刑事コロンボ
Date:2011-06-30(Thr)

フーテン寅さんとも違うが、味のある演技の「刑事コロンボ」が好きだった。口癖は「うちのカミさんがね」。いかにも風采の上がらないこの刑事が、鋭い推理を発揮するとみるみる輝き始めるから不思議だ。まさに「人は見かけによらぬもの」だ。

私がみるようになったは、敦賀にきた頃と記憶する。76年頃か、毎回、冒頭で犯人が周到に犯行を遂げる。作家や弁護士、医師、社長、女優など犯人はいずれも「セレブ」ばかり。かたやコロンボ警部は、よれよれのコートにぼさぼさ頭。寅さんスタイルとはまた違う。

手ごわい犯人であればあるほど、コロンボは犯行を解き明かした瞬間少し寂しげな顔をしたりする。罪を憎んで、人を憎まず。人間性が出る。渥美さんとも共通するような人間性だ。俳優、ピーター・フォークさんだ。大学を卒業後、公務員を経て演劇の道に入った。映画デビューは30歳を過ぎてから。遅咲きの道のりが、人間味あふれる演技につながったのか。

ところで、福井県議会でも原子力発電に関する議論が活発だ。小浜市議会に続いて越前市議会でも脱原発の意見書が全会一致で可決した。原子力発電を有する敦賀市にとって、厳しい環境が続く。

28日の県会で、西川知事は資源が乏しい日本のエネルギー事情などから「原子力エネルギーは重要と認識しており、簡単に脱原発と言い切れるものではない」と述べ、同調しない考えを示した。

さらに、知事は、将来のエネルギー確保や産業政策、地球環境の保護の点から原子力は重要との認識を示し「冷静に、かつ問題を直視し、長い目で考えなければならない」と述べた。

日頃、原子力発電に厳しい発言の多いなかで、「長い目で考えなければならない」は、しびれる答弁だ。ピーター・フォークさんや渥美さんと西川知事を同列にあげるのは大変失礼だが、この時期、冷静に答弁する西川知事に不思議な人間性を感じる。

あまりにも流行に動きやすい風潮に危険を感じている。それも全会一致。昔、「全会一致は気をつけなければならない」と先輩から教えられた。民主主義である以上、反対はあって当然。

エネルギーと原子力政策の議論は、これからも続くが、大事なことは「長い目」で、どうあるべきか、敦賀市の将来も近未来ではなく半世紀や百年の大計で考えることが必要だ。敦賀3、4号機は、建設、運転、廃止措置を考えれば百年の大事業であり、高速増殖炉もんじゅも百年の先をにらんだ大事業でもある。

エネルギー政策は安易に考えるのではなく、これまでの経緯や将来、さらのは日本を取り巻く環境など、複雑な多面的な連立方式を解くより難しい。ピーター・フォークさんのような冷静な判断が今、必要なときだ。
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【2011/06/30】 | ページトップ↑
フェニックス
Date:2011-06-29(Wed)

富の分配が政治の仕事と昔、習ったことがある。いまは、負の遺産をどう分かち合うか。それが、大事な政治の仕事ではないか。

昨日は東京電力の株主総会出席した株主は昨年の3倍近い9300人に達した。所要時間も6時間を超えた。20年ほど前か、傍聴したことがあるが、反原発の盛り上がった頃だ。暑い日だった。時間も延長されたが、3時間程度と記憶する。このときも反対派から脱原発の議案が提案され反対多数で否決された。

経営責任は株主にとって当然としても、今回ほど毎年のように提案している原発事業撤退の議案に対する賛否が注目されたことはないだろう。

結果は反対多数による否決だった。妥当な判断だ。電力の安定供給に原発は欠かせない。撤退すれば、火力発電の燃料費などがかさんで収益が低下し、被害者への賠償にも支障が出る。否決は妥当であると同時に、東電の責任は、今後も重い。

東電の株主総会もある意味では株主への負の遺産を背負う覚悟の総会だった。マイナスの配分は当然、関係者の反発を呼ぶ。負担の必要性や公平性、あるいは負担と引き換えに得られるプラスの価値を、説明し納得してもらう根気のいる作業が続く。

東電の経営者の覚悟と力量が、今後も問われる。各電力会社の株主総会も同じような覚悟を今日、迫られることは確かだ。

ところで、昨日は福井県にとって、重要な日だ。1948年6月28日の福井地震で、福井市街地は壊滅的打撃を被った。終戦の年に空襲を受け、復興過程での震災だった。悪いことにその約1カ月後、今度は豪雨による水害が追い打ちをかけた。

まさにふんだりけったり災害だった。しかし、見事によみがえった。福井市は、64年制定の市民憲章を「不死鳥のねがい」とした。まさにフェニックスの言葉がにあう。これも負の遺産を福井県民、福井市民が背負って復活した結果だ。

2年前の民主党のマニフェストは、富の分散そのものではなかったか。子ども手当や高速道路休日千円などのプラスの配分だった。大きな意味では戦後政治も負の遺産を背負い克服し、富の分配が、政治の仕事だった。今回の東日本大震災以降、福井県の戦後の復興のように、マイナスを配分する政治への転換を余儀なくされている。

災害の数だけ再生の営みがある。苦しみながらも「なげださない」人たちがいた。福井県は実践した県でもある。マオナスの遺産を背負い、皆で乗り越えて行く。政治の仕事は、負の遺産を背負い、分散させて、復興に向かうか、いまの政府にその力が残っているか、いまこそリーダーシップが大事な世界だ。 
【2011/06/29】 | ページトップ↑
福島の事故の影響は大きいが…
Date:2011-06-28(Tue)

敦賀市内のコンビニ競走は激しい。「照明も明る過ぎないか」と、注文をつけると、LED電球を使用して省エネに貢献しているとか。

LED電球は白熱球に比べ、消費電力が8分の1以下。1個2千円以上の商品が多く、価格は白熱球の20倍以上だが、寿命が約40倍と長い。10年以上取り換える必要がなく、長期的にはコストは安くなる。技術の進歩は、市場が要求すると速い。日本人が、米国で青色LEDを開発してから青、赤、緑がそろい、光の三色で全ての色が表現できる。

環境問題といえば、原子力発電。高速増殖炉もんじゅは、地球環境問題に資源小国「日本」と声高に叫んでも、福島の事故の大きさはあまりも大きく、その道のりは遠く、険しくなった。それでもとの思いをもっている。

地球環境問題や資源小国という課題は、日本にとってもあまりにも大きい荷物だからだ。原子力発電の技術は、安全も含め世界トップとの自負は、3月11日をもってもろくも崩れた。しかし、また挑戦との思いが重なる。

ところで、敦賀でも「プリウス」は目立ちはじめた。トヨタのハイブリッド車「プリウス」は、米国でも売れ、日産の電気自動車「リーフ」も米国では1万台を超える注文があったとか。環境技術はこれからの最大のテーマだ。

震災後の節電意識の高まりで、敦賀の量販店でもLED電球の需要が急増している。既に販売額では白熱電球を抜いたが、販売個数でも逆転するのは時間の問題のようだ。

原子力発電は、米国で生まれ、最近では東芝が世界トップ企業に名乗りを上げたばかりだった。

電球の発明はもちろん、米国のエジソン。日本初は、東芝が開発。その東芝が白熱電球の生産を昨年、先陣を切って、中止。LEDにその販売活路を見出している。

東芝の友人曰く、「東芝の企業戦略の一番が原子力発電、福島の事故の影響は大きいが、福島の事故収束に向け、最大限の技術力を傾注している。もんじゅも同じ。40年を超える敦賀1号も同じ」と、まだまだいき盛んだ。

原子力発電は、放射能汚染と言う環境リスクはあまりにも大きいが、安全を最優先に技術力を重ねると、現段階では地球環境問題の切り札でもある。

昨日、経済産業省の原子力安全・保安院は、議会の全員協議会で、福島の事故の経過と現在の状況、国際原子力機関(IAEA)に提出した報告書の内容、敦賀発電所の安全対策など、きめ細かく説明した。「運転再開について、現状の定期検査や工事が終了すれば、安全上、問題はない」との見解を示した。もんじゅの運転再開については別に判断するとの見解を示した。敦賀2号、敦賀1号、もんじゅとそれぞれの運転再開には、保安院のきめ細かい説明が今後も必要とも感じた。

引き続き行われた原子力発電所特別委員会は、24日に全会一致で可決した、エネルギー政策の見直しを国に求める意見書案について再度審議し、賛成多数で意見書の提出を取り下げることを決めた。

意見として、「将来的に再生可能エネルギーへの転換を求めたが、いま原子力発電をなくしてよいのか」などの意見が相次ぎ、9人中7人が意見書の取り下げに賛成した。

福島の事故の影響は大きい。議員一人ひとりの判断も難しいことが多く、原子力発電と敦賀の関係は、深いだけに、将来を見据えた対応は、慎重にも慎重が必要だ。ただ、この難局を乗り越えるには、技術力と信念も必要だ。東芝の企業戦略ではないが、敦賀にとって、そのキーワードは、環境問題、それも地球環境問題とどう向き合うか、原子力発電の道のりは険しい。
【2011/06/28】 | ページトップ↑
安易なエネルギー政策の選択は生活弱者に影響することを忘れてはならない。
Date:2011-06-27(Mon)

クーラーをつけないと暑苦しい夜が続く。まだ6月だというのに。挨拶で 「昨夜は暑かった」「今朝も蒸し暑いですね」。返す言葉が「真夏はもっと暑くなるのか」「8月が心配ですね」とくる。

この時期に熱帯夜と6月の梅雨時期と重なり湿度も高くなる。気象庁によると今夏の長期予報は、確か例年よりも暑いか平年並みだったと記憶する。最近は、35度を超えるのもめずらしくなくなった。

東京に訪れると、東京駅をはじめ照明やエスカレータの間引きが多いことにきがつく。首都高速も暗い。まだ慣れればそうでもないとのことだが、デパートのクーラーも設定温度を上げている。人が多く集まると、蒸し暑さを肌で感じる。節電を肌で感じる瞬間だ。

いち早い熱帯夜の到来に、各電力会社の緊張感は高まっている。電力各社が一番恐れているのがブラックアウト。現在の節電状況なら大規模停電は何とか回避できるという見込みだが、これも気象に大きく左右される。橋下大阪府知事はピークカットをすればと答えるが、大半は予測可能だが、火力発電のトラブルや局所的な需要など、予備率が少ないとなにが起こるかもしれない。

地球規模で気象状況をみると、ハリケーン、ツナミと近年、異常気象の報道が多く報じられる。最近では、フランスなど欧州各国で深刻な大干ばつが続いている。アメリカは年初から大雪、竜巻、山火事、洪水が相次ぐ。

変動幅が激しい北半球の気象。日本の気象変化の予測は難しいが、今年はまさかの年。あらゆることを想定しておいた方がいい。企業なら大規模停電に備えた対応も不可欠でもある。

安全を最優先とする原子力発電と地球環境問題を計りにかけられるものではないが、将来の日本を国民生活まで踏み込んだ議論の必要性を痛感する。

太陽光、風力などの再生可能エネルギー買取法案に意欲を示す菅直人首相が、最後は、原発解散なることまでうわさされている。重要な法案だけに、安易な議論は、電気料金の値上がりや不安定な電力需給にもつながる。

安易なエネルギー論議だけは、避けてほしいとの思いだ。敦賀は日本の長期的なエネルギー政策、原子力政策のなかにあったはずだ。国の安易なエネルギー政策に翻弄されるのも敦賀市だ。

いまこそ、しっかりとまちの将来を見据え、国の動向を見守りながら、訴えるべきは訴え、我慢すべきは我慢し、腰を据えた対応が必要なときだ。

余談だが、家庭でも節電は大切だが、お年寄りや乳幼児は外を出歩かなくても、室内で熱中症に至ることもある。我慢が過ぎると身体に響く。のどが乾いたら既に黄信号。まめな水分補給を。安易なエネルギー政策の選択は生活弱者に影響することを忘れてはならない。
【2011/06/27】 | ページトップ↑
敦賀の将来像は、原子力を前提に成り立っている以上…
一昨日の議会の原子力発電特別委員会の意見書、全会一致の受けての報道を受けて、朝一番から携帯がなった。

議会に関するご批判が大半だった。発電所で働く人、敦賀の将来を考える方など、「敦賀市民の生活を議会はどう考えているのか」と単刀直入な質問に、意見書の内容を伝えても、それは言い訳にしかならなかった。

市民の方が原子力発電と共に生計を立てている方がいかに多いか、議会に対する批判と同時に私に対する批判でもあった。謙虚に真摯に受け止めたい。

福島の事故の大きさと敦賀の将来をどう考えているのか、あらためて考えさせられた。原子力発電への不安と同時に、原子力発電と歩んで来た生活の重みを訴える方がいた。正直なところだろう。曰く「敦賀市民の多くが原子力発電で生計を営んでいる以上、緩やかな脱原発にしろ、軽々に論ずるのは、あまりも…」と続いた。

高速増殖炉もんじゅの再開、敦賀の3,4号の本格着工を目前にしての福島の事故だっただけに、原子力の街、敦賀といえるほど、その衝撃は大きい。敦賀市の総合計画など、全てとは言わないが、もんじゅや敦賀3,4号の建設、運転を前提に敦賀市の将来像が描かれていると言っても過言ではない。

敦賀3,4号も建設、運転だけでも半世紀、廃止措置を考えれば百年の大事業だ。高速増殖炉もんじゅも、将来の日本のエネルギー事情や地球環境問題を考えればなくてはならない一大プロジェクトであり、福井大学附属国際原子力研究所は、これらを前提として、敦賀市に移転してきた。

まさに原子力の街、敦賀の発展の基盤が原子力である以上、日本の将来のエネルギー政策の見直しがあっても、意見書で、緩やかな脱原発を言葉は変えたとしても論ずることは許されないと私は思う。

太陽光など、再生可能エネルギーを増やすことは私も大賛成だが、現在、主力である火力発電や原子力発電と変わりうる電源ではないことは確かだ。

福島の事故の大きさから、この夏も節電を呼びかけながら火力発電をフルに動かして、現実は乗り切りしかない。敦賀の石炭の火力発電所はフルパワー操業が続く。

今回の福島の事故は、あまりにも大きい課題を敦賀市に背負わしたと言える。それだけに、今回の意見書の全会一致と報道は、市民に原子力発電と共存する敦賀市の将来像、生計、雇用など、考える機会ともなったが、ある一面、議会に対する見方を変えたとも言える。厳しいご指摘、ご批判、真摯に受け止めたい。
【2011/06/26】 | ページトップ↑
意見書には、反対である。
Date:2011-06-25(Sat)

昨日の議会の原子力発電対策特別委員会の意見書の全会一致には、結果は、結果として真摯に受け止めなければなければならないが、私は反対である。

「国にエネルギー政策の見直し」「再生可能エネルギーへの転換」など、敦賀市が、これから歩もうとしている安全を最優先としながら原子力発電と歩もうとすることを否定する意見書と受け止めた。

福島の事故以来、幾多の困難が、待ち受けていることは誰の目にも明らかだ。それでも、敦賀市が歩んで来た、この半世紀の歩みとこれから歩もうとする半世紀。高速増殖炉もんじゅや敦賀3,4号の建設、運転をある意味、否定するものと受け止めた。

大きくは地球環境問題、エネルギー確保と国のエネルギー政策に貢献し、私もその一員として敦賀市に移り住み、市議会議員として市民の付託を受けている以上、賛成できる意見書ではない。なによりも敦賀市民の生活の安定、将来を考えると、そこに働く以前の根本的な課題だからである。

地方議会では意見書は、「たかが意見書、されど意見書」と言われるが、自らの意思を表すのは意見書だ。私はされど意見書と思う以上に重いと考えている。ことエネルギーに関して、小浜市議会の脱原発の意見書の全会一致の採択と、敦賀市議会の採択はまったく意味合いが違う。街の将来を考えるならば、私はこの意見書に賛成はできない。反対である。
【2011/06/25】 | ページトップ↑
思い付きと人気取りのために下した決定だとすれば、問題は深刻である。場合によっては国を誤ることにもつながるからである。
Date:2011-06-24(Fri)

昨夜は、福井市で北條の本家と会食をとった。金沢のお寺の住職がお亡くなり、大安寺の住職に依頼するためだ。親父の話に花が咲いた。どこにいても血筋はうちとける。

今日、書こうと思ったのは、政治の判断がどれほど影響するか、逆に迷惑するか、敦賀にとって、浜岡の停止要請がどれほど影響したかを探ってみたい。

菅直人首相が東海地震の想定震源域である静岡県の浜岡原子力発電所について、すべての原子炉を停止するよう中部電力に要請したことが、大きな政治問題となった。

この停止要請を各紙の論調から読み取ると、浜岡以外に原発停止を求めない理由について、仙谷官房副長官は「現時点で30年以内に震度6以上の地震が起こる確率は1%以下のところがほとんどだ。特に、日本海側、瀬戸内にある原発は心配ない。科学的にも立証できることだ。だから今後も政府のエネルギー戦略や政策は堅持する」と強調した。

今回のやや唐突とも取れる菅首相の浜岡原発全面停止要請については、マスコミ各社とも意見がさまざまに分かれた。

朝日新聞は、首相の停止要請の判断は妥当だ。東京電力の福島第一原発が想定外の惨事を引き起こした以上、浜岡での同様の現象を想定するのは当然の責務である。

読売新聞は、浜岡原発は、30年以内に確実に87%の確率で発生するとされる「東海地震」の想定震源域のほぼ中央に位置する。首相の要請はこの「特別な状況」を勘案した結果である。福島第一原発が想定外の大津波に襲われ、大事故を起こしたことを踏まえればやむを得ない。

毎日新聞は、浜岡原発は近い将来、必ず起こると考えられる東海地震の想定震源域の真上に建つ。これは建設当時には知られていなかったことで、知っていたら避けたはずの場所である。・・・・菅首相が中長期の対策が終わるまで停止するように要請したのは評価すべきだ。しかし、浜岡さえ止めておけばOKというわけではない。浜岡以外の原発についても決して油断してはならないのである・・・。

各紙の中で一番、毎日新聞が首相の要請を高く評価している。

産経新聞は、多くの新聞が菅首相の浜岡原発停止要請を良しとしたのに対して、産経だけは「唐突な判断だ」として否定的な見解を打ち出した。その論拠は次のようになっている。

浜岡原発は東海地震の想定震源域に立地している。首相は、マグニチュード(M)8前後の東海地震が30年以内に発生する確率が87%であることを理由に挙げた上で、「事故が起これば、日本社会に甚大な影響を及ぼす」と説明した。しかし、このことは前から指摘されていたことで、いま新たに差し迫って危険が生じたわけではない。そうした状況のなかで、国と電力会社と住民はこれらを十分に理解した上で安全な運転について合意してきた。

今回の停止要請はあまりにも唐突で、これまでの合意形成の経緯を一切否定しかねない。原発を止めれば当然電力の供給が減少する。その対策についても説明が不十分であるだけに、国民は国のエネルギー対策への不信の念を募らせることになるだろう。手続きを欠いた首相の要請はパフォーマンスに利用した思いすらする。・・と論説している。

私は、浜岡原子力発電所には2度ほど訪れているが、中部電力が手塩にかけて、静岡県御前崎市で昭和51年から運転を開始した。沸騰水型としては原電、東電に続くだけに、それらの経験が生かされた発電所となった。

その後、1、2号機は平成21年にはやばやと営業運転を終了し、廃炉の手続きに入っている。まさに大英断だ。現在運転中の3、4号機も同じ沸騰水型軽水炉、17年に運転を始めた5号機は改良型沸騰水軽水炉(ABWR)である。

浜岡発電所の全面停止を要請された中部電力は今年度のピーク時に電力を賄う余裕を失う綱渡りの供給態勢を強いられるうえ、燃料などのコスト高で、業績の大幅の落ち込みが避けられなくなってきた。今夏のピーク電力2560キロ?に対し、供給力の余裕はわずか77キロ?。もし昨年のような猛暑が続けば、たちまち電力不足に陥ることは確実だという。愛知県の経済への影響は深刻だ。

不足分のほとんどは火力発電に頼るほかないが、その火力も定期検査を受ける設備があり、数カ月間の稼働停止が余儀なくされる。実に危ない綱渡りなのである。赤字転落も現実のものになりそうだ。もし菅首相が綿密な調査とあらゆる面での検討を待たず、思い付きと人気取りのために下した決定だとすれば、問題は深刻である。場合によっては国を誤ることにもつながるからである。

同様のことは自民党、公明党など野党のリーダーにも当てはまる。原発問題を決して政争の具に供してはならない。政権維持と退陣を明らかにしない菅政権の妥当な判断だったか、もう少し、時間をかけた検証が必要と思うが、福井県を含む全国の知事の反応は、浜岡の停止要請と、各地の原子力発電所が安全とする経産省のあまりにも矛盾することに起因していると私は感じている。

昨夜、もんじゅの引き抜き作業が始まった。原子力発電は常に石橋をたたいて渡る慎重さが要求されるだけに、根拠の不明確な政治判断は後まで尾を引く・・・・・。
【2011/06/24】 | ページトップ↑
複雑で蒸し暑い夏の到来…
昨日は蒸し暑かった。昨日で議会の代表質問、一般質問が終わった。質問の多くが震災、福島の事故関連だった。福島の事故の収束がまだ見えないだけに、9月議会もこの種の質問は続くだろう。

夏場の原子力発電所の現場は暑い。若い頃、つなぎの作業服に加え、フィルタ付きの全面マスクでおおうと30分もたたなうちに汗が吹き出したことを思い出す。内部被ばくをさけるため、現場で水を飲むことは許されない。こまめな休憩と水を飲むことが必要となる。29歳の頃、若さにまかせてこれを怠り、尿路結石の痛さを経験した。最後は、市立敦賀病院で手術を受けることなった。

福島第1の事故から100日。汚染水の浄化装置は漏水など報道が毎日のように行われる。工程表の見直しなど伝えられるが、私には、夏場を迎え、現場作業がどんな場所か、過酷な作業環境を想像してしまう。

原子力発電の現場は、被ばく管理が第一だが、この時期は暑さ対策など健康管理が重要となる。福島の現場は、線量が高い上に、十分な作業環境とは言えないだけに、きめ細かい管理が重要だ。

福島の現場では、炉心溶融など過酷な環境下にあって、3月中に作業に従事した東電社員や関連会社の従業員ら3700人のうち、9人が被ばく線量の限度である250ミリシーベルトを超過していた。250ミリシーベルトは今回の事故に限って設定された緊急時の数値で、通常は100ミリシーベルトが限度。放射性物質を吸い込んだ内部被ばくだけで500ミリシーベルトを超える作業員もいて東電の線量管理の不備が指摘されている。

しかし、東電を弁護するでもないが、過酷な作業環境、線量環境にあって、3月は、事故の拡大をさけることを第一に懸命に作業を続けての結果の被ばくだ。その詳細な評価は、事故の収束を待ってからも遅くはない。ただ、言えるのは、これからも厳格な被ばく管理と健康管理が大事だということは、言うまでもない。

工程表通りに作業が進んだとしても原子炉の冷温停止は来年の1月。顔を覆う全面マスクに防護服姿での作業。これから夏場の3カ月間は暑さとも闘わなければならない。懸命な作業を見守るしかない。

 電力間の技術支援協定に基づき、敦賀からも支援チームが交代で福島に行っている。こんな中、現場をリタイアした60歳以上の元技術者など現場作業を志願して話題となった。若い人より被ばくのリスクが少なく、持てる知識と経験を役立てたいと同志を募り待機中。これまで原子力発電の現場を支えてきた団塊の世代は、いまもって意気軒昂だ。ただ、諸先輩の登場がないよう早期の収束を望むだけだ。

ところで,
福井県は17日、北電の節電要請もあり、福井県内の企業や家庭、地域に働き掛けて10%超を目標にした節電+に取り組む方針を打ち出し、県内17市町に協力を要請した。一昨日の一般質問に敦賀市も庁舎などできるところは、10パーセントの節電を明言。設定温度をあげての節電、昼休みの消灯など、これからが正念場だ。

期間は7月1日から9月末までの予定。県の「クールライフプロジェクト」とのネーミングがいい。

暑い日中に家庭のエアコンを切って外出すれば70%の節電効果があるという。また、オフィスで照明を半分程度間引きすれば13%削減できるとしている。夏場の電力需要の4割がエアコンによるものだ。

