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原子力発電40年規制と嶺南
Date:2012-01-25(Wed)

寒波が本格的に動き出した。 寒い夜は、読書に限る。そのなかでも時代小説は、気楽に読み進めるとはまる。とりわけ群雄割拠の戦国時代や、300諸侯がそれぞれの知恵を絞って自らの領地を統治していた江戸時代を舞台にしたものが面白い。

古くは山本周五郎や吉川英治、そして池波正太郎や藤沢周平、隆慶一郎、司馬遼太郎と、作者にことかかない。

直木賞を受けた葉室麟の「蜩ノ記」も時代小説。主人公は藩主の側室と密通した疑いをかけられて幽閉され、10年後の切腹を言い渡された上級武士。その限られた歳月を藩の歴史を記す使命に殉じて生きる姿を通して、領民の暮らしに責任を負っている武士の在り方や気高く生きることの大切さを描く。

現実の世界にもどって、嶺南の将来と産業構造を福井県立大学の井上先生の本で勉強し始めた。先日も、同じ県立大学の南保勝先生の講演を聞いたが、明らかに嶺南と嶺北は産業構造が違う。

ひとことで語ると、嶺北は、繊維から化学、自動車部品など幅広い製造業の厚みで、嶺南は、原子力発電を中心にその果実で土木建築業、サービス業と。人口減少を伴いながら生活を維持している。産業構造上、嶺南は構造転換が難しいとも言える。

ーーリーマンショックの影響は嶺北は大きかったが、嶺南はそれほどなかった。ところが、今回は違う。福島の事故による原子力政策の影響が、どれほどか、嶺南は未だに不透明だ。

菅前首相の浜岡停止要請、ストレステストの導入に始まり、細野豪志大臣の40年規制の発言のぶれなども重なり、福島の事故後、安全最優先としながらも、現場が混乱し、さらにエネルギー政策の不透明さが増幅している。

40年を超える敦賀1号、美浜1、2号、そして30年を超える美浜3号、高浜1、2号と大飯1、2号と立地市町の産業構造は、原子力とともに3、40年歩んだだけに、40年規制で廃止措置とのもれば市町の基幹産業を失い、産業構造上、人口減少に拍車をかけることは目に見えている。安全、安心と、さらに生活という重要な視点で、思慮深くあってほしい。

私は、かつて瀬戸内の造船業などの企業城下町を見てきた経験で語っている。人口減少社会が、どのようなものか、瀬戸内海の島々を体験すれば、怖さとして身に染みてしまっている。瀬戸内の島々には失礼だが、ひとことで活力のない社会だ。

安易にリプレースを語るが、まだ、その環境にはほど遠いと私は、みる。敦賀3、4号のこれまでの歴史20年をみれば、自ずと想像できる。

私は、原子力発電の40年規制を真っ向から否定はしないが、技術論的根拠が示されていないこと。や、技術的に高経年化対策を行い、さらに、今回の福島の事故教訓を取り入れた緊急対策を終えようとする中で、40年の規制があまりにも重いからだ。安全最優先と言いながら、ただ明確な根拠もなく法律の枠組みをするしたら、これまで立地として苦労や生活をするものにとって報われない。ここに地方に、肝心な選挙に、弱い民主党の甘さとも通じる。

細野大臣発言は、今月6日の発言は受けて、福井新聞の論説は、本腰の入った規制か、との疑問をていした。この10日ほどの細野大臣発言のブレは、それを裏付けるものとなっている。

東京の論理、嶺北の論理だけで、原子力政策を語るならば、嶺南にとってこれほどの不幸はない。葉室麟の「蜩ノ記」ではないが、領民の暮らしに責任と気高さの持つ意味を深く感じてほしい。
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