大阪の栄枯盛衰は、敦賀にも影響する。
Date:2011-11-30(Wed)

毎朝、大阪に特急サンダーバードで通勤する敦賀市民も少なくない。新快速で大阪の観光客も増えた。敦賀市はよくも悪くも地政学上、大阪の影響を受ける環境にある。敦賀1、2号機の電気を送っている。東洋紡や永大の本社は大阪だ。パナソニックも大阪だ。

関電の筆頭株主である大阪市の脱原発の動きはどうなるのかまだまだ未知数だ。いずれにしても、民間を中心に人の交流など大阪の栄枯盛衰がこれからも敦賀市にも影響を与えることは必至だ。

大阪のダブル選挙は、選挙中、友人に聞いても、相当の大差が予想できるほど、終始「橋下劇場」だった。「都構想」という大胆な改革案を掲げ、「大阪を東京と並ぶ日本のエンジンに」と訴えた橋下市長。言動が刺激的な橋下流政治。わかりやすい。

「ニューヨークにもロンドンにも勝てる大阪に」という言葉はわかりやすい。橋下氏らの言葉を、府民も市民も選び取った。大阪の危機感と変革への期待の表れは、生活保護者の多さからも今の大阪の状態との裏返しでもある。

歴史を振り返っても、明治維新の廃藩置県では、諸大名への貸金が帳消しとなり、「大坂」の両替商の多くが倒産。綿花の輸入自由化で農業、工業も打撃を受けた。だが、そうして生まれた労働力や遊休地で近代産業を興す。繊維産業もその中心だった。その勢いで東洋紡が敦賀市に昭和9年進出。

戦時中、空襲で市街地の大半が焼けても復興では全国をリード。永大、旧松下こと、パナソニックの敦賀市への進出も戦後の大阪の復興を基盤としている。

ただ、大阪万博はその象徴だったが、凋落も早かった。今も長いトンネルにいる。関西の不況は製造業の停滞となって敦賀にも影響している。

日本の栄枯に先んじてきた大阪の「次の反転」を橋下氏に託した。新市長は「大阪都構想」で府市を再編すれば世界と勝負できるという。確かに二重行政はムダだが、制度改革で抜け出せるほどヤワなトンネルではないと思っている。

大阪再生に欠かせない人づくりも、けんか腰の教育基本条例はなじむだろうか。府市議会で最大の勢力を持つ政党が首長をも独占するという危うさもある。橋下氏の脱原発のマニフェストも敦賀にどう影響を与えるか、長い冷静な目で対応したい。

よくも悪くも大阪の栄枯盛衰は、必ず敦賀に影響する。橋下劇場もより大きな存在となるか、敦賀からも目がはなせない。 
スポンサーサイト
【2011/11/30】 | ページトップ↑
公立四大化の予算審議
Date:2011-11-29(Tue)

昨日は12月議会を前にしての議会運営委員会。焦点は看護学校の公立四大化の予算審議。今後の市立敦賀病院を中心とする敦賀の医療やもんじゅなど国の原子力政策が揺れる中での敦賀の財政運営との関係など、その判断を議会に委ねたと言えるだろう。

看護大学の必要性や重要性など、理事者側から多くの情報が示された。議員の理解も深まり認識も高まった。

また、市立敦賀病院の運営も医師不足や診療報酬の改善から徐々に立ち直り、新たな施策ができる環境も整い始めたものの、医師確保同時に、看護師確保をどうするか、敦賀市独自の命題でもある。

一方、わずか3万人の人口でありながら、2年目を迎える看護大学がある岡山県新見市では、市民の入学者が毎年1名しかおらず、地元出身者と地元への定着は、密接に関係しているだけに、大学出身者がどの程度、敦賀市内に残るか、まだまだ未知数だ。

さらに、国の原子力政策によって、直接的には、敦賀市の財政運営、間接的には、市の経済、雇用はもちろん、市民生活への影響も、循環によっては、市の税収、人口などへの影響も不透明だ。敦賀市に原子力発電所が出来て40年を超えたが、40年前と同じ様な岐路に立っているとも感じている。

看護大学の教授陣確保のめどが限界を迎えてきているとの市長をはじめとする理事者が議会にその判断を求めるタイミングと、敦賀の岐路とも言えるこの時期、天秤にかけることが本当に妥当なのであろうか。

身の丈にあった市政運営と大学運営が、この先できるかが基本だろう。この10年間、敦賀短大の運営に苦悩し改革を繰り返した経過と市民との関係など、総括が不十分と思っている。ここにこれまでの苦悩を続けた要因があるように思う。

看護大学は違うとの見解もあろうが、これまで潤沢な財政運営に支えられた市政運営の甘さがどこかにないか、改革には、勢いとタイミングも確かに大事だ。

だが、本当に、この時期、勢いで判断ができるのだろうか。大きな岐路が迫っているとの敦賀市の環境を考える危機感と敦賀市の医療を真剣に考えるには、ある一定の時間が必要とも思っている。
【2011/11/29】 | ページトップ↑
拠点化推進会議ともんじゅ報道
Date:2011-11-28(Mon)

昨日は、小口径自転車bD-1で武生にむかった。約60キロの行程。紅葉も真っ盛りから枯葉が落ちる風景はいい。晩秋近く風は冷たい。木の芽トンネルから今庄への下り坂の風は汗を冷やす。

昼、武生から電車で戻って、長谷で若狭エネ研で開催された県のエネルギーの拠点化計画の推進会議を傍聴した。

福島の事故を受けてか、昨年と様相ががらり変わった。ひとつは報道の多さだ。会議の後、機構の鈴木理事長、西川知事とぶら下がりで記者が取り囲んだ。一昨日の細野大臣の「もんじゅの廃炉も含め検討」との発言を受けてのコメントを求めたものだ。知事は「幅広い議論が必要と述べたのではないか」とのコメント。現状ではこれが妥当な判断だろう。

拠点化計画では今後、事故を受けて、原子力防災の強化やエネルギーの多角化に向けた取り組みを充実させる方針を打ち出した。

具体的には、放射線量が高い環境で作業員の活動を支援する「パワーアシストスーツ」の開発を今年度からスタートさせる他、原子炉の解体で使われるレーザーを応用した除染技術の研究も加速させる方針。

ただ、国の原子力政策の見直しで、拠点化計画の柱となる「もんじゅ」の存在が揺らぐ中、敦賀商工会議所の有馬会頭など、もんじゅの方向性を不安視する声が相次いだ。

昨日の福井新聞の論説委員長の北島さんが書いた『「もんじゅ」漂流 国策の岐路、議論は幅広く 』の論説で「民主党の責任は重い」とする地元メディアとしては妥当な見解だろう。

なかでも「東京電力福島第1原発事故が発生して以来、「原発罪悪論」が世論を形成している。しかし、これまでの議論で原発立地地域の声はどれほど反映されただろうか。国策の針路を決める冷静で広範な政策論議がいまこそ必要であろう。」のくだりは、的を得ている。

福島の事故の大きさのあまり、ものごとの本質を見失いつつあるのではないか。 細野大臣の福島の事故対応は、概ね評価に値するが、環境大臣を兼ねるなど、忙しさのあまりか、エネルギー政策こと原子力政策全般を見渡すほどの冷静さを失った発言と受け止めたい。国策の岐路は、敦賀の岐路でもある。

その他、会議では、関西電力の八木社長はおおい町や高浜町に年間50万キロワットアワーの発電ができるメガソーラーの発電所を設置すると述べた。エネルギーの多角化を目指す方向性を明らかにしたものだ。
【2011/11/28】 | ページトップ↑
細野大臣のもんじゅ視察
Date:2011-11-27(Sun)

昨日は敦賀市民歴史講座で『戦国の世から泰平の世へ~「江」の生きた時代~』と題して記念講演会「戦国の世に生きた女たち」。細川ガラシャや春日局と戦国をたくましく生きた女性をわかりやすく、講師の京都橘大学名誉教授の田端 泰子さんが語った。

たくましく生きる、逆境にむかっても、自ら凛と生きて行く一人の女性としての生きざまを史実のなかで正確に語った。

逆に、少子高齢化社会の今の世、何かと不安が募り、暮らしに夢がない。庶民は日々、精いっぱい。途方に暮れ、泣きだしたくなることもある。そん悲哀や情愛を見事に書き上げた小説家の宝庫が東京の三鷹だ。

私は三十代半ばから10年ほど、東京の三鷹に住んだことがある。敦賀短大の学長を務めた瀬戸内寂聴の住んだ家屋の近くに私は、住んでいた。山本有三記念館もある。入水自殺したした太宰治と森鴎外のお墓も近かった。

彼らが書いた小説を読みながらその現場を訪ねると、その時代、その雰囲気を感じることができる。

なかでも、太宰治の小説は、暗く難しいが、あじわいがある。「走れメロス」「津軽」「人間失格」などなど。この歳になって読み返すと人間の情愛、悲哀のようなものが伝わってくる。

「人間失格」には、カステラ、甘納豆といったお菓子の名も出てくる。太宰の文章にならって、お菓子を食べて気を取り直してとの心境でもある。生きるつらさの中にも心和むひとときと、ささやかな夢を持ちたい。 今はそんな心境だ。

昨日の細野豪志大臣のもんじゅ視察。夜、民主党県連幹部と懇談した。本日の福井新聞一面「廃炉を含めた検討」との見出し。正直、記者団への発言には、原子力政策に明るかっただけにがっかりしている。民主党政権の原子力政策の意思決定の中枢だけに、その発言は、まだ決定ではないしても、大臣だけに軽過ぎる。

福島の事故の地震、津波を受けて安全対策をどするか、もんじゅの現場では、あらゆる角度から検討と緊急対策、その後のさらなる安全対策と日々、頑張っているなかで発言でもある。

というのも、もんじゅの廃炉の可能性に言及した関係閣僚は菅前首相は別にして細野氏が初めてでもあるからだ。

報道によれば、記者団から廃炉の可能性について問われ、「そういったものも含めて検討していくべきだ。問題を単に先延ばしするだけということは許されない。何らかの判断を来年はしなければならない」と述べ、最終的な判断は、来夏にまとめる国の原子力政策大綱に盛り込む考えを示すなど、まだ論議も真っ最中での発言だ。

また、もんじゅの現状については、「1960年代に計画され、かなりの年月がたっていて設備が古いところもある。様々なトラブルがあったことも背景にあり、一つの曲がり角に来ているという印象も受けた」と問題点を指摘したことも、福島の事故が大きいにしても、脱原発の世論を背景にした発言とも受け取れる。

昨夜の会合でもその種の発言をちらとするなど、私には許せないものいいでもある。ここでもんじゅの必要性を長々と論ずるつもりでもない。

しかし、今日の長谷の若狭エネ研のエネルギー拠点化計画の論議もすべてとは言わないが、もんじゅの研究を土台に進められ、敦賀駅前に建設中の福井大学附属国際原子力工学研究所の建設費用も、その交付金でなりたっている。敦賀市の将来にとっても、雇用、経済と生活とも深く関係しているだけに、昨日の発言は…。との心境だ。

極論でありニーズの有無もあるが、原子力船「むつ」の廃船後とその後の経緯とむつ市の苦悩を40年近く、眺めてきた経験でものいうと、メーカーの技術の保持はもちろんのこと、人材育成も日本での復活は皆無に等しく、むつ市の当時の関係者から聞きと、国に対する不信感は、今でも深い。

巨額な税金の投資は、そこである程度のめどがつくかもしれないが、核燃料サイクル全体への影響はもちろんのこと、原子力政策、技術や人材育成、さらには敦賀市の将来にも深く影響する。それほど深く30年を超える歴史の重みと将来への影響は大きい。公開ヒヤ、建設、運転ともんじゅを国策とし、歩んできた敦賀市、そこには生活があり、働く人がいること忘れては困るということだ。
【2011/11/27】 | ページトップ↑
夜のイルミネーションと駅前商店街
Date:2011-11-26(Sat)

