破砕帯は活断層ではない。
Date:2013-08-02(Fri)

敦賀市は1945年7月、8月に3度に渡って空襲を受けている。調べてみても、敦賀は、空襲を受けた地方都市の中でも最小規模で、その上、日本海側では、はじめての空襲を受けている。それだけ、重要拠点であったと推察できる。

軍需工場の存在や港湾拠点というだけで、7月12日、30日、8月8日と、福井市をはじめ他の地方都市の大半が一回にも関わらず、3度に渡っての空襲は例外中の例外でもある。

8月は特にその思いを強くする。最後の8日の東洋紡績を襲った敦賀空襲は6日の広島、9日の長崎の原爆投下にはさまれている。そして終戦の日。これほど過酷な7月、8月があるだろうか。歳月は等しく淡々と流れる方がいいとしみじみ思う。 

ところで、原子力規制委員会が活断層と認定した敦賀2号機直下のD—1破砕帯をめぐり、原電が評価を委託した国内外の専門家グループの29日の現地調査。31日の河瀬市長、常岡議長、有馬会頭の原子力規制庁への要請。昨日の東京での評価報告。と、敦賀2号の破砕帯問題への動きが活発になってきた。

結論としては、英国シェフィールド大のニール・チャプマン教授(地質環境学)らは記者団に「私たちの意見としては、原電が(追加調査で)示した証拠は強力かつ説得力があり、2号機の下に活断層は一切ない」の言葉に尽きる。

昨日も30、31日の評価会合を経て東京の経団連会館二階で評価結果を報告した。評価メンバーは、地質学や土木工学など国内外の専門家13人。

内容としては規制委がD—1と一連の構造としたK断層が途中で消え、原電が2号機に延びていない証拠とする細い試掘溝の火山灰、花粉など広範囲に観察、調査を行い、新しい事実を科学的データの新しい知見といて明確に結論を導き出している。

広島大学の奥村教授は活断層の12万年頃をなぜ基準とするのかなど分かりやすく説明し、D-1破砕帯の活動年代は13万年前より古く、別の断層とつながっている形跡もないと結論。

いずれにしても、7月の規制委員会へ提出した調査結果を規制委員会が真摯に受け止め、科学的データに基づいて再度、審議されること、それのみだ。
それぞれの立場で歴史の時間は均一に流れない。たんたんと進むこともない。厳しいが敦賀にとっても重要な夏を迎える。
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