風あざみ誰のあこがれにさまよう・・・・

Date:2010-08-31(Tue)

今日で8月が終わる。古いが、井上陽水のフォークに「夏がすぎ風あざみ誰のあこがれにさまよう青空に残された私の心は夏模様」と思い出す時期でもある。夏への郷愁だが、そのまんまの夏が続いている。窓を開けて寝ても汗びっしょりだ。

昨日は、議会運営委員会。9月6日から始まる議会の運営と、その後の報告会の実施要領について話し合った。本日の9時半からの全員協議会で全議員に説明される。敦賀まつりが始まるが、一方で頭は9月議会モードとなる。

ところで、全国大で小沢一郎氏と菅直人首相が全面対決かと思いきや、話合いムード解決、トロイカ体制へとの報道が早朝より流れている。小沢氏は、「剛腕」「強権」「闇将軍」と評され、今の時代、この剛腕が必要な政治情勢だが、世論が許す状況ではない。小沢氏は過去14回の総選挙、3回の党首選とも落選の経験はない。常勝の極意は勝てる選挙にしか出ないというのが通説。今回も勝算ありと踏んでの出馬か。一方で、マスコミ論調、世論調査で様相が変わってきた。それが話合いとなるのか、地方議員としては納得できないことが多い。

ちょうど1年前の昨日、総選挙で民主党が308議席を獲得し圧勝、新聞に「政権交代」の大見出しが躍った。立役者は党にあらず。歴史を動かしたのは、変革を求める民意のうねりだった。それが1年たって、談合か、一両日の動きは、国民目線での党首選があるのか、私も納得できていない。

いま、ちょっとかたいが、ベストセラーの本を紹介したい。米ハーバード大で政治哲学を教えるマイケル・サンデル教授の講義録「これからの『正義』の話をしよう」(早川書房)が30万部を超えるベストセラーになった。NHKの「ハーバード白熱教室」も面白い。人気の秘密は、教授が投げ掛ける興味深い質問に学生がどう答え、どうコメントするか。賛否が分かれるような社会的な問題をとことん論議し、考え抜く姿勢にあるように思う。

例えば、船が難破してボートで漂流する4人のうち3人が1人を殺して食べて生き残った実話を紹介し、学生にその是非を問う。全員が餓死するより弱っている1人が死ぬ方いいのか、人の倫理を守って全員が餓死するのがいいのか、極限の問題を取り上げている。

また、「米国の金持ち上位1%が国中の富の3分の1以上を保有」していると指摘した上で、「貧困者を助けるために富裕者へ課税すべき」かどうか−。日常の素朴な疑問にも、さまざまな角度から論理的に検討を加えていく。そんな手法が、権力闘争や談合、密室政治に嫌気がさし、気分に流されやすい日本の政治風土からみると新鮮に感じられるのかもしれない。

一年前、国民が求めた政権交代は、議論の過程、政策論争など政治風土の変化をもとめていたのかもしれない。報道をきくにつけ、代表選に秋風を感じる。

冒頭の陽水戻るが、「風あざみ誰のあこがれにさまよう青空に残された私の心は夏模様」と、夜、コオロギの澄んだ音色が響き、自転車を止め、目を凝らせば、コスモスのつぼみが膨らみ始めた。「風あざみ」の季節は着実に訪れている。
スポンサーサイト
【2010/08/31】 | ページトップ↑
記録的な猛暑に見舞われた8月が終わる。

Date:2010-08-30(Mon)

記録的な猛暑に見舞われた8月が明日で終わる。なぜか、その記憶は暑さとともに胸に刻まれている。最近の私にとっては、福井豪雨のボランティア、夏の参議院、衆議員選挙だ。寒さでは阪神淡路大震災、重油ボランティアと、記憶が体感として覚えているから不思議だ。

昨日の午前は、松島中央公園で9月1日の防災の日を前に、大地震を想定して捜索や救助活動にあたる総合防災訓練。昼からは福井で民主党福井県連の幹事会と時間が流れた。

総合防災訓練は、市役所、警察や消防、自衛隊、社会福祉協議会、それに医師会など機関や団体と松原、西、西浦の地元に住む人たちおよそ1000人が参加して訓練。訓練の想定は大地震。それぞれの役割に中で訓練が進んだ。

私も阪神・淡路の大震災直後、のべで約1カ月、活動させてもらったが、その時の体験はいまでも、体が覚えている。役目としては、自然発生的に訪れるボランティアと東灘区の区役所との橋渡し的な役割を担った。一般のボランティアの限界もあるが、大災害ではボランティアの手を借りなければ、あれほど早く復旧は出来なかったのではないか。

ようやく社会福祉協議会を中心に昨日、災害ボランティアセンターの立ち上げが、防災訓練の一環として参加した。センターの訓練をしながら、夜遅くまで翌日の作業の段取りをした神戸での記憶がよみがえってくるから不思議だ。

8月は、全国で盆行事が行われ、各地で人々が先祖や亡くなった人たちをしのぶ。盆に、生きている父母や目上の人に祝い物を贈るなどして礼を尽くす生身魂いきみたまの風習もある。

先祖や親、自分の生を見つめ直す季節でもあるはずだ。8月に浮かび上がった、高齢者の孤独死や無縁死という問題。家族のきずなが薄れた今の時代、誰にもみとられず弔われないことも、避けられない現実として受け止めなければならないのだろうか。防災訓練は、生を大切にする活動でもある。

災害ボランティアの活動の一面では、絆が薄れつつある中で、他力本願ながらも人の情けを集約できる現代ならでは組織活動かもしれない。

夕方6時前、西浦から美浜の水晶が浜に自転車を走らせた。西浦では、ツクツクボウシ、アブラゼミの鳴き声、美浜ではコオロギと、季節の流れを感じ、なんといっても夕陽が日本海に沈む風景は、美しいけれど物悲しかった。
【2010/08/30】 | ページトップ↑
厚みのある産業構造
Date:2010-08-29(Sun)

現実をしっかりと把握しておくことは大事だ。特に経済指標で、地方の有効求人倍率は、地域の経済がどのようになっているか把握する上で、重要な判断材料となる。

一昨日のテレビ、昨日の新聞と、福井県内の先月の有効求人倍率は0.82倍で、前月より0.05ポイント上昇し、おととし秋の世界的な景気悪化の直後の水準にまで戻った。

それも、全国平均より0.29ポイント高く、全国で2番目の群馬県を0.07ポイント上回り最も高くなっていた。仕事を求める人の数を去年の同じ時期と比べると15%減った一方、求人数は26%増えたからだとの分析。

新規の求人数を業種別に見ると、ほとんどの業種で去年よりも増えて、製造業で43%、建設業で27%、卸売・小売業で15%増えた。なかでも製造業の復活が今夏にけん引役であったことは確かだ。

公共職業安定所ごとに見ると、小浜が最も高く1.08倍、敦賀が1.06倍となったほか、製造業が盛んな武生で0.65倍と、前月を0.12ポイント上回って上昇幅が最も大きくなった。

敦賀のハローワークで、新規求人数を産業別で10人以上増減があったものを前年同月比でみると、生活関連サービス業、娯楽業で100.0%増、製造業で84.6%増、建設業で41.3%増であったが、複合サービス事業で88.9%減、教育、学習支援業で77.8%減となった。

着実に地域経済の復調し、それが消費にまで回り始めていることが敦賀でも読み取れる。小浜と敦賀の有効求人倍率の高いのは、安定的な発電や原子力の事業に支えられ、それに製造業、建設業の状況で上下するパターンが最近の傾向だ。

今後の見通しについて、急激な円高、株安など懸念材料も多く、夏の暑さで、消費にはで回り始めた経済が、先行きは楽観視できないことは確かだ。

かたくなるが、政治学者の丸山真男が、半世紀ほど前、『理想はいいが、実際はそういかない。現実は固定したもの。そう考えていいか。現実の中にいろいろな可能性がある。「可能性の束」と見てはどうか。理想と現実を関係づけ、どの方向に伸ばしていくか、どの方向が望ましくないかを判断することが必要でないか』と提起している。

この視点でみると、敦賀にはいろいろな可能性がある。敦賀3,4号の建設などもあり、原子力や発電で支えられた産業構造の基本は、半世紀近く変わらないと考えるが、より厚みのある産業構造に変えるには、やはり製造業を確実に増やすか、確実に減少しつつある建設業からどう転換するか、毎年のように増えるサービス業も食えるサービス業というか、求人が恒常的に高い介護分野への展開などである。

将来への敦賀が人口減少、少子高齢化対策にも、有効求人倍率の指標は大事だ。

【2010/08/29】 | ページトップ↑
「私も引くが、小沢さんにも身を引いていただきたい」から3カ月・・・。
昨日、早朝、体が軽い、ここは飛ばして馬背トンネルから関峠と向かった。関峠にくるとペダルが急に重くなる。息があがる。その後は、ずたずただった。体は正直だ。この歳、無理は禁物と女房が教えてくれる。

ところで、昨日の新聞論調、小沢立候補に対して厳しい社説が並ぶ。なかには「君子豹変」という言葉も使う。国民目線からみると確かにそうだろう。

反論するわけでもないが、一説によるともともとの「豹変(ひょうへん)」というのは、豹の斑紋のように、季節が変われば鮮やかに変化する様を指したとか。「君子は豹変し」は、君子は過ちを改め、日々良い方に変わるという意味らしい。

「私も引くが、小沢さんにも身を引いていただきたい」。3カ月ほど前、鳩山氏は小沢氏にそう言って退陣した。これには国民は率直に評価した。今回は違う。退くから表舞台に進む。多数派工作が党内で始まっている。民主党は、公約から言動、姿勢が豹変だらけと、昨日の厳しい論調に、結果できちんと答える必要があることは確かだ。それがなければただのコップのの中の争いとなる。

高校生以来、何度も読み返した本に司馬良太郎の「竜馬がゆく」がある。竜馬は大きな目的のためなら、それが正しいと感じたなら、自分の考えを簡単に変えたし、敵も味方も関係なかった。豹変と言う言葉が竜馬に適切ではないかもしれないが、驚異的な視野の広さで、大きな目的のためなら何でもやるという姿勢、理想を持った現実主義者とも言える。現代の政治家に求められる手腕でもある。

竜馬は、勝海舟を殺すつもりが、逆にその理論にほれ込み弟子になったとされる話は有名だ。薩長同盟の後には、土佐藩重臣の後藤象二郎とも手を結ぶ。後藤ら上士は、竜馬ら郷士を激しく虐げ、命を数多く奪ってきた存在だ。しかしそんな相手とも、関係を築いた。過程はまさに豹変の連続だ。

NHKドラマ「龍馬伝」ではいよいよ次回、倒幕運動にとって、大きなターニングポイントとなる薩長同盟を迎える。竜馬の変わり身は、豹の斑紋のように、季節が変われば鮮やかに変化するように大きな流れの薩長同盟までこぎつけた。

小沢一郎とあえて呼び捨てさせていただくが、よきにつけあしきにつけ、30年、日本の政治の大きな存在だった。今回の代表選はそれだけの価値があるのか、コップの中の争いとみるか、豹変も本来の意味になのか、現代の意味なのか、それだけみても面白いというか、大事な代表選と私はとらえたい。
【2010/08/28】 | ページトップ↑
小沢前幹事長の代表選出馬
Date:2010-08-27(Fri)

暑い、一方でコウロギの鳴き声も大きくなってきた。確実に秋にむかっている。今日は「寅さんの日」という。渥美清さん演じる「フーテンの寅」が主役の映画「男はつらいよ」の第1作が、1969年8月27日に封切られたとか。

95年までの足かけ27年、シリーズ48作。寅さんの映画の誘致に力を入れた四国の年上の友人がいた。店一面に寅さんの写真が並んでいた。ローカル線の琴平電鉄の電車と瀬戸内の島の風景と日頃より熱く語り、その通りになった。寅さんと秋は似合う風景だ。

ところで、昨日の話題は、何といっても、民主党の小沢一郎前幹事長の代表選出馬表明。批判と期待が交錯。亀裂を懸念する声も出ていた。

市民からも「『政治とカネ』の問題を抱える小沢氏では、野党から追及されるのは目に見えている。世論も菅首相の続投を求める意見が多数だ」と菅首相支持派の弁。

一方、「未曾有の経済危機、ねじれ国会を打破できるのは小沢氏だけだ、『剛腕』への期待」「円高株安など経済は大変な時期だが、小沢氏の出馬表明は当然だ」などなどだ。。

市民と話をすると反応は冷ややか。「小沢氏が当選すれば、首相をころころ代えた自民党と同じ。見苦しい」と率直だ。

また、ある方は「小沢氏が出れば8割の支持者は離れる。『政治とカネ』の問題にケリを付けるのが先」と厳しい反応もあった。確かに一般の市民の見方はそうだろう。

話を戻すが、そろそろ赤トンボの季節が訪れる。寅さんの俳句に「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」というのがある。羽を休めたトンボの「明日」を気にかける。寅さんの優しさが伝わってくる。民主党の代表選、首相を選び選挙だけに「明日」の日本をどうする、両者の政策をきいて判断したい。

ところで、赤トンボなどトンボが全国的に減っているとか。産卵場所である水田や湿地が開発などによって年々減っている。当然といえば当然だが、もともと少ない上に温暖化もあって将来、まったく見られなくなる可能性があるとの考察もあるとか。敦賀の中池見湿地の重要性は今後も高まる。
【2010/08/27】 | ページトップ↑
昭和45年11月28日美浜1号機運転開始から40年・・・。
Date:2010-08-26(Thr)

 本日のラジオ深夜便でビートルズの最後のアルバム「アビイ・ロード」、「レット・イット・ビー」を懐かしく聴いてしまった。18.19歳の頃、深夜放送を聴きながら勉強といいたが、乗船実習のボンク(二段ベットの中)であったり、麻雀に熱中していた頃だ。

 ところで、やはり「思い出」という響きには夏が似合う。日常から解き放たれた時間と、それゆえに終幕の切なさが記憶に刻まれるか。季節も年齢もどうしても鮮明に記憶に残っている。「思い出」と言えば、「思い出のトランプ」、作家の向田邦子さん、四国の高松にいた頃、母が担任だけによく聞かされた。

 「思い出トランプ」の短編は、「昭和」の初期、向田さんが描く舞台は、濃密な昭和の空気をまとう。思い出が後の人生にもたらすものは、微妙なほろ苦さでもある。それもまた味わい深い。
またまた。書き出しが長くなった。

 昨日は、最長で50年間運転を続ける方針が示されている関西電力の美浜1号機について、美浜町が住民や専門家に依頼した委員会は、運転継続を認めてもよいとする見解で一致。

 今月11日には美浜町議会の運転継続と合わせて、明日、県原子力安全専門委員会が開かれ、最終判断となる。
美浜1号機は、昭和45年(1970)11月28日の運転開始だ。大阪万博、敦賀1号運転開始、ビートルズ解散と同じ年だ。昭和が最も元気な年だったかもしれない。

 その運転継続も最長50年の期限付き、向田さんが飛行機事故で亡くなったのは29年前の晩夏だった。その8月が終わろうとしている。
【2010/08/26】 | ページトップ↑
いつまでもあると思うな信と期待
Date:2010-08-25(Wed)

一昨日、もんじゅの説明会が開かれた。ことあるごとに、市民説明会は、これから何度も必要となるだろう。JR敦賀駅舎改築もデザイン大幅変更も、市民という大多数への説明は、手を抜いては駄目な時代だ。「説明責任」と言う言葉は古くて新しい。どう支持を得るか、協力を得るか、関係者の心構えでもある。そういう議会にも「説明責任」が求められる時代でもある。

一方で、円高やデフレ、株価下落と経済がまたまた、あやしくなってきた。その中、今日、民主党の代表選の事前説明会が開かれる。代表選をめぐり、民主党内がざわついている。

最高権力者のいすを争う戦いともなれば血湧き肉躍るのも分からないではない。市議会でも議長選でもめると深夜に及ぶことを経験した。市民感覚とは違うエネルギーが議員間に働き、市民不在となる。

権力闘争となると政治家は目の色が変わり、がぜん張り切る。鳩山、小沢、菅と3人が主役を務めた党再生劇が演じられたのは、つい3カ月前である。政治に空白は許されない。

「しょせん、コップの中の争い」と、ある市民から苦言をいただいた。「国民の多くは生活を少しでも良くしてほしい、民主党に入れたのに、・・・・」と始まった。

「景気の先行き不安が高まるのに、コップの中の争いにうつつを抜かす。経済対策を待つ中小企業の経営者や就職難の若者は、もう待ちきれない。巷の声を聞いているのか」と手厳しい。

敦賀市内の有効求人場率は全国的には高いが、パート、臨時が大半でもある。介護など求人は多いが、やはり賃金面で敬遠されている。生活保護者の増加、単身の高齢者の増加に伴う不安など生活実態は、この敦賀でも厳しさを増している。

地方の民主党議員としては、国民目線で「明日の日本、明日の財政、経済対策」を訴えて、堂々と代表選にのぞんでほしい。

昨夜、最後に、「いつまでもあると思うな信と期待。当てに限りがあるのは、親と金ばかりではない」と釘をさされた。その通りだろう。
【2010/08/25】 | ページトップ↑
ドラッグストアのマイバック運動の離脱
Date:2010-08-24(Tue)

昨日から初秋の処暑。暦の上では暑さがやむ時期とのテレビの気象解説。だが、猛暑はまだまだ続く。福井県内では、例年であれば、熱中症による病院搬送が激減するが、今年は減るどころか、日によっては増えるとか。一方で、コンビニ店主に聞くと、アイスクリーム、清涼飲料水、ビールなどが売れてコンビニの猛暑特需とか。都会ではビアガーデンが大繁盛との報道もあった。

ただ、今夏の暑さはあくまで「自然のゆらぎ」であり、温暖化がどの程度影響しているかは分からないというのが、専門家の見方だそうだ。確かに地球規模では暑いところがあれば寒いところもあるなど、一概には言いにくい。

それでも、30度以上の真夏日の日数が、国内で21世紀末までに18〜41日増加するという予測もあり、専門家の慎重な言い回しとは別に、温暖化への積極的な政策対応と日々の身近なところでの温暖化対策は必要だ。

身近なところで、マイバッグ運動が関係者の努力により、市内全域で実施され、持参率90%に近い状況で推移している。敦賀市などの自治体、消費者団体とレジ袋を有料化する三者協定を結んでいた福井県内のドラッグストアが、協定から離脱し環境面に配慮した独自のレジ袋を5月末から無料配布を始めた。