敦賀市もここ数年、12月から、漫画家・松本零士さんの人気アニメ「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」のイラストを使ったイルミネーションの点灯が、JR敦賀駅前広場であった。今年はどうだろうか。来年は、駅前広場の改修でなくなるかもしれない。

クリスマス気分にはやや早いが、夜の街並みを電飾で演出するイルミネーションの季節だ。節電の世相だが、灯りはときとして希望と記憶を与える。

『神戸ルミナリエ』は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年の12月に初めて開催された。

被災地が復旧段階から、本格的な復興へ移行するためにも、人が動き経済が回る。こうしたイベントは震災の記憶をあらたにし、不思議なことに生きる勇気を与える。

私も「神戸ルミナリエ」を訪れているが、震災1週間後の暗闇の中、ビルが倒壊した三ノ宮の惨状を思い出す。灯りのイベントが人々の記憶語り継ぎ、神戸市民の「希望」を象徴する行事として、17回目の今年も開催される。今年も機会があれば訪れようと思っている。

全国各地でイルミネーションの企画は多い。中でも最も歴史が古く、また知名度も高いのが、26回目を迎える仙台市の「SENDAI光のページェント」だろう。中心部を貫くケヤキ並木の電飾は夏の七夕と違って、これも見事だ。ことしも12月2~31日の開催へ準備が進んでいるが、ここに至るまでには相当な苦労があったようだ。

海に近い倉庫に保管されていた電球約55万個が、東日本大震災の津波で被災、全損してしまったのが要因とか。東京・表参道など全国から電球が送られたとも聞く。

事故が起こるまで、金ヶ崎で毎年7月に開催された敦賀サマーフェスティバルのひとつひとつの灯りのイベントも今は懐かしい。海沿いに敷設されたボードウォーク、ボードデッキからは敦賀港と灯りのオブジェは記憶に残る。

イベントをすれば人が動き、人が集まり、元気になる。夏の風物詩となったカッターレースも今年が最後と考えたようだが、もう一度だけなんとかとの会合ももたれている。

季節は別にして敦賀駅の駅前商店街も駅改修や駅前再整備もあろうが、ホテルの進出から民間の動きは速い。敦賀3、4号を見越した民間の動きと駅という拠点がひとつの時代であり、夜の灯りとしてもひとつひとつと灯り始めている。

昨日は、敦賀商工会議所が原子力発電所の請願書を市議会に提出した。敦賀市の経済、雇用の基盤であることは確かだ。そのゆれが駅前商店街の夜の灯火が増えるか、長続きするか、本当に正念場の年を来年、迎える。
【2011/11/26】 | ページトップ↑
国への原子力発電所と北陸新幹線の陳情運動…
Date:2011-11-25(Fri)

師走に向けて世の中の動きが次第に慌ただしくなりつつある。大震災後、初めての年末を迎える。そんな年の瀬を感じる一日だった。

寒い風を受けながら昨日早朝、敦賀駅へ歩いてむかった。7時4分発のしらさぎで東京へ。まずは糀谷県議と衆議院議員第一会館の松宮勲事務所へ。昨日の陳情の打合わせのためだ。民主党本部幹事長室へ原子力関係と北陸新幹線の2本。

衆議院の本会議開会のベルが午後1時ジャストになった。その合間をぬうかのように第一陣。

福井県内で原子力発電所が立地する4市町(敦賀、美浜、おおい、高浜)議会の原子力関係特別委員会でつくる「福井県原電所在地議会特別委員会連絡協議会(県原協)」が、国に対しエネルギー政策における原発の中長期的位置づけを示すよう求める要望書を、民主党幹事長室の逢見衆議(民主党副幹事長、元ニセコ町長)に高野議員が提出した。

これに続いて長浜市、高浜市と敦賀市の3市の協議会でまとめた原子力発電所の安全対策の要望書も合わせて会長をつとめる堂前議長が提出。

第二陣は、河瀬市長が会長をつとめる北陸新幹線敦賀駅停車実現等期成同盟会で衆議院第13控え室で民主党副幹事長の平山幸司参議へ、北陸新幹線における敦賀駅の早期認可を求める要望書を提出した。私は第二陣に同行した。松宮衆議も本会議の採決終えて直ぐ部屋に入ってきた。

その後は衆議会館第一第二、参議会館の県内選出の国会議員の各部屋を要望書も持って訪問。続いて国土交通省の鉄道局など各部屋を約40カ所、市長とともにまわった。最後が国土交通大臣政務官の津川祥吾衆議への要望で終った。国土交通省を出たのはすっかり暗くなった午後6時。久しぶりの陳情活動というより陳情運動というのが正確なところだ。携帯の歩数計は1万2千歩。

今回の陳情を通じて、北陸新幹線に福井延伸の予算化は、これまでと違ってちょっぴりといい感触という、微妙な進展があるように感じた。

寒い風の中、それぞれの陳情に同行した若狭町、美浜町、敦賀市役所職員など疲れを感じながらも、それぞれの思いが交錯したのではないか。

東京駅に向うタクシーの中から見る都会のイルミネーション。あまりにも多さと明るさは、違う世界を感じた。敦賀市から送る大阪などへ送る電気。今日で嶺南の運転を続ける原子力発電所は3発電所のみとなる。

ふと神戸のイルミネーションを思い出した。6千を超える死亡者への鎮魂の願いで灯された。震災後、各避難所でろうそくが灯された。 震災1週間後、ある避難所の電気が復旧。百人を超える被災者の拍手とともに体育館の照明が灯された。3・11の大震災後も同じ様な状況と聞く。

いかに電気が大事か、北陸新幹線の陳情とともに原子力発電所の街の敦賀市、いろんな想いが交錯して夜10半過ぎの敦賀駅前の暗い商店街を歩いた。
【2011/11/25】 | ページトップ↑
「原子力・エネルギーの安全と今後のあり方を真剣に考える会」(略称:真剣会)の発足
Date:2011-11-24(Thr)

昨日23日は気比神宮の新嘗祭(にいなめさい)。副議長の立場で参列した。明治生まれの父、大正生まれの母からは、何度も23日は「新嘗祭」「新嘗祭」と聞かされた。それほど戦前は大事な日だったようだ。慣習で、四国のある地域では新米をこの日まで食べられなかったと記憶する。

調べると、古くから五穀の収穫を祝う風習、一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。気比神宮の本殿にはじめて入った。ゆっくりと厳粛に式が進められた。

終了12時過ぎ、あわてて武生へと車を走らせた。この日から設立する「原子力・エネルギーの安全と今後のあり方を真剣に考える会」(略称:真剣会)のためだ。

中央大学の久野修慈理事長の呼びかけで、原子力発電立地県としての幅広い業界や原発の推進・反対派双方に参加を募り、半年間で6、7回の勉強会を開催。ディスカッションで意見をまとめ、ほかの立地道県や国へ示す考え。私は推進の立場で事務局を担当することとなり、何度か打合わせを重ねて昨日を迎えた。

事務局を務める民主党の若泉征三衆院議員と久野理事長との記者会見の司会が最初の仕事となった。推進、反対と幅広い組織のためどうまとめるのか、どう発信するか、まだまだ未知数というのが本音のところだ。

この会は、民主党福井県連の糸川衆議、自民党の山本拓衆議を顧問に迎えるなど超党派で構成。呼びかけ人に連合福井の山岸会長、JA県中央会の山田会長、県経団連の川田会長、福井大の福田学長ほか、奈良・越前市長、坂本・坂井市長ら県内13市町が加わる。そうそうたる顔ぶれだ。会場には、敦賀市からは木村副市長、美浜町の山口町長の顔も見えた。

きっかけは、福島の事故を受け、国にすべてを委ねるのではなく、推進論、感情的な反対論を排し、さまざまな立場の人が一堂に客観的な事実を学ぶ機会を設けようと、福井市出身の久野理事長が若泉衆議に相談して実現した。勉強会後にディスカッション方式で意見を吸い上げ、提言のような形で発信すると、記者会見でも述べたが、これが難しい。

午後1時半から越前市福祉健康センターで設立総会と元原子力安全委員会委員長の松浦祥次郎氏を招いた講演会で始まった。元安全委員会の委員長だけに客観的に事実を伝え、将来、多様なエネルギーを利用しながらも、原子力発電に頼るしかないとの妥当な見解だ。

質疑応答で、松浦氏は時間の制約もありながら、どの質問にも丁寧に答えようとする姿勢が伺えた。ただ、残念なのは、開催地が越前市のためか、反対的な質問がつぎつぎと出されたことだ。

勉強会は2回目以降も一般参加はオッケーだ。会費として3千円が必要。私に直接でもよいが、問い合わせは若泉征三事務所(0778・23・1533)。
【2011/11/24】 | ページトップ↑
オウム事件とともに、1995年を想う・・・・。
Date:2011-11-23(Wed)

昨日、11月22日は「いい夫婦の日」。家族のこと、夫婦のことを考える日でもある。どうも私は、仕事柄、優先順位が二の次になることが多く、日頃の罪を償う日となる。

今年の3月11日の大地震以来、今年ほど、家族の絆を考える日々はない。ところで、大震災とともに、オウムの事件の数々は、いま振り返っても1995年も国とっても、敦賀市にとっても、「大変な年」だったと想う。

この年の1月17日早朝、私が青春のある時期、過ごした神戸では考えられなかった阪神・淡路大地震が発生し、その2カ月後、大震災から懸命に立ち上がろうとしているさなかの3月20日に地下鉄サリン事件が起きた。この頃、私は東京都内に勤めていたこともあり、サリン事件の騒然とした現場をまじかに見ることもあり、その怖さを身近に感じた瞬間でもあった。

その年の5月16日の麻原教祖逮捕の前には、再度の毒ガス攻撃もうわさされるなど世間は騒然とした空気に包まれていた。他にも、4月には79円台を記録した円高、敦賀市にとっては、12月8日の高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏えいなど、戦後50年の節目の年は、揺れに揺れていた。

オウム裁判の終結の報道は、身近に現場を見ることもあり、私を95年当時に想いを引き戻す。もし、社会が若者の苦悩を抱き止めていたら、死刑判決を受けた弟子たちは、医師や研究者として誰かの幸せのために尽くしていたのではないか。

防災とは、ボランティアとは、そして最も身近な家族とは、考えさせられる日々が続いている。また、この年も含め、政治はこの16年間、機能してきたのかなど、疑問が残る期間でもある。この年から16年の月日は、私にとっても国民にとっても、少子高齢化、貧困化が進む失われた20年の真っただ中でもあり、今年の大震災は、さらにそのあり方が問われている。

この敦賀市にあっても95年12月のもんじゅ事故以降、原子力政策の対応と議論が適切だったのか、今、大震災と福島の事故以降、国はもちろん、敦賀市の将来を担う原子力政策が揺らぎ、もんじゅも研究継続の議論が活発化している。

こう考えると、何か、大事なことを見失っていないか。国民生活はもちろん、それを担う政治も、そのもっとも小さな単位の家族のあり方も、考えさせられる。95年の教訓を踏まえると、2011年も、大きな節目の年でもあるが、事態があまりにも多き過ぎるために、95年と同じように、大事なものを見失っているような気がする。
【2011/11/23】 | ページトップ↑
衆議院経済産業委員会の視察と敦賀
Date:2011-11-22(Tue)

昨日、早朝、あられの音で起こされた。気温8度もなかったと思う。

TBSの記念番組で、木村拓哉さん主演のテレビドラマ「南極大陸」が先月から放送されている。1957年に始まった厳しい極地での第1次観測隊・越冬隊の苦闘を伝える。

香川照之さんが懐の深い越冬隊長を演じている。モデルとされるのが、京都大教授だった西堀栄三郎さんである。西掘さんは、原子力とも関係が深く、原研の理事を勤め、原子力船むつの設計にも携わっている。ヒマラヤから南極への探検家である。

