児童虐待報道に思う・・・。
Date:2010-07-31(Sat)

「暑いな」「熱中症、大丈夫か」「なかなか寝られんでな」「とにかく水を飲むこっちゃ」・・・・と続く。マンションの多い中央町でも一歩、路地を入れば、このようなご近所の会話がある。

核家族化や希薄になった近隣関係、プライバシーなど問題も多いが、何とんなく維持したい関係だ。その中でも気になるのが、虐待死という悲劇のニュース報道が相次いでいる。

虐待に対するアンテナを敏感にするなど、地域の目線も対策を考える必要があるくらいだ。何か殺伐とした世相を感じるがそれしかない。この敦賀でも考えられないと思うが、関係者によると核家族化が都会並みであり、交流都市の裏側に潜む課題でもあるとも伺ったことがある。

児童虐待防止法が施行されて10年になるが、常識では考えられない、幼い命が犠牲となる虐待の悲劇が後を絶たない。地方都市である敦賀でも核家族化が進むせいか、現実にいじめや、陰湿な暴行など親子間にあるとも聞いた。どう親との距離を置かせるか、行政の仕事の分野でもある。市内にある天理教の施設「白梅学園」は、この法律施行で大きく環境が変わった。

厚生労働省によると、全国の児童相談所が2009年度に相談を受けた児童虐待の件数は4万4210件で、08年度を1546件上回り、過去最多を更新した。一方、全国の警察による児童虐待の摘発は昨年、前年より9.1%増の335件で、1999年の統計開始以来最多。虐待を受けた児童は347人(死亡は28人)で、これも最多だったとか。

調べると、児童虐待防止法は2000年11月に施行された。虐待の恐れがある場合には、児童相談所の職員らが自宅に立ち入り調査をできると規定。3年後には改正され、証拠がなくても、あざなどから虐待を受けたと思われる児童を見つけたときの通告も国民に義務付けた。

さらに07年の改正で、裁判所の許可令状による自宅などへの強制立ち入り調査も可能になった。こうした度重なる法改正は、虐待の深刻さを物語っている。敦賀市で地道に「こんにちわ赤ちゃん」での訪問活動を続けている。悩みを抱えるお母さんの出前相談のようなものが、一方で。隠れた虐待などないか、など地域目線、現場目線は大切なことは言うまでもない。

虐待の多くは身体的な虐待と養育放棄というネグレクト(無視)が占める。悔やまれるのは、学校や近所の人が虐待の兆候を目にしながら、気づかなかったり、家庭内の問題に立ち入ることをためらったりして、結果的に救えなかった命が幾つもあることだ。

子育て中の悩みは、多い。経験上も、夫婦げんかでのはけ口で、子どもをわけもなくしかったりすることは、私もあった。核家族特有のけんかと犠牲になる子ども姿だ。夫婦の不仲や経済的困窮など、昨今、さまざまな問題を抱えながら誰にも頼れず、地域から孤立して子どもの虐待にストレスのはけ口を求めるケースが多いのではないか。

都会並みに核家族が進む敦賀の現状を考えると、児童虐待は社会全体でとらえる必要があることは現実だ。虐待の発生予防、早期の発見と対応、虐待を受けた子どものケアまで総合的な支援が必要なことはいうまでもない。とはいっても行政にも限界がある。

これまで児童相談や学校、市役所、警察など関係機関の連携強化を訴え、対策も積み重ねているもいるが、世相が悪くなり、親の質とは言わないが信じられないケースもあるとか。それだけでは、世相が、時代が変わっていることをとらえておくことが大事だ肝に命ずるが・・・・。、
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【2010/07/31】 | ページトップ↑
産業遺産と言う考え方・・・。
Date:2010-07-20(Fri)

最近、敦賀市役所の企画政策部で、観光の新た目玉として「産業観光」という新たな試みを模索している。「原子力発電」からリサイクル工場と最先端な技術が意外に多い。産業を歴史的に見ても価値あるものが意外に点在している。近世の昭和の時代では、敦賀市には東洋紡績の敦賀工場など歴史的な工場群も意外に知られていない。また、古くは江戸前期から営々と営んできた敦賀酒造、敦賀港駅をはじめとする鉄道遺産など、産業遺産としての価値は、これからだが、目が離せない。

全国大で歴史的な産業遺産に目を向けると、日本の産業発展に貢献し、歴史的な意義を持つ「機械遺産」に、日産自動車の前身が終戦直後に発売した電気自動車の元祖「たま」や四国の金丸座の回り舞台など計6件が新たに選ばれた。戦後すぐに、電気自動車があったとは驚かされる。時速35キロ、一回充電で60キロは走るとか。正直知らなかった。

もっとも誇らしく思うのは、故郷四国の香川県琴平町の金丸座の「回り舞台」だ。私も3度ほど視察と見学で訪れている。金丸座は江戸時代の趣を保つ国内現存最古の芝居小屋で、回り舞台は直径約7メートル。床下で数人が棒を押して回し、場面転換する。木製の「回転ごま」を用い、動かしやすいように工夫してある。ほぼ同型のものが同じ四国の内子町にもある。

国レベルの歌舞伎座の回り舞台なら理解できるが、田舎の芝居小屋にあるという感動だ。それも人力で観客を楽しませようという意気込み。大げさに言うなら、奈落の底から感じる民衆の歌舞伎にかける息吹、思いだ。明治以降、海外の舞台装置にも影響を与えたというから産業遺産の価値は十分だ。さらにすばらしいのは、金丸座での本物の歌舞伎役者による公演の復活だ。それも切符を手に入れることも至難の技。それを琴平町の住民がボランティアで全面協力して興行を支えていることの頼もしさだ。

文化財を使いながら保存していく。機械遺産の認定は回り舞台の価値はもちろん、こうした多くの人々の情熱が有形無形の力となったことは事実だ。

敦賀に話を戻すと、「敦賀酒造」を登録文化財にし、使いながら保存していく計画が立てられた。寛永年間の造り酒屋の古文書など貴重な資料や酒屋特有の樽など、意外に市民に知られていない産業遺産の保存策だ。古くは北前船、近世の東京ー敦賀間の国際列車、そして現在と、敦賀の栄枯盛衰を眺めてきた敦賀酒造の歴史は、現存する周辺の伝統的な商家の街並みとともに、残された産業遺産ともいえる。中心市街地活性化計画における期限は5年、認可までこぎつけた計画を前に進めたいが・・・。
【2010/07/30】 | ページトップ↑
棚田の原風景が残る岐阜県八百津町・・・。
Date:2010-07-29(Thr)

昨日は、休暇をとって、人道の港「ムゼウム」のボランティアメンバーと共に、土砂災害の傷跡の残る岐阜県八百津町を訪れた。人道の港「ムゼウム」の主人公の一人である杉原千畝は、1900年ここ八百津で生まれ7歳まで過ごした。

今年で生誕110年記念の年でもある。町並みと平行して流れる荒川の上流に、日本の棚田百選の標識があり、標高約400メートルの山肌に、120枚ほどの棚田が広がり、それを縫うように坂道がつづく。 北山地区には千畝の生家があり、生家は、岩井姓で父杉原のもとの姓とか。父「好水」は棚田の風景から畝(ウネ)から千畝(チュウネ)と名付けたのか。

市の関係者が八百津町役場を訪れている間に、「栗きんとん」の店を訪れた。夏だったので生憎品切れ。実りの秋まで待たねばならない。栗きんとんの変わりに近くの造り酒屋を訪れた。岐阜県の県知事賞に輝いた本酒造の冷を試飲した。これがうまい。

試飲後、街道を歩くと、「うだつ」が多いのに気付いた。「うだつがあがらない」の語源でもある。杉原千畝の父、好水はここ八百津で収税吏の職についていたとか。この時期が、伐がこの地方の中心地・八百津町の最も輝いた時代とか。

八百津の輝いた時期、豊かな自然の中で少年千畝は七歳までを過ごしたことになる。八百津町の山間の高台に人道の丘と表した杉原の記念館がある。杉原の「命のビザ」発給を決断した部屋、リトアニアのカウナス領事館の部屋が模してある。人権、人道というそれほどの決断ではないにしても、杉原の優しい人柄はここ八百津町で形成されたのであろう。

造り酒屋の主人は、冷酒に冷焼酎と次々に試飲をさせてくれる。田舎ならではの人情と棚田の原風景は、まだまだ日本に残る。皆さん一度訪れては・・
【2010/07/29】 | ページトップ↑
持続的な行事と改革の必要性
Date:2010-07-28(Wed)

炎天下、大型テントが突風で飛ばされ10人が死傷した事故から昨日で2年がたち、金ヶ崎緑地で関係者約60名が献花を行った。また、事故が発生した午後0時50分になると全員で黙とう。

当時の気候とは、全く違った猛暑。事故に風化もつきものだが、巨大テントと突風の事故ともあって、市内のイベントでのテント敷設やトンボメールなど異常気象の連絡には教訓が生かされるようになった。

職場でも地域でも「安全」は、常に繰り返し、繰り返し行事を行うことによって、忘れがちな気持ちを新たにする効果がある。この事故の風化という時間は、いたしかたがないにしても、関係者が、事故に目をそらさず、真正面から向き合う姿勢に敬意を表したい。

話は変わるが、議会も改革という動作を常に追い求めることが重要な時代と思っている。本会議のRCNの放送開始、一般質問の一問一答、予算決算常任委員会の設置と敦賀市議会も改革が進んできた。今後も、改革の手を緩めてはならないと思っている。

分権改革の流れの中、地方が自治を競う時代になったと言っていい。議会が住民を巻き込んだ「議会基本条例」の制定に向けて動き出した。現在では定かではないが、県内ではじめての越前市議会での制定をはじめ、全国103の市町村議会が議会基本条例を定めている。

来春の統一地方選まで1年足らず。敦賀市議会も議会運営の最高規範となる「議会基本条例」の制定に向けて議会運営委員会で議論を重ね、来年春の改選前までに条例の制定を目指すことになった。

分権改革で自治体経営の裁量権が強化され、地方への権限・財源移譲がこれまで以上に進めば、行政の執行状況を監視する議会の役割はますます重くなる。成否によって住民生活に大きな影響が出る。議会は単なる議決機関ではない。住民の意思を反映させた政策立案にも積極的に取り組まなければならない。

形骸化が指摘され、不要論まで挙がる地方議会をいかに活性化させるのか。議員の活動は、単なる出身母体や地域の利益代表といった従来発想ではなく、総合計画の基本構想の議論など、今後の市の発展や今後のあり方まで論ずるようにもなった。

