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山紫水明を子どもたちに残し、活力を維持するためにも、敦賀にとって、今回の大震災と事故は、乗り越えざるを得ない大きな試練でもある。
Date:2011-03-27(Sun)

・・・・・山紫水明の敦賀・・・・

「敦賀3山」というホームページがある。野坂山、岩籠山、西方が岳の三山を中心に四季折々の山々の自然を綴っている。西方が岳の22日のブログ「平年並みの気温になった。常宮神社の梅花が良い匂いをしていた」と始まる。昨日は、私の後援会事務所開きを神事から始め、被災者の黙とう、後援会会長挨拶と続いた・・。夕方も町内のあきわ会総会、ここでも推薦状を頂いた。皆さんに支えられての3期12年が経過しようとしている。あらためて感謝したい。

話を戻すが、私の好きな山はなんといっても西方が岳だ。敦賀湾、日本海、敦賀市内、越前海岸、若狭と風光明媚か、松陵中学校の校歌の「山紫水明」という言葉がぴったり合う。山や水の美しい場所を指す。水に関する美しい日本語も、数限りなくある。敦賀がいえば、夏のすいせん饅頭もその一つか。水島もそれだろう。

自然が豊かで水に恵まれてきた敦賀の証しでもある。その水が、この敦賀でも水のペットボトルの売り切れが続いている。福島第1原子力発電所の影響で、福島県や関東一帯の水道水から乳児の摂取基準値を超える放射性ヨウ素が相次いで検出されたことによる。政府は、粉ミルクを溶かしたりして乳児に飲ませないよう呼びかけている その後、基準値を下回り、摂取制限が解除された地域もあるが、関東一帯では2リットルのペットボトル入り飲料水が品薄状態になった。

「飲んでもまず被害はない」と専門家や自治体関係者が声高に叫んでも、赤ちゃんがいる家庭の主婦らの不安は拭い切れないだろう。敦賀市内のスーパーや量販店でも、ペットボトル入りの水が品不足になっている。被災地や関東で暮らす家族や親類に送ろうと、まとめ買いする客が多い。

朝の報道で、福島第一発電所の海水の放水口の放射性ヨウ素もかなり高い濃度で検出された。福島の浜通りも穏やかな長い海岸線が続いていた、山紫水明のところ、津波の残骸がのこり、原子力発電所の事故、残念でならない。

・・・・・・・避難者が求める敦賀の生活・・・・・

福井県のまとめによると、震災による県内への避難者数が26日、400人を超えた。県や市町が把握していない避難者も多くいるとみられ、実数はさらに多い可能性があるという。私の聞いたところ、知り合いをいれると、公営住宅だけでなく、原子力関係者の多い敦賀は、民間のアパート、マンションと広範囲に避難している。

公表では、避難者が最も多いのは福井市の115人で、敦賀市110人、越前市32人と続いているが、実数では敦賀が多いことは明白だ。その大半が、福島県の方で、それも原子力発電所周辺の方々が多い。早速、子どもの転入学・編入学の手続きをするなど生活基盤をそのものを移し始めている。

ある方は、長期避難、子どものこともあり、永住も考えているとか。敦賀を選んだきっかけは、原子力関係者にとって仕事の場でることは確かだが、ある人は水が豊かなこと、電力の制限がないところと明確に語った。原電も社宅の一部を提供すべく準備を始めている。故郷を遠く離れても、今は、生活の安全、安心が何よりも優先することだろう。

・・・・・一進一退が続く福島・・・・・・

このなかでも、東京電力福島第一原子力発電所の対策が一進一退を続けている。電源供給、冷却機能の回復作業も進む。1~3号機は中央制御室に電源が戻った。注水用の水も、機器類を傷める海水から、真水に切り替わった。圧力容器の温度などは安定しており、最も危機的な状況は脱しつつある。状況はまだ予断をゆるさないが、今が踏ん張りどころだ。

一昨日も、敦賀市議会で、経済産業省・保安院、日本原電、原子力研究開発機構、関西電力と福島に関わる対策、対応策が議会にあった。今後も事業者の説明も適時、何度も欠かせない。

……敦賀市民の不安も尽きない・・・・・

敦賀市民の不安は大きい。なかでも、チェルノブイリ原発事故の再来を心配する声まである。昨日、NHKの山崎
解説員は、チェルノブリと日本の違いをわかりやすく説明した。原子炉の構造、事故の状況が全く違うことは確かだ。政府は、刻々変わる被害状況や汚染のデータを迅速かつ正確に情報公開するとともに、想定外の事態まで見通した対処方針を国民に説明しておかねばならない。それが不安軽減につながるだろう。

一方で、敦賀に避難した方々の地元自治体や政府の周辺住民の避難対策には疑問が多い。周辺20~30キロの住民に屋内退避を指示していた。ところが一昨日、、突如「自主避難」に切り替えた。どこへ、どう避難すればいいのか。住民は一任されても対応のしようがあるまい。政府の責任で避難指示を出すべきだろう。

災害対策や避難は、地元自治体がこれまで中心であったが、地震災害、原子力事故など、防災に関する見直しは欠かせない。

原子力発電所の誘致で、敦賀市の四半世紀、様相もずいぶんと変わった。今回の災害、事故で、生活基盤そのものを求める被災者もまだ増えるだろう。敦賀市民にとって、原子力発電とのかかわりは切っても切れないものとなっている。

事故対応、防災計画の見直し、避難者の対応、原子力事故への不安など、原子力の街「敦賀」の苦しさがある。山紫水明を子どもたちに残し、活力を維持するためにも、敦賀にとって、今回の大震災と事故は、乗り越えざるを得ない大きな試練でもある。4月は桜の季節でもあるが、選挙の季節、ただ過ぎ去る時間ではない。
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