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市民文化センターの大規模改修と指定管理者
Date2018-05-31(Thr)

一昨日29日に6月議会に上程された補正予算案3億7939万円。大きいのは市民文化センター改修事業費1億8,637万9千円。その内訳は外壁等改修工事費5400万円、舞台吊物装置改修工事6957万円など、大規模な修繕と改修工事だ。

市民文化センターは、市制40周年を記念して、1977年(昭和52年)に建設され、市民が文化に身近に触れる機会を提供してきた施設。かつては歌劇「蝶々夫人」も行っている。オペラだけに前方の座席を外しての生のオーケストラで行っている。小さな地方都市では考えられないことをやっている。

しかし、平成11年からの大規模改修に伴い、市民文化センターで行われていた行事のうち、成人式、戦没者慰霊式などの式典や各種団体の年次総会などが開催場所を変えて開催されるようになったこと、舞台規模が小さいほうが使い勝手のよいコンサートなどがほかの施設に移るなど、事業の内容や性質に応じて施設を使い分けて実施されるようになったことから使用頻度が減少。
 
また興行の面では、民間の企業等が主催する事業の数が徐々に減少していた。数字で説明すると、平成10年度には大ホールの使用件数が250件余りであったものが平成28年度には70件にまで減少した。

しっかりと活用する視点で、指定管理者制度を導入する条例案が昨年9月議会で提案されたものの、市側の説明が不十分などとして継続審議とすることを決めた経緯がある。条例案が継続審議となるのは異例でもある。

いずれにしても、文化センターの大ホールの使用件数を増加させるには興行面での充実を図ることが必要で事業を企画、運営できる専門的な能力を持った事業者に事業の実施と施設の管理を一体的に展開していくことが最も効果的であることは確かで指定管理者制度を導入するという結論は妥当で、一昨日、指定管理者の選考委員会が始まった。
もうひとつの課題が、文化センターも40年を超え、これで大規模修繕は二度目となる。敦賀市のなかでも大きな施設だけに、維持管理費用も大きい。市内の各施設の老朽化に伴う維持費は今後とも大きな課題でもある。

なお、昨日のブログの冒頭、間違った内容であったことをお詫びする。書くことを優先するあまり、「ブログ更新の誤字脱字、構成は、酔っぱらって書いているか、すぐわかるよ」との市民の指摘、謙虚に反省します。反省しても、また酔っぱらって書いています。常に反省の連続です。お許しを❗




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【2018/05/31】 | ページトップ↑
家族の絆
Date:2018-05-30(Wed)

敦賀市の懸案でもある空き家に関する条例など、今を反映した内容となっている。

議会は来月5日に開会する。議案も含め議会の動きも活発になる。ところで、昨夜は、西地区の市議と各区長とのアルコールを入れての懇談会。貴重なご意見を数多く頂いた。

西地区も市街地でありながら空き家が増えてきた。そして高齢者のひとり世帯も増えている。それも子供が市内にいながの単身家族も多い。私もバラバラ家族ながら、自らも含め家族の絆について常に考えさせられる。

ところで、映画監督の是枝 裕和(これえだ ひろかず)、最新作「万引き家族」がカンヌ映画祭で最高賞の「パルムドール」に輝いた。年金を頼りにしながら、足りない分を子どもに万引させて暮らす一家の日常と秘密がテーマだ。特異な物語のように聞こえるが、私は日常にひそむ問題をよくついている。

どんな人間にだって「毒」はある。家族の絆を大切に思う半面、「家族って面倒だな」「厄介な関係から逃げ出したい」と感じる時もあろう。普段は心の奥底にしまい込んでいる複雑な感情に、光を当てている。。

 
格差社会の片隅に追いやられた家族の姿はどこの国にもある。カンヌの観客もそれぞれに思い当たる人生の真実を、スクリーンに見いだしたのではないか。日本公開は来月。今から待ち遠しい。

【2018/05/30】 | ページトップ↑
被災者支援法など備えあれば、憂いなし。
Date:20-05-29(Tue)

一昨日、神戸に行って話題になったことがある。神戸の阪神・淡路大震災を振り返って、長田区など狭い路地での火災被害が大きかった。福井大震災も同じだ。敦賀市の旧市街地の元町、港町、川崎などまだまだ狭い路地が多い。地震と火災は切っても切れない関係だ。

もうひとつが、被災者支援だ。阪神淡路大震災で心の喪失感を多少なりとも埋めるように、見ず知らずのだれかと励まし合い、協力し合った。あのときの連帯が残した果実もある。

公布から20年となる被災者生活再建支援法もその一つだろう。失った住居の再建がひいては町の復興につながる。「住まいなくして復興なし」。わき起こった声が法となって実を結んだのは地震の3年後である。

国は「個人補償はできない」と繰り返してきた。高くて厚い壁をみんなが心の内で振り上げた怒りのハンマーあればこそだったに違いない。

この法はこの間、東日本大震災をはじめ72の被災地で適用されたという。いまは被災者に最大300万円が支給されているが、災害はいつだって制度のすきをついてくる。

漏れはないか、平時の手入れが欠かせない。敦賀市は、地震のないところとも言われるが、神戸が当時、そうだったように、いつおこるかわからない。笙の川の氾濫も同じだ。備えあれば、憂いなし。そのための知恵と工夫が行き届いた敦賀市でありたい。
【2018/05/29】 | ページトップ↑
安全安心が第一の部活動
Date:2018-05-28(Mon)

昨日は名古屋で日本海洋少年団中部連盟の総会。名古屋は暑かったその後、神戸で商船大学の同窓会と続いた。

ちょっとした話題になるのがアメフトの話題。

「あのM選手の会見、20歳なのに正直でーー」とある居酒屋の反応だった。今や日本中、日大アメフト部の悪質タックル問題を知らない人はいないだろう。

学生の行動とは対照的な、とても教育関係者とは思えない発言だった。当該の学生を守るどころか、その告白の否定に終始し、結果的に自己保身に走る醜さをさらけ出すことになってしまった。事態は既に裁判モードに入っているようだ。

日大には平成28年に「危機管理学部」ができている。敦賀からも日大に行く高校生も多い。国でも県でも、初期対応のまずさが、〃傷口〃をどんどん広げてしまうことが多い。

前監督は同大で人事権を握るナンバー2とも言われる常務理事だが、役職を「一時停止、謹慎」するという。世間の常識との「乖離(かいり)」は、頂点に達した感がある。

中、高校で学んだ柔道の指導者からはまず、受け身、礼、怪我をさせてはならないなど基本的なことだったと思う。拳法部もボクシングも同じだった。部に入った当初は、強くなることだけに頭がいったが、締め技で「マイッタをしているのに、なぜすぐやめん」と怒られた覚えがある。今になって思うのは、当時の指導者は常に安全が第一だと言うことだった思う。海洋少年団も同じだ。
【2018/05/28】 | ページトップ↑
観光は難しい。
Date2018-05-27(Sun)

昨日は、市内の小学校の運動会。中央小学校を訪れた。開会式から1時間ほど居させてもらったが、一年生の50メートル走、30年前の息子のかける姿と重ねて合わせていた。スタート位置は、当時とほぼ同じか。

ところで、日付の数字の語呂合わせは数々あるが昨日26日の「ふろ」は、その代表格。毎月26日の「風呂の日」はもちろん、4月26日の「よい風呂の日」など月ごとにも記念日がある。

