廃炉で更地だけが残るのは避けなければならない。

Date :2017-03-31(Fri)

朝夕の寒さと昼間の温度差は大きい。それでも急にようやく春めいてきた。梅の花は散り、桜のつぼみは膨らみを増している。金ヶ崎宮の桜の名所でお花見シーズンに向けた花換えまつりの準備も
ばんたん。一方、宮内のソメイヨシノの老木化も気になる。

ところで、昨年8月に再稼働した四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)をめぐり、広島市の住民らが運転差し止めを求めた仮処分申請で、広島地裁は昨日30日、住民側の申し立てを却下する決定をした。広島という地域性と地裁という環境で差し止めもあり得ると考えていただけに朗報だ。

また、国で高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にする一方、政府が新たに掲げる高速炉の開発を巡り、政府の会議の中に設けられた関係機関による初めての作業部会が開かれ、来年までに、今後10年間の工程表をまとめることを確認した。

しかし、NHKの報道で新たな高速炉の開発を目指す政府の方針を巡っては、国の原子力政策に専門的な立場から意見を述べる原子力委員会が、ことし1月、「高速炉の商業化は現状では経済性がなく、急がず柔軟に進めるべきだ」などと指摘する慎重な見解を示していて、作業部会が、こうした懸念に応える計画を示せるか、疑問の声も大きい。

敦賀市でのもんじゅ廃炉後、体制や試験研究炉のことなど、エネルギー促進拠点化や説明会で議論は活発になっている。ここでも気になるのはもう現場は廃炉作業に向かい、若い作業員は次のことを考えている。国の動きもあるものの、県や市で明確な将来像を持っていない。それだけに極端に言えば、廃炉で更地だけが残るのは避けなければならない。

今日で3月月終わる。敦賀市の人口がどれだけ減少するか、原子力の動きで雇用や景気の影響の再稼働が大きいだけに、足元をみた現実の議論も大事になる。もんじゅ廃炉後の高速炉研究、敦賀2号、敦賀3,4号の本格着工など、将来を確実にする議論を進める必要がある。

また、来週から出社、役所へと新しい人生を迎える方も多いのでは。3月議会が終わって、市庁舎問題や副市長2人制への対応など、批判のメールや一言をいただくようになった。説明責任を果たすことの重要さをおもう。課題多き敦賀市、厳しい市民目線を大事にしたい。

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【2017/03/31】 | ページトップ↑
原子力支える東芝と敦賀市
Date :2017-03-30(Thr)

東芝はどうなるだろうか。敦賀市の金山に東芝プラントの寮がある。敦賀1号の定期検査なると、作業員と車でごったがえすほどの賑わいがあった。

福島の事故後、敦賀1号の対策工事などで東芝の工事関係者も多く敦賀に来られ、なかには福島からの被災者家族もあった。その工事も終わり、寮はいま、東芝プラントの看板を残したまま敦賀医療センターの駐車場になっている。

東芝はある意味、日本の原子力産業をリードする存在で、ウエスティングハウス(WH社)の株を取得し、世界の原子力をリードするリーディングカンパニーでもあった。

話は古くなるが「東洋のエジソン」こと田中久重は、江戸後期から明治にかけて国産初の蒸気船や電信機を次々作り上げた天才発明家である。「東芝」の創業者で「からくり儀右衛門」として有名だ。九州久留米の出身。

才を見抜いたのが佐賀藩。藩の求めで蒸気船やアームストロング砲、自転車を次々国産化。明治政府が命じた電信機も難なく作ってしまった。これが後の芝浦製作所に継承され、東京電気と合併して「東芝」が誕生した。

その巨大企業が粉飾決算や原子力産業の失策で瀕死状態だ。原子力発電所を支える綜合プラントメーカーであり、もんじゅ関係はもちろん、高速炉の技術者もいる。団塊の世代など第一線を退いた技術者も多い。

原子力だけでなく、事業の売却で蓄積した技術の海外流出が心配される。もんじゅ廃炉でまた、ひとつ、敦賀とのつながりが薄くなる。
【2017/03/30】 | ページトップ↑
嶺南広域行政組合議会、高浜発電所の結審、そして豊島のゴミ問題の終了
Date :2017-03-29(Wed)

昨日は嶺南6市町でつくる嶺南広域行政組合議会が小浜市で開かれた。議案4件のうち来年度一般会計と敦賀市への事務所移転が大きな課題。
組合の管理者を松崎小浜市長から渕上敦賀市長へとなった2年ぶりの敦賀市への復帰だ。2年前、北陸新幹線の小浜―京都ルートを勝ち取るなどの目的としては管理者を敦賀から小浜へとなった。小浜ルート実現をみた今日、本来の敦賀へ戻ることとなった。

もう一点は、来年度一般会計の内、「琵琶湖若狭湾快速鉄道(リゾート新線)」の建設促進運動を中止したのを受け、各市町の積み立て中止だ。

今後、約31億円に上る基金残高と県の積立金約50億円とともに目的を失って宙に浮いた状態となる。

6市町と県は年内をめどに計81億円の取り扱いを決める方針を明らかにしているが、市町ごとに2億~14億円とばらつく残高をめぐり、各自治体関係者の思惑がある。

6市町が拠出する嶺南鉄道整備促進基金はJR北陸線直流化、小浜線電化、リゾート新線の「3点セット」のために目的ごとに管理されていた。直流化と電化は実現したため新規積み立ては既に終了、ここ数年はリゾート新線分として毎年計1億8800万円を積み立ててもの中止だ。これまでの積立額の内、一番多いのは小浜市だが、私は年間乗車客が5千人を切り、JR西日本の経営とはいえ、厳しい経営となっている小浜線利用促進のため使うべきと考える。

ところで、昨日の組合議会中の午後3時過ぎ、関西電力高浜3、4号機の高裁の結果が出た。

運転を差し止めた昨年3月の大津地裁の仮処分決定を不服とし、関電が申し立てた抗告審で、大阪高裁の再稼働を認める決定を出した。地元の高浜町はもちろん嶺南にとっても明るいニュースだ。

大津地裁決定から1年以上、法的に運転できない状態だった2基について、関電は早期に再稼働への手続きを進める。安全は第一だが地元の経済にとってほっと一息と言ったところだ。昨日、議会中に何度も出た言葉が人口減少だ。嶺南地域ですでに14万人を切り、嶺北より、その減少率は原子力発電所の長期停止でその減少は加速していただけに、妥当な結審となっただけにほっとする時間でもある。

もうひとつ、私にとって明るいニュースは昭和50年代から、当時国内最大規模といわれる産業廃棄物が不法投棄された、瀬戸内海にある香川県の豊島で、10年以上にわたって続けられてきた廃棄物の搬出作業が、昨日28日、完了したことだ。

敦賀市のゴミ問題が大きな課題であった頃、解決策を求めて三回ほど訪れた島だ。豊島の人口減少はゴミ問題もあったがそれ以上に、高齢化の波は大きい。いま瀬戸内海国立公園として新たな道を模索しているが、その道は厳しい。

ちなみに、琵琶湖若狭湾快速鉄道とは JR小浜線・上中駅とJR湖西線・近江今津駅の全長19・8キロを結ぶ地域鉄道で、概算事業費は424億円。1992年に嶺南8市町村(当時)が建設促進期成同盟会を設立、県や滋賀県側とも連携し事業化を目指した。北陸新幹線小浜・京都ルート決定を受け、嶺南広域行政組合の管理者会は「嶺南と関西圏を結ぶ目的の大半が達成される」として促進運動中止で合意。基金への新規積み立てをストップした。


【2017/03/29】 | ページトップ↑
5年の福井大学附属国際原子力工学研究所と試験研究炉
Date :2017-03-28((Thr)

横綱の本割、決定戦と2番続けて勝つ底力に度肝を抜かれる思いだ。立ち合いの変化には勝利へのこだわりを見た。劣勢でも最後まで諦めない。春は異動や入学の季節。横綱の闘志に力をもらった人も多いだろう。

2012年(平成24年)福井大学附属国際原子力工学研究所が敦賀キャンパスへ移転して5年。今年より新たに学部生を迎い入れる。新たな段階をなる。
一方、東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故の発生から今月11日で6年がたった。廃炉作業は着々と進むものの、終了までは40年程度の長い年月が必要といわれる。

原子力関連の研究を行う大学では、廃炉を後押しするため、次世代を担う人材の育成や廃炉に有用な技術開発を進めている。福井大学附属国際原子力工学研究所の一宮正和客員教授は、粒子の運動を高精度に計算する「SPH法」と鋳物を使い、原子炉の燃料が炉心溶融によって溶け落ち、固まっていく過程を計算する手法を開発した。着々と成果をあげている。

ところで、もんじゅ廃炉後、試験研究炉の敦賀市での設置が話題になっているが、大阪にある近畿大の研究用原子炉が、4月に運転を再開する。福島第一の事故後、新規制基準の下で、研究炉として初めて再開にこぎ着けた意義は大きい。
2014年2月に定期検査で運転を停止した。

新規制基準に基づく審査をこの年の10月に申請したものの、原子力規制委員会による審査が長期化していた。

その後、近大は、防火扉を交換し、原子炉を停止させる制御棒を多重化するなど、約1億円を投じて設備を大幅に改良した。ようやく今月、最終段階である規制委の使用前検査にパスした。

原子力に携わる人材を育てるには、実際に原子炉を操作する体験が重要になる。近大炉の熱出力は、豆電球並みの1ワットだ。

私も若い頃、学んだが、構造は単純で、安全性が高い。教育用として最適だと言える。長期停止前、他大学を含めて毎年100人以上の学生が近大炉で実習していた。運転停止中は、韓国の大学の研究炉に学生を派遣して、しのいでいた。今後は、安定運用が求められる。

東日本大震災で原子力が逆風となり、もんじゅ廃炉後、
原子力機構の敦賀での採用もなくなった。しかし、長期的なエネルギーの日本での安定供給を考えると、原子力分野の人材がで、優秀な人材の必要性は必ず増している。厳しいなりに将来を考えて、試験研究炉の設置に向けての検討をはやめるべくではないか。

春風や闘志いだきて丘に立つ(高浜虚子)、そんな気概がほしい季節だ。

【2017/03/28】 | ページトップ↑
姉妹都市親善友好少年交歓研修
Date :2017-03-27(Mon)

大相撲春場所は感動の連続だった。千秋楽を迎え、負傷を押して強行出場した新横綱の稀勢の里が大関照ノ富士に本割と優勝決定戦で連勝し、逆転優勝を飾った。
左肩から腕付近を痛め、テーピング、痛々しいなかでの勝利、男泣きの国歌斉唱も日本人横綱の国歌はやはり感動ものだった。

ところで、昨日は、海洋少年団の卒団、夜は友好都市の姉妹都市親善友好少年交歓研修の団長、副団長の懇親会で夜遅くまで過ごした。

この水戸市との交流は、今からちょうど150年前の1864年(元治元年)12月、幕府に尊王攘夷を促すために挙兵した水戸藩士の一派(いわゆる天狗党)は、敦賀市新保で幕府に降伏し、352人が処刑された。処刑された水戸藩士は、敦賀の方々の手で懇(ねんご)ろに葬られ、現在に至るまで、手厚い供養をしているの縁。

こうした歴史的経緯を踏まえ、本市と水戸市とは、昭和40年に姉妹都市となった。以後、両市では、毎年小学生を中心とする使節団を組織し、「姉妹都市親善友好少年交歓研修」として、敦賀・水戸双方の子ども達を相互に派遣して研修を行い、少年少女の研修を通じて、両市の絆を深めている。今年で51回を迎えている。私は海洋少年団の団長として関わっている。

ちなみに
敦賀市での日程は
●3月25日 研修1日目(敦賀駅到着→市長歓迎式→松原神社参拝→会食懇談会→歓迎交歓会)
●3月26日 研修2日目(プラネタリウム鑑賞→地引網体験→気比神宮参拝→本勝寺参詣→ムゼウム見学 →赤レンガ倉庫,金崎宮 緑地周辺散策→金崎宮参拝→昆布館見学)
●3月27日 研修3日目(永厳寺参詣→旧新保本陣見学→ 送別の集い・敦賀駅出発)
私も、今日、敦賀駅から研修生を送る。

【2017/03/27】 | ページトップ↑
敦賀南インターと粟野インター
2017-03-26(Sun)

5年前の2017年3月17日の私のブログに「敦賀市にとって明るいニュースは、敦賀気比高選抜出場。浦和との対決も決まった。初戦勝利の上昇気流がほしいところだ。気分というのは、ときとして重要な要素だ。

舞鶴若狭自動車道の開通を2年後に控え、工事も急ピッチだ。粟野スマートインターも認可に動き出した。多数の市民がのぞんでいなくても、北陸新幹線の敦賀までの認可も動き出している。」とある。読み返すと、ブログとは、そのときの空気感を知ることができる。

昨日25日は舞鶴若狭自動車道の敦賀南スマートインターチェンジ(IC)の開通式、昼からは水戸市親善友好少年使節団の受け入れと続いた。

敦賀南スマートインターはETC搭載車両専用で、中日本高速道路と市が2015年3月に着工。昨日の開通式には高木毅衆議をはじめ自民党議員が並ぶ。

書き出しのブログ、2012年3月頃か、民主党政権、最後3年目、当時は仮称で「粟野インター」と言ったか、建設が難しいとも言われ、なんとか着工に持ち込んだ松宮勲元衆議の働きを思い出していた。ただ、予算の関係だったか、認可を得られるのが遅れ、何度か松宮事務所に電話で問い合わせたことがある。「大丈夫、認可は確実だがもう少し待ってくれ」とのやり取りがあった。結果として舞鶴若狭自動車道の開通には間に合わなかった。どこか寂しいんが、これも現実だ。

総事業費は約25億円で、うち2億5千万円を市が負担した。北陸自動車道の敦賀ICと合わせて市内2カ所に玄関口ができ、利便性向上や魚町への観光活性が期待される。



 
【2017/03/26】 | ページトップ↑
李下に冠を正さず
Date :2017-03-25(Sun)

「寒さ暑さも彼岸まで」というが昨日は晴れでも風が冷たかった。昨日は労働団体のひとつ「ゆうあい倶楽部」でカンパ金や年末募金を品物に変えて送るため、美浜の社会協議会、市内のやまびこ園、ひだまり、パラレル、常磐荘、渓山荘、白梅学園と訪問した。敦賀市の各福祉施設は長い年月をかけて、子供からお年寄りまで充実した施設となっている。

財政は厳しいなりに職員は懸命に働いている。そのなにげない日常を訪問することは勉強になり、季節を感じる。やまびこ園を訪れると、理事長は金山などの保育園の卒園式で忙しくし、白梅学園では園で過ごした高校生の就職が決まるなど、ここでも季節を感じる。

昨日は敦賀市の人事異動。ここでも季節を感じる。職・採用による人の出入りがあるのは当然であるが、それ以外にも定期的または随時、組織内の年齢的・地位的アンバランスを解消するために、組織を構成する職員を適切な位置に配置し直すことが必要になる。退職をされる方は本当にご苦労様でした。ここ数年、日々の日常の大事さを重要視される公務員という職業を勉強させてもらいました。

民間でも同一職場への在籍があまりにも長いと、作業や業務のマンネリ化・後進育成の停滞・取引先との癒着・何らかの権限の独占による私的流用といった問題が起こるため、人事異動にはこうした事態を予防・回避する目的もある。

小さな敦賀市でも、大事で必要なのは「李下(りか)に冠を正さず」という用心深さであり、忖度させない公平な対応である。民間企業では利益優先と粛正人事もよくあるが公務員は公正公平を重んじることは重要だ。

ところで、一昨日の国会の証人喚問のキーワードで「忖度(そんたく)」とは相手の心中を推し量ることで、その心情を酌み取った結果、程よく取り計らって手加減することを「斟酌(しんしゃく)」、取りなすことを「口利き」という。いずれも心の微妙な動きだけに形としては見えにくい。しかし、役所での予算と人事異動は、その姿勢が語らずとも見えてくる。



【2017/03/25】 | ページトップ↑
県も市も廃炉体制だけの議論でいいのだろうか。
Date :2017-03-24(Fri)

昨日の報道は証人喚問一色。「天知る地知る我知る人知る」(だれも知るまいと思っても、悪事や隠し事はいつかは必ず発覚する。周りをだませても、天や地の神様は知っている。ましてや自分をごまかすことはできない)、

平たく言うと、正直にと思うが、不謹慎かもしれないが、証人は破れかぶれに登場したようにも思う。小学校認可取消で10億円の負債をかかえることになるとか。

ところで、昨日、文部科学省が県庁を訪れ、もんじゅを運営する日本原子力研究開発機構に廃炉に取り組む新たな部門を設けるなどして、着実に作業を進める体制をつくる考えを伝えた。

先日、報道で出された原子力機構の中に廃炉事業に特化した部門を設け、電力会社やメーカーから専門的な知識がある人材を迎え、廃炉の具体的な計画づくりなどを進めることにしている。

また、文部科学省、経済産業省、それに、省庁の司令塔、内閣官房でつくるチームを設け、政府一体となって廃炉作業を進めるほか、国内外の有識者でつくる専門家会合を設置し、廃炉作業に関する評価や助言を行うということ。

こうした体制案について、藤田副知事は廃炉作業に向けた現地体制や、電力やメーカーから招く外部人材などについて明確化するよう求めた。渕上市長も問題が多いとのこと。知事、県議会、市長ともに歩調を合わせて、反発をしている。

しかし、本当にこれでいいのだろうか。現場は体制はどうであれもう着実に廃炉に向けて動き出している。

安全は第一だが、廃炉作業によって着実に減る雇用と将来どうするのか、などの議論がないままの交渉が続いているようにも思う。作業員のなかには次の仕事を考え、敦賀を去ることも考えている方もいる。

せっかく、もんじゅによって機構を中心に芽生えたとも言える研究部門、若狭湾エネルギー研究センターや福井大学附属国際原子力工学研究所など、廃炉の進展とともにその求心力とも言えるものが、時間をかけて低下することが予想される。時間というファクターは目に見えないだけにこわい。

知事も市長も拳をあげただけで、もんじゅ廃炉で何が残るだろう。歩調を合わせての反発もいいが、東海村で廃炉になったJPDR(沸騰水型原子炉)の跡地は、確か綺麗な芝生だけが残っていることを忘れないでほしい。





【2017/03/24】 | ページトップ↑
キッズパークの内覧会
Date :2017-03-23(Thr)

3月議会が一昨日、終わり昨日は穏やかな晴れ、4月の新たな年度に向けて動き出している。昨日もそのひとつが閉館したアクアトムの中に、子どもの遊び場として「キッズパークつるが」が26日にオープンする。昨日はその内覧会。

北幼稚園など市内の子どもたちを時間別で招いての
内覧会はほほえましい。

なかでも、「スーパーコクーン」と呼ばれる高さ約12メートルの遊具は国内最大級とか。かいこの繭をイメージした5層構造のネットが張られ、滑り台を使って高さ約5メートルから一気に滑り降りることもできる。大人でも楽しめる。雨に日、冬の日に子どもと遊ぶには絶好の場所だ。神楽のにぎわうに少しでも役立ってほしい。

ところで今日は森友学園問題で籠池泰典氏の証人喚問が国会で行われる。証人喚問は国会であれば「伝家の宝刀」的なもの。一方、地方自治法第100条に基づき設置される「百条委員会」は、しばしば「伝家の宝刀」と呼ばれる。

調査される側が正当な理由がないのに証言を拒んだり、うそをついたりすれば罪に問われるなど、議会側に強力な調査権がある。私の記憶では敦賀市議会での開催はまだない。

豊洲市場への移転問題を検証する東京都議会の百条委は、石原慎太郎元知事の証人喚問でヤマを越した。しかし不透明な土地売買交渉の経過など、真相解明は不発に終わりそうな気配だ。

議会が行政をチェックする伝家の宝刀が、「いざ」と抜いたらさび付いていたでは、それほど権限と権力を持った存在だけにむやみやたらと抜くものでもない。
【2017/03/23】 | ページトップ↑
若狭湾エネルギー研究センターの現実と苦悩
Date :2017-03-22(Wed)

先週15日の若狭湾エネルギー研究センターで開催されたエネルギ拠点化推進会議で、旭信昭委員(若狭湾エネ研理事長)は「理化学研究所の福井県内移転」を語った。わたしには悲鳴にも聞こえた。

思い出したのは若狭湾エネルギー研究センター(以後、若狭エネ研)の元理事長の垣花秀武(東京工業大学名誉教授)さん。私にとっても大恩人でもある。旧民社党の顧問的な存在で、私の東京時代、エネルギー政策をこと細かく指導していただいた。

病気で倒れて以来、敦賀に顔をみせることはないが、日本ではじめての国際原子力機関(IAEA)の事務局次長であり、日中原子力協定の影の功労者でもある。事務局次長になったものの、政府の原子力政策を痛烈に批判したため、日本の原子力委員会の委員、そして委員長と歩むべき人物でもあったが、その職を逃してしまった、気骨の人でもあった。

注目すべき報告書で、60年代から70年代当時、内閣で秘密裏に進められた「日本の核政策に関する基礎的研究」がある。その研究の第一に名を連ねている。核兵器の作り方から戦略・外交的側面の分析に至るまでの力作。原子力が模索発展段階にあった当時、その後の日本の原子力政策、安全保障政策の根幹となったもの。その当時、政策と技術が理解できる原子力の第一人者であった。

若狭エネ研の1998年開所までの数年間、準備事務所がプラザ萬象にあった。このとき、垣花先生から若狭エネ研究にかける想いを何度か聞かせていただいた。若狭エネ研は、経済産業省資源エネルギー庁および文部科学省が所管する財団法人だ。財団は、福井県から施設管理を委託されている。

エネ研の入口こそ子供向けの科学情報コーナーがあるが、中身は濃い。交流棟、研修棟、一般研究棟、放射線研究棟があり、中でも放射線研究棟には多目的シンクロトロン・タンデム加速器やタンデム型加速器が設置されている。 診療所を併設し、陽子線がん治療臨床研究を行っている。 ホール、研修室、会議室等を借りることができ、また、電子顕微鏡等の科学機器を低料金で利用できる。

エネ研の財団は、中期事業計画で、「研究開発」と「産業・技術・研究支援」の2本柱をあげている。「研究開発」においては実用化・応用研究を重視し、事業の選択と集中を図っていくこと、また、「産業・技術・研究支援」においては、福井県が策定したエネルギー研究開発拠点化計画を推進することにより、既存産業の育成と新産業の創出等を促進していくとある。

結論から申し上げると、若狭エネ研究センターの方向性が見えなくなっている。敦賀で「もんじゅ」廃炉となり、エネルギー研究開発拠点化計画が見直しが必至だ。

拠点化の組織は若狭エネ研にあるものの、私には、別物としかとれない。私は、ハコモノ行政でいくら施設を造っても時間と金、研究テーマが定まらない施設を造っても、どうにもならないことは確かだ。それも、鳴り物入りで建設し、陽子線がん治療などに成果をあげてきた若狭エネ研をどう考えているのだろうか。

アトムポリス構想の研究施設が、若狭エネ研だ。ところが、今日の若狭エネ研は、垣花理事長以来、推進エンジンであるべき理事長は、石井佳治出納長、旭副知事が就任。私に言わせれば、優れた人材も呼べないことにほかならない。もっというと、人材のいないことを内外にさらけ出したことになる。兼務とは、片手間であり、福井県の姿勢そのものに問題がある。陽子線がん治療を県立病院に設置し、その中核を奪った。その後の、若狭エネ研をどう評価すればいいのだろう。

理事長が垣花さんから石井出納長に変わるとき、記者会見で「地域密着」型への転換と報道。本当にこれでいいのだろうか。未だに発展途上の研究施設。大きく方向転換してしまった。若狭エネ研は、いまだ、「人、モノ、金」と十分ではなく、道半ばである。地域密着型といって、はたして何があるのだろうか。これからが、地域とも共にする研究機関でもあるはず。県行政の曖昧さが気にかかる。
研究とは腰を入れて、ある意味では今が我慢の時期でもある。設立の初心に帰って、原子力を軸に、福井から国内外に先端的技術や情報を発信する研究機関であるはずだ。

目標は大きく、その活用がこれからというのに、理想とはほど遠く、地域密着なら密着しているか、はなはだ疑問だ。私が見る限り、従来の延長線上で、資金的にも電源三法交付金で支えられ、人材もいるものの、原子力機構、北電、関電、原電が出向で補うなど、自立しているとは言い難い。陽子線治療の最先端技術から地場産業まで、今後、何をテーマにするのか、地元では語れる人は少ない。研究の速度、スピードは、確かに速くなっているが、基礎研究も含め、設立から20年近く、エネルギー拠点化計画の中核であるべきもんじゅ廃炉となり、若狭エネ研をどう再構築するのか、福井県の息長い、腰の据わった対応を求めたい。


エネルギー拠点化は、確かに人材と研究テーマがそろい、さらに研究資金が集まって、はじめてエネルギー拠点化計画がある。アトムポリス提唱以来40年、これまで取り組んだ若狭エネ研の現状を考えれば、その難しさが理解できるであろう。理研の移転も再構築のひとつだが、焦る必要はない、焦ってもできないものも多い、着実に現状を理解しながら進むのが妥当ではないか。

【2017/03/22】 | ページトップ↑
この三連休、嶺南の各「道の駅」は賑わっていた。
Date :2017-03-21(Tue)

県内15ヵ所の「道の駅」がある。
ドライバーの憩いの場は今や、買い物を楽しめるエンターテインメント施設として観光の目的地にもなっている。地域活性化に役立つことから、“空白地帯”へのさらなる新顔登場にもなるが敦賀市にその動きはない。

道の駅は休憩、情報発信、地域連携の3機能を併せ持つ。長距離運転が増える中、一般道路から自由に立ち寄れる「たまり空間」として1993年に誕生した。2016年10月現在、全国に1107カ所ある。県内15ヵ所、北海道(117カ所)や岐阜県(55カ所)などには及ばない。今議会でも市長から海の駅などの話は出たがその動きはない。

本来、道の駅は24時間の休憩、情報発信、地域連携が本来の機能、「道の駅」風とは全く違う。県内でもないのは市レベルでは勝山市と敦賀市。

嶺南の各「道の駅」、三連休、それぞれに賑わっていた。夜は夜で車で泊まる、そんな観光客もあった。道の駅が、雇用創出や経済効果と、なっていた。小浜市は道の駅を中心に海の駅、町の駅とそれじれ連携して地域の魅力を詰め込んだショーウインドーとなっていた。

拠点をつないでいけば、観光客の回遊性アップにつなげることも可能だ。
【2017/03/21】 | ページトップ↑
今日は地下鉄サリン事件、昨日はイラン攻撃、そして1995年は敦賀市にとって大きな転換期
Date:2017-03-20(Mon)

今日は地下鉄サリン事件の日。ちょうど22年となる。1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。

この時、私は東京勤務で同じ時間に中央線~山手線に乗っていた。午後9時前かJR田町駅前でも、救急車と消防車がけたたましくサイレンを鳴らして走っていた。

この年の1月17日に発生した阪神淡路大震災、さらには同じ年12月18日のもんじゅのナトリウム漏洩事故と、敦賀市にとってもひとつの大きな転換期でもあったように思う。昭和が終わり、経済的なバブルがはじけたものの、敦賀市はもんじゅの建設景気で本町も相当賑わっていた頃だった。

今から思えば、この年、1995年をさかいに敦賀3、4号の建設の遅れやもんじゅの長期停止とつながり、もんじゅ廃炉など、今日の敦賀市の景気低迷にもつながっている。

もうひとつ、イラクのフセイン政権(当時)が核など大量破壊兵器を持っているという情報だ。ブッシュ氏は信じ込んでいた。2003年3月19日(米国時間)、開戦を告げてミサイルを撃ち込んだ。昨日で14年になる。政権を倒してみて、そんな兵器は持っていないとわかった。戦闘に巻き込まれるなどで、17万人とも言われるイラクの民間人が死亡した。肉親が不条理な死を遂げれば、恨みも憎しみも募る。それはテロの温床となった。宗教対立やシリア内戦もからんで、過激派組織「イスラム国」が力を得てゆく。

その後の9-11、3-11と大きな日だが、1995年が世界の転換期、敦賀市にとっても大きな転換年、転換日となったような気がする。

いずれにしても、原子力発電所の長期停止やもんじゅ廃炉に雇用や景気低迷、さらには少子高齢化と人口減少と、敦賀市にとってこれまで経験したことのない時代を迎えている。いかに対応するか、本当の正念場はこれからだ。

【2017/03/20】 | ページトップ↑
敦賀南インターの完成
Date :2017-03-19(Sun)

寒いが土曜の朝、無理やり起きてタイヤ交換へ。そして朝10時から25日に開通する舞鶴若狭自動車道「敦賀南スマートインターチェンジ」の見学会に参加。スマートインターとしては福井県内初のフル規格。真新しいアスファルトに表示、今でしか歩くことができない道を歩くのも楽しい。


総事業費25億円で整備。敦賀市は約2億5千万円を拠出している。地元の長谷など見学会に市民が参加しての見学。少し寒かったが、薄日のさす春近い土曜日。敦賀インター、美浜インターに加え、敦賀南インターで、いっそう便利になった。25日11時開通式、午後3時に開通。

3月の季節はどことなく弾む。いま、球春真っ盛り。今日から選抜高校野球、31日にはプロ野球の公式戦が開幕する。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)も23日、これも楽しみだ。

一方、サッカーの「キング・カズ」こと三浦知良選手が50歳でなお現役として活躍している。30歳を過ぎればベテランと呼ばれておかしくない世界。50歳で現役とは飛び抜けた存在だ。先ごろ、Jリーグ史上初めて50歳でゴールを挙げた。

30歳の稀勢の里の相撲もいい。胸を熱くしてくれる活躍、これもいい。一昨日、夜遅くまで飲んでいたので疲れていたが、無理やり起きてタイヤ交換で、一日がよかった。


【2017/03/19】 | ページトップ↑
過労死と時間規制
Date :2017-03-18(Sat)

今日から三連休、遠出する方も多いだろう。小中高、それぞれの市内の卒業式が終わった。家族で旅行に出かけた方もいる。

卒業式と言えば、校歌の多くは学校の回りの自然や地域の歴史、風物などを歌っている。故郷を離れると、当たり前だったものを思い出させてくれる。校歌のもう一つのありがたみだ。

故郷を離れて、生活していると、不思議と仕事と生活の意味を考える。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)という言葉がある。

ところで、最近、話題になるのが労働時間は法律で規制。政府が厳しくチェックする。大半の勤労者は1日10時間以上働くと疲れる。

働き方改革の柱である残業の上限規制で、連合と経団連が合意した。法制化が実現する意味は大きい。一歩前進と思うが、だが、ここまで、過労死が明らかになると、繁忙期の上限を「月100時間未満」としたのは妥協し過ぎとも思う。月100時間の残業とは、終業時間を午後5時とすると、土日を除いて毎晩10時まで働くことだ。

労災認定の目安となる「過労死ライン」であり、「繁忙期であれば、命を落としてもいいのか」と過労死遺族が反発するのも当然である。人間それぞれに違いがあり、100時間近くても厳しい方も多い。働きすぎは精神疾患にもなる。

「カロウシ」は英語になっているほど、日本の専売特許、一方、150日の休暇が取れるドイツ、短い労働時間でも、ドイツの労働生産性は高い。

日本の政労使は見習う必要があるのではないか全てまねする必要はないが、効率性を求める働き方には学びたい。

仕事と人生に関する発想を変えてみること。これは誰にもできることではないだろうか。卒業、進学、就職、転勤と3月は区切りの季節、働くだけでもない、生活するだけでもない何かが、人生にありそうだ。
【2017/03/18】 | ページトップ↑
「会議は踊る」(エネルギー拠点化推進会議)
Date :2017-03-17(Fri)

西浦の梅も満開に。季節も着実に春に向かっている。3月は過去と未来に区切りを付ける月。切なさもある。高校の卒業式も終わった。進学や就職で手塩にかけて育んだわが子が旅立ったり、志望校に落ち長年の夢を諦めた子たちもいるだろう。ただ、どんな区切りの人にも早春の日差しはほのぼのと柔らかい。

閉塞の視界が一気に「晴る」から来たと誰かが言っていた。そんな4月、春ももう一息だ。前を向いて物事は考えたい。それでも現実は見ておかなければならない。

2月28日で人口が66,842人。この3月、区切りをつけるかのように、例年300人近く減る。それが6年前は12月にかけてゆっくりと戻ったが、原子力発電所の長期停止で戻って来ない。

先日のエネルギー拠点化推進会議で、もんじゅを運営する日本原子力研究開発機構の児玉理事長は拠点化計画の会議後、記者団に「短期的な観点から、人が減ることはない」と述べ、もんじゅの雇用は廃炉作業に入ってからも維持できるとの見通しを示した。

児玉理事長は、廃炉作業を機構が担うかは別とした上で「現状の設備を維持することと、廃炉に向けての作業は並行しなければならない」と説明。「機構として減らないような努力を最大限していきたい」と語った。

確かに短期的はその通りだろう。しかし、燃料が抜き取られると、
その設備維持には人はいらない。更地になればなおさらだ。
廃炉の作業は時間がかかるだけに減少はゆっくりだ。ゆっくりだけに児玉理事長の言葉となる。

もんじゅの廃炉後をしっかりと考えておく必要がある。
エネルギー拠点化推進会議で30年後の敦賀市に責任を持って発言しているだろうか。
この拠点化会議はもんじゅの再稼働をテコにここまで知事など大物が集まった会議となっていた。

そのテコがなくなって、どんな力学で会議が動くだろう。国との駆け引き、ある意味、地元がしっかりとしなければ、ボディーブローのように研究という拠点は求心力を失い始めている。

もとに戻すが、二日ほど前はみぞれが降った。なごり雪ならぬなごりみぞれか。そういえば「はる(春)」の響きも草木に宿る力が「張る」とも。その「張る」力が今はない。「会議は踊る」ではすまされない。
【2017/03/17】 | ページトップ↑
敦賀にとって重要なもんじゅ後の研究拠点の再構築
Date :2017-03-16(Thr)

昨日は議会の予算決算常任委員会、敦賀市副市長2人体制の全員協議会と続いた。それぞれ重要だが来週の本会議終了後、報告したい。

昨日は夕方、若狭湾エネルギー研究センターでエネルギー研究開発拠点化推進会議があり、もんじゅ後の地域拠点の見直しなど、重要な会議だ。

この会議は毎年11月に開かれていたが、もんじゅ廃炉の動きで開催が見送られていた。

もんじゅ廃炉でこの地域の研究拠点はその中核、中心を失うことでもあり廃炉による雇用の減少は地域経済の衰退にもつながる。

それだけにもんじゅの廃炉体制も大事だが、研究拠点の再構築を促す会議としての重要な役割を持つはずだ。

敦賀市に誘致された若狭湾エネ研、福井大学附属原子力工学研究センターなど、その先行きも難しくなる。

新聞報道では、渕上市長は「廃炉を判断したなら、敷地外への使用済み燃料とナトリウム搬出のスケジュール、廃炉体制についても併せて示されなければならない」と要求。安全はなによりも優先させるべきだが、一方で雇用や次の研究など、将来に向けた意見や要望をすべきでなかったか。もんじゅの現場は確実に廃炉に向かってさぎょうを始めている。

商工会議所の有馬会頭の即効性のある経済対策を考えるべきだとして、立地地域への進出企業に対する電気料金の優遇強化、敦賀市が計画する水素や再生可能エネルギー関連産業の誘致推進など具体的な要望は現実的だ。
また、旭若狭湾エネ研理事長のもんじゅに代わる研究拠点の理化学研究所の福井県内移転、産業育成につながる研究炉の誘致など、これも現実的だ。

あわせて眞弓福井大学長の研究炉の整備スケジュールを明確にする要望も妥当だ。

  
【2017/03/16】 | ページトップ↑
北陸新幹線敦賀開業に向けて検討が29年度は正念場だ。
Date :2017-03-15(Wed)

昨日は午前中、松陵中学の卒業式、議会の委員会などでここ数年、
参加できなかったが久しぶりの卒業式。町内の見慣れた顔もある。大きくなったものだ。これからの船出に幸多かれ。

午後は議会の新幹線対策特別委員会。敦賀駅西地区の土地活用エリアを最大限に有効活用できるように、民間活力を導入した利活用の可能性を検討して、民間事業者との「対話」を通して、利活用のノウハウ・アイディア等の提案を受けることにより、当該エリアの市場性を把握し、民間活力導入の可能性を判断することを目的とした調査の結果が報告された。

もう少し具体的な内容が提起されると思ったが、ホテルやマンションも含めまだまだ検討が必要であり、29年度から30年度にかけてできるだけ前倒しで具体的な提案と民間の公募要件を示すとのこと。

オルパーク横の立体駐車場の台数も駅東と合わせ具体的な台数の検討に入る。29年度の検討結果が重要な内容となる。


一方、新幹線の駅のない鯖江市が敦賀開業後も福井駅まで特急のサンダーバードとしらさぎが存続するよう要望しているが、先日、石井国交相は「名古屋や大阪への乗り換えが不便にならないように、新幹線敦賀駅は上下(のホーム)で特急と乗り換えられるようにする」と明言しただけに、この方向で進むと思われる。

また、前回の特別委員会で駅東の敦賀駅舎のコンセプトは市民から寄せられた内容を取り上げ「空にうかぶ~自然に囲まれ、港を望む駅~」。ホームが標高33メートルと高いため、威圧感がないようにし、「人道の港」敦賀港や、日本海など周囲の自然にとけ込んだデザインへの配慮を求めて鉄道運輸機構に要望したことが報告された。

29年度の6年後の北陸新幹線敦賀開業に向けた検討が今後の敦賀を左右すると言っても過言ではない。

岡山、盛岡駅と終着駅効果でまちづくりが進められ一定の成果があった。小浜ー京都ー大阪ルートが完成するまで約30年、この間の敦賀市のエンド効果に期待したい。

そして、昨夜は敦賀市を去る方の送別会、今日も寒いが敦賀も季節も春に向けて動き出している。




 
【2017/03/15】 | ページトップ↑
敦賀南インター、産業団地、そして第二産業団地
Date :2017-03-14(Tue)

昨日は産経建設常任委員会。舞鶴若狭自動車道「敦賀南スマートインターチェンジ (スマートIC)」に続く市道の認定など審議した。
この3月25日15時に開通する敦賀南スマートICは、舞鶴若狭自動車道初のスマートICであると同時に、福井県内の高速道路では初めての本線直結型スマートICとなる同町山上の産業団地。敷地面積は約13ヘクタールと町初の本格的な産業団。始めて松宮衆議事務所で図面を見たとき、これがスマートインターかと、驚いたことを記憶している。内覧会は今週3月18日。

若狭美浜IC~敦賀南スマートIC間が6.3km、敦賀南スマートIC~敦賀IC間が7.8kmと高速道路への粟野からのアクセス機能が強化され、観光や粟野方面の利便性が強化される。


委員会審査が終わって田結の第二産業団地の説明を受け現地視察を行った。時間の経過は速いもので、産業団地(莇生野)の全十五区画が先月13日に完売した。団地の整備を始めてからおよそ15年。

莇生野の団地は13.8ヘクタールを分譲。総事業費は82億円で、電源三法交付金50億円と、土地の売却で得る32億円で敦賀市としては、持ち出しなしのわずかな黒字。現在、400人近い従業員が働いている。原子力発電所のひとつの果実といっていい。

また、田結の第二産業団地では、県支出と市で賄われ、電源三法交付金は充当しない。市は用地買収を進めており、約7七ヘクタールを18年度中に分譲する。第一産業団地と比べて半分以下だけに狭く感じるが、ここは地盤の問題はない。

また、ここは製造業以外に港と高速道路が近いため物流基地も想定にいれている。新たな雇用にも期待できる。企業誘致にどれだけかかるかわからないが、今の時代、じっくりと取り組む覚悟もいる。

ちなみにお隣の美浜町が山上の産業団地誘致している。敷地面積は約13ヘクタールと町初の本格的な産業団地で16年度から分譲している。舞鶴若狭自動車道に近く敦賀の競争相手でもある。

いずれにしても河瀬市長時代に手掛けた事業が敦賀南インター、産業団地、そして第二産業団地と完成、そして用地買収と動き始めている。月日は速い。今日はホワイトデーでもある。

【2017/03/14】 | ページトップ↑
Date :2017-03-13(Mon)

土日は天気がよかった。町内会、行事、研修と、あちこち行くと久しぶりに会う方も多い。話をするなかで、75歳を超える方にとって今回の道交法改正は相当なストレスのようだ。敦賀市のコミュニティバスがあっても、乗り慣れた車は手はなせない。通院など、なくてはならないようになっている。

ところで、昨日から改正道交法がスタートした。今回の特徴は75歳以上の人の認知症対策を強化したこと。これまで免許更新時に行われていた認知機能検査だが、これが特定の違反をすると「臨時認知機能検査」を受けることになる。

特定の違反とは、信号無視とか指定場所一時不停止など認知機能が低下すると起こしやすい違反ということで、全部で18項目。検査結果によって講習や医師の診断が必要で、通知から1カ月以内に対応しないと免許取り消しや停止の対象になるという。

ペダルの踏み間違いなど高齢者に多い事故の未然防止が目的。ならば踏み間違えのないマニュアル車にして運転をとも思うが、まだまだ時間はありそうだが、とはいっても時間は速い。
【2017/03/13】 | ページトップ↑
自分のいのちは自分で
Date :2017-03-12(Sun)

6年前、県議選の説明会で小浜にいた。ゆっくりゆれる周期、それも長い。どことなく不安がよぎった。あの日、テレビは津波の生中継となった。

その後の計画停電やガソリン不足、千葉県浦安市のマンションに住んでいた方は、水道が停止したことにより、敦賀市に移り住んできた。その方も今はいない。

今は昔。人間の記憶は時と共に薄れていく。辛いこと、悲しいことは徐々に忘れていくことで精神のバランスを取っている方も多いだろう。

だが、決して忘却のかなたに追いやってはならないのが、災害への備えの重要性である。阪神大震災以降の分析で判明したのが、助かった人のうちほぼ7割が自分の命は自分で守るという「自助」によるもので、2割が地域住民による「互助」、1割が消防や警察による「公助」だったという。

かつて神戸に住んでいた頃、「神戸は地震が少ない。安全なところだ」と言っていた。それがあの大地震だ。よく「敦賀は災害の少ないところ」と皆さんが異口同音に語る。

地震はいつどこで起きるか分からないを肝に命じるべきだろう。常日頃から自分で自分の命を守ることを意識して、最低3日分の水や食料の備蓄に加え、家具等の転倒防止、最寄りの避難所の確認などは必ず励行しよう。

災害の発生は防げないが、被害は減らすことができる。3・11は身近な備えを再確認する日にでもあるはずだ。
【2017/03/12】 | ページトップ↑
大震災、福島の事故から6年、その影響が徐々に進むだけに
Date :2017-03-11(Sat)

今日で東日本大震災、福島の事故から6年の時が流れた。大震災前から福島の浜通り地域は人口減少が進み高齢化が進んでいた。そこに大震災は福島県浜通りを大きく変えた。一方、発電所では、5千人を超える作業員が日々、懸命に働いている。それだけに違った風景がこの地域につくられた。

原子炉内の惨状が明らかになるにつれ、廃炉作業が一体あと何十年かかるのか見通せなくなっている。2号機の溶融核燃料(デブリ)の実態把握を目指した自走式ロボットは、原子炉内部を撮影し、毎時650シーベルトという極めて高い放射線の推定量を出したものの、圧力容器直下までたどり着けなかった。

現場の作業員らはこの6年間、過酷な環境の中で懸命の作業を続けてきた。それでも廃炉工程最大の難関であるデブリ取り出しのめどは立っていない。

福島県内の避難区域は少しずつ縮小しているが、県内外で依然8万人近い被災者が自分の家に帰れないでいる。避難指示が解除されても身近な生活インフラが再興していない地域が多い。帰還者の多くはなお、不自由な生活を余儀なくされている。

敦賀市内にも被災者が県下でも一番多く80人を超える方々が家族で日々、懸命に暮らしている。一方、敦賀市の人口減少もこの6年間で自然減も含め2300人を超える方々が敦賀市を去っている。

来週3月15日にはエネルギー拠点化推進会議が開かれる。もんじゅ廃炉で研究拠点の核心を失う損失は、現場に働く雇用はもちろん、研究の拠点が大きく後退することを意味する。

市長に私は一般質問で「もんじゅ後の具体策を持つように」と迫ったが、市長からは「国の具体策を伺ってから」と、あまりにも消極的な答弁に終始した。

ナトリウム事故後のふげん廃炉の時は、もんじゅ再開の国の方針があった。今はそれがない。国は一方的にもんじゅ廃炉を敦賀市に伝え、粛々と廃炉作業が進む。白木には研究施設らしい研究施設はないと言っても過言ではない。

もんじゅ廃炉は徐々に進むだけに、ボディーブローのように5年、10年と経って地域に影響を与える。国は原子力研究に対して全体的な予算を徐々に下げている。大型プロジェクトの廃炉はもっとも大きい原子力研究だ。国は茨城県と並んで敦賀市を高速炉研究の拠点とするとしているが明確な構想を持っていない。拠点といいながら、時間の経過共に失うものの大きさが後でわかる、これでは遅い、それだけの危機感を持っている。

6年たって敦賀の町の活力が人口減少共に時間かけて失われてきた。もんじゅ廃炉の大きさも時間をかけて失われる。国体、北陸新幹線と目を奪われがちだが、後の祭りとならないようにしたい。
【2017/03/11】 | ページトップ↑
地域包括ケア病棟を2棟増やす考え(市立敦賀病院)
Date :2017-03-10(Fri)

昨日、議会の一般質問。前日に続いて、原子力政策、ハーモニアスポリス構想と市立敦賀病院について伺った。それぞれに解説したい。今日は病院関係を取り上げたい。  

市立敦賀病院では、手術などの急性期治療が終了して、すぐに在宅や施設へ退院することに不安がある患者さんに対して、退院に向けた治療やリハビリテーション、在宅復帰支援を行うことを目的とした病棟がある。これが地域包括ケア病床だ。

すぐに退院するには患者も家族にも不安が残る。在宅復帰を目指し、医師・看護師・リハビリテーションスタッフ・医療ソーシャルワーカー等が、患者と相談しながら退院していただけるシステムだ。

敦賀病院では本館7階病棟及び6階病棟で運用、昨日も議会の一般質問で包括ケア病床は90%の稼働率で後二病棟を考えているとの院長から答弁があった。

ところで 昨日の福井新聞トップ記事で、自治体病院の病床を全国で1割余り減らす。福井県は26%、41道府県に削減を求める内容が報じられた。
  
年間40兆円に上る医療費を抑制する狙いだが、地域の実情にそぐわない基準の押しつけのように思うが、これが現実だ。

過剰な病床は、不必要な入院や長期療養を招き、医療費がかさむ原因になっている。政府は、病棟を介護施設などに転換し、患者には入院医療から在宅医療に移行してもらうことで病床削減を進めたい考えだ。当然、市立敦賀病院も病床削減が要求される。 

敦賀市も核家族化が進み、独居高齢者が増えている。介護型の病床には、医療ニーズがあまり高くない高齢者が長期間入院しているケースも現実は多い。自治体病院である市立敦賀病院は、患者の実態がわかっているだけにずいぶん配慮している。

自宅や地域に介護の担い手がいないためで、「社会的入院」と呼ばれ、介護力の低下を病院が代替しているのが現状だ。開業医の減少と社会的入院問題を抱える市立敦賀病院の経営はなおさら厳しい。その上、交付金の削減はさらに深刻となる。 

そうした中で、在宅で十分な介護を受けられる体制や仕組みがないまま病床を減らせば、家族の負担が重くなる。環境が整うまでは、削減を進めるべきではない。


25年には、「団塊の世代」が全員75歳以上の後期高齢者となる。慢性的な病気を抱える高齢者が増える。人口減少とはいえ、ピークを過ぎるにも数十年かかる。削減方針に強制力はないが、政府は25年に向けて補助金や診療報酬で転換を誘導し、介護サービスとの連携も進めるとしている。

在宅医療に関わる医師や看護師の確保、介護業界の慢性的な人手不足解消も大きな課題だ。 
 
各都道府県は、昨年成立した地域医療・介護総合促進法で義務付けられた「地域医療構想」の策定を急いでいるが、削減ありきで進めているように思う。

政府は、介護保険制度の変更もそうだが、医療費抑制ありきではなく、地域の実情に即した医療・介護環境の整備を進めるべきだが、一方で、その変化に対応する準備も必要だ。
【2017/03/10】 | ページトップ↑
市長の唐突な提案、庁舎はプラザ萬象周辺もひとつの候補地
Date :2017-03-09(Thr)


昨日、議会は代表質問。先日もこの議会で大きな焦点となる庁舎整備問題で建て替え候補地として、市長はプラザ萬象周辺を候補地ひとつとして、答弁で述べた。

提案理由説明で、大規模地震で倒壊の恐れのある市役所本庁舎を建て替えることを明らかにし、建て替えるならば防災センターや消防署が集約された現位置が、有力な候補地と考えられていたが、事前の説明会もなく唐突とも言える提案が答弁で述べられた。


前にも書いたが熊本地震を踏まえた国の財政支援が得ようとすると完成時期を当初よりも二年前倒しして、2021年度にし、総事業費は約49億円試算算のうち約11億円が補助されるといった内容。

新庁舎は延べ床面積1万平方メートル。免震工法で建設する。候補地は防災センターなどのある現在地の優位性が高いとしつつも、ここで新たな候補地、今年九月までに北陸新幹線開業や中心市街地活性化なども踏まえて決めるとしても、プラザ萬象も含め周辺をどうしようとしているか、構想が不明だ。昨日の市長答弁では現在地での建設には、多くの欠点があり、あたかも市長はプラザ萬象が最適地であるような提案であった。



候補地選定は、庁舎整備で最も大事な課題であり、まちづくりの根幹でもある。

現庁舎に昭和49年に移って中央町、呉竹町、新松島町と昭和町と、市庁舎整備を起爆剤に町が発展した。

人口減少が進む敦賀市で現在の位置から移設するには相当の深い検討がいる。中央町はマンション建設、住宅販売など、ほぼ終わり、市役所を中心とする事務所や住宅地が密集しているものの、最近では、ここにもマンションの空き室も目立ち始め高齢化、人口減少が進み始めている。もし、庁舎移転となれば、様相は大きく変化することは明確だ。

市長は百年の計と語るが、市役所は敦賀市の中心、一方が賑わえば一方が衰退する。高齢化、人口減少が進む現在ではなおさらだ。

プラザ萬象など、他の場所を考えるならば、国の補助など期待せず、メリットとデメリットを出し合って、議会はもちろん、市民説明会を繰り返し、市民論議、市民アンケート、もっと言えば市長選の公約で争うべきほどの課題ではないか。


3月議会が終わり、4月より議会はもとより、各地区説明会や市民説明会を繰り返して9月議会で決定するには、あまりにも時間がなさすぎる。市長の提案は重いが、重いだけに混乱のもとにもなる。市長は慎重に議会での意見やも市民の声をしっかり聞いて、市庁舎だけに、慎重に、物事を進めないと、ただ、混乱だけが先行する。

昨日も「市長が市長だけにこれからの議会の力量が問われよ」と手厳しい指摘があった。
【2017/03/09】 | ページトップ↑
病院と地域包括ケアシステム
Date :2017-03-08(Wed)

昨日は休みを取って四国高松へ。帰り、この時期の北陸自動車道の刀根の雪には少々、驚いた。最後の寒さと雪と思うが。

義母のガンの検査結果と治療法を医師から詳細に受けたが、八十後半の高齢者となれば、それなりに厳しい選択となる。病院も地域連携室に社会福祉士の免許を有する医療サポーターが相談にのってくれる。

いずれにしても高齢者になれば、誰も心身の不調、経済的な不安、悩みなどを抱える。常にベストな状態で過ごすのは容易ではなく、高齢になればなおさらだ。そんな高齢者が少しでもより良い状態に近づくようサポートする社会的な仕組みが、地域包括ケアシステムが重要となる。

医師、看護師や介護職員ら専門職が連携して、医療や介護予防、生活支援などの活動を地域の中で一体的に提供する仕組み。旗振り役の厚生労働省は団塊の世代が75歳以上になる2025年をめどに、高齢者が住み慣れた地域で支援を切れ目なく受けられるシステムを構築するとしている。

少子高齢化と単身世帯の増加という社会構造の変化にさらされている。さまざまな分野の専門職と住民が支え合うのは時代の要請だ。ただ、理念や制度が先行しても実行が伴わなければ画餅に帰す。生活者の視点に立った積み重ねが必要だ。

敦賀市もシステムの要となる地域包括支援センターが構築され、人材育成と共にどう機能させるか、これからが正念場だ。

住民が主体となった介護予防の場づくりや、関係機関のきめ細かな情報共有、既存の地域団体と連携した態勢づくりなど、活発におこなられている。

ひとり暮らしの高齢者の多い敦賀市も、将来の地域づくりや包括ケアのやくわりが重要となる。まだまだ緒についたばかりの包括ケア、市立敦賀病院、社会福祉協議会、市の福祉保険部、各区、各町など、結果として理念を超えるような包括ケアの仕組みが生まれるかもしれない。
今日から議会の代表、一般質問が始まる。
【2017/03/08】 | ページトップ↑
北朝鮮ミサイルにみる危うさ
Date :2017-03-07(Tue)

昨夜は、嶺南広域行政組合議会の代表者会議。今月28日に開かれる議会の運営方法については協議した。内容については、28日以降にご報告したい。

ところで、そろそろええ加減せいや、言うより、これって見ているだけでいいのか、そんな感覚になるミサイルがまた飛んできた。昨日6日朝、北朝鮮の西岸から弾道ミサイル4発が発射され、約1000キロ飛んで、このうち3発が日本海の日本の排他的経済水域の中に落下した。

ここ1ヶ月で暗殺あり、ミサイルあり、そのミサイルも命中率などレベルが向上しているとも。どこまでエスカレートするのだろう。黙っていればやりたい放題といった感じさえ受ける。何かあってからは遅いが、いまは我慢、ガマンと防衛力で備えるしかない。

それ以前、小浜の地村さんの拉致事件は、まったくのノーマークで時間が過ぎた。無関心が身近な拉致問題となったとも感じる。

ところで、不謹慎かもかもしれないが、時々のはやりのマンガやアニメが世代共通の特徴を生み出しているという。

今20代の「ワンピース世代」は自由と仲間に価値を置き、その前の40代の「ガンダム世代」は組織を重視し、もっと以前の我々1950年代生まれは、当時、少年マガジンの「あしたのジョー」世代。仕事に対するモーレツぶりはガンダム世代の上を行き、真っ白に燃え尽きるまで戦い続けることを美徳とした。

先輩の仕事ぶりを当たり前に受け止め、実践しようとした「あしたのジョー」世代だが、それに続くガンダム世代は。上司から「何を考えているのか分からない新人類」とも呼んだ。

我々世代も学生運動が終わり、「ノンポリ」(ノン、ポリティックス)やら、どこか冷めた「シラケ世代」とも言われた。

綿々と続く若者へのレッテル貼りだが、見方を変えれば年配者はいつの時代にも若者の異質さに戸惑い、理解し、折り合いを付けようとするが、どこか、合わない、遠目で眺めている。

いま、遠目でも無関心が、問題が、事件があってからでは遅いことが多い。現実に発生している課題、どう向き合うか、対応するか、直面する課題が大きいほど、力量が問われる。

【2017/03/07】 | ページトップ↑
あらためて気比の松原、百年構想
Date :2017-03-06(Mon)

一昨日、昨日、久しぶり好天。気比の松原も観光客や市民が思い思いに休日を楽しんでいた。

くどいようだが、気比の松原は、保安林であるとともに日本三大松原の一つ。名勝 保安林であるとともに日本三大松原の一つとして、名勝、若狭湾国定公園、レクリエーションの森などに指定されている国有林。文化遺産、観光資源、森林散策の場。

しかしながら、近年、松くい虫被害や風雪による被害などによりマツが衰退している現実がある。

そこで、福井森林管理署では、「気比の松原100年構想」としてとりまとめました。構想では、これまでの松 の姿について検討し、これを「気比の松原100年構想」としてとりまとめた。これをもとに対策が進行中だ。敦賀市29年度当初予算案にもマツクイムシ除去が予算化されている。

ところで、昨日5日は、二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。土の中に隠れていた虫や小動物がはい出して、活動を始めるころを表す。中国から伝わった二十四節気は、日本の季節感とずれもあるが、啓蟄は待ちわびた春の訪れと重なる。

全国的な大規模な松枯れの犯人は、マツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリのコンビ。体長1ミリもないセンチュウが、松の水分の通導を阻害し枯らす。松の幹の中で羽化し、若枝を食べ歩くカミキリがセンチュウを運ぶ。

害虫から松を守るには、薬剤の注入や伐倒による防除が効果的とか。気比の松原を守る活動は、息長く長期間の労力を要するだけに、協力しながら守って行こう。



【2017/03/06】 | ページトップ↑
認知症、クールビズ、そしてプレミアムフライデー
Date :2017-03-05(Sun)

昨日は、研修で兵庫県小野市へ。夜は西公民館で西地区の各団体の交流会。

労働団体のゆうあい倶楽部で兵庫県小野市垂水町を訪れた。。伝統工芸品に指定されている400年の歴史を持つ“播州そろばん”。かつては日本の計算道具、教育道具として人々の生活の営みに必要不可欠なもの。時代の変化とともに電卓•パソコンに移り、現在では、生産量が全盛期の5%にまで落ちた。

しかし、そろばんが子どもの「考える力」を養うと見直され、一方で認知症防止など高齢者の頭と手の動作によるそろばんが見直されている。伝統ある技術と素材を生かした新たなものづくりとなっている。その新たな挑戦を学んだ。

高齢化社会になって、 政府が始めた「認知症」という言葉が定着した。確か同じ頃に、環境省が呼び掛けて「クールビズ」がスタートした。その発案者は当時の環境相・小池百合子さんだった。

ネクタイやジャケットを着用しないファッションは、10年余りが過ぎて、多くの企業や官公庁で定着した。日本の風物詩になったとも言えそうだ。当初は、軽装へ抵抗感をもつ人もあったようだ。

先月から、やはり政府と経済界の旗振りで始まった「プレミアムフライデー」。月末の金曜日の仕事を早く終え、消費喚起や働き方改革を狙う。初回は、本県を含め全国各地でイベントなどがあったが、盛り上がりはさほどでもなかったようだ。敦賀市内でも「遠い世界の話」「悪い冗談」。

冷ややかな声もよく分かる。働き方改革は意識改革と考えれば、一つの足がかりに、と願いたいが、この敦賀市ではまだまだ難しそうだろうが。次の「プレ金」は繁忙確実な年度末の今月31日だが、2月より更に難しそうだ。


【2017/03/05】 | ページトップ↑
GSの生き残り
Date :2017-03-04(Sat)

NHKの新しい朝ドラ「べっぴんさん」、物語の舞台は神戸市で、創業したベビー・子供服メーカー「ファミリア」。本社を横目に見ながらバイトに通った当時を思い出す。ぷ敦賀市内の赤ちゃん専門店でも扱っていた。

その近くだった喫茶店があった。当時、ガロの「学生街の喫茶店」がヒットして4年ほどか、よくかかっていた。

「学生街の喫茶店」のガロと共に、四国など全国でよく「かまやつひろし」さんと行動していたのを思い出す。


GS全盛期の人気バンド「ザ・スパイダース」の元メンバーでミュージシャンのムッシュかまやつさんが亡くなった。

我々世代には、当時中学、高校の真っただ中を過ごした身にGSの音楽は心地よく響いた。同世代の多くがエレキギターの奏でる、激しく、テンポのいいリズムのとりこになったように思う。


解散後も、かまやつひろしの本名で精力的にソロ活動を続け、吉田拓郎さんが提供した「我が良き友よ」で大ヒット。グループサンズ(GS)の生き残りのようなたくましさがあった。

GS世代ならきの「あの時君は若かったぁ」など、心の中で口ずさんだ自分もいた。
【2017/03/04】 | ページトップ↑
就職戦線始動と人手不足
Date:2017-03-03(Fri)

拉致問題に原爆に海を隔てた国の今回のクアラルンプールでの事件、異常という言葉しか浮かばない。血を分けた肉親であるはずが、「ここまでするか」との感覚だ。

この期に及んでも「被害者は正男氏ではない」と強弁する北。それどころか「捜査はでっち上げ」と憤慨する始末。数少ない友好国との対立を深めてもなお、孤立への道をまた一歩進む。

昨日は「これにて一件落着」で有名な「遠山の金さん」と知った。大岡裁きとまではいかないまでも、本当に諌める人がいないのだろう。拉致被害者を帰国させたお父さん、建国の父のおじいさんが居れば、なんと諌めただろうか。もはや独裁者の末期症状かもしれない。

ところで、就職戦線が始まった。折しも1日から来春卒業予定の大学生の就職活動が本格的始動。

テレビで福井市の企業説明会で、「労働時間など従業員を大事にする企業を選びたい」との女性学生が語っていた。

人材確保には、個々の企業が待遇を改善したり、働きやすい環境を整えたりすることが最優先なのは言うまでもない。

一方、東京の企業の人手不足が深刻だ。2020年の東京五輪を見据えた事業拡大やサービス競争の過熱などが背景にあるとされ、東日本大震災や熊本震災の復興需要という特殊要因も加わる。多くの企業が人材確保に躍起となる中、24時間営業など従来のサービスを見直す動きが出ている。

 
新聞を読むと運送業界の現場も厳しさが理解できる。インターネット通販の拡大を背景に宅配サービスの利用が増加。即日配達、時間帯指定、再配達といったサービスの拡充、前にも書いたが厳しい現実は都会だけの話ではない。

アベノミクスで多少なりとも景気の回復と原子力発電所の長期停止の続く敦賀市、構造的な人手不足が続くとみられる中、市内の就職など敦賀出資者の流出が心配なであることは言うまでみない。
【2017/03/03】 | ページトップ↑
民進党の脱原発政策は現実離れ、立地地域には受け入れられるはずもない。
Date :2017-03-02(Thr)

昨日は予算決算常任委員会の産経建設分科会。連日、夕方までの審査は疲れる。分科会では自らの意見を交えながら質疑ができる。久しぶりの産経建設部門。北陸新幹線の開業準備、クルーズ船の対応、観光の金ヶ崎周辺整備と、この分野は新規事業が多い。

本年度は準備段階が多いと言えでも、福祉、教育などの削減の一方で、この分野の予算確保のやりくり、財政が厳しいなかでの苦労は、理解できる。市の執行部こと、理事者側との質疑の中で理解が深まる。調べて、市民の方の声を聞いている中で、時間をかけた丁寧な議論は大事でもある。

話は変わるが、民進党の蓮舫代表は3月12日の党大会での「2030年原発稼働ゼロ」の方針表明を先送りする考えを示した。東京での党内議論、福井県内での党内議論を繰り返しての結果でもある。

それでも6月18日の通常国会会期末まで年限の明示は見送るという。原子力政策の新たな方針は、執行部が次期衆院選に向けて与党と異なる明確な対立軸として思い描く大きな柱としたい党執行部の考えは、この嶺南、敦賀市の現場とまったく相容れない政策だ。

福井県連での幹事会はもちろん、東京での会議でも、この原子力政策の立地する現場とまったくあっていないことを訴えてきた。

党のエネルギー環境調査会を中心に「原発稼働ゼロ」の目標年次を、従来掲げてきた「30年代」から「30年」へ、最大10年近く短縮する前倒し案を検討してきた。この政策がまとも実施されれば、敦賀市はもちろん、嶺南地域の活力は失われる。まったくもって現実離れの選挙目当ての政策だ。

現場の党役員として「現実的でない」「結論ありきの議論はおかしい」と異論を唱えるのは当然でもある。

多様な意見があるのは、政権政党を目指す組織として、少数といえども、意見を聞くのは開かれた政党の当たり前の姿だ。

結党宣言にもある通り、幅広い各層の声を代弁する「国民政党」である。国の原子力政策は、原子力発電所は「ベースロード電源」と位置付けされ、嶺南地域の再稼働の動きが進みつつある。

福島事故の教訓は当然、最優先であり、国民世論も不安とする声も真摯に受け止めなければなたない。
市議会での当初予算案の活発なやり取りは当然であるが、最後は賛成か、反対か、結論を出す。

国民からみれば、民進党の今回の対立は、民主党時代からの「内輪もめ」の繰り返しとも冷ややか声も多い。党員であり、役員である以上、現場の実情、この政策の現実離れは、今後も訴えていく。

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今回も私の一般質問に対してご意見を頂きありがとうございました。今日は提出日です。以下に、その内容を書きます。

一般質問(北條)

1. 原子力政策と地域振興について

(1)原子力政策
 県議会で、高速増殖炉もんじゅの廃炉決定に絡み、西川知事は23月17日、もんじゅを中核として研究開発や産業振興を図る県のエネルギー研究開発拠点化計画の見直しは避けられないとの考えを示しました。

 研究拠点のまさに中核のもんじゅが廃炉になれば、高速炉研究の大規模な研究施設もなく、ふげんの廃炉と共に、このままいけば、研究拠点でなくなるのは目に見えている。1000名とも言われる雇用が核燃料の抜き取り共に、徐々に減っていくことも明確です。実際、もんじゅに関する来年予算も削られており、雇用数減少ともに敦賀市の人口減少に拍車をかけることが十分予想されます。

 3-11以降、敦賀市の人口減少は原子力発電所の長期停止によるところが大きく、もんじゅ廃炉に伴い、地元で敦賀での採用は困難とも伺っています。今後は廃炉措置が進むに従い、国の予算削減も進み、もんじゅに働く人の数も減少方向に向かうと予想されます。


 また、拠点化計画の中で、出来上がって来たFBRプラント技術研究センターなども、高速炉研究の拠点との位置付けはあるものの、現在その中心は、茨城県大洗東海村にあり、国の研究予算削減を考えるならば、集中化や効率化は目に見えており、5周年を迎える福井大附属国際原子力工学研究所も学部生が敦賀に来る中で、将来の就職考えると厳しい環境が十分予想されます。

また、敦賀市の若狭湾エネルギー研究センターも加速器の老朽化も含め、陽子線がん治療研究など、かつての輝きを失っている。理化学研究所の移転も話だけに終わっています。

国は立地地域にあまりにも冷たく納得いかない対応とは存じますが、すでにもんじゅ廃炉と予算削減に舵を切り、原子力規制委員会は、核燃料の早期の抜き取りなど、地元の雇用と景気とは全く関係のない無責任極まりない論理で動いています。
また、過去において、ナトリウムによるもんじゅ事故後、示されたふげん廃炉後、廃止措置センター設置とリラポートへの交&付金措置に終わってしまった状況をしっかりと受け止め、将来の敦賀市を考えた拠点化会議とすべきではないでしょうか。まずは、市長の拠点化会議に挑むにあたっての考えをお伺いいたします。
 次に、敦賀市も拠点化計画の中で長年に渡って築き上げた原子力研究などの火を消さないためにも、敦賀市もしっかりとしたもんじゅ後のビジョンを持つべきではないでしょうか。試験研究炉はもとより、今後の高速炉研究に欠かせない研究拠点の新たな構築の具体策など積極的に県をリードする政策を示すべきと考えますが、市長のご見解をお伺いいたします。


(2)地域振興とハーモニアスポリス構想

 まず、もんじゅの取り扱いに関する政府方針にはハーモニアスポリス構想への支援が盛り込まれています。「今後、具体策な提案を示していただくよう強く求めてまいります、」と提案理由にありましたが、具体的にはどのような内容を期待されているのか、をお伺いいたします。
また、現在、圏域内に所在する企業に対し、新たな産業間連携や敦賀港の利用状況、そして将来の水素活用の可能性等のついてヒアリング調査を行った結果と一部企業からは、事業化に向けた企業間での;協議の場など具体的な提案が、あったとの報告が提案理由でありました。
ここで構想はこれまでになく画期的なものと評価いたします。
ただ、構想策定まで3年を要し、敦賀市が中心となりながらも、時間経過とともに、各市町の首長や担当者も変わることを考えるならば、まずは、敦賀市と高島市、長浜市へのトンネル構築と産業構築など、来年度は将来の明確なビジョンを示すべきあり、かつ、検討を深める各市町の首長と担当者によるハーモニアスポリス構想連合(仮称)的な組織化をすべきと存じますが、市長のご見解をお伺いいたします。
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2.市立敦賀病院について
(1)地域医療構想を踏まえての市立敦賀病院の将来像
福井県地域医療構想を踏まえ、嶺南地域と敦賀市の人口減少に加え、高齢化のピークと人口減少がほぼ同時期にやってくること、原子力発電所の廃炉などによる交付金の減少など、市立敦賀病院病院の医療環境と経営は大きな転換期を迎えます。
公営企業法の全部適用は評価いたしますが、診療報酬など目まぐるしく変わる国の医療政策と敦賀市の高齢化と人口減少など地域が求める市立敦賀病院の将来像をどのようにお考えか、管理者である院長のご見解をお伺いいたします。

(2)病床機能とネットワーク
次に、高齢化のピークを迎える2025年を見据え、地域の人口推計などをベースに医療需要と病床の必要量を病床機能ごとに試算するものですが、人口減少の著しい嶺南地域の医療構想では、2025年度の推計として、自治体病院の病床規模を縮小する一方で、回復期・慢性期病床への機能分化を図ることが重要と考えます。
ここで、病床機能の転換や敦賀医療センターなど、医療機関同士のネットワーク化を検討すべきと存じます。これらも含め具体的な病院経営の将来像についてお伺いいたします。

(3回復期病床不足と包括支援
さらに、2016年4月実施の診療報酬改定では、急性期病院の入院患者について、重症度や在宅復帰率などを評価しました。急性期病院の場合、今後5年~10年後の医療需要が低下することも想定され、病院経営の観点からは、病床のダウンサイジングか、病床機能の転換が喫緊の課題となっています。一方で、国が在宅復帰を推し進める中で、回復期病床の不足も課題となって来ると予想されます。
市民への十分な医療提供と医療と介護の地域包括支援などどのようにお考えか、具体的な方策をお伺いいたします。

(4)医師、看護師など確保
さらに、地域医療と経営の安定化に欠かせない医師などの確保について、まず具体的方策についてお伺いいたします。
次に、敦賀市立看護専門学校の廃校により来年度は新たな看護師確保の時代を迎えます。現段階での看護師確保の具体的方策についてお伺いいたします。

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議場での配布資料

高速炉研究施設と近隣の研究用原子炉

●高速炉開発研究施設

(大洗町)

次世代高速炉サイクル研究開発センター(ソフト部門)
「常陽」(実験炉)
照射燃料集合体試験施設
照射燃料試験施設
冷却系機器開発試験施設
溶融燃料挙動試験装置

(東海村)

プルトニウム燃料第一開発室
プルトニウム第二開発室
高レベル放射性物質研究施設
プラント過渡応答試験施設
水流動試験装置

(敦賀市)
もんじゅ(原型炉)
ナトリウム工学研究施設


●その他敦賀市内の研究施設と大学

若狭湾エネルギー研究センター
福井大学附属国際原子力工学センター

●近隣の研究用研究炉

京都大学研究用原子炉(大阪府熊取町)
近畿大学研究用原子炉(大阪府東大阪市)

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