「日本海側拠点港」の選定作業を6月から再開するはずだったが・・・・。
Date:2011-05-31(Tue)

歴史的にみても道路、港、交通機関の整備は、地域発展の土台であることは確かだ。敦賀の発展の歴史は、あきらかに交通と共に栄枯盛衰を繰り返してきた。

なかでも、江戸時代の北前船と西回りによる、戦前のロシア定期航路と空襲後と、栄枯盛衰は、敦賀港であることを歴史が証明している。

昨日は、敦賀市役所で対外友好や敦賀港に関する各種総会が開かれた。敦賀市の政治課題は、原子力発電もあるが、一方で敦賀港の拠点化が当面の最大の課題であることは確かだ。敦賀百年の大計を考えるならば、新幹線の早期実現より、敦賀港の拠点化が、何よりも優先すべき政治課題でもあると思っている。

国土交通省は、東日本大震災の影響で延期していた「日本海側拠点港」の選定作業を6月から再開し、上旬にも港の公募を開始する。大震災を踏まえ、太平洋側にある港湾の代替機能や港の防災機能が新たな評価基準に入る見通しが昨日も報告された。日本海側拠点港は港湾整備の「選択と集中」の考えから、国交省は2月に候補港を敦賀や新潟、博多など26港に絞り込んだ。選定に向け、公募を3月にも行う予定だったが、大震災の影響で延期していた。

昨日も東北の太平洋側、各港の被害状況が報告されたが、太平洋側の港が地震や津波で壊滅した場合の代替機能を備えることの重要性が指摘された。阪神淡路大震災で神戸港から敦賀港への代替の話があった。結局は設備が整う名古屋港へ貨物が動いた。

今回の震災で緊急物資の輸送で新潟港と東北自動車が果たした役割は大きかった。中京や阪神の代替の役割は、敦賀港が最適だということは地政学的にもあきらかだ。3年後に完成する舞鶴若狭自動車道と北陸自動車道をセットにすれば、その役割の重要性が高まることは確かだ。

事実、大震災後、新潟港とは比較にならないが、敦賀港は釜山からの支援物資を東北へ輸送するなど、代替港湾として一定の役割を担った。それにしても中央の政治が動かなければなにも決まらないことは確かだ。

話を変えるが、自民・公明両党が早ければ週内にも、菅内閣の不信任決議案を出す構えだとか。国会は、そんなことをしている場合か、というのが私の考えだ。

私も菅首相の政権運営や原子力発電などエネルギー政策には不満はいっぱいあるが、陸前高田の状況を見る限り、まだまだ早急にやるべきことはあまりにも多い。被災地の住民は疲れが肉体的にも精神的にもでてきている。

与野党の駆け引きに費やす政治的エネルギーがあるなら、復興など政策を前に進めることに集中させるべきだ。
内閣不信任案可決後の衆院解散などもってほかだ。いま、政治空白があっていいはずがない。あきれるばかりだ。

大震災後、多くの国会議員が被災地を訪れている。いま、国会がやるべきことは、はっきりしている。必要な予算や法律をつくり、復旧、復興に全精力を注ぐべき時だ。阪神淡路とは違う、あまりの被災の大きさだ。 そのしんどさは並大抵ではない。

6月になれば、税と社会保障の一体改革案と、復興構想会議の第1次提言をとりまとめることになっている。この議論も大事だ。話を戻すが、「日本海側拠点港」の選定作業を6月から再開することになっている。優先順位はあるが、政局より復旧、復興だということを忘れないでほしい。
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【2011/05/31】 | ページトップ↑
現場主義
Date:2011-05-30(Mon)

笙の川で避難勧告を出したり住民が避難を始めたりする目安となる「避難判断水位」に達して、何度か水位を見守った。平成10年の増え方とは違うが、不気味な状況が続いている。ネットでも水位が確認できる。敦賀市ではも24時間雨量が210ミリを超え、観測史上最高となった。県と気象台は、昨日、午後6時40分に「はんらん警戒情報」を出して、避難に関する情報などに注意するよう呼びかけている。

ところで、昨日は、病気見舞いを兼ねて、金沢に出かけた。普通列車にゆられて、往復5時間あまり。約40年前に刊行した作品「三陸海岸大津波」を読み終えた。東日本大震災の発生以降、ベストセラーとなっている。

明治29(1896)年、昭和8(1933)年、昭和35(1960)年の3度にわたり東北を襲った大津波を、丹念な現地取材でつづった記録文学だ。

「津波は、自然現象である。ということは、今後も果てしなく反復されることを意味している」と説く警告の書でもある。3月11日以降、15万部を増刷。妻で作家の津村節子さんは、増刷分の印税を全額被災地に寄付しているとか。小説を読むと丹念に事実を調べ詳細に記述している。些細なことにこだわり、事実を積み重ねる。読むと、防潮堤に頼る危険を警告している。

陸前高田の堤防も無惨に打ち砕かれていた。津波の破壊力の凄さをまのあたりにしただけに納得の書だ。

原子力発電所のトラブルで必ず、トラブルに至った経緯を運転データなど、丹念に調べて、原因を明らかにする。私も何度か、中央制御室のデータを集めに行った記憶がある。全体を知ることも大事だが、データを積み重ねて検証することも大事だ。吉村さんはそのことをしっかりと理解しての小説だ。

話を福島の事故に移すが,誰が福島第一原子力発電所1号機の海水注入の中断を指示したのかと国会で大議論になり、昨日のテレビの政治番組でも取り上げられたが、実は第一原子力発電所の吉田昌郎所長の判断で中断していなかったことが明らかになった。現場を知る第一人者の覚悟の決断に勝るものはない。現場の必死な状況が報道されるようになり、事実が少しづつ明らかになってきた。

国際原子力機関(IAEA)の調査予定で「事実を報告する気になった」というのも、吉田所長の硬骨ぶりが感じられる。同時に、中断をめぐる国会の与野党攻防のばかばかしさを浮き彫りにした。真実はまだまだまだ、明らかではないが、
現場が今、何を語ろうとしているか、私も現場出身だけに吉田所長を信頼したい。

以下、27日の日経新聞記事。・・・・・・

「親分肌」「頑固」 福島原発の吉田所長 
2011/5/27 9:24

 「止めろと言った」「言わない」で国会論戦にまでなった東京電力福島第1原発1号機への海水注入問題は一転、現場の所長が独断で注水を継続していたことが26日、判明した。情報共有も指揮命令系統も無視。事故収束にあたる2700人の作業員を束ねる吉田昌郎所長(56)とはどんな人物なのか、東電幹部らの証言から探った。

 「やってられんわ」。4月上旬、1号機の格納容器が水素爆発するのを防ぐためテレビ会議で本店から窒素ガス注入を指示された時、吉田所長は関西弁でそう声を荒らげた。「そんな危険なこと、作業員にさせられるか」。翌日には抗議の意味を込めてサングラス姿でテレビ会議に現れ、役員たちを驚かせた。
 
 大阪府出身。菅直人首相と同じ東京工大で原子核工学を専攻。1979年に東京電力入社。通商産業省(現経済産業省)にも内定していたが、大学の先輩の勧めで東電を選んだ。昨年、所長に就任し、第1原発での勤務は4回目となった。

 身長180センチで学生時代はボート部に所属し、社内の評価は「豪快」「親分肌」。免震重要棟の廊下で眠る作業員に「もう帰れ」と声をかける一方、収束に向けた工程表を持ち出して作業を急がせる本店に「作業員の被ばく量をどう考えるのか」と反論することも。

 「発電所のことは自分が一番知っているという自負があるのだろう。それが時には頑固に見える」と元同僚。

 枝野幸男官房長官が不快感を示すなど、情報の混乱が、新たな物議を醸している。東電のある幹部は「大変なご迷惑を掛けていることに違いはないが、事故が今の状況で済んでいるのは吉田の存在も大きい」とかばった。〔共同)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私も何度か訪れた福島第一発電所だけに、関心は人一倍高い。ただ、ブログに書くことがなかなかできない。あまりにも大きな事故だからだ。仲間の町会議員もいる。仲間の従業員もいる。彼らは必死で収束に向けて頑張っている。今後、どうなるのか、しっかりと見守りたい。それと当然、笙の川もだ。


【2011/05/30】 | ページトップ↑
「頑張ろう!ニッポン」「頑張ろう!岩手」
Date:2011-05-29(Sun)

昨日は、町内のまつり委員会の打ち合わせ。ようやく落ち着いた環境でブログが打てる。まだ、東北の余韻とショッキングな光景が頭から離れない。

岩手県・陸前高田は私にとって、ショッキングな光景だった。そこで打つブログは、通信状況の悪さもあったが、読み返すと、文章がなっていない。それでも、平常時でもそうだが、とにかく毎日、少しでも書こう。誤字脱字があろうと書くことを優先する。ときには「疲れた」の一言ブログも勘弁願いたい。これも本音だ。

陸前高田では、防波堤が崩れ、建物が流され、あるところでは集落全体の建物がなくなっている。いまでも遺体が見つかり、私が滞在したお寺では、無縁仏が数十と納められていた。しかし、逆に、その土地で、その地域で頑張っていこうという人々の姿を目にすることが出来た。

津波の爪痕(つめあと)の生々しい田んぼに苗を植えようとトラクターを走らせる家族もいた。海水で土地が塩分に汚染されているだろうと思うが、どうしても稲を育てようとする農業者のひたむきな姿だ。秋が楽しみだ。

また、各集落や街に「頑張ろう岩手」の旗印を多く見た。鯉のぼりを何匹も風に泳がす風景を各所で見た。これも元気づけようとする人々の表れだ。

いかに土地を愛し、その地域の復旧から復興へ。まだまだ道のりは遠いが、確実に立ちあがっている。

東北各地に広がる地域の復旧。全国にも「頑張ろうニッポン」「がんばろうNIPPON」などなど。「3・11」の東日本大震災以後、ちまたに「ニッポン」があふれている。

話を飛躍させるが、「ニホン」の響きより「ニッポン」の読みは、サッカーの試合でも「ニッポン、ニッポン」の合唱は心に合う。

平時は「ニホン」読みが主流、非常時や国際試合の国家意識が高まる場面では「ニッポン」が使われているような感覚だ。この時期は「頑張れニッポン」「ニッポン、ニッポン、ニッポン」の大合唱の時期だ。閉鎖を打ち破り、勢いよく弾ける感じだ。

話を戻すが、陸前高田には、いまも復旧の作業に、自衛隊、消防団も各地からまだ訪れている。あるお宅の水道の開栓には「神戸の水道局のものですが、市の依頼により・・」と訪れていた。

これからは、復旧の作業も、ボランティアの作業も暑さや梅雨に悩まされながら続く。

陸前高田のボランティアセンターでは福井県の活動は地味だが、切れ目なく訪れるボランティアがいま頼りにされているとか。

大事なのは、できることを、できる限り続けること。無理に一つに束ねなくとも、一人ひとりの善意はその意思とともに被災の地に集まってゆくはずだ。

そして何よりも元気づけられるのは、津波のがれきの中でも苗を植えようとする姿にあるように、前を向いてチャレンジする姿だ。「頑張ろう!ニッポン」「頑張ろう!岩手」だ。
【2011/05/29】 | ページトップ↑
陸前高田を後にして
ー深夜バスの中で書いている。
  
 「未曽有の大震災」という表現をよく耳にするが、日本列島の大地には大災害の傷跡がいくつも残っている。そして、記録にきちんと残している。若狭の津波もどの程度なのか、じっくりと文献を見てみたい。三陸のある藩は、津波災害のあと、飢饉で苦しむ農民を救おうと、年貢徴収を停止し、困窮した村に備蓄米を回す。富裕層からは献金を得た。松の皮や竹の実などの食べ方を普及させた。記録におさめている。

