大学から地方への「医師供給システム」が働かなくなった・・・。
Date:2010-03-31(Wed)

敦賀では外から来た人を「旅の人」という。外へ出て行く人はなんというのだろう。駅のホームで花束を抱えた人がいた。同僚らしき数人が見送っている。転勤か、敦賀を去る人だろうか、旅立ちの季節である。

新しい学校、新しい職場へと未知の世界に踏み出す人も多かろう。敦賀市は3月の人口が一年で一番、落ち込む。4,5,6月で徐々に回復に向かう。市役所も定年で職場を去る方も多い。別れを惜しむかのように、寒さのせいか、今年の桜はまだまだゆっくりだ。

交流都市、敦賀というが、江戸、明治、大正、昭和と港町つるがは、交流で、人が、情報を運び、刺激をくれる。それが街の活力になった昔、人と人が対面で生み出すものの価値は変わるまい。医療の世界でも同じだ。ある医師を追いかけて、敦賀から福井へ、福井から金沢へと、治療を続ける患者もいる。

市立敦賀病院の医師も金沢大学を中心に医師が供給されている。医師不足は、今も続く。医療は重要な社会基盤である。国立、福井病院も医師不足に悩む。医師偏在の原因は、新人医師の研修制度が変わって大学以外での研修が可能になったことが大きい。大学の医局も臓器別になるなど細分化が進み、大学から地方への「医師供給システム」が働かなくなった。市立敦賀病院は、嶺南地域の中核施設だが、一度、内科医の引き上げなど、深刻な医師不足になった。

交流都市「敦賀」は、高速道路、国道8号線、161号線、27号線、さらに北陸線、小浜線、湖西線、さらに、海の道と交通の結節点でもある。交通事故も多い。救急の重要性は、県内でも人口の割には格段に高い。休日には、救急窓口に軽症患者が殺到し、相当、待たされることもある。

最近は、医療訴訟も増えてい。この問題は医師だけに責任を押し付けようとするが、勤務体制や医療環境など、複合的な要因で発生するとも分析もある。市民の信頼も大事な要素だ。医療は患者との協力で成り立つ。言い換えれば、医療再生に私たちの役割もあるということだ。3月議会で「コンビニ受診」が提起されたが、かかりつけ医を持ち、まずはそこに相談するようなことも、遠回りのようだが医療再生の一歩になる。

医療システムは、市立敦賀病は赤字だ、赤字だというが、私は仕組上、救急や療養型として長期入院を地域として受け入れる現実が、ある以上、今は、病院改革をじっくりと見守る時期とみている。減価償却など見かけ上の赤字も多い。市民が税金を出し合った支えているという感覚もほしい。それでもサービスは無尽蔵ではない。便利な夜間救急も、使い過ぎれば医師の過労を招き、現場離れという形で医師不足のもう一つの原因となっている。

地域医療で必要とされる幅広い診療能力を持った総合医の養成も課題だ。7万人程度の中核病院でありながら、福井市までの高速1時間の距離も長い。それだけに救急の患者も多い。救急医療でも、入院や手術を伴う2次救急機能が医師の技量に依存することが多い。支援体制を整備するなど、課題も多いが、何よりも医師不足が最大のネックだ。

繰り返しになるが、便利な夜間救急も、休日健診も、使い過ぎれば医師の過労を招き、現場離れという形で医師不足のもう一つの原因となっている。かかりつけ医と、まずはそこに相談するようなことも、遠回りのようだが医療再生の一歩になる。市立敦賀病院の改革の努力も必要だが、市民のマナーや見守る姿勢も重要な要素と思っている。
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【2010/03/31】 | ページトップ↑
敦賀港の栄光と現実
Date:2010-03-30(Tue)

もう3月が終わろうとしているのに、桜も一輪と咲き始めているのに、冬に未練があるのか、立ち去るのをためらっているかのように寒い。それでもプロ野球も開幕だが、全国高校選抜の敦賀気比ベスト8は街の話題の中心。元気を分けてもらえるような気がする。

現実に目を向けておく必要がある。敦賀港の現実もそのひとつだ。米国発のコンテナ船は津軽海峡を素通りするだけで、敦賀港を横目に見ながら韓国の釜山港に行く。ソニーがサムスン電子に追い越され、日本航空が破綻し、トヨタ自動車がリコールに直面し、現代自動車がその間隙をうかがうという一連の出来事は、あまりにも象徴的だ。

少子高齢化で日本社会全体が縮小方向に向かう中で、躍進を続ける韓国も少子高齢化で、いずれ韓国も日本と悩みを共有する時代に入る。現実に、コンテナ量など、釜山港から上海港へ、コンテナ量もシフトしつつあるとか。日本の港湾行政は、航空行政と同じで、一県一港主義がはびこり、時代を読むことができなかったともいえる。

ようやく、国土交通省は、拠点港湾を掲げ、大阪港と神戸港をどちらかひとつにしようとするほど、太平側の拠点化計画が進みつつある。日本海側は、当然、拠点として、新潟港が浮かび上がるが、敦賀港も負けてはいられない。

これが最後の勝負とも言えるほどだが、いまだに、福井県は、22年度予算も一県一港主義どころか、一県二港主義を取り、時代遅れも甚だしい。知事は敦賀港の拠点化も政府に民主党に要請するが、国土交通省は冷ややかだ。大きな流れの中で、拠点化は最後の勝負とも言える。

話を飛ばすが、今、「龍馬伝」を読んでいる。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」よりも軽いタッチだ。時代が変わったと言えば、それまでだが、幕末、明治維新は面白い。薩摩、長州の勢力争いや、幕府や土佐と、それぞれの思惑の違いを竜馬が結びつける筋書きは、何度読んでも面白い。

それ以上に面白いのが、中国の後漢末期から三国統一までの群雄割拠の時代を描いた「三国志」。日本語訳で、古くは吉川英治の格調高い作品は読みづらいが、最近は北方謙三さんの躍動感あふれる作品が面白い。さらに、平和堂で2度、3度と観た映画「赤壁の戦い」など、映像化されると、現実化する。中国の歴史がいかに知略、知謀によってつくられたか、理解できる。魏、呉、蜀の3国は互いに相手2国を戦わせて、疲弊したところで攻め入ろうと、策略をめぐらす。単純で潔さを好む日本の歴史に比べると、はかりごとにあふれている。

話を戻すが、メルカトールの世界地図を逆さにみると、サンフランシスコ、釜山、上海が日本海を通して一直線に結びつくことに気がつく。日本海のど真ん中、へその部分に敦賀港がある。ウラジオストック、発展が進む中国北東部と、十時で航路が描ける。まだまだ敦賀港も捨てたものでもない。そうはいいながらも、港湾は人のつながりで成果を生むことが多い。ポートセールスの成果は、議会でもでるが、それほど簡単な作業ではない。これまでの知事の対応が結果のすべてでもあると言っても過言ではない。

敦賀市の総合計画でも「世界とふれあう港まち」と過去の栄光にしがみつくような言葉が並ぶが、現実を直視して、大きな流れの中で、これでいいとするのか、手遅れとみるのか、最後の賭けに挑むのか、それほどの時代感覚と可能性、危機感は持ちたいが・・・・。かく言う、私も評論家ではいけないと思うのだが、それほど大きな現実が横たわっている・・・。
【2010/03/30】 | ページトップ↑
裏方の大事さ・・・。
Date:2010-03-29(Mon)

寒い日が続く。だが、勝負事にはなぜか熱くなる。センバツ高校野球で、敦賀気比高校は、埼玉県の花咲徳栄高校を7対5で破った。センバツでは初めてとなるベスト8の準々決勝進出。街中の話題が会話の中心だ。

次の勝負事は、夜遅く、おおい町長選挙の結果がでた。現職の時岡忍氏が新人の古池久氏を破って、3回目の当選。予想以上に差がつきた。時岡氏が3872票、古池氏が2175票。減ったといえども、投票率は86.44%。やはり恵まれた予算なりの論理が働いているようだ。

勝負事に勝つには必ず、裏方がいる。「かごに乗る人、担ぐ人、そのまたわらじを作る人」という言葉がある。世の中にはいろんな役割の人がいる。支える裏方がいて、勝負ににも勝つ。その典型が選挙だ。当然、裏方は、泥臭いこと多くなる。きれい事では済まない。

民主党の小沢一郎幹事長が27日来県。裏方を務める連合福井への選挙支援依頼だ。わかりやすいと言えば分りやすい。一方で、政治とカネの問題で、生方幸夫副幹事長が小沢氏を批判し、解任されかかった騒動は示唆的だ。

組織論的には、生方氏が党内でなく、メディアで発言することに怒った。生方氏の主張そのものは正論に近いと言えるだけに、世論では分が悪い。ただし、生方氏も無役の一議員ではない。民主党の副幹事長でもある。この騒動で地方議員から見ると、求められるのは、自由な発言、闊達な議論と党の一体感を調和させることではないか。その意味では裏方とも言える機能が十分整っていないのも事実ではないか。

先ごろ、第33回日本アカデミー賞の最優秀作品賞に輝いた映画「沈まぬ太陽」。作者の山崎豊子さんの作品は、華やかな社会でもそれを支える裏方の苦労と挫折をえぐっている。現在、経営再建中の日本航空がモデル、慢性的に労務管理に苦悩し、政治家に翻弄される脆弱な経営体質や、逆境にめげず、裏方を地で行くような恩地元というサラリーマンの生き方が描いている。日航が花形企業と目されている時代が背景である。関係者は事実関係の違いを指摘し、山崎作品に批判した。

しかし、今問われているのは、日航がかつてのような企業の輝きを取り戻せるかどうかだ。再生の道のりはかなり険しい。作品の中に登場する人物と、現在を予見される事情が浮かび上がる。夕方沈んだ太陽が朝昇るように、日航が再浮上するための鍵は、裏方である社員一人一人の人間力に負うところが大きい。敦賀市役所も先週、人事や組織が発表された。まさに、裏方である職員の働きで、よくも悪くもなる。
【2010/03/29】 | ページトップ↑
高齢化社会の特効薬はない・・・。
Date:2010-03-28(Sun)

昨日は、午後1時30分から、きらめきみなと館において、市立敦賀病院の市民公開講座が開催された。テーマは、「生活習慣病」。市立敦賀病院の中期経営改革を実行していく上で、本来の医療環境の整備と市民から頼りにされる病院とするために、大変だが重要な取り組みだ。

各公立病院では、市民講座、院内でのコンサートなど工夫に工夫を重ねている。「病院理念」である「市立敦賀病院は、信頼され、温もりのある医療をめざします。」は、日頃の地道な取り組みから達成させるものである。昨日の市民講座は市民の関心事でもあり、看護師の講演などサザエさんを題材に面白く、興味をそそるように話を進めていた。病院関係者や市役所職員は多いが、一般市民を少しでも多くの参加が得られるようなPRなど、考えてもいいのではないか。がん健診と同様、なぜか、健康問題に低調な敦賀市にとって、重要な施策な施策でもある。

昨日の生活習慣病ではないが、敦賀市もこれまで経験したことない高齢社会になる。高齢社会と病気というテーマは、税金とも密接に関係する。もっと言うと、社会構造そのものとも関係する。今は、5人に一人が65歳以上だが、これが早晩、4人に一人となる。一方、零歳から14歳までの年少人口は、総人口とともに減り続けている。

少子高齢化の進行は、家族や地域社会の在り方に大きな影響を与える。以前は親子が代々同居を繰り返す家族が多かった。しかし現在は、結婚して子どもを持ち、子どもが独立して親元を離れると、再び夫婦だけで暮らすのが当たり前のようになった。

配偶者が亡くなれば、一人で暮らす人が多い。子どもの世話になりたくないという意識が高まっているせいもあるのだろう。そんな姿が、一般的な家族のありようだといえる。こうした社会環境の中で敦賀市もさまざまな課題を突きつけられている。例えば、高齢になってから一人暮らしになった場合に、どのように生きるのか。地域で孤立しないように、だれが支えていくのか。個人にとっても地域社会にとっても、重要なことである。

昨日も夜、町内の壮年会の総会があったが、高齢化が進んでいる。行政の力を借りない活動も大事だということに変わりはない。今、人の結びつきが希薄になったといわれる。そんな中で、町会が結束してこの活動に取り組めるのは、まつりや清掃などで住民が協力し「地域の力」を維持してきたが、マンションなどが乱立して、町内活動を行わない世帯も増えている。

向こう三軒両隣に住む者同士の寄り添う力を強めていきたいと思っても、地域のきずなをもっと大切にしたい、という思いも、すこしずつ変わっている。国立社会保障・人口問題研究所が昨年12月に公表した「日本の世帯数の将来推計」によると、20年にはすべての都道府県で一人暮らし世帯の割合が最も多くなり、日本全体の34.4%を占める。高齢者の一人暮らしと夫婦だけの世帯を合計した割合は、25年には全都道府県で20%を上回り、30年には全国で26.3%となる。

