だ。古江さんの坦々とわかりやすくしゃべる中に、長年の作業の奥深さを感じることができる。

杉原千畝氏の生き方そのものにも私はユダヤ人の境遇とも重ねていた。帝国劇場の定番、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の森繁久弥さんとも重なる。帝政ロシアに追われる主人公のユダヤ人テビエ、悲哀あふれる森繁さんのテビエにもそう背景があって円熟の演技だ。森繁さん自身、NHKアナウンサーとして渡った旧満州で敗戦。シベリア抑留は間一髪のがれたが、引き揚げまで地獄を味わう。そこで人間の醜さやもの悲しさとともに、極限でも失わぬ誇り、優しさを知ったとか。杉原さんの戦後の境遇もユダヤ人である主人公テビエとも重なる、杉原さんの外務省をやめての悲哀は意外に知られていない。

話をがらりと変えるが、鳴り物入りで始まった各事業1時間一本勝負。官僚と必殺仕分け人が丁々発止と渡り合う白熱バトル。体育館に口の字形に机を並べた国の「事業仕分け」は見逃せない。会場は、ボクシングかレスリングの四角いリングに見えた。国主導による事業推進を訴える官僚に、仕分け人が突っ込む。

「それは自治体に能力がないということですか」と普通では言えない言葉が飛び交う。予算査定の透明化をうたい、シナリオありきの旧来手法をやめようとする意欲は伝わってくる。これまで若狭の梅街道などに建設された農道建設補助事業も「一般道と変わらないような立派な農道を造る必要があるのか」「地元の要請、農家の申請によります」「だったら自治体が優先順位を付けて取り組めばよい」と、ばっさり。国と地方のかかわりを考えさせるやりとりがあった。

その流れで、昨日も気になっていた交付金のひとつに、市町村の創意工夫による市街地活性化を支援する国土交通省の「まちづくり交付金」(要求額1300億円)があった。敦賀市の中心市街地活性化と密接に関係しているからだ。結論は「地方に移管すべきだ」というもの。

まちづくり交付金は、地方都市の市街地再開発や商店街の空き店舗対策などに国が補助する仕組み。仕分け人は、「地方のまちづくりに国が関与する必要はない。自治体にとっては大きなお世話ではないか」「ハコモノ(建物)が増えるばかりだ」などと指摘はごもっともだが、議論を積み重ねて、現在、国交省に中心市街地活性化基本計画で認可を申請している敦賀市に大きく影響する。

国としても都市政策の方向性や構想を進めての結果だけに、今となっての仕分け人が採決、「地方自治体の判断に委ねるべきだ」の結論は、いまさら、それはないだろうとなる。まちづくり交付金は04年度に創設。従来の補助金とは異なり国の事前審査を廃止して地方の自由度を大幅に拡充したのが特徴だった。それも否定しての地方移譲だ。わかりやすいが計画が進んだ結果を待つだけの自治体はどうなるのか。

仕分け作業前は、「しょせん政治ショーだ」と冷ややかに見ていた各省庁や自治体も、実際に切られてしまうと、ことの重大さに気がつく。八百長なしの言論戦、勝ち抜くには相当な力が要る。分析力、洞察力、説得力を駆使するこれは総合格闘技と言える。古参議員お得意の寝技はもう通じない。マスコミも官僚を悪人として報道している場面が多い。

敦賀市と深く関係する電源立地地域対策交付金も対象事業だけに、これも気になる。是非を判断するのは、東京の仕分け人、これまでの国と地方の長年、積み重ねた議論が一時間一本勝負で是非が判断される。逆に不思議な光景でもある。

「地方自治体の判断に委ねるべきだ」の結論は、あてにしていた国からの交付金がこないということに等しいのか、事業仕分けの議論や結果を見守るしかない。電源地域対策交付金でも、市民温泉リラ・ポートなどの建物から市立看護学校や保育園の人件費まで使われきた敦賀市にとって、経済産業省や文部科学省との原子力発電所を通しての長年の駆け引きの結果であった。根本的な原子力発電所立地の今後のあり方とも関係する。

民主党の「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズは、わかりやすいが、一方で、長年、積み上げられた議論と、電源立地地域と消費地との関係、都会の地方との関係など、根本的な議論にもつながる。仕分け作業は、国民受けしているだけに、電源立地で苦労してきた地域とそのあり方は、長年、不十分なままと感じてきた。情報公開の中で議論すべき時期にきているのではないか。

【2009/11/13】 | ページトップ↑
気になる仕分け作業・・・・。
Date:2009-11-12(Thr)

昨日、敦賀市縄間と美浜町竹波をつなぐ馬背峠(まじょうとうげ)トンネルが開通。峠道の総延長が1.3キロ、約3分短縮。夏の渋滞、冬の凍結などの解消にも役立つ。がなんといっても、美浜事故のけたたましい救急車のサイレンの響きは忘れられない。生活道路だけでなく、避難道路として、事業費27億円は、経済産業省原子力安全・保安院からの「原子力発電施設等緊急時安全対策交付金」を全国で初めて活用した。

ところで、政府の行政刷新会議は昨日から、2010年度予算概算要求の事業仕分け作業。馬背峠トンネルも仕分け作業にあたっていれば、どうなっていたかわからない。もんじゅの予算や電源立地地域対策交付金、中心市街地のまちづくり交付金も、事業仕分けのなかに入っている。敦賀市としても駅周辺整備とも密接に関係するだけに動向が気になるところだ。

昨日段階で、農林水産省の農道整備事業(概算要求額168億円)などを廃止すべきだと判定した。初日に取り上げた23項目50事業のうち、「廃止」は8項目11事業、504億円分に上った。廃止と見送りによる削減額は700億円を超える。農道整備事業の168億円は「農道だけ分けて国が補助する根拠が不明」と指摘。納得だが、これがあったがために梅街道や、夢街道が存在する。複雑な感覚だがこれも政権が変わった光景だろう。

会場は東京の体育館。テーブルを囲んで、政治家と民間人からなる仕分け人チームと各省庁の政務官や官僚、そして財務省の主計官が向き合う。予算の事業をめぐって、9日間の折衝の開始だ。見学は自由、インターネットの中継もある。敦賀市関係の交付金の廃止、削減も気になるが、まずは丁々発止のやりとりを見る限り、説得力のある言葉の応酬もあり、狡猾な駆け引きも迫力がある。鳩山首相が語る真剣勝負だ。

