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交流都市・敦賀と北陸新幹線
Date:2011-12-25(Sun)

北陸新幹線の未着工部分の工事予算が予算案に盛られなかった。ただ、北海道、北陸、九州の整備新幹線は、財政難にもかかわらず、来年度に未着工3区間の建設に着手する方向性だけは示された。

北陸は、災害時に東海道新幹線の代替機能を持つ側面はある。しかし、国の財政を考えれば、地方への配慮が濃厚で、財源問題や採算性などを十分吟味したとは言えまい。複雑な心境だ。

敦賀は交流の街として発展してきた。交流都市から外れるとどうなるか。私は、四国の高松市を古里として半世紀以上にわたって見てきた。かつては宇高連絡船と鉄道で栄え、支店経済と言われ四国の中心都市だった。

しかし、瀬戸大橋開通以後は、交通の要衝から外れ、県庁所在地だけが残った。人口も松山市に抜かれ、観光もいまだに低迷が続いている。

人が来れば、街は潤う。滑走路ができ、しまなみ海道ができ、交流都市となった松山市は、観光の魅力を加えた。その第一が道後温泉だった。それに、12年前に「しまなみ海道」が開通したときがピークとなったがブームが去ると客足は右肩下がりになった。

ところが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKのドラマの1部、2部の放送が終わるたび、客足が必ず上向いた。テレビドラマの効果だ。ドラマ恐るべしだ。ちりとてちん効果の小浜市、ゲゲの鬼太郎効果の境港市、いずれもドラマだ。
 
歩道に水色のノボリがはためく。「『坂の上の雲』のまち松山」と染め抜いている。ポスターもはんらんする。同名のNHK大型ドラマ第3部の放送。今日で最終回となる。

 秋山兄弟の生誕地に生家が復元され、司馬効果を増幅させている。長期的には、松山は子規の友人、夏目漱石作の「坊っちゃん」の舞台でもある.テレビ効果に加え、文学効果も息長い。

小さな田舎街が潤うには、交流都市であると同時に、仕掛けが必要だ。長浜市や松山市は、民間と行政が協力し合って、頑張っている。敦賀市は、交流都市として、舞鶴若狭自動者道開通まで3年、北陸新幹線敦賀開通まで15年以上は要する。まだまだ観光など工夫の余地はある。まずは、敦賀市発展の基本は交流都市であることを忘れてはいけない。
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