敦賀市の周辺である愛発、西浦、東浦でも限界集落とはいわないが、高齢化が急速に進み、あるお年寄りが「長生きは、孤独に耐えなければできない」と語っていたのが、とっても気になる言葉だ。高齢化対策に「特効薬」はない。だが、人と人、人と地域、地域と地域…と交流の輪を広げ、つながりをもう一度見直すことが大切だ。それと昨日の看護師の講演で、「ぽっくり(健康で)と生きますか、じっくと(寝たきり)で生きますか」との生活習慣病講座での問いかけは、高齢会社会と一人暮らしの世帯が多くなる中で、密接に関係している。大事な取り組みでもある。
【2010/03/28】 | ページトップ↑
原子力の村に学ぶ地域振興
Date:2010-03-27(Sat)

茨城県東海村や青森県六ケ所村、東通り村など、原子力のまちが研究や教育、人材育成に力を入れ始めている。電源立地地域対策交付金や原子力施設の固定資産税などが主な財源を、これまで建物、道路などハード面の整備に充ててきたが、敦賀市にも参考になる変化がみられる。

東海村は、平成20年度から、世界最先端の共同研究施設「大強度陽子加速器(J-PARC)」の供用が開始され,原子力研究開発に加えて、新たなテーマで取り組みを始めた。東京大学大学院でも原子力の人材育成に新たな取り組みを展開し、村民の教育、文化にも力を入れる。

東海村は、技術者や研究者が多いせいか、住民所得がそれなり平均を押し上げ、児童・生徒の学力レベルもそれなりに維持している。原子力研究所が入って、原電、動燃など原子力の歴史が半世紀を超えた。研究者や技術者などが、徐々に増えて、社員の子供たちが地元の学校に通い始め、学力の底上げと、地元の子供たちの良い刺激にもなっている。長い意味での地域振興が定着している。家族連れで村にやってくる外国人研究者たちも、いい影響を与えている。

結果として東海村の施策が人口定住に結びつき、近年は、日立市、水戸市のベットタウンともなり、全国各地の村が、人口減少に悩む中にあって、人口がわずかながらも増える。長い目で見れば、教育・人材育成が、ある意味では長期的な息の長い地域振興策とも言えるのではないか。

青森県六ケ所村は、原子力施設の増設に伴い、重点施策の一つに「個性あふれる人・文化づくり」を掲げ、村採用教員を学校に配置し、村営学習塾も開設した。新年度には、電気事業連合会と日本原燃からの寄付を基に人材育成基金を創設する。

青森県東通村は東京電力の原子力発電所建設が進み、「教育の村」を政策の柱の一つに掲げる。六ケ所村に先駆け村採用教員を学校に配置し、村営学習塾も開設。昨年4月には村内全6小学校を東通小1校に統合した。同小と、隣接する東通中は小中一貫教育にも取り組んでいる。東通村は「英語教育特区」にも認定され、2007年度から小学校の1~6学年すべてで週1回の英語の授業を取り入れている。

教育振興策、文化振興策の効果が表れるのは四半世紀、半世紀と時間がかかるが、東海村の学力、定住性など実績、今、青森県の六ヶ所村、東通り村が地道に展開しようとしている施策は、村レベルといいながらも、今、敦賀市が取り組もうとするエネルギー研究開発拠点化ともつながる。さらには、教育や文化振興策の充実は社会保障制度の充実と相まって、長い地道な地域振興ともいえ、遠回りかもしれないが、住みやすさにも通じるのではないか。
【2010/03/27】 | ページトップ↑
「3月25日は何の日?」
Date:2010-03-26(Fri)

昨日の「3月25日は何の日?」をラジオで聞いていると、「電気記念日」。

先日、敦賀の100万ボルトを訪れると、LED(発光ダイオード)と白熱電球があった。時代の移り変わりを感じた。キーワードに「東芝」がある。電気のまちともいえる敦賀とも東芝は縁が深い。

日本で初めて公の場で電灯がともったのは132年前の1878(明治11)年の昨日だった。電信中央局の開局祝賀会が開かれた東大工学部の講堂でアーク灯が点灯された。照明は、その後、青い光のアーク灯からエジソンが発明した白熱電球になった。その白熱電球をはじめて製造し、120年グループ会社つくり続けてきた東芝が、白熱電球の生産を今月、終了させた。

白熱電球の次の主役はLED(発光ダイオード)電球に移る。1日10時間使っても10年は交換しないでいいとか。まだまだ高いが昨日の日経によると、かなり安くなってきた。一方で、その東芝が、原子力発電では、核燃料を交換せずに何十年も動く原子炉の開発が進む。東芝は30年連続運転の超小型原子炉を既に開発し、米国で着工する計画もあるという。現在の原子力発電所の原子炉は数年ごとの燃料交換が必要だ。

先日、米マイクロソフト創業者で会長のビル・ゲイツ氏が出資している米ベンチャー企業「テラパワー」(ワシントン州)が、東芝に「100年原発」の開発で技術協力を求めてきたとか。ゲイツ氏は私財数千億円を投じる構えらしいとか。

40歳を超えて運転を続ける敦賀1号は米国GE製だが、原子炉の周辺機器で最も重要な機器のひとつ、原子炉再循環ポンプや原子炉格納容器そして、電気を発生させるタービンと発電機は、東芝がメンテナンスをし、原子力の技術をしっかりと受け継いだ。

再開まじかな「もんじゅ」にも、東芝の技術が生かされている。敦賀1号機の原子炉は日立製作所が、敦賀2号機は三菱重工、本格着工が近い敦賀3,4号は三菱重工と原子力3大メーカーと敦賀は、縁が深い。建設やメンテナンスで技術者が、作業員が、民宿、ホテル、本町でこの40年間で落とした金も大きい。敦賀で計画されている広域連携大学とも卒業生などで縁が深くなる。

話を戻すが、東芝は、具体的には、燃料交換なしで30年間稼働する出力1万キロワットの小型原子炉「4S」を開発済みだ。維持管理の困難なへき地や新興国での発電に適し、米国当局の認証を得られれば2014年にも米国で初号機を着工する方針とか。これにビルゲイツが注目した。ゲイツ氏は、これまで得た莫大な利益を米国はおろか、貧困国救済などに使ってきた。今後は、運用コストが安い次世代原子炉は地球環境問題にも新興国発展にも資する考えとも。100年原子炉開発に10年はかかるとか、時間をかけて、富を還流させるゲイツ流と、世界最大の原子力メーカーともなった「東芝」との結びつきが面白くもあり、誇りでもある。電気のまちとも言える、敦賀と東芝、関係なさそうで関係が深い。
【2010/03/26】 | ページトップ↑
総合計画の重要性と現実・・・。
Date:2010-03-25(Thr)

昨日、議会で敦賀市の第六次の「総合計画・基本構想」策定に向けての説明会があった。「総合計画」といっても、一般の市民には、何のことかピンとこない。それほど形骸化しているのである。総合計画というのは、地方自治法で自治体ごとに策定することが定められている長期計画(第5次では14年、第6次では10年とか)で、一般に基本構想(将来フレーム)と基本計画(基本フレームの実現手段、つまり政策)、さらに年度ごとの具体的な施策の実施計画の3層構造になっている。

基本構想は、議会の承認が必要で、地方自治体が行う全ての事業は、この総合計画をもとに立案/運営されることになっているため、俗に「地方行政の憲法」と言われている非常に重要な計画である。総合計画策定で、その自治体の首長や職員は勿論、議員、市民のレベルというか、見識がわかるとさえ言える。

議会でも予算案の提案理由で「総合計画に沿って」とよく語たられるが、最近はそれに「マニフェスト」という言葉が加わるが、一般的に「総合計画」そのものの存在すら市民は知らない。全国的にも、総合計画は、言葉を悪くすれば、余りに存在感の無い、いわば「あっても無くてもよい代物であった。

これまではそれでよかったのである。わが国全体が右肩上がりを続けてきた時代、そして、中央官庁を頂点とするヒエラルキー構造にあっては、「総合計画」は、金太郎飴的な高度成長タイプにならざるを得なかったし、それで別に問題も起こらなかったからである。

敦賀市の第5次総合計画の基本構想は、13年前の目標人口は10万人、その後、変更して8万人。ところがどうだろう、敦賀市の人口は現在、7万人どころか6万9千人にも満たない。総合計画そのものの最大目標が、棚上げ状態で推移していた。それも全国自治体が同じような状況だから、そこになぜ達成できなかったのか、なぜ、こうなったのか分析や検証などない。総合計画・基本構想そのもののが、議会答弁で人口は「夢」とか、「目標」とか、重みさえ感じられない言葉で語られる存在だった。

ところが、状況は大きく変わった。バブル崩壊後、社会の成熟化や少子高齢化、人口減少に伴い、総花的な成長タイプでは、地方行政の最上位計画としての役割を果たせなくなってきたのである。この時点で、見識と志を持った自治体では、いち早く軌道修正し、重点を絞り込んだ「戦略的」計画に脱皮を試みている、しかし、その数はごくわずかで、大半の自治体は、相変わらずの成長タイプを踏襲した。

5年前に総合計画の第3次基本計画を策定する審議会の冒頭で、8万人という人口目標を5年後にどうしようか、人口減少に歯止めをかける方策は・・と、それで、私はいつもになく、議論をふっかけたが、事務局の説明も通り一辺倒、 意気込みもなければ、私の質問に担当責任者である部長も知らぬ顔、会議全体の空気もしらけ気味であったことを思い出す。

総合計画とは「こんなもんや」というムードばかりが先行し、重要な基本フレームの議論がないまま、各部会に分かれ、各論を審議し、全体会議は最後の一回のみで終わった。それが、いままでの総合計画であった。が、だ。今、現在、市民が望んでいるのは何か・・・。人口減少と少子高齢化が進み、格差社会が進み、限界集落的な過疎化が現実化する中で、市民が生活する敦賀市の将来像を描く「総合計画」は、従来路線では策定できない重みがあるとも思っている。それだけに「ちょっと待って」となる。

この先、10年間で、昨日もエネルギー産業という言葉が出たが、雇用、経済などが原子力を中心とする産業で動いていることも確かだ。もんじゅ再開、その後の運転、敦賀3,4号の建設、運転と敦賀市にとっては、一時的にバブル的な状況も生まれる。人口も実質的にピーク時で現在よりも5,6千人増え、逆にごみの量も増えるなど、他の地域にない状況も予想される。

それだけに、この先、10年をどう描くか、描きやすくも描きにくい環境でもある。これまでの経験から、その先が十分予想されるだけに、敦賀市の将来像、政策を実現する重要な時期だとも思っている。人口減少、少子高齢化など経験もしたこともなく、市民生活もこれまで以上に密接に関係する計画、これまでのような棚上げでは済まされない計画だ。
【2010/03/25】 | ページトップ↑
マグロ文化も地方議会も一律的ではないはずだが・・・・。
Date:2010-03-24(Wed)

敦賀の地名の由来にはいくつかある。「日本書紀」には、崇神天皇の時代に朝鮮半島から「都怒我阿羅斯等」(ツヌガアラシト)がこの地に渡来したことにちなんで「角鹿」から敦賀への由来があまりにも有名だが、他に、敦賀という地名にはイルカが集団漂着して浜が血だらけになったことに由来する、というのもあるらしい。確かに「イルカ」と「ツルガ」は似ている。

イルカやクジラ文化は縄文の遺跡などから昔からあるようだが、一方、マグロ文化はほんの数十年とか。江戸前のにぎりずしが登場したのは江戸時代の後期。しかし、今のようなマグロのすしはなかったとか。赤身をしょうゆ漬けにして食べた程度。傷みが早いのでトロは捨てたとか。トロを好んで、よく食べるようになったのは冷凍技術が発達した、ここ数十年のことらしい。

大西洋・地中海クロマグロの国際取引を禁止する提案が国際会議で否決され、胸をなで下ろしたマグロ好きの日本人、私もそのひとりだ。落ち着いて報道をながめると、日本の大半のマスコミは大歓迎。農水省も勝ち誇った。が、欧州など国際的には、かつての「エコノミックアニマル」との批判もあったようだ。マグロ文化は資金力にものを言わせて、ここ数十年で定着した輸入の文化であることを忘れてはいけない。

ところで、名古屋市議会の2月定例会は23日深夜、各常任委員会で新年度当初予算案の採決が行われ、河村たかし市長の二大公約である「地域委員会」のモデル実施は拡充を認めず、子育て施策を充実させるなど、総額4億8000万円規模で修正する案を賛成多数で可決した。議員の定数と報酬を半減する議会改革案は否決された。今日の本会議が、見ものだ。

鳩山政権の目玉政策とする「地域主権」の姿がいま一つはっきりしない中、県内や全国の自治体の議会で大胆な改革に取り組む事例が出てきた。

越前市議会は、3月議会で「議会基本条例」を成立。条例には、意見交換の場の設置や市長に議員に逆質問できる反問権なども盛り込まれている。九州の熊本県五木村議会は今月、議員報酬の2割を「成果給」とする条例を可決。質疑や政策提案、地域活動への参加などの実績を、村民による委員が評価。成果給分は最高で満額、最低でゼロとなる。

