国保と健康政策
Date:2011-09-30(Fri)

昨夜、敦賀市の体育協会主催の県民スポーツ祭反省会に出席した。今年の敦賀市の成績は、1位が7つ、2位が7つ、3位が8つ。とそれぞれの立場で頑張った成果だ。体協の役員のご苦労にも経緯を表したい。

スポーツが、強くなることは健康のバロメーターであるが、高齢化社会を迎え、市民の健康意識が高まっているものの、ガン検診など、全国的にも福井県は低く、その中でも敦賀市は下位を位置どっっている。政策的になにか予防など、取り組めないか、考えている。

敦賀駅前整備で駐車場に新たな建物を検討中だが、その中に「健康の駅」を議会で提唱した。各公民館とも結び、組織的に取り組めないか、例えば、健康の駅トレーニングセンターに、理学療法士・保健師・健康運動指導士などのスタッフが、生活習慣病予防・要介護認定になる前の介護予防など健康運動を中心とした健康づくりを今後も提唱したい。


 
兵庫県尼崎市では、平均寿命が兵庫県内で最下位ということもあり、クレアチニン検査を実施し、ろ過能力の値も示すことで、市民の意識改革に成功。自ら生活改善に取り組む人が増えたことで、新規の透析患者数を3年連続で減らすことに成功した。

敦賀市も年々、透析患者は増え続け、市立敦賀病院や温泉病院も満員状態が続いている。設備増強を図りたいが、医師などスタッフの増強など赤字部門となる。

話を広げると、日本が皆保険になって半世紀。公的医療保険の中でも、国民健康保険(市町村国保)は厳しい運営が続いている。敦賀市も一般会計の持ち出しも4億、5億円と持ち出しての赤字運営が続いている。会社に勤めるサラリーマンは、社会保険に保険料を納め、税金で国保財政を支える二重苦ともいえる状況が続いている。

「保険証一つで」という、命のための仕組みをどう守るか。弱者切り捨てではない、再生への改革が必要だ。敦賀市も財政が豊かとはいえ、けして例外ではない。

そもそも、なぜ国保は財源不足なのか。背景にあるのが、国保が抱える構造的問題だ。市町村国保は本来、自営業者や農林水産業従事者、退職した高齢者らが対象。だが今や、アルバイトやパートなどの非正規労働者、無職の人の割合が高い。所得の低い人が多く、見込んでいた保険料収入がなかなか得られない。一方で、加入している人たちにかかった医療費は増え続けているからである。

国保の現状は雇用不安、少子高齢社会の縮図である。国の改革は、進まない中で、尼崎市の取り組みなど、予防的な取組が、何かできないか、スポーツや公民館、生涯学習を担当する教育委員会、国保を担当する福祉保険部など、連携した政策が打ち出せないか、考えたい。 
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【2011/09/30】 | ページトップ↑
「もったいない」運動と敦賀
Date:2011-09-29(Thr)

この夏の各地で行われた節電は、予想以上の成果をあげた。敦賀市役所をはじめ、目標を定めて取り組む、そして効果がでた。東日本大震災で日本人の意識は大きく変わった。

それ以前にも、同じようなことが定常化していた。スーパーへ行くとほとんどの買い物客がバッグを持参しているのを目にする。敦賀でも、消費者団体が市民運動として行い、私も議会で取り上げた。いずれにしても、市民が環境に対し、身近なこととして考え始めたからだろう。敦賀のスーパーで買い物袋を忘れると罪悪感を感じるのは、私だけでもないはずだ。

節電もそうだが、根底にあるのが「もったいない」という意識。日本人が持っていた、ものを大切にする美徳を感じる。

この言葉を再び日の当たる場所に出してくれたのが亡くなったワンガリ・マータイさん。ケニアに生まれ、貧しい女性の社会進出を促すため、植林を始めた。活動は環境にとどまらず、貧困問題や民主化運動にも及び、2004年にノーベル平和賞を受賞。アフリカ女性の希望の星ともいえた。

今朝のニュースでケニアの国葬になるとか、何度も獄に放り込んだ国が、国際社会の評価か、彼女に母国ケニアが最後に送るメッセージとなった。それだけ彼女の活動は偉大だった。

05年、来日した際には、ごみ削減や再資源化など、地球環境保護にもつながる「もったいない」という言葉に出合い、深く感銘を受けたという。その後、世界共通語として「MOTTAINAI」を訴え、流行語にもなった。

「もったいない」運動に共鳴し、国土緑化推進機構が子ども対象の植林プロジェクトを全国で展開。環境意識を高めるなどマータイさんの思いが浸透していることをうかがわせる。震災に心痛めたマータイさんの遺志はますます重みを増している。

ただ、心配するのは、東日本大震災と福島の事故で、地球環境問題の取り組みである二酸化炭素削減が二の次にされ、その対策の一番手の原子力発電の見方が大きく変わってしまったことだ。

今朝のニュースで高速増殖炉もんじゅの今年度、試験運が見送られたと、報じられた。原子力発電の果たしてきた役割のひとつに、化石燃料の保存や地球環境問題への対応でもあった。もんじゅの意義や試運転が、どのような意味があるのか、冷静に議論して頂きたい。

「もったいない」運動の裏で、火力発電の運転が予想以上に続けられている現実はなかなか報じられない。敦賀火力もフル稼動、敦賀港の石炭輸入も増えている。いずれにしてもエネルギー供給基地、敦賀の役割は大きい。
【2011/09/29】 | ページトップ↑
敦賀市の将来に関わる議論が始まった…
Date:2011-09-28(Wed)

敦賀にとって大事な一年となる。日本の原子力政策を巡る議論が始まった。冷静に現実的な議論を期待したい。立地自治体を代表する河瀬市長の活躍にも期待したい。

内閣府の原子力委員会が、日本の原子力利用と研究開発の基本方針である「原子力政策大綱」改定へ、策定会議での論議を再開。来年8月末までに新大綱をまとめる。

昨日、新聞紙上をにぎわした高速増殖炉もんじゅの議論も大事だ。ウラン資源の有効活用を目指す核燃料サイクル政策の維持、放射性廃棄物の処分地確保など重要な論点だ。敦賀市や青森県六カ所村の将来ともつながる。

懸念されるのは、原発事故以降は、原子力に関する冷静な議論が難しくなっていることだ。ここ数ヶ月、菅前首相の「脱原発」宣言以来、世論が脱原発に動いていることだ。

野田首相も「寿命が来た原発は廃炉。新設は無理」「中長期的には原発への依存度を可能な限り引き下げていく。定期検査で停止中の原発は、安全確認と地元理解を前提に再稼働を進める」から、「原発の安全性を世界最高水準に高める。原子力利用を模索する国々の関心に応える」
と現実路線に変わり始めている。国連本部での演説では原発輸出継続の方針も表明した。私の知る限り、原発利用を容認していたとされる首相の冷静な現実的で妥当なところだ。

原子力発電の寿命も技術論ではなく感情論的な風潮がみられる。建設中や建設間際の準備中の原子力発電を、現実的に利用しながら、将来のエネルギーを考える時間的な余裕も欲しい。原子力政策は、まるかばつでは決まらない。再生可能エネルギーの普及にも時間がかかる。四半世紀どころか、半世紀を考えた議論ができるか、それも大事だ。

福島第1原発事故から半年余り。市民や国民にこれまでほとんど縁のなかった「放射線量」「被ばく」といった言葉や「ベクレル」「ミリシーベルト」などの専門用語が日常の中で飛び交う事態は何とも嘆かわしい。福島の事故後の報道は、昨日のもんじゅ報道と同じ様に、世論とともに動いている。

また、一方、一昨日も、浜岡原発の10キロ圏内にある牧之原市の市議会が浜岡原発の永久停止を決議した。福井県の小浜市と越前市の議会と同じ動きだ。

高浜町議会の原発推進の意見書可決など、立地自治体と周辺自治体の議論も、安全協定や交付金だけの議論でもない、複雑な現実がある。

「安全運転」だけでは前に進まないことも現実だ。ただ、世論に流される政治や報道が多いだけに、感情的な議論や短期的な議論に終始しない議論を期待する。

おおげさかもしれないが、原子力政策の議論は、国の将来にもつながり、この議論が、敦賀市の将来に大きく影響する。繰り返しにもなるが、国の将来を考えた、冷静に現実的議論を期待したい。
【2011/09/28】 | ページトップ↑
もんじゅの報道
Date:2011-09-27(Tue)

朝、自転車を走らせると、木の芽川沿いに咲く彼岸花が飛び込んで来た。もう秋なのだと納得している。ところで、昨日の夕方のNHKのニュース「高速増殖炉実用化 事実上凍結」。この「凍結」という言葉だけが、ひとり歩きをする危険性がある。それほど、敦賀市にとってはもんじゅの存続は、雇用はもちろん、今後の発展に欠かせない存在だからだ。

「凍結でないのに、なぜ『事実上凍結』という言葉を使うのか」の問に、ある記者は「読売新聞が朝刊で、スクープ的に『削減』とあった。これに対抗するにはもっと刺激的な言葉を使うのがマスコミだ」とか。

昨日の読売の朝刊は『文部科学省は、使用済み核燃料を再処理して利用する高速増殖炉サイクル技術の研究開発費(今年度予算100億円)を、2012年度予算で7~8割削減する方針を固めた。

 東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて政府が進める原子力政策の検証の間、同技術の実用化に向けた開発を保留するものだ。

 一方、高速増殖炉「もんじゅ」の維持費など(同210億円)はほぼ継続。結果、研究開発費、もんじゅの維持費、燃料の製造技術開発費などを合わせた同技術の推進費(同400億円)は全体で2割程度の削減となる。』

ここまでである。まだ、政府は凍結を決めた訳ではない。

政府のエネルギー・環境会議は7月、原子力政策を総合的に検証する方針を打ち出した。来年夏にエネルギー戦略の基本方針をまとめる予定だ。今回の対応は、基本方針での核燃料サイクルの扱いが決まるまで研究開発を保留することを、予算面で明確にしただけでもある。

「高速増殖炉」は使用済み核燃料を再処理して再び燃料として利用する国の核燃料サイクル政策の中核に位置づけられ、敦賀市にある原型炉「もんじゅ」が試運転を行うなど2050年の実用化を目指して研究開発が進められている。もんじゅは、日本の原子力政策の要でもある。敦賀市は、誘致、建設、試運転、トラブルと30年の渡って、注目をあびながら、共に歩んで来た。

もんじゅには、ふげんの廃止措置と合わせて千人近い方が働き、敦賀市の雇用、生活や活力の源にもなっている。敦賀市の財政面でも、これまでも交付金や固定資産税、核燃料税などはかりしれない。施設面でももんじゅ関連の交付金で市民温泉リラポートができ、いま、駅前に建設中の福井大学附属国際原子力工学研究所と発展的に運用されて来た。

現在も敦賀市には、毎年、固定資産税で約10億円近い貴重な財源となっている。その貢献は、日本のエネルギー政策への貢献のみならず、市民にとって、雇用、生活など、なくてはならない公共財となっている。

