大晦日に想うこと…
Date:2011-12-31(Sat)

いよいよ大晦日。今年は阪神淡路大震災の年とは違う。敦賀にとってもその影響は大きく、大きな荒波でも岐路とも受け止めたい。原子力発電の安全についても真の底から考えさせられた。原子力も出直しくらいの覚悟がいる。

私は、どう考えても、敦賀市の生活と活力を維持し、人口減少を最小限にくい止めるには、原子力発電とともに当面、歩むしかないと思っている。逆に、そうでなければ、次の展開があまりにみ難しいからだ

ところで、我が家の裏、物干しのコンクリートの隙間から、意外なほど高く伸びた雑草が一本。冬枯れもせず、雪の中から寒風に青い葉を揺らしている。

いくつかの偶然が成長を支えたのだろうが、厳しい環境に負けず、根を下ろした場所で精いっぱい生きている姿には、思わず声援を送りたくなる。雑草は強い。

東日本を襲った地震と津波、そして福島の事故と、甚大な被害を受けながら、自分たちの暮らしと地域を再生させようと逆境に立ち向かう人々にも、共通する強さがどこかに備わっている。

被災者を草木に例えては申し訳ないが、岩手県陸前高田市の浜辺に残った奇跡の一本松に寄せる思いも同じ。郷土への愛着が復興の原動力になる。

豊かな自然が災害のリスクと隣り合わせにある海岸や山間部。と言っても日本に天災と無縁な場所などないから、均衡のとれた国土づくりが大切。その意味での原子力発電と着実な運転と建設、さらには、まちづくり、北陸新幹線の対応と課題は山積だ。さらにいうなら、愛発、西浦、東浦と過疎対策も踏まえた対応が必要となる。

大規模な災害の発生で地域の大切さをあらためて考えさせられた一年。雑草の強さに学びつつ草木にはない知恵と、人と人の絆を生かして、次の敦賀を考える姿勢を持ちたい。
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【2011/12/31】 | ページトップ↑
残すところ後2日…
Date2011-12-30(Fri)

残すところ後2日。昨日は、体育館で労組が主催する家族を対象としたそば打ちと昔遊び。自らが楽しんだ。昔と言っても私たち少年の頃、遊んだコマ回し、竹トンボなど素朴な遊びだ。四国だったせいか、子ども頃は、冬休みで大半が外で遊んでいた。

夕方から大学の教わった教授の退官記念で大阪へ。大阪駅の変わり方には驚いた。今浦島の心境だ。梅田の地下街も変わった。大阪梅田のネオンもすごい。

とにもかくにも、ことし1年で胸に去来したのは、東日本大震災だ。それに台風、豪雨、避難勧告など災害の年。それに、欧州危機、アラブの春、タイの大洪水など世界中が大荒れとなった。

何を差し置いても東日本を襲った大震災は、まさに未曾有の災害だ。これに、福島の事故とエネルギー問題が不安を駆り立てた。

一昨日、イラン政府が「ホルムズ海峡を封鎖する」と警告したとの報が駆けめぐった。核兵器疑惑に対する米欧の追加制裁に反発してのことだが、輸入原油のほぼ9割を中東諸国に頼る日本にとって万一輸送ルートを失う事態にでもなっ たら。またまたオイルショックか。

3月11日は、東北、関東の各地が停電した。あの日は、まだ寒く、夜の暗さを、まさに暗黒の世界だったと教えられた。日々の生活がいかに電気で成り立っているのかを思い知らされた現実だ。

敦賀にとっても、原子力発電所は、最大の産業だけにその先行きに暗雲が立ち込めている。原油と原子力の先行きが不透明であれば、日本そのものが不透明となる。敦賀1号機が万博に送電を開始した昭和40年代から今や電気の消費量は6倍を超えている。電気は生活を支えるライフラインのひとつだ。

感情論ではなく、しっかりと選択しなければ日本そのものが沈没し、生活水準もさらに悪化する。今を考え、大切にする生き方を大震災は教えているのではないか。
【2011/12/30】 | ページトップ↑
失敗から学ぶ教訓…
Date:2011-12-29(Thr)

昨日は、御用納。市役所や職場、お世話になった方など挨拶回り。例年通り。どこか、違うのはこれからの不安を語られる方が多いことだ。

ところで、先日、NHKの番組「坂の上の雲」で日本海海戦の場面を放映していた。勝利は成功体験となって海軍にもその後の日本に引き継がれた。それが太平洋戦争の敗戦につながっているようにも感じる。逆に失敗は、複合的な要因がある。ロシア・バルチック艦隊の敗北に学ぶ点は多い。

太平洋戦争の敗戦の教訓も大き過ぎた。その失敗は戦後の平和と繁栄と結びついているのではないか。

逆に高度成長の成功体験が、その後の経済の停滞と密接に関係しているようにも思う。福島の事故の教訓もあまりも大きく、その代償もはかりしれないが、しっかりと学ぶ必要がある。

事故調査をしっかりと学び、原子力発電がいきなりダメという発想ではなく、これからどう生かすか、前向きに考えるのが教訓だと思う。原子力発電所と歩んできた敦賀にとってまさに試練だが、大きな教訓と考えるべきだ。

話をがらりと変えるが、福井労働局が28日発表した11月の福井県内雇用失業情勢によると、有効求人倍率(季節調整値)は前月比0・02ポイント低下の1・10倍で、5カ月ぶりに悪化した。それでも全国平均は0・69倍で本県は18カ月連続で全国トップ。

私が注目するのは、県内の各ハローワーク別の有効求人倍率。それぞれの理由がある。三国1・54倍、敦賀1・35倍、大野1・25倍、福井1・22倍、武生1・18倍、小浜1・15倍の順。このうち小浜は前年同月比0・23ポイント減少した。

小浜は県内のトップを走っていただけに落ち込みにはそれなりの理由がある。細部をみると、小浜管内では建設業の新規求人数が大幅に減少。建設業と原子力発電関連の仕事量は密接に関係している。小浜同管内には原子力発電所が8基あり、稼働しているのは1基。

定期検査がほぼ終了し、仕事が減って倍率が低下したとみるのが妥当ではないか。敦賀菅内もアップはしているものの、早晩、減少に転ずる可能性も強い。敦賀1、2号機の定期検査で4000人を超える作業員が半分近くに減少。また、敦賀1号機と美浜発電所の定期検査が終了すれば、この地域の倍率もどの程度、落ち込むか、注目しておきたい。

ここまで書き進めたのも、この嶺南地域の雇用環境が原子力発電所に支えられ、これまで高水準を維持したが、福島の事故の影響がどこまで出るか、しっかりとみておく必要があるからだ。

人口減少と少子高齢化が進む嶺南地域、原子力発電との関係が深過ぎるだけに、景気の動向もみておきたい。というのも、地域経済と人口減少は長期的にみると、密接に関係し、拍車をかけるからだ。

対抗策は、ひとことで言うと国の原子力政策の維持と発電所の再稼働に尽きる。地域の政治課題はまさにこれでもある。

しかし、福島の事故の大きさを考えると、長期的には、それだけではすまない状況も考えておく必要もあると、私は思っている。

敦賀市もこの40年を超える原子力発電所との成功体験が市民にも市役所内部にも浸透し過ぎて、次への発想が、この成功体験が土台となっているのが気になるところだ。

来年は、地域にとっても難しい厳しい年になるかもしれないが、複眼的に冷静にデータをみながら地域がどうあるべきか、考える時期でもある。失敗学から学ぶことも大事だ。
【2011/12/29】 | ページトップ↑
事故調査の中間報告、謙虚に受け止めたい。
Date:2011-12-28(Wed)

失敗学で知られる東京大学名誉教授の畑村洋一さんが委員長を務める政府の事故調査・検証委員会が、中間報告をまとめた。

700ページに及ぶ報告書を全文読んでいないので、その評価など後日、述べるとして、報道や概要を読む限り、原子力関係者として謙虚に受け止めなければならない点はあまりも多い。

まず第一は、国と東京電力の津波への備えは、極めて不十分だったとの指摘だ。想定を超える津波が来る警告が出ていたのに、浸水対策を怠り、被害を広げた。事故後に使われた「想定外」は論外ということだ。

福井新聞の論説にもあったが、東電の内部では2008年、従来の想定の高さ5・7メートルの津波を大きく上回る最大15・7メートルの津波が試算されていた。そのことは東北一帯を襲った貞観地震・巨大津波(869年)を研究していた専門家らが危険性を指摘していたものだ。だが東電幹部は「そのような津波は実際に来ない」と考え、経済産業省原子力安全・保安院の担当者も対策を要求しなかったと、指摘している。

中間報告は、原電東海第2発電所で、茨城県の津波浸水想定に基づきポンプ室の壁をかさ上げして今回の大津波から電源を守ったことに言及している。この対策の有無が事故への分岐点となったとの指摘だ。

よく言われる「原子力村」という共同体、電力会社、政治家、行政、研究機関など、閉鎖的体質、原子力文化ともいうべき組織に、深い要因があるとも述べている。

関係者が、「このままでは危ないんじゃないか」と思う人がいても、声を上げられない雰囲気があったとの指摘だ。これも重要な指摘だ。謙虚に受け止めたい。

次に、専門的な指摘で、福島の1号機では当初、停電時に炉を冷やす非常用復水器の機能が作動していないことに気付かなかったとの指摘だ。電源喪失でバルブが開いていなかったためだ。

中間報告は「認識不足と運転操作の習熟不足」と明記し、「原子力事業者として極めて不適切」と指摘する。私は、かつてこの非常用復水器の保守を担当したことがあるが、バルブさえ開いていれば、極めてシンプルなシステムで原子炉で発生する蒸気の圧力で冷却することができる。

昨日のNHKで畑森さんは「習熟不足というよりも(想定されていなかったので)考えている中身が違っている」との指摘だ。ここに想定の重要性がある。柳田さんは「習熟不足というよりも認識不足が重要だ」との指摘だ。謙虚に受け止めたい。

また、政府による住民への避難の指示、情報の伝え方にも不備があったと指摘した。この事故の本質は、たくさんの人が暮らしていた土地を理不尽に追われ、帰れないことだ、と畑村さんは述べていた。被害者の身にたって、考えたいとの姿勢も大事だ。原子力防災に生かす視点も多い。

最終報告は来年夏の見通しという。もっと速く踏み込んだ最終報告書にすべきとの社説もあったが、事故調査の目的は「事故に学び、その知識を社会で共有することで、将来の重大事故を防ぐこと」と、畑村さんの考えだ。

原子力発電を運転し継続する上でも重要な指摘が随所にあると受け止める。また、日本社会が原子力とどう向き合うか、失敗から学び生かす姿勢が大事だ。さらに、原子力だけでなく、各分野にも生かすことができる。委員会はこのことも視野に入れている。スピードも大事だが、踏み込んだ中身も大切だ。最終報告書に期待したい。
【2011/12/28】 | ページトップ↑
大敦賀行進曲と北陸新幹線
Date:2011-12-27(Tue)