その西堀さんの博物館「探検の殿堂」が琵琶湖ほとり、旧湖東町こと、東近江市にある。 マイナス25度の南極の厳しい自然が体感できる、夏場の人気スポットでもある。西堀さんの祖父が旧湖東町出身の近江商人という縁で、同町が開設した。「南極体験ゾーン」は、美しいオーロラやブリザード(吹雪)の雰囲気も味わえる。越冬隊昭和基地の室内も再現している。出口で一人一人に「南極探検証明書」をくれる。

ここで今、日本人初の南極探検隊100周年を記念した展示が行われている。1921年、隊長の白瀬矗さんは国家の資金援助もない中、極点までは到達できなかったものの、日本として貴重な南極での第一歩をしるした。白瀬の挑戦、第1次観測隊の昭和基地開設、間もなく始まる第53次隊までの一世紀。今はオーロラの観測で地球温暖化の調査している。

書き出しが長くなった。衆院経済産業委員会メンバーが昨日21日、敦賀市役所、原電、もんじゅ、関電と訪れた。訪れたのは、吉田治委員長らら13人の衆議院議員と高原一郎資源エネルギー庁長官など、重厚なメンバーだ。

吉田委員長には、恐縮だが、民社党時代から20年を超える友人的な存在だ。何度か敦賀市を訪れ、高速増殖炉もんじゅにも理解が深い。奈良越前市長とも松下政経塾以来の友人関係にある。

原電の原子力館で吉田委員長は「日本最初の商業炉として…」と挨拶から始まった。今の時代にあって、我々がもっとも失ってならないパイオニア精神でもある。原電では敦賀3、4号の現場と今回の福島の事故を受けての地震、津波対策を視察。

今朝の福井新聞で、市役所の懇談で原子力安全委員会が事故に備えて防災対策を重点的に実施する地域を、現行の半径8~10キロから約30キロに拡大することを了承した点に関しては、満田副知事は「距離だけが先行している」と懸念を伝え、河瀬市長も防災、減災の仕組みができていない中で範囲だけ見直して、果たしてできるのか、との報道は、現場としてもっともなこととも思う。

原電幹部との意見交換では、耐震設計や高経年化など専門的な質疑がなされた。

話を南極に戻すが、南極探検は、今、探検から地球温暖化研究の「観測」と変わっている。オゾンホールや地下3千メートルから掘削した氷に閉じ込められた70万年以上前の大気の分析など、辛抱強い観測・研究が続けられている。

敦賀市で取組んでいる高速増殖炉もんじゅも、安全性を高めながら、次世代への資源確保、環境問題へ通じる。脱原発の風潮が強い中ではあるが、辛抱強い冷静な議論展開を求めたい。

先人たちの大きな足跡に加え、地球環境を映す鏡といわれる南極の観測と同じ様に、もんじゅにも厳しい予算事情があろうが、辛抱強い議論と研究開発の息の長い地道な活動を求めたい。それほど、エネルギー資源確保の道のりはけわしい。再生可能エネルギーとともに、原子力の存続は欠かせない。とくにもんじゅは核燃料サイクルの要でもある。安易な選択は日本の将来に禍根を残すことほかならない。

いまでは、もんじゅの存在は、敦賀市民にとって、大事な雇用の場ともなっており、この4月から始まる駅前の福井大学附属国際原子力工学研究所の拠点化の要でもある。

西堀さんは、「やる前から諦める奴は、一番つまらん人間だ」と、真っ先にもっとも難しいことに挑みつづけた。
南極観測の先駆者、「雪山讃歌」の作詞者でもあった西掘さんの持論だ。もんじゅの研究は、今の時代だからこそ、辛抱強く、安全性を高めながら、続けていくことが、大事なときはないと、私は思っている。
【2011/11/22】 | ページトップ↑
行政刷新会議の「抜本的な見直し」とは
Date:2011-11-21(Mon)

週末の雨のたびに寒さが増してきた。一昨日、岐阜県の日本原子力研究開発機構の東濃地科学センターを訪れた。300メートルの地下にたった。地道な研究の積み重ねだ。東濃は日本でのウラン鉱が大半が存在するところだ。ただ、量的にはオーストラリア、カナダなどとあまりにも違い開発することはなかった。

現在は、地下研究センターとして、結晶質岩を対象に、地下に研究坑道を掘り、高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する研究開発を行っている。東海村の原子力の基礎研究に始まり、高速増殖炉もんじゅを要とする核燃料サイクルの確立にむけて地道な研究が東濃の地で行われいる。 

ところで、昨日、政府の行政刷新会議が主要政策の問題点を洗い出し改革の方向性を示す「提言型政策仕分け」を始めた。福島の事故を受けて取り上げた原子力・エネルギー分野では、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」について抜本的な見直しを要請。電源立地地域対策交付金では安全対策を拡充する仕組みを導入するよう提言した。

もんじゅを含む原子力研究開発をめぐっては議論が白熱し、予定の倍の3時間に及んだ。もんじゅについては仕分け人7人全員が「抜本的見直し」と評価。福島の事故を受けて、脱原発の風潮の中で、冷静に長期的視野で議論できたのか、短絡的な情緒的な議論で終っていないか、疑問が残る点が多い。

日本のエネルギー政策だけでなく、もんじゅのある敦賀市の将来にとって大きな影響をもつ作業でもある。敦賀市の財政や雇用、経済まで及ぼす影響ははかりしれない。まちづくりなど政策もすべてとはいわないが、もんじゅや敦賀3、4号増設を前提としていることが多い。

原子力と40年を歳月を歩んできた敦賀市にとって、敦賀1、2号の再稼動、敦賀3、4号増設の問題と同様に、もんじゅの存続問題は、市民の経済こと、雇用や生活にも関わる最重要課題である。

飛躍した話かもしれないが、短絡的な情緒的なムード先行の風潮が、抜本的な政策もないまま、失われた20年ともつながり、「一億総中流」が崩れ、格差は拡大、生活保護に頼る人も過去最多となり、貧困も深刻だが、これとも、密接に関係していないか、そんなことを感じる。

世界でも、米ニューヨークで始まり、一時は世界的に連帯の輪が広がった草の根の「反格差デモ」のこと、「富める1%」と「残りの99%」。貧富の差が極端に拡大した米国で、「われわれは99%だ」というスローガンは分かりやすい。広がりがあるが、風潮やムードだけが先行して、大事なことが失われていくことだ。

古くは、米国の公民権運動やベトナム反戦運動などと違うのはリーダーがおらず、具体的な政治目標を持たないことだ。この運動の根っこにある米国社会の矛盾は、程度の差こそあれ、日本にも色濃く反映されている。

デモこそないが、格差が拡大し、貧困が増える中で、少子高齢化社会でのムード先行の原子力の議論、その結果が「抜本的見直し」の評価が何を意味するか、あらためて日本の危うさを感じる。
【2011/11/21】 | ページトップ↑
資金難が続くNPO
Date:2011-11-20(Sun)

NPOの福井県の認定数は200を超えたが、敦賀市はその十分の一もない。組織化の動きが停滞している。どこも資金難が続いている。市民活動と活気度が意外にリンクするデータもある。

とは言っても10年前とあまり変わっていない。10年というのは、13年前とは、阪神大震災のボランティア活動をきっかけにNPO法が誕生した年である。

10年前は、福井県も担当者を派遣して一から十まで指導して結成にこぎつけたNPOも増えた。ところが、活動の低迷や資金難でなかなか増えない。敦賀市にあっても無理してNPOにする必要もなく、市民活動は意識があってもなかなか増えないのが現状のようだ。

資金難は、行政の事業委託が進まないこと、NPOが行う収益事業に対する社会の抵抗感が根強いことなど、理由はいろいろあろう。

NPOに寄付したことがある県民と県内企業はほとんどないのが現実ではないか。

全国の状況も似たような傾向にある。NPOの本場米国では、年間の寄付額がおよそ30兆円に上る。病院や教会が含まれているとはいえ、桁違いだ。日本では今年、改正NPO法が成立。認定NPO法人への寄付金の半額近くが、所得税と住民税から減額される仕組みも導入された。

先日も民主党県連で県内の関係者を招いて研修会を行った。福井県は2月議会で条例化する予定だ。敦賀市を含めた各市町も条例化の動きが活発化するだろう。

だから寄付が増えるとは思えない。東日本大震災の義援金は3千億円を超えている。目的と必要性がはっきりしていれば、日本人だって寄付を惜しまない。これまで以上に活動をPRする工夫がNPOに求められている。

NPO法人数は全国で4万余、福井県内だけで220を超え、敦賀市には10超えるNPOが活動を続けている。忙しくて活動に加われない人も多いことだろう。寄付も公共に参加する大切な行為である。  
【2011/11/20】 | ページトップ↑
「幸せ度」1位を評価する県民が意外に少ない…
Date:2011-11-19(Sat)

昨日は、早朝より、川上医院で胃カメラを飲んだ。健康診断で胃の透視の結果からだ。検査までの約1週間、すっきりしない日が続いた。検査結果は「異常なし」…。なにか不思議な解放感を感じた。病気で苦しむ人が多い中で、申し訳ないが、健康とは、幸せとは、身近な所にあるとつくづく思った。

先日も書いたが、法政大学大学院が47都道府県ごとの平均寿命や出生率、犯罪発生率など40の社会経済統計指標を基に発表した「幸せ度」の順位で、福井県は1位。未婚率が低く、出生率が高いこと、正社員比率や障害者の雇用率が高く、犯罪、火災、交通事故が比較的少ないことなどが高く評価された。

北陸新幹線で富山、金沢と開通で福井も格差がよく言われる。この指標で2位の富山、3位の石川を上回った。

福井県はわずか80万人だが、富山、石川は福井よりも多い。どうも新幹線や人口でもないらしい。

いづれにしても、北陸3県は、第2次産業が集積しており、離職率や失業率が低く、保育所収容定員比率が高いなど就業環境や子育て環境が整っているという共通点がある。

最下位は大阪で、生活保護受給者が多く、10万人当たりの刑法犯認知数が全国一など治安の悪さが厳しい評価となった。このほか、悩みやストレスを抱える人の割合も高い。

嶺南と嶺北の格差がよく言われるが、この格差とも違うところに幸福度があるかもしれない。大学を出ても仕事場ないとよくいわれる。

ところが、東京や神奈川、福岡など人口の多い都府県は上位20位内にほとんど入っていない。

また、福井県の評価で、子どもや女性、労働者や障害者、高齢者に優しい施策や取り組みが目立つという。「幸せ度」を高めるキーワードとか。

強みは強みとして、10万人当たりの病床数、医師数での嶺北との格差など、弱みをどう解消するか、仕事場をどう確保するか、などと政治家的に書いれいるが、書いている私も幸せ度の評価について、内容を吟味しても一度、語りたい。

「幸せ度」を意外に評価する県民が少ない。この矛盾はどこにあるのだろうか。


【2011/11/19】 | ページトップ↑
もんじゅの存続と看護大学化の問題
Date:2011-11-18(Fri)

11月も半ばも過ぎると朝夕が寒くなる。郵便受けには年始の不礼を詫びる葉書が届く。大半が祖父母や父母だが、なかには配偶者から夫の不幸を告げるものもあった。

気丈な奥さん通知でもある。長くあっていなかった友人の死は、葉書を見て思わずあぜんとし、時間が過ぎる。

友人は、ガンであったこともあり、覚悟が決めて人生を締めくくったようだ。我々世代になると、死ぬのはまだまだ先と思っていても、定年や新年を機に人生を見直している。それも正直に正確にものごとをとらえようとしている。

ところで、昨日の福井新聞のコラム。『日本の経済成長を支えたのは「三現主義」だと問題解決には机上の論理でなく「現場に行く」「現物を知る」「現実をとらえる」ことが重要という教えだ』との言葉が私にはストンと腹に落ちる。原子力問題でもんじゅが国会で仕分けの対象になった著書も何冊か読んだが、ホンダの本田宗一郎さんも松下の松下幸之助さんも現場主義者だ。本田さんの「最初に失敗したやつが一番偉い」も昔、ある本で読んだ。

松下さんの「本当は、まず汗を出せ。汗の中から知恵を出せ。それができない者は去れ。」も名言となっている。「現場」「現物」「現実」を見ることが肝心。「三現主義」。現場は生き物であり、まずやってみるチャレンジ精神やまずやってみてから考える姿勢。現場で働き、現物を見、現実を知る。

その上で、将来を考える。そんな視点が意外に少ない昨今だ。敦賀市の看護学校の大学化も現場の声を自ら聴けば聴くほど、難しくなる。まだまだ時間が必要なテーマだ。現場の看護師は、職場で技量を身につけ先輩や医師から教わることが多いという。原子力の現場でもどれほど役にたったか。

少数精鋭で高度化しつつある外航船の現場でも、大学での講義よりもどれほど現場での実践教育が身なっているか、先日もある看護師から看護教育での現場での大事さを知らされた。

立冬を過ぎても木々の色づきは遅れ気味だ。紅葉は植物の冬支度。水分が蒸発しないよう葉の根元が仕切られ養分が移動できなくなった結果、色素に異変が起こる。落葉を前にひととき輝き、落ちて肥やしに。

日本人ほど紅葉への思いが深い民族は珍しいらしい。散り際の桜を特別な想いもあるが、秋の紅葉は正直に次への肥やしとしてエンディングメッセージを伝える。
良寛さんはこう歌う。

うらを見せおもてを見せて散るもみじ

大学問題も原子力問題も、ここまでくれば冷静に時間をかけ議論して、結論を出す姿勢がほしい。高速増殖炉もんじゅも研究費用や維持管理費も大事な要素だ。しかし、それだけで判断すれば、けっして将来のためにはならない。将来の敦賀市はにはなくてはならない存在と私は思っている。

大学問題も短大の25年間を総括し、敦賀市にとってどうだったか、しっかりと総括し、その上で看護大学を考えるのが本筋ではないか。

確かに経営問題だけではない。敦賀の医療に関わる重要な問題だ。私は介護も含めた福祉も大事だと思っている。本当に単科の大学でいいのだろうか。見切り発車でいいのだろうか。あらゆる検討と議論の時間がほしい。もんじゅの存続の問題、看護大学の設立の問題、いずれも敦賀には極めて大事な課題と思う。あまりも軽く考えていないか。そんな疑問で自問自答している。


【2011/11/18】 | ページトップ↑
「ワークサポート陽だまり」など障害者福祉も充実してきたが…
Date:2011-11-17(Thr)

山間の粟野のスポーツセンター近くに、野坂山を仰ぎ市内が一望できる緑豊かな素晴らしい環境下で、今年4月から授産所「太陽の家」が新築移転し、「ワークサポート陽だまり」として生まれ変わった。昨日も秋晴れということもあってか、陽だまりとともに高台から見張らせる景色も素晴らしい。さをり織など作業を黙々とこなしていた。

昨日は、ゆうあい倶楽部という労働団体のメンバーと訪れた。面積1,700㎡に約760㎡の施設と隣接するやまびこ園の敷地内に100㎡の作業所からなり、施設内には作業に合わせて多様な部屋に仕切れるよう七つの作業室を始め、自立訓練室、食堂、静養室の他、休憩室やゆったりとした更衣室などを完備している。

設置場所も、従来のやまびこ園隣にあり、コミュニティバスも訪れている。敦賀市の総合的な障害者施設として新たにスタートとした。

やまびこ園も従来以上に、障害者を支援し、終焉の場から通過点へと移行していく中で、利用者の自立を目指し、個別支援計画に基づいた日常生活習慣の確立や地域・社会生活を営むための能力養成を支援している。福祉の街、敦賀の現場そのものだ。

ここにも高齢社会の身寄りのない障害者を看取るなど、これまでにない深い悩みが訪れている。どこの福祉現場もそこに従事する職員の仕事以上の奉仕の精神でなりたっている現実があった。

その他に、特別養護老人ホームの常磐荘、新しくなった渓山荘も訪問した。どこも満杯状態が続いている。施設介護も敦賀市は限界を迎えている。いづれにしても、05年と30年の比較では、75歳以上のお年寄りが1160万人から2266万人へとほぼ倍増。その進化度世界一、敦賀市も全国平均で急速に、高齢化率が進展している。

介護保険制度が発足した00年度、介護・支援が必要と認定された人は256万人だったが、09年度は485万人と2倍近くになり、提供された介護サービスの費用も大幅に増えた。当然ながら介護認定者もうなぎ登りだ。敦賀市もその状況は変わりない。健常者も障害者もその事情は変わりない。

敦賀市内も介護の必要なお年寄りが短期利用するショートステイ事業所の急増している。

私も父母で経験したが、お年寄りにとって、脳の働きを低下させないためには会話を楽しむことが大切だ。テレビをぼんやりと見ていても、脳の刺激にはならないという。認知症は高齢になるほどかかりやすく、「年を取れば誰でもなる可能性がある老年症候群」との見方もある。

基本は在宅介護としながらもショートステーや日常の支援と、敦賀市社会福祉協議会も障害者支援のやまびこ園の職員が心をさいている。一人一人のお年寄りを敬い、尊厳を大切にする社会でなければ、到来する超高齢社会は明るいものとはなるまい。そのためには、敦賀市民の理解と、人材育成や持続的な財政運営が欠かせない。

【2011/11/17】 | ページトップ↑
安全文化の四つの要素
Date:2011-11-16(Wed)

昨夜11時過ぎに敦賀に戻って来た。福井新聞を読んで小浜市議会の対応に疑問の念を持った。一昨日14日の小浜市会懲罰特別委員会、9月定例市会一般質問で「脱原発」意見書(案)で、不適当な発言をしたとされる松崎圭一郎議員に対する懲罰について、その是非が論議された。

松崎議員は9月16日の一般質問で、市会が全会一致で可決した「脱原発」の意見書に関して、賛成した自身の行動も含め「議論を封殺して、脱原発を訴えた愚かさを恥じている」などと正直に述べた。

発言内容が意見書の趣旨と異なるとして池尾正彦議長から発言の取り消しを求められたが、これを拒否したことが地方自治法や市会会議規則に反するとして、3議員から懲罰動議が提案されたというもの。

発言の取り消しは議長権限としても、その後の対応など地方自治法に照らしても、懲罰に値するかは、検討の余地がありそうだ。説明すると長くなるので省略するが、意見書採択後、原子力発電所に従事する市民からの声を素直に代弁したようだ。

よく「一貫性の法則」というのがどの世界にもある。自分の主義主張を曲げないことを美徳としてきた日本社会に共通することでもある。それをあえて議場の場で、逆に、反省も踏まえてくつがえすのはよほど勇気のいる言動でもある。議員の意見は終始一貫がのぞましいが、あえてそうしなければならない実情も市民生活にある。これが市民と直結する市議会とも言える。

ところで、「安全文化」という言葉を原子力界で使われて久しい。福島の事故は収束と調査を待たなければならないが、何が欠落していたのか、あまりにも大きな事故だっただけに真摯なる、時間をかけた検証が必要だ。

組織の安全文化には、原子力に限らず、航空業界は、もちろん一般の会社、役所にも共通する。四つの文化で構成されるという。第一に「報告する文化」、第二は「正義の文化」、三番目が「柔軟な文化」、最後が「学習する文化」だ。このうちのどれ一つ欠けても、うまく機能せず、事故や経営破綻など組織がおかしくなると教えられた。

光学機器メーカー・オリンパスの損失隠しが明るみに出た。発端は海外の医療機器メーカー買収に絡む仲介料や国内企業の買収費用、誰が見ても常識を超える法外な額だった。案の定、有価証券投資失敗の穴埋めに使われていた。

いわゆる「飛ばし」といわれる手法で20年間にわたって損失を秘匿。四つの要素で、今回のオリンパスは、「正義の文化」の欠如だ。今度の損失隠しにしても4月に就任した英国人社長が「仲介料などが巨額すぎる」と調査を始めた途端、解任。この元社長が告発する形で不正が明らかになった。

不正の上塗りと、正義がないがしろにされた結果、収拾がつかなくなってしまった。被害はなにも知らない株主はもちろん、従業員にも飛び火する。

冒頭の市議会も「柔軟の文化」とは言わないが、自由闊達な議論の中に建設的な議論と政策が醸成される。組織は生き物であり正義は大事だが、ときとして柔軟性も大事だ。

小浜市民もある人は原子力発電を対岸に見ながら生活をし、ある人は、原子力発電で従事しながら生活もしている。ハローワーク小浜の有効求人倍率の高さもそれが大きな要因ということ忘れてはならない。
【2011/11/16】 | ページトップ↑
データを客観的に見る目の大事さ
Date:2011-11-15(Tue)

今日は、茨城県に出張で来ている。東日本大震災の凄さの一端を知ることができる。姉妹都市の水戸の市役所は地震で使えなくなり、臨時の庁舎で業務を行っている。

久しぶりに訪れた東海村、震度6弱の地震の凄さを聞いた。また、東海第二原子力発電所は、発電所も津波の被害にあったが、非常用電源があり安全に停止した。

2009年から、防波堤となる護岸のかさ上げ工事など津波対策を強化。無事だった非常用発電機2台は対策を講じた場所にあった。ただ、停止した1台があった場所はまだ工事途中だった。安全に対する真摯な取り組みが大事かの教訓でもある。

発電所は定期検査を来年8月まで行い、再稼動にむけて、村長などの了解など、地域ごとに難題を抱えている。

ところで、折にふれ「住んでみたい街ランキング」といった調査が発表され、都市部の街が紹介されるが、実際に住んでみるとどうなんだろう。そのひとつの指標となる「都道府県別幸福度ランキング」が発表された。

先日の福井新聞によるとトップは福井県で北陸3県がナンバースリー。東京や大阪などの都心部は軒並み下位におさまるという結果が出た。ここ茨城県は31位。しかし、今朝の茨城県の県民アンケートでは80%の県民が茨城に愛着を持っているとの報道。人の想いと数字は違うことは明確だ。

この調査結果からは人口の多さや街の開発度が必ずしも住民の幸せにはつながっていないことがわかる。また北海道、京都、沖縄などの人気観光地が上記の観点から見ると評価が低いというのも意外である。

「幸福」とは何か。昔、途中で読むのを投げ出した本にバートランド・ラッセルの「幸福論」がある。この本が語る幸福の条件は、食と住、健康、愛情、仕事での成功、それに仲間から尊敬されることだとか。

人それぞれ受け止めは違うだろうが、経済的な豊かさだけが幸せの尺度とは限らない。ヒマラヤの王国ブータンが「国民総幸福」を掲げ、環境との調和や文化の多様性などを追求するのは、そんな反省からだろう。

調べると、ランキングを発表したのは法政大学大学院の坂本光司教授率いる研究チームだ。「生活・家族部門」「労働・企業部門」「安全・安心部門」「医療・健康部門」の4部門を10段階評価し、そこから総合点を算出、ランキング化した。

生活保護を受ける人の割合や完全失業率、1日の休養・くつろぎ時間など幸福度に強くかかわると判断した40の統計を使っての評価だ。有効求人倍率も全国トップを走っている。確かに、この分野を積み重ねると、福井県はトップになりそうだ。

また、福井県は全国学力テストで毎年のように1、2位を争っている。学力だけでない。児童生徒の体力テストでもトップ級の成績を続けている。持ち家率も上位に位置するなど、優れたランキングが公表されている。

トップの福井県の中で、敦賀市の位置どりはどうか、住めば都もあるが、嶺南の格差と言われるが、きちんと尺度を持つことは大切だ。生活保護や失業率など、数字上、どの位置どりにあるか、どう将来、予想されるか。

データみながら、施設の充実、子育て支援などの強みは強みとして、維持、発展させ、弱点の核家族の多さによる高齢社会への対策の強化など、地域を客観的にみることも大事だ。難しい時期だけに、全体像を冷静に客観的にみる姿勢が大事ではないか。原子力への対応など、変化が大きいときは、立ち止まる勇気も大切ではないか。

  
【2011/11/15】 | ページトップ↑
市民を巻き込んだ議論が必要だ。(公立大学市民フォーラムを聴いて…)
Date:2011-11-14(Mon)

朝夕は、寒さがまして来た。昨日12日、立石まで自転車を走らせると、霧雨に風が加わり肌寒さが増す。午前中には機構のひばりのグランドで開催された労組のソフトボール大会で挨拶。午後は公立大学市民フォーラム。

福井県武生出身の歌人で俵万智さんがいる。「サラダ記念日」がベストセラーとなり有名になった。久しぶりに読んだ。

『「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ』という歌。自然な感覚でこれから冬の到来と合う歌だ。

当たり前に息をするように、自然に言葉を交わす会話。何げない日のあいさつ。でも、無縁社会といわれる今の世の中、そうもいかない。会話のない日々を送っている一人暮らし高齢者がいる。一人暮らし高齢者が増える中で、在宅介護の重要性も増している。そこで重要になるのが、介護士であり、看護師だ。

昨日のフォーラムで講師で来られた久常節子さんの話はよく理解できた。医療の高度化と生活習慣病の増加など、看護師の取り巻く環境は大きく変わっている。だから看護師も大学化が望ましいとの見解だ。よく理解できる。

また、市立敦賀病院の看護師も患者一人に対して10人から7人にしなければならないなど課題がある。全国の病院に勤める看護師90万人の内、約10万人が毎年辞めている。多くの理由は労働環境にあるとの指摘だった。市立敦賀病院も200人を超える看護師の約1割が毎年、出産、育児などの理由で職場を去っている。敦賀病院がいくら経営で頑張っても、診療報酬などにより、経営環境は大きく変わる。看護師養成も大事だが、市民病院の維持、存続も大事だ。

これまでように、財政が豊かで、今後の見通しがつくなら、看護大学化について、私は多少の検討不足があっても賛成の方向だ。だが、本当に、敦賀の財政の厳しさと、少子高齢化が予想され、わずか7万人の街で大学を維持できる環境に今、あるのだろうか。敦賀短大の補助金に附帯決議を可決した理由はそこにある。

もう一つは、県都でない地方都市で医療環境だけは、リスクをおかしてならないと思っている。看護大学が増える中で、20人を超える教授が集まるのか、また、維持できるのか、さらには、市立病院を抱え、大学まで持てる力が敦賀市にあるのだろうか。医療環境の維持と、高齢化で社会保障費は着実に増え、人口減少を迎える中で冷静に考えるだけの時間があまりにもなさすぎる。

市立看護学校は、看護師不足を解消するために創設し、倍率は落ちているものの昨年は増えるなど、景気と雇用環境に密接に関係している。病院のある関係者からは、市立看護学校は倍率も下がっているものの、卒業生は役割を十分、果たしており、税金をかけて、今、あわてて、大学化することが必要か、現場には見あたらないとのみかただ。

敦賀市にとって、福島の事故の影響はまだまだ未知数だ。とくに、年々、減りつつある財政、とくに原子力関係は、固定資産税、核燃料税と交付金と昨年度だけでも約70億円と大きい。雇用や市内のサービス業にも大きく影響する。

国は、原子力の方向性をエネルギー・環境会議で来年秋にも、その結論を出そうとしている。それを待って、大学の是非を判断しても遅くはないと思う。

それほど敦賀を左右する大きな荒波が、今、敦賀に訪れている。これを踏まえた議論を進めないと、大きく方向性を誤ることにもなりかねない。敦賀市の歩むべき方向を真剣に議論しなければならないときでもある。大学を持つかどうか、その大学はどうあるべきか、貴重な時間ともいえる。

敦賀短大の議論が二転三転し、教授陣をそろえるのが今しかないというだけで判断をしなければ、それは本末転倒ともいえる。議会報告会での市民からの意見や質問を聞いても明らかだ。


わずか7万人の街で数ある施設維持、財政、そして原子力発電を取り巻く環境など、総合的にその行く末を見る目を持ちたい。だから看護学校の四大化も真剣に議論を続けたい。今だからこそ四大化という議論もわかる。

せいてはことをし損じる。敦賀市は財政が潤沢だっただけに新しい事業と施設には、飛びつき、あとは…との習性があった。その実績が市民温泉リラ・ポートだ。今こそ、じっくりと考える時間が必要ではないか。せめて1年、国の動向、敦賀の財政状況、そして敦賀の医療環境を踏まえた深い議論がなによりも大事だ。市の理事者側の調査資料もほぼ、整った。議会の議論もこれから深化できる。私も市民や職場にも問いかけができる。

また、市民が看護大学を持ち続けたいとの覚悟と意気込みが整えば、どんなに財政が厳しくとも維持、存続は、可能とも思っている。それだけの覚悟が、市民を巻き込んだ議論になっていないのではないか。昨日のフォーラムも関係者が多数を占め、市民の関心は今ひとつと思えた。

敦賀市では一世帯二人程度と、県内でずば抜けて低い。ということは、一人世帯の高齢者も多く、今後は増えることは必至だ。老いて一人の、寄る辺のないつらさは計り知れない。「寒いね」というひと言に「寒いね」という言葉が返ってくるような、人と人のつながりがいる。そこに市民のための大学、深い市民を巻き込んでの、看護大学の必要性の議論があるようにも思える。
【2011/11/14】 | ページトップ↑
ときには「先送り」的による時間も必要に感じる。それほど、敦賀にとって大きな荒波だ。
Date:2011-11-13(Sun)

昨日12日、朝、北陸労働金庫の年金等の講義、昼は男女共同参画センターで啓発事業、プラザ萬象での福井県原子力平和利用協議会の「脱原発、これでいいのか」と題するフォーラムと続いた。

さまざまな講演をそれも、分野を違えて聴くといずれも新鮮で得るものが多い。今を生きる知恵蔵的な知識が得られる。

シルバー人材センターと高齢化社会…

労金の講義ではシルバ人材センターに厚生労働省は力を入れ、人材派遣業も行い、60歳を過ぎても年金を満額受けながら収入が得られるとか。高齢化社会を迎え、社会貢献と生きがい、それに収入と新しい生き方を提供してくれた。

自治会長の女性比率…

男女共同では、「わたしが変わり、あなたが変わり、地域力を高めよう」と題して、パンフで県内各市町の自治会長数の女性数、県下で60人、女性比率1.6%、全国平均4.1%を大きく下回る。

その内48人が福井市であり、敦賀市にいたっては一人もいない。これだけで男女共同を一言で言い表せないが、地域の中での女性の果たす役割が多い中でのこの数は、何か示していることは、確かだ。

今だからこそ原子力の必要性の主張ができる敦賀…

原子力平和利用協議会での講演は、原子力の仕事をして来ただけに腹にストーンと落ちる内容だ。プラザ萬象に400人近い人が集まり、
一言で「脱原発、これでいいのか」と言いたい心境でもある。

この時期、敦賀市でしか、出来ないシンポかもしれない。全国でこれほど脱原発の風潮が高まる中での集会でもある。このことは、明日にでももう一度、ふれよう。

「先送り」が多い日本社会だが…

今日は、時系列的に話題を続けたが、それはそれで勘弁願いたい。先日も書いたが、シンポの中で民主党政権の得意として「先送り」という言葉が飛び出した。私もこの言葉には同調する。民主党だけでなく、世間で「先送り」が多くなっているのではないか。

巨額損失を20年間「先送り」し続けて、責任逃れを図ったのがオリンパス歴代トップなら、TPP参加表明を1日だけ「先送り」したのが野田首相である政府の復興増税案も「先送り」のひとつだろう。

増税期間を長くすることで1年あたりの負担は軽くなる。だが、増税期間は25年間。事実上の恒久増税であり、次世代にも負担の先送りとなる。人間の弱さでもあろうか。いやなことは先送りにする。

「先送りとは逃げたことだ」と野党に言われ、与党民主党からは「ただのガス抜き」との声もあった。

年金制度の改定も「先送り」を繰り返しながら、今日を迎え、男女共同参画社会形成も「先送り」的にありながらも、徐々に浸透しつつある運動もある。

エネルギー問題、こと原子力は40年の歴史の中安全を最優先に積み上げられて来たものであり、福島の事故は、その安全と信頼が崩れ、国民の考え方や思いを一変した不幸な出来事だった。当然、原子力の街、敦賀市にも大きな影響を与えている。

ここは、冷静に慎重に原子力政策を議論と、声を高くしても現在の世論は怖い。敦賀市と全国、なかでも都市部と論理の違いを大きく感じる。この時期、主張できる敦賀であっても、これには時間が必要だ。「先送り」的な時間の長さの中で、原子力の立ち位置を考える、主張も大事だが、ときには「先送り」的による時間も必要に感じる。それほど、敦賀にとって大きな荒波だ。
【2011/11/13】 | ページトップ↑
TPP交渉への参加と議会報告会
Date:2011-11-12(Sat)

昨日11日は夜、プラザ萬象で議会報告会。今年、成立した敦賀市議会基本条例に基づくものだ。テーマとして①四年制公立大学の設立②駅前整備の議会での現段階における議論過程を説明した。昨年の議会の報告会での予算審議の結果説明よりも中身は濃かったように思う。

厳しいご意見や質問もあった。これから賛否を判断するだけに、昨日の意見は貴重なものとなった。特に、四大化については、まだまだ議会でも議論不足という印象を持った。

昨日、新たな多国間の経済連携、TPPに加わることで「開国」に踏み出す野田首相の政治決断、民主党内での議論も相当、議論したようだが、これも難しい課題を持っている。

日本は自由貿易を推進し、経済成長を実現していく必要がある。人口減少などで内需が縮小する日本経済を活性化させるには、成長センターであるアジアの活力を取り込むことが欠かせないことは、理解できる。

首相は、「世界に誇る日本の医療制度、伝統文化、美しい農村を断固として守り抜く。国益を最大限に実現する」と述べた。

TPPは、物品の関税撤廃だけでなく、サービス、知的財産など幅広い分野に及ぶ。TPP交渉では、日本が何を守り、何で譲歩するのか、焦点の農業分野などの市場開放を巡って、難しい対応を迫られる。敦賀市内にある認定農家など小規模なものが多いだけに影響は少なくないとも言える。

また、医療分野の「混合診療」の全面解禁が議論になる可能性がある。公的な保険診療と保険外の自由診療を併用するのが混合診療だ。

値段が高くても最新治療を受けたい患者はいる。だが、病院や製薬会社が診察料、薬価を自由に決めていい診療が広がれば、金持ちだけが高度な治療を受けることができ、そうでない人との格差が生じるとの批判が絶えない。

米国が医薬品分野の規制改革を重点要求していることを明かした。これこそが本命なのだろう。圧倒的な競争力を誇る米国の医薬品を日本市場に売り込む狙いがあるのは明らかだ。

少ない負担で誰もが良質の医療を受けることのできる国民皆保険制度の土台が揺らぎかねない。それほどの大問題だ。

メリットとデメリットをよく考えた上での交渉と国内の首相が言う守るべきは守る姿勢も大事だ。

後でこんなはずじゃなかったとほぞをかむことにもなる。スケジュールありき、熟議なき議論は、結論がでればしぼむ議論がよくある。

昨日の看護学校の四大化は、昨夜も出されたが、市の財政問題、将来の敦賀の医療とも絡むだけに十分な議論が必要だ。まさに咳いてはことをし損じるになりかねない。
【2011/11/12】 | ページトップ↑
手放しでは喜べない拠点港の選定内容
Date:2011-11-11(Fri)

今年の敦賀市の懸案事項であった拠点港の選定結果が明らかになった。まずは敦賀港が選定されたことを素直に喜びたい。とはいうものの、本日の正式な公表を待たなければならないが、内容を見る限り手放しでは喜べない玉虫色の選定と言わざるを得ない。

中国や韓国、ロシアなど日本海周辺の各国との貿易や観光の核として国土交通省が発展を支援する日本海側拠点港とのねらいがあったはずだ。これでは、これまでとそれほど変わらない、ばらまき的な分散投資となるのではないか。

詳細にみると、新潟、伏木富山(富山県)、下関(山口県)、北九州、博多の五港を「総合的拠点港」。

国際海上コンテナ輸送や定期旅客など分野ごとの「機能別拠点港」に金沢、長崎など十四カ所を選んだ。敦賀港は、「国際フェリーとトラック自走による輸送貨物船(RORO船)」分野での選定。

全国23港の応募の内、19が選定され、総合的拠点港5港と、どうも、手放しでは喜べない結果だ。当初は、ニ港ぐらいの選定とも言われ、敦賀港も相当難しいとされていた。天然の良港であり、中京、阪神を結ぶ敦賀港は、戦略的な設備投資を行えば、その発展は戦前の四大港と言われるくらいにあったはずだ。

今回の選定は、これらの反省点を踏まえ、貨物の取扱量や旅客船の就航状況のほか、国際競争力強化、災害発生時の対応などの観点から採点しての結果だったが、結果をみて、正直、がっかりした。

選定港には、海外との交渉や拠点港同士の連携を集中して国としてサポートし、岸壁整備などの国費負担率引き上げや税制優遇も検討していくという戦略的なものだった。

ところが、韓国の釜山港とアジアの拠点港とする成長と比べ、日本は一県一港主義的な予算配分がはびこり、日本海側でも競争力や機能性が分散することとなった。国土交通省の航空行政と同様、港湾行政も失われた20年という言葉がふさわしいほど、急速に国際的競争力を失って行った。

私が商船大学を卒業した70年代は、神戸港、横浜港も世界でも十数位に位置していたが、釜山、上海などに大きく水をあけられ、今では見る影もない。神戸港などは阪神淡路大震災前の取扱量にようやくたどり着いているのが現状だ。

その反省の上にたって、選択と集中の戦略性があったはずが、私にはまたまた玉虫色の選定としか思えない結果であるとも思える。

その中でも、今回の新潟港、伏木富山など総合的拠点港と敦賀港がどう違うのか、今日の公表を待たなければならないが、なんらかの格差をつけられたような気もする。いずれにしても、本日の公表と選定のねらいなど、国土交通省の見解を伺いたい。
【2011/11/11】 | ページトップ↑
先送り問題で迷惑するのは従業員と市民だ。
Date:2011-11-10(Thr)

一昨日8日は立冬。朝夕が寒くなって来た。急に寒くなった。この寒さで体調を崩す方も見かける。注意したいものだ。昨日は、敦賀市の平成22年度決算の審査を行う予算決算常任委員会。昨年は、不適切経理が問題となったが、職員も問題意識をもって取り組んでいる。いずれにしても問題の「先送り」はけっしてよくない。

ところで、オリンパスの報道と株価の暴落。企業の経営人の責任で路頭に迷う従業員のことをつい思ってしまう。グループ全体の従業員は4万人近く。国内初のハーフサイズのカメラで話題になったオリンパスペンや内視鏡は世界で7割余のシェアを誇る大企業だが、従業員は、いたたまれない思いの人が多いのではないか。

かつて、山一証券、カネボウ、ライブドアと、いずれも険しい道をたどった企業である。倒産して社員が失業したり、吸収され名前が消えたり。その共通項は「粉飾決算」と「先送り」。山一証券の社員を知っているが、年代によっては厳しい道のりをいまだに歩んでいる。

オリンパスは1990年代ごろから投資の損失を隠しての経営人の問題の先送りが重なったとかで根が深い。上場廃止や刑事責任を問われる可能性もあるだろう。迷惑するのは、これまでもそうだが、罪のない末端の社員やグループ会社の経営人と従業員だ。

地方自治体では、かつて夕張市がその典型だった。ここでも迷惑するのは市民だ。一方、都会である東京都小金井市で、財政とは違うが先送り問題で市民が迷惑している。この4月の市長選で当選した佐藤和雄市長が、このほど11月12日付の辞職届を提出、市議会も同意した。

内容は、ごみ問題をめぐる市長発言による。しかし、問題の根本は、先送り。長年にわたるごみ行政の行き詰まりが露呈し、収集ストップが現実味を帯びる中、苦渋の決断とはいえ、市民が迷惑している。

東京23区西郊に位置する小金井市は人口11万6千人。ごみ問題が切実な懸案に浮上したのは2007年3月、隣接2市とつくる衛生組合のごみ焼却施設を老朽化で停止させたのがきっかけだったとか。

4月の小金井市長選の選挙公報で、佐藤氏はごみ処理の委託費用を「ムダ」と表現、周辺自治体の態度を硬化させた。佐藤氏は市長就任後に謝罪したものの、委託契約のめどは立たなくなり、一時は11月中にもごみ収集がストップする恐れが生じたとか。市長は辞めれば済むかもしれないが、ここでも市民が迷惑している。

ゴミ行政、ゴミ処理は、地方自治体の財政運営と同様、長期的、緻密な計画と実行が要求される大きな課題だ。けっして敦賀市も手が抜けない課題だ。調べると、小金井市は、焼却炉など根本的な問題解決には程遠く、過去の場当たり的なごみ行政のツケが、一気にあふれ出た形といえる。

人口密集地にあって、敦賀市と同様、社会資本も充実した小金井市は、全国でも恵まれた条件にある自治体だ。問題の「先送り」行政が何をもたらすかを見ると、遠い首都圏の話と言ってはいられないように思う。

昨日9日からは「秋季全国火災予防運動」が始まった。この冬を乗り切るため、我が身も我が家も備えを万全にしたいと身を引き締める。
【2011/11/10】 | ページトップ↑
国のエネルギー政策議論の危うさ
Date:2011-11-09(Wed)

8日は、朝より民主党の全国研修会でエネルギー政策を学び、昼には「北陸新幹線の整備を促進する議員の会」総会を長野、富山、石川、福井、大阪の各国会、県会、市会の議員や関係者で衆議院議員会館で開催。午後は、TPPについて外務省、農水省の各担当者よる勉強会と続き、敦賀に戻ったのは、午後11時をまわった。

TPPは、明日にも、北陸新幹線は、年内に結論が出るだけに目が離せない課題だ。エネルギー政策もこの一年内の議論が将来の敦賀を側面をも持つ。それだけにいずれも緊張感もって聴くことができた。


この中で、午前中に受けた東京工業大学大学院の柏木孝夫教授のエネルギー政策を紹介しよう。

福島の事故を受け、経産省の「総合資源エネルギー調査会」の有識者による基本問題委員会(三村明夫委員長)の委員の一人でもある。「スマート革命」の提唱者でもある。

原子力発電について、脱原発で、その選択肢を減らすべきではないと考えている。安全性をできる限り高めて、日米欧で原発の国際標準をつくり、さらに事故が起きた際の損害賠償に備え国際的な保険機構を創設するなどして対応する。その上で、どの程度維持できるのかを考えていく必要があるとの考えだ。

「反原発と原子力推進という二項対立を乗り越えた上で、選択肢は多く持っておくことが重要。社会的な背景、国民的な世論、技術開発の動向などを複眼的に見た上で、電力全体のうちどの発電方法がどのくらいのシェアを占めたら日本の国力を維持できて、かつ発展につながるようなビジョンを描けるかを考えていかなければいけない」と話す。

また、「原発をやめるという決断は、心情論的に理解できるが、そうなると日本の産業構造を「ものづくり」からシステムインテグレーター(情報技術産業)にするなどの変革をしていかないと、脱原発から日本の繁栄を見出すのは極めて難しい状況になるのではないか」とも述べる。

さらに、柏木氏は『今後のエネルギー政策について国民の関心が高まるなか、「基本問題委員会」のほかにも内閣府の「原子力委員会」、国家戦略室が所管する「エネルギー・環境会議」など政府内にエネルギー政策の基本方針を議論する組織が乱立している。

会議を作るというのは、今の政権の特徴。しかし、林立した組織がどういう意思決定機構になり、どこが決定権を持つのかは明確でない。菅前首相が経産省は信用できないとして、「政治主導でやる」という趣旨でエネ環会議(エネルギー・環境会議)を作った。

最終的にはエネ環会議が決めることになるかもしれないが、
エネルギー政策というのは「エネルギー政策基本法」という法律がある。

日本は法治国家であり、基本法に基づいてやっている。法律に基づいたものを最終的に仕上げていくというのは首相がやるかもしれないが、そのためには新しい法律を作らなければいけない。まだまだ来年の6月までは、混沌とした議論が続くのではないか。これからは、エネルギー政策について国民がよく考え、対話していく時代になっていくと思う。』と結ぶ。

敦賀は、原子力発電が、高経年化の敦賀1号、再稼動の敦賀2号、新規の敦賀3,4号ともんじゅと国の原子力政策こと、エネルギー政策の議論と深く関係するだけに今後も目が離せない。
【2011/11/09】 | ページトップ↑
自転車と道交法、増えれば厳しくなる。
Date:2011-11-08(Tue)

昨日は東京で民主党の地方自治体議員フォーラム。西岡議長への黙とうから始まった。目的は研修だ。なかでも岩手、宮城、福島の県議、市議の体験談は、身につまされた。市民の奉仕者という立場で最後まで避難誘導にあたった市議、町議、県議も犠牲になっている。役所の職員、消防、消防団、警察の殉職の多さも、その後の復旧での活躍も公務員ならではの役割を果たしている。県議、市議も例外ではないとの体験談だった。

フォーラムで、野田首相が現れたのは、夜7時、西岡参議院議長の長崎市での告別式のためだ。野田総理は、首相になってから2ヶ月、慎重な言動が目立つが、昨日もそうだった。あと数日で、TPPの結論を出すだろう。前原政調会長もそう語った。

ところで、西岡議長は27歳で衆院初当選してから40年余りに及ぶ国会議員で、評価は別にして、言葉と行動が一致した。民主党時代も変わらなかった。行動する政治家であったことだけは確かだ。私も何度か、お合いしている。小柄だが、その声と語り口は、独特だった。

菅直人首相に退陣要求は、議長と言えないほど異例で、ときとして違和感さえあった。要するに「わかりやすい」政治家だった。言行不一致で、わかりにくい政治家が横行する永田町から、気骨ある政治家が消えたことになる。ご冥福を祈りたい。

前置きが長くなった。今日の話題は、政治とまったく無縁な話だが、自転車と道交法を取り上げたい。前にも書いたが、東京で、車の多いなかで、道路でさっそうと駆け抜ける若者の自転車が意外にも多い。自転車とは大人も無邪気にさせるものらしい。かく言う私も自転車にはときたま子ども同然となる。

若い頃、借金をしてまで買った新車こと、自動車と、同様の感覚が得られるから不思議だ。一方で、自転車に親しめば親しむほど、マナーも気になりは始めた。

ブレーキのない自転車が流行する現代。敦賀市内でも中高生のマナーが気になる。気になる以上に我身も律しなければと思う。流行と同時に世間のみかたも変わってきた。

過日、全国的に摘発事例が報道された。それも赤紙だ。違反の増加と死亡事故も重なり警察庁が指示した取り締まり強化の余波である。 

むろん危険な運転は困る。無灯火や携帯電話の「ながら」運転などで、自転車絡みの事故も多発している。ただ自転車対策の本筋は、「軽車両」である自転車の「車道通行の原則」徹底だ。 

危険な運転などをする自転車が、刑事処分の対象となる交通切符(赤切符)を切られるケースが報道される。それも、最近は「ピスト」と呼ばれる競技用自転車など、ブレーキが付いていない自転車で公道を走り、摘発されるケースも目立つ。敦賀ではほとんどないが東京など首都圏が多い。現実にみると納得だ。