戦後、国の方針に横並びに制度が定着し一律的な地方議会が多い中で、それぞれに疑問は残るものの、自ら知恵を絞る姿勢は評価できると思う。

改革の背景には当然、議会の危機感がある。広域合併の進展や全国的な自治体の財政難から、地方政治と議会に対する住民の視線は、以前に比べ厳しくなっている。

敦賀市議会も今期、予算決算常任委員会の設置や一般質問の一問一答方式の導入など改革に取り組んできたが、まだまだ改革途上だ。

話をまとめると、マグロ文化も定着したのはここ数十年。禁止条約否決も、私は手放しで喜べる状況ではないと思っている。資源管理は世界的な流れ。いつかまた、禁輸を求める再提案が出される可能性もある。魚食は日本の食文化に違いないが、マグロなどの特定の輸入魚に頼るような構造はいびつだ。イルカやクジラも国際的には難しい時代、古くから地域で漁獲され、工夫して食べてきたイワシやサバ、イカなど身近な魚種こそ食文化と呼ぶにふさわしいのではないか。

地方議会の制度も戦後一律的に定着したが、今後は地方主権の時代、各地域で、多様な変化・改革がおこなわれるだろうし、行わなければならない時代。敦賀市議会も独自の進化が必要な時代だ。かくいう私は、HPの写真に反して頭をまるめたが、中身はそれよりもカチカチだ。柔軟に取り組みたいが・・・・。
【2010/03/24】 | ページトップ↑
少子高齢化、デフレ不況と先行きが見えない・・・。
Date:2010-03-23(Tue)

桜がちらほらと咲き始めた。お彼岸には太陽が真東から昇り真西に沈む。秋分と並んで、昼夜の長さが同じになる季節の区切りである。正確には、太陽光の屈折率の関係で、春分の日の3日ほど早くに昼夜の長さは逆転しているとか。もう雪はない。今週は、タイヤ交換だと決めてかかる。暑さ寒さも彼岸まで。先祖の墓前に手を合わせ、四季の巡りが心を和ます。

とはいっても、強風に乗って黄砂も最近はひどいような気がする。季節は変わるがデフレ不況も少子高齢化も進む。政策が成功しているとはいえない。敦賀の3月の人口減少具合がどの程度か、ここで、ふたつの気になるデータを紹介したい。少子化の原因と非正規労働者の関係だ。厚労省が非正規雇用者を追跡調査によると、職場での不安定な環境から自らの人生設計もままならない現実が浮かび上がった。正規雇用と比べ厳しい現実だ。6年間にわたる20代30代の生活実態調査によると、この間に非正規独身男性が結婚したのは17%にとどまり、正規32%の約半分だ。見通せない将来への不安感が重くのしかかる。敦賀市内の若者のデータはないが、私の接する限り、ほぼ同じような傾向と受け止めている。

もうひとつは、民主党農政の柱であり来年度コメをモデルに導入する戸別所得補償制度で、農政大転換を象徴するものだと、鼻息が荒いが、この15年間で農業所得(農業純生産)は半減。販売農家は3分の2に減った。08年の新規就農者6万人のうち、60歳以上が5割を占める。敦賀市の専業農家も少なく、就業平均年齢は70歳を超える。新規参入者は皆無に近い。休耕田が目立ち始めた。

政府が方針で語る「意欲ある多様な農業者」の具体像がはっきりしない。もともと農地を所有し定年などにより就農する人たちの戦力も侮れないが、非農家の若い労働力の確保、育成に向け別次元の手だてが必要というしかない。

何か、少子高齢化と雇用状況、農業など、あまり関係ないようなだが、密接の関係している。敦賀市内のフリーター、非正規雇用も、それも若い層に増える傾向には変わりない。一方で農業従事者の高齢化が進展し、一次産業従事者は、半世紀以上、右肩下がりの現状だ。雇用を受け入れられす存在ではない。人口動態もいびつな状態が続く。

周囲にも影響が拡がり、全国的にも大学生の生活費は減少の一途。昨年度はピーク時の2000年度に比べて約3割減少。その分、地方の大学の倍率が高かった。敦賀の看護学校への受験生も増えた。手に職と地元で通うことのできる学校の存在だ。敦賀短大も形態を変えながらも医療環境維持のためにも大事な存在だ。

専業農業者への影響もデフレ不況で深刻だ。就業者に聞いてもいくら地産地消といっても利益が出ない産業は、新規はもちろん、後継者がつきにくい。季節はゆるみ、躍動感に包まれるが、雇用も農業も、まだ先への展望が見いだせない。市内の経済も雇用も農業も、敦賀港のコンテナ需要の落ち込みも、デフレ不況と少子高齢化という社会現象とも関係している。暗い話ばかり並べたが、行政も、22年度の予算をもとに、福祉の社会保障や教育はもちろん、中心市街地活性化など着実も仕事をこなすしかない。

それだけに、敦賀市の安全第一で、もんじゅ再開、敦賀3,4号の期待も大きい。もんじゅの再開は合意形成も大事だが、駆け引きが先行する動きが気になる。明日、議会で説明が行われる第6次総合計画の取り組みも、長期展望が大事だということだ。議会も時代に合わせた改革の継続も大事だ。
【2010/03/23】 | ページトップ↑
球春
Date:2010-03-22(Mon)

第82回選抜高校野球大会が昨日から始まった。球春の到来だ。敦賀気比高校が奈良の強豪・天理高校に7対4で逆転勝ちし、2回戦進出を決めた。相手の名前に、一抹の不安を抱えていたが見事に一回戦突破だ。

甲子園は数々のドラマを生む。私も地元の香川が出るつい、応援している。応援で声をからした高校時代が懐かしい。甲子園は大人にもいろんなことを学ばせてくれる。

かたくなるが、「坂の上の雲」に正岡子規が「野球」と訳したことが書かれている。実際、子規の野球への入れ込みようは人一倍だったようだ。四国の博物館に詳しく述べられている。「投手」や「死球」「打者」などの訳語も考案した。そうした功績で8年前には野球殿堂に迎えられた。その子規が亡くなって百年余り。最近は野球を詠んだ俳句が珍しくなくなった。冒頭に書いた季語の「球春」は古い歳時記にはない言葉だとか。プロ野球のパ・リーグが戦いの火ぶたを切って落とした。セ・リーグも始まる。阪神も今年はどうか。

甲子園球場は、学生時代に近かったせいか、何度か通った。阪神沿線の桜並木も懐かしい。いろんなことが春は思い出させてくれる。楽しませてもくれる。気持は、浮き立つ季節でもある。一方で、ある方の見舞いに訪。必ず、ものごとには、光は影がある。と言えばそれまでだが、何とかならないのかと思うことが多い。それでも敦賀気比の「球春」を、楽しみたい。それも長く、そんな予感をさせくれる昨日の一戦だ。
【2010/03/22】 | ページトップ↑
市立敦賀病院の改革を見守ろう!
Date:2010-03-21(Sun)

昨日は、久しぶりとも言える温かい休日。朝は政務調査費の報告書作成、昼は自転車で立石往復と福井で鈴木こうじ政治塾に参加、夕方、戻ってプールへ、夜は西地区壮年会懇親会と、時間が過ぎた。

ほどよい疲れだが、健康が何よりだ。夜、ある方から電話頂いた。市立敦賀病院の経営問題だ。私は「改革半ばでありしばらくは温かく見守るのが大事ではないか」と答えた。

全国の地方の公立病院は医師不足、経営問題と苦慮している。それも医療費増大を抑えようとした診療報酬切り下げ、医師の質を高めようと導入した研修制度、どれも厚生労働省の役人発想で、頭で出来ても、現場の実態を十分把握しての対応でなかったことに大きな要因があったと思う。

病院は福祉行政の要でもある。議会も市民も長い目でみることが大事だと私は思う。先日も、三重県議会で県立病院改革関係予算案に最大会派が減額修正案で対抗し、執行部と議会とが全面対決。最後は、執行部側の全面譲歩で収拾された。背景には経営問題やサービスなど地方病院が抱える根強い問題がある。

指定管理者制度の導入など、三重県民にとっては大事な課題だが、逆に県民を置き去りにした政争の具にもなった。地元の志摩市から早期決着の要望が出る始末。いずれにしても病院問題で迷惑するのは市民、県民だ。なかでも舞鶴市民病院は、市長の言葉で医療行為ができなくなってしまったほどに政争の具になり、市民が置き去りにされた典型だ。白い巨塔にあるように医師の世界ほど難しいものはないが、それに首長や地方議会が絡むとよけいに話がおかしくなる。

もうひとつは、最近、増えだした「コンビニ受診」。コンビニ受診とは、一般的に外来診療をしていない休日や夜間の時間帯に、救急外来を受診される緊急性のない軽症患者の行動のこと。「平日休めない」や「日中は用事がある」、「明日仕事があるから」等の理由で、本来重症者の受け入れを対象とする救急外来を、夜間や休日に受診をする行為を示す。病院はそもそも日中外来を行っている時間帯に、外来患者を診るように人員を配置している。また救急外来は少数の重症者の対処に特化しており多数の患者の診療は困難であることが多い。

来院者は専門医による高度な診療を希望したり、その場で結論が出るように高度な精密検査を要求することも多い。しかし休日・夜間の時間帯にこのような検査をするための人員を確保していない場合が多く、対応に苦慮するケースも多い。コンビニ受診的なケースが市立敦賀病院でも増えている。

このような患者が増えることにより、重症な患者の対応が困難になったり、入院中の患者の急変に対応が困難になったり、医師が休養がとれず翌日以降の診療に支障を来したり、疲れ果て医療現場を去り医療崩壊の原因にもなったりしている。

その要因のひとつが、就学前医療費無料化ともつながっている。この制度そのものは少子化対策として私も署名運動をしたほど必要と思っている。が、一方で、小児科医の医療環境をことのほか忙しくしているのが現実だ。県内でも嶺南を中心に中学3年生までの医療費無料化の導入が本格化しているが、必要性も理解するが、あくまでも税金で賄われるだけに、地域の小児医療との関係、免疫力が高まっている小学生、中学生のほんとに必要なのか、しっかりと検証した上での無料化を考えるべきとも思っている。

ふたつの医療を取り巻く課題を提起したが、医療に対する問題の根は深く、先日の福井新聞の論説で一経営問題だけで論ずるほど生易しい問題ではなく、地域の医療環境を少子高齢化のなかで、今後とも維持していこうとするのか、よりよい医療環境を整えることができるのか、現場の実態と背景に把握しての議論の必要性と、病院改革が進む中では、ある程度、長期で温かく見守る姿勢も大事ではないか。


【2010/03/21】 | ページトップ↑
議会で成果主義を検討する議会も現れた。
Date:2010-03-20(Sat)

三方の梅の話題が出始めた。西浦にある梅畑も白い花が目立ち始めた。徐々に近づいてくる春の気配に期待感を高め、本番を待つ。その到来を実感するのは、やはりソメイヨシノの開花だろう。金ヶ崎の開花はいつか、と話がはずむ。

一方、昨日で議会が終わった。11年間の議会活動で、活発な意見が出されるようになったとも思うが、一方でご批判も頂く。

ところで、桜の開花が伝えられる九州の熊本県五木村議会(定数10)は11日、全員協議会を開き、村議の働きぶりに応じて議員報酬を増減させる「成果主義」の導入を検討することを申し合わせたとか。

決まってはいないが、村議会の議員報酬は月額21万3千円。一律支給する「基本給」(60%)と働きぶりで増減する「成果給」(40%)に分け、評価項目は一般質問や委員会審議での村政への貢献度、マニフェスト(公約)の実現度、議場外での活動など。議員代表と村執行部、外部有識者らによる評価委員会が査定するという。

制度化されれば、全国初だが、議員報酬に民間のような成果主義はなじまないと私は思う。制度化されても全国に広がることもない提案でもあるとも私は思う。

実質は新手のコスト削減策ではないか。国土交通省からダム建設中止が伝えられ、広い五木村の再建が急務。ただ、広いだけに、10人の村議は少ない。村の再建のためには、議会も身を粉にして、働く必要があるとか。そのためには成果主義も必要との内容だ。2年前には東北の福島県矢祭町議会が、全国初の報酬の日当制を導入した。合併もせず生き抜くには、議会も身を削る必要があると、苦肉の策が報酬の日当制。これも全国の議会ではなじまない。県内でも定数や報酬の削減に踏み切る例に事欠かない。

報酬や定数の削減は、人材を制限したり、地域の声を届けにくくしたりする恐れをはらむとも思うのだが、先日も越前市の議会基本条例成立の報道を受けて、ある方からお電話をいただいた。

「本会議をテレビを見ていても、よくわからない、委員会を放映してくれないか」「報酬に対する議員の仕事ぶりをどう思うか」「定数削減はしないのか」など率直な質問だ。

もうひとつ、鹿児島県阿久根市議会の混乱も、「市長が議会ボイコットを続けるなんて」、と、はた目には、でたらめにしか見えないが、背景には市長の議員らの怠慢を指摘し、現地の話を聞くと、それを支持する住民が少なくないから、ここまで強気になるらしいとの意外な側面も持ち合わせているらしい。