2年間の協定期間途中の離脱で、同業者も追随するなど、消費者団体などから懸念の声が上がっている。いずれにしても地球環境問題をはじめ、地道だが市民、事業者の協力なしでは、この運動の継続は難しい。
【2010/08/24】 | ページトップ↑
家族の絆の変化とセフティーネット
昨日は連合の気比の松原での「ふれあい行事」から始めた。大半が子供連れの家族が大半だ。家族連れの微笑ましい風景はいい。
ところで、水難事故の報道が後を絶たない。去年と比べて大幅に増えているとのこと。保護者が目を離している間に子どもがおぼれる事故が多発している。
香川県沖のヘリコプターの事故。島を結ぶ送電線は瀬戸内海にはよく見かける風景だ。
この季節、家族で帰郷すると高松から船に乗って小豆島など瀬戸内の島を訪れたことがある。名作「二十四の瞳」の世界が今でも残っている。穏やかな瀬戸内海と島は、なぜか、時間の流れがゆったりとしている。
話を変えるが、お盆で墓参りをすると、近ごろは骨や墓を移す「改葬」や、寺に永代供養を依頼する人が増えているとか。話によると、墓参りの代行サービスもあるそうだ。時代が変わったでは、とつい思ってしまう。
墓参りもそうだは、孤独死や所在不明の高齢者の問題も家族の絆がなくなっていること確かだ。

考えれば、今の社会保障は家族がいることを前提としている。「介護の社会化」を唱えて10年前にスタートした介護保険、私もずいぶんとお世話になっているが、現実には家族なしの在宅介護だけでは難しい。

年金の給付水準も、家族のいる「世帯」を基準に設計され、単身者は不利になる。

家族の中で子育てや介護を無償で担ってきたのは主に女性だ。社会のセーフティーネットのほころびで影響を受けるのも女性である。老後の貧困や「おひとりさま」の心配も、長寿の女性が直面する問題とされてきた。

その「おひとりさま」はすでに全世帯の約3割を占めており、20年後には約4割に達するという。生涯未婚の「男性おひとりさま」も急増するとか。家族に頼ってきたセフティーネットのほころびがよく見えるようになった。国も自治体も財政難で張り替えることができないが現実でもある。
【2010/08/23】 | ページトップ↑
失われた10年、20年・・・・。
Date:2010-08-22(Sun)

甲子園はなんといっても夏だ。このくそ暑いさが肌に鮮明に記憶として残る。声を張り上げての母校応援ほど懐かしいものはない。

高校3年生最後の試合でもある。夏はまさに実力勝負だ。まさに熱闘甲子園。きのうの決勝には唸らされた。快勝と言うか実力と言うか、驚かされた。沖縄・興南の史上6校目の春夏連覇。

それにしても暑い。お盆はとっくに過ぎたのに猛暑。それでも、早朝のひんやりとした風や、どこか力強さを失ったような夕方の日差しに、かすかな秋の兆しを感じる。

その気配に焦りを募らせていたのは、子どものころだ。あと10日、まだ10日。あと1週間、もう1週間…。宿題のことは頭の片隅にある。それでも、ぎりぎりまで手を付ける気にならず、怠惰な日々を一日ずつ引き延ばす。ある人は熟成をまっての実行と言い訳をするが、悲しいことに大人になっても、人の習性は簡単に変わらない。

先送り、後回し、期限切れと続く。ただ、今の政治にはなじまないことは確かだ。円高、急激な株安。緊急事態に手をこまぬいて、対応を1日延ばしにしかねない。暮らしを支える国家の基盤が熟成を通り越して、失われた10年が20年が過ぎようとしている。

ところで、茨城県で実験用原子炉に日本で初めての「原子力の火」がともったのは、1957年8月27日。間もなく満53年になる。地球環境問題の切り札と言われ、「失われた10年」とも20年といわれるほど、先送り、後回しの課題も多い。慎重に地道にいえばそれまでだが、・・・。

身近なところでは、昨日もエネルギーや科学技術への関心を持ってもらおうと、敦賀市の若狭湾エネルギー研究センターで科学の実験などを体験できる催しが開かれた。

会場には、エネルギーや科学技術に関するさまざまなブースが設けられ、子ども達で賑わった。センターが開発した太陽の光を集めて最高で2000度もの高熱を作り出す「太陽炉」を紹介するブースでは、ホットケーキを焼く実験が行われた。

子どもたちに科学への興味を持ってもらえるようにとの催しには大賛成だ。ただ、若狭湾エネルギー研究センター発足(平成6年9月)から16年。初代理事長の垣花先生が語っていた国、県、民間、地元が一体となっての研究機関との構想も「陽子線がん治療」を福井市への誘致が決まって、その輝きを失ったとも思える。発足当時の意気込み、熱意は今どこにと言った様相だ。

エネルギー拠点化構想に受け継がれてはいるが、昭和56年の「アトムポリス構想」からすると30年。ようやく連携大学、研究所、訓練センターなど一つひとつの設計図がようやくできた。構想、計画、建物設立までは熱心だが、それ以降の取り組みが肝心だ。


【2010/08/22】 | ページトップ↑
敦賀駅のガラス張りの新デザイン
Date:2010-08-21(Sat)

昨日は、午前中は議会運営員会、午後はJR敦賀駅舎の改築についての議会の説明会、敦賀駅周辺整備検討特別委員会と続いた。

議会運営委員会では、議会基本条例の制定にむけての議会報告会の時期、場所、内容を審議。詳細は後日、紹介したい。議会改革の流れと受け止めていただきたい。

午後からの説明会と委員会に合わせて書く。市がこれまで公表していたJR敦賀駅舎の新デザインの案を大幅に変更した案が提示され、議員からはほぼ好意的な意見が多数しめたのではないか。これまでの行政であれば、市民アンケート、フォーラムと手続きを踏んだものを変更することはまずなかった。それが変わった。

従来の新駅舎のデザインは、敦賀港の倉庫群をイメージした三角屋根の外観が一変した。東京大大学院の千葉学准教授は「進化」という言葉を使うが、私には違ったデザインと感じた。外壁を透明の特殊ガラスにしてのカーテンウォール、建物との間に通路も設け、その中に、建物を配し、二代目駅舎を模している。カーテンウォールで包まれた建物の壁は木を張る造り。デザインとしては斬新ものだ。

説明会では岩見沢駅とも似ているのではとの意見も出され、私もネット調べたが確かに似ている。ただ、現代建築とガラス技術の進化で、この種の建築デザインは増えているとか。

屋根も従来案は三角屋根場から落ち着いた小刻みなノコギリ状の屋根に変わった。建設費は仮駅舎の建設費入れて約10億円。維持管理費は年間約1500万円。いずれにしても高額だけに詳細は要チェックが必要だ。

2点目で重要なことは、バリアフリー化工事で北陸新幹線がらみで先送りされ決定が遅れていた渡線橋の設計案がほぼまとまった。橋の幅は当面4メートルとし、新幹線が延伸された場合には9メートルに拡幅、橋とホームなどを結ぶエスカレーターは5基とするとした。

なかでもJR西日本と交渉を続けていた維持管理費はJRが負担することで合意。エレベーター4本、エスカレーター5本設置で異論はなかった。JRが維持管理を市に求めるようであれば、エスカレーター設置は難しいと考えていたが、ほぼ妥当なところに落ち着いたのではないか。ただ建設費用の市の持ち出しは28億円とはべらぼうに高い。方針は方針として、これも要チャックだ。

これで、市は最終案に基づく詳細な設計を年度内に行い、大幅変更もあり当初予定していた9月議会は見送り、12月議会に上程される予定だ。そこで金額面、詳細設計など議会のチャックが入る。

それまでのこの変更手続きをネットや説明会で市民に経緯を説明していくとのこと。しんどい作業だが、敦賀の顔である駅だけに、手続きは手を抜かないでいただきたい。工期は来年夏着工、2013年春の完成予定。これで駅周辺開発の要である駅のデザインがほぼ決まったことにもなる。

余談だが、ある記者から「敦賀は金がありますね。この時代にこれだけの金額、すんなり決まっていくのが・・・」と皮肉られた。確かに、交付団体になったとはいえ、財政豊かな敦賀市だ。記者の目には奇異の映るのか。税金が使われると感覚だけは失ってはいけない。いずれにしても今回の敦賀駅への投資は敦賀百年の計でもあるだけに金額面では、これからも要チャックだ。
【2010/08/21】 | ページトップ↑
鈴木新理事長への期待(デジタルの世界と現実)
Date:2010-08-20(Fri)

日本原子力研究開発機構の新理事長・鈴木篤之さんが昨日、高速増殖炉「もんじゅ」を訪れた。岡田前理事長は、もんじゅ再開を果たし、ひとつの区切りをつけたのだろう。これまでの労苦に敬意を表したい。鈴木新理事長は、東京時代、講演を聞かしていただいた。原子力のサイクル路線推進派であり、若い頃より国の委員を務めたかたでだけに、今後のもんじゅを含めた原子力界の推進役として期待したい。

一方で、候補にあげられた菊池元もんじゅ所長にも私としては「ミスターもんじゅ」だっただけに残念でもある.
14年5か月ぶりに運転を再開し、来年春以降には事故の際と同じ原子炉の出力を40%にあげて発電と続く。敦賀市の今後とも関係が深いだけに、鈴木理事長の今後のかじ取りに期待したい。

話をがらりと変えるが、中学生の子ども達数人がケータイで遊んでいる姿を多く見かけ、うちの子はパソコンで遊んでいると言う話を良く聞く。学校でもパソコンが教育に取り組まれている。ノンフィクション作家の柳田邦男さんが「現論」で、教育のデジタル化に疑問を投げかけていた。

まったく同感だ。子どもたちの感じ方はケータイ、パソコンなどの電子機器の普及だが、実感を伴わない情報や自分中心の仮想現実など、実際のありさまから遠ざかる抽象の程度が強まる分だけ、生身の感情が薄らいでいくように思える。電子機器を通して子どもたちが見ている世界はどうか。アナログ人間の私には、ついていけない世界だ。

