冬の夜空と現実の厳しさ
Date:2012-01-31(Tue)

昨日は、県内の市議会議長会の議員研修。勝山市で開かれた。雪が続き、どれほどの積雪があるのか、道路事情がどうか心配したが、晴れ間の勝山市の山々と街並みは美しい。すんだ青空のバックが美しさをきわだたせる。

夜も今の季節、晴れともなれば、南東の夜空に三角形を作るように三つの星がひときわ輝く。一昨日の敦賀の南東の空で見られた。星座を探す基準にもなり「冬の大三角」と呼ばれる。頂点の一つで赤色に光るのがオリオン座のペテルギウスだ。大学の初めて乗船実習で教官から見方を教わった。敦賀から見る大三角は今も変わらない。

この見慣れた冬の星空の形が大きく変わる可能性が出てきた。ペテルギウスの寿命が尽き、間もなく大爆発を起こすと説く天文学者らがいる。

ただ、宇宙の間もなくは、明日か、あるいは百年後とされる。壮大な天体ショーを見たい気もするが、直径が太陽の千倍もある星だ。爆発すると数カ月間は、満月のような明るさで拡散する光の跡が見えるらしい。

前置きが長くなり過ぎた。現実の世界に目をむけると、国内で現在稼働中の原子力発電の運転状況も異常だ。高浜3号機のほか、北海道電力泊3号機(北海道)と東京電力柏崎刈羽6号機(新潟県)のみ。4月下旬には全54基がストップする。

新聞報道で伝えられるように、停止中の県内原子力発電所は、既に実質的な定検作業を終えているプラントも多い。メンテナンス業務などを受注する協力会社にとっては仕事のない状態で、次年度の定検がなくなれば、経営的に半年ももたないと、訴える業者も出てきた。

敦賀市内の駅前のホテルは、立地がいいのか、定期検査の残り作業でまだまだ忙しく、飲食店も、それほど影響も出ていないが、周辺のビジネスホテルや飲食店は、今年になって厳しい状況が出始めた。

敦賀市でもそうだが、美浜町、おおい町、高浜町の業者で定検がなく仕事がなくなれば、会社の解散を検討する必要がある、といった悲鳴が上がっている。小さな事業者には、つなぎ資金で急場をしのぐ状況も出始めた。

安全・安心は原子力発電では最優先の課題だが、嶺南地域の原子力発電の関係の仕事とし、日々の生活を営む住民にとっても、それを支えるサービス業、ホテル、民宿、飲食業にボディブローのような影響が出始めていることも確かだ。

冬の夜空の美しきに比べ現実の巷の日常は厳しく寒さが身にしみる話が出始めた。展望が見えない原子力政策に、現場である地域に影響が出始めている現実が巷にはある。この地域の事情をしっかりと把握したい。
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【2012/01/31】 | ページトップ↑
敦賀市立看護専門学校の受験倍率急増の背景と課題
Date:2012-01-30(Mon)

今年も敦賀市立看護専門学校の合格者が発表された。受験の倍率は約5倍と跳ね上がった。周辺の若狭も武生の各専門学校も同じ様な状況だ。男性も含め優秀な人材が集まることは喜ばしい。

景気の状況を微妙に生徒が判断しているのか、若者の就職状況を感じ取っているのか。看護職への魅力もあろうが、資格という安定性、確実性、それに厳しい仕事だけに給料も保証される。これらと東日本大震災など、今の時代に微妙に生徒が判断し、今年、大きく倍率をおしあげたのではないか。

ところで、介護福祉士が国家資格として定められたのは1987年。約25年がすぎ、利用者の身の回りの世話だけでなく、生き方や生活全体に関わり、利用者の暮らしを支える役割も担っている。

知識や技能の高度化が進み、来年度からは医療行為とされる「たんの吸引」なども行う。敦賀の介護施設でも介護福祉士が資格を持って活躍している。

ただ介護サービスの充実と介護保険料の上昇はセットのはずだが、現状は厳しい。介護福祉士も給与面の厳しさがあり、職場を去る若者も多い。逆に看護職は引く手数多だ。

その一方で、来年度の保険料が10年前に比べ2倍近くになる自治体もある。介護保険の利用者の急増が要因だ。

今後も少子高齢化の進展を考えれば、保険料の一層の引き上げは避けられない。敦賀市も保険料の値上げは避けられない状況が続く。養護老人ホームを建設すると、さらに跳ね上がる。

とはいっても、医療、介護の現場の維持、向上は、地方では待ったなしだ。なによりも人材の育成はいつの時代も必要だ。敦賀市議会は専門学校から看護大学を選択した。私も複雑な心境だ。

大学は、財政面で相当の厳しさも予想されるが、一方、看護師の育成のみならず、看護大学の教授やスタッフの頭脳を利用した市民の健康維持、向上に還元できる施策など、前向きに考えることも重要と考える。また、これまでと同様、介護福祉士養成講座の継続も大事だ。

ところで、24日に開会した国会で焦点となっているのが「社会保障と税の一体改革」。消費増税をめぐる賛否の議論は伝わってくる。が、政局優先か、地方の肝心の社会保障制度の将来像がはっきりと見えてこない。それほど、地方の現場は、利用者の増加と経営、人材育成と本当に大変だ。


【2012/01/30】 | ページトップ↑
今後も効率的な除雪態勢が求められる…
Date:2012-01-29(Sun)

日本列島を今冬最低の寒気団が覆っている。この土日は緩んでも明日から、また雪マークが続く。インフルエンザの状況も気になる。まさに冬本番の敦賀だ。

昨日は、大阪で開催された関西敦賀人会に来賓として参加。数人との挨拶のはじめは「雪の様子は」「何センチくらいですか」と雪の話から始まる。

私も56豪雪を経験し、敦賀市での今後、雪との格闘は宿命とも感じていたが、最近は、昨年を除いて、雪のない敦賀が続いた。

56豪雪の頃、普段の半分の道幅、凸凹の悪路、すり鉢状の凍結路面…。車は恐る恐る走り、すれ違いが困難な道も。短期間で積雪が増えると除排雪が行き届かず、大雪のときのいつもの風景だったが、ここ十年ほどは雪のない敦賀が続き、様相が変わった。

ところが、昨年の今頃は、突然の一日70センチの積雪は、56当時を思い出した。高速道路、国道やJRのマヒは、市民生活をはじめ物流など経済活動にも大きな支障を来し都市機能が滞る。通学の子どもたちの安全も脅かす。救急車や消防車が立ち往生すれば、生命や財産に関わる問題だ。

昨年の短期間で積もった雪に市が除排雪を委託する建設業者の作業が追いつかなかった。国や県が管理する道路の作業と競合し業者の手が回らず、除雪車、ダンプカーなど除排雪機材も十分に確保できなかったという。

除排雪は区域ごとに業者と年間契約を結び、住宅密集地の作業は、積雪量など一定の出動要件を設け、工区によって除排雪の頻度に差があるなど十分に機能していない面もあった。

一方で公共工事減少など建設不況に伴う業者の苦しい経営事情が影を落とす。除排雪機材の更新費や修理費が重荷となっている。無雪期が長かったこともあり、使わない機材を抱える余裕がなく、機材不足を指摘する。

これからも、業者にしてみれば毎冬、大雪に備えた態勢をとるのは負担だろう。除雪機材の熟練操縦者も高齢化しているほか、若い人たちは長続きせず労働力確保も課題だ。

とはいえまず今冬だ。雪のふり方が緩やかなため、生活道路についてもなんとか除雪できている。敦賀市の除雪態勢、昨年の大雪の混乱を教訓に、どう対応するか、効率的で効果的な除雪が、今後とも求められる。いままでとはちがう課題が続く…。
【2012/01/29】 | ページトップ↑
すいせん、すずらんの進水式
Date:2012-01-28(Sat)今日、2回目のブログです。

進水式は、造船所にとって一番のイベントだ。私はこれまで5度ほど進水式を体験した。ワクワクする感覚と緊張感はいつもいい。発電所の初送電も敦賀2号機で体験したが、これも同じ感覚だ。

初体験は、瀬戸内の玉野造船所。今ではないかもしれないが、船主と造船所が一緒になって夜の玉野の活況を呈する。造船所も巨大船ともなると、一緒になって、日頃の労を夜にぶつける。地方の活性化とはこんなことかと二十歳の頃納得していた。

今朝のNHKの報道で、三菱長崎造船所でははじめてとなるフェリー2隻の同時命名進水式が昨日、あさ、長崎市の香焼工場でおこなわれたとあった。進水式と聞くとなぜか、子供ようにワクワクする。

命名されたのは新日本海フェリーの「すずらん」と「すいせん」の2隻。 2隻は香焼工場の100万トンドックで去年6月に起工して以降、同時に建造がすすめられたため、命名進水式もはじめて2隻同時におこなわれることになった。私も2隻、それも1万トンを超える姉妹船の進水式は聞いたことがない。

 全長はそれぞれ224・5メートル、総トン数はおよそ1万7000トンで電気モーターとプロペラを一体に組み込んだ繭型推進装置などを採用。 従来のフェリーと比べて二酸化炭素の排出をおよそ25パーセント削減できる。時代も変わった。船のプリウス版だ。次世代型のフェリーでもある。

2隻は今後、内装工事が行われた後、今年6月下旬に引き渡される予定で、敦賀と北海道の苫小牧の間を就航する。それだけ、この北海道とのルートが定着し、敦賀にとってもなくてはならない存在であるとの証でもある。
【2012/01/28】 | ページトップ↑
厳しい環境のなかでの原子力発電の議論…
Date:2012-01-28(Sat)

敦賀でも厳しい寒さが続いている。朝晩の冷え込みばかりでなく、日中もなかなか気温が上がらない。

久しぶりに積もった雪の残りが寒さを増幅させる。市道も脇道に入るとガタガタ道となる。敦賀市も愛発の刀根ともなると1メートルを超えるとか。56豪雪までとはいかないが、雪が昨今、少なかっただけに、高齢者にはこたえるようだ。

ところによっては、24時間で1メートルの積雪も。想像できないほど。北海道では最低気温が氷点下30度を下回った所もあったという気象庁の3カ月予報では2月も寒気が入り込みやすく3月も低温傾向が続くという。インフルエンザの流行も長引くかもしれない。

地震に津波、台風、今度は厳しい寒さ。激しさを増しているように見える。

ところで、環境の変化の兆候なのか変化といえば、2011年の貿易統計。収支は31年ぶりの赤字。輸出大国として成長してきたこの国の経済。そのありようが変わってきたのか昨年は大震災があったが、それだけではない。

歴史的ともいえる急激な円高、エネルギー価格の高騰と世界の経済構造が変わってきた。日本経済も曲がり角から、経済大国は昔のように力を失いつつある。そのしわ寄せは地方であり、生活保護者の増加が顕著に表している。