ただ、福島第一原発の事故の後、国はエネルギー基本計画を見直すことになり、今後の原子力政策が不透明ななかで、繰り返しにもなるが、来年度予算案の概算要求で、研究費を今年度の100億円から70~80%減らす方針を固めただけでもある。

一方、試運転中の「もんじゅ」については、維持管理のための費用が必要だとして、今年度の200億円あまりの水準を維持する内容となっている。凍結と大騒ぎする内容でもない。
【2011/09/27】 | ページトップ↑
普通を大事にし身の丈にあった敦賀市を考える…
昨日は、秋晴れのゆるやかな、普通の休日を楽しんだ。

笙ノ川を美しくする会に始まり、金ヶ崎の鯖江から来た友人に誘われ芭蕉ウオークに参加。昼は、小浜で開かれる特定失踪者の集会の打合わせ、文化センターの子供ミュージカル、夕方は自転車の整備、夜は、テレビと向田邦子さんのエッセイとゆるやかに時間が過ぎた。

笙の川を美しくする会、芭蕉ウオーク、子供ミュージカル、それぞれの団体が、それぞれの人々が関わり休日を演出する。行事に参加してその成果を見るだけだが、準備を含めると、何日も何月も多くの人々がかかわっている。そのありがたみに感謝したい。

今年は直木賞作家の向田邦子さんが、台湾での飛行機事故で51歳で亡くなってから30年になる。向田さんが、女学校時代、四国の高松にいたこと、たまたま母が担任で、よく読んでいたこともあって、ついつい手にしてしまう。

作品は、いつの時代もいろあせない。普通の人が普通の日常を描く、そのことが共感を得るように思う。普通に生き、家族の悲哀や喜び、暮らしの機微など、普通を大事に扱った作品が多い。

向田さん原作のテレビドラマ「あ・うん」や「父の詫び状」などに出演し、含蓄のある演技を披露した俳優の杉浦直樹さんが21日に亡くなった。79歳だった。向田さんの没後30年に合わせたかのようになくなった。

長い役者人生の中で「テレビでは向田さんの作品の父親役に出会えたことが一番大きかった」と語っていた杉浦さん。「市井の弱い立場の人々の生き方に真実やいとおしさがあると思う」との言葉通り哀愁漂う「普通」の父親を見事に演じた。
 
普通と関係するかもしれないが、昨日の福井新聞のコラムも共感した。『人生「簡素が、いちばん!」だという。脚本家の橋田壽賀子さんが同名エッセー集(大和書房)で、これまでの「足し算」ばかりの生活を猛省し、「引き算の暮らし方」をつづっている(中略)

前に進み続ける論理を「タイタニック現実主義」と呼んだ。貪欲な「足し算人生」も悪くない。でも、一歩引いて見れば違った風景と新しい世界が広がる。

「引き算人生」は価値観の転換なのだ。軌道修正したのは橋田さんだけではない。定着してきた節電生活も延長線上にある』と、なるほどと感じた。

大衆に受け入れられてこそ価値のある作品であるという信念のもと、数多くのヒットを飛ばした橋田さん。『おしん』(1983年 - 1984年 NHK)、『春日局』(1989年 NHK)と足し算的な作品が多かったが、『渡る世間は鬼ばかり』(1990年 - 2011年 TBS)の20年は、引き算人生を表す作品も加わった。

敦賀市も戦後、前に進み続け、6万9千人の人口増加まで発展を続けた。いま、その人口は停滞し、早晩、人口減少に入る。進み続けると「タイタニック現実主義」になるかもしれない。原子力発電と共にあゆみながらも、普通の生活を大事にし、身の丈にあった敦賀市、どうあるべきか、じっくりと考えることも大事ではないか。

余談だが、中国電力が上関原発建設計画を進める山口県上関町で昨日、町長選が投開票され、計画推進派の現職、柏原重海氏(62)が反対派市民団体代表の新人、山戸貞夫氏(61)を破り、3選となった。敦賀市と共に、新設で悩む立地町だが、現実的な判断と受け止めたい。
【2011/09/26】 | ページトップ↑
就職と定着
Date:2011-09-25(Sun)

台風15号が夏の暑さを吹き飛ばしたようだ。暑さ寒さも彼岸までとは、うまく言ったものだ。10歳頃から四、五年、訳あって、彼岸ともなると、四国から夜行の往復で東京の恵比須へ、何度か母と墓参りに訪れた。

私たちの10歳の頃は、ビートルズが登場、翌年、ローリング・ストーンズがデビュー。14歳の頃、ビートルズの来日。ミニスカートのツイッギーの来日と、なにか東京が騒々しかった。 

東京オリンピックと重なり、豊かな時代へと歩み始めた60年代。音楽やファッションなど、熱気あふれる若者文化の発信地になっていた。

高速道路を車が走り、デパートでは、カメラ、トランジスタラジオから食器や家具までが所狭しと並んでいた。

現在の若者文化の原型が、ぎっしりと詰まった感のある60年代。その背景には東京志向もさることながら、若者の都会へのあこがれ、既成の価値観への反抗的な気分が渦巻いていた。四国の田舎は、どうしても都会に行ってみたいとなる。いまもそれは変わらないのではないか。

そのためか、四国から高校を出ると、私たちの頃は、5割以上が東京、大阪へと就職、進学と故郷を後にして帰っていない。私もその一人だ。大学に進学すればなおさらだ。帰るとすれば、公務員か、親の後継ぎか、どうしても限られる。

就職に関していえば,リーマン・ショック以来の経済の低迷に東日本大震災が追い打ちをかけ、現状をみる限り、厳しい就職戦線だが、敦賀高校を見る限り、市内就職率84%と高く、就職もほぼ100%と聞く。

学校を出て初めて就く職業がその後の人生を大きく左右する。就職には、何よりも受け皿となる雇用の確保が大前提だ。持続的な企業支援と雇用対策が重要であることはいうまでもない。

高校生の就職の仕組みは大学生の就職活動とは大きく違う。原則的に企業側がハローワークを通じて学校に求人票を出す。

生徒の就職先選びに、学校が果たす役割は大きく、高校生の就職は学校によって支えられているといっていい。企業と高校の関係も大事だ。

電力会社は、半数以上が高校卒業生でなりたっており、日本原子力発電も例外ではない。運転を管理する発電所の当直長や当直は、大半が高校卒業者で占められ、厳しい教育や訓練の中で当直長となる。

地元と高校のつながりは深く、大学全入時代でも、その役割を軽んじてはいけない。先日の看護学校の大学化でいみじくも市立敦賀病院の院長は「学歴が高くなるほど地元を離れ、敦賀病院には、地元の専門学校卒業生の定着率が高い」と明言した。大学化はbetterとしながらも不安を訴えた。その通りだろう。 

看護師の大学化は、いまやときの流れと言えるが、看護専門学校の入試倍率が1.6倍から2.4倍に増えたり、地元の学生が通う現状と医療をしっかりととらえ、市立看護専門学校の存在価値と意義も考えておく必要がある。

敦賀高校、敦賀工業高校、気比高校、市立看護専門学校、敦賀短大と地元、敦賀の就職や定着について考えてみたい。
【2011/09/25】 | ページトップ↑
原子力利用を模索する国々に応えるためにも敦賀の役割があるのでは…
Date:2011-09-24(Sat)

穏やかな朝日。半袖、半ズボンでの自転車は、肌寒いというより、本当に寒い。

夕食にサンマが食卓に上ると秋を実感する。大きなサイズが入荷され値段も百円と安い。庶民の味は今年も健在のようだ。秋が深まればもっと脂が乗る。

昨日は、彼岸の中日で「秋分の日」でもある。特定失踪者問題調査会の理事会で東京へ。今日は母と母方の先祖の墓参りをする。母方の先祖は福島県の南相馬市でもある。どんな思いでこの震災を見守っているのだろう。

昼と夜の長さが同じともいわれ今後は昼がどんどん短くなり、1年で夜が最も長い12月の「冬至」へ向かう。夜長が進むと魅力的なのが秋の夜空。秋晴れの夜には星も月もすっきり見える。

すっきりしないのが、国の原子力政策だ。菅直人前首相が「脱原発」宣言以来、議論もないまま、思い思いに発言を繰り返している。まずは、福島の事故の収束が第一だ。 

そのなか、9月定例福井県会は22日、西川知事は、敦賀3、4号機増設計画について、敷地造成など準備工事が進んでいる現状や、地元敦賀市の意見を十分に考慮して政府は判断すべきだと指摘した。これは、現段階でもっとも妥当な考えだ。

また、2012年度に敦賀市に移転する福井大国際原子力工学研究所についても、新設される原子力防災危機管理に関する部門に対し、国に必要な専任教員や研究運営費の確保を要請していると説明。広域連携大学の研究拠点として「国内外から注目される施設にすることが大事だ」と、これからも、敦賀市との連携がなによりも大事になってくる。 

ところで、昨夜の国連演説で野田首相はこれまで、原発政策に関して「『脱原発』と『推進』という二項対立で捉えるのは不毛だ」と述べるにとどまっていた。それを原発の安全性を徹底的に高め、引き続き活用する方向に軸足を置いたものだ。具体的な展望のない、菅前首相の「脱原発路線」と一線を画した。

さらに、原子力の平和利用の先頭に立ってきた日本としては、現実的かつ妥当な判断である。
首相は「事故のすべてを迅速かつ正確に国際社会に開示する」と明言した。また、首相は、原子力安全規制の根本的な強化も約束した。

首相が「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と語った。原子力の先進国であり、福島の事故を経験した日本にとって、前向きな妥当な発言だろう。ここに、自ずと、敦賀の役割がある。

来年夏に新たな「エネルギー基本計画」をまとめる。太陽光や風力などの自然エネルギーと、原子力、火力の最適な組み合わせを検討するという。地に足の着いたエネルギー戦略を打ち立てる必要がある。福島の事故を踏まえ、現段階では、妥当な考えになりつつある。原子力政策と関係の深い敦賀だけに、ここは、じっくりと見守りたいところだ。

ところで、もうひとつ、すっきりしないのが、空からの注意報、台風ではない、地球に落下中の米国の人工衛星だ。運用を終え、今日にも大気圏に突入する。世界の誰かに当たる確率は3200分の1、落下は北米以外。自分の国には落ちないようにするとは、ちょっと身勝手な気がする。

より正確な場所が特定できず、物憂い気分が続く。

ここは一つ、脂の乗った旬の魚などを食べて、熱燗の一杯もいい。秋の楽しみ方でもじっくり考えるのもいい。すっきりとしない日々は今後も続くだろうが、ここは、焦らず、じっくりを腰を据えた姿勢も必要なようだ。
【2011/09/24】 | ページトップ↑
教訓の大きさ、大事さ
Date:2011-09-23(Fri)

平穏な日々が訪れるとともに、秋の色が濃くなって来た。朝夕の涼しさは、まさに暑さ寒さも彼岸までだ。

日本列島全体が台風15号の動きに振り回された。これも12号の被害が生々しかったから、誰もが警戒し、予報には敏感に反応した。敦賀もはじめての避難勧告で緊張が一挙に高まった。幸い、大きな被害はなかったものの、何かを予感させるほど、雨の量が気になる昨今だ。