切実な欲求に裏打ち現実とは異なり、自分の思い通りになる安易なゲーム感覚の世界ではないだろうか。ケータイが普及し、なんでもパソコンと向き合う子供たちになぜか違和感を覚える。

もんじゅとは全く関係ないが、原子力発電は、地球温暖化の切り札など、大きな利益を生み出す半面、リスクもある。中央制御室はデジタルの世界だが、原子炉の実態は、現実のシビアそのものだ。それだけに石橋をたたいて渡る慎重さは当然だが、教育のデジタル化の意味合いも現実との間隔をどう教えるか。柳田さんの警鐘も大事に思う。時代が速すぎるのか。
【2010/08/20】 | ページトップ↑
民主党の代表選に想う・・。
Date:2010-08-19(Wed)

新聞紙上では9月に代表選にむけて動きが活発になってきた。それ以前に国民生活の課題があまりにも多過ぎる。国の借金が9百兆円を超えた。人口で割った国民一人当たりの借金は約710万円。一歳児の子どもも背負っている。驚いた数字だ。戦後、確かに生活が良くなった。

道路などの社会インフラ整い、民主党の「コンクリートから人へ」は公共事業から福祉への転換という意味では正
しい。菅首相の「成長戦略」や「第三の道」という言葉がよくつかわれるが国民にはなかなか理解できない。

これまでの日本は経済成長で社会の安定を支えてきた。経済が成長さえすればあとは何とかなった。ところが日本も成熟期に入って、欧州型の低成長の国になった。そして成長率は落ち、国の借金は増えたが、一方で、国民の資産は増えた。ところがセーフティネットが充実していない。そのため国民、特に高齢者の資産は動かない。人口減少、少子高齢化では、経済活動がどんどん沈滞化していくのは目に見えている。

わが国の個人金融資産は1450兆円、借金を差し引いても1000兆円(GDPの約2倍)、だから日本経済はギリシアと違うのだと言われるが、そうであれば、どう流動化させるか。これこそが国家戦略課題だと学者は語る。何とか理解できるが、それにも十分な説明と実行力が必要だ。

敦賀市の50年前の原子力発電所誘致とその後は、市の財政、雇用、経済に寄与し、道路、運動公園や学校などの公共施設の充実は、誰もが認めるところだろう。全国に目を転じても、インフラ整備への投資は経済成長を支え、結果的に個人を豊かにし、社会を安定させた。

しかし、これが充実すると、その寄与度は少なくなる。成長戦略で述べる医療、介護、環境産業の充実で、新たな雇用や新たな消費をを喚起し、個人金融資産の流動化が始まるとの理論は、私には、理解できていない。。

大事なことは、世の中でお金がぐるぐる回る仕組みを考えることである。財政の再建に取り組むという菅直人首相だが、道筋は見えないのは確かだ。財政再建と経済成長。アクセルとブレーキ、両方を踏めば車だって立ち往生する。

九月の党代表選に向けて、再選を目指す首相の対抗馬を探る動きが続く。仙石官房長官が最近、よく「覚悟」という言葉を使う。正直、党員として悩ましい代表選挙だ。敦賀市としては、敦賀の3,4号建設と言う大きなプロジェクトによるけん引役は決まっている。しかし、その後の、人口政策、少子化、企業誘致、まちづくりは、政策は立案はこれからだ。国の動きとも密接に関係する。それだけに、代表選も目が離せない。
【2010/08/19】 | ページトップ↑
災害はわすれたころにやってくる
Date:2010-08-18(Wed)

12年前の平成10年9月22日、台風7号により笙の川の水位が、観測史上過去最高になり、来迎寺橋の下すれすれまで水かさが増してたのを記憶している。

これを機会と言うことでもないが、笙の川水系河川整備基本方針が、2年間の審議を経て、策定されました。100年に一度の豪雨に耐えうる河川の改修という方針で、笙の川の両サイドを25mほど堤防を拡幅するという内容。当面は50年に一度の豪雨に耐える改修規模を目指し河川の掘削、護岸の改修、橋梁の改修を行うというものでもある。

今年の夏はインドやパキスタンで洪水、モスクワでは猛暑による森林火災など、世界各地で深刻な自然災害が相次いで起きている。地球温暖化の影響で海面水温が上昇していることが主な原因とみられる。異常気象による災害の
広がりにはとりわけ警戒が必要だ。

日本でもゲリラ豪雨が増えている。発生自体をハード面の対策で防ぐには限界がある。そのため、被害個所を予測して早めに避難することが大切だ。敦賀市でも現在、笙の川の危険度を示すハザードマップで作成している。

新潟豪雨、近くでは福井豪雨を経験し、その凄まじさは、ボランティアで記憶に新しい。笙の川整備方針が明確になって2年。福井県の河川課長は「井ノ口川の整備完了後、笙の川に着手となる」と語っていたが、県内には同じように整備を待つ河川が20を超え、いつになるか目途がたっていない。

危機管理は、古くは堺屋太一さんに「油断!」という小説が記憶に残る。その後のオイルショックは克服したものの、阪神淡路大震災、福井豪雨など、危機管理の大切さ、防災の重要性など、その都度、法改正も含め見直されてきた。

敦賀も、笙の川の整備方針策定、ハザードマップの策定、笙の川決壊や地震を考慮の入れて防災センター建設と、ハード、ソフトの対策、この29日は松島中央公園で総合防災訓練を行うなど、対応策は着実に行ってきている。
とはいっても、12年前の笙の川の水位上昇の記憶が鮮明なだけに、決壊してからの対策では被害が大きすぎる。

ただ、笙の川の整備には住居移転と多額な費用がかかる。県予算の縮減、県内の優先順位など課題が多く、ハード面の見通しはたっていない。しかし、現状の笙の川がどのくらい危険なのか、など危機管理意識を持って何度も訴えることしかできないのか、歯がゆい。

細かくなるが正月に起きた敦賀半島の落石による道路の遮断は記憶に新しいが、ハザードマップによる土砂災害など、今一度見直しておくことも肝要に思われる。いずれにしても「災害は忘れた頃にやってくる」だ。
【2010/08/18】 | ページトップ↑
地球温暖化を甘くみていた・・・・。
Date:2010-08-17(Tue)

夏の行事が一つひとつ終わっていく。とうろう流しと花火大会、若狭地方では、小浜の甲ヶ崎の精霊船、常神半島の精霊船も行事としては小規模だが味わい深い。若狭地方のお盆も終わった。当たり前の季節の移ろい、毎年、繰り返される営みだ。例年通りとはいえ、この気だるさとさみしさはなぜかいい。
ただ、この暑さは例年とは違う。

この猛暑はいつまで続くのか。敦賀でも海水温もわずかだが、例年より高く、殊に日本海では平年を2から3度上回る所が多いとか。5,6度変わると生態系そのものが変わるとか。一説にはこのまま上昇すれば生態系が変わり、人類は400年持たないという説すらある。どうも地球温暖化を甘く見ていた気がしてならない。

足早に横断した台風4号。勢力を保ったまま日本海を進んだのも海水温が高かったからとか。気になる地球温暖化が肌身で感じた今年だ。二酸化炭素の影響はそれだけではない。「海洋酸性化」という現象を招く。海水は弱いアルカリ性。大気中の炭素濃度が高まり海水に大量に溶け込むと、水と反応して弱酸性の炭酸になり、アルカリ度が下がる。

敦賀湾の海水も、微妙だが温暖化の影響を受けている。このまま進めば海洋酸性化が進めば漁業や暮らしを直撃するのは避けられない。

海上だけはない。当然、陸上もこれまでの中国の酸性雨の影響も上海などの南部だけに限らず、旧満州の北中国の発展は、偏西風に乗って公害を連れてくる。温暖化以上にこれが日本に深刻とか。いずれにしてもこの暑さは異常だ。

世界に目を転じても、今年はモスクワで40度近くまで気温が上がった。130年前に記録を取り始めてから最高の暑さだとか。スモッグがモスクワの町を襲い、交通信号が見えなくなり、市民は外出を控え、外出せざるをえない人々はマスクをつけて外に出た。ロシアに限らない。パキスタンの洪水、インド北部の鉄砲水、ドイツ東部の河川氾濫などなど。これがすべて温暖化のせいかどうかは分からないにしても、地球上の気候変調から目を離せなくなってきたのは確かである。

もっと語ると、例年にない厳しい残暑となるとか。気象庁は、ペルー沖の海面水温が下がり、異常気象の原因となる「ラニーニャ現象」が起きていると発表した 発生した年は、秋の前半にかけてほぼ全国的に高温傾向になるというから要注意だとか。とにかくおかしい。ここまで暑いことをわが身の肌で感じてくると、データ上もかなり温暖化を証明している。まさに真実味をおびてきた、今年だ。恥ずかしながら私もそれほど甘くみていたことは確かだ。

【2010/08/17】 | ページトップ↑
子どもの頃の聞かされた戦争体験が・・・
Date:2010-08-16(Mon)

戦後65年、いまだに当時の真実が明らかになってくる。人口の76%以上が戦後生まれで占められるようになったとか。戦争を知る人が年々少なくなっている。昨日のNHKの報道など、最近はどの番組も戦争に正面から取り組んだものばかりだ。それでも、幼少の頃、両親から聞かされた戦争体験はいまだに鮮明だ。

朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」をみて、漫画の奥底にあるものが、何か、恥ずかしながらはじめて理解できた。水木さんは戦争の体験者だ。ドラマの中でも一心不乱にペンを走らせる姿が印象的だが、そこに極限の戦場体験が何度も出てくる。偵察に出た先で仲間9人が爆撃で戦死、一人生き残った。強烈な臨場感は体験だから。両親の戦争体験と重なるからなおさら興味深い。それと、たくましい暮らしぶりは、どこか懐かしささえ覚える。昭和30〜40年代、日本中に身近にあった雰囲気。戦争を体験した世代の辛抱強さが、戦後の復興や経済成長を支えた。

もうひとつ紹介したいのは、この夏、一流作家がこぞって戦争をテーマにした作品が多いなかで、私が読んだのが、浅田次郎さんは「終わらざる夏」。最初は、どこかとっつきくいが、読みだすと止まらない。

上下巻合わせて900ページ。大本営の高級参謀、赤紙を配達する役場職員、45歳で応召した編集者、疎開児童と先生、勤労動員された女子学生・・・これほど重層的に「戦争と人間」をとらえた小説も珍しいのではないか。これも両親に聞かされた戦争体験の記憶とからませながら、読むとその実態が重なるから興味深い。

庶民の苦悩と悲しみが満ちている。話は変わるが、鯖江に多くの赤紙が残っていた。このNHK番組も見ごたえがあった。

ただ私としては、どんな報道も番組も本も、子どものころ、両親から聞かされた戦争体験が、何よりも身にしみている。戦時中、なんでも天皇陛下のための話、戦後、母が語った物資がない生活はみじめだった話。別世界のようだが、両親の実体験には説得力があった。

【2010/08/16】 | ページトップ↑
敦賀港の現実と重要港湾
すっきりしない天気が続いている。道路渋滞に正直うんざりだ。とはいえ、お盆は大切にしたい行事。肉親と顔を合わせて近況話に花を咲かせる。祖先に花を供えて手を合わせる。ふるさとは温かい。

連休分散化を思案する政府だが、盆の時期は動かせまい。みんなが休まないと休めないのが日本人の性分。そこに、世界の動きについていけない日本があることは確かだ。道路行政も港湾行政も同じように思う。

前原誠司国土交通相が今月初め、43の重点港湾を選定し、発表した。幸い、敦賀市が選ばれた。安堵さというより当然だという気持ちだ。ただ、この問題では国の選定過程の不透明さだけでなく、これまでの県の港湾戦略への疑問を持っている。

国は全国の港湾を三大都市圏のスーパー中枢港湾、新潟港など23の特定重要港湾、それを補完する103の重要港湾、それ以外の地方港湾に区分。投資の参考にしてきた。しかし、総花的な投資が財政の膨張を招く一方、国際競争力の強化にはつながっていないとして、前原国交相が「選択と集中」を指示。

アジアのハブ(拠点)港湾として京浜と阪神の2地域を指定するとともに、重要港湾の中から優先投資の対象とする重点港湾を絞り込んだ。

ところで、大きく世界の流れをみて、船荷のコンテナ化で、日本の港の役割は下がった。2006年以来、コンテナ貨物取扱量はシンガポール、上海、釜山などが毎年世界一~五位なのに、日本の港は二十位内にも入らない。アジア-北米、アジア-欧州の基幹航路就航の船がわが国を素通り、日本発着貨物は釜山などで積み替えられることも多いとか。

最大の課題は、敦賀港もそうだが、日本のどの港湾も釜山と比べ約四割から五割も割高の港湾コストだ。荷役、入港料、水先案内を含めコスト全体の圧縮を迫られる。そのため、荷役に効率的なターミナル造成と一元的な運用、内航、トラックによる貨物集散ルートの集約と改善を国は狙っている。港湾の拠点化もまだまだ見えてこない。指定港湾への国の具体的な支援策はまだ明らかでない。削減傾向の港湾整備予算、たとえば岸壁の整備・改修が指定港湾に集中することは予想される。

そこで、福井県の港湾戦略の港湾戦略だが、今後も続く福井新港との予算配分にも問題がある。また、ポートセールスしかり、今に始まったことではない。貨物取扱量は10分の1程度。大型コンテナなど福井新港には水深不足で接岸できない。逆に、九頭竜川河口に造った港湾であるだけに、毎年多額なしゅんせつ費用が要る。港に隣接した工業用地の多くも売れ残ったままだ。そう語る敦賀港も取扱量でも日本全体でみれば40位台をさまよっている。かつての栄光にしがみつく現実でもない。

拡大し続けるアジア経済を視野に、敦賀港を日本海の拠点港として、どの港湾にどういった機能を担わせるのか。そのために適切な投資規模をどう設定するのか。国だけでなく、県もグランドデザインを描く必要がある。日本はもう手遅れと語る専門家も多い。一方で、中国、ロシアなど北東アジアとの一層の経済交流が増すとの見方もあり、どう敦賀港を整備するか、現実を見て、底の浅い議論を積み重ねるのではなく、拠点港だけでなく、世界の流れを意識した戦略が必要なことは言うまでもない。 それほど難しい時代だ。
【2010/08/15】 | ページトップ↑
お盆に思う・・・。
Date:2010-08-13(Fri)

お盆を古里で過ごす人たちの帰省がピークを迎え、敦賀市内の人口も増えているのではないか。ファミレスや平和堂、平和堂も賑わっている。私のこの時期、墓参りで敦賀から離れる。父母がわけあって、高松、金沢、東京と墓参りを兼ねて、飛び歩くのが慣例になった。

敦賀も、ここ数日でも、県外ナンバーの車が目立ってきた。墓参り、同期会、そして何よりの楽しみは親族との再会かもしれな。帰省は若い時は楽しみだが、歳を重ねるごとに久々に親と対面すると、複雑な心境になっていた。

しわだらけの顔にやせ細った体、食も細くなっている。ずっと元気でいてほしいという願いとは裏腹に「老い」が確実に進んでいる。そんな親の姿を見るのはつらい。認知症が進むとなおさらだ。女房は、ときたまが常になってしまった。養護老人ホームは介護のあり方などまだ進化というよりも、小泉改革で現場は大きく変わり始めた。その節目はまだそのままだ。

敦賀市はまだ高齢化率は20%を超えたばかりだが、中心市街地、周辺の山間部は30%を超える。中心市街地は駐車場が増え、山間部では「限界集落」も増えている。高齢の住民を支える地域の力も弱っている。だが希望も見いだしたい。確かに高齢社会は活力をそぐかもしれないが、高齢者向けのプラス思考でとらえ直すこと大事だろう。

生協の巡回バスなど、交通手段を欠くため「買い物難民」とも言われる高齢者もに喜ばれた。こうした取り組み大事にになってきた。周辺部が、高齢社会の先頭を走る地域づくりのモデルにもなり得る。地縁などによる助け合いの精神はいまだ健在。それを活用しながらの地区の活動など、大事にしたい。

ひとつの現象で、団塊の世代の古里回帰の志向が高まっていることだ。京都のホテルマンが、英語講座を開いたり、大阪の教師が、中池見の管理にあたったり、古里に戻って地域づくりに参加している。

繰り返しになるが、高齢社会は活力をそぐかもしれないが、現実は確実に超高齢化社会にむかっている。プラス思考でとらえ、どうこの高齢化社会を活力ある社会にするか、知恵を出し合いたい。
【2010/08/12】 | ページトップ↑
敦賀駅の新デザインに想う・・・。
Date:2010-8-12(Thr)

台風の活発な雨雲が流れ込み始め、ザーザーと強い雨が降り、視界が悪くなるほどの土砂降り。盆前に日頃の汚れを落とす程度あればいいが・・・。

ところで、各地方の駅では、一年で最も笑顔にあふれるのが今の盆の時季だろう。子どもと土産を抱えた帰省客を、親族が両手を大きく振って出迎える。そんな光景を目にするとほんのり心が温まる思いがする。台風一過の盆風景もどうだろうか。

敦賀駅は主役ではないが、数ある施設で、もっとも思い出になる場所だ。別れと出会い、さらには出発の場所でもある。

私にとっては、故郷の高松駅は、連絡船と言う港があっただけに、修学旅行、大学進学、就職と、それぞれのシーンが別れのテープと共に、親、知人、友人と鮮明に思い浮かぶ、格別というか、特別の場所が駅である。女房とも、何度もテープを切った場所でもある。

まさに、時の空白を埋め、過去と今をつなぐ場所でもある。もっといえば、あの世とこの世、都会と古里に分かれた家族が、その境を超えてきずなを再確認する。その場所が駅でもある。

今年、6月25日、JR敦賀駅舎の改築問題で一般市民を対象にした「駅舎改築市民フォーラム」を開催。新駅舎の設計をテーマに委託を受けて新駅舎をデザインした東京大学大学院工学系研究科の千葉学准教授が設計の意図や詳細について説明を丁寧に説明していた。

議会の説明、アンケート調査、パブリックコメント、市民を対象としたフォーラムと手続きを踏めば、異論があろうと、ほぼ決まりというのが、これまでの慣例だ。私もほぼ三角屋根の案で決まるだろうと思っていた。
ところが、昨日の敦賀駅周辺整備構想策定委員会で敦賀駅舎の新デザインが提案された。千葉教授の柔軟性と言うか進化というか、温和な顔の中に、この敦賀駅にかける思いというものを感じた。

新デザインの敦賀駅について、まだ議会では、建設コスト、維持管理費など詳細を聞いていないので、どちらがいいとか、などの評価は避けたい。

冒頭ではないが、市民の最も思い出になる場所だけに、敦賀駅舎の選択肢が増えた意味で評価したい。2年ほど前か、企画展「敦賀長浜鉄道物語~敦賀みなとと鉄道文化~」で、二代目敦賀駅舎と扇形機関車庫の模型制作を敦賀工業高校の生徒さんが製作し、展示していたことがあった。

