仕分け作業の危うさ
Date:21010-10-31(Sun)

パソコンでリアルタイムで「事業仕分け」をみることができる。「廃止」「1割削減」などなど、短時間に仕分け人が結論を出していく。スッパ、スッパと切っていく。バナナのたたき売りとは言わないが、威勢のよい声が飛んでいる。ショー化しているとの批判も正解だろう。

確かに、スーパー堤防の議論はわかりやすかった。「スーパー堤防はスーパー無駄遣い」と言葉も小気味いい。200年に1度の洪水に備え、大都市の6河川に12兆円を投じる。すでに約7千億円使ったが、手をつけたのは48キロだけ。完成に400年もかかる。「現実的な話だと本当にお考えか」と蓮舫さんの言葉も率直だ。
国土交通相の「優先順位は確かに低い」と白旗。

「コンクリートから人へ」の本領でもある。安全性も大事だが、街づくりの視点から見た計画はどこかいびつだ。スーパー堤防はその結果目的を見失っ究極の姿といえる。

話をはずすが、「仕分け」という言葉が流行り言葉になってきている。何事も捨てられない性分としては身辺を見回し反省することも多い。仕分けの蓮ホウさんではないが、私の知る女性で、転職や転居、果ては離婚とえっと思うところで決断している。その大胆さに感心する。一方で、仕分けされる男性も大変だ。

話を本論にもどすが、「電源立地対策費」のあり方で、「自治体がさらに自由に使えるように制度を変えるべきだ」と、この30年以上にわたって、立地自治体が求めてきた意見だ。それでも議論の結果「政策目的に合致しないものも含まれている「1~2割程度削減すべき」との結論。もうひとつの昨日も書いたが、高速増殖炉の実証化、実用化については、今年8月「もんじゅ」のトラブルを受けて、今後の試験運転の計画への影響を問いただすなど、厳しい質問や指摘が相次いだ。それでも議論の結果「1割程度削減すべき」と結論。原子力の重要性を仕分け人が理解しての判断と受け止めたい。予算化にあたっての今後の推移を見守りたい。

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【2010/10/31】 | ページトップ↑
仕分け作業と議会報告会
Date:2010-10-30(Sat)

昨日、夕方5時、市役所を出たとき、夕日がことのほか美しかった。最近は、忙しくて夕日も眺める余裕すらなかったのか、ゆっくり見る幸せは必要だ。それも雨の日が多かっただけに、つかの間の夕日がことのほかいとおしく感じる。

ささやかでも自分流の幸せを「見つける能力」が肝心だと昔、教わったことがある。ところで、国税庁の調査によると2009年、民間企業に勤める人のほぼ4人に1人、24,5%は年収が200万円以下だったという。日本の民間労働者は約4500万人だから、1100万人にもなる。06年年以降、歯止めがかからない。全体の平均年収は406万円で前年より5.5%減り、下落額、率ともに過去最大だ。年収はピークだった97年から60万円以上減り、働く者の財布は軽くなった。

こんなご時世だから、質素な生活に価値を見いだす若者も増えている。我々世代は就職すると車、それも借金をしてまで購入して自慢し合ったものだ。結婚にも、海外旅行にも借金をしても返すめどが立った時代は過ぎた。

質素なりに若者は、工夫をしている。結婚も二人きりであげたり、海外旅行は当然、国内旅行。車も中古車で済ましている。その変化は、高度成長とは違う様相だ。

ご時世か、時代は変わった。事業仕分けは自民党時代には考えられな。昨日、政府の行政刷新会議の「事業仕分け」第3弾で、エネルギー対策特別会計のうち、敦賀市とも関係が深い高速増殖炉の「もんじゅ」を手がける日本原子力研究開発機構の原子力研究に関する電源利用対策費について「10%をめどに予算の縮減を図る」と結論づけた。

もんじゅに対する意見は厳しい。厳しい言葉が飛び交った。機構の鈴木理事長いつもと違う形相になっていた。それでも仕分け人は原子力政策の重要性に一定の配慮を示していることも理解できた。

内容は、予算要求に対する積算根拠の不透明性を問題視していたが、研究部門の専門性の説明は難しい。地球環境問題で原子力の重要性は誰もが認識するようになった。機械や人間が行う以上、トラブルなど時間と予算が必要だ。本音は、財政がひっ迫する中、議論の中身から、私は1割削減より、もっと削減があると覚悟した。それが1割削減でおわったのは、まずまずと受け止めるべきではないか。
ただ、注文も厳しい。電力会社のニーズに合った研究の推進とともに、ガバナンスのあり方も再検討するよう求めた。

もう一つの話題は、「議会の報告会」。昨夜は南公民会ではじめて開催した。議会改革の流れに沿い、そのあり方を明文化する「議会基本条例」を来年3月にも制定を目指す取り組みだ。制定されれば、県内では越前市議会に次いで2例目となる。

参加者は50名にもならなかったが、なんとか報告会初日を終えた。議会の議員は、個人個人がまとまらないのがひとつの目標で、よくまとまりここまでよくこぎつけたものとの感覚だった。パワーポイントを使った説明、質疑と淡々と進んだ。

市立敦賀病院への意見も出されるなど、市民との対話がいかに大事か、それも議会が組織として取り組む大切さを痛感した。報告会は、11月9日に粟野公民館、12日に松原公民館、14日に北公民館でそれぞれ午後7時から開く。

報告会の後は、議員での反省会。時間が時間だけにアルコールが入る。後は、久しぶりに本町をはしごした。
【2010/10/30】 | ページトップ↑
建物の外観は公共財
Date:2010-10-29(Fri)

季節の流れは速い。酷暑、暑い秋、短い秋、いきなり木枯らしが吹き始めた。ぶつぶついいながら上着のえりをたてる。夕方から議会報告書のチラシをもって粟野の区長宅を回った。「こたつもストーブもまだ、着込むしかない」と語る区長さんも。鼻水が出たので7時半にダウン。

新聞の冬型気圧配置の天気図を眺める。台風14号が北上している。秋雨前線の豪雨被害に見舞われたばかりの奄美地方は、今朝から大雨の予報だ。週末には北陸も暴風域の円にのみ込まれる。

暑すぎた夏のためか、昨日、7月から9月、福井県内の観光客減のニュースがあった。それでも特別展示の勝山恐竜の森は去年に比べ20.7%増えたほか、高浜町の道の駅「シーサイド高浜」は舞鶴若狭道が高速道路社会実験の無料化で14.7%増えた。工夫と政策で観光客数を増やしている。

短い秋といいながら、秋は旅の魅力が増す季節。知らない町や村を散策するのは、ことのほか楽しい。道端のススキや日に日に色づく紅葉が旅情を誘う。

私もこの時期、出来るだけ時間を見つけては旅に出たい心境だ。重要伝統的建造物群保存地区として指定されているところはともかく、どの町に行っても建物や町並みが画一的で、楽しさが半減する。重要文化財があっても、点として保存されているだけで、線や面として風情のある町並みは少ない。

今月、訪問したカナダや米国の建物の歴史はわずか200年を越えただけ。それでも古い建物を大事にしている。特に中心市街地の街並みをたとえ個人の所有物であっても「建物の外観は公共財」という意識が強い。オレゴン州のポートランド市では、街並みを保存するために、広告の抑制、空き地の駐車化の禁止、場所によっては、高さや屋根の色、窓の形、壁の材質なども指導するが、逆に市民からの保存のための提案もあるとか。市民の古いものへのこだわりは、日本以上とも感心した。

以前訪れたドイツのフランクフルトは爆撃で破壊された街並みを、写真などをたよりにレンガひとつから復旧して外観を戦前のままに復活させた地区もあった。一方で、家の中に入れば現代にマッチした日常生活を保障されていた。典型的なのが、チェコのプラハ。外観は中世の城郭都市そのもの。その町並みを味わうための観光客があふれていた。

便利さを求めるあまり公共の心が失われてきた日本。敦賀市もかつては、古い市役所、大和田別荘など戦災にあわなかった貴重な建物も今はない。「今となっては」そんな悔いを感じる市民も多いのではないか。先祖から受け継いだ山河や歴史的景観を残していくには、自己の欲望を抑制することも必要だ。

「来てがっかり」といわれないまちづくりのヒントがここに隠されていることは確かだ。ここまで書き進めたのも、市立博物館こと大和田銀行、民間の敦賀酒造などの唯一ともいえる相生界隈のまちづくりだ。これ以上は書けないが、なんともならないもどかしさを感じる。金ヶ崎のレンガ倉庫、縄間の検疫所など、まだまだ当時を語る建物も残る。

話を冒頭に戻すが、勝山、大野の山には、初の冠雪が確認されたとか。見ごろを迎えた紅葉に、砂糖をまぶしたような白が映える風景は格別だ。勝手なもので早く台風に去ってもらいたいと願う。今日、夜7時から南公民館で議会報告会が開かれる。議会として初めて試み。できるだけの参加を!
【2010/10/29】 | ページトップ↑
「母屋(一般会計)でおかゆ、離れ(特会)ですき焼き」の議論が始まった・・・。
Date:2010-10-28(Thr)

自民党の塩じーはうまくいったものだ。「母屋(一般会計)でおかゆ、離れ(特会)ですき焼き」と、特会のぜいたくぶりを政権でありながら、閣内から指摘した。

「存在理由がなければ廃止する」との強い姿勢で、菅政権が特別会計の改革に着手する。蓮舫行政刷新担当相も「特会を丸裸にし、制度そのものの仕分けをする」と言葉も荒々しく息巻いてもいる。

国民の目は厳しくなっている。無駄の排除は、国民が「いの一番」に挙げる政治への要望であることは確かだ。保険料や使用料などの収入を主な財源とする特会は、税金などで主に賄われる一般会計に比べて査定が緩いともいわれ、「省庁のお財布」と批判もされてきた。

しかしここまで政治家たちに非難される特会の中身、運用について、国民はよく知らないのである。省庁の権益というベールに包まれてきたのも現実だ。その中で、敦賀市は、エネルギー資源がないわが国で、原子力発電という重要な役割を、市民に還元するために、エネルギー特別会計が運動公園のスポーツ施設、小中学校から市民温泉リラポートなど各施設に充当され、最近では市立敦賀病院や看護学校の人件費や施設維持管理にまで使われ、まさに市として重要な財源のひとつでもある。

今回の事業仕分けでその全容を明らかにするのはいいが、原子力発電立地市町村のこれまでの取り組みや今後のエネルギー確保など大事な視点を見失ってならないことは言うまでもない。確かに制度上の課題も多かったが、地元から要望を重ね、改善もまさに一歩一歩と時間をかけて作り上げてきた制度でもある。ようやくここまで来たとの感覚を私は持っている。それがいきなりとも思うが・・。

仕分けで出てくるのは埋蔵金とか、隠れ借金とか、「すき焼き」と面白おかしく、マスコミも風潮するが、必要だったから出来た制度であり、改善を繰り返しきたこともあり、全容をわかりやすくあきらかにして、将来を見据えた制度存続なれば、私はそれはそれなりに一歩前進と受け止めているが、どう仕分け人が判断するのかじっくりと見守りたい。

ところで、仕分けの地方版ともいえる福井市の「事業仕分け」が昨日終わった。3日間の仕分けの結果、11事業のうち、見直しが8事業、継続が3事業で、廃止と判断された事業はなかった。福井市はこの結果を来年度予算案の編成に生かしていく。これも、本来は、市の監査や議会の決算認定の作業が機能していれば、必要ないもの。

そうはいっても、予算の使い方は、市民にはなかなか分かりにくい。財政が縮小する時代、どう使われ費用効果がどうであったなどわかりやすく説明することが大事であることはいうまでもない。見直し、継続、廃止など日常の作業の中でも繰り返している。これを市民にわかりやすく、説明するか、市民に監査や議会の決算だけでなく、市役所で予算編成時にローリング的に行われている作業を、関心を持ってもらうこと大事だ。はやりとは言わないが「事業仕分け」もその第一歩だと受け止めた方がいいと私は受け止めている。

敦賀市議会では、来月2日から予算決算常任員会が開催される。決算は昨年度の予算の使い方の検証作業でもある。会社の利益追求でもない行政の仕事は、費用対効果だけでは判断が難しい。また長期的な視点も重要なことが多い。

そんな議論を議会だけではなく、市民に聞いていただくか工夫も必要な時代だ。29日を皮切りに行う報告会もその一つだ。本会議のRCN放送は定着した。さらにいつでもどこでもみられるインターネット化も検討している。さらに進めば、詳細な議論がなされる常任委員会のネット化ともなるが、これは費用対効果となり、現段階では必要ないと考えている。

いずれにしても、仕分けは必要な時代だ。無関心が政治をダメにすることも事実だ。福井市でも拡充という見直しもあった。長期をにらんだ米百俵も精神も大事だ。一方で、無駄の排除は、国民や市民が「いの一番」に挙げる政治への要望である。殊に金銭に関する無駄は、ひっ迫する今日の財政状況では「お目こぼし」など許されるはずもない。議会もどう市民と向き合うか、難しい時代であることは確かだ。
【2010/10/28】 | ページトップ↑
「歴女」、「鉄子」、「巡子」にはじまり、「山ガール」こと「山ばあさん(これは失礼?)」
Date:2010-10-27(Wed)

昨日は久しぶりに聞く「西高東低の冬型」。夏の酷暑から寒気。クールビズからネクタイのわずらわしさが残る感覚から、急に肌寒さを感じる。慣れない。これも久しぶりに夜、寒暖計をのぞくと外気は8度。早朝はよけいに冷っとする。

五感で感じることは記憶に残る。話を飛躍させるが、先日、図書館での外岡教授の「大谷吉継」の講義に全国からネット調べてか、女性ファンが押し寄せてきた(現実は10名程度だが・・・)。講義が終わっての座談会にも外岡教授を取り囲んで離さない。

失礼だが、気比史学会の講演は、どちらかというと高齢者が大半だ。私ですら若いぶるいというのが実情だった。歴史好き女性の「歴女」を現実に見た瞬間でもあった。このことを言うのかとも感心もした。市立博物館展示の大谷吉継の後半にも、女性ファンが押し寄せる。