先人は英知を結集して危機を乗り越えた。21世紀を生きる私たちにできないはずはない。陸前高田の作業量もまだまだ、十分にある。福井県のボランティアも6月末まで、切れ目なく予定されている。

ボランティアには、米国からも長期にわたって団体がきている。言葉は通じなくても、する作業を見れば、通じる世界だ。連休で減ったボランティアも少しではあるが増えつつあるようだ。今日から雨、それに台風 晴れの作業が続いただけに、後ろめたさを感じながら、陸前高田を後にした。
【2011/05/28】 | ページトップ↑
疲れた!
疲れた!それでも、また機会があればまたきたいと思っている。
それほどひどい惨状だ。今日は、ここまで。ご勘弁を!
【2011/05/27】 | ページトップ↑
作業2日目。教訓の大事さ。
昨日は仕事も2日目。時間の余裕があったので陸前高田市の広田半島を回った。昨日に続いて、言葉を失う惨状だ。昨日も陸前高田市で3名の遺体が発見されたとか。

がれき撤去も慣れてきた。用意した安全靴、防護メガネ、マスクもフル活用。教訓が生きる。阪神淡路、ナホトカ、福井豪雨と、それぞれに違っても安全が第一。特に体調管理は、第一だ。自己責任とはいえ、無理は禁物。五時半起床、九時消灯、規則正しい生活もたまにはいい。

今回の大震災は子どもも自分で身を守る方法を知っていなければならないことを教訓の一つとして残した。地震の際、子どもが保護者や教師と一緒にいるとは限らない。とっさにどんな行動を取ればいいのか。普段から話し合っていることも大事だ。

津波は、堤防も砕き、乗り越え、のまれたら、命がないことをしるべし。教訓も大事だが、それ以上に、想定外も想定することも大事。

とにもかくにも、福島の原子力事故が毎日、報道されるが、津波の被害はみじかな隣人を2万人以上、のみこんでいることも忘れてはならない。
【2011/05/27】 | ページトップ↑
苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ、だけどぼくらはくじけない・・・♬」
Date:2011-05-26(Thr)

早朝、陸前高田に到着。晴れ、気温15度、作業環境良し。ただ、津波の惨状は、言葉を失う。避難所で生活する人、もくもくと片付ける人、中には田植えをする人、本当に様々だ。何かに動かされる心境になる。不思議な感覚だ。

作業を開始した地区は普段であれば、リヤス式海岸の美しいところだったはずだ。不思議にもがれきの合間に菜の花が咲き、花こそないがスイセンが束になって葉を残している。

がれきの片付けをすると、アルバムが突然、現れる。地元に人に聞くと、見覚えのある顔とか。近くでも数十人単位で津波にのみこまれているとか。

湾内にはひょこりひょうたん島のような島が浮かぶ。

ドラマのテーマ曲の歌詞を思い出す。「苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ、だけどぼくらはくじけない・・・♬」

幾多の困難を乗り越えて進むひょうたん島は、悩める島国日本にヒントを与えた。おっちょこちょいだが未来を信じる明るさでみんなを引っ張っていくドン・ガバチョの存在は、とくに示唆に富む。

火災現場で初動対応の責任の有無を言い合うかのような国会風景はどうかと思うし、内閣不信任案でもめる場合か、とも思っていまう。

それほど現場の惨状は、まだまだ、人手を必要とし、資金もかかる。明るく、力強く、地元の方々は頑張っている。 
【2011/05/26】 | ページトップ↑
東北ヘ
Date:2011-05-25(Wed)

東日本大震災の被災地である岩手県陸前高田市に深夜バスでむかっている。食べるもの、安全靴、ヘルメット、作業着などすべて自己完結型。ただ、参加費3000円で東北岩手県まで運んでくれる。ボランティアとはいえ、ありがたい話だ。バスの寝づらさも我慢できる。それでも寝づらい。

くるまは、北陸道、上越、東北と向う。約12時間、暇にまかせて、iPadで送信してる。総勢20名。看護師3名、県職員2名、一般参加15名。主な作業は、がれきの撤去。陸前高田市は、死者、行方不明、あわせて3,341名。岩手県のなでも格段に多い。

ボランティアも連休明けは一転、人手不足に悩まされているとか。震災から2カ月がたち、これから仮設住宅への引っ越しやがれきの片付け、長期化した避難生活のサポートなどでますます人手が必要になる。支援が途切れることがないようにと、福井県は切れ目なくボランティアを派遣するとか。とにもかくにも東北ヘだ。
【2011/05/25】 | ページトップ↑
高島、長浜、敦賀市議会の協議会
Date:2011-05-24(Tue)

昨日は、市役所5階で高島、長浜、敦賀市の市議会協議会の総会。ここでも福島の事故が大きく影響した。

外は、すっかり梅雨のはしりのような雨がふる。蒸し暑さから一転、温度降下も大きい。五月雨と読めば旧暦のことなので今の6月だ。梅雨の雨である。しとしと降ったりどっと降ったり。

梅雨ももう直か。梅雨は、ブナなど照葉樹林をはぐくんできた。黒河から滋賀県マキノに向う林道はこれからが季節だ。

ブナ林といえば、夏といえば、尾瀬だ。「夏が来れば思い出す・・・♪」の尾瀬の湿原の約4割が、東京電力の所有地。

今年は福島の事故の影響で、尾瀬で毎年、行われた行事が中止されているとか。私も参加したことがあるが、毎年、ボランティアを募ってブナなどを植える行事も中止されたとか。福島の事故の影響はあまりにも大きい。

この時期から、夏の時期、土日は、尾瀬の長い木道に行列ができるほどだ。その木道整備に毎年、数億円の維持費をかけてきた。今後、どうなるのか、あまりにも大きなエリヤと自然だけに、今後の動向が気になる。

尾瀬以外にも上高地の梓川水系がある。この木道も東電が維持管理してきた。梓川も5月の連休から観光客の訪れは多い。梓川から眺める穂高連峰、焼岳は絶景だ。この風景は私も大好きなところで、この連休も女房と訪れたばかりだ。

三千メートル級の山々から雪の水滴が、東京電力のダムを形成する。松本平に入る最後のダムが、東京電力の稲核
ダム。昔、訪れたことがあるが、自然とダムをなんとか、調和させようと努力が木道に変わっている。

余談だが、関西電力の黒部ダムとはまた違った風景だ。以前、私が訪れたこの時期は、北アルプスの峰を越えた雨雲は、雷鳴とともに大粒の雨を降らせた。自然の雄大かつ豪快な雨は、カーテンスコールのように、ダイナミックに迫ってきましたことを思い出す。

ダムは自然破壊の代名詞だが、稲核ダムから上高地まで、洪水とともに変わる大正池への木道など東電は毎年、維持管理を行ってきた。この先行きも不安になる。梓川の東電のテプコ館は福島の事故の影響で閉じたままだ。

前置きが長くなった。昨日は、敦賀市と、隣接する長浜市、高島市と敦賀市の市議会協議会総会。昨年度から始まった。生活もそうだが、観光など隣接するだけに関係は深い。しかし、福島の事故で様相は一変した。

昨日は、福島の事故の状況ともんじゅや敦賀1,2号の当面の対策、中長期の対策などの報告を保安院から聴いた。いま、三市にとって最大の関心事だけに質疑も予定時間を越えて続くほどだった。

長浜、高島の両市は、いずれも発電所のある敦賀半島から20キロから30キロ圏内にあり、避難指示や警戒区域との関連など、6月議会の焦点になることは確実とか。

夕方の懇親会でも、原子力防災や今後の県境を越えた訓練のあり方など、立地市と隣接市とそれぞれの立場の違いあるが、切実な課題として、共通する事項が多いだけに、これまで以上に重要な協議会となったことは確かだ。

今日から深夜バスで岩手県陸前高田市に向かう。ヘルメット、安全ぐつと…バッグに詰め込んで、さて、ブログが毎日、、継続でるか、ひょっとすると土曜日までお休みになるかも、ご勘弁を!
【2011/05/24】 | ページトップ↑
本物の節電、生活様式、近所づき合い、そして原子力発電の議論が必要な時代…
Date:2011-05-23(Mon)

季節の流れは速い。梅雨時のような蒸し暑い天気が続き始めた。この夏ほど節電につながる軽装「クールビズ」が注目を集める夏はない。敦賀市役所は、早くも衣替えした。何か本物の節電と生活様式の見直し、さらには近所づき合いも考える、そんな時代になったような変化を感じる。

東京に行くと新宿の高層ビルかは、まだまだ明るいが、地下鉄の駅に行くと、改札口とホームを結ぶエスカレーターも大半が止まっている。長い階段を黙々と上り下りする乗降客。エレベーターはいつも通り動いているとはいえ、障害のある人やお年寄りにとってはやはり大変だろう。大阪や京都、名古屋と違う光景が印象的だ。

そんな節電の首都を巡りながら、第1次石油危機のころを思い出した。東京タワーの照明が消え、ネオンが消え、テレビの放映時間も短縮された。船の乗船実習は、石油を使うので、港に停泊したまま、動いていることを想定しての仮想実習が続いた。奇妙な不安な時代だった。

現在もそのまま使えそうだ。東京のデパートでは、省エネグッズが売れ、ゴーヤの緑のカーテン人気で、園芸コーナーも例年とは違った売れ行きとか。

生活の見直しがいわれる中、私が経験したオイルショックもトイレットペーパー騒ぎなど将来への不安が広がった時期でもあった。

今年も大震災と福島の事故に見舞われ、先行きが見通せない、いまの日本を覆う空気と重なり合う。数々の危機を乗り越えてきたから、今回もきっと立ち直ることができる。ただし、当時とは違うのが、省エネが進み、太陽光発電も現れ、生活様式が電気の占める割合が多くなっていることだ。それに切り札とも思えた原子力発電の考え方だ。

電力会社は計画停電をなくすために、当面は、火力発電の比率を多くする。それでも、温暖化の異常気象は今年も待ったなしかもしれない。

クールビズもビジネスの現場では昨年まで、本音と建前がずいぶん違った。

夏の盛り、ノーネクタイにジャケットという格好で東京に出張したら、都内の駅であらためて周囲を見渡したら、ビジネスマンの多くが暑さをこらえてスーツを着用していた。一方で、電力会社と国家公務員のノーネクタイは徹底していたから、クールビズというよりも「お役所ビズ」と言った方が正確だったかもしれない。

エアコンの設定温度がぐんと上がる今年は、さすがにビジネスの現場でもクールビズが浸透してきた。通気性の高い素材を使用した衣類や汗が素早く乾く下着などを売り込もうと、省エネ商戦も過熱気味という。敦賀でも同様の動きが活発だ。

節電というと経済にマイナスと考えがちだが、電気製品にしてもファッションにしても、省エネが新しいビジネスチャンスを生みつつある。電気が足りないのも、あながち悪いことばかりではなさそうだ。

学校で教えるゴーヤの緑のカーテン人気も今回は本物だ。

もうひとつ、節電に加え、震災を機に、町内自治会の重要性が再認識されている。「遠い親戚よりも近くの他人」のことわざ通り、いざという時に頼りになるのは地域の支え合いだ。

高齢化率の上昇に伴い災害弱者が増え続ける一方で、共助の担い手として欠かせぬ自治会の加入率は低下傾向にある。郡部、都市部に限らず、住民同士の交流が盛んで強い絆で結ばれた地域社会も少なくない。

