復興の原動力「生物学の原則」
Date:2011-03-31(Thr)

「敦賀は大きな災害にあったことがない」と敦賀市民はよく語る。確かにその通りだろう。歴史的にも東浦に津波の被害のうわさはっても、歴史上、津波の被害の記録がない。ただ、昔、敦賀短大の岡田先生や現在の外岡教授の話を伺うと洪水には、悩まされたらしい。ただ、気比神宮だけは洪水にのがれたとか。その洪水を治めたのは大谷吉継の敦賀城建設。城の建設と同時に治水も行っている。

治水の後に町衆の町割を行うなど「港町・敦賀」の基本形をつくり上げた。江戸から明治、大正、昭和の初期と続く、旧市街地は大谷吉継ぎの町割によって、20世紀までの近世がつくり上げられたとも言える。

もっとも、よく考えると、最大の災害は、先の大戦の空襲ではなかったか。敦賀市内の中心街の大半が焦土と化したが、それでも敦賀市民の復興への足取りは速かった。残った敦賀市庁舎を中心見事に復興した。旧調査は大和田荘七翁が寄付したものだ。現在の市民文化センターの場所は、港をにらみ敦賀市の復興の礎だった。

終戦とともに旧市街地の繁華街も焼け跡にバラックが次々と建てられ、店舗を再開させていったと聞く。その後、北陸本線の建設同時に、現在の飲み屋街の本町が栄え、映画館も早々に出来あげって行ったとか。敦賀市の復興と発展の歴史は、大型プロジェクトを密接に関係している。北陸トンネル、敦賀1号機、高速道路、ふげん、敦賀2号機、もんじゅと続いた。

その間、本町の飲み屋街発展の歴史でもあった。データにも示されている。敦賀短大の地域総合研究所がまとめた「原子力発電所立地地域のアーカイブス構築に向って」(同成社)によると、人口一人当たりの酒消費量が酒税でわかる。金沢国税管内で敦賀税務署管内が昭和43年から平成8年まで2,3位はあるが、大半が一位を継続している。その後は平均消費量に落ち着いている。本町の繁栄と現在の店舗の減少とも一致するデータだ。

有効求人倍率で雇用情勢の優位性は判断できるが、酒税は町の活性化度とも言えるのではないか。興味あるデータだ。
話を戻すが、終戦から間もなく復活した飲食店、映画館など、復興を大きく支えたとも聞く。店舗や飲食店復活には、生活必需品などが並び、戦時の重圧から解き放たれた人々が買い物に、映画の娯楽に余裕が、夜の飲み屋に走る。復興の原動力ではないか。

東日本大震災の大津波で、壊滅的な被害を受けた宮城県名取市で朝市が開かれ、スーパーもほぼ半月ぶりに被災地の人々を喜ばせた。再開した朝市を訪れた避難所生活の女性がテレビで「ストレスから解放される」と笑顔で話していた。被災者にのしかかっている重圧はどれほどだろうか。市場で買い物という、ついこの間まで特別に意識もしなかった生活の一部が今は大きな心の救いになっている。

阪神淡路大震災で元気づけたのもスーパーと飲食店だった。体育館やブールーのテント暮らしに住民も紙幣を握りしめて買物に行って、避難所に見せ合う。屋台のコップ酒にも寒い中でも人々が人が群がり盛り上がっていた。
当たり前だった日常の尊さに気づかされる大震災。終戦の焦土から再起した敦賀市も、希望が復興の礎になったに違いない。

昨日の福井新聞コラムで取り上げられた後藤新平。抜粋すると『明治末期-大正時代に台湾総督府民政長官や満鉄初代総裁、東京市長、逓信大臣などを歴任した官僚、政治家。中でも1923年の関東大震災のときは、内務大臣に就任し被災5日後に「帝都復興の議」を提案。さらに帝都復興院を創設し、総裁として指導力を発揮した。(中略)後藤は“大風呂敷”とあだ名されたが、震災前への「復旧」ではなく将来に向けた「復興」を唱え、大胆な構想を打ち上げた。政財界や市民の反発で軌道修正されたものの、素早い決断は見事だった』

後藤は調べると調べるほど興味深い人物だ。明治31年(1898年)3月からの台湾時代。民政長官として、徹底した調査事業を行って現地の状況を知悉した上で経済改革とインフラ建設を強引に進めた。こういった手法を後藤は自ら『生物学の原則』に則ったものであると説明している(比喩で「ヒラメの目をタイの目にすることは出来ない」と語っている)。

それは、「社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって現地を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきである」というものだった。

敦賀市の復興や発展は医者でもあった後藤の「生物学の原則」に沿ったものではなかったか。敦賀の駅前整備も、今、行政の計画と民間がホテル、飲食店の活力とうまくかみ合ってきた。ただ、敦賀3,4号の本格着工でどうなるか、息の長い発展を期待したい。

今後の東日本の復興も政府や自治体の復旧と民間の活力で復興がなされるであろう。物心両面の息の長い支援が大事だということは言うまでもない。
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【2011/03/31】 | ページトップ↑
元気を出せるところが元気を出さないと、今回の震災は一層、日本の衰退を招く。
Date:2011-03-30(Wed)

・・じわじわと長期的に少子化が進む周辺地域・・・

敦賀半島の原電道路を北上すると波の安定した縄間という湾が目に入ってくる。昨年12月まで立っていた大和田荘七ゆかりの検疫所はもうない。それから先、半島を横断するT字路に出くわす。かつては縄間越えといった道に立派なトンネルが走る。T字路を越えると、すぐ、比較的新しい交番と市立西浦児童館が目に飛び込んでくる。

その児童館が今月28日に40年の歴史に幕を下ろした。正式には休館だが、再開の見通しはない。子どもの声がなくのるのはいかにも寂しい。3歳以上の園児を受け入れ、これまで246人が卒園してきたが、少子化もあって近年は入所児が減少していた。西浦児童館には、本年度は七人の園児が通っていたが、このうち6人が28日卒園。残りの三歳児も引っ越し。4月から入所を希望する子どももおらず休館。

敦賀市の周辺状況を象徴的な表す出来事でもある。西浦、愛発、東浦の少子化がじわじわと進行している。同時並行的に高齢化も速度は遅いが進んでいる。各集落は歴史も自然も豊かだが、それには人がいてこその環境だ。東浦出身の市議は4年前から、西浦、愛発も立候補予定者がいない。議員定数削減の声も大きいが、行財政の効率化だけで判断してならない状況がここにある。

・・・・・・経済活動の自粛は、長期的には・・・・・・・

東日本大震災の影響で、選挙用自動車のマイク使用の自粛も議員有志で決めた。市内でも送別会などの宴会や旅行を中止する動きが広がっている。市内の飲食店や旅行社は、今が書き入れ時だが、前年とくらべ数が少なく、震災によるキャンセルや予約がめっきり減っているという。
県レベルでも芦原温泉が象徴的でもある。団体客や観光客の宿泊キャンセルが相次いでいる。旅行関係では、沖縄や海外旅行などの中止も目立つという。

私はなにもかも自粛するべきではないと思っている。沖縄旅行や海外旅行中止には、被災者に対する遠慮や「旅行する気分になれない」といった心理が働いている。気持ちは分からないでもないが、中止すべきか否かは「被災者がどう思うか」が一つの判断基準になる。

選挙―の連呼など夜遅くまで有権者の心情を考えると自粛すべきだろう。また、電力不足の折に、プロ野球のナイターが大量に電力を消費する。これは被災者も歓迎しないだろう。

だが、北陸や西日本の人々が歓送迎会などの宴会を大きな理由もなく中止したり、旅行を自粛することは、長期的な視点で、経済活動の停滞を招く。日本経済が元気を失えば被災地の復興にも支障が出かねない。いま私たちに求められているのは、普段通りに暮らしながら被災者支援を続けていくことだ。阪神球場ではないが、東日本へ、精いっぱい「元気」を送るべきだ。

・・・・福島第1原子力発電所も長期戦の覚悟が必要だ・・・・

福島の事故で4号機の中央制御室に電気がつき、1~6号機まですべてに灯りがともり作業環境が整った。事態収束には明るいニュースだ。だが、放射性物質や核燃料の性格上、深刻さが継続し、長期の措置が必要だ。放射性物質は、半減期の短いものもあるが、長期的なものも多い。核燃料も2週間もたてば、運転時の約1%の発熱だが、ここからがなかなか低下しない。放射線と熱という厄介な相手だけに時間を要する。ただ言えるのは確実に低下するということだ。

最も放射能レベルが高いのは2号機の地下で、国の原子力安全委員会は28日、炉心の溶融した燃料に触れた水が何らかの経路で原子炉格納容器の外に流れ出したとの見解を示した。5重の壁で、放射性物質を閉じ込める機能が、一部にせよ失われたことを意味する。外部にせよ、これ以上広げないためにも、知恵と工夫で対応するしかない。このことは、電力、関連会社、政府など関係者しかできないことが多い。批判や批評も大事だが、じっくりと見守る姿勢も大事だ。

事態収拾は長引く。推察だが、それも年オーダーだ。必要な人員と物資を途切らせぬよう、東電と政府は万全の態勢も必要だ。電力界でも支援を考えている。

・・・・敦賀市民に求められているのは・・・・・・

冒頭の児童館に戻すが、児童館は1996年に全面改築されており、比較的新しい。愛発小中学校校舎も閉校になって公民館と変わったが、校舎、体育館、運動場と利用はされるものの、長期的な運用はまだ決まっていない。少子高齢化、人口減少の難しさがここにある。私は焦ることでなく、じっくりと対応していく姿勢も大事だと思っている。

自粛にも長期的な経済活動には停滞を招く。福島の事態収束にも時間がかかる。いま私たち敦賀市民に求められているのは、当面は自粛も大事だが、長期的には、普段通りに暮らしながら元気を取り戻し、福島の原子力事故も含め、息長く、被災者支援を続けていく体制と覚悟が大事だということではないか。

余談だが、今回の震災で、「電力」というエネルギーの事情もあり「西へ」というより一層、産業界では、「海外へ」の動きが出ている。元気を出せるところが元気を出さないと、今回の震災は一層、日本の衰退を招く。
【2011/03/30】 | ページトップ↑
大震災の教訓は、あまりにも大きすぎる・・・。(市庁舎の耐震化、敦賀FMの存在意義など)
Date:2011-03-29(Tue)

 物理学者の寺田寅彦が残した言葉「天災は忘れた頃にやって来る」。かみしめたい言葉だ。昨日は、米国スリーマイル島で深刻な原子力発電所の事故が発生してから32年。79年3月28日のことだ。炉心の水位が低下して燃料棒が露出し溶融した事故。どうしても原子力の話題にキーボードが動く。あまりも今回の福島の教訓は大き過ぎる。書いたものを切り取って後回しにする。・・・・

 東日本大震災の教訓は、大き過ぎる。各市町の庁舎が破滅的な被害を受けた地域の惨状を目の当たりにする。なかでも、たびたび津波被害に遭ってきた三陸地方は防災意識が高い。壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の佐藤仁町長は、議会で「災害に強い町づくり」を話していたとき、揺れに襲われた。まさに象徴的な話だ。

 町長は、隣の3階建て防災対策庁舎に移って避難を呼びかけ、屋上に上がった。そこにも濁流は押し寄せた。屋上にいた職員約30人のうち20人ほどが流された。佐藤町長は屋上に立つアンテナにしがみつき、九死に一生を得た。
 
 1960年に町を襲ったチリ地震津波は高さ5・5メートル。防災計画もそれが基準で、10メートルを超える津波に防災庁舎も骨組みだけになった。

 この災害の教訓は、災害に強い庁舎が必要であることを痛感する。同時に庁舎を1カ所に統合することで、多大なリスクを伴うことも指摘される。大規模な地震で倒壊の危険性がある敦賀市の庁舎の耐震問題は、ここ数年、私も議会で取り上げてきた課題でもある。

 敦賀市庁舎は、昭和49年建造のために耐震性は、阪神淡路大震災の規模ではほぼ全壊とか。そのため、まず、現在の防災センター建設を提案し建設された。時期を得たものであったことは確かだ。笙の川の水害対策、消防署の耐震性がないことと、市庁舎の耐震化には、予算も相当かかることから、当面の措置として対応したものでもあった。

 また、JR敦賀駅前の駐車場を中心とする新しい建物は、駅前の賑わい創出とともに、耐震化による市庁舎機能の分散化を狙ったものでもある。今回の教訓を生かして、本体の市庁舎の耐震化は急がねばならない課題と感じた。今回の大震災の教訓の一つは、災害に強い地域づくりが急務ということだろう。そのためには、庁舎に限らず、まだ残る男女共同参画センター、ハートフルスクール、市立体育館(松原)、松原公民館など、災害時の司令塔、避難場所としての検証、見直しも大事だ。

 「木を見て森を見ず」ということわざがあるように、地域全体を見渡した対策と危機管理が求められる。災害がないとされる敦賀市でも、この教訓を生かした6万9千人が安心して生活できる地域づくりを目指したい。
 
 ・・・・敦賀FMの存在価値・・・・
 もうひとつの教訓は、ラジオだ。テレビ報道をみてもその重要さが指摘された。多くの人が避難先や自宅でラジオから流れるニュース、情報に耳を傾けた現実は大きな教訓でもある。被災地では今も大切な情報源となっている。
 
 コミュニティーFM、敦賀FM・ハーバーステーションの存在意義、存在価値を改めて感じている。デジタル化への対応だったが、市の施策として間違っていなかった証しでもある。

 震災関連の地域情報の発信に各地で頑張っている。例をあげると、津波と火災で壊滅的な被害を受けた気仙沼市に臨時FM局を立ち上げ、23日に放送が始まった。局名は「けせんぬまさいがいエフエム」。被災者の安否、ライフラインの復旧状況、給水車の巡回ルートといったきめ細かい情報を24時間態勢で放送する。市全域をカバーする見込みとか。
 
 市民から寄せられたメッセージ、食料品店の開店情報も盛り込むという。敦賀市では、災害時には防災センターでの敦賀FMの放送も計画されている。阪神淡路大地震の際も、市民が必要とする情報は時間の経過とともに変わって、随時、必要な情報を流して、どれほど勇気づけられたか。避難所で高齢者が肌身離さずラジオを聴いていたことを思い出す。情報だけでなく、励みにも憩いにもなる。
 
 現在、被災地ではラジオが足りず、救援物資として東北に送る取り組みが行われている。敦賀市が配布している防災ラジオのありがたみをかみしめている。まだ普及は50%とか、市民の早めの登録を望みたい。いずれにしてもまだまだ多くの教訓が生まれるだろう。災害のない敦賀市だが、寺田氏の言葉を今一度、かみしめたい。


・・・・・冒頭、教訓をテーマに書こうとした内容は以下の通りだ。
・・・・
79年、スリーマイル島事故当時、国の原子力安全委員会の方針に基づいて、通産省は、加圧水型原子炉で唯一運転中であった大飯原子力発電所1号機を停止の措置でのぞんだ。沸騰水型原子炉も停止の措置はなかったが、数多くの改善点が指摘され改善策に対処した。当時、私も20代後半の頃、敦賀1号機の改善にあたった。今回の教訓は、あまりにも大きい。どう対応するか、原子力発電で大事なことは、安全第一。何よりも安心をどのように生みだすか。並大抵な努力では足らない。

福島の周辺の土壌からプルトニウムが検出された。ほぼ、これまで原爆実験などと同レベルとか。一方、敦賀発電所で、福島第一の事故を受けて敦賀発電所の敷地内に観測装置を設置して、大気中のチリなどを調査したところ、今月21日から28日朝にかけて採取したチリの中からごく微量の放射性の「ヨウ素131」が検出された。検出された「ヨウ素131」の放射線量は、レントゲン1回あたりの放射線量の15万分の1程度と極めてわずかなもの。
 放射性物質は、微量でも検出されるところにその特徴がある。チェルノブイリ事故の際も、数日で日本に飛来して検出している。
 
・・・・ここで、冒頭、書きながら手がとまった。原子力の事故、トラブルの教訓は、繰り返されているが、その都度、対策、対応して乗り越えてきた。今回の事故は、まだ進行中でまだ論ずるのは早すぎるが、あまりにも大きな教訓だ。原子力は何よりも安全第一、また安心という命題をどうするか、あまりにも難しい課題を今回の事故は関係者はもとより敦賀市民にも突き付けられてことになる。
 
 地球環境問題の対応、資源小国の対応と声高に関係者が唱えても、敦賀市民の反応は、今は冷ややかだ。安全・安心という命題以上の不安が先行している現実を謙虚に受け止めなければならないことも確かだ。

 日本での原子力発電の位置づけなど、報道では、福島の事故を受けて、国のエネルギー政策の見直しも報じられているが、当面は早急にできる対策と腰を据えた中長期に分けて対応することが肝要だ。その動きで敦賀市も大きく影響される。
【2011/03/29】 | ページトップ↑
国の血管ともいえる「道」を「人」という血液が循環し始めた。
Date:2011-03-28(Mon)

・・・・・道の重要性・・・・

古い話だが、飛鳥時代の646年(大化2年)、改新の詔に「関塞」(せきそこ)を置くことが記されており、これが日本における関所の始まりと考えられている。東海道の鈴鹿関、東山道の不破関、北陸道の敦賀の愛発関(あらちのせき)が畿内を防御するために特に重視され、これを三関という。防御とともに、敦賀の愛発関は、古来より、北陸道の敦賀が流通の拠点の証しだ。

阪神淡路大震災の国道47号線、名神高速の被害は大きく復旧に数カ月を要した。このため、2月から3月の時期、北陸自動車道の交通量は増え、日本海側の国道27号線のトラック数は凄かった。東日本と西日本と結ぶ大動脈が形成された。いずれも「敦賀」経由だ。舞鶴若狭自動車道の復活の背景も阪神淡路大震災の教訓だ。まさに
「道」の重要性が見直されたのだ。