RCNの中継で具体的に議員の質問の内容からあり方まで注文も多くなった。市民の議員に求める内容も多種多様に変わってきた。そこで議会の自己改革の手段として全国に広がっているのが「議会基本条例」制定の動きだ。

敦賀市議会の議会・議員活動の原則や市民と議会との関係など組織としてどう市民と向き合うのか、議員個人の「報告会」ではなく組織として向き合うなど、地域住民の政治参加を促す一歩となる。市政に対する住民の意思を十分に反映できるよう制度設計をきっちりと練り上げる必要がある。改選前という時間が短いだけにどう取り組むか、私にも不安があるが、なんとか、制定までこぎつけたいと考えている。 
【2010/07/28】 | ページトップ↑
長期的な政策と連動する敦賀の雇用、経済環境
Date:2010-07-27(Tue)

連日の猛暑は体にこたえる。身近でも、まさかと思う若い方も熱中症に近い状況になった。病院のお世話になるほど深刻ではなくても、体調不良を訴える方もお年寄りもいる。体がだるく、食欲はなくなり、気力も萎えてしまう。典型的な夏バテだ。

大量に汗をかくと体の水分とミネラル分が奪われる。胃の機能も悪化し、栄養の吸収が悪くなる。即効は、うなぎとなるが、女房曰く『豚肉入りの野菜炒め』がいいとか、これがまたビールと合う。ついつい深酒をしてさらなる夏バテに・・・。日常の管理がいかに大事か・・・。

ところで、昨日、福井財務事務所は4~6月の県内経済概況を発表し、総括判断を前回(1~3月)の「厳しい状況にある中、持ち直しの動きが進展している」と同じ表現に据え置いた。福井新聞によると、生産や企業収益、設備投資などで改善が見られる一方で、個人消費などが厳しい状況であることを理由に挙げた。私が気になるのは、石川、富山県はいずれも上方修正している中で、福井県の個人消費の冷え込みが大きいとの指摘だ。

島根、鳥取県と同じように、人口減少、少子高齢化の進展に加え、経済活動が停滞し、回復力が弱いということだ。敦賀市は、嶺南地域の中で地政学的にも財政力的にもそんなにひどくはないとみる見方も多いが、現実は、福井県全体の商業活動に引きずられていると考えていいのではないか。滋賀県の湖北の落ち込みとも連動している。

個人消費に内容も、大型小売店販売額(全店ベース)で前年比8.1%減、これに対し、北陸3県の平均3.4%減にとどまり、その中で福井県の落ち込みが大きくなっている。嶺北と嶺南と比べると、正確なデータをもっていないが、嶺南全体の落ち込みの大きさはないにしても、敦賀市は確実に連動している。

ここまで書き進めたのも敦賀市の全体の経済情勢が、ここ10年間、公共工事や原子力発電所と密接に関係していることをデータが裏付けているからだ。原子力発電の建設から運転とある一定の雇用や経済活動があるものの、交付金や固定資産税の減少に伴う財政力の減少が公共工事の落ち込みと密接の連動している。土木建築業者の数、事業所数も明らかに長期低迷傾向が続いている。その中での人口減少など密接に経済活動と関係していることだ。このことが、経済の回復力とも密接に関係していると受け止めていいのでないか。

悲観的な話を展開しているが、今後の長期の活力を敦賀市に導くためには、結論からいうと、民間の経済活動だけでは、敦賀市全体の活力は得られないということだ。それだけ、敦賀市政の長期をにらんだ施策がいかに重要か、敦賀3,4号頼みはわからないでもないが、その後を考えると、いまから種をまいておく必要がある。「ポストもんじゅ」もそうだが、連携大学誘致などのエネルギー拠点化の施策だけでは、雇用、経済、人口維持にはならない。これに新たな産業の誘致など民間活力を誘発する施策が大事ではないか。敦賀港が拠点港になるか、ならないかも大きな要素だ。その後の産業団地構想の復活も大事な着眼点だ。

住宅建設状況や企業倒産、物価、公共事業との関係など、客観的に短期、中期、長期の視点で、分析がほしい。これだけの潜在力がある敦賀が、なぜという疑問符だけでは、今後の敦賀の発展がないとも思う。

夏バテ防止に戻すと、日常の管理と、長期的な鍛練の積み重ねと肝に銘じたいと、自分に言い聞かせるが、自業自得なにか、深酒がたたる。
【2010/07/27】 | ページトップ↑
しなやかさが必要と思うのだが・・・。
Date:2010-07-26(Mon)

昨日の日曜日。早朝の涼しいうちにと、西浦の立石まで自転車で走らせた。自転車の良さは、体で風を切る体感だ。これが暑さを涼しさに変える。10時より冷房のきいた金ヶ崎緑地の人道の港「ムゼウム」でボランティアガイド、昼は、自転車で長浜か彦根へとロングライドと考えたが、この暑さで即、中止。冷房のきいた平和堂の喫茶室で買ってきた本で読書と。夜は、冷房のきいたプラザ萬象多目的ホールで「敦賀市観光ボランティアグループ連絡協議会」の設立総会と、冷房のありがたみを体で感じていた。

今日は、土用の丑の日。一年で最も暑い時期。気温34,35,36度が当たり前の日々が続く。暦通りのうだるような猛暑。確実に温暖化進んでいることを体で感じる日々だ。

私には、暑さを井戸水でしのいだ記憶が、よみがえる。敦賀市内では、水道とは別に、いまでも井戸水をポンプでくみ上げて使っている家庭も多い。5,6歳の頃か、夏の冷たい井戸水は天然の冷蔵庫だった。水不足に悩む四国だが、井戸水はなぜか最後までもった。スイカにトマト、井戸水で冷やして食べた記憶は懐かしい。小学校になると冷蔵庫がわが家に進出。それでも冷蔵庫が小さくスイカを冷やすのは井戸水と中学校まで続いたか。

今やトマトは年中野菜、スイカもたまに食べる程度。井戸水の季節感が消えた。エアコンで冷やされた部屋は、当たり前だ。昨日も書いたが、よしずで日よけされた縁側に風鈴の音が響く光景、蚊帳を家族全員でかけて寝る風景も懐かしい。それでも冷房の部屋をすべてをわすれさす。

3月の当初予算で学校への冷房設置が議論になったが、私の育った時代は、冷房もなく四国には暖房すらなかった。窓全開、蛍光灯もなく、風通しだけがたよりの授業風景が懐かしい。各家庭のエアコンは当たり前の時代、小中学校の冷房設置は、温暖化へ逆行を語っても、納得せざるを得ない環境の変化に頭がついていかない。

冷房設置とともに、昨日も小中学校の校舎や体育館について、耐震化で全国平均の73.3%を福井県は1.8ポイント下回っているとの報道があったが、幸い、財政力か、市レベルでは県下随一、敦賀市が91.4%と高い。100%となる日々も近い。木造校舎で育った世代に耐震化は当たり前と、言い放つが、どこかで頭がついていっていないのだ。

もうひとつ、「巨人、大鵬、卵焼き」世代で、白鵬の46連勝に感動がない。記録を抜かれた大鵬が45連勝したのは、40年以上も前の1969(昭和44)年だったとか。その年、ライバルだった横綱柏戸が引退し、柏鵬(はくほう)時代は終わった。2人から取った四股名(しこな)が「白鵬」とか。私は大鵬より柏戸フャンだった。一直線の相撲に魅力を感じたが、連勝記録を持つ双葉山、千代の富士、大鵬、そして白鵬と、憎らしいくらいに強い。共通するのは流れるような体の「しなやかさ」だとも感じる。時代は確実に変わり、いま必要なのは何か、体と頭ともに「しなやさ」だと思ってもかたい。つい昔を懐かしむのは、歳を重ねた「かたさ」か・・・。
【2010/07/26】 | ページトップ↑
縮小社会の怖さ
Date:2010-07-25(Sun)

昨日の福井新聞のトップ記事で、敦賀市の2010年度の普通交付税算定結果で、市の税収が豊かで交付税を受けない「不交付団体」だった敦賀市、おおい町がそろって交付団体に転落し、県内全17市町が交付団体となった。

敦賀市は1987年度以来、23年ぶりに交付団体に転落。不況で個人市民税や法人市民税が減少する一方、市税収入の半分ほどを占めていた原子力発電、火力などの電力関連施設の固定資産税収入も減価償却で減り続け、収支が悪化したものだ。

県レベルでは東京だけは不交付団体。政令市レベルでは川崎市をはぶく全国的にもさいたま、千葉、横浜、相模原、名古屋の5政令指定都市を含む18都府県の75市町村が交付団体に転落。09年度に152あった不交付団体は75とほぼ半減、平成で最も少なかった2000年度の78を下回った。最大の要因は、景気の悪化だが、敦賀市は固定資産税の継続的な減少に景気の悪化が拍車をかけ、交付団体になった。

昨日の総合計画・基本構想の話ではないが、人口が減少し、財政が縮小した町がどうなるか。簡単な話ではない。私は瀬戸内海の街をつぶさに見てきた。造船業の企業城下町がどうなるか、街の衰退は、元気どころか、生活まで影響する。生半可な話ではない。

極端にいえば、財政破綻をした夕張市では、財政の縮小→雇用の縮小→人口減少→財政のさらなる縮小と負の連鎖サイクルが、いまだに断ち切られていない。そのことが、医療、介護、教育など生活基盤に影響し、市民の平均所得まで影響し、少子高齢化に一層の拍車をかける地方都市の姿が現実化している。すべてが縮小モードになる怖さだ。

それも全国的とあれば、これは深刻だ。敦賀市は、その負の連鎖サイクルの入り口とすれば、10年後の敦賀市をどうするか、どうなるか、真剣に考える必要があると思う。

この10年の敦賀市の変化をみても、愛発、西浦、東浦の限界集落的な高齢化と空き家の増加。市民一人の平均所得の減少だけならいいが、所得格差の広がりも大きく、生活保護世帯の増加、所得格差が教育格差となり、敦賀高校などの進学率まで影響している。

原子力発電所の誘致の利点が有効求人倍率の数字で明らかになったが、その雇用内容はけっしてよくない。10年間だけみても、市役所の臨時職員の増加もそうだが、市内で派遣社員の増加が続き、雇用数はある程度は確保されているが、雇用内容は明らかに変化しそれが所得に影響しているとみるべきだ。産業構造も10年間で原子力関係の緩やかな伸びはあるものの、製造業への従事者は減り続けている。原子力を基盤した街が、他に産業が停滞している中で、逆に原子力が特化した産業構造は、6万9千人の人口を維持できる構造ではない。

この10年間に明らかに人口構造、産業構造など、どれをみても峠を超えた敦賀市の姿が見え始めた。これまで通りの総花的な総合計画の基本構想なら、立てなくても一緒だと言いたい。今回の不交付団体からの転落は、警告だと受け止め、どうこれをバネにするかぐらいの気概がほしいのだ。

敦賀市は幸いに敦賀3,4号の建設、運転と予定通り進めば、10年以内に確実に不交付団体が約束されている。しかし、そのチャンスをどう生かすか、都市間競争に打ち勝つだけのシナリオを描きたい。それが市民生活への豊かさへも直結する。そんな思いと気概がなければ、10年後も「原子力発電所で財政が豊かな街で、・・・」と10年が過ぎてしまうのが落ちだ。縮小社会の怖さは、これからが本番だけに真剣に考えたい。
【2010/07/25】 | ページトップ↑
絵に描いた餅の『総合計画』にならないために・・・。
Date:2010-07-24(Sat)

気温30度を超えれば「真夏日」、35度を超えれば「猛暑日。酷暑の連続に「あっちー」と気分をやわらげたいがそうはいかない。

四国の高松で、幼少の頃、母から言われ家の前に「打ち水」をした。風に流れがぴたりと止まる瀬戸の夕凪(なぎ)は格別で、なんとか涼をと工夫がされていた。

窓の外に日差しを遮るよしずを立てた。ほの暗くなった室内で多少はひんやりした気分。打ち水や風鈴など、涼を呼び込む工夫は、暑さを楽しむとも言うべきものか。
エアコン万能の時代とは違った風景かもしれない。

昨日は、議会の説明会。内容は来年度から10年間の敦賀市のビジョンともいうべき「総合計画」。そもそも総合計画は経済が右肩上がりでった1969年の地方自治法の改正により、総合計画の基本構想の策定が地方自治体に義務付けられた。

総合計画は「基本構想」「基本計画」「実施計画」の3つに別れ、高邁な理念の都市の像を総花的に示して来ましたが、具体性に乏しく、財政の裏づけもなく、現実の地方の抱えている問題と、かけ離れている部分も多く見受けられました。ほとんどが棚上げ的な存在で、敦賀市も今年度目標の総合計画の基本構想の掲げられた人口目標は当初10万人から変更されて8万人となったが、現実は7万人どころか6万9千人も割り込む状況だ。いかに数値目標といえ、現実を踏まえていないかが理解できる。

敦賀市が抱える問題は、敦賀3,4号の一時的な建設景気があれど、少子高齢化、人口減少社会、財政の縮小、域内経済の縮小が想定される。

敦賀市の人口も10年後には6万5千人を切るかもしれない。それをなんとか6万7千人に止めようという数値目標。これまでの総合計画とは違った意味合いを持つだけに、策定にあたっては、これまでの総合計画とは違うと言う覚悟がほしいところだ。

敦賀市の産業構造とも密接に関係する。敦賀3,4号の建設、運転で、固定資産税の増加で、市の一般会計はどのように推移するかは、運転開始時期と関係する。

もっというなら、現実の財政計画を前提とした計画で無ければ、どんな計画も実現しないばかりか、人件費の義務的経費と政策的な経費など、建物の維持管理や事務事業の見直し、政策的な選択と集中、スラップ&ビルトなど、具体的な施策の立案、すなわち基本計画があって、基本構想を描くべきかもしれない。それほど難しい時代だ。

市民の代表で選ばれた基本構想の審議会がほぼ終わり、9月議会に上程の予定だが、昨日の説明では、大半の議員の納得を得られるような説明ではなかった。

議会で8月2日に議員間で勉強会をすることとなった。曲がり角の時代、それだけに、都市間競争も激しく、自らの工夫も政策も必要だ。方向性もほしい。具体策ない総合計画は、絵に描いた餅であることを忘れないようにしたい。
【2010/07/24】 | ページトップ↑
失敗の教訓
Date:2010-07-23(Fri)

民主党の常任幹事会や昨夜の越前市での会議と、参議院選挙の反省会と言うべき活動が始まっている。昔から伝わる言葉に、「失敗は成功のもと」「失敗は成功の母」という名言がある。

失敗しても、それを反省して欠点を改めていけば、必ずや成功に導くことができるという深遠な意味を含んだ教訓だ。ただ、国政選挙で福井県における民主党は、この失敗を繰り返している。この失敗を繰り返しているだけに、どう克服するか、私は深刻に思っている。

静かなベストセラーともいうべき畑村洋太郎の「失敗学のすすめ」という本がある。畑村氏は、東大の機械の専門家で、読んで共感することが多い。なぜこんな事態に陥ったのかという原因を冷静に探り、深く反省して対策を考えれば、新たな飛躍につながると強調する。

それができないと、逆の結果になる。失敗の原因をあいまいにしたり、他人のせいにすれば、必ず同じ失敗を繰り返す。それどころか、致命的な状況を招く恐れが強いとする。このことが、もっとも大事な点だ。

民主党は参院選の失敗にどう向き合うのか。それ次第で今後の展開は大きく違ってくる。敗因はいろいろと考えられる。菅直人首相の唐突な消費税発言だけでなく、「政治とカネ」の問題で発揮できなかった自浄能力、仕分け作業はあったが、財政運営の不安など、国政レベルの不安はもとより、福井県での連続的な敗因は、一言で言うと福井県での地盤の弱さがある。

タブーを設けず、真摯に反省できるかどうか。総括に説得力がないと国民、県民の理解は得られず、また同じ過ちを繰り返す。民主党にとって瀬戸際の夏である。

これと同列に、同じ項目で扱うのは大変失礼だが、成功にむかって動き出したプロジェクトが敦賀市にある。14年5か月ぶりに運転を再開した高速増殖炉「もんじゅ」。炉心の安全性などを確認する試験を終え、約10か月間の停止期間に入った。

原子力機構によると、この間、機器の不具合や作業ミスなどが、32件起きたが、いずれも安全上は問題なく、試験の日程にもほとんど影響がなかったとのこと。情報公開のキメの細かさは、失敗の教訓そのものと私は思っている。

14年前の失敗の教訓は、ハード面もあるが、ソフト面での情報公開のあり方が、あまりにも大きかった。それが14年の停止につながった。それだけに「石橋をたたいて渡る」ともいうべき試験内容と情報公開のあり方を真摯に見守りたい。

来年の春以降は、再び試験運転を行って原子炉の出力をナトリウム漏れ事故の際と同じ40%に上げて発電を行う計画で、今後は、発電に必要となるタービンなどの設備や機器に長期の停止による影響が出ていないか、入念に調べる。これからがまさに「もんじゅ」の正念場となる。頑張ってほしい。
【2010/07/23】 | ページトップ↑
子育て行政の一元化と正念場
Date:2010-07-22(Thr)

暑い暑い、ここまで続くと温暖化が深刻だと思っていまう。子どもの頃は、30度を超える気温に驚いたものだ。ところが、これだけ日常化すると異常が通常となる怖さだ。

少子化もここまで続くと通常化している。ところで、23年度の予算化で子ども手当の1万3千円が間違いなさそうだが、ただ、保育行政への国の考え方が、財政と関連してなかなかまとまらなかった。ここえきて、少子化に歯止めをかけようと新たな子育て施策を検討してきた政府の「子ども・子育て新システム検討会議」が、保育・幼児教育制度を抜本的に見直す改革案をまとめた。ねじれ国会で法案が成立するか、地方議員としては長年の懸案だっただけに注目しておきたい。

長年の懸案であった幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省などと、制度ごとに所管や財源が異なる仕組みを一元化。子育て施策の実施主体は市町村とし、関連財源を一括して配るなど地方の役割を大幅に拡大するとの内容。民主党のこの方針は私は正しいと思う。縦割り行政でこのことがまとまるか、不安だが、少子化と夫婦共働きが定着する中で、ぜひ実施してほしい柱でもある。

敦賀市も北幼稚園と松陵幼稚園と市立は、子どもの減少の影響を受けて、減少の一途だ。ところが、保育園は、経済環境などから減っていない。むしろ時間延長や病児保育など要望は多様化している。

これらの動きで、幼稚園、保育園して機能を統合、利用の仕組みは、地域の実情に応じて市町村の判断で上乗せのサービスができるとのこと。

保育園の待機児童問題は、ほとんどない敦賀市だが、さきほどの要望にはまだ十分にこたえ切れていない。身近な市町村に責任を持たせることは、地域の実情に応じた事業が展開できるメリットがあるが、自治体の裁量が拡大すれば、財源がどれだけつくか、不安も多い。子育て支援センターの粟野地区建設を始め、施策の充実が進むだけに目が離せない。

保育園の運営費が一般財源化されて以降、全国の市町村で職員の非正規化が進んでいる。敦賀市でも半数近くが非正規職員である。管理上の限界もあろうが、規制緩和との関係も深い、それだけにこれも目が離せない。敦賀市でも一般財源の一割を子育てに使う。それだけに、費用対効果や国との関係など目が離せないことが多い。これもまさに正念場だ。
【2010/07/22】 | ページトップ↑
「老人と海」的な生きざま
Date:2010-07-21(Wed)

久々の東京。昼も夜も暑い。ヒートアイランド現象か、クーラーからの熱風とアスファルトから照り返しは格別だ。今年は梅雨から真夏日へと極端だ。東京に来て、あることに気がついた。この時期、天気予報ならぬ「でんき予報」と言うのが昨年まであった。

夏場はエアコンの使用などで電力消費量が増える季節。東京電力では、毎年この時期「でんき予報」を発表していた。「でんき予報」とは、その日の電力の需給状況(予想される最大電力と「東京電力」の供給力)をHPで公開し、節電や省エネを呼びかけていたもの。今年は柏崎刈羽の原子力発電所の復帰で予備力が増したのか。

データを調べると、今年の夏の電力10 社の最大電力は、1 億7,463 万kW 程度とか。一方、対する供給力については、1 億9,975 万kW 程度を計画しており、予備力は、約2,500 万kW、14%程度を確保できる。14%は確かに余裕がある。二十数年前は、バブルが崩壊したとはいえ、冷房需要について行けず、毎年10%の予備力確保に懸命だった。

ただ、30℃を超えるような日中に気温が1℃上昇しただけで、全国の最大電力は原子力5 基分に匹敵する約500 万kW も増加する。細長い日本列島、電力供給は、かつては至難の技であった。停電を防ぎ、安全に供給できるか、各電力会社の給電マンの腕の見せ所でもある。