今朝のニュースで取り上げられた里山エリア再生交付金(84億円)や田園整備事業(6億円)もほかの事業と重複するなどとして「廃止」とした。仕分け人と官僚のやり取りも興味を引いた。一つひとつ、多数決で決まっていく。

話は変わるがベルリンの壁崩壊から20年。あのころ、世界を席巻したロシア語に「ペレストロイカ」がある。改革を意味し、ゴルバチョフ氏が唱えた。舌をかみそうな言葉だが、何度も聞くうちに耳になじんだのを思い出す。東西冷戦の終わりを象徴する言葉である。「改革」を突き詰めると、もう一つのロシア語に行き当たる。「グラスノスチ」こと情報公開。改革で大事なことは、それを支持されるか、されないかは、国民こと市民の支援を得られるかだと思う。その基本が情報公開だった。

長い間、密室の中で決められていたことが、公の場に引っ張り出される。その意味で、昨日から始まった鳩山政権の事業仕分け作業では、日本版グラスノスチこと情報公開を徹底している。それだけに敦賀市関連の予算は、どう仕分けられるか、敦賀市民にとっては必要でも国民にとってという感覚が違う。

無駄排除の切り札として採用したのが、事業仕分け、政策シンクタンク「構想日本」の加藤代表を行政刷新会議事務局長に任命したのも、加藤氏らが地方自治体でこの手法を用いて予算を大幅にカットできた実績を買ってのことだ。私は、この仕分け作業、時間的制約もあろうが、二つの点で難点があると思っている。第1は、削減対象事業の選定を財務省に対するヒアリングから始めたように、情報収集の段階から財務省依存となっていることだ。情報集も時間不足で偏った、薄い固定観念での削減が気になる。きめ細かく、民主党の地方議員から情報を聞くこともなく、現場に問い合わせることない。

第2は、「事業仕分け」という手法の妥当性だ。「行政の無駄を排除する」と声高に叫んできたが、加藤氏も「百人のうち百人がいらないと言う事業はない」と指摘するように、行政の「無駄」の妥当性だ。必要がなければ、予算計上は本来、行わない。「無駄」削除も大事だが、事業の優先度が高いかどうかの視点など多面的な評価ができてないのではないか。無駄ではないが、優先度は低いとの判断もあっていいはずだ。

電源立地地域対策交付金なども、これまでの地元との議論の積み重ねで計上されたもので、東京の仕分け人で決まる仕分け作業、今後の推移を見守りたい。改革には情報公開は大事だが、トップダウン的、一方的な判断で決まることだけは避けるべきだ。
【2009/11/12】 | ページトップ↑
中山間地の維持には・・・・。
Date:2009-11-11(Wed)

敦賀市では、中心市街地活性化基本計画や駅舎改築が市政でも話題の中心だが、中山間地と呼ばれる地域を忘れてはいけない。

もともと豊かな歴史や文化を育てた、「ふるさと」的な存在だ。恐縮だが、池河内など分校の廃校、高齢化から超高齢化と過疎化が進み、空き家もみられる。池河内だけ問題ではない。東浦、西浦、愛発、中郷、東郷、山地域など山間部が8割を超す敦賀市にとって、深刻な人口減と高齢化の波が押し寄せている。過疎対策はこれまで間断なく続いてきた。過疎地域は、人口1割足らずの人口で、敦賀市全域の過半を支える。

池河内から流れを始めた笙の川だけみても、水を供給し、山間部は、自然環境や景観を保全、土砂災害を防いだり、水源涵養など多面的機能を果たしている。過疎地だけの問題であるはずがない。下流部の都市部とも密接に関係している。

敦賀市も道路整備はほぼ終わり、全域でアスファルト化が進んだ。ただ、道路整備が進むに従って、劣化が始まる。ひび割れ、くぼみ、側溝など、道路メンテナンスが必要だ。少しつづとはいえ、行っているとはいえ、その劣化が目立ち始めている。

調べると、全国大で、過疎地域に「命綱」といわれてきたのが過疎法(過疎地域自立促進特別措置法)というのがある。これまで過疎法で投じた国費は約80兆円といわれるが、過疎は止まっていない。止まるどころか、拍車をかけている。

農山村の「2010年問題」といわれ、来年3月の期限切れで注目されていた現行過疎法が、約3年間延長される方針が決まった。借金で道路や下水道などを造れば、その7割を国が返済する制度。死活問題として延長を求めていた地方は胸をなで下ろしているが、敦賀市には該当するものではない。

いずれにしても、敦賀市の中山間地対策事業の大半は、ハード事業を中心に、農林業維持にわずかながらの所得保障の制度もあるが、人口減少、高齢化は拍車がかかっている。原子力発電の関係で、港湾整備で億という金額が投入されて、何とか維持している実態もある。逆に地域間での格差も生じている。

幸いにして、中郷、東郷のバス路線維持や集落内への配車、通学バスなど工夫が続いている。また、西浦、東浦のバス路線は一律200円料金が12月から実施され、白木もパスが配布され、同様な取り扱いとなる。そうはいっても、中山間地が果たしている役割を、敦賀市でも過疎地域をどう維持するか、道路や集落排水などハードだけの問題ではない。政策をどう位置づけるか、私も妙案がない。今日は、西浦半島をわたる馬背峠のトンネルの開通式が雨の中である。
【2009/11/11】 | ページトップ↑
冬ボーナス減額、F1撤退、漬物は・・・。
Date:2009-11-10(Tue)

昨日は、午前、予算決算常任委員会、午後、敦賀駅周辺整備調査特別委員会。常任委員会では、20年度決算を審査。市役所では22年度予算編成に向けて作業がすでに始まっている。敦賀はバブル以降も、幾分か右肩あがりが続いたが、ここ数年というより、今後、税収の落ち込みが続く。発電所の固定資産税、市民税の落ち込みと、予想できるだけに、増え続けている社会保障費との兼ね合いがポイントとなる。

11月30日から12月議会がはじまる。30日、冒頭、議員の冬ボーナスの減額を提案する。もちろん、可決の予定だ。当たり前といえば、当たり前だが、世の動きがあまりにも縮小傾向が気になる。

