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敦賀の元気度のバロメーターは、屋台のラーメン店か…
Date:2012-01-08(Sun)

「敦賀で今、元気な産業は」と問われると、意外にもコンビニの店舗の増加は大きい。逆に過当競争にも陥っている。昨日も美浜町松原のコノビニ強盗事件が象徴しているように、この種の強盗事件がたえない。

我々年代での元気度は、やはり本町の飲食店の数と屋台のラーメンの数ではないか。データ的にも敦賀税関の酒税のトップは、高速増殖炉もんじゅ建設が終了する間際の平成8年度。これをピークに現在は右肩下がりだ。見事にデータが示している。

もう一つのラーメン店は、定かではないが、昭和50年代初期の頃ではないか。産業構造的に語ると製造業の従業員がピークを迎えたのが昭和40年代中頃、工場で働く従業員が多い頃だ。

中心市街地の駅前から相生までの商店街の店舗数なども平成8年頃から減少速度を増している。逆にこの頃から新木崎通りなど周辺市街地の店舗数が伸びてき、現在は飽和状態になっている。

戦後70年近い敦賀市の歴史にあって、製造業の従業員数がピークを迎えた昭和45年、もんじゅ建設のピーク平成8年とそれぞれに産業構造的にも各種データと生活スタイルと微妙に関連している。

将来の敦賀市の都市像を描く上でデータは欠かせない。もっとも顕著に示しているのが人口だ。人口減少社会にあっても地方都市で10年以上、人口維持をしている街は少ない。それだけ敦賀市は、現在、原子力発電に支えられた街であるとの証でもある。これに敦賀市の税収を重ね合わせると、元気度のひとつの目安が浮き彫りになる。

将来像を描くためにも、今年は重要な年と何度も言ってきた。 一昨日の細野豪志原発相の記者会見ではないが、40年を超える原子力発電には厳しい見解を示した。敦賀1号機は、昭和40年代の建設、運転から敦賀を牽引してきた、一つの事業でもある。この動向で、ひとつの岐路を迎えるかもしれない。

将来の元気度を描くポイントとして、人口、税収をあげたが、さらにあげるとするならば、人口が一番多い団塊の世代との関係でもある。

右肩上がりでない右肩下がりの環境で、どう敦賀の元気度を描くか、これほど難しい課題はないが、歴史的にも敦賀百年の計でものごとを考える思考が、今ほど必要なときはない。

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これは余談だが、我々世代、団塊世代に懐かしい食品に、お湯をかけるだけで食べられる「チキンラーメン」がある。

最初に登場したころ、新奇な魔法に出合ったように、みんな飛びついた。私も学生のころも随分世話になった。団塊世代にとって、切ない記憶とともにある食の風景だろう。

調べると、1958年に発売したチキンラーメンは、一袋35円。翌年には早くも年間6千万食を生産するヒット商品となる。昭和戦後の再建を経て、そろそろ背伸びをしようかというころである。暮らしの変化を見越した卓抜なアイデアは、めん食に革命を起こした。

冒頭の話ではないが、チキンラーメンを発明した安藤さんは、若いころからさまざまな事業を手掛け失敗もした。戦後は食の世界に踏み出す。冬の大阪で見た、屋台のラーメンに群がる飢えの風景が原点だったという。

即席めんの消費量は今や世界で年間850億食を超す。日本発の二十世紀の発明品は、まさに世界の食となった。

敦賀の元気のバロメーターは、冒頭のコンビニの店舗数と、駅前商店街への店舗進出数がヒントかもしれない。余談で書いたが、駅前に昔あった屋台のラーメン店の復活がキーかもしれない。データを見ながら議論したい。 
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