電力事業には、それぞれに熟練が要求された分野が多かった。たとえば、「送電屋」という分野が幅をきかした時代があった。送電線を守る仕事は、冬の雪、夏の台風にいかに守るか、高所作業で極限の作業場、日頃の維持管理があって、電気が供給できる。男の中の男の職場でもあった。トラブルや教訓をもとに、送電線の技術が確立し、職人的な作業が少なくなった。

昨夜、ヘミングウェイの「老人と海」を音なしで写し続ける神田のバーに仲間と入った。釣りが趣味というオーナーのこだわりだ。ヘミングウェイといえば、「日はまた昇る」では多くの友人に囲まれながら最後は一人になり、「誰がために鐘はなる」では恋人を失い、「エデンの園」では恋人を得て奥さんを失う。

ところが、「老人と海」では、失われたものは、もちろん巨大カジキだが、老人は漁師としての名声をすでに失っているところから話は始まる。老人は、漁師であること、名声を失っても、巨大な魚と格闘する姿は、まさに男の生き様でもある。

いま、男の職場という考え方が少なくなり、「老人と海」的な生き様が語られなくなった時代でもある。世界一少ない停電、電気はあって当たり前の時代、その技術には、熟練した男たちの教訓がいっぱい詰まっている。40年を超える敦賀の原子力発電にも同じことが言える。
【2010/07/21】 | ページトップ↑
海水浴場の賑わいと商店街の静けさ
Date:2010-07-20(Tue)

私には、選挙もあり、久々の休日と言う感じだ。それも34度の猛暑日。早朝より自転車を関峠、水晶が浜と走らせた。自転車がいいのは、風を切ることにより体感温度が下がる。この感覚がこの時期、最高となる。

まさに、「天」が晴れると「気」も晴れる。元気の「気」でもある。午前9時には「気比の松原を愛する会」の恒例の清掃。なじみの顔が多く、わきあいあいと作業が進む。ところが、自転車と違って、浜辺を歩くと、照り返しが強い。あまりの暑さで汗が落ちる。

抜けるような青空。夏本番の到来である。雲が重く垂れ込めいつ明けたか特定できなかった昨夏と比べると実に明快、ある種の潔さすら漂う。

意外にも、遠く離れた九州南部がまだ明けておらず、豪雨災害のつめ跡を思うと気軽に「お先に」とは言いづらい面がある。

夏本番はいいが、いきなり猛暑を連れて来なくていいのではとボヤきたくなるような暑さだ。折しも3連休とあって涼を求めて繰り出した人も多く、それも、千円効果に加え、舞鶴若狭自動車道の無料化もきいているかもしれない。

この暑さで、夏物商戦が活気づけば、その脈ありだろう。海水浴客を中心市街地へ。「天」が晴れて「元気」と「景気」の「気」も晴れ、上昇気流へ。それでこそ曇りなく気が晴れる。

松原清掃を終えて、川崎、結城、蓬莱、相生と自転車を走らせた。清明の朝市の日曜日と違った静けさだ。博物館、山車会館も前日の無料開放とは違った日常業務。このエリアは、中心市街地の活性化のメイン会場である。相生通りは電線の地中化などハード面のインフラ整備は計画されているが、人を呼び込む手段はこれからだ。

博物館、山車会館のお盆時期や気比さん祭の無料化など、行政の出来ることはできるだけ縦割りにならずに積極的に工夫を凝らすべきだ。

話を戻すが、昨日は「海の日」、市内の海水浴場は大勢の家族連れなどでにぎわった。地元をはじめ、大阪、京都、名古屋や岐阜など車も目立つ。県外からも大勢の家族連れや若い人たちが訪れ、海に飛び込んだり砂遊びをしたりして、連休の最終日を楽しんでいた。

その分、駅前、本町、神楽、相生の各商店街の閑散ぶりと静けさ、中心市街地の目玉である相生通りの閑散ぶりが際立つ。敦賀酒造の問題を含め、中心市街地活性化基本計画の期限5年の半年は過ぎた。まさに正念場を迎える。
【2010/07/20】 | ページトップ↑
土砂災害の危険地域
Date:2010-07-18(Sun)

北陸地方が梅雨明け。そして、猛暑。早朝、夜行バスで敦賀に戻ってきた。けだるさと共に、まだ早朝は、さわやかだ。今日は敦賀港のカッターレースでもある。市議会のチームも参加する。

ところで、九州や中国地方などで被害をもたらした梅雨末期の局地的豪雨は、各地を襲った。敦賀市も8割が山間地。ハザードマップには土砂災害の危険地域を描いてはいるが、正確か、検証が必要ではないか。今回の被害地に岐阜県八百津町がある。敦賀市との関係が深いだけにニュースを聞きながら気になっていた。中仙道太田宿。山線美濃太田駅から木曽川上流へバス30分で、八百津町に着く。

木曽の木材の集散地で、かつてはここでいかだを組んで下流に送ったとか。敦賀市の人道の港ともゆかりの深い、杉原千畝を記念して作った「人道の丘公園」が、町を見下ろす丘にある。

その八百津町が、土砂崩れで家屋が倒壊、可児市では濁流に流された多数のトラックが折り重なるように道路をふさいだ。災害は容赦がない。

裏山の土砂崩れで民家が倒壊し、家族3人が行方不明となった八百津町野上の現場。テレビに映し出された土砂とともに山から崩れ落ちた多くの樹木が重なり合って辺りを覆い、その惨状を物語る。

降雨とともに道路が冠水。交通をまひさせ、水に流された車が道なき田んぼに横倒しとなって何台も発見された。岐阜県によると、家屋全半壊のほか、床上、床下浸水の建物も200棟以上にのぼり、可茂地区での被害が目立つ。

地元自治体や消防、警察、自衛隊による復旧が続いている。今回の豪雨では八百津町伽藍で24時間雨量が239ミリと観測史上最高を記録。周辺でも短時間で集中的に雨が降った。観測史上最高と言う言葉をよく聞く。ゲリラ豪雨とか。地球温暖化で違った側面を考えておく必要がある。敦賀市でも防災マニュアルやハザードマップの作成、さらに、見直しをおこなったが、災害をどこまで正確に予測し、被害軽減が図られるか。常に見直しの姿勢が必要だろう。
【2010/07/18】 | ページトップ↑
消費税論議より大事な国民健康保険の維持
Date:2010-07-17(Sat)

敦賀市の国民健康保険の特別会計への一般会計繰入金の過去5年の推移として、平成16から18年度は3億円台、19年度からは、4億円を超えている。

保険税の収納率も8割台で推移し、1割強の方が本来払うべき保険税をおさめていない。それほど、敦賀市においても国民健康保険財政がひっ迫しているといことだ。

県内でも1人当たりの保険料は、きちんとしたデータは持ち合わせていないが、約年額8万は払っていると記憶する。所得に比べ割高感が強い。勢い滞納が増え、納めない人の割合はいずれ2割に超えるかもしれない。市町村国保といえば、農業者や自営業者のための保険だったが、今や加入者の半数以上が無職者だ。弱い人の医療保障を辛うじて支える。

すっかり様変わりしほころびも目立つ国保だが、重要性は変わらない。病気になっても保険証さえあれば、貧富の差に関係なく医療機関を受診することができ、かかった費用の自己負担も3割ですむ。国民に安心を提供する国民皆保険制度は世界に誇っていい制度だ。

小手先の細工はもう通じない。枠組みの見直しが必要だ。政府は、市町村国保を県単位に広域化して財政の安定を図る考えだ。将来的に、協会けんぽや各種共済との一元化を目指すなら、所得捕捉の不平等にメスを入れなければならない。

消費税のあり方論議も重要だが、地方議員とするとこの国保についての制度設計が大事だと思う。敦賀市も国民健康保険税の値上げに踏み切っても、至って静かだった。納税者の不満があっても不思議ではないぐらいに負担が増しているのにとも思う。

それほど、各市町は、この健全化に苦慮し、もはやお手上げ状態ともいえる段階にあるといっても過言ではない。ぎりぎりまで据え置いた反動とはいえ、納める人はつらい。高齢化に伴って医療費が増える。公費を投入しても賄いきれないので保険料を上げる。その繰り返しだ。財政赤字を避けるためには致し方ないでは、もうすまされない。
【2010/07/17】 | ページトップ↑
頭が重い・書き出し・・・・。
朝、頭が重い。飲んだ仲間がよかったのか、悪かったのか。冷酒がうまい。いずれにしても自業自得。まずは、報告を・・。

昨日は、議会の議会運営委員会。予算決算常任委員会の進め方、議会基本条例の制定、議員定数の適正化と、それぞれに活発な議論が行われた。

議会運営委員会の決め事は、最終的には多数決だが、基本は全会一致が原則。意見の一致はなかなか難しく、それでも議会基本条例の制定にむけて、動きだそうと決めた。

敦賀の議会も倫理条例の制定、一問一答方式、予算決算常任委員会の導入など着実に議会改革が進む。今回の議会基本条例は、その集大成でもある。条例の中身は、各地区で「報告会」を行うなど、議会が組織として直接、市民と向き合うことが考えられる。

それだけに、ただ単なる条例でもない。資料作成から市民にわかりやすく説明するなど実践が伴うだけに、議員一人ひとりの労力も当然、多くなる。いずれにしても、任期中の3月制定にむけて取り組んでいきたい。

話を戻すが、深夜、休みを取って、夜行高速バスで東京へ。新幹線とはひと味違う旅情が漂う。乗客は若者や年配の女性多い。福井からはないが、青春ドーム号や女性専用車まで出現している。室内の座席は1人がけ。長距離の旅に配慮して各席にはスリッパを備えている。両側の窓、運転席後方のカーテンが閉められ、さながら夜間飛行をしている感じだ。何よりも車内が静かなのがいい。バスのゆれと眠りにつけないうとうと感がいい。

それでも深酒のせいか、いつもになく早く、深い眠りに落ちた。東京新宿へは午前5時半。福井からは7時間余りの移動。新幹線と比べると料金はほぼ半額だが、時間は倍以上かかり体力が必要だ。

若者に人気があるのはうなずける。最近は、なにかにつけてスピード感がもてはやされる一方で時に黙想の時間が必要といわれる。夜行バスは自分だけのつかの間の時間を持てる交通機関と・・・。ついついかたくなっている。頭が痛い・・・。
【2010/07/16】 | ページトップ↑
認知症患者の社会化
Date:2010-07-15(Thr)

「介護の社会化」を目指した介護保険も10年がたってすっかり定着した。私たち家族も、利用する立場では、ずいぶんと経済的にも、精神的にも家族は救われた。ただ、制度の精神がよかっただけに、ここ数年、使い勝手は年々悪くなっているように感じる。養護老人ホームなど制度上、どうしても経営重視となっている。介護ヘルパーの労働条件も、何度か言われながらも改善していない。