今年の台風は雨量の多さが特徴だ。都市部でも河川が氾濫するなど、各所で避難勧告が出た。名古屋市では100万人もの人に勧告が出されたというから、驚く。

テレビの映像を見ていて、都市の道路という道路が舗装されていることで、水の逃げ道がなく、道路が川のようになっていた。便利な生活を追い続けてきたことへの警鐘と受け止めたい。

東日本大震災の津波の教訓はあまりにも大きかったが、紀伊半島を襲った12号台風の被害も避難勧告・指示にそのあり方に教訓を残した。敦賀もはじめての避難勧告とはいえ、この経験を検証して次への安全対策につなげたい。

被害がなかったものの、土砂崩れについては、西浦、東浦、中山間地と、敦賀も再検討を加えたい。

ところで、東日本大震災と台風15号の教訓以上に、敦賀も福島の事故と安全・安心面で、本体の安全対策は、もとより市民の防災計画など、しっかりととらえなければならない。

原子力発電が雇用、生活である敦賀なればこそだ。福島の事故後、はじめてとなる日本原子力学会の大会が19日、北九州市で開かれ、昨日で終了した。報道内容をまとめると、

会長の田中知東京大大学院教授はあいさつで「学会の立場から、現状を大変遺憾に思う。情報を客観的に検証、評価し、国民から信頼される専門家集団でなければならない」と述べた。まさにその通りだろう。

また、田中会長は「除染を確実に実行するのが喫緊の課題。事故の収束や環境修復への道筋を示すことは、原子力の今後の平和利用に必要不可欠だ」とも語った。

なかでも、奈良林直北海道大大学院教授は、原子力安全基盤機構が2007年度の年報で津波による電源喪失についての解析結果を公表していたにもかかわらず、規制などに生かされなかったと指摘。「災害に対する危機感を常に持っていなければならなかったと深く反省する」とも語っている。 

反省ばかりが目につくが、現実に電力会社が行い、行おうとする当面、中期の安全対策の妥当性の検証まで、踏み込んだようだが、報道されることはなかった。

私も一時期、原子力学会に入っていたが、専門的過ぎて、その閉鎖性が気になっていた。専門集団であればこそ、社会性が問われる。どう検討、検証結果を訴えるか、これからの課題ではないか。

現実に現在、原子力発電とむかい会っている敦賀にとって、県議会の議論にもなっている地震、津波とも向き合い、電力会社だけではなく、原子力学会や、あらゆる分野での対応が必要とも思っている。それほど福島の事故の教訓は大きい。
【2011/09/23】 | ページトップ↑
はじめての避難勧告
Date:2011-09-22(Thr)

台風15号は昨日、午後2~3時ごろ、敦賀に最接近、雨量は午前中を中心に激しく雨が降った。小中休校の判断は早かった。

今回は、笙ノ川ではなく井の口川だった。井ノ口川の観測地点では午前10時、氾濫注意水位を約30センチ超える1・98メートルを観測。笙の川でも午前11時、氾濫危険水位まで約30センチに迫った。

午前10時、莇生野、萩野町の1001世帯、2633人に避難勧告を出した。敦賀市としてはじめての避難勧告だった。トンボメールが携帯に、防災ラジオがなり、RCNで知らせる。市の職員、消防署員、消防団、区長、それぞれの立場で動き出す。

市役所のエレベータに現場の視察から帰った職員に出会った。息を切らした顔に緊張感が漂っていた。土のう積む作業を行うとの話も議会に報告された。

井ノ口川沿いの粟野保育園園児52人と職員18人をバスで避難させた。午後4時に解除されるまで粟野小、粟野中に合わせて273人が避難した。これもはじめてだろう。全国放送となった。

先日の台風12号の紀伊半島。避難指示・勧告のないまま、自宅で何人もの命が失われた。早め早めの判断は大事だ。

指示・勧告を出す自治体の長の判断は容易ではない。朝、名古屋の河村市長がテレビに映し出された。名古屋市の勧告・指示は、早かった。半世紀を超えても伊勢湾台風の教訓が生かされているのであろう。避難所の収容可能人数は約25万人、実際避難所に避難したのは21日未明で約3400人とか。台風の上陸前に避難解除、これも早かった。

いずれにしても、適切な指示・勧告が欠かせないが、タイミングと範囲の判断が難しい。敦賀にとって、幸い、大きな被害もなく終わったが、いい教訓となったことは確かだ。関係者の皆さん、ご苦労様でした。
【2011/09/22】 | ページトップ↑
発達障害者も含んだ太陽の家の新たな取り組み
Date:2011-09-20(Wed)

台風15号が北東に進んで、紀伊半島を横切ろうとしている。前回の台風に続いて被災地をまた襲う。その被災地の多くは、紀伊半島の南部に集中している。国土軸から遠く離れた半島の、その南端に近い過疎地である。

三重、奈良、和歌山の各県都から、それぞれ遠く離れた場所にある。言葉は悪いかもしれないが、行政サービスは、その中心から離れれば離れるほど手薄になる。実際、これらの地域では道路整備が遅れ、高速道路もない。人は住みにくく、過疎高齢化が進行する。それが地域の衰退に輪をかける。この嶺南も同じような地域があること忘れてはいけない。

そういう地域に、観測史上例のない大雨が降った。道路が寸断され、人の往来もままならない。大型車両が入れず、重機も利用できないから、復旧作業もままならない。被害者の怒りや悲しみも、行政には届きにくい。さらに今回の台風が追い打ちをかけるかのように通り過ぎる。被害の少ないことを祈るのみだ。

このこととは、まったく違うが、これまで見過ごされて来たことに、法律と自治体が真正面からの取組が始まった。敦賀でも本格的に取り組むことになる。長年にわたって福祉の谷間で取り残されていた発達障害者の定義と社会福祉法制における位置づけを確立し、発達障害者の福祉的援助に道を開くため、平成17年に施行された発達障害者支援法。

内容としては、
①発達障害の早期発見
②発達支援を行うことに関する国及び地方公共団体の責務
③発達障害者の自立及び社会参加に資する支援
具体的施策の打出しに向けた基本的法律として制定されたが、発達障害者支援センターの設立、障害の早期診断・療育・教育・就労・相談体制などにおける発達障害者支援システムの確立を目指す法である。

敦賀市でも、ようやく実施に移すべ作業の一環として、太陽の家の指定管理者制度の導入など、9月議会に条例案が提案され、昨日、文教厚生常任委員会で賛成多数で可決すべきものと決定した。

平成24年4月に、太陽の家の施設全体を障害児療育の拠点施設となるよう取り組むことになる。太陽の家に発達障害児専門のカウンセラ-を配置し、市内の各保育園、小学校を巡回し、保育師や教師と連携し、対象の子どもたちや保護者とのきめ細かい相談や指導を行う。ディーサービスと相談に発達障害者支援と難しい内容に待ったなしで取り組もうとしている。それも指定管理者制度を導入しての取り組みだ。

行政としても大きな前進でもあり、立ち止まることができない重要な仕事でもある。この嶺南、敦賀市全体でも人材育成を含め大事な取り組みとなる。

PS:発達障害とは、自閉症、アスベルガ-症候群その他の広汎性発達障害、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、その他これに類する脳機能の障害であり、その症状が通常低年齢において発現するものをいう。一般的にも普通と変わらないことも多く、保護者や保育園の保育師も子どもの個性として考えてしまい、発達障害とは認めない場合が多くあり、放置しておくとLDやADHD等での学級崩壊や、いじめ等二次的被害にあい、登校拒否、ひきこもりに発展し、ひどいときには自殺者も出ている現状がある。
【2011/09/21】 | ページトップ↑
本格的な高齢社会を迎える敦賀市の対応は?
Date2011-09-20(Tue)

寒い冬、家々を訪問するのは、気合がいる。4年に一度の選挙と割り切りもするが、これが意外と肥しとしたいが、解決策がない難題となることを実感する。愛発、東浦、西浦、山、周辺の中山間地の集落は、4年ごとに姿を変える。

「高齢化社会」から「高齢社会」へ、そして「本格的な高齢社会」へ、正直に語ると、空家の数の増えようなど、思った以上に変容していることを、あらためて実感する。北、南、西地区、いずれも同じような傾向だ。 

昨日の「敬老の日」。年長者を敬い、長寿をことほぐとともに、今の社会のありようを「本格高齢社会」に見合った、温かい「仕様」に変えていくためにはどうすればいいのかを考え、問い直す契機としたいが、これがあまりも難題だ。 

データを示すべきもないが、2011年の65歳以上の高齢者人口は2980万人。総人口に占める割合は23.3%となり、ともに過去最高を更新した。2年後には「4人に1人が高齢者」の時代になる。 今でさえ、5人に1人が65歳以上、10人に1人が75歳以上となっている。

健康・長寿は国民の最大の幸福にもかかわらず、手放しで喜べない空気も漂っている。少子化と併せ、社会構造や個々のライフスタイルが急激に変化したのに、政治や社会保障制度は硬直したまま。憂うべきは、そのひずみが高齢者を中心とした社会的弱者に集中する現状である。介護施設や制度が充実する敦賀でも高齢化の勢いは早過ぎる。 
 
データを重ねると高齢者人口は今後30年増え続け、2042年の3863万人でピークを迎える。高齢化率は総人口の減少と相まってさらに上昇し続け、2055年に40%を超えるという。つまり、今はまだ通過点にすぎず、今後数十年の変容を見据えた具体的な政策が求められている。敦賀市は、ほぼ、これと同等の勢いで高齢化率が伸び、同じように人口減少を迎える。

 高齢者が増えれば医療・年金などの社会保障費が増えるのは自明の理。しかし、抜本改革は遅々として進まず、持続可能な制度の再設計が急がれる。無年金・低年金や生活保護受給者も多く、貧困が深刻化。

先週の一版質問でも明らかなように、医療、介護どれも制度が変わらない限り、税金の持ち出しは増えるとみてよい。

人口減少で税収は落ち込む。福祉の扶助費は増加する。それも30年、40年おのオーダだ。介護、国民健康保険に市立敦賀病院と、福祉部門での重要性は高まるばかりだ。これを支えるには、ボランティアや制度など仕組みも大事だ。

ガン検診など健康診断、長寿の健康づくりなど、政策面での後押しも必要なことはいうまでもない。ハードでいえば、活発になって来たグランドゴルフ場の設置や、私が何度か提唱している健康の駅構想も大事だと思う。超高齢化の対応した積極的施策が大事となる。

そうはいっても、先立つものをいかに維持するか、敦賀にとって原子力発電がいかに大事か、もちろん安全は最優先だ。

5年だけの中期財政計画は大丈夫とするなら、とんでもない話だ。原子力の動向に目を光らせ、運動を展開することは、大事だ。その意味での市長の活動が、今後の敦賀を左右すると言ってもいい。原子力発電の動向は、半世紀を左右する政策だからだ。今は、しっかりと捉える、このことに尽きる

