ドジョウらしく、泥くさく、そんな振る舞いが必要な敦賀市?
Date:2011-08-31(Wed)

昨日は、政権交代からまる2年。空気を変えることも大事だが、変わるだけで何も進まない、本当に難しい時代だ。2年前は敦賀市も高速増殖炉もんじゅの再開と敦賀3,4号の建設と、現実に歯車が動き始めたが、今、その動きが止まった。

もっと、ふりかえること、18年前。 1993年8月、自民党は政権から転落した。7月の総選挙で第1党は保ったものの、過半数には遠かった。新生党、日本新党など8党・会派が組むウルトラCで、細川連立政権が誕生した。仕組んだのは、小沢一郎・民主党元代表。

18年前は、私が東京に出て4年目。労働団体のひとつであった友愛会館で、はじめて小沢一郎・民主党元代表にお合いした。今と違って若く、黒幕的なすごさを感じた。敦賀市は、当時、もんじゅ建設の全盛期で本町が賑わった頃だ。

そして、2年前。巡る夏の終わりに政権交代が再び。民主党が単独過半数を超す大躍進、このときは、小沢元幹事長の役割は大きかった。長く難攻の城だった自民党の石垣はガラガラと崩れた。遠近の風景を映しつつ、また,歴史の歯車は大きく回った。回ったが、回ったまま、大震災と福島の事故で、戦後、最大の危機となった。敦賀市も原子力で難しい時期を迎えた。

そして、一昨日、 「どじょうがさ金魚のまねすることねんだよな」。好きだという相田みつをの詩を引用しながら「ドジョウらしく泥くさく政治を前進させる」。民主党代表選の立候補演説で野田佳彦氏はこう述べ、昨日、第95代総理大臣にのぼりつめた。

苦労人らしい。演説では、飾らない言葉や話しぶりからも誠実さが伝わってきた。一方で、政策論争というよりも、またぞろ、小沢一郎元代表へのスタンスが、「親」か「反」かで党内がまた二分された。何度も繰り返された光景を再び見せられた国民は、どう感じたのか。

「怨念の政治を乗り越える」と強調していた野田氏。当選後のあいさつで、「ノーサイドにしましょう。もう」と語った。最後の「もう」に力が入っていたのが印象的だ。民主党に宿る業を取り払うか、利用するか。少し大げさだが、日本の浮沈はこの一点にかかる。

2人の民主党代表の前任者に比べ、野田氏は地味ながらどこかホッとするものも持ち合わせていると思うのは、私だけではないはずだ。原子力政策も、拙速に進む脱原発の世論、時間をかけた議論から、正常なる歩みへの取り組みに期待したい。

政変や政争で、めまぐるしく変わる政治だが、敦賀市は、もんじゅと敦賀3,4号で次の発展があるか、国の原子力政策によっては大きく影響される時期を迎えている。

とはいうものの、7月県内有効求人倍率1.04倍 4カ月ぶり好転、震災影響薄れ、敦賀市も1.17倍と県下最高が続き、駅前のホテルも満杯状態が続いている。この敦賀市の雇用は、原子力発電所で動いている。

情緒的に書き進めたが、昨日、議会の 敦賀短期大学調査特別委員会。県大の交野元副学長から大学化への想い伺った。これも決断が迫っている。医療、介護など生活とも関連する重要な課題だ。財政運営と深く関わっている。原子力発電の進み方で、この町の様相があまりも変わる。

昨日、午前中、私は、障害者福祉の中心である太陽の家を訪問した。幼児から高齢者まで切れ目ない福祉環境が整い始めている。これも原子力による財政運営と深く関わっている。

政治と雇用、暮らしと原子力は、敦賀はあまりにも直結している。原子力発電の安全・安心の確保はもとより、国の原子力政策の停滞から見直し気運が、強いだけに野田氏の言葉ではないが「ドジョウらしく、泥くさく」、ここは「じーと、ガマン」…そんな振る舞いが必要な敦賀市かもしれない。
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【2011/08/31】 | ページトップ↑
野田代表に期待したい財政再建と原子力政策…
Date:2011-08-30(Tue)

昨日の民主党代表選。野田佳彦財務相が勝利した。私には、何よりも、原子力政策で「電力は経済の活力、安全性を確認した原発を活用し、電力の安定供給を確保する」と、5候補の中で、一番敦賀市には、ふさわしい候補と受け止めていた。

候補者演説もよかった。緊張の中にもユーモアもあり説得力を持った言葉が続いた。中でも、「どじょうはどじょうの持ち味があります。金魚にはなれません」という言葉に凝縮されている。野田氏は自らを、泥臭いどじょうにたとえたのだ。

野田氏は、持ち時間の大半を使って現在の地位に至るまでの険しい道のりを説明。自分は千葉県の貧しい農家の家系に生まれたため、「ルックスはこの通り」と、「シティボーイ」と言葉を使い、都会派には見えない理由を語った。また、高校時代、柔道部だったが「寝技は得意ではなかった」という言葉に、私も柔道部だっただけに、うまいたとえと受け止めた。

当選までの道のりは長かったという。来る日も来る日も同じ場所でときには13時間にわたり街頭演説したが、その選挙では落選。苦労人を印象付けたが、暗い話だけでは終わらなかった。

野田氏はアサガオの例も出した。夜の冷たい暗さを経験したものだけが、翌朝にアサガオが咲いたときにその美しさを完全に理解し愛でることができるという。野田氏の人となりが理解できる言葉だ。

私は、何よりも真剣と受け止めたのは、原子力政策だけでなく、増税を真っ向からにげることなく訴えたのはひとりだからだ。


国債や政府短期証券などを合わせた日本の借金は本年度末に約1000兆円に迫る見通しで、財政状況は先進国で最悪の水準にある。バブル崩壊から20年余。国債発行に歯止めはかからず、抜本的な財政再建は先送りされ続けてきた。悪化の一途をたどる財政に混迷する政治が、日本の信用力低下に拍車を掛けている。

一国のトップが1年交代では、掲げた政策を実行する時間もないし、国際社会からも信用されない。対外純資産は先進国で最大とはいえ財政は「崖っぷち」。財政再建と東日本大震災の復旧・復興に道筋をつけることが新政権の役割だ。繰り返しもなるが、菅首相で、迷走を続けたエネルギー政策こと、原子力政策を立て直してくれることに尽きる。
【2011/08/30】 | ページトップ↑
観光ボランティアガイドつるが設立
Date:2011-08-29(Mon)

暑さが粘り強い。昨日は、午前中、労働組合の大会、町内の敦賀まつりの準備、昼からは、観光ボランティアガイドつるがの設立総会。夜は、福井で打合わせ。夜ともなると、風は優しい。

もう秋の気配が漂う。「天高く馬肥ゆ」。調べると、もともとは馬がたくましく、肥えてくる秋は、騎馬民族の侵攻に警戒しなければならないとの教えという。 
 
秦の始皇帝が、万里の長城を築いたのも騎馬民族の侵入を防ぐのが目的。古代の中国にとって、秋は緊張を強いられる時期だったのだろう。そういえば、重要な時期を表す場合に「秋」の字を使ったりする。「危急存亡の秋(とき)」などだ。ここは新たな活動の秋(とき)としたい。

前置きが、長くなったが、観光ボランティアガイドつるがは、市内観光ボランティア団体4グループが平成21年5月以来、三十数回、議論と交流会、研修会を尽くしてつくりあげたものだ。関係者のご努力に敬意と表したい。

設立時会員32名、私もその一人としてエントリーした。目的は、ひとつだが、生い立ちや思いなど、それぞれ違った。ボランティアだけに、話し合いも難しかった。 
 
ところで、先週、観光学科サミット敦賀2011が行われた。関西と関東の学生が敦賀に3日間ほど滞在して、敦賀の観光のあり方を探る試みだ。杉箸の炭焼や松原の地引き網の体験観光、気比神宮や魚町など市内観光地巡り、さらに、民宿や老舗のホテル宿泊。最後は若狭エネ研での発表会。

楽しみながらも真剣そのものだ。若いだけに発表も率直だ。「数多くある観光資源、だが観光のエースがいない」「民宿は滞在すると良さが伝わる」「老舗のホテルのマナーに驚いた」「市民にどこかいいとこありますかと聞く、敦賀はないとの声」「海や山などを利用してトライヤスロンを誘致したら、」と。敦賀の観光を探る意味でヒントが多い。

先生からは「観光に依存してない敦賀でも最低限のマナーは必要ではないか」と厳しいコメントもあった。戦前は鉄道とみなとの町、戦後は繊維など製造業や原子力発電所とともに歩んだ敦賀市。観光は二の次的に歩んできた。

観光ボランティアも長浜市や彦根市に比べ,レベルも人数も格段の差があるが、それだけに10年後、このボランティアガイドがどう成長しているか楽しみでもある。地道な活動を私も続けたい。
【2011/08/29】 | ページトップ↑
事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくして、老人の跋扈(ばっこ)である。(伊庭貞剛)
Date:2011-08-28(Sun)

菅首相の内閣不信任騒ぎから、退陣表明、民主党の代表選…と、熱が冷め、冷ややかな見方が多い。民主党の期待が大きかっただけに失望と限界の声を多く聞く。またぞろ、親小沢、反小沢との派閥争い、コップの中の争いという言葉も巷には多い。それだけに短いといえ、徹底的な政策論争と民主党の再生に…。


一連の流れ、5人の首相交代と、自民党、民主党の政治力もあろうが、むしろ透けて見える日本の凋落にこそ、問題の本質が潜んでいるとも思ってしまう。

民主党の歴史的な政権交代から2年。政権交代で選挙選を闘い、感動もしたが、あっという間に2人の首相が行き詰まり、去っていく。民主党の政治力の弱さが露呈したともいえる。新たな代表選で、この反省と危機感、国をどうしたいか、昨日の記者会見で、政策面での争いが、感じられないのは、私だけではなかったはずだ。

そうはいっても、菅首相は、消費増税を含む税と社会保障の一体改革という重要な政策に真正面から取り組んだ。国民健康保険制度など社会保障は、地方がもっとも直面する課題、ゆえに期待もした。

けれど、政治は合意を取りつけなければ前に進まない。閣内の根回しさえ怠った。方針を唱えるだけでは、思いつきの政治だと批判されても当然だった。

その代表格が敦賀市にとって、最大の関心事である原子力政策だ。福島の事故から、事故収束が第一優先のはずが、エネルギー政策の見直し、浜岡停止、脱原発と大きく舵をきって行った。

世論も福島の動向に合わせ、脱原発的な雰囲気をよしとする方向に流れている。福島の事故の怖さもさることながら、傾きやすい世論誘導の怖さも感じている。

50年以上積み上げた原子力政策を根底からくつがえす流れができつつあるともいえる。核燃料のリサイクルなどまだ道半ばでの出来事だ。

エネルギー政策は、とくに原子力政策は、国の発展、国民生活まで、影響する重要政策だ。あまりにも唐突過ぎる支持や思いつきが現場を混乱させ、立地自治体の不信感となった。

首をかしげざるを得ないほど、菅首相の政権への期待と失望は、今日の民主党への失望とも重なっている。

菅首相政権も30日に終わる。冷めた見方が多いが、もしさっさと辞めていたら、という問いも頭から離れない。後継首相の下で状況はどれほど好転しただろうか。

脱原発のムードの高まり、立地自治体の混乱など、ひとつの大きな流れと敦賀市が今後、原子力発電所と歩む時間と苦労の大きさは、並大抵の試練ではすまないと受け止めている。

高速増殖炉もんじゅ、敦賀1,2号の運転再開、敦賀3,4号の建設のゆくえなど、敦賀市民の雇用、生活に直結するだけに、安全、安心を最優先に、どう切り開くか、首相が変わっただけではすまないと大きなツケを菅首相は残して行ったような気がする。

余談だが、明治の事業家、住友の父とも言われ、四国では、別子銅山の中興の祖、伊庭貞剛は「事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくして、老人の跋扈(ばっこ)である」と引退。今の日本の政治でも言える言葉ではないか。また「もしその事業が本当に日本の為になるもので、しかも住友のみの資本では到底成し遂げられない大事業であれば、住友はちっぽけな自尊心に囚われないで何時でも進んで住友自体を放下し、日本中の大資本家と合同し、敢然之を造上げようという雄渾なる大気魄を絶えず確りと蓄えて居ねばならない」という言葉も残している。

8月の戦争に関するNHK番組で太平洋戦争に至った経緯、分析力の無さ、決定の先送りによる行き場がどうなるのか、今日の政治や政治家にもいえるかも知れない。私もしっかりと受け止めたい。
【2011/08/28】 | ページトップ↑
秋の気配と代表選
Date:2011-08-27(Sat)

蒸し暑い日がもどってきたが、7月の暑さはない。朝晩が涼しくなった。猛暑の夏をおう歌していたセミに代わって、夜は、盛んに鳴き始めたのは秋の虫たち。主役交代の季節を迎えた。

昨日は菅首相の退陣表明。ポスト菅、レースが騒がしい。主役を目指して次々に手が挙がった。「大連立」など、鳴き声はにぎやかだが、どんな政権構想を持ち、何をしたいのかが今ひとつ見えない。

各候補が政策そっちのけで小沢一郎元民主党代表にすり寄る姿ばかりが目立つからだ。党員資格停止処分で鳴くことを禁じられていても、最大勢力を擁する存在感は大きい。国民には、代表選の陰の主役と映っている。小沢氏は、海江田氏支持を打ち出した。政策よりも政局。政策よりも影響力か。私は海江田氏の力量などよく知らないが、国の指導者としては、今ひとつしっくりとこない。

それにしても日本のリーダー選びはここ何代も、なぜこの季節なのだろう。首相の寿命は、今が盛りと鳴く秋の虫たちに劣らず、短か過ぎる。代表選も29日にも決まっていまう。党員としては、何でそんなに急ぐのと言いたい。2年前の政権交代の暑さ、1年前の党員、サポーターを巻き込んだ、小沢、菅の争いの暑さは、いま、秋の気配を感じるのは私だけであろうか。国の危機を考えれば、代表選まで残すところ3日、暑い政策論争が聞きたい。

【2011/08/27】 | ページトップ↑
再生エネ法案成立と敦賀市
Date:2011-08-26(Fri)

今日、風力や太陽光などによる発電の拡大を目指す再生可能エネルギー特別措置法案が成立する。深い議論のないまま、首相退陣の条件の議論のひとつぐらいの浅い議論や先送り的な法案となり、課題山積と私は受け止めている。

同法案は、再生エネでつくる電力全量買い取りを電力会社に義務づけ、電力会社の負担は電気料金に上乗せし企業や家庭など利用者から回収する内容だ。

コストが高い再生エネ電力を10~15年程度の長期間にわたり高く売れるように価格を固定し発電事業の参入や普及の促進を狙う。

福島の事故を受けての原子力発電の動き、石油の地球温暖化と安全保障を考えると、再生エネの普及は不可欠だ。私もその必要性は高いと思うが、まだまだ議論が必要だ。

価格設定など成立後に詰めるべき課題は多い。昨日もNHKでエネルギーの特集があったが、まだまだ議論不足だ。エネルギーの議論は、原子力発電のかわりに再生可能エネルギーでまかなう議論が横行しているが、そんな短絡的なものでもない。

発電の種別に定める買い取り価格や電力料金上乗せ額については、中立的な第三者委員会の検討や関係閣僚の協議を経て経済産業相が決める。仕組み上はいいが、電気料金値上げの影響が大きい。

福島の事故が以来、企業の海外移転が加速しているとも聞く。電気を多く使う電炉業界や福井県の繊維産業も、苦肉の策として、上乗せを軽減分を財源は石油石炭税を活用する方向のようだが、これも難しい。ただ、値上げ分は、企業や一般家庭に回る。

与野党協議でも電気料金値上げにより低所得者ほど負担感が大きくなる逆進性解消については結論を先送りした。これも問題だ。低所得者にも電気は必須で、エンゲル指数的に家計に占める割合は大きい。法案では、値上げ幅抑制へ電力会社に一層の経費節減など求めている。これはいいとしても再生エネが増えた場合、長い日本列島の送電網の、系統安定性も課題となる。バッテリーやスマートグリットの開発などまだまだ先は長い。

いずれにしても、当面の課題は、買い取り価格の設定だ。低く設定すれば新規参入や普及が進まない。高ければ、電力料金の上乗せ分が大きくなり企業や一般家庭の負担が増す。法案も玉虫色的な箇所が多い。

再生エネが総電力量に占める割合は現在の9%(大規模水力発電含む)というが、水力をはぶくとわずか1%。この法案を原動力に増加は、促進され、ビジネス的にも活況となる可能性もあるが、けっして電源の主力にはなり得ない。増して、原子力発電の補完になり得ても代替ではない。

この夏は、節電と火力発電で急場をしのいだ。この冬も同じことが続く。今後、電気料金の値上げや地球温暖化も再び、問題となることは必定だ。

原子力発電の安全性を高めての利用など、再生エネの普及には時間がかかるだけに、総合的な施策が現実的な進め方が大事だ。その意味での、敦賀市の原子力発電の発電と、高速増殖炉もんじゅの取り組みも、エネルギーの持続的な安全保障、コスト、地球環境から、その役割は、大きい。短絡的な議論と拙速的風潮は、決して日本のためにはならない。息の長い慎重な議論に期待したい。

 
【2011/08/26】 | ページトップ↑
政治の貧困と敦賀市
Date:2011-08-25(Thr)

民主党の政権誕生からまる2年が近くなった。戦後、長く続いた自民党政権は行き詰まり、国民は、民主党に政権を託した。敦賀市も政党では、民主党が大きく票を伸ばしている。期待も大きかった。

2年間の政策実施で、普天間の問題に始まり、子ども手当などに象徴される財源を欠いた政策は、迷走をくり返した。政権運営の未熟さへの失望感が広がり、政治不信は深まっている。反省すべきは反省すべきだが、首相の1年毎の交替、その引き続きともいえる民主党政権。しっかりと立て直してほしい。

民主党政権でとりわけ懸念されるのは、国家の基本となる政策の軸が大きく揺れたことだ。菅首相は、福島の事故から、浜岡停止要請に続いて、唐突に「脱原発依存」を提唱し、世論も同調するかのように、脱原発に動き出した。

原子力電所の安全性の重要性は、福島の事故が見せつけた。このことへの原子力発電所の猛省は、当然あっていかるべきだ。しかし、

戦前・戦後を通じて、資源エネルギー戦略が、国家の浮沈に大きく関わっていたことを忘れてはならない。

先日もある企業の方から伺ったが、企業の生き残りは、オイルショック以上との危機をもっているようだ。

東日本大震災の打撃から回復を見せる国内企業だが、経営環境は厳しさをまし、募る先行き不安。残された道は日本脱出が、第一優先となる。企業には本社や主力工場は残しても、すべて日本でまかなう必要はない。小浜市の企業撤退は、長い円高の影響でもあると語った。

さらに、何しろ歴史的円高、電力不足、高い法人税などが重くのしかかる。欧米経済次第だけに円高基調の反転は期待できず、電力についても原発の再稼働は不透明。節電は協力できるが、電気料金の値上げは、企業活動の足かせであることは確か。生産計画を立てられない状況という。

生き残るため事業基盤強化策を何に求めるのか。企業の多くは、本社や主力工場は国内に残しても、視線は海外に向いていると語る。 

事実、福井新聞によると、共同通信は、13日、主要企業105社を対象にした景気アンケートの結果をまとめた。激しい円高や株安、長期化する電力不足などで経営環境が厳しさを増す中、5割を超える55社が事業基盤強化策(複数回答)として「海外進出の加速」を挙げた。成長著しい新興国などへの進出が加速すれば、国内産業の空洞化40 件が進む恐れがある。

空洞化を懸念。日本の産業はものづくりが原点。それが流出し、経済活動低下への危機感が強い。

少子高齢化、人口減少のなかでの大震災と福島の事故は、敦賀市にとっても大きな影響を与えて、今後は、国の原子力政策や動向や、敦賀市の足下をしっかりと見定めておく必要がある。

福祉、教育、産業政策など、どれも財政と深く関わる。これまでの原子力発電所の成功体験だけでは判断できない時代の到来とみるべきではないか。安易な判断は、敦賀のツケにもなりかねない。
【2011/08/25】 | ページトップ↑
敦賀市の介護保険状況…
Date:2011-08-24(Wed)

昨日は、議会の文教厚生常任委員会の勉強会。介護保険の制度を学んだ。

上野千鶴子さんが著した「おひとりさまの老後」が話題になったのは、4年前のこと。長生きをすればするほど1人での生活を送る可能性が高まる女性を対象に、老後を楽しむためのノウハウを伝授したもので、私も女房から勧められ読んだが男性でもためになる本だ。

2010年国勢調査の速報によると、1人暮らし世帯の総世帯数に占める割合が初めて3割を突破した。家族類型別で夫婦と子どもで構成する世帯を上回り、最多となった。おひとりさま時代全盛の観がある