介護保険利用者が今後、急速に増えるだけに、原点に戻ってとも思うが、それほど現場での増加の速度は速い。なかでも、認知症患者は全国的に増加傾向にあり、患者数は現在の169万人が、20年後には倍増するともいわれてる。敦賀市でも市が把握している分だけで、今年4月現在、約2000人の患者がいるとか。

昨日、中日新聞で紹介された認知症の敦賀市のHP「認知症ほっとけんまちマップ」はためになる。4月に設置され、時たまアクセスしているが、認知症の種類や症例、予防法などのほか、市内の公的な相談窓口、医療機関、介護事業所の情報などきめ細かい内容がためになる。

私も両親で認知症を経験した30年前、20年前、知識がある方が少なかったのか、医者の説明も、いまひとつで、間違った接し方をしてしまった。敦賀市のHPは充実しているだけに、場面、場面に応じたきめ細かい質問や相談に答えるコーナーの新設も将来、必要に感じる。

認知症は、症状の早期発見で、進行を遅らせることができる。それを「ボケたね」でほっておくと、症状は進行してからでは家族の負担は大きくなる。

ところで、要介護認定には、介護の必要度が軽い順に要支援1、2、要介護1~5の7段階があり、各区分ごとにサービス内容や利用限度額が決められている。この認定を受けなければ介護保険は使えない。ところが、この認定は主に本人の身体的な症状で介護が必要かどうかをみるため、健康な人が多い認知症の場合は軽く出がちだ。

支える家族は、徘徊の24時間監視など、大きな負担が伴うにも関わらず、私も介護認定のあり方に、制度開始当初より疑問を感じていた。場合によって、限度額を超えるサービスを自己負担で利用せざるを得ないのが実態で、経済的な負担も重い。

最近では、老老介護や独り暮らしで、家庭によって、家族の負担の状況が違う。生活環境に応じた利用者本位の在り方の検討も必要にも感じる。もっと言うと、制度が複雑化してわかりにくい。きめ細かく分かれているだけに、サービスも利用しにくい。経費も手間も膨らんで、簡素化も必要ではないか。

いずれにしても、認知症の研究も進み、10年前に比べ格段に接し方も変わってきた。ただ、敦賀市も独り暮らしの認知症患者も増えているだけに、まさに、「認知症患者の社会化」をどう行政で対応するのか、ほんとに難しい時代がそこまで来ている。
【2010/07/15】 | ページトップ↑
参議院選挙が終わってPRAT2
Date:2010-07-14(Wed)

どうしても参議院議員選挙の敗北の余韻が残っている。3年定期に訪れる選挙は、その時々の世相と共に覚えている。ここ20年を超える参院選の軌跡は次のようだった。「山が動いた」与野党逆転の大乱(1989年)。夏休みの低投票率と日本新党の登場(1992年)。新進党が自民に肉薄(1995年)。不況下の失政、橋本政権崩壊(1998年)。小泉旋風で自民圧勝(2001年)。年金で民主が改選第一党に(2004年)。政権交代に第一歩になった民主党(2007年)。そして今回の民主党の惨敗。

中でも、印象に残るのは、おたかさんの「駄目なものは駄目」という消費税での発言、わかりやすかった。平和堂前の集会は、1000人を超え、動員以上に人が集まり、観衆のどよめきと拍手が敦賀の街に響いた。わかりさすが、票をのばした。今回も民主、自民よりも「みんなの党」が受け皿になった。先日の平和堂の蓮ホウさえも、さびしい状況だ。動員で人を集めてもさびしい現状を、何度も感じるようになった。逆に動員がなければ、民主、自民ともに、悲惨な状況も続いている。

時間の流れを客観的にみると、衆院選に劣らず、日本政治の流動ぶりがうかがえる。バブルの虚像が崩れ始め、長い沈滞のトンネルへ。そして苦闘のはい上がりが続いた平成の歩みが、それらの選挙にも色濃くにじむ。日本も地方である敦賀も共通するかにように、その時々で選挙は、時代を反映している。

参院選は、その道程に消費税が何度か絡み、どれも否定された。その間に、国の借金は、900兆円、少子高齢化、人口減少だけならいいが、国の元気もなくなり、地方である敦賀の元気ともいえる本町も昨夜も小雨模様で人通りがなく、活気がなかった。

憲法に定められた参院は66歳を迎えた。当初、マッカーサー草案では一院制だったとか。これを日本側の強い要望で衆院と二院制にした。その理念は社会の職能代表、高い知性の合議体など、理想は高い。ところが、選挙の歴史は、それとは関係がないように遠ざけてきたのか、振り返ると不思議と、意外と軽いところで民意が動き、節目を迎えてきた参議院選挙でもある。それも民主主義でもあると感じる。

ところで、敦賀市の人口も68,879人から10年後の平成平成32年には65,500人と予想されている。それを新たな総合計画案では、67,000人にとどめようというものがまとまった。この9月議会に基本構想が上程される。議会への説明会は23日とか。

時代は明らかに人口減少社会、どう減少を最小限にとどめるか。産業団地誘致、敦賀新港の活性化、そしてエネルギー研究拠点化と施策のメニューは豊富だが、どれも国の施策と財政状況とも関連する。

敦賀市独自で言えば、基盤となる、もんじゅの再開と運転、敦賀3,4号の本格着工と運転が予定されるだけに、どう生かすか、活気いを取り戻すか、この程度なのか、次なる総合計画の重要性は今まで以上に重い。

今度の選挙でも、議論が深まらなかった年金や医療、格差など暮らしの問題から、憲法や教育など国の姿も問うまでにはいかなかった。結果として二大政党化よりも分散化に動いた。

厚い雲の切れない生活現場、敦賀の象徴でも本町も活気を失っている。参議院選挙の結果は、結果である。一票が重い選挙となった。負け惜しみはもうよそう。
【2010/07/14】 | ページトップ↑
選挙が終わって・・・。
Date:2010-07-13(Tue)

敗戦後の後片付けは疲れる。連続的なものだけに、前回の空虚感を体が覚えている。政治家には「三つの生命」があるという。一つは人間が等しく持つ「肉体生命」、二つ目は政治活動にかかわる「政治生命」、三つ目は肉体生命や政治生命が尽きた後も、歴史的な業績などと結び付き脳裏に焼きつく「記憶生命」と言うとか。中川平太夫は、嶺南出身の知事として、記憶生命の域か。

そう語っても、負けてばかりでは、記憶生命どころではないが、投開票、翌日の事務所の後片付けは、記憶として鮮明に残っている。昨年9月の政権交代。それは紛れもなく前政権・自民党に対する国民の不満が爆発したものだった。民主党が掲げた地域主権や生活第1、コンクリートから人へなどのテーゼは評価されていい。しかし政権公約と実際の予算で打ち出した政策は乖離し、約10カ月の政権運営は不安を増幅させたとも思える。

そうはいっても、失敗は成功の母でもある。ここは民主党の正念場だ。政治的な利益と票の交換関係がいかに難しいか。世の中は絶えず変化し、振り子のように不思議なバランスで左右に揺れる。

何度も書くが、参院選は菅首相が就任後に財政再建へカジを切り、消費税引き上げに言及、自民の「税率10%を参考にする」としたことから急速に参院選の争点に浮上した。これを分岐点に内閣支持率や民主党の支持率は低下した。ただ、それだけでないように思う。農業の所得保障にも不満が多い。子ども手当も疑問が多い。何事も、財源不足は差し迫った課題だ。選挙結果が示唆するようにこれらを含んだ消費税問題では特に地方の不安が大きい。

参院選は二大政党を軸にした戦いだった。この傾向は来年に迫る知事選、県議選、市長選、市議選など統一地方選に影響を与えるのではないか。今、長いデフレ不況で、陰に陽に、暮らしに影響している。敦賀市も雇用がいいとはいえ、若者の働く場は狭められている。今春の県内高卒者の就職にも影響している。それぞれにとって、極めて切実な悩みだ。満足できずに、7月になって退職した若者もいる。

景気と雇用は最重要課題だ。一方、急速に進む本県の少子高齢化と過疎化も長く続く課題だ。福祉向上と産業振興を実現し、マイナス成長から脱却する必要がある。市民は元気を取り戻す処方せんを求めている。敦賀3,4号の本格着工への期待も大きい。駅周辺整備の全体構想を意外に市民は知らない。いずれにしても、市政にも国政も、k課題が多いだけに、政治の力が今こそ求められている。
【2010/07/13】 | ページトップ↑
惨敗だった・・・・。
Date:2010-07-12(Mon)

昨日は、午前中、気比の松原の海開き。小雨模様の選挙結果が気になっていた。今日、敦賀市の事務所を閉めたのは午前2時。惨敗だった。空虚な感覚はなんともいいようがない。福井選挙区も、敦賀市をのぞいて各市町で負けた。昨年秋に政権交代を果たした民主党政権、ブレーキがかかったことになる。

参院選は政権選択の選挙ではない。しかし、過半数を割り込み衆参の「ねじれ」が生じ、連立の在り方を左右することになる。日本の政治の岐路であることは間違いない。それだけに不安がつきまとう。

当初、民主党政権のマニフェスト(政権公約)の達成度や、政権運営ぶりなどが争点かと思われた。しかし、鳩山首相と小沢幹事長のツートップが退陣、菅首相に代わって状況は一変した。

菅首相は理念先行で迷走した鳩山政権の失敗を教訓に現実路線へとかじを切った。これまでのマニフェストを見直しただけでなく、財政再建をこれ以上先送りできないと、消費税論議を各党に呼び掛けた。自民党が掲げた「10%を参考に」とも述べた。これによって消費税が選挙戦の最大の争点となった。

ただ、二大政党の与党民主党と野党第1党の自民党が、ともに消費税を掲げたことで、ほかのさまざまな課題がかすんで選択肢が見えにくくなった。

国の財政は先進国でも最悪の状態だ。ギリシャの財政危機も対岸の火事ではない。消費税増税がいずれ避けられないことは国民も十分承知している。「選挙に不利」と、これまでの政権が先送りしてきた課題に正面から向き合った意気込みは、私は当初、評価していた。ただ、有権者は、冷ややかだった。

敦賀市内でも一軒、一軒、訪ねても消費税の反応が直ぐに伝わってきた。将来よりも今の景気、生活という高齢者も多い。ある高齢者は、市立敦賀病院の医師不足の問題、追い出しなど率直に語っていた。消費税よりも今の医療体制など、年金、介護、医療などの社会保障はどれも曲がり角と感覚を感じる。そのあり方と財源がセットでもある。

