FC2ブログ
成功体験だけでは敦賀市の将来は…
Date:2011-08-15(Mon)

小浜市が全国に報道されるほど暑い38.1度を記録した。今日も暑い暑い日だ。

8月15日、66回目の終戦記念日。今年は、3・11があっただけに特別な想いを感じる。かたくるしくなるが、思っていることを書く。

私の愛読書に「竜馬がゆく」と「坂の上の雲」がある。いずれも、「若さ」をテーマにした青春群像でもある。改革と上昇思考、なんど読んでいても元気が出る。

なかでも、「司馬史観」とも呼ばれる司馬さんの歴史観、誰にも親しまれ、逆に批判も多い。「坂の上の雲」への明治と昭和の時代背景と日露戦争と太平洋戦争の違いなど、戦争には違いがないものの、歴史観を明確にしている。私もこの考えに同調したい。

いずれにしても、小説の事実上の主人公が、明治という国家とそれを担った人々の「若さ」であることに異論はなかろう。

小説終盤で真之の手になるという「連合艦隊解散ノ辞」の「勝つて兜の緒を締めよ」が紹介される。軍人としての戒めの言葉ではあるが、以後の日本の政治家や軍中枢はこうした言葉に象徴される「自省の精神」とは異なる道を走る。

日露戦争後、日本が敗戦で焦土となるまでわずか40年ほど。しかしこの暗転に至る道は、実は若き明治の栄光から始まっていたとしている。まさに、日露戦争の成功体験が破滅への道でもあった。

戦後の40年、復興復旧、高度成長は、まさに成功体験の連続、その後、バブル崩壊後20年を超え、経済の停滞、人口減少、少子高齢化社会のなかでの3・11は何かを教えようとしているのではないか。

繰り返すが、西欧列強に肩を並べようと急ぎ足だった明治。米国をモデルに経済大国となった戦後。そして迎えた3・11の東日本大震災。未曾有の危機でもある。堺屋太一氏が語る様に、終戦にも匹敵する状況とも言える。

もうこの世界にモデルはなく、日本自身が身の丈にふさわしい国づくりを目指さねばならないことを教えているのではないか。

未来への航海図を自ら描くしかない。歩んできた道を謙虚に振り返り、自ら考え、考え抜く。一人一人の考える力の強さが、私たちが住むこの国と地域の強さになる。

ここまで、書いたのも、敦賀市にとっても、大きな転換点でもある。40年間、原子力発電所とともに歩み、人口増加、インフラ整備、雇用の安定など、その道は間違っていなかったとも思うし、既存の敦賀1.2号、高速増殖炉もんじゅや、これから予定されている敦賀3、4号と、進むべき路線ははっきりしている。

しかし、福島の事故以来、原子力発電所の国民の考え方は大きく変わった。敦賀市民も私が接するなかで、雇用との関係も深いが、漠然とした不安を感じている。周辺自治体の議会での「脱原発」の意見書採択などもこれまでとは違う対応だ。謙虚に受け止めるなければならない。

ここにも航海図はない。少子高齢化、人口減少のなかでの3・11、誰も予測が出来ない時代、成功体験だけでは、自らが自らを進むべき道を誤ってしまう。身の丈に応じた敦賀市、人口減少が始まる敦賀市、しっかりと考えたい。それには考える時間と辛抱も大事だ。
スポンサーサイト



【2011/08/15】 | ページトップ↑
| ひとことトップ |