全国で、今年冬に民間企業が支給するボーナス(賞与)に関する民間調査機関5社で、業績悪化で1人当たりの平均支給額は36万6千円(前年同期比13.8%減)~39万2923円(7.4%減)と、どのケースでも比較可能な1991年以降で冬賞与としては最大の減少率とか。敦賀市内では、ボーナスの出ない企業もある。それほど世間は厳しい。当然、個人消費の低迷に拍車をかける。

個人消費で、家に続いて、高い買い物が、自動車。当然、消費は落ち込む。その影響か、トヨタが自動車レースの最高峰F1からの撤退を表明した。予想されたとはいえ、夢がまた一つ消えた。会見で豊田章男社長にとって苦渋の選択だっただろう。53歳の社長自身もレーサーだ。それだけにホンダやブリジストンに続いて、日本メーカー最後の砦が崩れることになる。

今後は「環境」と「わくわく」の両立を目指したいと将来の車づくりを表現した。私にはどうもしっくりこない。スピード最優先のF1カーなどには、わくわく感が凝縮している。空気抵抗を抑えた車体やエンジン音、油の臭いにまでファンは酔う。これを鈴鹿でみるとたまらない。私もまだバブル志向か、切り替えができていない。老成したような不況社会だ。とにもかくにも天下のトヨタが「環境」というテーマに大きくハンドルを切った。

もうひとつ、古い話で恐縮だが、昔、わが家の台所の床下に、専用の漬物の樽を置く場所があった。子ども心には、床下というより、部屋があったという感覚だ。母は、毎年同じ漬物を作るから、手慣れたものだった。だが、家を建て直しても漬物にこだわり、床下に漬物専用部屋をつくった。ところが、環境が変わったせいか、温度や湿度の違いか、味が変わる。「なじむまで数年かかった」という何度もこぼしながらも続けた。しかし、父が亡くなり私と社宅住まいになり、漬物つくりをやめた。そのころからか、認知症が出始めた。

今考えると、世の中の変化とまるで合したかのような変化だ。核家族化、大家族の家庭は減った。敦賀はことのほか共働きの世帯も多い。家の構造も変化して、かつてのように何種類もの漬物を保存食として大量に、手間をかけて作る家庭はほとんどない。漬物もスーパーが定番だ。なかなか重宝する。「おふくろの味」ならぬ「お袋の味」となっている。

洒落をいってる場合ではないほど、変化が速い。市役所も人口減少、税収減少、社会保障費増大、少子高齢化と、峠を越え、坂道に入ったら転がるのは速い。トヨタの社長は、「環境」と「わくわく」という変化に対応して経営方針を明確にしている。市政運営も、どう転換するか、変化に対応したスピードが必要な時代でもある。しかし、スピードだけでは母のように認知症になるかもしれない。難しい時代だ。そういう私は、まだまだバブル志向が続いている・・・・。
【2009/11/10】 | ページトップ↑
拉致被害者帰国から7年・・・。
Date:2009-11-09(Mon)

一昨日、昨日と秋晴れの穏やかな時間が流れた。土曜日、西浦の沓、常宮、縄間の住民や特定失踪者の山下貢さんのお母さんと、市の職員、河端議員と約三十数名でバスにゆられて、鯖江市文化センターにむかった。

北朝鮮に拉致された被害者の救出や家族ら支援を訴え、国民大集会(政府拉致問題対策本部、福井県など主催、敦賀市協賛)と名付けて、鯖江市で開催された。これも鯖江市長が小浜市の副市長をしていたご縁だ。全国で確か7か所目か。

小泉訪朝から7年が経ち、拉致問題の風化を最近、肌で感じるようになった。それでも集会や署名運動を繰り返すしかないもどかしさがある。小泉訪朝で金正日が拉致を認め、ひと月後に返してきた5人の中に政府の認定していない拉致被害者、曽我ひとみさんがいたことから未認定の拉致被害者への関心が高まり、翌年1月に特定失踪者問題調査会が発足し、私も役員になった。この間当事者の一人としては短かったように思うが、気づいたら7年、その後誰一人として帰ってきていない。

鯖江市の集会で冒頭、挨拶をされた中井浩大臣は、鳩山政権では国家公安委員長に就任し、拉致問題の担当を兼務している。権限、権力といえ拉致問題を扱う上で、申し分ない地位だ。これまで民主党の拉致問題対策本部の本部長、拉致議連の会長代行を務めていた。

個人的に言えば中井大臣は私と同じ元民社党の人間であり、前日の民社党結党50周年パーティーでもお会いしたばかりだ。中山恭子議員を担当大臣にしたとき、ほとんど実質的な権限を付与しなかったのに比べれば、国家公安委員長が担当大臣を兼務するというのはそれなりの意味があるものと思います。

この政権交代を機に拉致や特定失踪者の様々な問題について、今まで隠されていたものも含めて国民の目に見えるようにしてもらいたい。この集会で、6年ぶりに大きな集会に顔を見せた小浜市の拉致被害者地村保志さん、富貴恵さん夫妻に久しぶりで楽屋裏でお会いした。

会場では、帰国後の思いを、一語一語をかみしめるように語る姿は、7年間で、もっと何か真相が明らかにできなかったか、なぜとの思いがつのるが、時間を奪われたと拉致という問題に比べれば小さなことかもしれない。保志さんは、小浜市職員として働き、「私たちが帰れたのは不幸中の幸いとしか言いようがない」と語った。「帰国が実現しない家族もいるなど、もっと不幸な思いをしている人がいるから」と複雑な心境で帰国後の7年間を過ごしたことも明かした。

福井県に関係する特定失踪者は、名前を明らかにしていない方を含めれば、10名近くなる。敦賀市縄間の山下貢さん、当時39歳も今年で60歳を迎える。その時、生まれた息子さんも成人を迎えている。お母さんのきよ子さんも85歳を超えた。拉致問題の時間の長さと何ともしがたいもどかしさ、最近では風化を肌に感じるだけに、繰り返し繰り返し、集会や署名を行うしかないと思っている。

帰りの高速の東浦からの夕日も美しかった。この鯖江の集会に協力してくれた西浦の方々、ゆうあい倶楽部、さらに準備から協力してくれた敦賀市職員の方々にもお礼を申し上げたい。
【2009/11/09】 | ページトップ↑
公民館の役割強化・・・・・。
Date:2009-11-08(Sun)