「大敦賀行進曲」で1番と5番、敦賀ロマンを感じ好きな節だ。

①♪西へ行こうか 東へ行こうか
港敦賀は 東洋の波止場
名残り惜しめば テープもぬれて
明日は異国の 星の下

⑤♪誰と乗りましょ 国際列車
遠い波路を はるばる着いて
青い眸の あこがれ乗せて
花の東京へ 一走り
 
昭和11年の作と言うから戦前の敦賀港全盛の頃の歌詞だ。たら、れば、でものごと語ってもしかたがないが、戦争がなければ、どう敦賀が発展したか想像するのも楽しい。いずれにしても敦賀は敦賀港、北陸線、交流都市として発展してきた。

ところで、昨日、国の国土交通省は整備新幹線の未着工3区間(北海道、北陸、九州の各新幹線)について、沿線自治体やJRの同意、収支採算性の確認などの条件が整い次第、着工を認めることを決めた。早ければ今年度内に認可し、来年度中に建設が始まる。国の財政難のなかで、政治決着と言えるだろう。

北陸新幹線の金沢―敦賀間(113キロ)。従来10年間としていた工事期間を、北陸は14年間。開業時期は、2025年度の見通し。東京ー敦賀間3時間8分。

世論調査上ははっきりしないが、地元負担、在来線の利便性、さらには米原経由の新幹線など、はっきりと「必要ない」と語る市民も多い。

今後、北陸線の経営分離、地元負担など課題も合わせて背負うことになる。ひげ線の小浜線の経営分離も課題となる。新幹線が新設された各地域の問題ともなっている。新幹線が手放しで喜べない理由がここにある。

今後、市議会でも地元負担を早期に示すよう求めるなど、議論が活発に行われるようになるだろう。国が負担すること、JR西日本が行うこと、サンダーバードやしらさぎの代替など、どう変わるのか、どれだけ地元が負担するか、14年間を工事期間とするならば、時間があるようでない。

地元負担の軽減や大阪、名古屋への利便性の維持など、敦賀に不利とならないように議論を重ねてていくこと。いずれにしても、大敦賀行進曲の敦賀発展の歴史的経緯を考えれば、交流都市・敦賀には、必要と考えている。終着駅効果など交流人口を増やす工夫がまちづくりに必要でもある。
【2011/12/27】 | ページトップ↑
重苦しい世相と政治の責任
Date:2011-12-26(Mon)

雪が降り続く。久しぶりのクリスマス寒波。今年も残すところ、あと6日。先日、店で来年のポケットカレンダーを頂いた。携帯電話でも確認できる時代だが、1年分をすぐに見られる点ではこちらの方が便利で、毎年重宝している。来年を想うと気が重くなる。

もんじゅの減額など政府が2012年度予算案を閣議決定した。野田佳彦首相は「日本再生元年予算」と自画自賛するが、マニフェストの項目をことごとく諦めた編成は、現政権の力量を如実に映している。

3年連続で借金が税収を上回るなど財源不足は深刻だ。永田町の焦点は「社会保障と税の一体改革」つまり消費税増税論議へと移る。私も基本的には消費税増税に賛成だが、財政状況と国の将来について政府の説得力がない。さらに、経済の落ち込みが気になる。

野田政権の強さとも言うべきか。内閣支持率も低下し始めた。昨日のNHKで、鳩山、菅と変わる権力闘争の裏舞台が描かれたいたが、どう観ても国民不在だ。またぞろ、小沢元幹事長の影響が影を落とし始めた。

それに気になるのが、予算編成のなかで、子供手当を「子どものための手当」と、ある方から「子供だましでは?」と。また、

福祉の一体改革も政府が年末に取りまとめるとした「大綱」は「大綱素案」に変わった。どうもわかりにくい。この政権の言葉はとにかくまだるっこしい。

衆参がねじれ、党内も分裂含み。小手先の言い換えにすがってでも「実」を取らざるを得ない事情は分かる。ただ権力を握る政治家の言は、昨日のテレビを見る限り、民主党内の権力争いだけが写り、国民が注視しているのを忘れている。民主党員ながら何とか頑張ってほしいと言いたいが、原子力政策ひとつみても、もんじゅの予算削減をみても危うい。

国の財政もさることながら、福井県の財政、お膝元の敦賀市の財政運営、いずれも不安要素が目立つ。

財政の税収不足も気になるが、なによりも景気だ。来年2月で嶺南のすべての原子力発電所が停止する。敦賀も原子力発電所も定期点検から停止のままでは、仕事が停滞し、景気が停滞する。

福井県が求める安全第一、安全最優先とする原子力発電の安全基準もまだ示されないままだ。長期化すればするほど、景気は低迷し、来年の原子力政策によっては、経済そのものが失速しかけない。

新しい気分で新年を迎えたいが、自民党、民主党と、コロコロ変わる総理大臣ではないが、重苦しい世相の責任は政治に負うことが大きいことは、確かだ。お膝元もそれに対応した自律が敦賀市に求められている。
【2011/12/26】 | ページトップ↑
交流都市・敦賀と北陸新幹線
Date:2011-12-25(Sun)

北陸新幹線の未着工部分の工事予算が予算案に盛られなかった。ただ、北海道、北陸、九州の整備新幹線は、財政難にもかかわらず、来年度に未着工3区間の建設に着手する方向性だけは示された。

北陸は、災害時に東海道新幹線の代替機能を持つ側面はある。しかし、国の財政を考えれば、地方への配慮が濃厚で、財源問題や採算性などを十分吟味したとは言えまい。複雑な心境だ。

敦賀は交流の街として発展してきた。交流都市から外れるとどうなるか。私は、四国の高松市を古里として半世紀以上にわたって見てきた。かつては宇高連絡船と鉄道で栄え、支店経済と言われ四国の中心都市だった。

しかし、瀬戸大橋開通以後は、交通の要衝から外れ、県庁所在地だけが残った。人口も松山市に抜かれ、観光もいまだに低迷が続いている。

人が来れば、街は潤う。滑走路ができ、しまなみ海道ができ、交流都市となった松山市は、観光の魅力を加えた。その第一が道後温泉だった。それに、12年前に「しまなみ海道」が開通したときがピークとなったがブームが去ると客足は右肩下がりになった。

ところが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKのドラマの1部、2部の放送が終わるたび、客足が必ず上向いた。テレビドラマの効果だ。ドラマ恐るべしだ。ちりとてちん効果の小浜市、ゲゲの鬼太郎効果の境港市、いずれもドラマだ。
 
歩道に水色のノボリがはためく。「『坂の上の雲』のまち松山」と染め抜いている。ポスターもはんらんする。同名のNHK大型ドラマ第3部の放送。今日で最終回となる。

 秋山兄弟の生誕地に生家が復元され、司馬効果を増幅させている。長期的には、松山は子規の友人、夏目漱石作の「坊っちゃん」の舞台でもある.テレビ効果に加え、文学効果も息長い。

小さな田舎街が潤うには、交流都市であると同時に、仕掛けが必要だ。長浜市や松山市は、民間と行政が協力し合って、頑張っている。敦賀市は、交流都市として、舞鶴若狭自動者道開通まで3年、北陸新幹線敦賀開通まで15年以上は要する。まだまだ観光など工夫の余地はある。まずは、敦賀市発展の基本は交流都市であることを忘れてはいけない。
【2011/12/25】 | ページトップ↑
山本五十六のメッセージ
Date-2011-12-24(Sat)

昨日、鯖江市で「山本五十六」の映画を観た。船に関する映画は子供のように観たくなる。映画の主題は、当時の日本の状況下で、日独伊三国軍事同盟や日米開戦に最後まで反対していた山本のメッセージを現代に伝えようとするものだ。

国の来年度予算案約90兆円が決まる。税収が42兆円、国債発行44兆円。どう考えても将来の不安は尽きない。政権政党である民主党の批判も高まっている。「コンクリートから人へ」のわかりやすい標語も色あせてきた。

原子力政策も議論は多いが、長期展望があまりにも不透明になっている。それが現在の敦賀の閉塞感と不透明さでもある。

民主党、自民党とも、政局ばかりが目立ち、ダブル選で圧勝した橋下徹市長への各党の態度だ。支持を鮮明にしていたみんなの党はいざしらず、大阪都構想への協力を求める橋下氏に対し、与野党幹部の誰もが下にも置かぬもてなしぶりだった。

対立候補を支援した民主、自民両党は都構想に反対ではなかったか。それが手のひらを返すように理解と協力の意向を示すとは。違和感をぬぐえない。共通するのは維新の会の国政進出への警戒感だ。次期衆院選で敵に回したくないということだろう。民主党の小沢一郎元代表や国民新党の亀井静香代表のように政界再編を視野にあわよくば取り込みたいとの思惑も透ける。

私も民主党員だが、予算案を巡る政権と党との駆け引き、決断が長引き、実行力に欠ける民主党政権に危うさを感じている。解散・総選挙しか頭にないようにみえる自民党。橋下人気は二大政党のふがいなさの裏返しでもある。そこへすり寄るようでは政党の存在意義さえ問われかねない。

地域から統治機構、国を変える-という橋下氏の主張に共感したとしても「数を頼み」に民意を一身に背負っているかのように改革に向う勢いが、庶民人気となる。閉塞感打破の勢いとなる。

いずれにしても、敦賀市のもんじゅの研究継続、敦賀3、4号の建設は、長期的に国を支える政策でもある。じっくりと辛抱強い覚悟と気概がないとできない一大事業だ。これらをもとに、敦賀市の第6次総合計画がある。敦賀駅西周辺整備や看護大学化もこの延長線上にある。

国の原子力政策の不透明さに加え、橋下市長が掲げる脱原発など、敦賀市を取り巻く環境の厳しさと混迷は、長期的に続くと受け止めてよい。

日米開戦の真珠湾の大成功に浮かれ、その後の敗北と死者300万人を超える結末を考えると、大局を見る目がいかに大事か、今の日本とも共通する。その中の敦賀の市民生活を第一に考えるならば、我慢と辛抱が大事だとあらためて想う。
【2011/12/24】 | ページトップ↑
敦賀市議会の意見書の意思
Date:2011-12-23(Fri)

昨日は、12月議会最終日。終了したのが午後4時前、なぜか疲れた。 高速増殖炉「もんじゅ」の研究継続や敦賀3、4号機増設計画の本格着工など原子力政策の堅持を求める意見書を賛成多数で可決した。

福島の事故後、脱原発の流れが強まるなかで私の知る限り、原子力発電立地自治体で高浜町議会に続き2例目となる。いまできる福島の教訓を最大限実施しながら、原子力政策の堅持を願った立地自治体の民意というよりも危機感がこの意見書になったともいえる。

事故の大きさも教訓としなければならないが、敦賀市を支える原子力発電も大事だが、一面ではそれを支える市民生活も大事だと表れでもあると、私は思っている。

話を転じるが、生活こと家族の大事さを作品にした森田芳光さんが、亡くなった。享年61歳。森田さんの映画はなぜか印象に残っている。もうすっかり忘れがちだが、昨年の今ごろは「武士の家計簿」が公開中だった。平和堂でこの寒い時期、一日の最後だったためか、観客はわずか3名。寒空のなか、家族の温かさを感じて家路についたのを思い出す。

昭和58年、「家族ゲーム」が強烈だった。第7回日本アカデミー賞優秀作品賞を取っている。私も結婚し子供ができ、家族の大事さを感じ始めた頃、福井で観た。観客も多かった。

松田優作、伊丹十三、由紀さおりさんら異色の顔あわせだ。家族が細長いテーブルで横一列に並び食事をする場面があった。ばらばらになった家族の象徴だが、家族皆がそこに居るから絶望ではないと、映像が教える作品だった。仕事が残業ばかりで忙しい時代だったが、家族のありがたみを感じた作品だった。

このときの松田優作、いまでも覚えている。その後夏目漱石の「それから」の映画化で松田優作さんを森田さんは主演にしていた。難しい作品や家族の普通のあり様を役者の個性で印象を残す。地味かも知れないが私には印象に残る映画監督だ。

「武士の家計簿」では仲間由紀恵さんが、家族一緒に食事をする場面が心に残る。ありふれた光景を再現しても家族愛がにじむ。武士の世界と家族と不思議な取り合わせだが、武士の誇りと家族愛、いま忘れられようとしている大事なものを師走に感じたさせたのか。

余談だが、森田さんの作品で異色だが、印象に残りすぎているのが「失楽園」。渡辺淳一さんの『失楽園』を、役所広司、黒木瞳の主演で映画化。人生に疲れた中年男女が不倫の果てに心中するというストーリー。観客動員数が200万人を超える大ヒット。このときは新宿の映画館だった。客席は超満員。

今年の清水寺の一文字は「絆」、年末には見に行きたいと思っている。「武士の家計簿」は、地味だが、武士のもつ誇り、日本人が忘れつつある凛とした誇りというか、それと家族の「絆」。冒頭の意見書に話を戻すが、原子力発電が悪魔のように言われる昨今だが、敦賀市は40年以上、原子力という国策に協力し、これからも続けて行こうとする意思でもある。
【2011/12/23】 | ページトップ↑
車離れと企業城下町
Date:2011-12-22(Thr)

労働金庫に生活安定資金と言って、その名の通り生活の安定を目指して敦賀市とタイアップして市民に安い利子で貸す制度がある。

私の若い頃は、利用者が多く年末の頃には、タイムオーバーとなっていた。その利用者の多くは若者。生活安定の目的もあるが、新車購入の資金に多く、当てられたとも聞いた。最近は、金利の安い貸付商品も多く、安定資金利用度が減った。その理由のひとつが若者の車離れでもある。

若者が車に乗らなくなった。いや、乗らないというよりは興味、関心を持たなくなったようだ。これを「異変」と感じる人は多いのではないか。

よくマイホームに次ぐ高い買い物と言われるが、それでも高度成長期には優越感に浸れる象徴的な物として憧れ、求めた。それが最近、ほとんどこの手の話を聞かない。私も入社するやいなや、月収の10倍もする車を求めた。

私の息子二人も車は持っていない。ここ敦賀では車は必需品だが、それでも不景気か、中古車が売れ、販売台数の低迷が続いているとか。若者の車離れが深刻化するため、各地で自動車販売会社の統廃合も進む。リーマンショック以降の豊田市の落ち込みはひどかった。

昨年9月に終了したエコカー補助金の反動があるとはいえ、基幹産業の低迷は経済に悪影響を与えている。

ところで、造船など企業城下町と言われた瀬戸内海の各地方都市は、企業の栄枯盛衰で飲食店などのサービス業まで影響し、やがて人口減少を加速させてきた。

自動車産業で潤ってきた豊田市など不景気と空洞化でどうなるのか、市の発展と企業発展は密接に関係しているだけに、注目しておきたい。

城下町が衰退した代表的な地域をあげると
①パナソニック本社がある大阪門真市 
②日立製作所の日立市 
③工場閉鎖により人口が減少に転じた小松製作所の小松市など、地方都市でこの種の例は顕著だ。 
 
ここ敦賀市も原子力発電と40年歩んだ街だけに、飲食店やホテルの状況をしっかりとウオッチしておくことが今後のバロメーターとも言える。敦賀市が6万9千人をここ10年維持できたのは、原子力発電によるサービス業の伸びが下支えしていると私は見ている。

敦賀も企業城下町的要素が色濃いだけに、国の原子力政策の動向、巷の飲食店などのサービス業をウオッチすることは大事だ。

さらに言うなら、人口動態から推察するとここ数年で人口減少が顕著になる。その動きとともに将来のあり様を見定める目を持ちたい。どうこれを維持し活気を保つか、その根底の議論が必要になる。

敦賀の岐路とも言えるこの時期に、これまで通りの昔の夢を見る人が多いのが気になる。

先行き不透明な状況下、先週、エコカー補助金復活のニュースが流れた。景気回復のカンフル剤として再び、注目が集まっているが。企業城下町の動向は他山の石と見るべきだ。いずれにしても、円高、空洞化、若者の車離れは深刻だ。本日は12月議会の最終日だ。 
【2011/12/22】 | ページトップ↑
数字の持つ意味…
Date:2011-12-21(Wed)

来年度の国の予算案が90兆円が、ほぼ決まりそうだ。その内、収入の税収は、42兆円しかない。普通であれば成り立たない財政運営が続いている。敦賀市への交付金はどうなるのか、市民生活にも、直結している。

一方、北陸新幹線金沢―敦賀の新規着工をめぐり、国土交通省などは工事期間を14年間とする方向で調整に入った。民主党は、本日、政府に申し入れ、24日までに建設を決定する。喜ばしい決定だが手放しでは喜べない現実もある。

認可を経て2012年度に着工、開業は25年度。総事業費は1兆1千億円。金沢―福井の部分開業はせず、開業は敦賀までの完成後になると見通し。これも庶民には縁遠い思うが、敦賀駅のあり方、在来線の北陸線がどうなるのか、小浜線、湖西線は。市民の費用負担は、と不問とされていないが、議論されなかった議論が本格化する。ここに市民の負担があぶりだされてくる。

話を転じると、ふたつとも兆の単位とは逆に、北朝鮮の国家予算は日本円にしてわずかに50億円ほど。税収はほとんどなく、武器関連の輸出で数十億円の外貨収入。あまり報道されていないが、日本などによる経済制裁は相当な効果があったとの根拠がここにある。

この貧困を金正日総書記がこの1~2年、軍の施設に代え、鉱山や発電所など産業現場への視察を急増させていたとも。経済再建に向けてハッパを掛けるためで、疲労による心筋梗塞で急死との報道も信憑性もあるとか。

この苦境を脱するには核の放棄と拉致問題の解決が重要か、拉致問題が動き出すとの説の根拠がここにある。

数字を並べて、それぞれにコメントしたが、おおざっぱに敦賀市の一般会計約250億円、特別会計合わせて約500億円。北朝鮮の50億円と比べることもないが、北陸新幹線1兆1千億円との比較も違うが、北陸線維持のための地元負担とは密接に関係する。

敦賀市も税収の減少が続いている。少子高齢化、人口減少が予想されるなか、北陸新幹線がどう影響するか、駅前再整備が、看護大学が、どう影響するか、増え続ける福祉との関係は、など数字は市民生活に影響し、それなりの意味を持つ。敦賀市も総合的に長期的な数字を見る目を持ちたいが…
【2011/12/21】 | ページトップ↑
寒い日、寒い夜が続く…
Date:2011-12-20(Tue)

寒い日と寒い夜が続く。寒さと合うのが「夜汽車」とか「夜行列車」にはどこか哀愁を感じさせる響きがある。心に傷を負った人が当てもなく北へ向かう列車。私たち世代は特に歌謡曲の影響か、そんなイメージが強いのかもしれない。

森昌子の「哀しみ本線日本海」の歌謡曲がよくあった。レールの音を聴きながら、窓の外の闇を見つめていると、つい感傷的な気分になったりもする。これもまた夜行列車の魅力だ。

北陸と東京を結ぶ夜汽車「能登」はよく利用した。今回、廃止が決まった青森と大阪を結ぶ寝台特急「日本海」もその夜行列車の一つだ。乗車率が5割を切り、車両も老朽化したためという。

運行して40年余。私も敦賀に来て35年、大阪、京都と敦賀間、深夜、若い頃、何度利用したか、ときどきの思い出となっている。新潟の出張にも利用した。

時代の流れではないが、昨日のトップニュース。北朝鮮の金正日総書記が亡くなった。2日間伏せられた後、このニュースは世界を駆けめぐった。

父子世襲国家の北朝鮮が、さらに不安定になるのは、当面避けられない。金正日総書記が父から権力を完全に引継ぐのに数ヶ月要したと伝えられる。

紆余曲折が予想される。強力な指導者を欠いた状態では、権力闘争や軍部のクーデターが起きる可能性を完全には排除できない。大量の難民が流出する恐れもある。

核兵器・弾道ミサイル問題の行方や日本人拉致被害者の安全確保にも、不透明感が増している。逆に拉致問題解決に向け何か動き出すかもしれない。当面、見守るしかない。

敦賀に話を戻して、昨日は議会の予算決算常任委員会。12月補正予算の採決。賛成多数で決まった。私は、反対にまわった。理由は四年制の敦賀市立の看護大学の手続きに関する予算が入っているためだ。

反対理由は、敦賀市の岐路とも言えるこの時期、財政や福祉、教育など、総合的に判断して市立大学を将来にわたって持つ体力があるかとの疑問があるからだ。

さらに、看護大学の実績や伝統が敦賀にあるのならいいが、これから築き、これから育てていく覚悟が市民にあるのか、看護師の養成である以上、医療に関わる以上、どんなときにも支えることが大事となる。

これまでの敦賀短大と市民の関係などを考えても、わずか7万人に満たない街で、どんなときも税金を投入しても支える覚悟ができているか、市民の大学とするしんどさと敦賀市の岐路とも言えるこの時期、判断すること事態、あまりにも無謀とも言える。

いずれにしても、敦賀市の今後を左右する原子力発電の国の動きを見定めて判断すべきとの理由で反対した。

哀しみ本線日本海の一節「♪寒い、こころ、寒い ♫哀しみ本線、日本海」をかみしめている…
【2011/12/20】 | ページトップ↑
敦賀の拡大路線も限界に近い…
Date:2011-12-19(Mon)

昨日も寒かった。朝、ハーツ前で労働団体のひとつ、ゆうあい倶楽部の歳末助け合いカンパから始めた。三十年以上続く活動だ。当初は平和堂前で始めた。市内の各福祉施設に品物に変えて送っている。物が豊かになっても継続は…そんな思いを強くもっている。

話は変えるが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、昨夜も含め考えさせられた。司馬遼太郎を離れても、幕末から明治にかけて、当時、日本を訪れた外国人がほとんど異口同音に語っているのは、日本人がいかにも幸福そうであったという点である。徳川300年の平和と助け合いの精神が庶民のなかに溢れていたとも書きとめられいる。

