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普通を大事にし身の丈にあった敦賀市を考える…
昨日は、秋晴れのゆるやかな、普通の休日を楽しんだ。

笙ノ川を美しくする会に始まり、金ヶ崎の鯖江から来た友人に誘われ芭蕉ウオークに参加。昼は、小浜で開かれる特定失踪者の集会の打合わせ、文化センターの子供ミュージカル、夕方は自転車の整備、夜は、テレビと向田邦子さんのエッセイとゆるやかに時間が過ぎた。

笙の川を美しくする会、芭蕉ウオーク、子供ミュージカル、それぞれの団体が、それぞれの人々が関わり休日を演出する。行事に参加してその成果を見るだけだが、準備を含めると、何日も何月も多くの人々がかかわっている。そのありがたみに感謝したい。

今年は直木賞作家の向田邦子さんが、台湾での飛行機事故で51歳で亡くなってから30年になる。向田さんが、女学校時代、四国の高松にいたこと、たまたま母が担任で、よく読んでいたこともあって、ついつい手にしてしまう。

作品は、いつの時代もいろあせない。普通の人が普通の日常を描く、そのことが共感を得るように思う。普通に生き、家族の悲哀や喜び、暮らしの機微など、普通を大事に扱った作品が多い。

向田さん原作のテレビドラマ「あ・うん」や「父の詫び状」などに出演し、含蓄のある演技を披露した俳優の杉浦直樹さんが21日に亡くなった。79歳だった。向田さんの没後30年に合わせたかのようになくなった。

長い役者人生の中で「テレビでは向田さんの作品の父親役に出会えたことが一番大きかった」と語っていた杉浦さん。「市井の弱い立場の人々の生き方に真実やいとおしさがあると思う」との言葉通り哀愁漂う「普通」の父親を見事に演じた。
 
普通と関係するかもしれないが、昨日の福井新聞のコラムも共感した。『人生「簡素が、いちばん!」だという。脚本家の橋田壽賀子さんが同名エッセー集(大和書房)で、これまでの「足し算」ばかりの生活を猛省し、「引き算の暮らし方」をつづっている(中略)

前に進み続ける論理を「タイタニック現実主義」と呼んだ。貪欲な「足し算人生」も悪くない。でも、一歩引いて見れば違った風景と新しい世界が広がる。

「引き算人生」は価値観の転換なのだ。軌道修正したのは橋田さんだけではない。定着してきた節電生活も延長線上にある』と、なるほどと感じた。

大衆に受け入れられてこそ価値のある作品であるという信念のもと、数多くのヒットを飛ばした橋田さん。『おしん』(1983年 - 1984年 NHK)、『春日局』(1989年 NHK)と足し算的な作品が多かったが、『渡る世間は鬼ばかり』(1990年 - 2011年 TBS)の20年は、引き算人生を表す作品も加わった。

敦賀市も戦後、前に進み続け、6万9千人の人口増加まで発展を続けた。いま、その人口は停滞し、早晩、人口減少に入る。進み続けると「タイタニック現実主義」になるかもしれない。原子力発電と共にあゆみながらも、普通の生活を大事にし、身の丈にあった敦賀市、どうあるべきか、じっくりと考えることも大事ではないか。

余談だが、中国電力が上関原発建設計画を進める山口県上関町で昨日、町長選が投開票され、計画推進派の現職、柏原重海氏(62)が反対派市民団体代表の新人、山戸貞夫氏(61)を破り、3選となった。敦賀市と共に、新設で悩む立地町だが、現実的な判断と受け止めたい。
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【2011/09/26】 | ページトップ↑
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