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復興の原動力「生物学の原則」
Date:2011-03-31(Thr)

「敦賀は大きな災害にあったことがない」と敦賀市民はよく語る。確かにその通りだろう。歴史的にも東浦に津波の被害のうわさはっても、歴史上、津波の被害の記録がない。ただ、昔、敦賀短大の岡田先生や現在の外岡教授の話を伺うと洪水には、悩まされたらしい。ただ、気比神宮だけは洪水にのがれたとか。その洪水を治めたのは大谷吉継の敦賀城建設。城の建設と同時に治水も行っている。

治水の後に町衆の町割を行うなど「港町・敦賀」の基本形をつくり上げた。江戸から明治、大正、昭和の初期と続く、旧市街地は大谷吉継ぎの町割によって、20世紀までの近世がつくり上げられたとも言える。

もっとも、よく考えると、最大の災害は、先の大戦の空襲ではなかったか。敦賀市内の中心街の大半が焦土と化したが、それでも敦賀市民の復興への足取りは速かった。残った敦賀市庁舎を中心見事に復興した。旧調査は大和田荘七翁が寄付したものだ。現在の市民文化センターの場所は、港をにらみ敦賀市の復興の礎だった。

終戦とともに旧市街地の繁華街も焼け跡にバラックが次々と建てられ、店舗を再開させていったと聞く。その後、北陸本線の建設同時に、現在の飲み屋街の本町が栄え、映画館も早々に出来あげって行ったとか。敦賀市の復興と発展の歴史は、大型プロジェクトを密接に関係している。北陸トンネル、敦賀1号機、高速道路、ふげん、敦賀2号機、もんじゅと続いた。

その間、本町の飲み屋街発展の歴史でもあった。データにも示されている。敦賀短大の地域総合研究所がまとめた「原子力発電所立地地域のアーカイブス構築に向って」(同成社)によると、人口一人当たりの酒消費量が酒税でわかる。金沢国税管内で敦賀税務署管内が昭和43年から平成8年まで2,3位はあるが、大半が一位を継続している。その後は平均消費量に落ち着いている。本町の繁栄と現在の店舗の減少とも一致するデータだ。

有効求人倍率で雇用情勢の優位性は判断できるが、酒税は町の活性化度とも言えるのではないか。興味あるデータだ。
話を戻すが、終戦から間もなく復活した飲食店、映画館など、復興を大きく支えたとも聞く。店舗や飲食店復活には、生活必需品などが並び、戦時の重圧から解き放たれた人々が買い物に、映画の娯楽に余裕が、夜の飲み屋に走る。復興の原動力ではないか。

東日本大震災の大津波で、壊滅的な被害を受けた宮城県名取市で朝市が開かれ、スーパーもほぼ半月ぶりに被災地の人々を喜ばせた。再開した朝市を訪れた避難所生活の女性がテレビで「ストレスから解放される」と笑顔で話していた。被災者にのしかかっている重圧はどれほどだろうか。市場で買い物という、ついこの間まで特別に意識もしなかった生活の一部が今は大きな心の救いになっている。

阪神淡路大震災で元気づけたのもスーパーと飲食店だった。体育館やブールーのテント暮らしに住民も紙幣を握りしめて買物に行って、避難所に見せ合う。屋台のコップ酒にも寒い中でも人々が人が群がり盛り上がっていた。
当たり前だった日常の尊さに気づかされる大震災。終戦の焦土から再起した敦賀市も、希望が復興の礎になったに違いない。

昨日の福井新聞コラムで取り上げられた後藤新平。抜粋すると『明治末期-大正時代に台湾総督府民政長官や満鉄初代総裁、東京市長、逓信大臣などを歴任した官僚、政治家。中でも1923年の関東大震災のときは、内務大臣に就任し被災5日後に「帝都復興の議」を提案。さらに帝都復興院を創設し、総裁として指導力を発揮した。(中略)後藤は“大風呂敷”とあだ名されたが、震災前への「復旧」ではなく将来に向けた「復興」を唱え、大胆な構想を打ち上げた。政財界や市民の反発で軌道修正されたものの、素早い決断は見事だった』

後藤は調べると調べるほど興味深い人物だ。明治31年(1898年)3月からの台湾時代。民政長官として、徹底した調査事業を行って現地の状況を知悉した上で経済改革とインフラ建設を強引に進めた。こういった手法を後藤は自ら『生物学の原則』に則ったものであると説明している(比喩で「ヒラメの目をタイの目にすることは出来ない」と語っている)。

それは、「社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって現地を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきである」というものだった。

敦賀市の復興や発展は医者でもあった後藤の「生物学の原則」に沿ったものではなかったか。敦賀の駅前整備も、今、行政の計画と民間がホテル、飲食店の活力とうまくかみ合ってきた。ただ、敦賀3,4号の本格着工でどうなるか、息の長い発展を期待したい。

今後の東日本の復興も政府や自治体の復旧と民間の活力で復興がなされるであろう。物心両面の息の長い支援が大事だということは言うまでもない。
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