敦賀市の高齢化率も平成22.年度で22.4%。高齢者人口として15,373人。平成12年度が18%、12,378人だから、増加の割合も速い。

介護保険給付費は、平成12年度が約18億円であったのが、平成22.度で約43億円となってうなぎ登りだ。

高齢化や核家族化の進展等により、要介護者を社会全体で支える新たな仕組みとして2000年4月より介護保険制度が導入された。

介護保険料については、新たな負担に対する世論の反発を避けるため、導入当初は半年間徴収が凍結され、2000年10月から半額徴収、2001年10月から全額徴収という経緯をたどっている。

制度の目的の一つに社会的入院の解消があり、在宅介護(居宅介護)を促す意図があった。実際には24時間サービスを提供する介護職の不足などから重度要介護者の在宅介護は困難なことが多い。また、年々増える要介護高齢者の増加もあり、現在、敦賀市では、認定者数2,633人(平成22年度)で平成12年度が1,104人だから、2倍以上の速度で増えている。

養護老人ホームも敦賀市内に4カ所あるが、どこも満杯状態が続いている。さしあたり「預けられる」入所施設の不足が、制度導入以来解消されていない大きな課題となっている。施設利用者も561人、在宅での介護保険利用者は、1,678人と家族で頑張っている。

敦賀市は、単身生活者も多く、今後も増加することが予想される。高齢者の単身世帯に人の動きに反応するセンサーを設置し、孤独死防止の方策もある。

上野さんも同書で孤独死の問題に触れている。「おひとりさまの死に方」5カ条の最初に挙げているのは「死んだら時間をおかずに発見されるように、密でマメなコンタクトをとる人間関係をつくっておくこと」。

知人、友人が見守りの頼みの綱というわけだが、中には人間関係づくりが苦手な人もいる。近隣住民やボランティア、行政などによる見守りネットワークの構築が必要である。

阪神大震災の仮設住宅では5年間に約230人が孤独死し、社会問題化した。今、東日本大震災で同じ課題が浮上している。敦賀市も、明日は我身、超高齢化社会の準備と心構えも必要だ。

敦賀市の高齢者福祉対策は、これまでも他市に比べ、かなり恵まれた環境にあるものの、財政で高齢化福祉は年率約5%とその伸びは速く、他の福祉も含め扶助費は、50億円近く、高齢化率進展と高齢者人口の増加を考えれば、財源との兼ね合いなど、敦賀市でも綱渡りが続くのではないか。 
【2011/08/24】 | ページトップ↑
福井県市議会議長会で脱原発議案を否決
Date:2011-08-23(Tue)

昨日は、 福井県市議会議長会の定期総会。福井市役所で開かれた。国への要望事項のたたき台として、敦賀市議会は、原子力発電所の安全対策を求める議案を賛成多数で可決し、小浜、越前両市会はそれぞれ「脱原発」を求める議案をともに賛成少数で否決した。議長会での議案否決は異例中の異例。

越前市議会提出案と小浜市議会提出案は、増設計画の中止、高経年化炉の停止を行い将来的には脱原発を求める議案。原子力防災の強化や避難道路の設置は敦賀市議会と同じ意見だが、方向性がまったく違う議案。敦賀市議会として反論すべきは反論したとの思いだ。

嵐・越前市議会議長が「福井で同じような事故があれば、墓参りもできなくなる」や池尾・小浜市議会議長も「住民の命を優先して考えなければならい」と心情的に訴える言葉が続いた。それぞれの議会で全会一致で可決した脱原発意見書だけに迫力を感じさせる発言でもあった。

私も冷静にとも思いながら、「安全を最優先に」と語りなながら、一方で、「原発とともに歩んできた嶺南にとって、原発は生活、そのもの」と心情的な言葉がでていた。

この日は、各市から提案された計22議案を審議して20議案を可決。昼、福井県庁に出向き、西川県知事に敦賀の原子力発電所の安全を求める要望書など九市、それぞれが要望を行った。今後は、北信越市議会議長会、全国市議会議長会の審議を経て、国への要望事項が決まる。

いずれにしても、嶺南や敦賀市とって、これまで、考えられない議論展開だ。それだけ福島の事故は、大きく、敦賀市の将来にも影響する事故であること改めて、認識させられた議長会でもあった。

 

 
【2011/08/23】 | ページトップ↑
円高更新と生活の変化…
Date:2011-08-22(Mon)

円高が進み、戦後最高値を更新した。敦賀市内の東洋紡、パナソニック関連の業界は当面、緊張が続く。一方、海外旅行や原油など、円高のメリットがあるが、今回はあまりにも影響が大きのか、円高メリットはさけばれない。

例えば1ドル100円を切った時には、デパートやスーパーで大々的に「円高還元セール」があったのに。今回は庶民に還元されない円高なのか、長らく続くデフレで日本経済に弾力性がないのか不景気感が強すぎる。

世界の株価が急落する中、一方で、原油の価格も2割ほど急落している。ガソリンや灯油の価格に反映されるまで、若干の時間を要するが、ドライバーや運輸業界、敦賀港にとっては朗報になる。

高速料金値下げの影響か、余暇活動の調査で、日本生産性本部がまとめたデータがある。一昨年と昨年、2年連続でトップになったのは「ドライブ」。今後の原油価格下落からのガソリン価格下落でドライブが今後ともトップかもしれない。

安近短(あんきんたん)が、現在の不況化の庶民の考えではないか。北陸自動車も高速道路値下げが終わっても、5%ほど交通量が伸びたとか。データはまだないが、敦賀にも観光客は着実にきている。

ただ、これまで長らくトップだった「外食」は、3位に落ちた。一時の外食ブームが去り、家庭で料理を楽しむ家族が増えているとか。私も子育て時代は、時間がなかったのか、土日ともなれなれば、ファミレスが手っ取り早かった。

分析を詳細に続けると、順位とは別に余暇を楽しむ実数を見ると、それぞれ減少傾向にある。平成8年に90兆円の売り上げがあったレジャー産業は、今では70兆円に縮小。人口減少以上にこの分野の不況も深刻なようだ。家庭の財布のひもが確実にしまっている。観光振興で頭に入れておきたい指標だ。

都市整備、コンパクトシティなど、人口減少、パイの縮小など、縮小モデルを頭にいれ、逆に、高齢化は確実に増えていることを、これも冷静に見ておくことが必要だ。敦賀市の歳入も平成8年度337億円をピークに右肩下がりを続けている。身の丈に合わない政策は、子供にツケを回す結果となる。今は、慎重に我慢と辛抱の時代だ。

余談だが、中日新聞によると、骨髄バンクの福井県内新規登録者数がここ数年、減少傾向にある。骨髄バンクの事業主体、骨髄移植推進財団(東京)によると、ピーク時の2005年度は年間331人だったが、昨年度は78人に激減。私も登録者だったが、50歳を記念してご苦労さんとなった。若い方の登録をお願いしたい。

いずれにしても、家族の憩い、余暇の原点とは、家族や仲間の笑顔。どんな時代であろうとトップにあるのはやはり、この笑顔。 
【2011/08/22】 | ページトップ↑
民主党代表選と敦賀
Date:2011-08-21(Sun)

土曜の昨日、朝は立石へ自転車を走らせた。風が涼しい。昼は、越前市で民主党福井県連第三総支部の懇談会。松宮勲衆議から国の原子力政策や民主党の代表選の状況が語られた。

菅直人首相の後継を選ぶ民主党代表選をめぐる動きが本格化している。今月中にも行われるとされる代表選には、野田佳彦財務相をはじめ、小沢鋭仁元環境相、樽床伸二元国対委員長、馬淵澄夫前国交相、海江田万里経産相、鹿野道彦農相が出馬する意向という。

未曽有の被害を出した東日本大震災、収束が見通せない東京電力福島第1原発事故。被災地や被災者の窮状を思えば、政治の停滞は許されない。

地方から見ると、政治家は政策よりも政局、ねじれ国会の中、与野党間の足の引っ張り合いや駆け引き、党内でのごたごたばかりが目につく。

震災からの復旧・復興には巨額の費用が必要になる。そのための増税も取りざたされているが、デフレ化での増税は危険すぎる。円高、節電など、越前市の有力企業も増設計画の中断、海外移転を考えているとの話がでた。どこの有力企業も、今は国境はない。電気料金の安い地域への流出など、真剣に考えている。経済の停滞は、復興の足かせとなる。

いずれにしても、民主党の次期代表は次の首相だ。誰がなるにしても総選挙の審判を経てない、いわゆる「正当性」のない政権である。それは自公政権時代の安倍、福田、麻生政権に対して民主党が批判してきたことでもある。

約1年での首相交代もこれで5人連続だ。この間、まともな政権運営がなされたとは言えない。今度こそとも思い思いたいが、総選挙どころでもないことも確かだ。今は、日本の危機的状態でもある。

東日本大震災と福島の事故で大きく変わった。少子高齢化に加え、人口減少、その上の経済の停滞、国の借金が一千兆円を超えようとする日本、国の原子力政策のゆくえも定まらない。

暗くなることばかりだが、ここは我慢と辛抱に尽きる。敦賀市として国の状況、福井県の状況をしっかりと見据えて、10年、20年を考えるべきだ。子供達にツケを残さないとは、このことではないか。

夜は、町内の敦賀まつりの民謡おどりの準備の打合わせ。町内の祭りの参加人数の減少が続く…。
【2011/08/21】 | ページトップ↑
「道の駅」と魚町
Date:2011-08-20(Sat)

書きたいことが二転三転するとまとまらなくなる。イライラが始まる…。車を長時間、運転して、渋滞に遭遇すると、これまたイライラが始まる。今年のお盆の休暇でよく立ち寄ったのが「道の駅」。イライラも忘させ、楽しみを与えてくれる場所となっている。ずいぶんとその様相が変わった。

「道の駅」といえば、かつてはトイレ休憩が目的だったが、今は生鮮野菜を求めて立ち寄るドライバーが多い。

全国で970を超え、数年で千を超えるという。豊富な海の幸、山の幸とお食事処。手軽に特産品を購入できる楽しさがドライバーに支持されている。

近いところでは、琵琶湖の最北・西浅井町塩津浜、国道8号線沿いの特産物販売所は、「道の駅」こと、琵琶湖の水運で栄えたことから「水の駅」と名のっている。名物の鴨そば、野菜、琵琶湖の魚など、時間の過ぎるのを忘れる。

道の駅もそれぞれ魅力、特長があるが、交通の要衝である敦賀市内にはない。よく考えると「魚町」は、敦賀一番の観光地でもある。気比神宮の年間60万人をはるかに超え、年間100万人は超えるという。資本は市外、県外が多いが、従業員は、敦賀市在住の方も多く、ひとつの雇用の場所ともなっている。