風呂の日にちなんだのかどうか定かでないが、昨日26日をはさんで3日間、大分県別府市で、「全国温泉地サミット」と「世界温泉地サミット」が同時開催されている。

トップを切ってきのう開かれた全国サミットの主要テーマは「新・湯治」の推進だった。新・湯治とは聞き慣れない言葉だが、地域資源を生かした温泉地の活性化策として環境省が新たに打ち出した施策のキーワードである。
湯治は、温泉地に長く滞在して、温泉につかりながら療養することだが、新・湯治は入浴するだけでなく、周辺の自然を楽しんだり、歴史や文化に触れたりして、訪れる客と温泉地がともに元気になることを目指す。

温泉、絶景、歴史・文化、食、日本酒とキーワードが並ぶ。。

敦賀のトンネル温泉も交通の便利さで1週間とかの湯治客もいたとか。とうろう流しと大花火大会、気比さん祭りと敦賀市の泊まり客は増える。国体ではもうとれない。来月の民宿もほぼ満員。逆にいうと、泊まるところ少ないとも言える。観光は難しい。

【2018/05/27】 | ページトップ↑
庁舎建設対策特別委員会と諸々
Date:2018-05-26(Sat)

昨日は、敦賀港整備促進の総会、午後は議会の庁舎建設対策特別委員会と説明会と続いた。
先日より市庁舎建て替えに向けたボーリング調査が始まリ、ようやく動き出したとの実感だ。昨日も市庁舎・消防庁舎建設基本計画案をほぼまとまり、工事は2019年度第2四半期に発注し、20年度末の完成を目指すもの。規模は市庁舎が5階建て1万0350㎡、消防庁舎が2階建て延べ2750㎡を想定。市庁舎建設工事費として50億円を超える。質疑では多目的スペースや耐震、ランニングコストなど出され、パブリックコメントなど詳細は後日、報告したい。

ところで、土曜、敦賀市内の小学校の運動会。私はいつも中央小学校を訪問する。毎年、子供たちを見ていると元気をもらう。

昼は、正岡子規の「世の中の重荷おろして昼寝哉」といきたいが、そうもいかない。

先日、松山の古い友人からメールが届いた。「今治の獣医学部は悲願でもあった」「ソンタクも重要な問題だが、もっと建設な議論がーーー」「地元の今治は全国から非難の合唱ーーー」とか。

四国の高知の「いごっそう」は広く知られるが、同じ四国でも愛媛には、ひと言で表すこうした言い方はない。福井県もないのではないか。

松山が舞台となった夏目漱石の「坊っちゃん」では、江戸っ子かたぎで気が短い主人公と、のんびりとした土地の人々とのやりとりが面白く描かれる。県民性について地元では、私の故郷、香川県と同じく、温暖な気候に恵まれていることから「明るく温厚」と言われている。

特に、正岡子規や高浜虚子らを輩出した松山は、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」で「伊予の学者」というように、争いを好まない文人肌が多いとされる。最近は「言った言わない」など政治の世界も解釈やウソか、難しい。
【2018/05/26】 | ページトップ↑
水素関連産の推進と敦賀市
Date:2018-05-25(Fri)

現在、敦賀市は、水素関連産業の推進計画を策定するため、先日の水素バスの運行を皮切りに、2025年までに市内で水素を使った燃料電池車(FCV)の公用車や路線バス、水素を供給する「水素ステーション」を普及、さらに35年までに水素の貯蔵関連技術を開発する研究機関を設立、50年以降に水素発電所を稼働し、中京・関西圏への送電を目指す――とする方針がある。

敦賀市が進めている背景に政府が、二酸化炭素を排出しない水素を次世代のエネルギー源と位置づけていることにある。

政府は、25年度までに水素ステーションを現状の約90か所から約320か所へ▽20年までにFCVを約1500台から4万台、と拡充する目標を掲げている。

先日、水素産業の国内大手企業の方とお会いしたが、具体的に進んでいる。国策に沿うことで一定の支援を引き出せるとも考えるが、昨年10月に先進地・山口県周南市を視察したが、敦賀で一から始めるには相当な支援と受け入れる企業があって成り立つ。

山口県産の水素は国内で約1割のシェアがあり、水素関連企業が集積する周南市は、県内分の4割を生産している。既に様々な関連事業が展開されているものの、多くは高コストで、国や県の補助事業として成り立っている。

水素に半世紀の実績のあるコンビナート都市、周南市でも、まだこれからであり、敦賀は人口も少なく、水素を生む産業や供給拠点もない。経済効果や雇用を生むには、辛抱強い取り組みが重要となる。

水素産業の企業、地元の受け入れ企業、さらには敦賀市や福井県の連携が必要だ。

ところで、昨日、米トランプ大統領の貿易政策が日本の自動車メーカーの経営に大きな影響を及ぼす可能性が出てきた。安全保障を理由に自動車の関税を25%に引き上げる輸入制限の検討に入るよう、トランプ大統領が政権メンバーに指示した。日本の自動車各社の米国輸出はおおむね年間170万台規模に達し、国内生産の約2割を占める。FCVなど水素利用にはトヨタなどの自動車企業の動向も重要だ。

一方、米国と言えば、トランプ米大統領は未明、ホワイトハウスで記者団に対し、6月12日にシンガポールで開催が予定されていた米朝首脳会談を中止する考えを表明した。。予想されたとはいえ、後退であることは確かだ。


とにもかくにも、空言(そらごと)多き世なり―。鎌倉末期に生きた吉田兼好は徒然草の中で、空言について記している。人は事実である以上に物事を大げさに言う。作り話でも文字にすると定説になる。人間の本性や社会の本質は、数百年前と変わらない
国策であった原子力は遅々として進まない。国策である水素とのつきあい、どう引き出すか、前途多難だが、水面下で動き出している。

【2018/05/25】 | ページトップ↑
議会報告会、数多くの意見を頂いた。市民の感想は?
Date:2018-05-24(Thr)

昨日は議会報告会をプラザ萬象大ホールでの開催。企画運営は広報広聴委員会のメンバー、準備は議員全員と、ようやく定着してきた議会報告会。天候のせいか、気になるのは、市民の参加が少なかった。

まずは議会のしくみ、予算、各常任委員会の説明と続いた。今回の初めてとなったのは、A・B・Cの3グループに分けての意見交換。意見交換というより意見を伺うと言った、市民と議員が、お互いの顔をみながらの場でもあった。。


各グループ、10人程度での意見交換。今回の報告会として、これまでにない試みで数多くの意見を市民から頂いた。それぞれに勉強になる意見だ。

アンケ-トも含め、ご意見はどんなものか、広報広聴委員会を中心にまとめ、各常任委員会で議論して議会活動に市政に活かしていく。

まず、最初のポートは、3月定例会の報告、ひとつのご意見だけだったが3つのグル-プに分かれて、時間を区切っての「市庁舎整備」「新幹線開業を見据えたまちづくり」「教育と文化振興」「市議会、市政へのご意見」の意見交換は、これまでにない、そ率直な数多くのご意見を頂いた。

私の所属したCグル-プでは最後に「議員の意見が聞きたかった」「今年は参加者少ない、その原因」と厳しいご意見も頂いた。

私としては例年にない数多くの意見を頂き、良かったと思うが、市民がどう感じたか、アンケートを含め、あらためて報告したい。

【2018/05/24】 | ページトップ↑
敦賀駅西地区整備、市の負担とリスクをおさえての賑わいづくり
Date:2018-05-23(Wed)

昨日は、五月晴れの爽やかな一日、午前中は北陸新幹線の敦賀市内の工事現場の視察。午後は新幹線対策特別委員会、夕方はできたばかりの国民民主党福井県連の打ち合わせ。夜は敦賀港カッターレースの打ち合わせと続いた。