中央町も近所つきあいを嫌ってか、マンション住まいが多い。それでも、マンション管理組合の組織体のなかで生活する.夏まつりや公園清掃活動など、毎年、変わらないが、これも続けることが大事だ。災害を強く意識した近所つきあいが大事になる。

様々な価値観や生活様式の変化が今年は正念場だ。ただ、温暖化の夏を迎えて、原子力発電と国民がどう向かい合うのか、オイルショック後、原子力発電のYes、or No の論議から、どう安全性を高めながら利用するか、これも本物の論議が必要に思う。もんじゅも敦賀3,4号の議論もYes or Noではなく、積み上げたものを冷静に考えることが必要な夏を迎える。

【2011/05/23】 | ページトップ↑
無駄と言われながらも続けて行くこと…
Date:2011-05-22(Sun)

昨日は、早朝より行事が続いた。若狭町のツーデマーチに伴う特定失踪者の救出にむけての署名活動。もどって、気比の松原を愛する会の清掃活動、商店街のモニュメントの清掃活動、またまた戻って若狭町。夕方は福井市でのある団体の懇親会と続いた。

ところで、昨日は、二十四節気の1つ「小満」。あらゆる植物が生い茂り、花をつけて地上に満ちるの意味。葉や草は日々伸長し、緑色を深める。成長の季節だ。

一方、芸能界では、私の好きな俳優の児玉清さんが亡くなった。NHK大河ドラマ龍馬伝では主人公の父役を演じ、アタック25というクイズ番組では30年以上も名司会をこなした落ち着いた話しぶりで、BS番組「週間ブックレビュー」進行は適役だった。薦めている小説を読んでみたいと思わせるほど説得力のある本のソムリエだった。

書物を読んで昔の賢人を友人とすることを「読書尚友」というそうだ。昨日もJR福井駅前の古本屋で新田次郎の「孤高の人」をみつけた。ネットでも手に入らない。山岳小説として、読みごたえのある作品だ。兵庫県浜坂出身で若いエンジニアだった加藤文太郎は、雪のなかで内燃機関の設計を考えている。

当時、私も内燃機関の魅力がわかった頃だったこともあり、魅了された作品だ。地元の六甲山脈を一人歩き続けるうち、登山に魅せられ、資金もなく、装備もない加藤は、暗中模索の中いくつかの経験をつみ、山にますますののめり込み、日々の生活を極限まで質素にして、ヒマラヤ貯金を始める。「単独行の加藤文太郎」といての生き方には私もずいぶんと共感した。

六甲山を須磨から宝塚まで歩き続けると50キロ。大学時代、単純なのか、この小説に魅せられて、仲間と数度、試みた。朝早くから登り、宝塚に着くのは夜9時頃、寒さと神戸の夜景が体感として残っている。大学4年間連続で、夏休みの部活動の合宿後、連続的に北アルプスを目指した。小説の主人公の「単独行の加藤」は、結婚1年後、北アルプスで命を落とした。

目立たないけれど真摯に仕事や、目の前のことに打ち込む人間、少々態度に問題があろうが、結果を出していく。「孤高の人」の小説の魅力はこれだ。古本屋で出会うとなおさら嬉しくなる。電子書籍にはない嬉しさだ。

児玉清さんではないが、結果を出して行く俳優、心に残る。日本サッカーも「ドーハの悲劇」もあり、その下済みがいかに大事か、拉致問題も特定失踪者の課題もただひたすら運動を続けていくしかない思っている。

拉致被害者の地村さん救出は、産経の一記者の丹念に調べての記事が結果となった。無駄だと言われながら、続けていくことの、まさにその結果だった。拉致の運動も「何のために」と言われるが、理由はない。風化が進み、高齢化が進むこの問題も、結果はでないかもしれないが、何度も続けるしかない。結果を信じて・・・。
【2011/05/22】 | ページトップ↑
公務員の給与10%一律カット
Date:2011-0521(Sat)

これほど晴れ間が続くことも珍しい。いまほど自転車を走らせるのに絶好の季節はない。毎朝1時間は、飲み過ぎと重なると体に疲れがたまる。年齢と体力に合わせての運動をすべきと考えている。

市役所内の最大の関心事は公務員の給与10%カット。財務省は国家公務員に準じて地方公務員の給与に充てる地方交付税の10%削減にまで言及している。これも地方の事情に応じて決めるべきで一律はよくない。

敦賀市の公務員の給与も下がり続けている。それだけに関心はすこぶる高い。急激な給与カットや歳出削減は、民間であろうと国家であろうと脆弱化した体質をさらに深刻な事態に陥れかねない。緩やかな削減も、いつの間にか、元気がなくなる要因でもある。敦賀市内の景気にも影響している。

端的な例が、長年、見てきた本町の繁華街をみればそれだけではないが、市内組織体で千人近い企業は市役所をおいてほかにない。それだけに、給与の削減はボディーブローのように市内の景気にも影響している。

今日本は財政再建と震災復興の双方に求められている。かたくなるが、今回の国家公務員の給与削減は、労働基本権を制約する代償として1948年に制度が創設されて以来、人事院勧告によらない給与削減は初めてだ。

国家公務員の人件費をめぐっては、民主党が衆院選のマニフェストに「総人件費の2割削減」を掲げた。一方的な給与削減に労働側の反発は強い。給与を引き下げるのなら、協約締結権付与の法案を同時に国会に提出し、成立させるべきだと主張する。もっともなことだ。古くて新しい話だ。

繰り返しにもなるが、国家公務員と並んで地方公務員の給与も引き下げるべきだとし、地方交付税から相当額を削減する考えが出ている。私は、国が一方的に地方財源に触手を伸ばすのは問題だと反発したい。

地方公務員の給与は、もともと各自治体が条例で定めている。引き下げの是非は、議会、首長が判断することで国が口出しする筋合いではない。これこそが地方分権、地方主権だ。

これまでも何度も人事院勧告に従って、給与カットが続いた。さらに、一律削減案は到底受け入れられないだろう。ただ東日本大震災の復旧・復興費用には膨大な資金を必要とする。国家公務員だけが給与を削減され、地方公務員は「無傷」というのも違和感がある。

要は国と地方が徹底的に話し合い、納得ずくで物事を進めてもらいたい。国難を隠れみのにし、国が一方的態度を取ることは許されない。それも一律は違和感が残る。市の職員組合が推薦した河瀬市長も同じ考えとも思う。

菅政権、なぜか、大事なところで、説明不足、強硬なことが多すぎていないか。エネルギー基本計画の見直し、浜岡の停止要請、サイクルの見直し発言など、敦賀市の将来を左右する政策の見直しが次々と出されている。その中での給与10%一律カット、議会もしっかりとした議論が必要な時だ。
【2011/05/21】 | ページトップ↑
「安心」が重要なキーワード
Date:2011-05-20(Fri)

昨日も、挨拶回りが続いた。大野市、勝山市、あわら市、坂井市、福井市、鯖江市、越前市と。感じるのは市役所庁舎の古さだ。それでも最初に訪れた大野市役所は隣に建て替えを計画し、勝山市役所は耐震化と共に、リニューアルを終えていた。あわら市と坂井市は昔の町役場を使用している。福井、鯖江、越前の各市は古い庁舎を大事に使っている。

あきらかに、嶺南の各市町庁舎の立派さと違う。原子力発電所の立地や財政力など理由は様々だ。今回の東北の震災で庁舎の重要性が改めて確認された。

敦賀市の市役所庁舎の耐震化は、優先順位として、それほど高くなかった。しかし、安全で安心なまちづくりの観点で、今回の震災の教訓は、災害時の司令塔として、市民情報の保管場所としてあらためて市庁舎の重要性を再認識させられたようにも思う。


安全で安心のまちづくりの観点で何を優先するか、将来の財政が不透明な中で、何を優先するか、真剣な議論は必要だ。

ハードばかりでなく、ソフト面でも「安全」「安心」は大きなキーワードだ。今日は、議長の代理として市内の老人クラブ連合総会の挨拶を行う予定だが、事務局が用意してくれた原稿をみながら、自分の体験とも合わせ、高齢者福祉の大事さを考えている。

庁舎の耐震化と同様、高齢者の「安心」づくりは待ったなしだ。日本は今や「85歳以上の4人に1人が認知症」の国になった。いま、市内の認知症のデータをもちわせていないが、認知症のほぼ、全国のデータと一致するのではないか。

団塊世代が65歳以上になる2015年には250万人に。2020年には、300万人以上になるとみられている。両親の認知症を経験して、身内にしっかり家族がおれば、問題ないが、一人暮らしが多い敦賀市でも大事になるのが成年後見制度ではないか。

2000年にスタートした介護保険制度は、敦賀市でも保険料はあがるものの、十分に機能し、定着してきた。ところが成年後見制度はどうだろうか。

認知症などのために判断能力が衰えた人を支える制度だ。だが残念ながら、ほとんどの方が知らないのではないか。

判断能力が衰えれば、不動産や預貯金などの財産を管理することが難しい。介護などのサービスや施設入所に関する契約を結ぶときも、自分でそれらのことをするのが難しくなる。悪質商法の被害に遭う恐れもある。

親族らの申し立てにより家庭裁判所から選任された「判断能力が不十分な人を援助する人」が、支えてくれる制度が、成年後見制度だ。

一方で、身寄りがない認知症高齢者らを支援するために市長が親族に代わって家庭裁判所に申し立てる仕組みがある。一人暮らしは多い敦賀市内でも今後、増えることが予想される。

敦賀市「認知症ほっとけんまちマップ」に詳しく説明して案内している。市役所の担当窓口に制度に詳しい職員がいる。

そうはいっても、成年後見制度は、門外漢にはなかなか分かりにくい。家庭裁判所に申し立てるまでの調査に時間がかかる場合も多いとか。

今後の増加を考えれば、制度普及も大きな課題とも考えている。市内の地域包括支援センターの役割も多くなる。
2000年にスタートした介護保険制度と成年後見制度は、高齢者福祉の両輪であるはずだ。

市長マニフェストで震災の影響もあり、「安心」が大きなテーマだ。優先順位をしっかりと議論し、財政がひっ迫する中で、出来るもの、しなければならないものなど、ハード、ソフト面で、総合計画の前期基本計画が出来たばかりだが、3・11であきらかに変わった。何が大事か、優先順位も含め、今一度、見直すことも大事だ。
【2011/05/20】 | ページトップ↑
23日、敦賀、高島、長浜の市議会協議会を開く・・。
Date:2011-05-19(Thr)

昨日は日本晴れ。副議長としての挨拶回りが続く。長浜市、高島市、嶺南振興局、高浜町、おおい町、小浜市、若狭町、関西電力、美浜町と続いた。正直、天気が良いだけに、自転車で走らせれば最高のコースとなる。北国街道から長浜、高島、近江今津から熊川宿、上中と抜けると海あり山あり、湖あり。ただ、それにも時期と天気、それがいまだ。そんなことを考えるとつい「もったいない」という本音が飛び出す。

「もったいない」ではないが、訪れた市役所や町役場はそれぞれに「クールビズ」が定着しつつある。中部以西も浜岡原子力発電所停止で、夏場は「節電列島」になる見通しとなってきた。今なお避難所で暮らす人たちのことを思えば、クーラーの設定温度を少しぐらい上げるのは何でもない。

