敦賀の隣接地、余呉町
Date:2015-08-31(Mon)

昨日は敦賀まつりの町内の民謡おどりの準備、午後は、古い仲間と電車にゆられて滋賀県の余呉湖へ。福井発ー長浜行きの普通列車、意外に乗客が多い。

奥びわ湖の山に抱かれた余呉湖、1周6、4キロの小さな湖だが琵琶湖とは、違った魅力がある。30年ほど前は子供を連れてスキーやキャンプと、楽しく過ごした場所でもある。

今も、宿泊施設とレジャー施設を併設したアウトドアスポットの施設が充実。 夏はアスレチック や パターゴルフ 、テニス、グラウンド・ゴルフ。グランドゴルフで敦賀から出かける方も多い。冬はファミリーゲレンデでソリやスキーで遊べる。ただ、温暖化でどうも雪が少ないとか。

それでも、湖から岐阜、福井県境までの北側のほとんどは峡谷も伴う険しい山岳地帯となっており、南北に通る余呉川と国道(北国街道)沿いも山深い全国でも屈指の豪雪地帯。日本最南端、かつ近畿以西唯一の特別豪雪地帯に指定されている。

また、「羽衣伝説」や「菊石姫伝説」がのこる神秘の湖として、俳句大会、サイクリングやハイキングと観光にも力を入れ、「余呉川堤の桜」は、菜の花と桜のあざやかな競演が楽しめ、冬季には「ワカサギ釣り」に多くの方が訪れる。

余呉湖まつりや健康マラソン等のイベントも行い、地域おこしに懸命だ。

ところで、かつての余呉町(合併して長浜市余呉町)もそうだが、奥琵琶湖周辺では高齢化と人口減が進んでいる。大津市、草津市などの湖南、湖西との格差も広がりつつある。

話を大きくするが、先週、アベノミクスの重要指標とされる株価も、雲行きが怪しくなってきた。都会の元気さを、いざ、地方へとの思惑も程遠く感じられる。世界的な株価の乱高下を受け、景気回復へのシナリオに影が差し始めている。

都会から地方へ、という好循環の未来を描き、地方創生というか、ーーー。福井県も嶺北、嶺南の格差の格差、滋賀県で言えば、湖東と湖西の格差、湖南と湖北の格差、奥琵琶湖、余呉湖周辺は自然が豊かだけに、それも集落維持が大きな課題だ。

県境で敦賀市への情報も少ないが、密接な関係にあることは確かだ。
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【2015/08/31】 | ページトップ↑
戦後日本のはじまり、敦賀のはじまり
Date:2015-08-30(Sun)

最近の朝夕の涼しさは、急ぎ足の秋に追い立てられるように夏がいくようにも感じる。今週は気比さん祭り、にぎやかな敦賀を楽しみたい。

ところで、昨日、8日に公開となった映画「日本のいちばん長い日」の原作を読み終えた。映画は、まだ観ていないが、半藤一利さんの歴史に忠実に書かれた原作を読むと、そのときの緊迫感、危機感が伝わってくる。

実は、前作を映画館で父と観たときのことを覚えている。確か1967年8月、終戦の日を前に映画化され、三船敏郎、加山雄三、笠智衆など名だたる俳優陣で構成され、ほとんど忘れたが、三船敏郎の阿南大臣の切腹シーンの迫力はいまでも心に残っている。

父は明治30年生まれで、明治38年の日露戦争の金沢での提灯行列の光景をよく口にしていた。イケイケドンドンのいいが、止めるときの決断、責任の取り方、これほど難しいものはない。

いずれにしても、メディアをはじめ世間の戦争回顧も8月15日の終戦記念日を境に少なくなってきた。しかし歴史を振り返れば「戦後」は夏の終わりに始まった。

1945年8月28日、連合国軍の日本本土占領、同日、先遣部隊が神奈川県の厚木飛行場に到着。翌29日には連合国軍最高司令官マッカーサーがパイプをくわえて、飛行場に降り立った姿は何度もみたことか。

そして9月2日の戦艦ミズーリでの降服調印式とつながる。敵国の写真ながら、戦後の平和日本の原点はここにあるとも思う。

敦賀の戦後すぐの圧巻の一枚の写真がある。空襲を逃れるために黒くぬられた敦賀市立博物館、そして、その屋上に星条旗が立っている。

敵国の旗ながら、たくましく生きていこうとする博物館、旧大和田銀行の力強さを感じる写真だ。まさに戦後の敦賀の歴史はここから始まったと言っても過言ではないとも思う。
【2015/08/30】 | ページトップ↑
北陸新幹線敦賀延伸での福井の焦り
Date:2015-08-29(Sat)

北陸新幹線開業による石川県、金沢市での経済効果は大きい。富山、福井と比べればまさに一人勝ち。兼六公園など目に見えて観光客が増えているからだ。

福井県や嶺北の焦りを感じる。人口減少が石川県よりも急速に進むなど、観光客数も明らかに格差が生まれている。

その理由はわからないまでもないがハードばかりの議論で、ソフト面がまったく追いついてないことや前倒しの費用増加を誰が負担するか、など検討の甘さを感じる。

昨日の北陸新幹線の金沢・福井間の前倒しを話し合う与党の検討委員会は、開業を2年前倒しして平成32年度とすることは可能だとする結論をまとめた。

検討委員会では技術的に工期の短縮が可能であること、開業の前倒しには最大で約160億円程度の追加の費用が必要になる。

さらに、委員会の結論を受けて「福井まで含めて敦賀までの区間をさらに前倒しして開業する検討などを行う」とする見解を発表し、検討に必要な調査費を来年度予算案の概算要求に盛り込むことを決めたとか。

前倒しを急ぐのもいいが、受け入れの準備など、どの程度か、敦賀市では8年後さえも、ほとんどできていないといっても過言ではない。

一方、昨日、JR西日本は北陸新幹線の延伸計画で、小浜駅と京都駅を通る独自案「小浜・京都ルート」を新たに策定したとか。。敦賀駅から琵琶湖の西側を通って新大阪駅に着く。

すでに3ルートが検討されており、4つ目の案となる。観光需要取り込みや経済効果などで新ルートが有利と判断、政府や自治体に提案していくとか。

今の品川駅、東京駅、上野駅など、地下で結ばれるルートを考えると、ひとつの合理的な案のひとつと思う。

ハード、ソフトも含め地に足のついた議論と検討を進めるべきだ。
【2015/08/29】 | ページトップ↑
進化するLNG発電と太陽光発電
Date:2015-08-28(Fri)

昨日は、堺市の臨海部に位置する関西電力の堺港発電所のLNG発電、堺市と関西電力との共同事業の堺太陽光発電所、昼からは枚方市にある家電リサイクルを行う関西リサイクルシステムを視察した。

堺港発電所は、1964年12月に1号機が運転を開始、8号機までが建設された。当初は石油専焼だったが、旧設備を廃止し、新たにLNGを燃料とする1,500℃級コンバインドサイクル発電方式の設備を建設し、昨日は発電容量200万KWとのほぼフル運転。これは関西電力の昨日の電力供給の1割。

発電方式は、効率の高いコンバインドサイクル方式を採用。ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせたもの。最初に圧縮空気の中で燃料を燃やしてガスを発生させ、その圧力でガスタービンを回して発電。

ガスタービンを回し終えた排ガスは、まだ十分な余熱があるため、この余熱を使って水を沸騰させ、蒸気タービンによる発電を行う。堺港発電所は、最新鋭で58%の熱効率。

発電機の起動・停止も簡単で、電力需要に敏速に対応できるというメリットがあり、これは1950年代の火力発電の、約2倍〜3倍もの熱効率。この50年で、火力発電所は「1の燃料」から「約2倍〜3倍」もの電力を生み出せるように進化している。