福島の事故もあって、あまり伝えられていないが、阪神大震災以降の補強工事が生きた。二週間を待たずの東北自動車道の復活だ。耐震工事の成果が表れた。首都圏と東北が結ばれる。支援物資やボランティアが次々と現地入りしている。東北自動車道と並行する国道4号も、津波被害の大きかった三陸地方を回って仙台と青森を結ぶ国道45号もほぼ回復した。

震災から2週間を待たずの復旧。関係者の不眠不休の努力のたまものだ。国の血管ともいえる「道」を「人」という血液が循環し始めた。ただ、避難所へ行きわたるためには、毛細血管にあたる県道、市道の復旧を各地で懸命に急いでいるが時間がかかる。それでも第一優先に仕事を進めており、早晩、体制が整う。

東北新幹線は盛岡・新青森間が既に復旧している。不通となっている大部分も来月中の全線開通へ向けて修復が進んでいるという。

あの激震の中で脱線転覆の大事故を起すことなく「新幹線神話」が崩れなかった。満身創痍の東日本の中で「陸路」の強さは注目に値する。2千年近くの昔から人々が踏み固めてきたのが「道」であり、その伝統を下敷きにしたのが国道や高速道である。新幹線の丈夫さとともに世界に誇っていい技術立国日本の財産のように思う列島の東西をつなぐ中間地帯の北陸の交通網も、いまいちど総点検しておきたい。

ただ単なる「北陸新幹線はいらない」という議論には、私は組みしない。今は、国の資金は東日本復興に使うべきであり、すぐには新幹線という時期ではないことは確かだ。百年の大計で考えるべきであり、急ぐ必要もない。

・・・・・・もう一点は、「人」の流れだ・・・・。

被災地に派遣するボランティアの活動方法について話し合う会議が福井市で開かれた。当面は岩手県の陸前高田市を中心に活動を行うことを確認した。これまでに1420人がボランティアの登録をしている。敦賀からも多く登録している。すでに看護師や介護福祉士を岩手県の陸前高田市に派遣したとか。一つの場所で継続的に活動を行えば被災者との人間関係もでき、ニーズを把握しやすいとして、当面は、岩手県の陸前高田市を中心に活動を続けることとか。

ただ、陸前高田市は津波による被害が大きく、まだ一般のボランティアを受け入れる態勢が整っていない。まずは介護福祉士などを中心に派遣し、現地の復興状況にあわせて段階的に一般のボランティアを派遣する方針とか。これは余談だが、原電労組の執行委員長と陸前高田市長と同級生、市長の奥さんはいまだに行方不明とか。被災の状況が身近なものとなるとつらいが、福井県レベルで長期に陸前高田市に絞っての支援は大賛成だ。

阪神大震災で、当時、神戸に住んでいた私のいとこの情報が、率直だった。「何が必要か」「水とお金」と。震災後1週間でも個人にとっても団体にとっても、身近なものをそろえるには「お金」だった。水のペットボトルも大事だが、流通が始まると被災地には資金が不足する。即効性ある効果が義援金だ。昨日も平和堂前で子どもたちを中心とする募金運動が行われていた。

それになにより必要なのは人の手だ。「ボランティア元年」と呼ばれた阪神大震災では、地震発生直後から団体や個人が兵庫県に入り、3年足らずの間に延べ180万人が活動したとされる。発生から2週間以内には、避難所の半数にボランティアが到着していた。

今回の東日本大震災では、現地のボランティアセンターが支援者を募っているが、今のところ「地元在住者」に限られている。まだまだ毛細血管の交通網が十分ではなく、受け入れ態勢も整っていないためだ。

それでも、地元に余計な負担をかけないようにと食料や燃料、寝袋などを準備して全国各地から駆けつける個人や団体は後を絶たない。全体に目配りする行政と、惻隠の情に突き動かされるボランティア。それぞれの行動原理が違うのである。

一方、行政とボランティアの連携が必要なのも言うまでもない。阪神大震災では、西宮市災害対策本部の会議にボランティアも参加して緊密な連携を図る「西宮方式」も生まれている。

広域・複合災害下でのボランティアはどうあるべきか。今後の大きなテーマだ。行政もボランティアもお互いの違いを分かった上で、最上の関係を築いてもらいたい。

常に公平性を要求される行政と、その場の判断で行動することができるボランティアでは役割が違う。行政によって完全に組織化されたボランティアは、むしろ精神の形がい化につながる。

敦賀市もどう支援をするか、東北の被害甚大さと原子力発電所立地点という特有の理由があるだけに、避難者への住宅の提供、支援のあり方も自ずと違う。が、ここはまず、県レベルで歩調を合わせながらの「人」の支援を考えるべきではないか。

それも長期的な支援が大事になる。初動も大事だが、じっくりと腰を据えた中期、長期的な支援体制も大事だ。私も一ボランティアとして、選挙後、なんらかの支援を考えたい。まずは募金だ。
【2011/03/28】 | ページトップ↑
山紫水明を子どもたちに残し、活力を維持するためにも、敦賀にとって、今回の大震災と事故は、乗り越えざるを得ない大きな試練でもある。
Date:2011-03-27(Sun)

・・・・・山紫水明の敦賀・・・・

「敦賀3山」というホームページがある。野坂山、岩籠山、西方が岳の三山を中心に四季折々の山々の自然を綴っている。西方が岳の22日のブログ「平年並みの気温になった。常宮神社の梅花が良い匂いをしていた」と始まる。昨日は、私の後援会事務所開きを神事から始め、被災者の黙とう、後援会会長挨拶と続いた・・。夕方も町内のあきわ会総会、ここでも推薦状を頂いた。皆さんに支えられての3期12年が経過しようとしている。あらためて感謝したい。

話を戻すが、私の好きな山はなんといっても西方が岳だ。敦賀湾、日本海、敦賀市内、越前海岸、若狭と風光明媚か、松陵中学校の校歌の「山紫水明」という言葉がぴったり合う。山や水の美しい場所を指す。水に関する美しい日本語も、数限りなくある。敦賀がいえば、夏のすいせん饅頭もその一つか。水島もそれだろう。

自然が豊かで水に恵まれてきた敦賀の証しでもある。その水が、この敦賀でも水のペットボトルの売り切れが続いている。福島第1原子力発電所の影響で、福島県や関東一帯の水道水から乳児の摂取基準値を超える放射性ヨウ素が相次いで検出されたことによる。政府は、粉ミルクを溶かしたりして乳児に飲ませないよう呼びかけている その後、基準値を下回り、摂取制限が解除された地域もあるが、関東一帯では2リットルのペットボトル入り飲料水が品薄状態になった。

「飲んでもまず被害はない」と専門家や自治体関係者が声高に叫んでも、赤ちゃんがいる家庭の主婦らの不安は拭い切れないだろう。敦賀市内のスーパーや量販店でも、ペットボトル入りの水が品不足になっている。被災地や関東で暮らす家族や親類に送ろうと、まとめ買いする客が多い。

朝の報道で、福島第一発電所の海水の放水口の放射性ヨウ素もかなり高い濃度で検出された。福島の浜通りも穏やかな長い海岸線が続いていた、山紫水明のところ、津波の残骸がのこり、原子力発電所の事故、残念でならない。

・・・・・・・避難者が求める敦賀の生活・・・・・

福井県のまとめによると、震災による県内への避難者数が26日、400人を超えた。県や市町が把握していない避難者も多くいるとみられ、実数はさらに多い可能性があるという。私の聞いたところ、知り合いをいれると、公営住宅だけでなく、原子力関係者の多い敦賀は、民間のアパート、マンションと広範囲に避難している。

公表では、避難者が最も多いのは福井市の115人で、敦賀市110人、越前市32人と続いているが、実数では敦賀が多いことは明白だ。その大半が、福島県の方で、それも原子力発電所周辺の方々が多い。早速、子どもの転入学・編入学の手続きをするなど生活基盤をそのものを移し始めている。

ある方は、長期避難、子どものこともあり、永住も考えているとか。敦賀を選んだきっかけは、原子力関係者にとって仕事の場でることは確かだが、ある人は水が豊かなこと、電力の制限がないところと明確に語った。原電も社宅の一部を提供すべく準備を始めている。故郷を遠く離れても、今は、生活の安全、安心が何よりも優先することだろう。

・・・・・一進一退が続く福島・・・・・・

このなかでも、東京電力福島第一原子力発電所の対策が一進一退を続けている。電源供給、冷却機能の回復作業も進む。1~3号機は中央制御室に電源が戻った。注水用の水も、機器類を傷める海水から、真水に切り替わった。圧力容器の温度などは安定しており、最も危機的な状況は脱しつつある。状況はまだ予断をゆるさないが、今が踏ん張りどころだ。

一昨日も、敦賀市議会で、経済産業省・保安院、日本原電、原子力研究開発機構、関西電力と福島に関わる対策、対応策が議会にあった。今後も事業者の説明も適時、何度も欠かせない。

……敦賀市民の不安も尽きない・・・・・

敦賀市民の不安は大きい。なかでも、チェルノブイリ原発事故の再来を心配する声まである。昨日、NHKの山崎
解説員は、チェルノブリと日本の違いをわかりやすく説明した。原子炉の構造、事故の状況が全く違うことは確かだ。政府は、刻々変わる被害状況や汚染のデータを迅速かつ正確に情報公開するとともに、想定外の事態まで見通した対処方針を国民に説明しておかねばならない。それが不安軽減につながるだろう。

一方で、敦賀に避難した方々の地元自治体や政府の周辺住民の避難対策には疑問が多い。周辺20~30キロの住民に屋内退避を指示していた。ところが一昨日、、突如「自主避難」に切り替えた。どこへ、どう避難すればいいのか。住民は一任されても対応のしようがあるまい。政府の責任で避難指示を出すべきだろう。

災害対策や避難は、地元自治体がこれまで中心であったが、地震災害、原子力事故など、防災に関する見直しは欠かせない。

原子力発電所の誘致で、敦賀市の四半世紀、様相もずいぶんと変わった。今回の災害、事故で、生活基盤そのものを求める被災者もまだ増えるだろう。敦賀市民にとって、原子力発電とのかかわりは切っても切れないものとなっている。

事故対応、防災計画の見直し、避難者の対応、原子力事故への不安など、原子力の街「敦賀」の苦しさがある。山紫水明を子どもたちに残し、活力を維持するためにも、敦賀にとって、今回の大震災と事故は、乗り越えざるを得ない大きな試練でもある。4月は桜の季節でもあるが、選挙の季節、ただ過ぎ去る時間ではない。
【2011/03/27】 | ページトップ↑
大震災は、敦賀市でも選挙の在り方も一考させられる試練の選挙戦だ・・・。
Date:2011-03-26(Sat)

敦賀市民は選挙好きとよく言われる、居酒屋での話題はこの時期、選挙の話題から始まる常だが、一昨日から知事選が始まっても選挙熱は今一つだ。大震災の惨状に目が釘づけとなり、福島第一原子力発電所の事故報道に、統一地方選への有権者の関心は二の次かもしれない。

地方自治の実態に精通していることで民間から選任された片山善博総務相が選挙延期の特例法の範囲を影響のある三県二十市町村に限定した。これに対して、宮城県の村井嘉浩知事が「地域の実態を知らない」と憤りをぶちまけている。

それぞれに言い分がある。片山総務相は「選挙は民主主義の下で住民の代表を決める作業。任期を守るのは鉄則だ」と。今の時期、どちらも正論だろう。県議選は4月1日に告示される。各陣営では「派手な街宣はできない」など自粛ムードが広がり、気兼ねしながらの選挙戦が始まる。

昨日の敦賀市議会の会派代表者会議も選挙運動の自粛について話し合った。代表者会議の原則は全会一致となっており、議会全体としてはまとまらなかったが、有志で「選挙用自動車のマイク使用時間を自粛しよう」と申し合わせた。時間を短くすれば、使う燃料も節約できるという意味もある。

日本中が沸き立つ4年に1度の統一地方選も、今回は各地から自粛の声が広がっている。国政にも影響を与える統一地方選だけに、各党が総力を挙げて臨むのが通例だが、今回は党首級の「第一声」を控えた政党が多い。
敦賀市議会の選挙カーのマイク使用自粛もそうだが、全国的にも「選択の春」も「静粛の春」の様相だ。被害甚大の世相に配慮したそうした選挙でも、議会の会派代表者会議では「政策を訴える機会が減らすべきでない」ということもあり、「個人演説会」周知のマイク使用は時間制限を除外した。

選挙運動は原則として法律の定める範囲で保障されており、申し合わせに強制力はない。選挙のにぎやかさも、静けさも、詰まるところ有権者がそれをどう判断するかだ。名前だけの「連呼」を迷惑がる有権者も多い。敦賀市でも選挙の在り方も一考させられる試練の大震災であることは確かだ。
【2011/03/26】 | ページトップ↑
節電と復興のバランスが大事、できることと慎みむとことの選択が続く・・。
Date:2011-03-25(Fri)

・・・・統一選トップと切って・・・・

昨日、統一地方選のトップを切って県知事選が告示された。本町の原電の駐車場で西川一誠候補の第一声を聞いた。当然、大震災における被災地と原子力発電所の事故についての話は、必須だ。

今回の震災は、住民の生命と財産を守るという行政の役割と限界を再認識する機会だ。自らの自治体が優先すべき政策は何か、選挙を通じて考えたい。この時期にとの声もあったが、出来るところは粛々と行うのが妥当だと思う。選挙は民主主義の原点、終れば、復興支援も含め全力で行う、これに尽きると思う。

・・・・・原子力発電所の必死さが被ばくとなって表れた。・・・・

またまた、原子力の話題になる。現場が想像できるだけに頭から離れない。それも現場作業は報道以上につらさがわかる。

福島第一原子力発電所の各中央制御室に電気が灯り始めた。まさに心臓部に電気が通じることは、計器が作動し、現状が把握できる。明るい方向に向いだしている。

一方で、現場の作業員の必死だ。その中で、3号機で24日、協力会社の作業員3人が、緊急作業時の限度である年間250ミリ・シーベルトに近い180ミリ・シーベルトを被ばくしたことが伝えられた。普段の被ばく管理は50ミリ・シーベルトだけに、正直、ショッキングなことだ。

報道によると、「ベータ線熱傷」。放射線熱傷と呼ばれる放射線皮膚障害の一種で、ベータ線を浴びることで皮膚および皮膚内の細胞組織が破壊され、熱傷(ヤケド)に似た症状を発するもの。経過を見ないとわからないが、ベータ線は皮膚で止まる。それだけに、皮膚表面で放射線のエネルギーを使い果たす。

二十数年前か、千葉県稲取にある放射線医学総合研究所で造船所の非破壊検査か、写真を見て勉強したことがあるが、これまでの実例も少ない。真っ暗な3号機タービン建屋の地下1階。原子炉を冷やすための電気ケーブル敷設工事を行う3人の作業員は、深さ約15センチの水に踏み込んでしまった。外部電源による冷却システムの復旧は、急がなければならない重要な任務。3人はそこにつかって作業を続けたらしい。

防護服の上にカッパを着用。ヘルメットと全面マスク、ゴム手袋。ここまでの装備はめったにない。私も作業着にカッパ、全面マスクは何度か経験したが、夏場は暑さで耐えられないほどだ。それだけ被ばく管理は厳重であるはずだが・・とも思うのだが・・。

いずれにしても、外部電源導入は、対策工事の切り札だ。海水放水は塩分を多く含み腐食などでいずれ限界を迎える。普通の水の冷却が長期的には必要になる。冷却に必要な機器の損傷も伝えられ、これからも被ばく管理を行いながら大変な作業が続くと推定される。頑張ってほしい。

・・・・・・計画停電の難しさ・・・・・・

話を変えるが、計画停電の東日本の苦しさが何度も伝えられる。現実に選抜高校野球のテレビ中継で東北、関東は午後4時以降に中継がストップすることを知った。災害の格差ではないが、不思議な後ろめたさを感じる。
東京でも23区は停電がなく、都下はなぜか計画停電があるなど、不公平だとか、実際に、度重なる計画停電に参っている方も多い。特に午後6時20分からの夜の時間帯が困りもの。夕飯を早く済ませ、停電前に布団に潜り込むが、なかなか寝付けず次第に手足が冷えてくるという。

パ・リーグが開幕を4月12日に延期し、東京、東北電力管内で4月中はナイターを行わない方針を決める中、セ・リーグは予定通りの3月25日開幕とちぐはぐ。これも解消の方向とか。

東京ドームでのナイターは1日で5、6万キロワットの電力を消費する。「減灯」で節電する予定だが、それでも一般家庭2千世帯分を超えるという。「野球が元気を与える」という側面はある。しかし、不便な暮らしを強いられながら被災地の苦しみを多少でも分かち合おうとしている多くの人々に、現時点でのナイター開催は支持されるものではない。

・・・計画停電など節電と復興のバランス・・・・・

何度も語ったが、大地震による東京電力管内の電力不足は今後、長期化が避けられない。政府は、東電と綿密に打ち合わせて供給計画を作り、混乱が起きないよう国民への周知に努める必要がある。産業界や一般家庭も、停電や節電に協力する姿勢が求められよう。

夏には冷房用クーラーが一斉に稼働し、例年、需要は最大6000万キロ・ワットに増える。企業ごとに電力使用量を制限する制度も考えられているが、オイルショック当時と比べて、産業用電力の比率が低下し、前に述べた一般家庭や事務所の民生用が増えた現在では効果が限られる。西日本から余剰電力を融通する変換能力の増強に取り組むのは当然としても、かなり時間がかかるため、夏には間に合わない。

現在の供給能力は3750万キロ・ワットにとどまっており、夏場の需要を賄いきれない。福島県内の原子力発電所は別として、中期的には、停止中の再稼働も検討課題である。中越沖地震の影響で3基が動いていない東電・柏崎刈羽や、今回の地震で止まった東北電力・女川、日本原電の東海2号と、安全第一に点検と修理など時間をかければ再開可能だが、津波対策や地元理解で時間がかかる。

一方で、関西、中部、北陸は、節電も大事だが、復興も大事な視点だ。工場の一部関西、九州への移転の話もある。節電と復興のバランスが大事だ。選抜高校野球中継の関東、東北の午後4時の打ち切り、プロ野球の4月12までの延期など、節電と復興のバランス、できることと慎みむとことの選択が続く・・。
【2011/03/25】 | ページトップ↑
「健康に影響するとは考えにくい」と専門家は言っても市民感覚と不安心理は別だ。関係者は肝に銘じておくべきだ。
Date:2011-03-24(Thr)

どうしても原子力の話題になる。花の季節とともに出荷時期を迎えた福島、茨城、栃木などの野菜類が、福島第1原子力発電所の放射能漏れに影響を受けて泣いている。暫定規制値を設定し出荷停止をしたり、安全を強調しつつ念のための措置を示したり。政府が取り仕切る情報に消費者は不安感を募らせ、不信感すら生じている。

水道水の制限は、「健康に影響がない」といっても、深刻だ。東京都に始まり、茨城県の常陸太田や東海村でも検出されたとか。そして、東京都の乳幼児の粉ミルクの水道水制限。都内の水のペットボトルはどこもかしも売り切れ。ネット販売もネットがつながらない状況とか。オイルショックの時のトイレットペーパー騒ぎを思い出す。放射性ヨウ素は半減期8日とはいえ、この影響は長く続くと考えられる。

一般には耳慣れない単位の付いた生の数字が連日のように飛び交う。マイクロシーベルト、ミリシーベルト、グレイ、ベクレル頻繁に解説されているが、ほとんど方が知らない。数倍、数十倍という表現だけでも混乱が生じている。

なぜか、レントゲンと同じように学者の名前とノーベル賞受賞者も並ぶ。シーベルトはスウェーデンの物理学者。グレイはイギリスの放射線物理学者。フランスの物理学者ベクレルは1903年、放射能研究の端緒を開いたとしてキュリー夫妻とともにノーベル賞を受けている。国際的な名誉が逆にわかりにくいのも皮肉だ。

チェルノブイリ事故で、直接の被ばくした影響以上に住民の健康を脅かしたのが長期間の不安やストレスだった。それも半径数十キロ周辺住民はもちろんだが、数百キロとミルク文化とも言うべき環境が風評被害ともいうべき話が輪をかけていた。

専門家がいくら「健康に影響がない」といっても市民感覚は、ペットボトルがコンビニでもスーパーでも消えていることでもわかる。敏感だ。乳幼児となればなおさらだ。ある方から「福島第1原子力発電所の事故が毎日、毎時間、報道されている中では、どんなに説明してもダメだよ」と。確かにそうだろう。

正直、私も放射線の勉強し資格を持っていても、すべて説明できるものでもない。単位はなおさらややこしくなる。風評被害や精神的なストレス、さらには余震と。不安ばかりが先行していることも確かだ。正確で確実な情報に、丁寧な説明もこれから必要となる。

とにもかくにも、福島第1発電所の事故対策が第一だ。放射性物質の放出が、期間が長引けば長引くほど風評被害も拡大する。「健康に影響するとは考えにくい」と専門家は言っても市民感覚と不安心理は別だ。関係者は肝に銘じておくべきだ。

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実は、今日の書き出しは、こうだった。四国の高松も敦賀と同じように市街地の大半が空襲で焼け野原となった。昭和30年代前半でも、防火槽や防空壕が残り、空き地も多かった。かくれんぼなど遊びにはこと欠かなかったが、何よりもガキ大将の「やるか」で始まったのが、草野球。二人でもキャッチボールから始まる。おやじも兄貴も、隣のおっちゃんもボールがあれば、グラブなしでも出来た。いわばもっとも単純なコミュニケーションであった。

大げさからもしれないが、一つのボールを投げては受ける。幼少時を振り返っても、それだけでいろんな人と触れ合えた記憶がある。大人も同じように遊んでくれた。古いかもしれないが、日本の野球文化の原点には、サッカーなどスポーツも多様になっても、人と人の絆を育む和の心があるのかもしれない。

選抜高校野球大会。開幕した。東日本大震災に、開催に反対する声もあった。実現へと導いたのは「被災地に勇気を」という関係者の思いだろう。先日も書いたが、淡路島の「瀬戸内少年野球団」。敗戦で戸惑う大人たちを尻目に子供たちは生き生きと描かれている。戦後の復興と同じようにまだまだ時間がかかる。遊びも大事だ。

また、先日も平和堂まで、ボーイスカウトが街頭での募金活動。少年に交じって年齢層も高い大人も参加。声をひとつにして、行動が実にスピーディーで、屈託がない。阪神大震災のとき、全国から集まった大勢のボランティアの若者が、被災者の助けになった。福井豪雨のときも、どこからともなく現れ、仕事ができるのも若い力だ。
若い力といえば、桜が咲き始めた。静岡が、全国のトップを切ってソメイヨシノの開花宣言。桜前線は順に北上。昨夜も寒かったが雪マークでも雪にはならなかった。

出会いと別れの季節に咲く花として・・・・でキーボードが止まった。
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桜にはなぜか明るさとかなしさがついて回る。桜前線とともに朗報が広がり、地震と津波の犠牲になった被災地の人々の心を、せめて満開の花と桜吹雪で癒やしてほしい。福島第一原子力発電所の事故対応で懸命に働く人にも・・。そんな心境だ。
【2011/03/24】 | ページトップ↑
正確な調査と正しい情報提供が、今後の政府や東電の大きな仕事となる。
Date:2011-03-23(Wed)

福島第一発電所周辺30キロにあたる広野町に行った方から事情を聞くことができた。電気は通じたものの水道が遮断され、周辺30キロ圏内でもあり、人の気配がないとか。一方で、お隣のいわき市では農作業に励む方もいたとか。非常時とはいえ、このギャップが印象に残ったとか。

広野町は東京電力の広野火力発電所1~5号機があり、燃料の貯蔵施設が津波で壊されたものの、なんとか計画停電を軽減しようと運転している。昔は農村だけではなく宿場町として栄えた。冬でも雪が少なく温暖な気候でJビィレッジの開設後、小規模ながら浜通りの屈指の観光地でもある。キャッチフレーズは「東北の春を告げる町」だ。

早朝のニュースによると、福島第一原子力発電所3号機の中央制御室の電源が回復し照明がともった。原子炉をコントールする中枢機能に電気が届いたのは地震後始めてだ。中央制御室は、原子炉、使用済み燃料プールなど様々な計器が集まっていて、機器が正常であれば電気が通じたことで正確に状況を把握し、冷却することができる。
中央制御室の電気で空調が復活すれば、高性能フィルタ(HAPAフィルタ)があり、外の放射能レベルが高くても、運転員が長期滞在して発電所全体をコントールすることができる。まだまだ予断は許さないが、事故対策としては大きな山場をこえたのかもしれない。

本来の事故対策とは裏腹に、周辺各地で、放射性のセシウム137やヨウ素131が検出され、海水でも検出された。深さ5センチの土壌からも検出されている。

放射性物質は、ごく微量でも正確に正直に状況を伝える。微量だが、チェルノブイリ事故の後、気流に乗り、数日後、日本でも検出されている。

見えない放射能。水道の水から1キロ当たり965ベクレルの放射性ヨウ素が検出された村もある。基準の3倍超、なかには数十倍と聞けば誰しも引く。一方、放射能泉として昔から親しまれてきたある温泉のラドン濃度は9361ベクレル。単純な比較はできないにしても、一つの目安にはなる。

私が心配するのは、チェルノブイリ事故で、直接の被ばくした影響以上に住民の健康を脅かしたのが不安やストレスだった。半径80キロ圏内に住む自国民に避難を勧告する動きが米英など各国で相次ぎ、「東京湾は放射能に汚染されている」などと、寄港を拒否する外国船も後を絶たない。海外だけではなく、ガソリンや食料など救援物資を運ぶ業者が運転手の健康被害を恐れ、被災地への輸送を断るケースがあったという。

正確な調査と正しい情報提供が、今後の政府や東電の大きな仕事となる。なかでもホウレンソウなど野菜の出荷停止は、当然としても、敏感に反応するのは消費者だ。一つひとつの数字を見てパニックに陥るのは禁物だ。だが、風評被害など甘くみるのはもっといけない。政府は急いで詳しいデータを集め、打つべき手を考えて適切な判断を下さなくてはならない。

いったん環境に放たれた放射性物質は、広範囲に及び、ごく微量でも種類によっては、土壌に残って放射線を出し続ける。セシウム137ならば半減期は約30年だ。海中でも貝類などの蓄積など長期の調査は必要になる。

いま最も重要なのは、事故炉から大量の放射性物質が出ることを食い止めることだが、その先には、環境と健康の被害はもちろん、風評被害や精神的なストレスなど最小にするための長い闘いが待っていることは確かだ。

余談だが、今回のNHK事故報道の解説で科学文化部の山崎俊行さんが正確に状況をわかりやすく説明する。敦賀に駐在し、原子力発電所には当然、詳しい。今回の事故で何度も説明を聞くが、安心して聞くことができる。数年前に越の湯でお会いした時は、サッカーの試合の後だとか、スポーツマンでもある。昨年も、駅前商店街の飲食店でもお会いしたばかりだ。現場の情報を入手している。

もちろん、その前に正確な情報を提供する政府や東電の調査が重要となる。暗闇というだけで疑い鬼がいるように見えるさまを「疑心暗鬼」という中国の故事がある。まさに、そのたとえだが、これからもっとも注意すべきことだ。
【2011/03/23】 | ページトップ↑
当面は、敦賀市単独の支援も大事だが、長期的には県と一体となった支援が大事になる・・・。
Date:2011-03-22(Tue)

被災地の状況がだんだん明らかになり、福島第一発電所事故の状況も予断を許さない状況が続いている。被害が甚大だけに対応には長期間となることが十分予想される。

敦賀市内では、放射能測定などで派遣された技術者の第一陣が帰り、現地の様子が生で伝わるようになった。また、福島県の福島第一周辺に住む作業員は、家族を連れ、避難先として、敦賀市内に当面、住む決断をした。市内でも募金活動が各団体で始まっている。昨日も平和堂、Vマートなど量販店での募金も活発だ。民主党福井県も始めた。

敦賀市も自治体として、素早く姉妹都市の水戸市へ支援物資を送り、20日、福島県相馬市へ米1800キロと飲料水1720リットル、毛布2000枚などをトラックで送った。河瀬一治市長と市職員4人が同行した。相馬市の立谷秀清市長と河瀬市長は親交があり、相馬市から支援要請があった。河瀬市長は被災地の現状と、福島第1原子力発電所の事故への対応状況の視察も兼ねるとか。当面の動きとしては、評価されるが、長期的な支援が必要なことから、じっくりと腰を据えた支援のあり方も検討することも大事ではないか。

全国の自治体が、住居を失った被災者の受け入れや、被災地への職員派遣に乗り出している。ただ、立地市町村や姉妹都市といっても、単独に支援に乗り出しても、人材も資金面も限界がある。

関西広域連合は今回、所属する7府県それぞれの主たる支援先の県を決め、その役割分担に基づき、職員派遣や物資支援を行っている。支援先との連携を密にすることで、効率的な支援が可能になる。小さな敦賀市としては、当面は福井県と歩調を合わせて、協力することが効率的ではないか。

その中でも、敦賀市内でも、今後も、電力間では、放射線の測定など膨大な作業応援として、技術者の派遣が行われることや、市営住宅など自治体間協力を着実に拡充する動きは活発化するだろう。できるだけの協力はすべきだろう。

被災地の避難所では停電や物資不足が続き、30万人以上が不自由な生活を強いられている。仮設住宅の建設は始まったが、入居には時間がかかる。岩手、宮城、福島3県から県外へ一時避難した被災者は、2万数千人に上る。
阪神大震災では10万~15万人が兵庫県外に移ったとされる。今回は、より多数の県外避難が必要になる。敦賀市も遠いとはいえ、市営住宅20戸がすぐ満杯になる現状から、民間も入れた一層の受け入れ体制の準備も必要だろう。

全国で、長期の避難先としては、北海道から沖縄県まで約1万7000戸の公営住宅が用意されたが、まだ足らないとの指摘も多い。

また、現地では、支援物資の確保、避難所の運営、県との連絡調整など、災害対策業務は膨大だ。ボランティア登録も福井県内で千人を超すとか。ただ、受け入れ体制が万全でなく、自己完結型が要求されるだけに、派遣が難しいのが現状ではないか。安全を考えると無理からぬことだ。

阪神淡路大震災でも受け入れを担当したが、被災者の要望とボランティアのできる作業とは必ずしも一致しない。ボランティアの安全を考えると、限界となることが多い。当面は現地の方が中心とならざるを得ない。避難所やボランティアセンターの運営などボランテャアの仕事も多岐にわたり、様子を見る限り長期間が予想される。敦賀市の単独の動きではなく、福井県の歩調を合わせて、協力することが効率的で効果的ではないか。焦ることでもないが、迅速な対応が必要なことは確かだ。

当然、長期的な被災地支援には巨額の費用がかかる。敦賀市も3月議会も補正予算を組んで、支援を後押ししたが、長期間続くだけに、予算面も含め、腰を据えた支援も大事になる。自治体が積極的に支援できるよう、政府は補正予算による財政措置を含め、しっかり後押しする必要がある。

話を変えるが、昨日、敦賀市樫曲の処分場問題で、対策会議が開かれ、去年11月から運用が始まった浄化施設では、計画通り1日あたり350トンの汚水の処理が進んでいることが報告されたが、浄化には、分析を数値を見る限り、まだまだ時間がかかる。東北関東大震災を受けて同じような地震が起きた際、耐震性に問題はないのかという質問が出され、地盤工学の専門家からは「設計上は大丈夫だが再度、計算をして検証したい」とか。

議会説明でも震度6程度の中規模なら処分場は大丈夫とのことだったが、どの程度の震度に耐えられるかなど、敦賀市の水源の3割を担うだけに、安全・安心の観点で再評価も必要だろう。震災の影響は各方面にわたり、予算もかかる。当面の対策も必要だが、長期的な視点も大事なことはいうまでもない。

最後に、明日、選抜高校野球大会が始まる。宮城県仙台の東北高の野球部員は、地震初日から避難所で物資を運ぶなどの活動が報道された。仙台市内で、給水ボランティアを買って出ていた。

私の好きな映画に淡路島の「瀬戸内少年野球団」がある。無類の野球好きだった作詞家の故阿久悠さんが書き、篠田正浩監督の手で映画化された。敗戦で戸惑う大人たちを尻目に子供たちは生き生きと描かれていた。戦後の復興と同じようにまだまだ時間がかかる。長期的な視点も大事だろう。
【2011/03/22】 | ページトップ↑
身心の復興には時間がかかる。
Date:2011-03-21(Mon)

東京電力福島第1原子力発電所事故関連で「敦賀市内の各家庭へのヨウ素剤の配布を」と要望を受けたが、私は反対である。理由は�よう素剤は被ばく後3時間以内など飲む時期が限定されることや、�人によっては副作用があること、場合によってはショック死もありうる。�各家庭への配布は自治体の責任から個人への責任となることなど、課題が多いため、国や県の正確な情報と正確な指示で、安定ヨウ素剤を配布し服用することが大事だではないか。

そのためにも、敦賀市内でも二州の健康福祉センターの備蓄となっている。服用は40歳未満が対象。40歳以上の方は安定的なヨウ素が体に備わっているからでもある。

市内のあわの薬局など販売していたところが少なく、個人が入手可能な在庫がないのが実情のためか、そんな要望が多くなっていることは現実だ。冷静に受け止めると、福島の事故で不安に増幅していることは確かだ。当然、今現在、敦賀市内でもただちに放射性物質の危険性がほとんどない。

福井県レベルでも二州の健康福祉センターをはじめ、約8万人分のヨウ素剤を確保している。「福島にもただちに送るべきだ」とのご要望も頂いたが、福島県の避難指示が出ている富岡町、20~30キロ・メートル圏内で屋内退避になっているいわき市、圏外に位置する三春町。これら3自治体では、一部に混乱はあったものの必要な方にはヨウ素剤が配布され、その数は、少なくとも15万7000人分に及ぶ。ただ、三春町では住民の服用も求めていた。まだ、服用の必要性はなく、国と各自治体との連絡がちぐはぐになり、服用指示を出す三春町など混乱があったとも伝えられる。まさに正確な情報と指示がいかに大事かだ。

また、福島では、放射能の不安ばかりが先行し、リスクが正しく伝わっていないが現状だ。今のレベルならば、ヨウ素剤の投与は不要だ。きちんとした国からの説明が必要なことは確かだ。

福島第一原子力発電所の事故は、懸命の作業が進められている。外部から電源を引き込む工事や使用済み核燃料の貯蔵プールへの放水も、発電所員や自衛隊、消防隊員が、当然、被ばく管理は個人の健康にとって最も大事な安全対策だ。

ただ、核分裂生成物という非常に高い放射レベルをもつ核燃料の性格を考えれば、まだまだ予断は許さない。いずれにしても、電源が回復し、貯蔵プールに十分な量の水が入れば、状況の好転が期待できるものの、時間がかかることは確かだ。

事故で漏出した放射性物質による飲料水や農作物などの汚染も、不安を広げている。福島、茨城両県の牛乳、ホウレンソウが暫定規制値を上回る結果も報告された。古い話だが、昭和56年の敦賀発電所事故の際も、風評被害が問題になった。これからが問題だ。いかに説明しいかに理解をするか、安全・安心は大事だが、不安心理が先立つのが常だ。 

東京都などで水道水から放射性物質が検出された。ごく微量で健康に影響はない。水道水は浄水の過程で、放射性物質をほぼ除去できる。摂取しても直ちに健康に影響するほどの量ではない。政府は、この牛乳について、1年間摂取しても、被曝する放射線量は「コンピューター断層撮影法」(CT)1回分と説明している。それでも、まだまだ説明が足らない。冒頭のヨウ素剤に話ではないが、冷静に対応が必要だ。

阪神淡路大震災で経験したのは、物的な被害もさることながら、肉体的、精神的な被害があることを知った。長らく閉じ込められれば、腎臓機能が低下し、腎透析が必要になる。家が倒壊し、二段ベットで奇跡的な助かった友人の娘さんは、成人になるまで閉所恐怖症が癒えなかった。場所を移しての大阪での腎透析、お風呂が心も体も癒すのに役立った。

今回の被災は、広範囲だっただけに、広域的な救援、敦賀市の公営住宅の開放も始まったが、身体的なケアも広域的な取り組みも大事になることは確かだ。原子力発電所立地の市としての役割はまだまだ、これからでもある。

阪神淡路大震災で、直後は寒さもひどかったが、東灘区のある体育館は、住民そのものが興奮状態が続き、不眠に陥る人も多かった。落ち着くのに10日以上、かかったのではないか。すべてを一瞬で失った精神的な傷はなかなか癒えるものではない。

阪神大震災では救援に駆けつけたボランティア自身も、身心の健康を害して帰った方もいた。惨状に心を痛めた人は皆被災者とも言える。短期的回復を求めず身心の「復興」には時間がかかる。全国的ないたわり合い、助け合いの中で、癒やされていくに違いない。
【2011/03/21】 | ページトップ↑
福島第一原子力発電所の対策がいい方向にむかい始めた。
Date:2011-03-20(Sun)

対策がいい方向に向い始めた。使用済み燃料の冷却不能が続いた、福島第一原子力発電所の3号機は、昨日から未明、東京消防庁による放水が始まったあと、周辺の放射線の量が減少傾向にあることが報道された。また、本日にも外部電源を受電するとも。5号機も非常用電源が確保されたとの報道もあった。使用済み燃料のプール温度も下がり始めた。水の確保と放射線量の低下は明るい材料だ。

大地震当初、日本原電の東海第二、東北電力の女川、東京電力の福島第二の各原子力発電所は、外部電源か、非常用電源が確保されていたから、福島第一のような惨状にはならなかった要因が電源だ。各発電所とも電源確保で安全に冷温停止状態にある。

使用済み燃料プールは、敦賀1号機の場合は、原子炉建屋5階にある。放射線量の高い使用済み燃料も水さえあれば、プール横で「チェレンコフ効果」という青白い燃料特有の発光を観察することができる。水には放射性物質を安全に「冷やす」「閉じ込める」という性格がある。放水で一定の安定状態を保っていると判断できる。

放射線量は、正直に反応する。3号機から北西におよそ500メートル離れた地点で測定した放射線の量は、19日午後9時に2906マイクロシーベルトと、放水が始まる前より500マイクロシーベルト余り下がった。まだまだ予断が許さないが、好転すると対策はいい方向に向い始める。これからも注目したい。本日は4号機に放水、いましばらく見守りたい。

私の記憶にあるのは、12年前のJCO臨界事故。これも現場の作業員が、臨界を防いだ。茨城県東海村のJCO社核燃料加工施設でバケツも使って核燃料を製造中に起き、周辺住民は避難した。製造中に被ばくした社員2人はのちに死亡した臨界を終わらせるための冷却水の水抜き作業は2人一組で行われた。第1陣は3分間だった。被ばく線量が上限を超えたため第2陣からは1—2分に縮めた。目的を達するのに第10陣まで要した。誰がやるかが最初は問題になり、話し合いでJCO社員に決まった。ただ、将来がある独身者は除外された。

未明まで、最悪の惨事を回避するための決死の放水作業だった。自衛隊も警察も消防も精鋭部隊を投入した。現場に近づけば近づくほどに放射線量が高まる。私も発電所で長く働いているが、これだけ高い線量下で作業をしたことはない。現場は、線量計の警報音に行く手をさえぎられながらの作業。

原子力の現場では常に放射線量に最大限の注意を払う。今回はまさに非常時であり、異常な放射線レベルだ。現場で歯を食いしばり続ける東京電力の社員、作業員のことも忘れるわけにいかない。津波で止まった主要機器を動かすための電源復旧作業が今日も続く。

話を広げる。東日本大震災から9日、現地では懸命な救助作業が続くが、被害の全容さえまだ把握されていないという。自然災害の恐ろしさを実感させられた。東北関東大震災から逃れ、親類や知人などを頼って東北や関東地方から避難する人も出始めた。

JR敦賀駅でも、大きな荷物を抱えて、東北から避難している。「大丈夫か?」で第一声が私の耳に飛び込んできた。敦賀市の市営住宅20戸も福島の原子力関係者などネットワークから一昨日で満杯とか。空き状況を市内の不動産、原子力関係など問い合わせているという。広範囲な災害だけに敦賀市も様々な支援が必要だろう。

私が思い出すのは、16年前の阪神大震災だ。全国が催しの自粛ムード一色になったことだ。結果的に、経済活動が停滞し、被災地の復興にも大きな影響が出た。今回の大震災の影響で、4月のふくい春まつりも規模縮小など、イベントなどの中止や延期が相次いでいる。昨日も越前市で開かれた若泉衆議のパティーも東日本大震災を語る会に急きょ変更。関西電力の副事業本部長、福島第二の講演から始まったほどだ。いつも短い河瀬市長の挨拶も福島の影響を受けてか、長かった。それだけ想いがあるのだろう。語る会で集められた資金の内、百万円を現地に送る。

物資も必要だが、私が5日後の阪神大震災の現場に入ったとき、親戚に要求されたの、まずは、水とお金だった。神戸の被災地でもあるスーパーは10日で店を開けた。テント暮らしでも水を買うにもお金だった。今、敦賀でもできるのは即効性のあるのは、義援金だ。敦賀市役所も休日でも受け入れている。募金運動も各地で始まっている。昨日もハーツ前で労働団体が行っていた。義援金箱をある市内の喫茶店でもレジのそばに置いている。

いずれにしても、東京や被災地では、中止の動きは、セミナーや講演会、中には卒業・入学祝い、歓送迎会といったものにまで出ているという。芦原温泉のこの連休のキャンセルの多さも深刻だ。特に、3月の連休から4月にかけては商業施設や飲食店にとって、年末年始と並ぶ忙しい時期。ある喫茶店で話すと、「それでなくとも統一地方選の年は客足が落ち込む。震災の影響でどうなるのか…」とも心配する。

被災した人たちのことを思い「自粛を」という心情は多くの人が同じだろう。だが、われわれが同じように落ち込んでしまったら支援もできなくなる。何はよくて、何は中止するのか。阪神大震災の教訓を思い出し、じっくり吟味したい。

災害の後の後遺症は、これからも続く。それでも、阪神の震災は1週間でめどがつき始めた。電気も一週間で回復した。電気が復旧すると、いい方向に回り始めた教訓は大事にしたい。
【2011/03/20】 | ページトップ↑
インターハイは今年、青森、岩手、秋田、宮城の東北4県合同開催の予定だが・・・。
Date:2011-03-19(Sat)

一昨日の中央小学校の卒業式。体育館は寒かった。高い明かり取りの窓からは降り続ける雪が見える。足をときたま揺らしながら寒さをしのいだ。子どもたちはびくともしない。自然の強さか。式の前に、校長先生と体育館の構造の話になった。体育館は本来、運動する生徒の夏の暑さをしのぐための構造。古来の日本家屋の構造のようにシンプルだ。当然、夏仕様で生徒を含め千人近い人間がいてもいっこうに暖まらない。

テレビの映像を見ながら、何度も神戸での避難所を思い出していた。震災の1月末か、雪が神戸の空に舞っていた。ただ、灯油ストーブ、数は少ないがあった。隙間風がどこからともなく吹き込む。外の仮設トイレは寒くて行く気になれない。我慢する高齢者は、自然と病気がちになる。救急車が一日に一度訪れるようになる。それでもお年寄りは手を合わせて「皆さん、ありがとう、ありがとう」と手を合わせて、お礼をいって、避難所から去っていった。その後、どうなったか、くしゃくしゃの顔が今でも目に浮かぶ。

「風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ」よく知られた宮沢賢治の詩だ。東北の寒さは神戸とは違う。被災地も断続的に雪が降り、厳しい冷え込みに襲われている。避難所では体調を崩す人が増えていると報道。悪夢から一週間。追い打ちの寒さが加わる。闘いは果てしなく続くようである。市役所の募金、コンビニの募金、今できることはそれくらいだ。

昨日も書いたが避難所では、子ども達が自然と遊び、トイレの清掃など中学生くらいになると手伝う姿を何度も見るようになる。「トイレの神様」ではないが、仮設トイレは臭い、利用者が多く、一日に何度も掃除をする。大人たちはそれを見てか、新たなトイレを校庭につくり上げる。

臭い話になったが、創意工夫、非常時には、それなりに適材適所が生まれる。暖をとりながら笑いを振りまく方、お菓子屋などの配給をボランティアといっしょになって仕切る。昔、看護婦だったご婦人は見事に包帯を巻く。被災者同士元気づける。被災者は弱い立場だが、不思議なコミュニティと力が備わるようだ。

雪の日が来週も敦賀で予報されている。いつもの年なら春の淡雪、名残の雪と呼んで風情を楽しむが、いまは恨みの雪である。被災地は引き続き雪模様。非情な予報が続くが、春は近い、ぜひ頑張ってほしい。

いま「がんばろう神戸」という言葉を思い起こしている。神戸市民を勇気づけようと、プロ野球・オリックスがこの言葉を掲げてシーズンを戦った。どれだけ多くの人が勇気づけられたことだろう。東日本大震災は、日を追うごとに死者の数が増えている。被災者の暮らしが、いつ回復するかは見通しが立たない。それでも日本人には、困難にも冷静に立ち向かう力が備わっているはずだ。「がんばろう東北」「がんばろう日本」と言い続けたい。

余談だが、東日本大震災の影響でスポーツ大会の中止が相次ぐ。被災者の心情に配慮、計画停電で施設利用が困難、余震による交通機関の混乱などが中止の主な理由だ。中止は関係者を楽にし、違うことに専念させることにはなるが、そうでないことも多い。

東北各地でも被災にあい、卒業式の延期も多い中で、なんとか、卒業式を挙行している。けじめは人間には大事だ。プロ野球がセリーグ、25日開幕を決めたが、選手会は反対を再度要請した。気持ちはわかるが、それぞれがそれぞれの立場でがんばる時だ。私は今だからこそ、頑張るべきだと思う。選抜高校野球も開催を決めた。スポーツは不思議な元気を与える。すべて、マイナス志向は今だからこそ、たち切るべきと思っている。

インターハイは被災地、青森、岩手、秋田、宮城の東北4県で合同開催される予定だ。7月28日から8月20日までに29競技があり、選手、監督、大会役員など関係者6万人が集う。難しいだろうが、工夫をして、何としても開催してほしいと願いたいが・・・・。まだ中止を決めるときではない。

高校生のクラブ活動の最大の目標は大会だ。目標は意外にも心をひとつにし、力を与える。
【2011/03/19】 | ページトップ↑
当面は自粛も大事だが、元気を出すことも・・・。
Date:2011-03-18(Fri)

昨日は、中央小学校の卒業式。雪が舞い、寒い体育館だが、厳粛に式が進んだ。校長が式辞の最後に東北の震災を取り上げた。よき日でも震災に目をそらさないことは大事だ。生徒には忘れられない卒業式だろう。先週の松陵中の卒業式はまだ震災前の午前中だった。

大震災の発生から1週間になろうとしている。巨大地震と津波の被害に原子力発電所の事故が加わり、国内は未曽有の事態に陥っている。円高もそうだが産業界もそうだが、あわら温泉のキャンセルもこれまでにない異例の事態とか。発電所の作業員も関東から来られたからは数百人単位で一時的に帰っている。本町など飲食店の客足も減っているとも。福井県にも敦賀市にも着実に震災の影響が出始めている。

「辛抱」という言葉をかみしめている。乗船実習で昔、荒波の中で、ひたすら船酔いを我慢した。「辛抱、辛抱」と言い聞かせていた。ただ、この時は、見通しがあった。辛抱にも限界がある。辛抱し過ぎると精神的にも肉体体的にもおかしくなる。

テレビを見ていても、被災地の親類、知人の安否が分からず、不安を募らせている人たちは多い。無事でいることを信じて祈るしかないが、被災者を気遣う温かい支援の輪も広がってきた。何ができるのか考え、この痛みを大勢で共有する心の持ちようが大切であろう。

避難所の人たちに必要な物は温かい食事、十分な暖房と衣類、心地よい睡眠など思い付くことは多いものの、慰める言葉は見当たらない。ただ、辛抱や慰めだけでは解決しない。

原子力発電所の事故を含めこの震災については後日、教訓や反省を込めてあらゆる角度から検証され、語られることになる。ただ、今は早く危機を脱したいとの思いが強い。

福島第一原子力発電所では、放射能拡散を防ぐための懸命な作業が続けられている。自衛隊の輸送ヘリから海水が投下された。地上から放水も始まった。電力を回復させる作業も続けられている。危険な状況が続くがわずかな光明も見え始めた。ただただ長期化することは否めない。

警視庁や自衛隊の放水車による放水も、効果は限定的だが、いくつもの手段を使うことで事態の悪化を食い止めようとしている。未明、わずかながらの放射能レベルの低下が伝えられた。現場は最大限の努力を続けているが、手詰まり感は否めない。

事態の長期化に伴い、政府や東電の対応に批判も高まっている。ただ、今は見守るしかない。見守るべきだ。一方で、関係住民への暖房用燃料や食料の提供が滞っていることだ。 発電所周辺の病院から避難した患者が、避難先施設で医薬品不足などから死亡したとも伝えられた。長引くだけに、全国的な支援も大事だろう。敦賀市も立地自治体としての役割がある。徹底したバックアップで見守りたい。これはまだまだ辛抱だ。

話を原子力から離れて、海外が伝える「最悪の状況下でも暴動が起きず、温和で礼儀正しい日本人に対する驚異と尊敬の念・・・」と。韓国の中央日報は「危機でも協力する共同体意識は日本社会の底力だ」と被災地の住民らが譲り合いの精神を忘れずに対応していると称賛のルポを伝えた。

東京でもスーパーなどは食料品や生活必需品を買い求める人たちで混雑しているものの購入できる品物の数が限られていても文句を言ったり、長い行列に割り込む人を見かけないとも報じられた。

長引くと、被災者や救援に尽くす人たちにも疲労がたまってくる。今後、物資とともに心のケアも必要になる。ただ、暗いだけではない。神戸でも震災から数週間、子ども達の間に、自然発生的に体育館で遊びがはじまり、動き回る。大人たちがそれをみて、笑顔が広がった。大人たちもいろんな工夫や知恵で避難生活が円滑に回り始める。

寒さや折れそうな気持ちが不思議と連帯感を生む。ボランティア仲間も被災者ともに、交替で西宮や梅田へパチンコなど遊びに出掛けた。

繰り返しになるが、現在、東京電力と東北電力管内に「計画停電」に追い込まれた。東日本(50ヘルツ)と西日本(60ヘルツ)で異なる周波数を調整する変換施設が3カ所(電源開発の佐久間周波数変換所、東京電力の新信濃変電所、中部電力の東清水変電所[4]の3箇所)、計100万キロワットしか送電できないため、首都圏で不足する1000万キロワットを満たせない。

政府が首都圏で節電を呼び掛け、西日本の企業や自治体などで消灯の動きが広がるものの、実際には節電した電力は不要なのが現状。九州電力から中部電力まで、電力融通を開始しているが、短期間ではどうにもならない課題だ。

大規模災害に備えた電力融通は、今後の大きな課題とであることは確かだ。戦後すぐに、ヘルツ統合の動きもあったが、電力会社が分割されていることあって進まなかった。アメリカやイギリスにおいても、周波数を1つに統一していった歴史がある。結論は、節電も大事だが、東日本の電力不足を直接補えるわけではない。

プロ野球の3月25日開幕、選手会の反対もあるが、私は賛成だ。元気を出せるところは元気を出し、そこでの利益を少しでも被災地に還元する。当面は自粛も大事だが、それだけでは日本そのものが沈んでしまう。西日本の全体で東日本を支えるそんな気概がほしい。

日本人は今、未曽有の事態に直面している。福井県も敦賀市も暮らしのさまざまな場面に影響が出ており、誰もが震災の当事者と言っていい。省エネ、募金、ボランティアなど、市民の間でも動きも出始めた。自分のできる範囲でどんな行動を取ればいいとも思う。

「9・11」が米国に深い傷を残したように、東日本大震災が起きた「3・11」は日本人が忘れることができない日になるだろう。失われたものは大きく、社会の混乱は長引きそうだが、嘆いてばかりもいられない。震災から目をそらさないことが前へ進む力になると信じたい。

【2011/03/18】 | ページトップ↑
それぞれに懸命の努力が続けられている・・・。
Date:2011-03-17(Thr)

映像の世界は正直だ。建物崩壊、津波、火災、停電、交通遮断。福島第一原子力発電所の写真も普段をよく知る私には唖然とする光景だ。考えがまとまらない。とにかく書く。これは未曽有の国家的危機である。乗り切るためには、政府と国民、企業と市民、それぞれの「信頼」という綱を、しっかり結び続けるしかない。各地の被災地では余震の中、警察、消防、行政職員らが懸命の被災者救出と復旧作業に当たっている。

一方、東京電力の福島第一原子力発電所の状態が深刻な事態が続いている。発電所の現場では、東電社員はもとより、関連企業、自衛隊員らが、負傷者を出しながら命がけで取り組んでいる。命をかけて、懸命の努力を続ける人がいる。

発電所の原子力建屋のプールでは熱で水が失われ、核分裂を終えた使用済みの核燃料の冷却が不十分となり、燃料棒が壊れた疑いがある。技術的に語ると、燃料棒を覆っているジルコニウム合金製の被覆管が水蒸気と反応して発生した水素により損傷し、放射性ガスを放出した。また、ひとつの発電所内にある三つの原子炉がいずれもまだ安定せず、放射性物質が漏れているらしい。極めて厳しい状況といえる。

放射性物質が大量に、広範囲に外に出ることを何とかして食い止める。これが最も大切だ。厳しい条件の下、原子炉を冷却するための努力が懸命に続けられている。困難かつ危険を伴う作業ができるだけうまく進むよう、全力を挙げて支えてゆくしかない。

ただ、私が言えるのは、大震災の影響で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が機能していないという事態に、冷やすためにとにかく海水や水を入れ続けるしかない。核燃料の性格上、熱が一定程度まで下がるのに時間がかかる可能性はあるが、核分裂反応は止まっており、86年のチェルノブイリ事故のような核暴走はありえない。幸いにも今日か明日にも外部電源の復活の可能性もある。

今は、私も20キロ圏内の避難で大丈夫だとの見解だ。20~30キロの範囲の人たちに屋内退避も妥当だ。発電所周辺は別として、健康被害を及ぼすほどの値ではない。テレビなど正確に伝えている。解説でよく登場するNHKの山崎さんはもと敦賀支局にいた方だ。原子力発電に熟知している。冷静な解説にも耳を傾けたい。

昨日も私のニュースレターを受けて、よう素剤の配布を訴えた方もいらっしゃるが、福島でもまだよう素剤飲用の話はない。ただ、この敦賀でも、福島のトラブルで、いつまで続くのか、不安が広がることは確かだ。

原子力発電所周辺から集団避難を求められたのは約20万人にも及ぶ。不便を強いられる避難先での生活を支えるため、受け入れ先の自治体、地元住民の協力が欠かせない。 場合によっては遠いが岐阜県が受け入れた。敦賀の受け入れも必要かもしれない。

ここに至っては、東電社員をはじめ、現場をよく知る方々が最後の砦だ。東電をはじめ、政府の非難や批判は多い。ただ、今は、危機にあたって陣頭指揮をとるべきは、菅首相をおいて他にいない。国民の生命を守ることを最優先に、東電と一体となって難局に臨んでほしい。

情報伝達の遅れなど、これまでの東電の対応に不信感を募らせる国民や政府関係者は多い。ここは、あらゆる当事者が心をひとつにして、危機を乗り切ることが肝心だ。

ネットの非難、批判もすさまじい。画像も配信も目に余る。国民がパニックに陥らないよう細心の注意を払う必要がある。 「政府は何かを隠しているのでは」との疑念を声すら昨日、電話で頂いた。それだけ、敦賀市民も不安が増え、不信感も多い。国民の不安をあおりかねない報道もある。危機管理がうまくいくかどうかは、政府に対する国民の信頼にかかっている。

国民を信じてきちんと情報を正確に迅速に提供しなければならない。何が起きているのか、これからどんなことが想定されるのか、備えはどうなっているか、どう行動すべきか。 きちんと伝えるべきだ。

日本経済もまた、大震災に加え、昨日は、世界で株価が、事故ショックに襲われ、未知の次元に陥りつつある。 敦賀の本町ではないが、当面は、自粛も大事だが、すべて縮小、削減する必要もない。節度を持った対応が大事だ。

東京からも計画停電の現状が伝わる。私たちの忍耐力、問題解決能力、復元力が試されている。地震には物心両面でそれなりの備えがあった。しかし、津波が加わり、原子力の事故だ。停電をエネルギー危機ととらえれば、石油ショックを乗り切った経験もあるといいながらも、当時と様相が違う。

昨日もガソリン、灯油の不足が何度もテレビやラジオで伝えられた。日本の産業は情報、物流、人流、金融が高度に組織され、相互依存の供給体制を構築してきた。ところが、エネルギーの需給構造は、あまりにもぜい弱だ。
電気は短時間の復旧が難しい。長期になる可能性がある。助け合って復旧に努める覚悟が必要だ。被災地への物資供給を優先させるときだ。

敦賀からも水戸市や石巻市に救援を行っているが、まだまだこれからも続く。押し寄せる水から逃げのびた人が、なお避難所で、寒さで命を失った方も伝えられた。神戸でも最初の1週間、1カ月が厳しかった。なによりも寒さだ。

それぞれに懸命の努力が続く。最悪の事態を、なんとか回避したい。
【2011/03/17】 | ページトップ↑
福島の事故を冷静に見守り、東北地方など復興支援に・・・。
Date:2011-03-16(Wed)

昨日で3月議会が終了した。議会基本条例を全会一で可決。その後、地震災害のできうる支援と福島第一原子力発電所の事故について、原子力発電所を抱える市として憂慮すべき問題であり、防災対策の強化に取り組むとした決議案をこれも全会一致で可決した。

私は、福島第一原子力発電所の事故の状況を冷静に見守るべきで、過度に反応する必要はないと思っている。福島第一発電所1号機と敦賀1号機は同時期同形式の兄弟炉といえ、立地条件が異なり、地震による津波の高さを最大2.8メートルと、想定した対策も講じている。

非常用ディーゼル発電機など直接被災する可能性は低い。また、敦賀には歴史上、文献でも津波による被害が報告されていない。とはいっても、今回のような「想定外」の津波に、どう対応するか、福島の原子力発電所の事故を詳細に検証し、必要な措置を洗い出し、分析して対応を考えることは必要だ。

また、当然、敦賀3,4号の建設にあたっても同様と考えている。着工時期を延期は必至と言われるが、まだ論ずるべきではないと思っている。

いずれにしても、福島第一原子力発電所では、依然として深刻な事態が続いている。15日朝、2号機で大きな爆発が起き、4号機では火災が発生した。高濃度の放射性物質の放出が続く福島第一。それでも正門付近で放射能レベルも低下に転じ、最悪の事態はのがれたとは言い難いが、それでもこう着状態が続いていることは確かだ。今朝も4号機から火災が報じられた。

微量ながら、東京都など首都圏でも、福島第一から漏出した放射性物質が検出されている。それも風向きで低下している。ただ、これによる被ばくは胸部エックス線撮影の100分の1以下だ。過度に心配する必要はない。1000キロ以上離れた敦賀ではまったくと言っていいほど問題でもない。それでも、放射能は目に見えないだけに不安も大きい。不安をあおるネットでの誹謗中傷は慎むべきだ。いずれにしても、政府は、正確な情報を繰り返し国民に伝えるとともに、丁寧に説明する必要があることは確かだ。

1号機の原子炉建屋爆発以来、想定外の事態が次々に起きている。発電所及び近隣は高いレベルが続いているが、住民に健康に与えるレベルではない。チェルノブイリ発電所のような核分裂生成物質の異常放出とはまったく違う。冷静な判断を祈りたい。

現場では、放射能汚染と闘いながら、決死の作業が続いている。東電や協力企業の作業員ら800人が水の注入作業を行っていたが、爆発に伴い、「必要最小限」という50人を残しての作業が続いている。必死の作業が続いている。見守るしかないぎりぎりの状況が続いている。作業員の作業に当たる被ばく線量の基準もあげられた。

4号機では、使用済み核燃料を水で冷却していた貯蔵プール付近で出火した。使用済み核燃料の熱でプールの水が蒸発し、冷却できなくなったことが原因らしい。自然鎮火するまでに、放射性物質が炎に乗って外部へ漏れ出たとみられている。今朝の火災も使用済み燃料保管のプールだ。

1号機から4号機のトラブルは、非常用電源が使えなくなったことに端を発する。核燃料は、原子炉が運転を停止しても発熱している。その後も継続して冷やさなければならない。しかし、電源が使えず、冷却不能になった。それでも、1、2、3号機については、電源車を持ち込み、冷却用の海水を注入し続けている。また、4号機に貯蔵中の使用済み核燃料については、その冷却が不十分だったことに起因する。放射能レベルが高いだけに難しい作業が考えられるが、冷却に水の確保に全力を注ぐしかない。

最後に、電力の列島構造に加え、東日本は50ヘルツ、西は60ヘルツと周波数に違い。列島の断層とは違うが、電力供給体制の断層だ。節電し、電力を融通したく思うが、周波数の違いは大きい。

逆発想で、中部、関西は、電気を計画停電することなく使える。福井県内もそうだ。産業活動のとどめる必要もない。東日本の産業の停滞をカバーするくらいの意気込みはほしい。原子力発電所の防災や津波など非常時の見直しは必要だが、止める必要もない。経済活動を縮小する必要もない。株価も低下し、すべてが縮小に向かう必要はない。むしろ活発にし、被災地を支える気概が必要ではないか。関西の経済は、落ち込んで久しいが、ここはひとつの転機かもしれない。

当分は「節電列島」となる。しかし、関西、中部、北陸は、経済活動や産業活動まで落とす必要はない。当面は、何事も被災地のことを考えて、自粛も大事だが、支えると言う意味では、むしろ産業、経済を活発にし、復興、復旧をあらゆる手段で支援する、そんな心構えが大事ではないか。産業はもちろん、原子力発電とはいえ、安全を考え、火力発電とあわせ、全力で下支えできるのが敦賀の街ではないか。
【2011/03/16】 | ページトップ↑
計画停電にしろ、福島の事故対応が、今が、最大の正念場・・・。
Date:2011-03-15(Tue)

地震の被害が一段と深刻化している。未曾有の危機だ。行方不明の多さ。その捜索、水や食料の不足、物資供給は一刻を争う。私が確認できる茨城県東海村でも、コンビニの食糧不足、ガソリンスタンドで石油、灯油の不足。千葉県でさえ、断水により疲れが見え始めた。これが、北へ行くほどひどくなる。

市民生活に大きな影響が広がりつつある。避難生活は長期間、続くと疲れが残り、高齢者につらい。人によっては、阪神淡路でも避難所では肉体的にも精神的にも限界状態が訪れる方が多かった。精神を病む方もいらっしゃった。それだけに、これからが正念場となる。まずは、水と電気と暖房、いずれも電気が最低限必要となる。いまや電気は生活の必需品だ。あって当然ものがなくなると生活は困難を極める。

日本はもともとエネルギーの脆弱な列島だ。細長い列島構造と、周波数の違いによる供給に限界があるからだ。その上に、今回の電力不足だ。まさに非常事態の電力不足と原子力発電所の事故が重なっている。

報道各社の批判、非難がピークに達している。海外でも、原子炉建屋の爆発映像が繰り返し、行われるとか。日本が放射能汚染されているとか、過剰とも思える報道が続いている。とにもかくにも、正確な情報を迅速に提供し、冷静な対応が必要ではないか。ネットの誹謗中傷はめにあまる。

・・・・二次災害の防止と大停電防止には計画停電しかない・・・・。

大地震の影響で供給能力が落ち、早期に停電に踏みきらないと、より大規模な停電が起きかねない。予告のない大停電の怖さは、瞬時といえども二次災害に通じる。小説の世界になるほどだ。これに今回の地震災害が重なっているのだ。

計画停電への非難、批判も昨日、ピークに達している。報道各社、ネットどれも非難合戦が始まっている。東北地方では完全に停電している地域が多く、東電管内の利用者も不便を耐えるしかないのだ。冷静な対応が大事だ。
この急場で、政府と東電、交通機関、工場、各自治体と十分協議しないまま見切り発車、これは月曜日という社会活動と密接に関係している。とにかく初動が大事だ。今日がこの正念場となる。

・・・・・・長期化する計画停電・・・・・・・

この事態は、私がいうのは不謹慎かもしれないが、長期化する。地震で東日本全体の太平洋側の千葉県に至るまでの火力発電所の多くが止まった。その上、地震で福島第一、第二原子力発電所が機能停止した。東海の原電2号機も停止した。これは冷温停止といって、福島とは違って炉心は安全な状態で停止しているが、電気を送る見通しはまだたっていない。

新潟県の柏崎刈羽原子力発電所は、1,5,6,7号が停止することなく運転中だが、2,3,4号は停止中で、フル操業は難しい状況だ。

このため、15日現在も供給可能な電力は3100万キロ・ワットに、需要は、工場の回復、交通機関の運転再開で4100万キロ・ワットと見られ、1000万キロ・ワット分不足する。電気に最大の欠点は備蓄ができないことだ。需要と供給を合わすしか、大停電を防ぐことはできない。温暖化の進む夏場の電力需要を考えれば、長期化は必至だ。

・・・・・・ネットで広がる誹謗中傷・・・・・・・

繰り返しになるが、東京電力の計画停電の混乱、福島第一発電所の事故と混乱。非難、批判は多い。情報提供など不備もあるだろうが、電気を供給できるのは、電力会社だけだ。今は、冷静に対応すること。インターネットなどでは、いたずらに不安を煽る情報が広がっている。福島原子力発電所の職員などと称して、根拠のないデマ情報を流したりしている。注意したい。放射線は見えないだけに怖さを助長できる。

原子力発電所の事故の対応も計画停電の初動も今が肝心なときだ。当事者がしっかりしなければならないときだ。批判・非難は必要だが、原子力発電所の事故を最小限に食い止めるのも、計画停電もできるのは電力会社だけだ。

東京電力福島第一原子力発電所で、1号機に続き、3号機でも爆発が起き建屋が吹き飛んだ。事故による重傷者はいるが、死亡者はいない。被ばくと言ってもレベルは低い。ここは冷静に見守ってほしい。今は正念場だ。一連の作業では、発電所員や関係会社社員、応援の自衛官が負傷した。被ばくした社員もいる。懸命に事態の悪化を食い止めようとしている。今、現場で懸命に安全確保に向けて戦っている。彼らにしか、危険な状態は脱することはできないのだ。

・・・・・・福島第一2号機の安全確保は今が正念場だ。・・・・・

2号機も炉心の冷却機能が停止した。異常事態が続くが、冷静に対処してほしい。設備構造上、三重の砦がある。原子炉、格納容器、原子炉建屋だ。その一画が破壊されたが、まだふたつは健在だ。炉心内の放射性物質は、丈夫な圧力容器と、それを覆う原子炉格納容器に閉じこめられている。データを聞く限り、原子炉も、格納容器も損傷はないと思う。容器内部の圧力、温度データなどが、水素爆発の前後でほぼ一定に保たれていることが根拠だ。爆発後に大量の放射能が放出されたことを示すデータもない。

2号機も放射能レベルも通常の6倍というが仮に被ばくしたとしても、病院のエックス線撮影の被曝量とほぼ変わらない。原子炉や格納容器が損傷すれば、こんなレベルではない。今、その正念場だ。地元自治体からは周辺半径20キロ・メートル圏の住民に避難指示が出ている。圏外に避難すれば当面、放射能による健康への影響はない。

1,3号は、津波で非常用電源の供給、他の発電所からのバックアップ電源が遅れない、想定外の事態が続いている。これが続くと、炉心に水を送れなくなったことが原因だ。想定外の状況を安全に確保できるのも現場で懸命に働いている発電所職員、関連会社、自衛官など、当事者だけだ。ほんとに今が正念場だ。私は、彼らを擁護するものでもない。徹夜で不眠不休で安全を確保しているのだ。

圧力容器内の水位が下がり、炉心の核燃料が水面に露出して過熱した。1、3号機では、一部の燃料が溶融したとみられている。2号機も溶融の恐れが今は肝心なときだ。危機的な状態が続いているが、2号機は原子炉、圧力容器、原子炉建屋は健在だ。東電は、炉心冷却のため圧力容器内に海水を入れている。重ねていうが、データを聞く限り、炉心全体が溶融していない。

ほんとに、今が、正念場だ。経験をしたことのない、ぎりぎりの事故対応が続けている。とにかく水位を確保することに尽きる。作業に手間取っているが、なんとしても水位確保と冷却をやりきってほしい。憶測による誹謗中傷はやめよう。

・・・・・・敦賀での津波は歴史上は記録がない・・・・・・

敦賀市内でも「原子力発電所は大丈夫ですか」と昨日は、何度か聞かれた。「耐震は大丈夫と聞いたが、津波対策はどうか」とも聞かれる。市民の不安もここまで報道が伝えられれば、当然のことだろう。不安の声にもこたえていく必要がある。発電所としても再点検が必要だろう。私がいえるのは、敦賀1号機は地震対策を行い、いま、さらに安全性を高める工事を行って停止中だ。また、敦賀市は歴史上、津波の被害がないことだ。

・・・・・・総合的な長期的な視野での災害対策が必要だ。・・・・・・

冒頭に戻すが、茨城県、千葉県、首都圏、東北では、デパートや、商店、スーパーでは、日用品の買いだめが始まり、品不足が起きている。行方不明者の捜索、食料品の輸送、避難所への救援など、また復旧になれば石油、灯油、さらに、電気は必須だ。長期化する事態に敦賀市も市民も、市民生活を続けながらもできることはしよう。

長々と書いたが、いずれにしても、計画停電にしろ、福島の事故対応も含め、今日が最大の正念場のひとつとなろう。

【2011/03/15】 | ページトップ↑
未曾有の災害、輪番停電も始まった・・・。
Date:2011-03-14(Mon)

これほどの災害、未曾有という表現があう。日本がいま直面しているのは、世界最大級の災害だ。今後の痛みも、悲しみも、その大きさは計りしれない。市民生活にも大きな影響が出始めた。そのひとつが電力だ。

14日、本日朝、計画停電(輪番停電)を6時20分からはじめる。周知時間も少ない。まさに異常事態だ。東電への非難、不満も集中している。現代は、電気は、日常生活の基本だ。それがなくなることは、市民生活にそれぞれに支障がでる。戦前、戦中、戦後わずかな時期をのぞいてはじめての経験だ。が、これも現実だ。電力需要が供給を大幅に上回れば、電気の周波数が低下し、送電が不安定になる。

送電が不安定になれば、東京一円が大停電になる。電気の怖さは、予期せぬ停電だ。それを事前にそれを防止しようと措置だ。病院なども予想外の停電は許されない。いくら非常用電源があるといえども、電気がなければ、人工呼吸、透析など電気で動いているだけに停止は怖い。

地域のエリア全域停電のため、道路の場合によっては、信号機もなくなる。まさに安全・安心の肝心要が電気だ。それだけに批判や非難も多いが、やらざるを得ない措置だ。今も、東電のホームページはみるが、敦賀からはアクセスできない。それほど混乱しているようだ。

日本の電力供給の弱点は列島構造だ。縦長の列島のために、送電が緻密とはいえ、送電網は限られる。そのため、福井県の電力を直接、送電できない。しかし、電力量はわずかでも、中部電力などを通じて、この若狭からも可能となる。一人が少しの節電をするだけで、東京電力管内の方々に送電が可能となる。携帯の充電による情報入手、病院の医療機器がすくでも長く使えるなど、全国で協力し合うことも大事だ。

東日本大震災で、東電は福島第一、福島第二原子力発電所がすべて停止したのに加え、火力発電所も一時は7カ所が止まった。東電管内の、震災前は5200万キロワットだった供給力は14日には3100万キロワットに落ち込む。4割減だ。一方、14日の電力需要は月曜日で企業活動が再開することもあり、ピーク2時頃には、4100万キロワットになる見込み。約330万世帯分にあたる約1千万キロワットが不足する。

これは余談だが、電力の労働組合の戦後間もない頃、ストの手段として、電気をエリア毎に順次、停電をした。これを猫の目にように変えるから、「猫の目スト」と称した。まだ電気が生活にそれほど大きな存在でなかった時期だからできたストでもある。いまでは、考えられないことだが、当然、反発も大きく、昭和27年にはスト規制法が成立し、公務員と同様、一部に規制がある。原子力発電も同様だ。

壊滅に近い被害を受けた地域の様子が、時間をおってわかってきた。未曾有の大災害だ。万というオーダーの死者になりそうな災害だ。とにかく地獄だ。とはいっても、敦賀市内では、テレビ報道とは裏腹に、パチンコをはじめスーパーなど客でにぎあう。このギャップというか、幸せを不謹慎だが、何もない日常生活ほど大事なものはない。

14年前、阪神淡路大震災でも大阪市内では、パチンコ店など満員、一方、甲子園口に向う電車はリュックなど担ぎ、戦後すぐの様相と変わらない状況に変わった。逆に神戸のボランティアで疲れても大阪に行けば、そんな想いもあった。それが今回はエリアがあまりにも広範だ。その影響が電力だ。

各地の避難所には、きのう現在で三十数万人の人がおり、阪神大震災時のピークを超えた。福島原子力発電所の状況も予断を許さない。救援の拡大とともに、避難者数はさらに膨らみ、長期化するのは必至だ。救援物資――毛布など日常品、水、食料、医薬品、そして燃料が必要だ。福井県や敦賀市でも一部、始まった。現地でスーパーやコンビニが果たす役割は大きい。東京でもコンビニの売り上げがあがっているとか、電気店の電池、ラジオなどもう売り切れ製品が続出しているとか。市民は敏感だ。

いかに、日頃の非常時の備えが大事か、私も点検したい。義援金の窓口も設けられた。平和堂でもある団体が募金を行っていた。ボランティア元年といわれた神戸にはどこからとなく、市民ボランティアが現れた。日本も捨てたものではないと感じた。福井豪雨災害でも「どこからですか」聞くと「神戸から、震災の恩返しに」と20代の若者だった。幾多の災害を経験した私たちは、自助、共助社会は、まだまだ存在する。とにもかくにも日本の非常時だ。 敦賀市や市民の役割もまだまだある。選挙まじかで動きはとれないが、それでもできることはしたい。

【2011/03/14】 | ページトップ↑
歴史上大惨事。原子力発電所の事故対応も・・。
Date:2011-03-13(Sun)

これは悪夢でも映画でもない。言葉を失う。テレビが映し出すヘリコプターからの映像は、戦慄すべき現実だ。一体どれほどの団らんの場が消え、積み上げてきた財産が奪われたのか。何より、そこにいたはずの人たちはどうなったのか。岩手、宮城、福島など東北各県の太平洋岸の街だ。

地震の数分から数十分後に大津波に襲われ、住宅など建物のほか自動車、船舶までが内陸に押し上げられた。火災も発生し、宮城県気仙沼市は、中心部がほぼ全滅した。南三陸町では約1万人が行方不明になっている。これは阪神淡路大地震をはるかに超える大参事だ。釜石港の津波の直前の午後3時の映像は、その凄さをビデオが映し出している。死者・行方不明者数も増え続けている。なお大勢の人が学校施設やビルの屋上、あるいはがれきの下などで救助を待っている。

日本の歴史上、戦争をのぞいての最大の大参事といっても過言ではないか。それほどの地震、津波だ。文明が発展し、人口が増え、石油コンビナートができた。高度成長の日本の歩みだ。その港も堤防もある程度は、考えているがそれを越えた。しばらく企業も自治体も国もあらゆる努力をするしかない。ブログに何をかこうか、言葉がでない。専門分野の原子力発電所の事故について書く。

原子力発電所の事故も検証を待たなければならないが、私が想像する限り、はるかに越えた事故であることは確かだ。また、情報伝達も迅速かつ正確に行うことが大事だ。

東京電力福島第一原子力発電所1号機の事故、トラブルは、爆発で煙がたち、原子炉建屋の外壁が崩れる光景は、想像を越えるものだ。それが現実となっている。福島の発電所には仕事柄、5回以上、訪れている。それだけに身につまされる。また、昨日の報道の在り方も今後の課題となった。

私も原子力発電所で仕事し、人生の大半を携わったものとして、想像を越えた衝撃的な映像だ。25年も前か、原子炉主任技術者の口頭試験を受けた時、試験官が「バックアップ電源もなく、非常用発電機が動かないときの原子炉の安全確保の手段は?」といきなり聞かれ、「そんなことは起こり得ないのでは」と思わず回答したほどだ。一生、経験できない事故だと思っていたものが現実のものとなった。

原子力発電所は、安全確保で5重の構造となっている。ペレットという燃料、燃料棒自体が大半の核分裂生成物質を閉じ込める構造となっている。燃料棒さえ健全であれば外に漏れ出ることがない。それが一部溶融した。そうなると、設備としては、安全確保のため、三重の構造をしている。最も内側は原子炉で、それを原子炉格納容器が覆い、外側に原子炉建屋がある。

爆発したのは最も外側の原子炉建屋部分だ。格納容器から漏れた酸素と水素が結びつく爆発だとか。原子炉も格納容器は健在で機能も維持できているという。ただ、1号機では地震直後から冷却機能が作動していない。冷却水も減り、核燃料が水上に露出して熱で溶融した。よう素、セシウムが検出した以上炉心溶融は一部進んでいることは確かだ。

炉心溶融は、国内の原子力発電所でははじめての事故だ。深刻なトラブルと言わざるを得ない。かつて、世界で二例、炉心溶融の事故が発生している。そのスリーマイル島の事故、チェルノブイリの現場を視察したが、今回の事故はまた違ったものだ。

原子炉建屋の爆発という異常事態に、核分裂を停止するホウ素を含んだ海水を炉内に注入し、完全に冷却することを決断し、作業が進んでいる。塩分などを含む海水は、将来の運転保障が難しい。場合によっては使用不能ともなる。それだけの決断を東電はした。

海水注入は、非常用電源がない以上、現段階では最善の措置だろう。まずは安全第一だ。確かに報道は正確にかつ迅速が大原則だ。これ以上、事故を拡大しないためには、報道各社の東電批判も必要かもしれないが、これからも正念場が続くので、冷静に見守るべきだ。安全を確保できるのは、当事者のよるところが大半だからだ。

1979年の米スリーマイル島の事故は、炉心溶融だったが、放射能による外部への影響はほとんどなかった。それは原子炉建屋、原子炉格納容器が健全だったからにほかならない。その一画が崩れた。まさに異例な事態だ。
東京電力では、電力供給で都内の停電もありうるとの見解を示した。福島県は福井県に続いての第二位の電力供給県だ。そのすべてが停止中だ。原子力発電所は、日本の電気の三分の一を担う基幹電源だ。それだけに、電力各社、原子力機構も安全への説明を怠ってはならないことは確かだ。

まだまだ余震が続いている。津波もあるとか。敦賀も水戸などへ援助物資を送った。消防も救助・救援活動を開始した。今後は、どんな支援ができるか、わからないが、敦賀市も市民も戦後最大級の非常時に、災害対策に注力する必要がある。
【2011/03/13】 | ページトップ↑
日本にとって最大級の危機
Date:2011-03-12(Sat)

昨日の敦賀市内の小中学校卒業式。私は、松陵中学校の卒業式に参加。緊張したピリとした雰囲気。そのよき日が、一変した。

マグニチュード8.8と、国内観測史上最大の巨大地震が東日本一帯を襲った。早朝の今も、新潟・長野にも地震が発生している。死者・行方不明者は千名を超えるとの報道。阪神淡路大地震以来の日本の危機だろう。早朝を迎え、被災地の模様を伝えるテレビ映像は、言葉を失うほどの惨状を映し出した。とにかく、思いつくままに、書き進める。福井県沿岸にも午前3時20分に津波警報が出された。

大津波が住宅やビル、自動車などを次々と巻き込みながら、陸地をなめ尽くすように内陸部へと押し寄せた。会社や学校、地域で助け合うことも重要だ。阪神大震災やその後の大きな地震では、地域の人たちの救出・救援活動が、被害を最小限に抑えるのに貢献した。敦賀市からも神戸に駆け付けた。まずは状況把握だろう。

遠く離れた東京、千葉など関東圏でも、住宅やマンション、ビルが損傷、火災も発生した。交通網も広域でマヒし、多数の「帰宅難民」が出ている。神奈川で勤務する長男にもなかなか連絡が、状況は神奈川も同じようだ。
この寒さは、阪神淡路大地震と重ねてしまう。迅速な初動体制が肝要だ。自衛隊や警察、消防などを総動員し、関係自治体とも協力して、万全の対応をとってもらいたい。敦賀市もなんらかの協力が必要だろう。しかし、今は状況把握だけだ。

東北から茨城県にかけて、東京電力、東北電力、原電などの原子力発電所が海岸線に沿って、多数ある。運転中の原子炉は揺れで自動停止した。茨城県東海村の東海2号機も自動停止した。東電の福島第1発電所では、自動停止後、緊急時に原子炉を冷やすための非常用電源が働かない状態が続いている。

外部への影響はないが、政府は原子力緊急事態を宣言し、周辺半径3キロ・メートルから先ほど10キロと拡大し、住民に避難を指示した。早急な安全確保の観点で適切な措置だ。敦賀の原電も緊急事態の対応で技術者が現地に向う。

また、東京電力が、地震で自動停止した福島第一原子力発電所の格納容器内の圧力が異常上昇したため、放射性物質を含む蒸気を建屋外部に放出し、圧力を下げる措置を行うと発表した。

圧力容器内の放射性物質は微量だ。放出前には高性能フィルタがあり、120メートルの高さの排気筒から海側への風向きの時に放出すれば、拡散効果も期待でき避難し屋内待機している住民の安全は保たれる。冷静で正確な上表提供がなによりだろう。

格納容器内の蒸気を含む窒素などを、高さ120メートル排気筒を通じて屋外に放出するのは1~3号機が対象になりうることを明らかにした。1号機の格納容器の圧力は、設計値の2倍に異常上昇したとみられる。きちんと正確な情報の提供が何よりも大事だ。前後のモニタリングポストなど放射線レベルの公表も大事だ。ただ、この後、電源確保など放出の時期、順序は未定だ。

余震が続いている。津波は今後も到来する可能性がある。福井県沿岸にも警報が出た。しばらくは油断禁物だ。
今回の地震で、被害が広い範囲に及んでいる原因として、複数の地震が連動したことも指摘されている。北陸にも緊急地震速報が出た。

1995年1月の阪神大震災でも、なかなか被災状況が判明せず、救助と救援が後手に回った。災害の規模が大きいほど、全体状況の把握は難しい。電気やガス、水道などのライフラインのインフラが止まった地域も多い。電話やインターネットなどの通信網も、つながりにくい状態だ。パニックに陥らず、冷静に行動することが大切だ。
余震が続いている。津波は今後も到来する可能性がある。しばらくは油断禁物だ。

被災地の人的、物的被害の状況は、ほとんどわかっていない。政府や関係自治体は、まず状況把握に全力を挙げねばならない。菅首相は視察も大事だが、まずは官邸での状況把握ではないか。

6千人を越える犠牲者が出た1995年1月の阪神大震災でも、なかなか被災状況が判明せず、救助と救援が後手に回った。災害の規模が大きいほど、全体状況の把握は困難さを増す。電気やガス、水道などのインフラが止まった地域も多い。電話やインターネットなどの通信網も、つながりにくい状態だ。

いずれにしても、今回の地震を、日本の最大級の危機であることは確かだ。冷静で今は動かない情報把握が大事だ。
【2011/03/12】 | ページトップ↑
敦賀短大と市立看護専門学校の統合の難しさ
Date:2011-03-11(Fri)

昨日は、午前中、議会の予算決算常任委員会、午後は「敦賀短期大学等調査特別委員会」。とくに、特別委員会は、任期、最後の3月議会のみの設置。あえて設置したのは、敦賀短期大学(以下敦賀短大)と敦賀市立看護専門学校(以下看護学校)の統合問題が、いかに重要でいかに難しいか、選挙後の議会へ、特別委員会の議論をつなげて行こうとの表れでもある。

昨年2月5日、2013年4月に敦賀短大と看護学校を統合し、現在の短大を「看護学科」中心とした公立学校法人としての短大にする方針を示していた。統合で短大唯一の学科である地域総合科学科は、募集停止となり、看護学校も閉校となる。嶺南唯一の高等教育機関でもあり、将来のあり方は人材育成の観点から議会として無責任な対応ができないからだ。

現実的には、手続きとして、敦賀短大の地域総合科学科はセンター試験停止手続きに入っており、この5月にも学生募集停止の手続きとなる。25年間の敦賀短大の歴史は、短いとはいえ、かつては経営学科、日本史学科を有し、400名定員を上回る学生が集まった。

当時の二代目・瀬戸内寂聴学長の「源氏物語」の講演は、講堂が満杯となるほど盛況で、私の女房も楽しみ何度か出かけていた。卒業生も2700名を越え、約700名が在住し、敦賀市役所をはじめ、市内企業に勤め、現在も活躍中の方もいらっしゃる。地域の女子教育、歴史といった面で、なかなか目に見えない貢献度は卒業生の言葉からも理解できる。募集停止でも、その功績と評価を行っておくべきではないか。

設立当初は議会をあげて市長ともども文部省に陳情したとも聞く。その後、市長が理事長、議長が副理事長となり、敦賀市あげての設立だ。設立すると当初の熱は冷め、議会も市民もそのあり方に無関心になったのではないか。これまで議会もここ10年は、ややもすれば、経営面だけに焦点が集まり、学生減少と経営悪化だけをとらえてきたようにも感じる。地域総合科学科がこれで限界という時点でそのあり方を議会が附帯決議として理事者側に突き付けた結果でもある。

一般会計からの1~2億円と多額な補助金投入と改革というその都度の大事な作業に、経営面だけが浮き彫りになり、この地域の高等教育機関のあり方など、基本的な議論をせずに今日に至ってはいないか。経営面だけを考えれば、公立化などは難しい課題であることは確かだ。

一方の市立看護専門学校は、平成8年度以降416名の卒業生のうち、敦賀市内に183名(内143名が市立病院)が就職し、割合は47.2%となっている。それまで慢性的な看護師不足にあった市内の看護師確保に十分に寄与してきたと評価できるのではないか。市内の少子高齢化など医療環境の整備を考えると、人材育成は重要な施策のひとつだ。

昨日の特別委員会では、敦賀市の企画政策部と福祉保健部、敦賀短大、看護学校の各関係者が、集まり、現状と検討状況を説明した。

市は、昨年4月「公立学校法人敦賀短期大学設置委員会」(委員長:交野好子・県立看護福祉学部部長)を設置しこれまで5回、冒頭の方針をもとに、精力的に検討を行ってきた。ただ、検討段階で4年制の大学化の話が浮上。市立敦賀病院の院長をはじめ異論が聞こえていた。市立病院の院長は「短大を飛び越えての4年制化は看護師確保に不安が残る」としていた。

また、一方の敦賀短大も特別委員会で「短期大学の必要性は急速には消滅するものではない」と主張。市が看護のみとした単科については「学生に活気が生まれ、経営の効率性が高い複数学科とすべき」と三橋学長は指摘した。設置委員会の不協和音が裏付けられるものとなった。

また。昨日の市の説明を聞く限り、市場調査やそのニーズ、さらにはその後の運営、就職先など、まだまだ検討が不十分で、率直に言って議会が納得できる資料、データではないとも感じた。

開学時期も平成25年4月とするが、敦賀短大の財産移転など短大の理事会、議会の承認など、文部科学省への申請手続きの観点で不可能に近い。または平成26年4月開学も、急ピッチな内容の濃い議論を重ねることが必要とも感じている。

私は、昨年2月の市の方針に基本的には賛成であるものの、調査を進める中で、少子高齢化が進む敦賀市にあって、あらたな高等機関を作り上げるか、その難しさを感じている。大学の持つ地域貢献、高等機関のあり方、公立化の基本的な姿勢と必要性など、議会の中での議論が進んでいないのも現実だ。

昨年2月以降、特別委員会の設置も考えたが、その難しさから理事者側に委ね過ぎた結果でもあると反省もしている。現場の看護師など各方面に聞き取りや調査を行うほどに、その難しさを認識した。議会としても新たな高等機関の設置には、議会としても多額な税金投入と医療環境整備など難しい課題があるだけに、相当な覚悟が必要な課題だ。
【2011/03/11】 | ページトップ↑
高齢化社会の「世帯数」増加(その2)
Date:2011-03-10(Thr)

市内のガソリン価格が上昇。145円のスタンドもあらわれた。合わせて灯油の値段も上昇。寒い日が続くだけに灯油も欠かせない。テレビ報道によると県内の今週のレギュラーガソリンの平均小売価格は、1リットルあたり144.2円と先週より2.3円値上がり。

平成20年10月以来2年5か月ぶりの高い水準。全国平均の価格も先週より6.5円も高い145.5円。灯油も平均小売価格は店頭販売で18リットルあたり先週より45円高い1644円と2年4か月ぶりの高値。ガソリンと灯油の値上げは、特に、一日中、家で過ごす低所得の高齢者の家庭にはこたえる。

昨日の話の続きだが、敦賀市内の65歳以上の老年人口は総人口の20%を越えすぐに25%を突破する勢いだ。市民の4人に1人が高齢者である。

少子高齢化の進行は、家族や地域社会の在り方に大きな影響を与える。以前は親子が代々同居を繰り返す家族が多かった。しかし現在は、結婚して子どもを持ち、子どもが独立して親元を離れると、再び夫婦だけで暮らすのが当たり前のようになった。

配偶者が亡くなれば、一人で暮らす人が多い。子どもの世話になりたくないという意識が高まっているせいもある。そんな姿が、一般的な家族のありようだといえる。

小さな敦賀市内でもエリアごとの高齢化率も違い、旧市街地、中山間地、東浦、西浦と高く、まさにドーナツ化現象がはっきりとしてきた。こうした社会環境の変化は市民生活の中で、さまざまな課題を突きつけられている。例えば、高齢になってから一人暮らしになった場合に、どのように生きるのか。地域で孤立しないように、だれが支えていくのか。個人にとっても地域社会にとっても、重要なことである。

人の結びつきが希薄になったことも確かだ。町内会が結束して毎年、同じような活動を繰り返す。社協が行う福祉委員の活動、婦人会の清掃活動や夏祭りなど活動など住民が協力しての「地域の力」を維持するのが現実は精一杯だ。マンションが多くたつ中央町で、ある高齢者は「つき合いを避けるためにマンションに入居した」と語る。

向こう三軒両隣に住む者同士の寄り添う力で支えようと思っても違う感覚が住民の中にあることも確かだ。自立と自助、互助の精神といっても現代の高齢社会の難しさがここにある。

敦賀市内の一世帯は、なんとか二人を越える程度で都会並みだ。ということは、働きざかりの単身者も多いが、一人暮らし世帯の高齢者も多いといことだ。高齢者の一人暮らしと夫婦だけの世帯を合計した割合は、25年には全都道府県で20%を上回り、30年には全国で26.3%となる。ほぼ敦賀市は同一の動きとなっている。

愛発のあるお年寄りが「長生きは、孤独に耐えなければできない」と語っていたが、現実だろう。とても印象的である。高齢化対策に「特効薬」はない。だが、人と人、人と地域、地域と地域…と交流の輪を広げ、つながりをもう一度見直すことが大切だ。とはいっても、現実には行政の業務も年々増加の一途だ。介護保険も増え続ける。

話を変えるが、40年前に、有吉佐和子の小説『恍惚の人』がベストセラーになった。認知症を「ぼけ」とか「痴ほう症」などと言っていたころである。避けて通ることのできない人間の老いと高齢者介護をいち早く取り扱ったこの小説は大きな反響で、翌年には森繁久弥の主演で映画化された。テレビや舞台でも取り上げられ、書名の「恍惚の人」そのものが時の言葉となった。

私の父母がこの頃から二人暮らしになり、父が脳梗塞、認知症と進み、母が老老介護となった。父がなくなり母を我が家で引き取ったが、東京の都会暮らしもあったのか、ある日、突然別人のような振る舞いをする。健忘、徘徊(はいかい)、異常行動が続いた。女房は子育てと介護疲れが続いた。これも現実だった。「恍惚のひと」は高齢社会への警鐘だが、今は現実の世界となった。

長々と書いたが、地域での支え合い、認知症のグループホームなど地域、社協、民間もさることながら、つき合いを好まない一人暮らしなど、敦賀市内の高齢者の姿も様々だ。行政は多種多様な状況に配慮し業務も増える。施設介護の待機者も増える。それでも足らない高齢化社会だ。地域は地域で支える日常活動など、総合力で乗り切るしかない難しい時代だ。
【2011/03/10】 | ページトップ↑
高齢化社会の「世帯数」増加
昨日は、議会の総務厚生常任員会。夕方から夜にかけては糀谷後援会事務所の事務所開き。糀谷県議は、挨拶で人口減少、高齢化社会の怖さを語った。

敦賀市の人口69,042人、世帯数28,132人(2月28日現在)。人口は横ばいが数年続いている。世帯数はいまだに増加を続いている。「核家族化」は人口が右肩上がりの時代は増殖と言うエネルギーとなった。活力でもある。家をたて、子ども産み育てる。公文名などの粟野、木崎、櫛川など敦賀も地域的には、活力が健在だ。

電力需要でいえば、世帯数の増加「核家族化」は、エヤコンが増え、電力需要の増加のエンジンでもある。

ところが、少子高齢化、人口減少社会では、世帯数増とは、「核家族化」という言葉は、逆にお年寄りの一人暮らし、一人ぼっちなど、殺風景なイメージが伴うだけに怖い。

敦賀市でも旧市街地、中山間地と訪ねると老夫婦が増えている。老夫婦の二人暮らしならばまだいいが、一人暮らしのお年寄りも多くなっている。「おひとりでさみしくないですか?」と聞くと「大丈夫。体が達者なうちはひとりで住み続ける」との答えが返る。確かにしっかりしている。ただ、あと10年するとどうなるか不安にもなる。

都会では、身寄りのないお年寄りの孤独死でお宅を片づける特殊清掃業が増えているとか。悲惨な例は、単身高齢者用の福祉型住宅で孤独死したケース。ナースコールに手を伸ばした姿で発見された遺体は、死後数日を経ていた話が多くなった。国も建設費を補助する住宅というが、介護保険料を当てにしたコの字型の寝たきり老人専用の賃貸住宅の増加。一昨日の参院予算委員会でも問題になった。

認知症と経管栄養の寝たきり老人になると介護が簡単になる。そんな高齢者ばかり集めた介護ビジネスが増え始めた。そら恐ろしい世相だ。

一言で説明すると、国が長期入院を許さない医療保険のしくみ、単価の高い医療の対象者を福祉に移し、単価の高い入所の対象者を在宅に移し、さらに、単価の高い終末医療を在宅での看取りへ誘導し、経費の削減に努めた構図だ。いわゆる介護難民の最後の行き先だ。

高齢者の年金受取が社会問題化した時、テレビで民生委員が、個人情報保護法の成立で「行政は独居老人の情報を教えてくれなくなった。訪ねたくてもどこにいるか分からなくなった」と嘆いていた光景を思い出す。

孤独死の社会へ。都会と地方は違うとはいえ、急速な高齢化社会は、地方都市でもある敦賀市でも、施設介護の待機者が増え、在宅介護の難しさなど、深刻な問題が超高齢化社会では内在している。敦賀市は、確かに高齢者介護の手厚いサービスのメニューが多い。しかし、全国レベルと同様、介護保険税も年々増え、それもジワリジワリと進むから始末に悪い。

国レベルで言えば、社会保障財源の不足は深刻だ。現状は消費税(国分)を、社会保障の高齢者3経費(年金・高齢者医療・介護)に充てているが、約10兆円が不足。今後も高齢化の進展などにより社会保障関係費は毎年1兆円程度の増加が見込まれており、不足分は拡大していくとされる。

敦賀市でもじわじわと数%だが、社会保障費は年々増加が続く。地方から見ても、綱渡りの財源確保はすでに限界だ。介護保険制度改正案、新高齢者医療制度案の議論は、増える負担を誰に、あるいはどの世代に押しつけるかに終始した。

政争の具にして、解決を先送りすることはもはや許されない。「しかし、政治が・・」という状況が続いている。社会保障制度を考えることは、この国のあり方を考えるということにほかならない。国民健康保険、介護保険など管理運営は市町村だが、仕組みそのものに限界がある。それほどこの問題は地方ではどうにもならないことが多い。それだけに政治が・・。そんな思いが募る。


【2011/03/09】 | ページトップ↑
人の心は時間の速さでは癒せないことが多い。
Date:2011-03-08(Tue)

昨日で議会の一般質問が終了した。北陸線新幹線の話題が取り上げられた。国の予算90億円執行の見送り報道とは、裏腹に、東北新幹線では、新型車両「はやぶさ」の営業運転が始まった。時速は国内最速の300キロ。新青森—東京間の所要時間は、最短で3時間10分となり、従来の「はやて」より10分縮めた。

敦賀から青森への単身者もいるが、利用のしかたでは飛行機より新幹線の乗り継ぎで速くなる。利用者は速さを求め、鉄道事業者もそれにこたえる。自然の成り行きといえばそれだけだが、ゆっくりとした時間を楽しむ余裕がなくなっていることも現代社会だ。

問題が発生すれば、じっくりと時間をかけて対応しようとする姿勢がなくなっている。我慢という時間は、ときそして、痛みを和らげ、次へのステップになることも多い。病気回復に「日ぐすり」と母がよく言っていた。国や地方の政治の世界もスピードと効率を求めている。身近な問題も一歩一歩という感覚がなくなっている。人の心は時間の速さでは癒せないことが多い。ときとして我慢が必要になる。

そろそろ卒業シーズンである。「光陰矢のごとし」と言って、別れを惜しむ。過ぎた時間の速さを懐かしむ。それほど人生は短い。松尾芭蕉は、「月日は百代の・・」と月日は永遠の時間を旅する旅人のようなもの、と「奥の細道」冒頭に記している。江戸時代とは時間の流れ方が異なるとはいえ、旅も人生も、現代人は急ぎ過ぎているのではないか。ときとして、ゆったりと歩めばいいとも思う。

話をがらりと変えるが、「ゆるキャラ」人気が各地で地域活性化となって働いている。2007年の「彦根城築城400年祭」イメージキャラクター「ひこにゃん」が火付け役ともいわれる。その後も全国各地で人気者が誕生。当初は一過性のブームと冷ややかに見る向きもあった。これが開花した。観光PRや地域振興に、その影響力には侮れないものがある。

敦賀市には、先ほどの松尾芭蕉の“ゆるキャラ”イラスト「バショさん」を、市公認キャラクターだ。このほかにも、敦賀城主の大谷吉継の「ヨッシー」など、イラストは、いずれもつるが山車会館の職員、奥本律子さんの制作だ。

大谷吉継はNHK大河「江」にどこで登場するかわからないが、登場の出番をいまかと「ヨッシー」君は待っている。これも市公認キャラクターだ。芭蕉人気も根強い人気がある。ゆるキャラも何度も使える。このほかにも「ツヌガ君」のイラストと着ぐるみの公認キャラクターがある。遊び感覚と時間と辛抱だ。ここは、じっくりと腰を据えて、出番を待つ我慢も必要だ。それぞれが相乗効果となっていつ出番があるかもしれない。

話を戻すが、四国と本州をつなぐ宇高連絡船があった。約1時間の船旅だが、瀬戸内海の島々を眺めながらデッキで讃岐うどんをすする。この間合いがなんともよかった。連絡船にはかつては紙テープがあり、ドラの音を聞きながら、時間をかけての別れを惜しむ。これが思い出となって残った。紙テープも環境問題でなくなり、連絡船も瀬戸大橋開通で消えた。効率化、スピードはもとより、我慢ができない時代、心を癒す時間間隔とときとして我慢も大事だ。



【2011/03/08】 | ページトップ↑
県立病院陽子線がん治療センターの完成・・・。
Date:2011-03-07(Mon)

昨日6日は二十四節気の一つ「啓蟄(けいちつ)」。調べると土中に冬ごもりしていたアリ、地虫、トカゲ、ヘビ、カエルなどが穴から出てくるの意。田辺聖子の「ひねくれ一茶」の中にあった小林一茶の句で「大蛇や恐れながら穴を出る」と率直な作品を思い出していた。

一茶の作品にはカエルが多いが、エビも面白い。敦賀は今日からまたまた雪マーク。布団から飛び出す気持ちにはまだなれない。昨日のテレビ報道も無心には喜べない春である。

陽子線を用いた最先端技術のがん治療を目指す福井県立病院陽子線がん治療センターが福井市で昨日、開所した。日本海側では初の施設で、福井県のがん治療体制の充実に向けて先導的役割を担う。今日7日から治療を開始する。喜ばしいことだが、映像を見ながらどうしてもいまだに釈然としない。

センターは、2008年に着工。整備費は約94億円。医師や放射線技師、看護師ら18人体制で運営する。エネルギー研究開発の拠点化の議論で、なぜ福井市なのか、いまだに疑問と不信感が残っている。

若狭湾エネルギー研究センターで研究成果を実用化しようとしていたもの。原子力発電の果実を嶺北が、ちゃっかりともっていたようなものだ。これにより研究センターの目玉を失い、発展性をどこに求めるのか、言葉は悪いが、骨抜きといっても過言ではないと私は思っている。

陽子線がん治療は、体を切らずに治療できるため痛みや副作用がほとんどなく、通院治療が可能。同センターは陽子線治療施設として全国6カ所目、重粒子線を含む粒子線治療施設では8カ所目となる。陽子線治療を行っている兵庫県新宮や静岡県のがんセンターなどどこも県都から外れた田園地帯のなかにある。それも各病院や大学のネットワークで患者を受け入れている。誘致にあたって視察もし調査もしたが、敦賀市でも可能と結論を持っていた。
逆に、ネットワークで患者数を確保するという観点からも敦賀は福井に比べて優位だとも思っていた。

若狭湾エネルギー研究センター建設準備当初、準備室のあったプラザ萬象で当時の垣花秀武理事長は「研究成果をインフラ整備としてがん治療や材料研究ができるセンターに拡張できるスペースを確保できる長谷の地を選んだ」と、さらに「実績と成果を積めば、人材と資金は自然と集まる。装置は古くなるが、新たな医療施設や実験施設、研究施設も可能だ」とも語っていた。

また、「原子力発電の成果を確実に敦賀に還元するには、医療はもっともわかりやすい分野」とも語っていた。研究センターの理事長は、国際原子力機関の副事務局長を務めた垣花氏を最後に県の出納長、副知事とあて職的な理事長となっている。これだけでセンターに対する県の考え方が片手間ということだ。若狭エネ研は文部科学省と経済産業省の所管でもあり、電源三法交付金などで人件費を賄うだけに、エネルギー研究開発の拠点化の最初だともいえる。

現在、それが、原子力・エネルギー学園都市構想として、現在の福井大学附属国際原子力研究所に関心が移っているが、若狭エネ研とのつながりは未知数だ。国、県、機構、電力、といった各組織の連携が大事となる。昭和56年のアトムポリス構想から30年を越え、県行政の地域振興として、いまだ緒に就いたばかりだ。じっくりと腰を据えた地域振興、エネルギー研究開発構想を期待したい。

寒いとはいえ、日常生活の食料品やガソリンは値上がりしている。ねじれ国会は野党多数の参院で委員会審議が始まった矢先、前原外相の辞任、衆院で可決された政府予算は年度内に自然成立するが、その予算を執行するための関連法案は参院を通りそうにない。

菅直人首相は、解散も総辞職も否定にもかかわらず、国会の動きから目を離すわけにはいかない。来月は統一地方選がある。高浜虚子が「啓蟄の蟻が早引く地虫かな」と蛇や地虫はもう動き始める季節、国会も変な方向に動き出さないか、今は我慢の時と思うのだが、・・。
【2011/03/07】 | ページトップ↑
主婦年金と国保の不公平
Date:2011-03-06(Sun)

若狭町の梅の話題が聞こえ始めた。今年の梅は大雪で1週間ほど開花が遅れ三分咲きとなっているとか。それでも議会が終わる今月15日ごろに満開となり、20日過ぎごろまで花を楽しめるという。敦賀にある梅林もほぼ同様とか。3月とはいえ、寒い日中でも、白いかれんな花をみると、もう春を実感する。

若狭町に住む友人からの誘いがあった。若狭町恒例の「梅まつり」が昨日、今日、開かれる。梅にまつわる食材、野菜汁、梅ジャム、梅肉敦賀の産業フェアと同じような楽しさがある。なんとか、出かけたいが選挙準備におわれ始めた。昨日の昼は、8日開設の糀谷後援会事務所の準備。

ところで、国会で、主婦の年金の不公平問題が先週、議論になった。NHKのニュース深読みでも第二弾が取り上げられた。この問題に主婦は敏感だ。それだけ数も多く、真面目に働く人にとって不公平は許せないだろう。実際、国民年金月額1万5千円。国民健康保険と併せると毎月の支払いは容易ではない。

明日の年金の問題もさることながら、今日に備える国保の問題も地方には存在する。滞納は年金より少ないが、それでも払いたくても払えない人が増していると議会で報告される。その背後にさらに多くの年金滞納者がいるとことは確かだ。

専門的というよりも、国民健康保険の地域間格差、市の一般会計からの持ち出しによるサラリーマンにすれば二重払いなど長年の課題が存在する。その課題を市民に伝えてもいまひとつ反応が鈍い。マスコミ報道との兼ね合いもあるかもしれない。それでも毎回のように、市議会で国保問題は取り上げられる。一昨日も取り上げられた。それほど大事な社会保障だ。

国民健康保険の管理が地方の市町村だけに、その深刻さが年金ほど伝わらないのかもしれない。数字を調べると世相がここでも深刻に現れる。国民健康保険の保険料や医療費の自己負担分を払えず受診が遅れ、亡くなった人が昨年は前年比47人増の71人に上った。むなしい結果でもある。

不公平問題ながら、仕組みが複雑で、恒常的になっているだけに関心が少ないのか。国民年金同様サラリーマンや公務員以外が対象だが、同じ年収でも収める金額が市町村で異なり、産業構造や人口構成、景気の浮沈によって一般会計からの繰り入れ額も増減する。敦賀市でも毎年4億円から5億円の繰り入れが定常化している。

国保加入者以外の市民との不公平は、慢性的に存在していると説明しても、それでいつも終わりだ。全国共通の課題だ。政治の怠慢とも言える不公平な課題と私は思う。確かに、主婦年金の不公平は問題だが、この国保の不公平は、与野党共通の構造的な課題だけに、財政破綻とともに、いずれ抜本的な改革が必定だ。

死亡者71人を分析すると、世相が反映されている。無職26人、非正規雇用10人、自営業3人、ホームレス2人、年金生活者1人。大枠では、滞納者が42人で、受診控えが29人。都道府県別は長野、兵庫、沖縄が4人で最多。東京、神奈川、石川が3人。保険料の高い順とも言える並びだ。

私も理数系出身のせいか、数字を取り上げての分析をよく行うが、無味乾燥な数字でも背景がわかると悲痛のの叫びとなる。年金問題以上に、国保は今日を生きる人々の悲痛の叫びが数字で浮かび上がる。それも財政が豊かとされる敦賀市でも高齢化かが進み、同じような問題が内在している。

国会での与野党の攻防も権力闘争のニュースが毎日のように報道されるが、地方の疲弊や年金に敏感になり、国保で苦しむ国民が増える時代、政治の重要性が国も地方も大事だと言える。
【2011/03/06】 | ページトップ↑
ときとして試験が人生を変える・・・。
Date:2011-03-05(Sat)

中学生の頃か、井上靖の「敦煌」を読んではまった。謎だらけの敦煌の仏典。石窟から発見された。全部で4万点。様々な言語で書かれた仏典は古語研究にとって新たな道を切り開くことになった。シルクロードの魅力もあり、何度も読み返した。

「敦煌」は科挙の試験を受け、眠ってしまい人生の目標を失った主人公から小説が始まる。「科挙」は、史上最も厳格な試験とされた。それでも二重、三重の身体検査や持ち物検査をくぐり抜け、不正が行われていた。替え玉受験、賄賂は当然、襦袢に参考文をびっしり書き込む手口もあったとか。当然、不正が見つかれば、受験者は無論、監督官も死刑とされた。それでも不正は横行したとか。

京都大などの不正入試事件、毎日、トップニュースだ。インターネットを巧みに操る手口にびっくりする。隣の答案を盗み見る程度のカンニングしか知らない私には青天の霹靂だ。弁護するつもりはないが、捕まった受験生は今後、どんな人生を送るのか、毎日、繰り返されるテレビや新聞報道で社会的、精神的な制裁は十分に受けたに違いない。

昨日の敦賀市議会でいじめ問題が一般質問で取り上げられた。この種の問題は根が深く、個々人の問題を議場で取り上げるのが妥当か、どうか判断に苦しむ。本日、新聞やテレビで取り上げられた。報道の怖さは、社会的な制裁になり、問題が解決の方向に行くのであればいいが、当事者それぞれが深いキズとなって残ることもあるから注意しなければならない。

議員になった当初、ある議員研修で「議場での議員発言は重く、ときとして裁判にもなる。それだけに、個々人の要望を受けてもできるだけ、一般化するか、政策としてできるだけ、全体の問題として取り上げるように」と教わった。

冒頭の話に戻すが、調べると、試験勉強の「勉強」の「勉」は、もとは「免」の文字。狭いところを抜けるという意味で、自分にむち打って無理やり頑張ること。一方の「強」は文字通り強いること。

試験勉強は、まさしく自分にむち打つしかない。私も入学試験、資格試験を何度受け、何度落ちたことか。落ちた要因を分析すると、家族や仕事など周辺事情はあげて言い訳をしても、最後は自分に返ってくる。試験はときとして人生を変える。変わった人生も自分に返ってくる。
【2011/03/05】 | ページトップ↑
「施設づくり」から「人づくり」へ
Date:2011-03-04(Fri)

平成23年春闘は中盤戦から今月16日の一斉回答で終盤戦となる。以前は「鉄は国家なり」の鉄鋼業界だったが、今はトヨタなどの自動車業界が賃金相場を引っ張る。ただ、これも円高や国内市場の低迷から難航している。敦賀の主力産業、繊維や電力はこれに続く。雇用と賃金の安定が消費を生み、子どもを生み育てる環境が整う。

・・・・・産業団地の成果・・・・

昨日の一般質問の答弁で産業団地2社の雇用208名の内、地元、敦賀出身者が173名で83.2%と占める。家族を含みと約倍の400人の人口増となる。わずかだが長期的視野で見ると固定資産税、法人市民税、住民税と税収増になり、消費にも結びつく。工業団地こと産業団地構想は、敦賀の地の利を生かせば、確実に人口減少に歯止めをかける政策のひとつだ。原子力発電の果実を確実に地域振興に結びつける政策の成果だ。敦賀3,4号の成果を次につなぐ施策のひとつと私は考えている。

・・・・・有効求人倍率の中身・・・・

繰り返しにもなるが、先日、有効求人倍率が全国ではじめて1倍台を回復した福井県。その中でも嶺南が安定した原子力発電を背景にいち早く回復。敦賀はその典型だ。はやくも小浜を抜いて1.36を記録した。ただ、中身を検証すると、賃金レベルはそれほど高くない。敦賀のパート平均賃金は時給940円、全国平均は994円、さらに関東エリアは1,068円と格差がある。また、敦賀で昨年12月990円から比べても目減りしている。

地域間価格差、加えて、正規と非正規の格差拡大、また、敦賀のデータはないが、福井県内では、正社員に限った有効求人倍率では、0.68倍。有効求人数に占める正社員の割合は41.6%と、全国平均の45%を下回っており、全体の7割近くが正社員を希望する求職者とのずれが生じている。敦賀もほぼ同様の水準とか。これからは、雇用も大事だが、いかに質を高めるか、地域としても難しい課題でもある。

・・・・・敦賀の雇用環境と長期的な施策・・・・

敦賀3,4号の本格着工は、冷え込んだ地域経済に確実に活性化させることは確かだ。その後の運転を考えれば、息の長い恒久的な雇用対策でもあり、税収の増など市の財政運営に潤う。但し、建設時の一時的バブルを生むこと、税収も運転開始初年度は相当高いが、長期的に目減りすることなど予測をたてての施策が大事になる。

幸い、敦賀市民は、直近で、もんじゅ建設の景気を経験している。ピーク時5千人を越える作業員が敦賀に寝泊まりし、平和堂で、平成5,6年ごろ、売り上げも1割から2割アップしたともある定員が語ったほど、確実に消費は増え、税収も増える。逆にゴミの量も1割~2割増える。経済活動とゴミの量は比例する。そして、その後の落ち込みが市内のスーパーの閉店となった。建設終了平成8年頃から税収減は、今も続いている。

いかに原子力発電の果実を着実に市民生活に結びつけるか、長期的な施策が大事になる。市長の3月議会の提案理由で「原子力・エネルギー学研都市・敦賀」の推進と「港まち敦賀」の整備を掲げた。両者の拠点整備を基幹とする商工業、農林水産業の維持・発展は、これからの敦賀にとっても欠かせない戦略でもあり、施策だ。それにどう具体策を盛り込むか、長期的な視野での計画が必要となる。駅舎改築、福大研究所建設との「施設づくり」も大事だが、その中身をどうするか、福大研究所はまさに大きな転機でもある。駅前駐車場エリアの建設も大事な作業だ。

今後の敦賀の発展には原子力発電という建設から運転、廃炉と50年を越える長期的な基幹産業があるだけに、短期での場当たり的な思考回路はけっしてよくないと思っている。

・・・・・・長期的な施策で大事なのは、「施設つくり」から「人づくりへ」・・・

昨日の一般質問でも取り上げたが大和田荘七翁の北陸線の敦賀長浜間開通への鉄道支援、敦賀港へのウラジオストック定期航路開設への政府への働き掛け、さらには、教育への貢献など、最後はひとづくりに提言を掲げている。

調べ学ぶほどヒントになることが多い。いま、敦賀は、原子力発電の果実をものづくりこと施設づくりに成果をあげてきたが、最後はひとづくりに行きつくのではないか。敦賀短大と市立看護専門学校の合併は時代に合った施策でもあり、これからの施策の試金石でもある。実現の道には相当の困難が予想される。それだけに議会の議論も大切と思っている。

余談だが、冒頭の「鉄は国家なり」から「鉄はグローバルなり」へと変わった。新日本製鉄と住友金属工業が来年秋の合併。粗鋼生産量で国内トップと3位が一体化する鉄のガリバーの誕生。独占禁止に目を光らせる公正取引委員会も「国内だけでなく世界的なシェアで判断したい」と。時代は変わった。

「鉄は国家なり」の旗を掲げて世界最強の鉄腕に君臨してきた新日鉄の無敵ぶりも今は昔。中国など新興国に追い越されている。ただ、優れた技術、人材は今も健在だ。25年も前になるか、住友金属工業で材料検査に立ち会ったとき、社員教育に出くわした。「鉄鋼マンのプライドは現場教育か生まれるですよ」との言葉が、いまでも印象に残る。

また、鉄の原料となる鉄鉱石の値上がりが最近激しい。先日のコーヒー豆、原油と同じ構造がここにもある。需要の増加と限られた原材料の構造だ。その中でも、長期的に原子力発電は、電力の価格安定に欠かせない産業のひとつだ。温暖化などを考えれば長期的な視野でものごと考えたい。原子力には技術が必要だ。それには人材育成がこれからも欠かせない要素だ。韓国がベトナムへの売り込み要素のひとつに韓国電力の教育がある。

その価値が敦賀にあり、敦賀は先取りしているとも言える。その財産を次につなぐ知恵と工夫が必要だ。それだけにこれまで「施設づくり」から「ひとづくり」は敦賀に欠けていた視点でもある。看護師教育なども実学であり、どう地域と結び付けるか、合意をとりながらの「学校づくり」も議会の仕事と考えている。

【2011/03/04】 | ページトップ↑
コーヒーブレーク
Date:2011-03-03(Thr)

「10分間の休憩を取る」を英語で「take ten-minute coffee break」と教わった。なぜコーヒーがつくのか、たまたま米国の外人講師が教えてくれた。戦後、アメリカ人が発明し広めた言葉の一つが「コーヒーブレーク」。工場で働く労働者のために、コーヒーを飲むための休憩時間を設けたのが始まりという。ちょっと一服してカフェインを取り込めば元気がわく。息抜きタイムを生産性の向上につなげる発想はいかにもアメリカらしい。

いま、コーヒー豆が値上がりしている。中国など新興国で需要の高まり、原産国の南米で天候不順が続いた。この先どんどん消費が増えることを見越し、投機資金が入り込んでいるともいわれる。

原油と同じ構造だ。敦賀市内のガソリンも久しぶりに140円を越えた。北アフリカや中東地域の政治情勢の緊迫化などから原油価格が上昇しているのを背景とか。

石油情報センターによれば、県内の今週のレギュラーガソリンの小売価格は、1リットルあたり平均141.9円と先週より3.2円値上がり。福井県は石油の輸送コストがかかることから全国平均に比べ2.9円高くる。敦賀の値段の高さがいつも話題になるが、セリフ式も今回は高い。

スタンドの店員に聞くと「まだ目立った動きはないが、景気が悪いのか、気持だが、値上げをしてから客足が鈍く、微妙に1回に給油する量も満タンから2000円分とか、減らすようになった」とか。敦賀市内でも敏感だ。中東の情勢から、価格の高騰は長期化するおそれもある。こちらは「コーヒーブレーク」はならない。

政治は、「コーヒーブレーク」とはほど遠い空白が続いている言っても過言ではないだろう。中央政治だけでもない、地方の政治も安定とは程遠い、財政難からいくつか、変化の兆しを見ることができる。議会基本条例もその一つだろう。名古屋市長、阿久根市長と特異な選挙が目立ち始めた。

来月からはじまる地方統一選。政治も執行から「コーヒーブレーク」を迎える。敦賀市も知事、県議、市長、市議と四つが重なる。選挙結果は地域の将来を左右する。情勢分析は巷では花盛りだ。興味は尽きないが、ここでは述べるのは適切ではない。

そうわいっても、地方選、中でも首長選は、制度上、その地域の大統領でもある。立候補者には、マニフェストなどによって独自の争点を示すことが大事だ。一方で新聞やテレビなどのメディアも、報道を通じて選挙の争点を見いだし、提示する使命があり、有権者も判断する時間でもある。ただ、候補者が掲げる争点が、常に的を射ているとは言い難いからだ。

先の愛知県知事選・名古屋市長選では、減税や市議の報酬削減が公約になった。一見聞こえはいいが、議員や職員らを「敵役」に見立て、対立を自らの支持のバネにするこの種のやり方が、争点に値するかどうかは慎重に見極めたい。減税後の経済効果、市議定数削減などの行政改革の全貌、地域振興策が明確でないことなど私はこの動きには賛同しかねる。

また、鹿児島県阿久根市長は地域の疲弊をバネに公務員給与削減が大きな争点になった。格差をクローズアップした形の市政改革を歓迎した市民は少なくなかったが、結局市政は混乱し、今も混乱状態が続いている。地域の振興は、首長の政策判断で将来が決まることが多くなっている。敦賀市の産業誘致、とくに原子力発電の誘致は地域を支える大きな転機となった。

来年には敦賀3,4号の本格着工が予定され、3年後には舞鶴若狭自動車道が敦賀までとなる。敦賀市にとっても、節目の4年間を迎える。今は、敦賀市も私も議会の真っ最中。だが、終ると政治は選挙で「コーヒーブレーク」となる。家庭用コーヒー豆も値上げでちょっぴり苦くなる。この1杯が世界経済を映す世相でもある。ガソリン値上げでも電力の安定価格は、原子力発電が支えでもある。敦賀市の未来、どう描くか、そんな選挙が目前だ。
【2011/03/03】 | ページトップ↑
敦賀の雇用環境と介護・医療システムの充実
Date:2011-03-02(Wed)

福井県内の今年1月の有効求人倍率は1.03倍と、全国で福井県がはじめて1倍台を回復した。平成20年10月以来、2年3か月ぶり。リーマンショックをきっかけに急激に景気が回復基調にあること確かだが、なかでもハローワーク敦賀は1.36とハローワーク小浜1.35を抜いて県内トップだ。

原子力発電が支える雇用環境が浮き彫りにされている。敦賀1号の定期検査、もんじゅの作業とも重なり、駅前のホテルは常に満員状態が続いている。全国にない雇用環境が敦賀にはある。

ただ、今回の押し上げの要因は、敦賀管内では製造業91.2%と回復が大きく、それに運輸業57.9%、卸売・小売業39.4%、建設業で19.2%と着実に景気が回復しているのがわかる。さらに詳しく分析すると、恒常的に求人が多いのは、医療、福祉分野である。21年度の求人数でトップは、卸売業・小売業の1039名に続いて多いのが医療、福祉の1030名だ。今回の伸びた製造業365名とは圧倒的に違う。

市立敦賀病院の医師不足、看護師不足は恒常的な要因のひとつだ。当然、介護ヘルパーも重労働の割には低賃金なのが要因か。いずれにしてもこの分野への人材育成は、質も含め将来的に考えておかなければならない分野だ。

敦賀市も60歳代が人口の一番の塊だ。20年後には高齢化がピークを迎える。医療、福祉への分野への取り組みが重要となる。急性期医療が中心の市立敦賀病院をはじめ、治療から退院後の生活へ、どうつなぐか。最期はどう支えるのか。病院と開業医、医療と介護といった資源の連携を深める必要がある。在宅医療を考えざるを得ない環境になることは必定だ。

最近、注目されている「尾道方式」というのがある。NHKの朝ドラ「てっぱん」の舞台である広島県尾道市の医師会が中心となって展開する在宅医療システムだ。開業医の9割以上が往診を担い、末期患者の緩和ケアや看取りにも取り組む。その開業医を病院の専門医や近隣の開業医などが支える。

患者の容体の変化や退院など節目、節目で開くのがケアカンファレンス(会議)。開業医や看護師など医療チームのほか、ケアマネジャー、福祉スタッフ、家族も参加し、個々の患者の要望に沿ったプランを練る。

医療と介護は、在宅介護にせよ、施設介護にせよ、それぞれに壁があり分離された分野だ。私の両親、女房の父親も最後は認知症で家族は苦しんだが、この連携がないために、家族は病気のたびにおたおたしていた。これからの地域医療には、認知症、がん、その上、高齢者になると、障害がつきまとう。いずれも、最期まで診るシステムが必要と感じている。この尾道方式の取り組みはまだ少ないのが実態だ。医療は高度でも、施設介護はいまでも待機が百を越え、在宅介護でも認知症やがんなど病気が伴うと家族の心労は尽きない。

人口推計によると、14年後の2025年の年間の総死亡者数は153万人。現在の1.3倍になる。超高齢社会は「超多死」社会でもある。2人に1人はがんで亡くなるともされる。敦賀市も自然減こと、出生より死亡者が多い高齢化社会を迎えつつある。病院はもとより、在宅での死亡者も増えることは必定だ。認知症も増え、それにがんでの死亡も増える。そんな社会が現実になりつつある。

市の施策として、医療環境の整備、介護環境の整備、さらに介護・医療を一体的なシステムの構築はせざるを得ないし、地域の特殊事情を踏まえ、これらの人材供給システムも必要となる。
【2011/03/02】 | ページトップ↑
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