夏の夕暮れ、早朝、そして…。
Date:2011-07-31(Sun)

昨日は、早朝、息子を敦賀駅に送り、関西電力労働組合美浜支部、原子力事業本部支部大会での挨拶。昼からは福井で民主党福井県連の常任幹事会と時間が過ぎた。

体のなまりか、けだるさを感じたので夕方、自転車を松原、沓見、金山、粟野、山泉と走らせた。山泉では、会館前で地域の夏祭り。それぞれに楽しむ姿はいい。ジョギングする人、散歩する夫婦など、夏の夕暮れを楽しむ風景はいい。

夕暮れの風景と違うが、早朝のラジオ体操に励む子供たちの風景もいい。私たちの子供の頃の昭和は遠くなりにけり。とはいえ、昭和の初めに生まれたラジオ体操は平成の世でも続いている。

考えれば不思議だが、変わらない風景は、いい。少子化が進み、路地裏から子どもがぞろぞろと湧いて出てくる時代ではなくなったけれど、夏休みの子どもたちの定番行事であることに変わりはない。子どもにとっても、大人にとっても早起きは三文の徳。すがすがしい朝、早起きをしてみんなでラジオ体操をすれば、心も体もシャキッとする。

自転車からの「おはようございます」のあいさつもしっかりと返してくれる。地域との大切なコミュニケーション。腹もすくから、朝ご飯もうまい。時代は変わり、知る人ぞ知る。

ラジオ体操の歴史は、昭和の歴史そのもの。あの戦争の時代、号令で一斉にみんなが同じ動きをするラジオ体操は国家総動員体制推進の手段になった、と。ゆえに終戦により、GHQの非難を浴びることに。戦後の混乱の中、ラジオ体操は一度、その幕を下ろしている。

それでも負けなかった。新しい現在の「ラジオ体操第一」が始まった。1951(昭和26)年。6時半、昔も今も変わらない。今年60歳になった。

変わらない日常でありながら政府は29日、菅首相が出席して「エネルギー・環境会議」(議長・玄葉国家戦略相)で「革新的エネルギー・環境戦略策定に向けた中間的な整理」をまとめ、原子力発電への依存度を下げていくことを理念として掲げた。

この中で、原発を「より安全性を高めて活用」することのほか、再生可能エネルギーの比率向上、省エネの推進、化石燃料のクリーン化・効率化を組み合わせることで原発依存度を下げる方向性を示した。都合のいい言葉がならぶまとめに、西川知事の強い不快感を示すコメントに私も同じ想いだ。このことはここまで。

大震災の夏、ラジオから流れる「ラジオ体操の歌」は、復興という平成ニッポンの未来に、新しい朝、希望の朝も感じる。政治が不安定でも、一日一日、大事にすること、そんな想いを感じる。
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【2011/07/31】 | ページトップ↑
小松左京の警告
Date:2011-07-30(Sat)

昨夜は、西地区の議員と各区長との語る会。飲みながらだが、大事な会合だ。西地区の最大の課題は笙の川の安全確保。対策はまとまったものの、予算の関係でいっこうに進まない。自然はいつ牙をむくかもしれない。

災害と言えば、小松左京の「日本沈没」は、当時、ショッキングな作品だった。今に発する警告でもあったような気がする。

高速道路が倒れ、ビルが傾く。「日本沈没」でそんな光景を描いたのは、高度経済成長の終盤だった。阪神淡路の震災では「倒れるはずがない」とされた高速道路が実際に倒壊した。未来を先取りした。東日本の大震災では、巨大な堤防がひとたまりもなく津波にのまれた。

繁栄の裏側に潜む危うさ。人間の慢心に対する批判的な感性は、今に通じる。エッセイなるものをむかし読んだが、独特の感性はどこから生まれたのか、一方で,ヘビースモーカーで、洋酒に酔って葉巻を何本もくゆらせた。昭和の香り漂うハイカラな作家の一人だった。映画の日本沈没にも出演している。

いつか忘れたが、「技術には謙虚であるべきだ」とも語っていた。原子力発電所の事故、中国の新幹線事故にも通じる言葉だ。

笙の川のつけ替えも、昭和8年、旧市街地の密宗した人家を避けて、現在のところに堤防が築かれた。現在、堤防の両側は、敦賀市でもっとも人口が密集する地域になっている。

東日本でも堤防の間際まで、人家が立ちならび被害を大きくした。阪神淡路の大震災もビル群が倒壊した。小松左京の警告は、今に通じる。笙の川の安全確保も敦賀百年の大計でもある。
【2011/07/30】 | ページトップ↑
ユネスコ記憶遺産とストレステスト
Date:2011-07-29(Fri)

昨日のクローズアップ現代。山本作兵衛が紹介され、炭坑で栄えた筑豊を描いた『青春の門』の五木寛之が登場した。「青春の門」は私が十代後半から断続的に出され、本屋に出されるたびに読んだ。主人公の伊吹信介と年代が合致したこともあり愛読書のひとつになった。

テレビドラマ化や映画化、漫画化もされ、本を通して、炭坑という世界を知った。その炭坑の営みを記録した歴史的文書などの保存と振興をめざすユネスコの「世界記憶遺産」に先月、福岡県田川市などが所有・保管する炭鉱記録画家、山本作兵衛(1892~1984)の絵画や日記などが登録された。記憶遺産という言葉さえ私は知らなかった。

山本作兵衛は現在の福岡県飯塚市生まれ。7歳ごろから父について炭鉱で働き始め、採炭夫や鍛冶工として、筑豊地域の中小の炭鉱で働いた。63歳で炭鉱の警備員として働き始めたころ、孫らに当時の生活を伝えようと炭鉱の絵を描き始めるようになったとか。大それた思いもない素直な作品群だ。炭坑での生活を絵で描き、リアルさは、確かにすごい。労働の現場の厳しさをさりげなく描いた絵でもある。

名もなき炭坑夫の目は、上から目線ではなく、現場目線で生活目線でエネルギー確保のしんどさを描いている。ガス爆発や現場でのケンカなど、ユネスコの目のつけどころは、意外というか、日本人が忘れている大事な目線を知らせたとも言えるのではないか。

本題に入るが、菅首相の言い出したストレステスト、耐性検査とも言われているが、私には、未だにしっくりこない。上から目線というか、現場目線や生活目線からは、かけ離れた存在にうつる。突然の提案だっただけに、よけいにしっくりこない。内容も複雑で、再稼動の条件にすべきものなのか、疑問がつきまとうからだ。再稼働の問題を巡り、各地で混乱が広がっている要因にもなっている。

政府は先週末、テストの実施計画を策定し、電力各社に実施を指示した。ある知事は「気休め」と切り捨てている。失礼だが、理解を得るどころから再稼動を妨げる要因ともなっている。

確かに、ストレステストは、ホームページなどで勉強する限り一定の意義はあると考える。二重三重の原子炉の安全審査には新たな視点での画期的な審査でもあるように思う。現在、欧州で実施し、チェック方法も、安全向上策の実効性の再確認にもなるとも教わった。

だが、その基本は、設計図や部品の強度データを基に計算し、安全の余裕を見積もる机上のテストなので、欧州では原発の運転と無関係に行われている。

審査上、長期的な安全性の確認のためには有効だが、本来の安全性向上と再稼動の条件と合致できるものか、再稼働の可否を最終判断する仕組みに、組み入れることが妥当か、本来、議論すべき原子力安全委員会の議論が十分でないまま進んでいる。

山本作兵衛の日本で、それほど評価されなかった作品がなぜ、ユネスコで評価されたのか。炭坑の苦しさ、男女が混浴で炭坑の汚れを落とす姿など、素直にさりげなく描く作兵衛、ユネスコ記憶遺産として評価している。ここに大事な目線があると思う。盛夏を迎え、エネルギー確保の大事な目線が失われているように私には感じる。
【2011/07/29】 | ページトップ↑
敦賀病院の黒字化は、次へのステップと受け止めたい。
Date:2011-07-28(Thr)

昨日、夕方、縄間と竹波の県道でワゴン車とダンプカーが正面衝突した。ワゴン車の親子ら4人が死亡する痛ましい事故が発生した。搬送先として重要になるのが市立敦賀病院、国道や高速道路、JRなど交通の結節点だけに、自治体病院の重要性は、地域的にも大事なものだ。

昨年度、6年ぶりに収支が黒字になった市立敦賀病院。2010年度の収支が1億3千万円の黒字。

大きな理由は、まずは、病院の院長、事務局長など、たゆまない努力の賜物でもある。また、診療報酬の改定が大きい。さらに、給食業務を外部委託にしたことや、10年度の患者の平均入院日数が19.8日と前年比0.3日下がって病床の回転率が上がり、目標の19日ことなど、あげられる。ただ、開業医からの紹介率は、10年度は29%で、前年度より0.6ポイント下がったとか。改革の道がまだまだ続く。

いずれにしても、黒字化は、医師、看護師スタッフや事務職員の日頃の成果でもあることは確かだ。今後とも,医師の数が増えれば、患者数の増加、収益につながる。だが、肝心の医師確保の先行きが不透明なまま、地域医療の根本的問題をいわば、迂回するかのような自治体病院改革が全国的にも進んでいる。市立敦賀病院も例外ではない。

ただ、自治体病院は、採算性の論議だけでは守れない。財政改革の先を見据えることが不可欠だ。地域にどんな医療が必要なのか。冒頭の救急医療は欠かせないことは確かだ。

2007年に成立した自治体財政破綻を未然に防ぐための財政健全化法は、病院事業に関する会計も含めた指標を設けた。自治体病院の不良債務は、自治体そのものの生き残りにかかわる。同年、国は「公立病院改革ガイドライン」も策定。自治体に、医療現場の経営改革として数値目標設定と達成を求めた。これに基づき、市立敦賀病院も中期計画をたてて改革に乗り出し成果を出した。

高コストからの脱却をすべて否定するものではない。だが、医師不足の中でのコスト削減ばかりでは、医師や看護師の労働時間の長さや疲弊も招く。けっして敦賀病院も例外ではない。

財政改革がゴールではない。医師確保策とともに、市立敦賀病院の長期的で安定的な維持を考えていかねばならない。冒頭の救急の医療という不採算部門を抱える自治体病院は「地域のライフライン」だからだ。国立福井も同じだ。

難しいが、自治体病院だからこそ、短期的な利益にとらわれず、自治体と一体となって医療・介護・福祉・住宅政策の総合的・長期的な取り組みが、必要と考えている。

高齢社会の中で、冒頭の救急に加え、病院を保健、医療、介護が一体となった地域包括ケアの拠点として維持していくという道がある。そういったこれからの自治体病院の医療のかたちについて、自治体関係者が明確な展望を持つことが必要だろう。急性期医療だけでなく、今後は、長期的な療養型も考える必要がある。議会でも提案した腎透析の充実など、非採算部門だが、高齢化社会では避けて通れない。

自治体病院とはみんなで守り、育てていくものである。議会での批判や要望だけではけっして病院はよくならない。市長、議員は地域が必要とする医療のかたち、中身について具体的に議論し、住民の理解を深めていくべきだ。展望なき病院は医師の目にも、魅力ある病院とは映るまい。明確な展望があればこそ、それが医師確保の布石ともなりうるのではないか。

また、看護師確保の観点で、市立看護学校の大学化など質を高めるという観点では大事な議論だ。議会の大学化の特別委員会の議論も3月、6月と緒についたばかりだ。一般会計の負担が増えるだけに慎重な議論も必要になる。焦る必要はない。財政全般の中での医療の在り方など総合的な議論が必要でもある。また、敦賀病院の黒字化は、地域医療の在り方を考える次へのステップと受け止めたい。


 
【2011/07/28】 | ページトップ↑
一人暮らしの多い敦賀市…
Date:2011-07-27(Wed)

