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星条旗が立つ博物館と映画二作品…
Date:2012-06-04(Mon)

昨年、敦賀市立博物館で黒く塗られ、星条旗が立つ終戦後直ぐの博物館の写真を鮮明に記憶する。まさに感動の写真だ。戦争中空襲を逃れるために外壁を黒いペンキで塗り、建物が堅牢で米国人好みか星条旗が立つ姿は、歴史そのものと言うより、私には戦後復興のシンボルともみて取れた。

ところで、この季節、瀬戸内海は、瀬戸の夕なぎと言って、夕方が暑くなる季節を迎える。子供時代、この瀬戸内に私も過ごしただけに風景はもちろん、風感覚、温度感覚は懐かしいく、皮膚で思い出すことができる。それは夏の季節の始まりでもある。

古くなるが、瀬戸内海に「二十四の瞳」のモデルとされる岬の分教場は小豆島の南端、深い入江に突き出た田浦岬の突端にある。

「昭和三年四月四日、農山漁村の名が全部あてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村へ、若い女先生が赴任してきた」の始まりがいい。
 
こんな書きだしで始まる小説「二十四の瞳」は、戦前から戦後にかけての"おなご"先生と十二人の教え子の心のふれあいを描き、貧しい暮しや戦争の悲惨さを描く一方で大石先生のたくましさも感じた作品だ。

小豆島は淡路島についで瀬戸内二番に大きな島だが、また一方、瀬戸内海の小さな島々が多い。この小さな島に夫婦と息子2人の一家が住み、段々畑に芋を植えている。島に井戸はなく、夫婦は隣の島から小舟で水を運び、畑に水をやる。

先日、100歳で亡くなった映画監督新藤兼人さんの『裸の島』1960年の作品とか、神戸大学の大学祭で、映画の上映会で観た。瀬戸内の風景だけにすんなりと記憶に残っている。

100分近い映画の大部分は舟を漕ぎ、天秤棒を担いで坂道を上り下りし、畑を耕す、その繰り返しだ。ほかには美しい海と島の景色。「二十四の瞳」と違ってセリフは一切なく、林光の包み込むような音楽だけが流れる。

あらためて知ったが、『裸の島』は国内では買い手がつかず、モスクワ国際映画祭のグランプリ受賞で世界中に売れた作品とか。これも「二十四の瞳」と同様、反戦、人の愛、生きるということそんなテーマの映画だった。

写真や映画は、古くても鮮烈な印象を与えることがある。

 
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