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災いは忘れたころにやってくる・・・・。
Date:2011-01-05(Wed)

昨日は、仕事始め。挨拶回りが始まった。職場、町内と日頃の非礼をしながら回る。夜となると冷える。例年通り、雪景色で始まったが、寒さがきつい。挨拶して回ると気がつくのは、高齢化だ。年末の除雪に苦情を頂いた。それでも自治体の除雪体制はこれまでの教訓が生きている。

ところで、福島の交通マヒに続いて、それも比較的、積雪の少ない山陰地方での発生だ。北陸に比べて例年、それほど多くの雪が降るわけではない。鳥取県米子市で89センチを記録。豪雪地帯並みの積雪。国道では一時、千台もの車が立ち往生した。

列車も動かない。車内に閉じ込められたまま新年を迎えたのだから気の毒だ。Uターンのピークでの交通のマヒ。正月気分をほとんど味わうことなく、疲れ切った状態でとんぼ返りした家族連れも多いとか。数年前の国道8号線の渋滞を思い出した。

除雪では56豪雪は記憶に新しい。除雪車が足りずに生活道路を回り切れなかったこと、臨時の雪捨て場確保に時間がかかったことなど、さまざまな課題があった。それでも住民同士の助け合いが各地で見られた。それらの教訓は、次に生かされるだろうか。気掛かりなのは、高齢者世帯への支援態勢だ。少子高齢化が急速に進み、今後の課題だ。

敦賀も56豪雪から30年の月日がたっている。再びやってくる前に、しっかりと整えておきたい。それに加えて怖いのが、冬の停電。実際に発生した。石油ファンヒーターが止まり、温水器も炊飯器も使えない。テレビは映らず、風呂にも入れない。食卓にろうそくをともして年を越したという。

青森県の南部だ。大みそかから2日にかけての停電は、延べ2万戸に及んだ。住民は小さな石油ストーブで暖を取りながら辛抱強く復旧を待った。灯油タンクが雪に埋まって給油できず、冷えきった家の中で防寒具を着込んで我慢した人もいた。最近は、電気が暮らしの生命線でもある。

倒れた木が電線を引っ張り、電柱ごと引き倒した。数年前、敦賀でも、北陸電力の鉄塔が雪の重みで倒れた。停電は短い時間で済んだが、青森は、復旧作業に向かうものの現場への道を雪が阻んだ。あいにく年末年始とあって作業員をそろえるのにも一苦労、同時多発停電にてこずったとか。風速20メートル前後の風が吹き荒れ、低気圧に向かって南東から比較的暖かい空気が吹き込んだせいで、湿った重い雪となった。北陸の雪の重さと似ている。

冬の断水も怖い。これも青森の八戸か、十数年前になるか、これは工事ミス。自然災害の不意打ちに備えが欠かせない。電気、水道などライフラインの確保は日夜の点検で防ぐことができる。発電所でも予防保全がメンテナンスの基本だ。その上の危機管理の大事さだ。

ここまで書きすすめたのも、阪神淡路の大地震の教訓は、耐震だけではない。冬の地震だっただけに寒さとの戦いでもあった。ボランティアをしていても寒さはこたえた。地震後のライフラインの確保は何よりも大事だと思った。基本は、自助、共助、公助の順だ。阪神で学んだのは、自らのことは自ら守る。そして地域の助け合いだ。いずれにしても災害は忘れた頃にやってくるだ。
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