いずれにしても、消防団、民生委員、福祉委員など、地域のつながり、支え合う仕組みはあるものの、超高齢化は、そのものの変容を余儀なくする。ほころび始めた社会全体の共通課題でもあるだろう。 誰もが人生の終盤を安心して暮らせる社会。「本格高齢社会」が、そんな意味を持つ社会になるよう望むというより、予測が可能だけに、最悪のことなど想定した優先順位をもったまちづくりと施策が大事と思う。
【2011/09/20】 | ページトップ↑
憂う心と「読み」「大局観」
Date:2011-09-18(Mon)

長い残暑から台風の秋へ。今日は「敬老の日」、夕暮れも早くなって来た。この時期は読書に限る。石原慎太郎の「新-堕落論」と将棋の羽生善治さんの『大局観』、それに自転車の趣味本を三冊同時、重ね読みすると飽きなく一挙に読める。

石原さんは、福沢諭吉の「立国は公にあらず、私なり。独立の心なき者、国を思うこと、深切ならず」を引用して、国家が荒廃して沈むことは、自分の人生が荒廃して沈むことに他ならないと、現状の日本を憂う。石原さんの遺書めいた言葉とこれまでの生き方とも合致し、いま求めるリーダー像を感じる書でもある。

これとは違い、羽生さんの言葉は平易で親しみやすく、現役のタイトルを重ねたプロだけに面白い。それでいて、心に残る。

将棋は「読み」と「大局観」と羽生さんは言う。「読み」とは、論理的に考えて判断を積み上げ、戦略を見つける作業。将棋でいえば、自分がこう指すと相手がああ指すと順を追って考え、結果の可能性を探っていく。

一方「大局観」は大局に立って、どうするべきかを判断する。「体力や読みは若い棋士が上だが、大局観を使うと、いかに読まないかの心境になる。大局観は年齢を重ねるごとに強くなり、進歩する」と述べ、細かさと全体像をうまく調和している。

なかでも勉強になるのが、気持ちの切り替え。対局の最終盤でミスをした時の答えは二つある。悔やんでも仕方ないから、それまでのことをすべてゼロにして、次の一手から新たに始まる。そう頭を切り替える。

もう一つは忘れること。「私は、どんなにひどいミスをしても、すぐ忘れるようにしてきた。おかげで最近は、努力しなくてもすぐ忘れられる」と。凡人にも通じる教訓がちりばめられている。

戦後、プロジェクトを重ねながら、拡大発展を続けた敦賀市だ。だが、東日本大震災と福島の事故で、国もそうだが、この敦賀市も大きな転換点を迎えているように思う。人口減少に少子高齢化に加え、この災害は、敦賀市民の生活にもボディブローのように影響することは確かだ。

石原さんの憂う、気持ちと、現状をしっかりと捉える羽生さんの「大局観」と「読み」が大事だ。昔、ボクシングで苦しい時は、むやみにパンチを出してスタミナを失うより、ガードを固めて機会を待てと教わった。いま、そんな時期だ。
【2011/09/19】 | ページトップ↑
ヤジと議場
Date:2011-09-18(Sun)

昨日は、中央小学校の運動会。よく天気がもったものだ。夜の雨が、この時ばかりとやんでいる。四半世紀前、息子の徒競走を思い出していた。中央小も児童クラブができ、運動場も狭くなった。それでも児童を囲む保護者、孫を楽しそうにみる年代、この雰囲気はいい。

古い話ついでに、私の故郷の讃岐には、唯一の総理大臣、大平正芳がいた。父も教えたこともあってか、酒を飲みながら、その人となりを語っていた。

「あーうー」で始まる演説はけっしてうまいとは言えない。もうひとり、戦前戦後を通じてヤジの名人がいた。もっと古い話で恐縮だが、録音で聞いたが、演説もうまかった。うまいというよりも聴衆の場の雰囲気をとらえるのがうまかった。

国会で高橋是清大蔵大臣が海軍予算を説明中、「長期計画で陸軍10年、海軍は8年の」と言ったところでヤジが飛んだ。「ダルマは9年!」。議場は爆笑に包まれた。

ヤジ将軍ともいうべき、今の自由民主党こと、保守合同を果たした立役者こと三木武吉。高橋大臣(後の首相)のあだ名がダルマ。達磨が壁に向かって9年間も座禅したという故事にもかけて、ユーモアと機知に満ちていた。三木はヤジへの反撃もうまかった。

戦後まもなく、郷里の高松から衆議院選挙に立った三木を、対立候補が立会演説会で、こう攻撃した。

「ある有力な候補者は、あろうことか東京で長年にわたってつくったメカケ三人を連れて郷里に帰り、小豆島に一緒に住まわせている。かかる不義不道徳な輩を、わが香川県より選出すれば、県の名折れであり恥辱である」

これを聞いて登壇した三木は、
「先ほど聞いておると、ある無力なる候補は、ある有力なる候補者は、といったが、つまりそれは私のことを指したのである。私はたしかに有力な候補者で、私のことをいった男が無力な候補者であることは明らかである。その無力な候補者は、私がメカケを三人も連れて帰ったといっているが、物事は正確でなければいけないので訂正しておきますが、女の数は三人ではありません。五人であります」
と切り返して満場の爆笑を買った。

今では、書くことも気をつけなければならないが、古き時代の選挙の逸話として残り、父も聞いたのか、定かではないが楽しいそうに語る姿を、よく思い出す。私もその歳になった。

言論の自由がない国家のように、議員が黙々と聞き、拍手を送る光景に比べれば、日本の国会はずっと健全だ。

私も何度か、見学に訪れたが、傍聴の内容によって、特に所信表明演説なれば、飛び交う怒号と対抗する拍手の嵐で時折言葉が不明瞭となる。関心のない議案説明となると、机の下でメールをしたり、議場からでたり入ったり、およそ選良の議論とは思えない行動が目立つ。

三木のころにはなかったテレビ中継が皮肉にもアピール度を競うヤジ合戦に拍車をかける。

今に、ここ敦賀に話を戻すが、敦賀市議会のヤジもずいぶんと少なくなった。ヤジを飛ばす議員もほとんどいない。粛々と会議が進行する。国会のヤジの応酬と比べれば、よくいうと紳士的な議会、一昨日も、消防車を交えての議員と市長のやりとりは、議場の雰囲気を和ませる。たまには気のきいたヤジもあってもいいかもしれない。
【2011/09/18】 | ページトップ↑
韓国大停電の教訓
Date:2011-09-17(Sat)

今日で議会の一般質問が終了した。看護学校の大学化や防災の質問が多かった。意外にも、原子力に関する質問が少なかったが、河瀬市長の原子力に対する思いが、あらためて明らかにされた。これも、今の敦賀市の厳しい環境の表れと思う。

ただ、事務当局の中期財政計画の見通しの甘さと議会答弁は、今後に不安を残す。あくまでも財政を担う部署は、市長とは違い、この時代、厳しく危機感をもって運営にあたってもらいたい。

厳しい残暑が続いている。ただ、日没は日に日に早まっており、虫の声も、日中はまだセミが幅を利かせているものの、夕方以降はスズムシやコオロギの声が聞こえてくる。確実に秋の足音は近づいている。原子力とともに歩んできた来た敦賀市にとって、その状況判断が、大事だという事に他ならない。

この時期の電力供給は難しい。冷房需要が減り、電力需要が低下する。電力需要が急増する6月と同様、減る時期も神経を使う。15日、韓国で、全国的に発生した大停電。病院、道路、エレベータなど、各地で大混乱となった。韓国ながら「他山の石」にすべきだ。

電力マンの腕の見せどころでもある。腕の見せ所と書いたが、市民生活にとってきっても切れない電力の供給は、電力会社にとって、停電は絶対に許せない。それだけに給電所では、予備率の確保などあらゆる対応策を張りめぐらし、危機管理に万全を期している。

この夏は、国民の節電意識も高かった。どれほど電力会社の需給運営に役だったか、計り知れない。あらためて日本人の意識の高さを思った。市民生活でも、敦賀市役所の節電もさることながら、保育園、幼稚園、学校から、老人ホームまで、年齢を問わず、場所を問わず、意識レベルの高さには、感心させられる。これが通常の生活レベルで実施されているのも驚きだ。危機管理に対応した国民意識でもある。

ただ、一方、電力会社なりに、火力発電などフルに活用した需要カーブの調整で危機をしのいだ。敦賀の火力発電は、昨年に続き大活躍だ。余談だが、石炭の取扱量の多さは敦賀港の優位さにも貢献している。

専門用語で恐縮だが、大停電を英語でブラックアウト(Blackout)という。普通、特定地域がすべて停電になった場合をいう。全国単位のブラックアウト(Total Blackout)を防ぐため、地域別に電力を順に遮断するのはローリングブラックアウト(Rolling Blackout、輪番停電)を実施する。これは大停電を防止する危機管理の最後の手立てだ。なぜ、この措置を取らなかったのか、調べてみたい。

いずれにしても敦賀市の原子力問題は、国のエネルギー政策以上に街の将来を左右する最重要課題。新設、高経年化、研究炉に再稼動と、あらゆる課題がつきまとう。国民的な冷静な議論と現実的な対応をのぞむが、一方で、市の財政運営、将来を見据えた危機管理など、敦賀市民の立場にたった対応も必要だ。
【2011/09/17】 | ページトップ↑
原子力の方向性がでるまでは、「倹」が大事であって、「おごり」は、この敦賀市にとって今、一番、注意すべきことではないか。
Date:2011-09-16(Fri)

議会の一般質問が続いている。9月議会の議論を通じて感じるのは、大きな転換点である様に思う。それほど難しい時代とも言える。敦賀市は原子力発電所と40年を超えて歩んできただけに、

原子力発電所と市民の暮らしは、雇用、生活まで深く根づいていることをあらためて思う。

ところで、所信表明演説で野田佳彦首相がキーワードに使ったのは「正心誠意」だった。幕末に活躍した幕臣、勝海舟が残した言葉だ。司馬遼太郎が、「竜馬がゆく」を書くにあたって、司馬の竜馬像を形成する上で、勝海舟の語録「氷川清話」が参考になったとか。私も、読んだが、海舟が江戸っ子だったせいか、意外に気楽に読めるから面白い。

海舟曰く、「政治家の秘訣は、何もない。ただただ『正心誠意』の四字ばかりだ。この四字によりてやりさえすれば、たとえいかなる人民でも、これに心服しないものはない」と政治家の心得とも言える、その通りだろう。

読み進めると、「政治の眼目は民心の掌握にある」と説く。なかでも、海舟は、伊豆を平定した戦国大名・北条早雲をあげている。海舟曰く、

「 天下の富をもってして、天下の経済に困るという理屈はないはずだ。(中略)織田信長は、経済上の着眼が周密であったから、六雄八将に頭となりえたのさ。(中略)

 一番感心するのは北条氏の政治だ。元冠が三年続いても、軍事公債は募らず、総理大臣自ら奔走することはなく、九州の探題に防禦させておいて、しゃくしゃくとして余裕があるのだからのう。
(中略)これは平生経済のことに注意していたからのことさ。陪臣であって九代も続き、しかも国富み、民服したのは、もっともの次第だ。北条氏の栄えたのは、つまり倹のためで、その滅びたのは、おごりのためだよ。」