公民館は冬の時代といわれる。ただ、敦賀市では、粟野、東郷、東浦と公民館建て替えが進み、今、中郷が建設中だ。松原も予定地がうわさされ始めた。

そうはいっても、今後も、税収減で、公民館運営で「コストダウン」の流れは強くなるだろう。しかしやりようによっては、それを逆手に取ることもできるのではないか。地元の自主運営を進めるやり方だ。ただ、時間と議論が必要だ。焦ることではない。

平成16年か、議会で私は、民間館長の登用を提案した。市長は「検討する」との答弁だったが、その後、各公民館で民間館長が誕生した。地域の住民が自分たちの手で主体的に公民館活動に参画するシステムづくりというのは非常に大事だと思っている。17年度から見識のある、豊富な経験を持っておられる地元地域の有能な人材の登用を順次、進んだ。20年度にはすべての公民館が地区の推薦による館長さんになった。

ただ、順風満帆とはいかない。行政事務を学びながら館長さんとしての仕事もあり、難しい面も多い。役所と関係もいまひとつしっくりとこない。それを統括する生涯学習センターとの関係の難しさがある。敦賀市の公民館は、旧敦賀町の三つと各村単位で、「地域づくりの拠点」として活動を長い年月の積み重ねで展開してきた。

民間館長設置は、直接的な経費節減になったことは事実だ。それだけでは、私の提案の意味することではなかった。住民活動の呼び水にすることである。極端かもしれないが、これまで公民館は「学習どまりで地域づくりに踏み込めない制約がある」と誤解され、使いやすい施設とみられていなかったからだ。

とはいっても、敦賀市では、地区社会福祉協議会の拠点であったり、地域の市民活動の拠点でもある。災害時の地域防災など、公民館からさまざまな講座に集まっていた人たちの情報がもとになっている。出会い、学び、親密な人間関係をつくる場というだけでなく、地域の課題を掘り起こし、解決の道筋を住民で考え、みんなに呼び掛けていく場にもなる。

それが、これからの公民館に期待される役割といえよう。実はそんな取り組みこそ、戦後の出発点で公民館に期待されていた。「民主主義の訓練場」であり「村おこしのてこ」だと当時言われている。看板を替えてもそれは十分に可能だろう。

ただ地域の一体感が薄くなったいる現状で、すぐに公民館の求心力が高まるとは限らない。人材にしても、適任の民間館長や市の職員との連携も欠かせない。当面、行政の後押しが必要だろう。地域の現状をこまめにつかむ努力が欠かせまい。

また、公民館管理を教育委員会ではなく、市長部局の総務部がとも提案したことがある。社会教育法が公民館について定めて60年。最近では「指定管理」方式など直営でない方式も広まっている。ただあくまで原点は「自治力」をはぐくむ地域拠点の役割を果たす―ことにあるのは言うまでもない。

集まりやすい場ができれば、住民の意欲もわきやすい。高齢者が増える。それも元気な高齢者が敦賀にも多い。ところによっては特産品づくりを考えて、販売をしたり、自前の観光交流拠点を持とうとか、前向きのアイデアも訴える、公民館ではなく、地域センター的な公民館や住民協議会で独自で運営するなど、まだまだ改革の余地がある。また、市行政の最前線だけに、職員教育の場でもある。工夫の余地、改革の余地は十分にある。どう改革したらよいのか、まだまだ発展途上だ。急ぐことでもない、今後の時間をかけた取り組みに期待したい。


 
【2009/11/08】 | ページトップ↑
原子力発電の時間の長さと仕事の重要さ・・・・。
好きな映画のひとつに「シェルブールの雨傘」がある。主演のカトリーヌ・ドヌーヴのフランス語のミュージカルは、フランス語はわからなくても哀歌というか、エレジーというか、日本人にあう。舞台のシェルブールは、日本の原子力発電とは縁が深いところだ。フランス・ノルマンディー半島の港町。パリから3時間以上かかったと記憶する人口2万5千人ほどの田舎町だ。私も何度か訪れたことがある。

映画の題名の叙情的な雰囲気が似合う街なみだ。駅舎と鉄道の線路も、映画の雰囲気とあう港町だ。このイメージと合う映画が、日本にある。明日がない男と女の悲しい別離を描く、岸恵子と萩原健一の共演の「約束」。敦賀駅のホーム、本町、気比の松原がふんだんに出てくる。これほど敦賀が映像の中に出てくる映画はほかにない。残念だが、駅名は敦賀駅ではない。昭和47年にミラノで封切られた。「シェルブールの雨傘」とも共通する、冬の敦賀の鉄道と港の街とも合う。敦賀のもう一つのイメージかもしれない。

説明が長くなった。そのフランス・シェルブールから大騒ぎをして17年前の92年11月、日本に向けて「あかつき丸」が出港した。積み荷は、使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウム。そのプルトニウムを燃料とするプルサーマル発電が、一昨日、九州電力の玄海原子力発電所で始まった。

技術的には、原子力発電所の燃料は、運転中にもプルトニウムを製造し、それを燃やして運転を継続している。大騒ぎするほど問題視する必要はないが、原爆の材料になるだけに厳しい管理が必要なことは言うまでもない。それを平和利用で活用する意義は大きい。

プルサーマルの再利用、平和利用は国際的な約束でもある。敦賀の高速増殖炉「もんじゅ」や青森の施設も未完成だ。日本の「核燃料サイクル」をめぐる時間の長さと確実に進める景色にはどこかエレジー(哀歌)が漂う。地球の資源や環境を考慮すれば、自ずと求められる過程でもある。そんなイメージが漂う原子力利用だが、それでも重要な仕事だ。

昨日、美浜町の美浜1号機も運転開始に苦労している。営業運転開始から40年を迎える来年11月以降も廃炉とせず、継続運転する方針を固め、一昨日、森社長が福井県と美浜町に伝えた。1号機は1970年に営業運転開始、敦賀1号機に次いで古く、とはいっても同じ万博に送った年の運転開始。継続が正式に決まれば40年を超えて運転するのは国内で2基目でもある。