歴史を物語る建物の復元模型をみながら、懐かしく語るかなりご高齢の姿があった。その意味でも二代目駅舎のイメージの残る、今回の敦賀駅デザインに千葉教授の市民との対話の成果が表れているとも感じた。

新幹線は来るかどうかは別にしても、鉄道の町敦賀の歴史を物語る建物にもなり敦賀百年の大計でもある。今回のデザインも千葉教授と市民との対話が、時間が許す限り必要にも思う。再度の市民フォーラムによる千葉教授の丁寧な説明も必要にも思う。何事も「急いてはことをしそんじる」だ。それだけ、敦賀市民の想い入れの場所を大事にしたい。
【2010/08/12】 | ページトップ↑
10年先の布石
Date;2010-08-11(Wed)

昨日の「8月10日」は語呂合わせで「焼き鳥の日」とは知らなかった。季節はぴったり。焼き鳥には、やはりビールが似合う。かつては焼き鳥とサラリーマン、おじさんがイメージ的には合っていたが、今や女性や子どもも日常的に口にしている食べ物でもある。

秋吉だけではなく、居酒屋でも注文すれば簡単に出てくる。すしやてんぷらと同じように立派な和食でもある。

やきとりの日、ふるさとをめざす帰省ラッシュがもう始まった。遠くで暮らす、子や孫を迎えるこの季節。高齢化と少子化でその様相も変わってきたようだが、それでも敦賀の見かけの人口は増す。帰郷の目的はさまざまにちがいない。が、慣れ親しんだ料理を楽しみにしている人は多かろう。

まずはヨーロッパ軒のかつ丼から始める人も多い。一力のラーメンにならぶ人も多い。直流化事業の一環で「敦賀ブランド」の構築が企画されたが、いつの間に消えた。敦賀を訪れる観光客が求めるイメージは「さかな」と言うか海の幸を求める方が大半でもある。

さかな町には「うに丼」「焼きサバ」など、敦賀人としてはあまり近寄らないのに、なぜか関西、中京の観光客の多くが、「さかな町はどう行けばいいのですか?」と問いかけてくる。ニーズのミスマッチという状況が、ここ10年以上続いている。ある人いわく「観光は10年先を見て・・・・」というが、観光戦略は、いつも後追いのような気がしてならない。相生通りの要、敦賀酒造の企画も進んでいないが、気になる。

ところで、日本原子力研究開発機構の新しい理事長に、今年4月まで内閣府の原子力安全委員会の委員長を務めた鈴木篤之氏が就任することが決まった。鈴木氏は東京大学工学部の教授などをへて、平成13年から原子力安全委員会の委員を務め、今年6月からは、エネルギー総合工学研究所の理事長を務めていた。大学教授とはいえ、ここ30年、原子力界のリーダー的な存在だ。

妥当と言えば妥当だが、もんじゅの再開、運転、さらには研究所と続くが、機構は、敦賀のまちづくりと切っても切れない存在になっているだけに、10年後の布石は、ぜひ新しい理事長時代に企画してほしい。地球環境問題の進展と原子開発にも「ポストもんじゅ」的な戦略が必要なことは言うまでもない。

各地方都市は、少子高齢化、人口減少と、どこも悩みは深いだけに、競争も激化する。活気を継続するには、次の布石を打っておかなければ、他力本願では、街の発展はないとも言える時代だ。
【2010/08/11】 | ページトップ↑
当たり前のことを当たり前に貫くことの大事さを思う・・・・
Date:2010-08-10(Tue)

一昨日の夕刻、中央町祭りの片づけをしながら、ふと見上げた空に、機体と筋をひく飛行機雲。落日を浴びた大型旅客機がきらきらと機体を輝かせながら、まっしぐらに西の空へと遠ざかっていく。敦賀の上空も旅客機が通るのだと、不思議な感動を覚えた。はるか1万メートルの空の出来事だ。飛行ルートなのか、調べてみたい。

この季節、「空の安全」という言葉とともに思い起こされる便名がある。「日本航空123便」。25年前の8月12日の墜落した日航ジャンボ機のことだ。

当時、敦賀の新松島町の社宅でなにげなく、テレビのテロップをいまでも覚えている。その後の報道を逐一テレビでにかじりついてみていた。

この時のダッチロールは流行語にもなった、ダッチロールの迷走飛行による複雑な航跡は、翼を損傷しさまよった123便の運命を象徴する。520人が帰らぬ人となった。大量輸送機関がひとたび事故を起こすと、犠牲は取り返しのつかない数字に膨れあがる。この大惨事をきっかけに安全性は最優先課題となった。遠因は、機体の尻もちだとか、その時の機長の話を聞いたことがある。その後の点検あり方が問題になった。

点検ミスによるトラブルは後を絶たず、日航再建の影響で、外国の航空会社による日本国内への就航も加速する。競争の激化が「空の安全」を脅かすようなことがあってはならない。ボルト1本のゆるみも許さない安全思想を、航空業界全体で徹底することだが、航空会社の経営から日々の飛行機の点検まで、隠れた日常管理がいかにだいじかにも尽きる話だと思っている。

話を身近にするが、この酷暑をしのぐために、家庭や事業所では冷房がフル稼働だ。電力会社は、真夏の電気使用量を見据えて発電所を建設し、運転する。電気は大掛かりな仕組みでつくられ、家庭に届けられる。発電所は真夏の電気供給に大きな役割を果たす施設として造られていたといっても過言ではない。

原子力発電所も一定の電力を安定して供給する。水力発電は、なおさら水資源はある意味では無量の天の恵みとして、ベース電源と位置付けられた。ただ、これだけの猛暑になると、冷房がないとお年寄りの住む家庭では、家の中で熱中症になる危険がある。

電気を安定して供給することは、人命にかかわる。電力会社だけの問題ではない。電気は原子力とか、水力の銘柄の問題でなく、あくまでも安全に安定に供給されるか問題だ。現場である発電所に余裕がなくなっている。それだけ安全には厳格だが、それにも余裕というか、何かを語ることさえ、許されない世界だ。

ボルト1本のゆるみも許さない安全思想も原子力発電所の安全管理もある意味では、同じだ。安全は限りなく危険ゼロを求めるが、それを達成するには、日々のあらゆる経営から人間の管理まで、目に見えない努力が求められている。

大げさに語ったが、どの仕事も当たり前のことを当たり前に貫くことの大事さを思う・・・。
【2010/08/10】 | ページトップ↑
子どもたちにとっては胸が高鳴る掛け替えのない時間
昨日は、前日の疲れか、そのけだるさを楽しんでいた。気合いを入れるわけでも自転車を関峠か馬背峠、立石。気温のわりには、風は、あきらかに秋風だ。足もけだるい。けだるさのままに、相生の清明の朝市、博物館、山車会館、シフォンケーキの喫茶と顔なじみと会話を楽しむ。

昼は、敦賀青年会議所50周年に参加。映像は懐かしい。この50周年の歩みの中で、いかに多くのリーダーを輩出してきたか、現役の国会議員、市長、市議会議長、商工会議所会頭、観光協会会長・・・・と、改めてその存在感、存在意義を感じた。大げさかもしれないが、青年会議所と敦賀の発展は切っても切れないとさえ、感じる。混沌とした時代、竜馬伝ではないが、変えるのはいつも若者たちだ。これからの青年会議所の活躍が楽しみでもある。

夕方からは、中央町まつりの片づけ、反省会と続いた。暑さの中にも涼しさを感じ、けだるさの中もビールがうまい。

昔話で恐縮だが、夜店で何を買おうか、何を食べようか。子どものころ、夏祭りの楽しみといえば、もっぱらそのことだった。ポケットには百円玉が少し。どう使うかは自由。それだけに、あれこれ迷った。金魚すくいに、あんず飴を買ったりして、かくして百円玉はポケットから消えた。

間もなくお盆。この時期、敦賀の各地域の夏祭りの多くが終わり、とうろう流しと花火大会と続き、夏の最後は、気比さん祭で終わる。この期間、帰省客が増え、一気ににぎやかさを増す。規模の大きな祭りも、こぢんまりした行事も、子どもたちにとっては胸が高鳴る掛け替えのない時間である。

だが、全国のどのまつりも、実は人手不足や資金難で、運営は火の車との嘆きもしばしば聞く。それでも住民が結束して、何とか維持している祭りは多い。いったん途絶えた行事を苦労の末復活させた例もある。「地域の灯」を守る人たちを大切にしたい。
【2010/08/09】 | ページトップ↑
いつもの通りの時の移ろいほど大事なものはない・・。
Date:2010-08-08(Sun)

深夜の雨が幸いして、昨日は、早朝から自転車を立石まで走らせてもなぜか冷たくもあり、風が快適だった。ふるさと夢街道まで足をのばすと、田んぼの稲が穂をたれ始めた。酷暑と言われながらも、季節は確かに秋へと進んでいる。

朝の町内の子供みこしから夜の中央町まつりまで、暑さを楽しんだいうか、深夜の雨は、確かに暑さを楽にさせてくれた。消えた年金ではないが、消えた高齢者問題は、寂しくなる世相だ。それだけに、ご近所付き合いは、こだわる必要があるほど必要だ。

毎年のことながら、雨、風がいつもの通りの時の移ろいが、とても大切に思える日々だ。

敦賀市内では、20か所近い町内の夏祭りが行われたとか。昨日は暑さを一番感じるころという「立秋」。きのうは、先週は、県内各地もどこも今年最高気温になった。

ここへきて、酷暑のため熱中症が全国で多発している。へばっているのは人だけでない。ロシアでは、小麦が猛暑による干ばつにあえいでいる。秋の味覚のサンマ漁が北海道沖で始まったが、今年は例年にない不漁とか。暑さで水温が高いのが原因かもしれないという。