気候など、われわれの暮らす地球の環境は厳しさを増している。

その中の敦賀市はどうかという、視点を考える必要がある。原子力発電の賛成・反対の100・ゼロの論議がよくあるが、石油危機の歴史に学び、その中での福島の事故と、厳しい現実を冷静に見ておく必要がある。

原子力発電の安全・安心は最優先は当然だが、感覚的、感情的、議論が先行し、冷静な技術論や経済、雇用、そして生活までの議論を徹底的に行う必要がある。

その上での原子力発電のあり方、選択肢を考える時間が必要ではないか。原子力発電を政治の道具にするかのような、閣僚の発言や方針が飛び出すが、あまりにも軽い国会議員、県会議員が多いのではないか。

話を冒頭に戻すが、寒さにインフルエンザに対応するために、われわれ自身が体力や気力、それに体調管理が重要だ。

そして、この国も、大きな変化に耐え得る体力をつける必要に迫られている。原子力発電の議論も体力とも大きく関連する。私もこれまで通りの原子力政策が続くとは考えていないが、じっくりと冷静な時間をかけた議論を続けてほしい。

高速増殖炉の議論、40年超えの議論も、大所高所の議論が少ないのではないか。 
【2012/01/28】 | ページトップ↑
原子力発電を政治の道具にすべきではない…
Date:2012-01-27(Fri)

雪がしんしんと降る風景もたまにはいい。昨日は早朝、恩師の葬儀で、敦賀駅から兵庫県芦屋駅。私の恩師の葬儀のためだ。昼はもどって福井市で原子力のシンポジウム。晴れと雪景色の両極端を車窓から感じた。

雪景色の美しさと裏腹に政治の政局が優先の醜さが目立つ。政党政治の限界とも言えるか。そんな疑念さえ頭をよぎる。野田首相が施政方針演説で野党に一体改革への協力を求めた。

「『決められない政治』からの脱却を目指す」「今こそ『政局』ではなく『大局』を見据えよう」。異論を挟む余地のない訴えだ。が、相手に響かなければ意味がない。政治が政局ばかりとなっている。

「原子力も政治の道具になり、政局にしている」との指摘が福井からあった。

その話を福井の国際交流会館のシンポジウムに進めると、「東日本大震災を教訓とし、改めて原子力発電に向き合うシンポジウム」と重い課題に福井県立大が挑戦した。

基調講演は、橘川武郎一橋大学大学院教授。はじめに「原子力を今の政治は政局の道具にしている」と指摘。その通りとも言える。

「原発停止によって電力供給不安が高まり、工場の海外移転が進むなど日本経済は厳しい局面にある」とした上で、

この空洞化という最悪の状況から脱却するためにも原発の危険性を最小化した上で定期検査を終えたものから再稼動する必要がある」と強調した。

さらに橘川教授は「福井県が今最も原発に厳しい姿勢で臨んでいる。東京から原子力を考えるのではなく、立地県で最大の福井が全国が注目する。福井目線、嶺南目線で訴え、考えていくべき」と話した。

橘川教授は「原子力は、バックエンド対策で限界をむかえ、過渡的なエネルギーととらえている」と持論も展開。

パネルディスカッションで野瀬豊高浜町長は「大きな産業のない町は原発の稼動と定期検査の需要が地域経済の大きな比重を占めている」と実状を説明し、

「過度に火力発電に依存すると日本の経済や社会システムが耐えられるのか疑問が残り、原発のリプレースが必要になる」と原発の必要性を強調。同感でもある。

エネルギー政策の動向は、国の将来を占うとも私は思う。政治の道具にすべきものでもなく、原子力発電を賛成、反対だけで論じるのではない。現実にある原子力発電とどう向き合うか、この重い課題を現場である嶺南、敦賀市から発信すべき時期を迎えている。
【2012/01/27】 | ページトップ↑
地方自治法改正案が提出される予定だが…
Date:2012-01-26(Thr)

福井県は、インフルエンザ警報を大雪警報と合わせるかのように発令。雪もどこまで積もるか、本格的な冬到来だ。

市内でインフルエンザが猛威を振るい始めた。今後は学級閉鎖も多くなるかもしれない。例年より早いペースで患者が急増とか。流行しているのは季節性のものだが、より怖いのは新型インフルエンザ。誰にも免疫がないため爆発的に拡大する恐れがあり、毒性も感染力も強い。

H5N1型鳥インフルエンザウイルスが変異したものが懸念されているとか。なによりも手洗いなど、体調管理が基本だ。昨夜もJR西労組と市の職員組合の旗開きと続いた。新年会疲れというか、飲み過ぎに自らも注意したい。

ところで、民主党がマニフェストに掲げた「地域主権」はどこに行ったのか、と問われる。確かに、政権交代後に着手した地方自治法の改正作業では議会制度改革も大きな柱に掲げ、議員定数の上限を撤廃した上で、幅広い住民が議会に参加できる方策まで探る方針だった。

ところが、24日に召集された通常国会に提出予定の改正案は、一部の地方議会で実施されている通年会期の制度化や、鹿児島県阿久根市で問題になった首長の専決処分の見直しなどにとどまっている。改正案の提出の報道はほとんどない。それほど国民の関心も薄い。

ただ、地方議会には住民の厳しい目が注がれている。橋下大阪市長の登場もその表れかもしれない。ところによっては、議会不要論まで飛び出す始末だ。議員活動が住民に見えにくいともいわれる。地方議会には法改正を待たず、現行法の枠内でもできる自主的な改革が強く求められる。

もちろん私たち議会側にも危機感があり、敦賀市議会も議会基本条例を昨年3月制定した。全国市議会議長会などの2010年の調査によると、議会活動の情報公開や議員の責務を定めた議会基本条例を95市(全市の12%)と38町村(全町村の4%)が制定していて、その動きは活発化している。

議会と住民の距離を縮める議会報告会もその一つだ。昨年11月は、看護大学や駅前整備の特別委員会の報告も行った。報告会の運営そのものにも課題も多いが、こうした地道な活動の積み重ねが大事なことはいうまでもない。

国も県も、敦賀市も少子高齢化、人口減少とこれまで想像できない時代が到来している。税収の減少、医療、介護の社会保障費の増大と敦賀市も相当厳しい時代を迎える。議会の重要性も増すだけに、独自の取り組みも大事になる。
【2012/01/26】 | ページトップ↑
原子力発電40年規制と嶺南
Date:2012-01-25(Wed)

寒波が本格的に動き出した。 寒い夜は、読書に限る。そのなかでも時代小説は、気楽に読み進めるとはまる。とりわけ群雄割拠の戦国時代や、300諸侯がそれぞれの知恵を絞って自らの領地を統治していた江戸時代を舞台にしたものが面白い。

古くは山本周五郎や吉川英治、そして池波正太郎や藤沢周平、隆慶一郎、司馬遼太郎と、作者にことかかない。

直木賞を受けた葉室麟の「蜩ノ記」も時代小説。主人公は藩主の側室と密通した疑いをかけられて幽閉され、10年後の切腹を言い渡された上級武士。その限られた歳月を藩の歴史を記す使命に殉じて生きる姿を通して、領民の暮らしに責任を負っている武士の在り方や気高く生きることの大切さを描く。

現実の世界にもどって、嶺南の将来と産業構造を福井県立大学の井上先生の本で勉強し始めた。先日も、同じ県立大学の南保勝先生の講演を聞いたが、明らかに嶺南と嶺北は産業構造が違う。

ひとことで語ると、嶺北は、繊維から化学、自動車部品など幅広い製造業の厚みで、嶺南は、原子力発電を中心にその果実で土木建築業、サービス業と。人口減少を伴いながら生活を維持している。産業構造上、嶺南は構造転換が難しいとも言える。

ーーリーマンショックの影響は嶺北は大きかったが、嶺南はそれほどなかった。ところが、今回は違う。福島の事故による原子力政策の影響が、どれほどか、嶺南は未だに不透明だ。

菅前首相の浜岡停止要請、ストレステストの導入に始まり、細野豪志大臣の40年規制の発言のぶれなども重なり、福島の事故後、安全最優先としながらも、現場が混乱し、さらにエネルギー政策の不透明さが増幅している。

40年を超える敦賀1号、美浜1、2号、そして30年を超える美浜3号、高浜1、2号と大飯1、2号と立地市町の産業構造は、原子力とともに3、40年歩んだだけに、40年規制で廃止措置とのもれば市町の基幹産業を失い、産業構造上、人口減少に拍車をかけることは目に見えている。安全、安心と、さらに生活という重要な視点で、思慮深くあってほしい。

私は、かつて瀬戸内の造船業などの企業城下町を見てきた経験で語っている。人口減少社会が、どのようなものか、瀬戸内海の島々を体験すれば、怖さとして身に染みてしまっている。瀬戸内の島々には失礼だが、ひとことで活力のない社会だ。

安易にリプレースを語るが、まだ、その環境にはほど遠いと私は、みる。敦賀3、4号のこれまでの歴史20年をみれば、自ずと想像できる。

私は、原子力発電の40年規制を真っ向から否定はしないが、技術論的根拠が示されていないこと。や、技術的に高経年化対策を行い、さらに、今回の福島の事故教訓を取り入れた緊急対策を終えようとする中で、40年の規制があまりにも重いからだ。安全最優先と言いながら、ただ明確な根拠もなく法律の枠組みをするしたら、これまで立地として苦労や生活をするものにとって報われない。ここに地方に、肝心な選挙に、弱い民主党の甘さとも通じる。

細野大臣発言は、今月6日の発言は受けて、福井新聞の論説は、本腰の入った規制か、との疑問をていした。この10日ほどの細野大臣発言のブレは、それを裏付けるものとなっている。

東京の論理、嶺北の論理だけで、原子力政策を語るならば、嶺南にとってこれほどの不幸はない。葉室麟の「蜩ノ記」ではないが、領民の暮らしに責任と気高さの持つ意味を深く感じてほしい。
【2012/01/25】 | ページトップ↑
越前海岸は水仙祭り…
Date:2012-01-24(Tue)

日暮れの時間も遅くなってきた。昨夜は、区長会連合会の新年会。リラポートから見える敦賀市内の明かりは穏やかだ。雪のない敦賀は過ごしやすい。ここまでないと、幸せとも感じる。

と、思うと、今日からまた寒波到来。雪マークの連続だ。昨年の1月31日は、一日、スコップを持って雪をかいていた。道路の状況が心配だ。

一方で、四国の友人からは早咲きの梅の便りが届く季節になった。無彩色の景色にぽつんと色をつける冬の花は、いのちを主張して凛と咲く。

越前海岸のスイセンもそうだ。岩壁で咲き競うスイセンには、誰もが力強さを感じる。水仙まつりが29日まで越前町を中心に開かれている。

表現がいいか、どうかは別にして、セピア色を帯びた記憶の中で今も咲き続けるスイセンもある。17年前の阪神大震災の被災地でのこと。皇后様のスイセンのニュースは、越前海岸のスイセンと重ねるように私の記憶の片隅にあった。