関電は、美浜1号機の運転をさらに20年間延長しても設備の安全上問題がないとする報告書と、今後10年間の保守管理方針を国に提出した。審査を受け認められれば、「50年運転」も可能になる。それでも、プルトニウム再利用、敦賀のもんじゅ再開、40年を超えての運転も、いずれも安全第一、つまずきながらも方針に基づき、地道に安全第一に立ち止まりながら、やるべき課題と思っている。
【2009/11/07】 | ページトップ↑
時代に合わせた子育て政策・・・。
Date:2009-11-06(Fri)

昨日は議会の代表者会議。人事院勧告による国家公務員に右へならへで、議員のボーナスも減額する議案を12月議会に提出する。市長の特別職も同様だ。時代に合わせたいえばそれまでだが、全体の縮み志向が気になるところだ。それでも時代に合わせた対応は必要だ。

ところで、パソコンやケータイがあふれる社会では、とりわけ若い人たちの日常会話は減っている。自在に動く指先で会話し、それを目で確認していけば声を出すこともない。私たち子どもの頃は、駄菓子屋のおばさんとの会話が、大人社会への最初の入り口だったような気がする。お目当ての菓子も話をしなければ買えなかった。家族のことを聞くおばさんと、ちょっとした世間話も必要だった。その駄菓子屋はコンビニやスーパーにかわり、話す必要もなくなった。便利といえば、便利だが、何か足らない。

これは女房との会話で得た話題だが、子育てする母親の環境も変わった。子育て関連用語として「公園デビュー」という言葉がある。30年近く前、敦賀出身でない私たち夫婦が、親のいない環境で子育てを行う際、公園での同じ世代の子育て談義は、ずいぶんと参考になったというのだ。80年代後半か定かではないが、・・・・。

初めての出産、子育て。分からないことがありすぎて若い母親は誰でも不安で仕方ない。それでも二世代、三世代同居が当たり前の時代は、そんな悩みは大方、家の中でけりがついた。

家でだめでも、ご近所には子育ての達人たちがいっぱいいて、もののみごとに解決してくれた。それが、転勤族には公園での会話が役にたった。核家族の時代のはじまりではないか。夫婦ふたりっきりの子育ては、「公園デビュー」は子どもを連れて近所の公園、つまり地域コミュニティーへ初めて出て行く「顔見せ」〟そこには同じ子育て仲間が。仲間が集まれば情報も。親切な小児科はもちろん保育園や幼稚園選びなど話に花が咲く。公園での井戸端会議が悩めるママさんのストレスを解消してくれたのだ。

それも。共働きや少子化で、公園での子育てもなくなってきた。ここ20年のことではないか。敦賀の核家族率は県下でも突出している。保育園の多さは福井市並みだ。行政の少子化対策が充実する中で「公園デビュー」という言葉も消え、子育てに悩む親たちは多くなっている。

行政の少子化への対応は、市民ニーズに合わせて、時代に応じて多種多様になっている。敦賀市では、出生後お家へ戻られたお母さんが安心して育児できることを願って、保健師や助産師がお家へお伺いし、母乳の相談や赤ちゃんの体重測定、育児の相談等を行っている。対象は、生後2か月以内の赤ちゃんとそのお母さん。当然、利用料金は、無料。利用方法は、出生連絡票を見て、保健師が電話することになっている。また、生後2か月以降も保健師による家庭訪問を実施している。評判は上々のようだ。

相談業務の充実は、もちろん、本町の子育て支援センターの盛況と今後も増える粟野地区の子ども数を考慮して、和久野の子育て支援センター建設する。

子育て手当の支給も大事だが、きめ細かく行政が行う子育て支援は時代に合わせて行うことが重要だが、これも税金だ。それでもかけなければならない社会保障部門でもある。
【2009/11/06】 | ページトップ↑
新快速開通から3年。その評価と成果は・・・。
Date:2009-11-05(Thr)

一昨日のニュースで「50年に一度の素晴らしい出来」とか。ところが、「百年に一度の不況」にはかなわない現状が紹介されていた。フランスの新酒ワイン「ボジョレ・ヌーボー」のことだ。19日午前0時に解禁される。今年の全輸入量は昨年比で約3割減の480万本(750ミリリットル瓶換算)。輸入量がピークとされた2005年は12本入り105万ケースの1260万本とある。

比較すれば今年の輸入量は4割にも満たない。たった4年でこの落差。それもこれも「百年に一度」の景気の悪化が原因を聞かされると、酒好きにとって残念というより、現実の厳しさを見せつけられた思いだ。

ところで、昨日は穏やかな秋晴れの日。日中の一日を市役所5階で朝8時半から6時頃まで。議会の予算決算常任委員会の決算部門。決算は「もうすんだ話」と従来は、予算に比べ軽んじられることが多かった。それ以前もかもしれないが、最近の議会は夕張市の財政破綻から決算の重要さがさけばれるようになった。

たとえば、新快速電車のJR敦賀駅乗り入れから先月21日で丸3年。京阪神地域との直結で、経済や観光面の波及効果に向けた大きな期待を担ってのスタートだったが、駅前商店街の活性化やまちづくり、観光振興などはほぼ横ばいなど、期待された効果と現実をきちんと評価するべき時期だと思う。景気の悪化から横ばいは自体、評価すべきことかもしれないが、長浜市の新快速開通後の終着駅効果と伸びを比較すると、そんなはずでは、との思いをよく聞く。

それには、駅の利用者数、周遊バスの利用者数、博物館の入館数、それに民間の商店街売上高、泊り客数など総合的な評価を行ったうえで、次へのどう増やすか戦略が立てられる。博物館など個々に頑張っても全体としてどうか、3年もたてば、その総合評価があってもいい。逆に3年は我慢して見守ろうと、私は考えていた。

新快速開通までにかけたハード、ソフトの執行した予算額の多さ、開通後3年、観光予算で、観光協会補助を継続し、周遊バスや遊敦熟の体験観光ツアーなどを立ち上げ、人道の港 ムゼウムや鉄道資料館の設置、敦賀ふぐた敦賀ラーメンのPR、それぞれに目玉となる観光スポット形成や、点在していた観光地をつなぐ地道な努力を積み重ねてきた。どれも一朝一夕にはいかないものばかりだ。ざっと合わせても数十億という数字が並ぶはずだ。

夕張市財政の破綻要因のひとつが、観光資源への投資と、比較することはできないにしても、税金を使う以上が、その評価と成果を総合的に把握し次につなげるべきではないか。

今では、新快速開通が昔のように語られ、現在は中心市街地活性化基本計画で駅舎改築、船溜まりと、議会の目がむくが、時間的にはどれも延長線上に並ぶ事業だ。それには評価、反省、それに伴う戦略があってしかるべきだ。行政はこれからの事業に精力を使い果たし、この評価や総合戦略に弱いのが、どこの行政でもみられる風景だ。だが、新快速開通は、ここ十年の敦賀市の最大の悲願ともいえた存在だけに、その効果がどうであったか、検証すべき時期を迎えている。その延長線上で駅舎改築などの中心市街地活性化があるべきとも思っている。

議会のチャックが甘いと言われれば、それまでだが、夕張市の破綻の要因を考え、決算の重要さ、評価の重要さを考えれば、まだまだという感覚だ。

敦賀を訪れた観光客に「敦賀を訪れてどう感じられましたか」と投げかけると、「海や山があっていいですね」「歴史がこんなにあっていいですね」とか、中には「せっかく大阪から来たのですが・・・これといったものがないですね」とか、「ここは観光地じゃないですね。それもいいですね」とか、喜んでいいのか、「「何を土産にすればいいのか。魚は電車では・・・」とか、現場の観光客は意外に率直だ。

こう並べても、観光行政ほど難しいものはない。誰もが評論家になれる。ただ、議員は、税金の使い方をチャックするのが仕事。費用対効果や評価など、JR直流化による敦賀駅への新快速電車開通から3年。横ばいでいいのか、もっと増やすことができたはずなのか、その成果を正確にきちんと語れるだけのデータを私は持ち合わせていない。
【2009/11/05】 | ページトップ↑
予算と決算は議会の基本・・・。
Date:2009-11-04(Wed)

気まぐれな天気だ。今週末からは逆にまた暖かくなるという。冬の足音は、近づいたかと思うと遠のいていく。男女の関係以上に速い。身も心も冬支度の準備ができていない。12月上旬から中旬並みの寒さは確かにこたえる。それほど急だ。

今日から9日まで議会の予算決算常任委員会。20年度決算のチェックが主な仕事だ。敦賀も収入である税収の減収傾向は続く。景気悪化でこの傾向はしかたがないが、急激な変化は現場である地方自治体はこたえる。

民主党は揮発油税などの暫定税率廃止を政権公約に盛り込んでいる。鳩山首相は2010年度からの廃止を既に明言している。暫定税率がもたらす09年度の税収は計2兆4800億円と巨額だ。これを撤廃した場合の財源の見通しが立たない。特に地方税分の8千億円が問題だ。それを欠いて走りだせば、地方財政の混乱は避けられない。

公共事業を見直し「コンクリートから人へ」を掲げる民主党新政権として、譲れない一線でもある。私も民主党員として同感だが、財源が不足なら新税一つで事足りる、そんな安直な発想は危険だと思っている。10年度税制の税調の議論で「まず増税」の傾向がのぞくのも気になる。

長妻厚労相は先日、たばこ税の引き上げ、10年度税制改正での実現に意欲を示した。たばこ税は、敦賀市でも5億円近い税収だが、このままだと長期低落傾向には変わりない。民主党本部にたずねると現在の2倍のヨーロッパ並みの価格も検討しているとか。これも極端だ。

たばこの値段は不況下でも右肩上がりだ。06年7月に1本1円アップ。例えばマイルドセブンライトは1箱280円から300円になった。08年にはタスポというカードが導入されて、カードなしに自動販売機でたばこを買えなくなった。現在の2倍というと、300円のものが600円程度になる。昨年は、1000円という議論もあった。愛煙家には困った話だろう。ここまでくればJTも反対を公然と言い出した。たばこ生産農家も当然、反対だ。私も増税したから増収になるとは思っていない。

思えば、私が未成年ながらたばこを吸い始めたには18か、19歳の約40年近く前、時効としてお許し願いたい。ハイライトが80円の時代だった。学生時代、寮でも船内の居室は、いつもどこでもたばこは吸えた。というより最後はふかして灰皿を山盛りにしていた。カラオケ曲で恐縮だが、♪あなたの好きなたばこの香り♪と、いしだあゆみが歌う「ブルーライト・ヨコハマ」、♪ベッドで煙草を吸わないで♪♪の沢たまき・・・・と、たばこが不思議と心情とあった。歌も時代にマッチしていた最後の時代かもしれない。

時代は変わった。市役所5階でも地下でもクリスタルガラスに囲まれて肩身の狭い思いをしながらたばこを吸う時代だ。たばこの税収は、仕入れる場所こと、地方自治体で決まる。この仕組みを利用すれば、自治体も億単位での増収を図ることができる。財政で悩む地方自治体は、こそくながらも、ありとあらゆることを考える。

逆に敦賀市は、タスポカード導入時、市長もコンビニの購入が増えることから、コンビニ事業者が他市で購入しているか、心配になり確認したくらいだ。その心配はないとか。それでも減収傾向は続くことは確かだろう。健康や増収と考えれば、その方向に動くことは私は賛成であるが、急激な変化はどうかと思う。

とにかく、税収は市政の生命線でもある。使い方と税収がどうであったか、シビアな時代だけに決算はこれまで以上に重要な時代だ。話を国に戻すが、小沢幹事長のいう民主党本部が始めた「新人教育」に、その考え方に一部、私には異論がある。小沢幹事長は「分厚い予算書を見てすぐ良い、悪いと判断できる問題ではない。ベテランでもなかなか難しい」と指摘する。だが、判断は難しいにしても、ねじり鉢巻きで予算書の読解に取り組むのが国会議員の仕事ではないのか。それが何よりも勉強であり、逆にこの分野では、ベテランよりも有能な新人も多い。

地方議員でもあらゆる機会をとらえて勉強する。先日も議員研修で担当課の担当者とともに、研修を受けた。夕張市の破たんで総務省の考え方も変わってきた。私にとって、何よりの勉強場所は実践である議会の決算認定委員会だった。地方財政の仕組みは複雑怪奇だ。民間の会計とはあきらかに違う。

実践は何よりの勉強だ。民主党の国会議員の研修では「まず次の選挙で当選するための活動を」という訓示があった。言葉尻で申し訳ないが、議員に期待するのは地元で選挙運動に励むことではない。その第一関門が予算と決算に尽きるといっても過言ではない。国会と仕事場で仕事をすることではないか。地方議員も議会で仕事することだ。予算と決算は基本中の基本、肝に銘じたい。
【2009/11/04】 | ページトップ↑
国民年金(月額約6万円)に対応できる養護老人ホーム
Date:2009-11-03(Tue)

11月に入り、急に寒くなってきた。この寒さで気になるのが、新型インフルエンザの拡大。市内の敦賀西小学校があらたに学年閉鎖(11/3~11/6)、保育園の櫛林保育園の休業(11/3~11/6)と拡大が続いている。ワクチン接種も基礎疾患を有する入院患者の方は、2日(月)から、妊婦および基礎疾患を有する通院患者の方は、16日(月)からと進む。これがらみの相談件数も倍増しているとか。

保育園など休業にはご両親の仕事も関係するだけに、会社など社会の応援も必要だ。原子力発電所も社会的なこともあり、発電所でのマスク着用も慣れてきた。発電所、保育園もさることながら、養護老人ホームも関係者はピリピリだ。新型インフルエンザもお年寄りや乳幼児などの重症化には気を使う。やまびこ園などの障害者施設や老人ホームの施設で働く人もワクチン接種の優先順位を高めてほしいとの要望も受けるが、いかんともしがたい。

介護の関係で養護老人ホームの関係者と話す機会があったが、施設も集団生活だけに、神経は人一倍使う。お年寄り自身もそうだが、家族との接触、従事者も発生したらと、危機管理というイメージを持っているが、人手のこともあり、実際には対応できないと語る。

これも経営状態と大きく関係している。これまで、ホーム側も、国の政策で、施設拡充を進め、逆に今は守り以外の何もでもない。コロコロ変わるのはごめんこうむりたいと率直だ。介護保険制度も財政負担でホームの経営はかなり厳しくなっている。

待機者問題も大きいが、最近の格差の広がりで、施設が立派になっても、経済的負担で、入所できない方もいらっしゃる。これまで、国が整備を進めてきた個室・ユニットケアの新型特別養護老人ホームの政策だ。

特別養護老人ホームなどの整備に関して、厚生労働省は2001年、新たに施設を建設する場合、新型特養とする方針を打ち出し、全国の自治体は新型特養に絞る形で施設整備を進めてきた。敦賀でも真盛苑などその例だ。

新型特養の施設は完全個室。加えて、入所者を10人程度のグループに分けて、家庭的な雰囲気の中で職員が介護する「ユニットケア」が行われる。入所期間が長くなりがちな特養での生活や、介護の質を高めるという意味で、数多くの新型特養が誕生したこと自体はよかった。

問題は経済的負担の大きさだ。経費は収入によって4段階に分かれるが、本人または世帯の誰かが市税を課されている場合、1人月額12万~13万円程度になる。国民年金の老齢基礎年金は満額でも月額約6万6千円。市民税課税世帯の場合、本人の年金では新型特養の利用料を支払えない計算で、家族が負担せざるを得ない。多床室の場合は、新型の5割から6割程度の負担で済む。

2000年に介護保険制度が始まる前に特養に入所した人たちが、改築で新型特養に移るとなると、負担が増えた。多床室整備には、安いというだけではなく、利用者に多様な介護を提供できるというメリットもある。介護保険報酬の改定で特養経営が厳しくなり、ホーム側の特養開設意欲は、ほとんどない。特に、公的な補助水準が下がっただけに、建設費が高く付く新型特養の場合は、経営リスクが高くなる。特養の入所待機問題が深刻さを増す中で、施設整備がスローダウンしている。

わずかだが、自治体でも多床室型の整備を認めるところも出ており、聞くところによると厚労省も容認する姿勢を見せている。多様なニーズに対応するためには、新型特養の整備は今後も必要だ。しかし、不況の影響で多くの世帯が収入減に直面している事情もあり、多床室型の施設拡大も重要な課題だ。待機者問題、さらには高齢化社会の本格化と財政負担は増えるが、優先順位としては高いことは確かだ。
【2009/11/03】 | ページトップ↑
日本の実力と敦賀港(福井県の甘さと矛盾)
Date:2009-11-02(Mon)

11月にもなり変化の速さを感じている。肌寒くなり紅葉前線も南下。季節は政権交代の劇的な夏から、駆け足で秋が深まる。台風被害、新型インフルエンザも流行し、いつの間にか冬将軍の足音が近づいている。

議会ニュースの折り込みをすると、必ずといっていいほど電話やメールをいただくことに感謝したい。今回は、JR敦賀駅舎のことや連携大学のことが多いと思いきや、敦賀港に関するコメントを多くいただいた。

それだけ、敦賀港に関する市民の期待感が多い反面、どうなるのかという不安感、危機感を関係者以外の市民にもいらっしゃるとの証しではないか。

私の考えは、福井県の「一県二港主義」をやめたところで、世界の流れは大きく変わって、無理しても極端に全取扱量やコンテナ取扱量が増えるものでもないが、ただ、大阪、名古屋の背後圏市場大きさをという地の利を生かして着実に、他県との競争だけに負けないように、福井県がふんどしを締めて取り組まないと「500億円の釣り堀」になってしまうほどの規模を持っているのが敦賀港の現状だということだ。

先月21日の共同通信配信で「拠点港湾を選び重点整備 国交相、ばらまきを批判」と題して記事が日本の実力と地方港湾の現実だと思う。、

記事は、『前原誠司国土交通相は21日、公共事業費削減の中で港湾の国際競争力を確保するため、全国から拠点となる港湾を選んで重点整備する方針を表明した。国交省が「スーパー中枢港湾」に指定する横浜港を視察した後の記者会見で明らかにした。

対象港湾は2010年度予算案の編成過程で選ぶとしている。前原氏は空港整備でも集中投資のため羽田の国際ハブ(拠点)空港化を表明する一方で、「1県1空港」に象徴される採算性が低い空港の整備を批判したばかり。港湾行政を「ばらまき的」と批判し、選択と集中を打ち出すことで政権移行を印象付ける狙いもありそうだ。

会見で前原氏は「自民党政権のツケで、コンテナを扱う港だけで65ある。シンガポールや釜山、上海などに比べ圧倒的に遅れている」と政策転換の必要性を強調、さらに「極めてコストの高い釣り堀(港湾)が点在している」と批判した。