敦賀でLNGの発電所とタンク基地が検討されているが、コンパクトになったと言えども、平野部の少ないこと、ロシアとの関係、事業者、電力消費、発電ロスなど課題は多い。

堺港太陽光発電所は1万KW、建設当時は日本で一番大きな太陽光発電だったが、いまは十数番にその地位を譲っているとか。私たちが訪れた午前11時頃は天気もよく約7千万KWの電気が発生していた。

ちなみに、現在、九州電力で五島列島に43万KWの大容量の太陽光発電が計画されているとか。 コンパインド発電といい、驚きの進化だ。敦賀市内も太陽光発電がこの4年でも知るだけで10ヵ所近く増えた。 法律での制度の効果は大きいが、一方で電気料金など課題もある。
【2015/08/28】 | ページトップ↑
廃炉で新たな支援、歓迎したいが課題も多い。
Date:2015-08-27(Thr)

昨日の長野市は涼しいというより、半袖では寒いくらいだ。ほんとに人間とは勝手なもので、急激な変化を好まないものだ。
台風一過、急速に秋風の走りを感じるようになった。炎天下で賑々しく鳴いていたセミの声も止み、水田では、背丈の伸びた稲穂がゆさゆさと風に揺れ収穫が始まっている。

その中で、原子力発電所がある自治体に出される国の交付金が、廃炉が決まった自治体で来年度から打ち切られるのに代わり、資源エネルギー庁は自治体の財政などへの影響を和らげる新たな支援策として、45億円を来年度の予算案の概算要求に盛り込む方針を決めた。

渕上市長などの全原協の繰り返し繰り返し行った要請活動が実を結んだ。ほっとする反面、期間がわからず、これからの厳しさも感じる。

ことし4月に計5基の原子力発電所が廃炉となった敦賀市と美浜町、それに松江市と佐賀県玄海町と、交付金が来年度から受けられないだけに、今回の国の措置は評価したい。

雇用など経済面でも原子力発電所と共に、半世紀近く国への貢献が、制度上、打ち切られるのは敦賀市にとって厳しいものだった。

その対応策として、国の資源エネルギー庁は、地域振興などを行うエネルギー構造転換理解促進事業という新たな支援策をつくり、45億円を来年度の予算案の概算要求に盛り込む方針を決めたとか。

算出額でみると、敦賀市に配分される額は打ち切られる交付金の1年分を上回るとも考えられる。

ただ、これまでの交付金と違って長期的に支払われるか、まだ不透明で、急激な変化を避けるためには、廃炉作業が終了するまで交付づるべきとも考えるが、財政措置がどこまでできるか、これからも要望を続けることが大事だ。

いずれにしても、求められるは、この新たな支援策を活用して自立的な財政運営を実行できる仕組みづくりが大事だ。特に敦賀市も交付金で建設した施設が多く、老朽化の時期を迎え、どう対応するか、大きな課題を抱えている。


【2015/08/27】 | ページトップ↑
議会基本条例の実践と見直し
Date:2015-08-26(Wed)

一昨日の宝塚市、昨日の茨城県取手市、今日の長野市とこれまで敦賀市議会で制定した「議会基本条例」を各市議会でどう実践しているのか、それぞれ特徴あるところを視察することが今回の目的だ。

「議会基本条例」とは、地方議会における議会と首長・執行機関、住民との関係のあり方、さらには議員の役割を定めた、いわば議会の「憲法」だ。 

2006年に財政破綻した夕張市の隣町・北海道・栗山町議会が全国で初めて制定し、その後、全国の自治体に広がり、敦賀市議会でも11年3月に制定した。

市議会、県議会など全国的な条例と言える。背景には、国から地方へ権限を移譲する地方分権の進展がある。国と地方の関係を「上下・主従」から「対等・平等」への転換を目指す地方分権一括法が2000年4月、施行された。その大きな柱が、国が地方に委任していた機関委任事務の廃止だ。

これを機に自治体自らが責任を持つ自治事務が一気に増え、自治体に自立が求められた。同時に、チェック機関である議会の役割が一層問われることになった。「首長の追認機関」「政策をつくらない」などと揶揄されてきたが、旧態依然では済まなくなった。そこに夕張市の地方自治体の財政破綻だ。

条例の主旨は住民参加の開かれた議会であり、二元代表制、情報公開は言うまでもなく、常任委員会での質疑も執行機関側だけをただす一方通行ではなく、議員間で広く議論し、結論を導き出すなど自由討議といった理想的な議会像を目指した。

敦賀市議会の条例もこの理念に沿っている。ただ、基本条例の実践にあたって、課題もある。

例えば「議会報告会」、年によって違うが、年1回から8回、各公民館で行ってきたが、参加人数がすくなることや執行機関こと理事者の代弁的になること、原則として議員個人の意見は述べられないことによる聞き手の市民から物足りなさを感じていること、などだ。また、議員同士の討議と言っても、最初から結論ありきで、自由討議、討論が、条例の理想とは違うことなどの課題が浮き彫りになっている。

制定そのもの制定、そして議会報告会など敦賀市議会も実践してきたものの、どこ自治体も共通の課題で悩んでいる。「独自性」と、取手市も「メールマガジン」「議長立候補時の所信表明」、議員個人の賛否が明確にわかる「表決システム」など、議会改革に取り組みを学んだ。

いずれにしても、基本ルールをつくっても魂が入らなければ絵に描いた餅になる。それだけに基本条例の実践、見直し、議会改革など日々、勉強だ。
【2015/08/26】 | ページトップ↑
台風15号、被害の少ないことを
Date:2015-08-25(Tue)

深夜から、台風15号の報道ばかりだ。被害の少ないことを祈りたい。昨日より議会の運営委員会のメンバーと共に、議会改革をテーマに、昨日は宝塚市、今日は茨城県取手市にむかう。

そんな中、東京で頑張る敦賀出身者も多い。昨夜は、麻布十番で店を出して一年の店を訪れた。頑張る姿はたのもしい。

ところで、昨日は、無類の酒好きの歌人、若山牧水の生誕130年とか。

「人の世にたのしみ多し然(しか)れども酒なしにしてなにのたのしみ」。

酒を愛し続けた生涯だった。痛飲がたたり肝硬変のため43歳で没した。「酒の歌人」の異名を持つほど無類の酒好きだっただけにどことなく印象に残っていた。「太く短く」も生き方と高校時代、先生が言っていた思い出す。

朝と昼に2合ずつ、夜は6合。1日1升を定量にしていたが、実際は「最低量」で1升以上は軽く飲んでいた、との話もあったとか。

檀一雄の「火宅の人」の生き方とも共通し、ここまでできれば、どことなくうらやましい生き方だ。

「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」と、牧水の酒の歌はいきいきしている。

夏の夕暮れもいいが、秋の夜長に独酌も、そんな静かな夜はいい。今日も台風の報道ばかりか。被害の少ないことを祈るのみだ。中国の爆発事故、朝鮮半島のざわめき、株価も世界同時急落とか、どこなくざわつく世の中は不安となる。

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【2015/08/25】 | ページトップ↑
北陸新幹線の効果は大きい
Date:2015-08-24(Mon)

福島駅の観光パンフレットに金沢の広告があった。北陸新幹線は金沢への予想外の観光客を呼び込んでいる。北陸新幹線の開業後に関東はもちろん、もちろん、長野、さらに東北から石川を訪れているとか。

聞くと、北陸新幹線の開業後は東北から石川に向かう人がかつてない勢いで増えた。仙台や福島から金沢への移動時間が1時間以上短くなり、最速で3時間台になった影響が大きい。旅行代理店では東北を出発して石川県で宿泊する旅の需要が倍以上に伸びている。

JR東日本でも東北で北陸方面の旅行商品が売れているという。福井県も含め、想定を超えた新幹線効果が上がっている。

北陸新幹線敦賀延伸で観光客の増加に疑問に思う方も多いが、私は違うと思う。埼玉、群馬、栃木、長野、新潟と福井は縁が少なかった。北陸新幹線での結び付きは大きな転換点でもある。大事なのは受け皿の問題だ。 

金沢では、逆に、先手を打って、金沢では東北での誘客活動を急ぐ。理由は、北海道新幹線の開業が近づいているからでもある。開業後は仙台と函館が現在より1時間短い2時間半程度で結ばれる。北海道新幹線の時間短縮効果は東北から北陸に向かう人の流れに影響する可能性があるというのだ。

 先日、視察では、北海道の新幹線対策は出遅れ気味と伺ったが、開業を来春に控えて地元、函館の新幹線への意気込みは相当だ。

大宮駅で東北新幹線から北陸新幹線に乗り換えると、仙台や福島から金沢に着くまでの移動時間は京都に行くより短い。さらに嶺南、敦賀を経て、京都観光の需要を効果的に取り込む手だても考えたい。

 先日の仙台の百貨店が行ったアンケートでは、歴史や文化、日本海の幸への関心が高かったという。文化の厚みと食の魅力を生かしていけば、石川は東北でも旅先の定番に浮上する潜在力がある。さらに福井へ嶺南へと北陸新幹線の効果は大きいはずだ。
【2015/08/24】 | ページトップ↑
季節の変わり目、人生の変わり目
Date:2015-08-23(Sun)

立秋を過ぎたが、まだ暑さが続くが、夜になると、ひんやりとした冷気を感じるようになった。思わず窓を閉じる。

季節の変わり目、夏の疲れが出てくる。体調管理に気を配りたい。敦賀の子どもたちにとっては、楽しかった夏休みも今日で終わる。明日から学校だ。

全国各地で厳しい猛暑が続いた今年の夏は、戦後70年という節目の夏だった。その夏も終わろうとしている。

ところで、昨日は大学時代の寮、それも同じ部屋で一時期を過ごした6人での同窓会。ほぼ40年ぶりの再会だ。

同窓と言っても学年は違う。商船大学独特の寮制度で一年から四年までの4人が同じ部屋で過ごしただけに、すぐにタイムスリップできる。

体型、頭もずいぶんと変わった。その寮も残るものの、4人部屋から個室へ。男子寮から男女共同へ。大学の名も商船大学から神戸大への寮と。月日の流れは速い。

神戸の町並みも震災を経て大きく変わった。地震に強い街並みへの変貌だ。

話を戻すが、夏の暑さが衰え、秋になって感じる新鮮な冷気。今は、夏の空気と秋の空気が交差する、そんな時期か。今日23日は二十四節気の一つ「処暑」とか。

「処」は収まるの意とかで、暑さが一段落するころ。刺すように肌に痛かった日差しは、だんだん穏やかに、優しくなってきた。熱気、湿気を含んでいた風に、夜はどことなく秋風。人生にも四季を感じた昨夜だった。 
【2015/08/23】 | ページトップ↑
24時間社会とネット社会
Date:2015-08-23(Sun)

寝屋川市の痛ましい事件には、今の時代が反映されていることは確かだ。都会だけの話ではないと思う。この敦賀市にも潜む世界だ。「24時間社会」は、都市の活力を示す前向きな言葉として理解され、コンビニやファストフード店が大都市から地方に波及している。忘れてはならない常識があるように思う。

深夜の敦賀の本町から中央町へ歩いて帰る途中、警察のパトカーに呼び止められ「深夜のひとりブラブラと歩くのは危険ですか注意して帰って下さい」との指摘、よほど千鳥足と反省もあるが、正直、そんな社会だともあらためて認識した。

子どもたちを夜の街に出さないのが常識だが、どうもこれも崩れつつあるらしい。今回の事件の背景には、ネット時代の親と社会の関係も知らず知らずに変貌している。シングルマザーも多い。

一方、最近の犯罪はコンビニがらみの事件も多い。中央町のコンビニでの強盗も深夜だった。嶺北であった強盗殺人も深夜のコンビニが舞台だった。

折から進んだネット社会と併走し「24時間社会」は昼夜の時間感覚を狂わせた。携帯電話でつながっているから、夜遅くに外出しても安心だと親子の間に錯覚をもたらした。

次々と起きる10代の子どもたちが犠牲になる事件が証明しているようにも思う。今では静かな郊外の疋田のなどのコンビニまでが、24時間営業灯りをつけている。コンビニの「不夜城」は、都市の当たり前の光景がもう地方の常識だ。しかし「24時間営業」は、大人社会には便利でひとつの安心でもある。

子どもから大人にまで、夜の怖さやヤミの不安さを忘れさせたようにも思う。
コンビニなど深夜・未明の仕事が社会に必要なのはいつの世も当然であり、人が寝ている時間に働いている人たちには心から、ご苦労さまと言いたい。だが、一方で繰り返しになるが、深夜の生活が子どもたちにどこまで必要なのか、身のまわりから点検が必要にも思う。
【2015/08/23】 | ページトップ↑
夏の終わり
Date:2015-08-22(Sat)

とうろう流しと高校野球が終わり、夏の終わりを感じる。人間も勝手なもので、過ごしやすさと同時に寂しさも感じる。夏バテぎみかもしれない。

興味をひいたところで、「あなたが一番元気になる応援歌は」と質問されたら、どんな歌が思い浮かぶだろう。住友生命が男女各500人を対象に「応援」をテーマにしたアンケートではこんな曲が並んだ。 

男女を合わせた1位はダントツで「負けないで」(ZARD)。2位には「ガッツだぜ!!」(ウルフルズ)、3位には「三百六十五歩のマーチ」(水前寺清子)。

順当と言えば、順応だが、応援歌とは別に「どのような応援が一番うれしいですか」という質問に対する回答。

一番は「称賛の言葉」、二番が「話を聞く」、三番が「見守る」、四番が「物・お金の支援」、五番がは「手紙・電子メール」と続く。

ある老人ホームに行くと、手紙よりも少しの時間でも会いに来てくれること。物やお金よりも誉められること。それも肌を接しての励ましは、高齢者にはなによりとのこと。

話を聞き、見守ってくれる人の方が頼りになるというのだ。ここに高齢者の介護の本質もあり、若者などへの「応援」の本質が表れているように思う。

人を励まし、親身になって話を聞くこと、育てることも同じだ。身近で見守ることが大切ということだろう。

老人ホームでも、家庭はもちろん、学校や職場、心に留めておきたいことである。 ところで、敦賀の夏の終わりはやはり気比さん祭りだろう。もう少し頑張ろう。
【2015/08/22】 | ページトップ↑
敦賀出身者の就職事情
Date:2015-08-21(Fri)

いくぶん過ごしやすくなってきた。こんな中、敦賀出身の大学卒業予定者は、夏の暑い中、就職活動に汗を流している。大半が、敦賀市に帰って来ないのが現状だとか。

先週、報道で、せっかく内定を出した学生を、大手企業に奪われてしまうのではないか。企業の人事担当者のこんな悩みを「8月の憂鬱」というそうだ。 

来年春に卒業予定の大学生らに対する企業の選考活動が解禁されて20日。経団連の方針変更で昨年より4カ月遅い解禁となったが、採用内定の解禁日は10月1日に据え置かれたため、選考期間は2カ月の短期決戦になった、とされる。 

しかし、これはあくまで経団連に加盟する大手企業の動向だ。中小企業などには、有為な人材を早く確保しようと7月までに内定を出したところも多いとか。

ともかく、今年は学生優位の売り手市場である。大半が大手志望という現実がある以上、福井県、ましてや敦賀市のような地方の中小企業にすれば、内定辞退が続出する事態なども想定せざるを得ず、これまでに増して厳しい採用戦線かもしれない。

当然ながらそれは、大手が集中する大都市に人材を奪われることを意味している。人口減少と戦う自治体にとっても注目の「熱い夏」である。敦賀市役所も採用試験をひかえる。 

いずれにせよ、本当に憂鬱な8月を過ごしているのは、ゴールが見通せないまま、残暑厳しいオフィス街をリクルートスーツ姿で、地理的な制約もある地方の学生らはなおさらだ。 

経団連主導の日程では、地方に若者の雇用を創出するという政府の戦略もままならないのではないか。 

一方、昨夜、連合の政策懇談会で、福井県のニートの話題になったが、敦賀市内にも、都会や嶺北の企業に就職したものの仕事に疲れ、パラサイト的に親元で、アルバイトやパートで暮らす若者も意外に多い。市役所で臨時職もそのひとつだ。

一度、大手の企業を離れると、リベンジがきかない実態は地方ほど、深刻だ。まして、原子力発電所の長期停止で市内の企業も四苦八苦で、正規の職員を雇う余裕も少ない。

こんな事情から、都会の時給1000円を超えるバイト料もあり、再び都会にあてもなく戻る若者もいる。いずれも厳しい夏であることにはかわりない。
【2015/08/21】 | ページトップ↑
立地地域に大きな痛手となる制度変更
Date:2015-08-20(Thr)

一昨日の福井県原電所在地特別委員会連絡協議会での経済産業省エネルギー庁の講演での質疑で、私は「みなし規定」を質問。今日のブログで詳細に書こうと思っていたが、それに加えての制度変更が、福井新聞に掲載された。まずは、「みなし規定」から

原子力発電所の稼働率などに応じて自治体への交付額が決まる電源立地地域対策交付金制度について、経済産業省は、安全確保を目的とする停止中は稼働率を一律81%とみなして交付する現在の規定を見直し、福島の事故前の稼働実績(平均約70%)に基づいて原子力発電所ごとにみなしの稼働率を定め、停止中の交付額を引き下げる方針というもの。

みなし規定は原発事故を受けて停止中の全国の原子力発電所についても適用されており、2016年度から適用するとの見通しだけに、敦賀市のように、再稼働が不透明な自治体は影響が大きい。

これに、昨日の福井新聞の2面の記事「交付金2割減で電気代割引見直し 企業に影響、商品値上げも」、いずれは来るだろうと思っていたが、現実のものとなるとより深刻との思いだ。

敦賀市の企業誘致に大きな痛手となる。低迷する立地地域の経済・雇用の安定のためには、電気料金の割引制度などで企業誘致を進めることで、他の地域より優位に立てただけに、厳しい。

全国的にも、これまでは産業団地などに工場を集めて雇用を増やすことに力を入れていたが、製造業が相次ぎ撤退。このため、ものづくり企業への偏重をやめ、多様な業種の企業を誘致する方向にかじを切って企業誘致を進めていた。

製造業は地元中小への波及効果も高く、敦賀市の莇生野の産業団地も雇用や税収の増加を生んできた。

しかし、近年は工場の海外移転などが進み、製造業に的を絞った誘致策はもう限界と、敦賀市田結に進めている産業団地は物量を中心とする企業誘致と、考えていた矢先だ。

具体的には、福井新聞にあるように「原子力発電施設等周辺地域企業立地支援事業(F補助金)」と呼ばれる電源3法交付金の一つで、嶺南地域の原子力発電所立地4市町と、越前市や小浜市など周辺6市町に新増設した企業が雇用数など一定の要件を満たせば、年間の電気料金のおおむね半額分が8年間にわたり交付されていたものだ。

交付額は前年度に比べ約2割減額される見通しで、交付を受けている約130社に影響が出るとも。企業誘致への影響はもとより、場合によっては将来の企業撤退にもつながる可能性すら秘めている。原子力発電所の長期停止で景気が停滞する敦賀市にとって、さらなる試練と言っても過言ではない。大きな痛手だ。
【2015/08/20】 | ページトップ↑
再稼働と廃炉で共通する嶺南地域(県原電所在地特別委員会連絡協議会の総会)
Date:2015-08-19(Wed)

昨日は、美浜町役場で福井県原電所在地特別委員会連絡協議会の定期総会。

嶺南地域の敦賀市、美浜町、おおい町、高浜町の議会で構成する組織。
いま、共通するのは、原子力発電所の安全性の確保もさることながら、長期停止で景気、雇用、生活で苦しむ地域でもある。鹿児島県の川内原子力発電所の再稼働があったものの、まだまだ、この地域の再稼働は不透明なままだ。

昨日の総会の後、経済産業省エネルギー庁よりの講演があった。内容は、受け止め方はあろうが、東日本大震災前に電力供給の3割を担っていた原子力発電所が止まり、現在は9割を火力発電が占めるという現実。

輸入燃料への過度な依存は、エネルギー安全保障の観点で問題が多い。燃料費増大で、電気料金は震災前より家庭向けが25%、企業向けは38%も値上がりした、との報告。

現実には、電力不足による大規模停電などは起きていないが、本来なら引退している古い火力発電所までフル稼働させる綱渡りの状況が続いての結果だ。割高な石油が占める燃料費、当然と言えば当然だ。一方、この嶺南地域でも太陽光発電がいたるところにできた。太陽光や風力など再生可能エネルギーは、天候次第で発電量が変わり、けっして安価ではなく電気料金引き上げの要因でもある。

質疑の中で、政府は2030年度の電源構成で、原発比率を20~22%とする目標を掲げているが、運転開始から原則40年で廃炉にする規制を厳格適用すると、達成できる数字ではないことは明らかだ。新増設など方針も不透明な状況だ。また、原子力発電所の活用を続けるには、使用済み核燃料の課題なども提起された。

いずれにしても、敦賀市からは福島の事故対策で100人を超える規模で単身赴任などで福島県へ。発電所の仕事がないために転勤、移転と人口減少に拍車をかけているという現実も直視しなければならない。

今後の焦点は、他の原子力発電所の再稼働が円滑に進むかどうかである。民主党政権時代、野田首相は産業空洞化や雇用喪失から国民生活を守るためと、大飯原子力発電所の再稼働を政治的に決断した経緯がある。

しかし、今の原子力規制委員会の体制や対応では、政府のエネルギー政策や経済産業省とのギャップと課題は多い。これに現実の立地地域での景気、雇用、生活と課題山積だ。
【2015/08/19】 | ページトップ↑
舞鶴若狭自動車道のガス欠
Date::2015-08-18(Tue)

舞鶴若狭自動車道の三方のサービスエリア(SA)での「コンビニがあって、飲食店、土産店がなぜないの」とよく聞かれたが、すべて交通量によるもので「難しい」との見解。すべてお客しだい、交通量によるものとか。このお客しだいで、三方のサービスエリアでのガソリン缶を販売している。。

安いものではないが、それなりに売れているとか。舞鶴若狭自動車道では160キロにわたりガソリンスタンドがない。そのためガス欠のトラブルも多いとか。

一方、高速道路で発生する車の故障で多いのが、タイヤのパンクやバッテリーの不具合、ガス欠などだそうだ。

今回、高速道路のロングドライブで目にしたのがパンクによる故障車。ガス欠もチェックも必要だが、タイヤの空気圧のチェックも必要とか。タイヤは空気圧の減ったまま長時間走ると破裂するとか。タイヤのトラブルは大きな事故につながる。

空気圧のチェックはガソリンスタンドに行けば自分でできるし、頼めばやってもらえる。その車の空気圧は運転席のドアの内側に、タイヤのサイズと指定の数値を記して貼りつけられている。マナーと言えばマナーだ。

マナーと言えば、駅のエスカレーターを利用で、先を急ぐ人のために関西は左、関東は右空けの習慣がある。不思議なものだが、本来は左右ともに立ち止まって使うのがマナーだという。

全国の鉄道会社や商業施設などが7月下旬から、「みんなで手すりにつかまろう」キャンペーンを始めた。

ちなみに、敦賀駅は、左空け、右空けどちらも見受けられた。一方、欧米各国は左空けが主流とか。関西が国際標準か。

いずれにしても、高速道路の燃料チェックにしろ、駅のエスカレーターしろ、マナーがエスカレートするのは歓迎。 
【2015/08/18】 | ページトップ↑
無縁墓が全国的に増えている。
Date:2015-08-17(Mon)

昨日は「送り盆」、敦賀のように灯篭流しと花火で霊を送るくることもあれば、それぞれに風習は違う。

盆の期間中、全国的に「盆踊り」も多い。四国で言うと、阿波おどりで手ぬぐいなどをかぶって顔を隠すのは、先祖の霊とともに踊るためと誰かから教わった。

誰が踊っているのか分からなければ、ご先祖さまも気兼ねはいらない。この世に迎える心遣いだろう。四国各地で行われる阿波おどりに訪れる観光客も減っているとか。

母方の先祖の墓は福島県の南相馬市にある。東日本大震災でもなく、それ以前から、住職と話すと墓参に訪れる人が減っているという。一方、墓があっても世話をしたり受け継ぐ人がいない「無縁墓」が増えているという話も聞く。

少子化の行き着く先が気にかかる。そんな先を見込んでか、子や孫による管理を必ずしも必要としない「合葬墓」や、跡継ぎの代わりに寺院が供養を続けてくれる「永代供養」のニーズも高いという。 

死者の霊を迎えるお盆の盆踊りにしろ、送り盆の精霊流しにしろ、せめてお盆は、家族が顔を合わせ、亡き人をしのび、語らいのある風習はいつまでも続けたい。
【2015/08/17】 | ページトップ↑
敦賀は「道の駅」構想はあっても、実現化することはなかった。
Date:2015-08-16(Sun)

敦賀で検討はするものの、具体化しない施策に「道の駅」がある。愛発小中学校跡地、葉原小学校跡地、金ヶ崎などなど。この間に、嶺南、嶺北それぞれに誕生して成果をあげている。
全国的にも増えて1000を超えた。この流れを受けて、国土交通省は今年、休憩所や飲食エリアなどがある「道の駅」について、重点「道の駅」を41カ所選定した。

これは、道の駅を経済の好循環を地方に行き渡らせる成長戦略のツールと位置づけると共に、地方創生を進めるうえでの「小さな拠点」のモデルとして重点的に支援するもの。このうち、6カ所が全国モデル、35カ所が重点「道の駅」。

また、地域活性化の拠点となる企画の具体化に向け、地域で意欲的な取り組みが期待できるものを「重点道の駅候補」として、49カ所選定した。国の2015年度の予算措置で社会資本整備交付金により重点配分を行っている。

そのひとつが、「川場田園プラザ」(群馬県川場村)。福島県の帰り、寄ってみた。

「関東好きな道の駅 5年連続第1位」、「日経プラス1 家族で一日楽しめる道の駅 東日本第1位」に選ばれた「田園プラザ川場」は群馬県川場村にある道の駅。高速道路からも遠く、けっしてローケーションはよくないが内容だ。

お土産やレストランが充実しているのはもちろんのこと、アクティブなスポーツ施設や道の駅にはない体験型の施設も豊富にあり、道の駅でありながら家族で1日遊べるテーマパークのようなスポットとして人気。

最近では、バラエティ番組「お試しかっ!」や「がっちりマンデー!!」、「月曜から夜ふかし」などテレビでも多く取り上げられ、客足を増やしている。

なかでも、グルメが充実。自然の恵みを活かした特徴のあるレストラン・お食事処が沢山!本格石釜で焼き上げた「ピザ工房」のマルゲリータや、目黒の人気スイーツショップ「ポタジェ」の柿沢安耶パティシエがプロデュースした絶品クレープなど。都会のグルメを呼び込んでいる。

それに、川場村産のコシヒカプロデューリ「雪ほたか」で作られた「かわばんち」のおにぎりなど、ここでしか食べられない絶品グルメがひしめきあっている。これには、「道の駅」をプロデュースする専門家がいての存在価値となっている。

敦賀市が「道の駅」をつくるにしても、ただ、作ればいい時代は過ぎているようにも感じる。交通の要衝だけに、工夫し、プロデュースした、そんな「道の駅」があってもいいのではないか。
【2015/08/16】 | ページトップ↑
最低賃金の値上げとその実態
Date:2015-08-15(Sat)

今日は終戦記念日。9日夜、NHKで放映されたドラマ「一番電車が走った」は、70年前の実話を基に、被爆3日後の奇跡的な運転再開を描いていた。感動的なシーンだった。

一方、母に伺った話だが、戦時下、男性労働力の不足を補う女性の動員は各地で行われたとか。

電車、バスに限らず、瀬戸内海の船の運転まで。戦後、男性が戻ってくると、ほとんど解雇されたとか。

今も男女の格差はもちろん、都会と地方の格差が残る。私が危惧するのは、その格差が着実に広がっている。

ところで、福井県内の最低賃金を検討する審議会は、今年度は時給にして16円引き上げて732円とするよう答申し、ことし10月から県内で働くすべての人に適用される見通しになった。喜ばしいことだが、手放しで評価することはできない。

レジなど、敦賀市内のパート料は大半が700円、800円台だ。一方、東京は1000円を超える。現在の最低賃金の全国平均は780円。福井県は、これにも格差がある。

目安では、最高の東京都907円に対し、最低の鳥取、沖縄など7県は693円と格差、地方と東京の格差は広がる。

低賃金の地方から都市部への人口流出は、今後も続くと言っても過言ではない。それに雇用の場の縮小も気になる。人口減少の最大の要因でもある。

安倍首相はこれまで「官製春闘」とやゆされるように、再三大企業に賃上げを要請。15年春闘の賃上げ率は2%超の高水準だったが、全企業の0.3%にすぎない大企業の恩恵は、非正規労働者や地方にはほとんど届いていないのが実態だ。原子力発電所の長期停止による市内の景気低迷の影響も大きいとみる。

今やシングルマザーの半数、子どもの6人に1人は貧困。また物価が上昇傾向は低いとはいえ、賃金が値上げに追い付かず、生活実感は厳しい。松葉、和久野といった市営住宅は、まさにその縮図とも言える。この敦賀市内で格差は確実に広がっている。まずは、借金返済と給食費を払えない保護者もいる。

正規・非正規の格差の広がり、地方と東京の格差、まじめに働いても暮らしが成り立たない社会に希望や活力は生まれないと思う。最低賃金の上昇の影に潜む実態、格差はこの20年、30年で確実に広がっている。
【2015/08/15】 | ページトップ↑
過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる 
Date:2015-08-14(Fri)

敦賀気比、まさかの敗退。残念だがよくやったと思う。全国、どこにいても、敦賀気比の名はとどろいている。夏が終わったような感覚だ。

ところで、今年は、終戦、70年目の節目を明日、迎える。節目での政治家の言葉は重要だ。安部首相の談話、今日、閣議決定される.
かつて、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」、有名なワイツゼッカー元大統領の演説である。 

日本とドイツを単純に比較はできない。だが、過去の歴史に真摯に向き合う姿勢は洋の東西を問わず、国を率いる指導者たちに求められるものだろう。

東日本大震災、福島の事故から4年5ヶ月。福島県浜通りの市町村には帰還困難や居住制限といった避難指示区域が設定されている。

浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉の5町を中心に車で駆け抜けることができる。

北に向かう国道6号は、一般の人は通過のみ。交差点ごとに警備員がいる。放射線量の高い富岡-双葉町間は二輪車の通行が禁止。

すれ違う警察車両は県外ナンバー、札幌ナンバーなどなど。応援が続いている。

スーパーや飲食店の建物はあっても、走行音とセミの声。5、6度は訪れた、この地域。何度か宿泊も重ねただけに、この光景は関係者のひとりとして、複雑な感覚だ。

常磐道には、ところどころ、放射線量をデジタル表示するパネルもある。

私自身も、この事故の大きさと教訓は、しっかりと受け止めたい。原子炉の運転を学んだひとりとして、事故の現状がわかるだけに目をそらせるつもりもない。

11日、九州電力川内原発1号機(鹿児島県)が再稼働した。今日にも送電を開始する。この状況での、川内市、川内市議会、すべてではないにしろ11万人の再稼働の判断は重い。