菅首相が敗戦の弁で語るように、あまりに唐突だった。増税による増収分の使い道もはっきりせず、社会保障の全体像も示されなかった。これでは国民が戸惑うのも当然だろう。しっかりした制度設計と丁寧な説明が必要だった。小沢氏が公然と首相を批判するなど、党内論議も十分ではなかった。

民主党は徹底した無駄の削減でまず財源を見つけるはずだった。その姿勢まで後退したような印象を受けた。鳩山前政権は事業仕分けなどで一定の成果を挙げた。子ども手当、高校無償化なども政権交代がなければ実現できなかったものだ。だが一方で「普天間」の迷走で見られたような政権運営の未熟さが目立った。菅首相の消費税の提案も準備不足の感は否めない。

とはいえ、財政再建は避けて通れない課題だ。次世代にこれ以上ツケを回すわけにはいかない。一斉に批判したが、批判に終始した結果、社会保障や景気・雇用など、聞きたかった課題の論議は深まらなかった。

菅首相の代表の任期は9月末までだ。民主党代表選も波乱含みだ。どんな政治になるか、岐路にあることを確かだ。地方政治もどうなるか、これも不安だ。これ以上、書くと一つひとつが愚痴になる。それほど惨敗だった。

【2010/07/12】 | ページトップ↑
もうひとつ振興策
Date:2010-07-11(Sun)

敦賀市において、電源立地地域対策交付金や原子力施設の固定資産税などは、これまで建物、道路などハード面の整備に充てられることが多かった。市民温泉リラ・ポートに代表されるように、維持管理費が一億円近く、建設はいいが、維持管理が問題と言う環境に変わってきた。今回のJR敦賀駅舎改築に伴う議会の議論が、デザインも大事だが、維持管理費はどうかとの問いかけは、時代の変化とも言える。

交付金の使い方で、大きな変化は、人材の育成に使われることだ。エネルギー研究拠点化は、その典型でもある。原子力発電所立地でありながら、学力の谷間とか、高校生が福井や越前市に通う実態は、その表れでもある。

原子力発電所やパナソニック、東洋紡とこれまであった産業以外にこれといった産業は育っていないのが現状や、住民所得の格差など、結果として雇用もそうだが、人口増加に結びつかない現実を考えると、産業政策を真剣に考えなければならない。

ただ、産業団地も土地整備に多額な費用を要し、もう一つの施策として、長い目で見れば、教育・人材育成も地域振興策とも言え、成果が楽しみだ。

高速増殖炉「もんじゅ」の再開に、研究機関に整備がこのキーポイントとなる。それに伴い、研究者や技術者、研修生、その家族ら増えることになる。古くは茨城県東海村が、街の学力が高まるなど人材育成政策が成功している。最近では、青森県六ケ所村が人材育成で動き出している。六ヶ所村では、外国人研究者の子供たちが学ぶ国際教育研修センター(インターナショナルスクール)を整備した。村内児童との交流や村民の語学研修に使う学習室なども備える。

東海村、六ヶ所村は原子力と共に、村が大きく変わった。東海村の倍の人口を有する敦賀市にとって、新しいエネルギー研究拠点化による施策が、前例があるだけに、その教訓を生かしながら新たしいまちづくりの取り組みに期待したい。

次の施策として、大学誘致ばかりではなく、下北半島の青森県・東通村は、原子力発電所の設置に伴う交付金を利用して、「英語教育特区」を申請し、国から認定され、2007年度から小学校の1~6学年すべてで週1回の英語の授業を取り入れている。

電源交付金での手厚い教育振興策、活発な研究機関の事業やそれに伴う国際交流事業が浸透すれば、敦賀市の教育水準も高くなる。学力の底上げにつながり、子供たちの良い刺激にもなる。

大学など教育振興策の効果が表れるのは20~30年後だろうが、地道な施策の継続が、原子力による地域振興のハコモノではない、もうひとつの施策だ。じっくりと取り組むべき課題だ。
【2010/07/11】 | ページトップ↑
選挙の話題にならない教育問題
Date:2010-07-10(Sat)

参議院議員選挙は今日が最終日。昨日は敦賀での街頭活動。今日は、最後ともあって県都、福井市に論戦がうつる。今回の政策論争で消費税論議は、良し悪しにつけ新聞紙上、テレビを通して理解が深まったのではないか。社会保障も薄いとはいえ演説の中で多く取り上げる項目だ。不足というよりまったく取り上げられないのが、教育問題だ。

参院選で掲げる公約には、奨学金制度の創設や給食無料化などが並ぶ。負担軽減策中心の安易な発想にも見える。無償化や給付は家計の助けにはなる。しかし、米百俵の精神ではないが、次の世紀まで見据えた人づくりの施策論議がなさ過ぎる。

敦賀市も国の教育行政の「猫の目」ぶりに振り回されている。国際学力調査での成績低下を批判された文部科学省は「ゆとり教育」を改め、授業時間と内容を増やした新学習指導要領や教員免許更新制を導入した。全国一斉学力テストも復活させた。福井県は一二を争う位置にいるとはいえ、現場は大変だ。

政権交代した民主党は、始まったばかりの免許更新制を見直して教員養成課程「6年制」へかじを切り、体制が未整備という懸念が浮上すると、1年程度の上乗せに軌道修正した。

今回の選挙で、民主党は「少人数学級を推進、柔軟な学級編成、教職員配置」、自民党は「現行の六・三・三・四制の是非を検討し『平成の学制大改革』を実施」と訴える。しかし、議論はほとんど聞かない。

二学期制も敦賀市は採用したが、保護者の異論も多い。全国的には、二学期制から三学期制に戻すところもあるとか。いじめなど学校が抱える問題も多い。教育改革は喫緊の課題といっていい。

見逃せないのは教育の格差が広がっていることだ。保育園、幼稚園から現実に始まる教育格差、高校は嶺北、福井へと敦賀の学力の谷間も広がり始めている。これが、医師確保問題にもつながる。

政権は、4月から「高校授業料無償化」に踏み切ったが、もともと低所得の家庭には減免制度があったためか、現場での恩恵は少ないとの声も聞く。逆に教育の地域格差、所得による格差が現実化しているのではないか。

小学校、中学校の学区の問題も、地域の重要性、地域間の問題もあり、なかなか進まない。 教育に関する問題は、少子化、所得格差とも絡んで複雑化している。私も課題はあげられるが、課題を取り上げるだけでは済まない。それゆえに「無償化」の言葉だけマニフェストが空虚に思えるのだが・・・。難しい・・・・。
【2010/07/10】 | ページトップ↑
空中戦と消費税
Date:2010-07-09(Fri)

参院選の投票日にあと2日と迫った。これほどの空中戦もしらない。それほど大激戦と言うことか。昨日も、民主党は、長妻厚生労働大臣、川端文部科学大臣に小沢前幹事長と。最終日には、菅総理の投入と、首都圏以外では異例という公示後2度目の来福でもある。

ただ、迎え入れる事務方はしんどい。大臣や党首は県警の警備が伴う。それだけに、福井県警の警備もパニック状態ではないか。

ところで、選挙に増税は鬼門というのを改めて感じた。消費増税という不人気政策をあえて問う参院選の投票日が迫った。「増税=惨敗」の政治の経験則を打ち破るのか。

過去の選挙で政権党は、国民の増税への反発を前に惨敗を重ねた。拾い上げるだけで、すべて惨敗だ。一般消費税を打ち上げた総選挙(1979年)、消費税導入直後の参院選(89年)、消費税引き上げ後の参院選(1998年)いずれも鬼門だった。

率直に、首相が消費税10%に言及した今回の参院選は、内閣の支持率は下落という有権者の反応は速い。あえて鬼門に入り、聖域に踏み込む姿勢、私は評価したいが現実は違っていた。敦賀市内でもお年寄りのご家庭ほど、この消費税発言には厳しい。

国民に新たな負担を願うという大事は、極めて細心に事を進めるべきである。低所得者対策としての税金還付で、その所得水準は二転三転した。これほど景気が悪化し、収入が増えるどころか、減る環境では厳しい。現場の地方議員としては、肌で感じる。「所得税、住民税と、どれだけ増えているか」と、計算しているお年寄りも多い。「増税という、極めて厳粛な政策を、こんなに軽々に扱っていいものか」など批判も多い。

消費税への反発を和らげるための配慮が、かえって反発を招いてもいる。ある市民は、消費税と財政再建、社会保障の持続と理解を示し始めた市民もいる。いずれにしてもあと2日。疲れがたまる。
【2010/07/09】 | ページトップ↑
がちんこ勝負
Date:2001-07-08(Thr)

総理、総裁、元総理、前総理、幹事長、国土交通大臣、文部科学大臣、行政刷新大臣、厚生労働大臣、外務大臣、と書くのに苦労するほど役者がこの福井県にきた。今日も水面下で第一級の大物を迎える。まさに「がちんこ勝負」だ。

話を変えるが、小学校、中学校、大学の寮と屋根付きの立派な相撲場があった。小学生の頃は、相撲大会があり半ズボンの体操服の上からまわしをつけて争った。「巨人、大鵬、卵焼き」の時代だ。議会でもときたま「がちんこ勝負」と相撲言葉を使う。文化も言葉も日常生活の入り込んだ国技「相撲」だ。

NHKが大相撲名古屋場所生中継の取りやめを発表した。極めて異例の措置というが、そもそもが前代未聞の話である。中継は当たり前、心待ちにしていたファンも多いのではないか。ファンの気持ちまで踏みにじった責任は、関係した親方や力士たちにまずはあろうが、放置してきた相撲協会の責任も大きいものがある。

相撲協会にも当初から、そう目くじら立てなくてもというような底意がありはしなかったか。大甘の自己申告に始まって、批判を受けるたびに二転三転した姿勢がそのことを物語っているように思う。賭けごとは、違法とは言いながら、大小は別にして、ゴルフ、麻雀と遊びの世界では日常化している風潮もあった。それだけ、甘くなっていたのか。

国技と呼ぶことに異論を挟む向きもあるが、相撲が国民の中に大きな根を張っていることに異論はないはずだ。出直しの機会はだれにでも等しく与えられているものだ。それだけに「がちんこ勝負」でのぞんでもらいたい。

同列に扱うのは不謹慎だが、「がちんこ勝負」でのぞんでいるのが、高速増殖炉「もんじゅ」の試験。原子炉を再開して、日本原子力研究開発機構は、現在行っている炉心の安全性などを確認する試験を、第一段の試験を今月22日に終える。ここまでも重要な試験だが、まだ「序の口」だ。

来年の春に再び試験運転を始め、原子炉の出力をナトリウム漏れ事故の時と同じ40%にまで上げ、夏ごろをめどに事故以来初めて発電を行い、試験を進める。これからが本番となる。

来年までに核燃料33体を新しいものと交換や蒸気発生器やタービンといった発電に必要となる設備点検を進め、長期の空白期間をへての発電に備える。これも「がちんこ勝負」だ。

参院選も残す3日、終盤戦。まさに「がちんこ勝負」だ。日本中に声を限りの演説が響き渡り、同時に数えきれない「ガンバロー」の握り拳が振り上げられている。握り拳は、相撲の禁じ手だが、ルールを守り、政策論争を繰り広げる。いよいよ「がちんこ勝負」も大詰め。
【2010/07/08】 | ページトップ↑
地方議員として社会保障を考えると・・・。
Date:2010-0-07(Wed)

選挙戦も今日を入れて4日。感じるのは、盛り上がりというか、関心と言うか、3年前は、年金が大きなテーマであった。年金も含め、医療、介護など社会保障分野は、高齢化社会で有権者の関心が高いテーマの一つであるはずが、今回の参院選では、膨れ上がる社会保障費の財源として民主、自民両党が消費税率引き上げに言及したことから増税の是非がクローズアップされたぐらいで、具体的な政策論議がほとんどない。

この分野は、民主も自民もない。地方議員として、社会保障分野は、敦賀市でも約年率4%と必ずと言っていいほど増えつづけているだけに、最大の関心事だ。3年前の年金論議は、選挙事務所へもお年寄りがどう変わるのかと、マニフェストをもって訪れたほどだ。老後の暮らしを支える年金制度はどういう形が望ましいか。急速に少子高齢化が進む中で、医療や介護サービスをどう確保していくのか。政策の中身である。どれも待ったなしの状況だ。

例えば年金問題では、民主党は昨年の衆院選と同様に、年金の一元化、月額7万円の「最低保障年金」などを政権公約に掲げる。政府の新年金制度に関する検討会が6月末にまとめた7原則の土台といえるものだ。しかし、実現に向けた道筋はいまだ示されず、財源についても「税制の抜本改革を実施する」という文言にとどまる。

一方、自民党は年金の受給資格期間を25年から10年に短縮するなど、無年金や低年金者対策を強調する。当面10%とする消費税は年金、医療、介護の社会保障と少子化対策の費用に全額を充てるという。

基礎年金と高齢者医療、介護の費用は2010年度、16兆6千億円に達する。国の消費税収では半分も賄えず、約10兆円を国債で補っている。高齢化の進展で社会保障費は毎年約1兆円ずつ増えており、財源問題の先送りは、もはや許されない。

医療や介護現場の人手不足は深刻で、年金だけで暮らせる人は限られる。生活保護世帯は過去最多を記録し、自殺者は毎年3万人を超える。これまでに築いてきた社会の安全網は、危うい状況だ。

ここまで続けると、愚痴にもなるが、少子化に歯止めはかからず、2年後からは団塊の世代の年金受給が始まる。医療、介護なども地方の自治体では、どうにもならないことが多過ぎる。将来にわたって持続可能で安心できる社会保障制度をどう構築していくのか。将来像を具体的に示さなければならない。民主党や自民党と、耳触りのいい話はもう聞き飽きたような気がする。それほどこの国も、地方も大きな曲がり角であることも確かだ。

【2010/07/07】 | ページトップ↑
総合計画の重要性
Date:2010-07-06(Tue)

敦賀市では、第六次の「総合計画・基本構想」策定に向けての議論が行われている。前にも書いたが、「総合計画」といっても、一般の市民には、何のことかピンとこない。それほど形骸化しているのである。

総合計画というのは、地方自治法で自治体ごとに策定することが定められている長期計画(第5次では14年、第6次では10年)で、一般に基本構想(将来フレーム)と基本計画(基本フレームの実現手段、つまり政策)、さらに年度ごとの具体的な施策の実施計画の3層構造になっている。

基本構想は、議会の承認が必要で、地方自治体が行う全ての事業は、この総合計画をもとに立案/運営されることになっているため、俗に「地方行政の憲法」と言われている非常に重要な計画である。総合計画策定で、その自治体の首長や職員は勿論、議員、市民のレベルというか、見識がわかるとさえ言える。

総花的な総合計画では済まされない時代を迎えたと言える。インフラ整備では、JR敦賀駅周辺整備が、駅前の臨時の待合室整備で、市民から「どうなるの」と問いかけられることが多くなったものの、今後、急速な少子高齢化のなかで、インフラ整備から子育て支援や高齢者福祉など、対応すべき政策課題は市民生活に直結する分野に施策の中心が移りつつあることは確かだ。

子育て、介護、医療は、市レベルでも独自路線が必要な時代でもある。そのためには、独自財源も要求される。また、総合計画の方向性の中で、施策・事業の具体的な成果、効果を重視する姿勢を示しているが、それでも、従来の計画では事後評価の際、ともすれば数値目標の達成状況に偏っていたように思われる。最近は、市民が真に満足し、サービスを実感できるのかどうか、など、難しい評価に移りつつある。

わずか10年の期間の総合計画だが、時代の転換期に直面しているともいえる。少子化、高齢化、低成長といった条件の下、社会保障費や生活保護費などの義務的経費が増え続け、財政が豊かと言える敦賀市でも財政の硬直化が進む。

政策的な裁量は狭まっており、拡大路線の総花的な計画はもはや過去のものである。 市立敦賀病院の医師不足、看護師確保、一人暮らし高齢者の増加…。それに伴う公立看護短大の移行、養護老人ホームの待機対策など課題は多い。

今後、10年間の政策課題は、他都市にも共通する社会問題でもある。不況という経済的な要因もあるが、有効求人倍率がよくても雇用の質は、敦賀でも若者も含めけっしてよくはなく、格差に起因する生活保護世帯をはじめ生活困窮者への対応も多くなっている。

地域社会のつながりが希薄になる中で、公民館活動も従来路線では、高齢化で難しい。館長を民間に移行したものの、行政と各区、各地域の関係は、いまひとつ、時代に対応しているとは言い難い。

足元の課題への対応とともに将来への投資も「選択と集中」の中で着実に行っていくしかない。中長期的な観点からは、敦賀港の重要港湾、拠点化など国頼みになっていることは確かだ。

産業団地の誘致はもちろんだが、さらなる雇用創出には第二の産業団地も必要かもしれない。観光振興にも商業統計にその成果が表れず、花換えまつり、とうろう流し花火、敦賀まつりとイベント対応にも安全対策など行政は限界でもある。

観光を「選択と集中」で、費用対効果のあがる産業に民間の意欲喚起も含め、育てあげられるかがポイントではないか。それがないと、税金投入は許されない環境になる。

現実的には、今後10年は、もんじゅの運転再開と運転、敦賀3,4号の本格着工と運転、エネルギー拠点化の大学、研究所の運営と、今後10年間で新たな方向性が出されている現在、それを市の財政はもちろん、社会保障など市民生活に持続的に還元する仕組みを形成が大事だ。さらに、次への10年への将来の投資をどうするか、難しい市の経営能力が必要な時代だ。まさに総合計画は夢ではない、形骸化も許されない時代といえる
【2010/07/06】 | ページトップ↑
高松空襲と敦賀空襲
Date:2010-07-05(Mon)

選挙も終盤戦に突入する。土日はすべて選挙活動となる。疲れがたまり、頭の中が選挙一色となる。選挙の話題は、公職選挙法の関係でブログでの書き込みは避けたい。

ただ、この時期、頭に浮かぶのは暗い話で申し訳ないが、思い出すのは、空襲の話。昨日は、4日は高松空襲の日。敦賀の12日より8日早い。両親の空襲への衝撃とショックは大きかったのか、何度も何度も聞かされた。100機を超える爆撃機B29の編隊、空襲警報と、見たことない大編隊とごう音、それも未明だったけに、怖さといよりも不思議な世界だったとも語っていた。しかし、爆弾が投下されるとあたりは一変。火えんと黒煙に変わった。あまりの暑さで防空壕に入っていることが出来ずに、逃げまどったとか。

明け方、編隊を組んで去るB29まで、しっかりと覚えていた。隣組がしっかりとしていたのか、早朝から、消化と救出と手当が。始まったとも聞く。母親は、炊き出し部隊にと組織的に町内が動いたとか。梅雨空か、握るお結びに降り注ぐ雨が「黒い雨」だっとか。黒い斑点が手に残ったとも。脳裏に焼きついたのか、何度も何度も聞かされた。

焼夷弾攻撃のためか、被災地域は市街地の約80%、被害建築物18,913戸、罹災者86,400人(当時の人口の約60%)、死者1,359名と記録されている。

敦賀空襲は、7月12日。日本海側の都市として最初。空襲は、6月中旬以降、呉・福岡など地方都市に目標を移しており、当時の敦賀市の人口3万1000人と、爆撃目標とされた都市のなかで最も規模の小さい市。ただ、工場と朝鮮との3大定期連絡港の1つであり、関門海峡の機雷封鎖によって日本海航路の重要性が高まっていたとか。爆撃で、市内の全戸数の約7割にあたる4119戸が焼失し、1万9000人の市民が家を失ったとか。

この時期、四国の讃岐では、北陸よりずいぶん遅い田植えを終える。村中で、農作業も休み、新しい小麦粉で、うどんを打ち会食する風習がある。水不足にあるこの時期、毒流しといって、井戸に毒が入らないようにと願う。

選挙事務所では、炊き出しの白いお結びが並ぶ。白いお結びと黒い雨の思い出、平和のありがたみをつくづく思う。敦賀空襲の慰霊の日は、今年は10日。選挙戦、最終日でもある。
【2010/07/05】 | ページトップ↑
路線価と敦賀の将来ビジョン
Date:2010-07-04(Sun)

昨日は、3回目を迎える氣比神宮の杜フェスタ2010。氣比神宮で年に一度おこなわれる総参祭と七夕にちなんで氣比神宮境内に天の川をイメージしてのライトアップなどイベントをまじえ、神楽商店街の元気を高める活動でもある。なんとか、昔の賑わいを取り戻したいものだが、あいにくの雨・・・・。

地域の経済活動の目安が路線価。金沢国税局は1日、2010年分の路線価を発表。敦賀市の本町通りも8万円の7%の下落。県内3834カ所ある標準宅地の価格は17年連続でマイナスとなり、3年連続で下落幅が拡大した。