もっと飛躍させると、鉄道ファンは「鉄子」、金ヶ崎の鉄道資料館も静かな人気スポットとか。敦賀市周辺の山には、「山ガール」ならぬ「山ばあさん(これは失礼?)」が元気に登山に励む姿を、ここ数年、見かけることが多い。

もっと書くと、海上保安庁巡視船の見学者に女性ファンが多くなっているとか。これを「巡子」と呼ぶらしい。現在、平和堂で上映中の映画「THELASTMESSAGE海猿」が彼女らの思いに拍車をかけるのか。海上保安庁をこよなく愛する若い女性たち、まさに「巡子」さんグループは目立たないが、全国のイベント毎にこれも、お目当ての巡視船の入港情報を聞きつけて、地方の港に駆けつける「通」もいるとか。海上保安庁を通じての港町ブルース版でもある。

先日も3人のたくましい女性グループに金ヶ崎で遭遇した。ネットで丹念に調べ、資料を集め、地図に書き込み、きらめきみなと館の物産フェアにひっかけ、市立博物館の大谷吉継、きらめきみなと館、さらに巡視船見学、金ヶ崎の鉄道資料館、そのついでとは何だが、ムゼウムへと、すべて詳細にコースと時間割をし、ホームページを印刷してセットにして、敦賀に来ている。まさに感動ものだ。

これは、余談になるが、若者の海外旅行離れがいわれて久しい。業界の人に聞くと、男性の海外離れはひどいが、女性はそれほどでもないとか。先日もバンクーバーの土産屋さんで働く若い日本女性と話をすると、語学研修に来る多くが女性とか。またまた古い話で恐縮だが、日本人に海外旅行の夢を与えたのは兼高かおるさんだろう。テレビ番組「兼高かおる世界の旅」は、楽しみな番組だった。最近の「わたくしが旅から学んだこと」も高齢の女性とは思えないみずみずしい感性を感じる本だ。

今日の結論は、私が男性だから感じるのかもしれないが、草食系男子と言われる時代、若い「歴女」、「鉄子」、「巡子」にはじまり、「山ガール」こと「山ばあさん」と、女性たちの元気さばかりが目立つ。おまけに、よく訪れる養護老人ホームも元気なのは8割が女性だ。

話を3人の女性グループに戻すが、最後に残した言葉は「調べて、行って、見て、感じて、話して・・体験できた敦賀っていいとこですね。」と・・・。肌で冷っと感じる朝、五感の感覚だ。
【2010/10/27】 | ページトップ↑
議会も書籍も電子化進む時代だが・・・・。
Date:2010-10-26(Tue)(写真はサンタモニカ市の議場。四か所に画面があり、説明には必ず、使うとか。訪れたリッチモンド、ポートランドいずれも、同じだ。)


昨日は、議会の報告会の打ち合わせ。今日は報告会の記者会見と進む。説明にはパワーポイントを使う。まさに時代の流れだ。とはいっても、報告会の人集めは量販店、スーパーでの従来通りのビラ配りや一軒一軒の訪問。

カナダ、米国の訪問した各市の議会にはスクリーンが議場に数カ所常設され、説明にはグラフや地区の写真と映像を駆使して行われる。パワーポイントは日常のツールになっている。議場のパソコン持ち込みもままならない日本だが、10年で相当変わるのではないか。

この流れではないが、明日から読書週間。今年は国際読書年、日本では国民読書年。そんなわけでもないが、視察中、時差で寝られない時間は、テレビでの英語はわけわからず、老眼鏡をかけて紙の本の読書に時間をついやした。

ところが、米国で、カフェではパソコンはもとより、電子書籍ともいうべき端末で読みふけっている光景を何度も出くわした。無線ランを売り物にするカフェもあり、シリコンバレーも近いのか、米国の電子化は相当進んでいると感心した。聞くと、ネット上の本の流通組織も相当進んでおり、気軽にそれも格安で求めることができるとか。

端末の窓に文字が表示される電子書籍。単行本が文庫本になるのとはわけが違う。印刷や流通の手間が省け、安くなる。字の大きさも変えられる。老眼鏡を忘れても字の大きさも思いのままだ。手軽さで、流通組織さえ整えば、廃刊本も復活できる。

日本では、これまでに何度も「元年」がつけられるが、電子書籍は普及しなかった。ところが、今年は、様相は変わってくるだろう。端末、中身とも決定的な魅力が、今年は新型機器の登場で変わった。私も老眼鏡不要となれば、ボーナスで買いたい心境になっている。

ただ、端末を求めても、日本の書籍流通が独特なためにダウンロードできる書籍にはまだまだ限りがあり、時間がかかるという説がある。

そうはいっても、私も女房もそうだが、電子書籍に慣れるまで時間がかかるというより、従来通りの紙の本との共存というより、紙の本で終わるとも思う。

自分で買い並べた本は自分だけの財産。仮に読んでいない本があっても、背表紙の列をながめ暮らすことが頭や心を刺激するということも聞いた。寂しい話かもしれないが、本箱の整理、充実は認知症防止に相当役立つとか。

もとに戻すが、本当の読書家だったら、これからは端末が「読みふける」に足る道具、気にもなることは確かだ。積読が多い私だが、端末ではない紙の本で過ごす秋が、これからも続く・・・。
【2010/10/26】 | ページトップ↑
「のろしリレー」・・玄蕃尾(げんばお)城から疋田城、衣掛山、天筒山、金ヶ崎、旅籠山とつなぐ。
Date:2010-10-25(Mon)

昨日は、敦賀市堂から衣掛山に登った。標高160メートル足らずだが登りは急だ。登りには、縄の設置など、地元の中郷地区や中郷小学校の生徒が整備している。

なぜ登るかと言えば、今年で4回目を迎える「のろしリレー」のためだ。滋賀県との県境の玄蕃尾(げんばお)城から疋田城、衣掛山、天筒山、金ヶ崎、旅籠山とつなぐ。心配した天気は曇り。しかし、山の稜線はしっかりと見える。

現代の武器、携帯電話で連絡を取り合う。時間通りに疋田の谷合からあがる。子どものように発見すると、はしゃぐ。衣掛山でも指に火傷(やけど)をしながら(私ではないが)火をつけ「狼煙(のろし)」をあげる。といっても発煙筒2本だ。

午前10時32分発煙、天筒山につなぐ。発煙筒の持ち時間わずか5分。天筒山の展望台からも「のろし」があがる。そして金ヶ崎の「狼煙」を発見。歓声があがる。大人ながら無邪気な瞬間だ。残念ながら旅籠山からの狼煙は見えなかった。

かつては、「のろしのリレー」で長浜市から約400キロ離れた新潟県長岡市まで、城跡や砦跡163地点をつないだこともある。滋賀、福井、石川、富山、新潟の5県が煙の柱でつながった。

狼煙リレーは、各地で行われている。敵の攻撃などを伝達していた狼煙を再現し、城跡の保存や里山の環境保全につなげることもできる。企画によっては、観光振興にもなりうる。はじめての参加だったが、中世の昔に想いを重ね、適度な運動。当然、消防にも許可を得ている。童心にかえった瞬間でもあり、これからも続けたい企画だ。

昼は、「つるが観光物産フェア2010」へ。例年であれば、2日目ふぐ鍋が終わり、昼を過ぎれば客はまばらとなるが、今年は満杯が続いた。「スィーツ」など企画が充実しているせいか、子ども連れも多い。入口近くには、市役所の敦賀駅舎改築の説明会が開かれ、職員の説明に聞き入る市民も多い。大盛況の物産フェアではなかったか。

狼煙リレー、物産フェア共々、関係者の時間をかけた企画、準備があって成功する。関係者のご労苦に敬意を表したい。夜には、ときたま激しくふる雨となった・・・。心地よい疲れに伴い、酔いのまわりも早い・・・・。
【2010/10/25】 | ページトップ↑
一度でいいから会いたい。いつまでも待っている...。
Date:2010-10-24(Sun)

ひとつのことに熱中し夢をみる。若者だけでもない。夢中に応援するオジン族も敦賀にいる。昨日の落合監督率いる中日のリーグ優勝は見事だった。

2003年の歳末、京都の清水寺で発表された恒例の「今年の漢字」は「虎」。阪神、六甲おろしが甲子園をとどろき、黒黄の旗が舞った。私も久しぶりに感動した瞬間だった。タイガースが18年ぶりのリーグ優勝し、5千人を超すファンが道頓堀川に飛び込んだ年。

その当時も、不況で漂う閉塞感に包まれる中での日本中を熱狂させた。その時の監督、独特な采配で虎フィーバーへと導いた。その監督であった星野さんが東北楽天の来季監督に決まった。その時の、言葉がいい。「僕は野球がしたい。新しい人生を突っ走ろうと思っている」。まるで子供じゃないが、若者そのものだ。

これとは全く違うが、そんな無邪気に夢をみる子どもを奪われたら、拉致でなくとも突然の神隠し的にいなくなった最愛の息子、娘の話を延々と129人、2時間も聞いていると涙が自然に出てくる。

昨日、「北朝鮮による拉致被害者救出のための集い」、東京都新宿区の都民広場で開かれた。集会には拉致被害者や拉致の可能性が疑われる特定失踪者の家族約120人らが参加。突然姿を消した子供や兄弟たちの写真を掲げ、一刻も早い救出を訴えた。その手助けに東京で12時間が過ぎた。敦賀に戻ったのは午後11時15分。改札をでると新しい駅舎ができ、夜も遅く、花かごがさびしくたっていた。

民間団体の特定失踪者問題調査会と東京都などの主催で初めて、都庁前の広場で、結成以来7年で開催。予算規模も労力も組織の限界を超えている。敦賀市の山下貢さんのお母さん、若狭町の宮内和也さんのお父さんも切々と訴えた。

「一度でいいから会いたい。いつまでも待っている」と訴えた。調査会は、この日の家族の声を北朝鮮向けの短波ラジオで放送する。資金があまりにも足らない。これもボランティアだ。国内で調査会登録の行方不明者が発見された。これも会の存在がきっかけになった。

すべてが拉致被害者と思っていない。突然、家族がいなくなったら、そんな思いをする。集会もこれが最初で最後との思いも強い・・。街頭で参加を呼びかけても確実に風化が進行し、寄付も設立当初とは雲泥の差だ。もっとも頼みの北朝鮮からの情報はここ数年、まったくといいほど入ってこなくなった。金の切れ目が縁の切れ目ともばかりにだ。限界に近い状況の中での開催でもあった。ここまでくれば、思想も信条もなくなっている。

話を戻すが、楽天の選手はもちろんのこと。ハートフルという点では楽天ファンは既に定評がある。野村元監督のときもフャンは沸いた。いつか「鷲」ことイーグルがの旗が仙台に舞い、清水寺に一字が選ばれる年が巡ってくることを夢見たい。当然「虎」はもちろんだ。閉塞感が漂えば漂うほど、プロ野球は優勝は、地方の元気を与え、不思議と勇気もわく。そして、特定失踪者こと行方不明舎が、どんな理由にせよ、生きてご両親のもとへ帰ることを。
【2010/10/24】 | ページトップ↑
克服可能な課題と、めどがたたない課題、それを映す世相・・・・。
Date:2010-10-23(Sat)

原電の敦賀3、4号機増設計画で、原電は21日、10月中に予定していた本体工事着工を延期すると発表した。新聞報道をみる限り、地域経済や雇用への影響を不安視する声が多い。まちの活力の源泉が、原子力によるところが大きいことにほかならない。

時間軸で、今年の最大のテーマでもあったもんじゅの再開や3,4号の本格着工は、敦賀市に漂っている閉塞感を打ち破るほどの出来事であったはずが、ここにきて、トラブルや延期は、そのムードの継続を意味することは確かなようだ。これ以上のコメントを求められても、私には答えがない。言えるのは、機械のトラブルや延期は、難しい課題だが、課題克服ができ、いずれめどが立つといことだ。この課題が克服されれば、・・・。そんな我慢の時期ということではないか。

ところが、課題克服のめどが立っていない課題として、日本全体としても敦賀市としても、人口減少、少子化や高齢化の問題。それに付随する課題というよりも、自然の課題はさらに深刻だ。

新聞を読むと、名古屋市で開かれている生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の記事が連日、賑わしている。会場で新たな国際組織が発足した。名前は「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」。もちろん、SATOYAMAとは「里山」のこと。敦賀市の中池見が代表的だが、8割を中山間地域が占める敦賀市も深刻な課題でもある。

敦賀市の池の河内など典型的だ。NHKテレビの特集番組で確か「里山は標高の高い奥山に対し、農家の裏山、丘陵や低山で、薪炭や堆肥、木灰などを供給した」と説明していたが、木炭も灯油などエネルギー革命以降、市場もなくなり、自らも石油ストーブに変えてきた。

まや、最近、小河のクマなど、クマ出没ニュースは日常茶飯事となった。原因の一つが里山にあるクリ、ナラなどの凶作、里山の荒廃だ。里山が国際的に評価されるのはいいことだが、肝心の中山間地は、敦賀市も見られるように、人口減少という過疎化と高齢化にあえいで、足元からその存在が揺らいでいる。行政の施策にも限界があり、課題克服が難しい課題だ。

一方で、少子高齢化の世相を映すかにように、COP10の動きとは裏腹に、日本は希少種輸入大国でもある。リクガメや鳥類世界第二位、ラン三位。絶滅危惧種や販売禁止の天然記念物もお構いなし。現状のペット業界は、不況知らずとか。世帯当たりペット関連支出が昨年18,300円。家計支出が減少する中で5年連続増とか。これも、人口減少、少子高齢化や単身世帯増で、子どもや伴侶以外に癒やしを求める世相だ。

敦賀市の動物病院では、絶滅危惧種の話はそれほど聞かないが、ペットは、爬虫類も含め、多様化し、犬、猫のペット数そのものも、相当増えているとか。犬をペットとして飼う一人暮らしのある高齢者から「いま、最大の生甲斐だ」とはっきりと言われたことがある。癒しどころか、確かに生活の張りにもなっている。これも、世帯数が都会並みに多い敦賀の世相でもある。

【2010/10/23】 | ページトップ↑
福祉部門で地方自治体のかかわり方が違う・・。
Date:2010-10-22(Fri)

・・・・・福祉部門で地方自治体のかかわり方が違う・・・・・

昨日で米国、カナダの視察を終えた。健康や環境に地方自治体がそれぞれに厳しい条例で規制をかけて対応していることだ。具体的には禁煙、広告の規制など日本も緩やかだが、その方向性は変わらない。

なによりも勉強になったのが、米国のホームレス社会の深刻化だ。民間では教会が中心となり食事を提供し、行政も派遣村的な機関を使って食事を提供している。その業務の大半を教会やNOPのボランティアの方が多く手助けしている。ある時間になるとホームレスが何十人と並ぶ様相は一時的な派遣村とは異なる。もう日常化している風景だ。

それも大都市だけではなく、地方都市でも普通に見受けられる社会になっている。米国の地方自治体の役目は、食事の提供、路上の掃除など雇用対策、そこまでである。

日本の地方自治である敦賀市に例をとると、財政の4割を子育て支援の幼児福祉や高齢者福祉、障害者福祉などきめ細かく使っている。ところが、米国の地方自治体には、その業務がまったくといっていいほどない。その大半の業務を連邦政府こと、国が担っているのである。当然、きめ細かさもない、市場原理優先の社会となる。

典型的なのが、国民健康保険制度だ。敦賀市においても、最近の利用者の大半が、高齢者や低所得者が中心となり、制度維持のために市の一般会計4億円超える税金が投入し、国の制度でありながら、市町村が直接の管理、運営を担っている。社会保険をかけているサラリーマンである敦賀市民からすると、間接的には税金の二重払いでもある。市立敦賀病院の経営にも10億円近い経費を税金から投入している。これが、日本の普通の福祉社会だ。

それがないとしたら・・。弱肉強食社会の暗い側面が表面化する。いくら禁煙だ、広告規制だと、条例を厳しくとも環境はもちろん、治安上の課題であることは確かだ。

市民にもっとも近い地方自治体に、その福祉部門が市の業務に基本的にはない。行政がホームレスに食事を提供する場面は美しいが、末端の自治体に福祉部門のセクションも人員も税金をかけていないのである。地方行政の大事な福祉部門がないところに、根底から米国の福祉のあり方が違う。

・・・・・・・・・米国も世論調査に国民が敏感に反応・・・・・

米国の中間選挙が11月2日に迫った。CNNなど連日、世論調査を伝える。見れば、オバマ大統領の与党民主党は大敗しそうだ。

新しく大統領を選んだ後の中間選挙では、与党は大体負ける。「大騒ぎする話ではない」とオバマ派は言う。だが、もっと根深い問題が横たわっていると私はみている。

なかでも、ティーパーティーと呼ばれる保守組織が今回の中間選挙の「台風の目」のようだ。当然、税金に絡む話が中心となる。余談だが、今回、訪問したポートランド市のあるオレゴン州では「消費税ゼロ」を住民は選択している。税金も制度も、まさに選択の国家であり、地方行政だ。

米国の独立戦争の契機となった1773年のボストン茶会事件にちなむが、茶会事件は英国が課した税金への抗議行動だった。今のティーパーティーも反税金を軸に据える。日本の消費税反対とは違い、オバマ政権の進める公的資金による医療保険改革が攻撃の標的となっている。

言い過ぎかもしれないが、日本のように「揺りかごから墓場まで」が当たり前のように理想とされてきた国にはティーパーティーの台頭は、私には違和感を覚え、異様な風景だ。自民党的な福祉、民主党的な福祉の違いはあるかもしれないが、日本と全く考え方が違うのである。

歴史的に米国では福祉部門の政府の介入を嫌う。このことは後で説明を加えるが、制度上ある掛け金をかけての公的な健康保険部門も参加者の多くが白人である。黒人大統領への偏見も否定できない。

そして何よりも、最大の課題は、9.6%という高い失業率だ。米商務省センサス局発表の2009年所得・貧困統計では、貧困層の比率が14.3%と前年の13.2%から大幅に上昇、1994年以来15年ぶりの高水準。

貧困層の人数では4357万人と、2008年(3983万人)から374万人の増加。統計を開始した1959年以降の最大数の記録。半端ではない。

大恐慌時代に登場した民主党のルーズベルト大統領は「大きな政府」政策をとった。効果はすぐには表れなかったが、それでも国民は忍耐強く支持し続けた。そして何らかの成果がでた。

近年は、テレビで瞬時にメッセージが行き渡る今の米国は短気だ。早期の雇用改善の見通しも暗い。2年後のオバマ氏再選選挙の行方にも当然、影響はすることも確かだろう。どこか、福祉国家、福祉行政といいながら、日本社会も世論調査で動く時代、米国社会と似てきたように感じるのは、私だけではないはずだ。

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・・・・・・国民保険の医療制度の根本的な違いと学ぶもの・・・・・・・・・・・

ここからは、聞きかじりと、今回の視察で感じた社会保障としての「医療保険改革」の現実と、米国の地方行政を述べてみたい。・・・・・・・・・・・・・・

オバマ大統領が就任してから2年近く、社会保障の面での大きな進展として、本年3月にオバマ民主党政権が国内政策における最大の課題と位置づけてきた「医療保険改革」の法案が、上院に続いて下院でも可決され、大統領の署名を得てようやく成立。

これによって4700万人といわれる「無保険者」のうち、3200万人が恩恵を受けることになり、何らかの医療保険でカバーされることになった。

ところが、現実は、先ほど述べたように、管理運営まで、地方行政が絡む国民健康保険制度とは根本的なところが違う。制度上も、今回の医療改革は公的健康保険を設けて、そこに日本のように全国民を収容する「強制加入」タイプを採用したものではなく、一定の基準や条件をクリアする各種の民間医療制度のいずれかを選択して、そこに加入することを義務づけるものだ。いわば「選択による加入強制」だ。根本的なところがここでも違うのである。

先進国でありながら米国はこれまで一般国民を対象とした公的健康保険がなかった答えの一つには、米国が「産業国家」として成立したという現実だ。

「NO WORK NO PAY」が徹底している。米国社会でもっとも普遍的価値を持つのは「生産」であり、それに寄与する「仕事」が、社会保障においても「労働」と連動する。

例えば、業務上の災害を補償する「労災保険」は、いち早く1910 年代に米全州で成立。ところが、健康保険の「業務外疾病」を対象とすることから、何度も法案化が見送られた。労働災害以外の傷病は、労働では賄うべきではないとの基本的考えが日本とは根本的に違う。

最近では、クリントン大統領の下での国民皆保険構想も実現ができなかった。共和党の反対というよりも、産業界の抵抗は強く、皆保険運動はその度に挫折を繰り返したといったが、現実ではないか。労働組合も表面上は皆保険を語っても、大きな運動にはしなかった。

全米の労働組合を指導してきた自動車の労働組合そのものが、独自の優れた年金や医療の保険システムを持っていたことが影響したのではないか。

それでも、今回の米国の医療改革は「強制加入」の国民健康保険を制度化したものではないものの、米社会の成り立ちを考えるなら、画期的な成果として高く評価してよいと私は考える。ただ、これにも地方行政はまったくといっていいほど関与しない。繰り返しになるが、市民の税金であるい一般会計の投入から、きめ細かさや相談などセフティーネットが市の行政業務にはない、大きな違いがある。今回の改革で、どこまで医療のセフティネットが充実するかは、これからだ。

終わりになるが、逆に、あきらかに、セフチィーネットで教会やNPOなど民間団体やボランティア組織が充実していることは、日本とは様相が違う。寄付金も、組織数も人数も明らかに違う。充実度と言うか、文化の違いか、日本は比べものになたないほど低い。

地方自治体の財政のひっ迫を考えるならば、NPO、ボランティアなど「新しい福祉」「新しい公共」のあり方も大事なことは確かだ。敦賀市では、福祉部門では社会福祉協議会を中心にボランティア部門でも頑張っている。それも行政の補助金で一部成り立っている現実がある。私も「これくらいが限度・・」と感じていたものが、今回の視察では「まだまだ」とも・・・。


【2010/10/22】 | ページトップ↑
環境政策として公共交通機関や自転車の再見直し・・・
Date:2010-10-20(Wed))(写真はロサンゼルスの杉原千畝像・・・・・手に持つのは命のビザ)

ポーランド系ユダヤ人と敦賀の関係はご存知のとおり深い。敦賀を通過してアメリカに渡り、成功した方も多い。証券界の大物もいる。杉原氏の功績は、米国ロサンゼルスのリトル東京で杉原像として評価されている。

・・・・・サンタモニカの環境と観光・・・・・

昨日は、サンタモニカ市議会を訪れた。サンタモニカはカリフォルニア州・ロサンゼルス郡の西部に位置する市である。人口9万人の敦賀市とそれほどかわらない。太平洋の海岸沿いの観光都市。

古い話で恐縮だが、敦賀にもいた桜田淳子の79年の「サンタモニカの風」のイメージと合う。街路樹や建物の基準など美観を重視し、最近は、公共機関を再見直ししているところが特徴的だった。

市政は米国の各地方都市がとる「シティマネジャー制」。市長は、どちらかという式典要員的な象徴的な存在だ。議員7名のうち、代表が市長を務める。なかでも、「3rdストリート」は、歩行者天国として有名となったところだが、開発に当たっては、4車線の道路を緑化し歩行者専用道路とし、イベント広場を設け、観光名所となった。

イメージとしては敦賀市の8号線の気比神宮から平和堂までの4車線の2車線化と緑化と近いが、ただ、道路を観光と結びつけ、目的をがしっかり持って、地元がそれに協力して成功したとか。

コミュニティバスも充実しているが、自家用車が中心の社会、それだけにバスそのものが、低所得者の乗り物との差別的な目で見られてきたが、ここへきて環境面で公共交通機関が見直され、路面電車も計画されている。

ここも10年間の敦賀市と同じような総合計画を策定し終えたばかり。ただ、作成にあたっては、辛抱強く、市民の意見を何度も取り入れ、検討もし、議論を重ね、何度も練り直しため、5年もの期間を要したとか。

・・・・・・行政システムと市民の納得・・・・・

この視察も昨日で終わり、日付変更線を超えて、21日夜に帰国するが、この視察で訪れたバンクーバー、リッチモンド、ポートランド、サンタモニカのいずれも市政も制度がそれぞれに違いがあり。いずれも市民が納得していることだ。ポートランド市は、住民投票で従来の市政でよいか、そのあり方を問い、このままで行こうと判断を下している。

・・・・・・健康と環境重視の政策・・・・・

また、健康や環境を重視した政策をとっていることだ。禁煙の厳しさは罰金刑も含め、どこも厳しい。街路樹などの美観にも注意をはらい、中心市街地の広告の抑制も相当厳しくなっている。日本もそうだが、広告だらけの韓国、中国とは違った成熟化したまちづくりだ。

一方で、ホームレスを多く見かけた。治安の問題にもつながる。また、教会や行政の機関で、食事を求めて並ぶホームレスを数多くみた。

・・・・・・見直される自転車・・・・・

話を戻すが、環境政策のなかで、自転車を各市が重要視し始めている。当然、道路も幅があり、自転車専用レーンが多い。これは余談だが、自転車が1キロ進む際のエネルギーは乗用車の180分の1にすぎないとの試算もある。効率の良さや二酸化炭素を出さない環境への優しさだけではない。

観光振興や商店街の活性化への効果も期待できる。私が趣味にしているから語るのではないが、今、新しい貸自転車の仕組みが注目されている。コミュニティーサイクルだ。

同行した富山市議会の議員の話によると、富山市は、全国に先駆けて今年3月に事業化したそうだ。富山市は、自動車がなくても安心して生活できる「コンパクトなまちづくり」の柱に位置付けたとか。利用者は着実に伸び続ける。「市民の足として徐々に浸透してきた」という。敦賀市の駅前にある観光用の自転車も着実に利用されている。

ネットで調べると、仙台市も来月、利用実験に乗り出す。まず100台を用意し、中心部に10カ所の駐輪拠点を設けて貸し出し・返却できるようにする。18歳以上が対象。無料だが事前登録が必要で、専用のICカードを使って利用する。高齢者のための電動の自転車もそろえているとか。

健康と環境保全の象徴である自転車。米国や欧州では再評価が進み、コミュニティーサイクルを導入する都市が急増している。自転車がかなり普及しているアムステルダムは、自転車専用レーンも市内の道路に必ずと言っていいほど、張り巡らされている。

日本ではどこまで普及するか。環境先進国への道を開く鍵にもなりそうだ。自転車の普及と自転車専用レーンは切っても切れない関係だ。自転車専用レーンも敦賀市で目立つようになったが、一部にとどまっている。狭い道路幅の多い敦賀では難しい問題でもある。まずは、旧木崎の道路など通学路の自転車通学の整備が最優先であることは言うまでもない。

・・・・・・・・自治体の最優先政策になる環境問題と格差社会の怖さ・・・・

このたびの視察で感じたには、繰り返しになるが、カナダも米国も各自治体が最優先の課題として、環境重視の政策を掲げているとだ。軽んじられたバスや路面電車の再整備と見直し。足元では自転車の見直しだ。一方でホームレスの多さだ。格差社会の怖さを改めて見せつけられた思いだ。
【2010/10/20】 | ページトップ↑
視察雑感(報告書もかねて・・・)
Date:2010-10-19(Tue))(写真はポートランドの議会風景、前に市長、議員がならび、市民に週一度、報告を行っている。もちろんテレビ中継もしている。)

市議会議員の海外視察は、ぎっしりとスケジュール満載だ。移動も重なると疲れる。そろそろ疲れがたまってくる。今日19日は、午前中、ポートランド市議会訪問。昼から街並みの視察。夕方はポートランドからロスアンゼルスへの移動。気がついたことだけ、書くようにする。

ホテルではインターネット無線LANで24時間使い放題だ。日本の情報も敦賀マラソンの状況もネットでニュースとして見ることができる。高速通信のためニュースの動画も難なく見ることができる。

ここ数日の中国の反日デモ騒動は、日本系列店への投石と破壊、車打ち壊し、デモ参加者の「日本製品排斥」、確か尖閣列島を守れか、などのスローガン。場所が、大都会の北京や上海ではなく、今度は内陸部の都市ばかりである。場所による経済格差や貧富の差が実際のこととして表面化したように受け取れる。

ともかく、13億人のこの国が想像を超える矛盾を抱えているのは確かなようだ。米国では、中国人の勢力は、旅行者もビジネスマンも日本人とは違って、急速に多くなっているようだ。

移動中も二度ほど、私は自分として日本人と思っているが、話をしているなかで、「ARE YOU CHINESE?」と聞いてきた。「どうして、中国人ですか?」と聞くと、「最近は中国人が多いから」と即答だ。

そんな国、中国とは、わが国はこれからも付き合っていく運命にあることは確かだ。日本各地の観光地では「中国人、大歓迎」、落とす金も団体数も半端ではない。経済的側面との矛盾だけでは、すまないほど世界の中心的な存在になりつつあるようだ。団体旅行をみていると、米国のグローバルスタンダードとはまた違う存在感を感じてしまる。

これからは、報告書風に書いていく。

////////ポートランドの議会制度・・・・・

後は、今日の報告に書いていく。ポートランド市は、米国の6割以上がシティーマネジャー制をとる中で、特別とも言えるシチィーカンセル制(市長、議員が直接管理する制度)。
戦後の日本憲法の地方自治は、二元代表制。米国の政治制度をそのまま、真似をした。ところが、地方の制度はまったくといってほど違う。

市の制度のもう少し説明すると、市長、議員4人の5人ポートランド市議会によって市政運営がなされている。市長、議長は、4年任期の選挙で選ばれる。市長は、市の代表だが、日本のような市長ではなく権限は抑えられている。そのかわり議員4名にも執行権が与えられ以下のような警察、消防など受け持つ。
    1. 市長サム・アダムズ (Mayor Sam Adams)、 道路局、財政局担当
    2. ニック・フィッシュ (Commissioner Nick Fish)、 住宅局および公園局担当
    3. アマンダ・フリッツ (Commissioner Amanda Fritz)、 人間関係事務所、緊急通信部、町内会関係事務                            所、ケーブルテレビ管理部担当
    4. ダン・サルツマン (Commissioner Dan Saltzman)、 警察局、環境事業局担当
    5. ランディー・レナード (Commissioner Randy Leonard)、 消防局、水道局、土地開発局、水力発電局                                 担当
     (監査官ゲリー・ブラックマー (Auditor Gary Blackmer)

(参考までに、教育や福祉部門が連邦政府に委ねられていることだ。日本であれば、市役所の予算上4割近くは福祉部門が担う。)

ところで、ポートランドはリベラルが多いのか、市長、議員は、民主党で占めており、数十年、共和党の市長は誕生していない。

また、市長には22名、議員には6名のスタッフがつく。但し、選挙で、人が変われば、スタッフもゼイイン変わる。ポートランドは7つの連合にグループ化された95の地区会を持ち、各地区と市議会は地区参入事務局(Office of Neighborhood Involvement)を通して繋がっている。

ポートランドと周辺の都市圏は、アメリカ合衆国で唯一の直接民主制による地方議会であるメトロによって管理されている。メトロは、土地利用計画、交通計画、ごみ処理事業、地図整備などを行える特権を持つ。

//////////街の風景・・・・・

中心市街地という言葉が適切かどうかわからないが、街の中心部の事務所や商店は、広告の制限も条例で決められている。商店街や事務所では、条例で、駐車場も1階部分にはもうけることができず、2階以上に設置しなければいけない。言うならば、敦賀の平和堂型駐車場が、そこかしこにある。

街並みも各所にゴミ置き場があり、街路樹も相当、大きく枯葉も店主が掃除をし、それを市が集めて回るとか。電線は美的環境の観点では、地中化が普通だが、コンクリート電柱ではなく、規制であえて木の電柱を使っている。
【2010/10/19】 | ページトップ↑
電気自動車充電スタンド(路上)
Date:2010-10-18(Mon)(写真は電気自動車充電スタンド)

米国は、オバマ政権誕生以来、環境問題で大きく舵を切った。そのひとつが、電気自動車。電気自動車の普及と充電スタンドの普及は切って切り離せない。燃料電池と比べて電気自動車は技術的にはそれほど難しくない。リチューム電池の課題はあるが、自動車の世界も多様化の時代。日産、三菱とこの世界に乗り出している。国の後押し段階だが、オレゴン州ポートランドの路上には35か所の電気スタンドができている。これも国、州の政策的な後押しだ。今後、どうなるか、わからないが、ブッシュの石油戦略からオバマの環境重視へ。米国の変化は速い。

【2010/10/19】 | ページトップ↑
電気自動車と急速充電気器の普及に本腰を入れ始めた米国・・・。
Date:2010-10-17(Sun)(写真は三菱製の電気自動車と高砂の急速充電器)

今回の視察で楽しみにしていたのが、電気自動車と急速充電器インフラの取り組み。オバマ政権誕生以来、2010年4月には、地球温暖化対策の一環として、2012年型の新車から、年平均5%の燃費向上、現在より平均燃費を30~40%向上。さらに、単なる省エネだけでなく、次世代技術としてのプラグイン・ハイブリッドカーや電気自動車の開発促進も含み、自動車産業に大きな影響を与える内容になっている。電気自動車の普及には充電器の普及が欠かせない。

その舞台がオレゴン州ポートランドだ。少しずつ動き出したかに見える、オバマ大統領の環境・経済政策「グリーン・ニューディール政策」といわれるもの。これまでの電気自動車だけではなく、充電器スタンド、それも急速充電器の開発に乗り出した。

世界の環境、経済の停滞を考えると、雇用と環境の一挙両得のビジネスにもつながる。それを国と自治体が支援しようとする政策だ。電気自動車(EV)と充電システム、スタンドは切っても切り離せない。それに日本のメーカーであるNECと米国オレゴン州の電力事業者であるポートラン電力がともに、充電器で実証実験を開始したもの。およそ20数分で150キロから200キロの走行が可能になる。

自動車メーカー、電機メーカー、電力会社がビジョンを持って取り組めば、携帯電話と同じように普及は速いとか。オバマ政権設立後、2009年8月、米・エネルギー省は電気自動車の需要拡大のため、エレクトロニック・トランスポテーション社(eTec)およびその提携企業と総額1億ドルに迫る米国史上最大規模の電気自動車(EV)の配備および充電基幹施設整備に関する事業契約を締結した。

このプロジェクトは2009年10月より開始されており、日産リーフおよびEV用充電器(チャージング・ステーション)が、オレゴン州、ワシントン州、カリフォルニア州、アリゾナ州、テネシー州の5州と、新たにテキサス州、ワシントンD.C.を加えた計6州15都市1特別区に配備されることが決定している。これに三菱自動車も乗っている。

現在から2013年までにこのプロジェクトが全米に広がることとなり、その後のEV普及、及びインフラ整備の効率的な展開に反映されることが見込まれている。それぞれの予定地には最大1,000台のEV配置に加え、レベル2のEV充電器(220V)2,000台以上とレベル3のEV充電器(急速充電器)約50台が導入され、EVの導入は2010年末を予定、EV充電器は既に導入が開始されています。この充電器は産業界で認められた基準を満たしており、日産リーフに限らず他社製のEV車両にも対応が可能となる。

日本では、どこまで本気なるかわからないが、神奈川県がこの電気自動車の普及に乗り出した。なかでも、自治体として、箱根町では、観光振興と連携したEV(電気自動車)の利用拡大に取り組むことにより、EV普及の加速化を図るとともに、CO2削減による「環境先進観光地 箱根」の実現を目指している。

その政策を追ってみると、
「1.モビリティのEV化(当面の重点分野)
 EV観光タクシー、EVレンタカー、EVシェアリング、EVバイクの導入・活用など、観光向け交通手段のEV化を促進します。併せて、宿泊施設や観光施設等への充電インフラ整備も進めます。」

と、充電インフラの普及に乗り出している。電力の街、原子力の街である、敦賀市も検討の余地はありそうだ。なによりもまだ、始まったばまりのプロジェクト、動向は読めないが、地球温暖化政策として、原子力発電と需要側として、インフラとして、電力、自動車メーカー、そして民間の協力なしにはできないプロジェクトである。昨年と、今年にかけて、話題に上り始めたプロジェクトでもあり、当然、国、県とのタイアップも必要だ。供給サイドだけではなく、需要サイドとしての環境、雇用と面白いテーマである。何よりも先進地域なり、活性化につながるか未知数だが、もう少し勉強し提案していきたい。
【2010/10/18】 | ページトップ↑
健康志向、禁煙、国民総背番号制、消費税・・・。
Date:2010-10-17(Sun)・・・・健康的な街、ポーランド・・・・・・

16日17時(日本時間17日午前1時)より、米国オレゴン州のポートランド (Portland)に滞在している。オレゴン州ポートランドは米国北西部に位置する都市。州の経済、金融の中枢。アメリカ西海岸有数の世界都市であり、人口は約54万人。日本とは違って年々拡大傾向にあり、人口増加が著しい。

肥沃な農地を抱える周辺の農産物集散地として発展し、戦時中に軍事産業によって財政を潤すが、今日では半導体、電子部品、情報、通信関連企業の集積がすすみ、シリコンバレーに対抗して、同市からワシントン州シアトルに至る一帯をシリコンフォレストと呼んでいる。豊かなだけに消費税は0%。ワシントンとオレゴンだけはなぜか、消費税が0%。旅行者には嬉しい。

至る所に森が点在し、自然と文化が調和する美しい都市としても知られ、ダウンタウンは近代的なビルが建ち並ぶ。古くからバラの産地として知られており、毎年六月にバラ祭りが行われ、多くの観光客を集めるとか。

米国は、危険な個所が多いが、ポートランドは比較的安全とか。夜も、両手にポールを持って歩く人を見かけた。バンクーバーでも見かけた。ジョギングやウォーキングは健康志向で老若男女、多く見かける。その中でポールを持って歩く運動は、最近、全身運動とかではやり出した。

普通に歩くより2、3割増のエネルギー消費が期待できるという。生活習慣病や介護の予防、減量に効果的な有酸素運動として、別名か、近年「ノルディック・ウオーク」が注目されている。

若狭町にツーデーマーチに駆けつけるウォーカーなかで、ポールをもって本格的に歩くことを日常化しているウォーカーの多いのに驚いた。アフターにもポールを求めるウォーカーも多く、高齢化が加速する日本列島。国民の健康志向が高まる中、寿命より健康年齢を重視する傾向もあり、誰もが病気を未然に防げるような手軽な健康法を探そうとしているとか。

・・・・・・禁煙も徹底・・・・・・・

話をポートランドに戻すが「禁煙」は徹底している。建物中では吸えない。ここのホテルの全室禁煙。日本では考えられない措置だ。それも州の法律とか。世界的傾向で、遅かれ早かれ日本も室内での禁煙は常識となるだろう。

もうひとつ、話題にしたいのが、国民総背番号制。カナダでも米国でも当たり前のようになっている。カナダでは、年金、医療、雇用までこれがもととなっている。年金記録問題を、ここでおさらいしてみたい。ずさんな管理が次々と明らかになったが、問題の一因は「つぎはぎだらけの古い和風旅館」にある、と。誰かが語ったが、コンピューター時代に台帳管理など、手に負えたものではなかった。

・・・・・・国民背番号制も福祉には有効なはずだが・・・・

古くから提案されていたが、個人情報とか、人権問題とか、頓挫した状況が続いている。カナダの日本総領事館に確認したが、移民の多い国だけに、背番号制は必須。これが身分証明でも、国家の管理というよりも国家の保護の観点で、なくてはならない施策とか。人権問題や個人保護との関係でトラブルがないのか、との質問では、過去の事件は、知らないが、制度自体を国民が信頼し、なくてはならない制度とか。

厚生年金制度を和風旅館と言ったのは、長年の間に適用対象の拡大などが行われ、増築に次ぐ増築で廊下は迷路のように入り組み、複雑怪奇になり迷路どころか、雨漏りやら土台が揺るぎ始めている。いっそ、旅館ごと建て替えればいいのだろうが、そう簡単にはいかない。取りあえず、国は年金業務を担ってきた社会保険庁の看板を下ろした。今年1月、後継組織として非公務員型の日本年金機構をスタートさせた。

とはいっても、いまだに信頼回復は遠いようだ。会計検査院の指摘で、日本年金機構の失敗が明らかになった。誰の年金記録か分からない「宙に浮いた年金」のうち、2千人超の記録について持ち主が判明したにもかかわらず、本人の記録として統合する作業を怠っていた。このほど、さらなる記録照合作業も始まった。膨大な費用と労力を投入する。「費用対効果」に疑問の声もある。

私も国民総背番号制の問題点は、まだ十分理解していないが、年金制度改革の基本で、検討の先送りや制度の大がかりな建て替えにも、目をそらしてきた責任は、自民、民主共通ではないか。最近では消費税の論議も、真剣に維持を考えるなら、財源論なしに、無駄遣いだけを言及しても制度そのものが持たないことは、明らかだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・国民総背番号制とは、・・・・・

ところで、国民総背番号制とは、政府が国民全部一人一人に番号を付与し、個人情報を管理しやすくする制度。電子計算機による行政事務の効率化を目的とする。国民一人一人に重複しない番号を付与し、それぞれの個人情報をこれに帰属させることで国民全体の個人情報管理の効率化を図る。氏名、本籍、住所、性別、生年月日を中心的な情報とし、その他の管理対象となる個人情報としては、社会保障制度納付、納税、各種免許、犯罪前科、金融口座、親族関係などがあげられる。

多くの情報を本制度によって管理すればそれだけ行政遂行コストが下がり、国民にとっても自己の情報を確認や訂正がしやすいメリットがある。反面、政府による国民の個人情報の管理が容易となる。不法に情報を入手した者による情報流出の可能性が懸念される。

アメリカは、「社会保障番号」、2010年からは「Real ID」が本格的に導入。日本では、現在、基礎年金番号、健康保険被保険者番号、パスポートの番号、納税者番号、運転免許証番号、住民基本台帳カードなど各行政機関が個別に番号をつけているため、国民の個人情報管理に関して縦割り行政で重複投資になっている。

カナダでは社会保険番号SIN(Social Insurance Number)や福祉が充実しているスウェーデンでは背番号コード(PIN)が行なわれている

一方で、ドイツでは背番号制は憲法違反であるとの判決が出て行なわれていない。韓国では指紋の情報を含む住民登録番号とカードの携帯を義務付けている。日本に在住する韓国籍をもつ方に見せてもらったが、身分証明にもなり韓国では必要不可欠なものとか、誇らしげにカードを見せてくれた。国の事情で変わる・・・。
【2010/10/17】 | ページトップ↑
中国の勢い、日本の・・・。
Date:2010-10-16(Sat)

昨日は、バンクーバーに隣接するリッチモンド市議会を訪れた。冬季五輪のスピードスケートやチーム青森のカーリングが行われた地でもある。人口およそ19万人。

バンクーバーもそうだが、中国人が多い。市内人口のおよそ40%にのぼる。インドやフィリピン、日本からの移民は1800年代までさかのぼることができ、長い歴史がある。しかし、日本人コミュニティは太平洋戦争で、お隣のアルバータ州の捕虜収容所に強制移住させられたため、コミュニティは一度壊滅した。保有していた財産も没収され、競売にかけられた。日本人町はあるにはあるが戦前とは比べ物にならない。

リッチモンド市議会の議員は8名。1名は議長と市長を兼ねる。会社でいえば取締役会的な役目で執行権を有する。日本であれば、同じ規模の人口であれば、30人を超える議員がいる。ここに大きな違いがある。議員は、当然、選挙で選ばれ任期は3年。前までは日系の方も議員になっていたとか。また、特徴的なことは、教育員会は市とは分離し独自の組織体を持つ。当然、教育委員も選挙で選ばれる。

日本のように二元代表制でないため、市長の権限が弱い。そのため継続的な政策が打ちやすく、市長の独裁的なところもない。地方自治体選挙の関心も低く、投票率は28%程度とか。ただ、議員は少ないためか相当忙しく、議会はもちろん、監査や市民への報告、説明と夜、遅くまで忙しいとか。

議場もパワーポイントで説明できるなど、パソコンを駆使し、議員席に市民が座り、理事者席に議長(市長)や議員が座り、説明をする。今度、敦賀市議会が10月末に行おうとしている「議会報告会」が月数回おこなわれるようなもの。但し市民の参加者は、事前の委員会や審査があるとか。

ところで、日本は新米の季節だろう。こちらも日本人は多いのか、日本レストラン、ラーメン屋などかなり目にする。ただ、これも観光客や純粋の日系人の減少か減る傾向にあるとか。米はもちろん、カリフォルニア米。日本では食生活の変化で「コメ離れ」が顕著だ。農水省によると一日1人当たりの消費量は、1965(昭和40)年は茶わん5杯だったが、3杯に減った。どんぶりでご飯をかきこむ姿も見掛けなくなった。

対照的に、牛肉料理は月1回から4回に、豚肉は月1〜2回から6回に増えたとのデータがある。輸入穀物に頼る肉類の増加もあり、食料自給率(熱量ベース)は73%から40%に低下した。ただ、2年前に穀物相場が高騰して各国で食料難が深刻化したように、安定供給の保障はない。今年も異常気象でロシアが小麦の輸出を禁止した。

中国がレアアース(希土類)の輸出を制限しただけで、たちまち悲鳴を上げた日本。万一、食料が輸入停止となれば、どうなることか。「このままでいいのか」と不安を抱える人が8割を超えた世論調査の結果もうなずける。カナダも食糧大国でも農業政策に神経をとがらせているとか。バンクーバーもリッチモンドも農地を保全するために、日本と同じように農地に関する委員会を市で持ち、国土が広いといえ、環境保護と農業維持のため、かなり厳しい制限を加えている。

もうひとつ、日本人留学生の減少とか。円高と思うのだが、統計でも明らかだ。海外留学先で最も多い米国では、大学など高等教育機関で学ぶ日本人留学生が一昨年3万人を切ったとか。13年前のピーク時の6割に減っている。費用面で優遇されている留学制度への応募も減っている。

米国際教育研究所(IIE)によれば留学生総数は一昨年、過去最多となった。インドが1位で10万3千人。以下、中国、韓国、カナダと続く。日本は第5位だが前年より約14%も減った。
理由は、外向き志向から内向きへ、さらには経済状態が相当、左右しているとか。留学の余裕が奨学金は出ても、それどころではない状況はあるとのこと。海外でも中国やインドの勢いに比べ、日本の勢いがなくっている現状をみるにつけ、さびしい限りだ。
【2010/10/16】 | ページトップ↑
行政システム、教育システムもよりよいものを目指して変わりつつある。
Date:2010-10-15(Fri)(写真はカナダの国旗にあるカエデの紅葉)


米国のワシントンにあるポトマック河畔に咲く桜は有名だが、バンクーバーを朝、歩くとこれは桜と思わず気がつく。それほどバンクーバーには、桜の木が多い。それもそろそろ紅葉の時期を迎えている。聞くと、日本から寄贈された2万本以上の桜の木を有し、ソメイヨシノはもちろん、種類は染井吉野から八重桜、山桜と多種多様。

開花時期もそれぞれ異なる為、まるで桜がリレーをするかのように順番に咲き、期間的に言えば、3月上旬から5月上旬辺りまでの約2ヶ月間、バンクーバー市内を桜が彩るとか。

冒頭のポトマック川に戻すが、尾崎行雄が、東京市長時代、贈ったとされる桜。先日、連合の嶺南地協のメンバーと憲政会館を訪れた折、恥ずかしながら尾崎行雄の偉大さを、勉強させられた。衆議院議員、当選連続25回当選、63年の長きにわたって議席を占めた。「議会政治の父」と呼ばれた。

尾崎は「議会の存在意義について、議員が一堂に集まり、会議を開くのは、最大多数の最大幸福や国家の安全と繁栄という視点から存分に意見を戦わせ、緊張した各代表が自由な良心を持って議案の是非善悪を判断し、民意を政治に反映させるためだ」と。これも戦前の話だ。

全国の地方議会も尾崎ではないが、市民の最大幸福を目指して、議会改革を加速化させている。その流れが議会基本条例の制定が先を争うかのように、検討が始まっている。敦賀市議会も議会改革の一環としてその動きを活発化している。

その中で、議員の質問に対し、論点・争点を明確にするため首長・職員が議員に質問する「反問権」を導入した自治体も多くある。遅いと言われながらも、少しずつだが、議会も変わりつつある。

敦賀市議会も、一般質問の一問一答方式、予算決算常任員会の設置とここ数年、動きを加速化している。昨日も、バンクーバーの日本総領事館を訪れ、カナダの地方自治を学んだが、まさに多種多様だ。その国、その州にあわせて、制度そのものが変わる。バンクーバー市市議会議員11名、人口規模ながら少数精鋭。市長をなかから選び権限は、日本の市長ほど強くない。むしろ弱く議会が執行権を持ち、その権限を有する。それもその都度、変化している。

昼からは、お隣の市のバーナビー市を訪れ、教育委員会を視察した。バーナビー市は、バンクーバー市中心部から30分という便利な位置にある。ベットタウンでもある。感心したのは、中学高校部門で、アートとして芸術部門に力を入れていることだ。ダンス、演劇、音楽、ビジュアルアートの他、その施設も校内に設置してことだ。

さらに、興味を引いたのは障害者教育だ。一般生徒と授業を行い、きめ細かくそれも専門的にバックアップする体制を組んでいる。予算面でも障害者には相当の配慮をしていることだ。移民や難民を受け入れて国だけに、語学教育、留学にも手厚い。日本にはないシステムが整い、予算も相当かけていることだ。健常者と障害者をできるだけ、同環境で教育しようと意識が強い。日本はこの障害者教育がどうしても養護学校にあるように隔離的な教育環境を形成してきた。予算も人材の制限もあるが、先進国はずいぶん以前からバリアフリーを模索してきた。

行政システムにしろ、教育システムにしろ、時代は変わり、先進国も最善とはいかなくても、よりよいものをめざして神庭っている。バンクーバーの桜ではないが、井の中の蛙の想いをした昨日だった。

【2010/10/15】 | ページトップ↑
チリの鉱山事故に想う・・・。
Date:2010-10-14(Thr)(写真は、バンクーバーのトロリーバス)

世界のトップニュース。南米チリ北部の鉱山落盤事故の救出劇。地中に閉じ込められた作業員33人がカプセル「フェニックス」を使って地底から次々と生還した。家族との再会シーンは感動的だ。CNNのテレビがトップニュースで何度も伝える。

ずいぶん昔だが、映像として、炭労など労働組合から炭鉱の労働災害を学んだことがある。

ひとつは、29年前、北海道夕張市の北炭夕張新鉱でガス突出事故。会社は延焼を防ぐため、坑内に59人の安否不明者を残して注水した。家族の悲痛な泣き声が山に響き、チリとは、まったく違った結果だった。北炭は借金を踏み倒して倒産、この事故が今日の炭都・夕張市の財政破綻につながった教訓を忘れてはいけない。10万都市が1万都市になり、今日も苦しみが続いている。事故の背景には、会社の経営が悪さがあったことは言うまでもない。

ふたつ目が、47年前、福岡県の三井三池炭鉱の事故。大爆発が起き、爆風と火炎、落盤で死者・重軽傷者が千人を超えた。テレビ、映画で記録画像として残っている。この時は爆発など二次災害の恐れがあり、迅速な活動ができなかった。やっと救助隊が坑内に入り、担架に乗せて遺体を運び出した。家族がしがみつき、号泣していた場面は忘れられない。これにも会社経営の苦しさがあったことは言うまでもない。

これら、ふたつの事故は、高度成長下、炭鉱事故は労働者の安全確保が二の次にされた結果だった。「背景には会社の苦しい経営や労働者の生活環境が安全確保を怠る要因があった」と当時の炭鉱労働者の幹部が語っていたことを思い出す。

石炭から石油へ、そして原子力などベストミックスへと時代は流れたが、エネルギー確保の現場は、いずれにしても安全第一だ。

労働災害の発生確率に「ハインリッヒの法則」がある。経験則の一つで、1件の重大事故の裏に29の軽微な事故があり、その背後にヒヤリ、ハットの300の異常が存在するという。この「1対29対300」の法則は、作業現場の教訓でもある。今回のチリの救出劇は、国家プロジェクトで見事に成功したが、事故の背景にはチリの事情があるように感じる。

世界は、奇跡の救出劇の感動に浸っているが、事故原因の解明やその背景を怠ってはならない。

市議として12年、夕張市も含め地方の現場を視察すると、今日の人口減少や少子高齢化の要因は、バブル以降20年、急速に進展したかに見えるが、もっと根底的な日本の政治の課題があるように感じる。

敦賀市は、この40年、原子力発電などの産業で、5万人から6万9千人へ、そしてこれをなんとか維持しているが、人口減少の圧力は強い。敦賀3,4号建設、もんじゅ再開の原子力発電だけではなく、一昨日の敦賀港の活性化、大学の原子力研究などポストもんじゅと、総合的な振興策を考えるのはもちろん、立て割行政ではなく、福祉や教育分野も含め、総合的に行うことがどれほど大切か、そんな思いをしている。

今日といっても、現地時間、まだ14日午前3時、時差で眠れない。本日は、バンクーバーに隣接するバーナビー市の教育事情と課題、地方自治制度など学ぶ。

(写真は、バンクーバーのトロリーバス。最大の特徴はCO2はなく、排気ガスや騒音がない、環境にやさしいこと。また、路面電車と違い、軌道が必要ないため建設費用やメンテナンス費用が削減され、ある程度の障害物も避けることができる。長所も多いトロリーバスだが、電力供給のため変電所や架線といった地上設備が必要であり、特に架線は沿線の美観を損ねる。架線のない道路へは行くことが出来ず、一般のバスのような自由度はない。)
【2010/10/14】 | ページトップ↑
バンクーバー
Date:2010-10-13(Wed)(カナダ・バンクーバーにて)

「天高く馬肥ゆる秋」—とはよく言ったもの。今日というか、昨日と言うか、成田を飛び立って、今、カナダのバンクーバーにいる。現在、13日16時40分(日本時間8時40分)。訳は全国市議会議長会の視察研修。19名の各市議会のメンバー、なかには敦賀市と姉妹都市の各務ヶ原市2名もいる。私のとっては、学生時代の遠洋航海の寄港地でもあり二度目のバンクーバーでもある。

気温は16度、晴れ。敦賀より一カ月ほど秋本番と言う気候だ。国旗のカエデも紅葉を迎えている。「実りの」「食欲の」「スポーツの」「読書の」などさまざまな言葉が冠されるが、活動しやすい季節だ。確か、ものの本によると、「天高く…」は本来、たっぷりと草を食って肥えた馬に乗り略奪にくる匈奴を恐れ、警戒心を呼び起こすためのものだったと記憶する。中国のことわざ。

先ほど、バンクーバーのスーパーにも寄ったが、日本のナシもあり、りんごにブドウ、ハロインも近くカボチャも見事なものが多い。馬だけでなく人も太る季節に間違いない。

こちらは、たばこも高い。700円、800円のオーダーだ。消費税も12%とか。街は、オリンピック明けで、聖火台も残り、山と海、街並みが調和した美しい街でもある。

ジョギングやウオーキングなど楽しむ風景や、散歩を楽しむ老夫婦など、ゆったりとした時間を楽しんでいるように伺える。今、ホテルで14ドル(1カナダドルは90円程度)でインターネット使い放題でブログを書いている。時間も料金も気にすることなく書ける。ただ、自分の頭が、時差やほとんど寝ていないために文章が滅裂になりがちでご勘弁願いたい。明日から訪問先や旅先の風景など書いていきたい。

日本では昨日か、敦賀駅西地区に建設される福井大学付属国際原子力工学研究所の安全祈願祭。敦賀にとって、歴史的な1ページでもある。でれなかったことをお詫びしたい。カナダも敦賀の「ふげん」と同じ重水炉がある。かつては機構からも研修で数名訪れていた国でもある。明日14日、結婚記念日でもある。ネットにしろ、携帯にしろ、便利な時代になった。
【2010/10/14】 | ページトップ↑
村上作品と敦賀港
Date:2010-10-13(Wed)

つるべ落としで夕闇が早い。昨日の話題は敦賀港の国際ターミナルに尽きる。その前に、毎年のようにノーベル文学賞の有力候補に挙がる作家の村上春樹さん。今年も逃したというのが本音ではないか。

最近のベストセラー『1Q84』は読んでても何かが違う。理由に「閉塞社会の恐怖」への共感とも言われるが、暴力や性にまで踏み込み、昨年、イスラエルの文学賞に決まり、イスラエルによるガザ侵攻を非難する団体から受賞辞退を求められながらあえて授賞式に臨んだ。

昨日の敦賀港の記念式典の来賓の筆頭にイスラエルの全県特命大使が壇上に登った。ユダヤ難民とのつながりの深さがその理由の第一だ。警察の警備も大臣級だ。

国際ターミナルは、国や県などが約480億円をかけて平成8年から建設してきたもの。経費もかかったが、時間もかかり過ぎた。この20年間の東アジアの発展は異常なほどだ。

式典で、西川知事は「アジアと関西や中京を結ぶ貿易の場として絶好の位置にあり、新しいターミナルを活用して港を活性化させたい」とあいさつした。敦賀港の相手は、韓国、ロシアだが、何よりも中国航路の復活がキーであることは確かだ。

現在、国際貨物便は韓国・プサン港との間に週5便が就航してるが、物足らないのは誰も同じだ。
敦賀港の実力は、こんなはずではないと誰もが思っている。まだまだ貨物取扱量を増やせるはずなのに、なぜと・・。中国航路誘致は進まず、港湾関連用地の分譲も苦戦している。

約480億円をかけて整備された同ターミナルは水深14メートル、延長280メートルの岸壁に5万トン級の大型船と説明するが、大型荷役機械のガントリークレーンの大きさをみれば、それも理解できるが、地方港湾の現実をしっかり見据えるの大事だ。

繰り返しになるが、日本海側に目を向けると、08年の国際コンテナ貨物取扱量は新潟港、伏木富山港、金沢港大きく水を開けら、昨日の講演で、08年の県内貨物量のうち同港での取り扱いは12・5%どまり。5割前後の金沢港、伏木富山港と比べて低調だ。

貨物量を増やすには中国航路の復活に尽きる。昨日は祝いの式典だ。敦賀市の発展は歴史的にも港と共にあったことを考えれば、今回の供用開始は、市長が語るように『これからがスタート』だ。

話を冒頭に戻すが、村上作品には、読んでて読みたくないと目をそらせたくなるが、心に残るものがある。冷戦後の戦争はイデオロギーとは違う、言うならば、局地化、市街化し、何のために始めた戦いかが見えにくくなった。

勝手なみかたかもしれないが、覇権主義や極端な原理主義、カルト宗教と戦う「柔らかな剣」にも読める。独特の雰囲気が読後、感じられる。表現は特徴というより、特異性と言おうか、それが他の流行作家と違う存在感に通じるのか。

敦賀港は、私もそうだが、戦前の四大港を想い描く。ただ、データ上は重要港湾であるにせよ、全国レベルでは、地方の港湾に過ぎない。肩を張らず、村上作品と同じように特異性を売り物に、北海道と京阪神、中部を結ぶ航路をもち、火力発電所の石炭輸入を基盤に、対外貿易、コンテナ輸送はこれからがスタートであり、楽しみな港だ。

昨日も講演で、船の荷揚げで大事な静音性、安定性とか専門的な言葉が何度も出たが、まさに天然の良港。時間をかけた取り組みが必要だ。まさに競争の時代だ。県も市も、呼び水的な制度は、まだまだ検討の余地がありオスだ。それにポートセールスは、人との信頼関係で成り立つ。まさに、これからがスタート、「敦賀港 ボン、ボヤージ」だ。
【2010/10/13】 | ページトップ↑
観光とまちづくりの苦労
Date:2010-10-12(Tue)

昨日は「体育の日」。古いが東京オリンピックの快晴を思い出す。車を福井へ民主党常任幹事会で走らせると、他県のナンバーの車が目立ち、いつも倍の車だ。ハッピーマンデー制度が導入されてからは、3連休の最終日でもある。高速道路の千円効果は渋滞をつくるが、普段すいている北陸の観光地には継続してもらいたい制度だ。昨日も北鯖江PAで札幌ナンバー、福島ナンバーの車に出くわした。話を聞くと、車で泊りを続け千円効果をフルに利用しているとか。今流の楽しみ方かもしれない。

政府の試みとして、休暇分散化の一環で、春と秋の年2回、全国5地域ごとに日程をずらして5連休を創設するという。休暇の分散化に伴う混雑の緩和で観光需要を増やし、経済の活性化につなげようとの狙いだとか。この政策は、日本人は、盆と正月の休暇意識が強く、サマータイムと一緒でなかなか馴染まないのではないかとも思う。

話を飛ばすが、お役所仕事解消と千葉県松戸市の「すぐやる課」の試みから10月6日で40年が経過した。市民の要望に迅速に応えるため、全国に先駆けて誕生した。

当初は、予想通り、道路補修など土木作業の要望が多かったが、最近は、ハチ退治などもっと身近とか。要望も多様化し、家の掃除など対応できない依頼も相次いでいるとも。これも世相で地域や家族でコミュニケーションがなくなったあらわれとか。話の落ちは、ハチに刺された職員は再度さされると生命に関わることで課は移動になるとか。どこも職員は苦労がたえない。

各自治体で、ユニークな課のネーミングをつけるところが増えてきた。敦賀市の「観光まちづくり課」は、観光をまちづくり中心に据えようとこれまでの企画政策部に発足した。考えは理解できるが、観光は商売でもあり、商工部門ときっても切り離せない分野も多く、実情は、縦割り行政的でなじまないことが多いのではないか。ここ10年で観光部門の名称はどれほど変わったか、苦労がよく理解できる。

全国規模でも観光の分野は敦賀市に限らず、苦労しているのが実情ではないか。四国の阿南市は今春「野球のまち推進課」を設けた。阿南市は少年から高齢者まで数多くの野球チームが組織化されている。施設を生かした野球合宿誘致を観光と組み合わせていくとの試み。同じ四国で高知県庁は今春「まんが・コンテンツ課」をつくった。漫画文化を地域づくりに生かすとか。水木しげるの境港の二番煎じか、どこまで続くか注目したい。

北に目を転じると、観光ではないが、青森県弘前市にはこの夏「りんご課」ができた。価格低迷に泣いているリンゴ農家の所得向上を図る。興味深いのが、福岡県福津市の「うみがめ課」、さらにわかりやすいのが、佐賀県伊万里市がこの春「婚活応援課」と政策を前面に出したネーミングは面白い。市民には市役所が何をやろうとしているのか、わかりやすい。

話を戻すが、旅に出れば宿に泊まり、料理を食べたり土産を買ったりする。そうした消費が増えれば街に活気が出てくる。3連休、敦賀では連日、さかな町は、観光バスと県外ナンバーの車で賑わっていた。観光は、すそ野の広い産業であり、旅館、民宿、土産ものまで雇用を生む。逆に浮き沈みを激しく、行政がどこまで税金をつぎ込むか難しい分野である。なによりも民間のやる気がなくてはならない分野であることは確かだ。来年は、NHK大河「江」で長浜、福井、小浜が敦賀の周辺が舞台になる。広域観光など今後の観光と行政のあり方を考える機会でもある。 

3連休をみる限り、休暇は多様化し、財布のひももかたいようだ。観光で地域経済が活性化するのは並大抵ではない。これから正念場でもある。私は、観光振興計画など長い目での戦略が大事だと思っている。長年の観光行政をみる限り、商業統計にもその成果が十分あらわれていない。JR直流化は期待ほどの成果が表れていないのではなかったか。

舞鶴若狭自動車道の敦賀接続は、観光の大半がバスや車だけに直流化以上に影響は大きいと私はみている。反面、東浦の国道8号沿いの影響を考えれば、どうなるのか想像ができるのではないか。

余談だが、佐賀県の武雄市も先月「お結び課」をつくった。課長も公募とか。同県の伊万里市とともに男性の生涯未婚率が高いという。人口減少に悩む地域性がよく理解でき、役所の目指す方向が政策としてもわかりやすい。敦賀市の「観光まちづくり課」設置も中心市街地活性化の推進と、第5次総合計画の完結として目玉のひとつとみている。それだけに、今後の活躍と成果に期待したい。
【2010/10/12】 | ページトップ↑
政策決定に必要な議論の大切さ
Date:2010-10-11(Mon)

(写真は立石港)昨日は、雨模様。電話で誘われ、朝より、仲間と立石に自転車で繰り出した。このコースは適度のアップダウンと景色の良さは、自転車練習コースとしては、最適だ。最近は福井からも練習に来る。気がついたのは3連休か、県外ナンバーの車が多い。

立石港では、名古屋、尾張小牧、滋賀とナンバーが並ぶ。色が浜、沓、常宮とどこも県外ナンバー連ねる。皆、きれいな海と魚を求めての休暇だ。

別荘滞在も西浦には復活してきたようだ。色が浜の別荘群に県外ナンバーが目立つ。最近では、西浦で空き家になった家を買い、別荘化して関西より訪れている方も滞在されている。

休暇のあり方も変わりつつあるのかもしれない。一昨日の大谷吉継を求め、九州からも休暇で市立博物館を訪れ、また後期の展示には改めて訪れるとか。

観光客数は景気にも左右され、高速道路の無料化や千円効果に影響される。ただ、休暇の質も形態もそれぞれに多様化している。敦賀なりの観光誘致には、求めるものの変化に敏感でなければならない。

夜は、マイケル・サンデル教授の著書の邦訳本「これからの『正義』の話をしよう」を、かたいと読み飛ばしていたものを、すこし真面目に読もうと取り組んだ。なぜか、日本で30万部を超えるベストセラーになっている。
米ハーバード大学で政治哲学の講義「Justice(正義)」を30年近く開講。あまりの人気の高さから、同大は建学以来初めて授業を一般公開し、収録された24回分の講義は昨秋全米で放送された。

前にも書いたが、「19世紀の英国での話をしよう。難破船の船長と乗組員3人が漂流した。雑用係の少年が衰弱している。食料がなくなり、船長は「誰かを食べよう」と提案した。船長は少年を殺し、3人は彼の血と肉で命をつないだ。3人は救助されたが、帰国後に逮捕された。 みなさんが裁判官なら、この場面で少年を殺すことは道徳的に許されると判断するだろうか。 」

最大多数の最大幸福、まさに「功利主義」。東大であった特別講義も迫力がNHKで報道された。、格差や戦後補償など現在の日本が直面する難題ばかり。ユーモアと知的興奮にあふれる巧みな対話で約千人の聴衆を魅了した。

講義を再現し、「白熱」の理由を考えた。最大多数の最大幸福を目指す「功利主義」と、「君ならどうする」と受講者に議論させるいつものスタイルはいい。

先ほどの命の重さとは、正義とは。「うーん」と考えてしまう問いだが、教授は哲学者の考えを披歴しながら受講者たちに意見を聞いていく。当てられた方は堂々と持論を述べる。

意見が一致しなくても互いに耳を傾け学び合う。教授の言わんとするところだ。昨夜も「戦争責任を議論する」だ。率直に問いかける。教授自らは個々人の結びつきを重視するコミュニタリアンの立場だが、自説を押しつけることは終始ない。

議会も言論の場。法案としての、結論は、継続審査意外、最後には出さなければならない。しかし、政策の形成過程は、一般質問の一問一答で議論を深め合う。まだまだ技術は未熟だが、議論は大切だと感じた。

JR敦賀駅舎改築、連携大学とほぼ結論が出始めた。駅前駐車場中心とする建物をどうするか、方向性に関する議論は大事だ。PFIという敦賀では取り組んだことのない仕組みも検討されている。市立看護学校の大学化についても、将来像や経営問題の検討と共に、スタンス形成は大事となる。政策形成過程での市役所の力量もあるが、これをチャックし提案する議員にも力量が必要となる。






【2010/10/11】 | ページトップ↑
大谷吉継とエネ特会
Date:2010-1010(Sun)

・・・・藤沢周平の薦め

読書の秋だ。三連休、行事や会議が予定に入る。天気のよくなそうなので、時間の合間は読書が最適だ。私が薦めたのは、この時期に合うのは、藤原周平さん作品。なにか、しっとり感というかいっきょに読んだ後の感覚がいい。気取って書くと、香り高さ、読後感の清冽さは登場人物の端正な生きざまから放たれてくる。

映画化された『たそがれ清兵衛』『蝉しぐれ』『武士の一分』は、どれも心に残る作品だ。藤沢さんが描く下級武士や庶民の気高さと哀感。それは姿勢正しく、かけがえのない日常を辛抱強く、律儀に生きた作家藤沢周平そのものではないだろうか。

・・・・大谷吉継と敦賀の基盤形成

そろそろ、本論に入る。藤沢周平の描く下級武士とは違うが、どこか律儀で友情の士とも言われる大谷吉継の「戦国武将・大谷吉継の治めた敦賀湊の繁栄~戦国から泰平の世へ~」をテーマとする特別展示が開かれている。

ご存じとおり、敦賀の街の基盤形成は、大谷吉継の敦賀城に始まると言われている。戦国時代から、泰平の世へ。その後の近世初期は、敦賀が最も繁栄した時代でもあり、吉継の文書など、関ヶ原とは違った街の形成や、この頃活躍した初期豪商とのかかわりなど実に興味深い。

時期を同じくしてとは言わないが、昨日、昼2時より、図書館3階で気比史学会の歴史講座が開かれた。講師は、敦賀短大の外岡教授。吉継研究の第一人者だ。歴史講座は、いつも多いが、昨日は様相が違った。会場は満杯。女性が多いのだ。県外からの聴講者もいる。講演が終わったのちの座談会もいつもと雰囲気が違う。さらに終わりになっても外岡教授の周りに女性が集まる。

失礼とは思うが、まさに歴女とはこのことか、と現実をみた瞬間でもあった。話はそれたが、物が流れるとは、そこに人が集まり賑わう。港と政治が結びつき、兵糧の輸送を担い、この時代の繁栄が、まさに港町、敦賀の基礎を学ぶことは大切でもある。

・・・・・エネ特会の堅持・・・

時間は前後するが、昨日は、朝、福井の民主党福井県連の地域戦略局へ、河瀬市長、美浜の副町長と共に出かけた。2010年10月25日から第3弾の仕分け作業が蓮舫内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)のもと、特別会計の18会計、51勘定のゼロベースと呼ぶ根本的な見直しを行うことになっている。

その中で、敦賀市にとっても関連が深いエネルギー対策特別会計(エネ特会)がその仕分けの対象となる。エネルギー特別会計は、ひとつの目的として、電源立地対策がある。平成18年度以前は、石油石炭税を財源とする石油及びエネルギー需給構造高度化対策特別会計(石油特会)と、電源開発促進税を財源とする電源開発促進対策特別会計(電源特会)があった。

敦賀市の昭和50年代から現在までの運動公園などの主な施設の一部この電源立地交付金で建設されてきた。最近では人件費などの維持管理までこの交付金が使われている。敦賀市の貴重な財源のひとつになっている。

平成18年6月2日施行の(行政改革推進法で、平成19年度から石油特会と電源特会を統合することが定められ、平成19年度以降は、シンプルなエネルギー対策特別会計となったが、財源としての電源開発促進税は電気の使用に応じての間接税、当初は特別会計に直接入っていたが、19年度より一般会計に入り、必要額だけがエネ特会が繰り入れられ、行革とはいえ、弱体化したのが現実だ。その特別会計がさらに、ゼロベースの見直しとならば、敦賀市としても黙ってはいられない。

長々と書いたが、そのエネ特会見直しにあたって、「エネ特会の堅持」だけ、その一点の目的で民主党福井県連の地域戦略局に出かけた。

・・・・・まとめると・・・・・

大谷吉継とエネ特会とは結びつきようがないが、敦賀の基盤形成は、いずれもインフラ整備がその基本であることは確かだ。

敦賀城の城郭の形成で、それまで悩まされていた洪水もなくなり治水で人が住む環境と港のインフラ、商売の環境が整ったことは確かだ。エネ特会では、小中学校、体育館、公民館、病院、運動施設と今日の生活基盤のインフラが数多く形成されている。

ハコモノ建設は、今日では批判的なことが多いが、税金、財政運営、その後の維持管理の難しさにほかならない。すべて悪いわけでもなく、歴史は、その後の繁栄の基盤になることも多い。そのバランスが大事だと思うのである。

新幹線もすべて悪いわけでない。終着駅効果など私も見てきただけに、小浜線との関係など、きちんと議論する場が必要なことは確かだ。議論せずして最初から手を下していては、くるものも来ない。議論を深める努力がいずれもほしい。冒頭に戻して、藤沢さんが描く下級武士や庶民の気高さと哀感。それは姿勢正しく、かけがえのない日常を辛抱強く生きる庶民との生活に関係ないように見えるが、その基本がインフラとの基盤整備とも深く結びついているとも思っている。
【2010/10/10】 | ページトップ↑
いい日旅立ち
Date:2010-10-09(Sat)

「雪解け真近の 北の空に向い 過ぎ去りし日々 夢を叫ぶとき 帰らぬ人達 熱い胸がよぎる せめて今日から一人きり 旅に出る ああ日本のどこかに 私を待っている人がいる いい日旅立ち 夕焼けをさがしに 母の背中で聞いた歌を 道連れに」
・・・これは山口百恵の代表作のひとつ「いい日旅立ち」の歌詞だ。私の好きな歌でもあり、その後の人生とも重ねている。

深夜、NHKの山口百恵の特集番組をみいってしまった。アイドルから国民的スター、そして21歳で引退と。ちょうど70年代は私も二十歳を迎えた頃だけに一つひとつの歌詞が頭に入っている。

山口さんは、テレビやレコード会社の戦略が見事に成功し、それ以上に才能が開花した女性ではなかったか。最後の引退も見事だった、まさにNHKが最後の言葉で「伝説となった」は印象的だ。山口さんの二人息子の歳が私の二人の息子とほぼ同年代だけにその後も何かと気になっていた。

私の独断で恐縮だが、この歌詞とノーベル賞受賞、大沢監督を重ねていた。ノーベル賞二人は、まさに「あっぱれ」だ。日曜朝のテレビ番組で「ご意見番」を務め、一昨日、亡くなった大沢親分の得意の言葉だ。悲しい「旅立ち」だが、大沢さんは、70年代、投手の江夏さんと共に印象に残る存在だった。

2人のノーベル受賞者の言葉も印象深い。根木さんはインタビューで「若者は海外に出よ」と、40年以上も米国で研究生活を送る根岸さんらしい言葉だ。「いい日旅立ち」を強調する。

もうひとりの鈴木さんは「理科系に進む諸君が少なくなったのは嘆かわしい」と、現実を直視しての言葉だ。昨年の科学技術白書によると、日本の研究者は内向き志向が強く、海外への長期派遣は2000年度をピークに半減している。

海外留学する学生も減り、中国や韓国、インドに圧倒的な差をつけられた。鈴木さんの言う若者の理系離れも深刻だ。亡くなった大沢親分の「喝」が聞こえる。

敦賀の連携大学の起工式が今月13日に行われる。未知数だが、資源小国の日本の将来を考えると、まさに「いい日旅立ち」となることを期待したい。それだけの価値が敦賀に生まれる日でもある。

恐縮だが、私には、「いい日旅立ち」が、四国の連絡船の風景がぴったりと合う。歌詞の「熱い胸がよぎる せめて今日から一人きり 旅に出る」と、「一人きり」の旅立ちといいながら、私も母だけでなく、たくさん人達が連絡船で見送られ、数多くの方に支えられた日々だ。連絡船は、結婚で二人旅立ちのときでもあった。

「みなと」はどこも「旅立ち」の場所でもある。敦賀港も12日、供用開始となる。これも新たな「いい日旅立ち」だ。

最後に、昨夜は議会の報告会の案内状を持って、粟野区の区長会長のお宅を訪問。粟野公民館で11月9日午後7時から2時間程度、他4カ所で行う。各町内には来週以降、回覧で案内状が回る。昨日から、歩いての活動も始まった。これも『いい日旅立ち』になれば・・。

【2010/10/09】 | ページトップ↑
しんどい作業が続く国勢調査
Date:2010-10-08(Fri)

昨日、議会の全員協議会。市民対象の報告会の要領や日程など概要が決まった。今後は報告内容のつめに入る。この「報告会」は、県内の議会として、はじめてことでもある。報告会は、県下ではじめて制定した越前市議会の「議会基本条例」に明記されているが、まだ実施されていない。それだけに、議員としても周知から人集め、開催まで、各議員の連携の作業となる。内容は区長会などへの連絡が整いしだい報告したい。

夕方、ある国勢調査の調査員のお宅を訪問した。各調査員は、先月末、配布から回収、郵送もあるので郵送したかの確認まで行うとか。しんどい根気のいる作業だ。

全国で同じようなことが、行われていたはず。5年に1度のこの調査は「ひとりの漏れもなく」が使命である。動員された調査員は全国70万人とか。

締め切りの昨日を過ぎても、調査票の提出の確認や未提出世帯への働きかけに地区内を回ることにもなっているとか。「とにかく行き会うまでがひと苦労」というのが調査員の弁だ。敦賀市の特徴か、単身で働いている人は何度訪ねても不在で、やむなく郵便受けに調査票を入れてくることも少なくない。オートロックのマンションは、各世帯の玄関にたどりつくことさえ難しい。

調査票への記入は自分が、実際にやってみると案外難しい。ある高齢者に質問され、説明も難しい。調査員はなおさら根気強い作業を繰り返しているとも聞いた。核家族化と高齢化に対応する工夫や改善が、今後いっそう求められるのではないか。

今回は日本の人口が減少に転じてから初の国勢調査。少子高齢化と雇用不安の時代を色濃く映す結果となるだろう。縮小社会の影響は、まっさきに郊外の中山間地集落にあらわれている。この維持が、これからが正念場となる。

恐縮だが市内の池の河内には、戸数の減少と高齢化は急だ。湿原や里山風景が残る地域だけに、住んでいることが基本となる。精神的支えの寺院や神社の維持も住人が少なくなれば至難の業となる。

これは、余談だが、秋の情景に溶け込むようなそんな身近な昆虫、赤トンボだが、近ごろ全国で数の減少がささやかれ、各地で調査が進んでいる。しかし、これも専門家のきめ細かい調査には限界があるという。

代表格アキアカネなどは水田に依存して生き、敦賀も水田も減少の一途。おりしも名古屋で18日から生物多様性に関する国際会議(COP10)が始まることがニュースで伝わる。敦賀の中池見はトンボの宝庫でもある。これも根気強い専門家の調査で明らかになったことだ。

書きながら、NHKで敦賀3,4号の今月着工が厳しいと報道があった。工事そのものが始めると、工事規模が大きいだけに一時的にせよ、真水のように市内景気に反映される。もんじゅ建設の景気状況の盛り上がりは、ある消費のデータをもとに話している。逆に落ち込みで、市内のスーパーが過剰となり、その後、店を閉じている。

少子高齢化社会対応、中山間地の集落維持、市の総合計画の実現にも、国勢調査は、その基本となる。現実と向き合うのはしんどいけれど、未来を切り開くためにも、目をそらすわけにはいかない。まだ、調査員の提出確認の作業が今日も続けられている。
【2010/10/08】 | ページトップ↑
「亭主元気で留守がいいい」から「主人在宅ストレス症候群」時代へ(コミュニティバスの重要性)
Date:2010-10-07(Thr)

秋の夜長はやっぱり読書と言いたいが、アルコールが入ると直ぐにねむりに着く。もっぱら読書は早朝となる。ところが、朝は、メールに、ブログに、自転車にと時間が過ぎる。買ってきた本はたまる一方だ。

どうしても興味のある本から手が出る。あるインタビューで「男はええかっこしいで孤独な生き物」と渡辺淳一が語り、描いた『孤舟』が興味を引くようになった。その年齢に近くなったのか一挙に読んでしまった。

これまでの『失楽園』『愛の流刑地』など、男女の愛を描いた作品のイメージが強い渡辺さんだが、なぜか定年後の男の孤独を描いている。

小説の中に「主人在宅ストレス症候群」なる言葉が登場する。その名称から一目瞭然、一日中、夫と一緒に過ごすことで体調を崩す妻の症例の総称だ。

20年ほど前か「亭主元気で留守がいい」というテレビCMがはやった。これも団塊の世代の働き盛りだ。これが家に一日中いるから、ストレスもたまる。

ここまで書き進めたのも、いくら車社会でも団塊の世代が高齢化するにしたがって、独立的に動くにも足の確保が大事になる。

先日、市内に住む80歳近くの、家族から安全のためと免許書を取り上げられた男性を車で送迎したが、やはり頼りはコミュニティバスだ。細かくダイヤを覚えているからこれも生活の知恵だ。

今週の4日、敦賀市地域公共交通会議が市役所で開かれ、コミュニティバスについて、試験運行で市民要望を取り入れダイヤの変更や増便も加え、現在の試行運転の料金のまま、来年5月から本運行が決まった。

いずれ議会にも説明があると思うので、詳細はその時ご報告したい。ダイヤなど細かい要望も多いが、すべて聞きいれるのも難しい。

コミュニティバスは、14路線175便。1日当たり約900人が利用と、地方都市のコミュニティバスとしては、私の知る限り経費をかけ、きめ細かく、利用度の高い運営と思う。ときたま「空便が多いのでは」と皮肉る方もいるが、あくまでも、最大の目的が交通弱者のためのものでもある。

昨年の12月から民間バス路線を統合しての試験運行とはいえ、料金は市内全域同一の200円。西浦、東浦も一律200円となり、距離的なことを考えると、私も利用したが、住民も納得の料金だ。

議会でも話題になった「マイ時刻表」はお年寄りにも評判でもある。利用者個人が必要な時刻表だけを、市が無料で作成する市役所のサービスでもある。

余談になるが、車を運転中に、歩行中のお年寄りの行動にひやりとすることが多い。よたよたと車をみずしての道路横断。いきなり道路を横断しようとする。急に道路にはみ出してくる。街を歩いていても、危なっかしい光景をよく見かけるようになった。

事故に遭わなければ、と心配になるが、高齢者が増えれば増えるほど、この行動は、多くなるともある警察官は語る。これが運転にも通じる。お年寄りが増える時代の公共交通のコミュニティバスの重要性は高まるばかりだ。

話を戻すが、渡辺さんの小説は、団塊世代の大量退職を、家族の問題としてとらえている。定年後の家族の風景は、緊張関係にある隣国の出方を予想するよりも難しいと、私も気がつく。

家族がそろっても息子と妻の会話についていけないことあったり、妻の望みは−と考えて、結構知らないことがあるのに気づく。

世帯数が多く、一人暮らしのお年寄りも敦賀はこれからも増える。行政の役割は、医療、介護、コミュニティバスときめ細かいサービスが必要となる時代だが、最終的にはいずれも自己責任。「自立。自律だ」と自分に言い聞かせているが・・・。
【2010/10/07】 | ページトップ↑
起訴の後遺症、選挙の後遺症
Date:2010-10-06(Wed)

昨日は、「小沢一郎強制起訴」の新聞各社のトップ記事を飾った。思い出すのは、1976年7月、田中角栄前首相逮捕の新聞報道とつい重ねてしまう。当時、それも学生時代最後の航海の寄港地、カナダのバンクーバーの地元紙が一面トップに取り上げていたからなおさら印象深い。

いまから思えば、実力ある政治家が政治の表舞台から去った瞬間でもあった。田中元首相はオイルメジャー(国際石油資本)依存からの脱却を図って、積極的な資源外交を展開した。原子力発電では、必要なウラン濃縮を米だけでなく、英、仏へ拡大した矢先でもあった。

それらことがアメリカに睨まれて、アメリカ発の「ロッキード爆弾」に直撃された、と、書物が語るが真相は定かではない。それでも、資源外交では、石油メジャーや原子力も濃縮ウランなど米国支配の後遺症は、いまだに残っている。

昨日の新聞報道がどの程度、政界に影響するか、さだかではないが、歴史的なヒトコマになるかもしれない。そんな思いに駆られる社説が並び、紙面の大半を占めた。

小沢元前幹事長の剛腕というか、その実力は民主党の政権交代で十二分に示された。私も実感覚として、肌で感じた。小沢氏ほど多くの肩書と異名をもつ政治家はいない。節目節目で政局の中心におり、話題にも事欠かず、自民党時は、47歳の若さで射止めた幹事長。300億円といわれる選挙資金を集め、苦戦が予想された総選挙に勝利したエピソードは有名。「剛腕」の異名そのものだ。

その後も新生党、新進党、自由党と、新党をつくっては壊しの繰り返し。「壊し屋」といわれるゆえんでもある。民主党と合流してからも代表代行、副代表、代表、代表代行、幹事長と肩書は目まぐるしく変わった。

ところが、そのイメージが、福井県に来るたびに印象が変わった。私の知る限り、敦賀に4度、小浜に2度と常ににこやかに「ご苦労さん」とねぎらいと手をあげての笑顔が忘れらなくなる。

敦賀の宴席で、小沢氏が一人ひとりに酒をついで回り、「あっそ」「あっそ」と聞く耳を持つ一方、小浜の選挙責任者が「なんとか小浜に」と要請すると、その場で決まった。

その気さくさで全国を回り、数多くの支援者の心をとらえたことは確かだ。世の流れもあるが、政権交代の原動力にもなったことは確かだ。強制起訴がどの程度、意味を持つのは今の私には推測しかねるが、後遺症がどの程度のものか、目が離せない。

話を変えるが、昨日、市役所の大先輩のお宅によばれ、新幹線や敦賀港から、JR敦賀駅について話題が及んだ。戦災で焼けた敦賀の二代目駅舎のイメージは「軍国、日本」そのものだと語るのだ。戦時中、連隊もあり数多くの兵士が敦賀駅から戦線へとむかい、自らも志願兵として、家族に見送られて敦賀駅を後にしたとか。

時代と年代によって、敦賀駅のイメージが異なる。それだけ、市民とって敦賀駅は、親しみと思い出の場所であることは確かだ。それだけに、駅舎にかける思いは、多種多彩だ。駅舎をはじめ、駅前整備は、市民それぞれに多種多様な思いがあり、しんどい作業だが、「百年の大計」的な企画、設計と決断が要求されるとも感じている。

大先輩曰く、最後に「中途半端なものにするな」との指摘を受けた。駅舎も含め駅前整備には百億を超える大事業。財政事情もあり、難しい選択も多いことも確かだ。駅舎改築とバリアフリー化、連携大学の研究所設置から、現在は、現駅前駐車場を中心とするAゾーンの建物の検討、さらには、「駅からみて右手の開発どうする」と要望が続く。まだまだ時間と予算が必要な整備でもある。

まちづくりの中で、これまでの市役所建設、運動公園建設、敦賀女子短大(のちの敦賀短大)や敦賀気比高設置と並ぶインフラ整備だが、JR敦賀駅は、毎日六千人という乗降者が利用する駅舎でもある。それだけに年代を越えた、市民の関心も高い。それだけに企画ごとの説明責任、議会の議論、市民との対話も大事だし、さらには、市長選の話題にもなることも確かだ。

結ぶが、政治家の逮捕、起訴は、司法判断が第一義だ。一方で、実力者であればあるほど、その後の後遺症として残すか残さないかで、不幸の始まりともなる。民主党の執行部もしっかりしてもらいたい。

また、民主的な選挙は、市政の流れが変わり、後遺症も残す。敦賀短大の4大化も大きく流れが変わったひとつだ。4年に一度の選挙は、それだけの選択を伴うものでもある。今回の争点は、駅周辺開発をどうするか、その一つの選択でもある。
【2010/10/06】 | ページトップ↑
小沢氏強制起訴
Date:2010-10-05(Tue)

秋は何か付けて行事が多い。10月も結婚式も多い。先日も東京に出かけたが、ホテルは大安ともなればぎっしりと日程がつまっている。まさに、「宴たけなわ」の秋だ。

この季節の定番が、かつては運動会。思い出に残るのは少子化もあって一家総出。わが家でも松陵幼稚園、中央小学校や中学校と何かと覚えている。昼ごはんは、息子の幼稚園時代はおばちゃんもいたのでまさに一家総出だった。

もどすが、昔といっても四国の田舎では、秋の収穫期も終えて年に一度の大イベントだった。早朝打ち上げ花火が響くと、親は弁当づくりのテンポを速める。いまでこそ、来賓は開会式が終わればそそくさと帰るが、私が中学生の頃は違った。

お年寄りも少ない時代、テント席に招かれ、定番の宝釣りを待った。地域ぐるみの参加はまるでお祭りだ。
最近は、中学校の春組、小学校は9月と季節も変わってきた。ただ、孫の運動会とお年寄りも増えた。聞けば孫の走りっぷりを見るために県外から来たり出かけたりする人もいる。運動会の持つ魅力は今も絶大である。子どもの躍動感はいつの時代も貴重なものだ。それが少子化で変わりつつある。

話を変えるが、高度成長下の35年前、地方を元気にしようと田中角栄の「日本列島改造論」。学生時代だったが、新幹線や高速道路を日本中にいきわたらせる改造論は、わかりやすく壮大な構想に度肝を抜かれた記憶がある。

いうなれば、この35年で四国では瀬戸大橋は3本もかかり新幹線こそないが高速道路は隅々までいきわたっている。その系統をひくかどうか別にしても、実力ある政治家が、政治と金の問題で、民主党の小沢一郎元幹事長が強制起訴すべきとなった。

直感的だが、民主党の最大グループを率いる小沢氏の求心力低下は必至でも政治生命も危ぶまれる。昨日も県議会で新幹線の意見書が議決したが、民主党だけみれば、遠ざかったとみていいのではないか。

政治の実力は、多数を占めること、その背景には必ず金をいかに集めるか、これが常につきまとい、現実、それがいまでも実力の表れでもあった。それが限界にきたとの表れではないか。

公共工事が減ったとはいえ、福井県内、敦賀市内の土木建築業に従事する方は多い。自民党政治の善悪ではないが、地方へのインフラ整備を通して地方を元気にしようとの仕組みが出来上がっていた。国家財政の破たんとも言える状況下で、この仕組みが徐々に崩れ、今日の民主党政権誕生となったことは確かだ。

中央集権が残る現在、この仕組みの良し悪しは別にして、これに変わる仕組みが地方にまだ出来あがっていない。特に福井県は、人口減少、少子高齢化と30年後60万人口とも予想されている。この現実をどうみるか、嶺南地域も有効求人倍率では原子力発電所でなんとか維持しているが、地域経済も人口減少だけには歯止めがかからない現実をどうみるか課題山積だ。

小沢氏強制起訴の意味合いは、「政治と金」の問題だけに限らず、小沢型しか対応できない地方再生をどうするか、相当根が深い問題が横たわっている。

この嶺南でも少子高齢化、人口減少は、社会保障に限らず、秋本番、廃校で運動会がない集落がどれだけ増えたか、この現実は見ておかなければならない。
【2010/10/05】 | ページトップ↑
介護に必要な技術
Date:2010-10-04(Mon)

秋の日はつるべ落とし。彼岸を過ぎると急に暗くなるのがわかる。この時期、午後6時を過ぎると、家の明かりがともり、日曜の夕方となると家族が食卓を囲むのが大半だろう。子どもが育っていまうと、逆に家族の大切さを考える時間でもある。

ところで、福井県内のことし8月の有効求人倍率は0.84倍と、前の月よりも0.02ポイント上昇し、2か月続けて全国で最も高くなった。なかでも、7月のデータで小浜は1.22.敦賀は1.06とあいかわらず高い。最近は製造業、建設業が敦賀で持ち直しているのは大きい。

ハローワークの関係者に聞くと、あいかわらず雇用の内容はパートが多く、高齢者に厳しいとか。それでも看護師、介護などの分野は、上下はあるがニーズは高い。

市立敦賀病院でも、看護師1に対して患者10から1対7へ。さらに1対5へと看護師の需要は高まる。一方、介護も夜間など特別養護老人ホームでも人員配置など気を使うが、最も気を使うのが食事時とも思った。この分野での専門的な知識と経験が必要だとも伺った。

特養の入居者にとって、ささやかな楽しみが食事。食事の介助は、集団とはいえ、喉をつまらせないかなど気を使う時間でもあり、入居者一人ひとりの状態を考えての介護士の知識と経験も大事となる。

食べる力がどれくらい残っているかを見極めることが肝心とも。私の両親の経験では、不思議なことに、なぜか好物だけは、問題なく食べることができたりする。

生きることは食べることでもある。食事では、あらゆる五感が総動員される。視力、聴力、嗅覚、味覚、触覚など、どれも高齢になると衰える。、個人差があるが、どれ一つが欠けても、相当な苦痛が伴う。

朝ドラやサザエさん一家は、いつの時代もみんなそろっての朝食だが、最近は時間差で家族で食べる機会が少なくなっている。これに介護が加われば、なかなか家族一緒には時間が難しい。これが在宅介護の難しさにもつながる。

独居老人、老老介護も一般的となった。食の風景は、老いという人生の夕暮れとともに変わる。子育てから夫婦二人に、それに介護と時間とともに変わる。個人も、かむ力、ものをのみ込む能力が衰え、むせこんだりする。

安全に食べられるように、あせらず、手間をかけることが大事だが、子育てと同じように介助となると疲れも溜まり、ついついイラつくことも多い。

最近では、介護する家族の負担を減らすお助けとして、硬さや大きさ、粘り気を調整したレトルト、冷凍食品も登場している。介護食の勉強会も市内でも開かれている。魚だって、工夫次第で介護食に変身する。とろみをつけて、のみ込みやすくする工夫にも技術がある。

時間軸で看護、介護の分野は、団塊の世代が60歳から70歳を超える頃から急速に需要が高まるとも聞く。現在、検討中の市立看護学校の短大化、大学化の教員確保、市税との兼ね合いなど課題も多い。

将来の看護の、介護分野へのニーズの高まり、垣根もなくなり、大半が、国のレベルの問題とも密接に関係するが、市レベルでも将来のこの地域医療、介護を考えての決断も重要となることは確かだ。
【2010/10/04】 | ページトップ↑
歴史の中にある敦賀の転機
Date:2010-10-03(Sun)

自転車を走らせると敦賀市の地理的な特性がよく理解できる。と言うのも木の芽峠、関峠、国境(くにざかい)と各峠を超えると100キロは平坦な道が開ける。海をのぞく三方向、いずれも峠を越えると平坦な道、それも100キロは楽に走れる。福井平野は三国、琵琶湖は大津、若狭はトネネルはあるが舞鶴まで、多少のアップダウンはあるが、敦賀の峠ほどしんどくない。

まさに川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」をもじると「国境のけわしい坂を越えると平坦な道のりだった」となる。

ところが、「国境」という概念、独自性、独立性、悪く言えば閉鎖性があってもいいのだが、敦賀人気質いうのか、敦賀人というのか、私の独自感覚だが、どうも、その「国境」という概念が感じられないのである。

歴史がそうさせるのか、まさに交流都市のなのか、流れものが多いのか、不思議に思っていまう。

歴史に「たら、れば」は禁物だが、大谷吉継が加わった石田三成が関ヶ原で勝っていたら、敦賀市は城下町、港町という両者を兼ね備えた、今とは違う大きな規模での発展をとげたかもしれない。

明治の廃藩置県後、わずか5年の県庁所在地が今日まで継続していたら、どう発展したか。現在の福井県庁規模の5千人、市役所を含めて六千人の役人が住み、県都とする人口規模は二十万人を超えていたことは確かだ。

もうひとつは、太平洋戦争がなくロシア、朝鮮との定期航路が今日まで継続していたら、どれほど敦賀港が発展しただろうか。

狭い敦賀平野のイメージがいまひとつわかないが、参考になるのが、長崎市だ。敦賀は歴史で発展が止まり、長崎市は見事に歴史に順応だった。

坂の町、長崎市は敦賀と同じように天然の良港で平地が少ない。長崎市は徳川300年の鎖国の中で唯一、国際港として発展し、明治後は県都、造船の町と発展し、坂の街になった。龍馬伝の亀山社中も坂の中腹だ。

私が考えるに、敦賀市は、少なくとも3度は発展の機会があり、城下町、国際港、県都とくれば、人口規模も十万人はおろか、二十万、三十万人の大都市になったかもしれない。

そこで、都市計画上、道路は、水の確保は大丈夫かとなるが、かつて江戸末期に加賀藩は真面目に敦賀と琵琶湖の運河計画をたて、測量までしている。マキノまでのトンネル構想もあった。土木工事は発展に伴い、拡大し続けるのが歴史だ。

ただ、開発だけが敦賀発展の道ではないことも確かだ。いずれにしても、歴史の中に、大きな転機が敦賀市に何度かあったことは確かだ。

それもこれも地政学的な利点、交通の結節点、天然の良港など、歴史の中に転機を迎えるほどの恵まれた環境がそろっているのも、敦賀市の特性でもある。さらには原子力発電所など新しい要素も加わっている。ポストもんじゅ、エネルギー研究拠点化にさらに、新幹線問題など、長期的な視野を必要とする課題も多い。

歴史の転機になるという環境など、課題性、話題性が多いだけに、それぞれの判断が街を大きく左右することもある。それだけ敦賀市は歴史の中にあるという認識の上で、百年の大計がいかに大事だと思う昨今だ。
【2010/10/03】 | ページトップ↑
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