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福島第一原子力発電所の対策がいい方向にむかい始めた。
Date:2011-03-20(Sun)

対策がいい方向に向い始めた。使用済み燃料の冷却不能が続いた、福島第一原子力発電所の3号機は、昨日から未明、東京消防庁による放水が始まったあと、周辺の放射線の量が減少傾向にあることが報道された。また、本日にも外部電源を受電するとも。5号機も非常用電源が確保されたとの報道もあった。使用済み燃料のプール温度も下がり始めた。水の確保と放射線量の低下は明るい材料だ。

大地震当初、日本原電の東海第二、東北電力の女川、東京電力の福島第二の各原子力発電所は、外部電源か、非常用電源が確保されていたから、福島第一のような惨状にはならなかった要因が電源だ。各発電所とも電源確保で安全に冷温停止状態にある。

使用済み燃料プールは、敦賀1号機の場合は、原子炉建屋5階にある。放射線量の高い使用済み燃料も水さえあれば、プール横で「チェレンコフ効果」という青白い燃料特有の発光を観察することができる。水には放射性物質を安全に「冷やす」「閉じ込める」という性格がある。放水で一定の安定状態を保っていると判断できる。

放射線量は、正直に反応する。3号機から北西におよそ500メートル離れた地点で測定した放射線の量は、19日午後9時に2906マイクロシーベルトと、放水が始まる前より500マイクロシーベルト余り下がった。まだまだ予断が許さないが、好転すると対策はいい方向に向い始める。これからも注目したい。本日は4号機に放水、いましばらく見守りたい。

私の記憶にあるのは、12年前のJCO臨界事故。これも現場の作業員が、臨界を防いだ。茨城県東海村のJCO社核燃料加工施設でバケツも使って核燃料を製造中に起き、周辺住民は避難した。製造中に被ばくした社員2人はのちに死亡した臨界を終わらせるための冷却水の水抜き作業は2人一組で行われた。第1陣は3分間だった。被ばく線量が上限を超えたため第2陣からは1—2分に縮めた。目的を達するのに第10陣まで要した。誰がやるかが最初は問題になり、話し合いでJCO社員に決まった。ただ、将来がある独身者は除外された。

未明まで、最悪の惨事を回避するための決死の放水作業だった。自衛隊も警察も消防も精鋭部隊を投入した。現場に近づけば近づくほどに放射線量が高まる。私も発電所で長く働いているが、これだけ高い線量下で作業をしたことはない。現場は、線量計の警報音に行く手をさえぎられながらの作業。

原子力の現場では常に放射線量に最大限の注意を払う。今回はまさに非常時であり、異常な放射線レベルだ。現場で歯を食いしばり続ける東京電力の社員、作業員のことも忘れるわけにいかない。津波で止まった主要機器を動かすための電源復旧作業が今日も続く。

話を広げる。東日本大震災から9日、現地では懸命な救助作業が続くが、被害の全容さえまだ把握されていないという。自然災害の恐ろしさを実感させられた。東北関東大震災から逃れ、親類や知人などを頼って東北や関東地方から避難する人も出始めた。

JR敦賀駅でも、大きな荷物を抱えて、東北から避難している。「大丈夫か?」で第一声が私の耳に飛び込んできた。敦賀市の市営住宅20戸も福島の原子力関係者などネットワークから一昨日で満杯とか。空き状況を市内の不動産、原子力関係など問い合わせているという。広範囲な災害だけに敦賀市も様々な支援が必要だろう。

私が思い出すのは、16年前の阪神大震災だ。全国が催しの自粛ムード一色になったことだ。結果的に、経済活動が停滞し、被災地の復興にも大きな影響が出た。今回の大震災の影響で、4月のふくい春まつりも規模縮小など、イベントなどの中止や延期が相次いでいる。昨日も越前市で開かれた若泉衆議のパティーも東日本大震災を語る会に急きょ変更。関西電力の副事業本部長、福島第二の講演から始まったほどだ。いつも短い河瀬市長の挨拶も福島の影響を受けてか、長かった。それだけ想いがあるのだろう。語る会で集められた資金の内、百万円を現地に送る。

物資も必要だが、私が5日後の阪神大震災の現場に入ったとき、親戚に要求されたの、まずは、水とお金だった。神戸の被災地でもあるスーパーは10日で店を開けた。テント暮らしでも水を買うにもお金だった。今、敦賀でもできるのは即効性のあるのは、義援金だ。敦賀市役所も休日でも受け入れている。募金運動も各地で始まっている。昨日もハーツ前で労働団体が行っていた。義援金箱をある市内の喫茶店でもレジのそばに置いている。

いずれにしても、東京や被災地では、中止の動きは、セミナーや講演会、中には卒業・入学祝い、歓送迎会といったものにまで出ているという。芦原温泉のこの連休のキャンセルの多さも深刻だ。特に、3月の連休から4月にかけては商業施設や飲食店にとって、年末年始と並ぶ忙しい時期。ある喫茶店で話すと、「それでなくとも統一地方選の年は客足が落ち込む。震災の影響でどうなるのか…」とも心配する。

被災した人たちのことを思い「自粛を」という心情は多くの人が同じだろう。だが、われわれが同じように落ち込んでしまったら支援もできなくなる。何はよくて、何は中止するのか。阪神大震災の教訓を思い出し、じっくり吟味したい。

災害の後の後遺症は、これからも続く。それでも、阪神の震災は1週間でめどがつき始めた。電気も一週間で回復した。電気が復旧すると、いい方向に回り始めた教訓は大事にしたい。
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