昨年3月の東日本大震災で新たにした。4月に両陛下が訪問された宮城県内の避難所で、一人の女性がスイセンを花束にして待っていた。

「この花のように頑張ります」と差し出した花束を、皇后さまは「頂戴できますか」と受け取り、抱くようにして東京に戻られた。

このエピソードも明るいニュースだ。

津波でさらわれた自宅跡に例年通り咲いたという。西と東の大震災がスイセンを希望の花にした。

ボランティアで訪れた、津波の被害が残る跡地の陸前高田市で、津波に襲われた田んぼでを川の水で繰り返し、塩分を抜き取り作業を行っていた。ここまでしなくても思ったが、その方にはこだわりだった。秋に稲穂を実らせていた。

穏やかな敦賀もいいが、雪の敦賀もいい。ものは考えようだ。この日曜日にも越前町の水仙祭行こうとも思っている。最後に、「希望はいつの時代も翼を持つ」という言葉に自分を奮い立たせて、朝7時半から始まる敦賀駅前の街頭演説に向う…。 
【2012/01/24】 | ページトップ↑
嶺北の受験と学校再編問題
Date:2012-01-23(Mon)

高校の再編問題と嶺北の受験という、関係なさそうそうで関係ある問題を、真剣に考えるべき時期に来ていると思う。

今年も敦賀市内の各中学から嶺北の有名校に約50名規模で受験すると聞く。個人レベルでの有名校受験は、受験生の心理でもあり、親の心理でもある。これはこれで、尊重すべきことであり、否定すべきではない。逆に親の負担ともなり、所得格差と学力格差とも通じる。

ただ、このことが制度上、学区制が5年以上続き、敦賀高、敦賀工業、敦賀気比との学力とも密接に関係し、将来の敦賀市を支える人材、人脈とも関わると私は思っている。医療分野も開業医の減少や、優秀な教員確保など、この問題とある意味、関連するとも思う。

これと、県立高等学校再編問題とも微妙に絡んでくるのではとも思っている。

ところで、県立高校再編の第1弾として奥越地域の県立高校が再編で、大野東高と勝山南高を統合し、大野東高の敷地に福井県内初の総合産業高校の「奥越明成高等学校」が昨年4月に開学となった。
 
第2弾として若狭地域も小浜水産が若狭高校に統合され、三校が二校に再編される。来年度から実施予定とか。
 
次は、敦賀・美方地域だ。敦賀高の職業科(商業系)を敦賀工高に統合し、敦賀工高を総合職業高校に。美方高の職業科も敦賀工高に再編し、敦賀高・美方高は普通科単独という案が提示されている。

 学区制が廃止され、県内どこの高校へも入学できるようになり、敦賀市は、文化の谷間と言われて久しいが、私の見る限り、学力の谷間も形成されつつあるのではないかとも思う。学区制や再編問題や中高一貫教育など、この機会に真剣に取り組まないと、学力の谷間が将来の人材の谷間になる可能性とも通じるからだ。

中学校まで敦賀にいたのだから、故郷は敦賀だからという安易な考えもあろうが、高校、大学の学力や人脈は、その後の就職、人生にも色濃く影響する。少ないとはいえ、住宅購入という面にも、影響する。経験上もそれだけで済む問題でもないと思っている。大学レベルでいえば、地方から都会へ、有名校へと流れは、これまでもあった。

それが、地域に戻るという心理に微妙に影響してきた。しかし、高校レベルでのこの流れは、違った意味での頭脳流出を生むと考える。

敦賀を支える人材育成を中長期的に考え、学区制と学校再編問題と合わせ、真剣に考えるべきではないか。小浜では、市民団体が形成さるなど、賛成、反対を巡って、巷の議論にもなっている。現状の敦賀市民のこの問題に関する関心の低さが気になってしかたがない。
【2012/01/23】 | ページトップ↑
カレーの日
Date:2012-01-22(Sun)

昨日から大寒。立春にかけては、もっとも寒いとされる時期。例年の積雪のピークもこれからだ。来週は、敦賀でも雪マークが続いている。

寒さに合うか、どうかは別にして、今日はカレーの日。選挙になるとカツ丼か、カツカレーとなる。選挙の昼飯の定番はカレー。大量につくることもでき、かつ美味しく元気がでる。受験生もそうだ。縁起を担いでカツカレーを母がつくってくれたのはいい思い出だ。

昨年5月に陸前高田市でにボランティア活動の2日目か、カレー、とにもかくにも、カレーを食べると元気になる。

調べると、30年前の1982年、全国学校栄養士協議会の決定で、全国の小中学校が一斉にカレー給食を出した。76年に正式導入された米飯給食の普及にも大いに貢献し、不動の国民食の地歩を固めた。

私にとって、うどんの次に好きなご飯ものは、カレー。カレーの好き嫌いは少ない。肉と野菜がバランス良くとれ、香辛料で体が温まるカレーは、年始の疲れた胃には合うかもしれない。

そろそろ、胃腸の疲れが体の疲れとなる。昨日も、金沢を早朝たち、福井市でTPPの勉強会、昼は、敦賀にもどって、労組の研修、観光ボランティアの定例会、そして小浜での新年会と続いた。
最終の午後9時19分で小浜駅をたって、敦賀に戻った。疲れた。

カレーの話に戻すが、横須賀の海軍カレーを筆頭に全国各地にご当地カレーも存在する。横須賀に行ってもカレーは海軍カレーだけではない。カレーの数だけ人生があり、物語があると言っても過言ではない。地域毎にも、カレーの奥深さがある。今日は、カレーで元気を取り戻すとするか。
【2012/01/22】 | ページトップ↑
ボランティア元年から17年と敦賀
Date:2012-01-21(Sat)

今日21日まで15日からの1週間「防災とボランティア週間」。災害時のボランティア活動や自主防災への認識を深め、災害への備えを強化しようと、国が設けた。ほとんど知られていない。

17日は「防災とボランティアの日」でもある。「防災の日」なら半世紀以上も前からある。関東大震災にちなむ9月1日だ。それなのに、似たような記念日。

確かに、阪神大震災が市民レベルの組織的な災害支援の元年だった。私ものべで約1ヶ月、神戸市東灘区を中心に活動した。というのも、青春時代を過ごした思い出の地でもあることから、どうしても足が神戸にむいた。自分としては不思議な感覚だった。

行くたびに目に見えて復旧、復興が進んだ。4月にはほとんど、ボランティアが行う仕事がなくなるほどだ。

当時は、自然発生的にボランティアが神戸に全国から終結した。それも20代の若者が黙々と働く姿は、感動ものでもあった。

最近では、ボランティアは昨年の東日本大震災でいち早く立ち上がった。当時の被災者が今度は支援する側に回った例も多い。神戸からも大勢が支援活動に加わった。それも神戸市の水道局の職員に岩手の陸前高田市であったが、テキパキと水道業務を組織的に行う、これまでのボランティア違う支援体制も加わった。消防、警察、自治体職員など野専門的な支援も重要だが、日常生活を支える支援は一般ボランティアに頼るしかない。

阪神の経験は役立った。しかし問題も残る。東日本大震災で活動したボランティアは阪神より少ないと報道された。

被災地があまりにも広域で、地域の受け入れ態勢が整わなかったことも一因とか、行政と関係機関の広域的な連携、組織づくり、人材の確保などの課題が浮かぶ。

東南海、南海などの大地震が予想されるなか、ボランティアを受け入れる体制など、敦賀も社会福祉協議会を中心に何度も繰り返して、東日本大震災の教訓も受け入れていくことも大事だ。
【2012/01/21】 | ページトップ↑
協調よりも対立の構図
Date:2012-01-20(Fri)

今月17日で阪神大震災から17年を迎えた。あのときも多くの支え合いがあった。が、一方で「協調」よりも「対立」の構図が生じた。

古くて新しいが、敦賀市の樫曲にある民間廃棄物処分場に、神戸から震災の廃材が、多量に持ち込まれた。朝になるとゴミで満杯のトラックが何台も並んだ。これ幸いと、ゴミで悩む各自治体も敦賀に持ち込んだ。市街地を通過しなかったためか、大半の市民はこの現実を知らなかった。

その後、ダイオキシンやビスフェノールが木の芽川から検出され、大問題となった。この後始末に敦賀市は市税は20億円を超え、水処理と検査に税金をつぎ込んでいるものの、搬入自治体の一部は未だにこの経費を払っていない。対立の構図が続いている。

神戸に話を戻すと、震災後、ビル解体の粉じんが舞い、アスベストが検出された。処理が進まないがれきがたまり、自治体がやむを得ず野焼きにすると、ダイオキシンなどが発生し、住民の苦情が相次いだ。

私たちは顔が見える距離では手を差し伸べ合うことができる。ところが、廃材やゴミ、がれき処理のような、個人の枠に収まらない問題やイメージ的な不安となると、「協調」より「対立」色が濃くなる。

東日本大震災では、放射能汚染の不安から、対立の構図が頭をもたげ、がれきの広域処理が進まない。この現状を報道が伝えるが、逆に協調より対立構造を増幅させるばかりだ。

電気の原子力発電の分野でも、同じ構造がで始めた。関西電力が実施した大飯3、4号機の「ストレステスト(耐性検査)」評価結果について、経済産業省原子力安全・保安院が、妥当とする判断をまとめたものの、これに関する専門家からの意見聴取会には、反対派活動家らが多数押しかけて混乱した。かつてあった対立の構造が思い出される。

保安院は、その内容を、専門家の意見を聞きつつ詳しく点検、確認してきた結果でもある。すでに、敦賀2号機を含む14基のテスト結果が提出されているが、どうなるのか、これも心配だ。

原子力安全委員会、国際原子力機関、閣僚の判断、地元自治体の理解と、今後は一連の手続きが滞りなく進むことを期待したい。この時代だからこそ、対立よりも協調の姿勢を持ちたい。当然、丹念な説明と時間は必要だが…。
【2012/01/20】 | ページトップ↑
皮肉なギャップと肝に命じること
Date:2012-01-19(Thr)

インフルエンザの流行が首をもたげてきた。福井県では嶺北中心だが、早晩、嶺南、敦賀にも広がるだろう。

ところで、敦賀-長浜間を結ぶ当時のJR北陸線は、全線開通となって、今年で130年の節目。日清戦争、日露戦争とつながる朝鮮半島など東アジアの権益を強化していた当時の日本にとって、日本海側地域の交通網整備が急務だったという。鉄道敷設は、神戸よりはやいと言うから、その意気込みは相当だった。

それまで京都、大阪への琵琶湖の水運に頼っていた流通が、東京と結ぶ鉄道へと移行。地域の産業と社会に大きな影響を与えたのは言うまでもない。

「環日本海」が言われて久しい。とりわけ近年は中国、ロシアの経済成長が著しく、今後、日本海を取り巻く地域の大交流を見据えた進展が期待できる。

それを踏まえ、西川一誠県知事の敦賀商工会議所での一昨日の挨拶で北陸新幹線の認可、舞鶴若狭自動車道の2年後の開通と敦賀港と、物と人の流れが130年の時を越えて、いままた、大きな節目を敦賀市は迎えようとしていると、述べた。

