ランキングで判断はできないが、謙虚に受け入れるのもランキング
Date:2011-01-31(Mon)

雪がしんしんと降り続けている。雪による国道8号線の渋滞もどうなるか、久しぶりの雪国の難渋だ。雪の話題はどうしても避けたい。明るい話題とも考えたが、寒さか、考えがまとまらない。

ひらめきではないが、日本の三大名園、水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園。根拠は明確ではないが、名園ということと明治天皇が訪れた公園とかいうのが有力らしい。外れたのは、四国の「栗林公園」。私の故郷ながら、なぜとの思いは強かった。ところが、フランスのガイドブック「ミシュランガイド」(赤い表紙で有名)で最高の「三つ星」を得て以来、観光客が増えている。

ちなみに、兼六園と後楽園と栗林公園は三つ星だが、偕楽園は落ちた。根拠は明確ではない。いずれにしてもランキング好きというか、格付けに弱いというか関心を示すことが多くなったことは確かだ。

もともと、フランスのタイヤメーカーが、レストランを星の数で格付けする。おせっかいなことだが、もとは自動車の運転者向けガイドブックと聞けば、少しは納得できる。100年以上の歴史があって、今やすっかりその筋の権威だ。覆面調査員が観光地、ホテル、レストランなど、3段階で評価するとか。基準も不明だ。それでも有名になれば、本の格付けも高い。権威があるから批判も多い。

ここまで書き進めたのも借金こと、日本の長期国債がまたまた、格下げされた。米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が、突如として発表。日本の「財政赤字」が理由だが、信用不安がくすぶるスペインより格が下とはいかがなものか。いったい、どんな基準かと問いたくなる。

これも問題だが、格付けの権威が高いため影響力も大きい。ここもミシュランと同様だ。格下げについて「疎い」と述べた菅直人首相はまたまた格を下げてしまった。そんな言葉尻を追及の材料とする野党もどうかとも思う。

「消費税率引き上げの催促」との思惑もあるだけに、深層は不明だ。米国政府と民間会社の思惑もあるとか。テレビ解説や新聞論調もあるが、ここは謙虚に受け止めるのが肝要ではないか。それほど国の借金は1000兆円を越えようとする。市民ひとりあたりにすれば783万円。

ちなみに敦賀市の一人当たりの借金こと地方債は県下でももっと低い300万円もない(ただ、最も多い小浜市も500万を超える程度)。国の借金の大きさがわかる。ただ、これもどこに基準を置くか、明確なものはない。また、敦賀市のひとりあたりの貯金こと、基金残高は150万円程度。これも県下では多い方だ。「子どもにツケをまわさない」標語も市内に広がっているが、大事な考えだ。ただ、縮小だけでは次への展開もない。それだけに、投資と借金返済、両面を考えた難しい時代だ。

日、ニューサンピアで「松宮勲国政報告会」があり、最後に衆議は、敦賀3,4号本格着工で先送りが懸念される電源立地交付金の敦賀市分の来年度予算への動向など語った。財源確保も含め、他の市に比べ、豊かと言える敦賀市での財政運営も厳格さが要求される昨今だ。

最後に、またまたランキングに戻ると、東洋経済社の自治体住み良さランキングでは、敦賀市は1997年には3位、07年には8位、10年に23位といずれも高い。交通の利便性もさることながら、住み良さでは雪国以外は私は納得している。敦賀市の財政の豊かさも次への投資の期待となるだけに、重要な要素であることは確かだ。
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【2011/01/31】 | ページトップ↑
無駄だと言われながら、続けていくことの、まさにその結果だった。
Date:2011-01-30(Sun)

深夜、気温マイナス1度。深々と降り続く雪。56豪雪を思い出させる。その中での熱くなるのは日本サーカーの試合、大きな舞台での結果でもある。ワンパクらの育成やJリーグからの人材育成の積み重ねの結果でもある。この世相に元気をもらう瞬間でもあった。

昨日は、午前中は挨拶回り。昼からは車で福井の民主党福井県連へ。記者レクのためだ。北朝鮮に拉致された可能性があるとされるいわゆる「特定失踪者」2名の失踪前の足取りが福井県内に残されていた。これまで判明している2名を入れると1995年から98年にかけて4名の失踪者の足取りと車を放置するなどあまりにも共通することが多いためだ。

小浜の地村夫妻の救出は、当時の産経新聞の記者が、新潟・福井・宮崎のローカル記事を丹念につなぎ合わせたことから明るみに出た。丹念な取材の積み重ねの結果だ。

同日、福井県連の事務所で、若狭町長、小浜市長と共に、嶺南の特定失踪者の究明を求める要望書を提出した。ご家族の高齢化とこの問題の風化が続く。確かに時間がないが、どう関心をもってもらうか、その連続でもある。
帰ってプラザ萬象で小浜市長、若狭町長、常宮の河端議員も参加して、この組織の役員会。夕方は同じ会場で敦賀防衛懇話会、夜は、サンピアである労働団体の新年会、町内の壮年会の会議と切れ目なく続いた。

ところで、昨日は、井上靖さんの命日、亡くなって20年の月日がたつ。新田次郎と共に愛読者の一人だった。現代小説から、歴史小説、西域小説まで、「敦煌」など雄大で物語性に富む作品は、何度も読み返した。その延長線が、井上さんと同じ職場の女性記者だった作家の山崎豊子さん。

彼女の作品も社会派的な小説が多い。「沈まぬ太陽」なども読み返しても魅了満載だ。井上さんも山崎さんも記者魂と言うか、ものごとをコツコツと調べて何度も書き直して作品に書き上げる。

もう一人、新田次郎さんの山岳小説は、多くの登山家に影響を与えたのではないか。なかでも「孤高の人」は絶品だ。兵庫県浜坂出身で若いエンジニアだった加藤文太郎は、雪のなかで内燃機関の設計を考えている。

当時、私も内燃機関の魅力がわかった頃だったこともあり、魅了された作品だ。地元の六甲山脈を一人歩き続けるうち、登山に魅せられ、資金もなく、装備もない加藤は、暗中模索の中いくつかの経験をつみ、山にますますののめり込み、日々の生活を極限まで質素にして、ヒマラヤ貯金を始める。「単独行の加藤文太郎」といての生き方には私もずいぶんと共感した。

六甲山を須磨から宝塚まで歩き続けると50キロ。大学時代、単純なのか、この小説に魅せられて、仲間と数度、試みた。朝早くから登り、宝塚に着くのは夜9時頃、寒さと神戸の夜景が体感として残っている。大学4年間連続で、夏休みの部活動の合宿後、連続的に北アルプスを目指した。小説の主人公の「単独行の加藤」は、結婚1年後、北アルプスで命を落とした。

目立たないけれど真摯に仕事や、目の前のことに打ち込む人間、少々態度に問題があろうが、結果を出していく。井上さん、山崎さん、新田さん、いずれも共通点がある。日本サッカーも「ドーハの悲劇」もあり、その下済みがいかに大事か、拉致問題も特定失踪者の課題もただひたすら運動を続けていくしかない。

地村さん救出は、産経の一記者の丹念に調べての記事が結果となった。無駄だと言われながら、続けていくことの、まさにその結果だった。拉致の運動も「何のために」と言われるが、理由はない。風化が進み、高齢化が進むこの問題も、結果はでないかもしれないが、何度も続けるしかない。結果を信じて・・・。
【2011/01/30】 | ページトップ↑
異常なことが続くときは、じっとしているに限るが・・・。
Date:2011-01-29(Sat)

鳥インフルエンザなど異常な事態が続いている。27日も北陸地方の一日の電力消費量が過去最大を記録。富山・石川・福井などに電力を供給する北陸電力の一日の電力消費量は、1億1584万3000kwhで、過去最高を記録した今月20日の電力消費量を8万2000kwh上回り過去最大を更新。

積雪も寒さを示す指標だが、電力消費量は、「気」で変化するとわれる。景気、天気、気温とどれも気がつく。厳しい寒さがエヤコン需要を押し上げ、3回目の更新はめったにないことだ。それだけ厳しい冬と言うことか。異常な冬とも言える。

今年は「氷見の寒ブリ」が、記録的豊漁。これも異常だ。富山県の氷見漁港の水揚げは不漁だった昨年の70倍。卸値も異例の安さ。高根の花がいっきょに食卓に。寒波とともに魚群が南下したとみられるが、近ごろの海はどこか不気味だ。昨秋はサンマが大不漁だった。

話を広げると、ブリの煮物に欠かせない調味料も気になる。砂糖をはじめ、しょうゆの原料となる大豆が世界的に高騰している。小麦などの穀物も。実感できないのは円高だから。食用油やコーヒー豆の値上げの動きもあり、じわり食卓に近づいている。国連機関がまとめた先月の食料価格指数は、世界食料危機が起きた2008年の水準を上回ったとか。何かが異常なときは、じっとしているに限るが、冬将軍の居座りも困る。

前置きが長くなった。昨日は、朝から議会への説明会、全員協議会、代表者会議と夜は労働団体の会合とほとんど切れ目なしに続いた。説明会は①市立敦賀病院の経営改善、②市立看護学校と敦賀短大の合併問題、③金ヶ崎エリアの鉄道遺産などを活かした整備など、どれも重要な課題ばかりだ。

市立敦賀病院の経営改善には粘り強い医師、看護師、職員などの活動が実ったと言える。市立看護学校と敦賀短大の合併は、今後の敦賀の高等機関をどう考えるか、人材育成をどう考えるか。税金とも絡み、まだまだ課題山積だ。三つ目の金ヶ崎エリアは、赤レンガ倉庫、ランプ小屋、貨物の敦賀港駅など近代化遺産の宝庫。今後、エリアを面としてとらえ、どう結びつけるか、インフラ整備、ソフト面でのアピールなど楽しみな領域だ。但し、税金がかかるだけに長い目で効果的にどう市民力を盛り上げながら形成していくかがポイントとなる。

午後からは、議会基本条例の全員協議会での説明。3月議会上程に向け、全会一致を目指した粘り強い取り組みだ。今後、パブリックコメント、2月9日の市民説明会と続く。

話題をがらりと変えるが、異常なことが続くときには、それがエネルギーとなって動き出すことが多い。天候もそうだが、人間の活動もエネルギーの高まりは怖い。その主役はいつの時代も若者だ。明治維新もそうだが、洋の東西を問わず“革命”の主役は純粋な若者たちである。若者の熱いエネルギーが独裁や政治腐敗を許さない。

先日、地中海岸のチュニジアで失業や物価高に抗議した若者らの反政府デモで、およそ四半世紀にわたって強権政治を続けたベンアリ政権が倒された。この政変はチュニジアを代表する花にちなんで「ジャスミン革命」と呼ばれている。粋な名前だが、ジャスミンの香りの広がりは速い。エジプトにも広がる。

最近は、携帯電話やネットが盛んにそれに拍車をかける。ネット時代を象徴する革命ともいっていいが、それだけに速い。日本でもそういうことがないとは限らない。社会保障、財政、経済再生、就職難…。課題山積である。国会論戦が始まったが、政局ばかりに目につく。国民の負託を受けた国会の役目は大きい。そういう、敦賀市議会も山積する課題に、任期3か月といえども最後まで、気が許せない。異常なニュースが多く、ことが速い。それだけにやるべきことを着実に準備をするのも今だ。
【2011/01/29】 | ページトップ↑
家族の絆と児童虐待
Date:2011-01-28(Fri)

日本一短い手紙のコンクール「新一筆啓上賞」の入賞作品の発表会が、坂井市で開かれた。HNKの全国放送にもDなった。丸岡町の地道な活動が全国規模となり花開いた。それが、まちおこし的な運動になっている。ある先生に聞くと、地元の中学生などを巻き込み、手紙がつなぐ家族の「絆」を伝える教育効果も高いとか。運動が好循環となっている。

大賞に選ばれた作品のうち福井市の小学5年生、森下昭汰さんの作品は「自分」にあてた、

「ソフトの試合に負けた。ぼくはかくれて泣いた。なんでかくれたんやろ。」

は、あの頃に帰ると、いろんなことを想像させられる素直な作品に感心する。まさしく大賞だ。

ところで、家族の「絆」どころか、全国での児童の虐待相談は4万4211件(2009年度)。年々増え続けている。虐待による死亡も67人(08年度)に上るとか。何かがおかしくなっている日本社会だ。

敦賀市でも例外ではない。市内の平成21年度の相談件数は138件で、そのうち虐待は21件。その内訳は、身体的虐待が12件、ネグレクト、養育放棄が1件、心理的虐待が8件。

敦賀市は、虐待の通報があったときには、敦賀児童相談所初め21機関で構成している敦賀市要保護児童対策地域協議会で連携をとり対処している。

人口の割に世帯数が多い敦賀市では児童相談は欠かせない分野だ。子育て支援センターによる育児相談などの連携も必要な要素だ。人口の割には、恵まれた施設が整うのも敦賀市でもある。タイガーマスクでニュースにもなった児童福祉施設「白梅学園」の存在も大きい。

基本的に「親権」は、未成年の子どもを監護し、育て、財産などを管理するため、父母に与えられた権利・義務だ。しかし、子どもの利益を守るはずの親権が、時として逆に作用する。

現実に、虐待などで児童相談所に一時保護されたり、児童養護施設に入所中の子どもがいる。ただ、現場である行政にすべてをゆだねても難しい課題だ。病気になっても親が適切な治療を受けさせなかったりなど 虐待は様々だ。

普通に考えれば「親権」は、侵してはならない権利だが、現実には、これが親かと思う例もあるとか。児童福祉の現場は、人権も絡み難しい選択を迫られるケースも多いとか。

ネットで調べると、親権制度をめぐっては法制審議会が昨年12月、親権を最長2年間停止できる制度を盛り込んだ要綱案をまとめた。「親権喪失」の制度もあるが、期限を定めず親権を奪うため、親子関係への影響を懸念し実際の申し立ては極めて少ない。そこで一時停止の制度を設け、虐待に迅速に対応しようというものだ。ともに現在、開かれた通常国会への改正法案提出が予定されている。

結論にもなるが、敦賀市は世帯数が多い。親一人子ども一人の世帯も意外に多い。それだけに、敦賀市の児童福祉の環境はキメが細かい。子育て支援センターとか、健康管理センター、児童家庭課等での相談業務、またマイ保育園の登録事業やほっとタイム事業など待ち構える相談だけに限らず、「赤ちゃん訪問事業」等を通じて実態を把握する努力も続けている。

それでも増えるのが、この問題の根の深いところだ。冒頭の「一筆啓上」を支える丸岡町文化振興事業団の存在も大きいが、町民や教育員会など各方面の協力で幅が広がっている。質は違うが、虐待問題も、行政の児童福祉、教育委員会、多方面からの取り組みが不可欠なことは確かだ。
【2011/01/28】 | ページトップ↑
雪道、ご安全に、暖かく
Date:2011-01-27(Thr)

昨日は、敦賀らしい雪の降り方だ。べた雪に雨まじり、断続的に雪が降り続いた。この寒さか、県内ではこの冬初めてのインフルエンザ注意報は出された。すべての年代で増え、6割が新型インフルエンザとか。

昨日も議会の議会運営委員会は、議会基本条例案の議論で午後1時半から5時まで延々と議論が続いた。事務作業も入れれば相当な労力だ。残り任期3か月もこれあり、議会が合意をとりながら条例を仕上げる。私が言うのもどうかとも思うが、短期間で一致点を見出しながら、可決までもちこむ、基本条例に向けての各議員の覚悟と労力は本物だ。

夜は、関東からのある議員団と懇談、昨日は福井市の陽子線がん治療と、今日、もんじゅを視察する。晴れ間が続く関東とはまったく違った悪路を見舞ってくれた。太平洋側と日本海側の違いを歴然と感じる1日だったとか。

戻すが、この冬の大雪には、大人とともに、小中高生も通学で難儀している。列車やバスはダイヤが乱れがち。徒歩通学や車で送迎してもらえる場合はまだしも、特に難儀そうに見えるのが、雪道や滑る路面を懸命に行く自転車である。

昨日の雪ではさすがに見なかったが、雪道での数は少ないが、自転車通学をときたま見る。ポンチョ型の雨具をまとうのであれば、まだましだが、危険な傘差し運転も目立つ。傘差しに限らず、若い世代の自転車走行では危なげな姿が少なくない。冬で減ったが、音楽で耳をふさぎながら、携帯メールに視線を送りながら、2人乗り…。楽しみたい年頃だろうが、車を運転していると追い越す際に肝を冷やす時もある。メールの文面より、まず身の危険を考えたい。

歩道も、自転車道も雪は容赦しない。すっかり切れ目がわからなくなる。除雪の雪が歩道をふさぎ、積まれた雪で小学生は見えなくなる。「歩道も除雪できないのですか」との要望も頂くが難しい課題だ。

また、各所でスクールバスの要望も多い。寒さでコミュニティバスを待つ風景は子ども達への試練だが、夫婦共働きが増えると、車での送迎も難しい。

道路の除雪、歩道の確保、スクールバスなど雪道の通学に関する課題は多い。ただ、雪道の自転車通学も課題だ。マナーも課題のひとつだろう。付言すれば真冬も防寒着なしという姿も気になる。インフルエンザが流行中。「身を守る術の体得」も若い時代の必修科目だろう。

雪道は、子ども達へ、どこまで試練を課すのか難しい。道路の安全の確保も行政の仕事、身を守るすべを教えるのは親と先生の仕事でもある。

今日もご安全に!それに暖かく!・・・。
【2011/01/27】 | ページトップ↑
嶺南一市構想の検証
Date:2011-01-26(Wed)

野球は筋書きのないドラマとよく語るがサッカーもまさしく筋書きのないドラマそのものだ。最後のPK戦、見ごたえあった。感動が寝不足となる。GK川島の読みと好セーブも素晴らしかった。

サッカーがここまで強くなったのは背景にはJリーグがあることは確かだ。それも各地方が支える構図は、地方を元気にするヒントがあるように思う。

昨日、新潟県の泉田裕彦知事と新潟市の篠田昭市長は、共同会見し、県と市が合併し「新潟州」設立を目指す構想を発表した。県と政令市による二重行政を廃して効率化を図り、基礎自治体の権限強化を図る狙い。

府県と政令市を再編する動きは、バトルを繰り返す大阪府の橋下徹知事が打ち出した「大阪都」構想や、愛知県の「中京都」構想がある。二重行政を効率化することと、住民自治やチェックがおろそかになることなど、利点や欠点があることは確かだ。

批判よりも構想は、議論する価値が大きい。国が一向に進めようとしない地方分権改革に一石を投じたものでもある。

ここまで書き進めたのも市町村合併の議論が盛り上がったころ、嶺南一市構想があった。5年にあるか、嶺南広域行政組合では嶺南一市を目指した基礎的な研究をまとめた。

市議会の河瀬市長答弁で敦賀市から高浜町まで100キロ余りあるため舞鶴若狭自動車道開通の頃に考えたい、との答弁があったと記憶する。舞若道開通4年後にひかえ、検討を開始するか、検証は大事な作業だろう。

ところで、旧合併特例法の改正により国が推進した市町村合併。法改正時の平成11年に3,232あった市町村は、平成20年末に1,782へと4割以上減少した。数字だけ見れば見事な国の政策誘導だった。

平成の市町村合併の最大の目的は、行財政基盤の強化にあった。端的に行って、地方の厳しい財政状況が成果をあげたといっても過言ではない。福井県も35市町村が18市町と進んだ。全国で最も広い面積となった岐阜県高山市は、古い町並みで知られ人口9万人余りの県北部の拠点都市であるが、その面積は香川県や大阪府を上回る。市長や議員数の人件費削減効果は大きいが、住民サービスのきめ細かさや、、その地域毎の文化などが失われるなど課題を多く残したともいえる。

三方町と上中町の合併で出来た若狭町で、いまだに、旧来からの庁舎の並存は、何よりも職員、さらには住民の心理的な合併が進まず、効果を生まない要因になっている。また、広大な行政面積を有している市町村では、周辺部の旧市町村地区の支所、学校等の廃止は、地域コミュニティの崩壊に関わってくる。効率性向上だけでなく住民サービスや地域毎の文化などの視点が求められることは確かだ。

結論として、私としては、舞鶴若狭自動車道が敦賀まで開通したとしても、嶺南一市は、まだまだ時期尚早と考える。ただ、全国平均よりも進む高齢化、人口減少、過疎化は深刻だ。どう活力を維持するか、原子力発電所だけでは、その維持は難しい。事業所数、人口、高齢化率、どれをみても、数字がそれを証明している。何らかの一体的な取り組みが必要なことは確かだ。

嶺南広域行政組合で取り組んできた交通網の整備、防災や観光だけでは不十分だろう。防災面でも若狭消防組合と敦賀美方消防組合の合併は自動車道開通に合わせて、合併することを考えてはどうだろうか。

さらに、少子高齢化、人口減少が嶺北よりもあきらかに進む中で、地域特性を考慮し、医療、介護などの福祉を共通の課題として取り上げることが大事ではないか。医師不足、看護師不足はもとより、介護など高齢化社会の準備が十分でないともいえる。人材育成も含め、長期的な視点での準備を整えておくことが大事だ。

嶺南広域行政組合に4億から6億円と変動しながら確実に入る核燃料税を有効に利用することも考える必要がある。
【2011/01/26】 | ページトップ↑
敦賀の航路延長提案(東海市~ロシア・ウラジオストック市~東海市~鳥取県境港市)
Date:2011-01-25(Tue)

先週20日、姉妹都市韓国東海市から、呉鐘植副市長はじめ9名の友好親善使節団が来敦。使節団からは、河瀬市長に、現在週1便(昨年は週2便)、東海市~ロシア・ウラジオストック市~東海市~鳥取県境港市を就航する「DBSクル-ズフェリ-」のイ-スタンドリ-ム号(14,000t)の敦賀市までの航路延長を提案された。

一方で、鳥取県境港市と韓国・東海市、ロシア・ウラジオストク市を結ぶ定期貨客船の航路は、昨年、秋、採算割れから週2便から週1便に減便。一昨年6月就航からわずか1年余りだ。

運航会社の「DBSクルーズフェリー」(東海市)からは、週1回往復している東海-ウラジオストク間は積み荷が十分確保されているのに対し、境港では輸出入とも低調という。旅客数は予想を上回る好調ぶりだが、もともと旅客だけでは採算がとれない料金体系のため、赤字がかさんでいるからとか。

東海市は、敦賀市とは姉妹都市でありながら、先行された。「DBSクルーズフェリー」の事務所も境港市にある。当然、民間レベルの交流も観光まで及ぶ。さらに、東海市と境港市、ウラジオストクも先行された。

原動力は、鳥取県の働きかけの凄さにある。当然、助成金も半端ではない。貨客船で東海~境港間(約14時間、旅客片道運賃平均96ドル)を週2回、東海~ウラジオストク間(約1日、同170ドル)を週1回結ぶ。当初の3年間は境港への寄港1回につき、鳥取県などの地元の自治体が100万円を上限に同社を支援している。

境港-東海間では、3万人を超え、韓国からの旅客は境港市は、もとろんのこと、米子や真庭、江府、松江などに宿泊し、あるいは松江城周辺や鳥取砂丘、大山などを周遊し、相応の経済効果を生んでいるとか。しかし、貨物は、この不況で、コンテナ、バラ積みともに苦戦している。今回の敦賀市への東海市の提案は、助成金を当てにしてのこと。この提案のキーは、福井県の対応だ。赤字になっても鳥取県の腰の入れようは半端ではない。

敦賀市の宇宙戦艦ヤマト、スリーナインと商店街に並ぶ像も境港市の二番煎じで、映画での反応もわずかで、発展性はなく、設置されたままだ。すくいは、JR直流化で訪れた観光客が写真におさめる程度だ。また、何度か検討され、消えた東海市との定期航路の提案、キーは福井県だ。敦賀市の対応はあくまでも慎重であるべきだ。

どうしても観光客に目が行きがちだが、採算性はあくまでも貨物で決まる。助成金まで敦賀市が拠出する対応はいかがなものかとも思う。

ところで、ある学者が、約2千年前のGDPは、インドが世界の33%、中国が26%強を占め、両国で世界経済の大半を動かしていたという。その後、歴史上、中国は一貫して世界経済をリードし、16世紀から300年はトップに君臨したとも。だが19世紀、列強に侵略され沈む。米国の「世界一」はここ半世紀ほどの話で、10年以内に中国が1位に返り咲くという予測もある。

貨物船の動きは拡大の一途、それもアジアへのシフトは大きい。だが、日本は確実に乗り遅れた。ロシア、韓国がどうなるかは判断付きかねるが、採算があえば、必ず航路は開設される。だが、鳥取県のように助成金を出してまで取り組むには、敦賀はタイミングをいっしているのではないか。観光客だけに目を奪われてはならない。
【2011/01/25】 | ページトップ↑
冬の恵みと四国遍路
Date:2011-01-24(Mon)

市内各地で一月いっぱい団体、地区、後援会と続く。今年は選挙もあり、事務所開き1月から2月と続く。議員という仕事柄か、いつも以上に力が入る。ところで、ある新年会には、分厚く切った寒ブリの刺し身が、お出ましになった。我が家にもその安さからか、スーパーですぐに手が出る。記録的な豊漁で、懐に優しい値段であることを実感する。

脂の乗ったうまさは格別だが、食べ慣れない舌には、強く当たる。フクラギの方が好き、などと知ったかぶりの食談議も楽しい。セイコは終わったが、北陸の冬は、海の幸の天下である。京阪神、名古屋からの敦賀でもカニの日帰りツワーは、いつも人気のナンバーワンだ。 さかな街のバスも後を絶たない。カニさまさま、北陸の幸さまさまでもある。

冬の言葉として、「タラ汁と雪道は後がよい」と、56豪雪のころ教わった。タラの美味に出合える冬である。タラは確か「鱈」と書く。なぜかと疑問も解けた。雪道は踏み固められると歩きやすい。雪道を知る人は、タラの味も知るのである。

敦賀に来て、56豪雪の頃か、つらい雪国と穏やかな四国との違いをあるお寿司屋さんから教わった。四国にはこれといった冬の恵みはない。冬の食の恵みと冬の厳しさは不公平ではないと実感した豪雪だった。

冬の恵みと違って四国の道は雪とはほとんど無縁だ。四国のタクシー会社はまずスノータイヤを持たない。持つ必要もない。お遍路さんも寒ささへ我慢すればどこでも歩くことができる。ただ、私が幼少の頃か、昭和30年代頃まではお遍路さんを「辺土」というどちらかというと差別用語ととらえた方言があった。交通事情も悪く、お遍路さんも決して今日のような手軽なものではなかった。

現在では、その心理的抵抗は希薄になっているが、どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束であり、その捉え方も明るいイメージではなかった。これを道路事情が良くなることで、次第に観光化の道を歩み始める。最近では四国遍路は観光としてみなされたのだった。

遍路に出る動機は人さまざまだろう。だが、八十八か所を回り、日数のかかる「本四国」遍路の代わりとはなんだが、短期間で回れる小豆島の「島四国」もある。すべて1歩から始まる。観光気分も、物見遊山の気分で参加しても、次第に真剣さを増す人も少なくない。

比較的平たんな道もあれば、鉄鎖を頼りに登る崖もある。季節によって、沿道の風景も変化する。1度だけで終わる出会いもある。歩くうちに、健康なペースを取り戻す人も。新しい発見と苦しさと。遍路行が人生と二重映しになる。

寒風の中、お接待に出された小さな焼き芋や素うどんでも、その温かさが身にしみる。また、炎天下、夏ミカンの接待。ミカンは本来、こんな味だったのか、と思い知らされる。歩く行程で、日常生活に埋没していた欠点、間違いなどを突きつけられるのも遍路ならでは、かもしれない。

1番から88番までを巡る旅は88で終わらない。この敦賀からも何度も訪れる方も多い。自転車で回るお遍路さんもある。形式は様々だ。1回ごとに中身も変化する。時期も四季折々。遍路を「再生」に意味があると説く方もある。冬の恵みは北陸は食に、四国はお遍路に違った形で表れる。
【2011/01/24】 | ページトップ↑
平和利用の厳しさ
Date:2011-01-23(Sun)

一昨日、関西電力の高浜原子力発電所3号機は、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを原子力発電所で燃やすプルサーマルによる営業運転を始めた。

電力会社にとっては、営業運転は一つの節目。発電をしながら、機器に異常がないか確認する試験的な運転、調整運転を続け、国の原子力安全・保安院による核燃料の検査が終わり、検査に合格したことを示す書類が手渡される。原子力発電所は何事につけての地味だが、安全第一に試験の繰り返しで積み重ねながら営業運転を迎える。

プルサーマルは、県議会でも何度も議論を繰り返し、途中、英国での燃料製造の不正問題があり、頓挫する期間が長かった。それほど慎重なのが原子力発電所の鉄則でもある。プルサーマルによる営業運転は、東海・北陸地方や初めてだ。陰に隠れてとは、言わないが監視業務で、国際原子力機関の査察官が何度となく、原子力発電所を訪れる。核物質の監視のためだ。

同じ英国とは言わないが、無知と想像力の欠如くらい人を傷つけるものはないだろう。英BBCテレビのクイズ番組が、広島と長崎で二重に被爆し、昨年93歳で亡くなった山口彊さんを「世界一運が悪い男」などと笑いの種にしていた。と報じられた。

新聞報道によると、スタジオにはきのこ雲や山口さんの顔写真が掲げられ、司会者やゲストのジョークに笑い声が上がったという。在英邦人からの抗議に対し、番組プロデューサーは謝罪したようだが、何とも腹立たしい話だ。

造船所の技師だった山口さんは出張先の広島で被爆し、大やけどを負った。高熱でうなされながら列車で長崎に戻り、会社で広島の惨状を報告している最中に再び被爆した。

山口さんのような二重被爆者は少なくとも160人はいたとみられる。結婚したばかりの夫を広島で失い、長崎の実家に戻って父と姉を失った女性もいたとも。

英BBCの番組は山口さんに限らず、そうしたすべての被爆者を侮辱したことになる。核保有国・英国のおごりと言われても仕方がないだろう。

私は、1995年頃か、英国の北部、原子力施設の多くがあったセラフィールドを訪れたことがある。核兵器を造る軍需工場と原子力発電所、再処理工場を混在する地域だった。「自主、民主、公開」と平和利用と基本とする日本とは全く違った光景だった。原子力に関する核兵器保有国と持たない国の違いをまのあたりにした。最近ではセラフィールドにある原子力施設の大半は老朽化のため閉鎖されていると聞く。

青森の六ケ所村には国際原子力機関の査察官が常駐するくらい厳しく監視され、各地の原子力発電所も核物質に関して厳しい監視のもとに運転している。

ニューヨークの国連本部などで核廃絶を涙ながらに訴えた山口さん。その姿を追ったドキュメンタリー映画「二重被爆~語り部・山口彊の遺言」が、今夏から全国公開される。英BBCも放映すべきだ。
【2011/01/23】 | ページトップ↑
電力消費量更新と消費税
Date:2011-01-22(Sat)

大寒の20日、北陸3県などの1日の電力消費量が過去最多の記録をまたまた更新した。北陸電力が福井県内に供給した20日の1日の電力消費量は、2942万kwhで、この冬最も多くなった。

電力業界には、電力なりに常識がある。北海道電力なら冬場の記録更新は理解できるが、北陸三県での更新。それほど、この冬の寒さとエヤコンの普及が顕著だということだ。分析を待たなければならないが暖房需要は電力4割を超え、それになにかプラス要因があるかもしれない、直近では景気の回復もあるかもしれないが、社会現象では核家族化による世帯数の増加は、社会そのものの福祉などのきしみにも通じる。社会構造の変化でもある。

ところで、参議院選挙前と同様、消費増税をめぐる論議が熱を帯びてきそうな気配だ。今回は増税派と慎重派が真っ二つとなりそうで、これまでになく論議の行方が注目される。

動きを加速させたのが、菅直人首相の再改造内閣への与謝野馨元財務相の入閣であることは論を待たない。さんざん民主党を批判してきた人の与謝野大臣の動きが見ものだ。

与謝野氏が元原電社員ということもある、先輩の話や原電へのメッセージなど長年、注目してきた人物でもある。たいへん失礼だが、与謝野氏は、政治家というより行政マン、つまり官僚的なタイプの人のような真面目な方だ。そもそも政党などは視野になかったのかもしれない。

そんな与謝野氏だから国民のための仕事をしてくれるかもしれないと期待したいところだが、現在のような経済情勢で、消費増税にどんな展望を描けばいいのか。真剣な議論が望まれる。与謝野氏への期待もマスコミから見られるようになった。

マスコミの論調は最近変わってきた。批判も多いが、もうそろそろ誰かがやらねば、そんな感覚が漂ってきた。私も消費税については、国民の前に各党がまず全体構想を明示すること。そして国民に信を問う、まさに、国民に選択させるべきだろう。

衆院選へと政局がじわりと動きだす春を迎えることになりそうだ週明けの24日から通常国会が始まる。消費税を含む税制と社会保障制度の一体改革や法人税率引き下げの是非など日本の将来を左右する重要テーマが議論される。

与野党の激しい対立は必至の情勢だが、くれぐれも先の臨時国会の再現だけはごめん被りたい。鹿児島県阿久根市の騒動もその例だが、地方の疲弊は待ったなしの状況だ。社会保障の年金、介護、医療も地方だけではどうにもならない状態に至っている。敦賀市も医師不足、国保の一般会計からの恒常的な4,5億円の繰り入れなど市民生活に影響を与えている。

中国の漁船衝突事件などで民主党の迷走が目立ったが、失言や言葉尻を捉えて閣僚をこきおろし、互いに感情的になってやり合う場面が目についた。本来、国会は「言論の場」であるはずだが、「口論の場」と化した感は否めない。さらに、かつて「良識の府」と呼ばれた参院は「復讐の府」になったといわれる。地方の敦賀市議会でも最近は、ヤジも随分と少なくなった。静かだが、議論なかで活発さが出てきたと私は思う。

民主党もいつ立場が逆転するか分からない。「天に唾する」という例えもある。自制心のない口論や復讐のような対応が続けば、政治の成熟化はいつまでも望めまい。消費税の議論も棚上げにしないでほしい。

20年前60兆を超えていた国の税収は40兆円に下がり、経済大国第二位の地位を中国に譲ったGDPのグラフを見ると日本のこの20年間の停滞が目につく。そのきしみが弱い立場の医療、年金、介護に影響している。それも地方がだ。敦賀市も財政が豊かだといえども、弱い立場に真っ先に表れている。ほんとになんとかせんせにゃあかん。それほどがけっけぷちだ。

北陸電力の1日の消費電力更新は、電力会社としてはよろこばしいことかもしれないが、地球温暖化、社会現象,
社会構造の変化など裏読みすると、それほど喜ばしいとは現象でもない。
【2011/01/22】 | ページトップ↑
「冬来たりなば春遠からじ」と思いたいが、・・・
Date:2011-01-21(Fri)

大寒は、一年で最も寒い時期。今冬は格別だ。「冬来たりなば春遠からじ」と思いたいが、・・・改革が出来ない日本、下り坂が当たり前の社会。その影響を真っ先に受けるのが弱者だ。質素・節約ならまだいいが「削減」「削減」が美徳にも限界がある。

12月議会でも、市長はじめ市役所職員、議員のボーナスの削減が上程された。当然と言えば当然のように、賛成多数で可決、最大の理由は民間水準の低下、削減、格差是正と、まさにここ10年、マイナススパイラルの連続だ。まだ、正規職員ならなんとか、「沈黙」という手段で我慢もする。が、臨時職員である非正規職員も、ほぼ同じ比率で削減される。比率は同じでも額が低いから「沈黙」から昨日は「悲鳴」となった。

私が議員をはじめて12年。派遣などの「非正規」労働者が増え始めたころである。いまや「非正規」は労働者の3人に1人を占め、正社員は減る一方だ。敦賀市役所もほぼ一致する構図だ。春闘の主役になる労働組合の組織率も20%を切っている。

一昨日、日本経団連と連合のトップ会談で「春闘」が始まった。1955年から続く「春闘」は春の季語でもある。日本独特の慣行でもある。

1989年から10年近く、電力労連、電力総連の専従として、東京で働いた。連合が結成され、バブルが崩壊したとはいえ、日本にまだ勢いがあったときだ。50年代初め組織率50%近いピークから長期低落傾向にあった組織率は25%を切る頃と記憶する。

当時、連合では、非正規と言う言葉より「未組織」労働者をどう労組に入れるか、対策案が数多く出されていた。北欧の組織率が9割を超える国の仕組みを入れようとか、大胆な発想もあった。雇用保険や失業保険を連合が窓口になろうというのだ。

世相もあったが、対策案の大半が先送りされ、20%を切った。組織率と賃金水準は密接に関係する。企業のトータル賃金を減らすには、労組に入らない非正規労働者を多く採用することだ。敦賀市役所も同じ論法で削減してきた。非正規労働者の賃金は、あがることより、真っ先に落とされ、リーマンショックの際は解雇となった。賃金水準の停滞は、消費にもつながる。まさにデフレスパイラル、悪循環のサイクルでもある。

経団連は「春闘」の呼称を改め、「春の労使パートナーシップ対話」にしようと提案している。9年前には「春闘」を「春討」にしようと呼び掛けたこともある。春の「闘争」は、「討論」から今度は「対話」。事実上、対話でものごとが決まるが、すべて「対話」と言う言葉で基本的な事項が先送りされているように思えてしかたがない。

話は変わるが、この厳冬の中、名古屋市は4月の統一選挙よりもはやく、異様な熱気に包まれていく。市議会解散の賛否を問う住民投票に続いて、任期満了に伴う愛知県知事選が昨日、河村たかし市長の辞職による出直し市長選が23日に告示され、三つが重なり、いずれも2月6日に投開票される。

市民にとっては、思いもよらない「トリプル投票」だ。市民税10%減税の恒久化や市議報酬を年800万円に半減する政策を議会に阻まれた、と市長は市議会解散請求(リコール)を主導し、支援団体が住民投票に持ち込んだ。流れ的にはデフレスパイラルだ。河村市長から名古屋の振興策など聞いたことがない。鹿児島県阿久根市の騒動と同じだ。

地方経済は疲弊し、まさにデフレスパイラルの真っただ中にいる。敦賀市は、原子力発電所誘致以来、なんとか全国でまれな財政水準と言いながらも、市役所職員の給与は、県内9市のなかでも下から数えたほうが速い。昨夜、最後に、「市長、議員は報酬に見合った働きをしているのか」「議員定数は、このままでいいのか」、説明責任を果たそうと努力はしたが、最後は、こんな話になる。難しい時代だ。
【2011/01/21】 | ページトップ↑
地球温暖化の対応、議会改革、子宮けいがん接種助成など、スピードが求められる時代だ。
Date:2011-01-20(Thr)

今日は大寒。寒ければ春のぬくもりを待ちわび、暑ければ秋の涼しさを求める暮らし方が続いている。しかし、昨夏は歴史的酷暑だったと気象庁が言っていた。冬将軍の猛威にも、地球規模の天変地異による影響を考えずにはいられない時代が到来している。

昨日、議会の議会運営委員会は、午後1時半から6時半まで、「議会基本条例」素案の議論が延々と続いた。なんとか、素案が「案」程度にまとまった。私の経験では、休憩なしでここまで議論を続けた記憶がない。各地方自治体の議会のあり方が市民から問われていることは確かだ。夕張市の破綻をきっかけに議会のチャック機能など真剣に行わなければならない時代の到来でもある。

議会基本条例(案)を議会運営委員会で、26日再度、議論、28日には全員協議会、2月9日にはプラザ萬象で午後7時から市民説明会と進む。また、WEB上でパブリックコメントも行う。残り3カ月の任期内になんとか条例化しようとの意気込みでもある。これまでにない速度と喧々諤々な議論展開でことが運んでいる。

ところで、子宮頸(けい)がんワクチンの接種費用への公費助成に昨年、ようやく国が重い腰を上げ、県内市町で公費助成による接種が動き出した。敦賀市も公費助成による接種開始が1月24日から始まる。

これまで世界の主要国の中で日本のみが公費助成をしていないだけに、その遅れを取り戻す接種が始まる。ワクチンは十分な免疫力を得るには三回接種が必要で、個人負担だと合計約五万円ほどかかる。

国の対応の遅れを尻目に、単独で負担・補助する自治体が急速に増え、県内全市町で実施の方向となった。子宮頸がんが注目されているのは、現代医学で予防ができるようになった唯一のがんだからだ。わが国では毎年1万5千人が発症し、3千5百人が亡くなっている。20~30代女性のがんで最も多い。ワクチン接種に定期検診を組み合わせれば、高い割合で予防できることが欧米で確認されている。

4月以降は県内の中1~高1の女子生徒全員が公費助成を受けられることになりそうだ。敦賀市でも例外ではない。接種はインフルエンザワクチンと同様、希望者が市内の医療機関に出向いて受ける。国の事業では3回で5万円程度の接種費用のうち、9割を公費、残り1割は対象者が負担することになっているが、敦賀市も独自に助成を積み増して、無料で受けられる。

ただ、越前市は自己負担を1割(4770円)求めるものの、対象は中1~高3(4月以降は19歳まで拡大)と広く設定している。この件は、新聞報道以降、中学、高校生も持つ方から「なぜ、高2ではだめ?」との疑問の声もあげられた。自治体間の格差と「なぜ越前市と違うのか」と素朴な疑問だろう。税金による費用対効果の中心は中1だろうが、遅れての国の施策、「高1はその遅れた対策のひとつ」との回答があった。国の補助の高1までとの指定もあり、どこかで線引きも必要だが、遅れた政策とすれば、また、越前市の例もあり、「なぜ高3まで、できないのか」の指摘に、回答できないでいる。

また、 新聞報道にあるように、性交渉が原因となる感染症は淋病やHIVなどほかにもある。保護者や学校は対応した性教育が必要になる。保健体育の授業で性感染症を扱うのは中学3年生。今回の接種を機会に、中1、2年に対しては授業とは別の指導時間を確保することも必要になることも確かだ。

地球温暖化の対応、議会改革、子宮けいがんの接種助成など、なにごともスピードが求められる時代だ。それに昨日の議会運営委員会でも議論になったが、実施にあたっては、必ずといっていいほど、「説明責任」が求められる時代でもある。議員もけっして例外ではない。
【2011/01/20】 | ページトップ↑
毎年がり続ける賃金と雇用
Date:2011-01-19(Wed)

昨日は、労働団体の「ゆうあい倶楽部」の挨拶まわりと新年会。敦賀で「同盟」、「友愛会」から「ゆうあい倶楽部」と、元の民社系組織の労働組合組織で、「連合」が出来て、この二十数年、組織を縮小しながら存続してきた組織だ。敦賀市の最大の政策課題が、原子力政策。三十年前は賛成、反対で、労働運動もゆれた当時から、二宮、山根元県議と輩出してきた組織でもある。連合が出来、その対立の歴史も様相もずいぶんと変わった。

組織人員の減少傾向は二十数年、右肩下がりだ。労働人口の減少もさることながら、パートや派遣などの非正規社員の増加はここ十年、市内でも極端に増えた。敦賀市役所も千人近い雇用を有しながらも、その三分の一が臨時職員だ。当然、平均賃金の下落も著しい。

全国大でも、デフレ不況を克服する展望が立たない中で、今年の春闘が事実上、本日から始まる。この十年だけを見ても市内の平均賃金は減り続け、2008年のリーマン・ショック以降だけをみても、賃金の目減りは極端だ。敦賀市内だけをみても、賃金や雇用が停滞したままでは消費は盛り上がらず、商工会議所を中心とする企業活動も振るわない。敦賀3,4号への本格着工の期待の大きさも理解できる。

高度成長期、企業経営者は従業員、株主、内部留保にそれぞれ配慮して利益の配分をおこない、消費の活性化を実現した。ただ、膨れ上がった経済、バブル崩壊後、その様相は一変した。

すべて削減が美徳とされ、その象徴でもあるかのように、敦賀市役所の職員給与も、鯖江市、越前市、年齢層によっては小浜市より低い。そんなはずがないと言われるが、それが現実だ。何事も、バランスを取り戻すことも問われているのではあるまいか。どう折り合いをつけるかは大切だが、明日の社会を担う若者たちの働きに応える知恵もほしい。
 
90年代以降、人件費を節約する企業や株主への配当の多い企業が「いい企業」と評価され、敦賀市役所も例外ではない。正職員と臨時職員の格差は、責任や仕事の内容は違うと言いながらも、臨時職員と言うだけで、大幅に賃金が低いという現実に、働き手の士気は減退することは明らかだ。それが市内の非正規社員やパートにも反映されている。

敦賀市市内でも子育て世代の若者に非正規社員や臨時職員が多いのが気になるところだ。将来への希望を失い、消費の抑制に回る悪循環が続いている。

ただ、暗い話題だけではない。この春卒業の高校生の去年11月末時点での就職内定率は、福井県は87.9%と、全国で最も高い。敦賀市のデータは持ち合わせていないが、ほぼ同様ではないか。全国平均、内定率は70.6%を考えれば、その差は素直に評価したい。男女別でも、男子が89.8%、女子が85.3%と高い。嶺北の製造業、嶺南の原子力発電所が高い要因の一つだろう。敦賀市も有効求人倍率の高さを見れば一目瞭然でもある。

一方、敦賀市を出て、大学を卒業する予定の学生の多くは、敦賀市に帰ってこない。その意味での敦賀短大の就職率も高く、卒業生は少なくても、市内企業への就職など、敦賀市内への消費などの経済効果も含め、目に見えない税金投入以上の効果はあることは確かだ。長期的な高等教育機関の重要性はここにもある。

ところで、鹿児島県の阿久根市長選で、竹原信一前市長が敗れた。議会制民主主義を軽視し、住民至上主義を旗印に市職員組合や市議会を批判し、選挙では根強い支持票を集めたからだ。

先日も書いたが、阿久根市が閉塞感に苦しんでいることは再三指摘されてきた。市民が公務員や市議会議員の収入に批判的な目を向けた。竹原前市長はそれをあおり、地道な地域振興策を示すことができなかった。ある種のポピュリズムが支えたのではないか。地域振興政策の重要がここにもあると言いたい。

敦賀市と阿久根市の格差も大きい。平均賃金もさることながら雇用状況も明らかに違う。阿久根市に失礼だが、地域振興をなんで支えるか基本政策の違いだ。敦賀市は、基本政策で、長期的な安定を製造業や原子力政策で、市民の生活や雇用を担い、その結果が、全国でも有数の有効求人倍率を保っている。

長々と書いたが、基本政策の重要性による雇用も大事だが、市民生活を支えるには消費も大事だ。バランスよく循環し還元のサイクルには、市民の賃金も大事だ。市役所も民間企業も、将来を見た息の長い政策と、好循環を即す対応も市役所から率先して行うことも大事とも考える。
【2011/01/19】 | ページトップ↑
防災とボランティアの日
Date:2011-01-18(Tue)

大参事の記憶ほど鮮明なものはない。平成16年7月の福井豪雨災害の災害復旧は、暑さと共に体が覚えている。この頃からか「熱中症」との言葉もあり、1時間作業をして15分休憩、水分補給。掛け声できっちりと守った。敦賀市も市役所から休暇をとったボランティアがバスで現地へ。

豪雨がえぐった堤防、土砂に埋まった家々。災害の惨状とぎらつく太陽は体が覚えている。16年前の阪神・淡路大地震もまさにそうだ。体に染みついている。暑さと違った寒さだった。寒さと倒壊した家屋、大きく傾いたビルの記憶が重なる。三ノ宮の惨状さることながら、長田区の惨状は言葉を失った。

災害6日目に長田区に入ったが、地震による火災現場だ。火の手が被災者を襲った。焼跡の惨状はなんと表現したらよいのだろう。地震と火災はつきものと肌で感じた瞬間だった。

そこに動きまわる若者に目がとまった。災害6日目、安否確認を神戸市の職員がボランティアと共に、一軒一軒回る姿を覚えている。台帳を市の職員が持ち、焼跡の表札をさがすのは難しい。確認、聞き取りなど20代の若者が行っていた。地味だが、大切な作業だ。

災害から4月まで、合計で約1か月、神戸の東灘区でボランティアとして働いた。どことなく現れる二十代の若者、それも黙々と力仕事を行い、動きも中高年とは違う。

また、東灘区の若い職員には頭が下がった。朝、早くから夜遅くまで、自宅が倒壊し家族が被災しているにも関わらず、ボランティアの窓口として調整にあたった。何度も「これが私の仕事ですから」言葉を聞いた。ロイヤリティというか、仕事に対する忠誠心と言うものではなく「使命感」さえ、感じた。

国は1月17日を「防災とボランティアの日」と定めている。9月1日の「防災の日」と別に設けたのは、大学生など大勢のボランティアが現地で支援活動をしたのと無縁ではない。

大掛かりな災害支援の奉仕活動は初めてだった。災害対策は公的機関による「公助」と、みんなで支え合う「共助」、自分たちで地域を守る「自助」が重要だとされる。一つ欠けても具合が悪い。

敦賀市の地域防災計画も、阪神・淡路の大地震が反映されている。毎年の防災訓練も最近は災害ボランティアセンターが、社会福祉協議会中心に立ちあがっている。それを運営するのも若い社協の職員だ。

敦賀市では、新年会などで、近所の人が気さくに声を掛け合う。大都市にありがちな隣人の顔を知らないということもない。震災の後、地域の絆を大切にする機運が一気に高まった。

被災地が震災の悲しみを乗り越えて、復興の柱の一つに据えたのは地域コミュニティーの再生だったに違いない。人間は人と人のつながりの中で生きている。現代人がつい忘れがちなことを、震災が気付かせた。神戸で強く感じたのは、被災時の弱者は、大半が高齢者であり、復興の原動力は若者だと。人間関係が薄れる傾向は大都市に限らず、地方都市にも山村漁村にも及んでいる。敦賀市も例外でない。それも高齢者が年々増え続けている。

昨日は、阪神大震災の惨事を振り返るとともに、もっと住みよい社会を築くために地域の絆の大切さを再認識する日でもある。書けば書くほど、浮かび上がる記憶は、暑さと寒さと重なって蘇る。それほど鮮明だ。
【2011/01/18】 | ページトップ↑
「夷子大黒綱引」の笑み、大地震後の温もり、阿久根市の疲弊・・・・。
Date:2011-01-17(Mon)

豊漁と豊作を占う伝統行事、「夷子大黒綱引」が昨日、寒い雪の中で行われた。夷と大黒の笑顔がいい。ほのぼのとした行事、賑わいは、あったかみがあり、寒さを忘れさせてくれる。

今日で16年目の真冬。阪神淡路の大地震での停電。暖房はなし。私は、16年前の21日、三ノ宮の公園のテントで夜を過ごした。寒かった。風呂にも漬かれない。避難先の校舎や公園のテントは底冷えし、すきま風が吹き込んでくる。マフラをぐるぐる巻きにして眠りにつく。寒さですぐに目が覚める。何日も続けばストレスも疲れも倍加する。

まずは、「ぬくもり」だ。生活の知恵は随所に働く。被災者が目を付けたのはペットボトルの山。熱に強いものなら湯たんぽになる。タオルに包み寝袋の中に入れる。その温かみは朝まで持つ。夜、ほおずりするお年寄りの姿を思い出す。避難所で越冬を余儀なくされた新潟県中越地震の被災地でも重宝したと聞く。

この冬一番の寒波が列島を震え上がらせている。こんなとき、頼りになるのが湯たんぽだ。コードがなく、おなかや足元など思う所に動かせる。省エネのグッズの最右翼。売れ行きはここ数年うなぎ上りという。

神戸では、当時、早朝、寝袋から一晩なじんだペットボトルを取り出そうとするが、これが妙に温かい。40度はないが、体温とほぼ同じ程度の余熱が残るペットボトルが離せない。ぬくもりが残るお湯は、顔を洗える、ほどよいエコなお湯に変身。外の寒さが厳しいので、一層、温かく感じるから不思議だ。ひげそりにもぴったりの湯温だ。

16年前、1月末から4月までボランティアで何度か、神戸の東灘区を訪れた。ペットボトルの湯たんぽの暖かみもさることながら、相手の名前さえわからない人間が寄り添って暖をとる。ワンカップ、ホットウイスキーで、寒い屋外でも話が弾んだ。阪神・淡路の大地震が教えてくれた温もりの光景だ。

ところで、昨日の鹿児島県阿久根市の出直し市長選で、独断専行と批判された竹原信一前市長が落選した。阿久根市民の良識が実ったと評価したい。しかし、票差は8千と7千で千票もない。今回も3選を目指す竹原氏を熱心に支持する住民も多かった。阿久根市民を批判する以前にこの国の置かれた現状を私は憂う。

阿久根市の現状が、竹原前市長に票を投じたと受け止めてもいいのではないか。鹿児島県の中でも地方都市の疲弊を象徴するかのように、特急の止まらなくなった駅前の商店街は下りたシャッタ街。市の経済を支えた水産業や観光も衰退した。

「市民の平均年収は200万円。その3倍以上ももらっている市職員や議員は自分のことしか考えていない」といった竹原氏の訴えは、方法はどうであれ、出口の見えない生活苦にあえぐ市民には改革への強い意思と映ったのではないか。寒さが一層身にしみる地方都市の疲弊が竹原前市長にいまでも夢を託そうとする市民の投じた7千票ではないか。

敦賀市は、阿久根市と比較しても、雇用状況、平均年収どれも上回る。地方の格差も大きくなってきた。昨日でもないが、「夷子大黒綱引」行事など、人々のぬくもりを大事にしたい。いま、どこであれ、地方はその人間関係と温もりを失いつつあるからだ。
【2011/01/17】 | ページトップ↑
特別交付金と職人芸
Date:2011-01-16(Sun)

昨日は、どんど焼き。小正月も終わり、正味の正月もあけた。それにしても寒い。最大の寒波が来るとか。昨日は、朝、福井市へ、河瀬市長、総務部長、財政課長と共に、特別交付税の陳情に民主党の地域戦略局へ。政権与党になって、この種の仕事が増えた。これもうれしい悲鳴だが、やるべきことはやらねば、そんな役割が地方議員にもある。

ところで、特別交付金とは、わかりにくい制度だ。地方自治体に交付される交付税総額の6%が特別交付税として交付される。「普通交付税」で措置されない個別、緊急の財政需要(地震、台風等自然災害による被害など)に対する財源不足額に見合いの額として算定され交付される。敦賀市で言えば、除雪対策などの自然災害、かつてはロシアタンカー流出事故がこの対象だ。

ただ、算定の根拠が定かでなく、政治的な配慮が働くことが現実だ。実際、大野市が県下第2位を続けている。除雪費などわからないでもないが、かつての衆議院議長を務めた福田一氏の影がちらつき、それ以降、県下第2位の位置づけも理解に苦しむ。それほど、政治的な配慮が優先される。

一方、敦賀市は、普通交付税の不交付団体になる昭和63年度以前は、福井市、大野市に続いて県下3位の位置づけだった。ところが、不交付団体になるや県下最低が続き、昨年度まで県下9市の中で、昨年度実績でも最低の約3億3千万円にとどまった。(昨年実績で福井市は約17億6千万円、大野市は13億2千万円、人口が同規模の鯖江市でも8億6千万円)、唯一、ロシアタンカー重油流出事故で被害が県下随一だった平成8年に8億円を超えたのみだ。

敦賀市も、今年度は個人市民税の減収等により23年ぶりの普通交付税の交付団体となり、民間廃棄物処分対策費用、除雪費、市立敦賀病院、駅前整備などを理由に特別交付税の平成22年度要望額10億円の要望を地域戦略局に行った。はたしてどうなるか、政治的な配慮が優先されるだけに注目もしたい。

災害などの場合の追加的財政需要については必要であるにしても、特別交付税確保に向けた陳情行政も財政統制の一環を構成していることも現実で、自民党政権時代、延々と続いた陳情行政の表れでもあるが、民主党政権でも同じようなことが繰り返されている現実がある。

さらに年度末に多額ではないとはいえ、不確定な収入を見込んだ財政運営を許すことにもなり、しかもそのためには相当量の特別交付税要望資料を作成することが必要とされるなど弊害も無視できない。そのため少なくもルールとして確定できるものは、普通交付税に移すなどして、特別交付税の枠を縮小すべきだという議論も根強い。 まだまだ、課題が多いのが現実のようだ。

ところで、話を変えるが、時間があれば、各地のビール工場、ワイン工場、ウイスキーの工場の見学をお勧めしたい。アルコールを試飲できる特典もあるが、何よりも最新の工場でもそこに職人芸というのが存在するからだ。山梨県の白州町にサントリーの「白州」を生みだす工場がある。一昨年、この白州のウイスキー蒸留所を見学したことがある。一般の見学者も許され、白州を水割りでもロックでも無料で頂けるおまけつきだ。なかでも感心したのは、熟成力が衰えた原酒の貯蔵樽を再生させる「リチャー」という技術だ。英国などの欧州にはけっして引けを取らない職人技だ。

横倒しにした樽の内側で、青い火がチロチロ燃えている。しばらくして火はオレンジに変わりパチパチ燃えさかる。炎上するかと思う瞬間、職人がひしゃくの水を一振り。一瞬で炎は止まる。オーク材の樽は内側を焼くことでよみがえり、再び原酒を抱いて眠りにつく。樽の焼き加減でウイスキーは色も香りも変わる。まさに職人芸だ。

「魔法の水」をいつ振るうか。職人は経験と自らの目で判断するのだと語っていた。それも長年の経験と勘だ。
一昨日、菅政権が再び動き出したが、マスコミ各紙の批判は多い。菅首相も日本の危機をかなり強調した党大会だった。批判の連続ではこの国は、まだまだ落ち込んでいくような気がしてならない。とはいっても「魔法の水」もそれほどないだろう。危機なれば危機なりの対応と、再生には職人芸も必要だが、どうなるのか、これもお手並み拝見だ。批判も大事だが、批判だけでは何も生み出されない。この国の再生は、そんな時期とも思う。
【2011/01/16】 | ページトップ↑
阪神淡路の大地震の記憶と固定電話
Date:2011-01-15(Sat)

この時期、思い出すのは、阪神淡路の大地震。16年前、1995年1月17日5時45分。当時、私は東京で勤務していた。早朝7時のNHKニュースで知った。21日の土曜日の朝、神戸に住むいとこや友人の安否確認もあり、阪神の甲子園口にたった。大阪梅田から駅の乗客の姿が一変した。リックを背負った客が西に向う。梅田から車窓にはブルーシートを掛けた家が何軒も見え地震を実感した。

神戸の長田区の「いとこ」とは、当時、携帯電話は通じなかったが、17日、昼には固定電話が通じだ。「何がいるか」と電話で問うと「水と多少のお金」とのこと。当時、電気、水のライフラインが途切れていたためだ。前日、京都でペットボトル10本を買いリックに詰め寝袋をもって、「甲子園口」まで行ったものの、長田区まで行くか、これが問題だった。

とりあえず、甲子園口の友人を見舞い、倒壊した家の惨状を目のあたりにし、娘さんの救出に3時間を要したとか。運よく、2段ベットの中で急死に一命を得た。ただ、3時間の閉じ込めの恐怖は、その後も残ったとか。家は確か昭和11年の建造だったと覚えている。目の当たりにしたのは新築の家、古い家の耐震が歴然としていた。ブロック塀は崩れ、電柱は道路の変形で斜めになり、電線も垂れ下がり、墓石は大半が倒れていた。異様な風景が広がっていた。

21日、昼から自転車を借りて、長田区へ向かった。芦屋から東灘区と西に向うほど、その惨状は言葉をなくした。高速道路の倒壊は信じられない風景だった。私が青春時代、4年半を過ごした大学と寮は、東灘区にあり、幸い建物は健在で避難所になっていた。家を失った家族が何組も身を寄せていた。寮生はボランティアでカレーをつくり、毛布の手配など、ぐうたらに過ごした当時の私とはまったく違った若者の姿を目のあたりにした。こうも変わるものかと不思議な感動を覚えている。

自転車は、道路が寸断するなかで、便利な乗り物だった。乗ったり降りたりでなんとか西に向った。何時間かかったか、三ノ宮についたのは夜10時。寒いというより、ゴーストタウンそのものだった。各所で立ち入り禁止の立て札があり、電気もなく、「これが、あの三ノ宮か」と、ボー然と立ちつくしてしまった。いまでもあの暗闇とビルの倒壊の風景は、いまもはっきりとまぶたに残っている。

その中で、小さな公園で、テント暮らしの住民が、寄り添って、ろうそくを灯し、まきで暖をとる風景は、なんとも言えない心温まる風景だった。自転車で横を走ると、声をかけてくれた。「こんなに遅く、どこへ行くんや」と声をかけてくれ、テントの寝床まで提供してくれた。被災者が「なぜ、ここまで優しくなれるのか」、不思議な感動だった。共同トイレも女性用と男性用に分かれ、工夫をしていた。この時の体験は、書けばきりがないほど、鮮明に覚えている。この続きは、また、後にしたい。

今日は、災害時、携帯ラジオの大事さは考えなくても理解できるが、固定電話と携帯電話の大事さだ。さらに、インターネットを利用した「IP電話」が増え続けている。昨年9月末時点での契約数は、全国で約2400万件。これに対して旧来の固定の加入電話は減り続けており、すべての固定電話をIP電話に切り替えようとの動きもある。敦賀市でも若い新婚やマンションに移転したお年寄りでも固定電話をもたない方が増えている。

IP電話が支持される理由としては、料金の安さが考えられる。遠距離通話は旧来の加入電話よりずっと安く、条件によっては通話料が無料にもなる。今までびくびくしながら長電話をしていた人たちには、こんないい話はない。すばらしい技術の進歩だ。ただ、欠点はある。特殊な機器を付けなければ、停電時に使えなくなる。通常の停電なら、電力会社がただちに復旧させるだろうが、阪神淡路の地震では、早くて1週間だった。確か、21日段階では、三ノ宮の中心部にも電気は通じていなかった。

携帯電話があれば大丈夫、と考えるかもしれないが、バッテリが問題だ。非常時にはこれほど便利なものはない。ただ、連絡をとればとるほど、すぐにバッテリーはなくなる。また、携帯電話の基地局も被害を受け、不通になってしまう。固定電話は、停電になっても電話線が生きていれば通話できるからだ。事実、あの被害の大きかった長田区でも、固定電話が通じた。

実体験である。公衆電話もあの神戸でも生きていた。但し、並ぶこと30分。ライフラインとしては、携帯電話も大事だが、携帯の便利さもわかるが、今どきのIP電話より旧来の固定電話の方がはるかに頼もしいとも思う。IP電話の勢いは止まらないだろうが、非常時には、ハイテクが身を守ってくれるとは限らない。今、敦賀市では、防災情報の連絡手段として、防災情報受信機(防災ラジオ)、TONBOメール、屋外スピーカーときめ細かい。

しかし、個人レベルでは、やはり携帯が主力。それも電気と基地局の倒壊で役に立たない。私は神戸の経験から固定電話も捨てたものではないと思っている。
【2011/01/15】 | ページトップ↑
電力消費量と景気動向
Date:2011-01-14(Fri)

本当に寒い。昨夜も2時間ほど連続的に歩くと鼻水が出てくる。北陸地方に電力を供給している北陸電力の1日の電力消費量が、厳しい寒さとなった一昨日、12日、過去最多となった。12日の電力消費量は、1億1274万4000キロワットアワー。福井県内での電力消費量は、2888万3000キロワットアワー。これもこの冬、最多。

最近はストーブよりも操作が楽なエヤコンが普及してか、一日の電力消費量が最大になったのではないか。本来、夏場に一日のピークを迎えるはずが、この寒さとエヤコン普及で様相が変わった。もっと深読みすると、北陸の経済動向が低迷している表れではないかと私はみている。家庭のエヤコンの電力需要でピークが夏から冬にうつるはずもないからだ。ただ、これは私の勝手な見方だ。

電力需要は、景気や政治・社会の動向に左右され、最も敏感なのが天気。安定成長期に入った近年は、エヤコンの普及で着実に伸びている。それも家庭でのエヤコンの普及は世帯数の増加で、需要が確実に増えている。これも社会現象だ。

本来、冬場のピークは北海道電力の定番。津軽海峡に北海道と本州を電力でつなぐ海底ケーブルが敷設されている。敷設目的は、本州と北海道の年間の電力ピークが違い、互いに融通しあうことを目的とした。ところが、最近は、北海道の景気を反映してか、冬場でも南進こと、北海道からの本州への送電が定常化している。それだけ、バブル崩壊以降、北海道の景気が落ち込んでいるひとつの指標でもある。いずれにしても、電力需要は、景気の動向を表し、温度補正をすれば、的確にいち早く表す指標でもある。

前置きのはずが、本論になってしまった。昨日は、民主党の党大会後、菅直人首相は本日、経済財政担当相に与謝野馨元財務相、経済産業相に海江田万里経財相、国土交通相に大畠章宏経産相の起用を内定した。

与謝野氏は、元原電社員でもある。民主党内での不協和音も聞こえるが、私は、財政通でもあり、財政再建の道筋、それも年金問題などの社会保障の財政上の解決と期待もしたい。当然、自民党との関係も深く、大連立構想にもつながるかもしれないとみているがどうだろう。

大畠経済相は、元日立の原子力エンジニア、敦賀の原電にも何度か訪れ、大臣に失礼かもしれないが、私とは原子炉まわりの配管サポート関係の仕事をして以来の間柄でもある。経済相を離れるのは残念だが、福井県の実情を「もんじゅ」だけでなく、道路、交通事情に精通しているのは心強い。福井豪雨の際、真っ先に訪れ、県庁で西川知事からの陳情を、即座に携帯で国土交通省に連絡していたのを思い出す。また、3年半前には、参議院選挙で、1カ月ほど、応援で、福井県で采配を振るい、小浜から大野、敦賀と走り回った方でもある。国土交通相での活躍を期待したい。

電力需要に話を戻すが、戦後の復興期、高度成長期には産業の発展で電力需要が伸び、バブル崩壊前は事務所や家庭のエヤコン需要がさらに電力需要を押し上げた。バブル崩壊後も、核家族化での世帯数の増加がエヤコンの台数を増やし、さらに北陸ではストーブよりエヤコンと需要を伸ばした結果でもある。敦賀市も6万9千人・人口がここ10年ほど続いているが、世帯数は着実に増え、12月末現在、2万8千118世帯だ。おそらく、北陸電力の敦賀管内もピークを更新しているのではないか。

ちなみに福井県の原子力発電の発電量は、昨年も福島県を抜いて、全国一を記録した。それも嶺南地域での発電だ。景気が低迷する昨今、この地域の雇用、有効求人倍率は、全国有数でもある。原子力発電の果実をなんとか、他にも活かしたいものだ。
【2011/01/14】 | ページトップ↑
♪「あたたかい人の情けも胸を打つ熱い涙も知らないで育った僕は・・・・」。
Date:2011-01-13(Thr)

敦賀にもタイガーマスクこと、昨日、「伊達直人」が現れた。全国的な現象が福井県内、敦賀市と波及した。敦賀の児童養護施設「白梅学園」には、二ユースによると、段ボール箱3箱。中にはお絵かきセットが入ったバック。手紙に「世の中は捨てたものではないことを知ってほしい」との言葉。その通りだろう。

♪「あたたかい人の情けも胸を打つ熱い涙も知らないで育った僕は・・・・」。アニメのエンディングテーマ「みなし児のバラード」は、いまでも心に残っている。歌と共にテレビの映像が鮮やかによみがえる。どんな人が贈っているのだろうか。ニュースに共感が広がったのか「あしたのジョー」の矢吹丈や、「肝っ玉かあさん」など別の懐かしい名前での寄付もあったとか。

私の高校生時代、どちらかと言うと「あしたのジョー」をむさぼり読んだものだ。矢吹丈の境遇も似ていた。ボクシングを通して成長していく。少年鑑別所のジョーあてに、「あしたのために」のはがきで運命を変えた。

私も単純なのか、「竜馬がゆく」を読んで商船大学進学を決め、「あいたのジョー」の影響か、大学では日本拳法部に入部し神戸のボクシングジムに通った。ジョーの左ジャブを真似た。大学3年頃か、「燃えよドラゴン」の映画もあってか、拳法部への入部が一挙に増えたのを思い出す。マンガ、TV、映画はいつの時代も若者に影響を与える。

タイガーマスクも、孤児の施設で育った悪役覆面レスラーが、同じ境遇の子どもたちのために正統派レスラーに転向して悪の組織と戦う。強さと優しさを兼ね備えたヒーローだった。

高度成長期のタイガーマスク時代にも貧困は存在した。白梅学園には、労働団体「同盟」「友愛会」から「ゆうあい倶楽部」と名前は変わったが、メンバーと共に30年の年を越えて訪問活動を続けている。その時々で、園児の環境も変わる。 最近は幼児虐待問題も重なり、満杯状態が続いている。この施設の重要性がますます高まっている。

「無縁社会」などという悲しい言葉が実感となる中、「伊達直人」の投げ掛けた善意の波紋が、今の世も捨てたもんじゃないと思わせる。流行とひねくれた見方もあるが、敦賀にも表れたタイガーマスク、この時代だからこそ、素直にこの現象を温かく見守りたい。
【2011/01/13】 | ページトップ↑
行政主導で広がった「讃岐うどんブーム」・・。
Date:2011-01-12(Wed)

昨年末よりの寒さがピーク。夜2時間も歩くと芯から冷える。ただ、県内でも敦賀は積雪も少なく、穏やかな年明けから、はや1月も中旬。全国では初詣客が過去10年で最多、JR利用客が前年比増、年末年始商戦は盛況、心配された円高も一服して株価も上昇から始まった。経済的にはまずまずのスタートを切ったようだ。この調子でと願いたい。

敦賀市内でも、駅前に3軒目のホテルのオープンも近く、中央町にはヤマダ電機と県外資本が続々と進出。早速、採用のホームページも立ちあがっている。現実に、敦賀のハローワークの有効求人倍率も県下トップクラス、福井県が全国トップだから、雇用状況は全国有数でもあることは確かだ。民間の足取りは速い。背景にあるのは、敦賀3,4号の建設があるとみている。

ところで、讃岐うどん店も2店がほぼ同時期に登場した。「どちらが美味しいのですか」と、讃岐こと、香川県出身である私はよく聞かれるが、「どちらも美味しいですよ」と答えることにしている。両店とも香川県の会社ではない。実際、両店の会社店舗うち、一店が高松市に存在するだけだ。それも地元に同じ名前があったので、名前を変えての出店だ。

私に言わせれば、讃岐うどんのブームに乗って登場した会社であることは確かだ。だからといって批判するつもりもない。きちんとした理念とマニアルに従って運営されており「美味しい」とそれだけだ。私には喜ばしい存在だ。目くじらをたてて、讃岐うどん談義もすることでもない。

それほど、讃岐うどんは、香川県では日常化し、最近では家庭でつくることが少なくなったためか、うどん屋が、香川県ではコンビニより多い約900店舗もあるとか。それも朝5時オープンもある、ある調査によると讃岐人の一年に食べるうどんの玉は、230玉。私も、ほぼ同じように食べている。それを全国ブランド化しただけだ。

香川の名店と言われ行列ができる店の多くは、「製麺所」の軒先でうどんが食べられる形になっている。うどん玉を買うついでに食べさせてもらったものが徐々に広がって、今でもその名残が色濃く残る店が数多い。敦賀に進出した同じ「○○製麺」と言うが多数ある。ただ、香川では、いわゆる商業地とはかけ離れた民家の中、あるいは田んぼの中にそういった店が存在するのが特徴だ。

香川のうどん文化は、朝食でも食べるが、冠婚葬祭でも必ず出るほど、うどんは讃岐人には、生活に最も密着した食べ物だ。私も全国の有名うどんを食べ歩いているが、それぞれに美味しく製法などそれほど変わらない。日本三大うどんと言われる、稲庭うどん、水沢うどんなど、多少は製法や太さ、コシも変わるが、大きな違いはない。

ただ、讃岐うどんのトップセールスは半端ではなかった。全国ブランドになったのは、それだけ戦略と活動をした結果でもある。1960年以降、何度かうどんブームがなった。最近では映画「UDON」でもあったように、東京より日帰りで「うどん食べ歩きツアー」が出来たほどだ。

前にも書いたが、第1次ブームは、香川県による大阪万博への出店や当時の金子正則知事によるトップセールスが見事に花開いた結果である。60年代、香川県の職員でない父でも、東京出張たびに、必ずといっていいほど、土産として讃岐うどんを持って行った。それも公費と記憶する。香川県はPRのためにうどんの一点集中でキャラバン隊も何度か、東京、京都、大阪と税金を使った宣伝活動をしていた。その後、分析は定かではないが、第2次、第3次、第4次とブームは起こり、最近はまた下火だ。第2次以降はすべて民間が主導となった。めぐりめぐって、その結果が、香川県資本でない会社が、讃岐うどんを名乗り、敦賀にも表れていると私は理解している。

敦賀市のプロジェクトで行政主導か、民間主導か、新聞でもよく書かれる。卵が先か、鶏が先かの論議でもないが、税収が減少する中で、行政の選択と集中は大事な施策だ。駅舎改築をはじめ、駅前再整備計画の動きが始まり、民間もその動きをとらえてか、敦賀3,4号の期待感か、民間の動きは速い。ホテル、居酒屋、バーなど駅前の店舗進出が目立ってきた。まさに相乗効果だ。

行政が行う、ハローワークの駅前設置に始まり、駅舎改築、コミュニティバスの駅集中化、駅周辺の駐車場設置、政策での福井大学附属原子力工学研究所の設置、さらには、現在、検討中の行政機関の各種相談コーナー、商業施設、研究所など新たな建物設置など、まだまだ時間と税金はかかる。

駅前の一極集中的な計画だが、人口減少、高齢化が進む中で、広がり過ぎた敦賀市で唯一、計画的に行政が行える地域でもあり、将来を考えたまちづくりでもある。行政主導と民間の相乗効果が続くが、敦賀3,4号を背景としたまちづくりは、息長く、30年、50年で考えることは大事だと思っている。
【2011/01/12】 | ページトップ↑
透析難民を防ぐために・・・
Date:2011-01-11(Tue)

慢性透析療法を受けている患者数は2009年12月31日現在29万675人であり、前年より8053人増加している。患者さんの平均年齢は65.8歳であり、毎年0.5歳ほど高齢化しつつある。近年では糖尿病の合併症で腎臓に障害が生じ人工透析が必要になる「糖尿病性腎症」が増えており、敦賀市もけっして例外ではない。

複数の合併症を抱える患者の急変に備え、透析中は医師と専門の臨床工学士、看護師が常駐する必要があり、医師や看護師の不足で、受け入れ者数を削減したり、経費がかかりすぎる「不採算部門」として人工透析治療は採算性が悪いことから実施を取りやめる病院もあり、特に医療機関の少ない地方では、病院を探し回る「透析難民」が問題になっている。

敦賀市でも市立敦賀病院と泉が丘病院と2箇所で対応している。病院としては頑張っているほうだと評価したい。しかし、患者の増加は、今後も続くだけに重要な課題だ。満杯状態が続き、県外に病院を求める患者もいる。高齢化に伴う患者数の増加することは確実で、国の政策も現実的な対応もまだ著についたばかり。改善も進まず、不採算部門とはいえ、予想に対応する設備の状況が必要なことは確かだ。

さらに現在の大きな問題点は、通院が困難となる長期透析にともなう合併症を持つ患者さん、活動力の低下した高齢や糖尿病患者さんの増加である。しかし、現行の医療制度では入院透析が可能な施設の増設はむずかしく、在宅医療が可能で比較的軽い治療法である腹膜透析を、通院が困難な患者さんに対して普及させることも重要とか。敦賀と嶺北の距離、さらには、嶺北も病院に限りがあり、滋賀県、石川県に病院を求める患者もいらっしゃることを明記したい。今後の難しい課題だけに、先を読んだ対応も急務だ。
【2011/01/11】 | ページトップ↑
間合い
Date:2011-01-10(Mon)

昨日は市内全域で各町内での新年会。成人式と重なり合う。朝は晴れ、午後2時を過ぎる頃からぱらつき始めた。夕方には雪ではなく雨が激しくなった。

4月の統一地方選もあり、市長選、県議選と、候補予定者が多い。新年会の挨拶は大切だ。何よりも市議から市長、県議への候補者予定者は「間合い」が大事だ。現職とかち合わないように「間合い」をはかって登場する。どうしても現職批判から始まるからだ。

「間合い」「間に合う」「間が悪い」など、日本には「間」を扱った言葉が多い。「間違い」はなぜ「間」と「違い」がいっしょになるのか昔から不思議でならなかった。生活のいろいろな場面で「間」という感覚を重視してきた日本社会。いずれにしても「間の取り方」は大事だ。武道の「間」の取り方は基本だ。剣道の「間」の取り方、拳法の「間」の取り方、ボクシングの「間」の取り方。それぞれに違い、いずれも中途半端に終わったような気がする。

剣道は竹刀、拳法は足、ボクシングは腕と、警戒する防御の「間合い」の距離感が違う。その「間合い」を最初からは教えてくれない。ボクシングでも個人差があるからだ。微妙な「間合い」を見つけられるかどうかが勝負の分かれ目ともなる。真剣ならば「間」が生死を分けることになる。

ところで、今年、成人式を迎える新成人が生まれたのは、1990年から91年のバブル時代から崩壊、忙しさで遊ぶ「間などなかった」、そんな時代だった。敦賀市内の白銀交差点付近の地価が確か百万円を超え、給料もうなぎ上りの時代だ。就職戦線は売り手市場で、日本中が高級車とリゾート開発ブームに沸いたバブル経済の絶頂、ピークから崩壊に向かった。失われた20年など考える「間がなかった」時代でもある。敦賀でいえば、敦賀短大も当時、敦賀女子短大として、学生がピークの400人を超えた時代だ。

世界では、東西ドイツの統一(90年10月)、湾岸戦争勃発(91年1月)などが大きなニュースだった。確かに時代の大きな変革期でもあった。その後の、格差拡大や就職難など国力が下降線をたどる「失われた20年」の中で成長してきた若者たち。バブル時代を知る者にとって、大きな『間合い』、エアポケットのような気がしてならない。逆に「忙しい」とは「心」を「亡ぼす」と書くが、バブル期、私も30代でがむしゃらに働き、がむしゃらに飲んだ時代でもあった。まったく「間」という時間がなかったような気がする。

もっと古くなるが、私が成人式を迎えたのは、1972年、田中首相の日本列島改造論に沸くバブルの始まりでもあった。第二次ベビーブームの時代でもあった。少子高齢化、人口減少など「間違えなく」考えなかった時代だ。

今年に戻すが、本来は今日が「成人の日」、心から人生の新たな門出を祝福したい。失われた20年から経済が縮小する中では、社会人になっている人も学校で学んでいる人にも、厳しい青春時代だ。逆風が吹いているといっても過言ではない。敦賀短大も失われた20年で学生数が減少の一途をたどり、100人を超えることはない状態が続き、十分な「間があり」ながらも、社会情勢が悪いのか、何度か改革もこれと言った効果が出ないまま現在を迎えている。それでも卒業生は2700名を超え、市内に約700名が生活している。大半が市外の学生だから「間違えなく」設置の効果は上がっていると評価したい。

本論に戻すが、今の日本社会を覆う閉塞感は、社会状況もあろうが、政治や経済の行き詰まりが主たる原因だろう。だが個々人が「間」の効用を忘れつつあることも、息苦しさに拍車を掛けている気がする。バブル期の「間」のなさとは違った「間」のなさを感じる。

道路上での携帯電話、電車内でのメール。携帯電話の普及で、まさしく無駄がなくなった。バブル期とは違い、生活の苦しさで余裕がない。まさに「間がない」という「忙しさ」を感じる社会にもなった。

この20年、40年を考えても、人生は悪いことばかりではない。前向きな気持ちを失わず努力を重ねれば、逆風はいつか追い風に変わる。挫折や苦労を糧にできる人は人間としての魅力も増す。まさに「間違えない」生き方ではないか。

成人になって得るのが選挙権。生まれた月によっては、4月の統一地方選を最初の選挙かもしれない。「間もなく」やってくる。ただ、20代の投票率は、敦賀でも低い。政治に少しでも関心を持てば、若い世代の思いを投票で示せば、地域も変わっていく。時代を変えるのは龍馬の時代もそうだが、若者だ。いつの時代も閉塞感を破るのは若者世代だ。私も気分は初心を忘れず、「間のない」もっといえば、「間抜けな」過ごし方はしないようにしよう。
【2011/01/10】 | ページトップ↑
新成人の数、自殺者3万人、2012問題・・・・。
Date:2011-01-09(Sun)

今日は成人式。少子化を反映し、新成人は年々減少、県内は今年、過去最少の8704人。一方で自殺者が3万に超える。どれもが世相を映す異常事態だ。新成人の将来に責任を持つのも大事な政治の仕事だ。全国的に、成人式のマナーが問題視されてきた。敦賀市は、都会とは違うのかの、坦々と式は進んでいる。トラブルはほんの一握りのもので始まり、そのために台無しになることが多い。

ところで、1999年にはノストラダムスの大予言が問題になり、2000年にはコンピューター問題があった。騒いだ割には問題がなかった。最近では、「2012年問題」というのがあるらしい。2012年には世界の主要国のリーダーが続々と代わるからとか。米国、ロシア、フランス、韓国で大統領選挙が行われ、中国は胡錦濤体制から習近平体制に代わる路線が引かれている。金正恩氏への権力継承を進める北朝鮮も同様の動きがある。

各国が国内政治の年に入るとどうなるか。再選を目指す大統領や次の指導者は国内での求心力を高めるために、対外的には毅然とした姿勢をとるようになる。まさに外交は難しくなるというのがその論だ。

昨日も、前原、クリントンの日米外相会議、春には日米首相会談と続くが、今後を占う大事な会議となる。解説を読むと、政権の移行期には政治決断が必要な課題は次の指導者に先送りされ、何も進まなくなる。つまり12年が大変だから、11年は重要な年になる。

敦賀市は本年4月には知事、県議、市長、市議とすべての四つの統一地方選挙が重なる。1月から3月は当然、政治は動かなくなる。

敦賀市でいえば駅前再整備が進んだが、要の駅前駐車場を中心とする建物については、検討中で棚上げ状態だ。敦賀短大の課題も、昨年2月にその方向性が出されて以来、検討結果がいまだに出されていない。2月議会では、市長選が行われるために将来のことは、当然、棚上げ状態となる。23年度予算も定常的な骨格予算のみとなり、政策的な予算は6月議会となる。

選挙は大事な民主主義の大事な作業。我慢の4カ月になるが、動かないときこそ、大事な作業は事務方でその準備に入っている。選挙が終ると当選者の意向で政策が動き出す。その意味でこの期間中の検討や各候補の主張が大事なる。

こう書き進めても、地方政治なりにいくら努力を続くても、どうにもならない国の大きな課題だ。何よりも気になるのが、日本政府の動向だ。今日明日は、人事問題が話題になるが、肝心要の課題がなにも進んでいない。子ども手当など一部マニフェストは実行したが、国民が期待したはずの社会保障の年金、介護、医療の検討、財源確保がいまだに進んでいない。まして、今年、外交がどうなるのか。日本はどう臨むのか。

領土問題や貿易自由化交渉など各国との間に抱える課題に取り組むには、しっかりとした基盤に立つ政権でなければならない。小沢問題の民主党内部のコップの中の争いも気になるが、与野党の政権争いも地方から見ると永田町のコップの中の争いにうつる。自殺者や新成人の数、2012問題など、この状況をとらえるのか、問題の先送り、棚上げは、政治のひずみは弱いところに現れる、地方は医療、介護、年金など社会保障の課題の最前線だ。いま、そんな状況だ。
【2011/01/09】 | ページトップ↑
九十八歳でも恋はするのよ
Date:2011-01-08(Sat)

確か、昭和64年、1989年の1月7日、昨日、昭和という時代が終わった。それから22年。社会に巣立ち、子を授かった平成生まれの若者もいる。他方、昭和時代の往年の名女優や歌手の訃報も伝えられた。昭和は確実に遠ざかっている。

私が敦賀に来たのは昭和51年。ずいぶんと敦賀の姿も変わった。敦賀駅は昭和26年の建物だが、待合室が建替えのためなくなった。街の姿にも時代の変遷が見て取れる。商店街の横の駐車場は各地の商店街を歩いたが、敦賀特有の風景だ。

既存商店街は苦戦を強いられている。本町の飲み屋街も苦戦を強いられている。敦賀の曲がりの多い木崎通りから、新木崎通りへ。流れも車も変わった。福井の新8号線と変わらない風景が広がる。

昭和だけでも港町、元町から戦争を境に本町へと移った。まさに、昭和は、光彩と陰影が入り乱れる激動の時代だった。今朝のニュースでも昨年も自殺者が3万人を超えた。暗いニュースが多過ぎる。

もっと、振り返ると明治、大正、昭和と激動の時代を生きた大和田荘七翁もなぜか、旧市役所、旧大和田別荘、検疫所など戦後、大和田氏が残した建物の解体が続いている。これだけ、貢献をした偉人がなぜか、敦賀では・・・。とも思ってしまう。なんとか光を当てたいと考えている。明治以降の敦賀繁栄の基礎を築いた人物だからだ。

ところで、大みそかのNHK番組の「99歳の詩人心を救う言葉」は感動ものだった。明治、大正、昭和を生きた柴田トヨさん。私の母と同じ名前であり、父も明治、大正、昭和を生きただけに、なぜか親しみをもってみていた。
詩集「くじけないで」は今、ベストセラー110万部へ。テレビの反響で年末90万部から一挙に加速。出版元の飛鳥新社には、2万通もの読者からのはがきが寄せられたとか。

番組には、口蹄疫で飼育牛を全て殺さなければならなかった宮崎県の農家やシングルマザーなども登場した。柴田さんの詩に励まされ、立ち上がろうとする人たちだ。やさしく語りかけるような柴田さん自身の朗読も何編か流れた。

昨日も本屋で手にとって詩集の最後を読むと「秘密」という詩があった。
 九十八歳でも
 恋はするのよ
 夢だってみるの
 雲にだって乗りたいわ

まさにこの時代、明治、大正、昭和を生きたひとならではの生き様と、いまも夢をみる、教えられ、勇気が出る詩集だ。
【2011/01/08】 | ページトップ↑
最初の節句『人日(じんじつ)』
Date:2011-01-07(Fri)

早いもので、今日は「七草の日」。ありがたことに、母は「七草はやし」というか、七草を刻む時、「七草ナズナ、唐土の鳥が渡らぬ内にトントントン」と包丁をたたいて、七草を刻んだ。毎年、毎年続いたから覚えてしまった。正月行事が一つひとつ終っていく。

昨日は、連合福井の旗開き。旗開きの中で馬場会長は、今年4月に行われる知事選挙について「子育て支援の取り組みや全国トップレベルの求人倍率など西川知事の県政を評価している。次の4年でも安心して働ける社会作りをお願いしたい」と述べ、執行委員会で現職の西川知事の推薦を決めたことを明らかにした。今年の統一地方選挙がらみの新年会が続く。

話を変えるが、昨日午前中、議会運営委員会で「議会基本条例」の素案を議論した。基本条例は議会の各種条例の最高規範にあたるもの。会議の原則公開、自由討議、議会報告会、政策討論会など、新たな試みも盛り込む予定。2月には、市民への説明会、パブリックコメントなども策定に向けて作業を進める。今期、最後の3月議会には成案をみたい。

話を戻すが、今日は最初の節句「人日(じんじつ)」、日本では、七草がゆを食して自然の生命力をいただく日となっているが、調べると、古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていたとか。

「人の日」からもうじき成人式。新聞で20歳になった新成人は124万人で、総人口1億2736万人に占める割合がとうとう1%を割り込む。一方、昨年1年間に死亡した日本人は119万4千人で、戦後に統計を取り始めて以来、最多となったことが厚労省の人口動態推計で明らかとなった。これに対して昨年生まれた赤ちゃんは107万1千人で、死亡数が12万3千人も上回った。

今後も死亡数より出生数が少ない「自然減」がマイナス幅を徐々に広げながら続く。敦賀市でも同様の減少が続き、人口減少がはっきりとしてくる。

その中で、国連の推計では世界人口は現在の67億人から増え続けて2050年には91億人に達し、インドが中国を抜いて人口世界一になると予測。日本では、2050年には、50年には9500万人、1億人の大台を割り込む。敦賀市も同様に6万人を割り込む。

昨日の馬場・連合福井会長の話にもあったが、「学生の就職難」、職はあっても低収入の派遣。将来に不安があっては結婚、子育てどころではない。基本的には、景気回復なしに人口の「自然増」は望めないのではないか。日本でもトップレベルの有効求人倍率を誇る福井県、なかでも1.0を超える全国有数の敦賀市の雇用状況をもってしても自然減が続く。

ところで、昨日、記者会見で、耐震問題で、国の審査が続き着工が遅れていた敦賀3・4号機について、原電の森本社長は、平成28年以降としてきた運転開始時期について「影響が出ざるを得ないと考えている」と述べ、運転開始が遅れる見通しを明らかにした。敦賀市の雇用、景気にも影響するだけに目が離せない。遠因だが、敦賀市の人口問題とも密接に関係する課題だ。
【2011/01/07】 | ページトップ↑
社会保障の最前線
Date:2011-01-06(Thr)

早朝の街頭演説は冷える。昨日、新年早々の街頭演説。話しながら枕詞が暗い。「長引くデフレ不況」「加速度的に進む少子高齢化」「政治の停滞…」「1年後も、明日さえも見通せない重苦しい閉塞感・・・・・」と・・・。

ところで、福井県がまとめた2010年4月1日現在の県内市町の職員給与水準によると、国家公務員を100とした場合の水準を示すラスパイレス指数の17市町平均は95.2。市町別の最高値は福井市の100.6。7年連続100を超えている。敦賀市は94.7。小浜市は96.4。敦賀市は、2005年で97.3.年々下がる一方だ。

地方公務員の給与水準の適正値がどこにあるのか、世間相場と言うか、サラリーマン給与の低下と同様にこの10年下がり勾配だ。総務省は「適正化」という言葉を使うが、減額、減額の連続だ。確かに安定的な職場といわれる。が、逆に言えば安定的な職場でないといけない職場環境が必要だ。社会保障など市民生活を支える重要な仕事を担っているからだ。

最近、私が問題視しているのは、給与水準は別として、その位置取りだ。財政が比較的豊かとされる敦賀市にあって、なぜ小浜市よりも給与水準が低いのか。重要課題が山積の中にあって、この位置取りは決していいとは言えない。給与は、長い自治体の取り組み方が反映された結果でもある。

全国大の話に転ずるが、今年、政治が最優先で道筋をつけねばならない課題は、年金・医療・介護という暮らしの安心を支える肝心要の社会保障制度だ。

「これから50年の社会保障がどうすれば安心できるものになるか」と年頭挨拶で語った菅直人首相の言葉は誰も異論はないところだ。与野党関係なく、歴代政権が棚上げしてきた財源問題を直視し、一刻も早く改革の名にふさわしい社会保障のグランドデザインを描かなければ、日本の将来は危うい。

その場しのぎや先送りは限界に来ており、今度こそ政権を賭す覚悟をもって改革を断行してもらわないと、ここ敦賀市でも毎年、4,5億円の赤字財政が続く国民年金財政など、いずれ地方は立ち行かなくなることは目に見えている。

政府、与党は昨年12月に、「社会保障改革検討本部」の基本方針を閣議決定。国民の安心を実現するには「社会保障の機能強化」と「財政健全化」を同時に達成することが不可欠とし、安定財源確保のために消費税の増税など国民負担増を検討する方針。今年半ばまでに成案を示すと期限を切り、近く「未来に向かっての方向性を示す」という。

確かに財政は危機的状況。国と地方の借金は計900兆円に近づき、11年度一般会計予算案(92兆円)は2年連続で借金が税収を上回るという非常事態。うち社会保障関係費は30兆円近くに膨らみ、今後も毎年1兆円超のペースで自然増が見込まれている。

次世代への負担先送りを少しでも解消し、持続可能な社会保障制度を再構築するには負担を増やすか、給付を減らすしかない。誰が考えても理解できる構図だ。

思い返せば、民主党の政権交代の大きな原動力の一つが年金問題だった。交代前には年金制度一元化や、月額7万円の「最低保障年金」支給をうたった。が、「実現の気配も説明もいまだない、どうなっているのか」と、昨日、ある市民から厳しい指摘を受けた。敦賀市民の今の民主党に対する率直な意見だ。民主党に注がれる厳しい視線は、どう受けて止めて、答えてよいのか、地方の民主党の議員としても悩ましい限りだ。

菅政権が掲げる「強い社会保障」とは何か。その本質が問われる1年になる。「増税やむなし」「埋蔵金は底をついた」と、財政難を声高に言い立てて国民に訴えても、地方から見ると、「政策よりも政局」と浮足立ち、乏しい財源の小手先の運用が気になってしかたがない。

すべてがマイナス思考の結果が、介護現場の職員給与の低さでもある。利用者が増える割にはパート化が進み、専門的な手慣れたベテラン職員が生活苦から職場を離れる。

冒頭の話に戻すが、「厳しい時代だから、地方公務員も給与を下げるべきだ」との意見が世論の多数を占める。しかし、私はこの意見が必ずしも妥当とは思えない。社会保障の最前線の職員がしっかりしなければ、踏みとどまるところがない。
【2011/01/06】 | ページトップ↑
災いは忘れたころにやってくる・・・・。
Date:2011-01-05(Wed)

昨日は、仕事始め。挨拶回りが始まった。職場、町内と日頃の非礼をしながら回る。夜となると冷える。例年通り、雪景色で始まったが、寒さがきつい。挨拶して回ると気がつくのは、高齢化だ。年末の除雪に苦情を頂いた。それでも自治体の除雪体制はこれまでの教訓が生きている。

ところで、福島の交通マヒに続いて、それも比較的、積雪の少ない山陰地方での発生だ。北陸に比べて例年、それほど多くの雪が降るわけではない。鳥取県米子市で89センチを記録。豪雪地帯並みの積雪。国道では一時、千台もの車が立ち往生した。

列車も動かない。車内に閉じ込められたまま新年を迎えたのだから気の毒だ。Uターンのピークでの交通のマヒ。正月気分をほとんど味わうことなく、疲れ切った状態でとんぼ返りした家族連れも多いとか。数年前の国道8号線の渋滞を思い出した。

除雪では56豪雪は記憶に新しい。除雪車が足りずに生活道路を回り切れなかったこと、臨時の雪捨て場確保に時間がかかったことなど、さまざまな課題があった。それでも住民同士の助け合いが各地で見られた。それらの教訓は、次に生かされるだろうか。気掛かりなのは、高齢者世帯への支援態勢だ。少子高齢化が急速に進み、今後の課題だ。

敦賀も56豪雪から30年の月日がたっている。再びやってくる前に、しっかりと整えておきたい。それに加えて怖いのが、冬の停電。実際に発生した。石油ファンヒーターが止まり、温水器も炊飯器も使えない。テレビは映らず、風呂にも入れない。食卓にろうそくをともして年を越したという。

青森県の南部だ。大みそかから2日にかけての停電は、延べ2万戸に及んだ。住民は小さな石油ストーブで暖を取りながら辛抱強く復旧を待った。灯油タンクが雪に埋まって給油できず、冷えきった家の中で防寒具を着込んで我慢した人もいた。最近は、電気が暮らしの生命線でもある。

倒れた木が電線を引っ張り、電柱ごと引き倒した。数年前、敦賀でも、北陸電力の鉄塔が雪の重みで倒れた。停電は短い時間で済んだが、青森は、復旧作業に向かうものの現場への道を雪が阻んだ。あいにく年末年始とあって作業員をそろえるのにも一苦労、同時多発停電にてこずったとか。風速20メートル前後の風が吹き荒れ、低気圧に向かって南東から比較的暖かい空気が吹き込んだせいで、湿った重い雪となった。北陸の雪の重さと似ている。

冬の断水も怖い。これも青森の八戸か、十数年前になるか、これは工事ミス。自然災害の不意打ちに備えが欠かせない。電気、水道などライフラインの確保は日夜の点検で防ぐことができる。発電所でも予防保全がメンテナンスの基本だ。その上の危機管理の大事さだ。

ここまで書きすすめたのも、阪神淡路の大地震の教訓は、耐震だけではない。冬の地震だっただけに寒さとの戦いでもあった。ボランティアをしていても寒さはこたえた。地震後のライフラインの確保は何よりも大事だと思った。基本は、自助、共助、公助の順だ。阪神で学んだのは、自らのことは自ら守る。そして地域の助け合いだ。いずれにしても災害は忘れた頃にやってくるだ。
【2011/01/05】 | ページトップ↑
正月風景も
早朝、深夜バスで敦賀に戻った。四国、関東と、めまぐるし動いた。
雑煮の作り方が一様でないように、正月の過ごし方も地域や家庭によってさまざまだ。

ここで一挙に50年前にタイムスリップする。元日の朝、父は石清水八幡宮で初詣。あんころ餅に白みその雑煮、甘いと思うがこれがいける。雑煮を食べ終わると格別何もすることがない。たこ揚げやかるた遊びに飽きると、こたつにもぐり込んでミカンをほお張る。もちろんテレビはない。途方もなく静かにゆっくりと時間が流れる、というのが子ども時代の正月のイメージだ。3日目ともなると映画に家族で出かけた。映画全盛の頃だ。家族で並んで見ることはできないほど盛況だった。

最近は、介護に、核家族に我が家も時代の流れの中にいるNHKの番組で「みんなの歌」を懐かしく楽しんだ。50周年とか。私の世代はテレビ世代だが、それまではラジオが家の主役だった。
 

母は、流れるラジオで調子をとりながら水仕事を見ないテレビと違い、ラジオは耳を傾けるだけ。夕食をとりながら、食後のおしゃべりをしながら、顔を見合わせて聞くことで家族の一体感があった。時代は変わってもラジオは廃れない。60年代後半からは民放の深夜放送が始まり、受験生やトラック運転手の支持を集めた。そして高齢社会。NHKは『ラジオ深夜便』を始めた。ナツメロや演芸。医療、介護問題も取り上げる。日本で一番多い世代だ。

最近は災害時の情報提供機関として不可欠の存在になっている。FM敦賀はまさに一番の存在だ。音で伝えるメディアの重要性はこれからも変わらない。

小さな正月の風景の変化だが、それに対応して家族も変わり始めた。
しめ飾りをしない家,しめ飾りをしない車を多く見かけた。確実に正月風景も変わってきた。
【2011/01/04】 | ページトップ↑
備えあれば憂いなし
Date:2011-01-03(Mon)

幼少の頃、四国では、寒さは我慢するものと教わった。温暖な土地柄で雪に対する備えも、寒波も3日も我慢すれば通り過ぎるもの。

敦賀に来て教わったのは、寒さは備えるものと理解した。金沢の親戚では、11月になると庭の雪つりから車の交換、チェーンの準備とあまりの違いに雪国を子ども心に感心したものだった。

近年の「温暖化」傾向に順応してしまい、体は寒さへの備えを忘れてしまったようだ。欧州ではクリスマス休暇の旅行シーズンに、寒波と降雪の影響で航空網が大混乱となった。原因として、除雪車や機体の凍結を防止する薬剤などの配備が不十分だったとの指摘がある。温暖化が、厳しい冬を忘れさせるのか。

福島県では、大雪によるスリップ事故が発端となり、乗用車など約300台が丸1日以上立ち往生した。道路をふさいだトラックはダブルタイヤ用のチェーンを装着せず、装備が不十分だったためスリップしたとみられる。これも雪になれている北国ゆえの油断か。ダブルチェーンの装着義務はない。しかし、付けていたトラックはほとんどスリップしなかったそうだ。万が一の事態に備え、万全の準備をしておくことの大切さを教えてくれる。鳥取、島根の雪の渋滞も同じことが言えそうだ。

敦賀でも数年前、高速道路の閉鎖、国道8号線でのトラックスリップで、一日中、交通がマヒしたことがあった。備えには機材の準備も必要だが、人材も同じことが言える。国、県、市の予算も実績がその中心となるだけに、最近は、昔ほど潤沢ではない。それでも重機、人材と備えあれな憂いなしだ。難しい問題だが・・・。

ところで、昨年一年、国の施策によって敦賀は、動かされたのではないか。敦賀新港の本格供用開始と今後の拠点化、もんじゅの再開と今後の運転、福井大学附属原子力工学研究所の工事着工と、これからの敦賀にとって大きなプロジェクトが動き出し、課題も多い。新幹線問題は、駅舎改築と合わせ、翻弄された。

国策に追従して、敦賀の将来を語るのもいいが、地に足の付いた地域独自の戦術で今年は乗り切りたい、そんな心境だ。舞鶴・若狭自動車道の開通とどこまで続くかわからないが高速道路の無料化実験と、敦賀の交通体系に大きく影響する。4年後に備えての人と物の動きを握る交通体系を一体化した政策も大事だ。

国策追随も敦賀にとっては、重要な要素だ。が、地域中心の行政運営はいうまでもない。主体性ある敦賀の計画があって、結局は国を動かし、地域主権の実現につながるはずだ。

山積する課題を貴重な糧として、新しい地域づくりを敦賀の地から大胆に提案できる時代に。希望を込めて、そんな輝ける本年にしたい。将来に対する備えと準備が大事な一年だ潜在力がある敦賀だけに・・・。
【2011/01/03】 | ページトップ↑
新しい革袋………。
Date:2011-01-02(Sun)

うさぎ年の2011年が明けた。家族と過ごす幸せをかみしめている。元旦におせち料理を楽しみながら、ちょこで1杯、2杯と飲む酒は、すがすがしい新春の味がして何か格別なものがある。 

列島を寒気が包み込んでいる。辺りの空気がピーンと張り詰めたようで、身も心も引き締まる元日でもあった。大雪に難儀している方々には、誠に申し訳ないが、新たな希望に胸膨らませ、また、再起を誓う1年の節目は、きりっとした寒さこそふさわしい。

戦後、誰も彼もが夜を日に継いで働き、世界に比類なき経済成長を遂げ、豊かさを実感した頃だろうか。私も敦賀にきて35年。ずいぶんと街の雰囲気も様相も変わった。何よりも変わったのが、道路事情。西浦の夏の渋滞も今は昔だ。最近は、全国どこもそうだが、人々の関心は心のありようや、どう生きるべきかという生きがいの問題に向かっていった。

最新の家電や車のある暮らしが現実のものとなった。高度成長を肌で感じ、食材は豊富に出回り、まさに飽食の時代だ。贅沢をしなければ、普通に暮らせる社会でもあった。

しかし、今はどうか。「失われた20年」の間に、敦賀の道路も変わったが、郊外店が続々とでき、街も拡大した。一方で,西浦、東浦、愛発と、高齢化が進み、空家も増えた。これから、毎日のように挨拶回りが始まるが、四年毎にその様相が実感できる。全国的にも、本来なら就職先も決まり、心弾む新年を迎えるはずの学生たちの就職内定率は約6割にとどまっている。路上生活を余儀なくされる人々は依然と多い。社会保障の行き詰まりだ。

受け止めなければいけない現実もある。家族の介護、老いなど。いくら税金を納めているとはいえ、介護,医療,年金と社会保障の国や自治体のお世話になっている。介護保険制度ができ、私の家族も、当初より利用させてもらっている。この制度がなければ、金銭面もあろうが、精神的にもずいぶんと助かった。制度上の課題も財政難から多くなってきた。

戦後の混乱から、物質的な豊かさを実感してしまった私もそうだが、がむしゃらに生きてきたことがよかったようにも感じる。削減、仕分けも大事だが、何らかの成長がなければ、衰退の一途だ。弱いところみその歪みが行く。幸せを手に入れることは難しいとも思う。

長い経済停滞の中であらためて気づかされたように思う。景気が曇りから晴れ間に変わるのはしばらく先になりそうだ。こういう時代だからこそ、慌てず、焦らずといきたい。「時間を充実させることが幸福である」。そんな名言もある。
 
もうひとつ、中国のことわざか、酒といえば「新しい酒は新しい革袋に」という。新年でもある、そんな気持ちも大事だ。と、自分に言い聞かせる。



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