観光バスで訪れ、しばらくして、家族連れのマイカーで訪れるリピーターあり、口コミで京阪神から新快速で訪れる観光客も多い。駅の観光案内で場所と行き方を聞かれるナンバーワンとも聞いた。敦賀市民としては、意外と知らず、行かないが、観光客には、日本海を感じ、市場的雰囲気がいいとか。ある方は「日本海の海の駅、魚町となづけたら」とコメントをいただいた。


県外の人気駅は土日や観光シーズンにさまざまなイベントを催し、B級グルメを前面に出して商魂たくましい。道の駅は観光の最前線である。おもてなしの心はもちろん、強烈な個性で観光客を引き付け、ファンを増やしている。

ところで、魚町もひとつの危機を迎えている。舞鶴若狭自動車道の開通は、この地域の車の流れを変える。逆に、敦賀にも引き込むチャンスでもある。それには、粟野のスマートインターの設置、そして魚町に通じる粟野から新木崎の道も大事になる。  
【2011/08/20】 | ページトップ↑
嶺南市町議長会の本年度定例会で脱原発の提案を否決
Date:2011-08-19(Fri)

朝、自転車を走らせると空気が違う。感覚だが秋を感じる冷たさがある。夜は夜で草むらから虫の声が聞こえる。敦賀もとうろうながしが過ぎた頃から、秋の気配に敏感になる。今日から涼しくなるとか。 

昨日は、嶺南市町議長会の本年度定例会。敦賀市役所5階の全員協議会の部屋で開かれた。敦賀市からは、「原子力発電所の安全」「舞鶴若狭自動車道の早期実現」「北陸新幹線の早期実現」の3件を提案。

敦賀を含む嶺南6市町からは、福井県や県会に要望する20議案が提案され、19議案が採択され、1議案が不採択となった。採択された議案は、文書としてまとめ福井県と県議会に要望として提出する。嶺南市町、それぞれを尊重し合う団体だけに原子力発電所を巡る議論の活発さはかつてなかったことだ。

小浜市議会から提案された「原発からの脱却とエネルギー政策の抜本的転換」を求める議案は、同市を除く1市4町の議会が反対した。

小浜提案のなかでも(1)期限を定めて原発から脱却することを求め、代替エネルギーに転換した新たなエネルギー政策の構築(2)   30年を超えた高経年化原発の運転延長を認めない…の項目は、高速増殖炉もんじゅや敦賀1号機がある敦賀市として受け入れるわけにはいかない。

同議案に対し、立地町の高浜町、おおい町、美浜町も同じように反対意見を述べ、なかには「立地自治体としては、ばかにされている気がする」という言葉も出る批判ぶり。準立地町の若狭町からも「脱却という言葉が一人歩きするので、賛成するわけにはいかない」と続いた。

これらに対し、小浜市議会の池尾議長は「4月の市議選での市民の声を伺い、議会での議論を通じて、市民の命を守るた提案させてもらった」と切々と経緯や議論過程を説明して訴えた。

池尾議長とは、拉致問題で10年を超えるつき合いだけに、複雑な思いだ。会議の後、議長は「四面楚歌の小浜市ですが…」とユーモアも忘れない。長年、ハンセン氏病問題にも取り組み、小浜社協の副理事長でもある。

季節は誰にも平等に訪れる。コオロギ1匹の単純な音にも、優しく繊細な空想を起こすことができるようになった。 

確かに、虫の音に耳を傾けられる私もなぜか、その音色に季節の移ろいを感じ、さまざまな思いを重ねる。 夕暮れも早くなってきた。
【2011/08/19】 | ページトップ↑
妥当な動きが見え始めたが…
Date:2011-08-18(Thr)

民主党の前原前外相が昨日、美浜町の関西電力美浜原発を訪れ、関電の八木社長らとともに視察し、その後、敦賀市役所を訪れ河瀬敦賀市長と懇談した。

報道で、前原前外相は、今回の視察について「福島第1原発事故を踏まえた安全対策の実施状況を現地で確認するため」と説明。また、政府の対応で「二転三転して申し訳ない」とも謝罪した。さらに、

ストレステスト(耐性検査)について「関電側から『何点が合格かわからないテストを受けるようなもの』など内容や基準が不明確と指摘があった。河瀬市長からの安全基準明確化の要望を含め、真摯に受け止めて政府として考え方をまとめたい」とも答えている。政府の閣僚ではないが、妥当な会見だったとも思う。

話を北海道に飛ばすが、定期検査で3月から調整運転を続けていた北海道電力の泊原子力発電所3号機が、ようやく営業運転に。これも妥当な判断だろう。

福島の事故の影響で菅首相発言など、政府の原子力政策が迷走し、原発への不信感が高まった結果、調整運転期間は5か月間以上に及んでいた。異例の事態だが、ようやく正常に動き出したとも言える。

というのも、再稼働寸前にこぎつけた九州電力玄海原発の2、3号機も、地元の佐賀県などの、政府と九電に対する強い不信感から、再稼働の見通しは立っていない。福井県も同様の道を歩んでいる。

このままストレステストなど早急に実施しなければ、全国の原発54基のうち、泊原発3号機など稼働している15基も、来春までにすべてが定期検査のため運転を停止することになる。

定期検査を終えた原子炉については、重要機器に絞った1次評価によって、再稼働の可否を判断するルールが決まっているにも関わらず、河瀬市長のいうように、基準などまだ明確になっていない。

北海道は判断にあたって、福島の事故の大きさを考えれば妥当なものと言え、高橋北海道知事も議会など、時間かけた議論を繰り返し、判断を下した。

局面を打開するため、政府は、営業運転の前提となる経済産業省原子力安全・保安院の最終検査に加えて、内閣府原子力安全委員会にも意見を求める「ダブルチェック」を打ち出した。これもやむ得ない手続きと思うが、あまりも二転三転し過ぎた。

政府は、河瀬市長が語るように、判断基準を明確にし、ストレステストを早急に実施することで原発の安全性を確認し、地元自治体の理解を求めるべきだ。菅首相の発言の迷走でここまで至った電力事情、安全性をしっかり説明して、原発を再稼働も含め、電力危機を回避する責任があることは確かだ。

余談だが、東京のアンテナショップで売れるものに異変が起きている。先日も有楽町にある富山県のアンテナショップが紹介された。富山産の野菜が、飛ぶように売れているとか。放射能汚染から遠いとの庶民感覚だろう。

逆に、福島県産の農産物が深刻となっている。福島県のホームページをみると、農産物や水産物などの安全性をアピールするためのプロジェクト「ふくしま新発売。」をスタートさせていた。

第一弾として、放射性物質の検査を行った県内産品約250品目について、最新の検査結果を調べられる専用サイトを開設。福島の事故で受けた風評被害の払拭を目指している。

サイトでは、モモやナシ、キュウリなどの農産物のほか、牛肉、魚介類など、品目や地域別に最新の検査結果を検索できる。

私もJAふくしまの桃「あかつき」を購入したが、いまが旬。甘くみずみずしい。データを持っていないが、安全であるにもかかわらず風評被害による買い控えが起こり、大変深刻な状況となっていることは確かなようだ。

民主党の代表選が近づいてきた。安定した政治を進めるには必要なステップだ。東日本大震災や福島の事故の対応で、日々奮闘する人々が、前向きになれる論戦と新体制の誕生を期待する。 
【2011/08/18】 | ページトップ↑
少子化と貧困
Date:2011-08-17(Wed)

子供手当ての行方…

先日、子供手当てに関する相談を受けた。内容は、「今後の行方」に関する質問だ。就学前の子供が3人もいれば当然、気になるところだ。民主党政権の目玉のひとつだ。大震災と財源不足で事実上の棚上げとなった。

生活困窮者の増加…

氣になるデータがある。生活に苦しんでいる国民の割合を示す相対的貧困率が2009年は16.0%となり、国が併せてデータを公表した1985年以降で最悪の水準となった。データ上は明確ではないが、敦賀市でも市民税から推測すると確実に格差が広がり、貧困層もいうべき存在が増えつつあることだ。

また、18歳未満の子どもが生活状態の厳しい家庭で育っている割合を示す子どもの貧困率も15.7%と過去最悪の水準になった。

生活困窮者が増え続けている国の現状にしっかり目を向けたい。私も生活保護世帯を訪れたことがあるが、一生懸命働いてもどうにもならない環境がある。さまざまな社会問題の背景に貧困が存在していることを再認識する必要もある。中でも子どもの貧困率の上昇は深刻な事態だ。数は少なくても現状から目をそむけるべきではない。

困窮感が引き起こす親のストレスや孤立感などが児童虐待につながりやすいと指摘する専門家もいる。都会でもない地方都市、敦賀でもこの実情は変わらない、との指摘をする先生もいる。

敦賀市でも例外ではない…

敦賀市の雇用状態も全国的にも有数の有効求人倍率を示しているが、質はそれほど高くない。パートや臨時的なものが多い。基本的には原子力発電所で支えらているだけに、この動向が鍵を握ると言っても過言ではない。

私の経験でも、親から子へ貧困が継承される悪影響は計り知れない。ワーキングプアという言葉が貧困問題に光を当ててから5年ほどになる。東日本大震災や原子力政策の不安定さで、新たな懸念材料が加わった今だからこそ、貧困率の改善対策に本腰を入れる必要があると思う。

民主、自民、公明の3党合意で本年度での廃止が決まった子ども手当だが、調べると、海外にも似た制度は多数ある。中でも日本とは対照的に近年、評価を高めているのがブラジルのボルサ・ファミリア(家族手当)だ。

ブラジルの子供手当ての成功…

この制度は日本と同様に政権交代から始まった。2003年に就任したルラ前大統領が貧困対策として、まず40万世帯への支給を開始。子どもの就学や健康診断受診を条件に1世帯数千円程度を毎月支払うもので、その後、対象を大幅に拡大。現在までに約1100万世帯、全人口の4分の1の約4800万人が恩恵を受けたという。

当初は人気取りのばらまき政策として批判も強かったが、大きな効果を示したことで称賛に変わった。ブラジルは貧困層の割合が1992年に35%もあったが、08年には16%にまで下がった。また、08年のリーマン・ショック後も経済は大きな落ち込みがなかったが、これも手当が消費を活発化し、新興国としては珍しい内需主導の成長を果たしていたからだとされる。

ブラジルでは貧困解消という明確な目的を掲げ、統計数値で効果も理解されたことから拡充が進んだ。対して日本で


は少子化に加え貧困や景気対策も含めるか目的範囲がはっきりせず、数値目標も定めずに導入。効果検証もないまま縮小された。

ころころ変わる政策では…

民主党政権への期待が大きかった。いま、その失望感も大きい。相談を受けても、どうにもならないこと多いが、いま、国がすべきこと、敦賀市がすべきこと、なによりも大事なことは長期的な視野を持たないことに、この国の貧困層の増加と少子化があるようにも感じる。
 
【2011/08/17】 | ページトップ↑
障害者支援法と自治体
 
Date:2011-08-16(Tue)

障害者の福祉を勉強すると複雑で歴史的にも変遷を繰り返している。市民の方から相談を受けても、障害者保護というのが、失礼だが頭から離れない。基本的には人権であり、権利であるとの概念が大切だと認識だ。具体的に事例で説明したいが、狭い敦賀市特定できるので事例は避ける。

幸いと言って何だが、敦賀市は、財源問題も含め、他市にはない氣も細かい、環境整備がなされている。ただ、法律があり保護的要素が色が濃い以上、自治体で踏み込めない垣根もある。

障害者にとって、法律の変容は理解できる間もなく、保護者にとっても右往左往することが多い。「措置」「支援費」「応益負担」と続いた福祉制度の変転も根底には財源問題があった。

言葉の説明をすると、つい最近まであった、「応能負担」とは、負担能力のない者には税金や社会保険料を減免し、所得の高い者にはより高い負担率で税金や社会保険料を課すことによって、所得を再配分する機能を与えるもの。一方、変わった、応益負担とは所得の高低や能力には関係なく、かかった医療費の例えば1割を負担させる方法。ここにも財源問題が色が濃い。
 
ところが、全国的な動きとしては、この応益負担を原則とする現行の障害者自立支援法を廃止し、障害福祉法制を新たな段階へ引き上げようとする「障害者総合福祉法」(仮称、2013年施行目標)の制定に向けた議論が大きな節目を迎えている。

提言後には財源を踏まえた制度設計や法案づくりという段階に入っていく。東日本大震災を受け、法案づくりは財源をめぐって混迷することは必定だ。

内閣府の諮問機関「障がい者制度改革推進会議」の総合福祉部会が、8月末に同法の骨格について提言する。明らかになった提言の素案では、「障害に伴う必要な支援は無料とすべきである」などの重要な論点が示された。

調べると、同部会は知的障害者を含めた障害者、さまざまな障害者団体の代表、学識経験者ら55人がメンバーとなり、10年4月以来、16回の部会を開いてきた。これだけの当事者、関係者が一堂に会し、時間をかけて障害者福祉のあり方を論じた例は過去にない。

注目すべきは、歴史的経緯も関係法制度も異なる障害者団体が、包括的な法制度創設について一定の共通見解に達したことだ。提言は日本の障害者福祉の針路を示す画期的な内容でもある。

障害者福祉制度改革の契機となったのは06年の国連総会で採択され、08年に発効した障害者権利条約。

趣旨を引用すると、同条約は障害者の実質的な権利享有の格差を埋め、保護の客体だった障害者を権利の主体へと地位の転換を図り、共生社会の創造を定めた。

日本は07年に同条約に署名した。自民公明政権時代だ。今は締結に向け、障害者基本法の改正をはじめ国内法の整備に取り組んでいる。障害者総合福祉法の制定は政権の枠を超えた国の責務である。

しかし、障害者権利条約は障害者福祉法制を市民との実質的な平等に基づく権利保障体系へ転換させることを求めた。障害者福祉は「恩恵」ではなく「人権」の問題である。財源問題に大きく左右されない制度を構築するためには、国の負担が土台だ。

また、直接、障害者と接するのは、地方自治体だ。自治体は財源力や政策、市長の考えに応じて、施設やサービスを充実できるのもおかしいが、現実は難しい。
【2011/08/16】 | ページトップ↑
成功体験だけでは敦賀市の将来は…
Date:2011-08-15(Mon)

小浜市が全国に報道されるほど暑い38.1度を記録した。今日も暑い暑い日だ。

8月15日、66回目の終戦記念日。今年は、3・11があっただけに特別な想いを感じる。かたくるしくなるが、思っていることを書く。

私の愛読書に「竜馬がゆく」と「坂の上の雲」がある。いずれも、「若さ」をテーマにした青春群像でもある。改革と上昇思考、なんど読んでいても元気が出る。

なかでも、「司馬史観」とも呼ばれる司馬さんの歴史観、誰にも親しまれ、逆に批判も多い。「坂の上の雲」への明治と昭和の時代背景と日露戦争と太平洋戦争の違いなど、戦争には違いがないものの、歴史観を明確にしている。私もこの考えに同調したい。

いずれにしても、小説の事実上の主人公が、明治という国家とそれを担った人々の「若さ」であることに異論はなかろう。

小説終盤で真之の手になるという「連合艦隊解散ノ辞」の「勝つて兜の緒を締めよ」が紹介される。軍人としての戒めの言葉ではあるが、以後の日本の政治家や軍中枢はこうした言葉に象徴される「自省の精神」とは異なる道を走る。

日露戦争後、日本が敗戦で焦土となるまでわずか40年ほど。しかしこの暗転に至る道は、実は若き明治の栄光から始まっていたとしている。まさに、日露戦争の成功体験が破滅への道でもあった。

戦後の40年、復興復旧、高度成長は、まさに成功体験の連続、その後、バブル崩壊後20年を超え、経済の停滞、人口減少、少子高齢化社会のなかでの3・11は何かを教えようとしているのではないか。

繰り返すが、西欧列強に肩を並べようと急ぎ足だった明治。米国をモデルに経済大国となった戦後。そして迎えた3・11の東日本大震災。未曾有の危機でもある。堺屋太一氏が語る様に、終戦にも匹敵する状況とも言える。

もうこの世界にモデルはなく、日本自身が身の丈にふさわしい国づくりを目指さねばならないことを教えているのではないか。

未来への航海図を自ら描くしかない。歩んできた道を謙虚に振り返り、自ら考え、考え抜く。一人一人の考える力の強さが、私たちが住むこの国と地域の強さになる。

ここまで、書いたのも、敦賀市にとっても、大きな転換点でもある。40年間、原子力発電所とともに歩み、人口増加、インフラ整備、雇用の安定など、その道は間違っていなかったとも思うし、既存の敦賀1.2号、高速増殖炉もんじゅや、これから予定されている敦賀3、4号と、進むべき路線ははっきりしている。

しかし、福島の事故以来、原子力発電所の国民の考え方は大きく変わった。敦賀市民も私が接するなかで、雇用との関係も深いが、漠然とした不安を感じている。周辺自治体の議会での「脱原発」の意見書採択などもこれまでとは違う対応だ。謙虚に受け止めるなければならない。

ここにも航海図はない。少子高齢化、人口減少のなかでの3・11、誰も予測が出来ない時代、成功体験だけでは、自らが自らを進むべき道を誤ってしまう。身の丈に応じた敦賀市、人口減少が始まる敦賀市、しっかりと考えたい。それには考える時間と辛抱も大事だ。
【2011/08/15】 | ページトップ↑
日本人の共通性
Date:2011-08-14(Sun)

蟻(あり)の道(みち)雲の峰よりつづきけん
 
この句は、小林一茶。夏空の下、黒い蟻が延々と列を作っている。お盆の頃、高速道路を走りながらいつも思い出す俳句だ。

日本人の共通性を思う。猛暑、節電列島の高速道を乗用車が走り、軌道を新幹線が駆け抜け、上空を航空機が飛び交う。旧盆を迎えて多くの人が古里に向かう。民族大移動は今夏も繰り返されている。節約志向の高まりで例年より増えているように感じる。

父の眠る金沢の寺町。母が眠る東京の白金。普通は、新盆だが、最近は、旧盆でも各お墓には花や線香の香りが漂う。地域、地区ごとに風習や行事は違うが、さほど変わらない。

あの世から戻るというご先祖さまの供養のため、私の育った四国では、夏の成人式や同窓会への出席のために、都会へ就職した若者が帰郷する。いまも、この動きは変わらない。敦賀の人口もこの時期、増える。このため、各店はいっぱいとなる。

いずれにしても家族、親類や昔の仲間などとの出会いと思い出を探し求めているように見える。人間の帰巣本能だと例える人もいる。不思議なことに、歳を重ねたせいか、同窓会の誘いも多くなってきた。

母方の先祖は福島県原ノ町(南相馬市)。中学の頃、親戚の家に一度だけ訪れたことがある。東北は、鎮魂の夏でもある。今年、大震災と高速が無料とかで大渋滞が続いている。

欧州などでは夏に長期休暇を取得して太陽光線がまぶしい地中海のリゾート地で、あるいはアルプスなどの避暑地で過ごす人が多い。その点、日本は夏休みの過ごし方でウエートが高いのが古里への帰省。中でも旧盆時期に集中する。短期集中型。時代は変わっても、大きな変化はない。
【2011/08/14】 | ページトップ↑
敦賀港の選定への期待
Date:2011-08-13(Sat)

お盆の季節は、敦賀を離れ、母の眠る東京、父の眠る金沢と一年の不義理を詫びる。

東北では、お盆を前に大震災の被災地で行方不明者の葬儀が相次いでいるという。どこかで生きているのではないかと望みは捨てきれない。それでも、心に一区切りつけよう。前を向いて生きようとの表れではないか。

亡き人を思い、家族の絆を確かめるところにお盆の意味があると、この歳には思うようになった。

その気持ちが深く根ざしているから、どんなに交通ラッシュに遭っても日本人は帰省する。お墓に手を合わせて拝む。自然と心が和む。墓石が家族の絆ともなっている。

まったく、話を変えるが、一昨日、中国やロシアなど北東アジアとの貿易、旅客航路の核となる「日本海側拠点港」選定に向けた検討委員会が東京の国土交通省で開かれた。西川一誠知事と河瀬一治敦賀市長が出席し、敦賀港の優位性をアピール。敦賀港のひとつの転機になればとも思う。。

敦賀港は「国際海上コンテナ」「国際フェリー・国際RORO船」の2分野に単独で、「国際定期旅客」に京都・舞鶴港と連名で応募した。

関西・中京圏に近く、潜在的な貨物量が多い。韓国・釜山港間を17・5時間で結ぶ貨物専用カーフェリー「RORO船」の拡充など、貨物取扱量の増加に向けた計画もある。新潟港は確実にしても、敦賀港が選定される意味合いは国家にとっても大きいはずだ。選定結果を期待したい。