北陸線全通から130年。進歩になれているのか、北陸新幹線と言っても、新年会でも知事や市長が熱く語っても、それほどの関心もないような様相だ。また、一昨日の敦賀港のコンテナ輸送の急増の報道も市民の関心は、いまひとつ。

もっと言うと、昨日の参議院の決算委員会のもんじゅ視察での山本委員長の発言と、敦賀市の明日、将来を大きく変えるかもしれない事項が、新年になっての19日間でも続いている。

繰り返しになるが、政治家が熱く語る、鉄道130年、敦賀港開港110年を越え、大きな節目を迎え、新たな交通網の整備と、地域活性化の原動力であるべき、もんじゅも含め原子力発電の大きな岐路の年でもある。

一方、新年会で各テーブルでの話は、市が大きく進めようとする敦賀駅前整備、看護大学、姿を表した福井大学附属国際原子力工学研究所と、意外に冷ややかに内容を質問する市民も多い。また、福祉、雇用、生活など将来の不安を訴える方も多く、皮肉なギャップを感じる。私たち議員の仕事は、市民の声、巷の声をできるだけ聞くことが基本でもある。このことはいま一度、肝に命じる。
【2012/01/19】 | ページトップ↑
原子力発電の再稼動の課題
Date:2012-01-18(Thr)

昨日、県原子力環境安全管理協議会を傍聴。石川県議が、高浜町の的場議長など、国の場当たり的な原子力政策を批判。

国は、またぞろ、原則40年の廃止措置に対して最長20年の運転延長の追加方針を示した。こうした方針にしっかりとした技術的な根拠があるのなら納得もするが、不明確なままだ。小手先で原子力発電を規制することが続くと、電力会社も福井県などの自治体も何を信用してよいか、疑心暗鬼になっている。

ストレステストの大飯3,4号の原子力・保安院の妥当とする判断も、どこに基準があるのか、いまだ定かでない。

ところで、阪神大震災から昨日で丸17年になった。早朝から大震災の報道が続いた。被災5日後、横倒しになったビルや崩れ落ちた高速道路を目の当たりにした。体が凍りつくような衝撃を忘れられないのに、未曽有の震災を経験するとは想像できなかった。東日本大震災の「復興元年」といわれる今年、阪神大震災の復興から得る教訓は多いはずだ。

自然災害の威力、怖さを思い知らされた阪神大震災。あれから17年がたち、教訓は十分生かされているのか。昨年3月に起きた東日本大震災では、福島の事故も含め後手に回った対応の言い訳の中で、想定外という言葉が繰り返され、被災者の怒りを買った。

近代的な神戸の街を一瞬で破壊した大地震。その光景は多くの人の目に想像を超える惨状と映ったが、だからこそ防災担当者は、想定以上の事態が起き得ることを学び、備える必要があった。

もちろんハード整備に限界はある。だが本当に空前の出来事だったのか。過去の記録や科学的な予見を活用できていなかったなら、それは人災だ。古く日本書紀にも大地震の様子が記されている。

国内どこででも起こりる地震や豪雨禍。郷土を守り暮らしていくためには、さまざまな経験を踏まえて必要な対策を積み重ねていくしかない。大災害で何が起き、これをどう防ぐか。地域毎の行政のつとめでもある。

科学的な検証と根拠は、信頼性を確保でき、納得を得られる説明でもある。

自然災害のハードとソフトの備えも教訓が重なり、よりよいものとなる。一方、原子力発電の安全対策も、向上いるして。これを受けて、再稼動は、福井県でも敦賀市で最大の関心事だが、一方で高経年化こと老朽化にも、米国での判断基準など、しっかりとした方針でのぞむと、自ずと常識的な判断にもつながると思っている。それが福島の事故の大きさの代価でもある。
【2012/01/18】 | ページトップ↑
岡田副総理と敦賀
Date:2012-01-17(Tue)

昨日は、新春の敦賀商工会議所の講演会。地元、若狭町の伊藤忠商事の会長まで登りつめた小林栄三さん。内容は今日の商工会議所の懇談会合わせて、書きたい。昨日は、民主党の党大会、内閣改造もあり、岡田副総理に話題を絞りたい。

前回の衆議院議員選挙前か、最中か、忘れたが、当時は野党だった民主党の岡田克也さんが、JR敦賀駅前で演説した。街頭演説の内容は分かりやすかった。ただ、駅前広場に結集するのは大半が動員。足を止める人は多くはなかった。政権交代に国民の期待が大きくもあったが、人を引きつける華が乏しいと感じた。

その前年、県連幹事長代行ということもあり、JR武生駅から福井駅まで岡田さんを車で半日、エスコートしたことがある。厳しい方でスケジュールの変更を秘書に伝えなことに対して、「演説会場の変更と時間配分を自分は、考えている」と、しっかりとしかられた。

というのも、岡田さんは、話す項目を会場毎に細かくメモっていたのだ。①から⑤と大項目、時間と会場に合わせて内容を変える緻密さだ。街頭演説と民主党支持者前では微妙に話すことを変えている。

党本部の役員が福井県に来られて、小沢さん、菅さん、鳩山さんをエスコートしたこともあるが、まずは「ご苦労さん」から始まり、終始、にこやかに接してくれる。ときたま、疲れているのか、不機嫌こともあったが、怒ることなかった。

出張の折、新宿か、都内の書店で偶然見掛け専門書の書棚を見詰める姿にうわさ通りの生真面目な雰囲気を感じたが、有名人がまとうオーラのようなものが全くないのが逆に印象に残った。

「政治家として心から尊敬、敬愛し、人間として信頼している」「ぶれずに、逃げないで結論を出せる人」。最大級の賛辞を添えて、野田佳彦首相は改造内閣の副総理に岡田さんを迎えた。

岡田さんに熱い視線を送っているのは野田首相だけではない。昨日の福井新聞の全国世論調査(共同)で、岡田副総理に「期待する」と答えた人は6割に上った。野田内閣支持率が浮上しないなかで、岡田さんへの期待はどう理解すればいいのだろう。

野党の自民支持層でも期待が過半数を占める。他の質問項目の回答と併せてみれば、期待の多くは、担当する行政改革や公務員制度改革、社会保障改革の推進に対して、と考えるのが妥当だろう。

早速、国会議員歳費を削り、政党交付金にも切り込む考えを明らかにした。岡田さんの起用は国民への発信力も期待してだという。野田首相のどじょう宰相ともども派手さには欠ける「二枚看板」。売り物の誠実さと原理原則を曲げない姿勢を失えば、厳しい審判が待っていることは確かだ。

昨日の民主党の大会で「民主党が崖っぷちというよりも日本が、国民が崖っぷち」と野田首相は語った。確かにその通りだ。が、民主党も明らかに崖っぷち。それでも、党利党略で考える場合ではない。岡田さんとともども、エネルギー政策こと、原子力政策も安全最優先にも現実的に将来を見越して、考えてほしいところだ。

余談だが、政権交代前、JR福井駅の新幹線ホームを前にして、岡田さんに、私が「北陸新幹線もお願いします」と言うと、「財政難の今の時代、新幹線が日本にとって重要か」と意外にも、まっすぐな答えがかえってきた。本当に真剣に日本を考える方であることは確かだ。
【2012/01/17】 | ページトップ↑
絆と、その一方で…
Date:2012-01-16(Mon)

昨日の皇后盃第30回全国女子駅伝競走大会の15位、素晴らしい。一時は7位、大健闘ではないか。久しぶりの明るいニュースだ。

約40キロの道のりは、駅伝でも相当厳しいが、自転車という道具を使うと、快い疲れとなる。昨日は、近江今津から朽木の往復40キロを走らせた。ほどよいアップダウンがここちよい汗となる。

朽木は織田信長が敦賀から京へ退却する際に通った街道。信長は越前攻めの際、浅井長政の裏切りにより退却を余儀なくされ、馬に乗ってこの道を退却したのか、不思議だった。だが、朽木資料館を訪ねると理解できる。何本もある鯖街道として平安時代から整備されていたためだ。

朽木街道沿いの集落「野尻」の朽木元綱という領主が、織田信長退却の手助けをして、それをきっかけか、どうかは定かではないが、傍流が江戸時代には大名、明治時代には子爵になる。この一節を書いた司馬遼太郎の紀行文も面白い。

ところで、早朝のニュースでも取り上げられていたが、東日本大震災で「絆」という言葉がもてはやされる一方、考えさせられる問題がある。岩手、宮城の両県で発生した2千万トンを超えるがれきが、いまだに現地に山積みになっている。

両県の処理では限界があり、国が全国の自治体に受け入れを求めている。だが福島の事故の影響で、がれきは放射性物質に汚染されているというイメージが拭えない。

環境省は焼却しても安全だと言っても、受け入れに前向きな自治体に、住民が多数の抗議メールを送りつけ、断念に追い込んでいることだ。

昨年の京都・大文字焼きの騒動と同じ構図でもある。放射能の検査をして安全性を確認したら、それで済む問題ではないのか。ましてや福島県とは違うがれきだ。


昨年10月、実際に被災地に行って、うずたかく積み上げられたがれきを見たが、その高さに唖然とする。「がれき拒否」を通告された被災地の人々の心中を思う。

説明不足もあろうが、放射線のイメージが先行し、助け合う精神である「絆」とはとは違う、日本の側面をみる。原子力発電の立地や再稼動の課題とも通じる問題だ。

敦賀の消防団も高齢化が、大きな悩みだが、はしご乗りを取り入れて団の絆を保持している。少子高齢化と人口減少で悩む地方都市だが、スポーツは、絆と地域の連帯を維持こと、もっと言うと昨日の女子駅伝のように勇気をもらう。
【2012/01/16】 | ページトップ↑
ストレステスト、原則40年と唐突に続き…会議は踊る…
Date:2012-01-15(Sun)

昨日は午後1時半から、越前市福祉健康センター多目的ホールで「原子力・エネルギの安全と今後のあり方を真剣に考える会」(真剣会)の第3回勉強会。夜は敦賀に戻って敦賀建築業組合の新年会。

冒頭の挨拶はどこでも、東日本大震災から始まり、建築業界となると市内の住宅建築の景気となる。住宅建設も市内の経済状態と密接に関係する。リーマン・ショックと今回の震災、さらに大震災と低迷が続いて久しい。この上、敦賀市で言えば、原子力発電のあり方が大きく左右する。

昨日の越前市の真剣会の講師は大島堅一氏(立命館大学国際関係学部教授)。原子力発電のコストを社会学的にとらえる学者は少なく、今、脚光を浴びるひとりだ。

国のエネルギー・環境会議で原発のコストを再計算し、事故対策費や立地交付金などを含めると1キロワット時あたり最低8.9円と公表し、2004年の試算より5割高くなるとした。原子力発電のコスト計算の議論が活発化している。ただ、コストだけではエネルギー政策は、語れない。

脱石油で歩んできた日本、ここにほんとうに脱原発が乗っかって、やっていけるのだろうか。天然ガスや石油なども輸入価格が高騰するリスクが大きく、かつてオイルショックを経験した世代には、安易な議論展開に将来の怖さを感じる。

太陽や風力の自然エネルギーを急速に、大量に導入するには、政策誘導と電力を安定させる設備などに多額の費用がかかる。それは、国の、重要な政策であることは確かだ。一方、小資源国の日本を安全保障で考えると、大島さんの議論にも限界がある。発電コストだけでエネルギーの優劣は比べられない。

エネルギーは生活や産業を支える基盤であり、安心して使えることが暮らしや生産活動に大きな便益をもたらす。エネルギー政策の基本は、環境、経済、安全保障のバランスの上に成り立っている。

福島の事故の大きさを考えても、日本の現状、厳しさなど、現場の人間からすると、大島さんの議論は、エネルギー確保の厳しさを机上で考える学者の域を出ていないとも感じた。

政府は春にも戦略のたたき台となる選択肢を示す方針だが、大島さんも語っていたが、まだまだ、国では、議論が進んでいないとのこと。

エネルギー戦略ほど、将来の日本を左右するだけに、幅広いと情報、世界戦略など、議論の深化が、なければ国民が迷惑するだけだ。国民が迷惑するということは、国に国策として協力してきた敦賀市にとっては大きな迷惑となる。

いずれにしても、春から夏へと原子力発電のコストエネルギー戦略の見直しに向け政府の議論が本格化する。20年程度先をにらみ、原子力、火力、太陽光などの自然エネルギーでそれぞれ発電量の何割を賄うか。エネルギー政策のベストミックスから「エネルギーミックス」が焦点となる。ただそれだけでほんとうにいいのだろうか。

地方からみている限り、野田首相も会議に重要な議論を丸投げして、会議が賛成、反対の議論に終始し、審議会や閣僚会議が乱立するばかりで、政策づくりの過程が国民に分かりにくくなっているようにもうつる。

野田首相、就任後、菅前政権の方針を踏襲し、原発への依存を段階的に減らす「縮原発」を表明した。それから4カ月たつが、その中身はあいまいなままだ。その上、唐突な発言が政治として無責任に飛び出す。

先週金曜日の原子力・保安院の説明を聞いたが、原発の再稼働をどう考えているか明確な回答がないままだ。テストがあって答えがない。これでは、まさに現場の混乱するばかりだ。

政府は、電力会社によるストレステストの結果を国が審査し国際機関の意見も参考にして再稼働を判断するという。敦賀の市長は、「国のお墨付きがあれば容認してもいい」という自治体がある。だが、福井県は、判断基準が明確でない限り、再稼働に難色を示している。まだまだ再稼動には時間がかかる。

またまた、今月6日、細野大臣は、運転開始から40年で原則廃炉にする考えを示した。法律に書き込む以上、技術論的根拠が要求される。その根拠が不明確なままで、現場は、必要以上の混乱ともなっている。

これが、逆に原子力発電の不信感を増長しているとも言える。菅首相から続く原子力政策の混乱は、またぞろ唐突に言い出したとの印象だ。

細野大臣と好意的にみたいが、ストレステスト、原則40年と技術論的根拠が不透明なことが多すぎて、現場も国民も迷惑していることに知るべきでもある。閣僚判断というが、世論迎合主義に陥っているとも言える。

福島以外に30年を超える原発は13基ある。今回の事故で現場の安全対策はこれまで以上に堅固なものになったとの結果が次々と事業者から出されている。

より安全な原子力発電は、誰もが望むところでもあり、技術の研究を続け、保安院、原子力安全委員会などがストレステストを厳格に、早く審査するよう強く指示すべきだ。国が再稼働を認めても同意しない自治体があれば、首相自身が出向いて理解を求めるぐらいの覚悟が要る。

中長期のエネルギー政策にあまりも拙速に、エネルギー・環境会議、経済産業省や環境省の審議会、内閣府の原子力委員会と、多くの会議ができて議論を重ねている。だが、議事録を見る限り、原発に賛成か反対かの二元論からの域からまだまだまだ脱していない。

繰り返しにもなるが、安全の視点に加え、安全保障や温暖化防止の視点も欠かせない。多面的な議論と同時に安全の確保がどの程度か、国民にわかりやすく説明する義務が、ここまで混乱させた以上、丁寧に行うべきであることは確かだ。唐突な発言で、敦賀市の将来、冒頭の建築業組合の挨拶ではないが、迷惑するのは、庶民であり、市民であることは肝に命ずることではないか。

 
【2012/01/15】 | ページトップ↑
敦賀インター発着の高速バス
Date:2012-01-14(Sat)

今日は土曜、昨日の議会の全員協議会での原子力のストレステストと考えたが、いまひとつまとまらない。話題を叙情的に高速バスとしてみる。

敦賀の別れの舞台は、なんと言ってもJR敦賀駅。数は少ないが、しばしの別れの舞台となるのが、高速道路の敦賀インター。小さな待合室は、寒さを少しでも避けようと満杯になる。

年末年始を古里で過ごした若者が見送りの両親や友人に手を振り、高速バスに乗り込む。大きな車体は新年の希望と一抹の寂しさを乗せて闇に消えて行った。

高速道路を走るバスは長距離移動に便利だ。夜行の東京。昼の名古屋大阪と、意外に利用者多い。私もよく利用するが、東京行きは、眠っているうちに運んでくれる。

着いた朝から活動できるので、日中の移動と比べ1日得した気分になる。帰りも夜の東京で、友人と飲んで新宿発午後11時50分で早朝7時までに敦賀に運んでくれる。土日、祝日が絡むと予約で満席となる。

帰省と成人式出席のため、年末と2往復もした東京の大学生がいた。列車に速さはかなわないが、運賃は、鉄道の半分くらいほど。安い。仕送りする親の懐にもありがたい交通手段だ。

舞鶴若狭自動車道の敦賀接続となると神戸への路線もできるかもれない。小浜ー大阪間も根強い人気と聞く。

高速バス人気の背景には、景気の低迷による経済状態や職場を首都圏、名古屋、大阪に求める若者など、世相の反映でもある。

全国的にも高速バスの路線は景気も反映してか、拡大傾向にある。青森から鹿児島まで縦横に高速バスが首都圏、大阪、名古屋を結んで走っている。逆に地方のストロー効果の一役を担っているかもしれない。議会でも提案したことがあるが、高速バスのJR敦賀駅発着も舞鶴若狭自動車開通と合わせて、数を増やしてもいい。

高速道路が無料化になった東北は、路線バスも利用者も増加したとも聞く。被災地復興にと、ボランティアも高速バスで数は減ったが、週末ごとに通う方もいるとか。

高速バスの乗務員は発車間際までドアの前に立ったままだ。雪交じりの風が頬を刺す。最後の乗客が乗り込む。固い絆と大きな夢を乗せて、今夜も敦賀インターを発着する。
【2012/01/14】 | ページトップ↑
介護保険料の改定が近づく…
Date:2011-01-13(Fri)

昨日は、福井県原子力平和利用協議会の新春の会。福井大学付属国際原子力工学研究所の竹田所長の講演があった。原子力の話題は、今日、議会の全員協議会で行われるストレステストの事業者説明と合わせ述べたい。

今日は介護保険料を話題としたい。2012年度からの介護保険料の改定が迫ってきた。ある市民から「どのくらいになるのか」とたずねられた。答えは「もう少し待ってほしい」だ。ただ、上がることは避けられない。議会でも保険料の改定が近く、質問も出された。

現行年額50,400円(月額4200円)。これを65歳以上の夫婦2人に当てはめれば、1世帯で毎月8,400円、年額100,800円ほどの負担になる。10万円を超えると感覚的にも、決して小さな額ではない。

要支援者・要介護者が2500人を超え、介護サービス費用も増加を続けている。上がることが必至の状況にある。

65歳以上の第1号被保険者が納める保険料(基準月額)は、県内市町ごとにばらつきがある。敦賀市は低い。介護サービス量や被保険者数、要介護の認定率など、要因は複雑に絡み合う。保険料の高低は、介護の現状を映す鏡である。

それでも、前回改定では、月額4000円から200円のアップだったが、わずか200円でもお年寄りによって、厳しいと受け止められている。

所得が低い世帯ほど負担割合が大きくなる逆進性が強いといわれる制度である。それでも、低所得者対策には十分、気を配り、その制度がつくりあげられている。

私の家族もそうだが、介護保険制度によって、サービス利用に対する抵抗感が小さくなり、家族の負担が軽減され、お世話になって久しい。この12年間での現場での介護保険制度の定着はめざましく、利用者にとっては、これなしでは考えられないとも言える。敦賀市でも介護ビジネスとも言える事業者も増え、雇用も増えた。

ただ、制度維持に相当の労力が必要であり、質の高い介護も要求されるようになっている。介護福祉士などの養成も必要であり、要介護者が増えるほどに、人材も必要になる。この分野に敦賀短大は講座を開いたばかりだ。このことには、また提起したい。また、特別養護老人ホームも待機者のことを考えると敦賀市でもそろそろ限界に近づいている。

しかし、右肩上がりの給付費を賄うための財源論が常につきまとってきた。保険料や利用料を取れるところから取ろうという発想の繰り返しでは、限界は目に見えている。

国民健康保険の管理も赤字が続く市町から県へと変わる方向性が示された。老後を支える年金、介護、医療は、楽観論も昨日は書いたが、厳しい状況にあることはかわりない。皆で支え合う精神がほしい。

 「走りながら考える」。そう公言されて創設された制度は5期目に入る。よりよいものに衣替えされているべきなのになぜか、実感は乏しい。市町によっては一人5000円を超え、世帯で1万円を超えている。このままでは今回は、別にして敦賀市もいずれ超える。給付と負担のあり方を含め、制度を抜本的に再設計する時期に近づいているとも思える。 
【2012/01/13】 | ページトップ↑
社会保障と「パンドラの箱」
Date:2012-01-12(Thr)

昨日、夜、労組の年金制度の勉強会に参加した。社会保障と税の一体改革でマスコミの話題の中心となっている。団塊世代が年金世代となるだけに週刊誌も年金問題を何度となく取扱い、論調も読者層を意識して、それぞれが違う。

勉強会では、真面目に働き、コツコツと年金を支払う方が大半を占める限り、給付水準や年齢は別にしても、制度破壊は生じないとの結論だ。国民年金を民間保険と比較しても物価スライドなどもあること、これほど良質な保険制度はないとのことだ。長生きすればなおさらメリット大だ。

