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感覚差、温度差、ギャップを原動力に
Date:2011-04-06(Wed)

選挙戦、何をのんびりといわれるが、これも4月選挙の醍醐味だ。勘弁願いたい。選挙カーに乗り込み、敦賀市内一円を回ると、季節の移ろいと温度差を感じることができる。早いところでは、桜の開花が始まり、周辺部の刀根、山と市街地との温度差は微妙に違う。つぼみの膨らみ具合も違う。時間をかけて選挙カーの動きは、4年に一度、感じる醍醐味だ。

近年、暖冬傾向が続いていたので平年並みとはいえ随分遅く感じる。市街地から見える野坂山の頂上付近は白いが、モノトーンだった景色は彩りを増やしていく。道端の菜の花の黄色が目にまぶしく映る。

入学シーズンでもある。今日から学校の入学式などに配慮して選挙カーは通過する。新入生で、にぎやかな季節を迎える。小中学校では今春、新学習指導要領に基づく教育が始まる。さまざまな議論があったゆとり教育はひと区切りで「脱ゆとり」へと方向転換。教育現場は準備に余念がない。先生も忙しい日々が続いている。
小学校では英語が必須になるが学習についていけるのだろうか。悩みは尽きない。

ここまで書き進めると、東日本大震災の被災地との「ギャップ」を後ろめたく感じる。卒業式も相当遅れ、予定通りに入学式を行うことが困難な地域も多い。楽しみにしていた子どものランドセル姿を見られないと涙する人も大勢いると報道する。

それでも季節は巡ってきた。真新しい教科書を手にする被災地の子どもたちにとっては、いつもとは違うスタート。避難に伴い住み慣れた地域を離れ友達と別れる子どももいる。

敦賀市にも被災地から遠く離れて転校生がいるものの、被災地とのギャップはなおさらだ。
教育だけでなく、市民生活も相当違う。計画停電もない。断水もない。千葉の浦安市ではいまだに一部で断水が続き、仮設トイレと給水車にはもう限界と、敦賀まで避難をする方もいる。いかに水と電気が大事かだ。ここにも大きなギャップがある。

ベストセラーも違う。東京の書店は1週間で一変、「放射能で首都圏消滅」や「震災時帰宅支援マップ」など震災本が並ぶとか。

東京都民が受けた震災のショックと福井県民、敦賀市民の温度差は大きい。余震もときたま発生し、温度差と感覚差は日本各地にあり、突き詰めれば被災地の人々と、遠く離れた人の間に巨大な「断絶」が横たわっているようにも見えるしかし、震災を直接体験した者とそうでない者の距離感はどうしようもない。

阪神淡路大震災では、ほぼ西宮を境に、東はパチンコ屋が繁盛し、西の被災地ではブルーのテント生活、狭い地域でのギャップは何だろうと、この不思議を感じた。

もっと身近では福井豪雨の災害のおり、足羽川の氾濫地域と繁華街の差、1キロ圏内の感覚差、距離差は、天と地にも感じた。

逆に、福井豪雨も、阪神淡路大震災でもこの感覚差がバネにもなり、疲れを癒し、「復興の力」になったと感じた。ボランティアを何度も神戸に通い時間をかけて復興の原動力にもなった。地域には地域なりの役割がある。ギャップがあればこそだ。

範囲、距離、さらには、電気の周波数と感覚差が、被災地との感覚差を大きな「心の距離」にしない大切さを思う。今回は、さらに時間をかけての復興が大事になる。その意味での敦賀市の役割はある。過度な自粛も考えものだ。逆に頑張れ日本、敦賀から元気を! 
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