高島市、長浜市との信頼関係
Data:2013-11-23(Sat)

昨日11月22日は「いい夫婦の日」だ。東日本大震災発生後、「絆婚[きずなこん]」という言葉が生まれた。未曽有の災害を目の当たりにし、結婚に踏み切る若者が増えたという。

私事で恐縮だが、その流れでもないが、昨年、3月と5月に続けて息子二人が結婚式を挙げた。自由気ままな独身生活を満喫するより、非常時や、つらいことに向き合う場面で一番頼りになるのは、やはり気心の知れた配偶者なのだろう。 

 ところで、昨日は、奥琵琶湖のマキノグランドパークホテルで敦賀、長浜、高島三市議会協議会の講演会。県境と言うより市境で結ばれた三市。古代より結び付きは強い。

演題は「北近江と越前を結ぶ古道ー歴史風土とまちづくり」、講師は万葉研究家の藤井五郎さん。藤井さんは、大津京の駅名や高島市の命名に尽力された方でもある。

藤井さんは、冒頭、日本地図を半分に折ると琵琶湖がちょうど真ん中にくると語り、その頂点が敦賀。

藤井さんは語る。古代、若狭湾岸一帯では製塩がさかんに行なわれたとか。敦賀の塩は、現在の田結(たい)で生産されたとか。田結は手結(たゆい)と万葉集にある。

万葉集に「手結の浦に海女娘子供(あまおとめ)塩焼く煙」とある。この塩が深坂を越え、湖北から琵琶湖の水運で都へ運ばれました。そこで、塩の積出し港だから、そこが塩津。

ちなみに塩の道といえば糸魚川と信州を結ぶ千国(ちくに)街道が著名ですが、深坂古道も、まさしく「塩の道」。それゆえ道中の深坂地蔵(長浜市西浅井町沓掛)は、一名“塩かけ地蔵”ともいい、古来、塩をお供えするのが慣わしとなっているとか。

北近江と敦賀は軍事的な要衝というよりも物流の要衝と言える。歴史を学ぶことは地域により一層、愛着を感じるのはもちろんだが、将来のあり方のヒントにもなる。

話を戻すが、大震災から2年8カ月が過ぎた。この敦賀市も将来が見通せない中、確かなものは今、隣にいる人との信頼関係だ。身近では夫婦の関係も大事なことは、もちろんだが、隣接する市の関係も人を通じての信頼関係でもある。

ちなみに先月28日、敦賀市議会は、高島市、長浜市と両市議会と共に国道8号、161号の整備を国土交通省に要望している。
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