北陸3県の最高路線価では、福井県では福井市の駅前電車通り、前年から4.8%下落し、もっとも高かった1992年の8分の1となる29万5000円。石川県金沢市の堀川新町の金沢駅東広場通りで前年から3.9%下落の49万円、富山県が富山市桜町1の駅前広場通りで同じく4.3%下落の44万円。

単純比較で、金沢49万円、富山44万円、福井29万円、敦賀8万円。参考にお隣の長浜市が10万5千円。

短期の下落要因は、リーマンショック後の不況だが、長期的な傾向や地域格差をとらえると、地域の施策によるところも多い。

ところで、高度経済成長期の絶頂1972(昭和47)年、田中角栄が首相になり、その直前、田中氏の著書「日本列島改造論」が出た。当時、学生にだったが、ベストセラーでもあり、なるほどと感心した。「水は低きに流れ、人は高きに集まる」。こう書き始め、人が集中しすぎて過密に病む大都市と、人が流出して過疎にあえぐ地方の弊害を同時に解消し、格差をなくしたいと唱えた。そのテコとして工業の再配置とともに田中氏が打ち出したのが、新幹線や高速自動車道の網を全国に巡らす。理路整然、高度成長の日本だっただけに、地方が元気なるには、これだと
思えた一冊だった。

この年、調べると、相続税や贈与税の算定基準になる土地の路線価が、列島改造の動きを先取りして急騰する。山陽新幹線の広島、東北新幹線の盛岡市など沿線各都市は、伸び率が最も大きかった。新幹線に絡む用地取得や建設工事、観光開発が背景にあった。

遅れること38年の現在、ようやく富山、金沢には新幹線の工事が急ピッチ。その要因か、どうかわからないが、福井と金沢の格差は大きい。福井市に引きずられる敦賀市は、もうひとつ格差が広がる。

バブル崩壊以降20年、東京への一極集中、地方ではわずかに県都へとい動きはあるが、地方都市はどこも、人口減少、高齢化は、速い。敦賀市はまだ、なんとか踏みとどまっているが、ここ10年するとその歩みは加速する。

皮肉かどうかわからないが、路線価は、列島改造ブームが始まった38年前と同じ水準まで下がったとも聞く。経済だけ捉えると、バブル崩壊以後の20年間、敦賀2号、もんじゅ建設景気後の落ち込みの反動も加わり、元気もなくしているとも言える。

短期では、有効求人倍率の回復など、敦賀市も、緩やかながら自律的な回復軌道にあるとはいえ、足元の雇用条件は臨時、パートなど給料などけっして改善していない。逆に格差は広がったみるべきではないか。

それゆえに、敦賀3,4号の本格着工の期待感と、新幹線の敦賀延伸と認可の期待感は、高くなる。ただ、それだけでは、従来路線の発想では、難しい。結果が想像できるだけに、プロジェクト生かしたまちづくりは、敦賀ビジョンが必要でもある。総合計画の議論も活発化しているが、10年後の敦賀を考えるだけでも難しい。
【2010/07/04】 | ページトップ↑
敦賀のスーパー事情
日本原子力発電の敦賀原子力発電所2号機は、定期検査終了に向けて、今日、原子炉を起動する計画だったが、ECCS(緊急炉心冷却装置)の一部であるポンプの不備で起動が延期された。

定期検査の内容によっては、千人超える作業員が敦賀で宿泊し仕事をこなす。駅前のホテルも満員状態が続く。企業によっては、マンションを借り上げ、交替で作業員を送りこんでいる。有効求人倍率のよさも含め、発電所の雇用は、敦賀市を支えるひとつの基盤でもある。

ところで、仕事の帰り、スーパーに寄るのは午後8時すぎになることがある。ちょっと意外なのは、総菜売り場で中高年男性の姿をよく見掛けることだ。閉店間際、値段が割引される刺し身や空揚げがお目当てらしい。

ブリの刺し身が1パック、残りもに福がありで、200円台に値下げしてある。意外と書いたけれど、男性客が多いのは、考えてみれば当然だ。作業員の単身赴任も、住民票を持たない世帯も多いと推定できる。

話は離れるが、高齢者世代で男性も多い。妻が倒れて、夫が料理を受け持つ例は珍しくない。不況が続く中、外食を控えて自炊する独身者も多いのではないか。

敦賀市は、県下各市と違う就業環境から、敦賀3,4号の建設工事が本格化すれば、一層、この傾向は強くなる。最全盛期には作業員は5,6千人増えると、推定される。飲食店やスーパーなど経済活動が活発なるのは良いとして、住民票を持たない市民がごみを出す量が増えるなど、負の側面も持ち合わせる。

敦賀3,4号の本格着工は、不況下にあって、ローカルの経済活動は一時的とはいえ、大きな起爆剤でもある。それだけに、負の側面とどう対応するか、自治体の大きな仕事にもなる。
【2010/07/03】 | ページトップ↑
議会と市長の対立
Date:2010-07-02(Fri)

季節は速い。本町を歩くと敦賀名物「すいせんまんじゅう」という字が目に入る。参院選は公示から8日が経過し、序盤から中盤へ、敦賀でも候補者の声が響いた。武生で閣僚級の街頭演説を聞いても、消費税引き上げや景気対策の論争は激しいが、地方の在り方、政府が進める地域主権改革についての論議がほとんどない。

国から財源と権限を大胆に移し、地方のことは地方で決められる仕組みをつくることを狙いとする地域主権改革だが、具体的な動きはこれからだと思うが、選挙の争点ではない。

一方で、議会と市長の関係も自ら考えること大事だ。名古屋市の市長と議会の対立が面白おかしくマスコミで取り上げられるが、地域主権が進めば進むで、議会と首長の関係も法律で整える必要があるのではないか。

鹿児島県阿久根市の市政運営は、解決の糸口がないまま混迷を深めるばかりだ。専門的言えば、地方自治法の欠陥が露呈された。

これは、専門的になるが、市長が6月定例市議会を招集せずに専決処分を乱発している。専決処分は、市長が議会の審議をしないで、市長自らの判断で、執行すること。市長は2度の不信任決議で失職後、昨年5月の出直し市長選で再選。議会の議論などしなくても市政を運営できるとも考えているのか、まさに『独裁者』的に、議会の審議をせずに、税金を勝手に使っている。

もっと詳しく説明すると、地方自治法では、議会の招集権は市長にある。同法は、議会側から臨時議会開催の請求があれば、20日以内に招集しなければならないと規定しているが、罰則規定はない。

議会が開かれれば、議会として対抗しうる手段はある。しかし、開会しない限り、専決処分に対する対抗手段がない。議会としては裁判所に委ねるしかない。阿久根市長の異常さは、市民とっても不幸そのもの。

三重県議会は、『通年議会』と称して、形上は、年がら年中、議会を開いている。これも議会改革のひとつでもある。名古屋市長と議会の対立は、議会の審議の上での結果で、市民の理解できなわけでもない。それでも対立が対立を呼ぶ構図は、厳しい財政運営を迫られる現在、本来の議論が出来ないことにもなる。

議会も、組織として、説明責任など、市民と議会として直接、市民と語り合う『報告会』の設置など、越前市のように議会基本条例を制定している自治体も多くなっている。敦賀市も市民と議会が組織として直接、向き合う条例制定への議論を始めた。
【2010/07/02】 | ページトップ↑
参議院議員選挙は、暮らしを、政治を、語る好機だ。
Date:2010-07-01(Thr)

きょうで一年の残りの半分が始まる。敦賀の6月議会では、駅周辺整備の駅舎改築、連携大学、そして駐車場を中心とするAゾーンの概要があきらかになった。全国では、鳩山退陣・菅政権誕生に始まり、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還、サッカーW杯の岡田ジャパン快進撃と敗退。暗い話では、宮崎の口蹄疫は非常事態、相撲界の野球賭博で大揺れ。菅政権、参議院選挙で急に、独り歩きを始めた「消費税10%」の論議。どれも政治と密接に関係している。

参議院議員選挙に携わっていると、末端の地方議員でも国政を街頭演説など国政を語らなければならないこともある。消費税論議をすると、市民には詳しい方も多い。ワイドショーで私より詳しいお年寄りも多い。たとえば、「ここ2年、37兆円程度しかない税収を国債発行つまり借金が上回り、本年度末で債務残高1千兆円近い財政非常時だ。子ども手当どころではないのでは・・・」と論拠が明確に質問が続く。

私も、負けじと調べて「20年前の税収は約60兆円、2009年度と対比すると、所得税は当時の26兆円から12.8兆円に半減。法人税はもっとひどくて18.4兆円が5.2兆円に激減。ところが消費税は税率3%が5%に上がり、4.6兆円が9.4兆円へと倍増しているが、追いつくはずもない。それでも・・・」とメールで答える。

明らかに財政悪化の元凶は経済低迷で、国民が消費税で懸命に税収減を支えてきた。消費税を推奨するものではないが、社会保障をどう支えたらいいのか、ようやく真剣な議論ができるようになってきたのではないか。

高齢者の方と消費税の話をすると「実態を正直に語る政治家が少な過ぎる」とか、「無責任なバラマキ的な子ども手当は駄目だ」とか、国の財源問題を真剣に語る。それだけ、テレビで取り上げられ、詳しくなっている。

選挙は疑問を解く好機。行政のムダ排除や国民生活と増税をどう考えているのか、民主党も消費税論議で揺れ始めたが、避けることだけはやめてほしい。

とにかく説明不足というか、難しいことを避けることが多い。しかし、最近は、ワイドショーがわかりやすく解説する。これも大事なことと気がついた。ところで、国民年金(基礎年金)の半分は国庫負担(税金)で賄われている。現行の公的年金制度の根幹で、民間の個人年金よりずっと有利な仕組みだが、これが意外と知られていない。

保険料(現在月1万5100円)の負担が重い人には、所得に応じた4段階の免除制度があり、きちんと申請さえすれば最低でも国庫負担分は受給できる。国庫負担は09年度から半分(それまでは3分の1)に引き上げられたので、それ以降は保険料の4分の1免除なら年金額は全額を納付した場合の8分の7、半額免除なら4分の3、4分の3免除なら8分の5になる。全く払えないという全額免除でも半額は受け取れる。

国民年金は満額でも月約6万6千円と、とても老後の生活を賄える金額とはいえないが、将来の無年金者を出さないためにも、公的年金ならではの利点を、なんとか、若者を中心にもっと宣伝する工夫がないのか。

いずれにしても、選挙は、政治を、暮らしを茶の間で語る好機でもある。逃げずに避けずに、語り合うの大事だ。それだけに地方議員もしんどい。

【2010/07/01】 | ページトップ↑
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