日本の社会保障制度は、総合的に考えても公的年金、介護保険、高額療養費制度、健康保険制度と、よくできている。その上、生活保護制度も整っている。

最後に「パンドラの箱」の話になった。政権交代の原動力の一つに、年金問題がある。年金が抱える課題を次々と国会で追及し、まさに「パンドラの箱」をあけてしまった状態となった。

ただ、パンドラの物語ほどよく知られている神話はないが、これほどまでに完全に誤解されてきた神話もない。骨子だけ述べると、パンドラが箱を開けてたくさんの邪悪なものが飛び出したあと、たった一つ、箱に残ったものがある。それは「希望」との結末だ。

社会は「災厄」にあふれているけれど人類の側には「希望」が残るとの結末だ。論理矛盾も甚だしいが、支える人が騎馬戦から肩車になろうと制度設計と、国民の理解と我慢があれば制度自体の維持は可能であるとの学者の見解を読んだことがある。私もこの意見に賛成だ。それだけに政治の役割は重要となる。

機能不全に陥ったかに見える政治。いつまでもデフレから抜け出せない経済。暗い話ばかりだが、逆に暗い時代だから、立ち向かうしかない。

朝ドラの「おひさま」や「カーネション」などの戦後復興や、坂の上の雲の明治の改革を観ても、苦しい時代こそ、若者が活躍している。私ごとで恐縮だが、父は明治生まれ、母は大正生まれで、戦後のどん底を経験して語った言葉はいつも「真面目にやりさえすれば、なんとかなる」だった。阪神淡路大震災後の復興、東日本大震災後の対応と、冷静にみれば、なんとかなっている。

坂の上の雲の正岡子規は、「改革を成就したものは二十歳前後の田舎の青年であって幕府の老人ではなかった」と「病状六尺」にこう書いている。

ただただ、団塊世代や高度成長期世代はだらしない。膨大な財政赤字や危機的な年金制度のツケは次世代に先送り。若者の就職難も招き、希望のない社会にしてしまった。私も含めてだが、新成人の顔をまともには見られない。

ところが、意外に、新成人はある世論調査で、8割が「日本の未来は暗い」と冷静に見ている。が、自分の未来については「明るい」が6割余。「前向きに考えたいから」と。これも矛盾だが、悲観的に考えていないのがいい。

敦賀市も私も含め、原子力発電の課題であまりも暗くなっているが、冷静に市政や財政を長期的にみて対応すれば、将来も社会保障もなんとかなる、との考えも多いが、いかに危機的な状況、冷静に現状をみる能力があるかだ。

余談だが、「パンドラの箱」の最後の結末は「希望」だが、そのキーワードは若者とさえ、思う。
【2012/01/12】 | ページトップ↑
平清盛と大和田荘七(神戸港と敦賀港)
Date:2012-01-11(Wed)

澤選手と佐々木監督の受賞は夢と勇気を与える。なにか敦賀にも日本にも夢を持ちたい。敦賀でも歴史的に、港と人だ。キーワードは「天然の良港」と私は思う。大河ドラマの舞台、神戸と敦賀は、港で重なる。

「天然の良港」という言葉を敦賀港を使うが神戸港も同じ条件が整う。
①水深が深いこと、②六甲山系の比較的高い山が海のすぐそばにあるだけでなく、山の急斜面が海の底まで続いていて、しかもそれが海水面の辺りで平地になっている。六甲山は931メートル、野坂山914メートルとほぼ同じである。

③風除け、風待ちができる神戸付近は常時瀬戸内海からの西風のあるところ。神戸港の西側には和田岬があり、この陰である港内(湾内)に入って風除けや風待ちをすることができる。敦賀湾も西浦、東浦の山と敦賀湾がこれにあたる。

和田岬は天然の防波堤の役目も兼ねている。また、北側には六甲山系の比較的高い山があり、冬場の北側からの風を防いでいる。

そのため古くから『大輪田泊』『兵庫津』『神戸港』として発達した。今でこそ規模は違うが歴史的にはほぼ同じ千年の歴史を有する。

正月の話題の大河ドラマで平清盛を扱った年は、新聞によると、過去株価がいずれも上昇した、という。第1回を観て貴族から武士へと権力が移る時代の変わり目。大きな変革が必要な時期でもある。敦賀市も同じような閉塞感が漂う状況と重なる。閉塞感の打破を武家社会と交易に求めた。

兵庫の海辺の福原に居を構え、遷都まで試みたのは当時の中国との日宋貿易の拠点とする意図、清盛の死で交易は頓挫したが、改革としては、先を観た目にはくるいがなかったと思う。

これを敦賀の大和田荘七翁とも重ねることができる。太平洋戦争がなければ、敦賀もどこまで発展したか、わからない。

清盛は、波頭の向こうに、宋の中国貿易を、大和田荘七は日露貿易を、視点は違うかもしれないが共通点は多い。

平家と言えば「驕(おご)る平家は久しからず」「驕る平家に二代なし」などと言われ、昔から源氏を引き立てるための悪役として伝えられる。

平清盛、この大河ドラマがどうイメージを払拭するか楽しみだが、今年は敦賀にとって大和田荘七がらみの北陸本線鉄道、港の記念する年でもある。

大和田荘七が携わった事業から、ことし2012年は敦賀~長浜間鉄道開通130周年、敦賀~ウラジオストック定期航路開設110周年、欧亜国際連絡列車運行100周年という敦賀市にとってメモリアルイヤ-でもある。

清盛、荘七に共通する想像力、壮大な世界観など、神戸港と敦賀港は二人の人物を通しても共通項があると思うと、同時に、今、切望というよりも、渇望する2人とも思う。
 
【2012/01/11】 | ページトップ↑
出初め式とはしご乗り
Date:2012-01-10(Tue)

昨日9日、敦賀美方消防組合の出初め式。冷たい雨の中で始まった。雨のせいか例年よりも観客が少ないのは残念。

雨にも負けずではないが、消防団らしくきびきびとメニューをこなしている。

笙の川堤防で消防車による一斉放水、相生町大通りでの団員行進、消防車の分列行進と続き、最後は、雨のため、きらめきみなと館でのはしご乗りとなった。

消防鳶隊「つるが鳶」が呼び物のはしご乗りを披露した。高さ6メートルのはしご3本。敦賀まつりでの演技よりもやはりこの時期だ。
ポーズを取るたびに、はしごを支える隊員から「ヤーッ」と威勢のいい掛け声が上がる。見事に決まって拍手。確かまだ十年もたっていないが、年々、技量があがる。見ていて不安を感じさせない演技が続いた。職場の仲間、顔見知りも多い。ここまでやれるか、勇気をもらう。明日で東日本大震災から10ヶ月、災害も多様化している、消防団の役割の重要性は、今後も増すばかりだ。

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はしご乗りを観ながら、思い出すのは、陸前高田市のひょろひょろと立つ一本松。昨年10月に訪れた観たとき、オーラというか、不思議な感動をもった。

気比の松原の黒々とした巨大な松林も一本一本は、心もとないほどに細く、強い海風のため倒れかかり、雪の重みで例年、多くが折れる。

専門家に聞くと、松の木は一本では弱く、集団で強さを発揮する樹木なのだという。陸前高田市の被災地で津波にも負けなかった一本の松が希望の象徴になっている。本来ひとりでは生きていけない細長い松が、あの大津波に耐えてひとり立ちしているには、同じような松と地元の手入れがあったと聞く。

ただ、松にあやかって言えば、人間もひとりで生きてはいけない。集団の中で互いに助け合って力が発揮される。

はしご乗りも拍手を受けるのは個人の演技だが、下で支える団員があっての演技だ。

私ごとで恐縮だが、昼、長浜から大津へ、仲間と自転車を走らせた。もちろん、冷たい雨の中では、ひとりでは走る気にならない。

夜は、坂田明さんの通夜。会場は席もないほどの訪れる方が多い。私も坂田さんには、国政選挙や県議選と選挙のたびにお世話になった。当選は候補者ひとりだが、どれほどの支援者が動くかで、票数が変わる。選挙でも大先輩だが、晩年は、真盛苑の理事長としてもご活躍され、福祉を始め人生の機微を教えてくれた方でもある。ご冥福を祈ります。



【2012/01/10】 | ページトップ↑
民主党政権の原子力政策を憂う…
Date:2012-01-09(Mon)

雪の降らない、雪が少なくなった成人式は久しぶりではないか。昨日は中央町の新年会に始まり午後1時からの成人式。今年の新成人は、過去最も少ない。644人。最近は700を割ることが多かったが、ついに四捨五入しても六百となった。少子化は敦賀市でも顕著にで始めている。

ところで、感覚的だが、今年は寒い。調べると、厳しい寒さをもたらしているのは、はるか遠方の自然現象。気象庁は南米ペルー沖の太平洋で、海面温度が低下するラニーニャ現象の影響が出始めたとか。

ラニーニャとはスペイン語で女の子という意味だが、そのパワーは侮れない。ラニーニャが発生すると日本は夏は猛暑、冬は寒波に見舞われやすいという。今月後半からは、その影響が一層強まるというから気が抜けない。

昨年の雪との格闘は久しぶりだった。市民生活にとっても雪は久しぶりの大雪だったが、久しぶりは敦賀市も厳しい除雪となった。

ところで、先日の原子力発電所の運転は原則40年以上は認めないことなどを柱とする、原子力安全規制の新方針を政府がまとめ、細野大臣が公表した。私はこの方針をただの方針と見ていない。

原子炉等規制法の改正案を、新たな原子力規制組織である「原子力安全庁」の設置法案などとともに、今月召集される通常国会に提出する。

廃炉となる福島第一の4基を除く50基のうち、15基が、すでに運転30年を超えている。うち2基は40年以上だ。原子力発電は急速に減る。延長申請があれば、老朽化を評価したうえで認める場合もあるとしているが、細野大臣は「極めてハードルが高い」と語る。

昨年5月段階で原子力保安院の説明では、地震・津波の緊急安全対策が終われば、運転は可能であり、その後、恒久的な安全対策を順次、行って行くべきとの見解であった。今も、嶺南の残る1基は運転を継続している。それを、唐突に浜岡の停止要請、ストレステストが終わらければ再稼動はできなくなり、さらに今回の安全規制だ。

福島の事故の大きさはあまりにも甚大だ。しかし、それで全ての原子力発電所を停めるのか。冷静にこれまで培った安全指針をすべて否定する根拠になるだろうか。

各国の安全対策、特に日本の親元での米国の安全規制は、福島の事故後も変わってはいない。昨年5月段階では冷静な判断ができていた。ところが、菅首相の浜岡停止要請、脱原発宣言と国は大きく脱原発へと拍車をかけ、現在もその大河のなかにある。

誰もこの大河の流れに冷静な考えをできないほど、思考停止状態にあると言って過言ではない。今の民主党政権は世論の動きに合わせるかのように、政策を展開が続いている。敦賀市内の昨年4月の福井新聞の世論調査では、運転継続安全対策を行なっての運転継続を望む声が7割を超えていた。しかし、今、私が接する市民の方からは、それだけの声を聞いていない。

細野大臣が、敦賀にもんじゅに視察に来られたときの記者会見、さらに先日の発言といい、菅前首相の脱原発へと方向性を示す規制強化、40年越え原子力発電の原則停止と言った流れにある原子力の政策が続いている。

技術的な根拠があるのであれば、まだ、許せるが、世論の高まりに合わせるかのような政策展開が目立っている。脱原発が世論の趨勢とはいえ、現実論として、事故前、原子力発電は電力供給の約3割を担っていた。それを何で代替するのか。風力発電や太陽光発電などの新エネルギーにまだ力はない。わずか1%に過ぎない。

今後、急増はするだろうが、1割を超えるにはまだ年月が必要なことは自明でもある。原子力の必要性は、温暖化対策だけではない。安全保障など資源小国「日本」にとって、原子力は脱石油を目指して積み上げた政策でもある。ところが、昨年の5月以降、各電力会社は大きく石油、天然ガス、石炭と火力発電に傾斜して電気をまかなっている。

一方で野田首相の民主党政権は原子力発電の輸出を目指している。脱原発、一方で輸出など両立しそうだが、人材も含め、長期的には難しいことは誰の目にも明らかだ。

米国の40年規制は技術的な理論を基本としている。日本もそれを踏襲するかのように法律に明記するようだが、これまで経緯を見る限り、安易な世論迎合主義に私には感じる。

既存の原子力発電の安全性こと、ストレステストなど技術的な根拠が曖昧なことが多すぎる。今回の記者会見も法律にする方針もある意味で曖昧で技術的な説得力に欠け、唐突な印象を受ける。はっきりいえば、厳しい資源獲得の争いの中で安易な規制とも感じる。はっきりいえば技術的な論拠を積み上げて提起してほしい。

原子力発電の政策だけを見るならば、民主党政権は国の政権能力に欠けると言わざるを得ない。このままでは敦賀市の明日を語ることができない。もんじゅ、敦賀1号機の停止、その上、敦賀3,4号機の建設延期となれば、リラ・ポートなど施設の大きさや多さなど7万人の規模でまかなうことは難しく、福祉政策や新幹線対応の駅前整備など長期的な政策、さらには市民の雇用など基本的な市民生活まで影響することは必至だ。これを跳ね飛ばす雇用環境、産業構造、財政構造に敦賀市はなっていない。

それほどの危機感を私は思っている。細野大臣も含め、しっかりしてほしい。
【2012/01/09】 | ページトップ↑
敦賀の元気度のバロメーターは、屋台のラーメン店か…
Date:2012-01-08(Sun)

「敦賀で今、元気な産業は」と問われると、意外にもコンビニの店舗の増加は大きい。逆に過当競争にも陥っている。昨日も美浜町松原のコノビニ強盗事件が象徴しているように、この種の強盗事件がたえない。

我々年代での元気度は、やはり本町の飲食店の数と屋台のラーメンの数ではないか。データ的にも敦賀税関の酒税のトップは、高速増殖炉もんじゅ建設が終了する間際の平成8年度。これをピークに現在は右肩下がりだ。見事にデータが示している。

もう一つのラーメン店は、定かではないが、昭和50年代初期の頃ではないか。産業構造的に語ると製造業の従業員がピークを迎えたのが昭和40年代中頃、工場で働く従業員が多い頃だ。

中心市街地の駅前から相生までの商店街の店舗数なども平成8年頃から減少速度を増している。逆にこの頃から新木崎通りなど周辺市街地の店舗数が伸びてき、現在は飽和状態になっている。

戦後70年近い敦賀市の歴史にあって、製造業の従業員数がピークを迎えた昭和45年、もんじゅ建設のピーク平成8年とそれぞれに産業構造的にも各種データと生活スタイルと微妙に関連している。

将来の敦賀市の都市像を描く上でデータは欠かせない。もっとも顕著に示しているのが人口だ。人口減少社会にあっても地方都市で10年以上、人口維持をしている街は少ない。それだけ敦賀市は、現在、原子力発電に支えられた街であるとの証でもある。これに敦賀市の税収を重ね合わせると、元気度のひとつの目安が浮き彫りになる。

将来像を描くためにも、今年は重要な年と何度も言ってきた。 一昨日の細野豪志原発相の記者会見ではないが、40年を超える原子力発電には厳しい見解を示した。敦賀1号機は、昭和40年代の建設、運転から敦賀を牽引してきた、一つの事業でもある。この動向で、ひとつの岐路を迎えるかもしれない。

将来の元気度を描くポイントとして、人口、税収をあげたが、さらにあげるとするならば、人口が一番多い団塊の世代との関係でもある。

右肩上がりでない右肩下がりの環境で、どう敦賀の元気度を描くか、これほど難しい課題はないが、歴史的にも敦賀百年の計でものごとを考える思考が、今ほど必要なときはない。

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これは余談だが、我々世代、団塊世代に懐かしい食品に、お湯をかけるだけで食べられる「チキンラーメン」がある。

最初に登場したころ、新奇な魔法に出合ったように、みんな飛びついた。私も学生のころも随分世話になった。団塊世代にとって、切ない記憶とともにある食の風景だろう。

調べると、1958年に発売したチキンラーメンは、一袋35円。翌年には早くも年間6千万食を生産するヒット商品となる。昭和戦後の再建を経て、そろそろ背伸びをしようかというころである。暮らしの変化を見越した卓抜なアイデアは、めん食に革命を起こした。

冒頭の話ではないが、チキンラーメンを発明した安藤さんは、若いころからさまざまな事業を手掛け失敗もした。戦後は食の世界に踏み出す。冬の大阪で見た、屋台のラーメンに群がる飢えの風景が原点だったという。

即席めんの消費量は今や世界で年間850億食を超す。日本発の二十世紀の発明品は、まさに世界の食となった。

敦賀の元気のバロメーターは、冒頭のコンビニの店舗数と、駅前商店街への店舗進出数がヒントかもしれない。余談で書いたが、駅前に昔あった屋台のラーメン店の復活がキーかもしれない。データを見ながら議論したい。 
【2012/01/08】 | ページトップ↑
原子力発電の安全規制と敦賀への影響(原則40年以上認めない)
Date:2012-01-07(Sat)

年が改まって今日で1週間。静かに新しい年が動きだした。昨日は議会に原子力開発機構の年頭の挨拶に鈴木理事長が来られた。夕方は、福井で連合の旗開き。これから新年会の連続となる。飲み過ぎか、いまひとつ体調が良くない。

北陸の夜空の星は、この時期、見ることはできない。40年も昔か、乗船実習で見た。この時期の冬空ははっきりと覚えている。空気が澄んで、夜空を見上げたくなる。瞬く星がきれいだ。肌を刺すような寒さの中で見とれてしまう。

夜空を飾る星座の代表格、オリオン座のベテルギウス。冬の大三角形の一つとしても有名だ。オレンジ色の輝きが美しい。最晩年の星、その生涯を全うするところだということで注目を集めている

大きな星がその一生の最後に起こす超新星爆発。地球からは光の速さで600年以上かかる場所にある。

日常とかけ離れた時間と空間に思いをはせるほど楽しいものはない。
ところで、昨日、政府は原子力発電所の運転を原則として40年以上は認めないとする原子炉等規制法改正案を発表した。

福島の事故を受けて、政府が新たな原子力安全規制の強化策として打ち出した。原発の運転期間を法律で制限するのは初めて。次期通常国会に改正案を提出する。

 同法は、各電力会社に対し、原発の運転開始から30年を迎える前に、安全性の技術的な評価をするよう求めているが、運転期間の制限はなかった。
嶺南では関西電力美浜1号機、日本原子力発電敦賀1号機の計2基が40年を超えており、美浜2号機も年内に40年を迎える。改正法によって、難しい局面も予想されるだけに、注視していきたい。

ただ、改正案では、延長の申請があれば、原子炉の劣化の評価、施設保全の能力の審査を経て、延長を認める例外規定も盛り込むことは、事実上、これまでと変わらないが、法律になる重みが違う。

私も敦賀1号機で仕事をしただけに、この法律には、いささか感情的にも反発をしたい。科学的知見で判断されるようになっているが、どうも政治的な判断で、盛り込まれるで、納得がいかない。

細野豪志原発相も敦賀に訪れたおり、この話をしておられたが、いずれにしても「脱原発」の世論の中で、法律を出そうとしていることは確かだ。

敦賀市にとって、敦賀1号機は、補助設備など改造も多く、現在も市に入る固定資産税も多い。また、雇用面なども含め、傍観できる話ではない。特に敦賀1号は、地元要請も強く運転期間を延長し、経済産業省も了承していただけに、今後の扱いが注目される。 

年が明け一日がまた過ぎる。日常の積み重ねだ。夜空に夢をたくしたいが、夜空の雪雨が振り続いている。政治や経済も動きが激しくなりそうな雲行き。敦賀も昨日の報道だが、敦賀1号も財政や雇用など影響が大きいだけに目がはなせない。一つ一つの課題に対して、できることを積み上げていくしかなさそうだ。今年はまさにそんな年だ。
【2012/01/07】 | ページトップ↑
今年の課題と施策
Date:2012-01-06(Fri)

今日から寒の入り。小寒というそうだ。仕事始めが済み、張り切って仕事といきたいが寒さが身にしみる。

まず、冬は風邪の防止。暖房も過乾燥によって風邪になりやすいとか。特にインフルエンザの大敵は過乾燥。インフルエンザウイルスは低湿度・低温下で生存しやすく湿度50%以下になると患者数が急増すると新聞の健康欄にあった。

新年にあたって、歳を考えて体調のまずは安全管理。その上に健康管理と書きたい。朝の自転車を夜のウオーキングにきりかえたが、アルコールと寒さで5日の内2日の実行にとどまっている。

本題と思うのだが、やはり今年の課題というより難題は、原子力政策だ。福島の事故で世論は「脱原発」に急傾斜。民主党政権、こと政府「脱原発」へ傾斜。

まずは、原子力発電の安全性が問われ定期検査後の再稼働ができない状態が続く。2月中には嶺南のすべての原子力発電が停止する。昨日の日刊福井新聞にも有効求人倍率で県内トップを走っていた小浜のハローワークが最下位に転落との記事。

逆に製造業の持ち直しで三国ハローワークがトップにたった。小浜も製造業の停滞が続くだけに原子力発電の定期検査の終了は大きく、あまりも速い転落でもある。敦賀はまだ原電、関電の定期検査が残るだけに1.35と県下第二位だが早晩、影響が出ることが予想される。

昨日も関電の八木社長、原電の浜田社長が年頭の挨拶に議会に来られたが、まずは再稼動が当面の課題とか。

政府は夏までに国の原子力の基本政策を提示されるが、核燃料サイクルも渦中にあり、高速増殖炉もんじゅは核燃料サイクルの要だけに継続、維持が最大の命題だが、敦賀市にとっても、将来を大きく左右する。