拠点港には全23港が応募。有識者9人の検討委員と最終的には国交省の政務三役が検討委の意見を踏まえて今秋に最終決定する。選定数は未知数とか。残念だが、日本はもはや韓国の釜山港の敵ではない。 
いかに釜山港と連携し、取扱量を増やすか、中国やロシアとの関係など、市レベルでは対応出来ない。拠点港に選ばれることと、西川知事の取り組みに期待したい。

話を戻すが、父母感謝し、生きていることにも感謝し、手を合わせるとしゃんとする。  
【2011/08/13】 | ページトップ↑
国の原子力政策や景気に影響を受ける税収
Date:2011-08-12(Fri)

昨日は、昼はヨーロッパ軒本店で東京、大阪、東海の敦賀人会。故郷、敦賀に年一回、お盆のときに集まる。今年はなぜか多かった。夜は、敦賀10地区の区長会長と市議会議員との懇談会。

飲みながら懇談も、みじかな課題から、大震災の不安と幅広い懇談となった。敦賀市の最前線で住民の接するだけに切実に課題が伝わってくる。

ところで、菅首相の退陣日程がほぼ固まりそうと思いきや、今日はまた郵政法案で自民党の審議拒否、まだまだ紆余曲折ありそうだ。世界に目を転じても、市場の混乱がおさまらない。米国と欧州の財政危機の収束が見通せず、信用不安が拡大しているためだ。 

巷では、円高、株安が長期化する中で、市内の金融機関でも、外貨定期預金が人気を呼んでいる。投資信託や株を売却した資金で外貨預金を申し込む人も多いとか。銀行の友人は、御客の敏感さに関心もし、新聞にも早速、取り上げられていた。

「3月の東日本大震災以来、外貨預金が増加傾向」と話し、7月は「前月に比べ約4倍の取扱量となった」と。友人曰く、それも、お年寄りに多いとか。あるところにあり、それも敏感に反応している。

しかし、日経新聞など読んでも、今回の混乱は要因が複雑に絡み合っており、対応が難しいとの見解が多い。今後の景気悪化が氣になる。

震災による景気悪化が一段落したものの、敦賀市の産業団地の残りの営業活動にも影響しているのではないか。いつものことだが、景気の悪化は、庶民こと、生活弱者に影響を与えることは必定だ。

「脱原発依存」をはじめ、迷走する菅政権のエネルギー政策が電力不足を招き、成長の先行き不安も引き起こしている。関西や中部電力の関係者に聞くと、節電が予想以上に効果をあげ、この猛暑でも若干の余裕がでている。産業活動の節電効果もあるが、景気の悪化はここにきて微妙に影響しているとも語った。

「ポスト菅」に向けて、成長戦略やエネルギー政策を、しっかりと立て直さなければならない。敦賀市も菅政権に翻弄され続けている。

敦賀市の駅前のホテルは満杯を続けている。敦賀3、4号の本格着工を予想し、駅前開発の動向を受けて、駅前商店街が敏感に動き始めている。しかし、この先、どう変化するか、巷の動向にも注視しておきたい。

市民の生産活動と税収は密接に動く。どう税収が変化するか、国の原子力政策、景気の動向などによる、電源三法こと、交付金の行方、市民税、固定資産税など、税収の長期見通しが大事となる。9月議会前、今月末には中期財政計画も公表される。どれだけの精度があるかみきわめたい。
【2011/08/12】 | ページトップ↑
将来をにらんだ原子力行政とは
Date:2011-08-11(Thr)

昨日、発売となった月刊誌「文芸春秋」を読んだ。現職の海江田経済産業相、野田財務相の現職の閣僚だけに読みごたえがあった。

なかでも、海江田大臣の東日本大震災以降の原子力政策をめぐる菅首相との確執を明かした手記は、いまの原子力行政の混乱ぶりを暴露したものだ。

九州電力玄海原子力発電所の再稼働問題で首相と見解が分かれ、関係自治体の混乱を招いたことについて、「(首相に)はしごを外された」とし、「ボタンの掛け違いは、原発再稼働の方針について、首相から一言も明確な指示がなかったために起こった」と批判するなど、恨み節をつづっている。

原子力発電所の現場はもちろん、立地市町村がどれほどこの数ヶ月、混乱したか。 腹立たしくなるやりとりだ。

海江田氏は、手記では「私が辞めた後、首相がどうされるのかはわからない。それを知ろうとは思わないし、知りたくもない」と首相を突き放している。もはや内閣の体をなしていない。

民主党代表選に出馬する意向を固めた野田佳彦財務相の政権構想も読みごたえがある。

財政再建を「未来への責任」と指摘し、消費増税を含めた税制改革の実現に取り組む決意を表明している。社会保障制度の財源を安定させることで「雇用、消費の拡大を促し、経済成長につながる」としている。財務相らしい見解だ。

原子力行政では、原発依存度の引き下げを主張する一方で、「少なくとも2030年までは技術の蓄積が現実的」と指摘。議論を尽すことも明示している。まだ、現実的で冷静な見解とも感じる。

稼働中の原発全基が来年四月までに定期点検のため停止するとして、現在停止中の原発も含め「安全性の徹底的な検証」を条件に、再稼働の努力をすることが最善の策だとしている。

日本の原発輸出に関しては「短兵急に止めるべきではない」と表明。唯一の被爆国として原子力の平和利用技術を蓄積してきたことや、新興国を中心に原発の需要が高いことを挙げ、原発輸出を日本の国際貢献の一つと位置づけている。これも妥当な見解だ。

ただ、閣僚の一員であった野田、海江田氏が、首相の辞任の時期がほぼ確実になったこの時期か、政治の判断能力、劣化が著しいとも感じた。

ところで、広島、長崎の原爆の日が今年も終わった。次は15日の終戦記念日。今年は終戦から66年、太平洋戦争開始から70年。戦争体験の風化が指摘されて久しいが、ここにきて、軍などの中枢部にいた人たちが真相を語り始めている印象も受ける。

ここ数日、放送されていたNHKスペシャルは見ごたえがあった。「原爆投下活かされなかった極秘情報」は、米軍の広島、長崎への原爆投下の動きを日本軍の特殊情報部が事前に察知していた真実を、軍関係者の証言などで明らかにしていた。

情報部がB29が発するコールサインを傍受して危機が迫っていることを参謀本部に伝えるが、国民を守るために生かされることはなかった。

広島、長崎とも空襲警報は発令されず、無防備のまま多くの市民が犠牲になった。そして証拠隠滅と続く。ここにも大事な教訓がある。

原子力の平和利用でその基本となる原子力基本法の「自主、民主、公開」の大原則はいまも変わらない。

原爆と原発の違い、危険なものに変わりがないが、利用目的がまったく違う。それだけに原子力基本法の精神が大事になる。

誰が首相になるか、これからのマスコミをにぎわすであろうが、原子力行政は、しっかりしたリーダーのもと、法律に基づき、法律の精神に基づき、冷静に適確な判断と、これまで積み上げたエネルギー政策など議論を尽くすことが大事だと思っている。

なによりも、太平洋戦争の日本がしかけた理由のひとつが南方の石油資源の確保にあった。エネルギーは、国際戦略物質のひとつでもある。安易な選択は、将来に禍根を残す。難しいが、日本の将来を考えても、短絡的な選択だけは将来の子供たちに禍根を残すとも言える。もんじゅは、まさにその延長戦上にあると言っても過言ではない。
 
【2011/08/11】 | ページトップ↑
もんじゅの存在意義、存在価値
Date:2011-08-10(Wed)

昨夜、敦賀市立博物館のボランティアガイドの研修会。敦賀の戦前の繁栄を表す写真、大和田銀行、旧敦賀市役所、税関、ロシア領事館、蓬莱岸壁など、一枚一枚の説明を受けた。写真は、正確にはその時代をいまに伝え、どれも敦賀の発展を見守った建物ばかりだ。

星条旗がたつ大和田銀行・・・・

なかでも圧巻は、星条旗の立った大和田銀行だ。爆撃を逃れるために、黒く塗られた外壁、焼け野原のなかで星条旗が立っているとはいえ、満身創痍のなかで力強く敦賀を復興しようとする姿、象徴にも思えた。貴重な一枚だ。

ところで、50年後、100年後、高速増殖炉もんじゅの写真はどのように見られるであろうか。現在、私には原子力発電所と歩んだ敦賀市の象徴とも思え、まさにこれからの日本の将来のために、仕事をする直前の姿でもある。

敦賀市にとって高速増殖炉もんじゅがどんな存在か、日本にとってどんな存在か、正念場というべき時期を迎えている。福島の事故の大きさとその収束と今後は日本にとって、大命題だが、だからと言って、もんじゅの将来を安易に考えるべきではないと思っている。

無責任な菅首相の発言・・・・

一昨日の菅首相が衆院予算委員会での「もんじゅの廃炉を含めて検討する」との答弁。私は、いつか言い出すと思っていた。福島の事故以来、「脱原発」発言を繰り返している。先日も広島でここぞとばかりに演説している。個人的考えどころか、総理の権限、発言は、フルに活用している。政治家の信念さえ感じさせる発言を繰り返している。

世論調査でも「脱原発」路線は、菅首相の主張で唯一、半数以上が評価している。これも首相の発言を後押ししていることも確かだ。

原子力発電所から出る使用済み核燃料の再処理を含め、日本がエネルギー政策の柱と位置づけてきた「核燃料サイクル」路線も、根本から見直すと何度も語る。

退陣を表明した首相が、場当たり的に「脱原発」発言を繰り返し、存在感を固持しているかのようにもうつる。このことが、どんなことになるか、冷静に考え議論する時間が必要だと思っている。この「脱原発」発言が、将来の敦賀を左右するからでもある。

冷静に考えなければいけない原子力政策・・・・・

日本のエネルギー政策の根幹は、資源小国のなかでいかに日本人が生きて行こうとするか、長年、積み上げてきた政策でもある。核燃料サイクルは、ウラン資源の有効活用し、長期的に「準国産エネルギー源」を得るというものだったはずだ。

青森県六ヶ所村では、日本原燃の再処理工場が建設中だ。もんじゅは、2050年の実用化をにらんだエネルギー戦略の国家百年の大計の要でもある。

再生可能エネルギーが、代替として考えられているようだが、質、量、力どれをとっても、補助的に考えるのはいいが、主力にはなり得ないのは明白だ。火力で賄おうとすると、これもオイルショックや地球環境問題を冷静に考えても時代に逆行していることも確かだ。

さらに、政策転換で、これらの施設が凍結・廃止になれば、六ヶ所村の工場では、運び込まれた使用済み核燃料約3000トンの処理が宙に浮く。全国の原発に保管中の使用済み核燃料も行き場がなくなる。