新幹線対策特別委員会では、敦賀駅西地区の整備する官民連携施設と立体駐車場についての方針が、理事者から示された。

現在駅西の大きな空地、ぞくにAゾーンと呼ばれる7600平方メートル。まず、Aゾーンの施設に宿泊と飲食の機能を導入することも事業者に求める条件として挙げ、うち4200平方メートルを民間事業者が借りて施設を建てる。きほんほうしんとして、運営費を除く市の財政負担をゼロにする方針を示された。

当初からの明確ではあったが、今回、その概要が示され、財政が厳しいなかでリスクを最小限にしながら、町の賑わい創出とまちづくりをしようとする試み、敦賀市として挑戦ながら評価し、期待もできる。

具体的にリスク軽減と経営安定を狙い施設の一部を市が間借りして、若者向け学習スペースなどの公共機能を導入する。駐車場は指定管理が決まっており、年3900万円以上の利用料を見込む。

また、施設整備の公募要件で、内装費と賃借料を合わせた市の歳出が、定期借地料と駐車場収入の合計を上回らないように設定すること。

公共スペースの運営費は施設の固定資産税で全額賄う考えだが、税収が不確定で、最大で年2000万円程度の負担が予想されるという。人口減少や原子力関係などリスクもあるだけに、当然、考慮すべきことでもある。

また、公募で施設の所有者になる民間事業者が分譲マンション建設などを計画でき、定住化対策にもなりうる。

約40億円をかけた区画整理事業だけに、繰り返しにもなるが厳しい財政のなかでよくできた計画だと思うが、一方、金ヶ崎周辺整備計画は、内容充実が優先され、維持費や運営費など基本的なものが公表されていない。

北陸新幹線開業にむけた本年度はまさに正念場だ。
 
 


【2018/05/23】 | ページトップ↑
敦賀にとって功績のある歴史上の人々
Date:2018-05-22(Tue)

敦賀にとって大きな功績をあげた出来事、人物が、話題になった。
大谷吉継、松尾芭蕉、杉原畝は欠かせない。いずれも名誉よりも功績をあげた人だ。大谷は、敦賀城の建設と共に、今日の敦賀の町の基本を築き、氾濫の扇状地の治水も行っている。松尾は、「奥の細道」の足跡を残し、杉原はユダヤ人の人道の足跡を残している。

ところで、日本が大転換した明治維新から150年の今年は、本格的な政党内閣が誕生して100年の節目にも当たる。

調べると、1918年に発足した原敬内閣は、陸軍大臣ら3大臣以外は立憲政友会の党員で構成された。爵位を持たず、選挙で選ばれた衆院議員が首相になったのも初めてだった。

明治維新後の政治は、維新を主導した薩摩藩や長州藩出身の元勲らによって行われた。いわゆる藩閥政治だ。大正デモクラシーが生んだ平民宰相・原敬は、3年後の21年に東京駅で凶刃に倒れた。

原敬の名は、その遺書によっても国民の記憶に刻まれることになった。遺書には「墓石には姓名のほかは位階勲等も記すに及ばず」とある。名誉や権威ではない、功績の人だ。

西郷隆盛も名誉や権威ではない、ひたすら明治維新を生きた功績の人だ。

敦賀に関係する偉人、大谷、倍の、千畝、いずれも、結果として晩年は優遇というよりも不幸だったかもしれないが大きな足跡を残してくれている。p

【2018/05/22】 | ページトップ↑
脳梗塞と認知症、そして介護
Date:2018-05-21(Mon)

朝丘雪路さんああがアルツハイマー型認知症とは知らなかった。私の両親が、この認知症だっただけに家族の介護の大変さがよく理解できる。

アルツハイマー型認知症とは、認知症の一種で、国内の認知症患者の約7割を占めるとされる。症状が進むと家族の顔が分からなくなったり、家に帰る道が分からなくなったりする。脳が収縮して神経細胞が減少していく病気で、進行すれば大脳皮質の機能が大きく失われ、歩くことや座ることも困難になる。さらに、ものを飲み込む機能や呼吸、心拍をつかさどる機能も失われることも。直接の死因が別の疾患でも、それを誘引したのがアルツハイマーの場合、アルツハイマーを死因とすることがある。

私も当初、この病気をよく理解していなかったので母をよくしかった。「母はこんなはずではない」と何度も思ったが、脳は修復は困難で本人はなんともならない。それを私は受け入れることができなかった。それが母をしかり、たたいたこともあった。悪いことをした。
一方、家族も本人も大変というか、失意の底にあって、状況にどう向き合ってきたか。そこに本当のその人らしさが表れるようである。2度の脳梗塞にもステージに立つことをあきらめず、歌い続けた西城秀樹さんの姿に、多くの人が勇気付けられたことだろう。

不自由さの残る会話も、懸命にリハビリに取り組む姿も、ありのままにさらけだfし、闘っていた。63歳、早すぎる死を惜しむ声がやまない。
これに家族のサポートも大変だ。私の父の2度目の脳梗塞は、認知症も重なって母は介護で手を折ったり、力を入れすぎて子宮が飛び出した。大変の一言だった。

私も現実の介護のしんどさを隠すというか、語りたくなかった。高齢化社会になり、敦賀でも日常、どこでもおこっている。これを行政が地域がどうサポートするか、介護保険制度でずいぶんと整ったが、それでも大変だ。




【2018/05/21】 | ページトップ↑
観光客に泊まって泊まってもらう工夫
Date:2018-05-20(Sun)

気比さん祭り、駅も商店街もあふれんばかりの人。すれ違うのもやっとの混雑だったのに、あの人の波は一晩でどこへ消えてしまったのだろう。とうろう流しと大花火も同じだ。

終わると人も車もめっきり少なくなり、街は一気に日常に戻る。毎年大勢の市外、県外客が訪れるが、大半が宿泊することなく流れてしまうためだ。

宿泊を増やし、もっと花火の経済効果を拡大できないか。そんな提案を市民から受けた。本来のとうろう流しと花火の2日に分けて行うというものだ。あまりの混雑でとうろうを流せない市民からの発想でもある。

各地域で新たに「イベント民泊」に取り組がある。国が宿不足への対策として2016年に打ち出した制度だ。

旅館業法上の営業許可がない民家でも、イベントや祭り期間などに限り有料で宿泊者を受け入れることが可能になる。調べると花火にしろ気比さん祭りでもホテル、民宿には客が泊まっている。

敦賀駅前商店街の飲食店で駅前ホテル宿泊の客が多く訪れ、リピーターも増えているとか。また、9月、10月の国体で「敦賀で宿泊できない」との悲鳴を聴かされた。

徳島市では昨年、阿波踊りに合わせてイベント民泊を初めて実施した。期間中は家主が外国人宿泊客に浴衣の着付けを教えたり、市内を案内して歩いたりしてさまざまな交流が生まれたという。若狭町ではツーデーマーチでの民宿はリピーターも含め毎年、町内が潤う。

観光客にとっては旅先での出会いや交流は忘れられない思い出。花火通だったり、盆踊りの踊り手だったり、楽しみ方を教えてくれる人と触れ合う機会になれば、本番のわくわく感はさらに増す。国体はもう遅いが、北陸新幹線開業に合わせてイベントに合わせて宿泊をしてもらう工夫もあっていいのでは。
【2018/05/20】 | ページトップ↑
脳梗塞後のリハビリ
Date:2018-05-19(=Sat)

昨夜は昔の職場の仲間と飲んだ。苦労をした仲間と飲むのはいい。それぞれ人生で一時期、苦労した仲間と昔の話で時を過ごす楽しさはそうはない。

ところで、昨日のスポーツ紙の一面トップは西城秀樹の訃報。私には脳梗塞で頑張る姿は印象的だった。

御三家はもともと尾張、紀州、水戸の3藩を指す言葉だが、ある分野で名の知られた3人を並び称する表現として定着している。三大鳥居の気比神宮など三つは日本では縁起がいい。

御三家、我々世代では、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。後に登場した郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹は、先代と区別して「新御三家」。活躍したのは歌だけではない。ドラマ「寺内貫太郎一家」や映画「愛と誠」、「ヒデキ、感激!」のカレーCM、アニメ「ちびまる子ちゃん」でも思い出す。

確かペンライトは彼のステージからとか。何事にも挑戦的で、繰り返しになるが脳梗塞後のYMCAはリハビリの成果だ。父が55才で脳梗塞を発症してから手足が動くまでの苦労とも重なる。脳梗塞後のリハビリは本人の努力もさることながら、家族の支えは重要だ。特に早期だと、努力しだいでかなり回復する。

「YOUNG MAN」は、「憂鬱など吹き飛ばして君も元気出せよ」のフレーズは元気をもらう。今日は義母の35日と45日で四国にむかう。

ちなみに、市立敦賀病院には「理学療法」「作業療法」「言語聴覚療法」の3部門があり、リハビリテーション医2名(1名は整形外科部長が兼務)、理学療法士13名、作業療法士5名、言語聴覚士3名が従事している。嶺南では最大規模だ。

骨折や脳梗塞の後に伴って出てくる様々な症状に対して、機能の回復を促すとともに残された機能を生かし、日常生活が自立して行えるように支援する体制は7万人の町では整っている。
【2018/05/19】 | ページトップ↑
拉致問題の風化と最後の機会。
Date:2018-05-18(Fri)

数年前、突然、片方の耳が聞こえなくなった。音の遠近、方向がわからなくなる。歩くのが怖くなる。会話が騒音に埋もれて聞き取れない。かなりのストレスと不安にもかかわらず、他人になかなか理解されない。

「片方は聞こえるんだから」。悪気な6く周囲は思いがちだが、突然となると、歩くのも怖くなる。よく加齢での耳の悩みも高齢人口とともに増えている。こちらも「年だからねぇ」。軽視されやすい点では同じと思う。意外にわからないが交通事故の要因のひとつだ。

私の場合は真珠しゅ中耳炎で鼓膜が溶ける病気で福井大学で鼓膜と振動を伝える小さな骨を手術で変え、聞こえを取り戻した。
NHK連続テレビ小説「半分、青い。」では、おたふく風邪の後遺症を知った人も多いだろう。ヒロイン楡野鈴愛(にれのすずめ)は幼い頃、おたふくかぜが原因で左耳の聴力を失う。

ただ、最近までこうした後遺症は一般にほとんど知られていなかった。

ところで、耳どころか、すべての自由を奪われたらどうなるのか。それが拉致だ。北朝鮮による拉致被害者の小浜市の地村保志さんが、市内の小中学校で講演活動を始めた。
地村さんが学校現場に赴いて被害の実情を子どもたちに伝えると、子供たちはその怖さを知る。
「拉致問題を風化させてはいけない」とする地村さんの強い意向がある。

昨夜、小浜市で「北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会」の総会が、
小浜市の松崎市長、敦賀市の中山副市長など参加して行われた。席上、地村さんから、被害者の帰国から15年が過ぎたことを念頭に「拉致を知らない子どもが増えており、当事者である地村さんから話を聞けば拉致問題を実感として捉えてもらえる」とも述べた。

講演は「北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会」の企画で、小浜市内の小中学校で今後とも行う。

風化もさることながら、ご家族の高齢化、もっというと、被害者の高齢化も深刻だ。今回が最後の機会かもしれない。

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【2018/05/18】 | ページトップ↑
北陸新幹線効果と財政と維持管理
Date:2018-05-17(Thr)

昨日から富山県高岡市を訪問している。道の駅「雨晴」、産業観光などを視察した。

ところで、旅に出るとローカル線に乗りたくなる。高岡を走る氷見線の風情は逸品だ。海立山と表される3000メートル級の立山連峰を氷見線の鉄道に乗りながら富山湾をの海越しに望むことができる。

土地、土地の自然や人の営みが車窓を流れ、新鮮で楽しい。空っぽの頭でゆったりと過ごす時間は格別である。

一方、、北陸新幹線の長野駅 - 金沢駅間が延伸開業する際、西日本旅客鉄道(JR西日本)から並行在来線として経営分離される富山県および富山市をはじめとする県内全15市町村に加え、富山地方鉄道、北陸電力、北陸銀行、インテックなどの出資によって設立された「あいの風とやま鉄道」は富山県内をつなぐ、まさしく生活路線。里山の原風景、ガッタン、ゴットンの世界。小浜線と同じようなp世界だ。

田畑や家並みを包むように山が迫り、文字通りの里山風景だ。しらさぎが走った3年前と比べ経営環境は厳しいが、このところ観光客が増え、企画やPRに一生懸命だ。

話題を変えるが、ファスナー大手「YKK」と建材大手「YKK AP」を中核とするYKKグループの創業者は富山県の生まれから、黒部市には従来から従業員約6千人の一大生産拠点に加え、さらに2015年4月と16年4月の人事異動で延べ約230人を黒部事業所に配属し、人事部門や経理部門など本社機能の一部を東京から移転した。

その後押しが15年3月の北陸新幹線開業という。
東京から黒部宇奈月温泉駅まで片道約2時間半。東京本社との連携もいまのところスムースとか。
地域振興に観光は欠かせないが最も着実に振興に繋がるのが企業誘致、それも本社移転は税収増にもなり、人口減少の大きな歯止めとなる。

敦賀市は、北陸新幹線開業まで4年、駅周辺整備、金ヶ崎周辺整備、産業団地整備と市役所の各部もこれまで以上に忙しくなる。行政は道路、施設の整備は得意だが、財政面や維持管理が苦手だった。今回の高岡市を訪問、視察で感じたのは北陸新幹線の開業効果は大きいが、一方で財政面の負担が増えるといった構図が開業3年目の姿だ。敦賀市にとってもこの教訓はいかさなければならない。


【2018/05/17】 | ページトップ↑
高岡市に学ぶ北陸新幹線効果
Date:2018-05-16(Wed)

ある勉強会で昨日より富山県高岡市にいる。高岡は、加賀前田家2代当主前田利長公によって慶長14年(1609年)に高岡城が築かれ、町が開かれた。以来、400年にわたり銅器、漆器や菅笠などの「ものづくりの技と心」を脈々と受け継ぎ、時代の流れの中で創意を積み重ねながら、富山県西部の中核都市として発展している。人口は敦賀市のほぼ倍の12万人。北陸新幹線開通は高岡にも観光客の増加など経済効果大きかった。

いま、新幹線の新高岡駅周辺には、真新しいホテルやイオンの大型ショッピングモールなどの民間施設が立ち並ぶ。近くに高岡市が整備した6カ所の駐車場は計約800台の収容スペースがあり、一部は平日も満車になる。

だが市内には並行在来線の1、5キロ離れたところに高岡駅というもう一つの玄関口がある。2015年3月の新幹線開業前後で取り組んだ両駅周辺整備が、市の財政を圧迫する要因になった。敦賀市は新幹線駅と本来の敦賀駅とほぼ同じ位置にあるとはいえ、駅周辺整備による財政面は注意が必要であることには変わりがない。

高岡駅は旧来の商店街や住宅地などが集中する中心部にあるものの、シャッター街など、どこの地方都市にもある姿がみえる。

観光面では国宝瑞龍寺、そして古い町並みや高岡古城公園(国史跡「高岡城跡」)をはじめ歴史的・文化的資産が数多く残され、敦賀より先だって、平成27年4月にはこれらを中心としたストーリー「加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高岡~人、技、心~」が日本遺産の第一弾として認定された。