敦賀市も北陸新幹線が完成すると予想される15年後、20年後は人口動態から推測しても6万人を切るか、どうか、そんな時期を迎える。

生産年齢人口の縮小、財政難や消費減など負のスパイラルに拍車が掛かる。これに原子力発電のゆくえがどうなるのかで、敦賀の状況が大きく変わる。

何度も語ることになるが、右肩下がりでの課題克服ほど難しいものはない。

今年は敦賀で人口が一番多い団塊世代が65歳を迎え、冒頭の健康管理への施策はもちろんだが、健康増進の施策が重要となる。グランドゴルフ場の整備も必要だが、ソフト面のバックアップも必要とも思っている。

他力本願というか、行政主導で続けられてきたまちづくりも限界が見えてきた。いかに住民主導、市民主導でまちづくりを進めるか、人口規模の同じ鯖江市や越前市のNPO法人の数を比較しても、その度合いがわかる。

いずれにしても、今年の最大の課題は原子力政策だ。働きかけと見極めが大事になる。一方で、高齢者の医療、介護はもちろん、健康管理、健康増進、さらには市民が主役のまちづくりなどソフト面の施策の充実が、今後のキーとなる。

それには財政基盤がどうなるのか、市の中期財政計画の5年だけの見通しで政策判断ができなくなっている。10年間くらいを見極める裁量もほしい。
【2012/01/06】 | ページトップ↑
敦賀2号機と原子力政策
Date:2012-01-05(Thr)

昨日は、仕事始め。市役所、プラザ萬像と年賀式と続いた。天気も雨かと思えば雪に、雪かと思えば晴れに。冬独特の気候だ。

河瀬市長は「穏やかな正月を…」との言葉をいずれの挨拶でも使った。平穏ほどいいものはない。

正月の句を探すと石川啄木の句に出会った。

『何となく、今年はよいことあるごとし。元日の朝晴れて風無し』

啄木が25歳になる年の歌である。のどかな正月の気分を詠んでいるようだが、実はそうではない。啄木は前年、生後間もない長男を亡くしたほか、借金を膨らませて生活苦に陥った。家族の病気、家庭の不和と相当苦しかったようだ。

人が望む良い事とは、決して特別な幸せなどではないだろう。ただただ普通の状態にとのぞむだけだ。

昨日のNHKの気象解説によると、うるう年は、平穏な年とか。2000年には台風の上陸が一度もなかったとか。

普通であれば、それだけで十分に良い年だ。そんなささやかな、でも切実な願いが、今年ではないか。

東日本大震災、福島の事故という未曽有の大災害を経験して正月を迎えた日本。年頭の挨拶で必ず出される今年だけに、切実な願いでもある。

先日も福島の方と話をすると「原発の事故で住めなくなったが、原発で30年間、生活ができた。だから敦賀に引越してきた。ただただ、安全だけは頼みます」と。正直な言葉だろう。

昨日、河瀬市長の定例記者会見で、原電が国にストレステスト(耐性評価)の1次評価結果を提出した敦賀2号の再稼働について、地震と津波の安全対策を上げ、安全性に関する国のお墨付きが得られれば容認する姿勢を示したとの報道。

「国として安全基準うんぬんのみならず、『大丈夫ですよ』というお墨付きがあれば再稼働は容認してもいいのではないか」と述べ、これも正直な言葉だろう。

国の原子力政策の判断の曖昧さを西川知事はしきりに指摘し安全基準を明確にするようにと述べている。立地自治体県の長として、私はまともな発言とも思う。

菅前首相の浜岡停止要請や脱原発宣言が、原子力政策の混乱を増幅させた言っても過言ではない。その混乱がいまイメージとして、この国の脱原発の雰囲気となっている。雰囲気は有権者に甘い政策となる。

今の日本は、その不安を復興への固い決意で打ち消し、希望に変える歴史的使命を負うと思っている。国の原子力政策もしかりだ。

どんな苦難の中でも、人は暦を繰って前へ進まなければならない。原子力発電の安全もしかりだ。今となっては、前に進むには時間を要する。イメージ先行がどれほど、この国を悩ますか。国の原子力政策の正常化とまともな議論を望みたい。

今の政権に望むのは、決意と決断、それに実行。消費税論議のように、前に進むには努力をしてほしい。玄葉外相も中東に原子力発電の売り込みにむかう。安全の確信があるから売り込めるのだ。

それが普通の日本の原子力発電の技術力だ。これが普通の生活にもつながる。ただただ今年は普通の年になることをのぞむだけだ。
【2012/01/05】 | ページトップ↑
画竜点睛
Date:2012-01-04(Wed)

今日から仕事始め。大阪、東京、群馬、長野、四国と放浪の旅を終えて先ほど敦賀に戻った。私ごとで恐縮だが家族全員と過ごすほど、いいものはない。今年は、息子の結婚で家族が増える。これも良し。不思議な感情だ

ところで、今年は辰年。私の干支でもある。「竜」の字を当てて「昇竜」と威勢よく、行きたいが、そんなためしなどない。危なっかしい。

「画竜点睛」という言葉がある。正直、かけない。寺の壁に描いた竜が瞳を描き込んだ途端、天に飛び去ったというのが画竜点睛の故事。

物事の肝心なところ、あるいは最後の仕上げの意味で、今年を占うのにふさわしい言葉ではある。

しかしだ。一方で、「画竜点睛を欠く」として使われる。画竜点睛を欠くとは、ほぼ完成しているが、肝心な一点が抜けているため、全体が生きてこないこと。「画竜」は「がりゅう」とも読む。私の誤りは、ここからでもある。「点睛」を「点晴」、「欠く」を「書く」とするのは間違い。どうもしまらない。

「画竜点睛を欠く」。私ではないが、ここまで積み上げてきた原子力政策を、福島の事故が大きかったとはいえ、世論に迎合する政策の転換がよいのか、疑問に思っている。

まずは高速増殖炉もんじゅだ。このまま終わらせていいのか、少資源国、日本のある意味では生命線でもある。一兆円以上も投資し、安全性を高め、ストレステストを受けようとするプラントだ。まさに画竜点睛のこの時期にイメージの世界で議論される不幸を私は憂う。

辰年を干支では壬辰。「壬」は孕むの意で、事がますます重大になることを表すとともに、事に当たる、任ずる意味も内在し、多くの課題に当たる人物が輩出してくることを表す。もんじゅは、次への大きな人材育成プラントでもある。

正直、申し上げて、民主党政権のエネルギー政策には疑問だらけだ。本を読むと、「竜」は十二支のうち唯一架空の動物で人の心が生み出した。霊獣とされる半面、シカの角、鬼の目、タカの爪などの寄せ集め。

怪物でもあり、正体を見極めようとすればぼやけてしまう。今年がどんな年か。見極めるには本当に難しい。敦賀にとって、いまほど、危機感と将来を見定める目がいまほど必要なときはない。
【2012/01/04】 | ページトップ↑
看護大学の時間とビジョン
Date:2011-01-03(Tue)

敦賀市の今年の政治課題の中心は原子力政策にほかならないが、国の政治判断が伴うだけに、あとに譲るしかない。ただ、1970年代の製造業中心の街から原子力に重心を移し、2010年代は、原子力発電とどう向き合うか、大きな岐路とも思っている。

70年代、敦賀市の産業構造の中心は8千名を超える製造業にあった。今は、原子力発電の従事する2千名に、製造業5千名近くに1万人ととも言えるサービス業と組合せによって地域経済が成り立っている。いうまでもなく、その中心は原子力で回っていると言っても過言ではない。

その歯車がどう変化するか、いままで通り回るのか、ギクシャクするのか、小さくなるのか、この一年は、福島の影響が大きいだけに大きな岐路と思っている。

原子力が維持されようとされまいと税収に減少が続く敦賀市において、医療、介護、子育てなど福祉予算は、上がり続ける。そのなかで、敦賀市と敦賀市議会は、2年後の看護大学設置を選択した。

私は、この岐路とも言える時期に、看護大学の設置は、教授陣26名の維持のためにも大きな負担となりかねない。この岐路とも言える時期の判断は、先送りすべきと考え12月補正予算には反対をした。

選択をした以上は、市立看護大学の設置と持続は、是が非ともやり遂げなければならない敦賀市の命題だ。この時代にわずか7万人市民で大学をもつしんどさと、覚悟を敦賀市民が共有しているとは思えない。

この街のもつおおらかというか、他力本願ともいうべき存在が、敦賀短大の失敗であり、市民の大学として、最後まで支えようとの気迫ともいうべきものがなかったとも感じている。

選択した以上、金をかけても存続させる覚悟と市民の大学とすべきと環境整備が必要だ。時間と明確なビジョンがいると思っている。

不幸中の幸いというか、福祉の中でも医療、介護に関わる予算は、政策によって、うなぎ登りをどう平坦化させるか、その中に看護大学を組み込むべきでもある。

敦賀市の国民健康保険財政、介護保険財政をみても明らかに市民の負担増は明らかだ。

敦賀の医療に標準を合わせても現場の医師や医療スタッフの献身的な努力によって守られてきた。しかし、医師や看護師の確保状況によっては、いつ深刻な状況になってもおかしくはない。

さらに、今後、高齢化が進み、高齢者の「絶対数」が増加することは必至だ。30%から40%と加速化する。

現在の医療体制のままでは、市内4つの救急を始めとする医療体制は破綻する可能性が高い。

医療費増加と税収減少の均衡を保つためにも看護大学の活用は欠かせない。私もまだまだ思案しているがいま、大きく二つだ。

1つは、医療と福祉、健康づくりの連携充実だ。
福祉や健康づくり政策を充実させ、医療の負担を軽減する。
できるだけ病気にならない予防医療を推進する。

特に在宅の福祉を充実させ、満床となる病院の病床に余裕を持たせる。医療についても、在宅医療を充実させることが必要だ。

福祉や健康づくり政策を進めることで医療費の負担を少なくする必要がある。看護教育で忙しいとなるかもしれないが、大学の教授陣の活用だ。市民の税金を使う以上、あらゆる工夫をして、この仕組みに看護大学を組み入れる。

2つめは、
看護師の人材養成のソフト事業を嶺南全域に展開することだ。高齢化率上昇は敦賀市以西の高浜町まで敦賀よりも高く、加速度的だ。

専門的な看護スタッフも不足する。いずれ助産師、保険師分野の進出も嶺南広域へと提案し、敦賀市だけの負担から嶺南全域の負担と、大学を進化させる。公立小浜の看護教育との連携でもある。

医療の充実は、マイナス面ばかりではなく、別な視点で見れば、医療は多くの雇用を確保できる、地域の産業という面がある。
いずれにしても、適切な地域医療の維持は、嶺南全体の人口維持、活力維持にもつながる。敦賀市のコンクリートとから人への転換でもある。
【2012/01/03】 | ページトップ↑
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