ここで、「倹(ケン)」とは、引き締める。無駄を省く。つつましい。「倹素・倹約/勤倹・節倹」との意味。

いつの時代にも通じそう。北条氏が栄えたのは「倹」であって、滅びたのは「おごり」と語っている。

昨日、河瀬市長は議会答弁で、今後の財政運営にあたり、敦賀3,4号の建設が中止になった場合「中長期的に非常に厳しい」と語った。ところが財政を担当する部からは「短中期的には問題がない」と語った。このやりとの後、市長は「短中期的には」と訂正した。

市長の述べる様に、10年後を考えれば、固定資産税の落ち込みによる税収の落ち込み、福祉を含む扶助費の増加から誰がみても、敦賀3,4号の建設がなければ、敦賀の財政は厳しくなる。議員の目は節穴ではない。

今は、国の原子力政策にものをいい、その行く末を見定める。敦賀市の財政運営にあたっては、おごることなく正確に、中期長期をしっかりと見据え、大型プロジェクトの大学化や駅西整備を慎重に考える。

そんな当たり前の姿勢が、要求されるのが時代ではないか。ここ二日の一般質問のやりとりは、勝海舟の世界ではないが、民心に学んで自らを正す。敦賀市の財政状況、経済、生活、雇用を長期的に考える姿勢を持ちたい。

幕末、徳川滅亡の要因も「おごり」にあったと海舟が言う。「正心誠意」の政治を敦賀も忘れてはいけない。なによりも、今は、原子力の方向性がでるまでは、「倹」が大事であって、「おごり」は、この敦賀市にとって今、一番、注意すべきことではないか。


【2011/09/16】 | ページトップ↑
黒か白ではない問題、現実的な対応と時間が…
Date:2011-09-15(Thr)

黒か白か。表か裏か。是か非か。とかく人は分けたがり、二つに一つ、はっきりさせようじゃないかとなる。

こと原子力に関しても「反原発」「原発推進」と二つに分けたがるが、最近は「脱原発」「脱原発依存」が、主流になっているが、これも実現は、現実、難しい課題が多い。私は、当然、安全性を高めながら、ある比率で利用するのが、日本の現実的な対応と思っている。

昨日の議会の一般質問で、市長は、原子力発電所の稼動の条件として、「あえて条件の一つとして挙げるとすれば、国が避難支援道路をしっかりと整備することが重要」と述べた。

また、敦賀3、4号機増設計画については「原子力政策大綱の策定委や全国原子力発電所所在市町村協議会の中で意見調整しながら、いろんな機会を通じて必要性を訴えたい」と述べた。これが今の現実的な対応とも思う。 

福井県議会は14日開会。西川知事は議案の提案理由説明の中で、中部電力浜岡原発の停止要請やストレステスト(耐性評価)実施、そして、「脱原発」表明などを挙げるなど、原発をめぐる前政権の対応を「場当たり的」と批判した上で、エネルギー政策に関する慎重な議論を行い、原発行政の明確な方向性を示すよう政府に注文を付けた。

停止中の原発の再稼働に関しては、福島の事故の知見を反映した暫定的な安全基準の設定などが必要とあらためて指摘し、現段階で再稼働は認められないとする考えを重ねて表明した。これも、県民のことを考えれば、現実的な発言だ。

また、知事は、「前内閣の一連の場当たり的な対応は、立地地域の国への不信と原発の安全性への住民不安など深刻な影響を与えた」と批判した。

黒と白など、世の中を喜劇と悲劇に色分けしたのは太宰治だ。また、太宰は、中には、外国語の名詞に男性名詞と女性名詞と中性名詞の別があるなど、判断が難しい分け方もあるとも述べている。

どたばた喜劇にも救いようのない悲劇にも映る。私は、原子力問題は、安全、安心は、もちろん、エネルギー事情、地球環境問題など、複雑極まりない問題が絡まっている。まだまだ時間軸での議論が必要だ。焦ることでもない。今、政治に求められるは、野田首相の語る「正心誠意」の四文字。意を誠にして、心を正すと所信表明演説で力を込めた。脱原発か、推進ではなく、エネルギーのベストミックスと述べ、現実的対応に転換しつつある印象ももった。この問題は焦ることなく現実的な対応が今、求められる。
【2011/09/15】 | ページトップ↑
原子力と共存する柏崎市と敦賀市
Date:2011-09-14(Wed)

朝晩の涼しさに慣れた体に、昨日の日中の強烈な日差しは何だか痛い。アサガオも猛暑の戻りに驚いたのだろうか。長らく朝の自転車散歩を楽しませてくれたのに、とうとうツルを枯らしたようだ。昨夜は中秋の名月から2日目。分厚い雲が途切れると大きな月が現れ、昼間にほてった小さな敦賀平野をさましている様にも感じた。

ところで、昨日,テレビ報道で柏崎市の商工会議所の調査結果が明らかになった。(http://www.kashiwazakicci.or.jp/general/genpatsujuchu/) 

柏崎市の産業構造は、敦賀市とよく似ている。柏崎市は、従来型の製造業と原子力発電所に支えられた9万人を超える街だ。人口構造、産業構造と雇用、経済を調査することは、明日の敦賀市を予想するに、注目すべき街のひとつと思う。

柏崎市には、東京電力の原子力発電所の七基あり、四基の稼働、三基が中越沖地震の復旧中ということで福島の事故影響に加えて、稼働中の発電所が順次定期検査に入り、再稼働の見通しが不明であることが地元業界に大きな影響を及ぼしつつある。

そこで地元柏崎市商工会議所では7月、これらの影響について全会員を対象に緊急調査を行った。

回答した企業の4割が原発関連の売り上げがあり、うち2割が、全売り上げの半分以上を原発関連の売り上げに頼っていることが分かった。

具体的には、東日本大震災と福島第一原発事故による地元経済への影響を把握するのが目的。原発関連の売上比率が半分以上を占める企業を業種別に見ると、発電所メンテナンス業が88・2%で最も高く、建設業が37・2%、飲食・宿泊業が23・1%、卸売業が18・8%だった。

また、289社の65・7%が「原発関係の売り上げが昨年同時期に比べて減った」と答え、「50%以上減」も18%あった。理由としては、福島第一原発事故の影響で、原発や構内元請け企業からの発注中止・縮小・遅延が相次いでいることをあげている。

東電の影響が大きい柏崎市、3年ほど前、1.0を超えていた有効求人倍率も0.5を切っている。

私も、仕事柄、4回ほど柏崎市を訪れている。 原子力発電所誘致による地域振興策は、市負担事業として実施した田尻工業団地と市内2大学(新潟産業大学・新潟工科大学)の設置である。中越沖地震や東電の影響で、街の雇用、経済は、ひとつの転換点を迎えている。原子力と共存する街の現状をしっかりと見つめ、どう対応するか、目が離せない柏崎市だ。今後とも原子力とともに歩む街として、共に乗り越えなければならない試練を迎えている。
【2011/09/14】 | ページトップ↑
原子力政策の不透明さと身の丈の政治
Date:2011-09-13(Tue)

…博物館建設に向けての議論と身の丈…

先月、市立博物館の写真展の説明付きナイトツアーに参加した。ナイトツアーといっても観光ボランティアの研修だった。館長と職員に感謝したい。近代敦賀港の発展を象徴する市立博物館。写真で圧巻は、米国の星条旗が立ち黒く塗られた博物館。終戦直後のものだ。黒く塗られたのも空襲を避けるためとか。

まさに敦賀の歴史の証人、旧大和田銀行本店として地下1階地上3階の鉄骨れんが造りで1927(昭和2)年に竣工。県の文化財に指定されている。
 
銀行といっても、その半分は、市民に解放し、地下はレストラン、公会堂だった3階のステージ、屋上は敦賀港や市街地が一望でき、ビアガーデンにもなったとか。大和田荘七翁の偉大さが理解できる。

一昨日、博物館の今後の建物の活用法や博物館の在り方を議論する市民フォーラムを開かれた。別件もあり、参加することができなかったが、あり方など、博物館建設だけを考えれば、議論を尽くす時間は十分にある。

正式名称は忘れたが、7年ほど前に、博物館のあり方をめぐって、検討委員会が開かれた。私も委員のひとりとして参加した。私の主張は、当時(2004年6月)のブログに、

[博物館も「敦賀百年の計」というもの。それだからゆっくり時間をかけて、議論し検討すべきという意見。ダムや高速道路だけではない。それよりも、教育、文化、長い目でみるべき大事業でもあると。

私は「博物館」建設に否定的ではない。現状では手狭で来館者も少ない、だから、新しい土地に新しい、大きな博物館との発想には、賛成できない。現在の相生町には、山車会館、現在の博物館(旧大和田銀行)もある。これをどうするのか、連携がなくて、どうするのだろうか。駐車場の大きい、郊外型の博物館や美術館は、どこも苦労の連続で、閉館さえ考えているところも多い。

財政が豊かだからという発想でのハコモノ建設に、市民も警戒感を持ち始めた。百年の計というからには、50年後も考えなければならない。あくまでも博物館は、非採算部門。税金で維持管理するしかない。他のものをがまんして、支えるだけの覚悟が市民にあるだろうか。一度、じっくりと考える必要があると思う。]
と書いた。

検討委員会でも私は、何度も「身の丈にあったもの」という言葉を使わせてもらった。この頃、2002年12月に市民温泉リラ・ポートが出来、毎年の赤字が1億円が明らかになり、議会でも問題視され始め、施設建設がどれほど、市税にツケを残すか、危機感が高まった頃だった。

…原子力政策の不透明さと財政運営の基本…

現在、敦賀3,4号の本格着工も近くなり、私も財政負担とその後には、楽観的になっていた。駅西整備、看護学校の大学化、いずれも将来の負担を考えなければならない大プロジェクトだ。私は、敦賀短大の果たした役割の大きさを考えれば、今後の嶺南地域への高等教育機関は、医療の維持やまちづくりの観点からも必要と思っている。看護と福祉など、地元密着なればなおさらだ。ただ、それを実施に移すにはあまりにも財政基盤が不透明だ。

正直、あり方をめぐってはここ数年、一般質問を繰り返しながら、悩んで来た。理事者側の提案も当初の嶺南広域の組合立の案から敦賀市立と原案が変わり、本当に敦賀市の単独の事業でいいのだろうか。嶺南の中核病院とする市立敦賀病院の市税負担は、交付金も含め多い時に10億円を超える。敦賀の医療の確保と市税負担との根本議論がまだまだ不足しているようにも感じる。まして、昨日も、枝野経産大臣が語るように原子力政策が不透明だ。敦賀市財政の根底をゆるがすような事態が今、生じている。

教育、文化には、金は二の次との意見も多い。確かに、その通りだろう。しかし、わずか7万人の小さな街に、国の交付金があるとは言え、市税の負担と、大学運営に失敗を繰り返した敦賀市にとって、私立から市立にする覚悟があるか、いまだに疑問が残っている。

市の財政運営もこのまま行けば、5年後には、財政調整基金を使わなければならないと理事者は語る。解釈の違いはあろうが、赤字経営とみていい。福祉を含む扶助費は、20年、30年と上がり続ける。将来の福祉に手をつける財政運営だけは、許してはいけない。今だからこそ、身の丈を考えた財政運営を行わなければ、将来のリスクがあまりにも大きい。

しっかりとした判断をしなければならない。それほど財政運営が難しい時代を迎えている。原子力発電の運営は、安全、安心を第一に石橋をたたいて渡ることが本分だ。原子力政策が不透明、不安定な時期は、この40年、なかった。それだけ市税に歳入に与える影響は不透明だ。今の時代、財政運営は、最悪を想定するのが基本ではないか。総合計画の着実な推進と大プロジェクトの実施は、大事だが、それをゆるがす事態が、いま、起こっていること忘れてはいけない。
【2011/09/13】 | ページトップ↑
風評被害
Date:2011-09-12(Mon)

原子力発電所と風評被害の課題は、敦賀にとっても目が離せない。鉢呂吉雄経産相が10日、辞任した。「死の町」「放射能をうつす」という軽率な発言が理由だった。そこに住む住民には決して許せない言葉だ。

放射線の無理解による出来事があとをたたない。陸前高田市と京都の大文字焼騒動もそうだった。この夏の福島の桃の値が上がらなかった。最近では、福岡市で予定された福島県食品の販売所は、批判の電話やメールが集中して開設が見送られた。

敦賀でも古くは、昭和56年の敦賀問題が全国的に報道され、民宿客がこなくなり、昆布も売れなくなった。平成8年のもんじゅのナトリウム漏えいの際も同じ様なことが発生し、敦賀短大の学生がこの年度を境にかなり減った。最近では、福島の影響で民宿が3月、4月減り、幸い、持ち直し、海水浴客も例年並となった。

福島の農産物の風評被害は今でも続いている。 風評被害を解消しようと福島県は先月より、福島県産のモモやトマトなど農林水産物257品目に対する放射性物質の検査結果を閲覧できるウェブサイト「ふくしま 新発売。」を開設し安全をアピールしている。

念入りに検査し、安全を確認し、いくら丁寧に説明しても、苦情を述べる人の不安を抑え切れない問題、風評被害は、いつの時代もつきまとう。

不確かな情報に飛びつき、異なる意見に耳を傾けないまま、悪いうわさは、最近では、ネットでメール伝わり広がる。客の立場でかんがえると、自分や家族の健康を守ろうと考え、行動するのは当たり前だ。ここに、この問題の難しさがある。

冷静な判断と寛容さを求めるには、時間と辛抱と行動が大事になる。昭和56年当時、風評対策でもないが、商工会議所など全国に呼びかけた対応だったと記憶する。私も両親を立石の民宿に呼び、魚を食べてもらい、よろこんで四国に帰ってもらったり、女房も社宅の集会場で、昆布の袋詰をもくもくと手伝っていたことを思い出す。

京都の大文字焼もそうだったが、福島の農産物にも、全国から呼びかける団体も多いと聞く。福岡市の市民団体は別の出店場所を探し、実現を目指すという。

被災地に支援の手を差し伸べる国民は大勢いる。しかし、大震災と福島の事故による被害は、昨日もかなり報道されていたが、直接なものから風評被害まで、まだまだ時間を要する、国の最重要課題であることは確かだ。

私は国のエネルギー事情を考えれば、福島の事故は、時間をかけ、じっくりと腰を据えて取り組むみ、乗り越えなければならない最重要課題と思っている。

原子力とともに歩んだ敦賀市もその影響を受けている。原子力の怖さに目をそむけることなく、現実を直視し、どう対応するか、エネルギー政策、原子力政策の議論が本格化する。ここは、繰り返しにもなるが、時間と辛抱、それに行動が、大事になることは、確かだ。
【2011/09/12】 | ページトップ↑
鉢路大臣の辞任と原子力政策への不安
Date:2011-09-11(Sun)


9-11のテロから10年、3-11の災害から半年。考えさせられる節目に、鉢呂経産相の言動での辞任、野田政権が、いきなりつまずいた。

事故がまだ収束しない中、原子力政策の担当閣僚が、被災者たちの感情を踏みにじるような発言を繰り返すようでは、資質が疑われる。私が言うのも変だが、当然とも言える。

災害現場、事故現場、あまりの惨状と悲惨さは、普段の冷静さを失わせることは確かだ。違う言葉や行動で次に生かすことができないのか。それほど、災害現場は強烈だ。

私も、最近では、岩手の陸前高田市の惨状、三日ほどのがれき撤去だったが、現場がそうさせるのか、普段動かない体が、夢中に動くのだ。古くは、阪神淡路の大震災から5日後の三ノ宮のビル崩壊現場を目の当たりし、なぜかわけもなく涙が出ていた。

チェルノブイリ発電所の事故現場、ガイガーカウンタを取り出し計測、視察のなかで当時、日本人が1人だったせいか、訳のわからない英語を繰り返し、なぜか冷静でないない自分を感じていた。

現場の状況はわからないが、漏れ聞く報道での言葉、「ほら、放射能」とか、「死の町」とか、所管の大臣の言葉ではない。鉢呂大臣の言わば、興奮状態を理解でないでもないが、風評被害を抑えるべき立場にある政治家として、あまりに無神経だ。

ふるさとを「死のまち」と呼ばれては、被災者は到底納得できまい。鉢呂氏は陳謝して発言を撤回したものの、許せる言葉ではない。

政策面でも、大臣就任後の環太平洋経済連携協定(TPP)については「関税ゼロと農業再生の両立は難しい」と後ろ向きの姿勢を示し、私がもっとも、注目していた原子力政策でも、将来は基本的に「原発ゼロ」になるとの見通しを語るだけで、エネルギー安定供給への認識には乏しかった。

40年を超えて、原子力発電所を立地する敦賀市として、私も、鉢路大臣の言葉の軽さが、氣になると言うより、今後への不安が大きくなっていたことは、確かだ。

内閣発足から9日目に辞任する事態は、野田政権には極めて大きな打撃だ。鉢呂氏以外にも、政府・与党からは不用意な発言が飛び出している。一川防衛相は「安全保障に関しては素人だ」と発言している。当初の支持率の高さは、民主党員としてはよかったと、思いながらも、原子力政策の不安が、頭から離れていない。

震災復興、福島の事故対応、円高対策、外交問題など、野田政権には多くの政策課題が待ち構えている。まずは、被災地復興、事故対応と休み暇がいない。ただ、原子力発電所を有する敦賀市にとっては、まずは原子力の安全、安心の形成、防災計画の作成、訓練とやるべきことはやり、将来の原子力政策は、冷静で、将来をにらんだ議論を尽くして結論を出す。結論ありきでは、この国はおかしくなる。
【2011/09/11】 | ページトップ↑
ゆったりと行ったり来たりジンベイザメ
Date:2011-09-10(Sat)

一昨日は、一匹と一人のお客が敦賀を訪れた。一匹は、ジンベイザメ。昨日も敦賀を騒がしている。背びれを見せ、そして近づいてくる。サービス精神旺盛だ。保育園児、幼稚園児にも昨日は愛嬌を振りまいておるように思える。園児は大喜びだ。居心地がいいのか、昨日もゆったりと、行ったり来たり。しばらく話題に上るかもしれない。市のホームページにもその様子が写真で見ることができる。

ジンベイザメではないが、水族館は、子供の遊び場であり先生だ。ゆったりとした泳ぎは、あくせくした世相とは縁がない世界にも感じる。

ところで、振り子、やじろべえ、こま、天秤、いずれもバランスが大事なものばかりだ。やじろべえ遊びを通して、子供は自然にバランスの大切さを学んだ。振り子は、どんな力を加えても、必ず戻る。

ゆったりとした動きで、左右に大きくぶれず、偏らないことを中庸と言う。第95代首相に選ばれた野田佳彦氏の信条も中庸だそうだ。民主党代表選に出馬する直前の月刊誌に「わが政権構想」と題した論文を発表。「結局、大事なのは中庸。徹底的な現実主義の道でもある」と説いている。

これには批判もある。一昨日の珍客のひとりが小沢元代表。来ただけで話題になるから、さすがわ大物だ。ただ、自身の代表選を含め3連敗という十字架を背負った。豪腕故に反発を買う。老子は語る。「兵は強ければ則ち勝たず」。力と力の対決は時に不毛な戦いを強いる。

民主党内の「反・親小沢」の戦いは結局のところ、何も生み出さなかった。そこに中庸の野田政権の登場、時計の振り子は必ず真ん中に戻る。ことわざは生きている。但し、野田首相、鉢路経産大臣の脱原発発言は、中庸にあらず。福島の放射線の報道もあり、大きく振れを増している。いつ戻るか、じっくりと見守る必要がある。原子力の安全、安心は、最優先だけに時間と辛抱が必要だ。

敦賀に訪れた珍客のゆったりとしたジンベイザメの動きは、敦賀の将来をしっかりと見据えろと言うことかもしれない。 

いずれにそても、東日本大震災から、あすで半年になる。被災地では復旧・復興に向けた懸命の努力が続いている。だが震災の爪痕は深く、思うように地域再建の青写真が描けていない自治体がほとんどだ。ここ敦賀市も職員を被災地に派遣し、仮設住宅の事務など復興に向けて協力している。福島の事故の大きさも含め、ゆったりとする時間はないが、まだまだ時と辛抱強い協力が必要だ。原子力とともに歩んだ敦賀市もその影響は大きい。しっかりと足元を見た財政運営など、あせらず明日を考えた対応をのぞみたい。
【2011/09/10】 | ページトップ↑
敦賀に訪れた珍客
Date:2011-09-09(Fri)

昨日、敦賀に珍客が訪れた。ざわめく金ケ崎緑地の岸壁。体長約4メートルのジンベエザメが泳いでいる。背中の白い斑点がはっきり確認できる。

ジンベエザメはプランクトンを主食とし、10メートル以上に成長する世界最大の魚として知られるが、敦賀港に現れたのは体長から5~6歳の子どもらしい。

同列にあつかうのは失礼だが、民主党の小沢一郎元代表が昨日、敦賀市を訪れ、気比神宮を参拝した。滞在約1時間半の訪問。民主党の関係者には、それとなく伝えられていたが、公にすることでもなく、市民には、驚きなのか、なぜ、聞かれても答えはない。ただ、暇をみつけては、各地の有名な神社を参拝しているようだ。

神宮には、国の安全や自身の心願成就を祈願したという。境内や大鳥居なども見て回り、周囲の掛け声には笑顔で応じ、帰途に就くJR敦賀駅の駅長室で河瀬市長が面会し、原子力発電の要望を行い、笑顔で応じたとか。

小さな敦賀市内。珍しい情報は、すぐに市内を駆け巡る。ところで、台風12号がさり、秋めいてきたが、今朝は、蒸し暑い。次は、台風14号が近づいているとか。

あちこちで色づき始めた稲穂がなぎ倒され、台風12号の爪あとが残る。小沢氏の神頼みも理解できないでもない。日本の災害が多過ぎる。

今回の豪雨で、死者や行方不明者が出た地域には避難勧告・指示が出ていないところが多かった。「まさか」「このくらいなら」、もともと雨が多く、台風にも慣れている。自転車より遅い台風が予想外の大雨を降らせた。

