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みなと町、敦賀と、大運河計画とカラオケ
Date:2011-10-23(Sun)

昨日は、気比の松原を愛する会の恒例の清掃から始め、西地区の敬老のつどい、昼は気比史学会の市民歴史講座、夜は観光ボランティアガイドの定例会と続いた。

敦賀のそれぞれの分野でそれぞれに頑張る皆さんに敬意を表したいと思う一日だった。なかでも小浜の語り部コンテストに参加する観光ボランティアの「疋田の船川」の語り部の演習を聞くと、わずか5分間に敦賀から琵琶湖をつなぐ大運河計画を、平安の平清盛から昭和の大野伴睦まで、見事に語りあげた。皆の拍手が起こった。

大運河計画は、みなと町、敦賀ロマンともいっていい。それも千年近い未はてぬ夢でもある。

平清盛は、神戸の福原に都をつくり、今の三菱の造船所のあるところで日本初の埋め立て工事をした。水深の深い神戸の海に当時の土木技術で岸壁をつくりあげた。深坂地蔵で止まったが、財力と技術、それに執念があれば、と想像めぐらせると面白い。

千年も前の話だ。もし運河が出来ていれば日本の歴史も敦賀の歴史も、と思えば楽しくなる。

ところで、港町には、夢が多い。敦賀の大運河の夢もいいが、港町と言えば神戸だ。それだけ神戸で始まったものが多い。ゴルフも神戸が発祥の地。今でも六甲山頂に、18ホールのコースが現存している。競馬場もそうだ。

私が知るものをならべるだけでも多い。市の中心である三宮の北側に生田神社があるが、そこに競馬場もあった。マドロス相手の港のバーも、日本初めて。チョコレートの小売もそう。ドイツのパンの製造販売は、朝ドラで有名になった。

異説があるかもしれないが、スライス・チーズも六甲バター、プリンと食べ物をあげるとキリがない。
 
意外に知らないのが、カラオケ。これには異説もある。それでもいい。神戸の始まりの大半が、外国から輸入物が始めだが、カラオケは違う。神戸から上海もとより、ロンドン、パリでも世界中に広がっている。

忘年会、正月に新年会。親しい人間が集まってカラオケを楽しむ、いまやごく普通に見られる光景だ。それが世界中に広がっている。チェルノブイリ事故後に出来た町にもカラオケがあったのは驚きだった。いまや、カラオケ市場は約一兆一千億円とも。

カラオケが普及してから、音痴も歌える。また酒を飲んで酔いつぶれる人が少なくなったとも。暗いニュースばかり目立つが、大運河計画とカラオケ、まったく違うが、みなと町からみる夢は楽しい。


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