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与謝野晶子が敦賀港をたってパリへ渡って100年…
Date:2011-11-15(Thr)

人道の港・敦賀ムゼウムのボランティアガイドで必ず、私が説明するくだりがある。敦賀港からウラジオストックへの船旅にタラップを上がる女性がいた。ちょうど100年前。この女性の説明をくわえると、なぜか、大半の方が敦賀港を身近に感じてもらえるようだ。

歌人の与謝野晶子である。当時33歳、7人の子を日本に残しての旅だったとか。1912年5月5日、新橋を列車でたち、ここ敦賀港から海路、ロシアのウラジオストクに渡った。そこからシベリア鉄道で、途中、モスクワに立ち寄って、パリの北駅に着いたのは19日午後4時。ちょうど2週間の長旅。ムゼウムの説明版にパリまで14日との記載に説得力が加わる。

戦前の敦賀港が栄えた頃の話だが、先日も書いたが、ロシアのモスクワ−ウラジオストク間を結ぶ世界最長の鉄道、シベリア鉄道がアジアや欧州の企業から注目されている。

ソ連崩壊後の混乱や施設の老朽化により貨物輸送が減ったが、この10年で、整備が進み、物流の大動脈として復活しつつある。

シベリア鉄道は、モスクワから9,302km、ウラジオストクにある金角湾近くまで伸びている。この鉄道が沿海地方の主要港(ナホトカ、ボストーチヌイ、ポシェット、ウラジオストク)とロシア各地をつないでいる。

これを受けて、新潟港が積極的に動いている。敦賀市もナホトカ市と姉妹都市提携をして今年で30年、人的交流も含め長期で考えることも大事だ思う。

ところで、突然の衆院解散の表明だった。民主党内で早期解散への反対論が噴出する中、中央突破。野田首相が党首討論で自民党の安倍総裁に対し、衆院の定数削減を来年の通常国会で実現すると確約すれば、「16日に衆院を解散する」と言明した。

衆院選は、12月4日公示―16日投票の日程で行われる予定だ。

この動きに、野田首相の解散方針に反発する鳩山元首相をはじめ民主党議員は公然と離党の動きを見せている。もし離党すれば、政権交代時の党首と幹事長の二代看板がいなくなることになる。

「二大政党」の重要性と必要性をこの敦賀市で両氏とも語っていた。正直、情けないとしか言いようがない。長期的に民主党を育てようとする気概と覚悟がなかったことと、私は受け止めたい。民主党の弱さがここにある。

解散権は首相の専権事項。党首討論の場で、野党に「踏み絵」を踏ませるかのように、解散条件の受け入れを迫る手法の是非、時期は別にして、ともかく、野田首相が党内の反対論にひるまず、解散権を行使することは私は支持したい。

与謝野晶子に話しを戻すが、追加運賃を要求され、財布の中身が寂しくなるなどの困難を乗り越え、夫の鉄幹の待つパリにたどり着く。

余談だが、昌子が敦賀港をたった8年後に10日に亡くなった森光子さんが、誕生している。ご冥福を祈りたい。また、ことしは晶子の没後70年である。燃えるような生涯は、両女性とも今なお光彩を放ち続けている。 
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