ただいっときは過度の自粛が、経済活動を停滞させると批判も多い。電力消費を抑えながら経済を活性化するには、どうすればいいのか。私も妙案がない。

中部の愛知県は、トヨタなど省エネが進んだと言え、電力を必要とする企業が多い。原電の敦賀2号機も関西電力に送電すると同時に中部電力にも送電している。それだけに、運転再開とも合わせ、今年の夏、猛暑との関係も大きな課題だ。

真っ先に浮かぶのは、太陽光発電。個人の住宅の屋根にパネルを引き詰める。これも補助制度と電力の買い取り制度がなければ成り立たない。

「敦賀市ではどうですか」とよく質問される。専門家によれば、けっして敦賀の日照でも、新築や制度利用など条件が整えば、損することはないらしい。メーカーのパネル効率も設置など想像以上に進歩しているものの、初期投資がかかるのか、宣伝効果ほど売れていないとか。

これまでの日本は、消費を刺激するための戦略は、まだ十分使える商品でも、機能やデザインを定期的、計画的に新しくする。いま持っている商品を「流行遅れ」にし、「捨てさせる」。車や携帯電話などのめまぐるしい変化を見れば一面では真理だろうが、消費と浪費は同じではない。

私も携帯電話は、電池性能やデザインなどが気になり、二、三年で携帯を変えてきた。ただ、今乗っているカリブは23万キロ、10年は乗っている。

要は「もったいない」の精神を発揮して、電力の使用にも消費活動にも、ほどよく向き合っていくことだろう。何より被災地のことを思いやればこそだ。クールビズは今やすっかり定着した。節電も自然に、無理なくできるから続ける。そんな生活が定着すればもっといい。

ところで、昨日、訪れた高島市では、西川市長にお会いすることができた。原子力防災の話が当然のように出る。来週23日には、高島、長浜、敦賀の各市議会による協議会を敦賀で開く。まずは、福島の事故の状況を学ぶ。

また、滋賀県の状況として、若狭や敦賀の原子力発電所の運転再開が西川知事の発言で、不透明になっていることを受け、滋賀県は大阪府と共同で関西全体で節電に取り組む節電計画を関西広域連合に提案する。また、嘉田知事は、福島の事故を受けて、福井県と同様、県の防災計画の見直しについて原子力の専門家などの有識者からなる検討委員会を立ち上げ、今日、初会合を開くことを明らかにしている。

福井県や滋賀県の防災の見直し作業を受けて、当然、高島市、長浜市、敦賀市の市議会の協議会の存在もこれまで以上に重要性を増すことは確かだ。
【2011/05/19】 | ページトップ↑
見えないところで、知らないところで働く敦賀の人々の姿
Date:2011-05-18(Wed)

昨日は、副議長として市内約30カ所の挨拶まわり。マスコミ、土木事務所、中日本土木、RCN、敦賀短大、原子力研究開発機構、原電、北電、商工会議所、海陸、敦賀FM・・・・と。座ると、それぞれの分野の話になる。中日本土木では、舞鶴若狭自動車道の進捗率が小浜―敦賀間で約3割、ほぼ全域で工事が行われている。

ただ、敦賀市懸案の粟野スマートインター(仮称)の話が東北の災害の影響か停止状態で、この時期に着工しなければ舞鶴若狭自動車道の開通と同時は難しいとか。

また、敦賀短大では、短大が平成22年度(財)短期大学基準協会による第三者評価の結果、適格と認定された。

報告書を読むと高い評価を与えている。授業内容、学生支援、卒業生の満足度、就職支援など、各分野に合格を与え、地域に貢献できる大学として地域交流センターをあげている。また、学校運営にあたっては「市長である理事長の強力なリーダーシップ・・・」という言葉を使って評価している。意外とは失礼だが、市民が見ない分野も的確に評価している。

「教員採用試験を目指す社会人学生を対象とした特別な教育課程を整備し、徹底した指導を行っている」と明記されている。失礼だが、数合わせ的な見方も多かった分野にしっかりとした評価を与え、現実に教育採用試験で敦賀出身者が結果を出している。

敦賀短大の地域総合科学学科が今年、募集停止をするだけに、なんとも皮肉な結果ともなっている。もう一度、大学の地域貢献とは何か、考えさせられる報告書だ。

市民の評価と外部評価の乖離をまざまざと見せつけてくれる報告書でもある。敦賀短大の改革が後戻りができない段階にあり、議会としても噛みしめる必要がある。

話を広げると、見えないところで、役立つとは、誰かのために役立つとは、何か、今一度、見直したい。

被災地で、のめり込むように仕事をする人たちを見ると、あらためて、「人はなぜ働くのか」という問いに、一つの答えが浮かんでくる。

郵便局員は津波でぬれた手紙を乾かし、がれきを縫うように配達のバイクを走らせ、理容師は避難所ではさみを握った。「代金は後でいい」と商品を手渡したコンビニ店長。福井県の鯖江市から老眼鏡を、香川県の丸亀市から「うちわ」を、それも職人の手作りで東北に届けている。数えあげれば切りがない。

これらは氷山の一角にすぎない。水面下で、さまざまな職業に携わるプロが黙々と本分を全うしている。彼らを突き動かしているのは、「こんなときだからこそ誰かの役に立ちたい」という思いだ。

今朝も福島の事故の収拾に働いている現場がテレビで映像が流れた。必死の現場だ。東京電力の社員の懸命の姿だ。

東北の災害から「仕事とは」「働くこととは」を学ぶことができる。

使命感で働く姿は、どこも感動を与える。昨日も敦賀FMを訪れたが社長は不在。夕方、議会にわざわざ奥瀬社長が顔を出してくれた。災害時の地域FM局の大事さを切々と説いていた。経営も厳しくなる中での使命感とも感じた。

大げさに語るつもりはないが、挨拶まわりで感じたのは、見えないところで、知らないところで働く敦賀の人々の姿だ。
【2011/05/18】 | ページトップ↑
スピード、効率も必要だが、プロジェクトによっては立ち止まって考えることも必要だ。
Date:2011-05-17(Tue)

朝、自転車を走らせると、季節の速さがよくわかる。ふるさと夢街道から眺める敦賀平野の眺めはいい。田植えはほぼ終わり、水を張った田んぼと緑の稲が並ぶ・・。逆に、市役所5階からの眺めも野坂山を背景にこれもいい。ところで、市役所5階の議場に朝の9時に入って出たのが夜の午後11時前。早朝、ブログの構想がまとまらない。じっといるのも疲れる。いずれにしても新しい議会が始まった。

まず、議会の議長選挙から始まり、堂前議長が誕生し、私は副議長に、身の引き締まる一日となった。
昨日、提案された議案のうち、震災関係などの専決処分の予算と条例が可決。なによりも、注目は、原子力防災など危機管理対応を強化するため、副市長を新たに1人起用。総務部長の木村氏が副市長に、議会もこれに同意した。これで、副市長と2人体制となる。

役目としては、防災計画の見直しなど原子力防災を主に、大雪時の除雪や自然災害などを担当。原子力は企画政策部、防災は市民生活部、除雪対応などは建設部とまたがるため、各部に横断的に指示できる副市長が必要との判断。

このほか、建設部、水道部を統合し「建設水道部」に、駅周辺の整備や都市計画などを担当する「都市整備部」を設ける部設置条例の改正案も可決され、敦賀市の新しい体制が決まった。

ほんとうに月日は流れると言う感覚だ。一つひとつ、ことが決まり流れていく。話題を広げる。大震災から2カ月が過ぎた。被災地では全国から送られた救援物資の中には、廃棄されたり倉庫にしまわれたものもあるという。地震・津波に見舞われた時は雪や雨で寒い日が続いた。そのため冬物の衣料品がたくさん届いたという。時間の経過とともにニーズは変わっていく。

報道によると、福島県の隣県・栃木県日光市に中継所があり、ここへ食品、水、洗剤などの物資を運ぶ。たとえ小規模でも現地の要るものを聞いて送ることができる。今度の大震災には、福井県内からも多くのボランティアが被災地に向かった。スクリーニングと放射線管理など多くの電力会社などの支援も、数十人規模で若狭や敦賀の地から福島に向っている。現地とつながる自己完結型の組織が重宝される。ボリャンティアも自己責任だが事故だけは注意したい。

余談だが、兵庫県は、毎月17日を「安全の日」と定めている。阪神淡路大震災の後は復旧・復興現場等で死亡災害が多発し、震災前に比べて死亡災害が2年連続して50%増加するという事態が続いたため、労働災害多発を防止する為の対策として、震災発生日の毎月17日を「安全の日」と定めた。

また、一方で、日赤を通じ集まった多額の義援金の支給がなかなか進まない。被災地の自治体の事務作業が進まないためだ。敦賀市の義援金も以前ほど集まらなくなってきたとも。義援金のあり方、活動の確かな団体に資金を託すことも、スピードという点では考えた方がいいのかもしれない。

ところで、震災と福島の事故に隠れて、先月末、地域主権改革関連3法が成立している。昨年の通常国会から継続審議だった法案の修正で与党が譲歩。野党も多数を握る参院で賛成に回った。3法は、地方が長年求めてきた「国と地方の協議の場」の設置や、福祉施設の設置などがんじがらめの「義務付け、枠付け」を見直すなどの内容。地方にとっては前進。早急なテーマが、震災の被災地復興の在り方だ。敦賀市も原子力との関係が深いだけに、政策面、資金面など、国との関係、県との関係、どれもまだまだ上下関係になっており、地域主権とはほど遠い。

義援金と同様、がれき処理一つ取ってみても、事業主体の市町村には財源がなく、一方で国、県との調整もはかどらず、遅れている。とにもかくにも、新しい敦賀市政が始まった。「地域主権」の考え方に基づき、課題が多く、財政のひっ迫も予想されるだけに、今回の4年間は相当、厳しい行政運営が必要とされる。スピード、効率も必要だが、プロジェクトによっては立ち止まって考えることも必要だ。
【2011/05/17】 | ページトップ↑
コーディネートの重要性
Date:2011-05-16(Mon)

五月晴れはいい。ゆっくりとした日々が戻ってきた。一昨日は長浜に自転車を走らせ、昨日は、親子フェスティバルに合わせての西地区の健康ウォーク。休日の各行事の合間を楽しんでいる。スケジュールのコーディネートは、楽しい季節だ。

街にも明るい色の服装が目立ってきた。私でも服のコーディネートに気を使うが、女房に言わすとセンスがないらしい。

夏場の節電対策に環境省は「スーパークールビズ」実施も打ち出した。どんな組み合わせの軽装になるか注目されそうだ。今日から新しい議会が始まり、クールビズでのぞむ。

震災下の社会でもコーディネートの重要性が高まっている。こちらは作業の割り振りなどだ。例えば災害ボランティア。大型連休中は殺到し、現地は対応に追われた。今後は需要掘り起こしを図り、受け入れを円滑にする調整機能充実が必要だ。

行政はこれまで、コーディネーターにほとんどお金を払っていなかった。これだけ多くのボランティアを適材適所で派遣するのも難しい。福井県でも災害ボランテャアを派遣している。受け入れと派遣も普通の仕事だが、これが意外と難しい。

先日も電話で申し込むと「チェンソーを使ったことがありますか」と問われた。目に見えぬ相手に意外と大変な作業だ。

考えさせるのは、お金うんぬんでもないが、調整が担う意義をどう考えているかという点だ。
広大な被災地では、需要と供給をうまく橋渡しする機能が不可欠だ。復興は息の長い取り組みになる。ボランティア活動はもちろん、施策にも優れた調整役が求められる。

話は変わるが、昨日は、福井市で民主党福井県連の常任幹事会、幹事会が開かれた。

西川知事が国が福島第一の事故を受けた原子力発電所の新たな安全基準を示さない限り、運転再開を認めない考えを示している。

県内に13基ある商業用の原子力発電所のうち、運転を停止したのは、先日の美浜発電所の停止により、
これで6基目となり、運転再開の時期はいずれも不透明な状況となっている。

昨日の幹事会では、東北への独自の視察、県内原子力発電所の視察、原子力の勉強会の実施などを行うことを決めた。検証結果をまとめ、党本部に政策提案する方針。

統一選挙後、久しぶりに顔を合わす県議、市議、町議も多い。新たな出発とはいえ、3・11の地震、津波、そして福島の事故がいかいに大きいか、そんな幹事会でもあった。なかでも原子力発電所の見方、考え方が大きく変わったことも肌で感じた。

先日も書いたが、敦賀の意識、嶺南と嶺北など考え方に違いがある。昨年、運転40年を越えた敦賀1号機、
美浜1号機、もんじゅ、さらには、敦賀3,4号などを優先して視察することなどを確認した。視察では、全電源を失った場合の原子炉の安全性確保や、津波からの被害を防ぐ防潮堤設置の妥当性などを見極めたいという。

私も、各議員が実際に目で見て安全性を確認する必要があり、各議員が市民からの質問に答えたり、今後の原子力発電所のあり方を判断したりする材料にできればとも思っている。私の役割は、発電所に働く身でもあり、コーディネートに徹する。これも長い時間と重要な取り組みとなることは確かだ。
【2011/05/16】 | ページトップ↑
スーパークールビズだけが先行して・・・。
Date:2011-05-15(Sun)

国や福井県の考えが理解できないことが多くなってきた。

環境省が「スーパークールビズ」を来月から始めるという。これまで夏場の節電対策として取り組んできたノーネクタイ・ノージャケットのクールビズをさらに進めるのが狙いだ。

それによると、ポロシャツやアロハシャツ、スニーカーでも勤務できるようになるとか。無地のTシャツやジーンズもOKというから、お堅いイメージの役所にしては、かなり思い切った内容だ。

正直、そこまでしなくてもいう感覚でもある。政府も一昨日、企業と家庭の節電目標を15%と決めた。エアコンから扇風機への切り替えや、昔ながらの「すだれ」の活用などを呼びかけている。

クールビズが必要なのは服装だけかと疑問が残る。原子力政策など日本のエネルギーをどうするのか、根本議論が
進まない中でのクールビズだけ先行しても、猛暑がくれば、使用する電気は愕然と多くなる。クールビズでしのげるほど簡単ではない。地球の温暖化は肌身で感ずるほど現実化している。

昨日から関西電力の美浜原子力発電所3号機は、定期検査に入り、東京電力福島第一の事故を受けて非常用の炉心冷却装置の特別点検などを行うことにしていますが、運転再開の時期は不透明。
定期検査中の運転再開を巡って、西川知事が国が福島第一の事故を受けた原子力発電の新たな安全基準を示さない限り、運転再開を認めない考えを示している。

県内に13基ある商業用の原子力発電所の停止は、これで6基目となり、運転再開の時期はいずれも不透明な状況となっている。
国は浜岡原子力発電所と他の原子力発電所は違うと言いながら、現実にその影響が出始めている。

選挙後初の敦賀市議会が明日から始まる。人口減少、少子高齢化、税収減、さらには福島の事故と、これまでにない4年間となりそうだ。

そんな中、市議会に対する市民の関心度が気になる。市長選と同時の中でも、前回と変わらない投票率。東日本大震災に配慮し、拡声器による街宣活動の時間短縮の一部自粛を申し合わせなどもあり、期待したほど投票率にはならなかった。

前の議会で議会基本条例が制定し、市民に身近でわかりやすい議会を目指している。選挙中も議員定数削減の要望を数多く頂いた。税収が減少し、福島の事故が原子力発電所を立地する敦賀市にとって、まだまだ不透明なことが多い。

議会の改革努力を継続しながらも、これからの敦賀市をどうするのか、議会での議論が、今後の敦賀市にとっても重要なことが多い。なかでも今回の国のエネルギー政策、浜岡の停止、さらには西川県知事の考えとどれも敦賀市にとって、マイナス面が多いだけに、議会としての発信も大事になる。それほど厳しい局面を迎えた4年間と見るべきだろう。
【2011/05/15】 | ページトップ↑
節電、節電とさけべば宣伝効果
「化粧品ムダだと妻にまだ言えず」・・これは、「シルバー川柳」の入選作。「老体に耐震補強か杖一本」「デパートで買い物よりも椅子探し」「カードナシ、ケータイもナシ。被害ナシ」・・・とどれも世相を反映して面白い。

「厚化粧笑う亭主は薄毛症」・・も我が身につまされる。夫婦の軽妙なやりとりが目に浮かび、思わず笑ってしまう。

昨日、東京往復の列車でみつけた「シルバー川柳」。11回目となる今年は東日本大震災の被災者への応援の気持ちも込めて実施するという。応募者の年齢は問わないこともあり、世代を超えた高齢者への応援歌でもある。

東京に着くと、JR神田駅のエスカレーターが止まっている。よくみると節電対策。ビルによっては照明も落としている。東日本大震災や東京電力福島第1の事故による電力不足に配慮したものだ。東京の節電も大変だ。

電力需要がピークとなる夏にヤマ場を迎える。政府が4月上旬に発表した夏期の電力需給対策(骨格)では、昨年並みの猛暑を想定した場合、東京電力管内で最大1500万キロワットの供給不足の恐れがあるという。

夏の電力不足に備え、政府はピーク時の電力使用を東京電力管内で企業、家庭ともに昨年比で一律15%削減する節電目標を掲げた。浜岡の停止で中部から関西電力管内も節電対策が重要になってきた。

ただ、人命や国民生活に影響が大きい医療・交通などの分野や、企業の経済活動にできるだけ支障の出ないよう計画的な仕組みを考える必要がある。

勤務時間を前倒しして節電につなげる、サマータイム(夏時間)を導入する動きも広がっている。政府は夏の軽装・クールビズを前倒しして今月から始め、終了時期を1カ月延長して10月末とした。これを受けて、敦賀市役所も今月から実施。議会も右ならへ。

節電には、電力消費の3割を占める一般家庭の協力が欠かせない。家庭の電気の約7割はエアコン、冷蔵庫、照明器具、テレビに使われている。この四つの機器を中心に節電対策を進め、電力需要のピーク時の使用を抑制すれば、効果は大きい。

例えばエアコンは設定温度を上げ、フィルターをこまめに掃除する。冷蔵庫には物を詰め込み過ぎない。使わない機器の主電源を切り、プラグをコンセントから抜いて待機電力を削減することも肝要だ。

また、白熱電球を省エネ型電球に取り換えたり、温水洗便座のふたを閉め、設定温度を低めにするだけで効果があるという。需要が集中する時間帯はいつなのか。どのような行動を取れば、どの程度の節電が可能か。地域ごとに具体的なデータを明示すれば、効果を実感することができて、対策も長続きするのではないか。

節電は環境と家計にやさしい生活の実践でもある。夏場に涼をとるため、窓にすだれを掛けたり、打ち水をする。敦賀のすいせんまんじゅうなど、生活を節電しながら楽しむ。ゆとりがほしい。

最後に、私もシルバー川柳ならぬ、節電川柳でしめる。
「節電、節電とさけべば宣伝効果」・・・おまけに「止められぬ、パチンコ、飲酒、菅内閣」・・・・・。
【2011/05/14】 | ページトップ↑
看護の日
Date:2011-05-13(fri)

ブログの話題に困ると「今日は何の日」を検索する。13日は「メイストームデー(5月の嵐の日)」。今日は、「バレンタインデー」から88日目、「八十八夜の別れ霜」ということで、別れ話を切り出すのに最適とされる日、とか。

2月14日の「バレンタインデー」、3月14日の「ホワイトデー」、4月14日の「オレンジデー」と、続き、6月12日には「恋人の日」が待っている。いい日ばかりでは世の中はつまらないのか、今日は、5月の嵐。これも人生とかってに納得している。ふと昨日をみると、
12日は「看護の日」。近代看護の基礎を築いた英国のフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなんで1990年に制定されたとか。14日までは「看護週間」。先日も福井県のボランティアとして陸前高田市を訪れ、活躍したのが看護師。多くの看護師が東日本大震災の被災地で献身的な活動を続けている。福島、岩手、宮城の各県にのべ三千人を超える看護師が活躍したとも伝えられている。

阪神淡路の大震災でも、各避難所で即戦力として大活躍していた光景は鮮明に記憶として残っている。看護師に求められる仕事は初期の医療サポートから、個々の被災者の事情に即したきめ細かい対応へと変化し、被災者の健康チェック、心のケアなど多岐にわたる。

日本看護協会は95年の阪神大震災後、災害医療の専門的知識や技能などを身につけた災害支援ナースを育成する研修制度をつくった。まさに真っ先に要求される仕事だ。敦賀市で今、看護専門学校から短大化、大学化が検討されている。市民の税金が投入するだけに、時間をかけた検討がされている。

ナイチンゲールは、多くの言葉を残している。今でも参考になる言葉が多い。「天使とは美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」。被災者らの精神的支えとなって献身的に仕事をする看護師には、頭が下がる。

また、「どんな仕事をするせよ、実際に学ぶことが出来るのは現場のみである」など含蓄ある言葉がならぶ。彼女は有名人として扱われることを嫌い、墓標にはイニシャルしか記すことを許さなかったとか。6月議会の焦点は原子力が話題の中心になることは確かだが、忘れてならないのは、敦賀の看護師教育。金がかかるだけにしっかりとした議論をしたい。最後に、ナイチンゲールは「進歩のない組織で持ちこたえたものはない」と語ってもいる。
【2011/05/13】 | ページトップ↑
意識のずれが、これからのあらゆる面で大きな障壁となる可能性があると思えてならない。
Date:2011-05-12(Thr)

FM環境は世代、場所、災害で違う・・・・・

受験勉強はラジオを聴きながら。これが我々世代だ。深夜の「オールナイト・日本」から最近は「ラジオ深夜便」の人気が根強いとか。習慣になると怖い。幅広いジャンルの曲と、軽快なトークが耳に心地よく、なくてはならない存在だった。40年ほど前、FMから録音したカセットテープを聴いた。いま、そのFM感覚はあきらかに世代の違いがある。

私が再びFMの存在感を知ったのは、16年前の地震の災害、神戸。体育館に流れるFMは、情報もあるが、流れる音楽はどれほど避難者を慰めたか。一人で聴くラジオもあるが、10人で聴くラジオの良さも知った。

東日本大震災の被災地で、臨時災害FM局の開局が相次ぎ、免許を受けたのは4月末で20局を超えた。津波で流された防災無線の代わりに活用する自治体もあり、連日、避難所向けの生活情報やライフラインの復旧状況などを発信している。敦賀FMの存在意義は、災害に備えでもある。

宮城県女川町では、避難所となっている小学校の隣に被災者自らが開局した。炊き出し時間や安否情報を1日2回生放送しているが、スタジオは急ごしらえのわずか2坪のプレハブ、運営はほぼ全員素人というから驚く。それでも人気の放送局だ。

震災発生から昨日で2カ月。今なお10万人以上に上る避難者に寄り添うコミュニケーションツールとして、地域に密着したFM局の役割は大きく、なくてはならない存在になっている。敦賀FMも本町の商店街の狭いところで運営している。市内の情報が満載だ。「防災情報受信機」の全戸配布もあって敦賀市民にとってなくてはならない存在になっている。それでも配布も申請だけにまだまだ全戸にいきわたっていない。いずれにしても、災害という環境の変化はFM環境をも一変する。

・・・・・災害は原子力発電の意識やとらえ方を変える。・・・

ところで、テレビ報道での防護服とマスクで表情は読めないが、過酷な運命に淡々と従う様子がつらかった。福島第1の警戒区域内の住民が一昨日、一時帰宅した。持ち帰れるのはポリ袋一つ分だけ。被災地にとって3・11は現在も続いている災害だ。死者・行方不明者は確定せず、悲しみは癒えない。原子力発電のイメージも大きく変わり始めている。

被災地の復興と生活安定は喫緊の課題だが、日本の将来までも模索する論議が盛んだ。インフラを再建するにも、自然の猛威にあらがう従来の方法では限界が見えたからだ。「戦後」から「震災後」という時代の意識が比重を増しつつある。原子力発電の考え方も、根本論から議論が始められるようになった。

今回の震災が過去の大規模な自然災害と決定的に違うのは、被害の規模だけではない。福島の事故の影響は、敦賀にも大きな影を落とし始めた。「震災後」を語る要点として、エネルギー問題は外せない。右肩上がりに生産と消費を拡大した戦後の方向性と「原子力ルネサンス」はベクトルが一致していたが、それが、「震災後」は逆のベクトルが力を持ちつつある。中部電力は首相要請を受け入れ、浜岡の停止を決めた。首相はさらにエネルギー基本計画の見直しも明らかにした。

一方、浜岡の停止に対し、愛知県内の自動車の関連会社、中小企業など企業主が夏場の停電の心配の声が上がった。産業は明日の生活にもつながる。真の意味で電気と生活とは何か、当たり前の電気の存在が、真剣に考えるべき時期が迫っている。それは運転中の原子力発電、定期検査中の発電所の再開問題ともつながる。

福島の事故を受けて、福井県内で運転する電力各社が実施した緊急の安全対策などが県議会の全員協議会で報告され、西川知事は「国が安全基準を示していない現段階では、定期検査中の原子力発電所の再開は認められない」という見解を示した。

一方で、原子力安全・保安院の山本原子力発電検査課長が対策は適切に実施されていると判断したとして、「原発の運転の継続や、定期検査中の原発の運転再開は安全上、支障がない」という考えとはまったく違った見解だ。
ただ、出席した県議からも「事故の全体像がわからない中でなぜ安全と言えるのか」などといった国の判断を疑問視する声が相次いだとか。

夜、ある県議と敦賀で話したが、県議も選出地区によって考えも違う。原子力発電の考えもさることながら「もんじゅ」についても立場によって違う。代表的なのが、敦賀市長と西川知事との考え方も多少違う。国民と敦賀市民、嶺北と嶺南、さらには敦賀と若狭とそれぞれ微妙に違う。当然、私は敦賀市長と同じ考えだ。普通なれば、違いは理解しながらも、敦賀市を考えればよかった。それが、この違いが、敦賀1号機、2号機の再開に向けての厳しさを改めて感じた。

「震災後」、あきらかに原子力発電の考え方が違う方向に回り出している。原子力発電の考え方も3月までの「原子力ルネッサンス」からまったく違った「リスク」イメージとして一変している。選挙時の敦賀市民の世論調査はあきらかに原子力推進だ。推進の立場をとる私にとっても驚きの数字だった。それも「震災後」での数字だ。

冒頭のFMの話とも共通するが、「震災後」の意識の変化は大きい。場所によっても違う。違いは認め合うことが、大事だが、原子力発電に支えられた敦賀市にとって、私は、この意識のずれが、これからのあらゆる面で大きな障壁となる可能性になると思えてならない。市の財政が敦賀3,4号と言うあまりにも大きな存在だけに、今後、そのスタートがいつになるのか、市の運営、議会の運営にも影響する。それだけに、見えない時期も含め、これまでにない大きな試練の時期を迎えそうだ。
【2011/05/12】 | ページトップ↑
浜岡停止要請からエネルギー基本計画見直しへ
Date:2011-05-11(Wed)

昨日の夕方、土砂降り。20ミリを超える強い雨。市役所周辺の道路も久しぶりに水があふれ、河川状態になるが引きも早い。「二夜の川」幹線の改修効果か、以前に比べればと相当改善された。
敦賀平野も田植えがほぼ終わり、梅雨を迎るなどプロセスを経て初夏を迎える。

連休以降、若葉が茂り薫風が吹くうららかな日和を連想しがちだが、豪雨、そして、メイストーム(5月の嵐)が襲う。気温が上昇する時季、上空に寒気が流れ込むと寒暖差が大きくなり、雷雲が発生しやすくなるとか。自然界に「想定内」はないと言われるが、「二夜の川」幹線の改修など地道なインフラ整備と、天気予報など参考に怠りなく準備すれば被害は最小限に防げるはずという。用心に用心を。そんな地道なことが、減災に通じる。

ところで、菅直人首相の昨夜の会見。福島第1の事故を受け、2030年までに原子力発電の総電力に占める割合を50%以上にすることを目指したエネルギー政策を見直し、従来の原子力重視を転換する方針を表明した。論旨をまとめると、太陽光や風力などの再生可能エネルギーも「基幹エネルギー」に位置付け、省エネ社会の構築を推進する。事故を防げなかったことの「国の責任」を認め陳謝。6月から事故収束まで首相給与を返上する考えも示した。

私は、浜岡発電所全面停止要請から、首相がどのような方針を打ち出すのか、注目すべきと語っていた。というのも本来、菅首相は、野党時代から「脱原発」とは言わないまでも慎重な発言をしていた。二十数年前、厚生大臣就任前の頃だ。衆議員会館で原子力政策について、直接、お話をする機会があった。その際の考えが「原子力を進めるにあたっては慎重にし、再生可能エネルギー重視」など熱く語る姿が印象に残っている。

ただ、今回の首相記者会見では、原子力発電については安全性の確保に努めるとし、欧州で従来とっていた「脱原発」路線とは一線を画す姿勢を明確化にしているが、今後、どんな具体策となるのか、見守る必要がある。

また、発足準備を進めている事故調査委員会に関しては(1)従来の原子力行政からの独立性(2)公開性(3)技術分野だけにこだわらない包括性―を原則にすると説明した。いずれにしても、首相は、原発の増設推進や稼働率向上に取り組むなどとした現行のエネルギー基本計画に関して「いったん白紙に戻して議論する必要がある。原子力と化石燃料とともに、太陽、風力、バイオマスなど再生可能な自然エネルギーを基幹エネルギーの一つに加える」と強調。「省エネ社会をつくることに力を注ぐ」とも述べた。

中部電力は、「首相発言は重い」として停止要請を受け入れた。このたびのエネルギー基本計画の見直しの発言も重いことは確かだ。私が懸念するのは「もんじゅ」の研究開発費用の予算にどのように影響するのか、敦賀3,4号の本格着工にどう影響するのか、しっかりと見守る必要があるからだ。

さらに、福島の事故に関しては「東京電力とともに原子力政策を国策として進めてきた政府にも、事故を防ぎ得なかった大きな責任がある。責任者として国民におわびしたい」として、異例の給与返上に言及したことだ。河村・名古屋市長など各地方都市の首長が給与返上、給与削減を訴える手法と同じだ。国民ののぞんでいるのはパフォーマンス的な責任論より、道筋の通った政策の実行だ。エネルギー基本計画は資源小国の長年の積み重ねでもある。再生可能エネルギー転換には時間とエネルギー総量から限界がある。安易な火力への転換は早いがこれも地球環境問題との難しさがある。それほど難しい。

敦賀市の今後10年の総合計画は、もんじゅ再開や敦賀3,4号の建設、運転などの交付金、固定資産税の税収アップを前提としているだけに、どう影響するのか、見守る以上に、必要があれば市長としても議会としてもなんらかの発信をしなければ、敦賀市民の生活まで影響する「首相発言」ともとれるだけに、今後とも注意深く見守りたい。
【2011/05/11】 | ページトップ↑
中部電力の決断

Date:2011-05-10(Tue)

風のにおいが変わり、生暖かい。昨日は、気持ちを切り替えて仕事モードに戻ろうと努めたが、まだまだだ。英気を養ったのでヤル気十分。それでも休み明けはやっぱりけだるい。健康管理は、一日一万歩か、自転車20キロときめているが、自転車は、修理中。時間を見つけて歩いている。

世の中は、すっぱりと割り切れないことが多い。簡単に「リセット」もできない。だから無理に周りに合わせたりせずに、自分とじっくり向き合う時間を大事にしたいが、仕事モードに変わる。

ところで、昨夜、中部電力が浜岡原子力発電所の全面停止を決めた。首相の要請は重いとしがらもあまりにも唐突だった。中部電力が2度にわたって取締役会を開いた末、検討内容も多岐に渡り、ただ単に止めればいいというものではない、苦渋の決断だったことが水野社長の記者会見から伺える。

私は、今回の要請が今後の原子力政策にも大きく影響し、しいては敦賀のもんじゅ、敦賀1号機、2号機だけならまだしも敦賀3,4号機のも波及しかねないとの懸念を未だに思っている.安全最優先、地震、津波対策の必要性は論を待たないが、その対策内容と対策工事のあり方、期間など、各電力会社が電力需給をみながら打ち出していた。とくに中部電力は,東海地震を視野に入れながら各電力に先駆けて計画を示していた矢先だ。

首相の要請だからといえ、法的根拠もなく、原子力政策遂行上の原子力安全員会の機能など、政治主導のあり方としても、大きな課題を残した。それだけ唐突でパフォーマンスとも受け取れるからだ。浜岡3~5号機の出力は合計360万キロ・ワットある。それを失うと、供給能力は夏場の需要をギリギリ満たす程度に落ち込む。

夏場の電力供給ほど難しいものはない。若狭湾の原子力発電所の状況、敦賀2号機の状況なども影響する。中部電力社内はもちろん、関電、中国、四国、九州の各電力を巻き込んでの詳細な検討があっての苦渋の決断だっと聞く。

政府は、浜岡原発の新しい地震・津波対策が完成するまでの2~3年との見解を示し、首相も、「浜岡は特別なケース」と述べ、他の原子力発電所の波及を打ち消しているが、説明不足と今後の地震,津波対策のあり方までの国の方針が定かでないが、危惧される。

繰り返しなるが,中長期対策は、福島第一の事故を受けて、原子力安全・保安院が、津波に対する備えや、それによって起こる電源喪失などへの対策を各原子力発電所に求めていたこととどうリンクするのか不明だからだ。

2006年に改定された新耐震指針による浜岡に対する保安院の審議は、まだ終わっていない。また、07年の新潟県中越沖地震での知見なども加わった。敦賀3,4号機の耐震も慎重に審査を行っていた矢先でもある。東日本大震災の教訓や知見も反映させる必要もある。

安全最優先の考えは、論を待たないが、対策内容と進め方など、福島の事故がまだ収束していないだけに、時間軸でどのくらいかかるか、敦賀市とって、もんじゅ、敦1,2さらに、敦3,4と先行きが不透明だけに首相の停止要請の影響はまだはかりしれない。安全,安心は、時間のかかる仕事だ。
【2011/05/10】 | ページトップ↑
首相の浜岡全面停止要請の波紋
Date:2011-05-09(Mon)

首相の浜岡原子力発電所全面停止要請の波紋が広がっている。浜岡を全面停止した場合、管内の電力供給に支障が生じる懸念があることや、住民や企業、株主などの関係者に多大な影響を与えることから、7日、中部電力は結論を持ち越した。今日にでも結論を出す方向を取締役会で再度、議論する方針だ。

中部電力の友人にも確認したが、首相の唐突な要請にすべて考慮した発言ではとの不信感が強かったように思う。ただ、社内には「首相の要請に法的根拠はないが、断るのは困難」との見方が強い。

電力会社として、浜岡を停止しても電力を安定的に供給できる道筋をつけた上で、要請を受け入れる方向が責任ある対応だという筋論だ。

浜岡原発が全面停止すれば、中部電は2011年度の電力供給力の12%にあたる約360万キロ・ワットを失う。今夏に想定される最大電力需要(2560万キロ・ワット)に対し、供給力は2637万キロ・ワットに落ち込み、余力はほとんどなくなる。電力会社は、少なくとも5%以上の予備電源が必要だ。

万一、昨年を上回る猛暑になって冷房需要が増加すれば、電力が不足して計画停電などの対策を考えなければいけない。地域経済に与える影響は大だ。東京電力周波数が違うとはいえ、100万キロワットの送電を行っている。その中での要請だ。

菅首相は6日の記者会見で、安定的な電力供給に向けて政府として対策を講じるとも述べていたが、政府のできることは少ない。夏場の電力供給にめどが立たず、政府の支援内容も確認できないまま、拙速に全面停止を受け入れられないという電力の事情、まずは市民生活第一のはずだが、その認識が欠落しているように思う。安全第一、最優先は理解できるが、不安解消の手段であれば、基本的議論が欠落しているようにも感じる。

中部電力は、夏場の電力予想、他電力の融通はもちろん、停止中の火力発電所の再開を含めた代替発電など、多方面の検討を社内で行っている。当面の赤字は我慢できるとしても、長期の電力の安定供給を考えると電気料金の値上げも考慮しなければならない。経済への影響、さらには大量のLNG(液化天然ガス)が必要になる。二酸化炭素削減目標とは異なり、長期的な地球環境問題をどうするか、不透明感を増す。

自然エネルギー増やす議論も昨日は提起されていたが、風力発電も含め時間を要する問題だ。昨日も電力の自由化議論が経済学者から提起されていたが、資源小国の日本で何が、必要か、生活水準なども含めた議論が行われ始めた。

今回の浜岡停止要請は、原子力発電所で発展を続けた街だけに、浜岡の特殊事情と説明するが、どう波及するか、安全を最優先しての起動が求められる原子力発電所だけに、先行きが不透明となっている。昨日の橋本大阪府知事の発言も大阪の6割で占める原子力発電の電気を若狭湾から送っている現状を認識しての発言とも思えない議論を展開をしている。

今ほど、産業基盤や生活基盤を支えるのは電力である社会になった時は歴史上ない。その電気の銘柄をどうし、どう確保するのか、その議論が欠落したままの大阪は砂上の楼閣に過ぎない。理想を掲げる政治家はかっこよくみえるが、逆に辛抱を迫られる府民は黙っていないのではないか。

とにもかくにも、現状は原子力発電で生活が支えられ、その上に、生活が成り立っている現状をどう認識し、それを将来どうしようとするのか、あまりにも首相の唐突な発言だけに、波紋の広がりは大きい。それだけに敦賀市の市政のあり方も、じっくりと影響を見守る必要がある。
【2011/05/09】 | ページトップ↑
6月議会の焦点となるべき敦賀短大の看護学科設置の検討
Date:2011-05-08(Sun)

新しい議員構成で16日に組織議会で議長など各人事が決まる。来月には6月議会が始まる。敦賀市政でも課題は山積だ。原子力発電の課題、防災もある。原子力に支えられた財政の影響もある。市のプロジェクトとして進められていた駅前整備、敦賀短大のあり方など、これも財源問題ともからみ、重要な課題だ。

今日は、敦賀短大の改革、改組の課題について論じてみたい。敦賀市立看護専門学校は、敦賀市の医療環境の一方の担い手である看護師の育成に10年以上貢献してきた。かつては、敦賀短大の一学科も考慮されたが、財政面から専門学校となった経緯がある。このときの判断は妥当だったと思う。あれもこれもは、敦賀市の財政力では無理だからだ。今回は、地域総合科学科の廃止と看護学科の設置という絞った議論である。看護学科の短大か、大学の議論も3月議会で議論された。

いま、看護の分野も高度化、専門分化した医療現場で近年、「チーム医療」が注目されている。医師1人にすべてを委ねるのではなく、看護師ら医療に従事するさまざまな分野のスタッフが対等に連携してチームで医療を行う仕組みだ。ただ、ローカル病院である市立敦賀病院は、そこまでの市民は要求していないのはないか。

そうはいっても、患者の立場に立った医療と生活の質の向上、医師の多忙軽減、セカンドオピニオンという複数の視点で支えることによる安全の向上が期待されている。また、市立敦賀病院では、入院患者一人に対して10名の看護師の体制をとっている。国の医療方針は今後7名の看護師に看護市へ向かいつつある。しかし、看護師不足は市立看護学校がなければ、深刻な問題となっていたことは明白だ。それだけ専門学校の存在意義、存在価値は高い。その中での高度化の議論でもある。

国の方向性と地方の医師不足、看護師不足の議論はまだ噛み合っていない。国は、看護師の役割の拡大を検討している。具体的には、CT・MRIの実施時期の判断、縫合などの処置、副作用出現時などの薬剤の変更・中止など、特定看護師の業務として想定されている。

看護教育の環境は、以前と比べて大きく変わった。大学における看護師養成が増えるなど、教育水準が全体的に向上している。看護系大学は全国で190校近くあり、看護系大学院の整備も進んでいる。福井県でも同様の動きだ。お隣の滋賀県でも彦根市でも始まった。どうしても学生は都会か、県都に集まる傾向が強い。しかし岡山の3.5万人足らずの新見市は、新見短大に大学を高齢化対策として位置付け、おしみなく4億、5億円の一般会計からの持ち出しを行っている。財政減が考えられる敦賀市にあって、それだけに覚悟も敦賀市にいる。

このローカル都市、敦賀市で看護教育の高度化が必要かどうか、必要性は理解するが、敦賀のローカル医療で先を見ての看護大学が必要かどうか、6月議会のひとつの焦点となるだろう。市立敦賀病院の院長は、以前、「看護大学にすれば、市立敦賀病院に来る看護師がいるか疑問だ」と4年制よりも短大化を主張していた。私もそれを議会で述べた。

県都でもない敦賀市で必要かどうか、「教授陣の確保が短大では難しい、だから大学へ、さらに4年で授業料も確保できる」とする内部論議は理解できるが、何が敦賀市の医療に必要か、いまひとつ立ち止まって考える時期でもある。医療環境性と人材育成、さらには財源問題と、一地方都市の敦賀市だけに看護師の高度化といまひとつ考えなければ、財源の減少が予想されるだけに、米百俵精神がどこまで通用するか、社会保障費用の増加とも合わせ、総合的な高度な政治判断が要求される。

さらに、市立敦賀病院に限っても結婚や出産で離職する看護職員がいる。看護師が働き続けられるための環境整備の再教育、さらには今回の福島の教訓で原子力防災との兼ね合いも検討されている。また、助産師の育成、また、少子高齢化に伴う介護と看護の分野の拡大など敦賀という地域にあった複数学科も現在の敦賀短大からも提案があった。

最後に結ぶが、どうあるべきか、私もまだ考えがまとまっていない。福島の事故の影響が、まだ計り知れないからだ。首相の浜岡原子力発電所の全基停止要請が一昨日、行われた。原子力発電に交付金、補助金で支えられた敦賀市立看護専門学校であるだけに、財源問題なども含め、地域医療を真剣に考える6月議会であるべきとも考えている。
【2011/05/08】 | ページトップ↑
首相の唐突な要請
菅首相が、静岡県にある中部電力浜岡原子力発電所の全原子炉を停止するよう要請した。このことに関する是非を判断するだけの材料を持ち合わせていない。それだけ唐突であり、どの程度、検討したか説明不足だからだ。なかでも、中部電力は長期的な対策も打ち出していたばかりだ。

地元の地震の不安など、あくまでも、「特別な状況」と受け止めたい。政府と、各電力の作業が遅れれば、若狭や敦賀の原子力発電に与える影響が懸念されるからだ。

中部電力は、どう判断するか別にしても、大津波に備えた新たな防潮堤を設け中長期的な安全対策を確実に実施することが求められる。

私の経験でも、原子力安全委員会が、TMIの事故を受けて、大飯発電所が停止し以来ではないか。東日本大震災での教訓を最大限、生かすべき見解とも受け止めたい。とにもかくにも極めて異例の要請だ。

それも首相が正常に運転している原子炉について停止を求めるのははじめてではないか。法的に停止命令であるなら、問題があるものの、ここは要請であり冷静に現実の首相判断としても受け止めざる得ない、それほど重要性が高い判断ではないか。

浜岡の地元、静岡県の要望もさることながら、日本の大動脈である東海道新幹線や東名高速道にも近いことも理解できる。

すでに中部電力は、福島第一を襲った高さ15メートルの津波に耐える防潮堤を設けるなどの対応を自主的に決めている。国の生活、産業など総合判断も必要だ。原子炉冷却用の電源が失われた福島第一の深刻な事故を踏まえて、予備電源の追加配備にも着手している。その後の長期的対策も打ち出している。

一方で、東海地震でも、震源域が隣接している東南海、南海を合わせた三つの巨大地震が連動する可能性が指摘されている。その場合、想定をはるかに超える揺れと津波に襲われる可能性も理解できる。

繰り返しもなる各原子力発電所、特に敦賀への影響など、この停止の運動が広がるかもしれない。そうならないよう、政府の詳細な説明と電力各社は、対応を急がねばならないことも現実だ。

私は、国民生活、経済、さらに、敦賀への影響など、計り知れない重大な要請と思っている。それにしても唐突だ。
【2011/05/07】 | ページトップ↑
敦賀発電所2号機へのコメント
敦賀発電所2号機に対するコメントを求められたので書く。発電所の報告と報道は、いつも通り冷静で特段,書く必要もない事象と考えている。

普段と違った事象やトラブルは、どんな些細なことであれ報告し、マスコミ各社へも伝える。当然、地元の自治体である敦賀市や福井県へも安全協定に基き報告している。

福島の事故との関係はないとは思っていない。しかし、今回の事象が発生しているから直ちに停止との議論にはならない。原因究明後の停止の判断も会社がする。原子炉の運転は、常に安全側に考え、情報公開が原則だ。ただし、核防護との関係は別。

私は、原子力発電は、メリットとデメリット、地球環境問題、コスト、安全保障との関係など、あらゆる要素のなかでの選択と考えている。敦賀発電所2号機の今回の地震、津波の知見による短期、中期、長期の安全対策を行いながら運転を継続してべきものと考えている.

被ばく管理については、法令遵守は当たり前であり、緊急時は緊急時の被ばく管理がある。法令の基準も広島、長崎の知見や 長い積み重ねの中で確立したもの。特に低被ばく線量については判断が難しく保守的、安全側にたっている。それだけに、変更は、緊急時以外、あくまでも保守的であうべきだ。厚生労働省の考えも報道程度で、現場で働く立場から常に、安全側で考えるべきものである。
【2011/05/06】 | ページトップ↑
厳しい節目と考えるのが妥当だろう。
Date:2011-05-05(Thr)

時代の節目は後で説明がつく.敦賀でいえば、昭和46年3月14日は、敦賀1号機の電気が万博に送られた日。その後の敦賀の発展は原子力と共にあったといっても過言ではない。

ところで、潮目となった出来事は、何年たっても記憶が鮮明である。世界レベルいえば、10年前の「9・11」もそうだ。旅客機が突っ込んだニューヨークの世界貿易センタービルは、多くの命を巻き込んで崩れ落ちた。あの日の夜10時、緊急ニュースがテレビに流れた。黒煙を噴き上げる超高層ビル。事故なのか。それにしては異様だ。映画の一シーンではない現実の世界だ。数分後に2機目が突入、テロだと分かった。

小泉政権の時代、日常と激しく乖離した現実に、慄然とさせられた米中枢同時テロ。日本も何かが変わった。まだ歴史は浅い。その首謀者であるウサマ・ビンラディン容疑者が米軍によって殺害された。報復が報復を呼ぶ憎しみの連鎖、文明の対立。首謀者の殺害は、混迷の時代にどんな影響をもたらすのか。

テロとは違うが、「3・11」も時代の潮目といえるだろう。地震、津波の被害者は2万人を超え、考えることなく明かに時代の節目だ。福島の事故も敦賀にとっても大きな節目のなることが予想される。

「3・11」は現代社会における価値観や生活のありようを真摯に見詰め直すよう迫っている。

節目と統計や調査の結果として示される数字。意外に一致してる。端的な例が神戸港の取扱量は、震災を節目に激減し未だに回復していない。その大小や増減に一喜一憂していられないと思いながら、圧倒されるような結果に目を奪われる

厚生労働省が発表している勤労統計調査。3月の現金給与総額が13カ月ぶりに減少した。震災の影響がないはずはないと思いながらも、結果が示されその重さにあらためて気付く。敦賀の有効求人倍率も全国トップいいながらも、これも足踏みしている。

4月の新車販売台数は過去最低だった。こちらは供給体制が整わず需要に応えられていないためだという。それでも、震災の影響は大き過ぎる。

かげに隠れてしまっているのが、総務省がまとめた人口推計によると、子どもの数は今年も最少を更新し30年連続の減。少子化を見据えた社会になっている。今回の震災でどう影響するのか。これも決していい方向にはいかないと予想される。

重く、迫ってくる数字。結果をきちんと受け止め、押しつぶされることなく次へのステップの材料とできるか。数字をしっかりみておくことが大事だ。

敦賀市でいえば、まずは税収。原子力に支えられてきた財政基盤。10年間の総合計画も原子力を基盤としたものにかわりがない。それだけに、先行きがどうなるのか、見極めが大事になる。

被災地では復旧、復興への具体的な動きが始まった。東京電力福島第1の深刻な事態は続いているが、工程表も一応示されたものの、まだまだ、収束に向けての時間はかかる。敦賀の市民の暮らしも待ったなしだ。

明日がどうなるのか、雇用、景気、そして何よりも行政が考えなければならないのが、現実の変わり目だ.原子力と共に歩んできた敦賀市政が問われる節目でもある。敦賀の発展、雇用、景気を考えるならば,原子力と共に歩むのが妥当な考えだ。安全を最優先に、歩むべき道は厳しいが、それでも私は、先人が歩み敦賀市の40年の歩みは大事にしたい。。逆に発信をしなければならない時期でもある。それほど厳しい節目と受け止めるのが妥当だろう。 
【2011/05/05】 | ページトップ↑
飯舘村の議論は、国のエネルギー政策にも通じる議論でもある。
Date:2011-05-04(Wed)

今日は、難しい議論をしたい。4月22日、政府は福島県飯舘村全域を計画的避難区域にした。これが妥当か、どうか私は政府が一律に発するものではないと考えている。

学術的にIAEA(国際原子力機関)の発表に端を発するものだが、調査結果を見る限り、現在の飯舘村の放射線線量率(時間当たり線量)は人体にとって、それほど健康に与える影響は少ないレベルだ。ただ、保守的に考えならば、土壌汚染、地下水の汚染など避難区域とするのが妥当だとも思うが、地元との議論を重ねて決定を下すことが重要となる。

根拠となる、国際放射線防護委員会(ICRP)が認めた緊急時の一般国民上限が年間100 ミリシーベルト(1時間に約11.4マイクロシーベルト)であることを考えれば、現在の飯舘村で、強制的に住民を避難させる必要もない。

さらに福島の事故以降、放射線のレベルは、半減期の関係で低下し続けており、今頃になって飯舘村全域を計画的避難地域に指定する必要があるのか、疑問なことが多い。

全体的な状況も、原子力発電所の周辺を含め、福島県全域で住民を「強制的に」避難させるべきと、今後の暫定措置など、検証の余地はありそうだ。

しかも政府は計画的避難地域の決定をしただけで、実際の対応は自治体に押しつけており、今後のビジョンも示していない。これは、20キロ圏内の避難住民の対応にしてもいえる。

政府が行うべきは正確な情報の開示と、避難を希望する住民については責任をもって避難させることであり、現場を無視した決定で避難したくない住民まで強制的に立ち退かせることではない。

このままでは避難によっては、むしろ地域の住民の精神的ストレスがより住民の健康に重大な被害がもたらすかもしれない。その後の、村全体コミュニティに計り知れないダメージを与えることが予想される。

小学校の20ミリシーベルトの単位は、大半の児童が健康上、障害も起こらないレベルと思うが、義務教育だけに国にその責任がある。それだけに真剣にあらゆる角度からの議論が必要だ。結果は、あくまでも保守的とも思っている。

チェルノブイリ事故でも強制的に、いまでも避難を余儀なくされているが、避難後の精神的なダメージを地域住民が受けたという報告書があった。

テレビ報道で、「避難のことは話したくない」と飯舘村の村民の声。何十年も懸命に守り育てた自然と生活が、国の通告だけで奪われる。「健康」を理由に、暮らしも人のつながりも問答無用ではあまりにも地が通っていないお役所仕事だ。ICRPの議論はリスク評価と効果を常にあげている。むやみやたらに勧告をすべきものでもないはずだ。ある大学教授は「この程度では心配ない」という。一方で、別の識者は「子どもは早く避難させた方がいい」と議論はあるが、村民6000人にそれぞれの暮らしがある。

個別では、育てたブランド牛を守りたい。村民のこころは、日本でいちばん美しい村を守り生活したい。健康と放射能の数値のみで動くように見える国の政策に、血は通わせるかのように、ICRPは、確か、決定過程の話合い重視していたはずだ。

東大教授が「私はヒューマニズム・・」として厳しい意見もあれば、そこには生活がある。しんどいがこの手順を省略すると、勧告や決定に血が通わないものとなる。

決まらない移転先、見えない補償に村民のいらだちは募る。村の避難説明会では「村長、頑張れ!」の声は正直だ。

地域のことは地域が決めるではないが、土地と放射能リスクの問題ほど難しいものはない。今回の地震と津波で死亡・不明者は2万5千人を越えた。福島の事故では、津波で発電所内で2名の方が亡くなっている。しかし、報道は、どちらも同じように毎日、続く。それほど原子力発電所の事故の影響は大きく、不安も多い。放射線は見えないだけに、風評被害も多く、不安も重なると精神障害に要因となる。

原子力発電は、地球温暖化対策、少資源国『日本』に大きな利益とともに、今回のような大きなリスクともなる。豊かで文化的な生活とリスクと、メリットとデメリットが大きなだけに、現実をどう考えるのか、飯舘村の議論は、国のエネルギー政策にも通じる議論でもある。国レベルでは「脱原発」「国のエネルギー政策見直し」の声が大きくなってきた。私はあくまでも温暖化、安全保障、コストなど、あやゆる角度からも、安全性を最優先に原子力発電を推進すべきとの論者だ。

話を戻すが、地震や津波の「天災」は防げなくても「人災」は防げるはずだ。政府はその責任を自覚し、飯舘村に対する計画的避難区域の指定、すでに決定した他地域の計画的避難区域、警戒区域など、今後の政府の判断は重い。
【2011/05/04】 | ページトップ↑
市民目線、被災者目線、鷹の目、虫の目・・・・。
Date:2011-05-03(Tue)

昨日は、5回目の当選を果たした河瀬市長の初登庁。議員も説明会で初登庁。5階の全員協議会室に新しい顔ぶれが並ぶ。選挙運動を通していつもながら感じることは、ひとりの議員のバックにどれだけの運動員がいるだろう。票を入れた支援者いれると相当なものになる。それだけに、期を重ねても26名が勢ぞろいした風景は新鮮みと緊張感を感じる。

ところで、市役所5階の議場にどれくらい訪れたことか。何気ない日常に幸せを感じなければ、そんな思いがする。顔なじみの市民にお会いすると「おめでとうございます」から始まり、「今日は?」「印鑑証明をもらいに・・」と続く。

思うのは、市役所へ市民が日ごろどれくらい足を運ぶだろうか。住民票の写しや印鑑登録証明書を取りに行くときだけ、という人も少なくない。

最近はコンビニでの支払い、市によってはコンビニでも交付する動きが進んでいる。庁舎を訪れる回数はさらに減りそうだ。便利になるのはいいが、「自治体」の役割を意識する機会がどのくらいあるのだろうか。

東日本大震災では市町村の庁舎が津波で流され、行政機能がまひ。福島県では福島第1の事故の影響で大熊町が会津若松市に、双葉町は埼玉県加須市に役場機能を移転。身近な行政を「地元」で担えない事態が生じている。

普段は特別に必要性や恩恵を意識することが少ない、市役所の機能や意義。一時的であれ、なくなってしまったら暮らしはどうなるのか。

被災者の目線で考えると、地域の人々をつなぐ身近な行政のあるべき姿、市長や議員も、危機管理も含め、そんな目線もときには必要に思う。その基本は市民目線に変わりない。
いずれにしても、見方を変えると言うのは大事だと日頃から思っている。

先日のテレビの記者会見で「私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」。そんな言葉、久しぶりに科学者から聞いた。内閣官房参与を辞任した東京大大学院教授の小佐古敏荘氏の弁だ。

福島の事故対策の助言役を務めたが、一連の政府対応を「法令無視、場当たり的」と抗議した。特に問題視したのは、小中学校の屋外活動を制限する放射線量の目安を年20ミリシーベルトとした決定だ。

私は、最近はこの分野から遠ざかっていたため、小佐古氏を知らない。調べると、放射線の権威者で、原爆症認定訴訟の国側証人になった経歴もある。私も職場の関係や労働者保護の観点で、放射線について、時間をさいて学んだ一人だが、勧告など決断を下すにも、専門家でさえ見解は分かれるということが多い。

新聞報道で判断するのは難しいが、放射線の安全は、保守的で安全側に取り組むのが基本だ。科学的情報が不完全な場合の危機管理は予防原則に徹し、より厳しい方の基準を選択すべきが、安全委員会の役割。

リスクと子ども達の環境などあらゆる検討がひつようにも関わらず、原子力安全委員会はたった2時間でお墨付きを出した経緯はあまりにも不可解だ。公式会合を開かず、議事録も残さない。これを「場当たり」と言わずして、なんとの想いもある。

国際放射線防護委員会の勧告も重要だ。それでもあらゆる観点から検討を加えるのが、これまで原子力安全委員会でなかったか。案件の多さと判断することの多さが、この組織の限界を証明しているようにも思える。

この分野は、書きだすと長くなる。とにもかくにも、昨日から新たな市政が始まった。見方を変え、市民目線、鷹の目、虫の目など目線を変えて、連休中、ものごとを考えてみたい。
【2011/05/03】 | ページトップ↑
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