本来、自転車の違反は、口頭注意や指導警告票の交付で済ませる場合が多かった。というのも、自動車やオートバイの場合、軽微な違反なら交通反則切符(青切符)を切られ、反則金納付などの行政処分で済ませる制度があるが、道交法上、「軽車両」にあたる自転車は対象外。

赤切符で摘発されると、刑事処分の対象となり、検察官の調べを受けて、争いがないと略式起訴され、罰金の命令を受ければ、前科もつく。重い処罰となる。敦賀でも警告には出くわしたが、赤紙の例は聞いたことがない。ただ、これからは変る可能生は大だ。

自動車優先の日本で、ゆったりとした自転車専用道路や駐輪場が整備され、自転車ごと電車に乗れる欧州こと、オランダとは違う。公共交通を含めた政策の問題だ。

環境や健康にいい、それにかっこいい自転車が増え、違反や事故が増えると、当然、世間の目も厳しくなり、道交法も見直される。そして、厳しくなる。欧米なみに、自転車本来の歩道から車道へが定着すると、日本の道路事情も変る。その変化の表れが、市内に登場しつつある自転車専用レーンの青塗りだ。自らも律して乗りたい。
【2011/11/08】 | ページトップ↑
もんじゅと交付金制度、仕分け作業で本当にいいのか。
Date:2011-11-07(Mon)

昨日は、一日、雨模様。土日のたびにあいにくの雨が続いている。午前中は資料つくり、昼からは、人道の港・ムゼウムで一時を過ごした。私の故郷の讃岐からの観光客「お出でま~せ」(いらっしゃい)と、讃岐弁で出迎えると受けた。北國街道、木の芽峠など古道を趣味で巡るツアーバスとか。舞鶴若狭自動車道の整備で四国、中国の観光客が増えているのも目が離せない。

ところで、政府の行政刷新会議が今月21日から始まる。「提言型政策仕分け10 件」の対象分野が明らかになっている。細かくは、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」を含め原子力研究開発の是非のほか、原子力発電を抱える自治体向けの電源立地地域対策交付金の在り方が対象。

また、生活保護基準や、民主党マニフェスト(政権公約)の目玉政策の一つである農家の戸別所得補償制度も対象となっている。

「ナンバー2でなぜ、悪いのですか」と言った中身の薄い議論と人気取りが全面にですぎたのか、聴衆は昨年、一挙に減った。

その議論の短さとあまりにもショー化された仕分け作業で、あり方が問われたのも昨年だ。だが、一方で、国家公務員住宅建設の予算化で問題になった。仕分けを優先する世論も気になるところだ。その中で、長年、積み上げられてきたエネルギーの議論を仕分け作業で短絡的に議論するには無理があると思う。

核燃料サイクルの中核と位置付けられるもんじゅを仕分け作業の対象にすることすら問題でもある。国のエネルギー・環境会議や原子力大綱の議論が始まったばかりだ。財務官僚の意図も見え隠れする。もんじゅは核燃サイクル事業全体の要であることは確かだ。敦賀市にとっても将来に関わる大事業であるだけに目が離せない。

もう一点は、原子力発電所などの新規建設や増設のため、国が地方自治体に交付している電源三法交付金を見直す議論が出てきたことだ。

交付金は電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法という三つの法律に基づく。石油ショックを経て資源小国、日本が長年、積み上げて確立した制度だ。

電源開発促進税という目的税を特別会計に繰り入れ、原子力発電などが立地する市町村とその隣接市町村、さらに道府県に交付している。毎年、地方に交付する総額は千数百億円に上っている。施設建設と維持管理など課題も多いが、長年、議論を重ねながら改善を進めてきた。

電源開発促進税は、国民が電気料金に上乗せして支払っている。立地地域の苦労と電気を使う消費地のバランスをとった優れた制度とも言える。

この長年、積み上げた制度を先日、会計検査院は、財務省の意向を受けてか、短絡的に、原子力発電の新設に関係する交付金約730億円の大部分が今後不要になるとして、震災復興や既存原発の安全対策に回すよう求めたことだ。これも拙速な議論がまかり通る風潮が、目につく。

発電所の立地計画は一朝一夕ではできない。地球環境問題や資源小国を真に考えるなら、本来、仕分の対象に入れること事態、無理があると思う。

福島の事故をうけ、まだ事故の収束と対策が進行中の中で、短絡的な方向に進みつつある脱原発の流れの中で物事の決まろうとする風潮に今日の日本の危うさを感じる。

電源三法交付金制度と安全協定のあり方は、今日の立地自治体の施設維持管理、隣接自治体との格差など課題は確かに多く、改善点や議論すべき時期を迎えていることも確かだ。かと言って仕分け作業の中で議論すべき事項か、私は疑問に思っている。

いずれにしても、もんじゅや交付金の仕分け作業は、敦賀市にとって目が離せない議論となることは確かだ。

芭蕉の秋の句に『蒟蒻[こんにやく]と柿とうれしき草の庵』というのがある。じっくりと噛み締めたい。
【2011/11/06】 | ページトップ↑
西舞鶴から小浜へ
Date:2011-11-06(Sun)

一昨日は、夜9時近くに西舞鶴についた。久しぶりの舞鶴市だ。橋梁駅であるJR舞鶴駅を視察。立派な駅に変身している。ただ、昔の西舞鶴の繁栄はない。商店街も寂れてしまっている。舞鶴市もなんとか中心市街地の活性化ともがいていることが手に取るように理解できる。ここは、西舞鶴、東舞鶴と分かれているだけに難しい。

ところで、舞鶴市もロシアなど国際港として敦賀と同じようにもがいていると表現が似合うほど懸命だ。先月、舞鶴市と京都府は、舞鶴港とロシアのナホトカ港との間でコンテナ貨物輸送を開始すると発表した。

今年度内に試験的に輸送を始め、将来的には定期化を目指す。従来はばら積み方式だった輸送の選択肢を広げることで、舞鶴港の取扱貨物量の増加につなげるとのもくろみだ。

今年12月以降に3~4回、試験的にコンテナを使った輸送を実施する方針。飯野港運の保有している船舶にロシア産の製材を積み込んで舞鶴港に運ぶ。

舞鶴市はコンテナ航路を本格的に整備すれば、自動車部品や精密機械といった府内のメーカーの製品をロシアに輸出しやすくなるとみている。拠点港争いも敦賀港とは、良きライバルだが、京都府の力の入れようは、相当なものだ。ここが敦賀港とは違うとも言える。

そろそろ、昨日の話題に入ろう。早朝、西舞鶴からスターとした。小浜市鯉川、地村夫妻が拉致される前、最期に訪れたレストランがあったところだ。次に訪れたのは岡津海岸、ここも高兄弟が拉致されれた現場だ。高兄弟は朝鮮国籍のため拉致認定とされていない。聞き込み捜査から、警視庁が断定した現場だ。そして、小浜市内の旧小浜ドックへと向かった。

失踪者の一人である山下春夫さんの作業靴が残されていた小浜漁港周辺を視察。現場を見ることで、これまでに集めた情報をあらためて精査する狙いで、特定失踪者の真相解明や拉致問題解決に結びつけていく。

「1万キロ現地調査」と銘打ち、全国で行っている広域調査の一環。第1回は6月には富山、石川両県、そして、越前町や若狭町の海岸などを視察。今回の調査は第3回に当たる。この日は調査会の荒木和博代表ら7人をはじめ、救う会福井の池田欣一会長、県特定失踪者家族会の澤香苗代表、松崎晃治市長、池尾正彦議長ら約20人が参加した。

小浜市も小さいながら、港町だ。舞鶴にも小浜にも、拉致の手招きをした関係者がいたと推察される。

この問題は、人権問題だが、究極的には国家の問題でもある。集会は手を変え、企画を変え、風化させない様に何度も繰り返す。それでも、家族には時間がなくなってきた。
【2011/11/06】 | ページトップ↑
敦賀市の決算の審査にあたって…。財政が豊かと言われる敦賀でも厳しい時代だ。
Date:2011-11-05(Sat)

昨日は、平成22年度の決算を審議する予算決算常任委員会。朝の10時に始まり、ほぼ缶詰で終わったのは午後6時前。

そのまま、小浜線に乗って西舞鶴へ。拉致問題の特定失踪者調査会メンバーとともに、かつて拉致現場の調査のためだ。

ところで、昨日の決算でも明らかになったのが、敦賀市の財政で国民健康保険、介護保険、さらには下水道とどれも値上げせざる環境にあることだ。先日の後期高齢者保険制度なども含め、高齢化に伴い医療費の増大などいずれも保険財政はもちろん、日々の生活に関わる下水道まで、値上げせざる環境にあるという現実だ。

敦賀市の一般会計を支える市税も右肩下がりだ。ここで新しい事業に手を出すだけの余力が敦賀市にあるのか、真剣に考えなければなたない。まして原子力発電の今後が不透明ならなおさらだ。

市民温泉リラポート、市民福祉会館、児童文化センターと7万規模の町にはないものも多い。運動公園は明らかに恵まれた施設だ。ただ、なによりも市民が日々の生活の中で、しっかりと利用していることだ。維持費こと老朽化にも金がかかる。真剣に財政との見合いを考えておくことが重要だ。

看護学校の四大化やJR敦賀駅前整備など、私はけっして否定している訳ではない。むしろ、大学は残すべきであり、駅前も中途半端で終わらせるべきものではないと思っている。しかし、それ以上の荒波が敦賀市に押し寄せている現実を直視しなければならない。それほど難しい時代だ。その後のリスクを誰が責任をとるか。大げさでもないが、夕張市ではないが、市長も議員も職員も、誰も責任を取らないで、現状の夕張市は市民が苦しんでいる。

借金返済のために、夕張市民も子供たちも、懸命にその不遇と辛さをたえている。それほど、今の地方自治は難しい。福島の事故の影響は、財政面だけでなく雇用にも大きく影響するかもしれない。

ただ、手をこまねいてわけでもない。河瀬市長も国政の場で頑張っている。現実を直視し、将来のリスクを最小限にする、そんな厳しい時代であることを決算の審査であらためてそう感じた。思考停止だけは陥らないようにしよう。将来の子供達のためにも…。
【2011/11/05】 | ページトップ↑
文化の日と教育フォーラム
Date:2011-11-04(Fri)

昨日3日は「文化の日」。朝、サンピアで打ち合わせ、昼、プラザ萬像で教育フォーラム、夕方、自転車を走らせ休日を楽しんだ。

ところで、「文化」を意味する英語のカルチャーは「耕す」という言葉と密接に関係する。私は、この歳になるがいまだに「文化」の意味合いを理解しているとは言い難い。

日本の憲法が英語が先とすれば、「全ての国民が文化的な暮らしをする権利がある」とした憲法の精神が実現しているだろうか。戦後63年も経っているが未だにその意識は希薄ではないか。そんなふうに考えるのはかた過ぎるか。

その点、教育は「耕す」そのものとも思える。敦賀の特長を生かし、地域ぐるみで子どもの教育を考えようという教育フォーラムが昨日、あった。この日のために、教育委員会、各学校と準備に相当な時間と労力を要したとか。先生も大変だったとか。

まず敦賀市の下野教育長があいさつ。次は、宮城教育大の相澤教授を進行役に、地域と子どもの教育について活発な議論が交わされた。なによりも現場からの報告、自慢話は、爽やかに聞こえた。

パネリストから「聞く」から「聴く」 、そして「効く」と効果が広がるとか。会場では学校関係者や保護者らが熱心に聞き入っていた。

日頃、先生、保育士など労を惜しんだ成果ほど、心温まるものはない。田や畑を耕すように丹精すること、その結果が教育そのものでもある。

清澄な秋の一日を、日本の平和や文化について私も深く考えてこなかったような気がする。

ところで、「文化の日」は、「国民の祝日に関する法律」で自由と平和を愛し、文化をすすめる日、としている。日本国憲法が1946年11月3日に公布されたことに由来する。憲法が施行された5月3日の「憲法記念日」とは、きょうだいのような関係だと昔、聞かされた。憲法に作成に関わったGHQとの関係があるのか、なかなか日本人には、文化と憲法の関係は難しい。

