震災に寄りそう敦賀市
Date:2016-04-30(Sat)

昨日から大型連休。ある朝起き会、午前5時、昭和町会館から始めた。午前中はメーデー、海洋少年団の大会打ち合わせと続いた。

敦賀駅にはいつも以上の家族連れ、昨日、オープンの京都鉄道博物館へとの家族もあった。梅小路蒸気機関車館をリニューアルし、新幹線や特急車を加えた新旧の53両が並ぶ。乗って、触って、日本の鉄道史を体感できる。赤レンガ倉庫とは比べ物にならないようなジオラマもあるとか、悔しいが京都、金沢、名古屋と遊びにいくには便利なのも敦賀だ。

昼から自転車を走らせると、新緑の山並みと、田植え間近にきらめく水田が目に入る。帰ると、由布市で震度5強。ようやく再開したホテル、旅館にとっては大きな痛手だ。

20年ほど前か、阪神大震災で自宅が壊れ、4ヶ月半、仮設住宅に移ったばかりの家族に金沢であった。避難所の生活に疲れ果て「仮設にいても気が落ち込む。思い切ってどこかに出かけたくて」。全国から支援を受けている身で旅行とは申し訳ない、心苦しい、とも語っていた。

熊本の被災地ではいまだ多くの人が避難所で暮らす。家が無事だった人も、昨日の強震といい、2週間で千回もの余震は想像以上のストレスだろう。ひとときでも気晴らしができればいいが、実際はどうか。

メーデーの渕上市長挨拶で、「敦賀市も被災者用の市営住宅を30ほど用意した」と。遠い敦賀市にも来るかもしれない。東日本大震災の後、原子力発電所の仕事の関係もあって多くの家族が敦賀に身を寄せた。

最初はなじまなかった小学生も最後は元気ないっぱいに、福島に帰っていった。心はそんなふうに寄り添えた、敦賀市。メーデーでも災害募金が開始された。

交通機関で九州、山陽新幹線の乗り入れも再開した。一部、災害ボランティアにでかけ、予定している方もいる。こちらからも出かけやすくなった。強震騒ぎで揺れるが、落ち着いたら観光で湯のまち、湯布院に訪れるのも、これも大事な復興支援だ。
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【2016/04/30】 | ページトップ↑
中央町にサルが出現
Date:2016-04-29(Fri)

「われわれは自由に生きることを選択する」
ルドルフ.ジュリアーニ元ニューヨーク市長の言葉。

9ー11で市長在任中に遭遇、テロと闘うこと宣言し、テロ防止などリーダーシップを発揮して有名になった市長。

敦賀市でも原子力発電所の警備に各県警から交替であたっている。危機管理が日常化してきた。

ここまで書いたが、昨日、朝、中央町2丁目にサルが出現。警察も市役所生活安全課も行方を追ったが、サルの足は軽やかだ。家から家へ。電柱から電線へ。スーパーのバローから木崎へ。そして、見失ったとか。通学時間帯の後だったが、そのときには中央町のどこかにいたことにもなる。何事もなくよかったが、ここにも現れたかの感覚だ。

西浦、東浦、沓見などの道路ではよく見かけるようになったが、町のど真ん中の住宅地で現れ、遭遇したのは、はじめてだ。これからも考えられる出来事だった。冒頭の言葉をサルの立場でも言える。環境の変化はサルにも深刻だと言うことでもある。環境変化と危機管理は重要だ。

ところで、ここでも環境が変わった。噂される夏の衆参同日選。安倍首相は参院選に合わせた衆院解散を「頭の片隅にもない」と否定しながらも、あわよくば堅調な内閣支持率の相乗効果で勝ち抜け、長期政権につなげたい考えだったようだ。

そこへ熊本地震。やまない余震で再建めども立たない被災状況を考えれば、国会が空き家化して機能不全に陥る同日選をやっている場合ではない。

野暮だが、どんな首相の解散についての嘘は許され、まだ同日選も残っているとも。この有事に首相特権とは。野暮を承知で、長期政権を優先して危機対応を軽視することなどないよう祈る。
【2016/04/29】 | ページトップ↑
エンブレム作家デザインのあるオルパーク
Date:2016-04-28(Thr)

2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムに採用された東京都在住のアーティスト、野老朝雄さんとJR敦賀駅の交流施設オルパークの関係。

正直、聞かされるまで知らなかった。駅前広場で、案内掲示のマークや英数字のデザインを担当したとのこと。元気なもので聞かされると、どことなくよく感じる。オルパークのデザインで、よく批判を受けるが、これでいい話題性ができた。

オルパークではトイレやロッカーなどのマークと、英字フォントをデザイン。出入り口に掲示している施設の案内板。広場でも「01」~「06」まであるバス停や「タクシーおりば」「身障者用停車場」などの案内板で、野老さんのデザインが使われている。勝手なものでシンプルだがどこかエンブレムデザインのシンプル性にも通じると思えてくる。

ところで、エンブレムの基本となった江戸小紋、地味で簡素な染め物に見えるが、よく見ると実に手が込んでいてぜいたく。そんな江戸小紋を江戸の人たちは「粋」とあからさまな華美より好んだ。茶、藍、鼠[ねずみ]と地味な単色が当時の特徴。

たびたびの奢侈[しゃし]禁令で制限された自由の中で育った人々の美意識が、浮世絵の中に残されるとか。

調べると、藍は江戸末期の浮世絵師歌川広重が大胆な構図とともに使い、世界を魅了した伝統色。形が異なる3種類45個の四角形をつなげて仕立てた市松模様は、チェック柄として世界にもなじみが深い。

野老さんが「つながる紋様」のデザインを始めたのは米中枢同時テロがきっかけとか。世界の断絶シンプルな模様を鮮やかに染め出す江戸小紋は職人の高い技術と手間に支えられた。東京五輪は準備を万全に、シンプルで選手や観戦者に好印象を与える「粋」な大会となるよう願う。同じように、時の人のデザインのあるオルパークももっと親しまれる存在にと願う。
【2016/04/28】 | ページトップ↑
はじめての海外大型クルーズ船、競い合う観光
Date:2016-04-27(Wed)

観光で地域が競い合うことはいい。元気の源、まちづくりにとって大切なことだ。昨日の報道で米プリンセス・クルーズ社の大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」が来年9月2日と10月14日、敦賀港に寄港することが決まった。

海外大型クルーズ船は初めてだ。まさに画期的なことだ。副知事の直談判というからこれもすごい。大きさも半端ではない。船好きの私にはたまらない風景が敦賀港とどうマッチィングするは楽しみな瞬間だ。

「飛鳥2」の倍、ダイヤモンド・プリンセスは英国船籍で全長290メートル。容積の大きさを表す総トン数は11万5875トン。

乗客定員は2706人で、乗客数もすごい。境港(鳥取県、島根県)を経て敦賀港鞠山北地区に着岸。その後秋田港に寄り、横浜港へ戻るルートを設定しているとか。

9月2日気比さんまつりに合わせ、敦賀港には日中の間、着岸している予定とも。大型クルーズ船の魅力はその乗客数だ。船であれば、大きな買い物も可能であり、富裕層が多いことから、市内の消費が一挙に進む。各地方都市が競い合う理由がここにある。はじめが肝心だ。評価が高ければ、次にもつながる。いまから準備、企画と一時的なお祭りに終わらせない工夫がほしい。

大型クルーズ船を誘致してきた境港ともこれから競い合うことは、相互の活性化にも役立つ。

競い合うと言えば、5月1日にオープンする小浜市の「まちの駅」(白鬚)など3駅、海の駅(同市川崎地区)、道の駅「若狭おばま」、と市内を周遊するレトロ調バスが運行する。敦賀市も以前検討したが、高額なのと維持管理の問題でいつとはなく消えた。