冷静に世界をみつめても、近隣の韓国は再処理をはじめ、中国は先月から高速増殖炉の発電運転を開始し、原子力発電所147基建設の計画の道を突き進んでいる。

原子力の平和利用の重み・・・・

日本は、平和利用を前提に、核兵器材料にもなるプルトニウムの活用を国際的に認められ、高水準の原子力技術を保持し、ベトナムに技術輸出を勝ち取ったばかりだ。福島の事故の大きさと怖さは、あまりにも大きい。

しかし、まだ収束に至っていない。その全容はまだこれからだ。感覚的、感情的に走るのは理解でき、また進みやすい国民性はいたしかないとしても、これまで、半世紀、積み上げてきた原子力政策、平和利用の取り組み、道のりは、一部の日本人のためではなかったはずだ。冷静に時間をかけて議論する時間が必要だ。

もんじゅの敦賀市での存在・・・・

敦賀市にとっても、議論を積み重ね、国策として受入、建設と試運転とトラブルを続けながらも、ようやくここまで漕ぎ付けた。建設は敦賀にとって活気を与え、その後、交付金などにより、果実が市民温泉リラ・ポートなど施設となり、雇用を生み、市民の生活を支えている。

あらたに、もんじゅを研究の要として、福井大学附属国際原子力工学研究所として、駅前に姿を表し始めた。これも、もんじゅがあって存在だ。もんじゅを中心に学究の場として歩み始めたばかりでもある。

とにもかくにも冷静に時間をかけて、もんじゅの存在意義、存在価値を議論することが大事だ。あまりにも短絡的に考えることはやめよう。
【2011/08/10】 | ページトップ↑
災害の備え、道路の整備など、予算との闘いだが、そのなかでも、優先順位があるはずだ。
Date:2011-08-09(Tue)

昨日は、暑かった。二十四節気の一つ「立秋」で暦の上では秋の入り口を迎えたが、この日の福井県内は小浜市が全国で2番目となる最高気温37.6度を記録した。敦賀市で35.6度、日が直接さす車の外気温は39度をさしていた。

昨日から、立秋。これからは日を追うごとに秋の気配が漂う。入道雲に代表される夏の雲のはるか上方に、一昨日は、薄く横に伸びる雲が見え始めたばかりだ。複雑な季節だ。

熱せられた地面から激しい上昇気流が起こり、もくもくと湧きあがるのが夏雲だ。秋雲は低気圧の影響で水平に流れる筋のような形となる。縦から横への変化が季節感を運んでくる。
 
先週の土曜日。中央町の祭りの開催まえに通り雨が降った。昔から「夏の雨は馬の背を分ける」と言われるほど、降る場所の境がはっきりしている。夕立は何度も経験したが、それにしても最近は異常だ。ピンポイント豪雨が各地を襲う。積乱雲による局地的な大雨はまだまだ続くらしい。

昨日は、笙ノ川整備促進協議会総会が市役所4階で開かれた。協議会ができ10年を超えた。

ところで、今年5月29日、30日の嶺南を中心に大雨となった。私も心配になり三島橋から水位を見守った。平成10年の笙の川の異常水位も忘れられない。

福井豪雨の記憶も新しい。総会ができた当初は、厳しい意見が続出した。10年の時間の長さが逆に声を沈めているのか、ほとんど意見もないままに終わった。

逆に、笙の川の総会に先立ち、都市計画道路岡山松陵線における未着工区間(新木崎通りから旧27号線まで)の早期整備を目的とする、都市計画道路岡山松陵線道路整備促進期成同盟会の総会も開かれた。この同盟会は、昨年、できたばかりだが、計画が明らかになってずいぶんと時間がかかっている。若葉町の住人は、建て替えやリフォームもできずにいる。参加者からは、不満の声が数多くあがった。

舞鶴若狭自動車道の粟野のスマートインターができれば、交通量も増えるのは明らかだ。県の対応の遅さが不満が県の説明者への批判に変わった。

時候のあいさつは暑中から残暑に変わった。が、熱中症など、気の抜けない暑さが残る。

今年は、遠いとはいえ、誰もが災害に振り回されてきた。雲の形の違いで季節を感じる余裕もない。災害の備え、道路の整備など、予算との闘いだが、そのなかでも、優先順位があるはずだ。
【2011/08/09】 | ページトップ↑
今日から立秋、期待したいが…。
Date:2011-08-08(Mon)

今日から暦上は秋。立秋だ。昨日は、午前中、自衛消防隊操法大会の応援。市議会チームも出場したがおしくも入賞を逃した。昼からは、小浜市で琵琶湖若狭湾快速鉄道の総会。この路線は、滋賀県高島市と若狭町を結ぶ計画の鉄道路線。別名、若狭リゾートラインの愛称が与えられている。

小浜ー京都間を約1時間で結ぼうというもの。地域にとっては百年を超える悲願。一方で今津と小浜間の若狭線の乗客数は減りつつある。懸念材料も多い。夜は、操法大会後の打上げと中央町の夏祭りの反省会と過ぎた。
秋になるとはいえ、現実は一年で最も暑さを感じる時期。週間予報の最高気温も34度前後のようで、厳しい残暑が予想される。それでも時に吹く風が肌に心地よく、秋来ぬと目にはさやかに見えねども…を実感できるようになった。小浜からの若狭路をウロコ雲も見える。

赤紫の小さな花をつけたハギの周りをキチョウが舞い、オミナエシの黄色が折からの風に揺れる。夜空には「W」字形のカシオペアが見えるようになった。こちらはしっかりと視覚でとらえることのできる秋である。

ところで、敦賀にとって明るい話題、 敦賀港の1~6月の貿易用コンテナ貨物取扱量、空コンテナを除いた実入りコンテナ量(20フィートコンテナ換算)は1万813個で、前年同期と比べて2倍余りに増加。上半期の取扱量としては過去最高となった。おそらく今年度は過去、最高。
また、昨年7月に韓国・釜山港間の国際RORO船が週2便就航したこともあり、2010年の年間取扱量は過去最高の1万5319個を記録。東日本大震災の影響はなく、これも、年間の最高も更新できそう。敦賀のこれからの役割、それも大震災後の敦賀港のあり方を示している。拠点港の国の選定もこの秋だ。

秋の気配をはた目に、熱い攻防を繰り広げているのが政治の世界。目下の焦点は、公債発行特例法案の取り扱い。同法の成立は、菅直人首相が掲げた退陣条件の一つ。国会の会期末は8月末だが、盆時期の「自然休会」を挟む。今週あたりがヤマ場か。
 
与野党が、国会で丁々発止の論戦を繰り広げるのであれば歓迎だ。しかし、現状は国会外での駆け引きが中心。民主党も自民党も党内が結束しているわけではない。いたずらに時間だけが過ぎてゆくようだ。
 
国会を閉じるころは、本格的な秋への助走時期。爽やかに迎えたいだろうが、国民からの強い「秋風」が吹いているかもしれない。内閣支持率も20%を切っている。
【2011/08/08】 | ページトップ↑
ケセラセラもいいが…
Date:2011-08-07(Sun)

昨日は、中央町の夏祭り。早朝の子供神輿の町内巡行から始めた。ほぼ3時間、夏の暑さは汗だくとなる。夕方からは、模擬店など夜9時ごろまで続く。汗をかきながら、ビールを飲みながら時間の流れはいい。

ところで、年末の清水寺の漢字一字はなんだろう。歳末のいまや日本の風物詩として、必ずニュースに登場する。いまから興味がわく。それほど、今年は特別な年だからだ。敦賀市にとっても大きな転換点であるような氣がする。

原子力発電所とともに歩んで40年、よきにつける悪しきにつけ、人口も増え、施設も増え、道路もよくなり、港もインフラも整いつつある。舞鶴若狭自動車道も3年後には敦賀で北陸自動車道とつながる。

ひとつひとつが、実現してきた。雇用も生まれ、市の財政もそれなりに増えてきた。それぞれがピークを迎え、足踏みを続けているのが現在ではなかろうか。字をあてはめると「峠」とも書いてよさそうな位置どりだ。

漢字一文字に思いをこめる。日本全体としては、「災」とか、前向きにいま必要なのは、「絆」とか、書きたい心境ではないか。

猛暑の昨年は「暑」だった。その前は「新」「変」「偽」「命」「愛」「災」などだった。暗いイメージのものが交じる。さかのぼれば「戦」「末」「毒」「倒」「震」の年もあった。清水寺と年末、この筆に書いて今年は終わりにしたいとの想いがこもるのか、なぜか、暗い。

やはり前向きな言葉か、気持ち、大切なものなど、その意味ではかつての「命」はいいが、その気分でもない。やはり、いまは、「絆」だろう。「結」もいいかもしれない。

海江田大臣が、手のひらに書いた「忍」もいま、必要なときだろう。
敦賀市も、雇用、経済、生活そのものが、原子力発電所とともに歩んでいるだけに、国のエネルギー政策の動向が、定まらない現時点では、すべてとは言わないが、「忍」の一字だ。

右肩上がりの成長路線を続けてきた敦賀市あって、人口減少、少子高齢化と「峠」の向こうをしっかり見定めても遅くはない。最後は「ケセラセラ」と行きたいが、敦賀市の財政運営は、いまが正念場だ。しっかりと足元をみる辛抱がほしい。
【2011/08/07】 | ページトップ↑
「コクリコ坂から」と団塊の世代
Date:2011-06-06(Sat)

宮崎駿の映画の世界は、大人でも十分楽しめる。「千と千尋の神隠し」、「ハウルの動く城」、「もののけ姫」、「崖の上のポニョ」、「紅の豚」、「魔女の宅急便」、「風の谷のナウシカ(トップクラフト制作)」、「となりのトトロ」、「天空の城ラピュタ」と…。どれも似ているようで似ていない。

「魔女の宅急便」の街並み、坂道、海と山、私が住んだ高松、神戸、敦賀、どれにも共通する風景だ。

ところで、現在、平和堂で上映されている「コクリコ坂から」。調べてみると「コクリコ」とはフランス語で「ひなげし」のこと。

舞台は1963年、東京オリンピックの前年、私が11歳のとき、横浜の港の見える高台。庭にたくさんのコクリコ(ひなげし)が咲く下宿屋「コクリコ荘」に通じる坂道がコクリコ坂では、ないか。宮崎駿さんは何十年もの間、映画化のアイディアを温めていたらしい。宮崎さんらしい取り組みだ。

世代から、私より6歳ほど歳上の団塊の世代を描いた映画だ。東京オリンピック前年の高度成長の槌音が鳴り響き日本がまさに上り坂、元気があふれ、子供が町中にいた時代だ。

主人公の松崎海は高校二年生。まさに団塊の世代である。仕事で海外に行っている母親の留守を守って“海”は弟妹や祖母の面倒をみながら、なおかつ下宿屋“コクリコ荘”も取り仕切っている。

早起きをして朝食の支度を黙々、淡々、かつリズミカルにこなす。そして海をゆく船舶に向かってその安全な航海を祈って国際信号旗を掲げることを毎朝の日課としている。船乗りだった父親は、朝鮮戦争で命を落とし、主人公は、船乗りであった父をしのんで、船にあげる国際信号旗あげる。

国際信号旗はほとんど覚えていないが、懐かしい思い出だ。思春期の純愛ドラマ的な映画だが、街並みや家具、台所など、当時の生活がスケッチのように描かれている。なによりもいいのは港の風景だ。タグボートなど、当時の船を詳細に描いている。この描写は私はこたえられない。

最近、昭和30年代のドラマや本、映画、街並みを再現した横浜のラーメン舘など、リバイバル化している。団塊の世代が懐かしむのわからないでもないが、私には、あの頃の家族のあり方、元気など、いま大事なものが失われいるからこそ、再現しようとの力学が働いているようにも思う。難しく考えずに、素直に映画を楽しんだ。
【2011/08/06】 | ページトップ↑
被災地への支援
Date:2011-08-05(Fri)

暑い日が続くが、今年は様相が違う。朝夕の涼しさも気になる。東日本大震災の発生から近く5カ月になる。岩手県と宮城県では派遣されていた自衛隊が撤収した。被災地はもう人手が不要、と思いがちだがそうでもないと伺った。

支援活動ができるのは住民の許可が出た家だけだ。崩れて隣家にもたれかかった家もあるが持ち主と行政の許可がないと取り壊しもできない。多くの被災家屋は今も手つかずのまま放置されているとか。

今回の震災では当初、一般ボランティアに自粛を求める声が強かったが、現在は受け入れ態勢が整い、誰でも参加しやすくなった。仙台駅にはボランティア情報ブースもある。被災県のホームページには市町村ごとの受け入れ条件が載っている。

私も8月の終わりと思ったが、スケジュールが埋まる。9月議会が終わる頃にもう一度、と思っている。

ボランティアだけに、こだわらず、観光に訪れて欲しい。との友人のの弁だ。日本三景の松島もいっこうに観光客が戻らないとか。仙台空港では定期便も復活した。小松ー仙台間も復活した。

ボランティア、観光、それに、農産物、福島の桃を買った。募金も最近、減ってきているとか。まだまだ協力できることは多い。
【2011/08/05】 | ページトップ↑
高木文部科学大臣の来敦
Date:2011-08-04(Thr)

昨日、高木文部科学相が就任後初めて敦賀市のもんじゅを訪れ、高速増殖炉の必要性を訴えながらも、一方で、今後の国のエネルギー政策の行方を見守るしかないと語った。

高木文部科学大臣は、三菱重工長崎の出身、これまで原子力については推進の立場をとっていた。

昨日は、福島第一原発の事故後、安全対策がどのようになっているかを自ら確認したいとして、もんじゅの近藤所長らの案内で、液体ナトリウムを自然循環によって冷やす空気冷却器などを視察。 

高木文科相はもんじゅの必要性を訴える一方、今後については、菅内閣の一員として、国のエネルギー政策の行方を見据えなければならないとした。曖昧なものいいが続いているが、高木さんのこれまでの主張を貫いてもらいたい。高木さんと言ったのは民社党時代からよく知る方だからだ。秘書も長年の友人である。

ところで、夏本番。児童・生徒たちの夏休みも真っ盛り。海へ山へプールへ、子供の頃の夏休みは長かった。敦賀も各地区、各町内の夏祭りが本番。この6日にも中央町は子供神輿を午前中、町内を回し、夕方から松島第一公園で夏祭り開催する。

大震災後の平凡な地域のお祭り。大事にしたい。できることの幸せを噛み締めたい。いま、日本は、大変だ大変だ、という雰囲気になっている。円高問題は日本にとっては長年の宿題だった。考えてみれば、円高が進んでも心配しなくていい国になるにはどうしたらいいか、という宿題を出されて30年近くになる。

「内需主導型への転換」という答えは最初から示され、具体策を示すのが宿題だった。円高になると外国からモノを安く買える。それを国の前進力にする道筋だ。政治が宿題をサボってきたから「大変だ」を繰り返す。

慣れ親しんだ外需(輸出)主導型経済は、円高が進むほど骨格がきしむ。今回の超円高は輸出産業の生産の海外移転を加速させるだろう。ただでさえ産業界には電力の供給不安を背景に日本脱出を考える空気が出始めていた。

長年の宿題はともかく、突然突きつけられた宿題はこなさないと、日本経済はいよいよ暗い。電力不安はどうすれば解消できるのか。国家的宿題の答えとそこに至る道筋を、政府・与党は夏休み抜きで見つけなければならない。

高速増殖炉もんじゅを敦賀が取り組んで30年以上の月日が流れている。その完成の時期も近い。あまりにも軽々に物事を語る首相、閣僚に敦賀が翻弄されては、思うばかりだ。国のエネルギー政策は国家百年の大計であるはずだ。しっかりして欲しいとの想いだ。 
【2011/08/04】 | ページトップ↑
荒波と振り子の大きさに目をむけた財政運営
Date:2011-08-03(Wed)

振り子、やじろべえ、こま、天秤、いずれもバランスが大事なものばかりだ。やじろべえ遊びを通して、子供は自然にバランスの大切さを学んだ。振り子は、どんな力を加えても、必ず戻る。

こと原子力発電に関する世論は、福島の事故以来、脱原発、減原発の言葉がマスコミをにぎわし、立地市町とは裏腹に、バランスを欠く動きばかりが目立つ。原子力発電の安全対策を、当面、中長期と実施しても、世論の動向に左右されるのか、政府の重心が定まっていない。まだまだ振り子を引っ張る力は強い。

昨日も、滋賀県の住民ら約160人が関西電力が設置する福井県内の原発のうち定期検査で運転停止中の計7基の再稼働差し止めを求め、大津地裁に仮処分を申し立てた。

7基は美浜原発1、3号機、大飯原発1、3、4号機、高浜原発1、4号機。理由として、福井県の原発群で事故が起きれば琵琶湖が放射性物質に汚染され、京阪神地域の住民らが飲料水を失って生命にも重大な危険が及ぶ可能性があるとしている。

嶺南地域の一員として、これまでもこれからも、原子力発電所でできた電気を使いながら差し止めの仮処分申立てを行うことのできる身勝手さを考えてしまう。やじろべえの傾きは、あまりにも傾く世相に不安を感じる。振り子はいずれ戻るが、まだまだ戻るどころか、引っ張れぱなしだ。

雇用、経済など生活の基盤を原子力発電所とともに、この40年間、歩んだ嶺南地域だけに、このバランスを欠く動きを、いまは、じっくりとみるべき時期と、私は受け止めている。

敦賀市も、雇用や経済はもちろん、市の財政を支える原子力発電だけに、国の原子力政策の動向は、あまりもバランスを欠く方向に引っ張られている。

電源三法の敦賀3、4号の立地促進交付金11億7千万円の動向は、もちろん、既存のもんじゅ、敦賀1、2号への交付金の執行状況など、財政運営は、世相が世相だけに、石橋をたたいてわたる必要がある。

敦賀市の大きなプロジェクトであり、多額な経費を要する駅舎を中心とする駅周辺整備や市立看護学校の大学化など、議論を重ねる時期とも思っている。

駅周辺整備は、かつての待合室が解体され、福井大学附属国際原子力工学研究所が姿を表してきた。今後は、駅前広場をどうするか、駐車場を中心とする、いわゆるAゾーンをどのようなコンセプトの建物を建てるか、議論を重ねる時期だ。

また、看護学校の大学化の議論も議会ではまだ始まったばかりと受け止めたい。現在、看護学校の経費として、約1億5千万円を一般会計から毎年、拠出している。大学にすれば、倍以上の持ち出しとなる。看護師のレベルアップも必要だが、いまは、財政運営を第一に優先すべき時期である。

高齢化に伴う社会保障費の増大、公共施設の維持管理の増大など、敦賀市の財政もけっして潤沢ではない。

東日本大震災や福島の事故の荒波は大きい。さらに、バランスを欠く大きな振り子にも、目をむけておく必要がある。
【2011/08/03】 | ページトップ↑
敦賀3、4号の必要性
Date:2011-08-02(Tue)

昨日は、議会運営委員会。予算決算常任委員会の進め方、議会報告会など、実務的な内容について話し合った。また、23日に話し合う。ご報告できるものがあれば、そのときにご報告する。

ところで、福島第1の事故の影響で、政府の原子力行政があまりにも後ろ向きどころか、敦賀の明日を左右しかねない方針を次々に打ち出している。脱原発と首相がいえば、一方で,減原発と玄葉大臣が述べたり、先行き不透明な方針が出され、雇用、経済や市の財政を原子力発電から生み出している敦賀にとって、目の離せない事態が続いている。

昨日は、河瀬市長の定例記者会見が行われた。記者会見に参加していないので、福井新聞朝刊を引用しながらコメントする。市長は、敦賀3、4号機増設計画について「絶対に必要」と述べ、できるだけ早く耐震安全性などを確認した上で本体着工すべきだとの考えを重ねて示した。

また、高速増殖炉「もんじゅ」の位置づけが揺らいでいる点では「しっかりした研究成果を得て将来のエネルギー確保につなげるべきだ」と強調。従来方針通りの研究開発を求めた。

敦賀の首長として、妥当というよりも、私としては、全面的に支持する立場だ。日頃は、原子力発電に厳しい発言をする西川知事のコメントも、国の脱原発、減原発に率直に批判を続けている。立地県の首長というよりも、日本という国を考えれば、まともなコメントだ。

また、国は現在のエネルギー基本計画で、2030年に総発電量に占める原発の割合を50%以上にすることに対して、菅直人首相は見直し方針を示しているが、どれぐらい原発の依存度を下げるかは見えておらず「自然エネルギーをやるにしても急に20、30(%)までいくわけはない」と指摘したことや、当面は原発の割合を「現在の(約30%の)水準は維持しなくてはならない」とするコメントも妥当である。

 また、敦賀3、4号の増設推進は地元経済のためだけでなく「(国のエネルギー源確保と)両面ある」と述べ、増設により原発依存度を高めることにはならないとも述べた。これも、妥当なコメントだ。安全の確保を最優先に現場では、取り組み、地元の首長は、冷静に国全体を見据えて発言している。世の中が違う方向に動き出している不安は、今後も続く…。

 
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