さらに、平成28年12月には、その代表的文化財である高岡御車山祭がユネスコ無形文化遺産に登録され、これらの価値が世界的なものとして評価された。

北陸新幹線の開通で金沢と共に、観光客も増えたが、金沢市ほどの効果はない。高岡市の関係者は、いまのところ金沢の一人勝ち的な様相だとか。北陸新幹線の効果の大きさもあるが財政面、PRなど敦賀市も学ぶべきことは多い。


【2018/05/16】 | ページトップ↑
新潟市の事件と登下校の児童
Date:2018-05-15(Tue)

新潟市の市立小針小2年が殺害され、遺体が自宅近くのJRの線路に遺棄された事件で、新潟県警は昨夜、近所に住む会社員を逮捕した。あまりにも残虐な事件だ。見守り隊の方に伺うと登校時より下校時が児童の気持ちが緩むのか緊張感に欠けるとか。

学校近くは集団だが家が近くになると、ひとりでとぼとぼと帰る児童を見かける。本来であれば学校が終わって楽しい瞬間だ。私もよくランドセルを背負ったままみちくさを楽しんだ経験が思い出される。

さて、小学校で入学式が行われて1カ月がたった。昨日も集団下校で黄色いランドセルを背負った生徒が横断歩道を見守り隊に守られて渡る姿は微笑ましい。。

ただ、真新しいランドセルを背負って初々しい1年生だが、交通事故では児童が歩行中に発生した交通事故を分析したところ、死傷者数が各学年で最も多く、6年生の数倍と言うデータもあるとか。

状況別でみると、下校中と登校中を比較すると、下校時が1、5倍と多いというデータもある。通学に慣れてくると心に隙が生まれがち。学校や家庭は児童の交通安全を語るが、最近は不審者への注意換気も頻繁とか。どこかがおかしい世相だ。


話はランドセルに移すと、子どもと親、祖父母の3世代で敦賀で言えば平和堂に訪れる事例が多いとか。ランドセル選びは一家の一大行事になっている。少子化の時代にあり、小学校入学を象徴するランドセルへの思い入れが年々強まっているとも。子供は宝、見守り隊も力をこめて毎朝、横断歩道などにたっている。これには頭が下がる。

 
【2018/05/15】 | ページトップ↑
母に捧げるバラード
Date:2018-05-14(Mon)

この時期、土日は行事が多い。土曜日は福井県電力総連の会合と懇親会。後、福井市のH市議と本町を渡り歩くと客でいっぱいな店もある。日曜日はある朝起き会から始め、きらめきみなと館内で雨の中、親子フェスティバルの海洋少年団ブースで一日を過ごした。

昨日は市内では行事が重なっている。また、第二日曜、「母の日」だった。実母が亡くなって24年、義母が亡くなってまだ1ヶ月たっていないが、心のなかでは生きている。

朝起会では森昌子「おかあさん」を合唱。歌うと今でも母の姿が思い出される。

ふと思い出したのが、海援隊の「母に捧げるバラード」、大学の体育館で聴いた「母さん、今ぼくは思っています」、、、いきなりせりふで始まる。博多弁と短い歌詞が印象的な1970年代の曲だ。

「人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死ね。それが人間ぞ。それが男ぞ」。厳しくても、子どものためを思っての言葉だが、この時期の日本の働き方だったと思う。

人生でも仕事でも「踏ん張りどころ」は必ずある。乗り切るためには一定の努力や我慢は必要だが、休みも大事だ。親子フェスティバルでは老若男女がよく動く。

「後で効く親の説教と冷や酒」ともいうべきか、土曜日の深酒とと寝不足、日曜日の立ちぱなしで疲れた。もう若くない。



【2018/05/14】 | ページトップ↑
地区の公園と避難用テント
Date:2018-05-12(Sat)

昨日は朝の寒さで起きた。季節外れの寒さが阪神淡路大震災のテント暮らしを思い出した。

阪神淡路大震災の時、親戚を訪ねて神戸に入ったときの寝床がテントだった。寒かったが家族のプライバシーは守られる。

水とトイレと寒さ対策の心配はあるが、プライバシーは意外に重要だと体感した。テントと寝袋は体育館の底がたいモーフの寝床よりも意外に快適だ。それには場所がいる。それが公園だ。敦賀市内には公園があるところ、ないところとある。そんな目でみると意外に子供たちのいない公園も重要だ。

体育館などの避難所には仕切りがほとんどない。一日くらいはいいが、隣の人のいびき音が気になってなられない。着替える場所も気になる。そんな時は、家族単位であればテントが意外にお役だちだった。

着替えや授乳はもちろん、ちょっとした声もシャットダウンしてくれるのでストレスがぐっと減る。特に、小さなお子様がいる家族はテントで過ごしたほうが周りに迷惑をかける心配が減る。また、阪神淡路、東日本と熊本大震災でも二次被害として言われている「エコノミー症候群」。体育館の避難所と運動場の駐車はのセットは各地でよく見かける風景だ。それに公園もテントで意外にお役だちとなる。

プライバシーの観点で車中泊をしている人が多く、長い時間帯、同じ姿勢のままで過ごすと引き起こされる症状だった。車で寝泊まりする人に比べれば、テントは寝転がったり立ったりと体を動かすことができる。

体育館など避難施設では動物を受け入れてもらえない可能性があるし、健康を優先すれば車中泊も長くは続けられない。最近のテントは性能もよく、雨風、寒さなど意外に長期戦に強い。

南海トラフ巨大地震は、いつ発生しても不思議ではないし、敦賀は関係しないというが、地震の想定外の事態も数多く起きる昨今、用心に越したことはない。そして、その設置場所の公園の存在が重要となる。
【2018/05/12】 | ページトップ↑
北朝鮮問題、万景峰号の敦賀港入港と拉致
Date:2018-05-11(Fri)

トランプ米大統領は昨夜、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長との初の首脳会談を6月12日にシンガポールで開くと発表した。朝鮮半島を含む東アジアの安全保障情勢の重大な転換点となる可能性があり、日本の外交・安保戦略にも影響を及ぼすのは確実だ。

だが、どう考えても日本はかやの外だ。

昔、といっても17、18年前か、北朝鮮の「万景峰(マンギョンボン)号」が敦賀港に寄港した。

当時、右翼の街宣車など敦賀市内が相当、騒がしかった。当時も深刻な経済危機が続く北朝鮮にとって在日朝鮮人が持ち込む現金や日用品は貴重であった。大きなトランクを抱えての乗客が乗り込んでいた。

今回の急展開は拉致問題解決の最後のチャンスかもしれない。

万景峰号が就航したのは昭和46年。在日朝鮮人の本土帰還を支援するため、北と新潟を結ぶ貨客船として建造されたが、初めて日本に接岸したのは八戸港の白銀埠頭だった。

就航の翌47年5月、貨物船として銑鉄を積んで入港した。46年も前のことでほとんど忘れられているが、約800人に上る在日朝鮮人が埠頭に詰め掛け、「マンセイ(万歳)」と大歓迎した。その後、新潟港を中心に敦賀港にも数度、寄港したと記憶する。日朝の貿易促進に関する合意など日朝関係の雪解けが進んでいるようみえた。

万景峰号も平成4年建造の2代目と2隻体制で表向きは貨客船、裏では工作船と姿を変えていた。

昭和54年(1978年)7月、23歳の地村保志さんと濱本富貴恵さんは、小浜市で工作員4人に拉致された。富貴恵さん、当時、3月まで敦賀の東洋紡ナイロン工場に勤務していた。