JR小浜駅や江戸風情が残る三丁町を結び、観光客のまち歩きの呼び水として話題性がある。これも、道の駅といい、レトロバスも先を越されている。まねる必要もないが、中途半端に終る敦賀市にならないようにしたい。
【2016/04/27】 | ページトップ↑
チェルノブイリ事故から30年
Date:2016-04-26(Thr)

昨日の早朝、黄砂がでたせいか、どこか黄色びいた朝もやに包まれていた。雰囲気は微妙だが、車にもうっそらと黄砂がくっつく。地球的規模での自然現象だ。

ところで、旧ソ連で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故から今日26日でちょうど30年になった。国際社会で最初のチェルノブイリ事故の放射能の検出はスウエーデンのフォシュマルク原子力発電所だった。この事故は世界に衝撃を与えた。
チェルノブイリ周辺は、いまだに立ち入り制限区域が敷かれている。傷痕は消えない。そんな中でいつ終わるか分からない廃炉作業が続く。

30年たった現在を見つめることは、東京電力福島第1の廃炉の今後を探り、今後の行方を考える上で欠かせない。
チェルノブイリの事故機は試験運転中に暴発した。旧ソ連や欧州など広い範囲を放射能で汚染。放射性物質は福井本を含む日本列島各地でも検出された。
 
今、放射能漏れを防ぐため、コンクリート製シェルター「石棺」が事故機を覆う。しかし老朽化が著しく、さらに金属製シェルターで石棺ごと封印する予定だ。だが、それは、本格的な廃炉作業の始まりにすぎない。

封印後、クレーンやアームを使った遠隔操作で数十年かけて解体する。難しい作業だ。核燃料を取り出して安全に保管する技術の開発も課題。事故処理完了には100年以上かかる見通しだ。

チェルノブイリは結果的にソ連の崩壊のひとつの要因でもあった。チェルノブイリ発電所はウクライナにあり、首都キエフから車で3時間以上にかかる。私は事故から10年経過した頃に3度訪れている。発電所の上層部はロシア幹部が握り、ウクライナ国民の大半は作業員として働いていた。

事故後、できた町、スラブヂチの居酒屋で知り合ったウクライナの作業員と10年ほど文通が続いたが、ロシアに対するウクライナ国民の反発は相当なものがあった。その後の紛争を考えれば理解できることでもある。

当時、「社会主義の特殊な炉ゆえの事故」「日本の炉では起こりえない」と不安を打ち消した。チェルノブイリ発電所の炉型の違いや技術的欠点はあるにせよ、福島の事故を考えれば、謙虚に向き合うことも、推進の立場でも必要にあったように思う。風評被害や事故後の周辺の放射能の環境など核燃料の回収など極めて難しい課題が待ち受けるなど、共通点は多い。

チェルノブイリの事故、福島の事故を謙虚に受け止め、原子力発電所を再稼働、建設、運転と利用していく上で、チェルノブイリ事故30年、その後も含め、その教訓は忘れてならない。
【2016/04/26】 | ページトップ↑
オバマ大頭領の広島訪問の意義
Date:2016-04-25(Mon)

オバマ米大統領が、5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に合わせて広島を訪れる見通しとなった。実現すれば、現職の米大統領による初の被爆地訪問となる。原爆と敦賀はけっして無縁ではない。

8月9日の長崎原爆投下1日前、8月6日広島原爆投下2日後の8月8日午前9時ごろ、敦賀市の東洋紡敦賀工場上空のB-29から模擬原爆が落とされ、キノコ形の煙が上がった。

爆弾は工場の巻糸室付近を直撃し、厚さ約5センチの大理石でできた変電所の配電盤も爆風で飛ばされ、工場は「がれき」の山となり、死者は33人に達した。学徒動員で働いていた敦賀中学校と敦賀高等女学校(いずれも現・敦賀高校)の生徒や教員も犠牲となった。あらためてごめいふくご冥福祈りたい。

核超大国である米国のトップが広島で被爆の実相に触れ、核兵器の非人道性を知ることは、極めて大きな意義がある。核廃絶に向けた転機として、画期的な一歩と位置付けられよう。
 訪問時期はサミットが閉幕する5月27日が最有力だそうが、平和記念公園での献花や、核廃絶を訴える演説を行うことを検討しているという。演説が行われれば画期的なことだ。ぜひ、ドーム前で各廃絶の演説を行ってほしいものだ。

ところで、昨日はあわら市で、ある団体に原子力発電所と敦賀市の講演を行い、夜は同じく原子力発電所の再稼働で苦悩する高浜町町長選挙の野瀬豊町長の3期目の当選祝いに駆けつけた。敦賀市も高浜町も原子力の平和利用で、まちづくりを行っている。あらためて平和のありがたみを感じる一日だった。
【2016/04/24】 | ページトップ↑
観光ボランティアから災害ボランティアまで
Date:2016-04-24(Sun)

昨日は穏やかな晴れ、自転車で三方五湖から常神半島へ。風もなく暑くも寒くもない自転車日和。常神半島に入ると、アップダウンを繰り返しながらの道も走りやすい。

目的は、福井県 若狭湾国定公園の中の常神半島にある海釣り公園みかた。上級者コースと ファミリーコースがあり、釣った魚をその場でBBQできるバーベキューテラスもある。

自転車ではアルコールは厳禁だが、釣ったタイをその場で焼いて食べられるなど、楽しい時間を過ごした。

夕方は観光ボランティアつるがの総会。敦賀市内にあった4団体を統合して4年。赤レンガ倉庫の案内も含め業務も着実に増えている。北陸新幹線敦賀延伸を7年後にひかえ、確実に増えるボランティア業務に対応するボランティアの育成と若返りだ。課題は多いが敦賀市の名所、観光地を自分の言葉で紹介できるだけに是非、参加してほしい。ボランティアでもある。

ところで、ボランティア元年と呼ばれるのが阪神淡路大震災の活動。日本のボランティアが転機を迎えたのは、阪神大震災とも言われる。善意の固まりのような人々が休日を利用し、全国から駆けつけた。黙々とがれきの片付けなどに当たる一方、被災者の悲痛な思いにじっくり耳を傾けた。

ボランティアの重要性が認識され、新潟県中越地震や東日本大震災などでは欠かせない存在になった。熊本地震の被災地でボランティアの本格的な受け入れが始まったようだ。家具の片付けや食事の準備など多くの活動を期待されている。

ボランティアで大事なのはやはり被災者に寄り添う姿勢だろう。避難所で被災者が長期間、滞在するようになると、「ただ、聞いてあげるんです。聞いてあげることだけはできますから」。それもボランティアとか。じっくりと聞く、そうすると、心の扉が開き、徐々に和んでくる。以前、講演を聞いた。そんなボランティアの出番が近づいている。
【2016/04/24】 | ページトップ↑
阪神淡路大震災、中越地震、東日本大震災と続く中で地震対策も各地域、自治体で充実化してきたはずだが、また新たな教訓。
Date:2016-04-23(Sat)

阪神淡路大震災、中越地震、東日本大震災と続く中で地震対策も各地域、自治体で充実化してきた。地震の対応対応能力はこの20年でも相当充実した。どういうわけかそれ以上に地震の規模、大きさ、発生のメカニズムは違う。新たな教訓が生まれる。
福井県も福井地震を戦後すぐとはいえ、その教訓は生きているが、時間がたち忘れかけている。ところが、またもや熊本地震の発生で対応しきれない状況が続いている。

熊本地震から9日が過ぎた。震度7の揺れが2度起きるなど、自然の猛威を改めて見せつけた。避難生活が長引けば、体調を崩す人も増える。まだまだ深刻な事態が続く。

初めて震度7を観測した1995年の阪神大震災以降、震災対応を強化してきた。政府が一体となって即座に動き、全国から消防や警察、自衛隊が救助に向けた活動を始める。初動が遅れた阪神の教訓だ。