五木村、矢祭町、阿久根市と、議会の特殊な話題だけはニュースで飛び交うが、住民がどう思っているか、などその背景まで知ると、なるほどと、思うことも多い。議会の役目とは何か、原点を見失わないようにしたい。常に住民との意見を集約し、議会の改革など忘れてはならないことを肝に銘じている。
【2010/03/20】 | ページトップ↑
もんじゅ再開へむけて大詰めと年度末
昨日は、3月議会最終日。各議案の賛否を決めていく。一般会計など当初予算が決まった。話題になったのが選択性夫婦別姓の反対を求める意見書を国へ提出を求める陳情。この陳情に、私たち市民クラブとして反対したが、賛成多数で国への意見書提出となった。この問題は、別にきちんと反対理由を書きたい。

今議会の最大のテーマのひとつが高速増殖炉「もんじゅ」。今月、年度末の運転が再開がひとつの焦点。市長も判断材料にするとした国の耐震安全性の評価が、昨日まとまり、再開に向けた動きは大詰めを迎えた。

県でも原子力安全専門委員会が昨日、安全性や管理態勢の面で「運転再開に問題はない」とする結論をまとめた。委員会は、もんじゅについて国の原子力安全・保安院が先月、施設などの安全性が確認されたとして「運転再開に問題はない」とする結論をまとめ、さらに、国の原子力安全委員会もこの結論を了承したことを受けてのもの。動きは急だけに手続きだけというが、ここ数年の再開に向けての関係者がさいた時間と労力は並大抵ではなかった。

昨日の議会の最後の市長挨拶にマスコミもテレビも注目した。もんじゅの運転再開をめぐっては、施設の健全性についての国の安全評価が終わり、残るは地元の福井県、敦賀市が再開を了承するかどうかの、まさに大詰めだ。

繰り返しもなるが、市長は代表質問でも「国の耐震安全性の評価がまとまるのを待って具体的な再開の判断をする」と答弁を重ねていただけに、市長も今日、開かれる原子力懇談会の意見を踏まえて、最終の判断をするとの挨拶となった。

来週にも、市長、知事と周辺の動きは、大詰めに向けて活発になる。月末にかけて、再開に向けての新聞報道に占める紙面も多くなる。14年間という日々はあまりにも長かった

市の一般会計の予算にもあった広域連携大学など、もんじゅ再開を前提としたエネルギー開発拠点化も本格的に動き出す。原子力とともに新たな一歩を踏み出す。大詰めとそんな年度末だ。
【2010/03/19】 | ページトップ↑
「仰げば尊し」「蛍の光」から、海援隊の「贈る言葉」もあったが、・・・今は・・・。
昨日は、朝9時から中央小学校、93名の卒業式に参加。顔見知りのご家族も多い。市内の小学校は昨日と今日でほぼ終了する。中学、小学校を通じて、国歌の「君が代」は歌ったが、我々世代の「仰げば尊し」「蛍の光」といった定番の卒業ソングはもう聞こえない。ひところは、海援隊の「贈る言葉」もあったようだが、これも聞こえない。

ただ、幅広い年代層の世論調査か、ある卒業ソング・ランキングの1位はいまだに「贈る言葉」だった。続けると2位が「卒業写真」(松任谷由美)。3位が卒業(尾崎豊)、4位が「my graduation」(SPEED)、5位が「さくら(独唱)」(守山直太郎)、6位「卒業」(斉藤由貴)と続く。

昨日もラジオで3位の「さくら(独唱)」(森山直太朗)が流れていた。なかなかいい。その後に流れた2位の「卒業写真」は、歌い手の名を荒井由美と答えるか、松任谷由美と答えるかでその人が過ごした時期が分かるらしい。

ところで、武田鉄也さんの「海援隊」は、坂本竜馬の海援隊から取ったもの。「母に捧げるバラード」で有名になった頃、「商船大学です!ぜひ来てください」と大学祭に呼ぶとふたつ返事で実現し、会場は満員だった。武田さんは、高校時代に読んだ司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の影響からバンド名に「海援隊」と名付けるほど、坂本龍馬を敬愛しており、「商船大学と神戸、竜馬」と単純に結びつけたらしい。

今年のNHKの大河ドラマ「龍馬伝」でも勝海舟を演ずる。今は福山さん演じる坂本竜馬はいまを時めく国民的ヒーローだ。私も高校時代に読んだ「竜馬がゆく」に啓発されたひとり。竜馬のことを書きだすととまらない。近代日本の夜明け前に生きた竜馬には常に時代の最先端を駆け抜けたイメージが重なる。日本初の商社となる「亀山社中」、のちの「海援隊」、まずは、商売と、これをもとに薩長連合を仕上げる。卓子を傍らにブーツを履き、紋付羽織姿のおなじみの肖像。流行にも敏感、日本で初めて新婚旅行をしたのも竜馬とされる。

その竜馬と福井藩主・松平春嶽との交流を紹介する展示会が、福井市の県文書館で開かれている。これも面白い。松平春嶽の側近が記した公務日記に、克明に「春嶽と坂本龍馬」とのかかわりが記されている。それも具体的に、江戸の常盤橋にあった福井藩主の屋敷で、龍馬は大阪湾の海防策について話した、と、まだ30歳の頃だ。33年の短い生涯でもあり、「日本を今一度せんたくいたし申うし候」とは、あまりにも大きい。

最後に、竜馬といえば私には、常に、海のイメージが重なる。常にはるか海の向こうにある世界をも広く大きく見据えた先見性と大局観。現代人は竜馬から何を学ぶか。

あまり竜馬ばかり書き過ぎると、この間まで流れていたテレビCM、父親が白い犬という愉快な一家による携帯電話のCM、『土佐の海岸に侍姿の男が立っている。格好つけたポーズの男を見て、犬の父親が「竜馬かぶれか」と吐き捨てる・・・」。今、CM人気になるほど竜馬ブーム、3月に卒業する小学生、中学生が坂本竜馬をどうみるか、夢を描くか、卒業式の歌はかわるが、卒業式はいつの時代もいい。
【2010/03/18】 | ページトップ↑
手遅れ的な様相では済まないはずだが、・・・。
Date:2010-03-17(Wed)

寒さがまたぶり返したように雨が降る。今日は、中央小学校の卒業式に出席する。春は出会いと別れの季節だ。進学や就職、人事異動で新たな場所に立つ人々もいれば、長引く不況下、就職難で、高校生の就職もまだ決まっていない方もいる。敦賀市も3月の人口流出が最も多い。

久しくなった方も、内示で4月に福井に帰るとか。旅立つ日、人との出会いは合縁奇縁だったとあらためて気付く。人の交わりには気心の合う合わないはあるものの、学ぶことの多い縁だったという不思議さを思う。寒いとはいえ梅が咲き、もうまもなく桜前線が動き始める。見送る花があれば迎える花もある。

ただ、ここまで書きすすめても、敦賀でも、かつての団地であるひばりヶ丘、平和町など人口が密集する地域でも、人口流出と少子高齢化が進むが、それ以上に、周辺の集落での過疎化は、それも気がつかないうちにゆっくりと数字だけが進む現状をどうするか、答えがない。書いて恐縮だが、池の河内はその典型だ。

国会では、過疎と財政難に悩む自治体にとって、財政支援の裏付けとなる過疎地域自立促進特別措置法(過疎法)が、70年に10年間の時限立法として制定され、これまで3回更新してきた。現行法は今年3月末までの期限だったが、今国会で6年間延長する改正法が成立した。施行は4月1日となる。
 
現行法での対象は、市町村道や下水処理施設などインフラ整備に限られていた。それが、延長後は認定こども園や図書館などの整備が可能になる。確かに過疎法で道路などインフラ整備は進んだ。しかし、そのおかげで集落を出る人も増えたとの指摘もある。期待とは裏腹に、過疎法が地域を活性化させて過疎化防止に役だったかは大いに疑問でもある。そのことは、この40年間の現実が如実に証明している。

過疎法を受けない敦賀市ではあるが、愛発、東浦、西浦、東郷、中郷の山間の集落、海辺の集落までも、コミュニティーバスの路線化、消雪装置の設置、上下水道整備と、インフラ整備はそれなりに進んだ。それでも、高齢化に、これから拍車がかかる。各集落維持には、持続的な農林業と漁業を育成し、地域を次の世代に引き継いでいくことを第一に考えるべく、後継者育成の予算もそれなりに計上されているが、もう手遅れ的な様相がみえる。

市が精力的に取り組む中心市街地活性化は、難しい課題だが、駅周辺など結果がみえ始めている。ところが、愛発小中学校廃校と跡地利用といまだに課題は多く、周辺集落の維持の課題は、全国的な傾向とはいえ、根が深く、将来が想像できるだけに難しすぎる課題だ。
【2010/03/17】 | ページトップ↑
万博のテーマ「進歩と調和」は、今も続く・・・。
Date:2010-03-16(tue)

昨日は、議会の予算決算常任委員会。一般会計当初予算案を賛成多数で採択で本会議に舞台が移る。予算案審査で議論になったのが小中学校校舎の冷暖房設置。「必要ない」とする予算の組み替え動議や使い方や話し合いなど求める付帯決議も提案され、活発の議論が展開された(結果は両提案とも否決)。家庭でも学校でもエヤコンという言葉さえなかっ世代である私には「必要がない」という意見も理解できるが、今の子供達が育った環境はエヤコン世代であり、温暖化で夏日が続く現在、教育の場でも普通にエヤコンがあってもいいと思うのである。これが「進歩と調和」ではないかと思うのである。

ところで、まさに「進歩と調和」のテーマで開催された大阪万博から一昨日の14日が40周年。この日を境に敦賀1号機も運転40年を超えた。大阪万博での思い出は人ごみと長蛇の列だ。会期中の入場者は約6400万人。アポロ11号が持ち帰った「月の石」などに長蛇の行列が続いた。

当時は、「月の石には感動した」と友達の言葉に惑わされたのか、自分でも見なければならないと思いこみ、我慢強かったのか、3時間並んでやっと会えたが、「月の石」。なんてことはない、くすぶった白い石でこれが3時間も並んで見る石かと思ったものだ。流れに押されて、ほんの数秒の対面でもあった。

ただ、1番人気の米国館は見ごたえがあった。たしか待ち時間2時間。見たこともないエアドーム。動く歩道、未来都市にいる気分になった。岡本太郎の「太陽の塔」もまぶしかったが、「進歩と調和」のテーマは、高度成長の熱気に押されたのか、「進歩」だけを感じてのかもしれない。科学の可能性を信じることができた時期だ。

当時、私も単純なのか、万博の影響か、商船大学の航海科から、当時、産声を上げ始めた原子力船「むつ」へ関心が移り始めたのもこの頃だ。自分自身も「進歩」について行こうとしたのか、「調和」できていない二十歳前の頃だったように記憶する。

万博では、鉄腕アトムの未来都市が描かれ、動く歩道だけではなく、携帯電話、電気自動車もあったように思う。確かに40年の間に広がった技術も少なくない。ただ、「調和」となると地球環境問題とどう向き合っているのか、原子力発電所も現場での技術も「進歩」したが、地元振興など「調和」というテーマが今も続いている。

トヨタの自動車の「進歩」も速かったが、今、「調和」という意味で本当の苦悩を味わったのかもしれない。「進歩」はどちらの方角に向かえばいいか、「調和」がどれだけ難しいものか。まだまだ「調和」には時間がかかる。

万博と言えば、今、中国の上海万博が関心を集めている。史上空前の規模という上海万博が5月に開幕する。「より良い都市、より良い生活」がテーマという。中国の暴走が気になるところだ。人類は「より良い」という「進歩」も大事だが、大阪万博のテーマのひとつである「調和」はこれからも欠かせない。原子力も「進歩と調和」は欠かせない重要なテーマでもある。再開まじかのもんじゅも「進歩と調和」の中にある。
【2010/03/16】 | ページトップ↑
「無理」はいいが、「無茶」はいけない(松稜中PTA文集より)
Date:2010-03-15(Mon)

昨日の日曜日、坂井市の民主党議員の春江の川畑氏、三国の辻氏の来月4月11日に告示される市議会選挙の両事務所開きへ。何を考えたのか、自転車で訪れた。実感したのは福井平野の広さだ。なかでも、継体天皇が都へ上ることができた要因に、坂井平野の穀倉地帯の豊かさがあったと伝えられる。しっかりと認識できた小春日和の晴天、ひたすらこいだ。

ただ、松陵中PTAの卒業を祝う文集の中に『「無理」はいいが「無茶」はいけない』とあった。生徒が一段上を目指すには「無理」はときとして必要、だが、年齢を重ねたおっさんは、それが「無茶」となる。

3月は生徒の卒業もあるが、サラリーマンや役所の職員にとっても節目の季節である。「長年お疲れさまでした」「お世話になりました」。定年退職者の送別会では、こんな会話が交わされる。だが、こうした退職者が4月以降も同じ職場に嘱託の形で勤め続けるケースが増えている。悠々自適の第二の人生を目指そうにも、60歳では年金が出ない。会社も事務能力や技術の継承などで残ってもらう方が都合がいい。事実上の定年延長だ。「まだ若い者には負けない」と、ご当人たちもすこぶる意気盛んである。職場の仲間も家族も「頑張れ」と拍手を送る。

この言葉が似合うかどうかは別にして、原電の敦賀1号機が昨日、国内初めて運転開始から40年を迎えた。定年延長ではないが、国に提出した運転継続に関する変更申請は昨秋、認可を得た。今年11月に、同じく営業運転から40年を迎える美浜1号機も運転延長の手続きに入っている。新設が進まない中、原子力発電所の「定年延長」は増える。

私は、経験的にも、技術的にも、現代の生身60歳以上の体力があると思っている。しかし、市民はそうはみていない方も多い。これまで通りの、雇用、経済効果の期待の一方、老朽化・劣化対策は大丈夫なのかという不安の声も多い。こと原子力発電所は「無茶」も絶対に禁物だが、「無理」しての定年延長も駄目だ。石橋をたたいての「定年延長」でもある。
【2010/03/15】 | ページトップ↑
敦賀商工会議所が、民主党に要望などこれまでなら考えられないことだが・・・・。
Date:2010-03-14(Sun)

昨日は、朝、福井へ。民主党福井県連で敦賀商工会議所の要望を受ける。午後は敦賀に戻り、市立図書館3階で気比史学会会長の糀谷県議の講演。夕方は、ココス前で参議院候補予定者の井ノ部氏と街頭演説。夜は夜である会合と、スケジュールと共に時間が流れた。

敦賀商工会議所が民主党福井県連を訪れるのは初めて。メンバーは有馬会頭、室副会頭、小牧副会頭、中村専務とそうそうたるメンバー。内容は、原子力機構が今月中を目指すもんじゅの運転再開に伴う地域振興策の実現を要望。細かくは、①拠点化計画の着実な実行②北陸新幹線の敦賀までの認可と早期整備③敦賀港の拠点港湾指定の3点。

敦賀商工会議所が、民主党に要望などこれまでなら考えられないこと。時代は変わったものだと思いながら、二大政党制を実感する瞬間でもある。ところが、その民主党政権も、直近の世論調査によると、鳩山内閣の支持率は初めて40%を割った。あまりにも敏感な世論だ。民主党と自民党の支持率は縮まりつつある。支持なし層が増えているのは、民主党を離れた人々が流れ込んだためとみられる。その動きの中で、自民党は失地回復の好機なのだが、谷垣執行部では受け皿になれない。自民党内に高まる不満や焦りが、台風の勢いを後押ししているようだ。

政権交代可能な二大政党制は、まだまだだ。固まってはいない。民主・自民双方のもたつきが無党派層を増やし、それがまた政党政治を揺るがす。この悪循環を断ち切れるかどうか、政治が岐路にさしかかっている。せっかく、政権交代で「コンクリートから人へ」など世の中が動きだして半年が過ぎ、さーこれからと思っても、足元のふらつき始めている・・・。



【2010/03/14】 | ページトップ↑
行政が虐待とどうむきあうか。
Date:2010-03-13(Sat)

昨日は、松陵中学校の卒業式から始まった。この季節ながら寒い体育館だが、きりりとしまった卒業式、生徒、保護者、先生それぞれに思い出に残る卒業式だろう、私も遠い昔のことだが、先生の涙は今でも鮮明に覚えている。

これとは裏腹に、本来は最も慈しんでくれる父や母の手で、無残にも命を奪われる。そんな事件がまた全国で相次いでいる。先日も食事が遅いといって虐待され、遺体にあざ、やけどのあとが多数あった小学校1年生の男子。5歳の男児は食事を十分に与えられずに、飢餓による急性心不全で死亡した。

虐待の事実や兆候に周辺が気づいていないはずはない救いようがない現実がある。学校や病院、近隣の住民などが子どもの様子から異変を感じ取っていたことだろう。しかし、現実的には難しすぎる課題だ。福井県内も敦賀市内でも現実的には、水面下での事件発生までにならない事情も多くなっているとも聞く。虐待らしいと気がついても通報できないケースも多いのではないか。

厚生労働省によると、全国の児童相談所が08年度に受け付けた虐待相談件数は、4万2600件を超えている。前年度を約2千件上回り、こちらも過去最多。集計を始めてから18年連続増加している。

虐待事件が起きるたびに学校や児童相談所、医療・保健機関などの対応や連携などが問題になる。児童相談所の権限を大幅に強化した改正児童虐待防止法が08年4月から施行され、虐待の恐れがあり相談所の調査を拒否する家庭への強制立ち入り制度が始まった。

敦賀市内にある施設は、虐待が社会問題化し明らかになってから満杯状態が続いている。施設訪問した折、聞かされる現実はあまりにも冷酷だ。行政と民間施設の連携も大事だが、この問題は、社会という世相が伴うだけにあまりにも難しい課題だ。

施設に入る子供達の増加も、虐待事件や相談件数が増加の一途なのは、虐待に関して社会の意識が高まっていることにほかならないが、一方では、虐待防止が進んでいない実態を浮き彫りにしている、今回の代表質問で私は、悩み事相談を一元的に駅前に集中させてはどうかと提案した。雇用のワンストッ沙~ビスではないが、虐待も子育ての悩み、失業、借金な現代社会が抱える問題から波及することが多い。逆愛だけをとらえるのではなく総合的な取り組みも行政は今後、求められるとみている。

行政や警察、学校など関係機関の連携体制は今後、ますます大事になる。虐待されている児童を早期に保護するためにも、こうしたネットワークを強化と行政としての悩み事相談など水際での防止も大事になる時代だ。
【2010/03/13】 | ページトップ↑
交通事情と街の繁栄が密接に関係する
Date:2010-03-12(Fri)

月日は流れるというか、いつの間にか市内の銭湯も少なくなった。敦賀に来た当初、銭湯を探して行ったものだ。消えゆく街の銭湯、映画館は姿を消し、シネマ4で復活した。理由はテレビの普及や生活の変化だ。

また書いてしますが、鉄女と鉄夫の今、注目は、JR特急「北陸」と急行「能登」が、今夜、金沢を出発で消える。金沢では、押し寄せるファンの警戒態勢をとる騒ぎとか。幾多の改編を経て北陸線経由で東京と大阪を結んだ歴史を持つ夜行列車だ。今は、夜間に貨物列車が北陸線を通して関東と関西を結ぶ。かつて国鉄の貨物輸送は、トラック輸送よりも勝っていた。今はJR貨物は、すき間産業ともいえる停滞ぶりだ。

私には、能登の記憶よりも、青函連絡船、宇高連絡船の船旅が忘れられない。荒れた津軽海峡の海は、いつも夜間に乗ったせいか、暗く荒れていた。瀬戸内を走る宇高連絡船は、のんびりとした備讃瀬戸の島々を眺め、たまには、立ち食いのうどんを食べる。そんな旅情は昭和の追憶が残る。

22年以上前のこと。それしか選択肢がなかったのだ。海に囲まれ、船に頼らねばならなかった時代の四国。関西、関東への往来は、本州の鉄道につながる宇高航路が主役であり続けた。故郷の高松が「四国の玄関」と言われたゆえんだ。1975年に山陽新幹線が岡山から博多まで伸びるまでの新幹線の終着駅効果で岡山の観光、発展は眺めてきた私には、敦賀駅に終着駅効果を期待する一人でもある。
 
宇高連絡船の航路誕生は100年前。旧国鉄の独占航路に民間フェリーが参入したのは戦後のことだ。まさに交通の結節点として四国の高松は発展した。22年前の瀬戸大橋開通で連絡船は撤退したが、民間は残った。料金を工夫しながら航空便や高速道と競争し、ほぼ終日運航を貫いた。
 
だが、歴史ある海の国道から船はなくなる。100年の節目、民間2社は苦渋の決断をせざるをえなかった。「千円高速」の打撃の末、無料化では先は見えない。本四架橋と通行料値下げは四国島民の悲願ではあったとはいえ、多様な選択肢を望むぜいたくは、市場原理で許されない。

高松の歓楽街に「フェリー通り」の通称だけは残っているが、瀬戸内の島々へのフェリーが残るだけでめっきりと交通量が減った。かつての「四国の玄関」で四国一の人口を誇った高松も、交通量の減少と空港や瀬戸大橋開通で松山に人口も観光の交流人口も大きく水をあけられた。

長々と書いたのは、交通事情と街の繁栄が意外にも密接に関係するということだ。JR直流化、舞鶴若狭自動車開通、国道8号バイパスと、交通の変化は人の流れを変えるということだ。高速道路無料化は実現するかどうか別にして、交通手段や道路で時間をかけて、街そのもののあり様が変わるだけに、将来をにらんだまちづくりは重要だ。繁栄にもつながる。古くは北前船で西回り航路ができて、江戸時代の中期から敦賀港の利用が減ってきた。歴史が証明する。

国道8号のバイパス開通は、市内の交通量を減らしたが逆に、中心市街地に微妙な変化をもたらしている。中でも、舞鶴若狭自動車の5年後の開通は、利便性は高まるが、敦賀一観光客が訪れる「さかな街」など、人の流れが変わるだけに、観光行政面でも交通事情には敏感でなければならない。なぜか無頓着なのが、気になる。時代の流れは速い。
【2010/03/12】 | ページトップ↑
厳しい現実や背景を把握して、解決の道を探らなければ・・・市立敦賀病院、敦賀港
Date:2010-03-11(Thr)

昨日のふたつの報道。敦賀港と市立敦賀病院。いずれも厳しい内容だ。ひとつは、敦賀港。NHK朝のニュースで「去年1年間に敦賀港と福井港で取り扱われた輸出入の額は、前年と比べた減少幅が過去最大規模となりました。大阪税関敦賀税関支署のまとめによりますと、去年1年間に敦賀港と福井港で取り扱われた輸入の総額はあわせて550億円でした。これは前の年に比べて43%減り減少幅は過去30年間で最大となりました。」との報道、全国の地方港湾も同じような傾向が続いている。それでも大きい落ち込みだ。

品目別の北陸電力の火力発電所用の石炭が271億円と前の年より37%減。自動車部品用のアルミなどの非鉄金属が70億円と66%減り。いずれも景気低迷。敦賀港の脆弱性を露呈しているともいえる。数字は相当厳しいが、それだけでなく、国際的な流れ、国内の港湾の状況を大きな目で眺める必要がある。それほど厳しい現実が横たわっていると私はみている。

ふたつは、福井新聞の「大幅赤字続く市立敦賀病院 経営感覚の欠如が問題」の論説。内容も「大幅な赤字が続く市立敦賀病院が経営改善へ中間経営計画を策定、1年を経過して開かれた点検・評価委員会で、計画に具体性がない―など厳しい指摘を受けた。2015年に黒字化を目指す計画だが、各部局ごとの単年度数値目標や実績数値さえなく、経営改善の意思があるのか問われる内容だ。」とあり、最後は,

「事務職は市職員で、専門知識を習得するころには異動。この繰り返しで事務、経営のプロがいないのが問題だ。不採算部門を抱える公的病院の役割を名目に、赤字でも仕方ない―との意識はないだろうか。現在は地方公営企業法の一部適用で運営責任者は市長だが、改善がみられないようでは指定管理者制度を導入する全部適用も検討すべきだろう。経営感覚を欠いた運営が問題であり、見過ごしてきた行政、市会の責任も重い。」と結ぶ。

内容はその通りだが、これも全国8割の公立病院が悩む課題でもあり、医師研修などに伴う医師確保問題、医療費増大に基づく診療報酬引き下げなど、市立敦賀病院をここまで批判しても、それなら明快な解決策があるだろうか。確かにどこの公立病院も改革は速い。長期入院になると在宅を進める。嶺北から余命いくばくもないと宣言されて、行くところもなく市立敦賀病院を頼る患者も多く、療養型的な要素も多い。

さらに、救急を抱え、嶺南の中核病院として、若狭町、美浜町などの患者もみている。福井新聞の論説は経営だけを責めるが、さすれば、どんな解決策があるか、具体論を経営形態だけではなく示してほしい。

評価委員会はどこも厳しい評価を下している。中期経営計画ができて、まだ私は一年と思っている。改善には2,3年はかかると思っている。それでも駄目であるなら、次の展開が必要とも思っている。ここ10年の公立の地方病院は、市長、市議の批判、それに乗った新聞報道に影響も大きい。その典型が、舞鶴市民病院でもある。公立病院問題を経営面だけでとらえてはいけない。それほど厳しい現実があることも肝に銘ずるべきだ。だからといって、改革を怠っていいと言っているのでない。

ところで、一昨日、夕張市の議会が今後17年かけて残り322億円の赤字を解消する財政再建計画案を可決。原口総務相の同意を得て、夕張問題発覚後に制定された自治体財政健全化法に基づく全国唯一の財政再生団体として国の管理下で市再生に取り組むことになった。

ところが、現実は厳しい。夕張市立総合病院を引き継いだ診療所は常勤医師4人のうち3人が今月末で退職するという。地域医療の再生を旗印にこじんまりと診療所としたが、厳しい結果となっている。

夕張市の倒産は、首長の先見性、議会のチェック機能、市民意識など問われるべきはいくつもあるが、現地で話を聞いて、時代の変化の中で過疎化の大波には歯がたたなかったとの背景の大きさを感じるのである。病院だけにとどまらず、夕張の疲弊は今なおいたるところにある。一時は12万人を超えていた人口は約1万1400人。いまだに流出は止まっていない。高齢化率は43%。少子化も深刻で新学期からは市内1小、中学校に統合され通学の足に不安が残る。暮らしの足元が揺らぐ中での再生は容易ではない。

数字だけ捉えても、改善できない課題は多い。それほど厳しい現実や背景を把握して、解決の道を探らなければ、・・・。けっして、敦賀港も市立病院の問題はよくならないと思っている。
【2010/03/11】 | ページトップ↑
3月なのにこの寒さ、景気も冷え込んでいるが・・・。
Date:2010-03-10(Wed)

今年は何か、気候が変だ。昨日、午前9時ごろから、雪が降りがはじめ、気温は1月下旬から2月上旬の寒さとか。昨日は議会の終了時間が午後6時40分、市役所に止めた自動車にはしっかりと重たい雪が積もっていた。

ある方から就職の相談を受けた。この不景気で親元の敦賀に戻る若者もいる。敦賀のハローワークでも正規職員の採用はほとんどなく、パート、臨時ばかりが目立つ。全国的には、昨日もトヨタ自動車が、2010年度の採用計画で、一般職に当たる業務職の採用を見送った。日本最大企業の見送りは大きい。昨日の県議会でも県内の大学生や短大生の就職状況について、今春の卒業予定者の就職内定率は79.9%で、去年の同時期に比べ10ポイント近く低いとか。まさに真冬並みの冷え込みだ。

その中で、百万ボルトなどの家電量販店の家電エコポイントは好評のようだ。あまり話題にはならないが、一昨日からは、「住宅版エコポイント」の申請受け付けが始まった。エコ住宅の新築やエコ改修を行うと商品券などと交換可能なポイントをもらえる。これを切っ掛けに冷え込んだ住宅着工の回復やリフォーム需要の高まりに期待が大きい。昨年の新築住宅着工件数は78万8000戸と42年ぶりに100万戸を割った。

人口減少でマイナス傾向だったところに世界同時不況の直撃を受けた。トヨタなどの自動車産業と同じようにだけに、波及効果の大きい住宅の落ち込みは他分野への影響も深刻。民主党政権も景気対策+省エネ推進を旗印に住宅にもエコポイント制度を導入した。

新築もさることながら住宅メーカーが期待するのがリフォーム需要。断熱性の高い窓や窓ガラスとの交換、外壁、屋根や床に断熱化を施すと上限で30万円分のポイントが与えられる。どれだけの波及効果になるか、家電エコポイントを使っての消費拡大の話はまだない。

昨日の議会は、代表質問から一般質問に移った。質問事項で多いのは、角鹿中のあり方、駅舎と駅周辺開発、もんじゅ再開、敦賀短大と・・。これらの課題は、敦賀市の財政とも密接な関係もあるが、巡り巡ると敦賀市内の雇用にもつながる課題でもある。この冷え込んだ景気の中で、大きく言えば、将来の敦賀のあり様につながるだけに、議会の議論は大切にも思う。今日の一般質問も夕方まで一日中となりそうだ。


【2010/03/10】 | ページトップ↑
もんじゅ再開をめぐっての駆け引きはもうやめようよ
Date:2010-03-09(Tue)

昨日は、午前9時の議会の運営委員会に始まり、夕方まで代表質問。自分の代表質問もあったせいか、疲れる。話題を離れるところから始める。

昨日の注目は、アカデミー賞の対決。「アバター」と「ハート・ロッカー」の一騎打ち。結果的にイラク戦争を舞台にした「ハート・ロッカー」の圧勝で終わった。しかし、現実の興行収入をみると「アバター」の優位は歴然としていた。確かに、巨額の制作費をつぎ込んだSF大作と、低予算の社会派サスペンス2作品は、あらゆる面で対照的だった。だが、アカデミー賞の選考では、興行収入がすべてではない。

3D(3次元)映像は、世界の興行記録を塗り替えた。3Dは人間の目が左右微妙に違う映像をとらえ、専用眼鏡を掛けると、映像が飛び出して見える。矢が飛んでくる場面では、座席で思わずよけてしまうほど。それに、劇場を揺らさんばかりの大音響。違った興奮とともに、疲労感も残った。確かに、3Dは、映画をますます見せ物にしていくような気がする。

かつて、敦賀のきらめき・みなと館にあった3D映画館。映画一本当たりの価格はべらぼうに高く、映写機も技師も含めて映画館を維持するだけで1億近い費用を要した。今から考えると残念な気もするが、何度も観る映画でもなく、自治体が運営するものでもない。

議会に話題を戻すが、傍聴席にはマスコミのカメラが普段になく並ぶ。高速増殖炉「もんじゅ」再開を巡っての議論だ。河瀬市長は「もんじゅを北陸新幹線の取り引き材料にするつもりはないことを改めて強調し、耐震安全性について国のお墨付きが出れば、間を置かずに運転再開の判断をしたい」と述べた。

また、「北陸新幹線は、市としてはもんじゅでの取り引き、バーターは行わない」とも明言。運転再開の判断時期については「耐震安全性について国のお墨付きが出れば、間を置かずに判断」とも述べ、最終判断も明確になった。

この場に及んで、西川知事や県議会のもんじゅのバーター的な駆け引きがまたぞろ浮上した。私としても、もううんざりとも思っている。原子力開発と地域振興は切っても切れない大事な要素だが、14年間も着実に再開に向けて改造、試験、点検を何度も行い、地域振興では、連携大学などエネルギー研究拠点化が形になり始め現在、新幹線がまだだからと、3月末にも再開をという時期にあって、もう駆け引きの限界を超えているともいえる。

アカデミー賞ともんじゅを重ねるのは不謹慎だが、興行収入も大事だが、その映画も持つメッセージは何かを考えると、「もんじゅの再開」のメッセージは、純粋にこの国のエネルギー資源確保と地球温暖化に、どう役立つか、それが結果として敦賀市の雇用、経済など息の長い地域振興になるにでは、・・。河瀬市長の答弁は、いかにも常識的だ。

【2010/03/09】 | ページトップ↑
大型連休の分散化
昨日は、午後12時から民主党福井県連の常任幹事会。7月の参議院選挙体制を確立。その後、金沢へ。あるパティーの参加と3月彼岸前の親父の墓参り。寒さがぶり返し冷たい雨の金沢だが、観光客が多い。

JR雷鳥の中で、客が残した日経を読むと社説に「大型連休の分散化に知恵を出し合おう」と題して「政府の観光立国推進本部が全国を5つの地域に分け、日程をずらした大型連休を春と秋に設ける試案をまとめた。渋滞や混雑を緩和し旅行需要を掘り起こすとともに、繁閑の集客の差を縮め、受け入れ側の生産性を高める狙いもある。(中略)

2008年度の国内旅行消費額は23兆円。観光産業の国内総生産(GDP)に占める比率は2.3%と電力・ガス・水道業を合わせた2.2%と並ぶ。人手がいるため雇用創出に貢献し、食材調達などで地方経済に寄与する。他の先進国に比べ成長余地はまだ大きいとみられる。」とあった。

大型連休を調べると、世界大恐慌後の1936年、不況と高失業率が続いていたフランスで、2週間の有給休暇制度が設けられたのが最初とか。不況なのに休暇を増やしてもと思いがちだが、逆発想があたった。本来は、需要増大による雇用の創出が目的として、 旅行に出掛ける人が増えれば、消費も増える。ホテルが忙しくなれば、新たに人を雇う。休暇を取った人の代替要員が手当てされれば、さらに雇用が増える。そんな逆発想の雇用対策。それが今日のバカンス大国フランスでもあり、雇用にも息長くつながっている。まさに政府の政策誘導の典型だ。

二番煎じかどうかは別にして、春と秋の年2回、全国5地域ごとに日程をずらして5連休を創設する。ゴールデンウイークなどに集中している休暇を分散させる政府の原案で、混雑緩和による観光需要増大や関連業界の雇用の安定化が狙いという。観光産業はすそ野が広いだけに、雇用拡大にもつながる。千円効果で若狭地域も観光客が土日、休日に2割から3割、マイカーが増えた。それも遠くは福島、新潟と遠出のマイカー族も多い。政策が経済効果をもたらす結果だ。

高速道路の無料化もどうなるか、舞鶴若狭自動車道の利用も休日は多い。5年後の開通、敦賀南部インターの研究も大事だ。

バカンス大国のフランスと肩を並べることはないにしても、不況だっからこそ、休みを増やす。春と秋の5連休創設案は、私も賛成だ。それも地方に観光客が来ることも千円効果でも明らかだ。政府の政策で産業振興も大事だが、地元での受け入れ態勢の確立も大事だ。地方の知恵と準備体制も大事だ。JR直流化もそうだが、敦賀はどうも長期的な展望や戦略、ビジョンに弱く、その結果もあきらめで終わることが多くなかったか。
【2010/03/08】 | ページトップ↑
「個所付け」と「事業仕分け」
Date:2010-03-07(Sun)

・・・・個所付けの非公開性・・・・・・

民主党政権になって、専門的なるが、陳情スタイルが変わった。その中で、野党自民党から問題視されている「個所付け」問題。「個所付け」とは、道路整備や河川改修などの事業個所ごとに、どれだけ国が予算を配分するかを決めること。これまでは国会で予算が成立した後に、実施計画として確定額を公表していた。

国会の予算委員会の審議に、「個所付けの問題」で、民主党が野党時代、「利益誘導ではないか」と与党を追及していた。今回は、野党の自民党から同じような批判を浴びている。国会の予算審議が始まっていない1月下旬の段階で、民主党は各県連「仮配分」として資料を渡し、福井県でも県連地域戦略局より各自治体に伝えられた。

敦賀も国道バイパスなど、国の財政事情が厳しい中で満額ではないが、政治力か、それなりに予算がついた。前原国交相は「中間的な仮配分の形で、漏えいではない」と釈明したが、国民は納得できるものでもない。

一方、ある市民からは「かつて民主党は、こうした個所付けに象徴される予算配分の不透明さが公共事業をゆがめた、と真っ向から批判してきた。それが、与党になったら同じことをしているのではないか」と指摘を受けた。

民主党は、各自治体の市長、町長が上京し、国会議員や各省庁に陳情する慣行が政官業の癒着を生んだと指摘。各県連で受け付け、本部の幹事長室でまとめるという陳情一元化のルールをつくった。福井県連の地域戦略局が福井の窓口だ。敦賀市からも昨年に続いて3度ほど要請を行っている。民主党が掲げる「公平性、透明性」をどう実現していくのか。個所付けに関しては、前原国交相は事業評価もあわせて公表したい、と述べた。陳情一元化もまだ始まったばかりだ。その是非も含めて政治主導の明確なルールづくりが必要だろう。

・・・・・事業仕分けの公開性・・・・・・

もうひとつ、連日のテレビ放映で国民の評価も高かった行政刷新会議による事業仕分け。岡山、奈良、大阪など地方自治体が02年に取り入れていたもの。事業仕分けの「肝」は、民間人が加わって事業の必要性や予算額の適否を公開の場で議論することだろう。

国の仕分けはパフォーマンスなどと批判もあったが、国民には分かりにくかった税金の使い道をガラス張りにして、国民の関心を高めたことは評価していい。

・・・・・本来の議員の役割・・・・・・

「個所付け」は、国民は不透明な「非公開」の従来型の政治に映り、事業仕分けは国民にはガラス張りという「公開」が評価をうけた。現実の予算編成過程で公開、非公開は、難しい課題だが、基本は「公開」が原則に変わりない。事業仕分けは、今後、各地方都市へ波及するのではないか。ただ、この姿がいいのか、私は疑問を持っている。

いずれにしても、二元代表制の地方議会は、予算のチェックは本来、有権者に選ばれた議員が果たすべき役割だ。地方議会で、事業仕分けが脚光を浴びることは、議会の存在意義が問われていることでもある。議員は発奮すべきで、当初予算が審議される3月議会では活発な論議、敦賀ではこれこそ、テレビ放映される本議会の議論は重要な時間だ。
【2010/03/07】 | ページトップ↑
急行「能登」廃止と時代のうつろい
Date:2010-03-06(Sat)

まるで日替わりメニューのように短い周期で天気が変わる。暖かな日あれば、寒い日もある。「春に三日の晴れなし」の言葉通りだ。

議会中だが、旅に出たくなるのもこの季節だ。体調管理に気配りが欠かせない季節でもある。自転車に水泳にと運動も考えるが・・。今日は、二十四節気の啓蟄。土の中から虫たちがはい出てくる季節でもある。とにかく動きだしたい季節だ。

