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タイの洪水と中世の敦賀に学ぶこと
Date:2011-10-24(Tue)

気比史学会の歴史講座の中で戦国、中世は面白い。福井大学の松浦教授、敦賀短大の外岡教授、いずれも戦国武将も語るが、庶民の暮らしぶりも興味深い。大谷吉継の敦賀城ができるまでの敦賀平野は、洪水の連続だったらしいが、洪水が肥沃な農耕地を形成するとか。福井平野も同じこととか。

洪水を受け入れながら生活をする。水とうまくつきあう、受け入れるとの感覚だ。洪水の中で気比神宮だけは難を免れたとか。だから、そこに気比神宮があるとも。納得できる話だ。

ところで、タイの大洪水がついに首都バンコクに押し寄せた。市内を流れるチャオプラヤ川の防水堤が決壊し、1200万人を抱える首都全域が1カ月にわたり50センチ~1メートルも冠水する見通しという。

報道では、中部アユタヤでは工業団地が冠水し、日系企業400社以上が操業停止に追い込まれたとか。タイでは昨年も東北部で大洪水が発生。この30年足らずの間にこう何度も「50年に1度」が起きる。その原因とは、

現地では、農地を犠牲にした乱開発の付けが回ってきたとの懸念が強まっている。外貨を稼げる製造業を誘致しようと森林を伐採し、水田をつぶして工業団地を造成してきた。そのため国土の保水力が弱まり、洪水が起きやすくなったというのだ。近年は全国各地で洪水被害が頻発しているが、地球環境の異常気象だけが原因とは言い切れまい。

地球環境問題もあるが、耕作面積の減少も大きな要因のようだ。敦賀平野も耕作地を緑で塗った地図を数十年単位の比較で見せてもらったことがある。見事に耕作地が減少し、宅地化されてきたのが一目瞭然だ。

水上マーケットのような「水の都」が点在するタイも、中世の日本も敦賀も、昔から水と上手に付き合ってきた。経済発展で忘れかけたその大切なことに、今回の洪水は気付かせたといえる。日本も警鐘と受け止めるべきだろう。ただ、タイも日本も昔に戻ること出来ない。それだけに、備えあれば憂いなしだ。

笙の川の洪水、井ノ口川の洪水、いずれも説明がつく要因が重なる。どうしようもないでは、すまされない課題だ。県予算の関係もあり、笙の川の改修計画も遅々と進まない。ハード面の整備はもちろん、現実を踏まえながら、防災計画と訓練も大事だ。

余談だが、外岡教授など中世の古文書の指摘もあり、昨日、関西電力、日本原電、日本原子力研究開発機構は、若狭湾沿岸で過去の大津波の痕跡を調べるためのボーリング調査を福井県若狭町気山の中山湿地で始めた。美浜、若狭両町にまたがる計9地点で、約1万年前の地層まで掘削して堆積物を採取する。分析結果は、公表し、安全対策の基礎データとなる。イエスか、ノーか、感情の議論ではなく、データを積み上げた安全対策を踏まえた上での原子力発電を利用を考えるべきとも思う。
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【2011/10/25】 | ページトップ↑
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