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夏の海開きに思う。
Date:2012-07-09(Mon)

昨日8日は、敦賀の海開き。副市長の挨拶で「かつて40万人の来たが、今は14万人…」と。泳ぎ方も遊び方も変わった。海水浴場は、敦賀の観光の目玉だっただけに、その減少は、時代を反映しているとも言える。もっと言えば、海水浴場を中心とする夏型観光の限界が見えているとも言える。

ところで、泳ぎの遊びのなかで学んだことも多い。夏休みの家族のふれあいの場でもあった。一方、来週、開催する敦賀港カッターレースのイベントも、競技性、難しさが、面白く遊びにもなる。

また、司馬遼太郎の空海の小説を読んだが、四国、讃岐出身の弘法大師も四国の大自然に触れ、山林修行などによって、多くのことを学んで、八十八の四国遍路を作りだした。

青年時代から、好んで大自然の中を歩き回った、と語る。好んでとは、遊びの境地でもある。高野山を聖地と決める時も、若き日からの、自然探索の積み重ねが役に立っている。四国を修行で巡った地が、八十八カ所の原型となったことを語ったが、一方で、四国遍路は、楽しい遊びの世界でもある。

それでなければ、年間10~20万人の遍路が四国を巡らない。その大半は車やバスを利用して、ホテルや民宿に泊まる。中に1000人程度の歩き遍路がいる。これも宿泊を重ねる。遍路の動機としては、「家内安全」、「祖先や死者の供養」というのが定番だが、歩き遍路の場合は、これらに加えて「修行」とか、さらに宗教的な意味合いを全く離れて、単に歩くことを目的とするもの、「自分探し」や「癒し」といった精神的なもの、もっと言えば、これが究極の遊びになる。

四国遍路は、思い立ったら(これを「発心(ほっしん)」と言う)、誰でもできる修行であり、意外に気楽な心のダイエットなり、癒しであったり、究極の遊びでもある。これが年間を通しての観光事業と結び付いている。高齢化社会の先を読んだ観光戦略だ。

現代の遊びの多様化に伴い、団塊の世代が求めた一律的な遊びが、今は受けない。海水浴場を遊びの場所というより皮膚ガンのもと、危険な箇所と嫌ってしまう傾向が強い。一方で、データはないが、西浦、東浦そして、新港、旧港への釣り人は多い。新港では、ラーメンの屋台ができるほどだ。

副市長曰く「大阪の小学校で夏休み、海水浴場に行った人と聞くと100人中10人もいない」とか。我々世代は、100人中行っていないのを探すのが難しかった。最近は大人でも一人でカラオケに行くことを好む時代、今の子供の子供はどうなるのだろうか、海水浴場を中心とする夏型観光に限界が来ていることは確かだ。

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