北の非核化を巡り米中韓の動きが喧(かまびす)しい。46年前に緊張緩和の象徴だったあの万景峰号の“変幻自在な船”はどうしているのか。完全非核化と北東アジアの平和、拉致家族問題―と難問が溶けるか、歴史的な出来事になるか、正直、わからない。

が、拉致被害者には最後のチャンスとも思ってしまう。敦賀市でも当時からでも私の知るだけでも行方不明者が数人いる。拉致とは言わないが、行方不明者は事件性がはっきりしないと忘れ去られる。
【2018/05/11】 | ページトップ↑
大飯4号の再稼働とエネルギー拠点化
Date:2018-05-10(Thr)

関西電力は、大飯原子力発電所3号機に続いて、昨日9日午後5時に、4号機の原子炉を起動する操作を行い、再稼働させた。嶺南だけでいうと、西高東低ともいうべき違いが鮮明になってきた。
敦賀からも作業員レベルでもかなりの方が大飯発電所に出かけており、民宿やホテルも敦賀と違った活況さとなっている。

ところで、「エネルギー研究開発拠点化計画」が大きな転換点を迎えている。計画の核だった高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(同県敦賀市)の廃炉があまりにも大きかった。

新計画は今夏にも示される国のエネルギー基本計画の内容や、19年度までに完了する県や国の調査を踏まえて策定する。当面は、国がもんじゅ内に設置する試験研究炉を中心に据えた計画になる見通しだが、もんじゅの廃炉は始まったばかり、研究炉は検討中で不透明要素が大きく、ましてや雇用や経済といった敦賀市の景気を底上げにはあまり小規模だ。

試験研究炉がもんじゅの代替とはなり得ず、今後の検討や審査にあたっては10年以上の月日がかかる。もんじゅという中核を失って、研究炉は中核的な役割を果たせるはずもない。不透明どころか、拠点化計画そのものが頓挫したと言っても過言ではない。原子力を中心に半世紀近く地道に築き上げてきた拠点はひとつの節目を迎えたといえる。

若狭湾エネルギー研究センター、福井大学附属国際原子力工学研究所を既存の組織と、今後の試験研究炉など総合的な役割、目標など根本的な見直しをすべき時期に来ている。

なお、敦賀1号機の解体工事が、7日、地元企業も数社、参入して始まった、。解体に着手したのはタービン、発電機、制御棒を動かす装置などで、本格的に解体するための準備工事をこの日始めた。
廃炉計画は昨年4月、原子力規制委員会に認可され、除染工事を同5月から実施していた。2041年ごろに廃炉を完了する予定。廃炉ビジネスとよく言うが、稼がない以上、いかに安全に仕事を進めるわけで、ビジネスと言う言葉とは違う現実が現場にある。



【2018/05/10】 | ページトップ↑
エネルギー基本計画の曖昧さ
Date:2018-05-09(Wed)

昨日は議会の代表者会議、議会報告会の議員全員による打ち合わせ、昼からは国体に関する総会と続いた。一つ一つにはコメントしないが、今年の最大のイベントは国体の開催だ。150日を切った開催、水泳競技を皮切りに各団体、宿泊などサポートとそろそろ火がつき始めている。

今日は、今夏の閣議決定を目指している新しいエネルギー基本計画の骨子案を有識者会議に示したことにコメントしたい。なかでも、敦賀市議会で意見書を提出した原子力発電所の新増設など今後の在り方については明示しなかったことだ。エネルギー政策の将来図を描けておらず、次期計画は課題を先送りとなった。少し長くなるが勘弁願いたい。

基本計画は、日本の中長期的なエネルギー政策の指針で、おおむね3年ごとに改定されている。これまでの基本計画は2030年に向けた指針だったが、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」で、日本は50年に温室効果ガスを8割削減するとの国際公約を示しているため、対象とする期間を50年までに拡大した。

現行の計画では、30年度の各電源の発電比率は、原子力発電20~22%程度、再生可能エネルギー22~24%程度、火力56%程度としている。素案ではこの方針に変更はなく、技術革新の行方を予測するのは困難として50年の数値目標を示さなかった。

経産省は、太陽光や風力といった再生エネは世界的な価格低下やデジタル技術の進展を考慮して、主力化を目指すべき電源としている。余った電気を蓄電池にためたり、水素に変換してエネルギー源として使用したりすることで、天候などに左右されない自立した電源に成長させる方針だ。この課題は敦賀市での水素社会形成と合致するが、原子力発電所の新増設など具体的な将来像が描かれていない点は敦賀市にとって厳しい素案だ。

素案では、エネルギー転換へ技術開発を急ぎ、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出を大幅に減らす「脱炭素化」を推進するとしているが、再生可能エネルギーでは相当に無理があり、不可能と言っても過言ではない。

再生エネルギー関連技術の日本企業の世界シェア(売上高ベース)は、15年時点で太陽光パネルが6・9%、風力発電システムが0・3%と低迷。しかし、水素の化学反応で発電する燃料電池は66%、地熱発電システムは54%、蓄電池は29%となっていて、日本が脱炭素化に向けた技術開発をけん引することも可能だが、いまひとつ未知数な分野だ。

素案では信頼回復へ原子力政策の「再構築」を打ち出したものの、敦賀市など立地自治体が要望している新設や増設の再開か方針を明示していない。依存度を可能な限り低減するとした上で、当面は重要なベースロード電源と位置付け従来計画を踏襲。曖昧な状況が今後も続くことになる。

エネルギー政策が重要なのは、安全保障や温暖化問題と密接に関わるからだ。現状では、温室効果ガスの8割削減という国際公約の実現は厳しい状況にある。脱炭素社会実現に向けて原子力発電の再構築など思い切った施策を導入しなければ、日本は国際社会での影響力を失いかねない。その曖昧さが原子力からの人材の流出だ。
【2018/05/09】 | ページトップ↑
厳しい船出
Date:2018-05-08(Tue)

昨日は民進党と希望の党の、新党「国民民主党」の結党大会に出席した。昨年の衆院選で分裂した民進勢力の再結集を目指したが、閣僚経験者ら大物議員が続々と不参加を表明し、野党第二党の低調な船出となった。今後の動向が心配だ。

ところで、これもいささか不安だがなんとかしたい課題だ。敦賀市は、成長が見込める水素関連産業の拠点化を念頭に調査、燃料電池車などの関連企業を誘致、敦賀港を液体水素輸入の主要港として活用する計画など模索している。

先日の水素バスもその手始めだ。
今、自動車産業には「CASE」と呼ばれる四つの波が押し寄せている。(1)ネット経由でサービスが受けられるコネクティビティ(接続性)の「C」(2)人間が運転操作を行わないオートノマス(自動運転)の「A」(3)車を所有せず他人と使うシェアード(共有)の「S」(4)車の動力を電気にするエレクトリック(電動化)の「E」-だ。

ところが水素は期待は大きいが、まだまだ課題が多い。

一方、、変化の波は自動車メーカーを超えて、走行距離や安全性に優れた次世代電池の開発▽車体軽量化につながる新素材の研究▽自動運転で情報判断や画像認識などを行う半導体や3次元地図の開発▽カーシェアビジネスの展開▽自動運転による「事故減少時代」の保険の設計▽法制度の見直し-など多分野に及ぶ。

自動車メーカー単独で、こうした新技術やサービスに対応することは難しい。情報通信をはじめ電気、半導体、素材、金融などのほか、大学や行政が持つアイデアやデータ、知識の糾合が喫緊の課題になっている。

原子力産業も政府、メーカー、電力、土木建築、大学から高校、そして地方自治体などなど、多岐にわたり、その裾野は広い。敦賀市も半世紀以上かけて人材など構築してきた。福井大学附属国際原子力工学研究所ができるなど、基盤が整った矢先の福島の事故だった。もんじゅの廃炉などそこに携わる人材あっての産業だ。その人材が少しずつ敦賀を去っている。水素社会が産業になるか未知数なだけに、まずは企業の努力
人材育成だ。息の長い粘り強い取り組みが必要だ。

【2018/05/08】 | ページトップ↑
おむつ交換は排せつケアではない。
Date:2018-05-07(Mon)

今日はくさい話だが勘弁願いた。両親、女房の両親と介護を通じて感じたことがある。介護施設でも病院でもはおむつを着用させることが多い。私はやむ得ない場合は仕方がないとしても最後のとりではないような感覚を持っている。

テレビCMでは紙おむつ着用がいかに安心で快適かのアピールが盛んだが、その効用は効用として、人間の尊厳を守ろうという最後のとりではない。経験上、自力でトイレに行こうとする気力ではないかと思うのである。オムツをすると、介護者は楽だが、意識がはっきりしていれば、されるがわのあきらめが発生する。

おむつ交換は排せつケアではないと思う。後始末に過ぎない。気力をいかに持続させるかが介護本来のあり方、要諦ともいうべきものであり、排せつケアは、そのための有効なツールである。介護は大変だが、ある程度、こだわりも必要に思う。病院でも扱いが違う。

なかでも、最近のテーブル式便器は、立ち上がる際に手を置くことで腰を浮かせることができ、手すりより安全性が高いというのも、私の父が半身不随になった時にトイレに付けた手すりが役に立たなかった苦い思い出をした。。介護職員の負担軽減というのは自宅介護でも当てはまる。

また、最近の公共施設でのバリアフリーなど多目的、多機能トイレ空間が広々としている。新しい敦賀市役所も狭いところでもこの考えは重要だ。市庁舎建設においても議会でも要求した。

今回、東京五輪・パラリンピックでトイレ問題が問われているが、バリアフリーなど身障者だけでなく、最近では、私も知らなかったが広い意味でLGBT向けに更衣室も兼ねた多目的・多機能トイレが時代のすう勢でもあるとか。

社会的弱者向けに考案されたツールがいまやダイバーシティ的な社会の根底を支えるのは言うまでもない。公共施設の世界の常識がまだまだ地方でも都会でもその意識は低いように感じる。





【2018/05/07】 | ページトップ↑
こども食堂の現状と課題
Date:2018-05-06(Sun)


今日、5月6日(日) 会場のプラザ萬象大ホールでこども食堂の輪!全国ツアーinふくい:が開かれる。内容は各学校区でこども食堂の必要性について,東京よりこども食堂の先駆者 栗林知絵子さん、子供の貧困対策法を立ち上げた弁護団におられた敦賀市在住の堺啓輔弁護士、県内のこども食堂・親里会・児童施設を積極的に取材されている福井新聞社 堀英彦氏の講演など。

無料地域の子どもたちに温かい食事や居場所を無料、低額で提供する「子ども食堂」が全国で2千カ所を超えたことが、民間の調査で分かった。多くはNPO法人や社会福祉法人、地域住民が主体となって運営している。活動の輪がさらに広がることを期待したい。

子ども食堂は貧困家庭や親の帰宅が遅い子どもたちに食事を提供しようと、2012年に東京都で始まったとされる。調査は「こども食堂安心・安全向上委員会」が今年1~3月に、各都道府県の社会福祉協議会などを通じて独自に実施した。食堂は2286カ所で運営され、利用者は100万人以上と推計される。

福井県では少なくとも20カ所を超える。子ども食堂の運営の背景には子どもの貧困がある。厚生労働省の16年国民生活基礎調査によると、平均的な所得の半分に満たない家庭で暮らす18歳未満の子どもの割合を示す貧困率は13・9%で、およそ7人に1人の割合となっている。特にシングルマザーなどひとり親を取り巻く環境が厳しいなどの実態が浮き彫りとなっている。

 
食堂の多くは食材購入や不測の事態に備えた各種保険への加入など資金面に加え、人手不足などの不安を抱えている。子どもであれば誰でも利用できる食堂がほとんどだが、本当に困っている子どもたちにどうやって足を運んでもらうかも課題。食堂の存在を地域に広く知らせることが必要である。

昨日5日は「こどもの日」。子どもの健やかな成長を願い、1948年に国民の祝日に制定された。家庭の経済事情で子どもの将来が左右されるようなことがあってはならない。

子ども食堂もそうした狙いで始まった。活動はまだ緒に就いたばかりだが、決して活動の灯を絶やしてはならない。行政と地域が一体となって支える仕組みの構築が急務だ。これまで男女共同参画センターでの運営が市街地だったが、これからは場所も含め苦労しそうだ。
【2018/05/06】 | ページトップ↑
寒さと人間関係
Date:2018-05-05(Sat)

急に寒くなった。今年は寒さで起こされることが多い。よく思い出すのが阪神淡路大震災での体育館。1月終わりから4月にかけて断続的に1ヶ月ほど避難所の体育館、

ボランティアといっても共に寝泊まりすると、寒さが最大の課題だった。次にトイレ、人間関係などなど、数え上げればきりがない。このときも犬や猫の世話で苦労をされた方も多かった。

慣れてくると人間関係によるストレスも大きかったように思う。話は変わるが、逃亡者が先日、「刑務所での人間関係が嫌になった」。愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から脱走し、23日目に広島市で逮捕された受刑者が、こう話したという。

正直言って、大勢の住民を不安に陥れた逃走劇の動機として、人間関係が出てくるとは思いも寄らなかった。
刑務所であっても人間関係を巡る問題は起こりうる。この脱走受刑者は刑務官に不満を示すとともに、「他の受刑者から嫌がらせを受けた」との趣旨の供述をしている。

体育館に戻すが、人が何人もいる場面で、人間関係に気を使うのは当たり前だ。そう考えれば、意外な回答でもないように思う。

避難所生活や犯罪に限らず、社会や組織や身内でトラブルが起きたとき、しばしば人間関係が理由として上がる。人間関係が絡む問題はどこにでもある。
パワハラ、セクハラという言葉が出始めて久しい。これも人間関係だ。これからも最大の課題となりそうだ。



【2018/05/05】 | ページトップ↑
昭和から平成、そしてーー。
Date:2018-05-04(Fri)

来年5月1日は元号が変わる。生きていれば昭和、平成と新しい元号を生きたことになる。私の父は、明治、大正、昭和の三代を生きた明治生まれ。

明治30年の金沢生まれ。明治38年頃、金沢で日露戦争の勝利のちょうちん行列を子供心に記憶していると何度も語っていた。

よく「降る雪や明治は遠くなりにけり」と、雪の金沢を思い出して、飲んだ席で笑っていた。
私も三代を生きると、昭和もまた遠くなったなあと、下手な句の一つでも詠んでみたくもなる。

話を戻すが、来年5月1日には、皇太子さまが新天皇に即位され、元号が改まる。代替わりに向けた動きが慌ただしくなりそうだ。
 
思い出すと、昭和から平成に変わった1989年は世界が大きく動いた年だった。東西冷戦を象徴する「ベルリンの壁」が崩壊し、中国当局が民主化運動を武力鎮圧した天安門事件もあった。

その年の前半か、私はたまたま、西ドイツ側から東西ドイツ国境の第二次大戦で崩壊したままのエルベ川の橋を見ていた。鈍感だったのか、その時は変わる気配もなかった。それが動き出したら早かった。

次の代替わりでも世界的な変化が起きるかもしれない。朝鮮半島の非核化と平和体制構築へ、歴史的一歩を踏み出した先日の南北首脳会談。まだ入り口の一歩にすぎないが、今年になっての動きは速い。

思い出すと、北朝鮮による拉致被害者5人が平成14年10月15日に帰国してから15年が過ぎた。

その前年、平成13年9月の小泉訪朝の前日、日比谷公会堂に小浜市議会の池尾前議長と拉致集会に臨んでいた。集会の盛り上がりといい、雰囲気が異様だった。

その翌日、小浜市に住む拉致被害者、地村保志さんと妻の富貴恵さんの生存が公表された。まさに劇的な展開だった。

平成も後1年もない。どう変わるか、歴史の節目になるかもしれない。


【2018/05/04】 | ページトップ↑
鯖そうめんという文化と若狭、敦賀のつながり
Date:2018-05-03(Wed)

小浜神社の例祭「お城まつり」が昨日2日から始まった。近くにあってまだ見に行けていない。一方で、秋9月の放生祭りは、何度か、見た。福井県の無形民俗文化財に指定されており、若狭路の秋祭りとして地域の誇る伝統行事として、気比さん祭りと同様、町衆の心意気によって受け継がれている。

昨日、連休の休みのあいまをぬって、滋賀県長浜市を女房と訪ねた。久しぶりにやきさばそうめんを食べた。これは長浜市周辺の湖北地方に伝わる郷土料理。鯖素麺(さばそうめん)とも呼ばれる。若狭、敦賀とのつながりを残す文化だ。

調べると、農繁期である5月に、農家へ嫁いだ娘を持つ親が忙しい娘を気遣い、実家から嫁ぎ先に焼鯖を届ける「五月見舞い」という湖北地方独特の習慣に由来する。農繁期に気軽に作って食べられる料理として、また客をもてなす際などのハレの料理としても伝えられてきた。若狭湾という鯖の産地があるため、鯖は一般的な食材であった。長浜と敦賀、若狭を結ぶ伝統の食文化で彦根まで行くとこのさばそうめんはないという。

もともと家庭料理であるが、最近では長浜の名物料理として観光資源化する動きがあり、黒壁スクエア近くの観光客向けに焼鯖そうめんは、連休中は列ができ、午後3時にはなるとか。敦賀と長浜をつなぐひとつの文化だ。

少し気が早いかもしれないが、平成を振り返ってみれば、どんな文化が伝わるだろうか、スマホやタブレットではなく、最近、思うのが、つながることのぬくもりを実感した場面。阪神、東北、被災者に寄り添う支援、ボランティアなど、心を癒やす歌のような存在を数多く、みる機会だ。

さて、昭和と言えば、テレビ、冷蔵庫、クーラーではなく、これも思うのが、歌謡曲の全盛期は昭和という時代とぴったり重なる。流行歌はこれも人と人とをつなぐ存在。

「平成」も残り1年。世界中とつながりながらながらも、人と人とのつながりが希薄になったネット社会で希薄になった。結論でもないが、鯖そうめんはうまい。
【2018/05/02】 | ページトップ↑
与謝野晶子と敦賀港 「ああ皐月(さつき)仏蘭西(フランス)の野は火のーーー。」
Date:2018-05-02(Wed)

コイノボリがはためいている。なかでも色が浜のコイノボリは敦賀湾の静かな海とよく合う。

好天続きで気持ちよさそうだ。江戸時代、武家が男児の出世を願って幟(のぼり)などを揚げたのを、庶民がまねたとされる。コイは滝を上り竜になる登竜門伝説の主役。健康の願いもあるとか。

その西浦の山が緑に包まれ、花々が競うように咲き誇る季節となった。勢いのあるのはいい。

ところで、人道の港ムゼウムで観光ボランティアで紹介するエピソードがある。与謝野晶子が敦賀港からシベリア鉄道を通って与謝野鉄幹が待つパリへ向かった。

晶子のその人生をひもとくと、1900年に鉄幹が主宰する新詩社に入り、「明星」に短歌を発表。翌年上京して鉄幹のもとへ赴き、22歳で歌集「みだれ髪」を出した。

やは肌のあつき血汐(ちしお)にふれも見でさびしからずや道を説く君。

読むと、いまでも恥ずかしくなる。当時としては凄まじい句だ。あの時代、奔放的でさえある詠いっぷりは女性の共感を呼び、一世を風靡した。

一方、鉄幹は、やがて晶子の陰に隠れて注目されなくなり、うつうつとした日々を過ごすようになった。晶子は旅費を捻出して欧州に送り出し、7人の子どもを預けて追い掛けた。その一場面が敦賀港だ。素通りだがスエズ運河の船旅の半分もかからない。シベリア鉄道を使って17日間、当時、最短の道のりだ。

パリで再会の喜びを詠んだのが


ああ皐月(さつき)仏蘭西(フランス)の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟


雛罌粟とはヒナゲシのこと。真っ赤な花が燃え上がる心を見事に表現している。ムゼウムで紹介するとこっちまで熱くなる。欧州最短の敦賀港と与謝野晶子の勢いを紹介すると当時の敦賀の元気が伝わるからだ。


【2018/05/02】 | ページトップ↑
メーデーの変遷と働き方改革
Date:2018-05-01(Tue)

メーデーは、英語で書くと“May Day”。古くはヨーロッパで「夏の訪れを祝う日」とされ祝日とされてきた。

一方で、1886年の5月1日、アメリカのシカゴで、1日12~14時間勤務が当たり前だった労働環境の改善を求めて労働者がゼネラルストライキ(全国的な規模で行われる労働争議)を起こし、8時間労働の実現を要求した日でもある。血のメーデーと言われたこともある。
 
以降、労働者たちが集まり、権利を主張する日として、ヨーロッパをはじめ各地に広がったのがメーデーとなった。今では5月1日を「労働者の祭典」として祝日とする国も多く、この日は世界中で労働者たちのイベントや、デモ行進などが行われている。

私が関わった頃は総評だ、同盟だと、組織もバラバラで内容も組織された組合員主体の動員型で、参加者が動員で式典と祭典を行い、祭典でソフトボールや模擬店と5月1日にこだわって行っていた。

一方で、5月1日は日本では休日でないため一部の労組の組合員だけの運動として形骸化しあった。

連合が発足し、地域に根差した活動を進めるため、連合を組織する組合員だけの祭典ではなく、地域の勤労者・生活者も気軽に参加でき楽しめる祭典にとの動きが全国的に広まった。

なかでも5月1日に、同日統一開催の実施や、開催日に幅を持たせるなど工夫した取り組みを進められた。

今年の連合福井のメーデーは、組合員とご家族、そして地域の皆さんにもご家族連れで楽しんでいただける「地域のメーデー」のもと、嶺南地区メーデーフェスティバルと称し4月29日に敦賀きらめきみなと館で行われ、多くの市民が参加した。

動員型から親しみめる楽しめるメーデーへと、時代は変わりつつある。

いま、「働き方改革」に関するニュースをメディアで見ない日はない。自民党政権で政府が最重要なテーマととらえ、昨年3月には「働き方改革実行計画」を決定した。多くの企業も、今、「働き方改革」に注力している。2016年の電通の新入社員の労災自殺認定以降、「働き方改革」に関する潮目が大きく変わった。

いわば、本気で「働き方改革」に取り組まなければいけないという機運が盛り上がっている。メーデーの変遷と一方で労組も企業も役所も変わらなければならない時代でもあるように思う。


【2018/05/01】 | ページトップ↑
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