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憂う心と「読み」「大局観」
Date:2011-09-18(Mon)

長い残暑から台風の秋へ。今日は「敬老の日」、夕暮れも早くなって来た。この時期は読書に限る。石原慎太郎の「新-堕落論」と将棋の羽生善治さんの『大局観』、それに自転車の趣味本を三冊同時、重ね読みすると飽きなく一挙に読める。

石原さんは、福沢諭吉の「立国は公にあらず、私なり。独立の心なき者、国を思うこと、深切ならず」を引用して、国家が荒廃して沈むことは、自分の人生が荒廃して沈むことに他ならないと、現状の日本を憂う。石原さんの遺書めいた言葉とこれまでの生き方とも合致し、いま求めるリーダー像を感じる書でもある。

これとは違い、羽生さんの言葉は平易で親しみやすく、現役のタイトルを重ねたプロだけに面白い。それでいて、心に残る。

将棋は「読み」と「大局観」と羽生さんは言う。「読み」とは、論理的に考えて判断を積み上げ、戦略を見つける作業。将棋でいえば、自分がこう指すと相手がああ指すと順を追って考え、結果の可能性を探っていく。

一方「大局観」は大局に立って、どうするべきかを判断する。「体力や読みは若い棋士が上だが、大局観を使うと、いかに読まないかの心境になる。大局観は年齢を重ねるごとに強くなり、進歩する」と述べ、細かさと全体像をうまく調和している。

なかでも勉強になるのが、気持ちの切り替え。対局の最終盤でミスをした時の答えは二つある。悔やんでも仕方ないから、それまでのことをすべてゼロにして、次の一手から新たに始まる。そう頭を切り替える。

もう一つは忘れること。「私は、どんなにひどいミスをしても、すぐ忘れるようにしてきた。おかげで最近は、努力しなくてもすぐ忘れられる」と。凡人にも通じる教訓がちりばめられている。

戦後、プロジェクトを重ねながら、拡大発展を続けた敦賀市だ。だが、東日本大震災と福島の事故で、国もそうだが、この敦賀市も大きな転換点を迎えているように思う。人口減少に少子高齢化に加え、この災害は、敦賀市民の生活にもボディブローのように影響することは確かだ。

石原さんの憂う、気持ちと、現状をしっかりと捉える羽生さんの「大局観」と「読み」が大事だ。昔、ボクシングで苦しい時は、むやみにパンチを出してスタミナを失うより、ガードを固めて機会を待てと教わった。いま、そんな時期だ。
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