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「天の時」は「地の利」に如かず 地の利は「人の和」に如かず
時代が速いのか、NHKの大河ドラマで「天地人」というのがあった。ずいぶん昔のようにも思えるから不思議だ。物事を成し遂げるには「天の時、地の利、人の和」が必要という。今の総理や国会にどれほどの能力があったのであろうか。対応能力を超える大震災の発生。最後は人心までも離れていった。

政界は、菅直人首相の退陣時期ばかりが問題になる。ただ、被災の現地では、消防、警察、自衛隊、ボランティアがもくもくと作業をこなしている。私の行った陸前高田でも現場をみるとなぜか、知らないものどうしでも「人の和」が、自然と生まれる。

極端にいえば、復興だけに限ってもくもくと予算や法律を災害の規模に合わせて国会も仕事をすべきだった。浜岡の原子力発電所停止要請も数人の判断という。「人の和」どこではなった。根回しなどなく、電力の供給状況の把握もなく、地震の確率論で停止をせまった。それが全国への原子力発電所に影響し福井県知事の「基準がない」として定期検査が終了しても再開を認めない根拠ともなっている。

民主党員である私にとって、投票で歴史が変わったと感じる感激的なできごとだった。衆院選で歴史的な大勝利を収め、政権交代を果たしてからまだ2年にも満たない。当時は、国民の期待も大きく、時代の要請かと思ったが、「天・地・人」が十分でなかったということなのか。人心が、あまりにも速い速度で離れている。

ところで、イタリアの国民投票の結果も私にはショッキングだった。電気料金は高くてもいいとの判断だ。NHKの世論調査も「原子力発電所を減らすべき」とするのが47パーセントと半数近くなっている。2月までの原子力ルネサンスからの急展開だ。福島の事故の大きさがわかる。安全を最優先の姿勢で取り組むしかない。時間と辛抱の時間は長い。それだけに敦賀市の困難も予想されるが、頑張るしかない。

一方、河瀬市長から「脱原発」構想の真意をただす公開質問状に、橋下知事は、「原発が立地地域の活性化や雇用につながっている」との河瀬市長の主張に対し、回答書は「そのために原発を維持するというのは本末転倒の議論」としている。消費地と生産地の「人の和」どころではない。

戦後最大の国難と言われる現在でありながら、党利党略で繰り返される永田町の政争。「人の和」どこではない。そのなかでも、福島の現場では暑さと放射線に闘いながら、使命感を持って懸命に作業を続けている。不幸中の幸いか「人の和」こと、これまで以上にまとまりが強いとか。

また被災地にむかった自衛隊10万人、警察5万人とも伝えられる動きの速さは、中国軍部に脅威となったとか。欧米メディアに伝えられる被災地の整然と復旧に励む姿。まさに、非常時、危機に立ち向かう日本人は、「人の和」そのものだ。

今一度、「天の時、地の利、人の和」を噛みしめたい。

余談だが、「天地人」は、孟子『公孫丑章句上』一節の「天時不如地利。地利不如人和」(天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)に由来する慣用句の省略形。「天の時、地の利、人の和」の意で戦略が成功する三条件を示すともされる。
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【2011/06/14】 | ページトップ↑
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