余談だが、「ホットスポット」なる呼称が新聞紙上をにぎわす。単純に考えると「暑い場所」を連想してしまうが、局地的に放射線量が高い領域を呼んでいる。そのホットスポットを政府は「特定避難勧奨地点」に指定し、避難を希望する住民を支援する。対象となりそうなのが、福島県伊達市霊山町と南相馬市原町区の一部。これまでの調査で年間積算放射線量が20ミリシーベルトを超えると推定されている。

まだまだ、福島の現場から目が離せない。原子力発電の運転再開の問題と節電と、今年は、複雑で蒸し暑い夏になりそうだ。
【2011/06/23】 | ページトップ↑
安易な方向に動く自体トップの発言…
Date:2011-06-22(Wed)

今日は夏至。気温上昇と蒸し暑さが伴う。昨夕、6時過ぎから自転車を走らせた。7時過ぎに沈む太陽が美しい。感傷的にもなる。

福井県のボランティアを受け入れてくれた岩手県陸前高田市の普門寺は東日本大震災から百カ日の18日、行方不明者の供養を望んでいた家族らを対象に合同供養祭を営んだとか。

陸前高田市では、2000人以上が死亡または行方不明となった。私がいた日でも数人の遺体が発見されていた。同市では寺の被害も深刻で4カ所が被災。うち2カ所が全壊した。市の要請で普門寺では身元不明の遺骨を預かっていた。

東日本大震災の影響はあまりも大きい。影響の大きさは各所にあらわれる。議会の代表質問、一般質問も災害に関する質問が重なる。原子力に関する質問は、私が知るだけでも過去、最多ではないか。

福島の事故は、原子力の世論を動かしている。謙虚に受け止めたいが、波紋の広がりに危惧している。原発の廃炉を求める人が82%にのぼったという日本世論調査会の全国調査結果が発表された。海外にもドイツやイタリアで「脱原発」の動きが出始めたものの原子力発電に依存する国が多いが、マスコミ報道は、脱原発との論調が多くなる。

小浜市議会の脱原発の意見書、ある議員に伺うとムードであれよあれよという間に全会一致に至ったとか。議会の怖さもここにある。隣の越前市議会にもこの動きがある。原子力発電を持たない自治体の軽さがここにある。

「安全対策は適切」として停止中の原発の再稼働を要請した海江田経産相こと、保安院の説明に、福井県の副知事も「根拠が不明確」とした。全国の県知事も同じ動きだ。首相の浜岡の停止要請と他の原子力発電は安全と言っても説得力に乏しい。これもムードと言うと叱れそうだが、私が危惧した通りになった。エネルギーの確保の難しさは、ここにあるとも思っている。

県知事もこと原子力発電となると発言が軽い。橋下府知事に続いて、
滋賀県の嘉田知事は「原発から再生エネルギーへのかじを切るような、孫子のために歴史的な判断を国や電力会社に求めていきたい」と脱原発を表明。山形県の吉村知事も「想定を超えた危険性が内在する限り、将来的にはやめるべきだ」と答えている。

福島の事故は、あまりも大きい。謙虚に受け止めなければならない。しかし、日本のエネルギー事情を考えると、再生可能エネルギーこと、自然エネルギーに頼ることは難しい。

当面としながらも、火力発電が増え、今後,温暖化をどう考えるか、本当に総合的な議論が必要だとも思う。情緒的に流れやすい風潮には、時間と辛抱が大事だとも経験上感じている。原子力発電が乗り越えなければならない宿命でもある。エネルギーは、環境、コスト、安定的確保など、バランスでそれも長期で考えなければならない。そのためのは原子力発電をとの、見解だ。原子力発電共に歩んで来た敦賀市、これからも乗り越えなければならない試練が横たわる。これにも時間と辛抱だ。

余談だが、「脱原発」と原子炉の廃止措置はイコールではない。事故から25年たった旧ソ連チェルノブイリでは今も3500人が働く。事故を起こした原子炉を「鉄棺」で覆い、他の三つの炉を解体するには、数十年かかる。だから脱原発と言うかもしれないが、私は、それでも原子力発電を推進の立場だ。それほど地球環境問題とエネルギーの長期的な確保、さらのは経済を考えると、原子力発電の重要さが浮き彫りになると思っている。
【2011/06/22】 | ページトップ↑
政治の不快指数が高いままでは…
早朝、曇り空に自転車を走らせると風はひんやりと心地良い。梅雨入りながら、早朝は風切る肌は寒い。昨日は、12時間、議会開会から閉会まで議場に釘ずけとなった。各会派の代表質問。市役所5階の議場は天井が高いせいか空調が難しい。暑くなったり寒くなったり。今だから、温度も高めになると湿度も高めになる。

6月も半ばを過ぎると梅雨本番。カラッとした暑さはそれほど苦にならないが、じめじめした暑さは体にこたえる。蒸し暑さを表す指数に「不快指数」がある。国の政治は今や国民にとっては不快指数は、100パーセントに近いのではないか。

あまりなじみはないが、経済分野にも不快指数があるそうだ。失業率とインフレ率を足すらしい。こちらは10%を超えると、国民の不満が高まるという。敦賀の有効求人倍率も高いとはいえ、1月の1.36をピークに4月は1.14と下降に転じている。東北から遠いといえ、日本全体で雇用情勢は依然先行き不透明で、震災の影響が、好調だった自動車産業を中心に出始めている。回復基調といえ、立ち上がりは遅い。

いま国民の不快指数を押し上げているのは政治だろう。震災、原発事故への対応、首相退陣をめぐるごたごた。被災地では不快を通り越して、怒りを感じている人が少なくない。与野党を問わず、しっかり汗を流せば被災者の気分も少しは晴れる。   

ところで、西川知事は昨日の記者会見で、海江田経済産業相が原発の過酷事故対策を「適切」と評価し、停止中の原発の再稼働を促したことに対し「状況は変わっていない」と述べ、現段階では再稼働を認めない考えをあらためて表明した。これも不快指数は高いままだ。

県が求めてきた高経年化や地震が福島第1原発事故に与えた影響、浜岡原発だけを停止させた合理的な理由がいまだに不明瞭だとして、国の対応は不十分との認識を重ねて示した。

私が出席したある会合でー西川知事は「頭にくる」といった発言までしている。国の判断に不快指数は高いままだ。

安全対策に関しても、定期検査で現在止まっている原発に導入する対策、1、2年で実施する対策、長期的に取り組む対策といった工程表の明示が必要だとした。

海江田経産相が、再稼働を求める理由に電力供給の窮迫や経済への影響を挙げた点に対しては、経済の観点を考慮せずに浜岡原発を停止させた判断と矛盾するとの指摘だけは、私も同感だ。それ故の不快指数が高めのままだ。首相の浜岡停止要請があまりも唐突で、後で理屈をつける首相と経産相にほ、信用できないと思いがあることは確かだ。

地震の確率の高さだけで浜岡の停止要請に踏み切ったのは、最後の人気取りともうつる。電力会社のなかでも中部電力ほど今回の地震、津波に、東南海地震の確率のたかさから、敏感に対応し、対策を先んじた電力だ。浜岡は政治判断が情緒的で、それ以外は、安全とする説明がいかに難しいか、ただ、この問題の解決は政治でしかない。

いまさらながら、浜岡の停止要請が場当たり的であったか、政治判断がいかに、大事か、そうはいっても夏本番はそこまで来ている。きちんとした説明で再開まで説得してもらいたい。

昨日の代表質問の多くを原子力についやした。福島の影響がいかに大きいか、聴きながら自ら歩んで来た道だけに謙虚に受け止めている。福島の事故の収束時期がまだ見えず、避難者が帰れない現実はあまりにも厳しい。

市長は、原子力発電の必要性を何度も語り、その上で、安心・安全のなかで安心を強調した。市民を守る立場からは、当然の答弁だろう。

梅雨本番から夏本番も近い。政治の不快指数が高いままでは、当面の対策を急ぎ、運転開始まで準備を終えている発電所にとって、そこで働く者にとってもなんとも言えない不快な夏を迎える。
【2011/06/21】 | ページトップ↑
東北の震災と人口減少
Date:2011-0620(Mon)

一昨日、昨日と行事や会議の中で休日を過ごした。日曜は、西地区の体育大会。行事に身をゆだねる。反省会などどうしてもアルコールの量が多くなる。アルコールの中で過ごすと時間は速い。議会中ということもあるのか、じっくりと大局を見ておく必要がある。

土曜の高速道路は千円効果の最後となり、北陸道はいつになく多い。福井からの帰りは事故渋滞。ふと前を見ると福島ナンバーだ。休日、千円になって、2年余りの実施の影響は大きかった。週末の長距離ドライブが盛んになり、若狭地域など観光地のにぎわいにつながった。特に、舞鶴若狭自動車道の無料化の経済効果はあった。一方で、渋滞、JR、バスなど、公共交通に与えた負の効果も無視できない。

自民、民主の政治の人気取りと言える高速道路料金は、猫の目のように変わり、地方は翻弄され、今回の改正で期待が失望になった。

政治の人気取りが先行した結果、利用者の「受益者負担」の原則が揺らいだのも、負の効果だろう。腰を据えて、適正で持続的な料金体系を考える時期に来ている。

何よりも、東日本大震災と福島の事故の影響は、当面は続き、長期化の様相も考えておかねばならない。敦賀市にとって、直面する大きな課題は短期的にも長期的にも、財政問題だ。そこに横たわる少子高齢化、人口減少だ。

2010年国勢調査(10月1日実施)の速報集計結果が今年2月、総務省統計局から公表された。それは衝撃的な内容であった。県人口は、5年前の前回調査と比較すると1万5千人の減少となり、80万をやっと確保している。敦賀市も637名減、6万7千人となんとか踏みとどまり、最近の5月末のデータによると6万9千人をなんとか確保している。

全国を見ると、人口が増えたのは東京、神奈川、千葉など9都府県だけ。減少率が最も大きかったのは秋田、青森、高知の順。福井県は22番目。人口は日本全体で減り始めているが、東京など都市部は増え、地方は減少。

地方から都市部へ人口移動が起こり、地方の人口減少が急激に進んでいる。福井県内でも県都である周辺が若干の増加はあるものの、減少傾向は強い。嶺南はなおさらだ。ただ、敦賀市の6万9千人の踏みとどまりは、原子力との関係も深いが、早晩、自然減から減少に転じる。

大局にみると、日本全国と、福井県の関係など、注目すべきは、自然減と社会減が同時進行を始めた02年前後だ。このころ、私たちの身近で何が起きたか。シャッター商店街が社会問題化、公共事業半減、地方交付税3割カット、などあげればきりがないほど、要因は多い。

国の動きはどうだったか。「大店法廃止 まちづくり三法施行」(00年)「骨太方針で公共事業の大幅削減を決定」(01年)「三位一体改革で地方交付税大幅削減」(04年)など。これらの制度改革と地方の人口減少、衰退が見事に符合する。目にみえないようで、地方のヒト、モノ、カネを都市部へ引き上げる政策が次々と進められた結果、公共工事に頼ってきた今日の地方、福井県の姿があるのではないか。

福井県の人口減少は、踏みとどまっている敦賀市にとっても、少なからず影響する。敦賀の道路、などここ10年の予算をみれば、わかる。核燃料税の税率アップも取りやすいところから取らざるを得ない環境だからだ。

もんじゅ建設以降、大型プロジェクト建設のない、敦賀市にとって、市内の景気、経済は確かに冷え切っているが、バブル期や建設時が異常で、これが当たり前とみるべきではないか。その中での東洋紡を中心とする製造業や原子力発電所の存在は敦賀を支える元気のもとでもある。

県内の中では、人口減少はなく、雇用の有効求人倍率も高いと言いながら、人口動態の自然減を考えると、人口減少は早晩、訪れる。

人口減少は、敦賀市の市民税にも直接、影響する。事業所数、売上など将来予測も人口と、密接に関係するだけに、トータルでの縮小社会、その中で、施策の実行と財政運営は難しいことは確かだ。なかでも、敦賀3,4号の本格着工時期と財政運営は、密接に関係するだけに、見通しが立たないジレンマはあるが、ここは踏ん張りどころ、辛抱のときでもある。

一つひとつの課題でも、全体像を見渡しながら考える必要がある。これまで進めてきた大型プロジェクトともいえる駅周辺整備、敦賀短大と看護専門学校の合併、中心市街地の活性化など、敦賀の将来の活力を見出す政策をどう実行するか、大局の中で、他力本願ではない敦賀の自立の中で考えることの難しさがある。アルコールの中で過ごす会話も市民生活を知る上で、大事な作業、これもあれもと考えるが、大上段ではなく、地に足をつけた活動をこれからも続ける・・・。