中越地震では、震災関連死が注目された。エコノミークラス症候群を発症する人が相次いだからだ。今では「関連死を防げ」が共通認識となっている。

政府の対応に批判が少ないのは、これらの対策の積み重ねがあるからだ。一方、避難所への物資の配送が遅いのは、行政も「震災初心者」で慣れておらず、人手も足りないからだ。

新たな教訓ができた。最初の震度7の地震後、次に大地震が誘発される可能性について、十分に情報提供できなかったことだ。やがて終息すると思い込んでいた。二度目の大きさは深刻だった。

これから支援の輪が全国に広がる。福井市の支援、県の支援物資。災害派遣医療チーム(DMAT)の派遣、敦賀市の市営住宅の提供、寄付金の窓口設置と支援の輪は広がる。

ボランティアの熊本入りも増えていくだろう。福井県、敦賀市からは遠いが「被災者に寄り添う」。そうした気持ちを敦賀市民も同じだ。
【2016/04/23】 | ページトップ↑
すべて停止して対応する必要があったのか。
Date:2016-04-22(Fri)

昨日は福井県原子力平和利用協議会定期総会。ことしで45回を迎えた。原子力平和利用にとって厳しい時代が続く中で、会長の神谷保男さんは今年で88歳、米寿祝いから懇親会が始まった。

米寿の由来は「米」の文字を分けると八、十、八と、この由来はとても分かりやすい。長寿祝いの代表とも言える。。米寿を祝う88歳は、男女共に平均寿命を超えて、本当の意味で長寿の祝いと言える。

長生きされる方が増えている現代でも、88歳迄健康で米寿祝いを受けられる。とくに、神谷先生は原平協だけに限らず、敦賀にとっても尊敬に値する米寿だ。3年前か、神谷さんは学校保健功労で瑞宝双光章を受けたおられる。教育から医療、福祉、介護と多様な場面で活躍されておられる。これからもお元気で敦賀のためにも原平協のためにも働いていただきたい。
 
ところで、日本文化に詳しい英国人デービッド・アトキンソンさんの著書「新・観光立国論」を読むと納得だ。日本の潜在的な観光資源を高く評価する一方で、せっかくの多様性を観光に生かしきれていないとの指摘は手厳しい。

日本を「足し算の文化」だという。例えば信仰では、もともとあった自然崇拝に対し、仏教やキリスト教などが入ってきても入れ替わらずに共存している。日本のPR写真のほとんどは桜だ。ならば、「外国人が好むだろう」という固定観念を押しつけないで、との提言も納得だ。

原平協に話を戻すと、総会後の社会保障経済研究所の石川和男さんの講演で「チェルノブイ事故のロシア、スリーマイル事故の米国と福島事故の日本の違いは、日本はすべての原子力発電所を停めて対応している」と、確かに安全は最優先だが、すべて停めて対応する必要があったのか、一律的に対応する日本、今後のエネルギー政策にも影を落としている。

確かに福島事故の影響は大きい。高浜がせっかく再稼働しても裁判所の判断で停止し、嶺南の原子力発電所はすべて停止状態。デビットさんの日本の多様性の文化と一律的な安全文化を論ずるのはおかしいが、どこかに固定観念がエネルギー政策にもあるように思えてならない。原子力が悪で再生エネが良とする一律的な議論にも通じる。

【2016/04/22】 | ページトップ↑
北陸新幹線の新北陸トンネルの現場視察
Date:2016-04-21(Thr)

昨日、テレビで二十四節気でいうところの「穀雨」を迎えたとあった。もう今年も4月も下旬、なぜかはやい。暖かさを帯びた雨が野山を潤す。芽を膨らませと草木に促す。土のにおいがしてくるようだ。農家は、気ぜわしい。田植えへのカウントダウンの始まりである。

ところで、昨日、議会の新幹線特別委員会で、新北陸トンネルの葉原の現場を視察した。これも進捗ははやい。発破により1日6メートルの速度で掘り進むとか。2023年春の北陸新幹線敦賀開業に向け、福井県内の工事が着々と進んでいる。まさに実感するトンネル工事だ。

新北陸トンネル(全長約20キロ、南越前町~敦賀市)は、6工区のうち3工区(約13キロ)で着工。2工区は今年3月末までに発注済みだ。、ほぼ、工事発注・着工率が約5割に達した。が、一方では用地交渉など苦労しているようだ。

一方、県内の用地取得率(面積換算)は10%を超えたとの報道はあったものの、目標には達成していない。敦賀駅より2年前倒しして福井駅先行開業を目指す与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(PT)もいらだちを示していた。与党PTは、福井駅の20年度内開業の実現に向けた課題を詰め、今夏の政府与党での合意を目指しているが、私は難しいみる。敦賀市の立場からみると逆にすべきではないとも思う。

工事の前段となる用地取得を加速させるため、福井県は本年度から敦賀市側でも増員した。工事を進める中で取得する側も取得される側も本音と建前がぶつかり合う、この時期が一番難しい。これ以上の言及はさける。

現場を視察後、建設主体の鉄道建設・運輸施設整備支援機構の敦賀駅前事務所で敦賀側の工事概要の説明があった。車輌基地の建設で認可の関係でFGT(フリーゲージトレイン、軌間可変電車)が図面にあった。開発途上だが、実現は難しいとも思う。

一方、敦賀駅の新幹線ホーム下部に特急を乗り入れる設計が現実をおびているが、敦賀市の立場では、敦賀駅に降りてもらうとの立場から利便性だけですべきではないと思う。

余談だが、鉄道運輸機構の事務所は土木事務所で大きいよう意外に手狭に感じた。今後、電気機械などの設計施工は別事務所で行うともうかがった。今後、工事は車輌基地など、用地交渉、施工と本格化する。完成まで7年を切った工事現場の進捗ははやい。
【2016/04/21】 | ページトップ↑
油断大敵、
Date:2016-04-20(Wed)

敦賀も大雪で三方、山だけに、交通遮断となることがあった。今回の熊本大地震を想像しても、大地震の際、水や電気はもちろん、道路状況にでは、ガソリンは大丈夫か、となる。車社会ではガソリンもライフラインだ。

東日本大震災の時、ガソリンの不足が問題となった。東北や茨城県のガソリンスタンドでの長蛇の列となった。長時間、待ち続けた。行列の中で待ちに待った。給油できれば報われるが「売り切れ」の時の言いようのない虚脱感だったとか。まだ寒さの残る時期だっただけに灯油も不足したとか。

ガソリン不足でかなり、いら立った人も多かったとか。東日本大震災の当時、石油業界、ガソリンスタンドも、その対応に苦情が殺到したとか。

これを教訓に5年後。熊本地震の本震があった16日朝、石油連盟にオペレーションルームを立ち上げたとテレビが伝えた。被災地から国を通して要請を受けたら「即座に最適の業者とルートを決めて対応します」と石油連盟。トラック協会も支援物資をあらゆるルートを通じて連携して届ける努力をしている。コンビニやイオングループも流通には対策本部を設定して対応しているとか。

いずれにしても、あらゆる部門で今回の熊本大地震では東日本大震災の教訓が生きている。ただ、二度の大地震と余震の大きさはそれさえも、想定外だったとか。

ガソリンに話を戻すと、被災地では在庫切れのスタンドもあったが、停電で休んでいる所もまだあるにせよ、石油連盟の働きかけもあり、また、連盟が号令を掛けなくとも、各社の判断で他の地域から届けているらしい。それもこれも東日本大震災の教訓があってのこととか。

災害時、水や電気に加え、車中避難者にとってガソリンや軽油もライフライン。敦賀市の国道8号、国道27号、国道161号と幹線道路だが、意外に大地震には弱いとか。ガソリンも油断大敵にならないように。
【2016/04/20】 | ページトップ↑
高浜町長選挙告示
先週14日、高浜町に若狭和田ビーチは、ビーチの国際環境認証『ブルーフラッグ』をアジア、日本で初めて取得した。この認証を耳にするのは初めてだ。

