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フェニックス
Date:2011-06-29(Wed)

富の分配が政治の仕事と昔、習ったことがある。いまは、負の遺産をどう分かち合うか。それが、大事な政治の仕事ではないか。

昨日は東京電力の株主総会出席した株主は昨年の3倍近い9300人に達した。所要時間も6時間を超えた。20年ほど前か、傍聴したことがあるが、反原発の盛り上がった頃だ。暑い日だった。時間も延長されたが、3時間程度と記憶する。このときも反対派から脱原発の議案が提案され反対多数で否決された。

経営責任は株主にとって当然としても、今回ほど毎年のように提案している原発事業撤退の議案に対する賛否が注目されたことはないだろう。

結果は反対多数による否決だった。妥当な判断だ。電力の安定供給に原発は欠かせない。撤退すれば、火力発電の燃料費などがかさんで収益が低下し、被害者への賠償にも支障が出る。否決は妥当であると同時に、東電の責任は、今後も重い。

東電の株主総会もある意味では株主への負の遺産を背負う覚悟の総会だった。マイナスの配分は当然、関係者の反発を呼ぶ。負担の必要性や公平性、あるいは負担と引き換えに得られるプラスの価値を、説明し納得してもらう根気のいる作業が続く。

東電の経営者の覚悟と力量が、今後も問われる。各電力会社の株主総会も同じような覚悟を今日、迫られることは確かだ。

ところで、昨日は福井県にとって、重要な日だ。1948年6月28日の福井地震で、福井市街地は壊滅的打撃を被った。終戦の年に空襲を受け、復興過程での震災だった。悪いことにその約1カ月後、今度は豪雨による水害が追い打ちをかけた。

まさにふんだりけったり災害だった。しかし、見事によみがえった。福井市は、64年制定の市民憲章を「不死鳥のねがい」とした。まさにフェニックスの言葉がにあう。これも負の遺産を福井県民、福井市民が背負って復活した結果だ。

2年前の民主党のマニフェストは、富の分散そのものではなかったか。子ども手当や高速道路休日千円などのプラスの配分だった。大きな意味では戦後政治も負の遺産を背負い克服し、富の分配が、政治の仕事だった。今回の東日本大震災以降、福井県の戦後の復興のように、マイナスを配分する政治への転換を余儀なくされている。

災害の数だけ再生の営みがある。苦しみながらも「なげださない」人たちがいた。福井県は実践した県でもある。マオナスの遺産を背負い、皆で乗り越えて行く。政治の仕事は、負の遺産を背負い、分散させて、復興に向かうか、いまの政府にその力が残っているか、いまこそリーダーシップが大事な世界だ。 
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