(中略)重点整備する港湾の種類については「コンテナもあれば、ばら積みもある」と説明。国交省が2004年以降、コンテナ貨物の集約港として集中的に整備してきた京浜港(東京港・横浜港)、伊勢湾(名古屋港・四日市港)、阪神港(神戸港・大阪港)の三つのスーパー中枢港湾の中で投資の重点化を図るとともに、鉄鉱石や石炭、家畜飼料など、ばら積み貨物の集約港も拠点化を進めるとしている。』とある。これでも大臣の認識は甘いというのが私の考えだ。

繰り返しになるが、前原大臣は「自民党政権のツケで、コンテナを扱う港だけで65ある。シンガポールや釜山、上海などに比べ圧倒的に遅れている」と述べ、さらに「極めてコストの高い釣り堀(港湾)が点在している」と批判している。空港の「一県一港」主義と同様、港湾についても同様の施策を転嫁してきた。だから、「バラマキ的な港湾行政を変える『選択と集中』が必要だ」と述べ、自治体から募集して拠点港湾を選ぶ、としている。

「スーパー中枢港湾」についても、長安政務官が、現在の京浜港、伊勢湾、阪神港の3カ所から「二つか一つに絞り込む」と言っている。この方向については大筋では間違ってはいないと思う。だが、さらに突っ込んで考えるべきだ。

私も、急成長している韓国・釜山港、シンガポールや上海など、全部を把握しているわけではないが、釜山港をみるだけでもその規模は、神戸、名古屋、横浜、東京の各港湾の比ではない。釜山港のコンテナ取扱量は、2007年1327万TEU、それでも世界5位。日本のトップの東京港は世界25位の382万TEUで横浜、名古屋、神戸を合わせても釜山にはかなわない。

比較して、「遅れているから日本も負けてはいられない」というレベルは通り過ぎている。一国一港主義の時代は、世界では二十年も三十年も前からとっていた政策でいまさら、競争しても競争できない規模と思っていいのではないか。

グローバルに考えても、人口密集地と経済力、物流の流れから考えても、東アジアで、東端にある日本の港より、上海、シンガポール、さらには釜山のほうがアクセスしやすい。当然、コスト面も安くつく。輸送コストも東京より釜山に運び、釜山から日本の地方港湾へ運ぶほうが断然安い。など考えれば、あえて日本にはハブ港湾がなくてもいいはず。それでも、欧米から直接、日本への航路を保持したいというのであれば、ひとつあればいい。競争ではなく協調していく方向こそ賢い選択ではなかろうか。

こういった日本の実力の中での敦賀港を考えれば、おのずと力量や今後の見通しができるのではないか。目先の利益を考えても、理想と現実はかなり違う。それでも釜山港、上海港からコンテナなど地方港湾は、競争である。国の政策も政権が変わって、地方港湾にかける予算は少ないなど見えてきた。その中での敦賀港である。現在の全容を考えても、福井県の甘さと矛盾を感じる。


【2009/11/02】 | ページトップ↑
障害者福祉の現状とこれから
Date:2009-11-01(Sun)

今年は紅葉のペースが早いようだ。敦賀の黒河渓谷は、紅葉の隠れたスポットだ。山から滋賀のマキノ町までの山道は、これからが見ごろではないか。地球温暖化が騒がれる昨今、朝夕の冷え込みに安堵を覚える。11月に入ればブナの紅葉は一段と鮮やかさを増してこよう。

ところで、先日、ある障害者をお子さんにもつあ母さんと話した。障害者自立支援法のゆくえがどうなるのか、お子さんの将来、敦賀の太陽の家の運営など、心配の種は尽きないようだ。末端の行政はころころ変わる国の政策に翻弄されているのも現実だ。それに頼るしかないご家族を思うと身につまされる課題でもある。

今年度の障害者福祉の敦賀の要は、平成17年3月に策定した地域福祉計画の見直し。もうひとつの目玉は、花城にある太陽の家の授産所を、現在のやまびこ園の隣地に平成22年度中に移設する計画を進めており、21年度で用地の造成と建物の実施設計を行うことだ。

国レベルでは、政権交代で障害者福祉施策が抜本的に見直されることになりそうだ。先月、就任直後の長妻厚労相が「障害者自立支援法」廃止を明言した。多岐にわたる厚生労働行政のなかで、障害者福祉はひとつの目玉だ。 長妻厚労相は、参議院選挙の際、夜遅く福井のホテルのご案内したとき、年金のみならず、高齢者、障害者の福祉のこれからのあり様を熱く語っていたのを思い出す。

2006年度施行の自立支援法は、身体・知的・精神の3障害一元化や就労支援の強化など、障害者の「自立」を支える仕組みとして制定された。だが同時にサービス利用負担を、所得に応じた「応能」負担から原則1割の「応益」負担に変更、障害者の生活を直撃した。

「安心して暮らせる」どころか利用制限をせざるを得ない。障害が重い人ほど負担が増えるなど矛盾があった。太陽の家、やまびこ園など、工賃を稼ぐために施設利用料を払うのはおかしい。支援法は施設の経営悪化も招いている。月単位の施設報酬が日額方式となり、小規模の事業所ほど存続が困難な状況にある。政府は利用者の負担軽減策や施設への補助などの対策を講じてきた。が、つぎはぎの修繕でなく根本的な改善が必要だ。

障害にも格差があり、家族の状況や環境も違う。対象となる障害の範囲や定義も一律ではない。個々のニーズがすくわれるサービス体系や支給のあり方など、結局は財政とのにらめっこだが、障害者福祉も高齢化などあまりにも課題が多い。なぜか、しわ寄せがいっているのではないか。

4日から議会の決算常任委員会が始まる。資料を読むというより、膨大な量に最後は、眺める程度になるが、税収の落ち込み、敦賀短大1億5千万円、市立看護学校の1億8千万円、市民温泉リラ・ポート1億円と、本来、市レベルでの負担は何か、行政で賄うべきものは何か、素朴に考えると疑問符がつくことが多い。今後の福祉予算増大を考えると、いくら敦賀3,4号の建設による交付金、固定資産税があるといえども、今以上に、駅舎、中心市街地活性化と持ち出しは多くなる・・。残すもの、継続するもの、新たに行うものなど、きちんとした政治判断が必要な時期でもある。




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