FC2ブログ
阪神淡路の大地震の記憶と固定電話
Date:2011-01-15(Sat)

この時期、思い出すのは、阪神淡路の大地震。16年前、1995年1月17日5時45分。当時、私は東京で勤務していた。早朝7時のNHKニュースで知った。21日の土曜日の朝、神戸に住むいとこや友人の安否確認もあり、阪神の甲子園口にたった。大阪梅田から駅の乗客の姿が一変した。リックを背負った客が西に向う。梅田から車窓にはブルーシートを掛けた家が何軒も見え地震を実感した。

神戸の長田区の「いとこ」とは、当時、携帯電話は通じなかったが、17日、昼には固定電話が通じだ。「何がいるか」と電話で問うと「水と多少のお金」とのこと。当時、電気、水のライフラインが途切れていたためだ。前日、京都でペットボトル10本を買いリックに詰め寝袋をもって、「甲子園口」まで行ったものの、長田区まで行くか、これが問題だった。

とりあえず、甲子園口の友人を見舞い、倒壊した家の惨状を目のあたりにし、娘さんの救出に3時間を要したとか。運よく、2段ベットの中で急死に一命を得た。ただ、3時間の閉じ込めの恐怖は、その後も残ったとか。家は確か昭和11年の建造だったと覚えている。目の当たりにしたのは新築の家、古い家の耐震が歴然としていた。ブロック塀は崩れ、電柱は道路の変形で斜めになり、電線も垂れ下がり、墓石は大半が倒れていた。異様な風景が広がっていた。

21日、昼から自転車を借りて、長田区へ向かった。芦屋から東灘区と西に向うほど、その惨状は言葉をなくした。高速道路の倒壊は信じられない風景だった。私が青春時代、4年半を過ごした大学と寮は、東灘区にあり、幸い建物は健在で避難所になっていた。家を失った家族が何組も身を寄せていた。寮生はボランティアでカレーをつくり、毛布の手配など、ぐうたらに過ごした当時の私とはまったく違った若者の姿を目のあたりにした。こうも変わるものかと不思議な感動を覚えている。

自転車は、道路が寸断するなかで、便利な乗り物だった。乗ったり降りたりでなんとか西に向った。何時間かかったか、三ノ宮についたのは夜10時。寒いというより、ゴーストタウンそのものだった。各所で立ち入り禁止の立て札があり、電気もなく、「これが、あの三ノ宮か」と、ボー然と立ちつくしてしまった。いまでもあの暗闇とビルの倒壊の風景は、いまもはっきりとまぶたに残っている。

その中で、小さな公園で、テント暮らしの住民が、寄り添って、ろうそくを灯し、まきで暖をとる風景は、なんとも言えない心温まる風景だった。自転車で横を走ると、声をかけてくれた。「こんなに遅く、どこへ行くんや」と声をかけてくれ、テントの寝床まで提供してくれた。被災者が「なぜ、ここまで優しくなれるのか」、不思議な感動だった。共同トイレも女性用と男性用に分かれ、工夫をしていた。この時の体験は、書けばきりがないほど、鮮明に覚えている。この続きは、また、後にしたい。

今日は、災害時、携帯ラジオの大事さは考えなくても理解できるが、固定電話と携帯電話の大事さだ。さらに、インターネットを利用した「IP電話」が増え続けている。昨年9月末時点での契約数は、全国で約2400万件。これに対して旧来の固定の加入電話は減り続けており、すべての固定電話をIP電話に切り替えようとの動きもある。敦賀市でも若い新婚やマンションに移転したお年寄りでも固定電話をもたない方が増えている。

IP電話が支持される理由としては、料金の安さが考えられる。遠距離通話は旧来の加入電話よりずっと安く、条件によっては通話料が無料にもなる。今までびくびくしながら長電話をしていた人たちには、こんないい話はない。すばらしい技術の進歩だ。ただ、欠点はある。特殊な機器を付けなければ、停電時に使えなくなる。通常の停電なら、電力会社がただちに復旧させるだろうが、阪神淡路の地震では、早くて1週間だった。確か、21日段階では、三ノ宮の中心部にも電気は通じていなかった。

携帯電話があれば大丈夫、と考えるかもしれないが、バッテリが問題だ。非常時にはこれほど便利なものはない。ただ、連絡をとればとるほど、すぐにバッテリーはなくなる。また、携帯電話の基地局も被害を受け、不通になってしまう。固定電話は、停電になっても電話線が生きていれば通話できるからだ。事実、あの被害の大きかった長田区でも、固定電話が通じた。

実体験である。公衆電話もあの神戸でも生きていた。但し、並ぶこと30分。ライフラインとしては、携帯電話も大事だが、携帯の便利さもわかるが、今どきのIP電話より旧来の固定電話の方がはるかに頼もしいとも思う。IP電話の勢いは止まらないだろうが、非常時には、ハイテクが身を守ってくれるとは限らない。今、敦賀市では、防災情報の連絡手段として、防災情報受信機(防災ラジオ)、TONBOメール、屋外スピーカーときめ細かい。

しかし、個人レベルでは、やはり携帯が主力。それも電気と基地局の倒壊で役に立たない。私は神戸の経験から固定電話も捨てたものではないと思っている。
スポンサーサイト
【2011/01/15】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |