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当面は、敦賀市単独の支援も大事だが、長期的には県と一体となった支援が大事になる・・・。
Date:2011-03-22(Tue)

被災地の状況がだんだん明らかになり、福島第一発電所事故の状況も予断を許さない状況が続いている。被害が甚大だけに対応には長期間となることが十分予想される。

敦賀市内では、放射能測定などで派遣された技術者の第一陣が帰り、現地の様子が生で伝わるようになった。また、福島県の福島第一周辺に住む作業員は、家族を連れ、避難先として、敦賀市内に当面、住む決断をした。市内でも募金活動が各団体で始まっている。昨日も平和堂、Vマートなど量販店での募金も活発だ。民主党福井県も始めた。

敦賀市も自治体として、素早く姉妹都市の水戸市へ支援物資を送り、20日、福島県相馬市へ米1800キロと飲料水1720リットル、毛布2000枚などをトラックで送った。河瀬一治市長と市職員4人が同行した。相馬市の立谷秀清市長と河瀬市長は親交があり、相馬市から支援要請があった。河瀬市長は被災地の現状と、福島第1原子力発電所の事故への対応状況の視察も兼ねるとか。当面の動きとしては、評価されるが、長期的な支援が必要なことから、じっくりと腰を据えた支援のあり方も検討することも大事ではないか。

全国の自治体が、住居を失った被災者の受け入れや、被災地への職員派遣に乗り出している。ただ、立地市町村や姉妹都市といっても、単独に支援に乗り出しても、人材も資金面も限界がある。

関西広域連合は今回、所属する7府県それぞれの主たる支援先の県を決め、その役割分担に基づき、職員派遣や物資支援を行っている。支援先との連携を密にすることで、効率的な支援が可能になる。小さな敦賀市としては、当面は福井県と歩調を合わせて、協力することが効率的ではないか。

その中でも、敦賀市内でも、今後も、電力間では、放射線の測定など膨大な作業応援として、技術者の派遣が行われることや、市営住宅など自治体間協力を着実に拡充する動きは活発化するだろう。できるだけの協力はすべきだろう。

被災地の避難所では停電や物資不足が続き、30万人以上が不自由な生活を強いられている。仮設住宅の建設は始まったが、入居には時間がかかる。岩手、宮城、福島3県から県外へ一時避難した被災者は、2万数千人に上る。
阪神大震災では10万~15万人が兵庫県外に移ったとされる。今回は、より多数の県外避難が必要になる。敦賀市も遠いとはいえ、市営住宅20戸がすぐ満杯になる現状から、民間も入れた一層の受け入れ体制の準備も必要だろう。

全国で、長期の避難先としては、北海道から沖縄県まで約1万7000戸の公営住宅が用意されたが、まだ足らないとの指摘も多い。

また、現地では、支援物資の確保、避難所の運営、県との連絡調整など、災害対策業務は膨大だ。ボランティア登録も福井県内で千人を超すとか。ただ、受け入れ体制が万全でなく、自己完結型が要求されるだけに、派遣が難しいのが現状ではないか。安全を考えると無理からぬことだ。

阪神淡路大震災でも受け入れを担当したが、被災者の要望とボランティアのできる作業とは必ずしも一致しない。ボランティアの安全を考えると、限界となることが多い。当面は現地の方が中心とならざるを得ない。避難所やボランティアセンターの運営などボランテャアの仕事も多岐にわたり、様子を見る限り長期間が予想される。敦賀市の単独の動きではなく、福井県の歩調を合わせて、協力することが効率的で効果的ではないか。焦ることでもないが、迅速な対応が必要なことは確かだ。

当然、長期的な被災地支援には巨額の費用がかかる。敦賀市も3月議会も補正予算を組んで、支援を後押ししたが、長期間続くだけに、予算面も含め、腰を据えた支援も大事になる。自治体が積極的に支援できるよう、政府は補正予算による財政措置を含め、しっかり後押しする必要がある。

話を変えるが、昨日、敦賀市樫曲の処分場問題で、対策会議が開かれ、去年11月から運用が始まった浄化施設では、計画通り1日あたり350トンの汚水の処理が進んでいることが報告されたが、浄化には、分析を数値を見る限り、まだまだ時間がかかる。東北関東大震災を受けて同じような地震が起きた際、耐震性に問題はないのかという質問が出され、地盤工学の専門家からは「設計上は大丈夫だが再度、計算をして検証したい」とか。

議会説明でも震度6程度の中規模なら処分場は大丈夫とのことだったが、どの程度の震度に耐えられるかなど、敦賀市の水源の3割を担うだけに、安全・安心の観点で再評価も必要だろう。震災の影響は各方面にわたり、予算もかかる。当面の対策も必要だが、長期的な視点も大事なことはいうまでもない。

最後に、明日、選抜高校野球大会が始まる。宮城県仙台の東北高の野球部員は、地震初日から避難所で物資を運ぶなどの活動が報道された。仙台市内で、給水ボランティアを買って出ていた。

私の好きな映画に淡路島の「瀬戸内少年野球団」がある。無類の野球好きだった作詞家の故阿久悠さんが書き、篠田正浩監督の手で映画化された。敗戦で戸惑う大人たちを尻目に子供たちは生き生きと描かれていた。戦後の復興と同じようにまだまだ時間がかかる。長期的な視点も大事だろう。
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