ところで、JR東日本が来週13日に行うダイヤ改正で上野—金沢間の急行「能登」が廃止される。先月、乗り込むと鉄女の女性ファンの多さを改めて痛感した。金沢駅、上野駅とも、最後の勇走を取ろうと数多くのファンがカメラのフェンダーをのぞき込んでいる。

JRの定期急行列車の消滅はもはや時間の問題らしい。既に昼間急行は全滅しており、これで残るのは北海道と北陸だけ。二つの夜行だけとなる。その全盛はとうの昔である。夜行利用を趣味的になってからも数十年がたつが、これも時間とともにできなくなる。今ではそもそも車両がない。国鉄時代の急行仕様車は廃され、古びた特急車両などをあてがって間に合わせてきた。今回の「能登」も同じだ。新たに急行用車両を造る予定もない。

新幹線や高速道路の拡充。特急の大衆化や高速バスの台頭。その中で急行の運用はいかにも中途半端になった。社会を映すともいう。急行列車と言えば4人掛けのボックス席だった。窮屈ではあったが、その相席では見知らぬ同士の一期一会があった。打ち解けて弾む会話もあった。急行の衰退は、そうした楽しみや妙味が薄らいでいった過程と重なる気がする。

昨日もJR各社が高速道路無料化反対を前原大臣に要請したが、敦賀に来られる観光客の大半は、観光バス、自家用車らしい。JR敦賀駅を降りての利用は3分の一に満たないとも聞いたことがある。JR直流以後のフォローもあったが、直流化効果は、どれほどだったのか、正確なデータはまだない。厳しい時代だからこそ、青春切符の快速利用も多いが、何か、物足らない。急行「能登」の廃止はさびしい。「旅は道連れ、世は情け」的な旅情がまた失われていく。
【2010/03/06】 | ページトップ↑
中心市街地活性化計画に求められる視点
Date:2010-03-05(Fri)

国会の予算員会の議論を聴いても「デフレ経済」と何度も出てくる。敦賀も有効求人倍率が1.0を超える雇用情勢でもハローワークの雇用情勢は大半がパートだ。正社員だと倍々と10倍を超える応募があるとか。

財団法人・経済広報センターによる「家計と景気に関する意識・実態調査」をネットで調べると、わずか2000名程度だが、生活の困窮が伝わってくる。今の景気に対して「非常に悪いと感じる」「悪いと感じる」の合計が85%。その理由の第1位が「給料が上がらない」次いで低金利により、金利収入が増えない」「自分または周辺でリストラにあったり就職先がない人がいる」と続く。

家計での負担感がある項目では「公共料金、社会保障費、税金」が第1位で「食費」「医療・介護」と続く。7年前の調査(2002年)と比べ「食費」と「医療・介護」が順位を上げ「日常生活に直結する支出の負担感が相対的に大きくなった」と分析。

敦賀市が進めようとしている施策で、今議会でも中心市街地活性化が最大のテーマだが「市民ニーズと乖離しているのでは・・」とのメールをいただいた。文面を紹介すると「こんな時代だからこそ、肩を寄せ合って話をできる活気あるラーメン横丁やかつての本町の賑わい、駅まで言えば、国鉄の物資部など、狭くてもいいから飾り気のない活気ある場所を・・・」と市の狙いと違うとも感じるが市民が求めているものが何か、考えさせられる。

夜のとばりが降りて、赤ちょうちんに灯がともる。都会では今、狭い通りの両側にひしめく小さな店が意外に賑わっている。大阪の法善寺横丁、東京ではJR新宿駅西口にある「思い出横丁」、新宿駅東口から靖国通りを渡ると「ゴールデン街」。いずれも闇市から発展した飲み屋街は、一時はバブル期の地上げに苦しんだが、この不況ではやるのか、たくましく再生している。

敦賀市も中心市街地から国道バイパスなど道路事情が良くなればなるほど、人々は郊外にむかい、屋台のラーメン店も少なくなった。高速道路完成で大阪、名古屋、東京へとストロー効果で人口減少が進む。戦後復興と北陸トンネル工事で本町が栄え、昭和50年代から平成8年のもんじゅ建設までの、本町で寄り添って酒を飲み合っての風景と敦賀税務署の酒税の右肩上がりが見事に一致する。その後の落ち込みと酒税の落ち込み、中心市街地の閑散とも意外に関係している。

敦賀駅前のホテルが最近1,2軒、さらにもう1軒も工事を開始し始めた。それに応じて居酒屋が増えている。敦賀3,4号も建設を予想しての民間の動きともとれるが、市の施策の影響もあるように感じる。

自然発生的なものを大事にしながら、世相、巷の声を大事にしながら、新たな賑わいとか、活気とか、さらには、飾り気のない温かさ、人々のぬくもりを感じる「新たな公共工事」とは何か、中心市街地活性化の成功のポイントかもしれない。ハーローワーク、税務署と幸いにして集中化してきた敦賀駅前。都会では民主党の施策のひとつでもあるワンストップサービスも好評だ。

核家族化の進む敦賀にあって就職相談はもちろん、子育て、医療、介護、生活保護など、これまで個別にあったものが関連して増えている。鳩山首相が、NPOや市民に教育や子育て、街づくり、介護などへの参加を促す「新しい公共」の普及を施政方針で唱えた。これら身近な課題に取り組む人々を取り上げ「こうした人々の力を『新しい公共』と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域のきずなを再生し、肥大化した『官』をスリムにしたい」と強調した。

今、中心市街地活性化と「新しい公共」ではないが、賑わいの視点に「ぬくもり」も大事な視点かもしれない。コミュニティーバスの敦賀駅のターミナル化などに合わせ、駅前での相談業務の充実、市民活動支援など、ぬくもりの視点での駅周辺の活性化と賑わいも大事かもしれない。
【2010/03/05】 | ページトップ↑
野中広務の「昭和世代からの遺言」
Date:2010-03-04(Thr)

昨日は代表質問の通告締切日午後、質問の趣旨や内容を市の職員にできるだけ詳しく説明する。職員が現場での苦労もこの時に聞かせてくれる。率直な市民の声を反映するのも議員の務めだが、現場の実態を知っての発言も大事になる。

夕方、観光ホテルで敦賀政経懇話会での講演。野中広務元官房長官の「昭和世代からの遺言」と重い題材だが、あっという間に1時間半が過ぎた。西川知事も野中氏の講演とあって、挨拶に駆け付けていた。

私がよく思い出す言葉に、米国の1800年代の牧師で奴隷制度の撤廃などを訴えたジェームズ・クラークの「政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える」と。政治家のあるべき姿を表現した言葉だ。

この言葉を地で行くように、野中氏は、青年団活動を皮切りに、町議会議員から官房長官まで登りつめた政治家だ。当選することだけ、自分の利益ばかり考えて行動するのは政治屋とはまったく違い、国家や国民の将来のことを考えて政治を行うものが政治家という活動を、政治家を退いても続けている。党派の違いはあるが、自らの戦争体験を通じて、一貫して「戦争反対」言い続けた政治家でもある。

エピソードで、共産党の機関紙の赤旗のインタビューでも応え、平和について語り、このインタビューについて朝日新聞に「政治の最大の役割は戦争をしないこと。『戦争反対』であれば、どんなインタビューでも受けますよ」と答えている。気骨のある、言葉の重みが伝わってくる政治家ともいえる。講演でも自民党でありながら、小泉批判を繰り返していた。現在、85歳の高齢だが、1時間半もぶっとうしで講演を続けた。体力、気力もまだまだ現役だ。

講演の後、懇親会で野中氏の秘書と隣り合わせになった。現在の野中氏の精力的な活動が伝わってきた。社会福祉法人の理事長も務め、「9条の会」などの戦争反対の集会にも党派を超え、場所を問わず、85歳の現在も使命感のように、講演を続けているとか。

私も印象に残る野中氏の言動で、1999年9月30日に発生した東海村JCO臨界事故の際には内閣官房長官として事故対応の指揮を執った。内閣総理大臣官邸に事故状況の報告に来た、当時の科学技術庁(当時)の幹部がおろおろして事故現況の報告に詰まると、野中氏は「とにかく現場へ行きなさい。 現場を見て、その状況を報告しないことにはこちらも対策を講じられないではないか」と激怒したことは有名な逸話だ。町議からたたき上げの現場主義。戦争体験も現場を知ったものの言葉だ。

今の民主党で象徴的なのが、小沢一郎幹事長が同党の1年生議員の研修で「次の選挙に勝つことが君らの使命」と発言したことには、事業仕分けなどの政府の活動、国会活動よりも選挙で再選されることの方が大事なのかと、確かにそうだが、それを公然と言ってのける小沢幹事長も偉いとも言えるが、1年生と言え、衆議には衆議の仕事がある。私も今でもこの対応に疑問を思っている。すぐれた政策でも選挙で当選しなければ実現は難しい。現実と理想は違うといいながら、選挙に勝つためだけの政治屋か、未来を語れる真の政治家か。野中広務氏の話を聞きながら、自らにも肝に銘じている。
【2010/03/04】 | ページトップ↑
「子ども手当」の現場の困惑・・。(代表質問内容も・・・)
Date:2010-03-03(Wed)

 昨日は、予算決算常任委員会。市長出席の総括質疑。国会でいうと予算委員会に相当する。質疑の話題は盛りだくさんだが、中でも、鳩山政権の目玉政策である「子ども手当」を、直接、市民に支給し、事務を行う現場の困惑と混乱が浮き彫りにされた。民主党員である私にはとっても複雑な心境だ。

 今回の民主党マニフェストの目玉でもあり、「子育ての社会化」を象徴する政策である。持続可能な制度にするための財源確保策、所得制限の是非、少子化対策としての効果など課題は多い。

 中学卒業までの子ども1人当たり月1万3千円を6、9、12月と年3回に分けて支給する。子どもをもつ市民に期待も大きい。11年度以降は倍額の月2万6千円を支給することになっているが、財源負担など課題も多い。そのため現場である敦賀市はこれまであった児童手当と併用する。

 現行の児童手当を存続させて、地方負担を求めている。昨日の常任委員会の質疑でも今後の財源や市の負担、事務の不透明さなど、6月支給に無理をしている政府の姿が浮き彫りになった。11年度以降も地方負担を求めるとすれば反発は必至だ。子育て政策では、「子ども手当」がすべてはない。保育サービスの充実など、他の子育て支援策とのバランスも求められる。未納給食費などの差し引きが可能かも検討課題とか。

 政策というのは、財政見通しがいかに重要かが、わかる。地方にとっても財源と職員の減少で厳しい現場の実情から、首相がいくら満額支給を約束しても、市町村の現場からは不信感も漂う。7月の参議院選挙との絡みもわからないでもないが、かなり無理しての支給だと思う。マニフェスト実行も大事だが、段階的に市町村の現場との理解を得ながら、来年度から実行でも私はよかったとも思う。

 まだまだ、課題が多い「子ども手当」だ。繰り返しになるが、満額支給で必要な5兆3千億円の財源、どう確保するのか。これだけでも限界がみえるだけに難しい課題だ。本来の少子化対策であることも見失ってもいけない。

 今日は、代表質問の締切日、8日、9日の両日にかけて、行われる予定です。内容については以下の通りです。

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市民クラブ代表質問(北條)

1. 福祉行政について
① 子育て支援策
 政府の閣議決定した「子ども・子育てビジョン」は、今後5年間の数値目標を初めて掲げるなど評価すべき点もありますが、子ども手当と児童手当の併用など、総括質疑でも明らかになったように、肝心の財源の手当てはまだまだ不透明と言わざるを得ません。
 そのなかで、「少子化」は個人的な選択の結果というより、出産や育児がしにくい社会状況が招いた側面が大きく、家族や親だけでなく、「社会全体で子育てを支える」とするビジョン理念は、今後の大きな方向性でもあります。
 これまで本市で取り組んできた乳幼児の医療費無料化、妊婦健診の負担軽減、育児の悩みを相談できる子育て支援拠点拡充をもう一歩進めるべく「敦賀市次世代育成支援対策行動計画」で策定中でありますが、市長として、本市の基本的取り組みの方向性をどのように考えておられるのか、ご所見を伺います。
 次に、保育行政に関する市民にニーズが多様化する中で、園児の低年齢化の対応、病児保育、未就園児の多い地域の子育て支援など、今後、どのように進めていこうとするのかを市長の御所見をお伺いいたします。

② 高齢者支援策

 元気で安心して暮らせる長寿社会の実現を目指すために、今年度、予算案でも充実した施策が提案され、今後のあり方について現在策定中の地域福祉計画でも明らかされつつありますが、急速に高齢化が進む敦賀市にあって、介護予防の推進、在宅介護サービスの提供体制の拡充、認知症になっても安心して暮らせるための施策、高齢者の生活を支えるネットワークづくり、さらには、施設介護のあり方など、今後の本市の取り組む基本的な方向性について、市長のご所見をお伺いいたします。

③ 国保の健全化と検診率向上

 2008年度の福井県内のがん検診受診率は23.9%と、前年度から1.4ポイント増加し、市町別でみますと、池田町が36・8%と高い受診率を誇っているのに対し、敦賀市は8・4%と極端に低く、それも長年、継続されているのが現状です。国民健康保険財政の健全化を考えても、検診率向上は重要な施策のひとつであり、今後の取組みについて、市長のご見解をお伺いいたします。

④ 市立敦賀病院
 市立敦賀病院の中期経営計画において、診療体制や運営規模を適正化し、病床の利用率を高めるといった取り組みが、病院の医師、看護師や職員の懸命の努力が行われ、一歩一歩、着実に成果を挙げていると存じますが、現在の状況と今後の課題についてお伺いをいたします。

 次に、夜間や休日に子どもの具合が悪くなった時、保護者の不安や知識不足から軽い症状の時にも病院を受診してしまう、いわゆる「コンビニ受診」が、市立敦賀病院でも増える傾向にあるとお聞きしております。病院勤務医の負担軽減と、地域の安心な小児医療環境の維持のため、群馬県太田市の取組みなど参考に、敦賀市として、市民理解を得る方策を講じてもよいのではないか、市長のご見解をお伺いいたします。

2. 駅周辺開発と中心市街地活性化について
① 駅舎改築とバリアフルー化
 先月、開催された敦賀駅周辺整備調査特別委員会において、市はJR敦賀駅のバリアフリー化に伴う駅舎改築について、各ホームをつなぐ跨(こ)線橋とエレベーターは4基、エスカレーターは改札近くに上下用、各ホームに上昇用の計5基設置する案を提示しております。
 財政が厳しい折、市民ニーズもあり、市財政の負担の軽減やその後の維持管理費などJR西日本との協議を重ねておられますが、完成後の維持管理費において、市の施設である待合室を含む交流施設は、敦賀市が負担するとしても、駅構内に設置するエスカレーターまで市が税金で負担することは、長浜駅構内はJR西日本が負担するという関係と整合性がつきません。今後、市長とのどのように交渉されるか、ご見解をお伺いいたします。

 次に、新駅舎の設計についてであります。市が建て替えを行う三角屋根の待合室などの交流施設は、東京大大学院の千葉学准教授がカフェやギャラリーを含む斬新な設計となっておりますが、改札から駅長室までのこれまでの駅舎と現状のAゾーン、Bゾーンの関係など景観としてどのように考えておられるのか、市長のご所見をお伺いいたします。

② 駅周辺開発と賑わい形成(Aゾーン、Bゾーンの進め方)
 現在ある駐車場を中心とするAゾーンに建設されようとしている施設は、JR敦賀駅と連携大学を関連付ける施設だけではなく、駅前周辺開発の中核でもあり、賑わい創出の要でもあります。
 総括質疑でも明らかにされたように専門委員会でPFI導入など財政面、建設面での検討が、来年度、精力的に進められるとのこと、さらに、市場リスクの軽減の観点で、市の関連施設、原子力関係事業者の施設と、商業施設と駐車場を併せ持つ多目的多機能な総合施設とする考えとも受け止めました。
 エネルギー研究開発拠点化計画で平成24年度にも建設予定の「プラント技術産学共同開発センター(仮称)」との関連も深く、まだ検討段階とはいえ、駅舎改築、連携大学の全体像が明らかになる現在、議会はもちろん、市民に具体的な全体像、スケジュールを明らかにすることも重要だと考えます。市長として、現在、明らかにできる本施設の概要、スケジュール、できないとすれば、いつ頃、提起できるのか、ご見解をお伺いいたします。

③ 観光行政と中心市街地活性化計画
 舞鶴若狭自動車道との敦賀接続が5年後なり、これを契機に敦賀市内への観光客誘致に対して、駐車場確保や誘致策など5カ年計画のビジョンを持って取り組むべきと存じます。これらを踏まえた、今後の取り組みについて、市長のご所見をお伺いいたします。
 次に敦賀接続に合わせて、神戸、大阪からの高速バスの敦賀駅への乗り入れであります。あわせて、東京、名古屋方面からの乗り入れについてもご提案したいと存じます。さらに、直流化に伴い検討された関空特急「はるか」の敦賀駅発着の再度の取組みであります。関西との連携と観光客増加の観点でご提案申し上げ、市長のご所見をお伺いいたします。また、ソフト面の充実では、観光ボランティアの充実も必要かと存じますが、どのように進めていこうとするのか、合わせてお伺いいたします。

④中心市街地活性化基本計画の今後の進め方
 認定5カ年で計画された事業も61を数え、駅舎改築も含め駅周辺整備はこれからが正念場を迎えます。今後の予算、体制など難題が山積しています。そのためにも一元的な推進エンジンと司令塔が大事になってきます。これらを踏まえ、今後、どのように進めていこうとするのか、あらためて、市長のご見解お伺いいたします。

3. 教育行政について
① 角鹿中の今後のあり方
 先月16日の説明会で、2010年度に学識経験者や角鹿中PTAなどで検討委員会を設置し、2,3年度をめどに統合問題を再検討することと、10年年度から2カ年で角鹿中の現校舎の古いままでの耐震補強工事を実施する方針を示されました。耐震補強工事後、校舎の耐用年数は10年は持つことと、検討委員会の結論は2,3年で出すとの方針は、矛盾はないのか、また、費用負担と安全安心の観点でどのように教育長としてお考えかご見解をお伺いいたします。

②小中、中高一貫教育の検討
 次に、近年、6・3・3制を見直す動きがあり、1998年の改正学校教育法が成立して公立での設置も可能となりました。少子化や学力維持向上や地域との関係で、小中一貫教育や中高一貫教育も敦賀市内でも導入を検討すべきではないか、教育長のご見解をお伺い致します。

③市立図書館のあり方
 敦賀市立図書館は、市民の財産であり、文化や芸術分野の維持発展の意味からも中核的な存在であります。近年の利用者数、蔵書数や毎年の予算額を調べてみますと、市民の一人当たりの蔵書数は県下市町で最低であり、予算額も毎年繰り返される年度のシーリングに応じて、県下最低を継続しております。
 私は予算額そのものに言及するものではありませんが、文化、教育の中核でもある今後の市立敦賀図書館をあるべき姿をどのようにお考えなのか、次に、敦賀らしい特徴ある市立図書館をめざせないか、教育長のご所見をお伺いいたします。

4.公共施設の耐震化と施設維持について
 本市には、まだ市役所、男女共同参画センター、ハートフルスクール、市立体育館など、まだ耐震化が行われていない公共施設があります。また、昭和50年代の電源三法交付金の導入や人口の増加に対応して、文化センターやプラザ萬象、総合運動公園など多様な施設を短期間に整備されてきました。今後も駅舎改築、松原公民館など未整備施設は残っているものの、敦賀市の施設水準は、他市との比較では相対的に相当高い水準にあります。
 しかし、今後の急速な少子高齢社会への変化を展望すると、必要な施設をしっかり維持していくためには、耐震化はもちろん、公共建築物の数の縮減、その上での既存公共建築物の長寿命化・延命化による有効活用が重要です。新しい施設を建設する場合、それと併せて、他の施設との再編や廃止、利活用等、効果・効率面や財源創出面からの検証を行なう必要があります。
 また、これまでのように全ての施設を税で整備するという手法によらず、どうしても必要な施設は、民間を活用した多様な整備手法を研究し、導入する必要があります。施設によっては、PFI方式の導入など、民間手法で対応するという手法も必要です。
 総括質疑でも検討が約束された施設整備基金創設(仮称)とあわせて、今後の、敦賀市が所有する施設の維持管理や整備を計画的に進めていくことが重要と考えます。具体的には、残る耐震化や、老朽化が進む施設の維持管理や予算の平準化など、総合的な「敦賀市施設管理と整備方針」を策定すること、さらには、個別の施設について、市民との情報共有を図り、市民の参画を得て、具体的な検討を進めていくことが重要と考えますが、市長のご所見をお伺い致します。

5. 敦賀短大と看護学校の合併について
① 進め方(準備室のあり方、嶺南広域との関係)
 市立看護専門学校と敦賀短大の合併について、先月5日にその方針を市長よりお伺いし、市民クラブとして、その方針に概ね評価し賛同をさせていただきます。今後の具体的な進め方について、嶺南広域行政組合との関係や教授をはじめとする教職員の確保などどのように進めていこうとするのかをお伺いたします。

② 敦賀短大の残した歴史財産
 次に、敦賀短大にあった日本史学科、その後の地域総合科学科で培われた人的資源や明らかにされた敦賀の歴史資産は、有形無形にかかわらず敦賀の財産であり、今後のあり方について市長としてどのようにお考えか、ご所見をお伺いたします。

6. エネルギー研究開発拠点化ともんじゅ再開について
 1970年(昭和45年)3月14日に敦賀1号機が運転開始以来、原子力発電所が敦賀市の雇用、経済、市の財政など日々の暮らしになくてはならない存在になっていることはいうまでもありません。さらに、高速増殖炉「もんじゅ」も将来の日本のエネルギーを支える一大プロジェクトとして、今日を迎え、敦賀市においてもエネルギー研究開発拠点化に伴い広域連携大学の設置など、もんじゅの運転再開と密接に関係しております。
 もんじゅ運転再開とエネルギー研究開発拠点化の発展性・定着性について、市長としてどのようにお考えか、ご所見をお伺いいたします。

以上
【2010/03/03】 | ページトップ↑
市の政策としては、長期的な職場確保は大事な施策のひとつだ
Date:2010-03-01(Mon)

昨日は、南越前町4月の議会選挙に向けてのある候補の事務所開き応援で南条まで自転車を走らせた。木の芽峠は敦賀と嶺北の壁を感じる。それでも例年であれば、エーダブリュ、村田製作所への製造メーカーへの就職も多いが、今年は少ないとも聞く。

今日から3月。進学、就職する若者にとっては、希望と不安が交錯する月でもある。四国から離れたい私にとっては、18歳のとき、両親には申し訳ないが、わくわく感があった。四国の高松には連絡船というものがあり、旅立ちと言うと、テープと蛍の光で別れを惜しんだ。両親の姿、女房の姿も、その時々で覚えている。のち、環境問題でテープはなくなり、連絡船も瀬戸大橋完成でなくなった。今から考えると、心憎い演出が繰り返されたものだ。

一方、親の立場からすると、がらんとした子ども部屋を眺め、一抹のさみしさを感じるのもこの時期。進学、就職のたびに親から遠くなる。息子も今月、就職で独立する。本人は感じていないだろうが複雑な親心だ。

ただ、今年は不況の影響で地元志向が強まり、福井大学、県立大学、看護専門学校も例年にない狭き門とか。そうは言っても、進学や就職の受け皿の少ない福井県、敦賀市では、多くの若者が県外へ、市外へと流出する。進学、就職で300人を超える高校卒業者が敦賀を後にする。この時期、年間で一番多い100人近い人口減少となる。若い活力が古里を離れてしまうのは敦賀にとって大きな損失だ。

子ども部屋の空き部屋を眺める親たちにとっても、心配の種に違いない。とは言いながら、最近は失業で都会から戻る若者も多い。有効求人倍率は全国平均よりもかなり高いと言っても、必然的に正規の職がない。パートか、臨時か、不安定な職場となり、時間が経つと敦賀を去っている。

市の政策としては、長期的な職場確保は大事な施策のひとつだ。敦賀1号、もんじゅ、今後の敦賀3,4号も大事な職場確保だが、人口維持の効果はあっても増やすほどの雇用力はない。今ある、敦賀港湾、産業団地にいかに企業誘致するか、最大の施策のひとつだ。その上、東洋紡など今ある企業のさらなる工場誘致も大事な施策だ。

もうひとつ、大事な施策は、連携大学、研究所の設置もそうだが、敦賀短大もある一面では学生の確保に重要な施策でもあった。原子力という分野で、発電所と大学、研究所は、人材供給では関連するかもしれないが、必ずしも一致しない。もんじゅをてこに、エネルギー研究開発の拠点化が、遠くはアトムポリス構想以来30年を超えるが、まだまだ緒に就いたばかりだ。なによりもその土台のもんじゅの安全第一の再開が正念場だ。

雇用確保は、長期の時間を要する施策だ。産業団地、連携大学と進んできたが、もんじゅ再開、敦賀3,4号本格建設後の敦賀も描いておく必要がある。レーザー研究など息が長い研究分野も大事な要素だ。連携大学を真に連携という意味で考えるならば、各大学で老朽化しつつある研究炉、訓練炉も誘致もその施策ではないか、さらに、敦賀港湾への企業誘致、必要よってはさらなる産業団地確保も必要かもしれない。市税が敦賀3,4号運転で一挙に増えるが、その後の減少も速い。人口減少圧力も大きい。雇用確保と、税金見通しや将来像は欠かせない。この時期、予算書とのにらめっこが続くが長期的な視野も大事にしたい。
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