私は、国のエネルギー基本計画で重要なベースロード電源とされている原子力が、現実に一つ動いたことは評価したい。厳しい世論とはいえ、川内原子力発電所の職員も安全最優先で取り組んでいる。それにしれも、新基準が施行されてから再稼働まで2年はかかりすぎだ。嶺南地域、敦賀市は厳しい環境が、続くのか。
【2015/08/14】 | ページトップ↑
福島県いわき市の活況状況(敦賀市の活性化のヒント)
Date:2015-08-13(Thr)

いま、福島県いわき市にいる。暑いとはいえ、いくぶん過ごしやすい。広さは敦賀市のほぼ10倍。人口は5倍。

かつては、基幹産業であった常磐炭田と水産業の斜陽化が進み、早急な方向転換を迫られていた。

その後、全国総合開発計画に基づく新産業都市の指定を「常磐・郡山地域」として受け、昭和41年、市町村合併。

当時としては日本一広い面積(1,231.13km²)の「いわき市」が誕生した(現在は15番目である)。

この新産業都市指定と首都圏から近い地の利を生かし工業都市として発展、東北2位の工業製造品出荷額となっている。これに復興需要だ。居酒屋は、お盆と言いながら盛況だ。

一方、観光都市として脱皮する事にも成功し、東北地方で最も集客力のあるリゾート施設スパリゾートハワイアンズを筆頭に、アクアマリンふくしま、いわき湯本温泉など多彩な観光資源を持っており、平成25年度の市内観光交流人口は県内第1位の年間約788万人である。敦賀市のほぼ4倍の観光客だ。

東日本大震災後は、避難者の多くを受け入れ、福島の復興の拠点でもある。敦賀市からも原子力関係者が福島の事故対策に訪れている。

このため、除染作業の本格化による除染作業員や復旧作業員の居住地にもなっており、敦賀市からの居住者も一時期、ホテル住まいを余儀なくされているほど、住宅需要は逼迫している。

そして、今年、上野東京ライン開業により、東京駅より乗換不要でアクセスできる様になったことなどにより、緩やかに東京圏通勤・通学者が増えている。

いずれにしても、かつて、石炭産業の衰退以後、北海道夕張市など大半の炭坑都市が衰退するなか、いわき市の活性化策は、製造業の受け入れ、観光対策、そして復興需要と、活性化のヒントがつまった施策を、大震災と福島の事故の復興だけではなく、長年の取り組みの成果があるとも言える。それだけに敦賀市の今後に参考になることも多い。
【2015/08/13】 | ページトップ↑
川内の再稼働、そして、日航事故から30年
Date:2015-08-12(Wed)

昨日、川内原子力発電所1号機の再稼働。午後11時、核燃料が一定の熱を出し続ける「臨界」に達した。

定期検査後の臨界は、何度か体験したが、発電所全体に緊張感が走る。臨界に達し原子炉の温度も圧力も上がった頃、格納容器内に入って漏洩チェックを入念に行う。単純な作業ながら終わるとひとつの仕事を終えた満足感を感じたものだ。

ところで、川内原子力発電所は、14日に発電と送電を始め、20日頃に出力100%の運転に移行する。 

一方、日航ジャンボ機が群馬県・御巣鷹山に墜落し、乗員乗客520人が犠牲になった事故から今日で30年を迎えた。これもひとつの節目だ。

今では、事故後に入社した社員が9割以上を占めるとか。事故の教訓を継承する安全教育の重要性は増している。

日航機事故後、国内航空会社で乗客が死亡する事故はない。ただ、一歩間違えば大惨事となりかねない重大インシデントは後を絶たない。

日航は2010年の経営危機を機に、再生へ向けた経営目標の第一に「安全運航」を掲げた。

日航も各電力会社も安全最優先の企業風土、理念を第一に、事故の教訓を風化させずに取り組みしかない。
【2015/08/12】 | ページトップ↑
暑い中での視察、教育と訓練、そして運転再開。
Date:2015-08-11(Tue)

「百聞は一見にしかず」、現場での教育訓練は、いまでも体で覚えている。特にこの時期、どこの現場も大変だ。

原子力発電所の現場も中央制御室など一部をはぶいては、冷房管理はなされていない。額に汗どころか、全身、汗だくになりんがらの現場だ。机上の勉強が現場での暑い時期の体感が意外に身に付いていることが多い。

昨日、暑い中、渕上市長が就任後初めて敦賀市内にある3つの原子力施設を視察した。渕上市長は、高速増殖炉もんじゅや解体作業の進むふげん、それに敦賀発電所と、一日にそれも三ヶ所の現場の視察、夏、真っ盛りの視察だけに、敬意を表したい。

一方、原子力発電所で重大事故が起きた場合に備えて福井県内の教育関係者などが子どもの避難の手順などを防災の専門家から学ぶ講習会が長谷の「若狭湾エネルギー研究センター」で県内の小中学校や高校の校長、保育士な約180人が参加して開かれた。

まず、県の防災担当者が、避難計画の概要を説明した。県内、対象となるすべての学校で避難マニュアルは策定されている。

なかでも、実際に訓練をして子どもの保護者への引き渡しの方法などを説明し、確認を呼け、次に、原子力防災が専門の福井大学の安田仲宏教授が講義。

教授は、東日本大震災後の福島の事故後の現場を経験しただけに説得力がある。

福島の事例を紹介しながら放射線や原子力防災に関する教育を日頃から学校で行うことで避難の混乱を少しでも避けることができる。

避難にあたっては、学校と自治体、保護者との連絡手段をしっかり確保することが大事だ。原子力発電所と共存する立地にとって、これから教育と訓練は大事だ。

一方で、危ないだけではなく、原子力発電所の見学で必要性や安全性を小中高校で教えるフランスの原子力の教育も参考になる。立地地域の我が町の産業としての見学と非常時の訓練、相反するが、これからは大事な視点だ。

ところで、今日、鹿児島の川内原子力発電所の制御棒が抜かれる。暑い中、電力事情が逼迫する中での運転再開は朗報だ。長い日本列島、送電網は意外に弱い。温暖化の救世主でもある。安全を確かめながらの運転再開、再稼働、これも大事な仕事だ。


【2015/08/11】 | ページトップ↑
母子手帳の思い出と役割
Date:2015-08-10(Mon)

昨日は、あいあいプラザで、ある労働組合の定期大会で挨拶した。ちょうど70年前の11時02分に長崎に原爆が投下された時刻でもあった。朝から広島に続いて長崎の原爆の話題一色だ。

その日もさることながら8月8日には敦賀の3度目の爆撃が東洋紡績の敦賀工場であった。女学生など40名近い方が亡くなっている。。それも長崎の原爆の同型の爆弾。一説には訓練だったと言われる。戦後70年の節目だけに考えさせられる。風化させてはならないことでもある。

私も昭和27年生まれだけに、母親から高松空襲の話は何度も聞かされた。それと母からは、戦後まもない頃の米や砂糖の特別配給を受けるための配給の証明書を見せて、配給米の少なかった話。また、妊娠してから幼児期まで母子健診の結果や予防接種歴を記録する「母子健康手帳」を何度か見せてくれた。

母子手帳は戦後と思っていたが、どうも戦時下の1942年、国による妊産婦手帳制度が発足。戦時下においても物資の優先配給が保証されるとともに、定期的な医師の診察を促すことを目的としたとか。

生まれた時間、分娩所要時、体重まで書かれていた。助産師さんの一言も添えられたり、逆子だったので、医者を呼んでの分娩とか。きめ細かい記載を見ながら懐かしいそうに語る姿は、いまでも忘れない。予防接種、かかった病気など、生涯にわたって重要な情報源でもある。

どのページにも母の慈しみが詰まっているように見えた。親から授かった命を今度は自分の子供へとつないでいく。知らなかったが、この制度は日本独自の制度とか。

いまでは当たり前のように配布されるが、通常、妊娠していることが分かった時点で敦賀市であれば、市役所に「妊娠届」を提出するが、これによって市役所から渡される。国籍や年齢に関わらず交付を受けることができる。また、特に外国人の居住人口が多い市区町村、例えば神奈川県川崎市や横浜市、静岡県浜松市等、独自に外国語版の母子健康手帳が作成されている場合がある。

いつだったか忘れたが、インドネシア版の母子健康手帳を見せてくれたことがある。日本の手帳と比べて大型(A5ノートサイズ)で、イラストを多用するなど、たとえ文盲の母親が存在したとしても理解できるように工夫されており、簡易な育児書としても活用できるよう工夫されていた。

この手帳が東南アジアやアフリカを中心に30カ国以上に普及したとも。アフリカでは貧困や衛生の悪さなどで10人のうち1人が死亡する国もある。手帳を使った妊産婦健診により亡くなる子供が減り、母子の健康維持にも役立っているとも。

日本が世界で初めて母子手帳を取り入れたのは、最初は戦時下とはいえ、敗戦を経て戦後、次代を担う子供たちを大事に育てようという思いの表れとも受け取れる。戦後70年。命を慈しむ母子手帳の普及、平和主義を貫いてきた日本にはふさわしい制度とも思う。

【2015/08/10】 | ページトップ↑
北陸新幹線敦賀延伸、課題山積。
Date:2015-08-09(Sun)

昨日も暑い、暑い。高浜町から敦賀市まで、真っ昼間、街頭演説。汗だく。汗よりも気になるのが、高校野球、敦賀気比の逆転サヨナラ、まずは喜びたい。

北陸新幹線の議論が活発になってきた。まずは、敦賀以西のルートを協議する与党検討委員会で、高木毅委員長が「小浜ルート」から検証を始める考えを示した。妥当な展開だ。

北陸新幹線では富山県の要請を受けて高岡-金沢間のルートが変更された事例もある。各県の利害が絡むだけに、1973年に決めた整備計画の小浜ルートを優先させるべきだろう。

議論が紛糾してルートが確定せず、北海道新幹線の整備に予算が回る事態は避けたい。 
北陸新幹線沿線の結束が乱れると、延伸に必要な財源の確保やJRとの調整にも影響が出かねない。沿線の広域連携で新幹線効果を高めるためにも、しこりが残らない議論の進め方を望みたい。

もうひとつが、福井駅先行議論。月内にも結論を出すとか、これも福井駅先行が決まると、費用負担、サンダーバード、しらさぎの在来線にも影響を及ぼし、8年後とされる敦賀開業も遅れることもありうる。

もうひとつが、敦賀延伸、最終駅に伴う乗り換え議論。JR西日本は、フリーゲージを真剣に取り組み、これは8年では間に合わないとか。

新幹線ホームは駅は地上24mの高さでマンテンホテルの鷹さとほぼ同じとか。在来線ホ-ムとの距離も200m近く離れるなど課題もある。敦賀駅東西ルートの確保、敦賀駅周辺整備など、

富山駅周辺整備の遅れが、民間投資にもつながり、現在の金澤と富山の格差にもつながっている。

先月30日、開かれた第13回駅周辺整備構想策定委員会、約2年半ぶりという開かないかったことも問題だが、鉄道運輸機構の北陸新幹線工事に伴う管理事務所の移転決定も、市長の独断専行の釈明、陳謝も6月議会と同じだ。

駅西地区土地区画整理という場所に本来、仮設の工事管理事務所、常識的には考えられない発想と混乱、今後の進め方、しこりなど不安が残った展開だ。

いずれにしても、8年後に迫った北陸新幹線、敦賀駅のホームなどどうするか、敦賀の顔としての周辺整備など、課題は山積だ。どう進めるのか、進める体制など、時間がないだけに、時速な納得いく将来像を決める議論が必要だ。
【2015/08/09】 | ページトップ↑
水面下で増える「心の病」
Date:2015-08-08(Sat)

昨日も暑かった。朝、敦賀駅で水戸市への姉妹都市親善友好少年交歓研修の壮行式に参加。交わす言葉は「暑いですね。子供たち大変」と、逆に、この時期だからこそ、いい思い出ともなる。元気で帰って来てほしい。

元気な子供たちの一方、大人の世界で、長時間労働や仕事のストレスでうつ病などの精神疾患にかかる方が増えている。けっして敦賀も例外ではない。

全国的にも労災認定された人が、2014年度は497人と過去最多だった。労災の申請数も前年度より47件増の1456件となり、集計を始めた1983年度以降で最多となった。集計を始めた1983年度以降で最多となった。

80時間以上の残業は過労死の危険ラインとされる。調査でも201人と4割を超え、このうち160時間を超える人も67人いた。

政府は7月24日、過労死等防止対策推進法に基づく、対策大綱を閣議決定した。過労死や過労自殺をなくすため、防止策を「国の責務」と定め、20年までの数値目標として週60時間以上働く人の割合を5%以下に、また有給休暇の取得率を70%以上に設定した。ところが、実態の職場は、県庁、市役所、学校、病院はもちろん、一般の企業でも残業も多く、精神疾患も水面下で相当増えている。

また、労働安全衛生法改正に伴い、12月から50人以上の従業員が働く企業にはストレスチェックが義務化される。一方、地方都市には、気軽に相談できる仕組みや医療機関など、対応できる人材も少ない。外部の力を借りる前に、

この精神疾患は、個人のプライバシー保護も大事で、役所も企業も、常に職員、従業員と真しに向き合い、一緒に解決策を模索すべき環境も大事だ。職場環境の目に見える改善があってこそ、国の数値目標もクリアできるのが基本だ。一方、原子力発電所の長期停止で、景気、雇用のと関係もあって、精神疾患、自殺など、水面下で増える実態も見逃せない。

【2015/08/08】 | ページトップ↑
敦賀出身の大学卒予定者、今年も大半は都会の企業か。
Date:2015-08-07(Fri)

100年の節目の年を迎えた夏の全国高校野球が、昨日、甲子園球場で開幕し、史上8校目の春夏連覇を目指す敦賀気比高校の選手たちも開会式で堂々と行進。再度の活躍を祈りたい。若者の活躍はまぶしい。

ところで、一昨日、東京の大手町オフィス街や電車では、黒いスーツ姿の若者がわずかだが、目立った。正体は企業訪問の学生たちとか。採用面接など企業の選考活動が1日に解禁され、就活本番を迎えたためとか。失礼だが、都会のカラスといった感じだ。

採用選考はこれまでの4月から4カ月間、解禁が繰り下げられた。内定解禁の方は10月1日のままで、短期決戦である。政府の要請を受けた経団連の方針による。学生の本分である学業の時間確保に協力するというのが大義名分だ。

実態はどうか。新ルール順守かといえば、さにあらず。従っているのは一部の大手企業だけで、「面談」と称して早々と学生を囲い込む企業も多いらしい。敦賀出身者の学生が既に内定を受けているものもいる。福井県全体もそうだが、大半の大学卒業生は敦賀に帰らない。

話はそれるが、先日の東京の海洋少年団の全国大会に敦賀出身の東大卒の弁護士がボランティアに駆けつけてくれた。猛暑の中、東京にいても呼び掛けひとつで休日をボランティアに当ててくれる、まぶしい敦賀出身者だ。

戻すが、いま、全国的にも学生は就活の長期化を強いられ、学業に専念できずにいる。狙いとは裏腹な新ルールである。就活終われハラスメント、これを「オワハラ」というとか。流行語にもなりそうだ。

内定を出す代わりに、企業が学生に就活を終えるよう迫るのだという。まさに売り手市場、これでは敦賀には大半帰りそうにない。
ある敦賀出身の大学生は、三つほどの大手企業がもう内定しているとか。

オイルショック後、就職難を経験した私は、地元に帰る選択肢は限られていた。今の敦賀市内も、待遇など考えると限られた職業しかないとも。それと大学卒の風潮が都会志向。

それにしても猛暑のこの夏の就職戦線、クールビズともいかず、かわいそうでもある。ただ、男性も女性も黒一色とは異様だ。
【2015/08/07】 | ページトップ↑
JA全中の副会長に福井県JA県5連の田波俊明会長が内定と危機対応
Date:2015-08-06(Thr)

全国農業協同組合中央会(JA全中)は、新副会長の1人に、福井県のJA県5連の田波俊明会長が内定したとの報道。JA全中の副会長就任は福井県初の快挙と同時に敦賀市の誇りでもある。この場を借りてお祝い申し上げたい。

歯に衣着せぬ言葉使いと人情味溢れる人柄に、TPP交渉で厳しい環境にある農協を引っ張るにふさわしいリーダーだろう。

高齢化と後継者不足が進む日本の農業、敦賀市も同じだが、厳しい環境に、農協という船の舵取り、あらためて敬意を表したい。 

ところで、北海道・苫小牧沖で起きたフェリー火災で、あまり報道されていないが、航行中の船舶の火災という大事故だが、乗員、乗客らの行動の冷静さに、危機における対応のあり方が浮き彫りになった。

恐怖や緊張感はあったに違いないが、落ち着いていたようだ。韓国のフェリー事故とは違い、信頼と責任感だろう。事故は事故だが冷静に船長も指示を出していたとか。

緊急時の対応や備えといったソフトインフラを信じていたのだと思う。退避の際、乗り合わせた消防員も、当たり前のように協力したそうだ。

乗客の名前や体調などを一覧表にし、番号を書いたテープをそれぞれの肩に貼ったとも。まさかの時の行動が、犠牲者を少なくしたとか。

一方、火元とみられる車両デッキに倒れていた44歳の航海士が犠牲になった。火元とみられる車両デッキに倒れていた44歳の航海士が犠牲になったと伝えた。消火作業中だったと思われる。責任感の強い船員だったとか。それだけに胸が痛む死だ。当時の状況からして命をかえりみない行動に敬意を表したい。

東日本大震災直後のコンビニ、石油スタンド、スーパーや飲食店にできた整然とした行列が海外で報道されたが、その後の復旧など、危機に面したときの対応で、その組織のあり様がわかるとも。まだまだ捨てたものではない「日本丸」だ。

【2015/08/06】 | ページトップ↑
道路行政の難しさ
Date:2015-08-05(Wed)

連日、猛暑が続いている。昨日は早朝、平和堂前で街頭演説をして、「しらさぎ」に乗り込んで東京へ。ここまで気温が上がると東京も敦賀も同じだ。多少、風があれば助かる。

ところで、都会と地方、東京と敦賀の違いは人口のみならず、公共交通の違いも大きい。

自動車への依存度が格段に違う。政府の2015年版環境白書によると、公共交通の利用が少なく、車でしか動けない都市ほど、高齢者の外出機会は限られるとの見解。

さらに公共交通の利用では駅やバス停まで歩くが、ドア・ツー・ドアで動く車は歩行距離が短い。運動量が減り、健康にも影響を及ぼす可能性があると分析している。

自動車の利用頻度が高い地方都市は、要介護3以上の重い介護を必要とする人の割合が高くなるとの見解。

一言では言えないにしても、サラリーマンレベルでは、歩く時間は、都会は多い。地方は少なくなる。

最近、都市のにぎわいづくりなどに加え、健康増進の面からも自治体が公共交通や自転車の利用に力を入れ、自動車からの転換を図ろうとしている。ただ、これは地方都市であればあるほど、道路整備など縁遠い施策だ。

敦賀で言えば、一昨日の市役所で開かれた期成同盟会で、新木崎通の若葉の交差点からヨ-ロッパ軒金山店間の未整備区間岡山松陵線620mについて進捗状況が福井県から説明があった。

まだ用地買収は全体35%でほとんど進展していない。供用開始まで相当の期間が予想される。特に、舞鶴若狭自動車道、敦賀南スマ-トインタ-の完成で、敦賀市内へのアクセス道路になり、交通量は今以上に増す。それだけに重要な道路だ。

その反面、旧木崎通りなど道路幅も狭く舗道もまともに取れない。ましてや通学の自転車は危ない。時間と根気がいる仕事だが、やるしかない。ここに道路行政の難しさがある。

【2015/08/05】 | ページトップ↑
笙の川の整備がようやく動き出した。
Date:2015-08-04(Tue)

エルニーニョの影響で冷夏のはずが、今夏も酷暑となった。異常な暑さ、まさに季節は大暑。

昨日は笙の川整備促進期成同盟会。福井県の6月の補正予算で、ようやく動き出した。

全体事業費39億円、事業期間H27~H42の15年間、事業内容笙の川、木の芽川合流部から下流1.6km、掘削護岸工、橋梁6橋改修、用地補償1式平成27年度として測量調査費一式3,200万円。時間はかかるが、これまでの経緯を考えれば大いなる前進と受け止めたい。

これまでの井ノ口川の整備と同時に、笙の川の整備も行うとの意思表示。今後、調査をもとに橋の改良設計も行うというもの。整備計画とはほど遠いが、まずは現実的なところからと、評価したい。

ところで、明後日8月6日は広島の原爆投下、その2日後、昭和20年8月8日、B29単機空襲。東洋紡績工場に直撃弾。学徒動員で作業していた女学生を中心に死者33名。このとき、パンプキン爆弾が投下された。アメリカ軍の資料では化学工場となっている。敦賀3回目の爆撃だ。

この後、翌日の8月9日に長崎に投下された原爆「ファットマン」の模擬爆弾として知られる。訓練としたら亡くなった方々には、気の毒だ。 

形が似ていることから、パンプキン(カボチャ)爆弾とも呼ばれた。原爆投下のために編成された米軍部隊が訓練と爆弾の弾道特性などを得るため、B29から全国30都市に計49発の原爆に模した約5トンの大型爆弾を投下した。そのひとつが敦賀だったとか。

米軍記録の冷徹さ、これが戦争と言えば戦争だが、やりきれない現実だ。

戦争被害と同じように、自然の災害も冷徹だが、未然に防ぐ備えだけはしておきたい。
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盛夏から立秋へ。
Date:2015-08-03(Mon)

昨日で二泊三日の海洋少年団の引率も終えた。子供たちの成長と活躍は、どこ世界でもまぶしい。私の敦賀港カッターレース、海洋少年団と続いた夏が終わったとの感覚だ。夏の疲れと気だるさはいい。

海洋少年団のカッターレース会場は、東京のお台場。来賓は東京オリンピック招致のスピーチで世界を魅了した高円宮妃久子さま。双眼鏡を片手に最初から最後まで熱心に観戦されていた。 この暑さでの観戦、選手への励ましも忘れない。 久子さまは、日本海洋少年団連盟の名誉総裁を務められている。


焼けるような日差しが容赦なくお台場に降り注ぐ。一方で、日陰を探しながら休憩場と水を求める。

連日の猛暑から身を守ってくれるこの時季の日陰の存在は大いにありがたい。

哲学的にもなるが、光と陰。コインの表裏のように背中合わせのハッキリとした季節だ。光が強ければ陰もまた濃い。

東京のお台場の砂場はすべて人工。東京は常に発展している。豊かさを求める際、その代償として資源の枯渇、環境破壊という側面を分離することはできない。便利さには、常に代償が付きまとうことを忘れてはならない。

そろそろ、8月は盛夏のようで、秋が忍び寄る季節。暦の上では立秋(8日)も間近。日暮れはじわじわと早まる。うっそうと茂った草木の生気も衰え始める。

「夏枯れ」とは、言わないまでも、盆休みが気になる季節だ。先祖の供養が気になる季節でもある。

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