クーラーの一般家庭での普及で、夏がずいぶんと快適になった。いずれにしても、地球の生態系のバランスが崩れ、世界で起きている気象異変に関係しているという見方が一般的にもなった。

一方、なぜか、わが家のエヤコンが「SANYO」だった。時代の移ろいで感じるのが、我々世代に、懐かしいのが「ラジカセ」を生んだ「SANYO」がなくなる。数々のヒット商品を出した一流ではないが、一流になろうとした企業が消える。

「さんま苦いか塩つぱいか・・・」の有名な佐藤春夫の詩のように、秋は確かに訪れている。サンマは秋を感じさえ、いつも通りの量がとれ安価で、あの苦さで味わいたいところだ。いつもの通りの時の移ろいほど大事なものはない。

ところで、舞崎町の気比神宮から敦賀インターにむかう道沿いに廃棄物が、かなりの量、野積みされ始めた件、敦賀警察や市役所市民生活部とも連絡を取り合っている。廃棄物であれば、市の許可を得なく行っている事業で違法性があり、業者は「有価物としての取り扱いで問題ない」とか。法律上はグレーゾーンで、警察も立ち入り調査は行い、指導程度が限界とか。市役所も明日、再度、立ち入り調査を行うとか。環境上もよくないが、このまま放置されることのないよう、いずれにしても目を光らせておくことが大事だ。

【2010/08/08】 | ページトップ↑
一律削減、事業仕分けと議会改革
公共工事の一律削減は、敦賀市の土木建築業の従事者数に影響を与えてきた。産業構造を変える長期的な施策とも言える。来年度国家予算編成方針の社会障費などを除く「一律一割削減」、政府与党をはじめ、地方からも批判が多いようだ。

「一律一割削減」は、「政策によってメリハリをつけるべき」「財源至上主義ではないか」などの批判は、その通りだが、それだけ国の懐がなくなったことにもよる。

ここ数年の税収減で、敦賀市もこの一律削減を何度か多用してきた。議会でも取り上げたが敦賀市の図書費は見事にこのシーリングにのった。結果、市レベルでは県下最低になった。政策のない結果とも言えるが、この手法にも限界がある。

税収が増える段階では、予算をいかに獲得するかだったが、今はいかに削減するかだ。弱者も強者もお構いなし。気がつくと、医療、年金、介護の社会保障から教育まで、一律削減では、すべてが縮小志向だ。

そこで、次の展開が事業仕分けだ。国の蓮舫さんの舌鋒鋭い追及の事業仕分けは、国レベルでは今はやりだが、もともとは地方の発想で始まった。

市民による事業仕分けが少ないが、行われ始めた。方法は多種多様だが、ほぼ国の仕分け作業の縮小版と思えばいい。概略は、対象事業を数十あげ、市が依頼した学識者や各種団体代表、公募と委員が数班に分かれ、「廃止」「民営化」「要改善」「現行通り」「規模拡充」など、事業仕分けしていく。それを市は評価結果を来年度予算にできるだけ反映させるというシステムだ。

事業仕分けは効率的な予算執行という目的もさることながら、予算の使い道がガラス張りになり住民の関心を高める効果が大きいように思う。

ここまで書き進めたのは、事業仕分けのやりとりが新鮮に映るのは、これまでの議会の予算審議が十分にチェック機能を果たしていないことの裏返しだ。議会の本来の機能を無視して、事業仕分けを議員が主張するようでは、との思いもあるが、議会も謙虚に受け止める時期に来ている。

もっとありていに言えば、地方議会では予算の決定権を持つ議会の存在意義が問われていることでもある。本来の役割を果たし、住民に分かりやすい予算審議に変えていくことが、議会改革の第一歩でもある。敦賀市議会も予算決算常任委員会を設置した。まだまだ改革は進化途上。次は市民と直接、向き合う「報告会」を企画している。市内10地区を4ブロックにわけて行うなど、議会運営員会で話し合いを始めた。

市長と語るように執行権を持つ対話と違い、執行権をを持たない議会がどう市民と向き合うのか、難しいが避けて通れない時代だと思う。
【2010/08/07】 | ページトップ↑
猛暑の中の突然、出てきた高齢者社会の死角だが・・・・。
Date:2010-08-6(Fri)

熱中症と熱射病、日射病の違い・・・・・・

猛暑日続きで熱中症が多発している。熱中症と症状が、私にはまだ十分に理解できていない。子どもの頃の「熱射病」「日射病」ならよく聞かされた。調べると、熱中症と言うのは、身体の内外のあつさによって引き起こされる
身体の不調を総称して呼ぶもので、熱射病は、その中に含まれるとか。

ついでに、熱射病と言うのは、体温の上昇によって中枢機能に異常をきたした状態(体温調節ができなくなり、体内に熱がこもる)を指し、日射病は、極度の脱水状態となり、身体がオーバーヒートを起こした状態で、汗を出して体温調節をすることだ、そうだ。

猛暑は災害?・・・・

一人で暮らすお年寄りは大丈夫だろうか。「体調はどう」「熱中症になっていない」と・・。異常な暑さを災害と受け止め、一声掛けて回る気配りが必要だとも思う日々だ。

高齢化社会の死角・・・・・

ところで、虐待を受けた幼子の無残な死が報じられたばかりなのに、今度は長寿者の「命」が寄る辺なくさまよっている。全国には所在不明となっている100歳以上のお年寄りは30人とも60人とも増える一方だ。子どもの身勝手から、死んでもなお、戸籍上は生かされ続ける親もいるとは信じられない世相だ。

同居しているとみられていた家族と長い間、音信不通だったり、住んでいるはずの住所地に不在だったりと、意外な実態が次々に明らかになってきた。長寿社会の思わぬ「死角」でもある。

死者が生きていると装って、年金などを不正受給する詐欺事件は後を絶たないが、不可解な点も多いとか。行政としては、所在や安否を確認するはずだが、家族が本人の体調不良などを理由に面会を拒むケースも少なくないようだ。加えて、05年施行の個人情報保護法で、プライバシーを知られたくないといった風潮が広まっていることも影響している。

独り暮らしの高齢者らを見守る民生委員の活動も、次第に難しくなっているという。災害時の要援護者登録にも限界がある。

敦賀市もマンションが増え、高齢者が、近所付き合いのわずらわしさを避けて移り住む例もあるとか。高齢者を支える地域のコミュニティーや家族同士のきずなは、ある面では都会並みに希薄になっている現実がある。すぐに「行政が」とか、「行政の責任」という報道が飛び交うが、まずは家族だ。私たち年代50代、60代の話題はまずは「親の介護」だ。認知症など悩ましい問題も多いが、「最後まで面倒みよう」というそれなりの覚悟がある。

ただ、団塊世代がさらに高齢化した時には、子どもが少ない。そんないびつな日本社会が今後、続く。まさに高齢化社会の死角が現実化してきた。最後は行政となるのだが、何かさびしい現実だ。
【2010/08/06】 | ページトップ↑
不明者の問題の奥深さ
Date:2010-08-5(Thr)

35度の暑さが続くが、朝夕に自転車を走らせると秋を感じさせる涼風も流れる。ところで、各地で100歳以上の高齢者の所在確認が取れなくなっている問題で、不明者は計35人となった。今後も増えるだろう。降って沸いたような問題だが、日本人の平均寿命が延びているなかでの悲劇だ。女性が86・44歳、男性は79・59歳。いずれも4年続けて過去最高を更新した。

寿命が延び、100歳以上の長寿者が珍しくなくなった高齢化社会。これとともに家族や住民同士のつながりが希薄になっていることを象徴するような出来事だ。まだ、幸いこの敦賀ではきかないが、いずれとも思える事件でもある。所在確認などの直接的な問題と間接的な課題を内在させている。年金問題に限らず、後期高齢者医療保険、それに介護保険といった社会保障全般にも通じる。

ある不明者で介護施設に入っていた方も含まれるとか。介護保険制度の理念は、家族への負担が大きかった高齢者介護を社会全体で分担しながら支え合う「介護の社会化」である。2000年度にスタートし、3年ごとに制度改正が行われる。私は、今回の事件とも密接に関係しているとも思っている。介護保険は、社会全体で支えあうのはいいが、財源もサービスメニューも課題が多い。

なかでも介護保険にかかる総費用の伸びは著しい。10年度は当初予算ベースで7兆9千億円と制度が始まった2000年度から倍増した。最高23兆円ともいわれる。老後を支える安全網として広く認知され、利用が拡大しているのは評価したい。私たち家族もずいぶんと世話になっている。ただ、今後のことを考えると複雑な思いにかられる。

高齢化が進む中で、団塊世代がこれから対象年齢に加わってくる。不明者増加のように、高齢の単身世帯もどんどんと増えることは確かだ。ここ敦賀も、人口の割には都会並みに世帯数が多いだけに、単身高齢者は、うなぎ上りになる。

必要な費用を誰がどう負担していくか。年金問題以上に、財源問題と高齢者な異常な増加から、私は相当に不安に思っている。国民の不安を払しょくするために正面から議論する必要がある。国民健康保険とも同様、市町レベルでは限界である。

ここまでくれば、保険料や1割の自己負担引き上げ、現行40歳以上の保険料支払い対象年齢の引き下げといった措置がそじょうにあげるしかないのだ。要するに広く薄く負担増を求める対応だ。避けては通れない選択肢だろうが、ただ、低所得者層への配慮は忘れてはならない。これだけで巨額化する費用を賄うには限界がある。やはり公費負担割合の拡大が中心にならざるを得ないのではないか。

参院選の敗北で、菅首相は安定財源となる消費税率の引き上げに腰が引けた発言を繰り返している。私は、年金や医療などの分野と合わせた社会保障の財源対策として、消費税問題の議論を進めるべきと、身近に感じてきた。

現場の介護保険利用者の立場に立つと、介護保険利用を考える在宅介護ではなおさら、きめ細かいサービスの拡充や、使いやすい制度に改革する視点も欠かせない。その中で、安否確認も可能だ。持続的な介護保険と急速な高齢化の議論がまだまだ不十分だ。

さらに、重労働の割に賃金が安いことなどから慢性的な人手不足が続く。敦賀もこの分野の有効求人倍率は高い。介護職員の処遇改善は制度を支える上で不可欠な措置である。いずれにしても、100歳以上の不明者の問題は、安否確認だけでなく、年金、医療にも絡む深刻な問題が内在している。
【2010/08/05】 | ページトップ↑
敦賀港の将来は、国が選定する拠点港に選ばれることだが・・・。
Date:2010-08-04(Wed)

昨夜は、男女共同参画センターで開催された敦賀市の環境審議会を傍聴した。内容は、北電火力の産業廃棄物施設(灰処分)の浸出水の処理方法と放流先の変更と、敦賀市民間廃棄物処分場の抜本的対策事業後の水質モニタリング調査報告など、いずれも重要なものばかりだ。

民間処分場の調査結果は、水質調査の改善は見られるものの、平成24年度の抜本工事完成後も産廃特措法の期限が切れても、水質改善やモニタリングを継続し、状況を見守る必要があるとの見解を示していた。市民にとっては、この問題への関心と言うか、風化は始まっているが、水処理、モニタリングは、今後も続き、市民に税金という形でのしかかることでもある。今後も続く敦賀の「負の遺産」ともいうべき課題だ。

明るい話題は、国土交通省の公共事業費抑制で、国として重点的に整備する港湾を、全国103の重要港湾のうち来年度以降も重点的に整備する港湾を43に絞り込み、その結果、県内からは敦賀港が選ばれたことだ。ほぼ一県一港主義が貫かれ、日本海側では直江津港など外された。今後、重要なことだが、国が選定する日本海側の拠点港に選ばれることに尽きる。

敦賀市の歴史はなんといっても港の栄枯盛衰にこれまで左右されてきただけに敦賀港の優位性を引き続きアピールしかない。まさに、国頼みの敦賀の姿が浮き彫りになる。

その国の、臨時国会が始まったが、これがぱっとしない。私も民主党員ながらもっとしっかりしてほしいと訴えたい。菅首相の答弁やあまりに内向きで代表選立候補時点での迫力は、今はない。選挙から1カ月が過ぎたが、選挙結果は有権者の意思である。敗北の原因は選挙戦術のまずさもあろうが、結果がすべてだ。国民の声を見誤り、期待に応えられなかったことによるものだ。

私は、いまでも、菅政権としての政策運営の基本軸は財政再建と社会保障の充実だ。これが揺らげば元も子もあるまい。大切なのは、ぶれずに前に進む毅然とした指導力だが、その姿勢は縮こまる一方だ。党内調整や代表選だけを気に掛けた政権では意味がない。国民が政権を預けた意味をあらためて考えほしいとも思ってしまう。

菅首相の「強い経済」というなら、地政学的にも東アジア港湾の敦賀港の拠点化は欠かせない。それにエネルギーこと原子力発電と重なれば、日本のど真ん中にある敦賀の重要性が浮かび上がり、次への時代の展開もある。そんな思いを強くするが・・・。

【2010/08/04】 | ページトップ↑
議会基本条例と総合計画
Date:2010-08-03(Tue)

「暑い、暑い」の連発だ。昨日は、朝より市民クラブの打ち合わせ、笙の川整備期成同盟会総会、昼は議会運営委員会、議会の勉強会と時間が流れた。

話を変えるが、疲れた体には冷えた水仙まんじゅうが、ほっと一息つくうまさがある。ただ、冷蔵庫で冷やしすぎるとすぐ白くなり、固くなってしまう。日持ちもしないし、常温では今ひとつ。これが難点だ。そんなわけで、遠くへのお土産には適さない。敦賀に来てもらって地元で食べるシンプルな菓子なのである。

いま、全国の地方議会で改革は、流行的に進行している。二元代表制といいながら、市長としての動きは速いが議会としての組織的な動きがあまりにも鈍い。これも、その地域の住民が、議員が自ら行う改革であり、お土産にはできない。住民意識の高い自治体は、自ずと改革の進行は速く、遅れをとる議会の動きは当然ながら鈍いとなる。それだけ、自律的な緩まない改革が求められるともいえる。遅れながらも敦賀市議会もようやく改革の形を市民に示そうと動き出した。

その改革を確実に進める手段として「議会基本条例」の制定した議会が全国で100を超え、全国的な広がりを持った動きになっている。これまで、首長提出議案は従来、99.9%が原案通り可決されてきたが、ここ数年の各議会では予算案を議会の判断で修正するケースが目立ち始めた。討議の場としての議会は、少しずつだが着実に機能し始めている。

昨日の議会運営委員会では、議会基本条例制定に向けてまず実践的に、議会が組織として説明責任など、議会として直接、市民と語り合う『報告会』の行うこと、新たな歩みを始めようと決めた。

また、午後3時から始まった「議員の勉強会」では、形骸化しつつある「総合計画・基本構想」について、どう議会として対応するか、議論を交わした。総合計画は、地方自治法では地方自治の憲法と言われるくらいの位置づけにありながら、棚上げ的な存在であった。

10年後の敦賀のビジョンをどうするか、具体的な姿が見えない総合計画・基本構想では、絵に描いた餅だと言うのが私の意見だ。人口目標をどうするのか、産業構造をどうするのか、それに伴うガイドライン的な具体策のない、総合計画はあり得ない。

総合計画を実践的に見直そうとする動きもここへきて、改革のひとつともなっている。例をあげると、市長マニフェストと総合計画、議会による議決の三つが連動する仕組みをつくった西寺雅也・前岐阜県多治見市長の「多治見モデル」がある。

財政危機下での自治体変革モデルとして、それも、議会の機能を尊重しての改革だ。「マニフェストを掲げて当選した首長は、専制君主にもなり可能性もあり、議会のチャックがなによりも大切だ」と、著書『自律自治体の形成』で述べている。

いずれにしても、少子高齢化、人口減少社会とこれまで経験しなかった時代の転換期、議会は一つの組織、塊として住民の前に登場し、責任を負う時期に来ている。議会が動けば動くほど市長とのあつれきも大きくなるが、逆に、争点が、市民とっては分かりやすく見えやすい構図となる。これが二元代表制の良いところであり、ここを乗り越えて住民の関心が高まれば、本当の自治が始まるともいえる。遅れながら、敦賀市議会も基本条例制定に向け動き出したところである。
 
【2010/08/03】 | ページトップ↑
山紫水明の敦賀のありがたさ
Date:2010-08-02(Mon)

これだけ、猛暑と寝苦しい夜が続くと、いささか嫌になる。昨日は、早朝より町内の公園清掃、夏祭りのためのやぐら組立てと午前が過ぎた。昼から災害ボランティアのフォーラムと続いた。夕方は風呂と一杯のビールに足が向く。平和な一日だ。

敦賀はいまでも、まさに夏型観光だ。フャミリーレストラン、リラ・ポートなど、どこも満員状態が続く。家族連れの車と日焼けした子供たちの賑わいと活気はいい。

高速道路の1000円効果と無料効果か、県外ナンバーも目立つ。そして夕方のラッシュと、三十数年前の混雑とは違うが、この季節、見かけの敦賀の人口は確かに増えている。データ上も7,8月の時期に集中する観光客数は、いまだに変わっていない。

これを平和とみるべきか、8月は私にとっては水不足に悩んだ幼少の頃の思い出は尽きない。昨日は、「水の日」でもあった。母親から高松空襲の話は何度も聞かされ、頭にこびりついている。まさに、鎮魂の月でもある。空襲と水とはきっても切れない話だ。

話を広げるが、温暖化で干ばつが広がり、いまも10億人以上が安全な水にありつけないという。「山紫水明」の松陵中学の校歌ではないが、自然の恵みがある一方、日本全体の食料自給率は40%にすぎない。多くの穀物や肉が外国頼みなのだ。これらを育てるには膨大な水がいる。ある本によると、日本の年間輸入量を賄うには、800億立方メートルもの水を要する計算にもなり、「世界一の水輸入国」と言われるゆえんだ。

それに、6日の広島も9日の長崎と、原爆の被害者の話でも必ず「水」が登場する。母親から聞かされた高松空襲の被災者も「水」を求めてさまよった姿を何度も聞かされた。都市空襲は破壊よりも火災を目的とした爆弾投下だったためか、そのため、やけどを負った被災者が多かったのか、やけどは急な脱水を起こすらしい。「水を下さい」との悲鳴と、水があった水路に、うめきながら倒れた人はあまりにも多かったとも聞く。

母親の話に戻すが、焼夷(しょうい)弾の雨と、爆弾の油脂が飛び散り、火だるまになった人々が水路に身を転げ込む。「水掛けてくれ」の叫び声を何度も聞いたようで、夏になると聞かされた話だ。まさに「三つ子の魂、百までも」の世界に入っている。
【2010/08/02】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |