春の若狭路とメーデー、そして・・・・。
Date:2011-04-30(Sat)

久しぶりの春の若狭路を堪能した。自転車での小浜往復、無理せず、力まず、冷たい風でも心地いい。黄色、桃色など山々の装いが美しい。その中を、敦賀、美浜、三方、上中と舞鶴若狭自動車道の工事が急ピッチだ。これもたのもしい。

自転車を走らせた目的は、昨日の5月1日の前倒し「メーデー」への参加。しわにならない背広をリックにつめる。もう何年になるか、連休を家族と共に過ごしてもらおうとあえて1日を外す取り組み。それでも「メーデー」は大事だ。日本でも80年を越える歴史は、8時間労働など基本的な労働の礎となっている。

昨年から敦賀と小浜と交互でメーデーを行うようになった。これも時代の流れだ。今年は、連合福井嶺南地協の小浜開催。小浜市では十数年ぶりの街頭デモとか。ことしは例年の格差是正や労働条件アップとは違い、東日本大震災の発生を受けて大きな被害を受けた地域の支援と早期の復興実現を訴えた。

宣言文では、「震災によって仕事を失った労働者や被災した企業への積極的な支援を政府に求めることや、連合福井としても被災地の支援に全力をあげる」ことなどを盛り込んだメーデー宣言を採択。これも歴史だ。

夕方は、駅前、本町、神楽、相生商店街、博物館、ムゼウムと自転車を走らせた。連休を楽しむ観光客が足を運んでいる。例年とどうか、人流れなど、数日、観察しよう。

ところで、昨日、新青森-東京間全線で運行を再開した。東日本大震災によりストップして以来49日ぶりで、大型連休にも間に合った。乗り継げば、青森から震災直後の3月12日に全線開通した九州新幹線鹿児島ルートで鹿児島とも結ばれた。一度に約800人を運べる新幹線は、飛行機や高速バスよりも輸送力が大きく、人の流れの大動脈だ。

西川知事の最大の懸案でもある北陸新幹線。富山、石川ときてなぜ、福井に来ないのか、高度成長下なら自然な要望だろう。敦賀市議会でも新幹線の実現に向けて昭和40年代に決議している。ところが、これも時代も変わり、今回の東北の大震災だ。国土の均衡ある発展という大命題は変わらないが、人口減少、財政破たんに震災は、大きな時代の節目だ。

ただ、今回の東北新幹線の首都圏と被災地の移動手段として被災地復興を後押しする大きな力になる。観光の客足回復へ期待がかかる。ビジネス客も利便性が回復し経済再生へも大きな一歩となる。

確か、95年の阪神大震災で山陽新幹線の再開が81日後だったのに比べ復旧は早かった。要因は東北新幹線の耐震性だ。山陽ほど復旧に時間を要する被害がなかったことにある。

新幹線のほか震災により寸断された東北自動車道など主な高速道は3月中にほぼ開通している。本県からのボランティアも救援物資をバスとトラックの輸送だ。東北自動車道と新幹線の全線再開は東北全体と首都圏を結ぶ大動脈の復活。あまりにも遠い地域のことだが、復活の大きな原動力だ。素直に喜びたい。連休を利用した被災地支援のボランティアも増えよう。被災地以外でも利便性が高まるだけでなく、東北を明るく、気持ちを前向きにしてくれるだろう。

ところで、冒頭の舞鶴若狭自動車道に期待がかかる。これにより関西地域との物流や人の交流が促進される。県外からの観光客は若狭も敦賀も落ち込んでいる。敦賀の民宿もキャンセルが続いた。なんとか、連休で盛り返したいところだ。

被災者に気兼ねしての消費活動を控える全国に共通する「自粛ムード」。ただ、これも経済が回らなければ、被災地の復興にも悪影響を及ぼす。被災者への配慮は大切だが、旅行など普通に消費活動することが被災地の支援になる。

わたくしごとだが、選挙モードがなかなか抜けきらない。身心の疲れも感じている。通常のモードに早く切り替えたいが、体の筋肉痛が残る。首の筋も痛い。睡眠もなぜか浅い。何をするか、何ができるか、昨日、県の災害ボランティアに登録した。今日も自転車を走らせながら、考えることにする。

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【2011/04/30】 | ページトップ↑
①「省益を忘れ、国益をおもえ」②「聞きたくもない『悪い本当の事実』を報告せよ」③「勇気を持って意見具申せよ」。④「自分の仕事ではないと言うなかれ」⑤「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」(
Date:2011-04-29(Sat)

福井労働局によれば、県内の先月の有効求人倍率は1.05倍で、前の月を0.01ポイント上回り、9か月連続で全国で最も高い。しかし、敦賀は、昨年12月の1.28から1月に1.38、2月に1.29、3月には1.28と高いとはいえ、停滞感が出始めた。

敦賀で、新規の求人数を業種別に見ると、情報通信業で275.0%、製造業で118.5%の増加。震災でイベントを自粛する傾向が強まったことなどから、サービス業で21.7%減ったほか、不動産、物品賃業が64.7%と消費者の買い控など目立ち始めた。新規の求人の動きも弱まっている。

数字では、まだ震災影響はまだ定かではないが、駅前周辺のホテルの状況、3、4月転入、転出に伴う歓送迎会など売り上げは、例年ほどではないとも聞く。今後の動向を慎重にみていく必要がある。

ここまで書き進めたのも、有効求人倍率ほど、敦賀の雇用状況はもちろん、景気判断の材料で重要だからだ。商業統計や工業統計は、あまりにも遅く、有効求人倍率の速報値は、的確に現状を把握できる数字だからだ。

東北の震災、福島の事故がどれほど影を落とすか、経済活動もさることながら、気になるのは、中央の政治だ。地方議員の私でも「中央の政治は何をいてるのか」といいたくなる。

震災直後の「政治休戦」はどこ吹く風。「政局」突入の様相だ。自民党は衆院への内閣不信任案を検討、民主党は鳩山由紀夫前首相らが「倒閣」ののろしを上げた。

いまだ避難所生活を強いられている人が10万人を超える。福島の発電所周辺住民の「早く返して」の叫びも痛ましい。与野党が不毛な対立を乗り越えなければ万全の対策など不可能だ。与党経験が長い自民党ならば、被災地の支援へ具体的な知恵を出してほしい。国会論戦の主眼が「あくまで衆院解散・総選挙に追い込む」と息巻くことではないだろう。前首相や参院議長が「菅降ろし」を先導するのも訳が分からない。

一昨日の小沢一郎元代表の「1億円を支払った」と証言、菅おろしの勢い衰えたとか、報道の取り上げ方にも問題が多い。大震災を忘れたかのような「政局」は真っ平御免だ。ここまで書いても政治の停滞が、経済の停滞にも通じる。

状況判断と危機管理能力の欠如が、この国がどう向かうのか、地方からみると、いつも後手に回り、迷走するばかりとも思える。

故・後藤田正晴元官房長官の「後藤田五訓」を思い出してもらいたい。80年代、中曽根政権は内閣の機能強化策として内閣安全保障室の設置。発足式で後藤田氏が訓示した①「省益を忘れ、国益をおもえ」②「聞きたくもない『悪い本当の事実』を報告せよ」③「勇気を持って意見具申せよ」。④「自分の仕事ではないと言うなかれ」⑤「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」

危機管理が必要な今こそ必要な「後藤田五訓」だ。大島・三原山大噴火での住民避難、三井物産マニラ支店長誘拐事件など数々の難題を乗り切った。

政府にも自民党、民主党に通じる訓示だ。難しい時代こそ、リーダーの状況判断、危機管理は大事だ。福井県知事、敦賀市長にも言える。
【2011/04/29】 | ページトップ↑
「大規模災害への対応と原子力行政」は、敦賀市に突き付けられた総合計画の最大のテーマ
Date:2011-04-28(Thr)

時の流れの速さを感じる。21日に55歳で亡くなったキャンディーズのスーちゃんこと女優の田中好子さん。「もうすぐ春ですねぇ~♪」という歌詞が心に刻まれている。35年前、毎朝冬の3カ月、岡山県玉野市の造船所の実習で目覚ましがわりに聞いたのが「春一番」だ。いくら飲み過ぎても不思議と元気が出た。

告別式で流された田中さんの肉声テープ、『被災された皆さまのことを思うと心が破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです』とあった。テレビで聞く限り、声は弱々しく息も苦しそうだ。『私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません』とあるから、死を覚悟した上での録音だったのだろう。そんな状況に立ち至っても、被災者の死を悼む田中さんの人間的な優しさに心を動かされた。

『幸せな人生でした』。そう話す一方で『もっともっと女優を続けたかった』と語った言葉が悲しみをかき立てる。死を目前にした言葉は正直だ。なぜか訴える力がある。

『早く帰らせてくれ』も、福島の事故で周辺地域の住民らが暮らす避難所を21日に初めて慰問した菅人首相に、住民がぶつけた言葉だ。これも正直な言葉だ。

政府は翌22日午前0時から、福島第1原発から半径20キロ圏内を、住民の立ち入りを禁止する「警戒区域」とした。先の見えない避難生活、住民の想いを考えると、原子力関係者のひとりとして、向き合わなければ課題でもある。

東電が公表した事故の収束に向けた工程表によると、原子炉を冷却して放射線量を着実に減少させるまで3カ月。原子炉を安定的な状態に保ち、放射性物質の放出を管理して線量を大幅に抑制するには6~9カ月かかるというもの。

工程表の裏付けとなる技術的な根拠は、明らかにされていないが、収束には時間がかかるということだ。今朝も女性社員の内部被ばくが報道されたが、最前線で関係者が頑張っており、放射線管理が伴うだけに時間との闘いでもある。

建設工事の工程表と違って、今回の工程表は一つの目安とみるべきだろう。まずは、危機的事態をこれ以上悪化させないよう、東電は政府の協力を得ながら、一刻も早い安定化に向けた対策の実現に全力を挙げることに尽きる。

収束へ何よりも重要なのは、原子炉を100度未満に抑え「冷温停止」状態にすることだ。安定的な対策として炉心冷却のために格納容器の中まで水で満たす、その後の残留熱の冷却システムを再構築と課題は多い。今朝も様々な試みが報道されている。

汚染水の処理も大きな課題だ。水のかけ流しによって汚染水がどんどん増えるジレンマを克服するために、外部で汚染水を処理しながら冷却塔を通して、安定的に冷却水を循環させる方法が有効になる。

原子炉格納容器が破損し、炉内の燃料に触れた高濃度の汚染水が漏れ出ている2号機は外からセメントを流し込み、圧力抑制プールを丸ごと固める作業も行う方針だ。

具体的に書いたのは、現場では緻密な作業工程と、放射線量を測りながら、周辺環境の深刻な汚染を未然に防ぐとともに、作業員の生命・安全を守るため慎重に作業を進めなければならない。それだけに経験と知識、時間を要する仕事が続く。

先日も、周辺地域の放射線量がHPで公表された。今後もモニタリングも拡充するという。これまで、放射線量の情報が少なすぎた。今後は、正確で詳細な情報を公開し、丁寧に説明を尽くしながら避難住民はもちろん、国内外の不安を少しでも努力も必要だろう。

工程表では対策が示されていないものもある。その後、どう原子炉を閉じ込めて行くのか、これも10年、20年という期間を要する。実績のない工事だけに、工程の見直しも当然ありうる。収束へ知恵を結集も必要だ。

具体的に書き進めたのも、時間と知識がかかる作業だからだ。敦賀市にどう影響するのか、その見極めも大事なことだ。他人事ではない。

もんじゅ再開、敦賀3,4号に本格着工は、真水では、交付金など、敦賀市の財政に影響し、雇用や景気に影響する。

現実的に、もんじゅのナトリウム事故後、敦賀市のボディブローのような影響は、有効求人倍率など光の場面もあるが、工業統計、商業統計など詳細な分析を行うと、一言で「停滞」が続き元気がなくなりつつあるというという現実だ。

今回の福島の現状を見極め、どう影響するか、国の原子力政策は、どうなるのか、長期的な視野と危機管理的な目を持ちたい。

市内の敦賀3,4号本格着工の期待感が大きかっただけに、どう影響するのか、着工時期を聞かれても答えは難しい。

安全を最優先にすることには論を待たないが、長期的には、敦賀市の雇用、経済はもちろん、医療や介護など市民生活にも影響するだけに、その見極めは大事だ。まずは財政運営をどうするか、駅前再開発や敦賀短大の再編などプロジェクトの兼ね合いなど諸課題との関係など、「鷹の目」的な長期の視野も必要だ。

昨日、東北震災や福島の事故を盛り込んだ第6次総合計画の前期基本計画が記者発表されたが、現段階では、総花的な一面と踏み込み不足は否めない。新たな項目としてあげた「大規模災害への対応と原子力行政」は、敦賀市に突き付けられた総合計画の最大のテーマであることは確かだ。
【2011/04/28】 | ページトップ↑
県の原子力防災の見直しと敦賀市
Date:2011-04-27(Wed)

選挙戦のくせか、早起きが一層早起きとなった。ところで、テレビの「緊急地震速報」。敦賀、東京、茨城でそれぞれ受け止め方が違う。不快な音と感じる人も多いとか。東京、茨木では一瞬身構えてしまうとか。「3・11」の長い不気味な揺れの感覚が染みついているとか。

地震の揺れが収まった後も揺れている気がする、地震でもないのに体が揺れているように感じる「地震酔い」ともいうべきもの悩まされているとも聞く。季節の変わり目で自律神経の機能がうまく働かないとの医師の診断とも。敦賀ではわからない感覚だ。それほど違いがある。

一方で、政治はあい変わらずガタガタと揺れている。自民党の国会での内閣不信を出すとか出さないとか。一方の民主党内ではまた菅降ろしである。統一地方選大敗でさらに勢いを増しそうだ。住む家を、働く場所を失った人は、どうやって暮らすか途方に暮れているのに。

東北の震災や福島の事故を巡って、菅首相や政府の対応はベストとはいわないが、政局の段階ではない。一昨日も8日間の福島の放射線測定など仕事を終えて、敦賀へ帰った方、そして交替で出かけている。伺う限り、まだまだ、現地は深刻な事態が続いている。被災者、国民が望んでいるのは権力闘争や政局ではない。福島では事故の収束であり、復旧・復興の確実な実行だ。それだけに原子力発電所を立地する福井県も敦賀市も待っていられないことがある。それが原子力防災だ。

・・・・県の防災計画の見直しと敦賀市・・・・

福井県内の動きとして、昨日、福井県内発電所の「準立地自治体」に当たる若狭町、小浜市、南越前町、越前町の4市町長らと県の意見交換が、県庁で行われた。福島の事故の影響で、嶺南の若狭や敦賀でも民宿のキャンセルがあるとも聞いた。原子力発電所を立地し推進するにあたっては、一方で原子力防災は喫緊の課題ではないか。

国の原子力防災指針や指針に基づく県の同計画では、防災対策の重点範囲を10キロと設定している。唯一、電源三法交付金制度では「立地」と「周辺」が明確に色分けされ、交付金の配分額に大きな差がある。

一方、福井県は、国の指針を基に発電所から「半径約10キロ」をEPZに設定しているが、福島の事故では半径20キロ圏内が退避(その後、警戒区域)、30キロ圏内が屋内退避としている。20キロ、30キロが現実化している現段階で、早急な見直しは必要なことは確かだ。

今回の避難は、指針とも明らかに違う。ただ、指針の改定は、これまでの経緯をみると時間がかかる。「国の改定を待たずに(原子力防災計画の)見直し作業に着手せざるを得ない」とする西川知事の判断は妥当とも思う。

自衛隊、海上保安庁、警察、消防などの関係者や原子力の専門家らで「検証委員会」を設け、見直し作業に入る。内容は、住民避難、要援護者の避難、避難が長期化した際の暮らしなどを検証するとも明言している。

関電、原電、機構など、地震や津波の安全性向上への取り組みが進められている。当面の対策として、あらたな非常用電源の設置、予備の電源車を配備、さらには、今回の事故を受けての非常時の手順書を改定したり、訓練も実施している。おくことも課している。関西電力では700億円、原電では200億円と安全への投資をあきらかにしている。

一方で、国の原子力発電所の耐震指針は、読む限り、津波の対応は万全ではなかったことは確かだ。いずれ、見直すことは必定。これを待たずに、中部電力は浜岡で高さ15メートルの防波壁を設ける方針を明らかにしている。
事業者の地震、津波対策も大事だが、一方で、福島並みの深刻な事故が発生した場合の被害を盛り込んだ国の原子力防災もいずれ見直されることは確かだ。

オフサイトセンターのあり方、避難体制、被害拡大防止策など、検討すべきことはあまりにも多い。10キロのEPZを基本とする従来の政府の防災対策はもはや役にはたたない。それが福島での対応が後手に回っている原因でもあること明白だ。何度も書くが多岐にわたるために、時間がかかる。

結論ではあるが、県の防災計画の見直しと連携して、敦賀市でも独自に防災計画の検証、見直しに着手することが大事ではないか。敦賀市は、敦賀発電所から20キロ圏内に大半が入る。人口6万9千人市民をどう安全に避難していただくか、至難の業だ。冬の豪雪とも重なると避難経路もさらに難しくなる。

考えればきりがないが、国の見直し、県の見直しを待っていてからでは、私は理解が得られないとも感じている。さらに、20キロ圏内11万人、30キロ圏内27万人となるだけに、隣接市町とは言っていられない、連携が必要なことも確かだ。考えれが、きりがないが、これも自ら考えておくことも必要だ。
【2011/04/27】 | ページトップ↑
優先順位をつけて取り組むべきこと・・・。
選挙が終わり、挨拶回りや後片付けに追われる。寝ていないのと緊張感が切れると、疲れがどっと押し寄せる。ブログの書く「くせ」がなくなっているのか、頭の回転もいつも以上に鈍い。文章が支離滅裂に陥っている。とにかく、書く。

・・・大震災と福島は、遠く離れた敦賀でも大きな影響を与える・・・・・

4年に一度の選挙、そのときどきで違った。今回はまさに、大震災と原子力の事故が大きく影響したことは事実だ。

友人によると「選挙は、敦賀そのもの、日常の暮らしと、原子力発電も含め、あらためて向き合う機会になった」と答えた。原子力から離れても、災害がなくても、人口減少、少子高齢化、敦賀でも医師不足など恒常的となり、開業医の減少など地域医療の難しさ、シャッターが閉じたままの店が並ぶ商店街、周辺部と旧市街地の過疎化、担い手不足の農業、漁業・・・。と時代は変わりつつある。思いつくままに並べてみても、抱える課題の多さと深刻さに心が重くなる。おいそれとは解決できない課題が多い。挨拶まわりをしていても「問題を先送りしないで」と具体的な注文が多い。

今回の選挙の世論調査やアンケートで、原子力のまち「敦賀」というイメージが鮮明になった。原子力政策の行方が大きく左右されることは確かだ。

敦賀の活力は、原子力と共にあるといっても過言ではない。15年前のもんじゅのナトリウム漏えい事故以後、敦賀の景気は明らかに落ち込んで着ることは確かだ。

停滞が長引くほど敦賀3,4号への期待は大きかった。その根幹をなすもんじゅや敦賀3,4号も今回の福島の事故で安全対策など先行きは不透明だが、ひとことでいうと、市民の大半の反応は、地震や津波による原子力発電の安全対策をしながら、今の原子力は進めると答えは明確にもなった。

ただ、国の原子力政策の見直しなどどうなるのかで大きく影響を受けることは確かだ。

子供や孫たちに、安心して暮らせる故郷を残せるのか。恐らく今が敦賀にとっても正念場ではないか。逆に、原子力の必要性を訴える発信も必要にも思う。

・・・・地方分権も進まない、財源確保難しい・・・・

選挙で頭がまだまだ選挙モードでかたい話しか出てこない。いま、地方分権には大きく二つのベクトルがある。一つは国が地方自治体へ財源や権限を移譲する動き、もう一つは自治体や地方議会が率先して地域住民のニーズに応え、独自の政策を打ち出していく活動である。

財源や権限の移譲は道半ばだ。国も震災対応でなにも手がついていない。復興財源の調達が大きな課題で、子ども手当上積みの見送り、高速道路の無料化凍結などで財源を捻出した。

国、地方の財政は今後も我慢を求められ、財源面での分権改革は当面制約を受ける。それも相当な時間だ。一方で、地方も独自というが、国の原子力政策でどうこのさき、敦賀が進むのか、主体的にものごとが考えられないことが多過ぎる。敦賀3,4号の本格着工時期の不透明さは交付金の時期とも密接だ。今年の約30億円はどうなるのか、この見極めも大事だ。

・・・・「待ちの政策」ではなく、「自らの政策」とも思うが、これも財源だ。・・・・

医療、介護の社会保障費は着実に増える。敦賀駅前の再開発、敦賀短大と看護学校の合併なども、将来への投資といいながらも、継続的に敦賀に長期的にのしかかってくる。それも財源だ。

その多くが、もんじゅの再開、敦賀3,4号の建設、運転が前提だけに、どう進めるべきか、難しい難題を震災や福島の事故は敦賀に突き付けている。

東北からはるか離れた敦賀、福島の事故もまだまだ、まだまだ対応が続く。それだけにじっくりと腰を据えて、考える時期ではないか。

起承転結で話を転ずるが、私も古いのか、田舎の小学校に行くと、片隅にまきを担いで読書をする「二宮尊徳」像がいまでも立っている。四国の私の出身の小学校もそうだった。

江戸時代後期、天保の大飢饉前後の荒廃した農村の復興と藩財政立て直しに尽力した。尊徳が掲げた言葉は、「興国安民」。その思想は誠実さや人の和を重んじ、収入に応じて支出を決める「分度」を守り、余剰分を社会に役立てることなどを説く。

今後4年間のまちづくりを託す河瀬市長と議会の議員が決まった。私は、大震災や福島の事故を受けて防災や災害時の対策を訴えた。

市民の暮らしを守りながらのどう雇用と活力を見出していくのか、原子力のまちだけに、闇雲に進むことができない環境が多い。難しい課題も多過ぎる。

それだけに、市長のリーダーシップと行動力、そして覚悟も大事だ。当然、議会も同じだ。敦賀の取り巻かれた環境を考えるならば、「興国安民」の尊徳的な思想、人の和を大事にしながら、敦賀の活力の醸成も大事だが、基本は、市民の日々の生活が大事だ。

それだけに、国の原子力政策、敦賀の財源など総合的に考える時期でもある。イケイケドンドンでもない。我慢の時期でもある。今できること、やるべきこと、地に足をつけた政策の実行、いまある計画の遂行も大事だ。その基本は財源だ。

私はまず取り組むべきことは、財源の見通し立てること、たたなければ、待ちの姿勢も大事だ。また、安心安全の観点で、原子力防災計画の見直しではないか。西川県知事は、早速、県で独自に取り組み始めた。長浜市や高島市との連携の模索も大事だ。原子力の考え方も、嶺南と嶺北の温度差も大きい。滋賀県とはなおさらだ。優先順位をつけて取り組むべきことが多い。
【2011/04/26】 | ページトップ↑
敦賀市の市長選、市議選が終わった・・・。
Date:2011-04-25(Mon)

9日ぶりのブログです。正直、眠れなくて、書いています。

敦賀の市長選、市議選が終了した。公職選挙法もあり、ご勘弁願いたい。この場では慎みたい。私の選挙は基本的には労組をバックとする組織選挙であり、選挙戦術も極めてオーソドックスだが、それが噛み合うときちんとした結果となる。

市長選は、河瀬氏が3人の新人を抑えて5回目の当選を果たした。五期目は、敦賀市長では、はじめての多選市長となった。選挙戦では、福島の原子力発電所の事故を受けて、原子力行政の進め方が大きな争点となった。河瀬氏と3氏の候補の原子力の違いが、明確ではなく、どちらかというと、河瀬氏が原子力推進最右翼的な印象、選挙戦ではそれが優位に働いたのではないか。とにもかくにも河瀬市長の人柄と『安心・安全・経験」の旗は今の敦賀市が求める結果となった。5期目、祝当選。

安全を最優先にしながら、原子力と共生し、雇用と景気など、敦賀市民ののぞんでいる方向性が今回の選挙の結果でもある。

事実、河瀬氏は「原子力行政の舵取りが難しくなる今こそ、4期16年の経験と実績が必要だ」と訴えていたことが、雇用、地域経済など、まさに生活に原子力が直結する表れではないか。

次点の渕上氏の1万1千を超える票は大健闘だ。多選批判もしっかりと受け止め、世論調査以上の、後半の追い上げは凄いと持った。人物的も人柄もあり、再挑戦となるだろう。

正月から3月ごろまでは岡本氏も有利にはたらいか見えたが、大震災は、明らかに現職有利に動いたのではないか。これからは岡本氏のような経営手腕が問われる時代だ。人柄もよく、やさしさがあり希望的には再挑戦もしていただきたい貴重な人物だ。多仁氏は、私も敦賀短大や歴史講座で教わった方、敦賀市の知的財産として、これからも活躍を願いたい。いずれもノーサイドで敦賀の市民のためになる方ばかりだ。

・・・・・・・・・
ここで、今回の選挙戦で私が個人演説会で使った四文字熟語を紹介しよう。ひとつは、「有備無患」(備えあればうれいなし)。東日本大震災の教訓が物語る。犠牲者の多くは地震より、約30分後に押し寄せた津波によるものだ。この30分間の行動が生死を分けた。これからの検証も必要だが、日ごろの防災教育が多くの子どもたちの命を救った。

岩手県釜石市の小中学校14の防災教育。3000人の生徒を救っている。それも想定を越えた避難。1キロ以内の中学校では避難所は津波に飲み込まれ跡形もない。ところが生き残った生徒は、それ以上の高台に避難。日頃の防災教育の成果でもある。

敦賀市の笙ノ川のハザードマップなど、今後の防災教育の教訓になるかもしれない。調べると、想定に頼れば、想定外の事態に対応できなくなるそうだ。今回の福島がまさにその通りだ。

今後の原子力防災に通じる基本理念にもなる。想定内、想定外以前に、福島なみの事故が起こったら、どう避難するか。いかに防災計画が大事か。

もうひとつに、「思則有備」(思えばすなわち備えあり)である。備えは日頃から考えて訓練しておくべきこと。この教訓は、選挙戦で個人演説会で訴えた。

安全を最優先とする原子力推進と原子力防災は、車の両輪のようなもので、敦賀市にとって必要なこと。今回の福島の事故は、敦賀市にとっても大きな試練である。とにかく、今日から再び、市議の仕事が始まる。仕事で返すのが本来の姿。4年間でしっかりと見守っていただきたい。このブログも毎日、できるだけ続けます。
【2011/04/25】 | ページトップ↑
コンパスが描く同心円20キロ、30キロ圏内の苦悩と現実
Date:2011-04-16(Sat)

コンパスをもつとなぜか、わくわくした。初めては、小学校の算数。2本の足の片方に鉛筆の芯。くるり。円がきれいにつながると気持ちがよかった。大学に入って、海図にコンパスをたてると、これも違った世界がみえてきた。

昨日、市役所で敦賀発電所を中心に、20キロ、30キロの円を眺めた。少年の頃、コンパスで描いた円とは違い、同心円内には地形や文化などない機械的な冷たさを感じた。20キロ圏内、約11万人、30キロ圏内、約27万人の人々が住む。20キロ圏内には敦賀市の大半がすっぽりと含まれる。

福島第一原子力発電所の事故で、これ以上事態が深刻化しないよう、事態を収拾することが急務だが、この中で、政府は新たに、放射性物質による汚染地域を対象とした「計画的避難」を実施する方針。高濃度の放射性物質による汚染が、従来設けていた避難区域の外でも確認されたためだ。

政府は、これらの地域の住民を1か月間程度で地域外に避難させるという。そこには生活があり、慣れ親しんだ土地がある。避難する住民に対し、なぜか避難しなければならないのか、将来の見通しなど、丁寧な説明が求められるのは当然だ。

福島の事故対応で、周辺の半径20キロを「避難指示」、半径20~30キロを「屋内退避」としてきた。原子炉の破壊による放射性物質の大量放出に備えた措置だ。

政府や東電は、避難地域から誰がどこに避難したか、状況把握が出来ていない。敦賀市内に、子どもの教育などを考えて、早々と避難している方も数十世帯に及ぶ。それも子どもの小学校転入から敦賀市もはじめて避難した家族とわかった例も多い。
また、それぞれの生活支援は、ほぼ自治体任せになっている。計画的避難も合わせると、避難者は計10万人を超す見通しとか、手厚い生活支援が必要なことはいうまでもない。東電の賠償の仮払金など、生活支援は欠かせない。
1986年のチェルノブイリ事故では、私も現地での調査で、強制的な移動により、生活不安や健康不安が、放射線影響よりも、健康に悪影響を及ぼしたことがあまりにも大きいことを知った。国や自治体の生活支援も必要だが、住民との対話や相談などきめ細かい対応が必要なことはいうまでもない。
 
福島の事故の収束が見えない中、統一地方選の知事選、県議選が行われ、敦賀市でも原子力政策の在り方が論点として注目されたが、結果的に明確な争点とはならなかった。だが、敦賀市には、原子力発電所や高速増殖炉「もんじゅ」があり、原子力とどう向き合うかは避けて通れない問題だ。

私も原子力に従事するひとりだが、福島の事故を謙虚に受け止め、どう向かい合うのか、真剣に論議すべき選挙戦だとも思っている。菅直人首相は、原子力政策の在り方を見直す考えを示している。一方、原子力発電所を有する敦賀市は、立地に伴う交付金などの財政支援、雇用や地元経済も恩恵を受けていることも明確だ。

原子力問題は国のエネルギー政策次第ではあるが、原子力の地元として、どう向き合うのか、避けて通れない議論と思っている。知事選、県議選の中で、原子力問題を正面から取り上げ、「反原発」を訴え、安全対策に警鐘を鳴らした党はあったものの、議席を奪うどころか、敦賀市内の県議選では前回より票を減らした。

大半の有権者は私が伺う限り、安心、安全を確保したうえで「共存」「共生」と考える方が多いのが現実だ。前半戦の知事選、県議選の有権者の投票結果としても、明確な反対は少ない。一方で、私が市民の声や市役所に毎日、かかる原子力発電所への不安や苦情を伺う限り、無条件で容認したわけではない。

福島の事故での放射性物質や汚染水の漏出が毎日報道され、不安は消えていない。原子力発電所を有する敦賀市民にとって、漠然とした原子力発電所の放射能を伴う事故への不安、や、原子力発電所に従事する方も多い中で、将来の漠然とした生活不安も感じている方もいる。

政府のエネルギー基本計画は、2030年までに原発を現状より14基以上増やす内容。不安要素のある海外からの燃料供給に頼らないエネルギー安全保障や温暖化防止の観点などから原発依存を高める計画だ。

国の原子力政策は菅首相の見直し発言など、確実にぶれ始めた。ただ、福島の事故収拾がまだ長期間かかることから、政策転換は、難しい課題が並ぶ。地球環境問題、資源小国、電気の3割を担う原子力と、正直なところ、政策転換などに考えが及ばない思考停止状態続いていると言える。

国レベルでは、原子力発電所に関しては、事故の収束が優先課題だが、原子力の有用性と危険性をしっかり認識しての、エネルギー政策の在り方について国民的な議論を深める必要があることは、言うまでもない。ただ、私は、コスト、環境、安全保障の観点から原子力発電所の有用性は、基本的には今後とも変わらないと考えている。安全を最優先に考えながら、敦賀市として原子力発電所と共生していくか、いま問われる最大の課題だ。

それならば、どうするか、電力事業者は、今回の地震や津波で得られた知見を積極的に取り入れ、安全性を高めることは最優先の課題であることはいうまでもない。敦賀市としては、国レベルの問題でもあるが、事故が想定外、想定内という議論以前に、事故が発生した場合の避難など6万9千人の生命と財産を自治体としてどう守るのかといった視点が重要であることは論を待たない。

冒頭の20キロ圏内、30キロ圏内の話に戻す。6万9千人の市民をどう安全に避難させ、どう生活支援を続けるか、国レベル、県レベルの議論を大事だが、今回、福島の事故の現状を見る限り、住民と直結する自治体の役割は、あまりにも大きい。統一地方選が終了したなら、ただちに取り組む課題が、防災とも考えている。

原子力発電所と、将来も共に歩むとしたら、避けて通れない大きな課題だ。福島の事故を謙虚に受け止め、その都度、明らかになる知見、教訓を入れながら、原子力防災への新たな計画、財源措置も含め、実行あるものでなければ、市民理解が継続的に、将来にわたっての原子力との共存する自治体の使命とも感じている。

避難経路、避難先、避難道路など敦賀市として独自に取り組めることは少ない。しかし、市民の安全と財産を守ると立場からは、できること、考えられることは、いま、最大の課題であることは確かだ。9月には敦賀で敦賀2号機の事故を想定した避難訓練が行われる。

コンパスが描く同心円20キロ、30キロ圏内は、冷たい機械的な範囲ではなく、自立して連携をもった同心円とすべきでもある。いずれにしても難しい課題だ。
【2011/04/16】 | ページトップ↑
敦賀から元気を!(寄付を長く続けられる仕組みづくり)
Date:2011-04-15(Fri)

温かい日が続き、桜も満開近く、金ヶ崎の花換え祭りも週末がピーク。先週も観光客が新快速を降りて、敦賀駅から歩きだす姿も多く見られるようになった。

いま、私たち敦賀市民も広い意味で、「復興」という合言葉の中で、生きているのではないか。復興とは「また、ふたたび盛んになること」(「広辞苑」)だ。東日本大震災からの一日も早い復興を願う。福島第一原子力発電所の事故や大震災から避難して、遠くの敦賀市で生活を始めた家族もいる。敦賀市もいち早く、避難者への支援の施策を数々、打ち出している。

一方で、震災直後、被災地に配慮して、行事の中止が相次いだ。敦賀市議選も自粛ムードが高まり、マイク使用を2時間ほど、自粛することを有志で申しわせた。

あれから1カ月。家庭や職場、選挙の対応も、震災への考えも変わりつつある。避難してきた家族が、遠い敦賀で「余震がないことがなにより」と語った。率直な感想だろう。ただ、日々の生活は始まっている。

それにもかかわらず、今も世の中の自粛ムードが続いている。被災者に思いやりを持ち、節電に努めることは大切だが、過剰な自粛ムードに流されず、立ち止まって考えることも必要だ。

そろそろ私たちは、その時期に来ているのではないか。新聞の論調も変わってきた。石原慎太郎東京都知事の「花見の宴会は自粛すべき」という発言が論議を呼んだ。さまざまな春の観光や行事が、大震災がもたらした心理的影響、自粛ムードの中で揺れている。福井新聞の報道のあったように、あわら温泉の観光客の減少やキャンセルは、旅館の存続を伴う深刻な状況になりつつある。

観光は、経済を引っ張る重要な産業である。雇用を生み、さまざまな分野の産業への波及効果を持つ。逆に、まっさきに影響を受ける業種でもある。

敦賀の本町の飲食店街なども例年なら3,4月の人事異動に伴う歓送迎会でにぎあうが、自粛ムードで客足が遠のいているとか。民宿も釣り客まで一時はキャンセルがあるなど影響を受けている。ただ、敦賀市は、原子力発電所など有効求人倍率が全国でもまれにみる1.0を越える街、その影響は少ない。しかし、長期的には、福島の事故が、どう影響するか、原子力発電の国の政策、安全、安心の対応など、今はまだ不透明な状況ではないか。このことと自粛はまた別の問題だ。

話を戻すが、自粛する心には「不自由な生活をしている被災者に対して、申し訳ない」「このご時世に不謹慎」という思いがあることだろう。そうではなく、こういったサービスにも以前のようにお金を使い、元気を出す工夫も大事だ。自粛ムードの中で、違う視点を持つことも、世の中には大切なのではないか。

過度に自粛せず、いつもの生活をすることが支援につながる。買い物を通じても、被災地支援はできる。大手スーパーの中には、生活必需品などのセールの売り上げの一定割合を支援に使う社もある。このような支援の種類を、さらに増やすことが大事だろう。

東日本大震災の被災地を支援しようと義援金の動きが全国で広がっている。県内の日赤県支部、県共同募金会などに寄せられた県民の善意は10億円を超えた。敦賀市でも各種団体の募金運動が盛んに行われた。ところが、一方で、最近は選挙の影響もあるのか、募金運動の声が少なくなってきた。

欧米に比べて日本には寄付文化が希薄だいわれる。しかし、今回の義援金や震災以前のタイガーマスク現象をみるとき、潜在力は間違いなくある。敦賀市内も同様だ。長期的な視野で、受け皿や橋渡しする回路が必要なことはいうまでもない。

被災地では災害復旧、医療、福祉など多くのボランティア活動も始まった。まだまだ続く復旧から復興、長期的な寄付やボランティアを通して被災地支援すること大事だ。

鯖江市が、市に寄せられた東日本大震災被災者の義援金の使途について話し合う「義援金配分委員会」を立ち上げ、届け先と配分額を決め、鯖江市と縁がある東北3県の8市町に13日から、計3500万円を直接送金する仕組みを作り上げた。

私も市民からは、「被災地へ早急に届けてほしい」「使い道を知りたい」「届け先や使途を明確に」との声を伺った。このことは、市の担当課にも伝えている。

義援金は、日本赤十字社などを通して被災地へ届けるのが一般的だが、被害規模の把握の遅れや被災自治体の混乱などで、被災者への配分は難航している。鯖江市のように、迅速さと使途の明確化を優先し、独自に届けることも、息長く、目的別に義援活動を続けていくためにも重要ではないか。

かつてない規模の今回の義援金も、息長く、長期的に続けていくためには、自らが元気を出し、過度な自粛から、普通の消費行動へ。寄付も息長く、続ける仕組み作りも必要ではないか。また、ボランティアも福井県が行う事業に積極的に協力することも大事だ。

いずれにしても、自粛ムードだけでは、前に進めない。
【2011/04/15】 | ページトップ↑
敦賀市長選の公開討論会、まずは評価したい。
Date:2011-04-14(Thr)

17日告示、24日投票の統一選で行われる敦賀市長選に向け、敦賀市青年会議所は、昨夜、プラザ萬象で、立候補予定者を迎え公開討論会が開かれた。

市内で公開討論会が行われるのは、県議選以来、久しぶりだ。会場には約1000人近い市民が訪れ、関心の高さを示した。青年会議所の企画、運営も、整然と平等に行われ、評価したい。運営も青年会議所の若い皆さんが会場の隅々にまで気を使い、成功させようと気持ちが伝わってくる。

市民に公開の場で、肉声で市長候補予定者の政権が語られた。それもRCNで敦賀市内に流された。いま、市民の最大の関心事でもあり、日曜日の告示をひかえているだけに。時期も最適だった。この場では優劣についての議論はひかえたい。

時間の制約や互いを批判しないなど、突っ込み不足や物足りなさを感じた市民も多かったと思うが、まずは高く評価したい。目指すべき方向性や健全財政だけでなく、多方面での意見や議論、討論を重ねていくと、有権者には大きな判断材料になることは確かだ。

いずれにしても、5選を目指す現職に、新人3人が「多選批判」を訴えて対決を挑む構図で、1995年以来16年ぶりに4人が立つ大激戦。大震災と福島の事故を受けての原子力問題は市民の最大の関心事。
高速増殖炉「もんじゅ」の再開、敦賀3,4号の本格着工、さらには既存の原子力発電所の地震・津波対策や発電所と市民生活など市民の関心は高い。

ただ、4氏とも発電所との共存する姿勢は共通しており、安全対策や防災など共通点も多く争点が見えにくくなっていることは確かだ。

昨夜、メールで遅く、福島第1の事故について、国際評価尺度(INES)に基づく暫定評価を最も深刻な「レベル7」に引き上げについての意見を求められたが、私にはまだ、評価も意見も出す段階ではないと思っている。まだまだ深刻な事態が続いているからだ。

旧ソ連のチェルノブイリで起きた史上最悪の事故と同レベルであり、三度も行った経験からすると、共通する状況と違いがあり、少なくともチェルノブイリは数日で落ち着いたが、福島は現在もまだ予断を許さない事態が継続している違いがある。

最悪期は脱したが、技術的にも、事故は発生から1カ月を経ても収束の見通しが立たず、なお緊迫した状況が続いている。当面の至上課題は、原子炉と使用済み燃料保管プールを安定的に冷やす冷却系の復旧。その障害となった高濃度汚染水の回収作業は足踏み状態にあるが、事故処理の展望を開く重要な一歩だ。

冷却系では既存の系統だけでなく新たな循環式冷却システムを急ぎ設置すべきだとの指摘も聞かれる。大量の放射性物質の外部拡散という最悪のシナリオを回避するため、内外の知恵を総結集すべき局面にあることは確かだ。なによりも心配されるのは、余震の強さだ。今後、どう影響するか、予断は許さない。関係者のご苦労を見守るしかない。

評価も見方も大事だが、まずは、政府と東電は、事故の収束に死力を尽くしており、現場の方々の苦労も伝わってくるが、今は、見守るしかない。

また、住民の健康被害と環境汚染を最小限に抑えることを第一に、放射線量調査をこれまで以上にきめ細かく行うことも肝要だ。

避難区域の関係では、発電所の北西約60キロ、南西約40キロの地点で、これまでの積算被ばく線量が年間限度の1ミリシーベルトを超えるとも試算。政府は事故原発から半径20キロの避難指示地域の外側に「計画的避難区域」を、半径20~30キロ圏内に「緊急時避難準備区域」を新設する。まだまだ長期の避難が予想されるだけに、住民のケアなど取り組むべき課題は多い。

また、 東日本大震災との複合被災となった住民にとって不安なのは、事故原発から出た放射性物質の総量がまだ確定していない。発電所周辺では広範囲で依然高い線量が計測され、放射性物質による土壌や農作物、海の汚染も広がっている。

政府は、避難費用や農業被害など事故の賠償指針を定める「審査会」を立ち上げた。さらに、住民の医療はもちろん、水や食料など生活面の支援を何より優先して拡充すべきだ。書きながら課題の多さに唖然としている。それだけ事故が深刻だからだ。

現在の電気の使われ方、地球環境問題、資源小国とどう向き合うか、冒頭の公開討論会ではないが、敦賀市にとっても最大の課題であることは確かだ。事故を冷静に検証し、事業者のするべきこと、自治体のするべきことなど、避けて通れないだけに、しっかりと見守り、できるところから対策する、それが今、大事だ。
【2011/04/14】 | ページトップ↑
原子力発電所と歩む嶺南地域と自治体の役割・・・。
Date:2011-04-13(Wed)

昨日、福島第一原子力発電所の事故を受け、原子力発電所を有する県内の自治体と県が発電所の安全対策について意見を交わす会が、福井県庁で開かれた。NHK福井の朝のトップニュースでもあった。

敦賀市、美浜町、高浜町、おおい町の市長や町長、県の旭副知事が出席。自治体の原子力行政の方向性を示す意味でも重要な意見交換会だと私は受け止めている。

というのも、立地市町の原子力発電所の存在は、自治体の財政の寄与はもちろん、住民の生活に直結する雇用、経済環境にまで影響するからだ。産業構造が、原子力に支えられたと言っても過言ではない体質になっていることだ。

福島の事故以前から、これまで着実に発電所立地で順調に発展してきたかに見える各自治体も、少子高齢化、人口減少が始まっている。公共事業の伸びも見込めず「活力」の足腰を原子力発電所とのかかわりが深いことは言うまでもない。

敦賀市にあっては、敦賀3,4号の本格着工への期待感は、大きかった。具体的には敦賀駅前での三つの中堅ホテルの建設にその期待感が表れていると言っても過言ではなかった。

一方で、敦賀港のコンテナ取扱量の増加の昨日の報道をはじめ、産業団地の企業誘致、東洋紡など既存の産業の充実、観光など、メニューは豊富にある。しかし、商業統計、工業統計を見る限り、足元の雇用や生活を活性化させる力は脆弱と言わざるを得ない。

原子力発電所と共存して、医療や福祉、地域交通、日々の暮らしを維持してきただけに、住民の発電所に対する漠然とした不安もさることながら、生活そのものにも、漠然とした将来不安を持っているとの声も聞かされた。

冒頭の各自治体の意見交換では、事業者の安全対策について県が独自に検証する委員会の設置などこれまでの県の対応を評価する意見が出た一方、各原子力発電所の想定される津波の高さを見直しや、非常用発電機を高台に移すことなど技術的な指摘が出されている。

また、もっとも自治体で大事なのは、市民、町民の避難範囲の拡大。これまでの10キロから20キロとされたことから、各自治体からは、事故が起きると自治体のほとんどが避難範囲に入る。

敦賀市も20キロ圏内拡大により、大半の市民が対象になる。嶺北や県境を越えた避難を想定するなど自治体の防災計画を早急に見直す必要があること。また、これまで国や県に訴えてきた避難道路の整備など、具体的な意見があった。

西川知事の選挙や選挙後の記者会見を通じての発言も含め、昨日の旭副知事は「各自治体と協力して事故は起こさせないという覚悟で取り組みたい」との言葉は、これまで原子力行政とは違った意味合いを持ち、どう共存するか難しい局面にあることは確かだ。

これまでの国との駆け引き的な原子力行政ではない、違った難しい課題となっていることは確かだ。繰り返しになるが、福井県は、全国でも有数の原子力発電所を集中立地する。なかでもは嶺南地域は、原子力発電所と共存した中で、どう地域発展をしていくか、敦賀市もその一員であることは確かだ。

国の政治は、東北の復興に目が向き、原子力政策そのものがぶれ始めている。国と福井県、嶺南地域、敦賀市、そのあり方を問い直す福島の事故であったと受け止めたい。生き残りともいうべき、大きな曲がり角でもある。独立性と広域連携の両立が鍵になる。西川県政に、嶺南地域の住民、雇用、経済の中心ともいうべき原子力発電所の共存とどう向き合うのか、嶺北以上に厳しい、医療、福祉、道路網など生活環境にある住民の立場に明快な舵取りを望む。

そのためにも3期目を迎えた西川県政の新たな展開を求めたい。一方で、17日から始まる市長選、市議選、さらにはその後の市政運営はこれまでになく難しい選択となる。発電所とどう向き合い、どう共存するか、敦賀港、既存の産業、観光など骨太の産業構造確立など、大事な4年間となる。

敦賀3,4号の本格着工の期待感が強かっただけに、今後、どのようになるのか、どうするのか、福島の事故を受けての地震・津波をはじめとする直接的な対策はもちろん、どう安全、安心と向き合うのか、まだまだ課題は多い。また、敦賀市も自治体としては、長期的な視野で、地域経営ともいうべき政治力が必要になる。

人口減と少子高齢化の進展はなおさら地域経済を弱体化させる。こうした時代背景を見据えた敦賀市はもちろん、嶺南地域全体の地域力再生シナリオが必要なことはいうまでもない。本日の開催の市長選の公開討論会は極めた重要だ。
【2011/04/13】 | ページトップ↑
「いつか、落ち着いたら戻る」
Date:2011-04-12(Tue)

昨夜の福島、茨城の地震の連続は、「怖さどころか、恐怖そのものだ」という。それでも敦賀に避難した方は、「故郷へ再び戻る」と語る意識は何だろう。

ところで、昨日は、朝から統一地方選挙の第一陣が終わり、選挙事務所の片付けを行った。投票日の翌朝の選挙事務所の片づけは、いつも複雑だ。「兵(つわもの)が夢のあと」ではないが、終ったという達成感と選挙戦の緊張感の残像が複雑に絡み合う複雑な心境だ。事務所への不思議な愛着が生まれている。

「夢のあと」とはまったく違った跡が災害の爪痕だ。阪神淡路大地震、福井豪雨と私も見てきたが、津波の経験はない。敦賀から復旧に行った関係者の話を伺うと「想像を絶するとはこのことか」と語った。

本来、津は「港」を指し、それをものすごい力で破壊する波のことを「津波」というようになったらしい。日本の沿岸部は昔からその被害を被ってきた。敦賀には、幸いその痕跡は、歴史上、文献上にもないとか。敦賀半島の突端の「白木」は「新羅」に由来すると言われるように地名は、過去や歴史との縁が深い。

自然災害の痕跡を先人は地名に残す場合も多いとか。今回の津波の大災害で何度も登場する福島県の浜通り、歴史上も、津波や洪水に幾度も襲われてきたとか。その種の地名はあちらこちらに見られるとか。

東日本大震災から昨日で1カ月。津波で壊滅状態に陥った地域では、引っ越しを決めた人も多い。この敦賀にも、原子力発電所の関係で家族を連れてきた方も多い。

これだけの被害だ。津波が怖くてもう住めないと考えても何の不思議もない。だが一方で、話を伺うと、「いつか、落ち着いたら戻る」と語る、今回ほどではないにしても、この地域の人々は、これまで何度も津波の被害を受けてきた。その怖さも、そこに住み続けることの危険性も知らないはずがない。それでもこれまで多くの人がそこに居を構え続けてきた。

なぜか。仕事の関係で敦賀に家族そのものを避難して、「戻る」という言葉の重さには、その土地に対する愛着そのものだ。幼いころから見続けた海や山があり、よく知った人がいて、忘れられない思い出がある。たとえ津波でまちが流されたとしても、それらはその土地に深く根を張り流されない。だから再びそこに住みたいと思うのだろう。

敦賀市民が、敦賀に住み続ける理由も、きっと同じだ。家庭や仕事の事情があったとしても、それはいつしか2番目、3番目の理由になっている。何となく暮らしているつもりで、実は東京ではなく敦賀を選んでいるのである。

私も敦賀に住んで30年を越えても、まだ「旅の人」とよく言われるが、けっして否定はしない。四国の望郷の念は誰もが同じだからだ。また一方で、敦賀に生活の糧を求めて長く住み続け一生を終る、市民も多い。私もそうだが、敦賀が第二の故郷になっていることも確かだ。

新しく選ばれた敦賀市選出の県議3人、そんな思いに応える義務があることは確かだ。昨日には選挙ポスター用看板がこれまでの知事、県議から市長、市議用とすべて変わった。統一地方選の第2段が17日から始まる。この土地を愛している人が、この土地に住み続ける人が、できる限り長く住み続けられるよう努める義務がある。この敦賀の将来を考え、子孫に継承していくためにも、政治、行政の役割は大きい。我が身も含め、気を引き締める。
【2011/04/12】 | ページトップ↑
自治体は復興策などで国に依存しがちになり、地方政治はより一層、停滞する恐れがある。原子力発電所の福島での事故対応はまだまだ続く。安全対策はもとより、どう対応するか事業者も自治体も模索が続くことは確かだ。
Date:2011-04-12(Mon)
昨日は、のんびりとした桜の花見日和。最高気温は18度、桜はほぼ5分咲き。関西、中部からの観光客ものんびりと商店街を歩いていた。闘いを終えての選挙事務所から見る風景はいい。

ところで、ガソリンスタンドの価格表示の一進一退が続いているが、値上がり感が強い。レギュラー1リットル=150円とあった。個々の店舗で多少の違いはあろう。だが石油価格の先高観は一様に強く、身近な経済活動がさらに苦しくなりそうで怖い。

内閣府が去る8日に発表した景気ウオッチャー調査で、足元の景気実感を示す現状判断指数は震災の影響で急激に悪化。北陸でも東日本大震災の影響で、足踏みが続く。今後の復興需要にいちるの望みを持つが、将来像の洗い直しは必至の情勢だ。産業と社会の土台となるエネルギー供給の見通しは今後を占う根本中の根本だろう。中でもガソリン価格はわれわれの日常生活に直結するから分かりやすい。ガソリンがないと何もできないと、あの長蛇の列を作ったのを見れば明らかだ。

昨夜は、なんといっても知事選、県議選だ。東日本大震災が大きく影響したことは確かだ。全国でもっとも多くの原子力発電所を有する福井県、もんじゅ、敦賀3,4号の本格着工を待つ敦賀市にとっても大きな課題が突きつけられた異例の統一地方選の前半戦が終了した。福島の事故を起こさせないとした西川知事は順当な勝利とはいえ、少子高齢化や人口減少など難しい課題が多い。冷たいとされた嶺南地域への対応に期待したい。

県議選では、まずはわが陣営の糀谷好晃県議2期目の誕生を喜びたい。糀谷氏の実績や人柄への期待感や組織選挙に徹した成果でもある。教育、医療、福祉分野での活躍を期待しての声が選挙戦で多く寄せられた。選挙戦を通じての元気さは、大事な要素でもある。

現職3名の当選となった。石川県議の1万票獲得は「強い」の一言だ。票の分析はこれからだが、日頃の活動が票になったともいえる。谷出県議には、新たな医療や福祉など分野を期待したい。

市議の仲間であった和泉候補の健闘には率直に敬意を表したい。若いだけに捲土重来を期待したい。次の敦賀を支える人材だけに、必ず次回も挑戦してほしい。

原発反対だけを訴えた金元氏は、3千票にもとどかなかった。ある共産党員からは「原発反対だけが生活ではない。なによりも敦賀市民ではない」と率直に語っていたのが印象的だった。

県内に目をやると、県議7議席あった民主党議員は5議席に。全国的な民主党議員の減り方は全国とも共通する敗北だ。全国に目をやると、東京都知事選では石原慎太郎知事が4選。震災の影響で「強い指導者」への期待が集まったのだろう。

神奈川県知事に当選した黒岩氏、キャスターだったけに知名度は勝利要因だ。ただ、「エネルギーは、『脱原発』から『太陽光』と語ったが、神奈川の電源構成から考えても太陽光だけではどうにもならず、火力も入れた総合力でないと賄うことができないことは理解しているのだろうか。キャスターだっただけに、その影響は大きい。

また、民主、自民両党の対決型の3知事選では、民主党系候補が全敗した。東京、北海道に加え、岡田幹事長の地元・三重県での敗北は、民主党に大打撃となった。

民主党は41道府県議選でも振るわず、敗北した。冷静に見ても、政権公約の行き詰まり、震災対応や外交の不手際など国政の失点がかなり影響したと考えていい。

一方で、道府県議選レベルでも、自民党も長期低落傾向が続いている。橋下大阪府知事の「大阪維新の会」は、府議選で過半数を獲得し、大阪、堺両市議選でも躍進したことは、国政の批判でもあり、新たな地方行政への動きとなることは確かだ。

大阪府議会の「大阪維新の会」の躍進は、議員数、議員報酬への批判だけに限らず、議会そのものへの批判ではないだろうか。地方議会のあり方など自省も含め、注目しておきたい選挙だ。

まとめにもなるが、福井県、敦賀市にあって、選挙戦での市民の反応は、投票率の低下にも表れている。大震災と福島の事故の影響があまりにも大きく、原子力発電所の関わり方や市民の不安への対応など、選挙では西川知事をはじめ、各候補からは、当面の対策だけで明確な答えは出ていない。

冒頭のガソリンの値上げではないが、エネルギーと生活は直結する。原子力発電所と福井県、敦賀市との関係は、雇用、経済と結びつくだけに、大きな試金石でもある。

今後、自治体は復興策などで国に依存しがちになり、地方政治はより一層、停滞する恐れがある。原子力発電所の福島での事故対応はまだまだ続く。安全対策はもとより、どう対応するか事業者も自治体も模索が続くことは確かだ。
【2011/04/11】 | ページトップ↑
震災を受けて、原子力発電所の課題は避けて通れない・・・
Date:2011-04-11(Sun)

今日で3・11から1カ月、いまだに余震が続いている。震える列島に桜前線が北上し、遅い春が来ている。桜が5分から満開へ。山桜も早い。季節だけは正直に進む。咲き始めた。昨日で選挙戦は終った。選挙がいいのは、期日と結果が出ることだ。朝早くから夜遅くまで、身心ともに疲れていても、踏ん張りが出る。

週末にあった余震。M7・1。震度6強。阪神大震災とほぼ同格。これで余震、停電の範囲と長さも大き過ぎる。東北三陸沖に潜むのはいったい何か。太平洋プレートは、テレビ報道ではこれまでになく18メートルの大移動とか。学問上の知見を越えていたとか。

どこまで痛めつければ気がすむのか。なぜこんな目に遭わないといけないのか。被災者でなくとも思う。想定外はもはや想定外にあらず。

阪神大震災以来わずか16年で、震度6強を何度だったか。能登、中越、福岡。日本列島に住むことは数年ごとにどこかでだれかが大災害に遭うことを意味している。阪神以後、何度もある地震、地震対策は、原子力発電所のみならず、公共施設なら第一に行う政策課題だ。

敦賀市でいえば、各施設もさることながら、私は市庁舎の耐震化工事を最優先すべきと訴えたい。なぜなら、地震後の安否確認はもちろん、介護、年金、健康保険など基本的データは市役所にあり、さらには、司令塔となるべき防災センターあったとしても、長期化が伴う復興にはあらゆる機能が必要だからだ。

身近で続く震災のひどさにがく然とする過去の災害を忘れる前に、また新たな災害が襲ってくる。昨日も東南海地震の怖さを強調していたが、規模も東北以上になるかもしれない。福井県には直下型もあるかもしれない。とにもかくにも地震列島の厳しさに対応すべきは、自治体の最大の仕事でもある。

選挙の話題に戻すが、知事は自治体の大統領、県議は、知事と同じく県民から直接に負託を受け、二元代表制の地方自治の両輪をなす。県議の予算編成権など大きな権限を持つ知事の施政に対する監視機能、さらに議会自らの政策立案機能がその役割であり存在理由といえる。

ただ、今回の選挙選は東日本大震災で一変した。とくに、敦賀市は原子力の防災など、大きな論点に浮上した。国が主導すべき問題は多いが、地方がしなければならないこともある。県政自体の課題についても、震災の影響抜きには語れない。とくに原子力発電所は、命と財産を守る防災はもちろん、経済、雇用、さらには自治体の財政にまで影響する。嶺南地域では、なおさら、原子力発電所と地域の関係は深い。経済、雇用にも直接、影響する。

県政の課題はそれ以外に多い。敦賀港、北陸新幹線、舞鶴若狭自動車道などインフラ整備の問題は、敦賀市にとっては重要課題だ。それも、いずれの課題も大震災の影響を考えざるをえない。

とにもかくにも、防災対策はもとより、原子力発電所を有する嶺南地域、とくに敦賀市は、高速増殖炉「もんじゅ」をかかえるだけに、原子力政策が最重要な論点であることは確かだ。避けて通れない最大の課題といえる。
原子力政策について反対なら現実性のあるエネルギー政策を、推進ならその安全確保策について、国レベルでもあるが、地域レベルでも論じるべき課題でもある。

どこまで、議論が深まったか、最後は連呼に終始せざるをえない選挙の性格上、難しかったが、市長、市議選の最大の課題は原子力発電所となることは確かだ。

冷静に考えると、国政で政権交代があってから初めての県議選であり、民主党中心の国政、自民党に支えられた県政というねじれの中、両党の消長が注目される。当然、民主党県連の議席数は、私には関心事だが、政党色が薄くなるのも県議選の特徴だった。

今回の選挙では、震災被災者への配慮から選挙カーの使用などを自粛する動きもあったが、最後は、大声での名前連呼に終始した。自粛に難しさと政策をどう主張するか、有権者に主張を伝える努力を怠ってはならないとも感じた。

どうも、話題があちこちとなり、まとまりがないことをお許し願いたい。公選法の絡みもあり、配慮しながらのブログは書きづらい。

いずれにしても、今回の構図が、震災を受けて、原子力発電所を避けて通れない敦賀市にあって、県民、市民の生命や財産を守るという政治最大の原点、その後の雇用、経済など敦賀市像など使命が問われた知事選、県議選だったが、まだまだ未消化ではないか。これは市長選、市議選の課題でもある。

話を冒頭に戻すが、阪神淡路の大震災のボランティアで感じたのは、神戸自らの人間の復元力だ。私が関与したボランティア受け入れの組織を解散したのは4月末。桜は終わり、三ノ宮では居酒屋と赤ちょうちんが復活。そのたくましさは格別だった。

敦賀も、春には桜が咲き、秋には稲が実り、冬にはカニが解禁となる。自然の恵みに感謝し、季節は巡る。いずれ、自然の過酷さは忘れ、美しさを賛美し、倒れればまた立ち上がる。神戸ではないが、東北の被災地にもいずれ、赤ちょうちんが灯るだろう。日本人は偉いと思う。いま、大震災の悲惨さを前に複雑な思いがないではないが、そう思わないと前には進めない。
【2011/04/10】 | ページトップ↑
電気のあり方、原子力発電所のあり方、電気がすべての生活のあり方など、今回の地震、津波や福島の事故は、ここ敦賀にとっても大きな荒波となって押し寄せている。
Date:2011-04-09(Sat)

一昨日の地震は停電という事態が広範囲に広がった。また、原子力発電所の外部電源喪失が現実にものとなった。
現在、電気は生活のすべてといってもいいほど、電気なしには生活が出来なくなっている。敦賀でもマンション暮らしなら、なおさらだ。一般家庭の1世帯当たりの電力消費量は70年代の3倍近くに増えている。

政府は、夏場に電力供給不足が予想される東京電力と東北電力管内で、大口需要者を対象に強制的な電力使用制限令を発動する方針を固めた。産業界も対策の検討に入っており、影響は国民生活全体に及ぶ可能性がある。北陸電力も場合によってはという立場をとっている。

電力使用制限令が発動されれば、第1次石油危機の1974年以来。当時は全電力会社の管内で大口需要者に15%の削減を要請した。今回は東電管内では総需要の3分の1を占める大口需要者に、昨年実績比25%を削減してもらうことで調整する。

電力不足に対応するため東電は「計画停電」を導入したが、経済活動や市民生活への影響は殊のほか大きかった。需要が供給を下回った3月29日以降は実施を見送った。

問題は冷房需要が増える夏場だ。東電管内の電力需要は猛暑だった昨年夏に約6千万キロワットを記録、1千万キロワット以上の不足が生じる恐れがある。政府は計画停電より使用制限のほうが影響が小さいとの判断だ。自主的な節電で乗り切りたかった産業界も、25%削減なら実現可能とみている。

ところで、昨日、福島第一原子力発電所の事故を受けて、西川一誠知事は、県内で原発を運転する3つの事業者が安全対策を進めないかぎり、増設が計画されている敦賀3,4号の本格着工やプルサーマルなど、新たな段階へ進むことに同意しない考えを示した。

日本原子力発電、日本原子力研究開発機構の社長や理事長が、経済産業省が指示した電源車の確保などの緊急の安全対策を今月中に実施する計画を伝えるとともに、福井県が独自に求めている外部電源を供給する送電線の強化や、冷却用の海水をくみ上げるポンプの防護などの対策を今後、実施していく計画も伝えた。

原子力で5割を賄う関西電力では、夏場の電源確保で密接な関係を持つ。福島の事故を受け、全国の電力会社が、定期検査などで運転停止中の原発の再開延期に相次ぎ追い込まれており、福井県も敦賀市も電力不足は人ごとではない。

電気のあり方、原子力発電所のあり方、電気がすべての生活のあり方など、今回の地震、津波や福島の事故は、ここ敦賀にとっても大きな荒波となって押し寄せている。このことについては、もう一度整理して考えを伝えたい。
【2011/04/09】 | ページトップ↑
福島の事故の課題を自治体を中心に整理したが・・・。あまりにも大きすぎる。
Date:2011-04-08(Fri)

昨日の昼、選挙カーに乗り込み敦賀市内一円を回った。暖かさか、桜の花がいっきょに開花。金ヶ崎宮の花換えまつりも始まって1週間。この週末はもっと見ごろとなるだろう。第一陣の選挙戦も後2日。書きながらも東北の地震、震度6強が伝えられた。さらなる被害がないか、心配だ。お見舞いを申し上げたい。

ところで、福島第一原子力発電所の事故対応は、東京電力の当事者の対応もさることながら、地元自治体や政府な
どの対応も課題を多く残している。まずは事故の収束が何よりだが、まずは、現段階の自治体の課題を中心に私なりに整理しておきたい。

第一は、発電所から20キロ圏内の避難指示地域は約8万人、20~30キロ圏内の屋内退避指示地域は13万人超が対象となった。多くの人が家も仕事からも離れ、「いつ家に帰れるのか」との不安を抱えたまま避難生活を送っている。
役場自体が避難した自治体も多く、役場職員とともに集団避難した住民以外は、どこでどのような生活を送っているのか、自治体も実態を十分に把握できずにいる。

加えて、避難、屋内退避指示地域内では捜索作業も進んでおらず、震災から3週間以上が経過した現在でも、死者・行方不明者の確認は見通しも立っていない状況だ。

関係自治体からは、政府のはっきりしない避難方針に不満が募っている。屋内退避地域は災害救助法の対象外となっているため、同地域内の住民は水やガソリン、食料などの十分な公的支援が受けられない。

現行の災害救助法は原子力災害を想定していないことだ。特別立法による国の支援を求めているのも、当然の要望だろう。地震、津波、原子力事故の複合災害とも言える課題に現行法は対応できない。敦賀市も20キロ圏内となれば、敦賀市一円となり、どう避難するか、広範囲でかつ、各自治体との協力や協定が必要になる。

第二は、農水産物の被害も大きい。さらに、漁業への被害だ。基準値を超える放射性物質検出で、出荷停止となる野菜が相次いだ。また、5日には、茨城県沖で採れたコウナゴから、魚介類では初めて基準値を超える放射性物質が検出された。事態はより深刻化している。

さらには風評被害だ。これも海が絡めば、長期化は必須だ。北端がわずかに屋内退避地域にかかっているだけの福島県いわき市でさえ、食品関連だけでなく、工業製品などの取引停止の動きが報告されている。これも長期的な対応が必要だ。

第三は、損害賠償だ。当事者の東京電力は、原発周辺住民への賠償仮払金を1世帯100万円とすることを軸に調整に入った。できるだけ早期の支払いが必要だろう。当然、政府のバックアップも必要になる。政府と自治体、事業者が一体となった対応が必要だ。これは多額になるため課題はこれからだ。

第四は、雇用問題だ。発電所周辺の方々の雇用問題は大きい。当然、給料の支払いも、中小企業は、従業員がちらばり、連絡もつかないとか。これに、風評被害の影響も大きい、農業、漁業、飲食、観光業も仕事がない。損害賠償と合わせて課題だ。
 
第五は、住民の健康被害に対する不安も大きい。チェルノブイリ発電所事故後の心理、ストレスによる精神障害の第一は、健康不安だった。事業者をはじめ、国は放射線測定をきめ細かに実施し、正確なデータを提供することが大事だ。将来的には、住民に対する広範囲で長期的な健康調査を実施することも必要だろう。

第六は、敦賀市も含めた原子力発電所立地点の課題だ。福島の事故は、あまりにも大きすぎる。原子力災害は、避難もさることながら、風評被害など、波及が大きく、広範囲に、長期になることも現実が証明した。

何よりも原子力発電所は安全第一だが、福島が現実化した現在、避けて通れない課題であることは確かだ。煽るのではなく、冷静に対応し、身近な課題としてとらえ、事業者は津波対策など当面の課題と長期の課題を整理しておくことも大事だ。

立地自治体である敦賀市も、この現実を、しっかりと受け止め、当面のあり方を検討する必要があろう。河瀬市長の国への要望も時期を得たものだったと評価したい。原子力発電所立地の代表としての発電もこれまでは評価したい。ただ、私が接する市民にも不安の声は大きい。

国は地域の声を取り入れた復興の長期ビジョンを示し、被災地域への重点投資で強力にバックアップしていくべきであり、各原子力発電所立地点の住民の不安も大きい。課題を整理しながらも整理できないほど課題が大きい。しっかりと検証していくことが敦賀市も必要だ。原子力の事故の危機管理に対して、どう自治体としてむきあうか、時期を得たものとして、JR敦賀駅前の福井大学付属国際原子力工学研究所の講座は、存在価値を増す。
【2011/04/08】 | ページトップ↑
ピカピカの一年生、こんな気分も大事だ。
Date:2011-04--7(Thr)

ピカピカの一年生。昨日は、市内小中学校の入学式。選挙カーの運行で一番気を使った。気がついたことは、入学式に夫婦がそろって参加すること多いことだ。それも和服のお母さんもいた。例年以上に微笑ましい光景だ。

私は、息子二人の入学式も卒業式も参加していない。唯一、女房がお産で市立敦賀病院に入院、松陵幼稚園の入園式だけは参加した。ただ、それも二日酔い、恥ずかしながらお化粧の匂いに二日酔いは悪化。今だから明かそう。幼稚園の便所でゲーをしてしまった。息子も心配してか、膝から離れなかった。今では懐かしい、いい思い出だ。

ところで、初日は開園前から3千人が行列をつくった。東京都の上野動物園が1日から公開したパンダのリーリーとシンシンである。東日本大震災で公開が延期されていた。パンダは上野動物園の象徴。私も学生時代、ミーハーで出かけた。人盛りはパンダどころではなかった。今回も、パンダの前には黒山の人だかりができた。
同じ上野公園で、パンダはよくても花見はだめ。それが都の考え方らしい。花見には酒がつきもので理解ができないわけではないが、石原都知事を頭に行政が口を出す類いの話ではない。

何度も語るようになったが、楽しむことが不謹慎に思える。それでも過剰な自粛はせず、できるだけ普段通りの生活を送るよう努めたい。被災地以外が元気でなくては復興を支えられない。

3がつ、4月の歓送迎会も自粛が漂い、選挙とも重ねって本町など居酒屋は閑散とか。過度は別にして、花見でお金を使って経済を活性化させる。買い物のとき、被災地の産品を進んで買う。そんな支援の仕方があっていい。
昭和56年、敦賀発電所1号機の風評被害の降り、茨城県から敦賀のコンブを買ってくれた。避難生活をしている福島県南相馬市の人たちも、ほころび始めた桜を楽しんだとの報道。

花は心をほぐす妙薬でもある。今年はひときわ桜が待ち遠しい。東日本大震災から約4週間。福島の事故対策は今も懸命に続く。日本中が悪夢の連続だ。春の訪れに合わせた一陽来復を切望しているが、その兆しはまだまだ弱い。

私がいま新聞報道で見るのは、福島の事故経緯と東証の株価だ。東電の株価は別にして、株価は震災直後に暴落したが、持ち直し、一進一退が続いている。連日暗い話が続くのに、株価が比較的安定しているのは、世界の株価が順調だからだ。当面は経済大国日本の衰退が危惧されるのに、なぜウォール街などが楽観的なのか。それも日本株を買っているとか。

昨日の茨城県の日立製作所の日立工場が一部、再開が始まった。敦賀2号機も着実に大阪や名古屋に電気を送っている。経済論によると、世界はいま第3次経済成長の巨大なサイクルに入っているとか。第一次、産業革命とアメリカの台頭。第二次、第2次大戦後、日本とEUが高度成長。第三次、中国、インド、ブラジルなど台頭。第三次は今後10年以上着実に成長するとか。隣接する日本は近いだけに、自粛ばかりではなく、悲観ばかりではなく、大きな波に乗れることが大事だ。

そのためには原子力発電所の安全対策はもちろんだが、市民の不安を、安心が最大の課題だ。市民生活も過度な自粛はさけ、日常生活を続けること、歓迎会、花見もそれなりにいいのでは。その活力は今こそ必要な時だ。
【2011/04/07】 | ページトップ↑
感覚差、温度差、ギャップを原動力に
Date:2011-04-06(Wed)

選挙戦、何をのんびりといわれるが、これも4月選挙の醍醐味だ。勘弁願いたい。選挙カーに乗り込み、敦賀市内一円を回ると、季節の移ろいと温度差を感じることができる。早いところでは、桜の開花が始まり、周辺部の刀根、山と市街地との温度差は微妙に違う。つぼみの膨らみ具合も違う。時間をかけて選挙カーの動きは、4年に一度、感じる醍醐味だ。

近年、暖冬傾向が続いていたので平年並みとはいえ随分遅く感じる。市街地から見える野坂山の頂上付近は白いが、モノトーンだった景色は彩りを増やしていく。道端の菜の花の黄色が目にまぶしく映る。

入学シーズンでもある。今日から学校の入学式などに配慮して選挙カーは通過する。新入生で、にぎやかな季節を迎える。小中学校では今春、新学習指導要領に基づく教育が始まる。さまざまな議論があったゆとり教育はひと区切りで「脱ゆとり」へと方向転換。教育現場は準備に余念がない。先生も忙しい日々が続いている。
小学校では英語が必須になるが学習についていけるのだろうか。悩みは尽きない。

ここまで書き進めると、東日本大震災の被災地との「ギャップ」を後ろめたく感じる。卒業式も相当遅れ、予定通りに入学式を行うことが困難な地域も多い。楽しみにしていた子どものランドセル姿を見られないと涙する人も大勢いると報道する。

それでも季節は巡ってきた。真新しい教科書を手にする被災地の子どもたちにとっては、いつもとは違うスタート。避難に伴い住み慣れた地域を離れ友達と別れる子どももいる。

敦賀市にも被災地から遠く離れて転校生がいるものの、被災地とのギャップはなおさらだ。
教育だけでなく、市民生活も相当違う。計画停電もない。断水もない。千葉の浦安市ではいまだに一部で断水が続き、仮設トイレと給水車にはもう限界と、敦賀まで避難をする方もいる。いかに水と電気が大事かだ。ここにも大きなギャップがある。

ベストセラーも違う。東京の書店は1週間で一変、「放射能で首都圏消滅」や「震災時帰宅支援マップ」など震災本が並ぶとか。

東京都民が受けた震災のショックと福井県民、敦賀市民の温度差は大きい。余震もときたま発生し、温度差と感覚差は日本各地にあり、突き詰めれば被災地の人々と、遠く離れた人の間に巨大な「断絶」が横たわっているようにも見えるしかし、震災を直接体験した者とそうでない者の距離感はどうしようもない。

阪神淡路大震災では、ほぼ西宮を境に、東はパチンコ屋が繁盛し、西の被災地ではブルーのテント生活、狭い地域でのギャップは何だろうと、この不思議を感じた。

もっと身近では福井豪雨の災害のおり、足羽川の氾濫地域と繁華街の差、1キロ圏内の感覚差、距離差は、天と地にも感じた。

逆に、福井豪雨も、阪神淡路大震災でもこの感覚差がバネにもなり、疲れを癒し、「復興の力」になったと感じた。ボランティアを何度も神戸に通い時間をかけて復興の原動力にもなった。地域には地域なりの役割がある。ギャップがあればこそだ。

範囲、距離、さらには、電気の周波数と感覚差が、被災地との感覚差を大きな「心の距離」にしない大切さを思う。今回は、さらに時間をかけての復興が大事になる。その意味での敦賀市の役割はある。過度な自粛も考えものだ。逆に頑張れ日本、敦賀から元気を! 
【2011/04/06】 | ページトップ↑
敦賀市にも本来あるべき政治を災害は突き付けている。
Date:2011-04-04(Wed)

4月5日というのに寒い日が続いている。金ヶ崎の桜も一輪二輪と咲く程度。我慢の選挙戦だ。ところで、福島第一原子力発電所の事故で、じっくりと対応策を見守りたいが、昨夜の記者会見と放出は、ここまで来ていたのかと、正直、驚いている。東京電力は4日夜、施設内にたまっている低レベルの放射性物質に汚染された水を海に放出するという措置。低レベルとはいえ、みずから放射性物質を海に放出するという異例な事態だ。

原子炉本体の状況は深刻な状況のままとはいえ、ひとつの山を越えたといえ、今回の放出は、ここまで来ていたのか、東電社員の涙の記者会見で私にもその緊急性が伝わってきた。

高濃度の放射性物質に汚染された水を海に直接流出し、一刻も早く海への流出を止めることは理解できるが、流出を食い止めるために検討されていた対策がうまくいっていないことは伝わっていたが、原子炉等規制法の64条に基づく「緊急時の措置」の中で、外部放出は異例の異例だ。

4日の午後3時に経済産業省の原子力安全・保安院に報告され、その後、30分以内という短時間に国の原子力安全委員会から助言を受けたうえで、「やむをえない措置」として了承されたとか。あまりにも唐突だ。

東電によると、放出される水に含まれる放射性物質の濃度は、法律で定める排出基準の限度のおよそ100倍に当たりますが、付近の魚などを毎日食べ続けた場合に、1年間に受ける放射線量は0.6ミリシーベルトで、一般の人が1年間に浴びても差し支えないとされる1ミリシーベルトを下回るとしている。海に放出するのは、放射性物質の拡散、希釈の効果は理解できるが、魚など風評被害は大きい、説明やその後の、放射性物質の海洋や魚への影響など長期的な監視は必須だ。ただ、じっくりと見守る姿勢に変わりはない。

選挙の話に戻す。選挙戦も今日で5日目、街宣車の自粛の話もあったが、拡声器のボリュームなど従来通りの選挙戦ともなってきた。ただ、首都決戦の東京都知事選すらほとんどニュースに流れない。巷の盛り上がりはいまひとつだ。

選ぶ方も選ばれる方もやりづらい選挙だ。だが、始まった以上は過度に自粛する必要はないと思っている。震災を機に、それこそ現状の政治でよいのか、新しい政治を追求するか、大きな節目の統一選だ。国政では「復興庁」の設置構想が浮上しているが、地方においてもいいかげんな復興支援はあり得ない。
どのような県土を築き、被災地とともに歩んでいくか。まさに長期戦略が必要になる。国が用意する交付税の増額頼みで現状を乗り切ったとしても、有効求人倍率が1倍を越えても、本県自身の足元を強くしなければどうにもならない。
雇用や経済活性化はもちろん、被災地の打撃を考えれば、先ほどの話ではないが、漁業はもちろん、農業も対策も待ったなしだ。敦賀市も原子力発電所を有するだけに今後の取り組みが重要となってくる。
地方議員の役割は大きい。候補者は自らの政策を堂々と論じるときでもある。

国レベルでも、東日本大震災を機に、各党は「政治休戦」に入っている。未曽有の被害を前に、「政局」にかまける余裕はない。なかでも、最重要法案と位置付ける郵政改革法案の特別委員会設置をめぐり民主党と対立。亀井亜紀子政調会長がつなぎ法の参院本会議採決を退席する事態となった。政治休戦といわれるが、各党の思惑による駆け引きが水面下で続いているのが現状だ。党が違う以上、むしろ当然の動きだが、どの党もこれまでの主張にこだわっていては先へ進めない。

まず国の政治に望みたいのは、最優先課題である災害復興の態勢を早く整えることだ。そのためには、各党とも大きな妥協を求められる。「大連立」もその一つだろう。

今回の大震災や原子力の事故は、防災に限らず、生産や流通、通信など市民生活のあらゆる分野にわたって政治課題を突きつけている。被災地の期待に応え、復興を遂げることが、政治そのものとなるだろう。

震災によって、政治は変わらなければならない。国民のための政治という原点に、地方政治にも同じことが言える。遠いとはいえ、敦賀市にも本来あるべき政治を災害は突き付けている。
【2011/04/05】 | ページトップ↑
ペダルは踏まないと自転車は倒れる。とにかくこぎだそう。
Date:2011-04-04(Mon)

昨日、天気は晴れだが寒かった。西高東低の冬型。一日、選挙カーに乗り込むと体が冷え込む。選挙カーに乗り込みながら、ふたつの乗り物について考えていた。
ひとつは自転車だ。季節がいいのか、色とりどりにウエアーに身を包み、クロスバイクなど自転車族を多く見かけるようになった。

阪神淡路大震災の5日後、阪神の甲子園口から三ノ宮まで、自転車で市に向った。その機動性は、阪電車の不通や道路の破損に、ガソリンもなくても、十分に機能した。晴れでよかったが、向かい風で足が疲れた。非常時にはうってつけの乗り物だが、風雨には弱い。これらの利点からこのたびの東日本大震災でも見直されているとか。
もうひとつは、ヨットだ。入社4,5年頃か、会社にヨット部を創設した頃、絶好の風で何度か西浦から東浦を往復。逆に敦賀湾の天候も急変する。風雨に苦労しながら戻ったこともあった。

ヨットは、真後ろからの追い風はかえって危険。船体を制御できないからだ。逆風に向かって斜め45度に進むのが最も醍醐味がある。ジグザグに、でも確実に前進することにも人間の幅を広げる教訓がありそうだ。自転車もそうだが追い風の中では、有り難みを感じない。強い向かい風の中でも目標があると進むことができる。人生訓のようなものだ。

選挙も追い風の時は危ない、逆風にあると終ってみれば勝っていることも多い。書きながら話題をさがす。どうしても原子力の話題になる。

敦賀市でも市民からの原子力の反応は厳しい。逆風というもの以上だ。福島第1原子力発電所の事故が全国の原子力発電所の運転に影響を与えることは確かだ。九州電力や関西電力などが、震災前から定期検査で止めている原子力発電所について、運転再開を当面、見合わせた。福島原発事故で高まった地元住民の不安に配慮したという。
当然、現在停止中のもんじゅ、敦賀1号機にも影響がある。運転中の敦賀2号機にも同じことが言える。電力会社がすべて九電などと同じ対応をとれば、夏場に全国の電力供給が最大で2割不足し、西日本でも計画停電を迫られる恐れがある。

ただ、地震や津波への備えなど、緊急に対策を講じるのは当然でもあり、対策には、時間がかかっても、補強や改修をためらうべきでない。

福島第1原子力発電所の事故はなお深刻な状況が続いているが、いずれ根本的な事故原因を洗い出し、知見を共有する対策も国から出されるだろうが、それまでは、独自で安全対策を行い、その安全策を提起した。ただ、私はそれだけでは市民の不安や安心にはつながらないと思っている。それだけ時間がかかる。

安全対策と地道な説明、何度も必要だろう。それ以上に、国のエネルギー政策のあり方、保安院や原子力安全委のあり方など教訓はあまりにも大きい。地球環境問題や資源小国の日本としてどう考えるか、今回の事故の教訓はあまりにも大きく、逆風どころか、原子力発電所の将来にとっては、大きな壁のような試練でもある。

話を大きくするが、長引く低迷に大震災が追い打ちをかける日本経済。大変な時代に巡り合わせた思いはある。それに原子力の事故の影響は大きい。敦賀市もその渦中だ。だがいつの世も「激動の時代」は言われてきたが、今度こそ、激動の未曾有の中にあるが、ことさら悲嘆すまい。逆風が強いほど、進む知恵と体力を持つしかない。

ヨットに戻すと、ジグザグに、でも確実に前進する。危機を回避したり、ダメージから再起するのもこれからの日本の明日にもつながる。まだ見ぬ日本の景色、敦賀の将来を求めてペダルを踏みだすこと、ペダルは踏まないと自転車は倒れる。とにかくこぎだそう。
【2011/04/04】 | ページトップ↑
災害時の司令塔、市役所の重要性と防災ラジオなど情報手段に恵まれるが、・・・・。
Date:2011-04-03(Sun)

ボランティア活動は、その時は苦しいが、体験を通じて生き方まで変わる。私も阪神淡路大震災の一カ月にわたる体験や福井豪雨の土砂除去など、一つひとつのシーンは忘れられない体験だ。議会活動にあたっても、その時の体験で話せるのは説得性を持つ。防災センターの提案は、阪神淡路に基づくものだ。

当時、東灘区の区役所は、ひびが入りながらも地域の司令塔として機能した。各避難所とつなぎ、安否確認など非常時の業務には、やはり司令塔が大事だからだ。今回の件で、市庁舎の耐震化も急ぐべきとも感じた。
震災後、安否確認、国民健康保険、介護保険の業務など市の行うべき基本情報は、市庁舎にある。初期動作は、防災センターが主力だが、その後の長い復旧には、本来の市役所機能が重要となる。

市立敦賀病院の非常電源確保の重要性も、被災地の体験に基づくものだ。1階にあれば、地震では大丈夫でも笙の川の洪水には機能しない。重なればなおさらだ。なんとか、外部電源の導入など措置方法を考え頂いた。

私もいずれ東北へと考えるが、その余裕、今はない。まずは選挙だ。一つひとつ、自分にできること、自分に余裕があることなどボランテャアの基本だ。今日、取り上げたいのは、阪神淡路大震災の時の通信体験だ。震災でいとこの安否がしばらくわからなかった。両親、兄弟ならなおさらだろう。早く確かめたい。つながらない電話に、いらついた。もどかしく思った人も多かろう。

当時、普及し始めた携帯電話は有効だった。固定電話の通信網よりアンテナが残ったのか、すぐに通じた。5日後に神戸に入ったときに最も有効な通信手段だった。

ところが、今回は、災害に強いとされた携帯電話も、ほとんどつながらなかった。電波を中継する基地局が1万4000か所で使えなくなり、利用者が殺到して回線がパンクしないよう接続制限したからだとか。

携帯電話網を支える基地局は停電すると電源が短時間で切れ、機能しなくなる。電源機能を強化し、行政機関や病院、避難施設などの利用を最優先すべきだ。防災センターでは、2階部分に非常用電源があり、地震と洪水を想定している。

ただ、敦賀市役所も耐震も必要だが、非常用電源機能は地下でこれも機能するかどうか、危ぶまれる。災害時には、被災状況や安否を確認する通信手段の確保が極めて重要となる。水や食料などと同様に命綱である情報インフラを、より強固なものにしなければならない。幸い、敦賀では原子力防災もあり、各自治体に比べ優位な施設が整う。

公衆電話の重要性も再認識したい。災害時には一般の電話より通話が優先される。阪神淡路大震災のとき、携帯電話より公衆電話が有効な時期があった。寒空で列をつくって、電話していた光景は忘れられない。この10年間で半減したとか。配置状況を確認し、必要な台数を確保すべきである。

自治体も、インターネット時代に対応した災害情報のあり方を検討しておくことが必要だ。敦賀市内の家々を訪れると、これまで、目にもとまらなかった防災ラジオが目に入ることが多くなった。玄関の置いている家庭も多い。高齢者の住宅には、電話と防災ラジオを玄関先においてあるところも多くなった。聞くと「息子に言われた」とか。今回の地震で意識は高まっている。

市からの貸与の防災ラジオはコミュニティーFM、敦賀FMを使い、自動的に電源が入って情報を知らせる。東日本大震災後は申請が急増しているとか。また、敦賀市がJ-ALERTの情報発信は5月1日から始まる。まだ普及率は5割を超えた程度。貸与申請の制度すらを知らない人も多い。

敦賀市は4月1日から、緊急地震速報や津波警報、テロ情報などを発信する消防庁の全国瞬時警報システム(J-ALERT)の運用を開始した。これで、情報発信は原子力発電所から10キロ圏内の26カ所に設置された屋外スピーカー、市民に無償貸与する防災ラジオ、携帯電話の市防災情報配信メール(Tonboメール)を使うことになり、幅が広がった。いずれも阪神淡路の教訓だ。

また、市では原子力の避難指示が20キロ圏内となればこの対応も急がれることは確かだ。直ぐには対応できない。それまでは、防災ラジオが有効になる。ミサイル攻撃やテロなどの国民保護関係、緊急地震速報、地震津波、大雨、大雪など気象警報、土砂災害警戒、竜巻など気象-の5分野の多角的な情報を受信して発信する。

いずれにしても、災害時に防災ラジオ、ネットや携帯メールが大きな役割を果たす。それを使える人と使えない人の情報に差が出かねない。高齢者などの「接続格差」をどう解消するかが、今後の課題となろう。一人世帯、それもお年寄りが増え続ける敦賀市にあって、幅広い通信手段も大事だが、何よりも近所の人との触れ合いが一番だ。日頃の近所つき合い、町内活動など重要なことは言うまでもない。
【2011/04/03】 | ページトップ↑
聞きたくもない『悪い本当の事実』を報告せよ!
Date:2011-04-02(Sat)

4月は、学校も職場も新しい年度に入る。いろいろなものが装いを新たにし、人の気分も新しくなる。だが、今年は震災の被災地のことを思って気が重い。それでも、県議選も告示され、違ったムードが季節となって伝わる。昨日は、県議選の市役所で抽選から始めた。選挙は話題は、選挙法もありここまでとする。

議会では、議会事務局長の退職に伴い新旧が挨拶に訪れた。辞めるものには万感の思いが新しい役職者には新しい意欲が、そんな季節だ。今年は選挙の年でもあり、本格的な人事は6月となる。

今年のソメイヨシノはいつもの年より遅く感じる。桜には華やかさもあれば、散るときの哀れも感じる。人生を重ねるのにも相応しい花だ。

今年の花見は、震災の被災者を悼んで、都市部では自粛ムードが漂っているそうだ。日本中が消沈しているようだ。だが、植物たちは元気がいい。ソメイヨシノも遅いとはいえ、つぼみのなかにピンクがかった花弁見え始めた。吹く風も昨日は本格的な春の風となった。

さわやかな春風のように、日本も早く元気を取り戻したいものだ。昨日の各企業の訓示は、その多くが、復興への誓いと危機管理の重要性など、これもいつもと違う。

訓示の最高峰は80年代、中曽根政権時、内閣安全保障室や外政、内政審議室など5室が新設された。その発足式での後藤田正晴官房長官の訓示。①省益を忘れ国益を想え。②聞きたくもない『悪い本当の事実』を報告せよ。③勇気を持って意見具申せよ。④自分の仕事でないことを言うなかれ。⑤決定が下ったら従い、命令を実行せよ。の「後藤田五訓」だ。危機管理での今に通じる。組織の中に入るとよくわかる言葉でもある。ただ、今の首相官邸の司令塔に誰もが疑問が生じるであろう。

昨日も、菅直人首相が東京電力福島第1の事故を踏まえ原発増設計画を見直す方針を表明したことに対し、定例記者会見で河瀬市長は、「事故の収束が第一。既存の原発に対する安全対策を議論すべきで、順序が違う」と苦言を呈した。その通りだろう。

菅首相は31日、事故を踏まえ、2030年までに原子力発電所を現状より14基以上増やすとしたエネルギー基本計画を白紙にして見直す方針を示した。同計画が位置付ける14基以上の増設には日本原電敦賀3、4号機も含まれている。

福井新聞報道にある『河瀬市長は、まず事故を収束させることで新たな知見が得られるとし、「冷静になってからエネルギー全体を見つめ直すならいいが、今はそんなことを言っている場合ではない」と指摘。その上で「国策はぶれないことが重要。環境問題や資源などを考えると、原発は安全性を徹底すればいいのではないか」と述べた。』は、現状では妥当な言い分だ。

いずれにしても、今回の福島の事故は、あまりにも大きく、原子力発電所を有する敦賀市にとっては、安全の確保、これまでにない不安など課題は山積だ。
【2011/04/02】 | ページトップ↑
絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に(チャーチル)
Date:2011-04-01(Fri)

今日から4月だ。4月1日。エープリル・フールというが、誤った情報は、口コミだけでなくメールやツイッターでも拡散していて、今という時代を映す。ネットの拡散力はすさまじい。

敦賀市でもごく微量の放射性物質のヨウ素が検出された。「雨がふっても大丈夫ですか」と問われた。うそのような話だが、これが現実だと改めて認識した。

福島の原子力発電の事故と放射性物質の拡散、関係者はもちろん、未知数だけに誤った情報は風評被害にもなる。遠い敦賀でもそうなのなだから、現地ではなおさらと推察できる。敦賀の水のペットボトルが消えた現実もその表れだろう。

東日本大震災の被災地でもデマが横行しているとも聞いた。大正3年生まれの私の母は、大正12年(1923年)関東大震災を東京で体験した。書いていいのか躊躇するほど、痛ましい現実があった。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「火をつけた」などとのデマを生前、よく語っていた。現実、これで、数百とも数千ともいわれる人が虐殺された。

デマが風評となり人を殺すほどになった。チェルノブイリ発電所の事故の現地に訪れて、わかったことは放射線被害もさることながら、それ以上に風評被害とデマなど精神的なストレスの悩みで自殺者が出たとも聞いた。

平成8年(1995年)の阪神大震災でも「震度6の大地震が再び来る」との流言が駆け巡り、こちらは気象庁が正しい情報を出して収束した。

放射性物質はごく微量でも検出できる。チェルノブイル発電所の事故時も、数日、遅れて偏西風に乗って日本でも検出されている。我々世代では中国の核実験で、子どもの頃「雨で髪が抜ける」と言われ、子どもの頃、まともに信じていたほどだ。ごく微量に体内に我々世代は、ごく微量、プルトニウムを骨に50年近く保持し、検出もされた、それでもなんの障害もない。

今回も現地で「雨に当たると被ばくする」と誤った情報が広がっているとも聞いた。デマの背景には、人々の間に漂う強い不安と情報不足がある。

いま福島第1原発の放射性物質に漠とした不安が広がる。政府は「基準値を超えた」と出荷制限をしながら、一方で必ず、「直ちに健康に影響はない」と打ち消す。大正時代の口コミの風評は、いまは、ネットが全国レベル、世界レベルでデマが広がる。

繰り返しにもなるが、NHKなど各報道も、事実をわかりやすく正確に伝えようと努力がうかがえる。放射線や原子力発電所をわかりやすく解説を交えて伝えている。これからも非常時の情報発信は「早く正しく分かりやすく」が命だ。政府や東京電力など、正確な調査と的確な情報発信は、これからも必要だ。当然、地元、敦賀市も事業者も同じことが言える。

話を変えるが、政治家は言葉が命とよく言われる。演説といえば、今は米国のオバマ大統領だが、なんといっても非常時はウィンストン・チャーチル。大学時代か船の中で読み感動もした。

『第二次世界大戦回想録』だ。確かノーベル文学賞をもらっている。第2次大戦下の英国内閣を引っ張った名宰相だけに、ラジオで、議会で多くの名演説を行い、ドイツ軍の空襲に恐怖する国民を奮い立たせた。

あまりにも有名なのが、「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に」だ。今、日本にも通じる言葉だ。また、「われわれはどんな犠牲を払おうとも、この島を守る。われわれは絶対に降伏しない」

チャーチルらしいのは、「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ」。

政治家と演説は、切り離せない。未曽有の国難ともなれば、指導者のひと言、ひと言に国民は注目する。大地震、大津波、原子力発電所事故、放射線被ばく、さらに風評被害、精神的なストレス、これらに立ち向かうための言葉とメッセージがほしいところだ。

菅直人首相からは、いまだにそれが発せられない。修辞は要らない。名演説でなくていいとも思う。国民の命と財産を守り、復興にかけるには、今は、正確な情報と発信が、そして勇気を伝えるそんな言葉を、熱情と決意を今語らなくて、そんな想いがつのる。

最後に、チャーチルらしい言葉で、

「お金を失うことは小さく失うことだ。名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことは全てを失うことだ」
【2011/04/01】 | ページトップ↑
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