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国の血管ともいえる「道」を「人」という血液が循環し始めた。
Date:2011-03-28(Mon)

・・・・・道の重要性・・・・

古い話だが、飛鳥時代の646年(大化2年)、改新の詔に「関塞」(せきそこ)を置くことが記されており、これが日本における関所の始まりと考えられている。東海道の鈴鹿関、東山道の不破関、北陸道の敦賀の愛発関(あらちのせき)が畿内を防御するために特に重視され、これを三関という。防御とともに、敦賀の愛発関は、古来より、北陸道の敦賀が流通の拠点の証しだ。

阪神淡路大震災の国道47号線、名神高速の被害は大きく復旧に数カ月を要した。このため、2月から3月の時期、北陸自動車道の交通量は増え、日本海側の国道27号線のトラック数は凄かった。東日本と西日本と結ぶ大動脈が形成された。いずれも「敦賀」経由だ。舞鶴若狭自動車道の復活の背景も阪神淡路大震災の教訓だ。まさに
「道」の重要性が見直されたのだ。

福島の事故もあって、あまり伝えられていないが、阪神大震災以降の補強工事が生きた。二週間を待たずの東北自動車道の復活だ。耐震工事の成果が表れた。首都圏と東北が結ばれる。支援物資やボランティアが次々と現地入りしている。東北自動車道と並行する国道4号も、津波被害の大きかった三陸地方を回って仙台と青森を結ぶ国道45号もほぼ回復した。

震災から2週間を待たずの復旧。関係者の不眠不休の努力のたまものだ。国の血管ともいえる「道」を「人」という血液が循環し始めた。ただ、避難所へ行きわたるためには、毛細血管にあたる県道、市道の復旧を各地で懸命に急いでいるが時間がかかる。それでも第一優先に仕事を進めており、早晩、体制が整う。

東北新幹線は盛岡・新青森間が既に復旧している。不通となっている大部分も来月中の全線開通へ向けて修復が進んでいるという。

あの激震の中で脱線転覆の大事故を起すことなく「新幹線神話」が崩れなかった。満身創痍の東日本の中で「陸路」の強さは注目に値する。2千年近くの昔から人々が踏み固めてきたのが「道」であり、その伝統を下敷きにしたのが国道や高速道である。新幹線の丈夫さとともに世界に誇っていい技術立国日本の財産のように思う列島の東西をつなぐ中間地帯の北陸の交通網も、いまいちど総点検しておきたい。

ただ単なる「北陸新幹線はいらない」という議論には、私は組みしない。今は、国の資金は東日本復興に使うべきであり、すぐには新幹線という時期ではないことは確かだ。百年の大計で考えるべきであり、急ぐ必要もない。

・・・・・・もう一点は、「人」の流れだ・・・・。

被災地に派遣するボランティアの活動方法について話し合う会議が福井市で開かれた。当面は岩手県の陸前高田市を中心に活動を行うことを確認した。これまでに1420人がボランティアの登録をしている。敦賀からも多く登録している。すでに看護師や介護福祉士を岩手県の陸前高田市に派遣したとか。一つの場所で継続的に活動を行えば被災者との人間関係もでき、ニーズを把握しやすいとして、当面は、岩手県の陸前高田市を中心に活動を続けることとか。

ただ、陸前高田市は津波による被害が大きく、まだ一般のボランティアを受け入れる態勢が整っていない。まずは介護福祉士などを中心に派遣し、現地の復興状況にあわせて段階的に一般のボランティアを派遣する方針とか。これは余談だが、原電労組の執行委員長と陸前高田市長と同級生、市長の奥さんはいまだに行方不明とか。被災の状況が身近なものとなるとつらいが、福井県レベルで長期に陸前高田市に絞っての支援は大賛成だ。

阪神大震災で、当時、神戸に住んでいた私のいとこの情報が、率直だった。「何が必要か」「水とお金」と。震災後1週間でも個人にとっても団体にとっても、身近なものをそろえるには「お金」だった。水のペットボトルも大事だが、流通が始まると被災地には資金が不足する。即効性ある効果が義援金だ。昨日も平和堂前で子どもたちを中心とする募金運動が行われていた。

それになにより必要なのは人の手だ。「ボランティア元年」と呼ばれた阪神大震災では、地震発生直後から団体や個人が兵庫県に入り、3年足らずの間に延べ180万人が活動したとされる。発生から2週間以内には、避難所の半数にボランティアが到着していた。

今回の東日本大震災では、現地のボランティアセンターが支援者を募っているが、今のところ「地元在住者」に限られている。まだまだ毛細血管の交通網が十分ではなく、受け入れ態勢も整っていないためだ。

それでも、地元に余計な負担をかけないようにと食料や燃料、寝袋などを準備して全国各地から駆けつける個人や団体は後を絶たない。全体に目配りする行政と、惻隠の情に突き動かされるボランティア。それぞれの行動原理が違うのである。

一方、行政とボランティアの連携が必要なのも言うまでもない。阪神大震災では、西宮市災害対策本部の会議にボランティアも参加して緊密な連携を図る「西宮方式」も生まれている。

広域・複合災害下でのボランティアはどうあるべきか。今後の大きなテーマだ。行政もボランティアもお互いの違いを分かった上で、最上の関係を築いてもらいたい。

常に公平性を要求される行政と、その場の判断で行動することができるボランティアでは役割が違う。行政によって完全に組織化されたボランティアは、むしろ精神の形がい化につながる。

敦賀市もどう支援をするか、東北の被害甚大さと原子力発電所立地点という特有の理由があるだけに、避難者への住宅の提供、支援のあり方も自ずと違う。が、ここはまず、県レベルで歩調を合わせながらの「人」の支援を考えるべきではないか。

それも長期的な支援が大事になる。初動も大事だが、じっくりと腰を据えた中期、長期的な支援体制も大事だ。私も一ボランティアとして、選挙後、なんらかの支援を考えたい。まずは募金だ。
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