【2011/06/20】 | ページトップ↑
JR西日本のICOCAを敦賀駅でも真剣に考える時期に来ている…
Date:2011-06-19(Sun)

今日はJR西日本のIC乗車券「イコカ」。敦賀での導入を真剣に考える時期に来ていると感じるからだ。
東京、大阪に行く度に感じるのは私だけでないはずだ。大半の改札をはじめ、コインロッカーや自販機もIC乗車券の対応が主流。切符や現金は少数派となり、カード社会、それも電子マネー時代の到来を実感するからだ。

JR敦賀駅で口論をみたことがある。「なぜ、ICOCAが使えないのか、敦賀は遅れている」とあからさまに抗議しているのだ。言葉から関西の観光客だろう。滋賀県では近江塩津からすべての駅で使用できる。北陸だから、福井県だからでは納得できないのは当然だ。同じJR西日本、客にすれば利用できて当然と思うのが自然だ。

IC乗車券はICチップが組み込まれ、事前に専用機で入金し、改札や買い物時に読み取り機にかざすと、料金が自動的に差し引かれる。主要各社の発行は7千万枚近くに上り、電子マネー加盟店は10万を超えるとか。

さらに、格差が広がるのが、ICOCAの利用範囲の拡大だ。そのIC乗車券が2013年春、サービスの幅をさらに広げる。JR各社をはじめ、首都圏、中部、関西さらに、九州、四国と大手私鉄など11事業者は10種類のカードの相互利用を始める。1枚のカードが、より広域で使える。北陸の金沢管内ではまだ予定がないとか。

一見、交通事業者だけに関わる取り組みのようだが、決してそうではない。IC乗車券は流通、観光、公共施設などで共用化が進んでおり、まさに、広域移動の時代において、IC乗車券は都市の標準サービスの銀行板カードの共有化でもある。この格差は利用するものにとって、北陸だから敦賀だからでは済まされない格差社会を感じる。

敦賀市議会でも一般質問にも何度も取り上げられ、駅舎改築こと交流施設建設建設に合わせて交渉したものの,応じる気配さえなかった。費用捻出など難しさは理解できるが、関西からこられたか方、今度は、名古屋、東京からも、田舎を感じる駅になるからだ。将来は、コミュニティーバスにも使える。これでも大きく出遅れとなる。

IC乗車券は都市部を中心に、さらに全国に定着し、都市の競争力を決める指標の一つになろう。北陸だけが遅れ、お隣の滋賀県では利用促進が始まるのではますますの格差拡大を感じる。

関西の駅周辺の電子マネー化が進んでいる。電子マネーを使った買い物は、地域商店街にとっても付加価値の向上などにつながる。新幹線誘致も大事かもしれないが、県レベルのICOCA導入か、それができなければ、まずは敦賀だけでも導入を急がなければ、いくら駅を改築しても観光客の見る目は違った意味での北陸と感じているのでは…。
【2011/06/19】 | ページトップ↑
観光振興計画と舞鶴若狭自動車の敦賀接続
Date:2011-06-18(Sat)

今回の6月補正予算に観光振興計画の策定がある。平成8年以来の改定だ。金ヶ崎周辺開発などハード整備はこの計画が基本となり、現在に至っている。

本来、観光事業は民間の頑張りで地域が潤うもの。行政はあくまでも道路や標識の整備のバックアップだ。長浜の観光戦略は、民間主導に市が乗り、県が後押しをし、今回の「江」には国もバックアップしている。戦国の舞台、豊臣秀吉は何度も利用し、失敗、成功を繰り返し、今日に至っている。

敦賀市は私の知る限り、観光客は年間200万人まで増えたものの、観光戦略で成功という実感がない。JR直流化もそのひとつであったが、いまひとつ盛り上がりに欠けた。商業統計上もあきらかな成果が得ているとはいえない。これからの目標に舞鶴若狭自動車道の敦賀接続を3年後にひかえる。これは素通りの可能性もあり、いかに敦賀市に観光で降りてもらうか、ひとつの大きなテーマだ。

ところで、その高速道路のテーマが政治に翻弄された。舞鶴若狭自動車道の無料効果は、敦賀と言わず、若狭一円に2割の売り上げ成果となってあらわれた。しかし、19日いっぱいで、休日の上限千円は廃止、無料化社会実験は凍結されることになった。

迷走の高速道料金いっこうに定まらない高速料金は迷走する政治の縮図。振り回される国民は迷惑千万。地方はなおさらだ。若狭を観光の舞台として、「安い高速」が後押ししたのはまちがいない。

私の故郷の四国は、もろ刃の剣となった。高速道路に旅客を奪われ、幾つもの航路が廃止や縮小に追い込まれた。当然、仕事を失った。JRも苦戦を強いられた。四国には本州四国連絡橋という「関門」がある。以前は往復で1万円。利用者にとっては、大きな足かせだった。千円効果は大きかった。制度変更は、中央で考える以上の影響を及ぼした。舞鶴若狭自動車道の有料化後の落ち込みがどう影響するのか、不安要素だ。

ここ数年、高速料金は短期間でコロコロと制度が変わってきた。2008年秋から翌年春にかけて、深夜割引の拡大や休日千円が相次いで始まった。名目は経済対策だった。確かに効果が出た。それが、政権交代で、迷走に輪をかけた。民主党が原則無料化を主張し、自民党など野党が反対してきた。ただ、いずれも政治的に利用してきたとの印象がぬぐえない。もちろん今回は、災害復興のための財源捻出が目的だ。逆に東北自動車道が無料となる。いずれにしても、短期間での料金の上げ下げにはうんざりしている。

観光振興計画に戻す。敦賀としては、料金的な問題もあるが、JR直流化に加え、舞鶴若狭自動車道の開通、まだ棚上げ状態にある粟野スパートインター(仮称)の設置の問題もあるものの、長期的には、政治に翻弄されることなく、ハード面の交通網が整うことになる。それだけに長期的な民間主導の戦略をどう描くか、難しい課題だが、限りある予算、敦賀の魅力をどう発信するか、ハード面とソフト面が噛み合う振興計画であってほしい。

企業によっては、ボーナスの出始めた敦賀市、昨夜は本町の夜にも久しぶりに活気が戻った。活気あるまちづくりの基本は、いかに集まってもらえるか、そんな知恵と工夫の時代だ。
【2011/06/18】 | ページトップ↑
中身の薄いエネルギー議論は、国民が迷惑する…
Date:2011-06-17(Fri)

家では、ときたま発泡酒を飲み、窓を開け、夜の涼しさを楽しんでいる。梅雨入りしたものの、朝も涼しい風が流れる。まだ、クーラーをつけたことがない。ささやかな節電だ。1970年代、オイルショックを引き金にやはり節電が叫ばれた。国会では、半袖の背広が登場した。米ではソーラーブームが起き、ホワイトハウスの屋上には太陽熱温水器が設置された。原油価格が下落するとブームは去り、装置も取り外されてしまった。国会でも半袖の背広は姿を消した。そして、30年ぶりの節電、クールビズからスーパークールビズの時代になった。

79年のTMI発電所の事故以来、米国では原発の建設は一基もないものの、地球環境問題と石油高騰から、再び原子力発電が見直され未だに、100基を超える原発が日本より優れた稼動率で運転を続けている。

福島の事故の影響で、世界のエネルギー政策が大きく変わるかに見える。ドイツは2022年までに国内の原発17基全てを止める。スイス、国民投票を行ったイタリアも脱原発にかじを切る。

しかし、一方で、電力の8割を担うフランでは原子力政策はそのままだ。そのほか、英国のほか、フィンランド、スウェーデン、チェコ、ポーランドなど北欧、東欧諸国が原子力発電を推進している。原発を放棄できる背景には、近隣国の原発による電力を、送電網を通じて輸入できるという欧州ならではの事情がある。実態として欧州の原発依存は変わらない。

日本のエネルギー事情は島国ならではの厳しさがある。浜岡原発停止要請は唐突で、国際会議で披露した太陽電池発電コスト引き下げ案は根拠希薄。哲学がないのだ。政治的パフォーマンスで節電を言われても、エネルギーの大切さを体感した被災地には何も響かない。

浜岡の停止要請以降、全国の原発は地元知事の発言で、運転開始のめどもたたなくなっている。北陸電力の節電要請も深刻だ。唐突な発言が生活に影響するか、私には理解できない政治判断が多くなってきた。

発泡酒のつまみは冷ややっこ。カイワレ大根をのせる。支持率の高い時期のパフォーマンスは、好感にもつながる。しかし、人心が離れ、いくら復旧、復興と言っても、民主党員ながら、与野党の足の引っ張り合いよる政治空白と中身の薄いエネルギー談議だけは、国民も迷惑もし、国策として協力してきた敦賀市としてきた市民とっても迷惑であることは確かだ。

原子力の安全は最優先に取り組むべき課題、その上での市民生活など複合的に考えることが、エネルギー政策では難しい。この夏は節電も含め、日本ならではエネルギ政策を真剣に考えるいい機会でもある。
【2011/06/17】 | ページトップ↑
70年代と2010年代の原子力発電の違い
Date:2011-06-16(Thr)

「いつか君といった 映画がまたくる授業を抜け出して 二人で出かけた♫…、
大学4年頃か、フォークソングで「『いちご白書』をもう一度」が流行った。作詞・作曲はユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)。卒業を間近にして、過ぎ去った学生時代を思い出すという内容の曲である。『いちご白書』とは、1970年に公開されたアメリカ映画のこと。米国の学生運動を舞台にしている。

1970年代は、私が高校、大学、そして就職と人生の方向性決めた年代でもある。曲を聴くと当時の空気がよみがえる。72年の札幌冬季五輪があったものの、学生紛争が多発し、浅間山荘事件、連合赤軍の大量リンチ事件もあった。

一方で、大阪万博、沖縄返還、田中角栄内閣の誕生、列島改造ブームへと大きなうねりが続く。社会全体が騒然とし、元気な時代だった。転換期の熱気の中で、70年に敦賀1号機の営業運転開始、71年に福島第一発電所1号機の運転開始と続く。

74年9月1日、原子力船むつは、日本初の原子動力船として、青森県沖の太平洋上で行われた初の原子力航行試験中に放射線漏れ。陸奥湾に浮かぶ紫の船体が朝靄のなかで漂っていた。

事故後、母港である陸奥大湊港への帰港を反対され、16年に渡り日本の港をさまよい改修、4度の実験航海後、原子炉部分は解体された。これ以降、日本は原子力動力船の計画は今日までない。

むつ事故以降、原子力発電の反対運動はこの頃から過激になってきた。脱原発よりもこの頃は、反原発だった。79年、敦賀2号機の公開ヒアリングが市民文化センターで行われバリケードの中の騒然したものだった。原子力発電は、まさに「YESかNO」で時代が進んだ。

あれから32年が過ぎ、原子力発電所が54基になり、福島の事故が発生した。2010年代がどうなるか想像もできないが、小浜市議会の「脱原発」の意見書の全会一致、坂井市長の脱原発発言、橋下大阪府知事の脱原発発言など、70年代とは違った反対ではなく「脱原発」路線的な世論が強くなっている。

ここで、イタリアの国民投票に目を向けると、チェルノブイリ事故後、国民投票で脱原発を選択し、4基の原発を停止し、現在、電力需要の15%を輸入に頼るうえ、総発電量の8割以上を占める火力発電の燃料の高騰で、産業用電気料金はフランスの約2倍になった。隣接諸国と結ぶ送電線の事故で大停電も経験した。

イタリアでは過去10年間、先進国では例外的に、1人当たりの国内総生産(GDP)も労働生産性も低下した。財政赤字は膨らみ、経済は低迷している。この中で再び脱原発を選択した。

日本に戻すと、経済の低迷に加え、少子高齢化、人口減少とイタリアとは違った島国の中にある。原発の運転開始が認められない以上、電力会社は計画停電を避けるために急場として、節電要請と火力発電所の再開や運転、さらにはガスタービンによる発電と急ぐ。

将来、太陽光、風力など自然エネルギーが増えたとしても、安易な脱原発路線が続くとしたら、火力発電主流で停電のない島国である限り、高い電気料金となることは必定でもある。電気は産業の基盤でもあり、いま、電気のない生活は考えられない。私にはどう活力を見出すのか、市民生活の安定を考えると空恐ろしくなる。

ここは、安全性を高めながら安全最優先に、原子力発電を利用し、3割なら3割である一定程度、維持することが現実的でもあることは確かだ。ここは、敦賀も踏ん張りどころだ。


反原発から、今ある原子力発電を認めながらの「脱原発」とも私は受け止めている。ことエネルギーに関しては、市民生活そのものに影響するだけに「Yes or No」ではない現実の原子力発電をどう利用し、新設をどうするか、真剣な議論が必要な時代であることは確かだ。


いちご白書の歌詞の一節に「雨に破れかけた 街角のポスターに過ぎ去った昔が 鮮やかによみがえる♫…」と、私が大学に入った頃、大学紛争で疲れた留年組が残っていたが、卒業することもなく大学を去った。反対、賛成の
空虚な議論はなにも生み出されない…
【2011/06/16】 | ページトップ↑
敦賀市の財政運営で重要な視点
Date:2011-06-15(Wed)

昨日は、議会の予算決算常任委員会。総括質疑の日。市長、副市長が出席しての審査。議会改革の一環として設置され、今回が2度目となる。国会の予算委員会のイメージもあるが、ルールがあるだけになかなかうまくいかない。

そうはいっても、6月補正予算の組み立て内容など総括的に質疑を行うことは重要だ。

敦賀3・4号機増設計画に伴う、電源立地地域対策交付金の促進対策交付金相当分11億7,000万円の交付が、震災で不透明なため財源として計上を見送ったために、財源の確保に苦慮している。このため、借金である起債や貯金である基金を取り崩しでやりくりしている。

敦賀3,4号の増設がどうなるのか、今後の敦賀市の財政運営にとって、重要な意味を持つ。駅周辺整備や看護学校の大学化など、多額な経費を要するプロジェクトは,何よりも考えなければならないのは財源である。

ところで、3月当初予算は、市長選を控え骨格予算だったため、今回は政策的経費として総額約29億3,000万円を盛り込んでいる。
 
なかでも注目しているのは、東日本大震災を受け、市役所耐震診断が前倒しされ、診断によって庁舎の耐震化を行おうとの意思表示と私は受け止めている。市役所機能は災害復旧・復興で、重要な役割を担うからだ。市長答弁でも庁舎の耐震化は、優先度が高いとした。私も同感だ。
 
6月補正には、市営住宅の耐震化、運動公園施設の修繕費用なども盛り込まれている。優先順位をどうするか、財源の確保など、難しい課題が横たわる。震災や福島の事故の影響が、財政運営に影を落としている。原子力発電と関わりが深い敦賀市だけに国の原子力政策に目が離せない。

余談だが、昨日、委員会でプライマリーバランスという言葉が議論された。プライマリーバランスとは、過去の債務に関わる元利払い以外の支出と、公債発行などを除いた収入との収支である。プライマリー・バランスが均衡していれば、毎年の政策的な経費が税収などの毎年の収入でまかなわれていることになる。敦賀市も国の財政と同じように、黒字化とバランスが重要な財政運営の基本となる。

それだけに、敦賀3,4号の動向を見定ることがなにより重要となる。私は本格着工があきらかになるまでは、大きなプロジェクトの計画は進めても、予算の執行は慎重にも慎重を要すると思っている。何度も語るが、辛抱と時間がなにより重要だ。
【2011/06/15】 | ページトップ↑
「天の時」は「地の利」に如かず 地の利は「人の和」に如かず
時代が速いのか、NHKの大河ドラマで「天地人」というのがあった。ずいぶん昔のようにも思えるから不思議だ。物事を成し遂げるには「天の時、地の利、人の和」が必要という。今の総理や国会にどれほどの能力があったのであろうか。対応能力を超える大震災の発生。最後は人心までも離れていった。

政界は、菅直人首相の退陣時期ばかりが問題になる。ただ、被災の現地では、消防、警察、自衛隊、ボランティアがもくもくと作業をこなしている。私の行った陸前高田でも現場をみるとなぜか、知らないものどうしでも「人の和」が、自然と生まれる。

極端にいえば、復興だけに限ってもくもくと予算や法律を災害の規模に合わせて国会も仕事をすべきだった。浜岡の原子力発電所停止要請も数人の判断という。「人の和」どこではなった。根回しなどなく、電力の供給状況の把握もなく、地震の確率論で停止をせまった。それが全国への原子力発電所に影響し福井県知事の「基準がない」として定期検査が終了しても再開を認めない根拠ともなっている。

民主党員である私にとって、投票で歴史が変わったと感じる感激的なできごとだった。衆院選で歴史的な大勝利を収め、政権交代を果たしてからまだ2年にも満たない。当時は、国民の期待も大きく、時代の要請かと思ったが、「天・地・人」が十分でなかったということなのか。人心が、あまりにも速い速度で離れている。

ところで、イタリアの国民投票の結果も私にはショッキングだった。電気料金は高くてもいいとの判断だ。NHKの世論調査も「原子力発電所を減らすべき」とするのが47パーセントと半数近くなっている。2月までの原子力ルネサンスからの急展開だ。福島の事故の大きさがわかる。安全を最優先の姿勢で取り組むしかない。時間と辛抱の時間は長い。それだけに敦賀市の困難も予想されるが、頑張るしかない。

一方、河瀬市長から「脱原発」構想の真意をただす公開質問状に、橋下知事は、「原発が立地地域の活性化や雇用につながっている」との河瀬市長の主張に対し、回答書は「そのために原発を維持するというのは本末転倒の議論」としている。消費地と生産地の「人の和」どころではない。

戦後最大の国難と言われる現在でありながら、党利党略で繰り返される永田町の政争。「人の和」どこではない。そのなかでも、福島の現場では暑さと放射線に闘いながら、使命感を持って懸命に作業を続けている。不幸中の幸いか「人の和」こと、これまで以上にまとまりが強いとか。

また被災地にむかった自衛隊10万人、警察5万人とも伝えられる動きの速さは、中国軍部に脅威となったとか。欧米メディアに伝えられる被災地の整然と復旧に励む姿。まさに、非常時、危機に立ち向かう日本人は、「人の和」そのものだ。

今一度、「天の時、地の利、人の和」を噛みしめたい。

余談だが、「天地人」は、孟子『公孫丑章句上』一節の「天時不如地利。地利不如人和」(天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)に由来する慣用句の省略形。「天の時、地の利、人の和」の意で戦略が成功する三条件を示すともされる。
【2011/06/14】 | ページトップ↑
時間と辛抱、その中で考え、やるべきことは…
Date:2011-06-13(Mon)

「日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」。広島と長崎への原爆投下を踏まえ、こう述べたのは作家の村上春樹さん。心の奥底を見詰めた作品が多く、ノーベル賞候補にも上る。発言の影響力は大きい。逆に世相をバックに言いやすい叫びだ。重いテーマに正面から向き合うのはつらい。筋道を立てて何度も考えを巡らせても容易に答えが出ないことが多い。つまりはどう進むべきなのか。いつもそれが問われる。ここに、原子力発電の推進の難しさがある。

「核」は日本人にとってとりわけ重い課題だ。広島、長崎の悲劇を決して忘れてはならない。世界で唯一の被爆国としてその恐ろしさを世界に広く伝えていくことは重要だ。

小浜市議会の「脱原発」の意見書の全会一致での可決など、原子力は一方向に動きやすい重いテーマだ。これまで日本は核の廃絶を世界に訴える一方、原子力発電は積極的に推進してきた。「地球環境問題、資源小国、安全保障を考えて、原子力は、これからの日本にとって大事な基幹電源であることは確かだ。」と声高に語っても、福島の事故は、あまりにも大きく、謙虚に考える時間でもある。

原子力基本法の「自主・民主・公開」は、今も生きる。原子力安全は、何事にも優先すべきことはあきらかだ。放射線被ばくは、現場では最優先のテーマだ。私も,10年近くこのテーマと東京で電力総連の役員として向きあってきた。学んだのは,安全は謙虚であるべきとの考えだ。

ここ40年を超えて原子力とともに歩んだ敦賀としても、もんじゅの再開と敦賀3,4号の建設と運転は、確実な政策であることは確かだ。しかし、道のりには時間と辛抱も大事だ。事業者は、安全対策と説明の繰り返しだ。

敦賀市にとって、考えるは、市民生活の安全と安心、社会保障費の増加を確実に確保しながら、明日の敦賀を考える時間と考える。いまは、その時期だ。


昨日は越前海岸梅津から三方世久見の海岸まで約200キロの特定失踪者の失踪現場をみてまわった。拉致問題は、解決のめどさえたっていない。これも原子力安全と同列にはできないが、時間と辛抱の時期と思っている。
【2011/06/13】 | ページトップ↑
拉致現場の風化
Date:2011-06-12(Sun)

昨日は、石川県の各拉致現場を特定失踪者調査会のメンバーとともにかけ足でめぐった。昭和38年発生の寺越事件の志賀町、昭和52年発生の久米裕さんの拉致現場の能登町、遠山文子さんアベック失踪や安達俊之さん失踪、徐兄弟(工作員)の密入国現場と…福井県の各現場以上に明らかな現場が多い。

久米裕さんの拉致現場は、「宇出津事件」として能登町を舞台にした北朝鮮による拉致事件として、現場が特定されている唯一の事件でもある。東京都三鷹市役所の警備員だった久米裕さんが海岸から連れ去られて、三十三年が経過している。昨年には警視庁長官も訪れている。

石川県警は久米さん失踪直後、当時の能都町(現在は能登町)の遠島山公園前にある旅館で一緒に宿泊した男を出入国管理法と外国人登録法違反の疑いで逮捕した。

家宅捜索で男が持っていた乱数表などを押収。男は、別の北朝鮮工作員から独身の日本人男性獲得を指示され、久米さんを誘ったことを認めたが、証拠不十分などで出入国管理法違反容疑は不起訴、外国人登録法違反容疑は起訴猶予に。男は釈放され、拉致の捜査は進まなかった。

当時は国家的拉致の認識がなかった。拉致問題として立件していれば、福井県小浜の地村さんアベック失踪、新潟市の横田めぐみさん、東京都の田口八重子さんらの拉致事件は宇出津事件の後に起きたためだ。

拉致現場は「船隠し」と呼ばれるほど深い入り江。両側に樹木が生い茂り、人目に付きにくい。公園駐車場から遊歩道を七、八分歩くと波が静かに打ち寄せる砂浜に出る。昨日は、天気も良く敦賀湾と同じ様に水のきれいな美しい風景がときの流れを感じる。この問題の風化が始まって長い年月がたち、久米さんが生きていると85歳になる。

小浜市の小5、小5の高兄弟失踪現場と推定される岡津(おこず)海岸とあまりにも似た風景が広がる。日朝首脳会談で拉致問題が急展開してからも8年を超える。どう展開するか、風化だけが進む。今日は、越前海岸から、三方まで、走る。
【2011/06/12】 | ページトップ↑
物差し、定規そして計算尺…
Date:2011-06-11(Sat)

昨日は、予算決算常任委員会。夜は、特定失踪者の北陸調査で富山県高岡に移動。高岡駅前のαー1ホテルにいる。近くにはマンテンホテルもある。

 何を書こう思案している。東日本の災害で何かが変わろうとしている。その物差しがまだわからない。話を定規と物差しに向けると、直線や曲線を引くときに使うのが定規で、目盛りがついて物の長さを測るのが物差しだ。物事を判断するときは物差しを当て、世間の物差しで人物を測ることもある。

余談だが、昔、計算尺とういうのがあった。電卓がなかったときに技術屋のツールでもあった。本当によく出来た物差しでもあり、割り切れない数字でもまるめて、これくらいという数字を指す。もうどこにも売っていない。電子化で消えた計算機でもある。

ところで、裁判所の判断は、一つ物差しとなる。起立して君が代を斉唱するよう校長が教職員に命じたのは合憲か、違憲か。最高裁が物差しを当て合憲と断じた。さらに、計算尺的に裁判官の補足説明がいい。

「国旗や国歌が自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要」。大阪府の橋下徹知事が主導し、君が代の起立斉唱を義務付ける条例を作った。勢いを得た知事は、命令を拒んだ教職員を首にできる条例づくりも目指すという。私には、あまりにも独裁者的にうつる。

定規がしゃくし定規になっては危うい。しゃくしの柄は曲がっていて定規にはならない。

関電が、15パーセントの節電の要請を決めた。敦賀のパンソニックも日曜日操業するとか。震災と事故の影響が出始めている。

県内では美浜町以西が影響を受けることになる。一方、北陸電力も定期検査とトラブルで停止している志賀1、2号機(石川県志賀町)と、敦賀2号機の運転再開のめどがたたず、県内全エリアに電力不足の懸念が広がっている。

北電によると、今夏見込んでいる最大電力需要は526万キロワット。今年3月に発表した供給計画によると、志賀原発が停止したままでも535万キロワットの供給力があるが、余裕分の供給予備率は1・7%しかない。もともと乏しかった余裕に追い打ちを掛けたのが敦賀2号機の停止。

敦賀の石炭火力はフル稼働だが、これも大きいだけに止まると厳しくなる。いずれにしても、県知事の発言もあり、 原電、北電とも、トラブルによる停止の場合でも運転再開には慎重な姿勢だ。

原子力発電所の安全は、確かに最優先だ。ところが、国の考え、県の考え、最近では立地町長まで基準の提示を求めている。発電所の立地でありながら節電、割り切れない気分もあるだろう。

物差しが震災で変わり、定規がしゃくし的になり、本当に難しい世相だ。結論はそれほど福島の影響は大きいということだ。計算尺的なまるめることのできない電卓的世相に何か釈然としない。 
【2011/06/11】 | ページトップ↑
福島の事故の影響がーー。
Date:2011-06-10(Fri)

昨日夕方、ショッキングなニュースが飛び込んできた。小浜市議会は9日の本会議で、議員提案された「原発からの脱却を求める意見書」を全会一致で可決した。脱原発だけでなく、30年を超す高経年化原発の運転を認めないというもんの。原子力発電所のある嶺南の一員としあまりにも突然で違和感を覚える。これも福島の影響の大きさか。同市会は2004年3月、使用済み核燃料の中間貯蔵施設誘致を推進する決議案を賛成多数で可決し、その後、少ないながらも影響を与えた。

もうひとつは、 関西電力が、定期点検に終えた原子力発電所を再稼働できなければ夏に電力不足に陥る恐れがあるとして、供給エリア内の全顧客に対し、一律15%程度の節電を要請する方針を固めたとか。

関電の原発は現在、11基中3基が定期検査を終え、稼働できる状態にある。だが、福井県知事は、地震や津波対策が不十分として再稼働に難色を示している。このため、新たに定期検査に入るものなども含め、8月までに計6基が動かせなくなる可能性がある。

 原発が再稼働しないと関電の供給力は2938万キロ・ワットになる。昨夏並みの猛暑で冷房需要が高まれば、供給能力が200万キロ・ワット不足しかねないという。菅首相が中部電力に対し、浜岡原発を全面停止するよう唐突に要請したことが、混乱に拍車をかけている。生産拠点を東北、関東から中部、関西への動きにも影を落としている。

稼働中の原発も次々に13か月ごとの定期検査に入るため、国内の原発54基すべてが、来夏までに停止に追い込まれかねないこと。これにより、生産の減少や消費の冷え込みによって、震災で減速した景気が腰折れしかねない。国内移転どころか、生産拠点の海外移転による産業空洞化も加速し、復興への足かせとなる。

こうした中とは言わないが、敦賀市議会は、昨日開会。会期を6月30日までの22日間と決め、本年度一般会計補正予算案(20億4469万円)など7議案が上程された。

提案理由説明で河瀬市長は、JR敦賀駅西整備で「事業手法の概要などがまとまってきたが、東日本大震災の影響が懸念され、内容について再度検証したい」との考えを示した。 

また昼から行われた敦賀短大等調査特別委員会は、市立看護専門学校と敦賀短大と合併し、公立化し、2014年度開学の4年制大学を目指す方針案を明らかにした。歳出から歳入を引いた運営経費は年間3億4400万円と試算し、市が運営費交付金として一般財源から毎年、投入するという方針を明にした。

学科は看護学科(定員1学年50人)と1年間の助産学専攻科(定員15人)。教員数は一般教養を含めて30人。運営費は4年生までの全学年がそろった時点で、授業料などの歳入が年間1億2700万円、歳出を4億7100万円と試算。差額の3億4400万円が市の負担となる。

私も何度か、一般質問もし、昨年2月には、看護学科の短大化、嶺南広域行政組合による組合立までは、議員間でも暗黙の了解があったように感じる。しかし、突然の4年制大学との提案は、現段階では違和感があり、まして震災の影響で財政が不透明な中で、14年4月開学は、難しいのではないかと思っている。委員会での議論も、財政負担に関する疑問が多く出され、市側が示した経済効果や活性化など、大学設置のメリット・デメリットを把握した上で議論を進めるべきとした。これにも福島の事故の影響が出始めている。
【2011/06/10】 | ページトップ↑
知事発言の強さ
Date:2011-06-09(Thr)

最近では、平和堂6階で上映されている「プリンセストヨトミ」という映画が面白かった。もうじき終了する。最近の映画の中で、構成や発想が面白い。「大阪国・総理大臣」という対抗意識。大阪府の橋下知事とイメージとも重なるだけになおさらだ。

ストリーは、東京から乗り込んだ会計検査院の美男美女3名から始まる。検査の中で、重大な秘密に気付く。敦賀に入った会計検査院の影響が大きかっただけによけいに興味がわく。

映画は会計検査院から400年前に急展開、大阪夏の陣で滅びたはずの豊臣家の子孫を守る巨大組織と急展開。その名も「大阪国・総理大臣」の役が中井貴一さん。大阪の名物のお好み焼きのただのおっさん。いざとなるとマイクに向いあって堂々と検査院職員と渡り合う。

現実に、映画の発想は、大阪府知事の橋下氏とか。弁が立ち庶民の人気が高いところが、ぴったりと合う。世論をバックにする政治家は強い。小泉元首相とも合致する。

4月の府議選、自ら率いる「大阪維新の会」が過半数を握った。教職員に君が代の起立斉唱を義務付ける条例を、教育長や他党の反対を押し切っての深夜の可決、話題にこと欠かない。

嶺南の住民を逆なでする原子力発電所の発言も怖いものなしだ。河瀬市長とのバトルも新聞ネタには面白い。世論の支持をバックに向かうところ敵なしは手に負えない。

次の一手は、知事を辞め大阪市長選。大阪市と大阪府の一体化の構想は、私も賛成だか、選挙を通じて実現させようとする強引さは、府民にとっては小気味いいのだろう。私には理解できない手法だ。河村名古屋市長とも通じる姿だ。どう理解してよいのか、まさに大阪独立国の総理大臣気分の「脱原発発言」につながるのだろう。

前置きが長くなったが、福井県知事の西川氏も選挙を終えたばかりだけに強い。福島第一の事故で、政府がIAEA(国際原子力機関)に提出する報告書の中に、新たな安全対策が盛り込まれたことに関連して、西川知事は「地震による被害の詳細や対策を明らかにする必要がある」などと指摘し、県内の定期検査中の原発の運転再開はまだ認められないという考えをあらためて示した。

政府は、今月20日から開かれるIAEAの閣僚級会合に向けて、福島第一原発の事故についての報告書を公表し、事故の経緯や教訓をまとめるとともに全国の原子力発電の安全性向上に向け中長期的に取り組む新たな対策を盛り込んだ。昨日も議会で手に入れ、読んだがかなり詳細に正確に書かれている。

そうはいっても、地震と津波の被害のうち、現場に入ることができない現在、地震の被害の詳細は不明だ。ただ、昨日の保安院の説明では「100%とはいえないまでも、データを見る限り原子炉周りの主要配管や機器に異常は見当たらない」と明言した。

知事は、「いつまでにどんな対策を実施するのか明らかにすることが必要だ」や、浜岡の運転停止要請についても「依然として要請理由やほかの原子力発電所をどうするのかがわからない」との繰り返す指摘は変わらない。日頃、冷静な知事だが、こと国の原子力行政については「頭にくる」と感情的な発言も聞かされたことがある。昨日も、結論的に、知事は県内の定期検査中の原子力発電所について「運転再開はまだ認められない」とこれまでの見解を繰り返している。このままでは、年内にすべての県内の原子力発電所が止まり、これこそ大阪の夏の電気がどうなるのか、難しい情勢だ。

また、「政府から立地県に向けたメッセージがない」と述べ、国と県の見解の相違をうめる対応がないことへの不快感を示している。

大阪府知事と大阪市長との対立は、大阪府内だけに限った対立だ。福井県知事の運転再開を認めないことは、河瀬市長との対立だけではなく、大阪の電気はもちろん、名古屋、さらには近畿、中部にも影響する。もちろん、安全対策は何よりも優先することは確かだが、どこで線を引くか、夏場の電力事情を考えて来月にも敦賀2号機の運転再開に影響する。このままでは全国の原子力発電所はすべて止まってしまうことにもなりかねない。

書きながら、それほど福島の事故の影響が大きいということか。昨日は、議会では敦賀市の第6次総合計画10年のうち、前期5年間の基本計画の説明があった。「今まで通り総花的では」との問いに「詳細は実施計画で数値目標も示す」との答弁だが、敦賀3,4号に関する立地促進交付金や運転開始後の償却資産などの税収があまりにも大きいだけに、これらを前提とする大型プロジェクトがどう実行するのか、判断が難しい。

福島の事故は、敦賀にとって、税収はもちろん、雇用や景気にも影響することは確かだ。原子力発電所の再開問題だけに限らず、有効求人倍率など微妙に市民生活にも影響し始めている。今日からの6月議会、市長は、提案理由でどう述べるのか、注目だ。
【2011/06/09】 | ページトップ↑
建設的な次への原子力の警鐘を
Date:2011-06-08(Wed)

昨日の昼、市役所5階の全員協議会室は暑かった。3時間に及ぶ説明と質疑が続いた。経済産業省原子力安全・保安院と原電、関電、機構による事業者との敦賀市議会への説明会。東日本大震災に伴う福島の事故経緯や、各社の緊急安全対策の実施状況と評価などを説明。

各事業者の説明に続いて、保安院の石垣統括安全審査官の説明。福島第1、2原発と女川、東海第2の津波の状況など被害状況を丁寧に話し、緊急安全対策への評価を示したうえで「原子炉の運転継続や運転再開に安全上の支障はない」と結論づけた。

これに対して議員からは「日本海側でどのような津波が起きるかを想定した議論がなされていない」など、さらなる検証や安全対策を求める声が根強くあった。定期検査中など発電所運転については、保安院と国の基準が定かでないとする福井県知事との見解の相違など、課題が残っている。

また、議員の関心でもある「地震発生から津波到来までは原子炉周辺の主要配管や機器の破損は、100%とはいえないまでも、データを見る限りなかった」と、さらに、「古い原発と新しい原発はどちらが安全なのか」との質問に、保安院は「高経年化の影響についてのデータは、今のところない」と答えるなど、意見や質疑が相次いだ。

敦賀市議会の説明会をもって、これまでの状況を受けての保安院が地元の自治体や議会への説明会が県内では一巡した。

また、昨日、政府の事故調査・検証委員会の初会合、経産相の記者会見など検証や各電力会社へ対応策などの要請など、福島の事故を受けての新たな動きが始まった。新たな知見や政府の事故調査・検証委員会など、新たな動きがあった段階で説明会が何度か必要だ。それほど福島の事故の現実は、敦賀にとっても、あまりにも大きい。

その政府の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)は、昨日、初会合を開き、事故原因や従来の原子力行政の問題点などの解明に着手した。

6月に現地調査を行い、年内をめどに中間報告をまとめる。検証の焦点は、〈1〉政府と東電の初動対応〈2〉政府による避難指示など被害の拡大防止策〈3〉これまでの原子力行政のあり方、など検証範囲は広く、深い。初動対応では、事故発生直後に原子炉格納容器の圧力を下げる「ベント」が遅れた理由、特に発生翌日の首相の現地視察が遅れに影響したのかどうかがポイントになる。メルトダウン(炉心溶融)を防げなかったのかも大きなテーマだ。

委員長で畑村氏の名前があがったとき、適任かどうかは別にして、事故の調査・検証委員会委員長には、国民の目から見てもわかりやすい人物と感じた。なにしろ「失敗学」が専門であることだ。

六本木ヒルズ回転ドア事故の検証などの実績がある。それ以前にも原子力産業の体質に潜む問題を指摘。「この世に絶対安全はない。それを標榜する唯一の産業が原子力だ」と、厳しい姿勢をもっている。

報道によると津波にも警鐘を鳴らしていたとか。過去何度も同じ町が破壊され、先人が「これより下に家を建てるな」と石碑に記しても何年かすれば家が建つ現実。「人は必ず失敗する、そしてすぐに忘れる」。だから「失敗から学ぶことが大切」だと。

畑村氏の基本的考えは「組織が、うちは大丈夫と思った時、安全神話は崩壊する」。そして「隠さない、うそをつかない、つじつま合わせをしないことが、次の事故を防ぐ」と、厳しく語っている。

昨日の首相発言「私も被告」とするなど、今回の事故対応で政治家、安全委員会、保安院、東電など、信頼をなくしている。畑村氏の起用は、今後の原子力にとって、戒め的な検証も必要だが、建設的な次へのステップになるように見守りたい。

震災復興とは裏腹に、年内でも、首相退陣、新たな内閣など想定できない動きが続く、それだけに、検証委員会が消えゆく存在にならぬように、また、政治の横車で、畑村氏の持ち味を殺さぬように、あくまでも建設的な次への原子力の新たな警鐘なることを期待したい。
【2011/06/08】 | ページトップ↑
「逃げ道」ならぬ「避難道路」の重要性
Date:2011-06-07(Tue)

敦賀半島には、いま現在一本の道を通って、もんじゅ、ふげん、美浜発電所、敦賀発電所へと三千人を越える従業員が通勤している。当然、朝の7時ごろから渋滞となる。原因は美浜町北田の土砂崩れによる通行止めにある。通常なら敦賀発電所まで30分もかからない行程だが50分はかかる。

昨日は、敦賀半島先端を東西に結ぶ県道(敦賀市白木~浦底間、約9・4キロ)などの整備目標に道路整備促進期成同盟会の総会が、市役所4階で開かれた。

総会で同盟会会長の河瀬市長は「福島の事故を通じて避難道路の重要性が再確認された」と同県道の避難道路としての整備が急務とした。この同盟会に何度、参加したことだろうか、いまほど気運が盛り上がったこともない。

その後、県土木事務所の説明で5月の豪雨で土砂崩れし、現在も通行止めが続く美浜町北田の県道について報告があった。土木事務所によると、地元了解を得て、緊急措置で11日から時間で分けて片側通行を認めるとのこと。ただ、斜面上部の崩落の危険性から全面復旧のめどはまだ立っていない。

道路も時間ともに劣化がする。特に、斜面は時間と共に亀裂(クラック)などが生じて、豪雨などで美浜町菅浜の崩落の続いてのことだ。土木事務所でも危険性が高いと指摘されていた個所でもある。今回の豪雨での小浜や以前の立石など、土砂崩れは今後も十分予想さる。

道路建設から50年近い月日がたち、生活道路、通勤道路、さらには避難道路と重要性が増すだけに、今後は維持管理との闘いでもある。限られた県予算でもある。今後は優先順位という考えが大事になるが、生活道路は、嶺南の各所だけに、難しい課題が横たわる。

話を変えるが、菅直人首相は今、「イバラの道」を歩んでいる。年金問題で党代表を辞して四国88カ所の道は、いまから考えれば見事な「逃げ道」でもあった。いま、内閣不信任案否決後の退陣時期を巡っての騒動は、花道とは程遠いものを感じているのは私だけでもないはずだ。

いまから思えば、参院選惨敗直後に、総辞職という「逃げ道」、花道があったかもしれない。首相としては、大平正芳首相は、大変失礼が、心臓マヒをもって「引き際」、「逃げ道」とした。結果、自民党大勝となり、私の故郷香川の唯一の首相だから、なお印象が深く、敬愛する政治家だ。

最近では、選挙結果を受けて「チクショー」という苦悶の声と共に辞任宣言した橋本龍太郎。首相としては最後の「引き際の美学」「見事な逃げ道」とも言うべきものかもしれない。それだけに印象に残っている。小泉首相は、「引き際」はよかったかもしれないが、改革が、中途半端で、その後の格差社会の形成とも言うべき「逃げ道」は印象が悪い。

菅首相は、かつて、内閣組閣にあたって、高杉晋作の「奇兵隊」にちなんで、「奇兵隊内閣」と呼んだ。菅首相の郷土の先輩である高杉晋作は、肝心な場面になると、よく「逃げ」という手法をとり、維新の「いばらの道」を潜り抜け、人を引き付け、最後の「逃げ道」は、結核による死の「逃げ」で今の世に語り継がれる人物になった。

同時代の「逃げ道」という面では、坂本竜馬も見事だ。寺田屋での逃げも見事だったが、大政奉還後の新政府役人表で、龍馬の名前をあげなかった。「竜馬がゆく」での西郷隆盛との会話で「世界の海援隊でもやりましょうかな」との「逃げ道」としては一流だ。その10日後に龍馬は暗殺された。龍馬には申し訳ないが、「逃げ道」というより、その「引き際」はあまりにも見事だ。龍馬が愛されてやまない理由のひとつではないか。

今、まさに肝心な場面に直面し、理屈にはならない言葉を繰り返しながら、必死で逃げようとしている菅首相が、どこまで逃げられるものか、土砂崩れで終るのか、「大連立」というあらたな局面に発展するのか、見守りたい。

菅首相だけを責めているのではない。首相就任までは、誰もが争い、かなりのエネルギーをかけるが、その後の維持管理どころか、国会が「菅おろし」に震災そっちのけで精力を注ぐ姿が、地方議員の私には、あまりにも情けない「逃げ道」に映るからだ。

敦賀半島の県道144号竹波立石縄間線に話を戻すが、144号線の別名「敦賀半島周回道路」。いまだにつながっていない。敦賀市内の唯一の分断区間を抱える点線国道の県道版でもある。敦賀市がいま、現在、国策というべき原子力という道を歩んでいる。

いままでも「いばらの道」だったかもしれないが、福島の事故後、一層「イバラ」感が強い。144号線は、「逃げ道」ならむ「避難道路」は、生活道路でもあり、通勤道路でもあり、重要さは増している。道路の着工も大変だが、維持管理も大変。敦賀市の中で、144号線は、大げさに言えば生活を、雇用を、経済を支える道路でもある。
【2011/06/07】 | ページトップ↑
大連立と青森知事選がどう原子力政策に影響するか・・・。
Date:2011-06-06(Mon)

土日、気候に恵まれ、町内のそば教室、公園清掃とわいわいと、合間を縫って、自転車で立石、長浜と走らせた。立石では釣り客が、長浜では、「江」の博覧会と称して、観光客の多さが目についた。長浜の観光戦略の巧みさには頭が下がる。

そろそろ、本題の入ろう。本題の入り前とは恐縮だが、「菅おろし」騒動、よく考えると、小泉政権以後、自民党も民主党もどんどん総理が変わった。人材や人格だけの問題ではないようだ。ねじれ状況のもとでの参議院の運営ルールなど、2大政党制を前提とした制度に問題があるような気がしてならない。

衆議院の小選挙区制だけ変えて、米国や英国の二大政党制にあった国会、内閣、党などの運営を行ってこなかったことにも、混乱の要因があるのではないか。その意味では制度改編は間に合わない、危機的な状況下、大連立は、時期を考えれば、意味を持ちそうだ。地方から考えると、早急に取り組んでもらいたい。

本題に入るが、国の原子力政策は、福井県、とりわけ敦賀市にとって大きな影響を与える。菅首相交代もどう変わるか、大連立でどう変わるか、これも見守りたい。

私が注目したいのは、青森県知事選。当選した現職三村氏は「原子力発電所の新設を条件付きで容認する」というもの。青森県は、東日本大震災の被害を受け、福島第一の事故は、核燃料サイクル施設や原子力発電所が立地する
下北半島を有するだけに福井県と共通する悩みが多い。

既設は、東北電力東通1基だが、建設・計画中は4基と全国で最も多い。規模は違うが、嶺南地域の各発電所と敦賀3,4号の建設予定と、同じような環境だ。

三村氏の当選は、2期8年間の実績に加え、福井県知事以上に、原子力の必要性を訴え、原子力の安全対策を重視する現実的な姿勢が支持されたといえる。敦賀市での選挙中に行われた世論調査でもこのことは明確に現れている。

雇用、景気とも関係は深いが、冷静に青森県民の考えの多数が原子力の条件付き容認と受け止めていいのではないか。それも核燃料サイクル施設があるだけに当選の意味は大きいと考える。河瀬市長の当選の意味合いとも通じるものがある。

早期退陣が予想される菅首相の浜岡原子力発電所停止要請以後、全国の原子力発電所の運転が定期点検で止まり、福井県をはじめとして各県で各県知事の考えから、再稼働が難しい状況が続いている。

電力会社としても、発電所の安全対策の当面、中長期などこれまで示した対策を確実に実施していかねばならない。万一の事故に備えた20キロ圏内である敦賀市の全市民対象とした避難など早急に見直すことも大事だ。
正直、私も、菅首相の浜岡停止要請の頃から、事故対応や震災復興を任せられないと考えるようになっていた。法的に手続きによる浜岡の停止であればよいが、要請以降の混乱は、計画停電も合わせ、市民生活にも影響を与えるからだ。

今後の菅政権から退陣、大連立と予想されるが、原子力政策そのものもどう変化するか。青森県が福井県や敦賀市とも原子力の立地環境が共通するだけに今後の動向を見守りたい。

【2011/06/06】 | ページトップ↑
リーダーの求心力
Date:2011-06-05(Sun)

元連合会長で、菅内閣の特別顧問も務める笹森清(ささもり・きよし)さんが4日早朝、死去。まずは、ご冥福を申し上げたい。

91年に東電労組委員長、93年に上部組織の電力総連会長に就いた。89年から9年間の電力総連執行委員だった私の東京時代。笹森さんの電力総連会長時代の4年間、いろいろと教えてくれるなど大変お世話になった。

細川政権時代でもあり、旧の首相官邸や自民党本部にも同行させていただいたこともある。懐かしい思い出だ。人脈の広さも相当なものだった。97年に連合事務局長となり2001年から05年まで会長。会長時代には野党だった民主党を支援する一方、小泉純一郎首相(当時)をはじめとする自公政権や財界とも積極的に対話する路線を敷いた。

自民党の伊吹労相(当時))との「撃ち方やめ」発言など駆け引きや引き際はいつも見事だった。いつだったか忘れたが、「リーダーに必要なのはわかりやすい言葉で求心力を持つことだ」と語っていた。

会長退任後も、労働者福祉中央協議会会長などを務めていた。いつだったか、「手弁当で選挙応援にもいいよ」と声をかけてくれたことを思い出す。最近では、いつか、講演で敦賀にと真面目にお迎えしようと考えていたほどだ。

昨年10月には菅政権の内閣特別顧問に就任し、雇用や社会保障について首相の助言役となった。小沢一郎・民主党元代表や鳩山由紀夫前首相など政界での人脈も幅広く、首相の指南役的な存在だった。福島の事故後の菅直人首相との懇談も話題を読んだ。

話を岩手に飛ばすが、先月下旬にいった岩手県陸前高田市の惨状はいまでもまぶたに焼き付いている。陸前高田市の戸羽太市長は、市長就任1カ月で大震災に遭遇した。津波は市に壊滅的打撃を与え、多数の市民の命を奪い、市長の妻も犠牲となった。

復興に向けて昼夜をおかず陣頭指揮に当たる、46歳の若きリーダーの連日の悪戦苦闘。市役所職員の四分の一を失い、それでも、職員は連日、市長の下、懸命な復旧活動を続けている。福井県をはじめ全国各地からも救援に駆けつけている。市長のリーダーとして身を捨てて復旧にあたる姿は、テレビ報道でしかみていないが、たのもしい。そしてリーダーに必要な求心力をもっているとも聞いた。

リーダーとは、何か、特に非常時、危機にあたって、笹森さんや陸前高田市長をかさねああわせていた。

しかし一大国難の中で、永田町の住民はどうやら別世界にいるらしい。不信任決議案は否決されたが、次には菅直人首相の退陣時期をめぐる混乱だ。そもそも大震災への対応ぶりを見て、国民は菅政権が長続きするとは考えていまい。

ただ一国の指導者である以上、身を捨てて復興に当たれ、との思いだけであろう。それには求心力が必要だ。
【2011/06/05】 | ページトップ↑
後を考えた柔軟性が重要だ。
Date:2011-06-04(Sat)

国会の茶番劇とも言われる様相に情けなくなる。大震災や事故の被災者をそっちのけにした政争にうんざりする。菅直人内閣に対する衆院の不信任決議案は、首相の「退陣表明」と引き換えに否決された。その後の対応は私には延命策としか言いようがない。ここ数日の混乱は、与野党にも責任があるが、首相の進退に集約されてきたのではないか。

かつて、平成16年頃、菅首相は四国88カ所巡りを始めた頃がある。年金未納問題で、務めていた党代表を辞任した直後だった。丸めた頭にすげがさ、白装束、手につえの遍路スタイルで挑んだ。すべて回らずに終えた。パフォーマンスかもしれないが、私には四国遍路は生まれ故郷のこともあり、すがすがしく思えた。それが昨日の答弁はそんな想いとは裏腹に疲れと言い訳の連続に聞こえた。もう辞め時ではないか。皮肉かもしれないが、愛媛県の54番目札所に延命寺がある。ここから香川県の最後の札所、88番札所大窪時まで、瀬戸内の風景は美しい。

とにもかくにも震災や福島の事故の影響は、具体的な形で表れ始めた。9日から開会される敦賀市議会に、20億4469万円の一般会計補正予算案がある。なかでも焦点であった敦賀原子力発電所3、4号機の着工に伴う電源立地促進対策交付金(約11億6000万円)。福島の事故の影響で来春の着工が不透明になったため、計上を見送った。9月議会でも難しいのは目に見えている。

次に、主な事業では、大震災を受け、市役所の庁舎耐震診断(355万円)を前倒しで実施する。これは妥当な判断だと評価したい。

細かい点はさけるが、敦賀市の将来の財政事情が、どのように影響するのか、私は楽観できないというよりも、相当厳しいと予想するのが妥当ではないか。それほど、震災や福島の影響は、遠い問題ではない。

身近な例として、舞鶴若狭自動車道の粟野のスマートインターの申請は震災の影響か、まだ認可が下りていない。時期を逃すと敦賀開通と時期を合わせることはできない。

また、舞鶴若狭自動車道の無料化社会実験が19日で終了する。この1年間の無料化は、小浜西と敦賀には遠いとはいえ、観光など、好影響を与えていたことは確かだ。

さかな町をはじめ、敦賀市の観光業で敦賀インターも多いが、小浜西インターから降りる客もかなり多かった。日曜の夕方、美浜からの27号線の渋滞は、これまでになかった現象だ。

昨年6月からの無料化実験は、確かに若狭や敦賀地域の活性化に役立った。結果もあきらかだ。今後の落ち込みがどのようになるのか、震災の影響がここにも表れる。

厳しいことが予想される時期は、それなりに対応する、後のことを考えた柔軟性が必要なことはいうまでもない。すべては国民のため、市民のためだ。
【2011/06/04】 | ページトップ↑
税収が減る中で、血税としての重みが増している時代
Date:2011-06-03(Fri)

内閣不信任案否決から、退陣の時期を巡って、またぞろ「菅おろし」の報道が続く。首相が退陣を語るのは異例の異例だ。否決後、シナリオなら党の一致結束となるが、それもないままの、またまた政権政党内の騒動。

国難にもかかわらず日夜政争に励む「永田町」の人たちには、震災や景気低迷に苦しむ国民の声が届かないのだろうか。被災地の復興や原発事故対策、税と社会保障の在り方などよりも、党利党略や身内の結束の方が優先らしい。地方の民主党員として、はなはだ情けない光景だ。

今も避難生活者は10万人を超えている。国会議員が取り組むべきは与野党が知恵を出し合い、前向きな議論を重ねて震災復興に万全を期し、原発事故収束と補償問題に道筋をつけることにほかならない。

私が訪れた陸前高田市では、津波を知らせ、避難を呼びかけるために若い市の職員の多くが津波に向って走り命を落とした。区長さんや民生委員も同じ運命をたどっている。結果として、非常時の判断は、自らの命をかえりみず、自分の役割や職責を優先した。非常時の判断として、これ以上のものはない。

非常時の国難に非常識の政治、不毛な政争続きで停滞する国政に、民主党に、野党に、首相に、国民の不信不満というよりも、あきれ果てたというのが、正直なところではないか。

かく語る、10年ほど前、敦賀市議会も、私も含めてだが、同じようなことを議長人事や議員倫理条例を巡って、流会、自然閉会といった、抗争を繰り返したことがある。いまも肝に銘じている。政策の議論があっての議会だ。

今日も前置きが長くなった。昨日は、朝9時、議会の全員協議会室から始まった。副市長を筆頭に市職員がならぶ。マスコミもカメラを構える。そんな光景から始まった。敦賀市は、会計検査院から不適正な経理問題で、昨年11月の中間報告に続いて、昨日は、平成16年度から平成21年度までの自主調査の結果を明らかにした。

不適正の内容は、申請内容とは違った物品を購入したり、購入年度を偽ったりしたというもの。但し、物品はすべて業務で使い、私的流用は一切なかったとの報告があった。

また、市は、国への返還金にかかる利息や今回の調査にかかった費用など合わせて約1000万円を職員と退職した職員約500人で負担し、先月31日、職員142名に訓告などの処分を行った。

なによりも大事なことはこれからのことだ。不適正な経理処理の要因分析、再発防止策としての職員の意識改革、チャック体制など明記したしっかりとした内容となっている。意外にも議員から一切の質疑もなく終了した。それほどの内容だったということか。

税金を扱う以上、当然の措置とは思うが、関係した全職員から退職者まで負担を願う対応に、極めて異例の措置であり、関係者の覚悟が読み取れる。

税収が減る中で、血税としての重みが増している時代だ。

余談だが、「今日は何の日」で調べると、昨日は「裏切りの日」。織田信長が京都・本能寺で明智光秀に裏切られて自害した、1582(天正10)年の6月2日。いわゆる「本能寺の変」。庶民とは全く関係ないとしても、歴史の流れは大きく変わった日でもある。裏切りはなかったが、ひとつの流れができたか、変わったか、何らかの変化があったように感じるのは、私だけであろうか。

敦賀市も交付税、交付金と国との関係が深い。国の影響は必ず、受ける。駅前整備、看護学校の大学化など、大きなプロジェクトが動き出すだけに、国の動きや、税収など将来をにらんだ6月議会の議論が大事になる。
【2011/06/03】 | ページトップ↑
我慢の時代
Date:2011-06-02(Thr)

台風が去った月曜日早朝、笙の川の水位はまだ高い頃、三島橋の下をのぞくと、ツバメが活発に飛び交っていた。ツバメは、自然の動きに我々より敏感にとらえているのか。

先月初旬より敦賀市内でも集団で見られるようになった。例年であれば、6月1日は衣替えとクールビズが始まる。

官公庁や会社、学校などは制服が冬服から夏服へと変わる。もっとも今年は、市内の多くの自治体や会社がクールビズを1カ月前倒し。国の環境省は超クールビズとカラフルなシャツがテレビで報道された。まだ、無理して着ているなと感じもするが、意外と流行るかもしれない。

東日本大震災と福島の事故の影響による節電対策だ。背広とネクタイを着用し会議に出掛けたら、一人だけ浮いてしまったという話も聞く。

自転車や徒歩の通勤が見直されているが、携帯電話など規制も始まった。何かが変わる6月だ。ところで、日本では公式の場で求められる身だしなみのレベルはかなり高い。地方の役所まで、どの程度、超クールビズが行きとどくかは疑問でもある。

昨日の党首討論、そして内閣不信任案提出など、国会の動きはあまりにも活発だ。菅首相には、私もエネルギー政策など不満満載だが、今、そんな場合かというのが心境だ。可決なら解散まで言い出した。政治空白も甚だしい。

野党も不信任案可決後の政局をどうみているのか、私には無責任に映る。民主党内の議員の動きも理解に苦しむ。被災地の現場は、私が見る限り、復旧が緒に就いたばかりで、政局に空白を作る理由が見えにくい。福島県知事も官邸に訪れ、不信任案より被災地支援をと、言葉は率直だ。国会議員は、いずれにしても我慢のできない人種だ。

苦境に耐え、明日の暮らしを真剣に案じる人々が膨大にいる。政局に奔走する人種はどう映るだろうか。

前置きが長くなった。東日本大震災と福島の事故を受け、敦賀市は、原子力防災など危機管理対応を強化するため、副市長に新たに木村氏を起用。塚本副市長と2人体制となった。木村副市長は、原子力防災などの防災計画の見直しが主な仕事になる。ほか、大雪時の除雪や、今回の笙ノ川の洪水など自然災害なども担当する。

なかでも、原子力関係は企画政策部、防災は市民生活部、除雪対応などは建設水道部とまたがるため、各部に横断的に指示できる木村副市長の手腕に期待し、重要な政策となるだけに、成果をあげて頂きたい。

また、建設部、水道部を統合し「建設水道部」、駅周辺の整備、都市計画、住宅政策などを担当する「都市整備部」が設置され、各部長に辞令が手渡された。いずれも市民生活と直結する部門であり、将来の敦賀市にとっても大事な部だけに各部長の手腕に期待したい。

国の状況は状況としても、東北震災や福島の影響は、敦賀市の雇用、景気など市民生活に影を落としている。一昨日、公表された有効求人倍率の微妙とはいえ数字に表れてきた。

河瀬市政の体制や人事異動も決まった。難しい時代の始まりでもある。市民生活を考えても、難しい時代だ。見るべきは見、じっくり耐えるものは耐え、我慢の時代ではないか。9日から6月議会が始まる。
【2011/06/02】 | ページトップ↑
市役所機能の重要性
Date:2011-06-01(Wed)

5月29日から30日未明、市役所の電気が久しぶりに灯った。これが、市役所機能だ。季節外れの台風接近。県内では幸い死傷者はなかったが、敦賀市など記録的な雨量を観測、嶺南の各地に大きな被害をもたらした。家屋の浸水や土砂崩れなどによる集落の孤立、交通マヒ。生活を支える道路の重要性がよくわかる。

また東日本大震災で甚大な被害を受けた地域でも大雨が降り、何で台風までと天を恨む声もあがった。話をもどすが、観測史上最大の降雨。それほど被害のなかった敦賀市でも、あすはわが身ということを真剣に考えなければならない。

私が先週、訪れた岩手県陸前高田市は、市役所が津波で流され、市役所職員の四分の一に当たる約70名が行方不明かなくなっている。行政機能が失った影響は、その後の復興にあきらかに影響した。

住民台帳がなくなり、安否確認すらできない状態が続いた。住民の生活に欠かせない各種の証明が発行できない状態が続いた。

私が感じたのは、災害時の司令塔になる防災センターの重要性もあるが、市役所機能が、復旧・復興に大事か、考えさせられた。なによりも若い市職員の人命が失われたことはあまりにも大きい。

行政マンには、行政マンなりのプロの仕事があり、現在、名古屋市や東京都から行政マンのプロが数十人単位で支援が続けられ、復旧にあたっている。

避難場所の小中学校の耐震化が急がれ、市役所は後回しにされているのがどこの自治体も同じだ。

陸前高田市も耐震化が進んだ小中学校が避難所になり、運動場が仮設住宅の建設の舞台となっている。

地震など災害に備えて、後回しになっていた市役所の行政機能がいかに大事か、陸前高田市の例は、極端にいえば、日本ではじめてのこととも言える。

それだけに、敦賀市役所の耐震化は、小中学校の耐震化がほぼ終了した現段階で、次に優先すべき課題と感じた。まずは、耐震化にどれほどの資金が必要か、詳細な診断と工法の検討から始めることが大事だ。

また、震災の復旧にあたって、医療や福祉の確保も大事だ。市立敦賀病院や総合福祉センターの機能も大事なことはいうまでもない。

ここで思い出すのは、高校でならった「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」の鴨長明の『方丈記』だ。私と同じ「ホウジョウ」もあってか、解説本で読んだ。地震、大火など天災、人災の模様が何度も出てくる。都の三分の一を焼失した大火、町並みを壊滅させた巨大竜巻、巨大地震と災害が次々と襲い掛かる。鴨長明は、特に恐れるものは地震だとしみじみ痛感する。方丈記では、何度も襲いかかる災害があっても都を離れることはなかった。

世の無常を語っても、わが家や故郷は頼りないものであっても、心のよりどころなのだ。地方自治体の役割は、国と同じように、市民の生命、財産を守り、災害にあってもその影響を最小限にとどめるのか、優先順位をつけながらインフラ整備、人材の確保が大事だということをあらためて見つめ直すことが大事だ。

そんななかで、国会議員は、内閣不信任案をめぐって徹夜で頑張っている。遅々とした政治の愚鈍さがかなしい。
【2011/06/01】 | ページトップ↑
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