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忘れられた「原子力の日」
Date:2011-10-27(Thr)

昨日、10月26日は「原子力の日」。まったく、と言っていいほど、原子力の日の話がなかった。

1956年のこの日、日本が国際原子力機関に加盟したこと、63年の同じくこの日に茨城県東海村の日本原子力研究所で日本初の原子力発電が行われたことに由来する。

調べると、1964年に制定されている。私が中学生の頃だ。高度経済成長期。急速な電力需要の高まりとともにエネルギーの主役も石炭から石油や天然ガスへと代わった。資源に乏しく、情勢が不安定な中東に石油資源の大半を依存しなければならなかった日本にとって、未来のエネルギーとして原子力への期待は大きかった。

その後、大阪万博への敦賀1号から送電など、原子力が時代の花となった。原子力船「むつ」もこの頃、進水式を迎えている。

原子力発電は、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)の対策としての切り札でもあるが、その声は、いまの日本にはない。

TMI、チェルノブイリ、そして、今回の福島の事故。あまりにも大きな教訓だ。メリットとデメリットことリスクのギャップは大きい。

原子力の半世紀、原子力に夢を見、勉強し、仕事にも携わった私として、いろんなことを考えさせられた一日だった。仕事がらでもないが、リスクや問題点についても、理解しているつもりだが、福島の現実をしっかりと見つめることの大事さを感じている。

この半世紀の報道の変容は、あまりにも大きい。私には、3・11以降の報道の変容も大きいと感じている。あまりにも一方的な報道にも感じられる。けっして、福島の事故から、目を背けたり、深く考えないようにしてはいけないことは確かだが、いまだからこそ、将来を見据えた冷静な議論がほしいとの思いだ。

今年の「原子力の日」は、まったく、忘れ去られた日となった思いだ。いま一度、冷静に原子力と日本がどう向き合うのか、リスクをしっかり見つめ、脱原発ばかりでもなく、安全性をさらに高め、利用する価値を、考え直す議論も必要に思う。そのなかに敦賀の存在価値、存在意義もまだまだあると思っている。

ところで、昨日は、小説家、北杜夫さんの死去の報道が伝わった。中高と「どくとるマンボウ」シリーズを楽しく愛読した。

なかでも、青年時代を綴ったエッセイ『どくとるマンボウ青春記』は、何度も読み返した。文学以外には卓球部のキャプテンを務め、インターハイに出場し、また、日本アルプス登山に頻繁かつ果敢に挑むなどして高校時代を過ごしている。松高の寮生活も面白く描かれている。

「どくとるマンボウ航海記」も何度も読み返した。神戸の商船大学への進学や寮生活、アルプス登山など、どこかで、生き方を幼少の頃の自分の夢と合わせるかのように、まねをしている自分に気がつく。北杜夫さんが愛読したトーマス・マンも読んだが、あまりにも難解ですぐに本を閉じてしまった。それほど影響された北杜夫さんだ。あらためてご冥福をお祈りしたい。

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