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11月末で6万9千人に人口が戻った。
Date:2010-12-06(Mon)

これから、年末警戒の季節だが、敦賀市内で、先月末に82歳の男性が軽自動車でなくなった。これも含め、一昨日までの8日間に高齢者ドライバーが起こした死亡事故が県内で3件相次いだことから、県は、ことし2回目となる「高齢者交通死亡事故多発警報」を出して注意を呼びかけるとか。

敦賀市の人口の5人に一人は65歳以上、年齢でいえば、60歳人口が一番多い。世帯数の割合も県下でトップをいく。

ところで、人口が喜ばしいことに、2年ぶりか、11月末で6万9千人を超えた。5,6年増えはしないが、維持をしている地方都市は、県都周辺とか、事情を抜きにして、考えられないことでもある。

それも、本来であれば、11月は増える月ではない。議会でも人口問題を何度か取り上げてきたが、敦賀市の不思議さと言うか、人口が減っていないのだ。全国も、福井県もそうだが、嶺南地域、美浜から西は人口が10年も前から減りはじめ、最近では減り方も多くなっている中での出来事だ。

有効求人倍率も全国トップクラスの1を超え、原子力発電所関係も含め確かに仕事はある。各地が不況で就職口がなく若者のユータン組も存在する。産業団地での雇用も数百人だが、これも維持には貢献しているのではないか。
話は変わるが、先日の議会での敦賀短大同窓生の報告で卒業生2700人のうち、700人程度が敦賀市内に残っているとか。

データはもっていないが、7割を超える学生が、県外市外の出身者だ。それだけに、敦賀市内に残る卒業生の半数か、それ以上かもしれないが、現役の学生も加われば、市外からの転入ということだ。看護学校も
数は少ないが、同じことがいえる。わずか7万にも満たない街が、学校をもった効果が少なからずあるということではないか。

話を飛躍させるが、学生の街、京都の人口は147万人。ほぼこの10年間、維持している。高齢化率も23%を超えるが、若者も多い。東海道新幹線開業の直前まで夢の超特急「ひかり」は京都駅に停車しないことになっていたとか。今となれば信じられない話だが、当時の国鉄の基本方針はそうだった。東京−新大阪間のひかり停車は名古屋だけ。京都に停車すると全体で8分も遅れるというのが理由とか。

3時間で2大都市を結ぶことが目標だった国鉄にとって譲れぬ一線だった。もちろん京都は猛反発。政官業あげての陳情が実り、土壇場で方針が覆った。

内外の観光客であふれる昨今の京都駅の活況と、今日の人口を考えれば大正解の方針転換だったことは確かだ。東北新幹線の青森までの開通がどう変わるか。大都市に人材や資本が吸い取られる「ストロー効果」を心配する声も聞かれる。

敦賀市は、古くは北陸線開通、ウラジオストックとの定期航路開設で明治以降の発展があった。北陸自動車道開通後も人口を増やしてきた。舞鶴若狭自動車道開通がどう影響するか、 逆にどう利用して発展させるか、を考えるのが政策でもある。

現在、敦賀までの北陸新幹線もいらないという声が大半だが、交通の要衝として発展してきた敦賀市だけに経済効果、人口効果はどうか、地元負担もどれほどか、縮小が激しい福井県、嶺南地域の中の敦賀市だけに、その効果を長所、短所からも検証しておくことも大事だ。

話を戻すが、敦賀市が6万9千人を維持している。全国でも珍しいというだけではすましてはいけない。背景になにがあるのか、この11月に2年ぶりに回復した理由など細かいことだが、しっかりと分析することは、将来の敦賀市を考える重要なヒントになると思っている。

原子力政策、産業団地、敦賀短大、子育て政策などの人口問題にどう寄与しているのか、評価をすることは、私は大事だと思っている。それほどの何かがあると思っている。
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