なかでも司馬氏は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の松江生活は「感動にあふれていたが東京は違った」と語っている。近代化を急ぐあまり良きものを失った東京の姿に、八雲は失望したと。

八雲が武士階級の妻を得て知り得たのは、当時松江にわずかに残っていた礼を重んじ人情に厚い、助け合いの精神ではなかったか。

司馬氏はこの精神を、江戸時代に完成した日本の「原理」と呼んでいる。司馬氏はさらに、江戸の空気を記憶する明治の元勲が去ると同時に原理も消滅し、原理の喪失で日本は「理解されにくい」国になった。難しくなるが、太平洋戦争もその原理原則ともいうべきもの明治以降、失った結果とも、どこかの随筆で書いていた。

敦賀の人道の港・ムゼウムは、1920年のポーランド孤児、40年、41年のユダヤ難民救出のドラマをテーマにしている。いずれも、当時の敦賀の人々の助け合いというか、精神を語ったテーマ館でもある。

大和田荘七翁、杉原千畝氏いずれも明治、大正、昭和を生きた人だ。敦賀人とも言うべき助け合いの精神が生きている。

敦賀港、製造業からエネルギー産業こと原子力発電とともに、この40年歩んできた敦賀市、大きな岐路を迎えている。

福祉、医療…、拡大路線だけではどうにもならない時代を迎えた。身の丈に応じた敦賀市を助け合いの精神ともに、考えなければならない時代とも思う。

あまりにも急なのか、敦賀市にも市民にも、あるべき姿や覚悟といっても難しい局面が続いている。ただ酷な話では判断できない、それでは、すまない時代かもしれない。 
【2011/12/19】 | ページトップ↑
原子力発電への必要以上の政治介入は不安と混乱を増大させる…
Date:2011-12-18(Sun)

年の瀬を控え、野坂山もすそのまですっぽり雪化粧。もすっかり真冬の装い。電力不足や省エネルギーが叫ばれる昨今ではあるが、暖房器具や加湿器がここぞとばかりに活躍を始めた。

木枯らしの季節になると思い出す歌がある。ヒューンヒューンヒュルルンルンルンルン~のフレーズが印象的な「北風小僧の寒太郎」。先日、NHKのキャスターがラジオで歌っていた。まさに「冬でござんす」だ。

寒太郎がやって来るのは冬本番、小学校の頃は半ズボン、膝小僧に風は容赦なく、自然と駆け足になったのを思い出す。

昨日は朝、雪が舞う北陸道を北上した。越前市で「原子力・エネルギーの安全と今後考える会」の準備と講演から始まった。

日本原子力学会・原子力安全部会の阿部清治部会長が「福島第1原子力発電所の炉心溶融事故 なぜ起きたか 何が今後の課題か」と題して講演した。

阿部氏は、過去400年間の津波しか評価していなかったことをあげ、福島原発事故の原因を「設計基準津波の過小評価」と指摘する一方、「10万年に1度の津波を想定するより、高所に非常用電源を設置するなどの対策の方が現実的だ」とした。現実論としの安全性を高める方策を示し、現在、敦賀など原子力発電所がとった緊急対策を評価した結果となった。

また、各原子力発電所が行っているストレステスト(耐性検査)の実施など政治的判断が原子力規制に介入したことを批判し、「規制当局が政府と原子力業界から独立し、自分たちで安全審査指針を作るべきだ」と提言した。国で来年4月から組織化される「原子力安全庁」を評価しながらも、安全庁自らも指針を作成すべきと断定した。

私が3月11日以降、各所で福島の事故の評価や教訓、さらには、提言まで踏み込んでの講演で、関係者としての率直に語り、そのあり方まで提言していたことは、高く評価したい。原子力発電もまさに冬、本番だ。どう安全、安心に力を尽くし再稼動にむかうか、正しい情報で語る関係者の発言が大事となる。私も安全、安心の観点で政治の介入は、かえって現場を混乱させ、国民を不安に落とし込む状況が今日と思っている。

今日も北風は冷たい。今年も口笛を吹きながら寒さが急にやって来た。寒さはまだまだこれからが本番。風雪に負けずに気を張り、うがいや手洗いを忘れず、風邪やインフルエンザを吹き飛ばしたい。冬でござんす。
【2011/12/18】 | ページトップ↑
国家の安全保障と敦賀
Date:2011-12-17(Sat)

昨日、大飯2号機が停止。来年2月は高浜原発3号機(同87万キロワット)が定検で停止する予定。関西電力の八木誠社長は、この寒さで電力需給も正念場を迎える。

福島の事故の影響が若狭地域の市民生活まで及ぶようになった。原子力発電の安全は、何よりも優先だが、国の基準が示されないまま、この事態を招いている。

これを黙って受け入れる国民性も原子力発電の安全とならと納得しているようだ。脱原発の流れとこの国民性も関係している。

話を大きくすると、石油などエネルギー資源に対する中国、インド、米国、ロシアの大国のしたたかさは日本の比ではない。戦略的な意味合いを強くもっている。英国、フランス、ドイツも、この視点もこの視点をもっている。小資源国の日本は、戦略的な視点がない。過去の戦争体験から見て見ぬふりが当たり前のようになっている。国家が責任をもって、安全保障のあり方など、きちんと説明し状況を伝えていないように感じる。

ところで、資源とは違うが、空気や水と同じように「あって当然」と、意識しないまま使ってきた電波が、ここに来て「限りある資源」として注目を集めている。スマートフォンなどの普及により電波が急速に逼迫している。この分野もことのほか国民も無頓着だった。

これまでは、電波の割り当てはこれまで、総務省が審議会などの意見を参考に、事業者を決めてきた。しかし、携帯通信サービスの情報量は、今後5年で10倍以上に膨らむとの予測もある。ほとんど国民が知らされずに、今日に至っている。

昭和40年代、50年代のオイルショックも突然、訪れ、すっかり忘れているような気配だ。

本題に入る。昨日、敦賀市議会の原子力発電所対策特別委員会では、敦賀1号機などトラブル、原子力防災、そして敦賀商工会議所から提出された請願をもとに、市民生活への影響から、環境、グローバルな視点など、幅広い議論となった。

高速増殖炉「もんじゅ」の研究継続などを求めた原発“堅持”の請願書を賛成多数で可決した。同委員会の有志が12月定例議会の最終日22日に提出し、採択されれば高浜町議会に続いて、全国2例目の意見書となる。

敦賀商工会議所からの請願書は、①敦賀1、2号機の再稼働を着実に推進②敦賀3、4号機増設計画の早期の本格着工③もんじゅの存続と研究継続の3項目を求めている。具体的に内容だ。

敦賀は、国のエネルギー政策のもとに、この40年間、原子力発電とともに歩んできた。この根本が揺らいでいるから、この具体的な意見書となった。この国の将来を憂いていまう。
【2011/12/17】 | ページトップ↑
政治決着を迎えた北陸新幹線、責任ある対応が求めらる。
Date:2011-12-16(Fri)

12月に入ったと思ったらもう半ば、早い。年賀状の受け付けも始まった。年の瀬に向けて時間の流れが勢いを増してきた。

年の瀬といえば、この時期恒例の来年度予算案の編成。詰めに向けた協議や政府内でのやりとりを伝える記事が増えてきた。そのビックプロジェクトのひとつが北陸線新幹線だ。

財政再建が求められる中、どうこの事業を展開していくのか。調整の難航が伝えられる社会保障の分野。子ども手当は、診療報酬や介護報酬の改定は。決着していない課題は多い。そのなかでのインフラ整備だ。すべてがバラ色ではない。

北陸新幹線とともに、航空自衛隊の次期主力戦闘機の機種が固まった。政府は予算案に反映させる方針で、方向が見えてきた。しかし、地方レベルでは、地方交付税がどうなるのかなど見えない分野がまだまだある。

さらに今年は予算案以外にも議論を迫られている。経済が停滞し、財政がひっ迫するなかで、地方がどうなるのか、敦賀がどうなるのか、そんな視点が大事だということはいうまでもない。

国レベルでは、環太平洋連携協定(TPP)への参加の是非。消費税率についても、政府内での議論が始まっている。国の将来に関わる大きな課題だ。

大震災があった年。真の復興、原子力発電の長期的な対応が必要なのはいうまでもない。政治の役割は大きい。目の前の年だけでなく、将来の方向を見定め、少子高齢化、人口減少への対応など、懸案が多いなかでの、国も地方も無責任な判断をすべきではない。

まさに北陸新幹線は、福井県の大きな懸案であり、ビッグプロジェクト。政府、民主党は昨日、北陸新幹線金沢―敦賀など整備新幹線未着工3区間の建設を年内に決定する方針を固めた。この10年間でも県政の最大の課題でもあった。

同時に、不問ともされてきた並行在来線の北陸線、小浜線のあり方が議論されることとなる。地元負担がどれほどか、特急のサンダーバード、しらさぎと通過点であった敦賀駅の便利さがどうなるのか、次の課題となる。

きちんと説明すべき時期を迎える。敦賀市議会の議論の中心となる。私は、敦賀駅が北陸新幹線、北陸線、湖西線、小浜線と交通の結節点としての効果は、交流都市としての経済効果は大きいと思っている。

ただ、高度成長下であれば、インフラ整備は、すべて良としたが、少子高齢化、人口減少が進む地方で、すべてがバラ色でない負の側面も表れ始めてからだ。本当に良いのか、地方負担や在来線の将来像も含め示すことが必要となる。

昨日も述べたが、国の原子力政策の不透明さのなかで、看護専門学校の大学化が、いかにもすべてバラ色のような側面をもって理事者側から説明されたが、運動公園や市民温泉リラ・ポートなどの施設など膨れ上がった敦賀市の財政にどれほどの負担となるか、それが増加を続ける福祉にどう影響するか、原子力により岐路に立つ敦賀市にとって総合的な判断が求められる。

北陸新幹線の政治的決定は、大きな成果と言えるが、完成を迎える敦賀市、20年後かそれ以上か、団塊の世代が80歳を越え、少子高齢化も加速化し、人口も6万人を割り込むと推計されている。人口の減少は、地元経済の縮小、税収の減少にもなる。原子力政策によっても大きく変わる。地域社会がどのように変容しているか、いずれも不透明な負の側面もあり、子供に大きなツケを残さぬように、そして、地域ビジョンや将来像を示すことが政治に求められる。
【2011/12/16】 | ページトップ↑
脱原発の動きと敦賀市

Date:2011-12-15(Thr)

日本全国どの地域にも、そこに根を張り、住民の思いを代弁するような象徴的な存在があるものだ。敦賀の「気比の松原」の存在もそのひとつだ。岩手県陸前高田市の場合、それは東日本大震災のすさまじい津波を受けても倒れなかった「奇跡の一本松」だろう。松原の風景そのものが崩壊した。

これであきらめめず、震災前の松原の景観を取り戻すには、数百年の月日を要するだろう。何代にもわたる復活への取り組みである。焦らず急がず、前進していってほしい。

敦賀市議会の一般質問が続き、昨日で終了した。一方、福井県議会は原発・防災対策特別委員会を開催。国の政策見直しによっては県内の原発が順次減る可能性がある中で、複数の委員が県の財政事情や立地市町の経済はどうなるのか、など県の将来展望に懸念を示した。

県内には運転30年を超える高経年化炉が8基あり、仮に順次廃炉となっていく場合には自治体財政や地域経済に影響を与えると不安視した。県議会の議論として、住民の生活を第一に考えるならば、妥当な議論だろう。県や各市町の行政は、財政も含め最悪のシナリオも想定した県民、市民、町民の生活を想定し、対応するのが当然の流れである。

敦賀市にとっては、もんじゅをはじめ、高経年化の敦賀1号、定検が終了間際の敦賀2号、そして準備工事が終了し、本格着工を待つだけの敦賀3、4号と、地域経済、雇用と密接な関係にあるだけに、県内のなかでも現状は極めて厳しい環境にはある。

脱原発の流れ、来夏の国のエネルギー・環境会議の動きを見定めるのが必然とも思える。

私もこれまで以上に、全国的な動き、民主党政権での動き、近隣の世論などおそらく今まで以上にアンテナを広げているが、福島の事故の影響は大きすぎる。まだまだ敦賀市にとって明るい材料はすくない。既設炉の安全、安心をさらに高めながら、辛抱と将来を見る目を持たなければ、市民にとって大きなツケを残すことになりかねない。

何度も語るが、それほどの荒波が敦賀市を襲っていること認識すべきだ。看護大学の設置には、けっして反対ではないが、わずか7万人の街に「身の丈」として市立大学を持つ準備と覚悟があるだろうか。

大学にはそれまで培った伝統や役割がある程度必要だ。敦賀短大に対する改革を何度、行っても市民の大学として存在意義と存在価値をもっただろうか。その総括もないまま、看護大学というだけで敦賀の危機とも言えるこの時期に判断をすることが妥当だろうか。

市立敦賀病院もようやく経営面も含め、もとの信頼取り戻しつつある。医療環境にはリスクは許せない。それでも医師47名に対しまだ43名と医師不足は続いている。いついかなる時にも市立敦賀病院を支えなければならない。それには多額な税金の投入も必要となる。現行の市立看護専門学校にも課題があるが、わずか7万人程度の街でそれも県都でない街に大学化の動きがあるだろうか。

これまで、財政に恵まれ、地方都市の厳しさを忘れているとしたらそれこそ問題だ。財政構造を長期的に分析しているだろうか、大学の長期的な維持が可能だろうか、わずか5年間の中期財政計画ではその厳しさはわからない。財政の危機を大学の教授陣獲得だけで急ぐのであれば、それは本末転倒の選択と言わざるを得ない。それほど、敦賀市は、岐路に立っているとの認識がほしい。

【2011/12/15】 | ページトップ↑
絆を支える行政の役割
Date:2011-12-14(Wed)

昨日の県内の主要ニュースで、敦賀1号、もんじゅ、北陸新幹線、敦賀港と、くしくも敦賀に関係する話題が中心だ。敦賀の明日を占う意味でも重要な施設であると共に、これらの施設がどれほど市民生活に深く関わっているか、そんな想いをしている。

身を引き締めるもの、落胆するもの、期待するものなど、複雑な心境がつきまとう。東日本大震災から9カ月余が経過し、被災地では寒風が吹きすさぶ中、復旧・復興作業が展開、福島県内では放射性物質の除染作業が本格化している。それぞれ明日に向かって懸命な取り組みが続く。

1年の世相を1字で表す「今年の漢字」に「絆」が決まった。2位が「災」で、3位が「震」。大震災がいかに衝撃を与えたかを物語る結果ともいえる。地震、津波の大きさと原子力発電の事故は謙虚に受け止めなければいけない。まさに大激震だった。

多くの人が家族を失い、被災して古里を後にした。転居者は33万人以上に及び、敦賀市にも百人を超える被災者が住み生活を営んでいる。

被災者同士が支え合い、受け入れ先の住民と触れ合い、ボランティアと交流する。絆を深めながら生きている。先日も話す機会を得たが、福島の想いと事故への複雑な心境を語ってくれた。くしくも原子力発電の仕事でつながった「絆」だ。

暗いニュースが多い中で「絆」はほっとさせてくれる。支え合う、励まし合う。心の触れ合い、つながりの大切さを再認識させてくれた。「絆」を支える行政の役割は大きい。

この敦賀市での社会保障、医療、介護と市が運営主体を担うものも多い。基本となる敦賀市の中期的な財政は示されているが、10年先までの予想ほど難しいことないが、原子力発電と歩む限り、目をそむける訳にはいけない。来夏の国のエネルギー政策によっては大きく影響する。絆を支える、じっと我慢と長期的な展望を持ちたい。
【2011/12/14】 | ページトップ↑
原子力発電の再稼動の混迷
Date:2011-12-13(Tue)

ここ1ヶ月ほど、国の求めるストレステスト(耐性評価)についての考えを求められるメールをいただいたので、現時点での私の考えを伝えたい。

昨日、開かれた12月定例県議会の厚生常任委員会では、原発の再稼働をめぐる今後のスケジュールを質問に対し、県の担当者は「再稼働の条件としている暫定的な安全基準について先月、資源エネルギー庁の担当者ができれば来年1月中にとりまとめたいと発言していた」と説明した。

一方、安全環境部の石塚博英部長は「国からどのような形で示されるのかまったく不明であり、安全基準が示されたあとの県の判断時期についても定まっていない」と述べ、まずは国の動向を見守りたいという考えを示した。ここに現在の福井県の見解と不信感があるのが伺える。

現時点で、定期検査で止まっている原子力発電の再稼働を目指し、関西電力をはじめ各電力が、ストレステスト(耐性評価)の結果を経済産業省原子力安全・保安院に提出し始めた。

ただ、これを再稼働条件に位置付けることが果たして妥当なのか、ストレステストと再稼働を結び付けることについての妥当性が、専門家の間でも、疑問の声が上がっている。

詳しく説明すると、原子力発電は、営業運転開始から13カ月以内に原子炉を止め、定期検査を受ける必要がある。もともと経産省は、福島の事故を受けて電力各社に緊急の安全対策を取らせ、今夏前には再稼働を認める方針だった。

しかし、菅直人前首相が7月にこの方針を撤回し、欧州連合(EU)のストレステスト(耐性評価)を参考にした安全評価を求めることを再稼動の条件に組み入れた。

ストレステストの安全評価は、地震や津波といった想定を超える事象が起きた場合に、原発がどの程度余裕を持っているかを電力各社がコンピューターで計算する。これを保安院、原子力安全委員会、さらには、国際原子力機関(IAEA)の審査した上で、地元の同意が十分に得られたかなど、複雑な手続きを踏まえて、国が再稼働の可否を最終判断することになっている。

これまで、関西電力大飯3、4号機と、四国電力伊方(愛媛県)3号機の安全評価が提出された。「想定を超える地震や津波に遭っても、電源と冷却機能は維持される」というのが結論だ。

今後提出される敦賀2号、敦賀1号の安全評価も同様の内容になる可能性が高い。これまでの緊急安全策で、非常時の電源や水源、浸水防止対策が進んだことについて一定の評価を保安院は説明していた。その矢先の菅前首相のストレスの発言で、各立地地域の現場は、混乱し福井県などの対応となっている。

関電の残る2基も、今後も順次、定期検査に入り、このまま再稼働がなければ来年2月には、停止する。このまま続けば、全国的には5月で全部の原子力発電が停止することとなる。

来夏の電力需要期までに再稼働しなければ、日本は関西を中心に今夏以上の深刻な電力不足に陥る。しかし、だからといって、県民の安全上の不安を残したまま、再稼働を急ぐのも説明がつかなくなっている。

だとすれば、再稼働の審査は、国が暫定的な安全基準を早急に示し、基準にあった原子力発電から順次、再稼動することを、県議会や各市町の議会に丁寧に説明し、地元の理解を得る作業をすることに尽きる。その上での再稼動となる。

その後、保安院を引き継いで来年4月に発足する環境省原子力安全庁が、福島の事故を詳細に調査し、原因を分析し、すべての情報を公開し、分かりやすく現状を国民に示すことではないか。地元の理解を得るためにもその作業は欠かせない。

いずれにしても、菅首相の対応が最大の問題とはいえ、その後の国の原子力行政の先延ばしが、ここまで立地地域や電力需給の混迷を深めた責任は重い。
【2011/12/13】 | ページトップ↑
予算削減と技術継承
Date:2011-12-12(Mon)

立石岬灯台は、敦賀市の隠れた観光地でもある。休日に自転車を立石まで走らせると、よく道を聞かれる。立石岬の突端に立つ白亜塔形石造の中型灯台若狭湾国定公園の中にあり、灯台を望む岬に立つと、リアス式海岸の造形する風光明媚の地。灯台は、敦賀市の市章のデザインにもなっている。

古いが、青い海と白い灯台といえば、歌謡曲には欠かせないロマンの風景だ。ところが、現代は、灯台の実像はかなり違った。機械化が進み現在は無人。

その昔は、「灯台守」が常駐。官舎住まいの家族とともに不便な生活を強いられた。その姿を世に知らせたのが映画「喜びも悲しみも幾年月」を知る方も少ないのではないか。

木下恵介監督が映画化したが、節水のため米のとぎ汁で雑巾がけをしたことなど多くの実話が盛り込まれた。

灯台には個性がある。その一つが光が回る時間。海図にも記載されて場所が特定できる。立石岬灯台の間隔は10秒に1回。

35年ほど前か、乗船実習で荒れた海で灯台の光を目で確認し、海図に位置を書き込む作業を終えるとなぜか、しれない安堵感をもった。今は衛星が船の位置を知らせる。衛星確認は簡単だが、人の目で確認する技術は、命を守る上でも基本でもある。ここに灯台の役割は今でも大きい。

ところで、戻って1年6ヶ月、惑星探査機「はやぶさ」の人気が衰えない。その後継機として文部科学省が開発してきた「はやぶさ2」が大ピンチだ。政府が来年度の事業費73億円の削減を決め、中止に追い込まれる恐れが出てきた。最先端の技術でも多くの人間のノウハウがある。記録では継続できないものがある。

高速増殖炉もんじゅもそうだ。来年度の出力上昇試験は先送りとなったが、技術継承は、相当な時間と労力がいる。廃炉にすれば、これまで培った技術が無にきす。技術立国である日本にとって、はやぶさももんじゅも、夢だけでなく、現実の技術継承など意味するとことは大きい。

昨日で、大震災から9カ月、国の財政は厳しいが、前途に光明が、見出せない日本、基本は技術立国であり、温暖化対策や少資源国を忘れてはいけない。その意味での技術継承は欠かせない。
【2011/12/12】 | ページトップ↑
マッチ売りの少女
Date:2011-11(Sun)

朝の寒さが極めて厳しくなってきた。野坂山も今年、初冠雪とでも言おうか、今日は少し緩むとか。

ところで、鈴木宗男元代議士の「政治は弱いもののためにある」という言葉をある演説で聞いた。妙に説得力がある言葉だ。

特に今の状況下、政治家の役割は大きいが、今の時代、有名な冬の童話であるアンデルセンの「マッチ売りの少女」がぴったりと合うような気がする。

雪降る夜の街で、マッチを売る薄幸な少女。凍える体を温めようと擦ったマッチの揺れる灯に、つかの間の幸せな幻想を見る。次の朝、少女は亡きがらとなって見つかる。

社会保障と税の一体改革と言っても、言葉に迫力が今ひとつ、感じられない。自民党も公明党も政局にしようとして論議が進まない。この先の将来がマッチ売りの少女の翌朝の姿では困る。

マッチを擦ってちょっと一服という愛煙家の姿も見かけなくなった。
私の世代はこのかっこよさで煙草にのめり込んだ。

マッチも家庭での存在感は少ない。電池ぎれのストーブの火をつけるくらいか。マッチを知らない子ども世代。片や、マッチと言えば、マッチ箱に書いてあった懐かしい店の名を思い出す世代。そんな世代間格差で済めばいいが、少子高齢化の世代間格差はずしりと重い。

社会保障制度で、世代間格差が問題になっている。今や少子高齢社会。社会保障は損得の問題では計れないという指摘もあろうが、支え手である若い世代の重荷と不公平感を放っておくわけにはいかない。

国の年金、敦賀市が運営管理する国民健康保険、介護保険さらには、福井県が運営管理する後期高齢者医療制度と地方でも税率の値上げが議論され、やむ得ないとの結論で、若干のアップが繰り返されるのが現状だ。

国民健康保険財政は、市や町に運営主体が委ねられているが、もほや限界と言って何年が過ぎただろうか。民主や自民や、公明と言っている場合ではないがいっこうに議論が進まない。ねじれ国会もいいが、またぞろ、政権争いの気運が漂ってきた。

小沢元幹事長は野田政権に鉄槌が下るとか、民主党内もざわついてきた。地方議員としては情けない限りだ。一方で、法的拘束力のない問責決議の可決で閣僚が辞任するのは、本来望ましいことではない。自民党などは2閣僚が辞任しなければ、来年の通常国会で審議拒否する方針を示しているが、これも筋が通らない。

マッチ売り少女のような童話だけは避けたいと思わないのか、そういう地方でも同じようなことが繰り返してはならないと肝に命じたいが…。
【2011/12/11】 | ページトップ↑
ともかくもあなたまかせの年の暮
Date:2011-12-10(Sat)

ハワイの真珠湾を70年前の今月8日、日本軍が攻撃。新聞やテレビの報道で当時の裏事情も報じられるようになった。米国への宣戦布告も大使館の暗号解読の遅れではなく意識的に日本の本国政府が遅らせたとか。庶民を道づれにした政府指導部の敗戦の起点がここにあったかもしれない。

新たな調査研究を待ちたいが、いずれにしても歴史は連続した線のようなものだ。一点をとらえても全体を把握したことにはならない。真珠湾攻撃から原爆投下、敗戦という太平洋戦争の過程も連続して見る必要がある。

線の起点は明治の富国強兵策でもあり、明治維新かもしれない。そうはいっても、そのときの政府の判断のつけが庶民に大きな犠牲をもたらしていることは確かだ。

一茶の句に『ともかくもあなたまかせの年の暮』というのがある。正直な庶民感覚だろう。あなたまかせでどれほど、それが庶民に帰ってきているか、歴史が証明している。

わかりにくいかもしれないが、細野豪志環境相の演説も気になった。国連気候変動枠組み条約第十七回締約国会議(COP17)で京都議定書の延長に「加わるつもりはない」と明言した。この発言の説得力と日本の低下、ひいては庶民の所得まで影響しているのではないか。

各議長国としてともかくもまとめるため各国間を奔走した14年前。中国はじめ途上国の不参加を理由に交渉に乗ろうとしない米国に手こずらされた時間が続いが、参加する中で米国の説得に努めた。

ところが、細野発言はまさしく米国に引き寄せられた格好だ。環境問題の基本は「思考は地球規模で行動は足元から」が原則。敦賀市でも行っている市民一人あたりのゴミ排出量の削減、リサイクル率アップはもちろん、レジ袋の有料化など身近な「足元」論理だ。

最大の排出国の中国が参加せず、二位の米国が批准しない現状では効果が低いのはその通りだが、人口一人当たり排出量で中国を断然離す世界二位の日本が、だから参加しないと言っても説得力があるだろうか。

この発言の大きな背景には、日本における決め手であったはずの原子力発電が、福島の事故で大きく後退したことは確かだ。原子力発電は安全最優先はいうまでもないが、再生可能エネルギーにその活路を見出そうとしているが、時間がどれだけかかるか、深い冷静な判断が要求される。

菅前首相の突然の浜岡の停止要請やストレステストの稼動要件導入は、この細野発言にもつながっている。

細野大臣は、海面上昇の危機にさらされている国などへの資金援助や、削減目標の自主的継続、次期枠組みの早期実現への呼びかけが、何だか後ろめたさの裏返しのように聞こえ説得力はない。

国際会議も京都議定書の継続でようやくまとまりそうだが、中国、インドは義務なし、米国は参加せず、日本は加わらない。日本の京都議定書策定当時の影響力はない。

国際的な日本の地位の低下は、国民ひとりの所得、1992年当時約388万円が現在370万円に低下し、国の税収は、91年度61兆円から昨年度41兆円へ低下と、数字を並べても明らかだ。この間の消費税改革など先送りが繰り返され、社会保障は危機が伝えられても小手先の改革ばかりだ。

敦賀市に照らし合わせても、原子力発電の課題は、市の財政から、市民生活、雇用まで、影響する。日本の停滞、福井県の状況の中の敦賀市の情勢など、総合的な判断がいまほど必要なときはない。

本当のところの、一茶の「あなた」は他人ではなく仏さまのことで、身をまかせどんなときにも動揺しない安心立命の境地を言うらしい。この時期ほど、冷静な判断が求められる。敦賀市も立ち止まれない事業に手を出すことがいいのか、冷静な判断がほしい。いま、日本の岐路だが敦賀市も大きな岐路に立たされていることは確かだろう。
【2011/12/10】 | ページトップ↑
介護と医療を総合的に考えた福祉行政…
Date:2011-12-09(Fri)

「大雪」も過ぎ、日本酒が恋しい季節となった。人肌の熱かんは気持ちを落ち着かせてくれる。ある養護老人ホームで一杯だけの燗酒をおいしそうに飲むお年寄りもいる。居室での飲酒や喫煙は原則禁止だが、許された場所でお年寄りによって許可するホームが多い。

老人ホームやグループホームで介護職員の役割も大きくなっている。原則的に医師や看護師にしか認められていない、たんの吸引など一部の医療行為を、来年4月からは介護職員がしてもよいことになった。

国はこの一部解禁を法改正により、制度化。実施へ向け、安全に行われるためには、介護と医療の十分な連携が不可欠だ。

介護現場では長年、医療行為の位置付けがあいまいだった。その代表例が特別養護老人ホームのケースだ。特養の介護職員に限っては、2010年度から厚生労働省の「通知」に基づいていわば例外的に、たん吸引と経管栄養が容認されてきた。

しかし、現実的には、長く介護現場を見てきたが、「通知」以前から、特養の看護師だけでは手が回らないために介護職員が行うケースが少なくなかった。

もっというと、法による制度化は、在宅介護を支援するねらいもある。在宅介護でホームヘルパーによるたん吸引が可能になることに、介護する家族の負担が軽くなることは確かだ。高齢化が進み、たん吸引などが必要な人は、これから増えることは確実だ。

しかし、制度上はできることになっても、実際に場合によって、技量によって、ホームヘルパーが行うのは難しいのではないかとも私は思っている。介護施設と違って、在宅訪問の場合、たん吸引が行われる場所は家の中であり、周囲に医療関係者がいるとは限らない。高齢者の体調も、常に安定しているわけではないからだ。

お年寄りによっては、たん吸引は簡単な行為ではないだけに、理想言えば、ホームヘルパーが訪問看護とセットで行うことである。

たん吸引などを行う登録事業者となった事業所が責任を持ち、医師や看護師との連携体制を保つ必要がある。

介護職員の医療行為の一部解禁については、看護師が十分でないため、介護職員に医療行為を肩代わりさせざるを得ない現実に配慮したものと受け止めている。

介護と医療の連携、施設介護と敦賀も高齢化に伴う対応が市の最重要課題となることは確かだ。看護大学設置だけにめを奪われがちだが、市立敦賀病院の療養型の導入、介護ヘルパーや介護福祉士の人材育成、養護老人ホームの拡充など、身の丈に応じた地に足をつけた医療と介護を連携させた福祉行政を考えたい。
【2011/12/09】 | ページトップ↑
国の原子力行政が与えた影響
Date:2011-12-08(Thr)

スマホ(スマートフォン)という言葉が一般化してきた。私の持つ従来型携帯は、ガラパゴス携帯と呼ぶそうだ。流行にそってスマホに変えたいが、老眼のためその不便さを思うと手が出せない。

ところで、略語は日常にあふれている。パソコン(パーソナルコンピューター)、ガクワリ(学生割引)、シューカツ(就職活動)も日常化した。ITはいいが、KY(空気が読めない)まで、JK(女子高生)となるとまるで記号だ。

原子力の現場も略語が多い。代表がP(PWR)とB(BWR)だろう。書きながら、本題の組立中、運転中のPWRの美浜2号機のトラブルで、原子炉を手動停止した。停止したまま18日からは定期検査に入るとか。これで、関電の原発11基のうち9基が停止、稼働しているのは大飯2号機、高浜3号機の2基だけとなった。

厳しい需給を考慮し、美浜2号機の運転を法定期限ぎりぎりまで延長、核燃料の劣化に伴い出力100%未満で動かす「コーストダウン運転」を行っていた。これを実施しなければ供給余力がなくなるからだ。その後の稼動はめどがたたないのもその理由のひとつだ。

関西電力の大飯3、4号などストレステスト(耐性評価)の1次評価結果を経済産業省原子力安全・保安院に相次ぎ提出し始めた。定期検査を終えた原発の再稼働を目指す手続きだ。しかし、その安全評価を審査する方法さえ決まっていない。展望のない、場当たり政策を繰り返してきた菅政権からのツケが日本列島を凍えさせる。

福井新聞のよると、県議会で、定期検査による原発の運転停止が嶺南の企業に与える影響について、原発関連企業と取引のある事業所を対象に聞き取り調査をした結果、約9割が「影響がある」と回答。売り上げは約96%が減少したと答え、建設業や卸・小売業、宿泊・飲食業など幅広い業種に停止の長期化の影響は広がっている。

長期化も予想され、敦賀2号機が12月、敦賀1号機が来年2月で定期検査が終了すると、市内のホテル、民宿、飲食店と実感としてあらわれるのではないか。

全国の商業用原発54基のうち現在動いているのは8基となった。県内では2月、定期検査に入り、ストレステストが放置されれば、来年5月には全国の原発は全て停止する事態に陥る。

もともと、保安院の議会の説明で経産省は事故を受け、緊急安全対策が整えば、今夏の前に再稼働を認める方針だった。浜岡の停止要請と同時に、菅直人前首相が突然、その方針を覆し、欧州で導入されたストレステストを参考に、安全評価を実施するよう求めた。

わかりやすく言えば、安全上重要な施設や機器が想定を超える地震や津波に対し、どれだけの信頼性があるか、コンピュータで評価するもの。まだその基準も示されてもいない。その後、保安院の説明もない。現段階では、西川知事の議会答弁はまともな発言とも私は思う。

定期検査が終了する敦賀2号機も提出を用意している。今後は美浜3、大飯1、高浜1号機でも準備を進めている。西川知事は「あくまで机上の調査」と厳しい姿勢を変えないものの暫定基準という言葉も出された。

昨日の福井新聞の地元経済にも影響をあたえ始めた。このまま停止を続ければ、電力需要だけでなく、経済や生活にも影響を与えることは必定だ。

安全対策は当然、最優先だが、国の政治上の判断が大きく影響し、混乱ともなっている。もっと言えば、原子力発電への信頼性にも影響している。

保安院は大震災で中断していた国の新耐震指針に基づく評価作業(バックチェック)を再開するという。福島の事故の知見は、まだこれからだ。基準の大幅な見直しとなればストレステストをやり直す必要性が出てくる可能性がある。暫定的な基準の提示を早急に示すべきでもある。

長くなる。この問題は整理してもう一度、提起したい。

話を冒頭に戻すと、略語大賞というものがあるならば、ことしは何と言っても、ボラセン(ボランティアセンター)だ。陸前高田市へのボランティアで日常茶飯事のように聞いた。

被災地に幾つも設けられ、いまも支援に訪れる人たちを支える場になっている。ボラセンにはひとの心が通うが、今の国の原子力行政は、福島の事故収束も大事だが、全国の原子力発電に対する対応はまったくなっていない。
【2011/12/08】 | ページトップ↑
敦賀は鉄道マニアにとって「かくれた宝庫」
Date:2011-12-07(Wed)

敦賀は鉄道マニアにとって「かくれた宝庫」と教えられた。敦賀港線や敦賀港駅など、克明に調べて訪れる女性と先日、鉄道資料館前で遭遇した。ノートにぎっしりと調べたことを書いている。

旧北陸線の位置、気比神宮近くにあった旧敦賀駅舎の存在まで調べている。「鉄女」に「鉄子」の存在は、あなどれない。曰く「港と鉄道が結びつき、そこに物語性を感じる」と、二十代後半の女性の言葉とは思えない解説を受けた。

私の世代は列車時刻表を愛読する鉄道マニアが多かったが、今は、調べて、現地を見て歩くマニアが大半とか。私は、田宮虎彦「銀心中」、松本清張「点と線」、水上勉「飢餓海峡」を読んで、車窓にさまざまな人生模様を楽しんだ頃がある。

学生の頃、3月の春休みを利用して、青森から萩まで日本海側を縦断した。3月と言っても、秋田、山形の車窓から雪が舞う風景はいまでも忘れられない。

ところで、東北新幹線が全線開業して1年が過ぎた。初日の強風、3月の東日本大震災、4月の余震、また強風。思えば、波乱の連続ドラマのような1年だった。9月になってようやく正常ダイヤに戻り、客足も回復した。ここにも確かに「物語」がある。

東北新幹線が、人的輸送面で復旧・復興に果たした役割は東北自動車道と同じくらい大きい。その耐震性と復興との関係が北陸新幹線の大きな後押しとなっていることも確かだ。

一方、被災した三陸鉄道などのローカル線は、復旧へ向けて工事が始まったばかりだ。5月と10月に車で気仙沼、陸前高田など、見て回ったが、その鉄道の惨状は目に焼き付いている。再建された暁には、「物語」の続きを紡ぐためにも、ぜひ乗りに行きたい。

東北新幹線は4年後には函館、さらに北陸新幹線と同様、政治決着で札幌へと延伸することが進められている。

スピード化、効率化も大事ではあるが、鉄道が持つ「物語」の特性を、レールにしっかりと乗せて、鉄女こと、観光客を呼び寄せる工夫も大事だ。

今月2日、2010年で敦賀-長浜間(滋賀県)の鉄道開通130周年となるのに合わせ、敦賀市民有志の「『敦賀・鉄道と港』まちづくり実行委員会」が発足した。12年度末まで敦賀港と市街地周辺で、鉄道フェスティバルの開催や記念碑の建立など多彩なイベントを繰り広げ、市内外に敦賀の魅力を発信する。関係者の皆さんにあらためて敬意を表したい。 

キャッチフレーズは、「敦賀 鉄道の夜明け130年!」。来年7月に鉄道フェスティバルを開催しミニSLの乗車体験や休止中の敦賀港駅の活用、鉄道模型の運転会を実施するほか、市内の鉄道遺産の説明看板設置、「日本海側鉄道発祥の地」記念碑建立など計画。

鉄道マニアにとっては、たまらない企画もあるとか。先日も敦賀港100周年に合わせ走らせた欧亜国際連絡列車を再現できないかとの要望も受けたが、一時的な企画も大事だが、長期的な視野を忘れてはいけない。
 
人道の港・ムゼウムなど「物語」性のある企画と説明は、人権団体や福祉団体のバスツワーを根強く呼び寄せている。鉄道資料館の拡充、整備はもちろん、物語を語れる観光ボランティアなど息の長い人的資源の養成も欠かせない。

敦賀港100周年、新快速開通に合わせた企画、運営など、思い起こすと、長期的に次につながる企画も欠かせない。舞鶴若狭自動車道開通も3年後になった。いずれにしても近づかなければ動かない、動いてもその場限りだけは避けたい。わが身も含めてのことでもある…。
【2011/12/07】 | ページトップ↑
新たな敦賀の試練、ふたつの大学の課題
Date:2011-12-06(Tue)

ウオーキング、ジョギングに加えて旅する趣味・・・・・・・・

昨夜、議会が終わって、夕方、大阪にある衆議の勉強会に出かけた。もんじゅの存続にむけての相談でもあった。

最終のサンダーバードで敦賀に戻った。寒くなった。それでも夜も遅く、雨の日でも、駅前商店街を懸命にウオーキングに励む人、ジョギングに励む人を見かける。早朝は大半がマラソン的なジョギングだ。敦賀マラソン以降、数は減ったものの、何を目指しているのだろうか黙々と走っている。

来年2月の東京マラソンには28万4千人が申し込み、出場は10人に1人の狭き門だ。3月初開催の京都マラソンは1万5千人に4万9千人がエントリーしたとか。マラソンブームは続く。

一方、若狭町のツーデーマーチにはウオーキングに加えて全国を旅してまわる趣味にしている方も多い。この分野は60歳を越える方が多く、中高年が支える。女性も多い。若狭町は、この波にうまく乗った。役場の準備も大変だが、毎年、5000人を越える参加者が民宿などに金を落とす。10月に行われる芭蕉ウオークも工夫次第で増えるかもしれない。

走ることと旅の楽しみも多い。敦賀マラソンにも全国を回る趣味的参加者もいる。敦賀にも日々鍛錬を欠かさず、仕事も頑張り休暇をつくる。無理してホノルルまで出かける。小遣いをすべてこの遠征費あてる。これも人生だ。

私には、この時期、週2回も早朝、自転車を走らせたら「良し」としている。直前まで「夜の酒が残っている」「雨が降っている」と、やめる理由をあれこれ考える。この時期、一歩踏み出すまでが大変だ。

12月議会の二つの大学・・・・・・

本題に入ろう。昨日の12月議会の初日、市長提案理由で福井大学附属国際原子力工学研究所の敦賀駅前に出来あがる施設の無所貸与が提案された。竣工式など4月開学に向けての着々と準備が整いつつある。

一方、政府が、同時期の4月にスタートする「原子力安全庁」(仮称)の組織と機能について骨格をまとめた。環境省の外局として来年4月に発足。府省に分散していた保安院や原子力安全委員会の規制関連の業務を集約する。
福島の事故収束は長期の対応が必要だ。放射線や原子炉など正確な知識を持った人材が必要になる。もちろん、今後の原子力発電の運転・保守など、これまでと同様、原子力発電と関わる人材が必要になる。学生が十分に確保できるのか心配だ。発足する安全庁の職員を募集しても応募がないという。

3月までの原子力ルネッサンスの気運は、福島の事故で一変した。全国の大学の原子力専門教育も縮小が懸念されている。その中での敦賀でのスタートだ。逆風の強い分野へ志望者をどう呼び寄せるか。これからが正念場となる。

政府は、安全庁に「国際原子力安全研修院」(仮称)を設置するなど、独自の人材養成も検討しているが、具体化はこれからだ。

看護大学の課題・・・・・・・・

12月議会では、敦賀市立となる看護大学の準備に関わる経費も提案された。大学を設置するエネルギーも相当だが、維持・発展させるエネルギーは、それ以上だ。

財政の維持はもちろんだが、学生集め、そして費用対効果を求める市内での就職など、これまでの私立の敦賀短大とは違う。わずか7万人の街である大学を敦賀市が直接、運営する力があるのか、難しい選択となる。医療に関する人材確保には、この時期、費用をかけるだけのリスクが許されるだろうか。それだけの覚悟があるのだろうか。この時期だからこそ、「身の丈」を考える必要がある。

いずれにしても、原子力、医療など人材の確保は、景気やイメージなど複雑な要素で変化するだけに、大学をつくることはある意味では簡単だが、維持発展ほど難しいものはない。福井大学とは違い、看護の市立とは、敦賀市が、最後まで支える覚悟が問われる。他人事ではない。医療が絡むだけに、そのつけは敦賀市民が負うことになる。

震災と福島の影響・・・・・・・・

ところで、震災以降、結婚に踏み切るカップルや新たなことに挑戦する人が増えたそうだ。大震災の地震と津波は家族や友人、知り合い、そして平穏な暮らしの一瞬にして奪っただけに、家族の重要性を認識させ、われわれの価値観を変えつつある。一方、福島の事故も原子力に対する国民の認識を大きく変えた。この認識や意識が敦賀の街に大きな荒波となって襲いかかっている。

踏み出す勇気と覚悟も必要だが、ウオーキングやジョギングと違い、日々、生きること厳しい。行政の運営ももっと難しい。それも将来10年、20年となると責任をとるものがいなくなる。それに税収減に少子高齢化が待っている。将来をしっかり見据えた眼をもちたい。敦賀における大学のふたつの課題は、この時期、新たな試練を与えている。
【2011/12/06】 | ページトップ↑
震災と流行語大賞
Date:2011-12-05(Mon)

昨日は、富山市で民主党の北信越ブロックの各県の幹事長クラスが集まりがあり、昼前に敦賀を出て夜遅く、戻ってきた。

民主党本部より樽床幹事長代行、鈴木克昌筆頭副幹事長を招いての会議。一言で言うと選挙に関する話題に終始した。樽床氏、鈴木氏ともに親小沢派で、消費税増税には後向きな発言もあった。

一方で、北陸新幹線には、理解を示し年度内には、敦賀までの認可の可能性も示唆していた。今の民主党の置かれた縮図でもある。

消費税は、三十年を越える長年のテーマであり、北陸新幹線は福井県の悲願的なテーマでもあり、いずれも、震災の大きさが密接に関係している。


長年のテーマの言葉と違い、流行語には世相を写す言葉の力がある。世相を反映し、社会の動きを鮮やかに切り取る流行語には誰もがうなずくようなところがある。一方で盛りを過ぎれば消えていくのが早いのも流行語の宿命だろう。時代の流れがますます速まっている。

現代では、その賞味期限もさらに、短くなっているようだ。年末恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」のことしの年間大賞にサッカーの女子ワールドカップ(W杯)で初優勝し、列島を燃えさせた「なでしこジャパン」が選ばれた。ここにも大震災の影響が色こくでた。この国難に立ち向かう人々に希望と勇気を与えた点が評価されたことはまちがえない。

野山にかれんな薄桃色の花を咲かせるナデシコは古来から歌に詠まれるなどなじみ深い草花だ。愛称が決まったのは7年前。清らかで凜とした花の印象が日本女子選手のしんの強さや、ひたむきさに通じると見事に合致した。

最強米国と演じた死闘、PK戦を制しての優勝、最後まであきらめてはいけない。そんな思いも伝わった。

富山県は、神通川や黒部川など関西電力の水系があり、福島の事故の影響で、ほぼ水力発電がフル稼働で関西に電気を送り続けている。震災の被害の大きさと苦悩、原子力発電の課題など、すべてが関連している。

今日から敦賀市でも12月議会が開会される。大震災と福島の事故と将来の敦賀は切っても切れない延長線上にあることは確かだ。従来型の考え方や方針では、すまない苦悩が待ち受けていることは確かだ。
【2011/12/05】 | ページトップ↑
難しい時代の総合判断…
Date:2011-12-04(Sun)

敦賀ラーメンの響きはこの時期、もっともふさわしい。寒い日はラーメンが恋しい。今月は地球温暖化防止月間。考えさせられる12月だ。

世界気象機関(WMO)の予測によると、今年の世界の平均気温は、観測史上10番目に高くなりそうだ。北極海の氷の体積が最小になった。ロシアでは平均より4度も高くなった地域がある。アフリカで干ばつが起き、東南アジアは大洪水だ。

温室効果ガスを減らすためにどうすればいいのか。南アフリカで開かれている国際会議は各国が「お家の事情」を主張し合うばかりで前に進まない。日本も福島の事故で、この件は棚上げしたかのような状態が続いている。

福島県が県内にある原発10基を、原発を抱える13道県のなかで、廃炉宣言は初めてである。同県の「脱原発」の流れは一貫している。8月の「復興ビジョン」で「原発に依存しない社会」を打ち出し、10月の県議会は全基廃炉の請願を採択した。

請願には脱原発は県民のほとんどの意志と受け止めていいだろうが、なかには地域振興や雇用面も含め、そのあり方を模索していると聞く。ただ、福島県内での再稼働の道は当分閉ざされたとみていいだろう。

一方、野田首相は、所信表明演説で「原発への依存度を引き下げていく」としながらも、安全性が確認された原発は「再稼働を進める」と断言した。さらに国連の原子力安全首脳会合で「原発の安全性を世界最高水準に高める」と踏み込んでいる。

福島県の廃炉宣言は心情的にも現実的にも重く受け止めなければならないが、日本の置かれた環境や資源小国など、その道筋はだれも描ききってはいない。当然、もんじゅの廃炉を簡単に口に出すのもおかしい。それほど難しい課題のなかにあるという、二者択一の時代ではない。

また、敦賀市の行政もこれまでの交付金ありきの潤沢な財政運営の時代は終ったみていいだろう。いかに福祉、教育、医療、子育てを維持するか。至難の技である。このことを肝に命じて、時局を判断できるようにしたい。

いま、温暖化の国際会議は見通しが立たないまま、会議が踊っている。地球がラーメンのように釜ゆでになってしまっては困る。折しも国内では「冬の節電」が始まった。地球は温めず、暮らしを温かく。それも難しい選択が続く。本当に難しい時代の中で、将来を見越して、総合的に判断できるか、それほど岐路と考える。
【2011/12/04】 | ページトップ↑
普及するに従い変化する消費社会…
Date:2011-12-03(Sat)

今年も師走。今年は選挙があったせいか、ことの外はやく感じる。大震災と福島の事故で、今年は例年とは違った年になってしまった。清水寺の今年の漢字一字は何か。そんな年の瀬を迎えている。

昨日は休みをとって、次男が「彼女を紹介する」と、夫婦で京都に出かけた。来年は長男、次男と結婚となりそうな様相だ。雨模様の京都、紅葉が真っ盛り。人の多さに酔ってしまった。

ところで、最近感じるのは、生活の内容も質も時代とともに変わっていることだ。目新しさや便利さに引かれて必要以上に欲しくなる。時には無用の長物になったり、負担が大きくなることも。

例えば携帯電話。固定電話を脇役に追いやるほどに日々の生活で存在感を増し、その進化は目覚ましい。今やスマートフォンの時代。新製品が相次ぎ発売され、急速に普及が進む。

コマーシャルはもちろん、テレビドラマでも現代を魅力的に演出する小道具がスマフォ。まだ手にしていない。私には老眼で文字が小さ過ぎて見えないからだ。対抗して、IPadを使うが、これまた自在にならない。

若者層を中心とした電子機器の浸透ぶりを目の当たりにすれば、自然と物欲が刺激される。あるランキングによれば、スマホが2年連続の首位だった。LED電球、東京スカイツリー、サッカー女子日本代表なでしこジャパン、人気アイドルグループAKB48などもベスト10入り。

震災を背景に省エネ・節電関連商品や元気づけられる現象、人が目立つが、それではスマホの魅力とは。息子の彼女曰く、パソコン代わりの手軽な利便性とか。

私は、通話とメールができれば十分という従来型支持者や簡単機能派にしがみつく。

普及するにつれて不可欠に思えてくるのが消費社会の仕組みと、勝手に解釈して、世の進みの速さと息子の幸せを夫婦で思う日々だった。
【2011/12/03】 | ページトップ↑
嵐の大きさと方向性
Date:2011-12-02(Fri)

12月議会に備えて、議案書を見たり、その背景を理事者側に聞くと意外な側面が見えてくることもよくある。敦賀の総合計画10年は、もんじゅ再開、敦賀3、4号の本格着工を基盤としただけに、いまほど難しい局面はない。

将来、どの方向にむいて進むのか、原子力行政がどの方向に向くのか、交付金は、もんじゅはと、40年間、敦賀を形成してきた原動力がどうなるのか、いま、じっくりと流れの方向をみるべきときはない。

慌てず騒がず国の対応をみる。これほど、難しい局面は、じっと我慢の時でもある。どうしても人間は動き出したいのが常だ。せいては事をし損じる、急がば回れ、のたとえは地方都市であるほど、生活の知恵ではなかろうか。このキーワードは「身の丈」と思っている。

話は変わるが、急いで得する事もある。素早く、思ったことをやるのは、大阪商人だ。その訳は、大阪を発祥の地とする製品やビジネスは多い。即席ラーメンもそうだし、回転ずしもレトルト食品もそう。人のやらないことを素早く思いつき、消費者の側も飛びつく。この大阪の乗りは時には必要かもしれない。

このスピード感こそが新製品開発の原動力になってきた。よくよく考えると民間の商人的感覚だ。

「大阪秋の陣」と称された大阪市長選と府知事のダブル選挙。地域政党「大阪維新の会」を率いた橋下徹前府知事の圧勝で終わった。大阪都構想を掲げ、大阪市を解体すると絶叫した橋下氏。支持した市民はいかにも大阪人らしい。

話を地政学的にさらに歴史学的に敦賀と比較して、飛躍させれば、日本海に面しほぼ日本のど真ん中に位置し、戦国時代、豊臣に時代が続き、大谷吉継の時代が続けば、北前船とともにもっと変わった敦賀となったかもしれない。明治以降、福井県の県庁所在地がそのままであればもっと変わったかもしれない。それほど敦賀は交通の結節点だ。バックに琵琶湖、京都、大阪、名古屋がひかえる。

一方、大阪も、日本列島のやや西より中央に位置し、土地は豊沃。おまけに琵琶湖という巨大な貯水池と瀬戸内海という回廊を備えるだけに敦賀と同じ、交通の結節点だ。

そんな大阪が商都として発展してきたのもうなずける。敦賀と違うのは平野部の広さと雪の環境の違いだ。

それに歴史上の諸条件が整った大阪は発展の基盤があるように思う。

それにしても、近年の地盤沈下は目を覆うばかりだ。人口は横浜市に抜かれ、生活保護受給者は全国の自治体でワースト1。大阪万博の賑わいと夢は、万博終了と同時に、どこに行ったのか、そんな心境ではないか。

大阪に拠点をもった天皇や豊臣政権など、焦りによって、権力者は必ず滅びている。勢いも大切だが、大阪人の飛びつきは、盛上りも速いが、逃げるのも速い。橋下氏は市民のイライラと新しもの好きの大阪人気質を見抜き「変えるのか、変えないのか」と迫り、奇想天外とも思える大阪都構想の支持を取り付けた。飛躍する可能性と破壊力は大きいとも思える。

果たして、府(歩)を都(と)金に、との橋下構想が成就するのか、国の地方自治への壁は厚い。簡単な話ではない。来年の大河ドラマの主人公の平清盛は近くの神戸に本拠地を移し焦って滅びた。

大阪都構想と経済の活性化など、今ひとつ私は理解できていない。それに脱原発が、橋下氏には加わっている。橋下氏の流れも大きく、これからも拡大が続く可能性をしめ、脱原発の嵐も吹き荒れている。

この現実を踏まえながら、エネルギーの確保の奥深さは、今の脱原発で解決できるものでもない。そうは言っても、この嵐は大きい。過ぎ去るのを待つか、行動を起こすのか、まさに、敦賀の岐路でもある。いま、今年、今年度、言えるのは、敦賀市民の明日を考えると、嵐の大きさと方向を見定める時期であることは確かだ。敦賀市民の生活、介護、医療、教育を将来にわたって考えるならば、焦る時期ではない。その焦りは市民の負担となる可能性が大きいからだ。それだけの嵐が吹き荒れているとの認識を持ちたい。
【2011/12/02】 | ページトップ↑
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