昨日は姉妹都市締結10周年を記念し中国台州市を訪問していた敦賀市訪中親善使節団が帰国した。市役所玄関で出迎えた。本使節団は、堂前議長、塚本副市長のほか、中学生6名、高校生5名、指導者等5名の計18名で構成。21日に敦賀を出発し、台州市で書道をテーマとした交流事業やホームステイをおこなった。

中高生には、いい経験になり、家族のあり方も考えさせられたとか。中国も日本も、どこも家族を大事にすることにはかわりない。

今日の話題は世帯数だ。敦賀市は、世帯数がずっと右方上がりを続けている。1世帯あたり2.4人。福井県平均3.0人、県都福井市でも2.8人と、敦賀市の1世帯の人数の少なさは、県下トップクラスだ。

全国的にみても、総務省が発表した2010年国勢調査の「1%抽出速報」によると、家族類型のうち1人暮らし世帯が初めてトップになった。

敦賀市もそうだが、各種施策は、夫婦と子ども世帯を中心にしたものが多い。今後は、1人暮らし世帯にも配慮した施策が求められてくる。

理由は明確だ。高齢化に伴う死別の増加と、未婚率の高まり。さらに、敦賀市は、原子力発電所に働く作業員の一人世帯の多さも特徴だ。

当然、未婚率の高まりについては、厳しい経済情勢により結婚できないということだけでなく、ライフスタイルや個人の意識の変化があることも確かだ。このことは、不動産会社にその実態を聞くとよく理解ができる。

高齢化、少子化と続く世相、1人暮らし世帯の増加傾向は、今後も続くことは確かだ.特に高齢者の1人暮らしにはさまざまなリスクを伴う。行政もソフト、ハード両面で対策を考えていかなければならない。

敦賀市も 高齢者所在確認事業(徘徊行動のある認知症高齢者の事故防止のため、高齢者の所在を早期に確認する装置の購入等に要した費用の一部の助成)や、

住環境整備事業(住み慣れた家で安心して生活するために、身体の状況から洗面所改造・昇降機の取付等の住宅を改修する必要がある方に、改修費の一部を助成)、ねたきり老人等介護福祉手当支給事業など、施策はあるが、家族がいることを前提とした在宅介護が中心とする施策は行き届いている。

元気な一人暮らしのお年寄りを支援するには、町内会などのコミュニティーを再構築するなど、社会全体で「1人暮らし世帯」をケアしていくことと建前は言えても、難しい課題が多い。

都市部はマンション化進み、中山間地は、急速な高齢化と人口減少と、個別化は今後も進む。高齢化と一人暮らしへの家族構成の変容は著しく、今後さらに進む。

国民年金だけ考えても、社会保障を将来支える世代と受給世代の対比は鮮明である。社会保障制度を持続可能なものにするためには、国全体として、あらためて抜本的な見直しの必要であり、敦賀市も国民健康保険財政の運営も含め、難しさはさらに高まる。少子高齢化、人口減少社会では、財源確保だけでも難しさがある。そのなかでの一人暮らし世帯の多さ、じっくりと社会全体で考える必要がある。
【2011/07/27】 | ページトップ↑
ラジオ体操となでしこJAPAN
Date:2011-07-26(Tue)

早朝、自転車を走らせると、夏休みに入ったちびっこ達が、ラジオ体操に向う姿が目に入った。首からカード下げて会場に向う子供達。夏の風物詩だ。

子供の頃、母親に起こされて、手をひかれて、いやいや参加した。子育て時代は、息子を無理矢理、追い出した。受け継がれる光景だ。

ラジオ体操は子供たちの夏休みの日課であり、日本の夏の風物詩でもある。町内の公園や広場に集まってラジオに合わせて体操し、出席カードにゴム印を押してもらう。途中、何度か、挫折しそうになると、「もうちょっとで皆勤賞だ」と親父にうまく乗せられた。

今はどうだか知らないが、皆勤賞の子は鉛筆やお菓子がもらえた。単純なことに、ゴム印が早起きスタイルの後押しをしていた。

夜は、缶ビールを飲みながらNHKの「なでしこJAPAN 世界一の道」。厳しい状況の中での勝利。

サッカーの日本女子は1994年、Lリーグを創設。当時は世界のトップ選手が集まり、脚光を浴びた。だが、女子日本代表は96年アトランタ五輪のグループリーグで3戦全敗。4年後のシドニー五輪は予選で敗退した。

バブル経済崩壊も重なり、企業をバックに持つチームの解散が相次いだ。人気もダウン、スポンサーが撤退。女子の競技人口が少ない中、この時期にサッカーを愛しながらも第一線から退いた選手は多く、負のスパイラルに陥った。

厳しい環境下、アルバイトで生計を立て、多くの選手が試合に臨んだ。2004年アテネ五輪で8強。08年北京五輪で4位。そして世界制覇。

澤選手の最初は「私の背中を見なさい」と引っ張り、最後は「先輩を後押しした」と変わった。

ラジオ体操となでしこJAPAN、共通項を捜すつもりもない。あるとしたら、あきらめないこと…。

昨日、北朝鮮の拉致問題に関する衆議院の特別委員会の調査が15人の国会議員の参加のもと、小浜市で行われた。これもあきらめない対応が必要なことはあきらかだ。

こんにちは。 トラックバックテーマ担当の加瀬です。今日のテーマは「家族旅行の予定はありますか?」です。皆さん、今年の夏は、どのようにすごされる予定でしょうかもう計画は立てられているのでしょうかステキな夏をエンジョイできると良いですね加瀬は、今年の夏、母と旅行に行ってきます家族みんなで、ではないですが、母の日のお祝いが出来なかったので、母が行きたい所のリクエストに応えて、一泊二日楽しんでくる予定です...
FC2 トラックバックテーマ:「家族旅行の予定はありますか?」


【2011/07/26】 | ページトップ↑
自殺率の高止まり
Date:2011-07-25(Mon)

昨日、朝は第19回敦賀市長杯気比の松原招待サッカー大会の来賓として、ちびっこはもとより関係者の暑いなかでの運営には頭が下がる。昼からは福井市で北陸新幹線建設促進同盟会の総会と、時間が過ぎた。最高気温31度とここ数日、過ごしやすい。前向きに生きることは大事だが目をそらせてはならないこともある。

昨日24日は芥川龍之介の命日「河童忌」である。晩年の小説「河童」にちなんでいる。短い生涯だったが、「羅生門」「鼻」「地獄変」「トロッコ」など多くの作品を書き上げている。高校の授業か、国語の先生に勧められ、重たかったが、一挙に読んだ記憶がある。「河童」は人間社会の揶揄で、精神の内面を描いた作品が多い。

なかでも、晩年の作品は極めて内向きで、特に「歯車」は不安な精神状態を感じさせる。

ところで、昨日、韓国は、戦略性に優れたと書いたが、一方で、韓国の自殺率は経済協力開発機構(OECD)会員国中1位だ。自殺による一日の平均死亡者は42人に達する。2009年の韓国の自殺を原因とした死亡率は10万人当たり28.4人で、2位のハンガリー(19.6人)より大幅に高く、OECDの平均(11.4人)より3倍も高い。

ところが、日本は韓国と同じように世界最高の自殺率を維持してしている。年間の自殺者が3万人を越えて、自殺による死亡率は人口10万人当たり、2010年のデータによると24.0人と韓国を抜いている。それも、高止まりしている。

高い自殺率の背景には、データを見る限り、バブル崩壊後の日本社会が急激な変化、格差社会、勝ち組・負け組といった言葉で表されるストレスの強い社会、最近は、高齢化や貧困化も加わって、高止まりしている。

データ比較をすると、全国平均では、男性が31.6人(平成17年)、女性が10.7人(平成17年)、福井県の場合は、男性の自殺率27.0人は全国平均より低く、女性の自殺率12.0人は全国平均よりも高い。女性の場合、福井は東京(11.2人)よりも高い。理由は定かではないが、いずれにしても男性がストレス社会のなかで弱いという結果が出ている。敦賀市はちなみに21年度データで10万人あたり25.03人と全国平均と変わらない。

隣国、韓国は、競争社会に加え、仲間意識的に、自殺が広がる傾向もあるとか。リトアニアなど、旧ソ連諸国の高自殺率も共産主義が崩壊し、競争主義の市場社会へ移行していく中で、国民が不安定な社会から非常に大きなストレスを受けている為だとも聞いた。

芥川は、発作的自殺ともされるが、作品を読む限り、内面的な精神的な、人の心を描く作品が多い。芥川の自殺現場をたずねたことがあるが、水量こそ少ないが暗い感じをもった。内面的に私の勝手な解釈だが、相当、悩んでいたのではないか。

書きながら、自殺率の高止まり、このことはけっして政治が目をそらせてはいけない現実だ。前を向いて歩くこと、悩みは相談することなど、基本的なことにいきつくが、世相も含め、自殺と向き合うことも忘れてはならない。
【2011/07/25】 | ページトップ↑
戦略の韓国、戦略なき日本のなかの敦賀市は…。
Date:2011-07-24(Sun)

今日も涼しい夏か。東北や関東ばかりでなく、関西の電力が不足する事態に陥ってきた。需要に対し、供給が1.2%足りないという。九州は供給の余力が2.1%あるが、安定的に電気を送るために最低限必要とされる3%を下回っている。やはり不足気味だ。

定期検査を終えた原子力発電所が動かせないのに加え、関西電力の大飯原発1号機と中国電力の三隅火力発電所1号機が停止した。敦賀も原子力発電所が止まり、石炭火力がフル稼働だ。

ただ、24年前の昨日、首都圏の6都県で280万戸が停電した。猛暑でクーラーなどの電力需要が急増し、供給が間に合わなくなった。復旧まで最長4時間。病院の医療機器が使えなくなり、電車も止まった。交差点の信号機も消えてパニックになった。

福島第1原発事故以来、政府の原子力発電所の安全に対する考え方に一貫性がなく、悪くいえば場当たり的な措置が目立つ。ストレステストも、私にいわせれば、浜岡停止要請とも抱き合わせいれば、ここまで批判はなかったであろう。今後、どうなるか、予断を許さないが、利益をあげる企業の生産活動に影響を与え、海外移転に拍車をかけていることは確かだ。

先週、釜山港を視察して率直に感じたことを述べる。場当たり的な対応に右往左往する日本に比べ、韓国のしたたかさと戦略の大きさだ。私が商船大学で船の物流を学んだ70年代後半頃は、確か神戸はアジアでも一位か、二位の取扱量。神戸株式会社とも称され、コンテナ物流にも港の形態を変えようとしていた時期だ。

どこでどうなったか、不思議なほどに韓国の釜山港にコンテナ取扱量は抜かれ今や神戸は2割もない。

港湾行政もさることながら、航空行政も同じく韓国に追い越されて久しい。

企業の勢いも、 高度成長が軌道に乗り始めた1960年から石油ショック後の80年を経て、2000年に至る主要企業の利益率。新日鉄、東レ、トヨタ、日立など各業界横綱企業が右肩下がりのそろい踏みである。

みんなで落ちれば怖くないかもしれないが、お隣の韓国企業の躍進ぶりを目の当たりにすると、日本経済の経年劣化が永年劣後に転落しかねない。

ボリュームの中国、戦略の韓国の挟み撃ちに遭ってアジアの負け組代表になってしまうのではないか。インドやASEAN諸国も成長路線に参入する。最大ライバルの韓国経済は気骨稜々で押してくる。

釜山港の戦略は、今だけをみていない。新しい新港のコンテナ埠頭に、鉄道を引いている。鉄道輸送は、500キロを超えなければ採算が取れないと言われる。釜山港から首都ソウルまで450キロ、鉄道を引く理由がない。

聞くと北朝鮮と合併後の中国やロシア、さらには、その先の欧州まで視野に入れているとか。壮大なる戦略だ。

敦賀港の戦略を聞くと「釜山港を利用しなさい」と一言。東洋紡の製品の神戸港から敦賀港へ変更も、最近にない戦略的成果でもある。拠点港になることは、いまの敦賀港の最大の願望でもあり、発展の弾みにもなる。

40年間、原子力発電所とともに、人口を伸ばし、もんじゅの運転、敦賀3,4号の建設、運転による果実で、骨太の敦賀市と戦略を描いた総合計画。今後、どうなるのか、どうするのか、貧困率の高まり、少子高齢化、人口減少のなかで考える難しさ。どう戦略を描くか、ほんとに難しい。
【2011/07/24】 | ページトップ↑
認定NPO法人
Date:2011-07-23(Sat)

東日本大震災の復旧・復興で活躍している団体は、福井県であれば、県とか、赤十字とか、お役所的発想がまず一番にくるが、数的には、連合などの労働団体やNPO法人の存在は欠かせない。

行政や企業よりも住民目線に近く、ネットワークがあり、フットワークがいい。

その中でも今日、紹介したいのは、今回、目を見張った存在、東日本大震災の被災地支援でも活躍しているNPO法人だ。

寄付に支えられ、さまざまな分野で活動している。全国で認証を受けたNPO法人は約4万3千あるが、7割が財政難といわれる。税制優遇が受けられる「認定NPO法人」となると200台。

福井県内でも認証を受けたNPO法人は250ある。敦賀市内では、11とここ数年、伸び悩んでいる。収支報告などしんどい割には、ーメリットがあまり感じられなかったためだ。その法律が変わった。

言葉は聞きなれないかもしれないが、「認定NPO法人」となると福井県内はゼロだ。NPO法人への税制優遇措置を拡大する税制改正法と、認定NPO法人の要件緩和などを柱とした改正NPO法が成立した。民主党政権で民主党らしい法律改正でもある。マスコミに報じられているが、扱いが小さく、ほとんど知られていない。だが、私の推測では、数年の間に爆発的に増える可能性がある。

ここで、堅苦しくなるが、「認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)」とは、特定非営利活動法人(NPO法人)のうち一定の要件を備えているとして、国税庁長官の「認定」を受けた法人。

認定を受ければ、当該法人へ寄附をした個人や、企業などの団体が納める税金が軽減される仕組みで、いわば寄附を促進する税制(寄附税制)。

認定NPO法人への寄付金は、所得から控除される(寄付金控除)。さらに、認定NPO法人の行う収益事業への法人税も軽減される(みなし寄附金制度)。

また、地方自治体が条例により指定していれば、認定NPO法人への寄付金は住民税から税額控除される仕組みも導入されている。「寄付を100人以上から集めよう」が、認定に向けての合言葉になっている。

私が注目しているのは、この点だ。地方が独自に決められる。基準もなにもない。これまで国がガイドラインを定め、お手本まで示していた基準がない。まさに地方主権の真髄でもある。きっと横並び発想で条例ができ始めるだろう。

認定NPO法人が大幅に増え、活動が質量ともに広がるのではないか。欧米並みの「寄付文化」定着への足掛かりにもなるかもしれない。
【2011/07/23】 | ページトップ↑
長期展望にたった雇用問題
Date:2011-07-22(Fri)

敦賀のハローワークの有効求人倍率が全国的にも高い。しかし、私は、けっして安定的な仕事環境があるとは思っていない。量的な問題よりも質の問題とも言える。ハローワーク敦賀に行けば、よく理解できる。

特に中高年、50代の就職は厳しい。また、気になるなるのが30代。卒業後、これと言って就職先が見つからず、敦賀に帰って来たものや途中、なんらかの理由で敦賀に帰って来たものなど、この世代のアルバイト職員が意外と多い。原子力発電所や舞鶴若狭自動車道、各建設現場、さらには、介護職員など、臨時職のアルバイトは多いのが特徴でもある。

大学卒業後、いくつかのアルバイトを重ね、今日にいたり、結婚を考え正社員の就職を求めても、既卒者対象の正社員求人は実務経験や資格所持が条件となっているケースが多い。ところが、その正職員の求人自体が少ないのが現状だ。

市役所も3分の一が臨時職員となり、正職員には、当然、筆記試験の登竜門がある。これが難しい。

バブル経済崩壊後、企業が進めた非正規雇用拡大や正社員採用抑制が、30代の世代を直撃。2000年代の景気回復の恩恵もあまり受けず、非正規の割合が10%台半ばに高止まりしたまま30歳代に達したとも聞く。全国的にも同じ傾向だが、地方都市の敦賀ではなおさらだ。

70年代前半や80年代前半生まれの前後の世代に比べ、非正規雇用が固定化しているとも言われる。

嶺北なら福井市の県都がある関係上、職業訓練など、対応もとれるが、嶺南地域、敦賀では、生活に追われ、職業訓練を受けながら、就職先を見つけるのが難しいのが現状のようだ。

全国的にも、対策としての訓練履歴などを記したジョブカード制度の活用を挙げているものの、制度は、昨年の事業仕分けで「効果が薄い」としていったん廃止が決まったが、連合の反対で継続となるなど、政府の対応にも、ちぐはぐさが目立ち、地方都市ではなおさらと言ったところではないか。

不安定や低賃金は少子化にも大きな影響を与えている。敦賀市の人口動態のグラフをみると一目瞭然だ。団塊の世代、団塊ジュニア世代と塊があるものの、団塊ジュニア世代の子供世代の膨らみがない。末広がりならぬ末縮み状態が続いている。

さらに、有効求人倍率の高さに象徴される量的な仕事量の良さも、今回の福島の原子力発電所の事故の影響は、まだ敦賀市には波及しているとは言えないものの、いずれ、質的な問題に加え、量的な面で、景気とは違った悪循環が生じる可能性もある。政策的な長期展望も重要と思っている。

公共事業でも、安全安心の観点で、市役所の耐震化補強や見直し検証を進めての駅西整備も含め、長期展望を持ったインフラ整備など、土木建築業が多い敦賀市であり以上、考えておかなければならないのではないか。さらには、福祉部門の人材育成も含めた長期展望も大事になる。

いずれにしても、雇用問題は、産業団地といった短絡的な面だけに限らず、原子力政策の影響など、長期的な展望をもった意識が雇用問題には必要だ。
【2011/07/22】 | ページトップ↑
釜山港のスケールと将来
Date:2011-07-21(Thr)

百聞は一見にしかずだ。結論から申し上げて、悔しいが、「北東アジアのハブ港湾」釜山港は、これから大きなスケールで歴史的な変貌を遂げていくことは確かだ。もはや日本の比ではない。今回の視察は、敦賀港の対手先の釜山港のスケールと将来を、その現実を見せつけられたの想いだ。それほど、釜山港はダイナミックだ。

昨日は、釜山駅近くにあるBPA(busan port authority釜山港公社)を訪問した。副社長が迎えてくれた。昨日、学んだことを歴史を振り返りながら、整理すると、

釜山港は、韓国釜山市にあり、開港後130年以上の歴史を有する国際的な商業港湾。2010年のコンテナ取扱量は1,400万TEU(TEU:長さ約6メートルのコンテナ基準)を超え、韓国の輸出入コンテナ取扱量の約4分の3を占めており、世界第5位のコンテナ港湾として北東アジアの物流において確固たる地位を築いている。

一方、港湾施設の老朽化や貨物処理能力不足などの問題に対処するため、既存の釜山港とは別に、1996年に国家事業として釜山新港の造成工事が開始。これまでに約12兆ウォン(約8,600億円)の大規模な投資が行われており、2006年には一部のターミナルが開港。2015年の完工の予定。インフラ整備には、目をみはる。

なかでも、釜山新港開発は目をみはる。

国際競争力のある付加価値の高い物流サービスを提供するためには、新たに物流施設を建設する敷地を確保する必要があることから、新たに釜山新港を開発し、既存港から物流機能の移転を進めている。

釜山新港は、既存港(北港)の西側約25キロメートルに位置する加徳島(釜山市江西区)周辺に位置しており、2006年にターミナル6ヶ所が稼動を開始し、現在は18ヶ所が稼動中で、コンテナ処理能力は年間約600万TEUに達している。2015年の完工後は、コンテナターミナル29ヶ所、多目的埠頭1ヶ所が運営され、コンテナ取扱量は年間1,085万TEUに達する予定。大型コンテナ船30隻が自由に接岸でき、コンテナターミナルに自動荷受システムを備えた最先端の港湾が完成予定。

釜山新港周辺の貨物輸送網の整備も進む。

近隣の高速道路ICへアクセスする後背道路(3路線)が建設中であり、後背鉄道については、「釜山新港後背鉄道」(総距離:約40キロメートル、総工費:1兆785億ウォン(約800億円)、工期:約7年間)の名称で開通し、将来の中国、ロシア、はては欧州まで鉄道で結ぼうとの壮大なもくろみも感じられた。

また、後背地の産業団地である「釜山・鎮海経済自由区域」の造成工事も順調に進捗。

主に先端産業・物流・観光・専門教育・医療等の業種を対象に、低廉な賃貸料の設定や各種税制上の優遇などを用意して、企業誘致が日本でも活発化している。

釜山港の立地条件の良さ。

取扱貨物のうち積替貨物(トランシップ)の比重が高いことです。世界第3位の積替貨物港湾であり、中国や北米市場を結ぶ海上輸送航路上に位置していることから、物流拠点としての立地条件は優れている。本来であれば、神戸、横浜、東京もその位置にあるが、もはや設備容量で格段の差がある。昨日、手遅れと述べたが、港湾行政の誤りは、どうやっても取り戻すことができない。

釜山新港の港湾内の物流センターは、一括管理システムを導入した保税倉庫を完備しており、在庫管理の一元化が図られ、最新の自動認識システムの導入により、貨物の移動状況をリアルタイムで管理することも可能。

また、自由貿易区域内にあることから税制上の優遇措置や通関手続きの簡素化などの相乗効果もあり、釜山新港へ寄港を集中させることにより、運送料軽減の効果もある。

具体的な日本企業の利用事例としては、大手総合商社の出資会社が、韓国の物流拠点として釜山新港に保税倉庫を保有しており、同グループの多くの商品が保管されている。

保税倉庫に世界各地からの輸入商品を集約し、検品や分類作業を経て日本の最寄港に揚陸するなど、後背地の産業団地に物流センターを建設し、自由貿易区域の関税免除のメリットを享受するため簡単な加工作業を経て日本の各港へ輸出したり、新潟県・富山県から自動車(中古車含む)を輸入し、ロシアや中央アジアに輸出するといった輸送形態もみられる。将来を読んだシナリオは、目をみはる。

釜山新港の設備利用のメリットは大きい。

港湾施設の賃貸料や人件費、各種税金の減免措置などのメリットを享受できることから、物流コストの大幅な削減が見込まれる。なかでも、世界有数の海運会社(Maersk、APL等)の入居に伴い、物流量が急増しており、将来的には様々な集積メリットが働くのではないか。
敦賀港との相手というより発展を考えるならば、どうこれを利用するか、福井県の連絡事務所など、釜山新港の発展を利用する積極策も必要ではないか。

釜山新港の開港後、既存港の貨物取扱量は徐々に減少してきており、2~3年後には釜山新港での貨物取扱量が既存港を上回ると予測されています。既存港の専用コンテナターミナルなどは残しながら、物流機能は段階的に釜山新港にウェイトを高めていく予定。

今後は、旅客ターミナルと釜山駅の交通アクセスを強め、「横浜みなとみらい地区」をモデルにこれから10年を掛けてショッピンセンター・複合高層ビル・公園などを整備していく計画があり、海洋観光・国際ビジネス機能を高めた複合地区を目指して再開発事業が進められている。説明を聞きながら、スケールの大きさと将来の発展性を実感した。

このように釜山港は、物流機能を新たな拠点である釜山新港に徐々にシフトしていく一方、既存港にて、国際ターミナルとしての都市整備を進めている。

BPAの船から釜山港を海から眺めた。コンテナヤードの動きなど、もはや日本の比ではない。繰り返しになるが、どうこの凄さを敦賀港が利用するか、それに尽きる。
【2011/07/21】 | ページトップ↑
釜山港視察
Date:2011-07-19(Wed)

昨日は朝から忙しかった。福岡から釜山へのフェリーが欠航したため、飛行機に変更。なんとか釜山へ。昼から興亜海運とパンスターラインの海運会社を訪問。

いずれも敦賀港と定期航路を持つ会社だ。コンテナ船はもとより、RORO船と海外貿易の重要な相手先だ。ここ1年の取扱量の伸びもこの会社におうところが大きい。 

現在、敦賀港は、定期コンテナ船は韓国(釜山)航路が週2便、更に2010年RORO船での韓国(釜山)航路が週2便就航、合計週4便に航路が拡充し、その主役が釜山港だ。

海運会社だけに、商売の厳しさを語っていた。燃料費の高止まり、円高による荷役費用の支払いなど、航路維持だけでも大変だとも述べていた。

興亜海運からは、24時間港、荷物量の確保、そして、補助金の復活を要請された。パンスターラインからは、東海市ーウラジオストックと敦賀港を結ぶ提案をするDBSクルーズを批判し、今、敦賀港の関心は高まっており、中京、阪神へのアクセス道路の改善や福井県の敦賀港に対する姿勢に改善などがあれば、もっと発展の余地はあるとも指摘を受けた。

ここで釜山港を紹介すると、コンテナの取扱量が年間1200万TEU(2006年基準)で世界第5位の港湾で、近隣諸国の主要港湾を結ぶ北東アジアのハブ港として機能。地理的に欧州と北米を結ぶ主要航路上に位置していることから、両地域間を航海する船舶は船路を変更せずに釜山港を利用することができ、なによりも需要が伸びる東アジアの拠点港と位置づけは、もはや日本の相手ではない.。日本はお客さんに過ぎない。


また、国際競争力を強化すべく、2015年まで30バースを備えた釜山新港を完工する計画。

総91億5000万米ドルが投じられる同工事が完工されると、釜山新港は年間804万TEUを処理できる。また、22列の先端ツインリフトと最新システムが導入され、世界最高水準の港湾となる。

釜山新港の北側の物流団地もあり、外国人投資家は新港と流通団地に投資することができる。昨日は、この投資まで提案された。

70年代後半に私は、海運事情を大学で学んだが、この頃は日本もまだ日本はアジアの中心的な存在であった。しかし,80年代、90年代と急速にその地位を釜山港、上海港、シンガポール港へと明け渡していった。背景には、当時の運輸省など港湾行政の大きな誤りがあったことは事実だ。福井県が取扱量も格段に違う敦賀港ではなく福井新港に多額の経費を投入したこと同じだ。

パンスターラインは「もはや日本は手遅れ」ともはっきりと語った。

これは余談だが、はでしこJAPANの沢選手が、かつて、米国のプロリーグで鍛え、学んだことは、「自分の考えをはっきり言うこと」とか。昨日のパンスターの役員は、韓国人らしく、はっきりとものいってくれた。1時間の予定が30分もオバーした。

沢選手に戻すが、彼女曰く「激しく言い合ってこそ絆は強まる」。チームの主将沢選手が座右の銘を明かしている。「夢は見るものではなく、かなえるもの」。

今、敦賀港に何か戦略があるだろうか。パンスターの役員からは国の拠点港の地位を得ても「何が得られますか」と鋭い質問が飛び込んで来た。彼曰く「国内だけを見ていてはダメだ。世界を見ない」と。

釜山港には日本の各県は連絡事務所を置き、情報収集や観光宣伝など、もはや極東アジアの中心は釜山港。福井県の県知事や職員の顔はほとんど見たことがないとの指摘だ。日頃の努力なしではけっして実らないとの指摘でもあった。

大輪の花を咲かせたなでしこには、80年代から壁にぶつかり、試合に負けて、悔し涙を流した。それも、世界を見ての結果だった。試練を乗り越え、かれんななでしこはたくましさを増した。

日本の海運は、80年代から戦略を誤りが、国内ばかりに目がむき、もはや手遅れとなった。しかし、それでも活路はまだまだあるはず。それには港湾整備も大事だが、日頃の情報収集や戦略が必要とも感じた。
【2011/07/20】 | ページトップ↑
2012年を敦賀の転機にしたいが…。
Date:2011-07-19(Tue)

JR敦賀駅前に長浜ー敦賀間鉄道130周年の旗がたなびく。大和田荘七翁に関わる出来事が来年、2012年には重なる。長浜ー敦賀間鉄道130周年。ウラジオストックー敦賀間定期航路開設110周年。欧亜国際列車開設100周年。戦前の繁栄、元気な頃の敦賀を顧みることも大事ではないか。

元気を取り戻すという視点で、着目しているのがイギリス、イングランド北西部の街、リバプール。ビートルズ誕生の地として名高い。が、第二次世界大戦時にドイツ軍のはげしい爆撃にさらされ、1940年代後半、綿貿易と繊維産業は急速に衰退した。さらに、1950年代以降イギリス全体が長期の不況に陥るのと並行して急速に斜陽化し、次第にその地位を低下させていった。どことなく戦後の敦賀と似ていないか。

私もこの街に30年ほど前に訪れている。規模的には違うが、敦賀と境遇も街の雰囲気もどことなく似ていた。私が訪れた70年代後半からさかのぼること10年前、60~70年代には大規模なスラム浄化と再建計画がはじまり、港町でありながら,産業と観光で生きている。現在は港湾部の各種施設やビートルズゆかりの建物などを利用した観光に力を入れている。

まちづくりには、人が関わり,その時その時の環境に応じて,街を変えて行く
努力が必要だ。言葉は悪いが,利用するものは、利用する。近年であっても敬うものは敬う。70年代の中ごろ、リバプール市議会は、リバプールの街の中心部にビートルズの銅像を建てることを決議した。そこから、まちづくりの方向が定まった。ビートルズゆかりの「キャンヴァーン・クラブ」をはじめ、観光地を整備した。

敦賀市は、戦争により全国有数の港町の地位から、北海道貿易や火力発電の石炭などなんとか取扱量で全国四十数位を維持しているものの、港湾だけではなく、東洋紡を中心とする産業、原子力発電所、そして、最近は大学,研究所と言った総合的なまちづくりが現在も続けられているが、道半ばだ。

気になるのは、企業、市民、自治体にまちづくりの一体感が感じられないことだ。他力本願的な要素が強く、それぞれがバラバラに動き、足し算ではいいのだが、かけ算的な発展性が感じられないのだ。そして、このたびの福島の原子力発電の事故は、今後の敦賀に大きな影を落としている。推進エンジンの存在がどうなるのか、難しい局面だけに、自ら構築する気概がほしい。

ビートルズが解散直前の1969年に発表したアルバム「アビイ・ロード」は、ロック史上不朽の名作。ジャケットのメンバー4人が一列に並び横断歩道を渡る。英国政府は、ロンドンにあるこの「世界一有名な横断歩道」を歴史遺産に指定すると発表した。その理屈が、「文化的、歴史的重要性を考慮した」と説明したという。建物以外の指定は異例だ。

大和田荘七翁の名は、北海道にある。JR大和田駅。敦賀には、大和田銀行の建物は残るが、名前は「敦賀市立博物館」だ。なにかを象徴している。戦前の繁栄の基盤は何か、後6ヶ月で2012年を迎える。元気をなくしつつある敦賀に活力を与える転機としたいが…。

今、九州の福岡市に来ている。釜山港の視察のためだ。心掛けが悪いのか、フェリーは台風の影響で欠航が決定。飛行機を予約したがこれもどうか。
【2011/07/19】 | ページトップ↑
勝利の喜び
Date:2011-07-18(Mon)

昨日は、敦賀港カッターレースで暑い、熱い日を過ごした。市議会有志チームが二部だが優勝してしまった。16年も続いたカッターレースも一区切りをつけた。

レースは競り合うほど、最後は不思議な力が盛り上がる。8名のクルーがひとつになる瞬間でもある。自分でも盛り上がる感覚は、いつの時も楽しい。商船大学で授業で、寮対抗と時を超えての感覚がよみがえる。

書きながらも、なでしこジャパンの活躍で手がとまる。PK戦、これも冷静に日本が決めた。これこそ快挙だ。日本にどれだけの元気を与えるか。勝つという感覚は、後々まで、残るからいい。

昔話で恐縮だが、昭和30年代、近所のガキ大将を中心に夏の暑い中、草野球に興じ、隣街のチームにさよなら勝をした感覚が、よみがえる。

昭和30年代は好景気が続いた。四国の田舎でも、年々、豊かになる感覚はよかった。なによりもテレビが我が家にきた時はいまでも覚えている。東京オリンピックの聖火も四国に来た。これにも感動した。

東京タワーが完成したのは33年。テレビではプロレスは力道山、プロ野球はON時代。クレージーキャッツがお茶の間の笑いを誘った。39年に新幹線東京―大阪間が完成し、東京オリンピックが開催された。日本中が希望にあふれ、元気な時代だったと思う。四国の田舎も元気があふれていた。

昭和40年代には、国民総生産が世界2位になり、経済大国と呼ばれた。「三種の神器」(洗濯機、白黒テレビ、冷蔵庫)で家庭電化時代が幕を開け、「3C」(自家用車、カラーテレビ、クーラー)時代へと移り変わる。

団塊の世代、私もそのあとの世代だが、物の発達が著しかった時代。ラジオは真空管からトランジスタに変わって小型化し、テープレコーダーはラジカセに。ステレオも進化し、ウオークマンとめざましかった。

映画にもなったが、西岸良平の漫画『三丁目の夕日』もときたま読むと、あの頃の気分が伝わってくる。大人も子供もなぜか、元気があった頃、だけではない何かが、あるように思う。

郷愁を感じ、ふりかえるのは、あまり好きでもないが、閉塞感があまりにもあり過ぎる「現代」「今」を見つめ直すと、昭和30年代の家族や子供の遊び方も、何か、これからの生きる上で、ヒントがつまっているように思う。

話をもどすが、なでしこジャパンの勝利は、苦しんで耐えながらの勝利、世界一は、勇気を与えたことは、確かだ。

敦賀港カッターレースを企画、運営した海洋少年団も今年で60周年、海のある敦賀港、港町、敦賀の象徴でもある。海の厳しさ、自然を体感するには、カッターは、基本でもある。これにもドラマがある。

だらだら書き進めているが、感覚的なこと、勝利の感覚、進歩する感覚、その中の家族、仲間、いま大事なこと、感動しながら「今」を考えたい。
【2011/07/18】 | ページトップ↑
ひたむきに生きることの素晴らしさ
Date:2011-07-17(Sun)

昔、学校の先生という職業は「聖職」だった。怖かった。ところが、「今の子どもたちは違う」。「そんな考え方は甘い」といった批判があることも、もちろん承知している。自覚と誇りを失った教師と生徒のトラブルが全国で起きている。子どもも親も多様化し、学校には課題が山積している。迷い、悩む時代だからこそ、自分の心を見つめ、子どもの心と向き合う。教育の原点を大切にしたい。市内の中学校の悩むことは忍びないが、これが現在の風潮だ。ぜひ先生方に頑張ってもらいたい。

ところで、大関魁皇、38歳。初土俵から24年。土俵への敬意を忘れず努力を重ねた長い歳月が、大相撲の史上最多勝記録を引き寄せた。今場所5日目、元横綱千代の富士の記録を抜き、通算1046勝の新記録をうち立てた。度重なる大けがで13度も大関カド番を迎えながら、不屈の闘志で乗り越えてきた。

それほどの偉丈夫が、偉業達成の瞬間には、ただ、かすかに、はにかんだような笑みを浮かべただけというのも、ほほ笑ましい。ひたむきに生きることの素晴らしさが、相撲道にある。これも文部科学省所管だ。

「いぶし銀」とも言うべき輝きが感じられる。プロ野球では、野村、江夏など浮かぶ。私には、連続試合出場最多記録が今でも思い出される。

これらは、本物のプロ選手だ。人気かどうかは別にして、与謝野馨経済財政担当相が、今の豊かさを維持していくには「原子力発電は必要だ」という趣旨の発言を繰り返している。菅内閣の一員にあるにも関わず、正論を常に私は語っていると思っている。消費税や社会保障など政策通であり、元原電社員で、原子力発電にも明るい。推測だが、今期で、職は辞すだろうが、将来の税制に言及するために参加した閣僚も珍しい。最後の仕事を仕上げた。

大半の方、菅内閣と同様、批判されようが、このことについてはある一定の評価を与えてもいいのではないか。それほど、画期的なことだったのだが・・・・・・・。
【2011/07/17】 | ページトップ↑
菅政権が、敦賀に実害を与えるなら…
Date:2011-07-16(Sat)

昨日は、高木義明文部科学相の高速増殖原型炉「もんじゅ」の開発中止を含めて検討するとの印象を与えた問題は、敦賀市にとって由々しき発言だ。けっして中止とは言ってなくても問題発言だ。

高木氏は15日夕、記者会見を開き、「びっくりしている。中止とは一言も言っていない」と火消しの記者会見をしたとか。それにしてもマスコミもいま最大の関心事だけに、引っかけ質問も飛び出す。あまりにも閣僚の発言が軽すぎる。

菅首相の「脱原発」発言など、首相に振り回されている。原子力発電ともんじゅは、敦賀市の将来を左右する大きなプロジェクトだけに、目を離せない日々が続く。

空疎な国会論議、牛肉の放射能汚染、熱中症の心配、さらには節電が、みじかな課題となっただけに敦賀市にとっても目が離せない。安全性もさることながら、雇用、経済など街の将来がかかった課題であることは確かだ。

そんな中で、なでしこJAPANの活躍は勇気を与える。世界の頂点に立てそうな勢いがある。楽しみだ。東日本大震災の復興への取り組みは遅れている。被災地のために、いま政府や与野党がしなければならないことは何なのか。なでしこの快進撃が教えている。

高木氏は午前の会見で、もんじゅについて、東京電力福島第一原発の事故を踏まえ「エネルギー政策の見直しの中で方向性を出すことになる」と述べ、高木氏は2回目の会見で「もんじゅは、これからのエネルギー政策の全体的な中で議論されること。それについて予断を持つものではない」など、まだまだ、予断を許せない発言が続いている。

東京の文部科学省と立地する敦賀市との想いの違いも肌で感じている。いま大事なことは何か、違う話ばかりが先行して、菅政権が、敦賀に実害を与えるようであれば、それはそれで考えなければならない。
【2011/07/16】 | ページトップ↑
市民後見人
Date:2011-07-15(Fri)

「梅雨明十日」と昔、母がよく言っていた。よくもこれだけの晴の猛暑がよく続くものだ。一昨日夜は、お寺の住職が変わったため、今後の運営を打ち合わせ。泊まって、昨日、早朝、金沢の寺町から始めた。金沢のお盆は新盆。手を合わせて家族の無事を報告。

金沢と敦賀間は1時間半もかからない。しらさぎ、サンダーバードがあるため、朝の時間帯は何本もある。勝手な想いだが新幹線は、金沢までとも思ってしまう。戻って嶺南広域行政組合議会。嶺南の首長がそろい、議長、副議長を決めた。

私ごとで恐縮だが、父、母ともに、最後は認知症に悩まされた。家族でどう受け入れるか、「こんなはずが…」の連続でもあった。

女房の父も認知症で、2000年4月に始まった介護保険制度にはずいぶんとお世話になった。関心があったのは、認知症や知的障害、精神障害などで判断能力が不十分な人を法的に支援する成年後見制度。

介護保険と同時に「車の両輪」として導入されたが、当時から、普及が進んでいるとはいえないのが実態だ。国全体で、認知症高齢者だけでも200万人を超えているのに、制度を利用したのはこれまでで約20万件にすぎない。

原因の一つが制度の難しさもあるが、後見人のなり手不足。後見人は家庭裁判所に申し立てて選任されるが、通常は配偶者や子どもらの親族が多く、全体の約6割を占める。敦賀市は約2000名の要介護者の約7割が家庭でおられる。認知症の方もほぼ同じ割合で家族とともに、自宅での療養と考えられる。

だが、その割合は徐々に低下している。高齢化の進展で、身寄りのない高齢者が増えているからだ。その場合は市町村長が申し立て、司法書士など第三者が後見人になる。

実際、市町村長の申し立ては年々増加し、昨年は約3100件、全体の1割を超えた。だが、どの地域でも後見人になる人を確保できるわけではない。

そこで、厚生労働省は市民後見人の養成を市町村の努力義務とした。認知症や知的障害もしくは精神障害などで判断能力が不十分な人でも、住み慣れた地域で安心して暮らすことができるよう、成年後見制度に関心がある方や地域における社会貢献活動としての市民後見人に興味がある方を対象として、福井県は、一昨年度、市民後見人養成講座を開設した。受講者はごくわずかだ。

市民後見人とは、親族後見人と専門職後見人(弁護士、司法書士、社会福祉士など)の間に位置するものとして、成年後見制度全般についての正しい知識を持ち、社会貢献活動として、地域の中でアドバイスや後見活動を行う人。個人のプライバシーに踏み込むために、現実的にはそうとう、難しい。が、一人住まいが増えつつある敦賀市では考えておかなければならない制度だ。

後見人は財産の管理やさまざまな契約を本人に代わって行う。いったん交わした契約を取り消す権利もあるため、悪質商法の被害からも守ることができる。地域での支え合いを強めるためにも、市民後見人として、敦賀市も人口の一番多いのは60歳の団塊の世代だけに、どう関わり合うのか、まだ、この課題は、著についたばかりだ。私も勉強してみたい。
【2011/07/15】 | ページトップ↑
首相の脱原発政策には反対である。
Date:2011-07-14(Thr)

昨日の朝日新聞の社説といい、管首相の脱原発の記者会見。原子力発電をこれまで国策として協力し、生活、雇用の基盤ともなっている敦賀市にとって到底受け入れられる政策ではない。

なによりも、原発からの脱却ばかりが、先行し、じっくりとした議論がないまま、脱原発が、進展する風潮を危惧している。また、今回の記者会見は民主党内の議論もなければ内閣の議論もない首相の独自判断のようだ。首相には、福島第一原発の事故に伴う国民の不安に乗じ、脱原発を唱えることで、政権延命を図ることを目的に、場当たり的言動が、多くの混乱を引き起こしている。

昨日の暑さなど、地球環境問題の深刻さや電力不足が予想される中で、脱原子力発電の掛け声だけでは、無責任極まない。

日本のエネルギー政策を大転換のはずだが、緊張感がない。退陣を表明した首相に語る言葉の重みがない。なによりも、原発をどのように減らしていくのか道筋が明確ではない。ここが一番大事な論点だ。

首相は、太陽光や風力などの自然エネルギーを「ポスト原発」の有力候補と考えているが、現実は難しい。私も自然エネルギーの普及は促進すべきとの考えだが、現時点では総電力の1%にとどまり、発電量は天候などで変動する。コストも高い、どう進めるか、まだまだ議論を重ねなければならない。あまりにも唐突だ。

私は、新エネが、量と価格の両面で難題を抱えており、近い将来、原発に代わる基幹電力の役割を担えるとは、けっして思えない。火力発電で急場をしのげても、燃料費がかさんで電力料金が上がれば、産業の競争力低下を招く。工場の海外移転による空洞化も加速して、日本経済は窮地に立たされかねない。暑さが続く地球環境問題にどう対応するのか、技術的課題の克服の道筋も明らかではない。

当然、原子力発電を生活の基盤ともしてきた敦賀市にとって、由々しき政策の大転換である。黙って見過ごすことはできない。

当面、原子力発電の安全性確保や自然エネルギーの増加という政策だけであれば、私も賛成だが、ここまで脱原発を語る首相にはついてはいけない。この首相に日本の明日を語る資格はない。

【2011/07/14】 | ページトップ↑
「人のお世話にならぬよう、 人のお世話をするように そして、報いを求めぬよう」(後藤新平)」
Date:2011-07-13(Wed)

名勝「気比の松原」の入口、松原小学校前横に「松原公園」と書かれた石碑が立つ。後藤新平の書とある。大正9年11月と書かれている。ここは、かつては、水族館や小さな動物園もあったとか。公園にふさわしい場所だったのではないか。

調べると、翌12月に東京市長(現・東京都知事)に就任する直前で、前々年に外務大臣を退いてからしばらく政界を離れていた時期のようだ。

後藤は、明治中期から昭和にかけて東京市長や内務大臣などを歴任し、都市政策などで数々の功績を残した政治家でもある。公園を大事にし、東京は、皇居をはじめ意外にも緑が残る。

関東大震災の直後、内務大臣兼帝都復興院総裁として震災復興計画をまとめたのが後藤新平。今、注目されている人間だ。大規模な区画整理と幹線道路の整備などを計画に盛り込み、必要な予算を13億円と見込んだ。

当時の国の予算の約1年分に匹敵する規模だったため、後藤は「大風呂敷」と揶揄され、実際に予算化されたのは4割強にとどまる。それでも実行に移された復興事業は、今日の東京の基礎を築いたとされる。

調べると、またまたおもしろいのが、大震災の翌年、1925(大正14)年3月、日本初のラジオの仮放送が開始された日に、東京放送局の総裁として、あいさつが電波で流れ、その年の昨日、7月12日、86年前、本放送が始まった。その後、大阪、名古屋に誕生した放送局と合併して、26年に日本放送協会(現在のNHK)に再編され、ラジオは一気に全国へと普及していった。

後藤はラジオ放送の父でもある。大震災の教訓から、信頼される情報を伝えれば、不要な混乱を防ぎ、庶民の暮らしや社会にも大きな価値を与えると、時代にそくして機敏に対応している。

以前に、後藤の名言で「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。
仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。
よく覚えておけ!」を紹介したが、

もうひとつ名言で

「人のお世話にならぬよう、
人のお世話をするように
そして、報いを求めぬよう」

を後藤のようにはなれないが、かみしめたい名言だ。

東日本大震災の余震が残る現場で、ボランティア活動で注意しなければならないのが、地震からくる津波。陸前高田市のボランティアで指示を受けたのが、ラジオ情報。常にスイッチONでがれき撤去にあたった。

ラジオは、携帯に便利な上、停電でも電池さえあれば情報を入手できる。敦賀市配給の防災ラジオは、寝床に置いている。5月の笙の川の洪水警報で夜12時前に一度だけ緊急放送が流れた。テレビもいいが、ラジオも見直されている。

後藤新平がどういう由縁で揮毫したか、「松原公園」の石碑と後藤の経緯を私は知らない。調べてご報告したい。
【2011/07/13】 | ページトップ↑
ぶれないトップリーダーとぶれるトップ
Date:2011-07-12(Tue)

昨夜は、労働団体のひとつである「ゆうあい倶楽部」の市長と語る会。毎年1回、昨日は17回目。会を増すごとに充実しているのではないか。事前に集めた質問13項目。市役所各部各課から回答が市長の手元にある。

議会での答弁でも各部からの答弁書と同じだ。ただ16年の実績か、原稿をみずして答えることも多い。特に原子力発電に関しては自分の言葉で語ることが多くなった。

昨夜は、原子力発電、新幹線から今、話題になっている中学校の問題まで、質問が及び、わずか1時間半だが充実した時間でなかったか。

トップリーダーで考えさせられるのは、菅首相ではないが、災害時、非常時、トップのあり方だ。私には、ボランティアで訪れた岩手県陸前高田市の惨状が脳裏から、離れない。2千名を超える死亡者と行方不明者を出している。

陸前高田の戸羽太市長の振る舞いもリーダーのあり方でもある。余談だが、4月の初め頃、妻・久美さんが遺体で見つかった。災害対策に追われ、妻を捜せずにいた戸羽市長は、警察官から知らされた。公務のためすぐに安置所に行けず、対面できたのは数時間後。 「ごめんな」と何度も声をかけたという。自宅にいた久美さんは、避難するために近所で声をかけ合っていたところを津波に流されたという。

市長は、震災翌日以降、災害対策本部が置かれた市の学校給食センターで寝泊まりしながら、 住民の安否確認や救援物資、燃料の確保などに追われてきた。災害時の自治体の最高責任者の役割は法律上も大きい。その適格性と迅速性が問われる。見事に役割を果たしている。修羅場のリーダーの役割は大きいと同時にぶれてはならないことだ。

政府の統一見解なるものを昨日の昼のニュースで知ったが、これで原子力発電所の再稼働問題を巡る混乱を収拾できるのか、懸念を拭えない。

定期検査中の原発は、各電力会社が再稼働に向けた1次評価を行う。大きな地震や津波など過酷な条件を想定し、どこまで耐えられるかを確認するものいう。

見解にはあいまいな点が多く、問題が少なくない。

 一つは、テストの中身を具体的に示さないまま、再稼働の新たな条件としたことだ。

 テストでは、コンピューター上の模擬計算で緊急時の原発の状態を推定するという。欧州のテストは、原発を運転したまま実施しており、原発の再稼働問題とは結びつけていない。経験上、原子力発電の機械や配管は、温度が上がり、これこそ、ストレスがかかって正常に動くかどうか判断できる。私のストレステストのイメージは、そんなところだ。

政府は再稼働の追加条件とした根拠をきちんと説明すべきだ。運転中の原発も、今後次々と定期検査に入り、停止する。このままでは電力不足が深刻化する。それに責任の所在だ。

法律上は、保安院に責任があるが、統一見解は、原子力安全委員会にも判断への関与を求めている。原子力安全委員会の性格上、個々の原子力発電所の判定がなじむのか疑問だ。陸前高田市長のぶれない対応とは違って、これほどぶれまわる政府の対応にはいまだ疑問を感じる。そもそも、統一見解は、原発立地自治体に対する説得材料としてまとめられたものだ。安全の本質は安心とは相入れないところあると思っている。判断基準のぶれは、まだまだ不安要因だ。
【2011/07/12】 | ページトップ↑
介護と医療の充実には
Date:2011-07-11(Mon)

物事は見方によって様相が異なってくる。それぞれに視座を変えれば、住めば都だが…。例えば大都市と地方。商業施設の集積といった「便利さ」が尺度なら大都市に軍配が上がるが、豊かな自然など「住み心地」で測れば地方が優位に立つ。

福井市と敦賀市、東京や名古屋、京都との近さは敦賀に軍配が上がるが、医療機関となると、どうしても福井だ。福祉施設ではどうか、ただ、数ではないと思っている。医療と介護施設の充実は、今後の大事な視点でもあり、「住み心地」の重要な要素となる。

現在、敦賀市内に、介護保険施設で特別養護老人ホームが4カ所、介護老人保健施設が4カ所、介護療養型医療施設が1カ所、グループホームが7カ所の入所施設がある。

入所者数は、約650名、要介護認定者2000人。約3割が施設に入所している。

高齢者人口の増加に合わせて、特別養護老人ホームやグループホームなど、増やして対応することが大事になる。ハード面も大事だが介護スタッフの充実は、もちろん、介護保険財政の健全化など、ソフト面の充実も大事になる。

第5期の介護保険事業計画で、そのあり方が策定される。

ところで、私が、病院事情を比較する上で、舞鶴市の動向に着目している。新聞情報によると、舞鶴市の医療法人医誠会東舞鶴病院が、新築、移転する。新病院は255床で、うち約100床は今後需要が高まる認知症治療に特化する。介護老人保健施設(入所定員150人)も併設する。

介護老人施設を併設することで。厨房や事務部門の集約化を図る。またスタッフの福利厚生の一環として院内保育所を敷地内に建設するとか。

同病院は、市立敦賀病院の332床、国立病院機構 福井の320床と小さいがほぼ同規模で、150人の介護老人保健施設を併設し、認知症治療に特化することに特色がある。

舞鶴市は、軍港として栄え病院も公立4病院と10万人都市としては、比較的恵まれた環境にあった。しかし、近年、医師不足、病院の老朽化などにより、そのあり方が問われている。その中での、病院のひとつの生き方でもある。

舞鶴共済病院の循環器系の新病棟(50床)の建設に続き、国立舞鶴医療センターも精神科の新病棟(155床)の建設を進めており、京都北部医療圏を考えた上で、病院が得意分野を強化していく傾向を強めている。ただ、ハード面の整備はいいとしても、医師確保というソフト面での整備が最大の課題であることは、今も続いている。

市立敦賀病院も、医師確保ができれば療養型病棟を入れたいとしている。ハード面も大事だが、ソフト面の充実がなによりと思っている。医療と介護の充実は、高齢化が進展する中にあって、大事な課題だ。小児科、産科の医師確保、看護師確保、介護福祉士など、将来展望と地域情勢をしっかりと把握してことも大事だ。


【2011/07/11】 | ページトップ↑
夏が来れば思い出す♬
Date:2011-07-10(Sun)

昨日で梅雨が開けた。暑い夏の到来だ。昨日は早朝から、ある相談を受け、11時から、カーターの練習。30代、40代の議員チーム、17日は、どんな結果がでるか楽しみだ。

昼は、社会を明るくする運動」での挨拶。喫茶で会合、夕方、自転車で沓見、粟野と田園風景を楽しんだ。夜は、女子会ならぬ男子会と称するメンバーの飲み会。飲み過ぎか、朝からの疲れか、夏のけだるさはいい。

この時期、思い出すのは、海水浴。今日は敦賀の海開きの日。松原で息子二人とはしゃいだ写真が残る。夏の思い出は、時間を超えて思い出すからいい。

「夏がくれば思い出す♬…」の唱歌「夏の思い出」に歌われる尾瀬は、ミズバショウの季節が終わり、代わってニッコウキスゲの黄色の花が湿原を彩り始めるころだ。群馬、福島、新潟、栃木の4県にまたがる尾瀬だが、日光国立公園から分離、独立して尾瀬国立公園となったのは4年前。標高1400メートルほどにある高層湿原、尾瀬の独立には、自然保護への強い決意が込められている。

一年で尾瀬を楽しめるのは、ミズバショウが咲く5月下旬から湿原が草紅葉に変わる10月下旬までの短いシーズンだ。環境省のホームページによると、昨年度は約35万人が訪れた。その広大な尾瀬国立公園の約4割は東京電力の私有地として知られる。

かつて、敦賀の中池見を管理していた会社が、尾瀬を訪れたことがある。ここからは推察だが、真剣に中池見のガス基地誘致から自ら自然保全を考えていたのではないか。ただ、維持管理には金がかかる。東電も木道の整備や山小屋の管理など数億の管理費用をかけている。この維持管理費用の多さに驚いたのか、4億円の持参金とともに敦賀市に寄付することになったのではないか。

東電は、水力発電の水源地にするため、庄和初期か、尾瀬の一部を買収した。現在は年間数億円の費用をかけて木道のをはじめ湿原の復元、保護に当たっている。福島第1原子力発電の事故に伴う補償費の捻出から、東電は尾瀬の所有地を売却するのではとの予測も流れた。群馬県知事の保全申し入れに対し、東電は「入山者の安全確保を図るため最小限の維持を行う」として、今のところ売却の考えはないという。

尾瀬は日本の自然保護運動発祥の地であり、ここ尾瀬から「ごみ持ち帰り運動」が始まった。東電の社会貢献は、企業のなかでも郡を抜いている。上高地も木道の維持管理も担っている。各地のPR館が閉鎖され、保養施設も売りに出される。それぞれの従業員の雇用も問題だ。福島の事故の大きさに比べればと言われそうだが、電力の供給義務など、東電の今後の道のりは、けわしい…。

この夏は、全国で節電など電気を考える、思い出の夏になりそうだ…。なでしこJapanの勝利も夏の思い出となることは確かだ。
【2011/07/10】 | ページトップ↑
鉄は熱いうちに打て
Date:2011-07-09(Sat)

昨日は、暑かった。小浜で37度を超え、敦賀も35度を超えた。暑さのなかの作業は、熱中症など、気を使う。福井豪雨のボランティアは、暑さとの闘いだった。 

神戸の震災は寒さとのたたかいでもあった。災害ボランティアは、作業とともに、季節感として、記憶が映像となって脳裏に刻まれる。

東日本大震災の陸前高田市の津波被害は、生涯忘れることがでないだろう。市役所、学校、港など、津波のすごさを映像とは違う現実はあまりも鮮明に残っている。がれきの片付けの作業が加われば、さらに体が覚えていまう感覚だ。

先日、学校施設の在り方を議論してきた文部科学省の検討会が提言をまとめた。学校整備については、教育機能だけでなく、食料備蓄や通信設備など住民の避難場所としての機能も念頭に置いて進めるよう求めている。

今回の震災では、ピーク時に600を超える学校が避難所になったという。神戸では、体育館の広さが、寒さにはあまりも無防備だった。プライバシーなどは二の次が、男女には大きなストレスとなった。

トイレも女性には大きなストレスとなっていた。それも長期となると体育館は、課題がおおかった。学校は教育の場であると同時に、住民避難の拠点であるという相入れない側面がある。

6月議会の一般質問で、体育館の耐震化の中身を問う、地震に備えてのキメの細かわさわさを求める質問だった。

今後、何に、気を使うべき課題であることは確かだ。また食料や飲料水などの備蓄、衛星電話など通信手段の確保、災害時でも使えるトイレの整備、着替えや授乳など女性のプライバシーに配慮したスペースの確保などきめ細かい配慮も必要だ。

04年の中越地震で被害を受けた新潟県長岡市は、避難所となった全ての学校で行ったアンケートなどを基に、中学校の改築では避難所機能に配慮した設計を導入。既存の学校施設でも対応工事をした。痛い目にあった経験、はしっかりと反映したものでもある。

敦賀市も防災計画の見直しが本格化する。今回の震災の風化のはじまらない、今こそ、防災行政とは、耐震化とは、避難所としての学校設備とは、市庁舎の役割と耐震化とは、などなど、災害に強いまちづくりを考える、いい機会だ。「鉄は熱いうちに打て」でもある。

水道を修復し、道路を修繕し、漁港を元の姿に戻す。復旧や復興は人間業だ。しかし、地震はいつ来るかはわからない。地震など、災害に強いまちづくりは、今回の震災を受け、キメの細かさを伴う教訓を生かすときでもある。
【2011/07/09】 | ページトップ↑
節電だけでは生活は成り立たない…
Date:2011-07-08(Fri)

敦賀市役所も節電1割で蛍光灯間引き、エヤコンの運転制限などきめ細かい。昨日も、上越市議会が「保育園民営化」の調査で敦賀市を視察にこられたが、窓をあけての出迎え、節電を率先する立場から理解ははやい。

ところで、菅首相は、電力需給構造を甘くみているとしか思えない。今は、原子力発電の安全性を考えなければならないが、電気の需給構造は、環境、コスト、安全保障などバランスの中で成り立っている。

バランスが崩れると、しわ寄せが来る。節電もそのひとつ。電気を多く使う企業ほど敏感に反応している。
昔、「鉄は国家なり」といった鉄鋼業界は、電気を多量に使う産業。新日本製鉄のお膝元、八幡製鉄所(北九州市)と大分製鉄所(大分市)と九州が本拠地。オイルショックを経験し、両製鉄所は自家発電設備で電力の約9割を賄うため、操業に大きな影響はない。両製鉄所ともIPP(独立系発電事業者)として九州電力に売電している。

敦賀で言えば、東洋紡も電気が生命線。自家発電設備を持つ。ただ、全国の自家発電設備を持つ企業は、石油のコストアップのため、設備投資を行っていないため、老朽化が激しく、売電など、今回の電力供給には対応できないのが実情とか。

最近のIT産業は、この発電設備がない。半導体製造は24時間操業。省エネも組み込み、電力の安定供給を前提としている。半導体生産は安定した電力供給が生命線。電力不足で減産を余儀なくされる。九州は半導体工場の集積地。東芝とソニー、富士フィルムとそれぞれ、デジタルカメラや携帯電話に使う画像センサーを生産している。

かつて、敦賀の産業団地も8年間電気代半額を最大の魅力として検討した企業もあり、結果として、工場面積があわずに九州に決めた企業もある。IT企業の工場設置の選定根拠の最大の要素が、電力の安定供給とコストとか。

また、九州は画像センサーの一大生産拠点。生産が不安定になれば、国際競争力にも響くことは確かだ。九州の安定供給の基本が、北に玄海原子力発電所と南の川内原子力発電所を軸に、各火力発電所が幹の役割を果たすだけに、その基本が崩れる。

九電は玄海(佐賀県玄海町)2、3号機(計174万キロワット)と川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1号機(89万キロワット)が運転停止中。昨夏並みの猛暑となれば、供給予備率は1.8%と、適正水準とされる8~10%を大きく割り込む。

9月には川内2号機(89万キロワット)が、12月には玄海1、4号機(計174万キロワット)も定期検査に入る予定。ストレステストが長引けば12月中に九電が保有する原子力発電6基すべてが運転を停止することになる。昨年冬並みの寒さなら3.5%の供給力不足となる。余談だが、北陸電力は、これまで九州電力まで売電していた。この余裕も志賀原子力発電の停止のため余力がない。 

九州地区でフル生産を計画している自動車メーカーも操業体制の見直しを始めた。東日本大震災で関西や九州に拠点を移そうと考えた企業は、海外移転を早速、視野に入れるというよりも行動をおこしている。

敦賀や若狭の原子力発電の停止は、安全も大事だが、東日本大震災による生産遅延の取り戻しを急ぐ自動車業界やIT産業など、産業界にも大きく影を落とす結果となっている。「頑張ろう日本!」のかけ声はいいが、足下の経済や産業といった生活の糧までおかしくすることは考えものだ。少子高齢化、人口減少の右肩下がりの日本、なおさら責任は重い。

菅政権の下で原子力発電所の再稼働問題が混迷を深めている。1年以内に全原発が停止し、深刻な電力不足に陥ることもありうる。本当に憂慮すべき事態だ。安全は第一だが,経済のバランスも必要だ。
【2011/07/08】 | ページトップ↑
原子力安全に対する首相の言動は…
Date:2011-07-07(Thr)

菅首相は、原子力発電を政治の道具、もっと言えば、延命の道具に使っているとしか思えない。原子力安全は、感情的にも情緒的にもなってはいけないが、昨日の首相の新たな判断には、ほとほと愛想がつきたという表現でしか私は,とらえることがでない。

原子力発電は、本来、厳しくあるべきことは理解できる。しかし、ここまで、情緒的に判断基準が変われば、原子力政策の司令塔が一体どこにあるのか、立地する地元自治体も住民も、さらに、直接、管理する電力会社を翻弄するのも、いい加減にしてほしい。

敦賀市議会は、6月に、経済産業省の原子力安全・保安院から、敦賀1号機、2号機の安全対策は、適切だとする、言わば「安全宣言」ともとれる説明を伺ったばかりだ。

九州電力の玄海原子力発電も、海江田経産相が現地も訪れ、安全性に「国が責任を持つ」と確約した。佐賀県の古川知事も再開に一定の理解を示していた。

浜岡原子力発電も海江田経産相が訪れ、停止の言葉ひとつなく、いきなりの首相の停止要請、中部電力は「首相の言葉は重い」として、停止に踏み切った。

言わば、安全性に合格点をつけた政府が突然、首相答弁で、追試を課すと言い出したことに、佐賀県の知事と地元町長が強い不信感を表明したのは当然だ。ある会合で西川知事が「国の原子力政策には頭を来る」と、感情を言葉に表さない知事としては、今回も同じような想いではないか。

福井県は、いまだ再稼動を認めていないが、知事は、原子力発電に一定の理解を示し、手順を踏んで、基準が明らかになり、安全性が確認されれば、再稼動へとの方向が見え始めた矢先でもある。

他の原子力発電に広がりかけていた再稼働の機運に水を差し、電力不足が全国的に長期化することは、明白だ。

昨日の国会審議では、菅首相と原子力安全委員会の班目委員長がともに、経産相の「安全宣言」の内容を事前に知らなかった事実も判明した。政府内の意思疎通は極めてずさんである。

国の法制度上、原子力発電の安全は、原子炉等規制法の観点からも原子力安全委員会が最終的に判断するものであって、首相が、何度も政治的に介入するべきものではない。

JCOの事故の際の原子力安全委員会の判断は、的確であり、私も権威ある存在と受け止められていた。

菅首相は昨日の衆院予算委員会で、国内の原発について、地震や津波による過酷な事故にどこまで耐えられるかを調べる「ストレステスト(耐性検査)」を行う考えを突然、示した。

定期検査で停止した原発の運転再開に関する、新たな基準やルールを作成するとも述べた。原子力安全・保安院による従来の検査だけでは、運転再開に地元の自治体や住民の理解を得られにくいと判断したという。

本来、原子力安全の基準は、住民の理解が得られるとか、得られないとは違った次元のものであって、技術的な判断基準の下で安全に万全を期する、極めて重く、重要な判断だ。

国が安全と判断したら、何度も出向き、説明をし、それでも理解が得られなければ、再稼動ができない、それがこれまでのパターンと考えていた。

だが、首相の原子力政策を巡る言動は、あまりに場当たり的で、安全の基準がどこにあるのか、誰を信じていいのか、原子力安全に対する重みもあったものではない。さらに言えば、停止による深刻な電力不足に対する配慮もない、国民生活を何と考えているのか、疑問だらけだ。

何度もいうが、国の判断は重い。ストレステストという判断要素は、従来の安全基準を超える地震など、厳しい条件にさらされた場合の影響を模擬計算する。電源やポンプ、配管など設備の弱点を洗い出し、安全性の強化に役立てるというもの。

安全は常に保守的であるべきと教えられた。このストレステストについて、私は,異論をとなえるつもりもない。むしろ、言った以上、明確な基準とスケジュールを早急に示すべきで、福井県が、経産省に聞いても「突然のことで…」と、まったくもって、地元を翻弄する原子力行政は誰も信用しなくなる。

繰り返しもなるが、首相の場当たり的な言動は、原子力政策の混乱というよりも逆に、原子力安全に対して真剣に向きあっているのか、疑問さえ生じてしまう。



 
【2011/07/07】 | ページトップ↑
「お一人様」世帯の増加という社会現象
Date:2011-07-06(Wed)

昨日の中日新聞の社説で「復興相発言 寄り添う心を感じない」は、記者だましいならぬ気概を感じた。ご一読を進める。ここから始めるのもあまりにもお粗末な顛末に民主党員ながらがっくりしている。話題を変えたい。巷ネタから、入る。

なじみの喫茶店なら、何も言わずカウンターに座る。これはこれで店にとっては効率的で、あ・うんの呼吸が楽しめる。都会でたいていのレストランに1人で入ったときによく掛けられる言葉は「お一人さまですか?」。店が混んでいたら、「お一人さま」はたいていカウンター席に案内される。

ゆったり座れる4人掛けなどの席は、2人以上の客を優先させ、効率的に店を運営したい。

そのなかにあって、東京に単身客専門の焼き肉店が登場し、左右は壁で仕切られ、他人が目に入らない。九州の博多のラーメン店でも左右が板で仕切られた「お一人様コーナー」だけの店がある。店はラーメンだけに専念してほしいとの想いは理解できるがこれが,今の社会に合う。

スーパーでもサラダ、刺身、惣菜など、「お一人様」コーナー的な売り場が繁盛している。上野千鶴子さんの著書「おひとりさまの老後」もランキングした。そんな社会情勢になりつつある。

2010年国勢調査の抽出速報で、単身世帯が初めて全体の3割を超えた。実は、20~49歳の年代では以前から3割を超えていた。少子高齢化とともに日本の「単身世帯化」も進む。敦賀市も福井県内では、ずば抜けて世帯数が多い。裏を返せば単身世帯が多いということだ。ワンルームマンションなどが意外に多い。
 
都会だけでもない敦賀でもその傾向は変わりない。人口が横ばいの現象が10年近く続く敦賀市だが、世帯数はいまだに増加の右肩上がりだ。

全国のデータを続けると,65歳以上のうち15・6%、457万7千人が1人世帯。年々増え続けている。男性の10人に1人、女性の5人に1人が単独で暮らす。高齢社会の一断面だ。結婚した子どもが、親と同居しなくなったのが背景にある。小さな敦賀市でも旧市街、周辺山間部で同じ様な傾向が目につく。

ただし、1人世帯数を押し上げているのは高齢者ばかりではない。45~49歳と50~55歳の未婚率から割り出す「生涯未婚率」は男性15・96%、女性7・25%(国立社会保障・人口問題研究所11年版)。特に男性の増加が著しい。原子力発電所などに働く人との関係か、地方から転入組の男性も多い。

そのためか、福井県内でも税金の滞納率もトップクラスだ。1人世帯の増加はライフスタイルなどの変化に伴うもので、他人がとやかく言う話ではない。しかし、厳しい経済状況を背景に、「金銭的に余裕 がなく結婚できない」など、市役所でいえば臨時職、巷で言えばアルバイトが多いのも世相か敦賀の特徴でもある。

「お一人様」でも、暮らしは便利になり、料理ができなくても食事で困ることもない。問題は、何か起きたときだ。仕事を失ったり、病気で介護が必要になることもある。とりあえず家族の支援がなければ、孤立しかねない。民生委員が頭を悩ます、現代の世相が敦賀の各地区にも現実化している。

現在の社会保障制度は、夫婦と子どもの「標準世帯」を軸に組み立てられている。政府も施設介護よりも自宅介護を奨励してきたが現実は、老老介護が終わると、「おひとりさま」世帯となり、周囲で心配するうちはいいが、いずれ厳しい現実をむかえる。

家族の役割への期待は大きい。が、今後は、家族がいない、子どもがいない高齢者も急速に増えてくる。変化を見据えた制度設計を急ぐ必要がある。国民健康保険、介護保険など、制度設計は国でも財政など運営管理は末端の市町村だ。その国の制度設計が…。それにも増して、お近所付き合いのない関係も気になる…。 
【2011/07/06】 | ページトップ↑
道の駅、水の駅、川の駅など、「駅」発想の進展
Date:2011-07-05(Tue)

奥琵琶湖に「水の駅」がある。土日なると盛況だ。自転車を走らせるとほどよい休憩場所となる。観光バス、マイカー、バイク、自転車と思い思いの休憩場所となり、老若男女と利用しやすいキメの細い施設内容となっている。

全国的にも、「道の駅」は、大盛況だ。地域おこしに絡んだ「駅」は、旅行本のひとつのジャンルになっている。全国で数を増やし、今では千カ所近くになる。

8号線だけみても、新潟ふるさと村(新潟県新潟市西区)、風の丘米山(新潟県柏崎市)、うみてらす名立(新潟県上越市)、能生(新潟県糸魚川市)親不知ピアパーク(新潟県糸魚川市)越後市振の関(新潟県糸魚川市)カモンパーク新湊(富山県射水市)万葉の里 高岡(富山県高岡市)メルヘンおやべ(富山県小矢部市)倶利伽羅 源平の郷(石川県河北郡津幡町)こまつ木場潟、河野(福井県南条郡南越前町)塩津海道 あぢかまの里(滋賀県長浜市)竜王かがみの里(滋賀県蒲生郡竜王町)とどれも特徴があり人気のエリアだ。遅いかもしれないが、愛発小中学校跡地は、交通の拠点だけに公民館とともに利用の価値はありそうだ。

農家が持ち込む新鮮野菜の直売や、地元食材を売りにするレストランなどが人気を集め、休日は、中京、京阪神から、大勢の人で賑わっている。ほかにも「海の駅」「川の駅」「まちの駅」…といった、立地や街の特色を生かした施設が各地に次々登場。人やモノ、情報の交流拠点としての機能にも注目が集まる。国道8号線、161号線といつのまにか誕生し、いずれも盛況だ。

かつては、朝ドラの舞台にもなった。そんな「駅」とは違うが、子育て支援センターは、敦賀市でも開設以来、お母さんがたにも人気のスポットとなった。私も粟野地区にぜひつくってほしいと要望を受けたことがある。

子供が増える粟野地区にとって、当然の要望でもあった。核家族化が進む現代にあっても自然な要望だろう。このたびの和久野の子育て支援センターの設置は、時期を得た施設とも思う。全国的にも、子育て支援センターはひとつのブーム的なこともあろうが、全国に急速に増えつつあるのが「赤ちゃんの駅」だ。

乳児を連れたお母さんが安心して外出できるよう、自治体などが授乳やおむつ交換ができるスペースを街中に確保、開放している。はじまりは、5年前、東京都板橋区の保育士の発案で始まった。

幼・保育園や公共施設の一角、スーパーや車の販売店など民間の協力も広がる。仕切りやベッドなどを用意するだけで開設できる、手軽な子育て支援策として受け入れられているようだ。

話しを戻すが、「道の駅」は、野菜などを提供する地域のお年寄りの収入・活力源にもなっていると聞く。「赤ちゃんの駅」も子育て支援センターも発想は、同じで、子育ての悩みを聞いたり、地域全体で子育てを支える拠点となる。

私も議会で「健康の駅」を提唱したことがある。スポーツジムでもかまわないが、高齢者が使いやすいエリアにし、各公民館や健康管理センターとも連携して、体重、歩数、血圧など健康に必要な情報を共有し、保険師の指導もできるようにする。実際に新潟県見附市は、筑波大学と結び、現実化し、国民健康保険財政を改善させた。「健康の駅」と市民と市あげて取り組んだ成果だ。

財源をめぐり、駅前駐車場エリア(Aゾーン)は活用方法は、熟考の余地はありそうだが、税金を有効に使うためにも「駅」の発想は、これからも重要ではないか。人が集うエリアをどう形成するか、敦賀市はまだまだ、後発だけに、熟慮を重ねるべきだ。 
【2011/07/05】 | ページトップ↑
電力需給と課題
Date:2011-07-04(Mon)

昨日は、息子の結婚話で、両家顔合せ。久しぶりに家族4人が鎌倉でそろった。鎌倉は、あじさいで各寺、観光客であふれていた。楽しい時間が過ぎて行った。

ところで、東京では、電気予想きめ細かく電力需給を伝えている。関電の「でんき予報」も始まった。

停電の混乱を避けるには…

資源エネルギー庁の推計で、夏の午後2時ごろの消費電力は全世帯平均でエアコンが53%と最大。以下、冷蔵庫23%、テレビ5%、照明5%、待機電力4%と続く。冷房需要ですべてが決まると言っても過言ではない。猛暑にならないこと祈るのみだ。最近では熱中症の注意をそえての予報が目立ちはじめた。

心配なのは大停電の恐れが出てきたときの備えだ。政府は警報を発するが、電力需給の逼迫を家庭や企業に迅速に知らせることができるか不安が残る。

大震災後の東電の計画停電でわかる通り、需給が逼迫したときの混乱は病院や鉄道などを含め大きい。政府と電力会社は大停電を防ぐ対策の細部を詰めている。

電力需要に対する供給余力の割合を示す供給予備率は、発電機の故障などに備え8%以上が望ましいとされる。しかしすでに東電、関電は割り込む日が出ている。北陸電力管内の敦賀市にとって、停電のリスクは少ないが、停電の怖さと混乱は、予想しておかなければならない。そんな夏になってしまった。

敦賀1号機廃炉発言…

ところで、河瀬市長は1日の定例記者会見で、東日本大震災により深刻な事故を起こした東京電力福島第1と同型で、運転開始後40年を超えている、敦賀1号機をめぐり、福島の知見で高経年化(老朽化)などの影響があったと明らかになった場合には「早く廃炉に持っていくことも選択肢の一つ」と述べ、2016年としている運転終了の前倒しもあり得るとの考えを示した。福井新聞の一面トップ。

私も気にしていた課題だ。定期検査が終わり、耐震と当面の津波対策が終われば再稼動可能。今回の事故の致命傷は外部電源喪失と非常用ディーゼル発電機の使用不能が大惨事を招いた。その上、経済産業省・保安院は、20メートルの高さの津波が来れば福島と同じような事故を起こすと語った。ここまでくれば安全もイメージの世界で確率論でもない。

福島の事故の検証も大事だが、安全をイメージでとらえ、安心の中に組み入れている。これに敦賀3、4号機の本格着工の早期実現など、政治的な判断の中での河瀬市長の発言と受け止めた。

冬場も電力需給と課題がある…

定期点検などで停止している原子力発電所がが再稼働しない場合、東北電力、関西電力、北陸電力、四国電力、九州電力の5社が、今年12月から来年2月ごろに4~20%程度の供給力不足に陥るとの見通しをまとめた。不足する供給量は約570万キロワットとされる。冬場も最近は、エアコン使用が増えたためだ。

各社は休止している火力発電所の再開を急ぎ、ガスタービンなど発電所の設置などで急場をしのぐ。火力などの供給力が拡大すれば、需給格差は縮小する見通しとか。

北陸電力管内では、能登半島の志賀原子力発電所が稼動しなければ、火力発電で急場をしのぐ。原子力発電を関西、中部に売って北陸管内の電気代を安くしていた北陸電力として、石油、石炭など燃料コスト増をどこかで上乗せせざるを得ない。それに加え、地球環境問題の二酸化炭素がどれだけ増えるか、原子力発電の安心・安全と節電との闘い、経済との微妙な関係は今後も続く。

しばらく続く節電時代。苦難と思うだけなら芸がない。原子力発電と生活、安心安全とは、立地地域としてじっくりと考える時間は長くなりそうだ。限りがある暮らしを考えるもよし、夏場の暑さも冬の寒さも、しっかりと体に刻みたい……

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【2011/07/04】 | ページトップ↑
環境の大事さ
Date:2011-07-03(Sun)

人を育てるにはいかに環境が大事か。私も海があり山があり、瀬戸内の環境はいまでも最高と思っている。敦賀も日本海の荒海にありながら、敦賀湾の静かさは格別にいい。ゆったり感は何事にも変えがたい。

育つとは程遠いが、昨日は、朝から自転車で立石往復38キロ、11時からカッターレースの練習と、これで一日が終わった。あとは友人に誘われてのビールで久しぶりの休日感とゆったり感をあじわった。敦賀湾を抱く環境は、最高だ。

ところで、敦賀で原子力発電の取材や記事を書いた記者は、東京や大阪で活躍している。ひとりが福島の事故で何度も登場したNHKの山崎記者だ。

原子力発電の現場と敦賀の街は記者を育てるのにあまりある環境が整っている、と以前、記者の口から聞いた。

というのも、トラブルがなければ、余裕があり、海や山、そして京都の近さは赴任地としては申し分のない環境だとか。

かつて、昨年、「龍馬がゆく」で見直された司馬遼太郎が、産経新聞の記者として、京都に赴任したことがある。京都時代、時代小説「梟の城」で直木賞を受賞した。振り出しの京都支局で警察回りならぬ「寺回り」をあてがわれた。大学担当も兼ね、京都の空気や歴史にたっぷり浸った。

京都支局だけでも記者が30人もいたからだ。そんな職場環境と古都のゆったりした時間の流れの中で思いを巡らせた。

大事件にも遭遇している。金閣寺の放火事件だ。50年7月2日未明に発生し、国宝が灰になった。当直だった司馬さんは寺の庫裏に入り込んで住職から話を聞いた。「宗門へ不満の弟子が」と動機の特ダネをものにした。「新聞記者司馬遼太郎」(扶桑社文庫)に詳しく記述されている。

人を育てるには環境が大事ととなえたが、労働環境は、福井県の有効求人倍率は12ヶ月連続、全国最高となった。小浜は、1.21。敦賀は1.14とこれも原子力発電と歩むことを背景に全国でも最高水準の雇用環境が数字で示されている。

今後も原子力発電と歩む環境は大事にしたい。それには、安全運転がなによりだ。
【2011/07/03】 | ページトップ↑
最高路線価
Date:2011-07-02(Sat)

会社では人事異動が終わり、挨拶まわりには、それぞれの人生の節目が重なる。サラリーマンにとって、異動は節目。出世も重なれば、賃金もあがれば、責任も重くなる。給料と自分の価値こと、値段と思うが、人生は価格ではない。

新聞報道によると、、金沢国税局が昨日、発表した平成23年分の北陸3県(富山、石川、福井)の路線価は、平均増減率が前年比4・5%減となった。3県いずれも下落で、県別では富山が4・0%、石川が5・1%、福井が4・5%の減少だった。下落は富山が19年、福井が18年、石川が3年連続だが、いずれも下落の幅は縮小した。

管内の最高路線価(1平方メートル当たり)は石川が金沢市堀川新町、金沢駅東広場通りで2・0%減の48万円。富山は富山市桜町1丁目、駅前広場通りで2・3%減の43万円。福井は福井市中央1丁目、駅前電車通りで1・7%減の29万円。

福井県内各税務署管内の最高路線価は次の通り。

福井=福井市中央1丁目、駅前電車通り29万円(前年29万5千円)▽敦賀=敦賀市本町2丁目、本町通り7万5千円(8万円)▽武生=越前市府中1丁目、駅前通り6万7千円(7万1千円)▽小浜=小浜市駅前町、はまかぜ通り5万5千円(5万7千円)▽大野=大野市弐弐五字(元町)、七間通り4万3千円(4万6千円)▽三国=あわら市温泉1丁目、芦原・丸岡線通り4万9千円(5万3千円)。

毎年のように注目している土地の路線価格がある。福井県及び、敦賀市が冷静に分析するのにうってつけだからだ。そのときの社会情勢と密接に関係している。最高路線価格で、富山市43万円、金沢市48万円、福井市29万円と、例年通りの格差だが、北陸新幹線の開業、人口減少など微妙に影響していることは確かだ。

県内に目を転じると、最高路線価もそれぞれの事情が絡み合う。人口減少や区画整理など、冷静に見つめていくことは大事だ。人口減少の進む小浜、大野、観光客の減少が進むあわらなど、下落は正直にそのときの社会現象を示す指標だ。土地の価格の変動に、一喜一憂するべきもないが、まちづくりなど長期的な視点はもっておきたい。

JR直流化後の効果はそれほどなかったが、不動産屋に伺うと、駅西の再整備が駅前商店街など周辺に影響していることは確かだ。

敦賀市内の路線価を細かくみると、市内の情勢が理解できる。ざーっとみて、全体的にも下落が続くが、市の施策の効果がどうか、など評価を継続的に見る指標になることは確かだ。

路線価は、その町の価値であり、冷静にその動向を傾向としてみることは、まちづくりに重要な要素と考える。

ただ、路線価にこだわり過ぎるのもおかしい。ひとつの判断材料に過ぎない。東日本大震災や福島の事故は、路線価どころではない。東京では埋立地や海の近くのマンション価格の下落が大きいとか。繰り返しになるが人の人生は価格ではないことも確かだ。
【2011/07/02】 | ページトップ↑
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