今年は、豪雪に大震災、今度は台風禍と予期せぬ災禍が続く。もはや、天災は忘れたころではなく「いつでも…」の時代。そのことを実感させられる。  

昨日は議会の予算決算常任委員会、今日は一般質問の通告締め切りと9月議会も28日まで続く…。敦賀に訪れ、大きな影響を及ぼすと原子力の課題、見過ごすことのできない。落ち着かない日々が続く。
【2011/09/09】 | ページトップ↑
国のエネルギー政策と敦賀市の財政運営
Date:2011-09-08(Thr)

敦賀市議会が開会した。冒頭、市長提案理由説明で、菅首相の場当たり的なエネルギー政策について批判。中期財政計画では、エネルギー政策によっては行財政運営に大きな影響を及ぼすとも述べ、事業計画の進捗に遅れを生じるとも語った。

今の敦賀を取り巻く難しい現状を的確に表している。原子力発電とともに歩んで来た敦賀市にとって、方向性が見えない危機とも言える。

わずか7万人にみたない街に、市民温泉リラ・ポート、運動公園、総合福祉センターなど福祉施設、さらに敦賀短大、看護学校、清掃センター、市立敦賀病院と、この40年間に多くの施設を建設してきた。

現在は、敦賀駅のバリアフリー化、交流施設建設、福井大学附属国際原子力工学研究所の建設が駅前整備が進捗している。行財政運営は、平成21年度ベースでもんじゅ、敦賀1、2号、敦賀火力などの固定資産税約38億円に核燃料税と交付金を加えれば約70億円になる。

これは、一般会計、企業会計と特別会計、合わせて約520億円の約13%を占める。国のエネルギー政策の動向が、敦賀市の財政に大きく影響することが、数字だけみても理解できる。

あまりにも数字が大きいだけに、しっかりと足元を見ておかなければならない。10年後、20年後、どうなるのか、予想しながらの財政運営は、難しい。

高齢者福祉など福祉にかかる扶助費は約50億円を超え、これからも確実に増える。それも団塊の世代、次の団塊のジュニア世代が、高齢期まで続くとみていい。国がなんとかしてくれるだけの余裕もない。

国のエネルギー政策の動向や少子高齢化、人口減少を考慮に入れた行財政運営は、本当に難しい。エネルギー政策であるべき姿を訴えるべきは訴え、自らの行財政運営は、10年、20年の市民生活、持続的なまちづくりを考え、立ち止まる勇気も必要だ。今回の市長提案理由説明ほど、敦賀市の将来を考えた立ち位置の難しさと、語ることが難しい今後の方向性を示すものと受け止めた。

余談だが、台風12号は、甚大な被害。人的被害は9県にまたがり、死者・行方不明者は100人を超えた。お見舞い申し上げたい。

言うのも失礼だが、今回大きな被害が出た地域で、自治体から避難指示が発令されなかったケースもいくつか見受けられた。崩れた土砂が川をふさぎ、あふれた濁流で多数の死者・行方不明者が出た奈良県五条市。やはり濁流で住宅が流された奈良県十津川村や、住宅6棟が土砂にのみ込まれた和歌山県田辺市などだ。

災害対策基本法では、避難勧告や避難指示は自治体の長の判断で出されることになっている。新聞情報だけで判断するのは、難しいが、行政の判断ミスが被害拡大につながった可能性は否定できない。

特に高齢者が多い中山間地の防災・避難対策は急を要する。今回の台風でも、ほとんどが一人暮らしの高齢者が住む集落が孤立するケースがあった。土砂崩れで道路が寸断され自治体などの支援が受けられない。水道や電気などのライフラインも途絶える中、なすすべもなく救助を待つ姿は悲惨だ。

敦賀市の現状と、台風12号の被害を結びつけるのは無理があるが、その一瞬、その時の行政の判断がいかに大事か、国まかせにできない地方の現実を冷静に正確に足元を見ての判断が要求される。

【2011/09/08】 | ページトップ↑
危うい原子力政策と敦賀市の影響
Date:2011-09-07(Wed)

野田首相の脱原発依存とも言える発言を受けて、鉢路経済産業大臣の新設は現実的に困難、寿命の来た原発は廃炉など具体的にあげながらインタビューで発言し始めた。具体的とは本格着工前の中国電力の上関と、本格着工している下北半島の大間だ。敦賀3.4号は、まさに本格着工前の計画中の原子力発電所だ。

確かに、実現すれば、将来、50年でほぼ原発は、ゼロになる。本当にそれで日本はいいのだろうか。我が敦賀市のこれによる影響は甚大だ。雇用、景気、財政、市民生活が、どうなるのか、注視しなければならない。

ただ、野田首相や鉢路経産相の中で、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。唐突に「脱原発依存」を掲げた菅前首相とは一線を画す、現実的な対応は評価できる。菅前首相の道なき脱原発は、あまりも安易であり、電力と経済、国民生活の関係を理解しているとも言い難かった。

その首相が変わった。野田首相に期待もした。しかし、敦賀市にとって、首相が語る原子力政策を実施し、具体化すれば、それはまさに悪夢となる。

私は、首相の原子力発電への発言で、敦賀への影響が大きいだけに、あまりの安易さと野田内閣の支持率の高さに危機感さえ持つようになっている。

スイッチをオンにすれば電気が供給され、停電のほとんどない日本は、戦後の電力事業の長い年月のなかで形成され、 安定供給は、国民生活の維持に不可欠となり、原子力発電は、そのなかに組み込まれていた。嶺南の原子力発電所もその一環として40年を超え、関西、中部の電源地帯となって貢献して来た。

企業や家庭の節電努力で夏の電力危機をひとまず乗り切ったが、先行きは綱渡りだ。東京電力の15%の電力制限は、今週中にすべて解除される。これらすべて節電だけではない。火力発電所の運転、復活がかなり、役立った。

不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は全国で3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。この間、地球温暖化防止の議論は二の次になった。

東北や関東から周波数の違う中部、関西への工場シフトも浜岡の停止や既設の運転中への菅首相の発言でほとんどストップなり、海外移転が現実のものなっている。福井県の大手企業も真剣に考えている。

海外移転の現実の世界が失礼だが、小浜市だ。松下の工場廃止、芝浦の工場一部移転の引き金は、円高などが大きいが、地方の地域経済や雇用、そして活力がどうなったか、人口、高齢化をみれば一目瞭然だ。小浜市も声高に脱原発を訴えるが、そのハローワーク小浜も有効求人倍率も原子力発電を理由に県内トップを維持している。

とにもかくにも、原子力発電所がこの地域の雇用、生活を維持している。一方で、野田首相や鉢路経産相の発言で、その通り実施に移行すれば、30年もすればこの地域の原発はゼロになる。このことによる影響はあまりにも大きい。

野田首相が発言するエネルギー政策では、代替電源を確保する展望があるわけではない。原発新設の可能性を全否定するかのような見解を示すのはあまりも早過ぎる。繰り返しにもなるが、この影響はあまりにも敦賀へ大きい。


【2011/09/07】 | ページトップ↑
原子力政策の不安と高校授業料無償化の維持要望
Date:2011-09-06(Tue)

台風一過はいい天気のはずがさくじつもぐずぐずしていた。それに夕方になると肌寒い。深夜ともなるとリーリーリー、コロコロと虫たちが奏でている。二重奏か三重奏だろう。敦賀まつりの終わりと共に感じる秋の訪れだ。民主党に対する空気が変わった。変わると同時に、不安の声と要望が届けられた。

野田内閣の支持率が各種世論調査上、高い。私もホットするところだが、原子力政策での首相や経産大臣の発言で、敦賀市民から不安の声を伺った。「新設とは?」「寿命とは?」と率直な質問を受けるが、私も、わからない。今後とも、注視していきたい。

もう一点は、高校授業料無償化の継続要望だ。無償化は三党合意で「政策効果の検証を基に、必要な見直しを検討する」となっているが、高速道路の無料化や子ども手当とは、効果度が違うようだ。

高校、大学への進学率をみると、それぞれ90%と50%を超える。敦賀でも同じような傾向だが、家庭での負担は、増えているのが現状だ。あるご家庭から「子ども手当も役だったが、ぜひ高校の無償化はそのままで」と要望だ。

政府や地方自治体による教育への公的支出は先進国の中では低水準で、家庭の私費負担に依存しているのが現実だ。

過日の産経新聞で[経済的理由で2010年度に私立高校を中退した生徒は1校当たり0.44人だったことが27日、全国私立学校教職員組合連合(全国私教連)の調査で分かった。09年度の0.71人を下回り、1998年度の調査開始以来、最も少なかった。

昨年4月に高校無償化が始まり、私立高生は世帯所得に応じて年約12万~24万円の就学支援金が国から支給されている。都道府県も低所得世帯に授業料との差額の負担を軽減する措置をとっており、全国私教連は「高校無償化で自治体の学費減免制度が拡充されたことが大きい」としている。]と。

まだ効果を表すデータはまだでそろっていないが、見直す理由は財政難だけとすれば、効果がある以上、まだまだ辛抱すべき課題ではないか。

バブル経済の崩壊後は経済格差や非正規雇用の急速な拡大で、少子化といえども子どもの教育費の負担にあえぐ家庭は増えている。厚生労働省が7月に公表した09年の子どもの貧困率は15.7%で、7人に1人の子どもが貧困状態にある。敦賀もその現実はかわりない。

高校授業料無償化は保護者負担の軽減となっているだけでなく、スタートした10年度は産経新聞が示すように、経済的な理由による中退者が減少し、無償化の効果は、着実に表れている。

私も、高校授業料の無償化の見直しは慎重であるべきで、「政争の具」にすることがあってはならないと思っている。
【2011/09/06】 | ページトップ↑
エネルギーの多様性と敦賀
Date:2011-09-05(Mon)

気比さんまつりの山車巡行がないのは寂しい。祭りともに敦賀の夏の終わりをいつも感じていただけに、しっくりこない。

210日と合わせたような台風。先を阻まれてゆっくり北上。今日もぽっかりと空いた時間。気になっていた友人の見舞いに出かけることにした。

自然はいつも、文明の発達度を試すかのようなことをする。関東大震災では都市防火、阪神大震災では家屋耐震性と地域「共助」が試された。その都度、人は立ち上がったが、今年の東日本大震災、津波と福島の事故対応はかなり難題だ。

単純な解答は通用しない。大津波を巨大堤防で完全に防ぐことはできなかったし、道路、河川、学校に病院、国づくり全体を見直す「多重防御」と、被災しても命を落とさない「減災」の自立的な防災教育への取り組みが教訓だ。

敦賀半島の自然も多様性にとんでいる。クマ、サル、シカはもちろん、樹木も、高木が風を防ぎ、低木が山を抱えるように根を絡ませて土砂の流失を防ぐ。近年、松がれなど、おかしくなっている。多様性と相互補完による敦賀半島の強さだ。エネルギーもこの多様性と多重性を忘れてはあとで大きなツケがくる。

敦賀半島の原子力発電所も大きな試練を迎えているが、日本のエネルギーの多様性と多重性は、資源を持たない国にとって必要不可欠。脱原発だけでは、この日本は成り立たないと思っている。半島だけみると、高速増殖炉もんじゅ、沸騰水型の敦賀1号、加圧水型の美浜1,2,3号と敦賀2号と、原子力発電所だけをとっても種類が違う。昨日、中川文部科学大臣は、もんじゅの必要性を明言し、中長期的には議論を行うとした。

文明論的にも、エネルギーの切れ目が都市の切れ目、樹木を切り拓いていったギリシア文明の衰退のひとつの要因とも。エネルギー政策の長期的な視点を忘れてはならない。

この台風でも、死者、行方不明合わせて七十名を超える甚大な被害をもたらしている。予想を超えた雨で都会のマンホールから水柱が上がり、地下道に水があふれかかっていた。敦賀でも笙の川の水流が濁流となって暴れていた。人間の知恵が試されている。いくら虚勢を張ったところで、台風が来たらこともなく過ぎ去るのを、じっと身を潜めて待つ。

原子力発電に対する国民の感情は、脱原発に向かっている.原子力発電所と共に歩む敦賀にとっては台風にも匹敵する事態、冷静になるまでw、じっくりと身を潜めて待つことも大事ではないか。
【2011/09/05】 | ページトップ↑
触れ合うケア

Date:2011-09-04(Sun)

昨日、敦賀まつりの民謡踊りが台風のため中止された。夕方、ぽっかりと空いた時間。自転車は雨風で危ない。ウオーキングでもと思い平和堂に歩き出した。映画を観て、駅前へ。顔なじみに出会う。そしてゆっくりと本町から気比神宮へ。

台風とはいえ、祭り。夜の雰囲気はいい。露店も数は少ないが若者が多い。中学高校と仲間と地元の八幡さんの祭りに繰り出した。日頃にはない開放感を感じたものだ。開放感から時間を忘れ、夜が遅くなり母にしかられたのも懐かしい思い出だ。

母がなくなったのが今月6日。今年で17年。大腿骨をおって半年、認知症も相当進み、ほとんど会話もままならぬ状態が続いていた。

年配の看護師から、手首から指先までをゆっくり触るだけで、意識がはっきりすことがあると教わった。

相手の気持ちに合わせるように何度もなでる。そうすると、意識がはっきりしてくるから不思議だ。やがて笑顔を見せるようにまでになるから驚きである。

細かく教わると、1秒間に5センチの速さでゆっくりと動かすと、人は最も気持ちよく感じるのだそうだ。ゆっくりなでることによって、相手の気持ちにこちらの寄り添う思いが伝わっていくそうだ。これに言葉を加えると、目や口が少しずつ動き出すから、それもゆっくり、時間をかけたケアがなによりという。

手足の麻痺もあり、ほとんど動かなくなっていた。少しでも今までより動くことができたら、「よかった、よかった」と声をかけ、決して「頑張れ」とは言わない。

看護師は、体に触れて、相手の心に寄り添うことが、病人にとってどんなに心丈夫か、とも教わった。その看護師も先日、他界した。寄り添う心寄り添われる心は人間の宝物である。時間の流れに身をまかせることも、ときには必要だ。寄り添う人があれば、心も和む。昨日、観た映画は「神様のカルテ」だった。 

【2011/09/04】 | ページトップ↑
野田政権誕生と気になる原子力政策
Date:2011-09-03(Sat)

野田首相が敦賀を訪れたのは、前回の衆議院議員選挙。2年前、平和堂前の白銀交差点で演説をした。時間も少なく福井への立ち寄りで、動員もなく、ほとんど聴衆もなく、申し訳なく思っていた。

ところで、ドジョウが一番おいしくなる季節は夏。脂がのっていて、骨が柔らかい。ビタミンも豊富。滋養強壮や夏バテ回復にぴったりだという。柳川には、ささがきにしたゴボウが欠かせない。それだけで素朴なドジョウの味がぐんと引き立ってくるから不思議なものだ。

政権は東日本大震災と福島の事故対応、そして超円高に直面し、まさによれよれ状態。夏の終わりに新しい顔として自らをドジョウになぞらえた野田首相が登場したのは、絶妙な巡り合わせというべきだろうか。内閣の布陣もそろった。

ただ、原子力政策を巡る、昨日の答弁が気になる。「新規は行わない」「寿命の過ぎた原発は廃炉にする」など、どれも敦賀に該当するからだ。言葉の解釈は、いろいろあるが、新規は敦賀3,4号の増設、寿命の過ぎたとは、敦賀1号炉のことか、気になってしかたがない。原子力政策の立て直しと思っていただけに、敦賀として注視する必要がある。

敦賀にとって、高速増殖炉もんじゅ、敦賀1号、敦賀3,4号と、国の原子力政策と密接に関係している。雇用、生活、経済はもちろん、将来の発展までつながるだけに気がきではないない発言でもあった。ここはじっくりと見守るしかないが、場合によってはそんな危機感をもっている。

いずれにしても、ドジョウの効用を十分に発揮するには、まず食べないとわからない。食べやすく、ドジョウ単独ではなかなか主役になりにくいから、どんな食材と組み合わせるかが鍵となる。

「野田ドジョウ」の料理は適材適所とか。執行部人事では派閥均衡で味のバランスをとった。官房長官の藤村氏は、民主党福井県連の党大会の来賓で来たばかりだ。地味な方で、演説もそれほどうまい方ではないと思っていた。

それにしても、行く手には待ったなしの課題が山積している。それを解決する力強い味を感じさせてほしい。

ここでしくじれば民主党には後がない。柳の下に2匹目のドジョウはいない。これが最後というぐらいの覚悟が必要だ。原子力政策によっては考えなければならないときもある。

【2011/09/03】 | ページトップ↑
防災教育の視点
Date:2011-09-02(Fri)

昨日、防災訓練の報道が流れた。敦賀は、災害の少ない街だ。歴史的にも水害は多少あったものの、昭和20年の空襲が最大の災害といえる。それだけにどこか安心感の持てる土地柄だ。私もそうだが、どこかで起こり得ないと思っていることが多い。ただ、その安心感覚にひたっていけないのも事実だ。阪神淡路大震災がものがたっている。

これを、心理学で「楽観バイアス」と呼ぶそうだ。災害や事故は他人に起こっても自分の身に降りかかる確率は少ない、と考える傾向のことだとか。敦賀の市民感情とも合致するのではないか。

安心感は大切だが、人の精神的健康を保つ上ではプラス。一方、災害への備えを抑制してしまうことにもなり、防災にはマイナスの心理だ。

今年の防災訓練は今まで以上に緊張感をもってなされるであろう。原子力防災の訓練も今、見直しが行われている。

いずれにしても、訓練により、危険を察知する可能性がより高まることは、今回の震災でも明らかになった。前にも書いたが、小中学生も今回の震災の犠牲になった中で、釜石市の小中学性のほとんどが津波の犠牲を免れた。勇気を持って最初に逃げろ、逃げるために最善を尽くせ、ハザードマップを信じるな―普段からそう教え、訓練していた。

マニュアル社会で珍しいといってもいいのではないか。避難場所さえ危ないと直感し、小学生や園児の手を引き、さらに高台に逃げた中学生もいた。

これからの防災教育の柱は自分で考えて判断し行動する。想定外をカバーする教えでもあるのではないか。

繰り返しにもなるが、楽観バイアスとは「都合の悪い事態は見ない、考えない」こと。昨日の敦賀市の財政運営も長期的は厳しいとしながら、現実を見ない、考えないに等しいとも共通する。

敦賀の安全・安心社会の形成のためにも、楽観バイアスとは別の視点をもつべきでもある。
【2011/09/02】 | ページトップ↑
原子力発電と歩む敦賀市の財政運営
Date:2011-09-01(Thr)

今日から9月。9月1日は「防災の日」であると同時に、立春から数えて「二百十日」。二十四節気とともに季節の移ろいを表す雑節の一つ。古くから台風襲来の厄日として恐れ、備えた。早速、台風12号が接近している。

ところで、国の原子力委員会は30日の会合で、原子力政策の基本方針となる「原子力政策大綱」の見直し作業の再開を決めた。

原子力大綱は、原子力の利用や研究開発の方向性を示すもので、原子力委は昨年12月に現在の大綱の見直し作業に着手。しかし、東日本大震災と福島の事故で中断。

原子力政策をめぐっては、菅政権が「脱原発依存」を打ち出し、野田首相の政権もまだ明らかではないが、縮減の方向性は踏襲するとみられているだけに、もんじゅ、敦賀3,4号の計画を有するだけに、敦賀の最大の関心事でもある。

原子力利用の推進を打ち出している現行の大綱をどの程度、軌道修正するのか、国の原子力の基本方針が決まるだけに、河瀬市長にはぜひ頑張ってほしいところだ。敦賀市にとってもんじゅの運転再開と敦賀3,4号の建設は、安全性向上を第一にしながらも、今後の町の発展の前提だけに、一歩も譲れない計画でもある。

昨日31日は、敦賀市議会の議会運営委員会と昼から今後、5年間の実施計画と中期財政計画の説明会があった。

市長マニフェストが随所に反映され、とくに看護学校の大学化や駅前整備計画など一部見直したものの、あれもこれもと言った内容になっている。財政運営が気がきではない。

中期財政計画が示す5年間はいいが、6年後からは、財政調整基金を使わなければならないとの説明。無理をしている。敦賀市も急速な高齢化社会を迎える。医療、介護と言った福祉に多額な経費が必要になり、どうこれを維持し、将来につなげるか、財政運営で一番、気をつけなければならない視点だ。施設建設や大学設置を本当に急ぐ必要があるのか、私は、疑問に思っている。

今、台風12号は停滞しているかのように、ゆっくりと北上。この影響で、太平洋側の海では局所的に強い引き潮が起こる「離岸流」で水の事故が相次いだ。今ごろの暴風雨はやはり怖い。

敦賀市では実りの秋の大切な時季でもある。水稲は、刈り入れがはじまり、これからが本願だ。稲は、こうべを垂れ、収穫を待っている。私の故郷四国には,台風の被害が多いせいか、農作物を守る風祭りの神事が今も残っており神仏のご加護を願う風習がある。

東日本大震災を契機に、日ごろからの準備で自然災害の被害を最小限に抑える「減災」が注目されている。既に訓練が行われた所も多く「頭で考えるだけでなく体を動かすことも大切」と参加者の目つきは真剣だ。何事も、備えが、重要となる。

原子力発電で財政が豊かになった敦賀市、7万市民には、総合運動公園など、施設環境は、全国屈指だ。ただ、少子高齢化、人口減少など市民を取り巻く環境は、それほど変わらない。あらゆる環境に対応できる備えと心構えが必要ではないか。厳しい時代だからこそ、財政運営は、厳しめに見るのが市民のためでもある。それが普通の考えではないか。
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