いずれにしても、文化という言葉は難しい。文化勲章、文化包丁、文化人、ネット文化と、使い方の柔軟さと意味の広さには驚くばかりだ。

いまでも原子力の分野で「安全文化」という言葉がよく使われる。なによりも優先させるべき安全、この課題も今年、大きく考えさせられた。別の言葉と組み合わさることで、文化の意味も難しくなる。

いずれにしても、「文化」という概念ほど、真面目に考えると難しい。「文化」と「耕す」は難しい関係だが、、昨夜は、畑で「耕して」得られた白菜、白ねぎ、ニンジン、春菊など久しぶりの鍋で、温かく腹がいっぱいとなった。
  
【2011/11/04】 | ページトップ↑
地方から地方を、日本を変える時代。発想と絆…
Date:2011-11-03(Thr)

今年もあと残すところ2ヶ月を切った。カレンダーも残すところあと2枚。来年のお年玉付き年賀はがきが発売され、えとの辰「たつ」も顔をのぞかせている。今年ほど新しい気分が必要な年はないだろう。 

昨日は福井市の自治会館で市町議会議員合同研修会。福井県下の市町議会議員の大半が集合した。講演内容は「地方議会改革の現状と求められる議会のあり方」で講演者は早稲田大学院公共経営研究科教授「北川正恭」氏だ。

北川さん曰く「地方が変われば日本が変わる」「地方が変われば地方が変わる」というのだ。中央集権国家から地方主権と叫ばれて久しい。この時間の経過が日本の停滞とも言える。失われた20年とも言われる。数字だけならべると、日本の年間の税収で1991年の62兆円が現在40兆円と落ち込んでいる。

北川さんは講演で地方の成功例として、徳島県勝浦郡上勝町をあげた。徳島駅から車で1時間のところにある、人口2,200人程度の小さな町がそれだ。基幹産業の林業の停滞で6000人あった人口が3分の一に減った。

これを「葉っぱビジネス」で町が変わった。

「この料理についている葉っぱ、かわいいね」「持って帰っちゃおうかな」のなにげない会話。一言を耳にしたとき、現在、町長をつとめる横石氏は「葉っぱという資源」が身近にあることに気がついた。

上勝町はもともと木材とみかんの産地として発展してきたが、木材市場の衰退や異常寒波によって大打撃を受けた。またみかん栽培は重労働なため、高齢化が進むにつれ生産農家が減少していた。

これに危機感を抱き、新たな産業の開発に立ち上がったのが当時農協職員だった横石氏。横石氏はしいたけやキウイフルーツなど様々な農産物の生産に挑戦した後に、ある都会の料理店で耳にしたこの会話からツマモノに目をつけた。

この葉っぱビジネスが年間販売額2億円超に育った。野山にある、タダの葉っぱが、都会の高級料理店でツマモノとして使われる。それを情報ネットワークで結んでビジネスにし、さらに高齢者や女性の「やりがい」につなげた町である。この町おこし、成功体験は、あまりにも有名だ。成功には、一人の発想とそれを支えた人々、ネットワークこと、絆を構築したことにあると私は思う。

地方は自らの発想と絆で「いやな言葉かもしれないが、生き残り、勝ち組になる」と北川さんは語った。今、求められる発想だろう。

話を戻すが、11月になって年賀状の販売が始まった。早くも正月を迎える準備が動きだしている。日本人は、新年を新たな気分で迎える。家族全員の元気に迎える。家族の絆、町内の絆、地域の絆、いずれも大事な絆を今年は教えてくれたのではないか。

年頭は私の干支でもあり、辰年に期待を込めて、あえてきちんと「謹賀新年」と書こうかと思っている。

 
【2011/11/03】 | ページトップ↑
原子力防災の範囲拡大は、課題も多い。
Date:2011-11-02(Tue)

昨日は11月1日。秋も本番も本番。午前中、市役所での市政功労者表彰、午後は、福井市の自治会館で福井県後期高齢者医療広域連合議会の本年度第2回定例会と続いた。連合議会議員は、副議長の当て職でもある。私としてははじめての参加だ。

4年近く前、あれほど騒がれた後期高齢者医療制度。適用年齢は、75歳以上。現在、加入している国保や健保を脱退させられ、後期高齢者だけの独立した保険に組み入れられるという点や、徴収方法が年金からの天引きが基本となっていることで、高齢者にとって差別と、方向性は廃止となっている。ただ、徴収方法が、年金天引きの関係で徴収率は約99%と高く、財政運営は厳しいながらも安定化し、現実的な運用が浸透してきたようにも感じる。

それでも、昨日の2010年度決算では、75歳以上の高齢者ら県内の被保険者から徴収した保険料のうち、使われずに残った剰余金は約1億4千万円となり、09年度の10億円に比べ大幅に減少したと報告。制度が始まった08年度の剰余金は約16億円。著しく減った理由として、被保険者の所得の減少で保険料収入が伸び悩む中、医療費が約40億円ずつ増えていることが背景。当然ながらも来年度は、保険料の上昇は避けて通れない。

今日、取り上げたいテーマは、国の原子力安全委員会が原子力発電所の事故に備えの避難区域、具体的には、住民の避難や屋内退避の準備を重点的に進めておく地域が、大幅に広がることになった。周辺の防災区域を、今の周辺8~10キロ・メートルから30キロ・メートルに拡大することを決めた。福島の事故の教訓から妥当な判断だが、あまりにも課題が多すぎる。地元の立地する敦賀市としても、相当の検討が必至だ。

現実の福島では、避難の長期化や食料の確保が困難になるなど、生活に支障が出た。全国規模で、関係する市町村は、現在の45から135へと増える。隣接では、越前市を含む嶺北、滋賀県の長浜市、高島市など、範囲は大幅に拡大し、充実した防災計画が求められることとなる。

敦賀市で言えば、6万9千人の人口が対象となる。避難経路の確保、避難方法、避難訓練など具体的な検討が山積だ。また、緊急時のオフサイトセンターや病院、放射線の監視体制など課題が多い。

広域避難では自治体間の調整も重要となる。福井県のみならず、滋賀県、それも県境の長浜市、高島市との協議は欠かせない。先日の長浜市、高島市と敦賀市の議会間の協議会は、まだそこまでは至っていないが、まずは信頼関係の構築が欠かせない。

また、脱原発の意見書を可決した越前市議会などの動きもあり、自治体間の信頼関係の構築など課題は大きい。安全協定のあり方、事前了解など県レベル、市町レベルでの協議が一層、大事になる。

これまでの10キロとは違い30キロは、備えの規模も相当、大きく格段に違う。国での方針もまだ30キロが決まっただけで、具体的な内容はこれからだが、県、市での検討もこれから加速化する。当然、それに伴う予算も必要となる。安全、安心の確保、再稼動と、敦賀市の課題もこれからが本番を迎える。

冒頭の「天高く馬…」ではないが、モンゴルでは馬だけでなく、人も脂肪分をたっぷり取って厳寒に備える時期とか。今年は温室効果ガスの削減に、引き続き冬の節電も重なる。まずは、こたつに鍋料理。寒さを乗り切る暮らしの知恵も大事にしたい。私はシンプルに熱燗と湯豆腐をいつも以上に楽しみたい。
【2011/11/02】 | ページトップ↑
高齢化社会に対応したスポーツ環境整備
Date:2011-11-01(Tue)

世界の人口が昨日、70億人に達した。国連の「世界人口白書」は、2050年には90億人を超える、と予測する。

減少局面に入った日本とは逆に、世界の人口問題と言えば爆発的な人口増加に伴う諸課題を指す。貧困、食料の偏在、水不足、エネルギー資源の減少、環境の悪化。世界的に見られる都市への人口集中は、失業や衛生問題も深刻化させている。

途上国などが経済成長に伴って自国内の消費に回すため、将来は日本に食料を輸出してくれなくなる、との見方もある。エネルギー不足も同様だ。

風力、太陽など再生可能エネルギーの開発も大事だが、大局的に冷静に考えても、安全性を高めた原子力利用は、日本にとっても長期的に必要不可欠とも言える。冷静に長期的に見る目だけは、失いたくない。もんじゅの研究施設の重要性はここにある。

昨日は、午前中、議会運営委員会で、今月11日午後7時プラザ萬像で開催される議会報告会の進め方と議員倫理条例について議論した。議会報告会では、9月議会の報告と、現在、議会の議論の焦点である看護学校の四大化と駅前周辺整備について、現段階での議会の議論状況を報告する。

将来の敦賀市の財政状況、医療環境、活性化にもつながる重要な案件であることは確かだ。敦賀市から示されている中期財政計画はわずか5年だが、もんじゅの動向や敦賀3,4号の着工時期で大きく変わる。ここにも冷静な目と長期的に判断できる目を持ちたい。

今日、取り上げたい話題は日本の高齢化のなかで注目すべきデータが明らかになっている。文部科学省が体育の日の先月10日に公表した体力・運動能力調査でも、高齢者の体力アップが顕著になっている。現実にスポーツ楽しむ高齢者の増化は敦賀でも顕著だ。ただ、その活動の内容は意外に、狭く、環境面などの条件整備はこれからのようだ。

運動施設に恵まれる敦賀市にあっても、現状にあっているか、要望にあっているか、十分に検証する必要があると思う。

内閣府が2009年に発表した「体力・スポーツに関する世論調査」によれば、1年間に行った運動・スポーツの日数で「週に3日以上」(年151日以上)と答えた人が最も多かった。

その中でも、60歳代、70歳以上の割合が高いのが目を引く。これまでの運動施設の中心は10代から30代の運動機能が伸び盛りか、もっとも活発な時期を想定しての施設だったが、利用者目線、利用者人口割合を考えると、高齢者人口の増大と対応は、大きな課題だ。

60歳代、70歳以上の運動・スポーツの中身を見ると、ウオーキングや健康体操などの運動がほとんど。かつて高齢者のスポーツといえば、ゲートボールとされたが、今ではグラウンドゴルフも人気だ。実際に競技人口の増加も顕著だ。水泳や陸上は年齢別で競う中高年のマスターズ大会も盛んになっている。ここでは、グランドゴルフ場をつくればよいという話だけではない。

敦賀市の運動施設は、大半の競技に対応できるようになっているが、人口の一番多い層である60代、その後、団塊の世代の高齢化に沿った施設になっているか、私は検証する必要があると思っている。

高齢者が気軽に参加できるスポーツ活動の受け皿は、何か。ひとつの例が、デートボール施設は人口割では、全国トップクラスだ。だが、グランドゴルフは、県内を比較しても整備が遅れていることは確かだ。だから、市議会で議論になるのであって、私は総合的な取り組みが必要に思っている。

基本的なところで、団塊世代の高齢化に合わせて、底辺の広くなったグランドゴルフ場整備も大事だが、80代、90代にも対応できるおlウオーキングや健康体操を指導する受け皿と指導者が意外に少ないことだ。私が議会で提唱した「健康の駅」構想は、各公民館単位に指導ができる態勢と駅前で計画中の施設での指導と器具の整備など総合的な健康思考と高齢者増加に対応する施策だ。

8月に「スポーツ施策は国の責務」と定めたスポーツ基本法が施行された。国は世代に応じたスポーツ振興への課題などを検討し、今年度中には提言としてまとめたい考えだ。高齢化社会が進み、地域で孤立しがちなお年寄りも増える中、スポーツは単に健康増進に役立つだけでなく、仲間づくりにもつながる。

財政運営も総合的に考え、高齢者が手軽にスポーツができる環境整備ときっかけづくりを進めていくことは、高齢化社会で急務に思う。これが養護老人ホームや在宅介護の整備と同様に、国民健康保険や介護保険財政を長期的に支える環境整備である。

 
【2011/11/01】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |