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鈴鹿サーキットと気比の松原…
Date:2012-09-29(Sat)

敦賀の海水浴場の低迷と重なるように、他県ことだが、鈴鹿サーキットの低迷が続いている。今年もこのレースに引かれて毎年、敦賀から訪れる夫婦もいる。鈴鹿は、開設50周年を迎え、富士スピードウェイも2016年には創設50年を迎える。

私達世代は団塊の世代と同様、マイカー時代の幕開け、空前のF1ブームなど、わが国のモータリゼーションの歴史とともに歩んだ50年だった。敦賀に職場を得て、まず、乗用車をその大半を借金をして求めた。そして仲間とともに鈴鹿へ。

確か、ホンダの創業者・本田宗一郎氏が鈴鹿サーキット建設を打ち出したのは1950年代。二輪車では世界的メーカーになっていた同社だが、自動車はまだ手掛けておらず、当時の規模を考えれば、サーキット建設は途方もない大事業だった。

関係者の強い思いが、70年代のオイルショックによる「冬の時代」を乗り越え、レースの最高峰・F1を招致することができたのだろう。

ブームが頂点だった90年代。レース自体は素晴らしかったが、食事場所の不足やサーキット周辺の大渋滞には閉口したことも記憶に新しい。

A・セナのようなスーパースター不在の現在、F1人気も低迷し、鈴鹿の昨年の入場者数は184万人でピーク時の半分以下。周辺自治体とも連係し復興を模索しているものの、打つ手がないのが現状だろう。

気比の松原の海水浴場の低迷の要因とは違うが、我々世代の共通行動が、若者世代とは明らかに違ってきているとも感じている。

ところで、気比の松原が衰退傾向が続いている。読売新聞を引用させてもらうが、『福井森林管理署によると、1902年(明治35年)に約77ヘクタールあった松原は、戦後の宅地化などで32ヘクタールまで縮小した。

その後も、松葉や枝が放置されることで土地の富栄養化が進み、本来は砂浜で育ちにくいアラカシなどの広葉樹が増加。マツクイムシ被害や雪による倒木などもあり、市民団体などが毎年のように植林しているものの、衰退傾向に歯止めがかからないという。』

気比の松原は保安林であるだけでなく地元の憩いの場、観光名所でもある。広葉樹の増加を放置しておくとマツは減少してしまう。

鈴鹿サーキット、海水浴場、気比の松原と50年単位で眺めると衰退過程に要因は変わるが、歯止めが変わらない状況にはかわりがない。
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