ビーチは若狭湾を背景に大島半島と音海半島の間ににあり、日本の夕陽百選にも選定され、海水浴場百選にも選定されている白浜海水浴場などがあり、多くの海水浴客が訪れているだけに、この夏が楽しみでもある。私も若いときにキャンプをしたが、日本海に沈む夕陽は格別だ。

ところで、ブルーフラッグとはFEEInternational(国際環境基金)が実施しているビーチやマリーナにを対象とした国際的な環境認証制度とか。ブルーフラッグの認証では環境教育と情報、水質、環境マネジメント、安全とサービスに関する厳しい基準を通じ、ビーチやマリーナにおける持続可能な発展の実現を目指している。基準を満たし認証が与えられると、その証明であるブルーフラッグをビーチに掲げることができる。

1985年、フランスで生まれ、その高いステータスと来訪客の誘引力により、現在世界50の国と地域、約4000ヶ所で認証されているとも。福井県にとっても嶺南にとっても名誉なことだ。

長々と前置きを書いたが、今日19日は高浜町の町長選挙の告示。24日投票日。昨夜、野瀬豊町長の町長選挙にむけての決起集会に参加した。立場は民進党福井県連が、先月3日に推薦している候補だからだ。

町長選挙にあたり、マニフェストに原子力共生戦略を掲げる。「原子力発電所と共に発展していけるように、原子力関連産業や人材の育成を着実に進めていきます」と明記している。

高浜町は敦賀市と同じで、海水浴などの観光もあるが、なにをおいても原子力発電所と40年歩み、発展を続け、大半の町民の生活の糧でもあり、医療、福祉、教育、子育てと町民の生活に直結しているのも敦賀市以上だ。

先日、高浜3、4号が新規準に基づく再稼働を果たし、トラブル、裁判所の仮差し止め処分と全国的にも有名にもなったが、町長も町議会も安全、安心を第一に慎重に手続きを進めながら、裁判所の判断だけで町民が翻弄されている現実は、同じ原子力発電所とともに敦賀市民としても納得できるものではない。

いずれにしても、原子力発電所とともに歩もうとする野瀬豊町長の再選を祈る。
【2016/04/19】 | ページトップ↑
前震−本震−余震
Date:2016-04-18(Mon)

昨日は福井市である会議があり時間の余裕があったので国道8号線、東浦を北上した。天気はよかったが風があまりにも強い。道路には小枝やゴミなど散らかり、トラックが急にブレーキを踏む。カーブの多い国道8号線はこれだからこわい。敦賀市でも午前7時すぎに最大瞬間風速31.2メートルを観測し、角鹿中学校の窓ガラスが割れ、余座の信号機が倒れたとか。

とは言っても、強風や台風ならば、発生も進路も、強い風雨の始まりも終わりも大方の予想がつく。昨日もそうだった。地震の一番の恐ろしさは「始まり」と「終わり」を知ることができないことだ、と今更のように実感した。

いずれにしても「想定外」がこわい。「前震−本震−余震」の推移で、誰もが想像できただろうか。地震が、より大きな地震の「前震」かどうか。残念ながら現在の地震学の水準では即座には判断できない。ならば「前震かもしれない」との想定を常に持っておくべきだと学者は語る。

それがこの地震の教えだった。その教訓を忘れていなかったか。熊本県が再び大きな揺れに見舞われた。活発な地震活動が続き、余震への警戒はあった。ただ「より大きな地震」はどうか。震源付近は複数の断層帯が交わる複雑な地下構造だとして、現実にその可能性を指摘していた研究者もいた。

いずれにしても痛ましいことに、16日の地震の死者は14日を上回った。被害の範囲も広がった。震度6弱を超える揺れに何度も見舞われてライフラインが寸断され、孤立地域も生じている。

震源は、不気味な移動を続けている。昨日の民放で「中央構造線」の話が出た。世界でも第一級の大断層帯である。高校の地学で習った。日本列島の地図を眺めて、「気がつくことは?」とユニーク教えかたで有名な先生だった。

曰く「日本列島には巨大な竜が潜んでいる。頭を八代海とすれば、胴は熊本から大分へと九州を横断し、四国、紀伊半島を経て、尾は中部、関東に。竜の名は中央構造線だ」と。近年、不思議なことにこの断層での地震がなかったが、その頭がふられたとみるとこわい。南海トラフのひずみと語る専門家もいた。

決してあおるつもりはないが、いずれにしても災害の少ない敦賀と言われるが、地震列島、「備えあれば憂いなし」だ。
【2016/04/18】 | ページトップ↑
熊本地震の教訓
Date:2016-04-17(Sun)

これほどの大地震が起きるとは誰が予想しただろう。最大震度7を観測した熊本地震、それも2度も。阪神淡路大震災、東日本大震災を契機に地震防災の関心は全国的に高まったが、南海トラフや首都直下型の地震に比べると、熊本の注目度は低かったのではないか。地震に穴場もない。想定外に発生するのが地震と思った。

震度7は九州で初めてとか。恐怖感は昼の地震より数倍大きくなる。阪神淡路大震災の早朝も怖かったとか。災害の少ない敦賀と言っても油断は大敵、対策は常にとるべきとの今回の教訓だ。宇土市の市役所がひとつの教訓だろう。

いずれにしても、今回の地震には幾つかの特徴がある。震源の深さが約11キロと浅く、比較的狭い範囲に被害が集中した。震動の周期は木造家屋にダメージを与えるとされる1〜2秒で、倒壊した住宅の下敷きになった犠牲者が多かった。

夜が明けてから本格化した捜索や救助の活動は、余震による二次災害の恐れがあるため、しばしば中断を強いられた。被災者が不安を募らせる一因ともなった。

東日本大震災は津波が広範囲に深刻な被害をもたらした。阪神大震災は都市を襲った災害で、ビルなどの倒壊もさることながら、地震による火災が多くの住民の命を奪った。熊本地震とは状況が異なる。

被災地に必要な支援もワンパターンではない。過去の災害から得た教訓は大切だが、今回の地震は現実を直視した柔軟な対応がいかに重要かを教える。20年前、5年前とそれぞれの教訓は大きい。
【2016/04/17】 | ページトップ↑
2度もの熊本大地震
深夜、このブログを書くなかで、また熊本で大きな地震。気象庁によると、本日午前1時25分ごろ、熊本県で震度6強の地震があった。別の断層とか。余震は本震より小さいと気象庁は語っていた。朝の説明ではこれが本震とか。地震は難しい。

またまた暗やみの中で起きた地震は被害情報が遅れる。熊本で発生したの強震も明け方までほとんど被害報告がなかった。

次々と明らかになる被害状況から判断すればやはり並みの地震ではない。震度7クラスの余震からもその深刻さがわかる。きょうの朝から、どれほどの惨状が明らかになるのかと考えると背筋が寒くなる。阪神大震災を思い起こす。

阪神は震度7。深さ16キロ。マグニチュード7・3だった。形態的には東日本大震災より阪神大震災に近いように思える。震源が浅いと揺れが激しくその時間は比較的短くなる、先日の熊本城の石垣の崩壊もすさまじい。今回は橋やら家の倒壊もすさまじい。

民家・ビル・人的被害も今後、相当出る覚悟が必要である大地震は常に予想外の場所で発生する。安全な場所はない。激動期の列島に住む覚悟を強くする。敦賀市の市役所など公共施設の耐震化は、最優先の課題かもしれない。
【2016/04/16】 | ページトップ↑
外国人観光では福井県、若狭地域は確実に空白区とか。
Date:2016-04-15(Fri)

地震は突然やって来る。熊本の震度7は大きい。震度7は、兵庫県淡路島北部を震源とする阪神大震災(1995年1月17日、マグニチュード7・3、震源の深さ16キロ)、新潟県旧川口町(現長岡市)を震源とする新潟県中越地震(2004年10月23日、同6・8、同13キロ)、三陸沖を震源とする東日本大震災(11年3月11日、同9・0、同24キロ)の計3回観測されている。それほどの規模だ

震災関連死を含む犠牲者は、阪神大震災が6434人、新潟県中越地震は68人。津波が発生した東日本大震災は今年3月現在、死者・行方不明者1万8455人、震災関連死を含めると2万1000人を超える。大きな被害にならないように祈るのみだ。

ところで、東日本大震災の復興に向けた東北の観光振興も重点に掲げた。東北に限らず、北陸も確実に増えている。北陸新幹線、乗客1000万人超えの中にも外国人は多い。

政府は2020年に海外から訪れる外国人旅行者数を4千万人にまで増やす新しい観光戦略をまとめた。15年比で2倍となる挑戦的な目標を掲げている。実現すれば世界でも有数の「観光立国」になるのは確実だ。
 
国は、訪問先を大都市圏以外に分散させるなど、地方に人を呼び込む方針を打ち出している。人口減少が進む地方にとって、観光による交流人口の増加は活性化の切り札とされる。消費や雇用など波及効果も大きい。現実に敦賀駅前のホテルには中国人など確実に増えている。理由は京都市内のホテルの団体予約が取れない副次的な要因とも伺った。

地方に入って地方から出るような広域観光ルートもあるとか。福井県、若狭地域は確実に空白区とか。石川県の金沢市、岐阜県の高山市など多くの外国人が訪れる、そこにはおもてなしなどソフト、ハードでの準備があってリピーターが訪れている。

円安で外国人観光は一時的とみるか、敦賀駅前のホテルの外国人宿泊も一時的とみるか、北陸新幹線敦賀延伸までにやるべきことはまだまだ多い。
【2016/04/15】 | ページトップ↑
平和な夏の風物詩、敦賀港カッターレース。
Date:2016-04-14(Thr)

昨夜は敦賀港カッターレース実行委員会の打ち合わせ。今年は7月31日(日)に開催予定。カッターレースも21回を記録する。運営主体が海洋少年団から市民有志の実行委員会に移行して6年目となる。敦賀市の夏の風物詩、出来るだけつなげたい行事だ。

美浜町のレガッタにしろ、この地域の舟との関わりは深い。古くは、若狭町の鳥浜遺跡から丸木船が1隻ずつ出土した。縄文時代前期のもので、当時この期の丸木舟としては日本最古であったので第一号丸木舟と名付けられた。

ちなみに、縄文遺跡「鳥浜貝塚」で知られる若狭町が整備していた縄文ロマンパークと縄文博物館「DOKIDOKI館」がオープンして以来、ひとつの人気のスポットだ。 

博物館はドーム状に盛り上がったユニークな形で、床下にユリ2号丸木舟の出土状況を再現したコーナー、鳥浜貝塚の地層の剥ぎ取り断面など、縄文文化を知る上で貴重な出土品を中心に、参加・体験型の展示コーナーがある。注目したいのは縄文遺跡からは争いの、跡がないということ。自然の恵みとうまく調和した生活の営みを体験できる。

その後、若狭地域は争いらしい争いが少ない地域でもある。いずれしても、全国的にも1万年以上続いた縄文時代は暴力や戦争が皆無の平和な社会だったとか。

それは紀元前1万3千〜800年の縄文成人の人骨1275点を調査。矢尻が刺さっていたり、頭蓋骨に穴があったりと暴力が死因とみられるのは、わずか23点の1.8%だった。北米、アフリカ、欧州の同時代の割合12〜14%と比較すると縄文社会はいかに平穏な社会だったか。

鳥浜遺跡もそうだが、縄文遺跡で有名な青森県三内丸山遺跡は5500年前から海産物や栽培栗などを食料に約1500年間続いた。自然の恵みで生きる縄文人は人を殺す武器を持たなかったし、自然との共生や生死の循環を信じた社会だったとされる。

敦賀市は古来より交流の拠点、南北朝、戦国時代と大きな争いはあったものの、日本人には平和、非戦争を志向する縄文のDNAが脈打っていることを自覚したい。カッターレースやレガッタは、ある意味競争だが、平和の夏の風物詩だ。
【2016/04/14】 | ページトップ↑
福井市出身の本屋大賞
Date:2016-04-13(Wed)

敦賀のソメイヨシノもそろそろ終わる。何気ないソメイヨシノだが、地域の歴史とも関係が深いとも感じる。岡山県玉野市の造船実習で訪れたおり、工場にはソメイヨシノはつきものと教わった。環境対策には早く花をつけるソメイヨシノはうってつけだ。

材料試験の立合で訪れた茨城県日立市。ここも昔、鉱山のまちとして栄えた日立市の桜は、煙害に強い大島桜を植樹したのが原点であるとも。煙害と向き合った先人たちの労苦があって、まちの象徴の今があるとも。日立の工場も見事なソメイヨシノがあった。

敦賀市内の各工場のソメイヨシノも見事だ。その今年の花見シーズンもそろそろ終わる。花吹雪、花の塵(ちり)、花筏(いかだ)…。桜は散るからこそ美しいともいう。

今年こそ散らなかった大賞がある。昨日、東京・明治記念館で、全国の書店員が選ぶ「本屋大賞2016」の発表会が開催され、福井県福井市出身の作家・宮下奈都さんの『羊と鋼の森』(文藝春秋刊)が大賞に輝いた。

私もあまり興味をもっていなかったが、受賞作品を読むと意外に引き込まれた。本屋大賞は、全国の書店員が年に1度、出版業界活性化のために「一番売りたい本」を投票で選出するもので、本屋が売りたい、PRだが、それだけに面白い。

受賞作は、第1回大賞受賞作の『博士の愛した数式』小川洋子さんの本も何気なく読むと引き込まれた。

今回の宮下さんの受賞作は、福井出身ともあり、それとなく東京駅で買って読むと、これも引き込まれた。ピアノの調律を通じて成長していく1人の青年が主人公の物語。平凡な日常を舞台に、登場人物の心理描写を丹念に描き、多くの読者の共感を呼び、第154回直木賞候補作にも選ばれてたもの。

 
物語の主人公は、北海道の山奥で生まれ育った青年、外村。17歳の時に、通っていた高校の体育館で調律師の板鳥の奏でる音に心を揺さぶられたのをきっかけに、調律の世界に魅せられ、その後、調律師として板鳥の楽器店で働き始めた外村は、職場の先輩や同僚、顧客となった双子の姉妹、和音と由仁など様々な人々に出会い、成長。北海道の雄大な自然を舞台に、主人公の成長と周囲の人々の心情を丁寧な筆致で描写する作品。あまりなじみのない世界だっただけ引き込まれ、そのくせ重たくない、お薦めの本だ。
 
【2016/04/13】 | ページトップ↑
明日13日で「ひこにゃん」10歳
Date:2016-04-12&Tue)

ご存じ、江戸時代末期、武田耕雲斎を総大将とする352人が敦賀市の松原海岸で処刑され、敦賀の人たちによって手厚く葬られ松原神社にまつられた。昭和39年10月10日、松原神社100年祭が行われたのを機に昭和40年4月30日姉妹都市の盟約を結び。毎年10月10日の松原神社例大祭には水戸市の関係者が参列、親善友好少年交歓研修生の相互派遣など各分野で親善が図られている。

先日、この交歓の際に、彦根市長とゆるキャラ「ひこにゃん」が松原公民館に登場。市長だけなら、かたいがゆるキャラは雰囲気がなごむ。子供たちの会合には最高のキャラだ。ちなみに、この日はひこにゃんの秘書が彦根市長だった。

ちなみに、水戸市と彦根市は、安政の大獄や桜田門外の変以来の歴史的なわだかまりを超え、明治100年を機に敦賀市の仲立ちにより、昭和43年10月29日親善都市の盟約を結んだ。

もうひとつ、ちなみに、水戸藩初代藩主徳川頼房公の長子頼重公が四国の高松藩初代藩主になったという歴史的つながりから、彦根市の仲立ちにより昭和49年4月13日親善都市の盟約を結んだ。これも人の縁ならぬ、敦賀市の縁の発展系。

前書きが長くなった。その彦根市の人気キャラクター「ひこにゃん」が明日13日で満10歳になる。

誕生の翌2007年に開催された国宝・彦根城築城400年祭のPR用にお目見えした。その後の人気沸騰、活躍は周知の通り。ゆるキャラブームに火を付けたみうらじゅんさんは「ゆるキャラ界のスーパースター的風格」を持つ、と評する。

人気の持続ぶりは愛称の「モチ」のように粘り強い。この10年で独自の人格、いや「猫格」を確立したと言えるかもしれない。
ところで、敦賀市公認キャラクター「ツヌガ君」が実はもっと歳上、敦賀の名前の由来となったツヌガアラシトをモチーフ、1998年9月4日生まれ(永遠の6歳)甘えん坊でおっちょこちょいだが、何事にも一生懸命、敦賀を元気にするために現れた救世主、「ひこにゃん」ほどの人気キャラクターではないがこれからも粘り強くといきたいところだ。

どうかいつまでもゆる〜い感じで、二人とも、いや二キャラとも、彦根と敦賀の魅力を発信し続けてほしいにゃん。
【2016/04/12】 | ページトップ↑
今春は山がまだらに感じる。
Date:2016-04-11(Mon)

レースを見て負けて感動するのも久しぶりだ。人に上り坂、盛り、そして下り坂、引退という時期がある。これを見事に証明したような競技人生。

「ちょー、気持ちいい」が流行語になったのは12年前。平泳ぎの北島康介選手が引退を表明した。5大会連続を目指した五輪出場を逃し、プールに深々と一礼する姿が印象的だった。

競泳界を引っ張った実績と存在感は群を抜く。NHKは、オリンピック出場を決めた選手より北島選手にスポットをあてる。それだけの選手だった。

2004年アテネ五輪で100メートルと200メートルの2冠に輝き、北京で2種目を連覇。明るいキャラクターと歯切れのよい「北島語録」は、ファンの裾野を広げた。下り坂の衰えも誰の目にも明らかだった。

「もう背中に羽はない」と、がむしゃらに泳ぎ込んだ。追い求めたのは、目標を乗り越える達成感。「やりきった感でいっぱい」と話す胸の内は言葉通りか。引退も口にした。人の人生にも通じる。

ところで、敦賀市内の桜は盛りも過ぎ、春の嵐にも見舞われて花びらは吹雪のように一斉に舞い散った。各学校の入学式にも花を添える美しさとはかなさ。

この時季ならではの風景は、大人になっても記憶に残る。ふと山を眺めていると、子どものころとどこか違っているように見え、やけに今春は山がまだらに感じる。

春の足音ともに開花したコブシが、薄暗かった冬の景色を華やいだ様相に変えた。花言葉は「友情、友愛」。ヤマザクラも開花。春の彩りは引き継がれている。植物は実を鳥などに食べてもらい、あちこち種を運んでもらう。ヤマザクラも自然に適応して増えているらしい。野坂、西浦、東浦と山に囲まれた風景に溶け込む。開花する時期がまちまちなこともあり、ソメイヨシノと違って長く楽しめる。

まだらに見える春の風景は、人の世と重なって映る。ソメイヨシノ的な風潮もいいが、多種多様な尊重しての文化。一極集中、地方分権にもつながる。敦賀の国体競技のひとつ、水泳も楽しみだ。
【2016/04/11】 | ページトップ↑
病院ボランティア
Date:2016-04-10(Sun)

市立敦賀病院の病院ボランティアが結成から10年を越えた。病院ボランティア「そよ風」は、患者さんの受付手続きのお手伝いや、車いすの点検、病院・各診療科への案内などのボランティア活動を行っている。

病院に来る人はみな不安を抱えている。声を掛けてもらうだけでホッとする、と伺ったことがある。そんな心配りを大切にしたい。

近年、高齢の患者が増えている一方で、受診の受付や会計は本人が機械を操作してするようにしている病院が多い。職員や看護師が患者に声を掛けている場面もよく見掛けるが、複雑な手続きに不安を持つ気持ちを和らげる目的もあるのだろう。

ボランティアが活躍する場も広がっている。目に見えない部分で病院を支える人たちだ。地域の病院という気持ちがあるから続けている、とも伺った。

崇高な精神と活動を通じて地域づくりに貢献しているのだ。けれども一方では、多くのボランティア活動で新たななり手不足が長年の課題で、年々深刻さを増している。

実際、ボランティア活動の主役だった60、70代の人たちの多くがいまは働いている。中には家族を介護している人もおり、全体に余裕がなくなってきているのが実情という。
【2016/04/10】 | ページトップ↑
石原慎太郎著「天才」
Date:2016-04-09(Sat)

最近のベストセラー石原慎太郎著「天才」は、面白い。高等小学校卒という学歴ながら『日本列島改造論』を引っ提げて総理大臣に就任。比類なき決断力と実行力で大計の日中国交正常化を実現し、関越自動車道や上越新幹線を整備、生涯に30以上の議員立法を成立させるなど、激動の戦後政治を牽引した田中角栄が描かれている。

北陸新幹線敦賀延伸、これも田中内閣時代の1973年に整備計画が決定された新幹線5路線(いわゆる整備新幹線)のひとつ。田中角栄首相の「日本列島改造輪」で動いている。自民党はもちろん、政権を得た民主党もこの流れで動いた。

東北新幹線の盛岡~新青森間と九州新幹線の博多~鹿児島中央間はすでに全通し、北陸新幹線や北海道新幹線も大部分の区間がここ数十年のうちに完成を予定している。いま、田中角栄氏の語録集やモデル小説が出版され、ちょっとした角栄ブームである。好悪や評価は別にして、中央と地方の格差解消を目指した姿勢が、このご時世には懐かしく思われる。

一方、「幸せ」とは何か。もちろん国によっても、人によっても違う。身近なところにあったというのはおなじみメーテルリンクの「青い鳥」。幸せは物質的な豊かさでなく、心の充実にあると独自の指標「国民総幸福量(GNH)」を掲げるのはヒマラヤの小国ブータン。以前の国勢調査では90%以上の国民が「幸せ」と答えたというから「幸せの国」と呼ばれるのもうなずける。

また、「幸福度日本一」の評価を受けた福井県では、将来や次の世代が良くなることを願う「希望」を高めるため、『ふるさと希望指数(LHI)』の研究を進めている。

ここまで書いたのも、「世界でいちばん貧しい大統領」の愛称で知られる南米ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカさんが来日して昨日、その言葉を聞いた。

昨年まで5年間の任期中、豪華な公邸には住まず、郊外の農場で質素に暮らし、報酬の大半は貧しい人々に寄付してきた。

クレジットカードや銀行口座を持たず、公務の合間はトラクターに乗って畑仕事と養鶏をして過ごしてきた。大統領の言葉に「人生を意味あるものにするかどうかはきみ次第だ」と語る。。田中角栄とまったく違うが、どこか共感を与える共通点が多い。
【2016/04/09】 | ページトップ↑
敦賀市内のサクラの老木が目立つようになった。
Date:2016-04-08(Fri)

昨日の強風と雨でサクラの花びらが地面を引き積めるようになった。ところで、笙の川、金ヶ崎、三島と敦賀市内のサクラの老木が目立つようになった。人間の還暦ともなれば、体のあちこちに不調が出てもおかしくない。戦後、敦賀市に植えられたソメイヨシノが60年くらいがたっている。

専門家によると、樹齢40年ほどで樹勢はピークに達し、それ以降は日当たりなどの条件で、幹が朽ちたり、枝が枯れたりしやすくなるそうだ。

全国的にも戦後に植えられたものが衰弱して枯れてしまう例が目立つようになり、その根拠になっているという。一方、運動公園をサクラの名所にとの運動も八重桜など取り組みもいいが、世話が大変で、残念ながら、いまひとつ盛り上がらない。

いずれにしても、敦賀市内のサクラの大半がソメイヨシノはクローンであるため、全ての株が同一に近い特性を持ち、病気や環境の変化に負ける場合には、多くの株が同じような影響を受け、植樹された時期が同時期ならば、同時期に樹勢の衰えを迎えると考えられている。

金ヶ崎は、桜の名所、近年、元気のない木が目立つようになり、1000本あったサクラも400本程度になり、息の長い維持と将来を遺跡と共に考えておく必要がある。

桜との調和が美しい金ヶ崎城址も常に整備しておくことも重要だ。金ヶ崎は、国の史跡に指定されている歴史的な場所でもある。一方、赤レンガ倉庫は整備によって7万5千人の観光客を迎えた。

建造物の復活は頼もしい。桜の金ヶ崎、赤レンガ倉庫、人道の港ムゼウムのある風景の価値を再認識したい。
【2016/04/08】 | ページトップ↑
専門的知見に基づく妥当な判断
Date:2016-04-07(Thr)

鹿児島県の川内原子力発電所1号機と2号機の運転停止を求める仮処分について、高浜の仮処分とは逆の決定が出された。

地裁では裁判官によって決定が変わることが続く中、今回、高裁において客観的な判断がなされ、原子力発電所の継続運転を認めたことについては評価したい。今後の高浜への高裁などへの妥当な判断につながればと思う。

福岡高等裁判所宮崎支部は「原子力規制委員会の安全性の判断が不合理とは言えない」として、住民の訴えを退けたことは大きい。

決定は、福島事故後に原子力規制委員会が定めた新規制基準について、「最新の科学的、技術的知見を踏まえている」と評価した。「耐震安全性の確保という点で極めて高度な合理性を有している」との見解も示した。妥当な判断だ。
伊方原発訴訟で、専門的知見に基づく行政の判断を尊重した1992年の最高裁判決に沿った考え方だ。妥当な結論である。

仮処分の効力は直ちに生じるため、差し止めが認められると、国のエネルギー政策は混乱してい。全国でこのことがまかり通れば、電気の安定供給はもちろん、現在も高浜町内の景気、雇用にも影響している。さらに、電力会社の経営を圧迫し、電気料金の値上げにもつながる。

今回の決定を不服として、九州の住民側は最高裁の判断を求める許可抗告などを検討するという。最高裁で審理されることになれば、その判断が、大きな節目となる。伊方原子力発電所で示した最高裁の的確な判断で地裁での逆判断が出ないように期待したい。


 
【2016/04/07】 | ページトップ↑
文化庁とのコミュニケーション
Date:2016-04-06((Wed)

春爛漫だ。その象徴とも言うべき金崎宮で、桜の小枝を交換して縁結びや幸せを願う恒例の「花換まつり」が行われ、満開の桜のもと、親子連れや観光客など大勢の人。これに赤レンガ倉庫と、やはりこのエリアは敦賀にとっては宝だ。サクラは大事にしたい。かつて1000本近くあった金ヶ崎のサクラは400本近くまで減少している。それも大半が老木だ。

金ヶ崎の桜は、市民団体など植樹を繰り返していたが、数年前から桜の植樹を要請しても、市は「史跡を調査、保全する必要があり、文化庁に相談しないまま、国史跡なので新たな植樹は難しい」と難色を示してきた。 

一昨年、金ケ崎城跡とサクラとの共存に向け、河瀬前市長は「史跡と桜の名所は絶対共存共栄できる。全庁的な取り組みの先頭に立つ」と答弁。これを受け若手職員を中心とした庁内横断的なプロジェクトチームを立ち上げ、計画策定の手法やスケジュールを策定。

5年をめどに植樹を含めた保存管理計画策定に取り組み、その後の五年間で計画を実施する。早ければ2015年度に専門家による策定委員会を立ち上げ、文化庁の理解を得ながら桜の名所の維持にとりかかった。

さらに、運動公園のように、桜の植樹などに官民共同による理態勢を構築も大事だ。ここでのポイントは、文化庁とのコミュニケーションだった。

ところで、話は変わるが、厚生労働省の若年者雇用実態調査では、企業が社員の採用選考で重視する点は「コミュニケーション能力」「勤労意欲・チャレンジ精神」「マナー・社会常識」がトップ3。

組織の一員として仕事をしていく能力を求めている。仕事への希望と情熱を胸に小さな敦賀市の市役所や各事業所で新生活を始めた新人たちの姿は、実にすがすがしい。

市役所や各事業所も、新人を迎え入れたこの時期の「初心」を忘れることなく、新たな年度のスタートを切った。

そのためにも、「ほう・れん・そう(報告・連絡・相談)」が大事だ。意思の疎通が、職場を潤してくれる。国指定の金ヶ崎も、文化庁への「ほうれん」を怠って、今日を招いた。息の長い取り組みが、金ヶ崎のサクラにとって大事だ。粘り強く取り組もう。
【2016/04/06】 | ページトップ↑
文化の谷間から人材の谷間
Date:2016-04-05(Tue)

昨日、かつての小浜水産高校の実習船「雲龍丸」を視察した。係留されて2年、次の行き先の決まらないまま、小浜港に係留されたままだ。

小浜水産高校は、1895(明治28)年に福井県簡易農学校の分校として誕生した。これこそが、わが国における水産高校のはじまりであり、119年の歴史の幕開けであった。

この小浜水産高校は、これまで、船舶、養殖、食品加工分野などでの教育を行い約2万人の卒業生を輩出してきたが、2013(平成25)年4月より地域の普通科高校である福井県立若狭高校と順次統合された。

まちづくりには「よそ者・ばか者・若者」が必要といわれるが、海好き、魚好きの高校生の若者、教員が集まる水産高校は地域にとって、人材育成など大きな役目を果たした。少子化や大学進学だけでの高校の再編は、長期的な人口減少、人材流失にもつながる。

ところで、県立高校再編の第1弾として奥越地域の県立高校が再編で、大野東高と勝山南高を統合し、大野東高の敷地に福井県内初の総合産業高校の「奥越明成高等学校」が開学となった。
 
第2弾として若狭地域も小浜水産が若狭高校に統合され、三校が二校に再編された。次は、敦賀・美方地域として、敦賀高の職業科(商業系)を敦賀工高に統合し、敦賀工高を総合職業高校に。美方高の職業科も敦賀工高に再編し、敦賀高・美方高は普通科単独という案が提示されたが、現在、棚上げ状態だ。

職業教育の再編や学区制が廃止され、県内どこの高校へも入学できるようになり、敦賀市は、文化の谷間と言われて久しいが、私の見る限り、学力の谷間も形成されつつあるのではないかとも思う。学区制や再編問題や中高一貫教育など、この機会に真剣に取り組まないと、学力の谷間が将来の人材の谷間になる可能性とも通じるからだ。

中学校まで敦賀にいたのだから、故郷は敦賀だからという安易な考えもあろうが、高校、大学の学力や人脈は、その後の就職、人生にも色濃く影響する。少ないとはいえ、住宅購入という面にも、影響する。経験上もそれだけで済む問題でもないと思っている。大学レベルでいえば、地方から都会へ、有名校へと流れは、これまでもあった。
それが、地域に戻るという心理に微妙に影響してきた。しかし、高校レベルでのこの流れは、違った意味での頭脳流出を生むと考える。

敦賀を支える人材育成を中長期的に考え、学区制と学校再編問題と合わせ、真剣に考えるべきではないか。

方向性の定まらない雲龍丸の係留は、この地域の人口減少、雇用喪失、人材流失とも絡んでいる。
【2016/04/05】 | ページトップ↑
桜の満開は早すぎ
Date:2016-04-04(Mon)

若狭湾の春の風物詩「サヨリ漁」が4月1日、解禁。例年だと、桜の満開はその後。ところが、今年は早い。金ヶ崎、笙の川、いずれの桜も一斉に咲く。小学校、中学校の入学式にもサクラはつきものだ。

私の小中高と、いずれも桜の満開と結びつけている。次男が誕生日が4月11日、市立敦賀病院の病棟まえのサクラがちょうど満開だったと覚えている。

まさに、春を爛漫。春を彩る桜だが、先日、実はつぼみは夏にできていると書いたが、秋に花を咲かせず、越年するのはなぜだろう。

答えは子孫を残すため。桜が秋に咲いたらどうなるか。冬の寒さのために種を作ることができず、子孫を残せないのだという。コスモスや菊は種を作るまでの期間が短いが、桜は月日を要し冬の前に種を作り終えることができない。だから子孫を残すためにつぼみのまま越冬し、満を持して春に咲き誇る。桜のつぼみは「越冬芽(えっとうが)」と呼ばれる硬い芽に包み込まれ、冬の寒さをしのぐ。別名「休眠芽」。

秋から冬にかけ芽は眠っている。桜は冬の寒さで眠りから目を覚ます。冬に厳しい寒さを感じるほど、春の暖かさに敏感に反応するとか。これが「休眠打破」、逆に寒くないと咲かないこともあるとか。

東京などで九州よりも早く開花することがあるのはこのためだ。桜の開花は今年も一段と早い。「桜加速」の見出しが載る。

あと数十年もすれば小学校の入学式には、満開の桜を見ることもできないとも。
毎年、桜前線が発表されるが、クローン植物なるがゆえに、遺伝子が同じなので条件が整えば一斉に開花するとか。言い換えれば、世界でも類を見ない、全国津々浦々に配した生物気象観測レーダーと言える。しかし、最近、異常に開花が早い年がある。地球温暖化の影響かと危惧する。金ヶ崎のサクラも15日までは到底、もちそうにない。

早すぎず、遅すぎず。いいお目覚め、満開を、と桜に願うほかない。
【2016/04/04】 | ページトップ↑
敦賀市の人口が6万7千人を割り込み、美浜町も1万人をわった。
Date:2016-04-03(Sun)

敦賀市の人口が6万7千人を割って3月末で6万6千837人となった。お隣の美浜町も1万人を割った。本格的な人口減少社会の到来と言ってよかろう。

最大の要因は言うまでもなく原子力発電所の長期停止による雇用の減少、経済の縮小と、ここ数年の減少要因ははっきりしている。

これに加え、少子高齢化や晩婚化、東京一極集中が挙げられる。このまま減少が続けば構成年齢の偏りが加速し、社会保障制度が維持できなくなる。各種サービスの存続は難しくなり、社会の活力や経済力が衰退する一方だ。
 
事態は深刻だが、多様な取り組みが急がれる。高齢者対策では地域医療や包括ケア、見守り体制の充実などが重要となる。若者対策では雇用創出や起業支援の他、子育て世代の優遇策、保育・教育環境の整備などが必要だ。

北陸新幹線敦賀延伸を見据えたまちづくり、コンパクトシティの実現などハード面の施策も欠かせない。北陸新幹線の、シャワー効果の側面とストロー現象も考えられる。
 
いずれにしても、どの自治体も似通った施策ばかりになっては効果は限られてしまう。多くの自治体の中から生活の地として選んでもらうためには、市町の枠を超えた広域的な魅力確保にも力を入れたい。
 
一つの市町で全ての課題に対処するのは困難だ。近隣自治体で機能を補完し合う仕組みづくりが有効だろう。嶺南全域や市長の語る高島市や長浜市との関係構築なども重要だ。書きながら解決策は原子力発電所の再稼働、敦賀3、4号の本格着工だが、時間を要するに、それまででも、あらゆる手段による対応策を考える必要がある。
 
【2016/04/04】 | ページトップ↑
試練の満開
Date:2016-04-02(Sat)

福井市の福井地方気象台にあるソメイヨシノの木が、先月31日満開と宣言。3月31日の満開は、平成14年と並び観測史上最も早い記録とか。これも温暖化か。

昔、習った。桜にはドラマもある。花芽は、気温の高い前年の夏に形成され、いったん休眠して成長が止まる。その後、一定期間真冬の寒さにさらされることで花芽が目覚め再び、成長を始めるという。これを「休眠打破」と呼ぶらしい。開花には春の暖かさだけでなく冬の寒さも重要らしい。何ごとも花開くには試練が必要。人間世界にも通じる。

年度の変わり目は出会いと別れの季節でもある。テレビ番組も更新期で、看板報道番組の人気キャスターが一斉に降板した。よくある人事異動の一環というが、メディアは率直だ。

テレビ朝日『報道ステーション』古舘伊知郎さん、NHK『クローズアップ現代』国谷裕子さんなど、アングルは違っても切れ味鋭い屈指のアンカーたちだっただけに、名残惜しい。

事情はどうであれ、報道管制はないにしろ、戦時中の大本営発表で体験済みだ。いま、法事で四国の高松に来ているが高松空襲も、「そんなこと言ってはいけません」と、口コミによる被害の大きさを生徒に言ったと母が語っていた。大きな被害でも口コミ報道で不都合が好都合にすぐ変質する。戦争中はまさにその典型だ。

話は変わるが議会も少数意見は尊重する場でもある。議会の代表質問、一般質問も地域、支持者、支援者の代弁者として多種多様な課題がていき提起される。経験的にもこれが意外と政策決定へとなっている。
【2016/04/02】 | ページトップ↑
押させつけるだけが人生じゃない。マンホールの地に足をつけたPR
Date:2016-04-01(Fri)

昨日は甲子園の決勝、久しぶり香川県勢で力が入った。高松商業、残念だったが、これも高校野球。早速「祝準優勝」の垂れ幕が地元高松市の商店街に下がったとか。敦賀気比ともども夏の健闘が楽しみだ。

さて、今日ははじまり、出会いの季節だ。

ここで問題、 「カラーデザインで気比の松原と立石岬灯台の絵柄、もちろんマツは敦賀市の木でもある。はたして何だろう?」。

答えは 「敦賀市の汚水管マンホール蓋」。これが全国各地それぞれ、ご当地デザインがある。これを写真におさめている愛好家も多い。私の女房もその一人だ。道路で車を停めてくれというから、「ここは無理」と喧嘩するほどに。
 
マンホールは通過する車両や人の重量に耐えるのはもちろん、集中豪雨などで内圧が高まり吹き飛ぶ事態ことも、意外に重要な役目をになっている。

そんなマンホールのふたが「地域発信装置」として注目されている。ふるさと納税とは違う、地に足をつけた取り組み。特産や名所、伝統芸能などが描かれた「ご当地マンホール」である。

敦賀市のように個性的なデザインも多い。各地を巡って写真に収める愛好家も増えているという国土交通省などはこの機を生かして下水道への関心を高めようと、ふたの意匠や下水道の知識を記した「マンホールカード」を今日から全国で無料配布する。

マンホールカードの第一弾は、今日より東京23区・八王子市や札幌市、福岡市など28の自治体
で配布。カードは1人1枚、先着順で無料配布とか。

残念ながら敦賀市の発行は当面、予定がない。カードを求める愛好家がそれぞれの街を訪ね歩けば、マイナーながら観光面での効果も期待できそうだ。

首都圏では、ふたの観察と下水施設の見学をセットにしたユニークなツアーも展開されているとか。活用できる地域の資源は、案外身近なところにあるのかもしれない。車や人に上から押さえられるマンホールにもいろんな働きがありそうだ。押さえつけるだけが人生じゃない。
【2016/04/01】 | ページトップ↑
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